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実際には、この二つに共通点はほとんどない.││少なくとも、歴史上、現時点においては。フロムの
ヨーロッパの社会民主主義運動にたいする誤った分類は、フロムがその運動に彼自身の思想の多くを触
発されているのだが、下意識の抑圧が働いていた一つのよい例である J
提案されている第四の選択は、持つことと在ることのあいだの本質的な違いを綬拠にしている。この
ような概念は、二つの根本的に違った存在の様式をあらわしており、それが、個人的性格や社会的性格
の構えにどれくらい影響をおよぼすかによって、まったく正反対ともいえる人生経験の原因となる。詩
や文学からはじまって日常一言語にいたるまで、さまざまな例によって、人聞が何を所有するか、あるい
Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
は何を消費するかということにもとづいて、人間自身を定義する傾向を徐々に獲得してきた事実がしめ
される。疎外された人聞は、自分自身の性格の構えのなかに、一般的にいって全体としての資本主義社
会の社会的性格を写したものを受け入れがちである。学ぶことは、考えをダイナミックに成長させ、そ
れを交換しあうことではなく、データと情報の蓄積として受けとられる。能動性と社会的相互作用の広
い領域が、このような根本的に二つの相容れない見地からアプローチされる。﹁持つ﹂人聞は物質的所
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若い世代の多くは││とくに一九六0年代に││心ない消費主義と持つという存在様式を拒否した。
彼らは両親のみじめさから自分たちを解放しだしたが、フロムが正確に診断するように、それと同時に
には、人聞の個性のしなびた遺物があるにすぎない。
性は、ますます失われる。別の言葉で言えぽ、物や所有によってあおりたてられるあらゆるエゴの背後
換をひきおこし、その都度一時的なエゴがかりたてられるて内面的な強さをもった成長や成熟の可能
りつかれればっかれるほどハ消費はしばしばもっとも良い﹁取引き﹂をしようとして、雪だるま式の交
豊かすることはほとんど、あるいはまったくない。それどころか、人が持つことと、消費することに漏
取って代わられる。消費し捨てさる過程は、絶えず受容的な個性のエゴを太らせるが、その人の人生を
べての行動の最終的ゴ lルである。一九世紀の資本主義と対照的なのは、商品はそれが一度獲得される
や、その固有の価値を失うことである。それらは安々と捨てられ、より新しい、より良い﹁モデル﹂に
あり、肉体的特質や、技術、社会的地位、富などという言葉で定義される。その時、獲得することがす
識をとんでもない高さにまで引き上げてしまった。すなわち、自分自身のエゴはもっとも高価な財産で
し、そして、ついに、ト 1 ニlの﹃獲得社会﹄の記述のなかに少なからずカ lル・マルクスをとりあげ
る。財産に漏りつかれたブルジョワジ lは、徐々にあらゆる個人的関係において全体的な堕落におち
いった。人びとは物としてとり扱われ、それに合わせて操作される。資本主義社会は、個人のエゴの意
や
、
エックハルト││彼が二つの様式を簡潔に定義したのだがーーに加えて、フロムは R ・E ・
ハ
軒l-7ー
マックス・ステイルナ lの洞察に満ちた作品である﹃エゴと彼自身 1権威に抗する個人の場合﹄を引用
わめて煮つめて説明している。
この本の第二部で、フロムは彼の初期の著作で使った多くの概念の要点を繰り返す。 マイスタ l ・
通ずるところはないからである。愛にかんする章は、﹃愛するということ﹄のいくつかの中心思想を、き
れた性格特性を参照)本質的に愛することができない。生産的な愛は、愛する人間の所有とはなんら相
的、あるいは﹁持とう﹂とする性格の持ち主もまた、(﹃人聞における自由﹄や﹃悪について﹄で議論さ
なわち、まったく権威とはほど遠い存在であるが、それにもかかわらず彼は権威をもっている﹂。受容
ざす力をあたえられた時である。ある政治的指導者は、﹁:::馬鹿であり、不道徳であり、悪である。す
戦や出会いに自発的に反応する。とくに危険なのは、﹁持つ﹂人聞が自分が命令されないで権威を振りか
有、地位、蓄積された知識などに不可避的に依存しがちなのにたいして、﹁在る﹂人聞はあたえられた挑
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2
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2
5
7 第九章 『生きるということ』一一フロムの一般向け著作の再考
新しい、根本的に違う価値体系をうちたてることには失敗した.ただ、抗議し、拒否するだけではたし
かに﹁新しい﹂人間性の創造のための道具としては十分ではない。持つことにたいする有効で、永続す
る対抗概念が、活性化した運動を支えるために作動しなければならない。それらが欠けていたため、多
くの若者が彼らの試みに失敗したのだ。実際、彼らの叛乱は、獲得社会﹁からの﹂自由はもたらしたが、
存在の成熟した状態を達成﹁する﹂自由の形成には至らなかった。結局は、多くの若者が諦め、彼らが
いたのではないが、不幸なことにその数がどれくらいかを知ることは不可能である。﹂にもかかわらず、
︿舗)
短期間退けていた古い生活形態に戻った。﹁大きな希望を抱いて始めたすべての者が、失望して幕を引
静かな反抗の炎が再び燃え上がるかも知れないという希望はまだある。すなわち、消費主義と持つとい
在るという様式にたいして、フロムは二つの基本的な前提を提出する。能動性と利他主義である。こ
う形態に反対し、病気から正常への社会の変質に向かう反抗である。
マルクスの哲学として││フロムのこれまでの著作のなかで、﹃自由からの逃走﹄に始まり、性格学にか
ういった性格特性とその精神的なモデルは││アリストテレスやマイスタ l ・エックハルト、スピノザ、
んする多くの本や ﹃
正気の社会﹄をとおして、広範に議論されてきた。だが、連帯と敵対とのあいだの
区別にかんして、新しく、重要な観点が、二つの社会的に条件づけられた、まったく相容れない存在の
形態として、導入されている。獲得社会における人間関係は、おおかた貧欲、冷酷き、競争、そして敵
対によって特徴づけられる。所有を失うことや、もっと広い意味での、より多くの商品と地位向上のた
めの競争的な戦いに敗れることにたいする恐怖は、それなしでは不具者と感じざるをえないよう作用す
る。個人も集団も、この広く行きわたった恐怖によって性格構造を歪められている。連帯の代わりに敵
対が多くの社会的相互関係を規定する。敵対の別の側面である貧欲は、けっして現実には満たされるこ
︿明剖)
とがない。というのは、それは﹁どんなに貧欲が満たされようが、克服されうるはずの内面の空虚さ、
倦怠、淋しさ、憂欝を満たさない﹂からである。このような観察の多くは、すでに一九世紀の社会主義
者そ lゼズ・ヘスの作品、ショ lペンハウ 7 lの警句、フランスの哲学者ジョルジュ・パタイユや実存
主義者マルティン・ハイデガ lの後期の著作に見られる。フロムのアプローチの独創性は││これは存
在論的な範聞ではガプリエル・マルセルの﹁在る﹂という思想との比較においても同織に言えることだ
が││繰り返すが、フロムが個人的な性格の構えと社会的性格の構えとのあいだにうち立てることがで
きた一貫した因果関係にある。そこから、彼が復の理論を多くの国家を包含するより大きな共同社会と、
そこでの生活様式に繰り広げていくのはきわめて当然である。このように地球的な規模にたてば、さま
できると結論しているのは正しい。諸国家の連帯が図られなければならず、敵対は根絶されねばならな
ざまな国家のあいだの関係を規定する要因である貧欲と恐怖の相互作用は、平和にたいする恒久的な脅
f
帝わんを在る惜上に置き換えることによってのみ達成
威をあらわしている。フロムは永久の平和は、持ん ⋮
この本の最終部(﹁新しい人間と新しい社会﹂)は、有害な持つ様式を人間的に方向づけられた在る様
式に変える実際的側面を扱っている。ひたすら経済構造の線本的再構成をするだけでは大規模な変化は
達成できないと、フロムは言う。被はまた、個人の性格の構えを変えるだけで、新しい社会が出現しう
るという考えも、同様に排除する。かりにそのような個人の意識だけが別個に進歩することが可能で
あったとしても、それは、より大きな社会組織という関係のなかでは、効果がないだろうし、私的な領
域に限られるだろう。彼は、ここ数年市場的な性格の構えが、﹁サイバネティックスの信仰﹂とともに、
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西欧社会において広範囲な基盤を確立したのを観測している。受容的タイプは未発達ながらも、個性の
Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
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第九章 『生きるということ』一一フロムの一般向け著作の再考
2う9
痕跡を残しているのにたいし、市場的な構えは識別できる程度のエゴさえももっていない。パーソナリ
ティ・マーケットの命令に完全に適応することが、市場的な構えの根本的な特性である。市場的な人聞
は、感情的経験をしない.すなわち、彼は愛することもなければ、憎むこともない。彼らは、完全に疎
外された存在というマルクスの定義の純粋な化身だ。(この性格タイプにかんするもっと徹底した論議
は、この本の七章と八章において﹃悪について﹄と ﹃
正気の社会﹄ をそれぞれ分析するなかに提供して
おいた J ここで、フロムはミカエル・マツコピ!とイグナシオl・ミランによって完成された二つの
Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
社会調査を引用している。両方とも、企業の重役によく見られがちな感情や気分の性向を調査したもの
であり、完全な市場商人という新しい人種にかんしてこの上なく啓発的なものである。サイパネティ v
クスにたいする信仰、すなわち、データ処理をとおして人間存在のあらゆる形態を予想し、操作するこ
とにかぎりない信頼を示すことの急速な広がりと結びついて、このような性格の構えはあらゆる人間主
義的な再生にたいする恐るべき障害となっている。フロムの意見では、根源的な人間主義と、社会的性
格および個人の生活の見通しの両者を同時に再構成していくことだけが、人類の生存にとって必要な変
革をもたらすことができる。
フロムは﹁不健康な人間存在という対価を支払ってのみ可能な健全な経済﹂という現在の状況は、終
わりにしなければならないと言う。資本主義社会と共産主義社会の両方に現存する性格の構えを見ると
において│容認することにやぶさかではない。だが、彼はもはやそれが荒れ狂うのを許すわけにはいか
き、フロムは持つ構えが、人間性の避けられない部分であるということをl少なくとも、進歩の現時点
ないと主張する。すなわち、それは理性によって統制され、とりこまれなければならない.言い換えれ
ば、持つ様式は、在る様式の新しい復活によって抑えられなければならない。 E-F・シュlマッハl
V
に加えて、フロムはアメリカの生態学者ポlル・ R ・ェlルリッヒやアン-H-zlルリッヒの作品
内
初
源・環境、ヒューマン・エコロジーの世界﹄﹀と、ドイツの社会民主党員、エアハル
︿共著﹃人口 .資
l
ト・エップ丸刈 の作品を引用する。これらはすべて地球の自然資源のおびただしい枯渇と、人間存在の
片意地な自己破壊に焦点を合わせている。狂気は、それがどんなに感染しやすかろうが、今や停止され
ねばならない.新しい﹁人聞の科学﹂が、野放しな科学技術と制度化された人間性を制御する道具とな
るというゴ lルに向かって創造されねばならない。
その第一歩として、フロムは、工業生産を﹁正常な﹂消費に向かって再構成することを提案する。現
存する食品医薬品局の延長線上に、健康的消費かどうか裁定する基準をもっ政府横闘が設立されなけれ
ばならないだろう.このような大衆的な方向づけは、生産にたいする株主や経営者の支配が、法令や新
しい消費者の自覚 (H不要で、損害をあたえるような商品を排斥すること)によって根本的に縮小され
たときにのみ力をもつだろう。これらすべては﹁:::巨大企業の政府にたいする大きな威力(北凱は日
いう条件のもとでだけ実体化される。合衆国における既存の政治的、経済的権力構造について初歩的な
ごとに強くなっている)と人びとにたいする大きな威力(洗脳による思考統制による)が破られる﹂と
知識さえ持っている人は誰でも、これはまったくユートピア的な提案だということにすぐに気がつくだ
民による国民会議の制定である。それは、すなわち、直接参加の民主主義の履行のための草の根運動で
ろう。明らかに、フロムは判っていない。彼は、﹃正気の社会﹄や﹃希望の革命﹄で提案した政治的、文
化的変化を短く繰り返して、在る様式の再活性化というプランを描きつづける。つまり、 責任をもっ市
あり、より小さな規模の地方分権化や、生産計画への労働者の参加であり、社会のすべての構成員に最
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低年収を保証することである。
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『
生きるということ』一一フロムの一般向け著作の再考
261 第九章
そこから、フロムは新しい世界の出現がもたらす一連の本質的な条件を提出するが、それは次のよう
に要約されよう。産業広告であれ、政治広告であれ、あらゆる﹁洗脳的な手段﹂は禁止されねばならな
い。豊かな国々は、発展の遅れている国々を搾取することをやめねばならない。婦人は、家父長制に従
属させられることから解放されねばならない。正確な情報が、効果的な方法で行き渡らせられなければ
に実現されねばならない。辛嫌にならなくても、機敏な読者ならば、合衆国の現在の政治的、経済的機
ならない。科学研究は、もはや利益にも国防にも奉仕すべきではない。そして最後に、核軍縮が、早急
構がこのような条件を自発的に作りだすなどということは、自殺的行為に等しいと悟るだろう。政治的、
lリ
Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
経済的権力構造は││そういう用語は、西側の資本主義と東側の共産主義の双方にとって実際には同義
ようとしても、簡単に自滅などしない。存在している消費のための教化と、教化によって創りだされる
語であるが││どんなに多くの合理的議論が、人生のあらゆる側面におけるその画一的な支配を除去し
できるはずがない。既存の機構の内部での大規模な社会的変革は、きわめて時聞を要し、長たらしいも
人工的な欲求を満足させるための消費という悪循環は、フロムが提案しているほど簡単には破ることが
のである。いくつかの西ヨーロッパの国々では、生態系と防衛問題にたいして大衆の意識を変革しよう
とする試みが、過去一 O年のあいだに具体的な政治変化をもたらした。たとえば、西ドイツでは、﹁緑﹂
の党が最近かなりの大衆の支持を受けた。だがそれは、社会風潮のなかにあってまだ徴妙で暫定的な変
化なので、その最終的な成果は、予言することはできない。
結論として、ェ lリッヒ・フロムは、救世主的な希望の実現にかんしては懐疑的である。企業化され
た産業の圧倒的な力に直面し、大衆の無力と恐ろしいほどの無関心を見れば、持つ様式を逆転させるに
はせいぜい二%の可能性しかなかろう。この確率が、ビジネスの取引になったとすれば、理性のある人
聞ならば誰もそれに投資しようとはしないだろうと、フロムは認める。こう述べる﹃とともに、フロムは
O年を経て、
一九三七年のまだ熟していない論文﹁無力の風骨﹂の要点に戻る。このなかで、フロムは国家社会主義
党勃興前後のドイツ中産階級に蔓延していた社会的性格を実に正確に描いていた。今や、四
l
彼は本質的には同じ結論にたっている。すなわち、万能と思えるシステムによって搾取されている川パ
気が進まなく
んどの人びとは、本質的には、独立して室、行動することが不可能であり
。だが、運命に無条件に身を委ねることは、フロムの性格とは相容れない。本の最後のページでは、
Uび、自由で生産的である人聞が占める新しい社会のヴィジョンが呼びおこされる。フロムはこの
ふた
高貴な空中楼閣を、中世の神の都と現代の世俗の都との弁証法的統一ーーすなわち、在ることの都││
と呼ぶ。
熱烈な支持者たちさえ、﹃生きるということ﹄の出版にはある種の狼狽を覚えた。フロムの鋭い社会分
析は、彼が大戸で述べている解決と簡単に調和するはずがなかった。比喰的に言えば、この本のほとい
v
どすべての行が、そういうジレンマの解決が明らかに不可能であるという緊張に満ちている。フロム いまで││あるいはそれを越えて、拡げてい
自分自身の望ましい未来のヴィジョンを、ぎりぎりし t
同フロムに共感的な批評家だが、彼の提案の実現の
るのを知っていたに違いない。ロルフ・デ J W l
可能性については、深刻な疑いを表明していり抗。多くの他の批評家たちも、フロムが提案した実際的な
つけているからだ。その倫理主義は、持つことは﹁悪く﹂、在ることは﹁良い﹂という公式に要約され
解決方法を素朴で非現実的であると非難した。それはまったくそ A品JdJd品、、同様必伺白州、この
本の基本的前提である。(いろんな性格の構えをあつかっている)社会心理学の理論を、倫理主義に結び
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る。方法論としても、フロムのアプローチには大いに疑問が残る。社会心理学と倫理学は、彼の著作の
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263 第九章 『生きるということ』一一フロムのー般向け著作の再考
に単純きわまりないという結果を招かざるをえない。持つことと在ることの倫理的違いは、少なくとも
なかでいつも強く関係づけられてきた。だが、ここでの用いられている率直すぎるその融合は、必然的
こうした単純すぎる提示では、フロムの社会病理学を不明瞭にする。人間主義の復活という彼の願いを
強める代わりに、在る構えを一方的に褒め、持つ原理を同じような観点から非難することでは、多くの
読者を納得させられない。フロムは、いつでもすべて持つことが、諸悪の線源であるという不適切な
││そして、人間学の用語ではとても容認できない││一糾弾をとおして彼の立場を強調しすぎる。フロ
ムは(以前の彼の著作、とくに﹃マルクスの人間観﹄や﹃正気の社会﹄でそうであったのと同様に)快
適な生活水準を維持するために一定量の物を獲得しようとする、人聞の自然で有益な衝動と、搾取と疎
外を導く資本とが区別できていない。それ故、フロムのアプローチのまさにその全体性によって落とし
穴におちる。最終分析では、持つことと在ることの根源的な選択が人為的なものになり、不確かになら
内組)
ざるをえない。ライナー・フンクは、フロムのもっとも近い仲間の一人だが、彼でさえこの本を、﹁社会
心理学的洞察と人間主義的な宗教と倫理学と綜合しようと試みる:::。﹂というふうに用心深く述べて
いる。ゴンサルフ -K・マインパ l ガlは、フロムを批評するのにもっと容赦なく、この本を﹁新聞雑
持つことと在ることというこつの単純な用語を頼りにして書き直せはしないはずである咽
誌記事の申詩集め﹂であり、彼自身の分析的方法の明らかな欠陥を見ぬふりをして予言を用いている手
品 技 だ と す る 。 フ ロ ム の 歴 史 観 は 片 寄 っ て い る と 、 マ イ ン パ l ガ l は言う。すなわち、歴史は、
この本にたいするもっと善意の批評家たちは、多くの読者に直接訴えかける力と、社会や自己自身へ
不満をもっている人びとに新じい形の自覚の可能性をこの本が促していくだろうと正しく称賛している。
にもかかわらず、全体として、少なくともその構想のあどけなきにかんしては意見が一致しているよう
だ。とくにアレキサンダ l ・ミッシャリッヒのような研究者による、人聞の攻撃性にかんする最近の発
見に照らしてみればそうである。大規模な社会を再構成しようというフロムの妥協のない提案がいかに
称賛に値しようが、それは、多くの人が選ばなかった道だということを忘れてはならない。もう少し別
の角度から見てみよう。﹃生きるということ﹄の出版の一年後、スイスの作家、ォット1・ F ・ウオ lル
は﹃野土仰(一九七七)﹄という小説を出版した。フロムの本の直接の影響のもとに書かれたその小
タl
説は、豊かな社会(すなわち、持つ様式﹀を後にして、利他的な協力と共同の所有(すなわち、在る形
のフロムの考えの小説化は、大変説得力がある。それが生産的なヒューマニズムの精神にあふれた
1h
式)の原理のもとに創立される小さな共同社会を作っていく二人の若者の運命を描いている。ウオ lル
タ
新しい社会単位の出現というモデルとして現実に役立つかどうかは、なお見守っていかなければならな
LW
・
最後の一般向けの本が、強い議論をよんでいるなかで、エ 1リッヒ・フロムは一九よ批年に﹃パルド
ン﹄誌によって、オーストリアの社会学者アデルバ lト・ライフのイヴイピューを受けた。そのなかの
いくつかの答えは、この本の意図をさらに詳しく説明している。在る様式の実現に向かっての可能な段
の変化が問題なのだと彼は答えている。もし持小ひとのその圧倒するような重要さが人びとの心からな
階として、私的所有の廃止について質問されたとき、そんなことはま Jたく助果がなかろうと、フロム
は述べている。所有の現実的分配が問題なのではなくて、持うことと在ることにたいする一般的な意識
るだろう。教化されている現在の状態が、まさにこの変化を妨げており、愚かさを進めてさえいる。す
くなるならば、誰が少しばかり多く持っている、誰は持っていないということはどうでもいい問題とな
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なわち、理性の不在である・フロムは正確に、知性/悪知恵と理性とを区別している。愚かさは、精神
Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
2
6
4
『生きるということ』ー一一フロムの一般向け著作の再考
2
6ぅ第九章
的遅滞の結果ではない。それは自由の欠如の帰結である。ライフは、宣伝に支配された世界にあって批
判的理性を活性化し、独立を達成することは本当に可能なのかどうか 尋ねる。するとフロムは、大衆的
な教化にもかかわらず、進歩はやまないだろうという彼の希望を表明する。人聞の意識の﹁変化﹂は、
歴史を通じていつもおこっており、いまもなお、そうだと考えられる。変化に対応してきた人たちは、
その時代を生きぬき、なおかつ未来にたいしてまったく異なった輪郭のゲィジョンを描き与えた人びとで
ある。ここでフロムが述べていることは、革命的性格の構えと言ってよかろう。そういった構えが、過
現在の持つ様式が支配的な主な原因として、フロムは非常に多くの人聞が信念を欠いているからだと
Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
去において歴史の進歩を促してきたのだ。
倫理的問題よりもっと重要だ。すなわち、それがまさしく、直接人類の保存につながっている。それな
指摘する。信念が物への妄想にとってかわらねばならない。だが、根源的で敏速な回れ右が、道徳的、
に根ざさない生は、破壊性の主な原因となる。もし、進路の綾源的な変更ができなければ、人聞は事実
らば、自己保存のため理性と意志が、人聞を変化へ向かわせるよう整えられるべきだ。最終的には、生
とも大事な論旨の一部を繰り返している。
上自滅するだろう。結論として、フロムは ﹃
生きるということ﹄の三年前に出版された、﹃破壊﹄ のもっ
彼の最後の一般向けの本は、その前提を定式化するうえで弱さと単純化のしすぎにもかかわらず、主
に、自己自身の生活の方向にもう一歩踏み出そうとしており、まだそれができる人びとの心に訴える勧
告と見なされなければならない。実際、これは寂しさを感じきせる本だ.前著までの多くの本に見られ
た新鮮さと凝縮性には欠ける。全部に納得がいくという訳にはいかないが 、 それは、人間心理と私たち
のうえに働く外部の力にたいするフロムの深い洞察に満ちている。幾分突き放した 書き方がみられ、そ
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(凶)同書 官
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(日)同書 U・ 傍点は私。
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9) 同書司会・
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(叩)問書 官 ∞
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(日)ハウスドルフ(一 輩、注2) 司
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(辺﹀司、芯﹀三 D
(l﹀その二、三の例としては、フンク(二章、注叩)の司・︼ Nm以下を参照されたい.
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唱 bm
︿
2) 守宏、占ミミト。
sa・ 4司25-M282cSPE--回(邦訳 ﹃震するということ﹄﹀(Z崎君ベs
-MugmSEr-vgq・52﹀から引用している・
叩由)・その本はここではベイパ 1パ ック版︿22弓ペロ﹃w
Ddpg
(3) 本書の四章と五章、特に八三頁以下および一 O入頁以下を見られたい.
SS同(注 3﹀司・ω・
(4) コお弘、 HDHト
・
白
・
(5﹀ 同書 官
(6﹀本書の入章、特にニO二頁以下を参照されたい・
(7) ﹁守弘、問。同ト83h(注2﹀ MM-Nφ
人びとのあいだでは。
れ以上に内容が個人的ではあるが、なんと言っても、それは、偉大なヒューマニストの最後の重大な発
、
言 である。人間性についての厳密に科学的な叙述かはない吟ーーそのように読まれるならl │それは
まだ広く読まれるに値する。少なくとも、連帯と平和というユートピア思想を完全に捨てさっていない
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67 第九章 『生きるということ』一一フロムの一般向け著作の再考
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第十章
深淵を覗き込んで
││人聞の攻撃性の理論(一九七一二i 一九七五)
晩年になって、フロムは大へん健康を害した。一九七四年、﹃破壊﹄の出版の一年後、フロムと妻はメ
キシコには戻らず、永久にムラルト(カントン州チチノ)にとどまる決心をした。そこで、彼は名誉市
民の栄誉をになった。フロムは、ザルツブルグで聞かれる人間性にかんするシンポジュ!ムに定期的に
出掛け、(インタビューをとおして)マス・メディアとの接触をたもち、そしてまた人間主義的な構えの
からなる﹁実験派﹂とは密接な関係をもった。彼は、﹁実験派﹂の定期刊行物である﹃プラクシス﹄の
人びとや学者仲間、とくにヒューマニスト・ソ│シァリズムを標携している科学者や他の公けの人びと
ていたが、今日の観点からもきわめて読むに値する。ここでもフロムはもう一度、現代の分析的傾向が
共同編集者としても貢献した。一九七O年には、フロムは、﹃精神分析の危配﹄という題で論文集を編集
していたが、それは、一九三0年代の論文をどちらかといえば不器用に 書
き換えたものなのだが、精神
分析の現状に新たに貢献する重要な論文をふくんでいた。この論文もまた、﹁精神分析の危機﹂と題され
危険であり、しばしば査められていると挑みかかる。というのは、今日の分析者が、個人を、病める社
会の規範や行動様式に適用させようとする傾向があるからだ。別の言葉で言えぽ、もしある人聞が、共
通に受け入れられている相互作用の基準によって精神的に病んでいると見なされるならば、むしろ全体
ではない。この洞察力のある文の行聞には、同僚の分析者にたいするフロム自身の欲求不満が見られる。
としての社会的性格の方に問題があると言った方が当たっている。││画一化しない人間個人にあ石の
とくに彼を排斥し、彼のことをフロイトの﹁修正主義﹂だとした仲間にたいしての。
エlリッヒ・フロムは残りの生涯を、敬度な仏教徒として過ごした。毎朝、彼は黙想し、精神の集中
に努めた。(彼の師は前述の僧侶、﹃仏教の黙想の心﹄の著者であるニアナポニカ・マハテ lラだった。)
さらに、フロムは日々の生活の基礎として自己自身の夢や潜在意識の活動の分析を行った。フロムは一
九六O年に出版した﹃禅と精神分析﹄のなかで提起した原理を強く抱き続けたと言って間違いなかろう。
疑いなく、フロムはきわめて知的な自己訓練と集中を続けた。それは、肉体的に弱くなってきた時にも、
フロムの七五回目の誕生日に際して、ボリス・ルパンプロッツア!とライナー・フンクは精神分析の
いろいろな病気で健康を損ねていた時にも続けられた。
lリッヒ)の後援のもとにロカルノで聞かれた。フロムが、ほとんと四O年近い診療家としての実際の
過去、現在、未来についてのシンポジウムを催した。これはゴットリ lプ・ダットワイラ l協会(チュ
の手による簡単なレジメによって知ることができる。現代の精神分析にかんする数ある問題のなかで、
体験から得られた事実を熟成して、基調講演を行った。この精選された講演の中身は、ルバンプロ 1ザ
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フロムはおもに人間の正常さを脅かすものとして、次の争いの残る領域を数えあげた。すなわち、
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愛しているという意識対無意識の無関心、憎しみ、攻掌性
自己同一性の意識対他人にどう見られているかという無意識の関心
正直の意識対自分自身および他人にたいする無意識の歎輔帥個人主義の意識
自由の意識と無意識の現象としての自由対意識の組織された操作と行政の独裁性例良心の意識対無
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意識の罪の感情
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誠実の意識対無意識の誠実の欠如
対紋切り型の無意識の存在
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Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
270
271 第十章深淵を覗き込んで一一人聞の攻躯性の理論
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能動性の意識対心の受動性
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(J 自分の環境にたいする現実的な関係の意識対無意識の非合理主
これらすべての個人的なストレスにかんする領域は、個人的、そして社会的性格学についてフロムが
書いた作品に容易に関係づけられる。もう一度言うが、彼の目的は、(教化の結果として)人工的につく
しばしば、その全てが無意識の中に抑圧されがちである。そして、人が自覚しているような人間性と、
られた意識と、人間の欲求という現実とのあいだの札幌を示すことにある。人間の欲求は、あまりにも
に似て、この研究は人間性のこれまでの発達にたいするフロムの時い見方によって結論されている。フ
現代の文明や社会の制度とのあいだの深い敵対関係に鋭い焦点が当てられている。﹃生きるということ﹄
ロムは疑いもなく人類││すでに環境破嬢と核による崩壊という二重の死の脅威に捕らわれているーー
が、精神的で、情動的な能力の容赦のない、着実な減少に苦しんでいると見ている。だが彼はまた、こ
いとすれば││信念と理性によってくい止めることが可能であるとも信じている。
のような螺旋的に降下していって最終的には完全なロボット化に至るような段階は、││まだ遅過ぎな
﹃生きるということ﹄を完成させるために、フロムの健康は過度に害された。一九七七年から七八年に
かけて、彼の心臓は繰り返す発作のために悪化した。一九七九年にドルトムント市が文化生活にたいし
に出席できなかった。受賞の言葉は彼の欠席のなかで読まれた。それは﹁我々の時代のヴィジョン﹂と
著しく貢献したとして、フロムにネリ 1 Hザックス賞を授与したとき、フロムは健康が悪化して授賞式
題され、新しい社会のなかに新しい人聞を創造するための、感動的で情熱的な弁論をふくんでいた。最
ヴィジョンである。それは情動にあふれた、人間らしい現実のなかに生活する自由な人間であり、服従
後の││そして、もっとも重要な││文はこうだ。﹁我々を導いてくれるヴィジョンとは、新しい人間の
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や支配されることなしに愛することのできる人間のヴィジョンである﹂
リッヒ・フロムはムラルトで心筋梗塞で死んだ。彼の故郷であ
入O歳の誕生日を迎える入目前、ェ l
り¥少年期や青年期の形成にあずかったフランクフルト市は、入O歳の誕生日にゲ lテ牌を授与して名
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誉をたたえるはずだった。それはフランクフルト市があたえる最高の栄誉である。それは、以前には
・アドルノが受賞しただけである。フロムにとって、この
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マックス・ホルクハイマ!とセオド l ル
栄誉は遅すぎた。夫人が一九八一年の三月に彼の死後それを受けとった。
ヨーロッパ大陸で、一九七0年代にフロムの評判が上がっていった大きな要因は、彼のもっとも重要
な作品である﹃破壊﹄(塾和)の出版だった。この作品は、精神分析理論の三部作の最初の部分にあたる
と思われる。だが、残りの二部はとうとう完成されなかった。彼の他の著作とは違って、フロムの最大
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にも,
傑作は、一般の大衆には大きな共鳴を勝ちとることはなかった。そのスタイルや用語の選び方は一主に
一般的な読者を想定したものではなく、むしろ専門的な心理学者や治療家を想定したものだった
かかわらず、その本の大部分は、ちょっと中身を読んでみれば、そんなに近づき難くないことがわかる。
7ンの本に見られるより、かなり
なめらかなフロムの言い方をここに見るだろう。次に挙げる分析の一つの意図は、この優れた本をより
専門家ではなくてもある程度教養のある読者なら、フロイトやサリヴ
少くの読者に紹介することである。フロムの思想を真面目に研究しようとする学徒ならだれでも、人間
の破壊性の深淵のなかに、フロムを追っていこうとする多少の努力をさけるべきではない。フロムは一
パージルではないだろうし、読者はダンテではない。だが、フロムの人間性の底に潜む世界の探究は、
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確かに、パージルとダンテの神話的な地獄の旅に引けを取らぬほど面白い。
- l lリッヒ・フロムは﹃破壊﹄に六年以上も取り組んだ。五0 0ページをこえるこの堂々とした本は、
Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
272
273 第十章深淵を覗き込んで一一人聞の攻隼性の理論
明らかに彼の性格学に、多くの批評家たちが以前欠けている、あるいは不十分と見ていた科学的基礎を
提供しようと意図したものだ.フロムは彼の作品にたいして行われた過去の非難、とくにその﹁大衆受
のにかなりの労力を払っている。序文で、フロムは読者に人聞の破壊性の現象を﹁広い視野﹂から見る
け﹂するようなスタイルと、硬い学術的論証が一般的に不足していることにかんして、それを論駁する
ことを約束しており、実際それをやっている。このように問題を追求するためには、フロムは以前には
触れたこともない、あるいはせいぜい何かのついでに取り撮っただけの知識を求めて、さまざまな領域
に没頭しなければならなかった。本能主義や行動主義の分野を徹底して調べるだけでなく、医学的、と
くに神経心理学的な側面の話題にもかなりの洞察を示している。医学訓練を受けていない学者が、こう
いった領域の科学的に有効な議論をするには、かなりの努力を要する。全体としてのこの作品にかんし
ては、人はその百科事典のような領域の広さに深くうたれざるをえないだろう。確かに、この本はある
であるという傾向は一九三O年以降のフロムのどの作品にも特徴的であると言えるだろう。そして、も
弱さを露呈している.そのひとつは、たびたび見られる深さの不足である.だがそれを言うなら、浅薄
う一方では、その本は三部作の一部を構成するにすぎないのであって、フロムは後のより深い探究のた
めにいくつかの考えを差し控えていたという弁解も成り立つ。にもかかわらず、この本は大変優れた利
第一編では、人間の攻撃性についての一般的理論にたいするフロムの明快な議論が展開される。新本
点をもっている。以下の分析は、もう一度この本の洞察とその矛盾する側面に絞ってみよう。
能主義者たち││すなわち、フロイトやローレンツ││と新行動主義者は、どちらもこの現象を説明す
ロ1 レ
るために限られた、部分的には誤った証拠しか示していない。コンラット・ローレンツは、きわめて人
気のある本である﹃進化と人間行動の修正﹄と﹃攻駅﹄の著者だが、あらゆる人間の攻撃性を、系統発
生的な領域、すなわち、人骨という種の本能的機構に位置づける。このような理論については、
ンツは一般的にフロイト派の伝統を受け継いでいる。すなわち、フロイトは早くから本能的資質を二つ
の範暗に分類していた。性本能あるいは生の本能(エロス)と死の本能である。死の本能は、後に彼の
弟子の一部によってタナトスと呼ばれた。この﹁破壊的﹂本能は、フロイトによれば、部分的には制御
される。だが、人聞の生身の体には依然として二つの葛藤する力が併存している。攻撃性は、いつでも
有力な役割を担っているので、人聞には行動の制御機能が働くと思われる。フロイトのどちらかと言え
ぽ基本的な理論にたいして、フロムは、それが経験昨な証拠にもとづいていないと正しく批判している。
フロムは、フロイトの創始者としての努力は、主に人関心理の構えの類型的側面に集中していたと指摘
する。社会的要因は、フロイトのアプローチでは、せいぜい付随的役割しか果していなかった。
フロイトに触発され、ローレンツは、動物や人間の攻撃性にたいする彼の﹁水力学的﹂考えを提起し
た。エネルギーは生体の内部で(水力学的な機能をもって)特定の圧力点にまでたかめられる傾向があ
は生命維持に必要な本能的機能であり、それによって個体と一定の種の生存が確保されるというローレ
り、その点を越えると閉じ込められていた攻撃性が爆発する、とローレンツは言う。そこから、攻撃性
ンツの仮説が提供される。フロムに言わせれば、﹁ロ、 J レンツの仮説の論理は、人聞はかつて攻撃的だっ
bから耽常働かbト、勤世攻撃的だから攻準的だっ,M﹂と言うに等しい。ローレンツの周りでおこる本
づいており、そこからガチョウと魚などと人聞の行動とのあいだの類似を導いているという事実に、強
能主義者たもの論争に、フロムは軽蔑を示す。フロムは、ローレンツの論旨が動物の行動の観察にもと
く反対する。近年見られる幅広いローレンツへの追聞は、本当に驚くべきであるとフロムが批評してい
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ることは付け加えておくべきだろう。ローレンツはたえず強くダ 1ウィンの影響を示している。そして、
Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
274
275 第十章深淵を覗き込んで一一人聞の攻穆性の理諭
一九四O年に彼は、ナチの民族主義政策を事実上許容するものと解釈されるエッセーを書いてさえいる。
多くの現代批評家にとって、彼の発見は要領をえないだけでなく、きわめて技巧的であると受けとられ
ている。フロムはローレンツの最近の著作のいくつかに秘められている残虐性の要素を正しく批判して
いる.その残虐性のなかで、軍事的な熱狂や軍人的な愛国主義が、歴史的過程において創造的力として
歓迎されているのだと。ここでは本能主義にたいするフロムの批判をこれ以上追う必要はほとんどない。
本能主義は、とくに今日のそれは、科学思想にたいするつまらない言い訳である。それは大変しばしば、
本能主義者たちに反対して、環境主義者たち(新しい意味、すなわち、生態的な﹁環境﹂保存に心を
もっとも低い水準の人間行動を卑しく正当化するにすぎない。
砕いている人たちと混同されてはならない)と行動主義者たちは、人間の行動/相互関係はまったくあ
たえられた環境の産山初であると主張した.ジョン・ブローダス・ワトソンは、革新的な作品である、﹃行
動││比政心理学入門﹄の著者だが、この方法の現代的な創始者となったと言ってよかろう。ふり返れ
ば、行動主義は、一九世紀の実証主義に根ざしているのである。パ 1ラス・ F ・スキナ lは、今日合衆
国でもっともよく知られている新行動主義学派の代表的人物である.彼の主著﹃科学と人間行動﹄やそ
EB 斗者 O)はいまだに多くの大学の学
の後のいくつかの出版物、とくに﹃ウォ 1 ルデン・トゥ l﹄(巧曲
の過程やその結果に興味をもっ。フロムは人間行動は、ーーその﹁内的傾向﹂や一定の本能的構えを考
部生に読まれている。新本能主義者と鋭く対照して、行動主義者は、主に人聞の相互作用と社会的条件
慮に入れなければ││かなりの程度、外的刺激、すなわち﹁肯定的﹂、﹁否定的﹂という強化によって形
造られうるというスキナ lの考証にたいしては、信頼をおいている.だがフロムは、スキナーが人間行
動のより深い動機をあきらかに無視していることを問題にする。さらにフロムは、スキナ lの問題のあ
の集団に搾取され、従属しうることが許容されている。フロムは﹁新行動主義は、プルジョワ的な経験
る価値体系を根拠に彼に挑戦する。その価値体系のなかでは、より高貴な目的のために、ある集団が別
い辺。:::﹂という結論に達する。
の本質に根ざしている。すなわち、あらゆる人聞の情熱のうえに第一に利己主義と私利の追求を置いて
北アメリカにおけるスキナ lの人気は、彼が科学的思想を独占資本主義のイデオロギーと社会・経済
的現実とに巧妙に融合させたことによるとフロムは言う・スキナ lの人間行動にたいするアプローチは、
-新しい科学的な人間主義を着飾ったご都合主義の心理学﹂に過ぎない。スキナ l主 義 に 反 対 し て 大 変
んでいる.行動主義は││少なくとも、スキナーや彼と同類の思想家の手にあるうちは││倫理的相対
説得力のある論拠を立てたノ l ム・チョムスキーを別にすれば、フロムはこのとてつもなく人気のある
理論に潜む危険を指摘できた数少ないアメリカの学者の一人だった。フロムの批判は簡潔で、示唆に富
主義の注入に自ら手を貸しているという観点から議論されてもいいかも知れない.もしある特定のイデ
オロギーあるいは行動の型が、(スキナ 1の場合は、アメリカの民主主義という価値体系が)﹁肯定的﹂
という強化の手段によって条件付けられるものならば、﹁価値ある﹂とされる他のどんな規範も条件付
けられよう。大変面白いことに、ナチスの支配するドイツにとどまった心理学者と社会学者の多くは、
ぴったりだったからである。それは、ナチの指導者たちによって心に思い摘かれていた﹁支配者民族﹂
初期の行動主義に由来する方法をとっていた。それは、まさしくこのような科学的方法論がナチ体制に
の育成と訓練には理想的に適していた。行動主義的構えの研究は、スターリン時代のソ連でも国家に
よって支援されていた。そこでは、子どもたちを家族の結合からはなし、行動主義的に制御された環境
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のなかで蝶けるという、驚くべき、ある意味ではショッキングな実験が行われていた
Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
276
277 第十章 深淵を覗き込んで一一人聞の耳聖書量性の理面白
ちの養成は、感情的、知的な奇形という結果に終わった。ハックスレーをはじめ多くの作家が、ユート
ピア小説のなかで行動主義の概念を検証している。科学が容易に交換できる良心の方を受け入れ、人間
る危険があると言って間違いなかろう。
的な伝統のなかの固い根を捨ててしまうならば、それは、いつでも既存の政治的権力構造の共犯者にな
この本の第二編は、本能理論が無効であることを示したデータや証拠をとり扱っている。フロムは四
つの違った側面から彼の反対者に立ち向かう。神経生理学にかんする短い章では、人間の脳だけが、あ
る特定の攻撃性を生みだすという彼の理論が表明されている。それは、自己防衛や自己保存の行動のな
yトラ lの﹁劣等民族﹂の破滅をもく
Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
かに見られる。神経生理学者たちにとってこの章は、別に特別新しい洞察がある訳ではない。同様な退
り、正体不明の恐れを抱いて、攻撃のとりこになったりする。一方人聞は、しばしば、宣伝や社会の圧
屈さは、フロムの動物行動にかんする叙述のなかにも見られる。動物はしばしば群れをなして攻撃した
│ ﹁東洋人﹂にたいする冷血な大虐殺ーーや、ヒ
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的な自由の鍵になると仮定する。ライヒのどこか狭い等式化をしのいではいるが、フロム自身が人間の
クな(あるいは同性愛的な﹀依存に転化させられるとライヒは主張する。ライヒは、性的な解放が政治
抑圧によって押しひしがれ、それに続いて指導者、国家あるいは権威主義的な宗教へのマゾヒステ
ヒの理論は、階層社会における個人の性的歪みに基礎をおいている。能動的な異性愛の衝動は、社
ロムは、自身の考えを予知させるウイ JhJルム・ライヒの性格学やそれに調守る作品をなんら是認して
いない。ライヒの﹃ファシズムの集団心酔﹄と、﹃性格分析、その技術と基礎﹄の両者は一九三三年に最
のインパクトをあたえていたのだ。この二つの漸究は、
初に出版され、フロム自身の成長にはか丈の
﹃社会研究誌﹄で、フロム自身の批評のすぐ隣で、カール・ランダウアーによって批評されていた。ライ
触れておかねばならない。本能主義と行動主義にかんしては、正しく批判しているが、実のところーフ
る第三編の理論的基礎となっている。
この本の中心部を議論する前に、そのすぐれた構成のなかに、ひとつ大事なものが抜けているこーに
それは、この本の中核を成し、いくつかの攻撃や破壊の型とそのめいめいの原因の探究に当てられてい
一部ではかいという彼の結論は動かしがたい事実としてではなく、いまもって仮説と見られるべきだ。
を展開はしない。この点を証明するのはおそらく不可能な課題だろう。そのような破壊性は、人間性の
はあらゆる人種とって、内的に固有なものでも、典型的なものでもないという疑う余地のない彼の理論
はしばしば不十分であるけれども、フロムは何とかして思考を実のらせようとする。フロムは、破壊性
ずっと攻撃的であるという理論には呉議を唱えていいようだ。
全体的としては、このような学聞にかんするフロムの議論は上すべりである。本のこの部分のデータ
うる。最後に、ん般学の最近の発見により、より原始的な社会は、高度に進歩した段階の社会よりも
狩猟者ではなかったと主張する。その結果として、﹁狩猟的﹂遺伝子の存在が人類から自然的に排除され
古生物学の観点から論じて、フロムはオ l ストラロピテクスは、││人類の先祖の一種││けっして
ある。﹁人聞の人間性が、人聞をきわめて非人間的にしている﹂
り、個人的な、社会的な性格の構えに動機づけられている。フロムが有名な言を吐いているのはここで
いるにすぎない。動物における攻撃は本能的欲求の帰結である。だが人聞は、理性の力を付与されてお
ろんだ大弾圧を例として挙げている。フロムは動物と人聞は違うのだという、ごく当然のことを言って
ベトナム戦争1
けにえを﹁敵﹂としての、顔もない、名もない存在に変えてしまうことによって遂行される。フロムは、
力によって仲間にたいして残虐性を発揮するよう条件づけられている。このことは一般的には、そのい
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78
279 第十章深淵を覗き込んで一一人聞の攻畢性の理論
破壊性をナルシシズムやサド・マゾヒズムを基礎に置いて探究しているのは、明らかにライヒの作品に
負っている。にもかかわらず、﹃悪について﹄にも﹃破壊﹄にも、ヲイヒの名前は触れられてさえいな
﹃破漉﹄においては、﹃悪について﹄で﹁持つ﹂と﹁在る﹂を区別したように、攻撃を﹁良性﹂のもの
と﹁悪性﹂のものに区別している。この方式はすでに議論済みで、ここで繰り返す必要はあるまい。だ
が、ここでは、二つの新しい見方が付け加えられている。すなわち、革命と戦争である。革命的な攻撃
性は、正確に良性種とみられる。というのは、それは、自由や正義にたいする人間的衝動の究極の表現
だからだ.フロムの革命にたいする態度がきわめてアンピパレントであるということは、この本の前の
ついての議論を読めばすぐ判る.不正な政治体制にたいする防御的攻撃は、簡単に激しい破壊性に変わ
章で見てきた。フロムが革命にたいして明らかに根深い恐怖をいだいていることは、彼の革命的攻撃に
りうるし、以前の力の均衡や抑圧状態に逆戻りしたがると、フロムは言う。言い換えれば、以前抑圧さ
れていた人びとは、しばしば闘争の果てに新しい抑圧者になると.フロムは、革命を反復的に繰り返し
ては新たに歴史的抑圧を生む力として、どこか単純化して見ているので、合法的な社会変化の手段とし
ては真面目にそれを考えたがらないのだ.
同様に注目すべきなのは、彼の戦争にたいする霊長。クインシイ・ライト(﹃戦争の札伊)と立場
を同じくして、フロムは社会が疎外されればされるほど、より交戦的になるという理論を展開する。堅
労な階級構造をもち、さらに、労働の確固とした分割をともなう社会は、ことにそうである。(﹃正気の
社会﹄での疎外についてのフロムの発言を怠照のこと可それゆえ戦争は、攻撃の﹁道具的﹂形態として
見られており、人聞に固有な破壊本能によって誘発されるようなものではかい。その原因は、社会構造
と社会的性格そのもののなかにあり、同様に、支配的エリートがもっている野望のなかにもある.この
ですらある.戦争は﹁興奮させ﹂、退屈や日常を破り、ある程度まで階級の違いさえ抹消すると、フロム
点までは、読者はフロムに同意できる。だが、それに続く彼の理論の拡大は、何か突飛でロマン主義的
は言う。戦争への参加は、﹁不正、不平等、そして平和時の退屈が支配している社会生活にたいする間接
的な反抗:::﹂として認識されるべきだと.これは、公然たる反戦主義者から出たとは思えない奇妙な
言葉だ。ここにも、フロムの思考につきものの多くの矛盾の一つが見られ、どのように同情的な説明を
もってしても、拭い去ることはできない。
それに続く人間性の二つの本質的力の探究││﹁生をさらに深める症候群﹂ (Hバイオフィリア)と
﹁生に逆らう症候群﹂ (Hネクロフィリア﹀││は、その弁証法的な相互作用とともに、﹃悪について﹄以
どちらの性格の繕えも、現にある外部、すなわち社会的状態によって、
a
強められもすれば弱められもする。社会的な性格のなかの優勢な要素としての合理性は、パイオフィラ
来読者にはもう馴染みである
スな傾向を高めがちなのにたいして、不合理な社会構造はネクロフィラス的な特性を強化する。破壊性
ιrLPb小ゎトトか厨因かゆかれ十、↑か結果で ιULV
。これは、この本の中心的な叙述であり、
そのものは、
-w る。﹃自由からの逃走﹄のなかで、フロムは
フロムの最初の本である﹃自由からの逃走﹄に直接つな
﹁破壊性は活き活きした生を生きていないことの産物である﹂と述べている。今や三O年以上も経って、
ほとんどの場合、破壊的性格は、サディズムに根ざしているとフロムは言う。性的でないサディズム
フロムは、何が実際に活き活きとしていない生を形造るのかを調べ始める。
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にも見える。性的でないサディズムの臨床例として、フロムはジョセフ・スターリンの性格分析を挙げ
は、性的サディズムが相手を傷つけ、支配しようとする以上に危険でもあれば、より広がっているよう
Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
2
8
0
第十章深淵を裂き込んで一一人間の攻思性の理愉
281
る。この分析の重要な結論は、スターリンは彼の腹心の部下が自分に代わって人びとに拷聞を加えるの
を楽しんだし、個人的レベルでは、犠牲者をなぶりものにするのを好んだということだ。スターリンが
同僚にたいして優しい関心を装うときはいつも、彼らの逮捕や刑の執行は差し迫っていた。フロムは、
(
悶
﹀
弱さや取るにたらないという基本的な感情が、そのような行動の動機になりうると正しく分析している。
サディズムとは、﹁無能を全能の経験に置き換えることである。それは精神的に不具者の宗教である。﹂
J
そして、無力さ、すなわち、自分の回りと創造的、生産的方法で関係できないことは、生を活かせない
生と不可分の関係にある。心の心bひ↑缶四w
pれる 小争心とか ι F ?ゎ。この証明は、どんなに回りくど
っ子﹂だった。一生の後期に、彼はさまざまな恐
Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
かろうが、実際のところ、フロムの性格学の仕事の総決算である。彼の後期の最大傑作のなかのサディ
ズムの正確な記述は、早期の研究の社会的性格に向けて大きな弧を描いて辿っていくことができ、彼の
全作品のゆるぎない継続性を印象的に証明している。
そのようなサディスティックな性格の構えについてのフロムの理論は疑いなく有効性があるけれども、
フロムの分析的な方法論にかんしては、若干の限定がつけられなければならない。スターリンの場合は、
強い誇大妄想的な性格傾向が、あたえられた記録と他の歴史的報告書から論理的に推理される。肱き、
屈辱をあたえ、そして最終的には人を破滅させることによって獲得される喜びのように見えるものは、
ある場合は、自分自身が邪悪な敵に固まれていると思っていた妄想症患者の絶望的なやり方だったのか
も知れない。このような見方は、││あきらかにこのソビエトの指導者の臨床的な病理とむすびついて
いるのに││フロムの分析では語られてはおらず、それゆえに、かなり鍛密ではあるが、結論に達して
はいない。一般的に、古くなった、しばしば状況だけの証拠をもとにして歴史的人物を分析するフロム
の方法は、多くの専門家には懐疑的に見られている。エlリッヒ・フロムほと、精神分析者と分析を受
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きに、ヒムラ lはヒットラーを捨て、しかも自分が戦後のドイツ統治において指導的役割を果たすこと
親像に寄り掛かった。徹底してヒットラーに従順に傾倒していたにもかかわらず、すべてが失われたと
い恐怖になった。ほとんど異常なまで秩序と杓子定規を求めた男、彼は、絶望的に権威とさまざまな父
怖と精神病に襲われた。彼の場合、生を活きていなかった生は、その分だけ、本当に生きることへの鋭
人物だが、おどおとした子供であり、典型的な﹁
もっとも洗練された集団殺害機関の責任者であり、ドイツの恐怖体制とヨーロッパ征服にも一役買った
ロムは適切にこれを﹁副官﹂と呼んでいる。ヒムラ lは 、 直 接 、 あ る い は 間 接 的 に 世 界 歴 史 の な か で
ム﹂の臨床例に分類する.このタイプの本質は、現存する権力に服従しようとする心の構えにある。フ
格を彼の独特の概念である﹁匹門﹂期性格と呼んでいた。フロムは、ヒムラーを﹁紅門・貯蓄サディズ
法、秩序などに向かって方向づけられた社会的構造から生みだされる。フロイトは、この官僚主義的性
ティックな構えは(ここでは﹁官僚主義的性格﹂と呼ばれている)、しばしば厳格な、服従、階層制度、
強いサド・マゾヒスティックな傾向をもっていたと、きわめて正しく仮定している。サド・マゾヒス
用される。第三帝国の突隼隊員の指導者だったヒムラ lの性絡特性にかんしては、フロムは、この男は
同様な限定は、ハインリッヒ・ヒムラ!とアドルフ・ヒットラーにかんするより広範囲な記述にも適
LなL
かんするフロムの論説は、興味のある歴史の断面は伝えているが、完成された性格学の基礎とはなって
だも同然である。それは、本来、目撃者の報告を通してしか分析されえないものである。)スターリンに
うした要素を欠いているので、(フロムが引用している典型的な、悪意のある攻撃の例のすべては死ん
けている人とのあいだでダイナミックに視線を交わすことの重要さを強調した人はいなかったのに。こ
282
283 第十章深淵を覗き込んで一一人聞の攻軍性の理論
ができると勘違いしたのは、驚くに当たらない││むしろその性格による.ヒムラーは﹁まったくの日
和見主義者﹂だった。ぎょっとする事実は、弱さと徹底した無慈悲さとを独特に混ぜ合わせた、こう
m
)
ハ
いった性格の構えが、きわめて広範囲に広がっていることである。フロムは確信をもって述べる。﹁何千
というヒムラーがわれわれのまわりに生活している﹂と。過去と現在の歴史をざっと見ただけでも、従
性的でないサディズムとサド・マゾヒズムは、決定的に悪性の攻撃││フロムの言葉を使えれば、
順でまったく情をもたない役人のような、官僚主義的性格をいたるところに見つけるのはたやすい。
インクによって描かれている性的逸脱とは区別される。ネクロフィリアは、伝統的な言葉の意味では生
(
幻
﹀
ネクロフィリア││に発展するための予備段階としてここでは定義される。繰り返すが、この性格の構
ハ
初
︺
えはリヒアルト・フォン・クラフト 1 エlピンクや、現代の研究者であるハルムlト・フォン・ヘンテ
は最初に﹃悪について﹄で定義されている。それは、物と非有機的なものに取りつかれたように向かい、
きている人閣の死体にたいする性的関係にかんするものである。フロムの性格学のなかでは、その言葉
それとともに生命と建設的な関係を結べない人聞にかんするものだ。フロムはこのような特定の意味で
n
)
この言葉を使ったのは、レlニンが最初であると言う。性格に根ざすネクロフィリアについては、スペ
円
イン市民戦争からとった、エピソードとして、ミ lゲル・デ・ウナム l ノの例を、すでに述べている。
神経生理学の分野では、フロムはホモ・サピエンスという種の進化をとおして、本能的機能が徐々に
さまざまな性格に根ざした情熱も、人聞の行動を決定する手綱を失った。社会的条件が、性格形成の過
減少していることに注目している。脳自体の異常な成長と、とくに新皮質の成長によって、自己覚識と
ための完全な可能性を保持している。だが、この可能性を実現するためには、仲除条件がパイオフィラ
程に、絶対的ではないにしても、かなりの要因を占めるようになった。人聞はまだ、その発展と成長の
スな構えに向かって働かねばならない。それなのに、人聞の成長に決定的な社会環境のなかにナルシシ
ズム、関係性を持てないこと、そして破壊性などが混在する現状は、成長への衝動を阻害し、ネクロ
フィリアを生み出しがちである.あるいは、言い方を変えれば、﹁匹門的性格の悪性の形﹂を生む。繰り
返し、フロムは人間性を説明する力の弁証法的な対立を強調する
破壊性はバイオフィリアと並立しているものではなく、バイオフィリアに替わる-ものとしてある。
生を愛するか、死を愛するかは、すべての人聞が直面する根本的な選択である。ネクロフィリアはパ
イオフィリアの発達が阻害されるにつれ大きくなる。人聞は生物学的には生を愛すJ強力が授けられ
ているが、心理学的には 、愛することに替わる解決方法として死を愛する可能性がある。
ここから、その本はアドルフ・ヒットラーの性格構造の長い分析に入る。ウインストン・チャーチル
とは対照的に、彼とて、ハエを殺したり、テーブルの上にその死骸を並べることによってネグロフィラ
スな﹁傾向﹂を示したのだが、ヒットラーは一方的なネクロフィりアの完全な例と見られる。彼は幼少
期や自己形成にあずかった青年期にナルシシスティクな性格特性を補強した。後に、ヒットラーは、受
動性││成就できなくて、生産できないこと│!と偉大な人物であるという錯覚のあいだを揺れ動いた。
彼の性格の基礎は、悪性の破壊の成長に通ずるあらゆる要素をふくんでいた。近親相豪的な固着、冷た
る能力のなさなどである。﹃悪について﹄でしたように、フロムはもう一度ネクロフィラスなパーソナリ
き、他人にたいする関心のまったくの欠如、不合理性、そして、自己の置かれた状態を現実的に評価す
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ティの人相学的な特徴を定義しようとする。フロムの理論のその部分は、多分ほとんど当てにならない
Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
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探測を覗き込んで一一人間の攻.性の理由
歯
2
85 第十章
ハ
MV
だろうということは以前に指摘しておいた。総統のパーソナリティについて矛盾する解釈をなくそうと
ヒットラーのパーソナリティの別のことに関係のある側面ーーすなわち、彼の人生を通じて繰り返され
努力して、演技者と完全な嘘つきとしてのこの指導者の性癖が強く強調されている。これらのことや
であるという決定的な診断を裏づける重要な兆候ではない。フロムの過度に長くて多弁な分析は、あま
た合理化しがちな傾向と反動形成を確立しようとする傾向のことなど││は、けっしてネクロフィリア
り関係のない多くの側面とかかわり合いがちである。この点では、フロムは、かれが突然ヒ vトラ!の
女性とのかかわりにかんして大変詳細な例を引こうとしたときに、自身のアプローチにどこか不正確さ
ゲリ・ラウパルと、彼の長年にわたった情婦であり、一日だけ彼の妻となったエパ・ブラウンも完全に
Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
があると自覚すべきだった。フロムは、ヒットラーの半分血のつながった姪であり、最初の愛人である
、(明副)宇︹
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H ・R- トレバ 1 ロ1パ l 、 ア ラ ン ・ フ ラ ゾ ク、そ し て 、 も っ と 最 近 で は ロ
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かにいやというほど示している。最後の分析において、歴史を形造り、意のままに大破壊を行うのは、
程度のものだった。世界歴史は何世紀もにわたって、悪性の破嬢の実例をさまざまな個人の指導者のな
動 に 組 織 で き た . ヒ ム ラ lに か ん し て 述 べ た よ う に 、 一 般 的 な 次 元 で 統 率 者 と し て の ヒ ッ ト ラ ー の 人 物
像は、ユニークな個性があるわけではなく、実際は簡単に誰かと交代されたり、置き換えられたりする
た。彼は、歴史の一定の時期に、多くの欲求不満で、往々にして無知な人びとを高度に魅惑し、大衆運
しいくらいの素質をもっていた.他方、彼は中途半端な教育を受けた、怒りっぽいプチブルの典型だっ
パ lト・ベ仁川勾らのきわめて冷静な評価に加えて、スピア自身も、この誤った、最終的には危険な神話
を一掃するのにかなり努力している。疑いなく、ヒットラーは雄弁家として、そして煽動家として恐ろ
ウィリアム・ L ・シラl、
(
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だ認識、すなわち、彼がいわゆる悪魔のような力をもっというほとんど神秘的な誇張に一役買っている。
えた絶対悪の記念碑となっているからだ。はからずも、これは、そのナチの総統にたいする広範な歪ん
フロムの描写のなかでは、ついには、実際生きたよりも長く生きたような錯覚を与え、ほとんど時を越
のパーソナリティにかんして総合的にそう評価してよいかは問題である。というのは、ヒットラーは、
事実として、悪性の攻撃症候群を形成するということを結論づけてよい場合がある。だが、ヒットラー
ることがあるにもかかわらず、印象的な記録である。ある性格学的条件は外部の要因と一致しやすく、
まとめてみよう。フロムのアドルフ・ヒットラーの分析は、そのするどい矛先が時としては道を併れ
ヒットラーへの反抗のために生命を失うことはなかった。
した最後の命令のいくつかを取り消したときでさえ、スピアは、多くの者がそうであったようには、
同僚と見なされ、それゆえに特別な待遇を受けた。軍事大臣であったスピアが、総統ヒットラーの発狂
みに、フロムは偶然彼からさまざまな情報をえている)建築家になっていたかも知れないヒットラーに
ス狂気の内幕﹄の著者であり、彼自身建築家であり、ヒットラーのきわめて近い側近の一人だが、(ちな
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都 市 や 建 物 の 設 計 者 と い う 意 味 合 い も ふ く め て 。 ア ル パ lト ・ ス ピ ア は 、 ベ ス ト セ ラ ー と な っ た ﹃ ナ チ
者が、自分自身を建設者と思い描くとは皮肉である。新しい社会秩序の建設者という意味だけでなく、
た。﹁多分、彼と人生をつないだ一つの橋﹂だった。歴史上人間の生命にたいするもっとも無慈悲な破壊
むずかしいことではない。ヒットラーの人生において正真正銘の関心を示した唯一の領域は建築学だっ
なかったか、あるいは、他の人間と、生産的で尊敬しあうような関係さえもてなかったと結論するのは
ド・マゾヒヒスティックな役割を果していたことは明らかである。ヒットラーが成熟した愛を経験でき
忠誠をしめして自殺した。あたえられた記録にもとづけぽ、この両者との関係で、二人がともに強いサ
彼に隷属させられていたと言う。ゲリはひどい抑欝状態に陥って自殺し、エパはすべてが失われたとき、
286
287 第十章深淵を覗き込んで一一人聞の攻掌性の理論
2
8
8
それゆえに、ヒットラーは、絶対悪の権化として受け取られるべきではない。そう受け取られるのは、
邪悪な個人ではなく、むしろ、彼にそのようなことをなす力をあたえた一定の環境だとされる。
道徳的範囲が、ヒットラーの独特な性格構造と、被に力を付与し、それに続く彼の残虐的行為を可能に
した社会・歴史的状況との両方をあいまいもことさせているからである.フロムの悪性の破壊性という
いない。それは、オーストリアを放浪し、芸術家になることを裏切られた人間││生を活かしきれない
分析は魅力的だが、それは、一九三0年代のドイツにおける大きな社会的、経済的条件を十分説明して
ネクロフィラスの代弁者)│が、大国の指導者になることができ、大衆の本質部分に彼自身の破壊の衝
Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
動を徐々にしみ込ませていったという特殊な枠組みのなかでのみおきた。興味深い逸話として、ここで、
ヒットラーの一言い回し(フロムによってはほんの数行しか取り扱われていない点)が、彼のネクロフィ
ハ却)
ラスな構えをあからさまにしているということを取り上げてもよかろう。ヒットラーの著書﹃我が闘
争﹄と、とくにあらゆる卑俗な言葉に満ちた彼の後期の演説や会話を取り上げよう。彼がとくに好んだ
言葉は、﹁根絶させる﹂であり、﹁根こそぎにする﹂であり、﹁一掃する﹂であり、ドイツ語でそれと同じ
意味をもっ類義語だった。破壊的性格の構えにたいする言語心理学的アプローチは、今後さらに研究を
深めるためには著しく実りある分野となろう。
﹃破壊﹄は﹁希望のあいまいさ﹂というエピローグで終わる。フロムはあらゆる歴史的証拠をものとも
せず、現在が楽観の時でも悲観の時でもないことを強調する。楽観主義とは、﹁信念の疎外された形であ
り、悲観主義は絶望の疎外された形である﹂とフロムは言う。どちらの態度も、けっして歴史の道筋を
変える手段にはなってこなかった。人聞は、心が硬化して、すべてがうまくいっていると公言してはば
からない人聞を信用しないのと同様、破壊に組みするどんな政治屋や煽動者たちをも信用しないことを
学ばねばならない。現在の状況にたいする唯一の答えは、人間主義的な思考の広範囲な再活性化である。
︹凱)
﹁批判的で根源的な思考は、それが人聞に授けられたもっとも尊い資質│すなわち、生への愛ーと混ざ
り合って初めて実を結ぶだろう。﹂
この本を論評している人の多くは、個人的な洞察の広さと豊かさを印象づけられた。ほとんどすべて
の人が、人間の破壊性にたいするフロムの理論は、攻撃の病理にかんして過剰なほど記録には満ちてい
1叩
るが││治療のための現実的解決にはならないという点で一致する。きわめて面白いことに、フ寸.
最大の作品にたいする批評家の反応のなかに一つの観点がまったく述べらていない。すなわち、悪の現
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れるかも知れないという可能性は、明らかに彼の著作のなかにたえざる、そしてさらに深い究明をうな
そしてかりに、フロム自身が悪性の攻撃のとりこにならなかったとしても、この症候にいつひきいれら
わち、一つの要素(成長症候群)はいつも他の要素(衰退症候群)に弁証法的に対立した位置にある。
化に魅かれたのだろうか?彼自身のダイナミックな性格学がこの傾向を説明する助けとなろう。すな
オフィラスな性格の構えをもっていたことは疑いがない
決して完全に離れることのなかったユダヤ教と
問題にひかれたことと、││無神論者になってさえ lll
いう背景によって説明される。集められるかぎりの伝記的な証拠を集めてみれば、フロム自身が、バイ
a では、なぜ、フロムはそんなに過度に悪の権
られる。この悪にたいする愚かれたような関心は、部分的には、フロムが青年期に強く道徳的、倫理的
事例に、﹃破壊﹄のおよそ六分の一が割かれており、不釣り合いに重さが置かれていることからも裏づけ
スターリンやヒットラーをさまざまに分析していることがこれを裏付けている。それは、ヒットラーの
した魅了がかなり強く、ほとんど常に底流として流れていることが判る。フロムは、他の本のなかでも、
aubいレや小かレ酢身 HP般かルゃいかということだ。そして事実、彼の全作品を調べてみれば、こう
9 第十章深淵を覗き込んで一一人聞の攻撃性の理論
2
8
薄い本である﹃攻撃と性格﹄︿一九七五)は、﹃破壊﹄の姉妹本として読まれるべきだ。それには、
がす抵抗しがたい刺激として役立っていた。
エlリッヒ・フロムとアデルベル・ライフとの対話が載せられており、それによってこの大作で未解決
のまま残された問題のいくつかを解明しようと努めている。ここでは、フロムは退屈の問題について述
べている。フロムはそれを人間の破壊性の発達のための中心的要素と考えている。現代産業社会はーー
たえず移り変わる流行や熱狂をとおして娯楽活動のために市場を開拓しようとする人びとの努力にもか
かわらず、││一個人が身を捧げ、無私の満足を実感する枠組みは供給できなかった。仕事そのものが
Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
しばしば退屈の根源である。というのは、それは、人間的意味で非生産的だからだ。閉じことは、非創
造的なレジャー生活にも当てはまる。あらかじめ出来上がってしまっている娯楽は、疎外された労働と
同じ位相にある。繰り返すが、生を活きていない生が、ぽかげた攻撃を生み出す土壌なのだ。
もし誰かがこのような診断の正当性を疑おうとしても、ニュースや新聞をちょっと見れば、文化破壊
や残虐な事件、薬物の乱用︿もちろん彼らだけではないのだが、とくに若い世代に)などの兆候は幾ら
でも見つけられよう。││煎じ詰めれば、多種にわたる人聞の(自己﹀破壊は、退屈していて、どっち
を向いていいか分からない人聞によって引きおこされる。楽しみゃ興奮という旗のもと、生を憎み、自
己自身がどんな道を進んでいるのかということにたいしてまったく関心を抱かないことは、西欧の人間
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RTE ヨ 匡 町 一 巧 冊 一 回 叩 ア 戸 喧 吋0・
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2
) Z司君ペ
(1) 六章(注お)を参照されたい。
られねばならないという簡単な文に要約される。
性にたいする揺るぎない信念にある。被の信条は、世界はありのまま、変えることができるし、変え
念構成という深遠な王国は、けっして彼の自然の生息地ではなかった。彼の偉大さは、最終的には人間
者としての中身の充実にあるのではないということだ。純粋科学の純化された空気と、複雑な哲学的概
﹃破壊﹄から判るのは、フロムのヒューマニストとしての、また思想家としての偉大さが、彼の研究の学
たちにたいしてもっと人間的に応えるという困難な仕事を引き受けるよう促した。最後の分析となった
ムは、彼らに幻想を捨てるよう促し、そして、良きにつけ悪きにつけても、自分自身を受け入れ、仲間
けの本をとおして、フロムは何百万という読者の自己覚識にむけての闘争に影響をあたえてきた。フロ
く社会的環境の全体との本質的な関係を見とおすフロムの洞察に近づくことさえできなかった。一般向
彼の研究にある。他のどの研究者も、一個人のパーソナリティの形成ときわめて大きなそれらを取り巻
理論的な言葉を使えば、フロムの恒久的な功績は、疑いなく個人的な性格と社会的な性格についての
ない概念がただよっており、決して十分に発展することはなかった。
たろうと思う人もいるだろう。煎じ詰めれば、フロムの性格学のいくつかの節々にはつかまえどころの
ていたらなあと思う人もいるかも知れない。革命的性格の徹底的な分析が、それと閉じくらい重要だっ
逆説的に言えば、結論に至らない結論に到達する。精神分析理論にたったフロムの一一一巻の本が、完成し
人聞にとってまだ希望はあるというこのねばり強い主張をもって、エ lリッヒ・フロムの全作品は、
れてきた例外的な個性の持ち主の上につなぎとめられている。
がしかの希望が相変わらず、社会的性格が自然に﹁変化﹂することと、革命運動の技師として歴史上現
い小冊子に珍しく表明されている。にもかかわらず、フロムは変化はまだ可能であると言い切る。なに
主義が情動的に貧固化していることを象徴している。フロムの文化的悲観主義が、この小さいが意味深
290
291 第十章深淵を覗き込んで一一人間の攻撃性の理論
問。刊
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訳者あとがき
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本書は、のREEMym23・コ尽 KA3とE包括 1尚三品、3ヨヨィト凡なS
である。訳文が完成した折に、著者から﹁日本語版に寄せて﹂のはしがきをもらった。
エ1リッヒ・フロムは、一九人O年三月一七日、スイスのロカルノの近くのムラルトという村で七九
歳の生涯を閉じた。このまら十数年後に、生前のフロムがと冨く希っていた冷戦構造│その延
長線上に人類の破滅をみていたーーが崩壊し、さらにフロムがウとに批判していた一党官僚支配の社会
主義システムの多くが雪崩のようにわれわれの前から姿を消していった。もしフロムが現在も生きつづ
けていたら、この事実を手放しに喜ぶだろうか。私にはそう思えない.なぜならば、フロムがもっとも
強く批判の対象としていた資本主義システムによる人間疎外はますます蔓延しており、さらにフロムが
その実現を願ったヒュ l マユスト・ソーシャリズム(顔の見える社会主義)は、なおこの地球上には姿
を見せていないからだ。
フロムは、人類の偉大な知的遺産を取り入れ、また、今世紀の人類の悲惨な社会的現実を直視しなが
ら、人類の在か小ト﹄姿を描きつつ、あの世に旅立った。生前からフロムの著作は、大きな拍手で迎えら
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いう批判は多い。
だが、フロムがフロイトから受け継いだ人間個人の心理構造という認識と、マルクス・エンゲルスか
れたり、また厳しい批判にもさらされた。フロムの思想がユートピアであり、その論理に矛盾があると
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Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
ら受け入れた社会の歴史構造の認識というこつの認識方法を結合し、歴史的存在としての人間の社会的
実存性を解明したことは、今世紀の偉大な思想家の一人として、後世にその名を残すことはまちがいな
いだろう。
本書は、著者の﹁はしがき﹂にもあるように、フロムの全業績にたいする英語で書かれた砂砂わか大
がかりな批判的評価として、今世紀もっとも影響力のあった思想家フロムの遺産をめぐる論争に読者が
怠加することを求めて書かれたものである。はたして本書が、フロムについての大がかりな批判的評価
となっているかは、訳者としてはあえて触れないでおく。それは、読者の判断にゆだねた方が良いから
である.
それはさておき、本書はフロムの思想形成にかかわった成育歴、社会環境、そしてフランクフルトに
おける研究時期の交友関係、さらにアメリカに移ってからのフロムの著作および政治的な活動を克明に
弁証法的な論理構造
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追っている.そのうえで、フロムがもっとも彫響をあたえたと言われている
を明らかにしている。
心に、フロムが解明した人聞の創造的側面[語能と否定的側面
フロムはフランクフルトで生れ、ハイデルベルク、ベルリンで学業を終えた後、フランクフルトの社
会研究所で彼の思想の基礎を作り、それまでの研究の総合として﹃自由からの逃歩﹄(邦訳)を出版す
る。ついでフロムは、フロイトの批判的修正、倫理学と宗教の研究、彼独自の夢理論の構築、そしてア
メリカに移って初期マルクスの研究とその紹介、最後に性格学の体係として﹃悪について﹄(邦訳)をま
とめ、彼の政治思想家として在るべき姿としての﹃正気の社会﹄を公表する。最後にフロムは、彼の全
生涯の業績を体係づける三部作の大作を構想するが、それは最初の第一部﹃破緩﹄(邦訳)で終ってしま
いうこと﹄︿邦訳)および﹃生きるということ﹄︿邦訳)を出版して、二O世紀後半における人聞の存在
ぅ。その問、フロムはすべての識字社会で翻訳され、数百万という一一般の読者に迎えられた﹃愛すると
著者は﹁異議申し立てこそ、フロムの生涯を貫くエネルギーであり、"顔のみえる社会主義“こそ彼の
様式について説教者としての役割も演じている。
の線本理念が、実は二O世紀の資本主義システムと社会主義システムの両者のもとで、もっとも深く誤
信条だった﹂と書いている。そしてフロムが抱きつづけたヒューマニズムとソーシャリズムというこつ
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ト・ソーシャリズムの潜在可能性が実現すれば、今では死語となった
消し、新しい地平のうえでさまざまな疎外を克服する方向づけをもった人聞社会が展望されるだろうと
言うのがフロムの抱いたイメージだったろう。
周知のように、フロムの主要な著作は、我が国では、すべて訳出され出版されている。それは十数冊
におよび、そのなかには何十万部も読まれたものもある。本書を訳出するにあたり、訳者は、それらの
ま引用することはしなかった。著者の文脈にしたがって、原文から直接訳した。ここに、多くのフロム
翻訳を参照した。しかし著者がフロムから引用し、日本語訳があるぽあいも、訳書のその部分をそのま
翻訳に際しては、はじめに木下一哉が全文を訳出し、滝沢正樹が検討して筆を加え、さらに両者で推
翻訳者に謝辞を述べたい。
蔽を重ねるというかたちを採った。数多く登場する人物名については、人名辞典、心理学辞典、社会学
辞典、精神分析用語辞典などに当ったが、登場人物がドイツからアメリカに移住した際にその人名の読
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み方に変化があったばあいなどをふくめて、正しい読み方になってないものがあると思う。もともと
Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
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完全な翻訳というものはありえないと考えているが、数多くの誤訳をふくんでいるにちがいない。識者
の叱正にまちたい。翻訳作業中、訳者の一人滝沢が、術後院内感染という事故に会い、訳出が一年以上
Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
遅れた。それを履く見守ってくれた新評論社長二瓶一郎氏に、心から感謝を申し上げる。
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Veröffentlichungen – auch von Teilen – bedürfen der schriftlichen Erlaubnis des Rechteinhabers.
Propriety of the Erich Fromm Document Center. For personal use only. Citation or publication of
material prohibited without express written permission of the copyright holder.
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訳、『羊のようなアメリカ人 J(国弘正雄訳、弘文堂))
Eigentum des Erich Fromm Dokumentationszentrums. Nutzung nur für persönliche Zwecke.
Veröffentlichungen – auch von Teilen – bedürfen der schriftlichen Erlaubnis des Rechteinhabers.
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Propriety of the Erich Fromm Document Center. For personal use only. Citation or publication of
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Veröffentlichungen – auch von Teilen – bedürfen der schriftlichen Erlaubnis des Rechteinhabers.
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訳、『夢の精神分析J(外林大作訳、東京創元社))
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. (邦訳、『マルクスの人間観 J(棒俊雄、石川康子訳、合同出
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Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
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『メキシコの一村落における社会的性
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Eigentum des Erich Fromm Dokumentationszentrums. Nutzung nur für persönliche Zwecke.
Veröffentlichungen – auch von Teilen – bedürfen der schriftlichen Erlaubnis des Rechteinhabers.
Propriety of the Erich Fromm Document Center. For personal use only. Citation or publication of
material prohibited without express written permission of the copyright holder.
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Veröffentlichungen – auch von Teilen – bedürfen der schriftlichen Erlaubnis des Rechteinhabers.
Propriety of the Erich Fromm Document Center. For personal use only. Citation or publication of
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8
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訳 書 H ・キ+ントリル『社会運動の心理
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年) .
(共釈.青木書信. 1
住 所 干1
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8東京都世田谷区中町 1-9-21
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年富山生まれ.
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年 度鹿尊重島大学法学部卒業
現在翻訳業
住 所 干1
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1東京都港区南青山 1-11-29セ
『プロテスタンテイズムの倫理と資本
主義の精神 J TheP
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評伝エーリッヒ・フロム
〈検印廃止〉
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年 3月3
1日 初 版 第 1刷発行
訳者滝沢正樹
木下
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発行者二瓶
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電話東京〈忽但:
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定自画はカバーに表示してあります
書丁・乱7本はお取り替えします
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Knapp, G. P., 1994: The Art of Living. Erich Fromm's Life and Works (Japanese), Tokyo (Shin-hyoron) 1994, 320 pp.
ーーコミュニケ l yョ Yの社会理論
手己人はなぜ斜に
4J かまえるか
世界地図から消えた国
Il--ドイツへのレタイエムl │
資本主義・社会主義・エコロジー
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アンドレ・ゴルツ
杉村裕史訳
瑛
斎
正
現
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