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環境を重視するEU新運輸白書

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環境を重視するEU新運輸白書
外国論文紹介
環境を重視するEU 新運輸白書
林 克彦
HAYASHI, Katsuhiko
外国論文研究会
流通科学大学商学部教授
1 ―― 新白書の背景
2001 年 9 月,欧州委員会は,2010 年を目標年次とする共
鉄道の停滞),幹線道路・鉄道・空港等での混雑現象,環境
への悪影響,交通事故等の問題が顕著になった.
通運輸政策白書『決断の時』を採択した.市場統合の節目と
新白書は,旧白書が提唱した持続可能なモビリティを継承
なる 1992 年に発表された最初の白書『共通運輸政策の将来
し,さらに環境問題への取組み姿勢を強めている.これは,
的発展』は,市場統合後の政策の方向性を明らかにした.そ
持続可能性が輸送分野だけでなく経済社会全体の大きな問
れ以来 9 年を経て登場した新白書では,同様に 10 年程度を
題として捉えられるようになったこととも呼応している.1998
見通した共通運輸政策の指針が示されており,今後の欧州
年のアムステルダム条約では持続可能な発展が共同体の目標
の運輸政策を展望するうえで欠かせない文書である.
として掲げられた.2001 年に開催されたイエテボリ閣僚理事
新白書の柱は持続可能性にあり,環境を重視した約 60 の
会では,持続可能な発展のための重要施策として輸送機関
施策を提案している.そのなかには,道路貨物輸送の抑制
の均衡の移動が取り上げられた.その後に採択された新白
等,加盟国の対立を呼ぶ施策が含まれていたため,採択まで
書は,このような動きを具体的な政策として提案している.
時間を要する結果となった.議論の過程で修正を余儀なくさ
れたとはいえ,白書としては大胆な提案が示されている.日本
2 ―― 統合的アプローチ
においても環境問題の重要性が認識されつつあるが,具体的
130 ページ以上に及ぶ新白書は,政策ガイドライン,本文
な施策となると躊躇する場面が多い.EU の新白書は,実行
4 部,結論,付録から構成されている.本文は「輸送機関の
可能性が高い環境施策を示しているという点で,日本の運輸
均衡の移動」
「ボトルネックの除去」
「交通政策の中心に利用
政策にとっても参考となる点が多く含まれていると考えられる.
者を位置づけ」
「交通のグローバル化の管理」から成る.本
新白書が登場した背景をみると,市場統合以降,輸送市
稿では,議論を呼びそうな輸送機関の均衡の移動を中心に
場が活性化する一方,様々な問題が生じてきたことがあげら
れる.近年の共通運輸政策によって,EUレベルの輸送市場
紹介したい.
政策ガイドラインでは,交通部門の重要性を確認した後,
が出現し,輸送費用の低下,サービスの向上,選択肢の拡
共通運輸政策の評価を行っている.輸送市場の自由化政策
大がもたらされた.このような供給面の変化は,単一市場化
については成功を収めたものの,輸送機関の不均衡な発展
によって域内輸送需要が拡大したことともうまくマッチした.
により環境面で悪影響が生じていることを指摘している.EU
旧白書では,市場統合後の共通運輸政策として,積み残
の拡大に伴って交通需要は拡大を続けており,外部費用は
されていた輸送市場の統合措置を完成させる一方で,環境,
さらに増大が見込まれる.なかでも国境障壁の除去と JIT 生
安全,輸送制約等の多面的な課題に対処することを提唱し
産方式の定着によりトラック輸送量が増大し,このまま放置す
た.旧白書の副題が「持続可能なモビリティのための共同体
れば 2010 年には道路貨物輸送量は 1998 年と比べ 50 %増加
枠組み作りに向けた総合的アプローチ」
となっているように,
すると予測している.
持続可能性を強く意識した政策が示されていた.
全体的な輸送需要の見通しについては,2010 年までに実
その後,国際輸送,カボタージュに代表される自由化措置
質 GDP が 43 %増えると想定し,貨物が 38 %,旅客が 24 %増
は着々と進展した.しかし,旧白書が提案していた複合輸送
加するとしている.とくに新加盟国の増大とともに国境地域を
の促進,トランスヨーロピアンネットワークの確立,環境問題
中心に輸送需要が増えるとみている.そこで求められる施策
への対応策等は十分に進まなかった.一方,輸送ニーズは
が輸送機関の均衡の移動であるが,共同体として導入可能
ますます道路輸送に傾斜し,税制や社会的規制の調和が遅
な施策は限られる.補完性原理を考慮すると,地域密着性の
れたこともあり,輸送機関の不均衡な発展(道路輸送の増大,
強い輸送分野の施策は,加盟国や地方自治体に任される部
054
運輸政策研究
Vol.5 No.2 2002 Summer
外国論文紹介
分が多いからである.
チャージに相当する条項である.
白書では,共同体として可能な,価格メカニズムの活用か
鉄道再活性化は,古くからの課題であるが,従来は加盟
ら鉄道等代替的輸送機関の再活性化,トランスヨーロピアン
国に任されていた.共同体としての鉄道輸送政策は,91 年
ネットワークへの集中的投資等,60 余の施策を積み重ねる統
の指令パッケージにより,インフラと運行の会計分離を義務
合的アプローチを提案している.EU は,統合的アプローチ
付けた頃から本格化した.鉄道運行の自由化政策によって,
を採ることによって,全体の輸送需要の伸びには応えながら,
国鉄とは独立した事業者が参入し,鉄道事業は活性化した.
鉄道,水運のシェアを伸ばす一方,道路輸送のシェアを抑制
白書では,自由化がインフラの最適利用につながるとし,貨
する.その結果,輸送機関のシェアを 1998 年レベルに戻し,
物輸送では国際輸送だけでなくカボタージュを導入すること,
二酸化炭素の排出量の伸びを,施策をとらない場合に見込
また旅客でも国際輸送について自由化を進めることを提案し
まれる 48 %増に対し,26 %増に抑えることを目指している.
ている.その一方で,相互運行性の確保や安全規則を調和
することにより,公平な競争条件を確保することに努める.
3 ―― 輸送機関の均衡の移動
従来,国内輸送を主要なターゲットとしていた鉄道網を欧
道路輸送から鉄道,水運,複合輸送に輸送需要を移す輸
州域内市場に合致させることは,重要な再活性化施策であ
送機関の均衡の移動(Shifting the Balance between Modes
る.白書では 2003 年に 50,000km 規模のトランスヨーロピア
of Transport)には,日本のモーダルシフトと類似した施策
ン鉄道貨物網を鉄道運行会社に開放するとしている.鉄道離
が含まれている.国土の広さ,鉄道・運河の延長等,地理
れの大きな理由として,荷主企業は鉄道サービスの品質の低
的な条件が大量輸送機関に有利になっている分,欧州の方
さを挙げてきた.貨物専用路線網の指定は,運行の定時性,
が可能性が高いと考えられる.とはいえ,鉄道の再活性化や
正確性を確保し,荷主の信頼を得るうえでも重要である.
複合輸送の促進は旧白書に盛り込まれていたにもかかわら
輸送機関の均衡の問題は,他の箇所でも関連施策が取り
ず,十分な効果をあげていない.道路輸送の優位性は欧州
上げられており,なかでも関係者の議論を呼んでいるのが料
でも同じであり,新白書の示す施策の前途は容易ではない.
金施策である.従来から,EU では燃料税,有料道路料金等の
輸送機関の均衡の移動では,施策として規制された競争
調和,外部費用の内部化政策を進めている.新白書では,こ
と輸送機関の接続が提示される.前者には,輸送機関ごと
の政策を推し進め,環境への影響に応じた課金方式へ移行
に道路輸送の品質向上,鉄道再活性化,航空輸送の成長管
することを示している.外部費用を内部化した料金がインフラ
理が挙げられ,後者には海運・内陸水運・鉄道の接続,複
費用を上回る分については,外部費用を削減するための特別
合輸送開始の支援(新マルコポーロ計画),望ましい技術条
会計に繰り入れ,歳入部門に拘らず環境面で優れた複合輸
件が含まれる.
送等を促進するインフラ整備に支出することを提案している.
道路輸送の品質向上は,平等な競争条件を確保すること
により,脆弱な道路輸送産業の強化を図ろうとする施策であ
4 ―― 提案の行方
る.欧州の道路輸送産業は,オーナーオペレータが認めら
新白書に対し,関係者は様々な反応を示している.当然な
れていることもあり,極端に零細性が強く,荷主との交渉力
がら,IRU(International Road Transport Union)
は反対意見
は弱い.一方,市場環境は,域内の国際輸送,国内輸送の
を表明しており,CER(Community of European Railways)
は
域内事業者への開放(カボタージュ)
と自由化が進み,さらに
白書を歓迎している.加盟国の意見の相違により採択まで長
旧東欧地域の輸送業者の参入が増え,厳しい競争にさらさ
い時間を要したことにも,白書の提案をめぐる問題の複雑さ
れている.一部の事業者は,運賃ダンピングで貨物を確保
が表れている.60 余の提案は見た目より野心的であると白書
しているが,無理をして利益を出そうとするあまり,運転時
は述べているが,今後この提案の条文案を作成し指令,規
間,走行速度等の安全規則を無視しがちである.トラック・
則等として採択するまでの道程の険しさを予見してのことであ
バスに対する路上取締りでは,8 台に 1 台はなんらかの違反
ろう.旧白書発表後の経緯から判断しても,新白書の提案が
を犯しているとの調査結果が示されている.
計画通り順調に閣僚理事会や欧州議会に受け入れられるとは
ダンピング行為は,輸送機関間の不健全な競争にもつな
がり,道路輸送への過度な集中をもたらしている.白書では,
規則の効率的,統一的実施,運転・休憩時間の取締り回数
の増加等,取締り・罰則規則の調和を提案している.一方,
運賃ダンピングに歯止めをかけるため,燃料価格上昇時に
考えにくい.日本とっても興味深い運輸政策の方向性が明確
に示された白書だけに,今後の動向が注目される.
参考文献
1)Commission of the European Communities, WHITE PAPER European
Transport Policy for 2010: Time to Decide, 2001
2)Commission of the European Communities, WHITE PAPER The Future
運賃改定を認めさせる荷主との契約条項の導入を提唱して
いる.これは航空,海運の運送契約におけるバンカーサー
外国論文紹介
Development of the Common Transport Policy, 1992.
(運輸白書と関連文書はhttp://europa.eu.intからダウンロードできる.)
Vol.5 No.2 2002 Summer 運輸政策研究
この号の目次へ http://www.jterc.or.jp/kenkyusyo/product/tpsr/bn/no17.html
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