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SM-P8-08 (社)日本船舶海洋工学会 大規模海上浮体施設の構造信頼

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SM-P8-08 (社)日本船舶海洋工学会 大規模海上浮体施設の構造信頼
SM-P8-08
(社)日本船舶海洋工学会
大規模海上浮体施設の構造信頼性
および設計基準研究委員会
最終報告書
平成 21 年 10 月
まえがき
海洋における再生可能エネルギーの開発、生物・鉱物資源の開発、海上空間利用等の実現のた
め、近い将来、各種の大規模海上浮体施設の需要が予想される。これらの海上浮体施設は、用途
および設置環境条件に応じて多様な浮体様式と設備・機能との組み合わせが考えられ、一般に新
規性の高い複合的なシステムとなる。したがって、外力に対する人命・財産の安全性の確保なら
びに機能性の確保のためには、当該施設の構造および機能に関わるあらゆる危険要因とその影響
度を予測すると共に、Engineering(設計・建造)、Operation(操作・保守)、Management(組
織的管理)のすべての階層に於いて安全性を検証する必要がある。特に、陸上施設にない浮体ゆ
えの安全上・機能上の課題を明確化し、プロアクティブな対策を図ることが重要である。
このような構造物の総合的な安全性評価手法として近年様々な分野で利用されているものとし
て、リスクに基づく評価手法がある。海洋構造物の分野では、1988 年の北海における石油生産プ
ラットフォーム Piper Alpha の爆発炎上事故を契機に、英国その他諸国で提出が義務づけられた
Safety Case がその代表的なものである。ここでは、海洋施設の所有者あるいは操業者は、設計・
運用のすべての段階に対して定性的あるいは定量的なリスク評価を行うと共に、実行可能な範囲
でリスクを最小化する安全対策の実施ならびに管理体制の設置を行っていることを示さなければ
ならない。船舶の分野でも、国際海事機関 IMO における Rule-Making のためのリスク評価手法
として Formal Safety Assessment (FSA)が開発され、各種条約・規則への適用が進められている。
リスクとは、危険事象の頻度(Frequency)とそれがもたらす結果(Consequence)の積とし
て定義される。またリスクにもとづく安全性評価の手順は、大きく次のように表される。
1.施設/システムの定義(System Identification)
2.潜在危険(ハザード)と想定災害の同定(Hazard Identification; HAZID)
3.リスク解析及び評価(Risk Analysis/Risk Assessment)
4.リスク低減策の立案(Risk Control Option)
構造信頼性解析は、危険事象として構造破壊を取り上げた場合の頻度解析であり、リスク解析の
一部と位置づけられる。
わが国ではメガフロートプロジェクトを契機に、大規模海上浮体施設の流力弾性解析技術とこ
れに基づく浮体設計技術が長足の進歩を遂げた。この時期、平行して上述のようなリスクに基づ
くシステムの総合安全性評価の重要性も既に認識され、超大型浮体式構造物安全基準(案)にそ
の思想が盛り込まれている。また、国際空港試設計モデルを例に安全性評価が一部実施されてい
る。しかしながら、実機浮体の実現が滞る中、大規模浮体施設のリスクベース安全性評価はその
後行われていない。一方、近年、地球温暖化対策として再生可能エネルギーの需要が高まってお
り、浮体式海上風力発電施設の設計が精力的に行われている。このような最新の浮体施設を対象
として、リスクベース安全性評価に関する理解を深め、経験を蓄積することは、将来の実システ
ムの開発における技術的・人的基盤を形成する上でも意義は大きい。
以上の背景のもと、本研究委員会ではリスクベースの安全性評価について、国内外の動向、評
価手順、評価事例について調査研究を行った。さらに、浮体式風力発電施設と浮体式空港を検討
対象としてリスクベース安全性評価を試行した。これらの結果を「大規模海上浮体施設の安全性
i
評価指針」としてここにまとめる。なお、本研究委員会の発足当時は、
「大規模海上浮体施設の構
造信頼性設計指針」の作成を目標においたが、上述のようにリスクベース安全性評価は、構造以
外の危険因子や人的因子を包含する意味で、構造信頼性評価のより上位の概念であり、これを検
討対象とすることに発展的に目標を修正した。
以下、第1章では、海洋構造物のリスクベース安全性評価の動向を述べる。第2章では、リス
クベース安全性評価の基本フローと、その主要ステップであるハザードの同定(HAZID)、リス
ク解析およびリスク評価の具体的方法を説明する。第3章では、浮体式空港、FPSO、LNG 船を
対象として過去に実施されたリスクベース安全性評価の事例を紹介する。第4章では、浮体式風
力発電施設に対するリスクベース安全性評価を行う。初めに HAZID を行い、つぎに波浪による
浮体構造破損に関する定量的リスク評価を実施する。浮体式風力発電施設は、現在は概念設計段
階にあり、構造・設備とも詳細仕様の選定まで至っていないため、リスク評価の内容も概念的に
ならざるを得ないが、結果よりも HAZID とそれに基づくリスク評価のプロセスを体得すること
を主眼として作業を実施した。つぎに、第5章では、浮体式海上空港モデルを取り上げ、過去に
メガフロート組合で行われた総合安全性評価の追加検討として、大規模浸水に関する破壊シナリ
オの検討と定量的な安全性の確認を行った結果を示す。第6章では、リスクベース安全性評価に
関して、今後検討すべき課題を述べる。
最後に、3 年間に渡り本研究委員会に参加いただき、熱心な討議をいただいた委員各位に、ま
た船舶および FPSO のリスクベース安全性評価に関する貴重なご講演をいただいた有馬俊朗氏
((財)日本海事協会)、島村好秀氏および鷺島由佳氏(三井海洋開発(株))に深甚の謝意を表し
ます。
平成 21 年 10 月 31 日
大規模海上浮体施設の構造信頼性および設計基準研究委員会
委員長
藤久保昌彦
ii
研究組織
氏名
所属
委員長
藤久保 昌彦
大阪大学大学院
幹事
中條 俊樹
(独)海上技術安全研究所
委員
浅野
(株)アイ・エイチ・アイ
委員
飯島 一博
大阪大学大学院
委員
井上 俊司
三菱重工業(株)
委員
剣持 良章
(財)日本海事協会
委員
後藤 政志
芝浦工業大学
委員
佐藤 千昭
日本大学
委員
鈴木
英之
東京大学大学院
委員
坪郷
尚
大阪府立大学大学院
委員
真鍋
英男
(株)アイ・エイチ・アイ
委員
村井 基彦
横浜国立大学
委員
安澤 幸隆
九州大学大学院
委員
柳原 大輔
愛媛大学大学院
委員
吉田宏一郎
(独)海上技術安全研究所
隆
iii
マリンユナイテッド
マリンユナイテッド
研究発表
(1) 後藤政志:海洋構造物の事故とリスク評価に関する一考察、日本船舶海洋工学会講演会論
文集、第 4 号 (2007), pp. 101-104.
(2) 中條俊樹:浮体式ウィンドファームの損傷シナリオに関する検討,日本船舶海洋工学会講
演会論文集,第 4 号 (2007), pp. 105-106.
(3) 藤久保昌彦,鈴木英之,後藤政志,安澤幸隆:超大型浮体式空港のリスク評価に関する研
究,日本船舶海洋工学会講演会論文集,第 4 号 (2007), pp. 107-108.
(4) 安澤幸隆,藤久保昌彦,後藤政志,鈴木英之:超大型浮体式空港のリスク評価に関する検
討,第 6 回構造物の安全性・信頼性に関する国内シンポジウム,JCOSSAR2007 (2007),
pp.457-458.
(5) 鈴木英之,藤久保昌彦,遠藤久芳:大型浮体施設の目標安全性,第 6 回構造物の安全性・
信頼性に関する国内シンポジウム,JCOSSAR2007 (2007),pp.459-460.
(6) 藤久保昌彦,中條俊樹,脇岡大輔:超大型浮体の崩壊解析と安全性評価,第 6 回構造物の
安全性・信頼性に関する国内シンポジウム,JCOSSAR2007 (2007),pp.465-466.
(7) 中條俊樹,鈴木英之:洋上風力発電における信頼性解析について,第 6 回構造物の安全性・
信頼性に関する国内シンポジウム,JCOSSAR2007 (2007),pp.479-480.
(8) 中條俊樹:洋上ウィンドファームにおける FMECA の適用,第 20 回海洋工学シンポジウム
(2008).
(9) 安澤幸隆,後藤政志,佐藤千昭:メガフロートの火災に関するリスク評価法について,第
20 回海洋工学シンポジウム(2008).
(10) 藤久保昌彦,後藤政志,安澤幸隆:メガフロートの浸水・沈没に関するリスク評価法につ
いて,第 20 回海洋工学シンポジウム(2008).
(11) 藤久保昌彦,中條俊樹,飯島一博:洋上風力発電浮体のリスクベース安全性評価,第 21 回
海洋工学シンポジウム(2009).
iv
目次
まえがき
1. 海洋構造物の安全性評価の動向
1
1.1 海洋構造物の事故その教訓
1
1.1.1 Alexander L. Kielland 号の事故
1
1.1.2 Ocean Ranger 号の事故
3
1.1.3 Piper Alpha の事故
5
1.1.4 P-36 の事故
6
1.1.5 浮遊式海洋構造物のリスク評価上の課題
7
1.2 海洋構造物のリスクベース安全性評価
9
1.2.1 リスクベース安全性評価の導入の歴史
9
1.2.2 Accidental Damage Limit State
9
1.2.3 Safety Case
11
2. リスクベース安全性評価の手順
13
2.1 基本フロー
13
2.2 HAZID
14
2.2.1 HAZID 手法
14
2.2.2 FMECA
14
2.2.3 SWIFT
21
2.3 リスク解析の手法
22
2.3.1 FTA
22
2.3.2 ETA
29
2.4 リスク評価とリスク制御対策
32
2.4.1 リスク評価
32
2.4.2 リスク制御対策の費用対効果
33
3. リスクベース安全性評価事例
35
3.1 メガフロート総合信頼性評価
35
3.1.1 メガフロート
35
3.1.2 メガフロートの安全性評価
35
3.1.3 浮体式空港の総合信頼性評価
37
3.2 FPSO における Safety Case の適用
42
3.2.1 Safety Case
42
3.2.2 FSA による安全性評価
42
3.2.3 Risk Assessment
43
3.2.4 FSA の実施例
45
3.3 NGH-FPSO オフローディング装置の安全性評価
47
3.4 LNG 船の総合安全性評価
50
v
3.4.1 ハザード及び事故シナリオの同定
50
3.4.2 リスク解析
51
3.4.3 リスク制御対策(RCO: Risk Control Options)の検討
55
3.4.4 リスク制御対策(RCO: Risk Control Options)の費用対効果評価
55
4. 浮体式風力発電施設の安全性評価
58
4.1 安全性評価の概要
58
4.1.1 安全性評価の流れ
58
4.1.2 安全性評価対象の同定
59
4.2 SWIFT による HAZID
63
4.2.1 HAZID 会議の概要
63
4.2.2 HAZID 会議の結果
70
4.3 重要シナリオの抽出と定量的リスク評価
81
4.3.1 重要シナリオの詳細
81
4.3.2 定量的リスク評価手法の説明
82
4.3.3 定量的リスク評価の結果と考察
88
4.4 浮体式風力発電施設の安全性評価のまとめ
5. 浮体式空港の安全性評価の追加検討
90
92
5.1 検討の目的
92
5.2 システムの概要
92
5.3 大規模浸水の FTA
98
5.4 浸水が安全性および機能性に及ぼす影響の定量的評価
99
5.4.1 浮体構造の最終強度解析
99
5.4.2 浸水による浮体の変形とその影響
102
5.2.3 まとめ
104
106
6. 今後の展望と課題
vi
1. 海洋構造物の安全性評価の動向
1.1 海洋構造物の事故とその教訓
空港等を対象としたメガフロートは、浮体式の大規模な公共施設としての観点から安全性の確
認を必要とされているが、新しいタイプの構造物のリスク評価は、実績がないため、当該構造物
の技術的な特徴に則して、事故シナリオの検討と設計情報を基にした解析等で評価することにな
る。浮体式風力発電施設でも、従来の構造物とは異なった形式になるため、安全性ならびに稼働
率の面から評価が必要である。
海洋構造物は一般船舶と異なり、台風等荒天時も所定の海域に留まることを要求される。特に、
動揺を軽減する半潜水式を含めた浮体式構造は特異な構造形式をしており、浮体としての復原性
能ならびに構造強度上の冗長度等についても船舶とは異なった設計になっている。したがって、
過去に起きた海洋構造物の事故を調べてみるとそこには明確な技術的な特徴が関係している例が
多く見られる。
リスク評価上重要な情報は、過去の事例であり、多くは大事故に至らないインシデント事例の
情報は有用ではあるが入手が困難であることから、少数だが過去に起きた大規模な事故事例を取
り上げ、その事例を少し広い観点から比較検討し考察することにより、類似構造物のリスク評価
のための教訓が得られると考える。特に、事故の初期事象、事故の進展プロセスおよび事故の終
局状況との関係を調べておくことは、超大型浮体式空港施設や浮体式風力発電施設のリスク評価
を実施する上で重要であると考えられる。
1.1.1 Alexander L. Kielland 号の事故
(1) 事故の概要
1980 年 3 月、北海油田で居住用プラットフォームとして稼動中の半潜水型(セミサブ型)構造
物 Alexander L. Kielland 号の事故 [1,2]は、海洋構造物の事故の中でも最も注目された事故であ
り、後述の Ocean Ranger 号の事故と合わせてその後の海洋構造物の動向に大きな影響を与えた。
Alexander L. Kielland 号は、図 1.1.1 に示すように 5 つのフーティングとコラムを持つペンタ
ゴンタイプのセミサブ型構造物である。事故は、波浪の繰り返し荷重により、ブレースの超音波
センサーの取り付け部から疲労亀裂が発生し、荒天時にブレースが破断したことから始まった。
疲労破壊の起点は、直径約 2.6m、肉厚 26 ㎜の水平方向のブレース D-6 に取り付けられたハイ
ドロフォーン取り付け用の金具の隅肉溶接部であり、溶接施工不良が関係していたとされている。
ブレース D-6 の破断により、立体的なトラス・ラ一メン構造が構造的に不安定となり、波浪によ
る荷重で主要部材であるコラム D-6 とフーティング D の脱落が引き起こされた。詳細はすでに報
告[1,2]されているが、損傷部分の図を Fig.1.1.2 に掲載しておく。
セミサブ特有の小さな余剰復原力のため、急激に 30 度ないし 35 度程度まで船体傾斜するが、
上部構造の浮力で一旦は傾斜の進行が遅れる。しかしながら、上部構造が水密構造でなかったた
め約 20 分後に沈没した。
1
Upper Hull
D-Column
D-Footing
:Initial Failure Portion
:Later Failure Portion
D-6 Brace
図 1.1.1 Alexander L. Kielland 号のレイアウト
図 1.1.2 D-6 ブレースの破断箇所
(2) 事故の進展と教訓
事故に至る経緯と技術的な対策をまとめると図 1.1.3 のようになる[1]。
Welding defects
on D-6 Brace
attached Hydrophone
Communication lack
between each Design Dep.
Brace broken due
to wave loads at
reduced cross
section
Fatigue crack
progression from
Welding defects
・Poor quality weld
・Poor welding
inspection
Unreliable Non
Destructive Test
for Fatigue Crack
Upper Hull applied Water
Tight Compartment etc.
⇒ improved Damaged Stability
123 death
D-column & Footing
dropped out from
Hull structure
Lack of Structural Redundancy
- Minor defects developed
severe structural failure-
Lower Hull Type adopted
⇒improved Structural Redundancy
⇒prevented Catastrophic Failure
Hull capsize due to loss of
stability ( depend on loss
of D-6 column & footing )
Lifeboats not available
caused by Hull large list
New Type Lifeboats
system developed later
Not enough Residual stability
at damaged condition
図 1.1.3 Alexander L. Kielland 号事故の経過と対策
本事故の原因を振り返ると、①疲労亀裂の発生しやすいブレースに隅肉溶接で金物を取り付け
たこと、②構造設計部門がその事実を知らなかったため、疲労強度設計がなされていなかったこ
と、③溶接の溶け込み不良により欠陥が残っていたこと、④定期検査時に疲労亀裂を発見できな
かったこと、⑤一部材(ブレース)の破壊が主要構造の崩壊につながるような構造強度の冗長度が不
足していたこと、⑥ひとつのコラムとフーティング脱落が大きな船体傾斜を招いたこと、⑦余剰
浮力が少なく、浮体としての沈下や転覆に対する冗長性が少なかったこと、⑧上部構造が水密で
なかったこと、⑨船体傾斜が大きく、波高の高い洋上で救命ボートが安全に着水・離脱できなか
ったこと等があげられる。
2
本事故により 123 名もの乗員が死亡したのは、傾斜した船体と波浪により、救命ボートが
機能しなかったことが主要な原因のひとつである。しかしながら、プラットフォーム本体が、一
構造部材の破壊から全体構造の崩壊、転覆・沈没というプロセスをとったことは、基本計画並び
に基本設計レベルの抜本的な対策を必要とした。
この事故に関しては、その後ノルウェー政府はじめ石油関連の機構、DNV はじめ関係各機関が
徹底した事故原因の究明と対策を講じた。ところが、この事故のわずか 1 年 11 ヶ月後に Ocean
Ranger 号の沈没事故が起きた。
1.1.2 Ocean Ranger 号の事故
(1) 事故の概要
1982 年 2 月 15 日、カナダのニューファウンドランド島沖 350km の海域で、当時世界最大級
のセミサブ型リグ Ocean Ranger が嵐の中で沈没し、84 名が死亡した。図 1.1.4 および 1.1.5 に
全体図を示す。
Ocean Ranger 号は、1976 年 ODECO 社で設計、日本で建造され、船級は ABS、容積トン 14000
トン、全長 122m、稼働水深 1000m、設計最大風速 100 ノット、流れ 3 ノット、設計最大波高
33m の当時最大級のリグであった。事故当時の風速は 45m/秒、波高は 21~24m で、荒天ではあ
るが、設計条件を上回るようなレベルではなかった。
図 1.1.4 側面図
図 1.1.5 正面図
(2) 事故の進展と教訓
事故調査報告書[3]によると、事故は左舷後方 2 番目のコラムにあるバラスト制御室の舷窓
(port light) が波浪の衝撃荷重で破れたことから始まった。破れた舷窓から大量の海水がバラスト
制御室に流入し、制御盤等電子機器類が水浸しになった。この海水で、電磁式スイッチがショー
トし、バラストタンク内のバルブが勝手に自動開閉した。開いたバルブが原因で、左舷船首方向
へ船体が傾斜した。オペレータが電源を切り、すべてのバルブが閉まり一旦は傾斜が止まった。
しかし、船体の姿勢を示す計器類が、水準器を除きすべて消えた状態になった。バラスト制御室
の配置図を図 1.1.6 に示す。
2~3 時間後、制御盤のスイッチを再投入したが、スイッチがショートしていたため、バルブが
開き、左舷船首部のバラストタンクに海水が移動し、船体の傾斜が益々増大した。乗組員がサク
3
図 1.1.6 バラスト制御室のレイアウト
図 1.1.7 チェーンロッカーのレイアウト
ションポンプで、船首部のバラスト水を汲み出そうとしたが、ポンプのヘッドが足りず、バラス
ト水がさらに船首部に流入し傾斜がさらに厳しくなった。手動で動くバルブも操作したが、誤っ
た操作であり、事態をより悪化させた。船体傾斜が大きくなり、波浪により、コラム上部にある
チェーンロッカー開口部より浸水し、約 15 度の傾斜となった。チェーンロッカーと開口部の配置
図を図 1.1.7 に示す。
3 隻ある救命ボートは、18m 下の海面に吊り降ろす際、船体動揺と波浪で揺られ、リグ船体に
たたきつけられ破損した。吊り降ろしても、荷重がかかった状態ではロープがはずせないため、
切り離すことが非常に困難だった。結局、救命ボートはすべて損傷し、後で発見された 1 隻を除
き機能しなかった。これらの様子は『A・L・キーランド号』と全く同じ状況である。
救助のため待機していた船も、リグからの要請が遅れたことと、荒天のため、沈没時の救助に
間に合わなかった。沈没後、唯一海面上で発見された救命ボートの 8 人の乗組員も、寒さと疲労
による思考能力の低下もあり、救助船に乗り移ることができず、極寒の海に投げ出され体温低下
で全員が死亡した。
本事故の教訓として後に事故調査で指摘されたこと[3]に、一部、筆者の見解を加えて対策をま
とめると下記のようになる。
①バラスト制御室の舷窓は波浪に対して破れないよう、少なくとも外側に金属製のふたをする。
また、コラムには開口は設けないようにする。②重要な制御盤は浸水に対してショートしないよ
うに防水にする。③バルブ操作と計器表示は電源を別系統にする。④主要な計器類は、多重化・
多様化する。⑤全電源がダウンした時の緊急時対応策を検討しておく。⑥緊急時には、バラスト
系全バルブを閉じることを徹底する。⑦チェーンロッカーのホースパイプ入り口等の開口部は、
暴風時は塞ぐ。⑧荒天時に、安全に着水でき、波浪で動揺していても容易に離脱できることがで
きる救命ボートを開発する。⑨体温低下に対する防寒着・救命胴衣を搭載する。⑩バラストオペ
レーションのマニュアル整備と教育訓練を徹底する。⑪指揮系統と責任体制を明確化する。特に、
セミサブではバラスト制御関係が重要である。
4
1.1.3 Piper Alpha の事故
(1) 事故の概要
1988 年 7 月 6 日、北海油田の石油・ガス生産プラットフォームである Piper Alpha において大
量のガスリークが発生して引火、爆発し、2 時間の内に 90 メートルのプラットフォームは完全に
炎に包まれ崩壊した(図 1.1.8)。この事故により、当時プラットフォームにいた 229 人のうち 167
人が死亡し、救助隊員 2 名も巻き込まれて死亡するという、海上油田における史上最悪の事故と
なった。
図 1.1.8 爆発炎上する Piper Alpha
(2) 事故の進展と教訓
【構造】
大型の固定プラットフォームである Piper Alpha は、アバディーンの北東約 193km にある水深
144m の海上に位置し、防火壁で区画された 4 つのモジュールで構成されていた。安全上の考慮
により危険な工程は人員を配置する場所から離れて行われるよう各モジュールは設計されていた。
しかし、天然ガス生産のための改造の際に、コントロールルームに隣接する場所にガスコンプレ
ッサを設置するなど安全上の原則が無視された。これが事故の一要因となった。
【事故の経過】
プラットフォームにはコンデンセート(天然ガスに含まれる液体炭化水素)を送るためのポン
プ A とポンプ B の 2 基が設置されていた。7 月 6 日にはポンプ A の隔週の点検が計画されていた
が作業は開始していなかった。しかしポンプ A の安全弁は取り外され、配管には仮設の閉止板が
設置されていた。ポンプ A は使用可能な状態にないので決して起動してはならないことを担当の
技術者は書類に記入した。
一般的な海上プラットフォームと同様 Piper Alpha は自動消火設備を装備していたが、ダイバ
ーによる点検作業時は、海水汲み上げポンプによる吸い込み事故を防ぐため、消火設備は手動で
起動するようになっており、自動消化ができない状態になっていた。
以下、事故の経緯を時系列で示す。
18:00:管理者が忙しそうだったので、技術者はポンプ A の状態(安全弁なし)について直接
報告せず、コントロールルームにメモを置いただけで帰ってしまった。不幸なことにそのメモは
5
紛失し、ポンプ A の点検が未開始であるとの別の書類だけが残った。ポンプの点検許可と、安全
弁取り外し許可が別の書類であったため管理者には安全弁の状況については伝わらなかった。
21:45:コンデンセートポンプ B が突然停止し、再起動にも失敗した。これは、ポンプの不具
合により発生したガスハイドレートがポンプを塞いだためである。
21:52:ポンプ A の点検に関する書類は見つかったが、安全弁を外しているため起動してはな
らないと記した書類は見つからなかった。これは、ポンプと安全弁が離れた場所にあり、書類も
別の場所に置かれていたからである。管理者は、ポンプ A を起動してよいと判断した。
21:57:ポンプ A のスイッチが入れられた。ポンプ圧力によって安全弁の場所にあった閉止板が
破損し、高圧ガスが音を立てて噴出、対応する間もなくガスは引火爆発した。爆発によって 2 人
が即死し、防火壁が吹き破られた。管理者は緊急停止ボタンを押して海中への配管のバルブを閉
じ石油と天然ガスの生産を停止した。理屈上は、防火壁により火災はプラットフォーム全体に広
がらないはずであった。しかし、元々石油生産用のプラットフォームであったため防火壁はガス
爆発に耐えられるものではなかった。火災は防火壁を超えて延焼し石油配管を損傷した。
22:04:コントロールルームは破壊され、避難を指示する立場の人員の大半が死亡した。他の人々
は救命ボートへは火のために行けなかったため、代わりにヘリポート下の耐火居住区画に集まっ
た。しかし風火、煙のため救助用ヘリコプタが着陸できず、煙の居住区画への侵入が始まった。
ここで他のプラットフォームからパイプラインで送られた原油が Piper Alpha の配管損傷部か
ら噴出し、文字通り火に油を注ぐこととなった。Piper Alpha からは巨大なファイアーボールが
立ち上った。
22:30:大型消防用プラットフォーム、タロスが Piper Alpha に横付けされ、避難通路を 30m 伸
ばしてデッキに到達しようとしたが、その前に 2 本目のガスパイプラインが破裂して火勢はさら
に強まり、タロスも離脱を余儀なくされた。人々は、居住区画に留まるか、60m 下にある北海の
荒波に身を投じるしかなかった。
23:50:居住区画を含むモジュールが海中に崩落し、他の部分もそれに続いた。結果的に、海に
飛び込んだ一部の人々のみ助かるにとどまった。
【事故の教訓】
事故の根本原因は、元をたどれば、ポンプ B の故障の段階で点検中のポンプ A を作動させたこ
と、さらにこの際ポンプと安全弁が別の許可書になっていたため、ポンプ A の安全弁がはずされ
ていることが点検指示者に分からなかったことにある。すなわち、作業許可書の間違った管理方
法が根本要因となった。
この事故は、海洋構造物の安全管理を広く見直す契機となり、UKにおける Safety Case の導
入につながった。
1.1.4 P-36 の事故
(1) 事故の概要
P-36(Sprit of Columbus 号) は、ブラジル Petrobras 所有の排水量 33000 トンの世界最大級の
セミサブ型石油生産用プラットフォームである[4]。図 1.1.9 に全景を示す。
2001 年 3 月 15 日、ブラジルの水深 1360m のカンボス湾で稼働中、左舷後方コラムで爆発事
故が 2 回発生し、乗員 175 名中 11 名が死亡した。その後、左舷後方の各区画が浸水し、チェー
6
図 1.1.9 P-36 の全景
図 1.1.10 コラム内部の詳細図
ンロッカーも浸水、3 月 20 日に転覆・沈没した。『A・L・キーランド号』事故から約 21 年経っ
ている。
(2) 事故の進展と教訓
事故の詳細は、プラットフォーム自体が沈没しているので、不明な部分が多いが、発端は左舷
後方のコラム内の Emergency Drain Tank (TDE) 内が何らかの原因で過圧状態となり、検証解析
の結果、約 7.3kg/cm2 の圧力で、TDE 外板と Internal Shell との間をつなぐストラットが破断し、
約 10kg/cm2 で Internal Shell の変形が過大となり崩壊したと考えられている[5]。図 1.1.10 に左
舷後方コラム内の構造を示す。また、コラム水平断面構造図を図 1.1.11 に示す。
1 回目の爆発がこの TDE の構造破壊であり、その後、タンクから漏れた可燃性ガスやオイルが
コラム内に充満し、発火による爆発が起きたと推測されている。火災警報が鳴り、自動起動した
消化システムにより、破壊した右舷後方のコラム内の配管を通って上部区画へ海水が流入し船体
傾斜を大きくした。ポンプルームの浸水により、ポンプは停止し、バラスト水張込み時のシーチ
ェストバルブ(船底弁)は開いたままになり海水の流入が続いた。また、右舷側の TDE は大気開
放ラインに塞ぎ板が入れてあり排水できなかった。3 月 20 日になり傾斜が大きくなりチェーンロ
ッカーの開口部からも浸水し転覆・沈没した。図 1.1.12 に沈没直前の P-36 を示す。
この事故でも、沈没の直接要因としてバルブのひとつが十分に閉められていなかったとする調
査報告がなされている。
1.1.5 浮遊式海洋構造物のリスク評価上の課題
(1) リスク評価へのひとつの視点
3 件のセミサブ型構造物の沈没事故のすべてに共通する結果は転覆・沈没であり、初期事象の
原因の如何を問わず、システムの欠陥やヒューマンエラーが重なり、事態が悪化、非常手段も事
態をさらに悪い方向へ向かわせている。したがって、リスク評価上、トップイベントとして転覆・
沈没を設定した場合、主要な事故シーケンスの設定に考慮すべき視点がすべて網羅されているか、
事例をよく分析することが必要である。以下、必ずしも系統的になっていないが、考慮すべき視
点を列挙する。
7
図 1.1.11 コラム断面図
図 1.1.12 沈没直前の P-36
(2) 区画浸水・復原性
セミサブのような復原性に対して敏感な浮遊式構造物では、区画浸水の想定を厳しく検討し、
浸水する可能性のある要因をあらかじめ抽出しておく。基本的には、P-36 のようにタンクの加圧
に繋がる要因がないか、今回取り上げた事故には含まれないが、衝突、座礁等による多区画浸水
の可能性等を検討する。大深度用セミサブでは、チェーンロッカーが大きく、大傾斜時にホース
パイプからの浸水対策は重要である。ダウンフラッディング時にホースパイプから大量の水が流
入する事象は転覆・復原性の面から致命傷になる。フェールセーフ化を考えて、コーナー部のコ
ラム上部に大型浮力タンクとなる区画を設ける等必要により抜本的な対策も考慮する。荒天時の
風、波浪、係留力等の復原性に与える影響は十分考慮されているか、構造物の形状や特性を十分
は把握しておく必要がある。
(3) バラスト注排水システム
Ocean Ranger 号、P-36 共に、バラストタンク等の注排水およびタンク問の移送配管系システ
ムは事故に非常に深く関係している。タンクの構造自体は健全でも、外板に付いているシーチェ
スト用やタンク間を結ぶパイプのバルブが故障すれば重大な問題になる。バラスト制御系の故障
時には、すべてのバルブが閉になるよう設計する。緊急用防消火系システムがバラスト制御系シ
ステムの運転モードと相互に干渉する場合は優先順位を決定しておく必要がある。またバラスト
制御盤は、浸水しにくい場所に置き、万一浸水した時にも別系統で操作可能なように多重化し、
制御盤の電源と計器表示用電源は分離しておく。さらに緊急時、特に傾斜時のポンプ性能は十分
かも確認を要する。緊急時のバルブ操作マニュアルは簡潔でかつ十分な記載になっているか、運
転員の技術的な基礎知識およびスキルも非常に重要な要素である。
(4) 構造破壊
爆発や衝突・落下等のアクシデントに対して構造および区画浸水、復原性の面で冗長度がある
かは難しい面もあるが十分な配慮が必要であろう。構造系としては、Alexander L. Kielland号の
ように一部の部材損傷が全体構造の崩壊や復原力の喪失に至ることはないよう、基本計画段階で
評価しておく。また、配管の損傷が主要構造部分の破壊を引き起こすことはないかも検討してお
く必要がある。
8
(5) センサー・計器類
トリム・ヒールやバラストタンク内水位等主要なパラメータの計測は代替手段を含めある程度
多重化されている必要がある。他分野の事例として1点のみ触れておくと、航空機や原子力発電
所等の大規模なシステム事故例から推測すると、計器の基本的なパラメータがレンジオーバーや
故障等により把握できないことが事故の収束を妨げていることが非常に多い。したがって、緊急
時に必要な主要な計器は精度を犠牲にしても必要最低限の状態監視ができるような多重化・多層
化されたシステムにしておくことが肝要と考えられる。
1.2 海洋構造物のリスクベース安全性評価
1.2.1 リスクベース安全性評価の導入の歴史
リスクに基づくシステムの安全管理は、土木、航空機、原子力の分野に始まり、1970 年代初頭
より海洋構造物の分野でも適用が始まった。海洋構造物、とりわけ海洋石油・ガス関連施設は、
事故が生じた場合の人命および自然環境への被害が甚大であり、またエネルギー供給の面から世
界経済に及ぼす影響も大きい。このため、リスクに基づく合理的な安全管理の重要性が広く認識
され、ここ 20~30 年間に海洋構造物の分野で展開された関連規則や評価技術は、他分野におけ
る安全へのアプローチにも大きな影響を与えたとされる[6]。言うまでもなく、その背景には、前
項に述べた多くの重大事故からの教訓がある。
国際航路を航行する船舶の場合、安全管理の基本的枠組みは国際海事機関 IMO(International
Maritime Organization)で議論され、船級協会規則や各種標準に反映される。一方、石油・ガ
ス開発に供される海洋構造物の場合は、生産国自らが安全管理の体系および規則を定める。この
ような安全管理機関としては、ノルウェー石油監督局 NPD (Norwegian Petroleum Directorate)、
英国健康安全局 HSE (Health and Safety Executive), 米内務省鉱物管理局 MMS (Mineral
Management Service)が代表的なものである。
表 1.1.1 に海洋・海事分野におけるリスクベース安全性評価の導入の歴史を示す。Alexander L.
Kielland 号と Piper Alpha の事故は、
海洋構造物の安全基準に大きな影響を与えたことが分かる。
一つは NPD による Accidental Damage Limit State(ALS)criterion の導入[7]であり、一つは
HSE による Safety Case Approach の導入[8]である。以下では、これらの概要を説明する。
1.2.2 Accidental Damage Limit State
一般に構造物の限界状態設計(Limit State Design)では、構造物または部材が満足すべき設
計条件として、次の限界状態が考慮される。

使用限界状態 (Serviceability Limit State, SLS)

終局限界状態 (Ultimate Limit State, ULS)

疲労限界状態 (Fatigue Limit State, FLS)
使用限界状態は、構造物または部材が過度な変形、変位、振動等を起こし、正常な使用ができな
くなる状態であり、通常の供用または耐久性に関する限界状態である。終局限界状態は、構造物
または部材が破壊したり、大変形、大変位を起こして機能や安定を失う状態であり、最大耐力に
対応する限界状態である。疲労限界状態は構造物または部材が繰り返し荷重により疲労損傷し、
機能を失う状態である。
9
表 1.1.1 海洋・海事分野におけるリスクベース安全評価の導入の歴史
年
主な出来事
概要
1977
北海ノルウェーセクター、エコフィス 1 週間で約 15 万バレルの油が流出。制御
ク油田爆発事故
不能に近い状態で,大規模な環境破壊。
1970
代後半
Offshore Industry へ の Quantified 研究レベル。原子力産業のアプローチの導
Risk Assessment (QRA) の適用に関 入。
するプロジェクトの開始
1980
海 洋 石 油 掘 削 リ グ Alexander L. 疲労による1ブレース破断後の構造冗長
Kielland 号事故
性欠如により全損・沈没
1981
NPD regulations
すべての新設構造物について,概念設計段
階での QRA の適用を義務付け。
Accidental damage Limit State (ALS)
あ る い は 同 義 の Progressive Collapse
Limit State (PLS) の照査。
1984
NPD regulations
ALS の定量的評価基準の導入
1988
北海 UK セクター,Piper Alpha の爆発 当直引継ぎ時の連絡不備。圧力安全弁の保
炎上事故
守等に対する作業許可,責任,権限といっ
た組織の問題
1990
英国 HSE の Safety Case
1997
Guidelines on the Application of IMO における船舶の Rule-Making のため
Formal Safety Assessment (FSA) to の安全性評価手順。一般化された船舶を対
the IMO rule making process
象とする。
Prescriptive regulation から
Goal-setting regulation へ。特定の施設/
システムを対象とする。
設計段階でこれらの限界状態が評価されるが、このことより重大事故の発生を排除することは
難しい。過去の事例が示すように、多くの重大事故は、設計・建造・運用段階における何らかの
人為的ミスや欠陥、あるいは衝突、爆発などの事故による損傷が初期要因として発生し、それら
が逐次的に拡大して破局的状態に至っている。したがって、重大事故を未然に防ぐためには、設
計・建造・運用の各段階で徹底した品質管理と事故防止の検討を行うことが第一義的に必要であ
る。さらに、万一何らかの原因で損傷が起きた場合に、それが直ちに全損、沈没などの事態につ
ながることがないよう、システムに適切なレベルの冗長性(Redundancy)を付与することが必
要である。
このような概念の下、ノルウェーの NPD[7] は、上に述べた3つの限界状態に加えて

事故崩壊限界状態 (Accidental Collapse Limit State, ALS)
の評価を規定した。ALS では、事故や異常荷重によって構造物に損傷が生じた場合に、それが複
数部材に逐次的に拡大して全体崩壊に至ることがないかどうかを確認する。これにより、全体構
造としての冗長度を確認する。ALS は逐次崩壊限界状態 (Progressive Collapse Limit State,
PLS)とも呼ばれる。考慮される事故事象は、火災、爆発、船舶の衝突、重量物の落下、バラスト
調整の失敗などが主なものである。また異常事象としては、ULS で想定する以上の波条件が考慮
される。
10
ALS チェックで問題となるのは、事故または異常荷重の設定と、損傷後の逐次崩壊挙動チェッ
クのための荷重の設定である。これについて NPD は定量的な基準を与えている。すなわち、事
故荷重、異常荷重は、いずれも“年超過確率 10-4 レベル”と規定している。また損傷後の逐次崩
壊挙動チェックのための荷重条件は、“年超過確率 10-2 レベル”と規定している。ただし、衝突、
火災等の事故確率を統計データから求めることは困難である。そこで、リスク解析を行うことに
より、検討対象とする事故シナリオと事故荷重が決定される。この際、衝突シミュレーション、
火災シミュレーションなど各種のシミュレーションが実施され、評価に用いられる[7,9]。
なお、過去 ALS チェックでは、損傷部材を取り除いた構造に対して線形弾性応答解析を行い、
安全性を確認する方法が適用された。しかしこの方法は損傷による荷重再配分を考慮しないため、
過度に安全側の評価を与えることが知られている。近年は、非線形汎用構造解析プログラムを適
用することにより、より合理的な ALS チェックが可能となっている[9]。
1.2.3 Safety Case
1988 年の北海Piper Alpha の爆発炎上事故は、海洋石油生産設備の安全性に対する考え方に
大きな変革を促した。事故報告書(Cullen Report)のポイントは、つぎの2点にある。
- オペレータによる自律的安全管理体制の要求
- 客観的安全性評価
この勧告に応え、英国政府は石油ガス生産を行うオペレータに対し、Safety Case と呼ばれる文
書の作成、提出を義務付けることとなった[8]。以来、英国を初め主要な各国政府はこれに倣い、
自国領海内で操業するオペレータに対してSafety Case の提出を要求している。
Safety Case は、企業が労働者に対するリスクを如何に効率的に制御するか、特に重大事故に
よるリスクを如何に減らし、最小化できる管理システムを構築しているかを立証するために記述
する文書のことをいう。Offshore Safety Case Regulation では、個々の海洋施設について、火災、
爆発、構造損傷、ヘリコプタ-や潜水に絡む事故など、全ての可能性のある事故について検討が
求められる。安全確保のアプローチは、従来の規則遵守型(prescriptive type)ではなく、自ら
安全目標を定めそれが満たされることを証明するいわゆる目標設定型(goal-setting type)であ
る。その目標安全レベルの設定に対しては、費用対効果を考慮して実現可能なレベルで可能な限
りリスクを低減させる ALARP(As Low As Reasonably Practicable)の概念が適用される。
Safety Case は大きく次の3段階から構成される。
① FD(Facility Description)
② FSA(Formal Safety Assessment)
③ SMS(Safety Management System)
FD はシステムの記述である。FSA はシステムに関するリスク評価とリスク低減策をまとめた
Safety Case の本体部である。Safety Case の重要なポイントは、設計、建造段階のリスク低減策
を検討するだけでなく、それらを供用期間にわたって適切に管理する人的・組織的体制や PDCA
(Plan-Do-Check-Act)サイクルを含む Safety Management System が構築されていることを示
さねばならない点である。構造設計に関する規定が中心である NPD regulation よりもさらに総
合的な安全管理システムの構築を求めている。
英国の水域内で操業する全ての固定式或いは移動式海洋構造物は、Safety Case を HSE の
11
OSD(Offshore Safety Division) に提出し承認を得なければならない。有効期間は 3 年であり、3
年ごとに revised case を提出しなければならない。また、安全性に重大な影響を持つ構造または
装置の変更を生じたとき、事故やニアミスを生じたとき、既存設備に比べて大幅な技術的進歩が
あったとき、Operator や owner が代わったときには大幅な改訂が必要となる。これまでに数百
の Safety Case が作成・受理されている。第 2 章および第 3 章では、Safety Case に基づくリス
クベース安全性評価の手順と適用事例をそれぞれ説明する。
なお、船舶で用いられるリスクベースの安全性評価法として、IMO で使用される Rule-Making
のための Formal Safety Assessment (FSA)がある。Safety Case と IMO/FSA は用いるリスク評
価法やフローはほぼ同一であるが、前者が特定の施設/システムを対象にするのに対し、後者は
条約や規則の対象となる一般化された船舶を対象にする点が異なっている。浮体式空港や浮体式
風力発電施設のような海上浮体施設の安全性評価においては、Safety Case が適している。
第1章の参考文献
[1] 後藤政志:海洋構造物の事故と安全性,日本金属学会誌, 第 66 巻,第 12 号(2002), pp.
1215-1226.
[2] T. Moan: The Alexander L. Kielland Accident, Proceeding from The First Robert Bruce
Wallance Lecture, Department of Ocean Engineering, M.I.T (1981).
[3] Marine
Casualty
Report
“Mobile
Offshore
Drilling
Unit
(MODU)
OCEAN
RANGER”O.N.615641, United States Coast Guard (1983).
[4] Pedro Jose, Barusco Fiho: The Sinking of P-36, Proc.of OMAE2002, Oslo, Norway, OMAE
2002-28606.
[5] Paulo Mauricio Videiro, Carlos Cyranka, Giovani. Nunes, Aglairton P.Melo: The Accident
of the P-36 Platform- The Rupture of the Emergency Drainage Tank-, Proceeding of
OMAE2002,Oslo, Norway, OMAE 2002-28014.
[6] T. Moan: Safety of Offshore Structures, Centre for Offshore Research & Engineering,
National University of Singapore (2005).
[7] NPD:
Regulations for load-carrying structures for extraction or exploitation of petroleum,
The Norwegian Petroleum Directorate, Stavanger (1984).
[8] HSE: Safety Case Regulations Health and Safety Executive, HMSO, London (1992).
[9] T. Moan: Development of Accidental Collapse Limit State Criteria for Offshore Structures,
Special Workshop on Risk Acceptance and Risk Communication, Stanford University,
(2007).
12
2. リスクベース安全性評価の手順
2.1 基本フロー[1]
これまでにない新しい構造物やシステムを作る場合,それが存在すること,およびそれを使用
することで,人命や財産の安全や環境にどのような影響をおよぼすかを様々なシナリオを想定し
て検討しておく必要がある。このような安全性や環境影響を評価する手法として近年広く利用さ
れているものに,リスクに基づく安全性評価法がある。1.2.1 で述べたように,船舶・海洋分野で
用いられているリスクベース安全性評価の代表的な手法として,Safety Case 等の海洋構造物に
適用されてきた手法と,船舶を対象として IMO で検討されてきた FSA がある。
Safety Case について考えると,そのリスクベース安全性評価手順は,大きく分けると以下の
ように書ける。
1. 施設/システムの記述
2. Hazard および想定災害の同定
3. リスク解析および評価
4. 対策の立案
5. 対策後のリスクの再評価
以上の手順を図にしたものを図 2.1.1 に示す。
1 の施設/システムの記述では,適用規則や(自然)環境条件等の記述がされる。また,設計・
施工等に関する情報も記述される。
2 の Hazard および想定災害の同定では,関連する事故やトラブル情報の収集を行い,これら
を参考にして,Hazard の同定が行われる。Hazard の同定は HAZID(Hazard Identification)
と呼ばれ,FMECA や SWIFT などの手法がある。ただし,これらの手法では Hazard の同定だ
けに留まらず,リスク評価や対処措置までを検討する。Hazard が同定されると,想定事故や故
障のシナリオの抽出と設定が行われる。
3 のリスク解析および評価では,同定された Hazard がシステム全体におよぼす影響,具体的
には,人命損失や被害の程度が解析される(Consequence Analysis)。一方で,Hazard がどの程
施設/システムの記述
ハザードおよび
想定災害シナリオの同定
リスク解析
リスク
評価基準
リスクの評価
No
対策の立案
Yes
安全性評価終了
図 2.1.1 リスクベース安全性評価の流れ図
13
度の頻度で発生するかの解析(Frequency Analysis)も同時に行われる。主な Frequency Analysis
として,FTA や ETA がある。これらは,想定事故や故障のシナリオの抽出と設定にも用いられ
る。得られた被害の程度と頻度からリスクの評価が行われる。リスクを被害度×頻度のスカラー
量として表し,目標リスクと対比させて評価する場合もあるが,今日では,F-N Curve やリスク
マトリックスを用いた 2 次元的な評価が主流となりつつある。
4 の対策の立案では,事故や故障の発生確率の低減および被害の程度の低減を目標に,事故防
止の対策や拡大抑制措置の立案が行われる。さらに,5 で対策後のリスクの再評価を行う。ここ
で検討された対策は,その対策を講じることによるリスクの低減量と発生するコストを考慮して,
適用するか否かを検討する。
以上の手順に対して,各ステージで行われる具体的な内容(手法)を以下 2.2∼2.4 で述べる。
2.2 HAZID
2.2.1 HAZID 手法
英国 HSE(Health and Safety Executive)の Marine Risk Assessment のレポート[2]による
と,主な HAZID 手法として,Hazard Review,Hazard Checklist,HAZOP,FMECA(FMEA
を含む),SWIFT がある。
Hazard Review は,既存の類似システムにおけるリスクアセスメント等の調査から,対象シス
テムの HAZID を行う手法で,簡便な手法であるものの,新たなシステムには適用できないとい
う問題がある。Hazard Checklist も既存のリスクアセスメントに基づく手法であるが,Hazard
をカテゴリーに分類しリストアップするため,分かりやすいという利点がある。後に説明する
SWIFT は,この手法を発展させたものになる。HAZOP(Hazard and Operability Study)は,
操作等におけるパラメータが目標値から逸脱することを想定し,その逸脱の原因とそれによって
起こる危険事象を同定する。さらに,危険を回避する手法の検討も行う。HAZOP では,ガイド
ワードを用いたチームレビューにより,逸脱の原因,影響および対策をワークシートにまとめる。
なお,HAZOP ではプロセス Hazard を主に取り扱う。FMECA(Failure Mode, Effects and
Criticality Analysis)は,機械システムや電気システムにおける Hazard の同定に使用される手
法で,発生する可能性のある故障モードを考え,HAZOP と同様のワークシートを作成する。た
だし,FMECA は基本的に数名で実施され,リスクの評価までも行う。SWIFT
(Structured What-If
Technique)は,HAZOP と同様にチームで行う HAZID であり,”What-if”,”How could”,”It is
possible” といった質問をもとに,構造化されたワークシートを作成していく。SWIFT も FMECA
と同様にリスクの評価までを行うが,チームレビューを中心に実施していく点が異なる。
以下に,FMECA と SWIFT について詳細を説明する。
2.2.2 FMECA[3]
(1) FMECA の概要
故障モード・影響・危険度解析(Failure Mode, Effects, and Criticality Analysis:FMECA)
とは,以下に示すことを同定し分析する手法である。
z
システムの様々な部品の全ての潜在的な故障・損傷モード
z
これらの故障・損傷モードがシステムにおよぼす影響
z
故障を回避する方法やシステムに故障がおよぼす影響を緩和する方法
14
FMECA は U.S. Military により開発され,最初のガイドラインが,Military Procedure
MIL-P-1629 “Procedures for performing a failure mode, effects and criticality analysis” とし
て 1949 年 11 月 9 日に発行された。FMECA は生産物やシステム開発の初期段階において,最も
広く使われている信頼性解析技法であり,システムのコンセプト設計や初期設計段階において,
全ての故障モードが考えられているか否か,そして,これらの故障を取り除くための適切な処理
がなされているかを保証するために実施される。なお,FMECA は過去に FMEA とも呼ばれてい
た。両者の違いである “C” は,様々な故障に対する Criticality や Severity を考えてランク付け
することを意味している。今日では,FMEA は FMECA の同義語として使われており,両者の違
いは曖昧になってきた。
FMECA を行う目的を具体的に記すと以下のことが挙げられる。
z
初期設計段階で,高い信頼性と安全性を有する設計を行えるように手助けする。
z
全ての予想される故障モードと,それがシステム全体のオペレーション結果におよぼす影
響を確認する。
z
潜在的な故障をリストアップし,その影響を同定する。
z
テストプランニングのための初期クライテリアとテスト装置のための要求条件を与える。
z
実際に発生した故障の分析や設計変更のために,将来参照するための時刻歴な文書を与え
る。
z
メンテナンス計画のための基礎を与える。
z
定量的な信頼性と Availability 分析のための基礎を与える。
また,以下のことを考えながら実施される。
z
どうやって各々のパーツが故障するか?
z
各々の故障モードはどんなメカニズムで起こるのか?
z
故障が生じた場合どんな影響があるのか?
z
その故障は安全な方向に行くのか,それとも非安全な方向へ行くのか?
z
どうやって故障は検知されるのか?
z
その故障を打ち消すために,設計段階でどのような対策が行われているのか?
(2) FMECA の手順
FMECA を実施する際の手順は以下のようになる。
1. 前準備
2. システム構造の分析
3. 故障解析と FMECA ワークシートの準備
4. チームレビュー
5. 改善作業
前準備としてまず,解析するシステムの定義を行うことが挙げられる。具体的には以下のこと
を明らかにしておく。
z
システムの境界(システムに含めるものと含めないものの区別)
z
メインシステムの目的と機能(機能要件を含む)
z
考えるべき操作条件,環境条件(設計境界にまたがるインタフェースも解析に含める)
15
System
Level of intendure
More level 1 subsystems
Subsystem 1
Subsystem 2
More level 2 subsystems
Subsystem
1.1
Subsystem
1.2
Subsystem
1.3
Subsystem
2.1
Component
1.1.2
Subsystem
2.2
More components
More components
Component
1.1.1
More level 2 subsystems
Component
2.1.1
Component
2.1.2
図 2.2.1 システムの階層図
System bounda ry
Control panel
Electric start
Start batteries
Control and
monitor the engine
Provide torque to
start diesel engine
Provide electric
power
Diesel tank
Diesel engine
Battery charger
Provide diesel
to the engine
Provide torque
Load start
batteries
Air intake system
Lube oil system
Exhaust system
Provide air
Provide lube oil
to diesel engine
Remove and
clean exhaust
図 2.2.2 機能ブロック線図
次に,システムを記述するために使用できる情報,すなわち,図面,仕様書,概略図,部品リ
スト,インタフェース情報,機能の記述書などを収集する。さらに,FRACAS(Failure Reporting
Analysis Corrective Action System)データならびに,設計者,操作者,メンテナンス者,部品
供給者へのインタビュー等を含めた,過去の設計あるいは類似の設計に関する内外の情報を収集
する。
システム構造の分析段階では,システムを扱いやすいユニット(機能要素)に分解する。どの
程度細かく分類するかは解析の目的に依存する。図 2.2.1 に示すような階層的な図によって構造
を図示するのが望ましい。また,場合によっては図 2.2.2 に示すような機能ブロック図(FBD)
に図示するのも効果的である。
FMECA は,できるだけ階層的に高いレベルに対して行うべきであり,もし受容できない結果
がこのレベルで発見されたならば,特定の要素をさらに細かい要素に分解して,故障モードと故
障原因を低いレベルで同定すべきである。あまりに低いレベルで解析を開始すると,完全な分析
が可能なものの,意味のない結果をもたらすことになる場合が多い。
16
表 2.2.1 FMECA ワークシート
System:
Performed by:
Ref. drawing no.:
Date:
Description of unit
Ref.
no
a)
Description of failure
Page:
of
Effect of failure
Function
Operational
mode
Failure
mode
Failure
cause or
mechanism
Detection
of failure
On the
subsystem
On the
system
function
Failure
rate
Severity
ranking
Risk
reducing
measures
b)
c)
d)
e)
f)
g)
h)
i)
j)
k)
Comments
l)
(3) 故障解析と FMECA ワークシート
解析を行うにあたって適切なワークシートを準備しなければならない。FMECA ワークシート
のサンプルを表 2.2.1 に示す。各々の要素に対して,分析者は全ての操作モードにおける全ての
機能を考える必要があり,要素の故障がシステムに許容できない影響をおよぼすか否かを自問し,
もし,yes ならその要素はさらに深く調査されなければならない。
次に表 2.2.1 の FMECA ワークシートの中の各項目について説明する。
a) 最初の列は要素に固有の参照事項とする。ID,タグ No,要素名称など。
b) 要素の機能。全ての機能をリストアップすることが重要である。全ての機能を網羅してい
ること確認するためのチェックリストを併用するのが良い。
c) 要素の様々な操作モードをリストアップする。例として,アイドル状態,スタンバイ状態,
稼働状態など。飛行機の操作を例にとると,タキシング(地上での移動),離陸,上昇,
巡航,下降,空港への接近,フレアアウト(接地前の引き起こし),着陸など。操作間の
区別が必要ない場合この項目は削除する。
d) 各々の機能や操作モードに対して,潜在的な故障モードを同定してリストアップする。故
障モードは 上記 b)で特定されている機能を満たさない状態 として定義する。故障モー
ドには明確なものもあれば隠れた故障もあるので注意が必要となる。例えば,ポンプの操
作モード「standby」における「始動失敗」は,隠れた故障の例である。
e) 項目 d)で定義された故障モードそれぞれに対して,故障のメカニズム(例えば腐食,衰耗,
疲労など)を同定し,記述する。また,他の故障原因についても記述を行う。この場合も
チェックリストが有用である。
f)
同定された故障モードの検知の可能性について記述する。検知システムとして,診断テス
ト,様々なアラーム,証明試験(proof test),人間の感知などがある。場合によっては,
表 2.2.2 のように検知の可能性をランク付けする。
g) 各故障モードがシステム内の他の部品やサブシステムにおよぼす影響(local effects)を
記述する。
17
Rank
10
8-9
6-7
3-5
1-2
表 2.2.2 故障検知の可能性の分類
説 明
非常に高い確率で故障を検知。
高い確率で故障を検知。
中程度の確率で故障を検知。
低い確率で故障を検知。
非常に低い確率(またはゼロ)で故障を検知。
Rank
10
7-9
重大度クラス
Catastrophic
Critical
4-6
Major
1-3
Minor
表 2.2.3 故障の重大度数
説 明
故障によって人の死亡や重傷を招く。
故障によって人がケガをする。人が有害化学物質や放射線に
さらされる。火事。有害化学物資が環境に放出される。
故障によって人が低レベルの危険状態にさらされる。施設警
報装置が起動する。
故障によって小規模なシステムダメージを受けるが人を傷
つけることはない。人がさらされても問題にならない危険状
態。許される程度の化学物質の環境放出。
h) 各故障モードがシステムにおよぼす影響(global effects)を記述する。すなわち,故障後
の稼働状態(機能するか否か)を記述する。また,他の稼働状態へ切り替えるか否かも記
述する。この記述はアプリケーションによっては,安全性への影響,使用可能状態
(availability)への影響として項目を別に設定している場合もある。
i)
各故障モードの頻度(failure rate)を書き出す。多くの場合,頻度は広い階級で分類する。
分類の例を以下に示す。
①
非常に起こり難い(very unlikely)
1000 年に 1 度かそれ以下
②
離れた(remote)
100 年に 1 度
③
時々(occasional)
10 年に 1 度
④
起こりうる(probable)
1 年に 1 度
⑤
しばしば(frequent)
1 か月に 1 回かそれ以上
多くの場合,図 2.2.3 に示すような対数スケール上で頻度を分類する。
j)
故障モードの深刻さ(severity)は,システムレベル(全体効果,global effect)における
最悪の(ただし現実的な)潜在的危険影響を意味する。例として,表 2.2.3 に健全性と安
全性影響の重大度階級を示す。
k) 故障を修復・回復し,深刻な結果を避けるために行う可能な行動を記述する。故障モード
の頻度を減らす可能性のある行動も記述する。
l)
他の項目には含まれないが,直接関係のある情報を記述する。備考。
1
0
2
10-3
3
10-2
4
10-1
5
10
Logaritmic scale
図 2.2.3 故障頻度の分類
18
Frequency
[year -1]
(4) リスクランキング
様々な故障モードに対するリスクは,リスクマトリックスやリスク優先度数(Risk Priority
Number:RPN)を用いて評価される。
故障モードに対するリスクは,そのモードの頻度(frequency)と影響(severity, consequence)
の関数となる。そこで,図 2.2.4 に示すリスクマトリックスを用いてリスクを表す。リスクマト
リックスについては,後述の 2.4.1 で詳細を述べる。
リスクマトリックスに代わるものとして RPN があり,以下に示す 3 つのランキングを用いる。
O =
故障モードの発生ランク(Occurrence)
S =
故障モードの深刻さランク(Severity)
D =
故障を発見できる見込みに関するランク(Detection)
全てのランクは 1∼10 の間で与えられ,RPN は次式で与えられる。
RPN = O × S × D
(2.2.1)
RPN は値が小さいほど良い。RPN を用いる場合,FMECA ワークシートに O,S,D の項目を追
加する。この場合のワークシートの例を表 2.2.4 に示す。RPN はリスクを理解する上で便利な指
標であるが,以下のことに注意が必要となる。
Frequency /
conseq uenc e
1
Very unli kely
2
Remo te
3
Occasional
4
Probab le
5
Frequent
Catastro phic
Critical
Major
Minor
Accepta ble - only ALARP actions considered
Accepta ble - use ALARP principle and consider fu rther investigations
Not acceptab le - risk reduci ng mea sures required
図 2.2.4 リスクマトリックス
表 2.2.4 RPN を導入した FMECA ワークシート
Project:
Version:
Date:
System:
Subsystem:
Teamwork leader:
Id.
Comp.
Function
Failure
mode
Failure
cause
Local
effects
19
Global
effects
S
O
D
RPN
Corrective
actions
z
O,S,D のランクはアプリケーションやどの FMECA 標準を用いるかで変化する。
z
O,S,D や RPN は FMECA とは異なる結果を生じる場合がある。
z
異なる会社やグループ間でランク番号を共通化させることが困難である。
(5) チームレビュー
設計 FMECA は設計技術者によって行われるべきであり,また,システム/プロセス FMECA
はシステム技術者によって行われるべきである。しかし,これら FMECA より得られた結果の妥
当性を検証するためにチームレビューを必要とする。レビューには上記技術者に加え,以下の人
員が参加する。
z
プロジェクトマネージャー
z
設計技術者(ハード,ソフト,システム)
z
試験技術者
z
信頼性技術者
z
品質技術者
z
維持管理技術者
z
フィールドサービス技術者
z
工作,建造,加工技術者
z
安全技術者
ただし,上記参加者は設備のタイプや使用可能な情報源に依存する。チームレビューでは
FMECA ワークシートを精査し,リスクマトリックスや RPN を検証する。レビューの目的は以
下に示す通りである。
z
システムが受け入れられるものであるか否かを検討。
z
リスクを減ずるためにシステムにできる改善法を同定する。具体的には,故障の発生見込
みを減らす。故障の影響を減ずる。故障が発見される見込みを高める。
FMECA より得られたリスクが受け入れ難い場合には何らかの改善が必要となる。リスクを軽減
する方法としては,設計変更,工学的安全設備(Engineered safety feature)の導入,安全装置
の導入,警告設備の導入,操作手順の見直しとトレーニング,などがある。改善法が決定された
ときには,FMECA ワークシートおよびリスクマトリックスや RPN を更新するとともに,更新
前に比べリスクが低減していることを確認する必要がある。
なおレビュー時には,ブレインストーミング,フローチャート,パレート図,ノミナルグルー
プ手法(nominal group technique)等の問題解決ツールが有用になる。
(6) FMECA の長所と短所
FMECA は非常に構造的であり,ハードやシステムを評価するのに信頼できる手法である。ま
た,解析の概要の理解と実際の適用が初心者にも容易である。さらに,複雑なシステムの評価が
容易であるという利点がある。一方で,FMECA のプロセスは退屈で時間がかかる(さらに費用
もかかる)作業である。また,複数故障が連成する場合には適さない手法であるとともに,解析
中にヒューマンエラーが起きやすい欠点もある。
20
2.2.3 SWIFT[4]
(1) SWIFT の概要
Hazard の同定作業は,
複数の専門家による HAZID ミーティングを通して行われる場合もある。
この場合の影響度や安全策の妥当性等を評価する代表的な手法として,What-if 法がある。What-if
法は,複数のミーティング参加者間の議論によって進められる,一種のブレインストーミングの
手法であり,新形態のシステムや,運転記録や事故の情報が得られないシステムに内在する
Hazard を特定・認識するのに適した柔軟性を持った手法である。具体的には,「もしポンプが停
止したら」等,予見できる異常事象の発生を想定しての質問を参加者間で繰り返すことにより,
当該異常事象が発生した際のプロセスの挙動を検討分析し,影響を同定することで,安全上の問
題点を洗い出し,安全対策の評価等を系統的に検討する手法である。
構造化 What-if 法(Structured What-If Technique:SWIFT)は What-if 法の改良版であり,
構造化されたワークシートを用いたブレインストーミングを実施することで,よりシステマティ
ックな議論の進行を加味したものである。SWIFT ではあらかじめ,ガイドワードを用意しておき,
議長役はこれにしたがって質問を構築していく。また,議論の記録については,記録用のワーク
シート(SWIFT ワークシート)を用意することで,よりシステマティックに議論が進行する。
(2) SWIFT による HAZID の手順
SWIFT による HAZID ミーティングの手順の例を以下に示す。
1. システムの概要の説明
設計思想,オペレーションモード,外環境条件等
2. サブシステムの説明
基本設計,設計条件,安全装置等
3. リスク評価基準の設定
発生頻度指数(FI),影響度指数(SI),使用するリスクマトリックスの決定
4. SWIFT による Hazard の同定
ガイドワードの抽出,HAZID
5. 発生頻度,影響度の推定
6. 予防,緩和措置の検討(必要な場合)
7. Hazard リストの作成(ワークシートの記入)
SWIFT による HAZID も上述の FMECA による HAZID も基本的には同じ事項の検討となるが,
FMECA がある限られた人がワークシートを作成し,その後,チームでのミーティング(検証)
を行うのに対して,SWIFT では,ワークシートの作成自体をミーティングの場で行う。
SWIFT では,通常,議長,記録係および検討中の課題に対して十分な経験を有する複数が会議
に参加し,一般に 7~10 名のグループが要求される。リスク評価基準の設定は FMECA と同様に,
発生頻度指数(FI)と影響度指数(SI)のランクを設定して,リスクマトリックスを用意する。
Hazard の同定過程では,あらかじめ設定されたガイドワードに対して議長が質問を行い会議が
進んでいく。ガイドワードの例として以下のものが考えられる。
z
自然災害に関するもの(異常な気温,波,地震)
21
表 2.2.5 SWIFT ワークシート
ハザード ID
ハザードの定義
原因
(番号を記入)
(ハザードの概略を簡素に記入)
(考えられる原因を箇条書きで全て記入)
z
z
結果
(考えられる結果を箇条書きで全て記入)
z
z
予定されている
防御手段
(現在のシステムで講じられている予防措置等を記入)
z
z
勧告
(Hazard 防御のために講じることが望ましい措置等を記入)
z
z
リスク情報
備考
SI(深刻度を指数で記入)
FI(頻度を指数で記入)
z
外的影響に関するもの(テロ,構造不具合,疲労)
z
ヒューマンファクターに関するもの(訓練不十分,特殊機器の取り扱い)
z
機器・用具の故障に関するもの
z
運用の失敗に関するもの(ブラックアウト,冷却水,機器用空気)
z
緊急時オペレーションに関するもの(退避,救出)
z
火災・爆発に関するもの
z
検査・保守に関するもの
上記の他にも考えられるものについては全てをガイドワードとして設定する。議論より得られた
結果は SWIFT ワークシート記入される。ワークシートの例を表 2.2.5 に示す。
ワークシートに記入された FI と SI から,取り上げた Hazard が図 2.2.4 に示したようなリス
クマトリックス上のどの領域にあるかを考え,リスクの評価を行う。リスクマトリックスについ
ては,後述の 2.4 で詳細を述べる。
2.3 リスク解析の手法
HAZID により同定された Hazard に対して,そのシナリオを詳細に分析する目的で,FTA
(Fault Tree Analysis)や ETA(Event Tree Analysis)といったリスク解析手法が用いられる。
また,前出の FMECA や SWIFT では,Hazard の発生頻度を定性的に求めているが,これを定
量的に求める際にもこれらの手法が用いられる。ここでは,FTA と ETA の詳細を説明する。
2.3.1 FTA[5]
(1) FTA の概要
故障木解析(Fault Tree Analysis:FTA)は,故障解析のためのトップダウンアプローチであ
る。解析では,TOP イベントと呼ばれるシステムにおいて重大な問題となる事象(イベント)か
ら,それが起こり得る全ての道筋を決め,重要度の低い故障や事象がどのように組み合わされて,
22
システムブロック図
System block diagram
FMECA
故障木
Fault tree
図 2.3.1 FMECA やシステムブロック図を基に構築される Fault tree
TOP イベントが発生するのかを決定していく。TOP イベントの原因となる各故障や事象は論理
ゲートを通して繋がれていく。FTA はリスク解析や信頼性解析における原因究明のために使用さ
れる最も一般的な手法である。
FTA は 1962 年にアメリカのベル研究所において,ミサイルの発射制御システムの安全性評価
のために考案された。その後,ボーイング社のよって改良が進められるとともに,原子力関連分
野(WASH-1400[6])での使用をきっかけに拡がりを見せた。
(2) FT の構築
FTA は以下の手順で行われる。
1. システム,TOP イベントおよび,解析条件の決定
2. 故障木(Fault Tree:FT)の構築
3. 最小カットセット(TOP イベントを生じさせるのに必要な最小の事象の組み合わせを表
す集合)の生成
4. FT の定量解析(確率計算)
5. 結果の報告
図 2.3.1 に示すように,FTA では事前に行われる FMECA やシステムブロック図をもとに TOP
イベントを選ぶ。FTA を行う前には,システムの設計,運用および環境条件を明確にしておく必
要がある。さらに,TOP イベントを導く原因や結果の関係性も明確にしておく。
次に,解析の条件として,システムの物理的な条件(例えば,このパーツは解析に考慮し,こ
のパーツは考慮しない)や初期条件(例えば,TOP イベントが発生した場合にどのようなオペレ
ーションを行うか)を決めておく。さらに,外的な影響に対する条件(解析に,戦争,妨害行動,
地震,雷などの外的要因を含めるか否か)や解析のレベル(どの程度まで詳しく解析を行うか)
も考えておく。
FT を構築するために,TOP イベントを明確に定義しなければならない。つまり,以下の点を
明らかにする。
What:例えば,火災
Where:例えば,酸化反応器
When:例えば,通常操作時
23
表 2.3.1 Fault tree シンボル
ORゲートはいくつかのインプットイベントのうち
一つが生じた場合にアウトプットイベントが生じる
ことを表す
論理
ゲート
ORゲート
ANDゲートはいくつかのインプットイベントの全て
が生じた場合にアウトプットイベントが生じること
を表す
ANDゲート
基本イベント:これ以上のイベントに繋げることの
できない設備や機器の故障
入力
イベント
(状態)
非展開イベント:情報が入手困難あるいは結果が重
要ではない等の理由から,これ以上の調査を必要と
しないイベント
状態の
説明
Transfer
シンボル
補足情報のためのコメント枠
Transfer
in
Transfer
out
Transfer-in シンボルは,tree が別の場所でさらに
発展することを表し,発展する場所はTransfer-out
シンボルに示される
バルブ
消火ポンプ1
FP1
消火ポンプ2
FP2
エンジン
(原動機)
図 2.3.2 バックアップ機能付き消化ポンプのブロック図
次に,TOP イベントを引き起こす,重要,不可欠,直接的な原因や条件が何かを考え,これら
を AND ゲートや OR ゲートを用いて繋いでいく。この作業を適当なレベルまで進める。ここで
適当なレベルとは,最下の事象が,独立な基本イベントや故障確率データを保有している事象に
到達するレベルを言う。表 2.3.1 に FT 構築の際に用いられるシンボルを示す。
ここで,バックアップ機能付き消化ポンプを例に FT の構築を試みる。消化ポンプのシステム
図を図 2.3.2 に示す。この場合,TOP イベントは,消火装置からの流水不良であり,このイベン
トの原因として,バルブの故障(VF)と,2 つのポンプの両方からの流水不良(G1)が考えられ
る。さらに,それぞれのポンプからの流水不良(G2,G3)の原因には,ポンプの故障(FP1,
FP2)と,エンジン(原動機)の故障(EF)のいずれかが考えられる。これらを故障木で表すと
図 2.3.3 のようになる。図 2.3.3 において,エンジンの故障が生じると,2 つのポンプの両方が流
水不良となるので,結果,エンジンの故障自体が TOP イベントを引き起こす原因となる。したが
って,図 2.3.4 にように書き換えることができる。図 2.3.3 と図 2.3.4 の FT は論理的に同一であ
り,同じ情報を与えることになる。
24
消火装置からの
流水不良
TOP
2つのポンプ
からの流水不良
バルブの故障
VF
G1
ポンプ1
からの流水不良
ポンプ2
からの流水不良
G2
G3
ポンプ1
の故障
エンジン
の故障
ポンプ2
の故障
エンジン
の故障
FP1
EF
FP2
EF
図 2.3.3 バックアップ機能付き消化ポンプの Fault tree (1)
消火装置からの
流水不良
TOP
エンジン
の故障
2つのポンプ
からの流水不良
バルブの故障
EF
VF
G1
ポンプ1
の故障
ポンプ2
の故障
FP1
FP2
図 2.3.4 バックアップ機能付き消化ポンプの Fault tree (2)
(3) 最少カットセット
FT の特徴を知る上で重要なカットセット(切断集合)について説明する。カットセットとは,
いくつかの基本イベントが共に生じると TOP イベントが確実に発生するイベントの組み合わせ
を言う。カットセットは 1 つのシステムに数多く存在する。カットセットのうち,それを構成す
る基本イベントが 1 つでも欠けたら TOP イベントの発生に至らなくなるものを最小カットセット
と言う。つまり,最少カットセット内の基本イベントの全てが起こると同時に TOP イベントも起
こることになる。図 2.3.4 を例にすると,最少カットセットとして,VF,G1,EF の 3 つが存在
することになる。
(4) 定量解析(確率計算)
定量的な解析として,TOP イベントの故障生起確率の計算を行う。ここで, Ei (t ) を基本イベ
ント i が時間 t で起こっている事象とする。ただし,ちょうど時間 t でイベントが発生することを
意味しているのではなく,時間 t で発生した状態(故障の状態)にあることを意味している。なお,
25
TOPイベント
S
E1
E2
イベント1
の発生
イベント2
の発生
E1
E2
図 2.3.5 AND ゲートを持つ Fault tree
TOPイベント
S
E1
E2
イベント1
の発生
イベント2
の発生
E1
E2
図 2.3.6 OR ゲートを持つ Fault tress
Ei (t ) に対する確率を qi (t ) で表す。図 2.3.5 に示すような AND ゲートを持つ FT を考える場合,2
つの基本イベントが互いに独立であるとすると,TOP イベントが時間 t で発生している確率 Q0 (t )
は次式で与えられる。
Q0 (t ) = Pr( E1 (t ) ∩ E2 (t ) ) = Pr( E1 (t ) ) ⋅ Pr( E2 (t ) ) = q1 (t ) ⋅ q2 (t )
(2.3.1)
したがって, m 個の基本イベントを持つ AND ゲートの場合には,次式のようになる。
m
Q0 (t ) = ∏ q j (t )
(2.3.2)
j =1
次に,図 2.3.6 に示すような OR ゲートを持つ FT を考え,2 つの基本イベントが独立であるとす
れば, Q0 (t ) は次式で与えられる。
Q0 (t ) = Pr( E1 (t ) ∪ E 2 (t ) ) = Pr( E1 (t ) ) + Pr( E 2 (t ) ) − Pr( E1 (t ) ∪ E 2 (t ) )
= q1 (t ) + q2 (t ) − q1 (t ) ⋅ q 2 (t ) = 1 − (1 − q1 (t ) ) ⋅ (1 − q 2 (t ) )
(2.3.3)
したがって, m 個の基本イベントを持つ OR ゲートの場合には,次式のようになる。
m
Q0 (t ) = 1 − ∏ (1 − q j (t ) )
(2.3.4)
j =1
最少カットセットの生起確率を考える。最小カットセットを構成するイベントの全てが発生す
ると TOP イベントが発生することになるため,最少カットセットと構成基本イベントとは図
2.3.7 に示すように AND ゲートで結ばれていることになる。j 番目の最小カットセットが時間 t で
起こる確率を Qˆ j (t ) とすると,次式で与えられる。
r
Qˆ j (t ) = ∏ q j , i (t )
(2.3.5)
i =1
26
最少カットセット
j の発生
基本イベント
j, 1 の発生
基本イベント
j, 2 の発生
基本イベント
j, r の発生
Ej1
Ej2
Ejr
図 2.3.7 最小カットセットの Fault tree
TOP
最少カットセット
1 の発生
最少カットセット
2 の発生
最少カットセット
k の発生
C1
C2
Ck
図 2.3.8 Top イベントと最少カットセット
ここで q j , i (t ) は, j 番目の最小カットセットを構成する i 番目の基本イベントの発生確率を表し,
r 個の基本イベントは互いに独立であるとする。
上記の最少カットセットの発生確率を用いると,TOP イベントの発生確率を簡単に計算できる。
図 2.3.8 に示すように TOP イベントに対する故障木が k 個の最少カットセットから構成されると
すれば,それぞれの最少カットセットは OR ゲートで繋がれるため,TOP イベントの発生確率
Q0 (t ) は次式で与えられる。
k
Q0 (t ) = 1 − ∏ (1 − Qˆ j (t ) )
(2.3.6)
j =1
ただし,通常それぞれの最少カットセッ
トは互いに独立ではない(それぞれの最
少カットセットで同じ基本イベントを
Table 2.3.2 OREDA で対象とする機器
System
Machinery
含む場合が多い)ため,式(2.3.6)は正し
い発生確率とはならないが,安全側の上
限値を与える。
Electric equipment
Mechanical equipment
(5) 信頼性データベース
以上のように TOP イベントの発生確
率の計算では,基本イベントの発生確率
が入力データとなる。基本イベント発生
Control and
safety equipment
Subsea equipment
確率(故障率)には信頼性データベース
を活用するのが良い。海洋構造物に関す
る信頼性データベースとして,
OREDA[7](Offshore Reliability Data)
27
Equipment class
- Compressors
- Gas Turbines
- Pumps
- Combustion engines
- Turbo expanders
- Electric generators
- Electric motors
- Heat exchangers
- Vessels
- Heaters and boilers
- Fire and Gas detectors
- Process sensors
- Valves
- Common components
- Control systems
- Manifold
- Flow line
- Subsea Isolation System
- Risers
- Running tool
- Wellhead and X-mas tree
表 2.3.3 モーター駆動発電機の故障データ
Taxonomy no
2.1.1
Item
Electric Equipment, Electric Generators, Motor driven (diesel, gas motor)
6
Population
73
Installations
50
Failure mode
Critical
Break down
Fail to start on demand
Fail to stop on demand
Fail to synchronize
Faulty output voltage
Low output
Parameter deviation
Spurious stop
Degraded
Abnormal instrument reading
External leakage - Utility
medium
Fail to stop on demand
Fail to synchronize
Faulty output frequency
Faulty output voltage
Low output
Minor in-service problem
Other
Parameter deviation
Vibration
Incipient
Abnormal instrument reading
Break down
External leakage - Utility
medium
Fail to start on demand
Fail to stop on demand
Fail to synchronize
Faulty output voltage
Low output
Minor in-service problem
Noise
Other
Overheating
Parameter deviation
Unknown
Vibration
Unknown
Unknown
All modes
[6]
Aggregated time in service (10 hours)
No of demands
Calendar time*
Operational time✝
21089
3.7919
0.2323
6
Repair (manhours)
Active
No of
Failure rate (per 10 hours)
rep. hrs
failure
Lower
Mean
Upper
SD
Min
Mean
Max
n/τ
102*
4.57
27.08
65.15
19.61
26.90
6.3
1.0
7.8
108.0
102✝ 6411.94 12432.75 20061.29 4205.82
439.12
1*
0.00
0.50
1.26
2.59
0.26
49.0
49.0
49.0
49.0
1✝
0.00
13.20
64.44
26.94
4.31
64*
2.94
16.82
40.05
11.97
16.88
5.5
1.0
6.1
69.0
64✝ 4006.87 8140.51 13454.00 2915.43
275.53
5*
0.00
2.01
11.47
6.15
1.32
10.3
1.0
10.3
22.0
5✝
1.33
246.28
882.49
326.07
21.53
1*
0.00
0.23
1.19
0.94
0.26
1.0
2.0
2.0
2.0
1✝
0.30
4.50
13.03
4.31
4.31
3*
0.00
0.87
4.70
2.19
0.79
8.3
1.0
39.0
108.0
3✝
12.21
328.75
992.10
338.09
12.92
1*
0.00
0.26
0.47
1.47
0.26
1.0
1.0
1.0
1.0
1✝
0.08
132.04
560.82
216.08
4.31
1*
0.00
0.26
0.47
1.47
0.26
10.0
10.0
10.0
10.0
1✝
0.00
73.35
344.39
140.31
4.31
26*
1.86
6.85
14.41
3.97
6.86
6.0
1.0
6.2
58.0
26✝ 1041.37 2911.25 5546.30 1408.58
111.93
36*
0.12
9.62
31.01
11.25
9.49
9.5
1.0
14.6
116.0
36✝ 1098.85 3107.24 5945.47 1515.96
154.98
1*
0.00
0.26
0.47
1.47
0.26
5.0
10.0
10.0
10.0
1✝
0.19
152.19
625.82
237.36
4.31
1*
0.00
0.29
1.63
0.92
0.26
12.0
12.0
12.0
12.0
1✝
0.00
64.31
306.36
125.79
4.31
4*
0.00
1.13
6.30
3.71
1.05
7.0
1.0
7.0
14.0
4✝
3.27
406.69 1370.30
503.38
17.22
4*
0.08
1.00
2.83
0.93
1.05
10.0
2.0
5.5
10.0
4✝
0.00
47.81
249.16
111.16
17.22
1*
0.00
0.50
1.26
2.59
0.26
3.0
1.0
1.0
1.0
1✝
0.00
69.14
326.83
133.67
4.31
8*
0.00
2.56
13.18
5.73
2.11
11.0
1.0
16.1
70.0
8✝
74.02
584.87 1500.65
467.73
34.44
3*
0.00
0.78
4.07
1.80
0.79
82.0
82.0
82.0
82.0
3✝
0.00
114.75
554.09
228.77
12.92
2*
0.00
0.51
2.64
2.03
0.53
3.5
1.0
6.5
12.0
2✝
0.10
97.94
407.30
155.09
8.61
2*
0.00
0.51
2.65
2.05
0.53
1.5
1.0
2.5
4.0
2✝
3.77
271.52
864.21
311.37
8.61
9*
0.00
2.28
11.58
5.00
2.37
5.2
1.0
8.6
32.0
9✝
227.33 1121.84 2576.44
754.33
38.75
1*
0.00
0.23
1.27
0.67
0.26
-116.0
116.0
116.0
1✝
0.05
3.73
11.93
4.31
4.31
144*
0.05
38.78
159.60
60.54
37.98
5.3
1.0
8.6
178.0
144✝ 5577.20 13572.90 24403.72 5848.52
619.94
74*
0.00
19.75
108.52
52.28
19.52
5.1
1.0
6.9
28.0
74✝ 1649.55 6516.63 14025.51 3933.89
318.58
1*
0.00
0.50
1.26
2.59
0.26
11.0
19.0
19.0
19.0
1✝
0.00
69.14
326.83
133.67
4.31
5*
0.00
1.36
7.08
3.13
1.32
7.0
1.0
7.6
20.0
5✝
0.19
160.41
661.31
251.03
21.53
1*
0.00
0.50
1.26
2.59
0.26
4.0
3.0
3.0
3.0
1✝
0.00
69.14
326.83
133.67
4.31
2*
0.00
0.51
2.65
2.05
0.53
3.0
1.0
5.5
10.0
2✝
3.29
261.02
837.81
303.14
8.61
1*
0.00
0.50
1.26
2.59
0.26
11.0
19.0
19.0
19.0
1✝
0.00
69.14
326.83
133.67
4.31
2*
0.00
0.66
3.43
2.41
0.53
3.5
9.0
11.5
14.0
2✝
1.07
191.87
683.56
252.54
8.61
1*
0.00
0.29
1.63
0.92
0.26
12.0
12.0
12.0
12.0
1✝
0.00
64.31
306.36
125.79
4.31
13*
0.00
2.75
15.85
8.78
3.43
3.5
1.0
7.6
37.0
13✝
1.83
375.55 1372.33
507.01
55.97
8*
0.00
2.16
9.58
3.77
2.11
6.9
1.0
27.1
178.0
8✝
140.46
904.06 2220.82
676.93
34.44
7*
0.11
1.85
5.45
1.81
1.85
4.3
1.0
7.6
18.0
7✝
5.18
234.57
723.54
254.60
30.14
1*
0.00
0.50
1.26
2.59
0.26
6.0
6.0
6.0
6.0
1✝
0.00
69.14
326.83
133.67
4.31
24*
0.00
5.72
30.04
13.55
6.33
3.9
1.0
4.4
16.0
24✝
994.81 3945.89 8503.31 2387.12
103.32
2*
0.00
0.78
4.08
2.86
0.53
16.0
22.0
22.0
22.0
2✝
0.01
16.13
70.00
27.19
8.61
2*
0.00
0.51
2.65
2.05
0.53
14.5
6.0
29.0
52.0
2✝
2.91
252.39
816.78
296.58
8.61
4*
0.00
1.02
5.65
2.84
1.05
----4✝
66.82
548.76 1417.98
443.34
17.22
4*
0.00
1.02
5.65
2.84
1.05
----4✝
66.82
548.76 1417.98
443.34
17.22
286*
1.62
75.98
234.83
82.80
75.42
6.2
1.0
9.1
178.0
286✝ 15891.73 30877.46 49876.79 10472.44 1231.27
Comments
-3
On demand probability for consequence class: Critical and failure mode: Fail to start on demand = 2.9 10
28
がある。OREDA では,表 2.3.2 に示す海洋構造物に搭載される機器の故障率が故障モードごと
に記載されている。例として,ディーゼルやガスモーター駆動の発電機のデータを表 2.3.3 に示
す。
このようなデータベースから得られる基本イベントの確率を式(2.3.1)∼(2.3.6)に適用すること
で Top イベントの発生確率が得られる。ただし,基本イベントの発生確率には,修理等の有無,
定期的な検査の有無,故障の持続性,さらには,オペレーションエラー(機器の作動時のみ故障)
かどうかなどを考慮する必要があり,注意が必要となる。
2.3.2 ETA[8]
(1) ETA の概要
アクシデントイベントは,例えばガス漏れ,落下物,火災の発生等,そのイベントが重大故障
や事故につながる通常状態からの逸脱(欠陥)として定義される。このアクシデントイベントは
多くの異なる結果を導き,導かれる結果は,図 2.3.9 に示すような Consequence スペクトルを用
いて図示される。当然ながら,導かれる結果はその後に発生するイベント(追加イベント)や状
況などに左右される。例えば,ガス漏れを例に考えると,
・漏れたガスが引火するか否か
・ガス漏れ時にその場所に人が存在するか否か
・ガス漏れ時の風向き
によって結果は変わっていく。
良く考えられたシステムでは,アクシデントイベントから続く重大故障を防止する,あるいは,
被害の程度を軽減させるような防御手段を備えている。アクシデントイベントが重大故障を引き
起こす確率は,この防御手段が機能するか否かで変わってくる。防御手段には,技術的(機械的)
なものと管理的(組織的)なものがある。
事象木解析(Event Tree Analysis:ETA)とは,アクシデントイベント(初期イベント)から
順次起こっていく可能性のある全ての結果を,防御機能の動作や追加イベントを考慮しながら帰
納的手順で表現する解析法である。 ETA では,FMECA や HAZOP(Hazard And Operability
study)等の事前解析で抽出された全ての関連のあるアクシデントイベントを検討することで,複
雑なシステムにおけるアクシデントの筋書きや順序を明らかにする。そして,設計や操作手順の
弱点を抽出するとともに,アクシデントイベントから繋がる様々な結果に対する確率の計算を行
う。ETA の結果は,システムのリスク解析に留まらず,防御手段や安全装置などの改良点を見つ
け出すことにも使われる。
誘発される
結果
C1
C2
アクシデント
イベント
C3
Ck
図 2.3.9 Consequence スペクトル
29
(2) ET の構築
ETA の手順をまとめると以下のようになる。
1. アクシデントイベント(初期イベント)の決定
2. アクシデントイベントに対する防御手段の確認
3. 事象木(Event Tree:ET)の構築
4. アクシデントの順序の記述
5. アクシデントイベント(初期イベント)や ET 内の枝における頻度や確率の決定
6. 導かれた結果に対する頻度や確率の計算
7. 解析結果のまとめ
アクシデントイベントを決定する際には,以下の点を明らかにしておく必要がある。
What:例えば,ガス漏れ,火災
Where:例えば,制御室内
When:例えば,通常操作時,メンテナンス時
実際に ETA を適用する場合には,何をアクシデントイベントとして考えるべきかについて議論が
行われる(例えば,火災や爆発を誘発するので,ガス漏れをアクシデントイベントとするべきで,
火災をアクシデントイベントとはしない)。可能であるならば,重大故障を導く最初の逸脱(欠陥)
を選ぶべきである。
アクシデントイベントは以下の事柄を原因とする。
・システムや機器の故障
・ヒューマンエラー
・手順不良
したがって,アクシデントイベントは予期でき,システムの設計者は,アクシデントの連鎖を断
ち切る,あるいは,結果の程度を軽減したりする防御手段を設置する。またアクシデントイベン
トを考えるに当たっては,アクシデントの発展性,システム依存性(イベント間の相関),条件の
違いによる応答性に対しての検討を必要とする。
ある特定のアクシデントイベントに対する防御手段は,それが機能する順番にしたがって図
B1
B2
アクシデント 追加イベント1
イベント
の発生
B3
防御手段 1
が動作しない
B4
防御手段 2
が動作しない
追加イベント2
の発生
導かれた結果
True
結果 1
False
結果 2
True
結果 3
True
True
False
結果 4
True
True
結果 5
False
結果 6
True
False
True
False
False
False
結果 7
結果 8
結果 9
図 2.3.10 Event tree
30
2.3.10 に示すように記述される。防御手段の例として
居住区へ向う風
以下のようなことがある。
ガス漏れ
・自動検出システム(例えば,火災検知システム)
・自動安全装置(例えば,自動消火システム)
工場へ向う風
空地へ向う風
・オペレーターやスタッフへ警告するアラーム
図 2.3.11 三者選択の枝
・手順やオペレーターの行動
・被害の低減機能
図 2.3.10 に示すように,追加イベントや状況なども,それらが起こる順序にしたがって防御手段
と一緒に記述する。それぞれの防御手段では,
(ネガティブな)状態,例えば,“防御手段 X が機
能しない”等の説明が記載される。“防御手段 X が機能しない”とは,対応するアクシデントが生じ
た時に,X が要求機能を満足できないことを意味する。追加イベントや状況もまた,“ガスが引火
した”,“風が居住エリアに向かって吹いている”等の(ワーストケースな)状態で説明される。
アクシデントイベント,防御手段および追加イベントからの枝は,通常,“True”あるいは“False”
の 2 者選択で分かれるが,場合によっては,図 2.3.11 に示すような 3 者選択やそれ以上の選択肢
に分けることもできる。
実際に ETA を適用する場合,ある程度の結果が導かれるところで ET の構築を打ち切る。“最
終”結果まで ET を拡張すると膨大な大きさとなり現実的ではない。
(3) 定量解析(確率計算)
構築された ET に対して,結果に対する頻度や確率の計算を行う。ここでは図 2.3.10 を例に考
える。アクシデントイベント(初期イベント)の頻度を λ ,事象 B (i) に対する確率を Pr( Bi ) とす
る。このとき,アクシデントイベントが発生した結果,結果 1 に到達する確率は,次式で与えら
れる。
Pr ( Outcome 1 | Accident event ) = Pr ( B1 ∩ B2 ∩ B3 ∩ B4 )
(2.3.7)
= Pr ( B1 ) ⋅ Pr ( B2 | B1 ) ⋅ Pr ( B3 | B1 ∩ B2 ) ⋅ Pr ( B4 | B1 ∩ B2 ∩ B3 )
(初期)
アクシデント
イベント
火災の発生
スプリンクラー
火災警報器
システムが
が動作しない
動作しない
True
True
0.001
0.01
False
0.999
True
0.80
True
爆発
False
0.001
10 per year
0.99
False
-2
0.999
False
結果
頻度
( per year )
消火不能な火災
で警報なし
8.0 .10-8
消火不能な火災
で警報あり
8.0 .10-5
消火可能な火災
で警報なし
7.9 .10-6
消火可能な火災
で警報あり
7.9 .10-3
火災なし
2.0 .10-3
0.20
図 2.3.12 爆発に対する Event tree
31
なお,事象が互いに独立であるとすると,式(2.3.7)は次式のようになる。
Pr ( Outcome 1 | Accident event ) = Pr ( B1 ) ⋅ Pr ( B2 ) ⋅ Pr ( B3 ) ⋅ Pr ( B4 )
(2.3.8)
最終的に,結果 1 の頻度は次式で与えられる。
λ ⋅ Pr ( B1 ∩ B2 ∩ B3 ∩ B4 )
(2.3.9)
他の結果についても同様に求めることができる。FTA と同様に,各事象の確率には信頼性データ
ベースを使用できる。
図 2.3.12 に爆発による火災を例とした事象木を示す。ここでは各事象の互いに独立であるとし
て結果の頻度を求めている。
ETA から得られた結果は,現在のシステムがアクシデントに対して容認できるものか否の判断
材料として使用ができる。また,容認できないならば,改良をするべきか否か,また,どこを改
良するべきかの判断材料にもなる。 このように ETA を行うことで,新たな安全装置や手順の導
入,さらには改良等の必要性を明らかにすることができる。
2.4 リスク評価とリスク制御対策
2.4.1 リスク評価
従来リスクは,Hazard の頻度(発生確率)×深刻度のスカラー量で評価されることが一般的で
あった。深刻度とは故障等による損害を意味しており,金額や死亡者数などが用いられる。この
方法では,得られたスカラー量と目標とする値(金額や死亡者数)との大小関係から,リスクが
許容できるか否かが判断される。しかしながら,スカラー量に変換することで,リスクの特徴を
表す情報が欠落するため,近年では,頻度と深刻度を直接取り扱う評価法が主流になりつつある。
FTA や ETA による Frequency Analysis を行って定量的な頻度を得て,さらに同じく定量的な
被害度が得られる場合には,図 1.3.1 に示したような F-N Curve が用いられる。一方,FMECA
や SWIFT などによって定性的な頻度や被害度が得られる場合には,図 2.2.4 に示したリスクマト
リックスが用いられる。いずれの評価法でも検討した Hazard が 2 次元内のどの領域にあるかで
リスクを評価する。以下では,リスクマトリックスを使った評価を説明する。
表 2.4.1 および表 2.4.2 に示すように深刻度(SI)と頻度(FI)を幾つかの領域に分割し,そ
れぞれの上限値と下限値を決める。表 2.4.1 では深刻度を人命損失で表しているが,被害額で表
す場合もある。SI を列に FI を行としたリスクマトリックスを考え,得られたセルを受容領域,
受容不能領域およびその中間の領域に分類する。分類は,SI と FI の和や積などの値をもとに決
められる。リスクマトリックスの例を表 2.4.3 に示す。中間領域は“実行可能な範囲で最低”
(As Low
As Reasonably Practicable:ALARP)あるいは,“到達可能な範囲で最低”(As Low As Reasonably
表 2.4.1 Severity index
(深刻度,影響度)の例
番号 深刻度分類
事故の結果
1
軽微
軽傷以下
2
中程度
軽傷
3
重大
重傷
4
かなり重大
1 名死亡
5
非常に重大
10 名死亡
6
大惨事
100 名死亡
表 2.4.2 Frequency index(頻度)の例
番号
1
2
3
4
5
6
32
頻度分類
ほぼ発生なし
発生し難い
発生しうる
まれに発生
たびたび発生
日常的に発生
年間頻度
10-5
10-4
10-3
10-2
10-1
1
表 2.4.3 リスクマトリックス
深刻度(SI)
2
3
4
5
1
頻
度
(FI)
6
6
5
4
3
2
1
受容領域
中間領域(ALARP)
受容不能領域
Attainable:ALARA)領域とも呼ばれる。F-N Curve を用いる場合も同様に領域を 3 つの範囲に
分割する。
FMECA や SWIFT から直接得られた FI や SI あるいは,FTA や ETA より得られた頻度(発
生確率)とそのリスクに対する人命損失数や被害額をリスクマトリックス上にプロットする。リ
スクの評価はプロット点がどの領域にあるかによって行われる。プロット点が受容不能領域にあ
る場合には,頻度あるいは被害を低減する何らかのリスク制御対策(Risk Control Options:RCO)
を講じ,プロット点を受容領域や ALARP 領域に移動させる。ALARP 領域にある場合にも RCO
を考えるが,RCO を講じることで発生するコストの増加とリスクの低減量を比較し,対費用効果
が高いのであればその対策を講じ,そうでない場合にはリスクをそのまま受容する。
なお、FI の評価には、事故、損傷についてのデータベースに基づく確率評価が必要となるが、
データが十分でない場合は、確率の推定が難しい。そのような場合は、確率に幅を持たせて評価
を行い、感度分析に基づいてハザードの重要度評価を行うのが合理的である[9]。
2.4.2 リスク制御対策の費用対効果
現実的な問題として,人命の損失を防ぐために費やせるコストには限りがある。そのため,RCO
に対しても,経済的な考慮が必要となる。そのような経済的な考慮を行うための手段として,RCO
の実施により得られる利益と, RCO 実施に必要となるコストを特定し比較する,費用対効果評価
(Cost Effectiveness Assessment:CEA)手法がある。人命の安全に関する費用対効果の指標と
して,「1 人の人命損失を回避するために必要とされるコスト(Gross Cost of Averting a
Fatality:GCAF)」と「1 人の人命損失を回避するために必要とされる純コスト(Net Cost of
Averting a Fatality:NCAF)」とがある。GCAF と NCAF の違いは,以下の式(2.4.1)および式(2.4.2)
の定義式を見ると理解が比較的容易になる。
GCAF =
∆C
∆R
(2.4.1)
NCAF =
∆C − ∆B
∆R
(2.4.2)
ここで,
33
∆C :RCO 導入に費やされる費用
∆B :RCO 導入の結果得られる経済的な利益
∆R :RCO 導入によって減少すると期待されるリスクの低減量
つまり,NCAF では RCO 導入の結果として得られる経済的な利益を,RCO 導入の費用から差し
引いたものを,RCO 導入におけるコストとして取り扱っている。コストをこのように捉えること
で,RCO 導入における経済性をより正確に評価することができる。
同定された RCO に対して GCAF や NCAF を求める。リスクが受容不能領域にあり複数の RCO
が同定されている場合には,GCAF や NCAF の小さな RCO を導入する。また,ALARP 領域に
あるリスクでは,GCAF や NCAF がある値を下回る場合には対費用効果が優れていると判断し,
その RCO を導入する。なお,NCAF がマイナスになるような場合は,導入による経済的な利益
が導入費用を上回るために,経済的には推奨されると考えることができる。
第2章の参考文献
[1] 日本造船学会海洋工学委員会構造部会編 :超大型浮体構造物の構造設計,成山堂書店,(2004).
[2] Health and Safety Executive : Marine Risk Assessment, Offshore Technology Report
No.2001/063, http://www.hse.gov.uk/research/otopdf/2001/oto01063.pdf, (2002).
[3] Marvin Rausand : System Reliability Theory, Chapter 3, System Analysis, Failure Modes,
Effects, and Criticality Analysis, http://frigg.ivt.ntnu.no/ross/slides/fmeca.pdf, (2004).
[4] 湯川和浩他:NGH-FPSO 用タンデムオフローディング装置の開発,日本船舶海洋工学会論文
集,第 5 号,pp.99-106, (2007).
[5] Marvin Rausand : System Reliability Theory, Chapter 3, System Analysis, Fault Tree
Analysis, http://frigg.ivt.ntnu.no/ross/slides/fta.pdf, (2004).
[6] U.S. Nuclear Regulatory Commission : An Assessment of Accident Risks in U.S.
Commercial Nuclear Power Plants, WASH-1400, NUREG-75/014, (1975).
[7] DNV : OREDA - Offshore Reliability Data Handbook 2002 – 4th Edition, (2002).
[8] Marvin Rausand : System Reliability Theory, Chapter 3, System Analysis, Event Tree
Analysis, http://frigg.ivt.ntnu.no/ross/slides/eta.pdf, (2004).
[9] 鷺島由佳、島村好秀:FPSO における安全性評価、第 20 回海洋工学シンポジウム講演論文集.
34
3. リスクベース安全性評価事例
3.1 メガフロート総合信頼性評価
3.1.1 メガフロート
メガフロートは図 3.1.1 に示すように、浮体構造物と係留システム、必要に応じて設置される
海域制御システム、上載構造物、陸上連絡施設からなる構造システムである。メガフロートを構
成するこれらの構造物はそれぞれ確立された設計法に基づいて設計され、その帰結として安全な
メガフロートが構成できるというものである。
上載構造物
海域制御システム
陸上連絡施設
浮体構造物
係留システム
図 3.1.1
メガフロートの構成
しかしながら、各分野で確立された設計法であっても、メガフロートを前提にしたものではなく、
検討の余地が残されている課題としては、上記のような手順で構成されたメガフロートが構造シ
ステムとして所期の性能を達成していることの検証である。
3.1.2 メガフロートの安全性評価
メガフロートの安全性評価に当たっては、多くの法令や機関が関連しかつ、高度な専門性と多
大な解析を必要とするため、国土交通省においても有識者、専門家などから構成されるメガフロ
ート安全性評価会議を設置し、ここにおいて安全性を評価することが決定された。評価の手順を
図 3.1.2 に示す。評価の指針となるメガフロート安全性評価指針においても、表 3.1.1 に示すよう
に、メガフロートの特質に着目して総合評価の章を設け、ここにおいてメガフロートの構造シス
テムとしての安全性を評価することとした。
35
申請者
資
料
提
計
画
・
設
出
・
説
明
計
段
階
メガフロート安全性評価会議
委員:
○専門家・有識者
○関係機関
委員
・建築主事
・消防長等
・港湾管理者
評
価
・船舶検査官 等
申請者
申請
申請
法
令
に
基
づ
く
認
証
段
階
建
築
基
準
法
に
基
づ
く
認
証
行
為
申請
申請
消
防
船
舶
港
湾
法
に
基
安
全
法
法
に
基
づ
く
認
に
基
づ
づ
く
認
証
行
為
く
認
証
行
証
行
為
・・・・・
漁
港
法
に
基
づ
く
認
証
行
為
為
用途・設置区域等に応じ
て必要となる認証行為
図 3.1.2
表 3.1.1
メガフロート安全性審査の進め方
メガフロート安全評価指針(国土交通省)
第 1 章 総則
第 2 章 材料
第 3 章 設計荷重
第 4 章 浮体構造物
第 5 章 係留装置
第 6 章 上載構造物
第 7 章 陸上連絡施設
第 8 章 防災対策
第 9 章 施工における品質管理
第 10 章 維持管理
第 11 章 総合評価
36
3.1.3 浮体式空港の総合信頼性評価
メガフロート安全性評価指針において規定された総合評価では、評価の目的が次のように規定
されている。
メガフロートを構成する係留装置及び浮体構造物を総合的に取り扱うことにより、
相互影響を考慮して、構造の保全に係わる安全目標を満足すること。
基本的な考え方は次のようにされている。
メガフロートの安全性評価は、想定される災害シナリオに基づき、浮体構造物お
よび係留装置の損傷(浮体構造物の沈没、漂流および構造破壊)が発生する可能
性およびそれによる被害の大きさにより行うこと。
メガフロート技術研究組合と沿岸開発技術センターにより「メガフロートの総合安全性評価手
法に関する研究」委員会が組織され、複合システムであるメガフロートの安全性評価の検討が行
われた。検討項目は、1)総合安全性評価の手順、2)目標安全性、3)超大型浮体構造物への
適用である。
(1) 総合安全性評価の手順
検討では総合安全性の評価手順を検討し、次のように取りまとめた。
a) 施設/システムの記述
適用規則の記述、(自然)環境条件の記述、
設計・施工等に関する情報の記述
b) ハザード及び想定災害の抽出
関連する事故、トラブル情報の収集、ハザードの同定、
想定事故シナリオの抽出と設定
c) リスク解析及び評価
Consequence Analysis、Frequency Analysis、リスクの定量化、
リスクの評価
d) 対処措置の立案
事故防止対策の立案(発生確率の低減量の評価)
事故拡大抑制措置の立案(被害の程度の低減量の評価)
e)対策後のリスクの定量化と評価
(2) 目標安全性(Acceptance Criteria)
次の観点から目標安全性を検討し、
a) 事故統計に基づく方法
b) 現行設計基準へのキャリブレーションに基づく方法
c) 他の災害との比較による方法
d) 人的損失回避に要する投資効果による方法
e) 期待総費用最小化に基づく方法
37
さらに、リスクの認識に関わる恐ろしさ(Dread)、未知性(Unknown)、災害規模(Number of
people involved)、能動性の各要因について見当を加え、図 3.1.3 に示すメガフロートのリスクダ
イアグラムが提案された。
1
A N N UA L PROBA BI L IT Y OF FA IL U RE Pf
MINE PIT SLOPES
-1
10
MERCHANT SHIPPING
A
AL CC E
AR PT A
P- B L
St E
at
oi
l
-2
10
MOBILE DRILL RIGS
10 -3
All
en'
sE
FOUNDATION
-4
10
C
FIXED DRILL RIGS
IR
IA
DAMS
q.
-5
10
OTHER LNG STUDIES
ESTIMATED U.S. DAMS
V L FS
-6
10
COMMERCIAL
AVIATION
-7
10
LIVES LOST
COST IN $
1
1m
10
10 m
100
100 m
1000
1b
10000
10 b
100000
10 b
CONSEQUENCE OF FAILURE
図 3.1.3
リスクダイアグラム
(3) 事故シナリオの抽出
専門家判断として、確率評価はせずに重大事象である漂流、沈没、浮体の崩壊について Event
Tree を検討し、図 3.1.4 に示すように評価対象とする破壊シナリオを導き出した。
38
防波堤
係留系
被災
被災
浮体
浮体被災 (要検討)
波浪
浮体被災せず (要検討)
浮体被災 (要検討)
被災せず
浮体被災せず (要検討)
影響度 極小 (検討省略)
被災せず
係留系
浮体
浮体被災 (要検討)
地震
被災
浮体被災せず (要検討)
影響度 極小 (検討省略)
被災せず
浮体
浮体大区画損傷(要検討)
事故
航空機の墜落、船舶の衝突
浮体中区画損傷(要検討)
浮体小区画損傷(検討不用)
浮体
浮体大区画損傷(要検討)
火災・爆発
浮体中区画損傷(要検討)
浮体小区画損傷(検討不用)
図 3.1.4
メガフロートの破壊シナリオ
(4) 被災確率の評価例
メガフロートの被災シナリオにおいて、被災確率を評価する必要のあるものは、次のようにな
る。
a) 波浪に対する防波堤の被災確率
b) 防波堤被災時の係留系の被災確率
c) 地震時の係留系の被災確率
d) 波浪に対する浮体の被災確率
e) 防波堤被災時の波浪に対する浮体の被災確率
f) 航空機の墜落及び船舶の衝突に対する影響度分析
g) 火災・爆発に対する上載構造物の影響度分析
これらについて、図 3.1.5 に示す具体的なメガフロートの設計例について検討を行い、次の結果
が得られた。
39
図 3.1.5
メガフロートと防波堤の配置および防波堤の断面形状
a) 防波堤
転倒による破壊確率が滑動より卓越する。
南防波堤の年転倒確率 4.384×10-5
b) 係留システム
1基破壊した後の逐次崩壊は初期破壊で破壊確率を代表する。
防波堤無しの場合、係留ドルフィン 50 基の場合について
年破壊確率 5.8×10-7
c) 浮体構造物
初期崩壊発生から最終強度に達するまでの余剰強度は小さい。
d) 複合事象
防波堤被災により浮体設置海域の静穏性が低下し、浮体が損傷する。
縦波中の年曲げ崩壊確率 3.24×10-7
e) 事故時(航空機衝突、船舶衝突)、火災・爆発
全体系の崩壊、沈没にはつながらない
ここで、評価法が確立されていないもので、かつ重要なものとして、防波堤被災により防波堤内
の波が侵入し、浮体の置かれた波浪条件が厳しくなることによって浮体が被災するというシナリ
オについて確率の評価が試みられた。
a) 波浪条件(再現期間 50 年相当)
東防波堤: H1/3=3.61m
T=7.60sec
南防波堤: H1/3=3.72m
T=7.70sec
b) 防波堤
・防波堤被災確率
40
沖波個別波に浅水影響と砕波影響を考慮して 、堤前最大波高と提前有義波高 H1/3
を求める。さらに、防波堤直立壁前面の波圧と直立壁底面の揚圧力、および堤体の
重量モーメントとの釣り合いから、転倒を判定した。この計算をモンテカルロ法に
より繰り返し、防波堤の転倒確率を計算した。計算結果によると、南防波堤に比べ
て東防波堤の方が転倒確率が大きく、年被災確率は 10-5∼10-4 オーダーとなった。
・防波堤被災による防波堤内波高分布
防波堤が被災した場合には、提前有義波高がそのまま防波堤内の伝達波高となる
と考え、防波堤内の波を想定した。伝達波のスペクトルには JONSWAP スペクト
ルを仮定した。
c) 浮体構造物
・破損関数
浮体構造の曲げ強度および剪断強度について、ヤング率と降伏応力 を確率変数
とする破損関数を設定した。
・荷重の最大値分布
波浪中における浮体構造物の内力応答を求めるため、流力弾性応答解析を実施し
た。
・防波堤被災時の条件付き破壊確率
以上の検討より防波堤が被災したとの条件付き破壊確率を求めた。
d) 複合システムの破壊確率
防波堤被災時の浮体の条件付き破壊確率と防波堤被災確率の積から、メガフロートの年
間破壊確率を求めた。さらに得られた破壊確率をメガフロートの目標安全性の検討より得
られた許容破壊確率と比較して、十分安全な領域にあることを確認している。
41
3.2
FPSO における Safety Case の適用
洋上石油生産設備である FPSO(Floating Production Storage and Offloading System)は、
原油、ガスの生産処理設備を持つため、爆発などの危険性があり、また陸上から離れた場所に設
置されるため、事故が発生した場合の消火、通報、避難が困難である。このため、設計段階から
FPSO の定性的、定量的な安全性評価と、検証された安全性のレベルを保障するための安全管理
システムが不可欠となっている。
1988 年の北海 Piper Alpha の爆発炎上事故を契機に、英国を初め主要な各国政府は、自国領域
内で石油ガス生産を行なうオペレータに対して Safety Case の提出を要求している。Safety Case
は安全性に係わる全ての事柄を対象としており、その評価手法がそのまま構造評価に適用できる
訳ではないが、非常に有効かつ示唆に富んだものである。ここでは、FPSO に適用されている
Safety Case の内容と、実際に行なわれている安全性評価の手順、ことに FSA(Formal Safety
Assessment)について紹介する。[2]
3.2.1
Safety Case
Safety Case は以下の文書から構成される。
(1)
FD(Facility Description)
(2)
FSA(Formal Safety Assessment)
(3)
SMS(Safety Management System)
FD は、対象となる FPSO の生産設備の概要、設計条件を記した文書である。FSA は、定性的、
定量的な安全性評価を纏めた文書であり、Safety Case の主要部分を占める。SMS は、安全管理
体制、オペレーションマニュアル、自主点検要領などの安全管理システムに関する文書である。
また、Safety Case は、規則による要求を満足していることを立証する文書に留まらず、PDCA
サイクル(Plan-Do-Check-Act)による安全管理の継続的な改善活動を規定した文書としても重
要である。
3.2.2
FSA による安全性評価
FSA による安全性評価は以下の手順で行なわれている。
(1)
HAZID(Hazard Identification)
(2)
Risk Assessment
(3)
Mitigation
HAZID は、一般には、オペレータ、設計者に、更に当該プロジェクトに直接関与していない
第3者を加えたチームによるブレーンストーミングによって行なわれている。これには、What-If
やガイドワードを使う手法が用いられている。HAZID の主な目的は重要な危険因子(Major
Accident Event , MAE ) を 選 び 出 す こ と に あ り 、 発 生 頻 度 ( Likelihood ) と 被 害 の 大 き さ
(Consequence)を定性的に評価し(Qualitative Risk Assessment)、抽出された危険因子のラ
ンキングが行なわれる。定性的なリスク評価基準の例を図 3.2.1 に示す。
なお、構造崩壊に関しては、船級協会から 100 年再現荷重に対して十分な安全余裕を持った構
造設計を行なうことが要求されており、これに適合していることを以って MAE と識別されてい
ない。
42
Happens
several times
per year in our
company
Happens
several times
per year at
location
Incident has
occurred in our
company
Heard of in the
E&P Industry
Consequence
Slight
Minor
Major
Serious
Catastrophic
Never heard of
in the E&P
Industry
Likelihood
Low
Medium
High
図 3.2.1
定性的リスク評価基準
抽 出 さ れ た MAE に つ い て は 、 次 節 で 詳 述 す る 定 量 的 リ ス ク 評 価 ( Quantitative Risk
Assessment)が行なわれる。
一連の安全性評価において、Hazard とその結果引き起こされる事象を、「予防する」、「事前検
知する」、「減らす」、発生したとしても「乗組員を安全に避難させる」といった対策(Mitigation)
が講じられる。特に IRPA が許容可能な領域(As-Low-As Reasonably Practicable,ALARP)と
なる Hazard については、費用対効果を考慮した対策が必要となる。費用対効果は、対策に要す
る費用を、その結果減少したリスク(IRPA)で除した比率(Implied Cost to Avert Fatality,ICAF)
で評価される。ICAF の小さい対策は、費用対効果の大きい、有効な対策として実施すべきもの
とされる。
設計変更により Hazard そのものを取り除くことが最も望ましいが、IRPA が低い場合など、
他の対策として Hazard と乗組員の接触を避けるガードを設けたり、適切なマニュアルを用意し
訓練を行うことも対策として考慮されている。
安全性評価とそれによる対策については、後工程への影響と費用の大きさの観点から、設計の
早い段階で行なうことが望ましい。一方、ある程度設計が進まなければ、詳細な配置や仕様が判
らないといった面もある。現実には、初期設計段階で大まかな HAZID を行い、詳細が固まった
段階で改めて HAZID を行なうという 2 段階に分けて実施されている。
3.2.3
Risk Assessment
HAZID により抽出された MAE は、図 3.2.2 に示すフローチャートに従って、定量的リスク評
価(Quantitative Risk Assessment)が行なわれる。
(1)
FEA(Fire & Explosion Analysis)
FPSO を含む石油業界では爆発火災の危険性が高く、それらに対する安全性解析が重要である。
可燃物の量の推定、漏洩などの確率、着火の可能性、爆発の影響域の推定、緊急遮断・消火の効
果などについて評価が行われる。
(2)
NFHA(Non-Flammable Hazard Analysis)
ヘリコプターの墜落、他船との衝突、転落、クレーン吊荷の落下など、火災爆発以外の Hazard
の解析、評価。
43
(3)
ETRERA(Escape, Temporary Refuge, Evacuation and Rescue Analysis)
火災爆発などの発生後、乗組員が安全な一時退避場所(Temporary Refuge)まで、一定時間内
に退避できるかどうかの解析、評価。FSA では、安全性を人命の生存確率によって評価するため、
火災爆発などの事故発生確率だけでなく、事故が発生した後に乗組員が安全に退避できるかどう
かの確率を算定しなければならない。
(4)
ESSA(Emergency System Survivability Analysis)
緊急時に作動すべき遮断弁、警報などが、火災などの影響によって損傷することなく正常作動
するかどうかの解析、評価。要すれば、二重化装備などで対応する。
(5)
QRA(Quantitative Risk Assessment)
発生確率が高く、かつ大きな被害が予想される MAE について、火災爆発などの発生から、検
知、警報、消火、避難、救助に至るまでのシナリオを想定し、それぞれの事象について Hazard
や 引 き 続 く 事 象 の 発 生 確 率 な ど を 組 み 合 わ せ て 詳 細 な 確 率 計 算 が 行 な わ れ る ( Fault Tree
Analysis あるいは Event Tree Analysis)。その結果は、乗組員一人当たりが一年間に事故によ
って死亡する確率(Individual Risk Per Annum,IRPA)が許容できるレベルかどうかによって
評価される。
(6)
ALARP(As-Low-As Reasonably Practicable)
石油業界で良く使われている IRPA 評価基準の例を図 3.2.3 に示す。この例の場合、IRPA が
10-3 以上だと危険度が高く、社会的に受け入れられないレベルであり、根本的な対策が必要と考
えられる。一方、10-6 以下の場合は、危険度は社会的に許容されるレベルと考えられる。10-3 か
ら 10-6 の範囲が ALARP となり、何らかの対策が必要なレベルだが、その対策に膨大な費用を要
するような非現実的なものである必要は無いとされている。
HAZID
MAE
(1) FEA
(2) NFHA
(3) ETRERA
(4) ESSA
(5) QRA
(6) ALARP
図 3.2.2
リスク評価フローチャート
44
Potential Risk
Level
Low
1 x 10-6
Tolerable
1 x 10-3
Intolerable
Risk Management
Objective
Continue to
Manage for
Improvement
Demonstrate
Risk
Reduction to
Reduce Risk
to Tolerable or
Low Region
図 3.2.3
ALARP
Level of Control
Management
System
Procedures
Competence
Safety
Case
Hardware
Systems
Procedures
Competence
以上の定量的な確率計算を行なうためには、事故や故障の発生に関する統計的なデータが不可
欠である。部品の故障確率などは、DNV(Det Norske Veritas)から発行されている Offshore
Reliability Data Handbook (OREDA)が利用されている。また、調査会社に委託してリスク評価
解析に必要なデータの調査、収集、分析も行なわれている。全く経験のない未知の事象について
は、ある部品の故障発生確率を変化させた時のシステム全体の故障発生確率、あるいは IRPA が
どのように変化するのか、感度解析を行なって評価することも行われている。
3.2.4
FSA の実施例
FPSO に対する FSA の結果の一例として、危険要因別 IRPA を表 3.2.1 に、職種別 PPL
(Potential Loss of Life)を表 3.2.2 に示す。PLL とは、IRPA に乗組員数を乗じた数値であり、
表 3.2.2 は、各職種で1年間に死亡する乗組員数を表している。
表 3.2.1 において、Hydrocarbon と分類された Hazard の IRPA が他の Hazard に比べて高い
ことが判る。これは、配管からの漏洩などの事故確率が高いことと、一度事故が発生すると被害
の範囲が広いことに起因すると思われる。表 3.2.2 において、プラントを扱う作業員(Production
Operation Technician)の PLL が高く、FPSO における危険度の高い作業は、原油、ガスを扱う
プラント部分であることが判る。両者を合わせて考えると、プラント火災爆発の可能性を抑える
ことと、その被害対策が重要であることが判る。
45
表 3.2.1 危険要因別 IRPA 計算例
Risk Type
IRPA
Hydrocarbon
4.4 x 10-4
Helicopter Fatality
1.5 x 10-4
Occupational
1.0 x 10-4
Dropped Riser
6.6 x 10-5
Engine Room
4.6 x 10-5
Passing Vessel Collision
4.4 x 10-5
Structural Failure
2.8 x 10-5
Loss of Stability
2.8 x 10-5
Accommodation
1.5 x 10-5
Personnel
Fatality
Total
Transfer
9.1 x 10-6
1.1 x 10-3
表 3.2.2 職種別 PLL 計算例
Discipline
PLL
Production Operation Technician (IR)
3.5 x 10-3
Production Operation Technician
2.0 x 10-3
Advisory Personnel
3.4 x 10-4
Catering
2.0 x 10-4
Offshore Installation Manager
1.7 x 10-4
Operators Operations Supervisor
1.7 x 10-4
Contractor Maintenance Coordinator
1.8 x 10-4
Production Operations Team Leader
1.6 x 10-4
Contractor Material Coordinator
1.6 x 10-4
CCR Production Operations Technicians
1.3 x 10-4
46
3.3
NGH-FPSO 用タンデムオフローディング装置の安全性評価
将来中小規模の海洋天然ガス田を開発する技術として、天然ガスをハイドレートに変換して、
貯蔵・積出を行なう浮体式生産貯蔵積出設備 NGH-FPSO(Natural Gas Hydrate - Floating
Production Storage and Offloading system)が提案されている。NGH を、FPSO から輸送船(シ
ャトルタンカー)へ積出すためのタンデムオフローディング装置の開発において実施された、
HAZID による安全性評価の事例を紹介する。[3,4]
NGH の搬送には、パウダー、スラリー、ペレット、ブロック等の種々の方法が検討されてい
るが、その一つとして、三井造船(株)において NGH をペレット化して輸送するシステムが考
案されている。このシステムのために開発されたタンデムオフローディング装置を対象に、安全
性評価が行われた。NGH-FPSO 用タンデムオフローディング装置は次の要素から構成されてい
る。
(1)
FPSO 上甲板上から NGH ペレットを垂直に揚げる垂直コンベヤ
(2)
NGH ペレットを水平搬送する No.1 及び No2.水平コンベヤ
(3)
シャトルタンカーとの NGH ペレット受け渡し部となるシューター
(4)
シャトルタンカーの長周期振れ回り運動によるシューターの変形を吸収する旋回装置
(5)
上記各装置を支える構造体
シューターはワイヤーロープで形状を保持する方式が採用されており、蛇腹部の伸縮幅は
24.5m である。また、No.2 水平コンベヤを搭載する旋回部は左右に最大 45deg 旋回可能な機構
となっている。NGH-FPSO 用タンデムオフローディング装置の全体図を図 3.3.1 に示す。
NGH-FPSO 用タンデムオフローディング装置の概念設計に対して、日本海事協会(NK)の主
催により、SWIFT 法を用いた HAZID ミーティングが実施されている。本 HAZID は下記を目的
として、船体、機関、艤装及び海洋構造物の専門家が参加している。
(1)
Hazard を同定し、そのリスク(頻度と影響度)を評価するとともに、必要な対策、改善案
を検討し、提言を行なう。
(2)
Hazard の抽出と対策の検討を通じて、以後の設計・開発のための知見を得る。
(3)
HAZID ミーティングを通じて、安全上の重大な問題がなく、開発継続の妥当性を確認する。
同定された Hazard の頻度・影響度については、発生頻度指数(F.I)として7段階、影響度指
数(S.I)として6段階を設定したリスクマトリックスによって評価している。本 HAZID で採用
された評価基準を表 3.3.1 に示す。また個々の Hazard のリスクレベル評価結果を、図 3.3.2 に丸
印で示す。なお、発生頻度のランクを上記7段階のいずれかに明確に評定できなかった Hazard
については、中間位置にプロットされている。ALARP(As Low As Reasonably Practicable)以
上にランクされた Hazard に対しては必要な対策案の提言が行なわれた。
同定された Hazard については、適切な対策を実施することで、リスクが許容できない(リス
クレベル9以上)項目は無く、全て ALARP(リスクレベル8)以下に管理可能であるとの結論
が得られた。これにより、当該設計において重大な安全上の問題がなく、開発の継続が妥当であ
ることが確認されている。さらに、一連の安全性評価過程において得られた提言等から、以後の
47
開発、詳細設計、関連規則制定等に役立つ次の知見が得られている。
(1)
気密装置内のメタンリッチ環境維持が必須であり、気密監視システムが必要。
(2)
システムの状態監視情報の集中管理及び、非常時の緊急操作方法の検討と各操作に係わる時
間余裕の検討が必要。
(3)
気密性保持の観点から、垂直シューター部の蛇腹構造を 2 重化し、気密性とガス検知性能を
向上させることが有効。
図 3.3.1
タンデムオフローディング装置全体図
表 3.3.1
リスクマトリックス評価基準
リスクマトリックスの値
Hazard の重大度に対する評価
2∼6
リスクは無視できる(Negligible)
7∼8
ALARP の範囲
9∼13
リスクは許容できない(Intolerable)
48
中程度
2
7
8
9
10
11
6
7
8
9
Intolerable
10
11
リスクは許容できない
12
5
6
7
8
9
10
11
4
5
6
7
8
10
9
3
4
5
6
7
8
9
2
3
4
5
6
7
1
2
Negligible
3
4
リスクは無視できる
5
6
頻度(F.I)
頻繁に発生
起こり得る
起こり難い
非常に
起こり難い
影響度(S.I)
重大
かなり重大
3
4
軽微
1
図 3.3.2
HAZID 結果
49
非常に重大
5
大惨事
6
12
13
ALARP
8 領
7
3.4
LNG 船の総合安全性評価(FSA: Formal Safety Assessment)(MSC 83/21/1)
液化した天然ガスである LNG(Liquefied Natural Gas)を輸送する LNG 船は、1964 年に商業
ベースの LNG 船が就航して以来、大規模な事故が発生しておらず、その高い安全性が知られて
いる。これは、初期の設計から、約-160℃という極低温の環境維持が必要となる LNG に対して、
安全性の観点から多大な努力が払われてきた結果であると言える。
このような LNG 船に関してもリスクは存在しており、IMO の FSA 指針に基づき現在の LNG
船のリスクレベルを評価し、要すればリスクレベルを下げるための対策の提言を行うことが、
MSC 83/21/1 の目的である。MSC 83/21/1 の詳細な内容は MSC83/INF.3[5]に記述されている。
以下、図表は全て MSC83/INF.3[5]から引用している。ここで、LNG 船のリスク評価の検討範囲
を図 3.4.1 に示す。ここで、LNG 船が積荷基地又は揚荷基地において LNG の積荷役/揚荷役を行
う際の基地と LNG 船のインターフェイスに関するハザードは、検討範囲に含まれる。
図 3.4.1 LNG 船のリスク評価検討範囲
3.4.1 ハザード及び事故シナリオの同定
LNG 船のハザードを網羅的に同定するため、HAZID が実施され、LNG 船の様々な運用段階
に対して体系的に検討された。この結果、計 120 のハザードが同定され、HAZID 参加者により、
各ハザードの発生頻度及び影響度が与えられ、大まかなリスクが求められた。同定されたハザー
ドのうち、大まかに与えられたリスク情報から、優先的にリスクを低減する対策を検討される、
重要なハザードのランキングが行われる。ここで、重要なハザードの一例として、同定されたハ
ザードのリスク値上位 11 項目を、表 3.4.1 に示す。
50
表 3.4.1 同定された重要なハザードの上位 11
Hazard
Operational Phase
Priority
1
Faults
in
navigation
equipment
Crew falls or slip onboard
Shortage of crew when LNG
trade is increasing
Rudder failure
2
3
4
5
6
Rudder failure
Severe weather causing vessel
to ground / collide
Steering
and
propulsion
failure
Severe weather causing vessel
to ground / collide
Faults
in
navigation
equipment
Steering
and
propulsion
failure
Collision with other ships or
facilities
7
8
9
10
11
Navigation
in
coastal
waters (without tug)
General hazards
Training
Risk Index
from HAZID
studies
7.0
7.0
6.8
Navigation
in
coastal
waters (without tug)
Manoeuvring
Transit in open sea
6.8
Manoeuvring
6.6
Manoeuvring
6.6
Manoeuvring
6.6
Navigation
in
coastal
waters (without tug)
Arriving in port
6.6
6.8
6.6
6.6
また、事故シナリオを同定するために、過去に LNG 船が経験した事故を調査した。調査対象
となるデータは、ヒューストン法律事務所[6]、IZAR[7]、Colton Company[8]、DNV[9]、LRFP[10]、
QUEST[11]、MHIDAS[12]のデータであり、この結果 158 例の事故データが集まった。これら
の事故データを、タイプ別にグループ分けすると、以下の 8 つに分類することができ、これらは
HAZID によって同定されたハザードから考えられる事故シナリオとも概ね一致している。
1.
衝突(他の船に衝突する、あるいは衝突される)
2.
座礁(船底が接触する、あるいは座礁する)
3.
接触(物体や他の船、その他に接触)
4.
火災・爆発
5.
荒天
6.
荷役中の事故(漏洩、過剰充填、rollover、その他)
7.
貨物格納システムの故障(貨物格納の健全性喪失、一次防壁からの漏洩、スロッシ
/
非損傷時復原性の喪失
ング、液体窒素の漏洩、貨物関連機器の故障等)
8.
装置あるいは機器の故障(発電機、推進器、操舵機、その他)
HAZID に基づき、事故シナリオ 8 を除いた 7 つの事故シナリオが詳細な検討が行われるよう
に選定された。
3.4.2 リスク解析
51
LNG 船の総合リスクモデルは、選定した 7 つの事故シナリオから、図 3.4.2 のように表すこと
ができる。
図 3.4.2 LNG 船の総合リスクモデル
ここで、衝突リスク(Collision risk)に関して検討するため、LNG 船の衝突シナリオを展開す
ると次のようになる。まず、最初に LNG 船が衝突する、又は、衝突される。特に衝突された場
合、衝突の度合いによって、LNG 船の内殻まで貫通するダメージが生じる場合がある。このよう
な場合、プール火災、蒸気雲の漂流、急速相転移等が結果として生じる可能性がある。LNG の流
出による極低温環境や、プール火災による熱などが船体強度に与える影響を考えると、それらを
原因として LNG 船が沈没することも考えられる。また、船体内殻の貫通によって復原性を喪失
し、沈没にいたることも考えられる。このように LNG ハザードの発現や船舶の沈没が起こると
き、退船に失敗すると、船員の死亡が生じることとなる。したがって、以下のようなリスクモデ
ル(図 3.4.3)が衝突シナリオに対して構築される。このリスクモデルから、作成したイベントツ
リーを図 3.4.4 に示す。図 3.4.4 に見られるように、イベントツリーに対してイベント毎の分岐確
率と、イベントツリー中の各シナリオ最終事象の影響度を与えてやれば、リスク値が得られる。
これがイベントツリー解析手法(ETA: Event Tree Analysis)である。他 6 つのリスクモデルに
対しても、同様にイベントツリーを作成し、リスク値の解析を行った。
52
図 3.4.3 LNG 船の衝突シナリオにおけるリスクモデル
53
図 3.4.4 事故シナリオイベントツリー
各リスクモデルに対する ETA の結果、LNG 輸送における LNG 船乗員の年隻当たり死亡者数
(PLL: Potential Loss of Lives (Life))は表 3.4.2 のように求められる。
表 3.4.2 LNG 船オペレーションにおける PLL
PLL (per ship year)
事故シナリオ
4.00×10-3
衝突
2.93×10-3
座礁
1.46×10-3
接触
6.72×10-4
火災・爆発
荒天 / 非損傷時復原性の喪失
≒0
2.64×10-4
荷役中の事故
貨物格納システムの故障
≒0
9.32×10-3
総計
LNG 船の乗員数を 30 人と仮定すると、リスク解析の結果から、図 3.4.5 のような F-N 線図を描
くことができる。ここで、緑色の線は ALARP 領域の上限値と下限値を表している。これは MSC
72/16[13]で提案された基準に基づいて規定された。
54
図 3.4.5 事故シナリオ別の F-N 線図
3.4.3 リスク制御対策(RCO: Risk Control Options)の検討
新たな RCO を同定するために多分野の専門家を招き、ブレインストーミングを実施した。
HAZID 及びリスク解析の結果に基づき、事故シナリオと対応する RCO に関する記述が纏められ、
専門家に提示された。その結果、提案された LNG 船に対する RCO のうち、さらに費用対効果を
検討する優先度の高い RCO が 9 つ抽出された。このうち 1 例を紹介する。
RCO1: 重要な機器に要求される保守計画(リスクベースメンテナンス)
船のライフサイクルコストを分析すると、コストの約 25%しか直接的には売り上げと関
係しない。すなわち、全コストの 75%は運航とその支援に関するものであり、こうした
コストは人員、保守、設備の更新に費やされている。この内訳は、人件費(37%)、メン
テナンス(21%)、設備の更新(13%)となっている[14]。したがって、保守が船舶のラ
イフサイクルにおいて経済的に重要な意味を持つことがわかる。
保守には基本的に 2 つの方法がある。1つは「事後保守(corrective maintenance)」で
あり、もう1つは「予防保全(preventive maintenance)」である。ここに、「リスクベ
ースメンテナンス(risk based maintenance)[15]」を導入することにより、故障確率
と故障の結果という 2 つの指標でメンテナンスの重要度を管理でき、検査及び保守計画
の改善による、安全性の向上と装置の利用不能リスクの低減が期待できる。
3.4.4 リスク制御対策(RCO: Risk Control Options)の費用対効果評価
抽出された 9 つの RCO の費用対効果評価を行った。ここでは、2.4.2 で説明した GCAF およ
び NCAF を考え,得られた結果を表 3.4.3 に示す。費用対効果評価において、LNG 船の乗員数
は 30 名 、 LNG 船 の 寿 命 は 40 年 、 減 価 償 却 率 は 5% と お い て い る 。 な お 本 研 究 で は 、
MSC83/INF.3[5]において提案された、GCAF が 3 million US$以下であれば、その RCO は費用
55
対効果が優れていると考えられるため実施が推奨される、という考えを採用する。
GCAF 及び NCAF の値は、各 RCO を単独で実施した場合のものである。同じリスクに対して
2 つ以上の RCO を実施した場合は、GCAF/NCAF は大きくなると考えられるが、線形に足し合
わせられるわけではない。
上記の各 RCO の費用対効果評価の結果より、以下が考察される。
1.
RCO 1(c)、RCO 5(a,b,c,d)は、GCAF が 3 以下、及び、NCAF がマイナスであるた
め、リスクの低減に対して費用対効果が優れており、なおかつ実施したほうが経済
的に有利であると言える。
2.
RCO 1(a,b)は NCAF がマイナスとなっているため、実施したほうが経済的に有利で
あると言えるが、RCO 実施の費用に見合ったリスクの低減効果が得られる可能性は
小さい。
3.
上記以外の RCO に関しては、実施の費用に見合ったリスク低減効果が得られない。
3.4.5 提言
研究の結果、以下に示す航海機器の LNG 船への搭載を強制要件とすることについて検討する
ことが推奨される。
・
ECDIS
・
レーダーに統合された AIS(船舶自動識別装置)
・
航路制御装置
また、標準又は SOLAS 条約で要求される最低限の機能を有する船橋設計よりも改善された船橋
設計(例えば、航行安全のための特記事項 NAUT-AW に対応する設計)を LNG 船の用件とする
ことが推奨される。最後に、重要な航海機器については、リスクベースメンテナンス計画を要求
することが推奨される。
表 3.4.3 各 RCO の GCAF 及び NCAF
Risk Control Options Description
GCAF (million US
NCAF (million US
$/fatality)
$/fatality)
57.2
7.4
2.21
159
394.1
<0
<0
<0
118
351.2
74.3
58.5
60.0
60.8
70.8
54.2
55.1
54.2
3.1
0.4
<0
<0
RCO 1: Risk based maintenance
a. Propulsion system
b. Steering systems
c. Navigational system
d. Cargo handling system
RCO 2: Strain gauges
RCO 3: Increase double hull width,
double bottom depth or hull strength
a. Increase double hull width
b. Increase double bottom width
c. Increase hull strength
RCO 4: Redundant propulsion system
– two shaft lines
RCO 5: Improved navigational safety
a. ECDIS
b. Track control system
56
c. AIS integrated with radar
d. Improved bridge design
RCO 6: Restriction on crew schedule
to avoid fatigue of crew
RCO 7: Increased use of simulator
training
RCO 8: Periodic thermal image
scanning of engine room
RCO 9: Redundant radar sounding
for filling level check
0.06
2.3
159
<0
<0
153
12
5.8
28
20
236
231.9
参考文献
[1]
メガフロート総合信頼性評価検討委員会:メガフロートの総合安全性評価手法に関する研究,
メガフロート技術研究組合・(財)沿岸開発技術センター,(2001).
[2]
鷺島由佳、島村好秀:FPSO における安全性評価、第 20 回海洋工学シンポジウム講演論文
集.
[3]
湯川和浩他:NGH-FPSO 用タンデムオフローディング装置の開発、日本船舶海洋工学会論
文集、Vol.5(2007)、pp.99-106
[4]
有馬俊朗:船舶のリスク評価についての紹介、大規模海上浮体施設の構造信頼性および設計
基準研究委員会資料、MR-8-9
[5]
IMO MSC 83/INF.3: FORMAL SAFETY ASSESSMENT FSA − Liquefied Natural Gas
(LNG) Carriers Details of the Formal Safety Assessment, Submitted by Denmark.
[6]
UoH, 2003, “LNG Safety and Security”, University of Houston, Institute for Energy,
Law
[7]
Enterprise, 2003.
[8]
IZAR, 2005. Presentation by IZAR at HAZID workshop, Høvik, 2005.
[9]
Colton company, 2005.
[10] Natarajan, S., 2002, “LNG Accident Review”, DNV Technical report no. 2002-0789
(Internal),Det Norske Veritas, 2002.
[11] LRFP, 2005
[12] Quest, 2002, “Safety Record of LNG Tank Ships”, appendix to “Hazard and Risk
Assessment for a 10 MTPA LNG Plant at Wickham Point, Darwin”, prepared by Bechtel
Corporation for Phillips Petroleum Company Australia Pty Ltd, 2002. Available online
at:
[13] The Major Hazard Incidents Data Service Database, UK Health and Safety Executive.
[14] IMO MSC 72/16: FORMAL SAFETY ASSESSMENT Decision parameters including risk
acceptance criteria, Submitted by Norway
[15] Society of naval architects and marine engineers, 2003, Ship design & construction,
volume 1, chapter 10: cost estimating, USA.
[16] Arunraj, N., Maiti, J., (2006), Risk-Based Maintenance–Techniques and Applications,
Journal of Hazardous Materials
57
4
浮体式風力発電施設の安全性評価
4.1 安全性評価の概要
4.1.1 安全性評価の流れ
本委員会では、海洋構造物の安全性・信頼性を検討する上で対象となる構造物の一つに浮体式
風力発電施設を選択した。浮体式風力発電施設の持つ特徴として、
これまでに提案、検討されている浮体式風力発電施設の多くでは、浮体サイズは 100m∼
200m 程度とそれほど大きくない。
スケールメリットを生すために、複数の浮体でウィンドファームを構成することが多い。
無人状態での運用が想定されていることが多い。
等がある。これらの特徴は、浮体式海上空港とは大きく異なる点である。
信頼性の検討では、考慮すべき損失として人命の喪失や身体の損傷、経済的な損失、環境被害
を想定することが多い。浮体式風力発電施設の場合、浮体上に人間が存在しているのは、設置時
やメンテナンス時がほとんどであり、その人数も少ないのではないかと思われる。そこで、本委
員会では経済的な損失を損傷発生による影響として対象を絞り、検討を実施した。
検討の流れを図 4.1.1 に示す。本来は安全性を評価して基準を満足しない場合は対策の立案や
代替案の実施をしなければならないが、本委員会ではそこまでは実施していない。
検討対象の同定
HAZID による
重要シナリオの抽出
構造解析
安全性
安全性評価
評価基準
評価終了
図 4.1.1 安全性評価の流れ
58
多数の風車から構成されるウィンドファームは、国内国外を問わずすでに多数存在し、水深の
浅い海域の海底に設置する形式のウィンドファームも増えている。一方で、より水深の深い海域
で風力発電を実施するための浮体式風力発電も、実海域実験の計画が公表されている[1,2]。我が
国にはヨーロッパのように遠浅で広大な海域は少ないため、浮体式風力発電は有効な技術と考え
られているが、具体的な浮体の設計や設置海域の選定まで実施したものは少ない。
平成 15 年度から 18 年度にかけて実施された、「浮体式風力発電施設による輸送用代替燃料創
生に資する研究」
(独立行政法人
鉄道建設・運輸施設整備支援機構による運輸分野における基礎
的研究)では、ある程度詳細に浮体の構造まで検討している。そこで、本委員会の検討対象とし
て選択した。本委員会では特に、風車が浮体上に設置されているが故に、陸上にある場合よりも
考慮が必要な問題に注目して、信頼性の検討を実施した。
4.1.2 安全性評価対象の同定
信頼性の検討にあたり、まず検討対象と検討範囲の同定を行った。図 4.1.2 および図 4.2.3 にそ
の外観と浮体配置を示す。また、表 4.1.1 に浮体諸元を示す。
図 4.1.2 格子型浮体によるウィンドファームのイメージ
59
風向
格子型 10MW 浮体(L180m×W60m)
海中ケーブル
集電兼用格子型浮体(10MW 機+6.6kV/66kV 変電設備)
海中ケーブル
海底ケーブル
またはパイプライン
※距離は水平距離を示す
中継基地(66kV/154kV 変電設備又はメタン製造設備)
図 4.1.3 ウィンドファームの構成
表 4.1.1 風力発電用浮体諸元
浮体
係留
風車
長さ
187.0m
幅
60.0m
型深さ
14.0m
喫水
4.0m
格子幅
7.0m
係留索
合成繊維索×14 本
アンカー
平板アンカー×14 基
基数
2基
発電容量
5MW
ローター直径
120m
タワー高さ
80m
浮体寸法や搭載風車の選択、浮体上に搭載する機器の決定に関する経緯を以下に記す。
(1)
浮体寸法
研究開始当時、国内の造船用ドックの大きさを目安に、表 4.1.2 の寸法で検討を開始した。そ
の後波浪中の曲げに対する強度が不足することが分かったため、浮体を小型化し、風車も 3 基か
ら 2 基へと変更した。
60
表 4.1.2 研究開始時の想定浮体
浮体
風車
(2)
長さ
367.0m
幅
60.0m
型深さ
14.0m
喫水
4.0m
風車搭載数
3基
風車
風車は実験段階で最大サイズである 5MW 基を想定した。風車間隔が 1.5D(D:ローター直径)
と一般的な値(風向と直交方向に 3D)よりも小さいが、洋上の風況の良さがそのデメリットを上
回ると判断した。5MW 風車の場合、タワー頂部重量はかなり大きなものになり、それを支える
タワー自身の重量も大きくなるため、風車の軽量化を図るべく、ブレードの回転を油圧で浮体内
に設置した発電機へ伝達する風車を提案した。ナセル部重量は 22%低減したが、効率も 96%→
78%と低下した。
(3)
搭載機器
検討時は、風力発電で得た電気を天然ガスの主成分であるメタンに変換して陸へ輸送するシス
テムを提案した。変換機器や得られたメタン、その他の液化気体用のタンクの寸法は、浮体の格
子構造部分の幅と型深さを制約条件とした。これらの気体の貯蔵用のタンクについても検討し、
貯蔵量は 90 日分とした。
(4)
浮体の役割
当初は浮体 1 基のみからなるシステムを考えていたため、すべての機器類を浮体内に収める必
要があったが、検討途中にウィンドファームとして再検討することとなった。送電ケーブルの建
造コストや敷設コストを考慮し、陸地との連携は 1 基の浮体でまとめることとしたため、ウィン
ドファーム内には役割の異なる浮体が存在する。しかし、時間の都合上、浮体サイズや変換機器
については再検討ができなかったため、浮体や変換機器の最適化はできておらず、すべて同一の
浮体としている。
(5)
設計条件
a) 水深
水深当たりの面積が大きく、また他用途(港湾、漁業、航路等)での利用が少ない海域として、
100~200m とした。
b) 風速
風車の一般的な寿命は 15 年程度であり、浮体の供用期間中に 1 回交換することを想定し、浮体
の供用期間を 30 年、再現機関を 60 年とした。海面上高さ 90m における風速を、一般的な風車
と同様に、以下のように設定した。
61
表 4.1.3 設計風速
定格風速
14m/s
カットアウト風速
25m/s
設計風速
50m/s
(最大瞬間風速 80m/s)
c) 波高および波周期
この風速に対し、S-M-B 法により風波を推算した。
表 4.1.4 設計波高等
(6)
有義波周期
有義波高
波長(m)
平均風速(m/s)
(s)
(m)
(有義波周期相当)
(海面上 10m高さ)
7.2
3.0
81
14(定格時)
9.8
6.8
150
25(カットアウト時)
15.0
12.5
351
50(風車設計風速)
検討範囲
本委員会における検討では、システムの明確化、簡素化のため、以下のように設定した。
得られた電力はそのまま陸上へ送電すること。
(変換機器、タンク等は持たない)
バラスト調整は行わない。
風車は軽量化した油圧風車とする。
中継用浮体と陸地とを接続する送電系統は検討対象に含めない。
設計条件は変更しない。
62
4.2
SWIFT による HAZID
4.2.1
HAZID 会議の概要
浮体式風力発電施設の遭遇する損傷シナリオを明確にするため、委員会メンバーによる HAZID
会議を実施した。HAZID 会議実施前に、準備のための pre-HAZID 会議ともいうべき少人数での
打合せも実施した。それぞれの開催日時、参加者を表 4.2.1 に示す。
表 4.2.1 pre-HAZID 会議および HAZID 会議の開催状況
Pre-HAZID 会議
開催日時
HAZID 会議
平成 20 年 7 月 26 日(土)
平成 20 年 8 月 23 日(土)
13:00∼17:00
10:00∼17:00
開催場所
大阪大学
東京大学
参加者
藤久保、鈴木、後藤、中條
藤久保、飯島、井上、岡田、剣持、後藤、
鈴木、真鍋、安澤、柳原、中條
pre-HAZID 会議では、HAZID 会議開催のためのガイドワードの作成、SWIFT ワークシートの
準備を実施した。HAZID 会議ではそれらの資料に基づき、風車および風車タワー、浮体の損傷に
ついて、海上にあるが故の損傷を考慮して想定される損害の深刻度、発生頻度の相対評価を行っ
た。
(1)ガイドワード
ガイドワードを以下に列挙する。このガイドワードは、様々な事象をいくつかのカテゴリーに
分類し、その中でもほとんど発生しないと考えられる特異な事象も排除せず、できる限り多くの
事象を列挙したものである。
自然災害
異常な波
異常な風
異常な潮流
津波
地震
海震
落雷
海底火山
流氷
氷山
氷結
異常な暑さ
63
異常な寒さ
高い湿度
降雪
降雨
*オペレーション条件・設計最大荷重条件での構造安全性・機能性は設計で確保されている
ことを前提とする。
外的影響
船の衝突(漁船無視できず)
航空機の衝突
重量物落下
保安(テロ)
潜水艦
漂流物
大型魚類
生物付着
塩害
ブレード片飛来
構造・係留系破損
タワー損傷
浮体損傷
風車損傷(ブレード+ナセル+ハブ)
係留系損傷
係留索不具合(土質強度不足,展開配置不適切)
設計不良
施工時不良
浮力損失
材料欠陥
疲労,クラック
腐食・劣化
座屈
降伏
振動
共振
タワー転倒
構造崩壊
64
ヒューマンファクター
ボルト結合不適切(製造時,メンテナンス時)
不適切/不十分な訓練(状態監視,点検・維持)
配電システム管理
機器の取り扱い
部外者立ち入り
操作・運用ミス
設計・施工ミス
機器/器具の故障
配電システム
安全システム(温度,漏電など)
発電機
変圧器(受け側,送り出し側)
増速機
風車軸系
ピッチコントロール系
ヨーコントロール系
ブレーキシステム
ケーブル系(浮体との接合部,海底接触部,一般部)
共通原因故障
振動・動揺環境
海塩の影響
温度環境
耐候性(紫外線など)
風向・風速検知
浸水検知
排水装置
電気的ノイズ
油圧系(制御・ポンプ・配管・冷却)
通信システム(状態監視・制御)
運用の失敗(
供給停止
、
漏洩
等の用語との組み合わせ)
ブラックアウト(停電・電源喪失)
冷却失敗
ファイアウォーターポンプ(消火ポンプ)
65
緊急時のオペレーション
避難/退船/救出
侵入者の阻止
漂流阻止
緊急時対応体制
火災
積載油火災
発電機器室火災
居室火災(非常時)
防火・消火設備
環境影響
油漏出
風車音
景観
漁業影響
海中生物環境
バードストライク
検査/保守関係
閉鎖区域
機械/機器のアクセスのしやすさ
視程低下
ブレード点検・保守時安全性
(2)リスクの深刻度、発生頻度のインデックス
さまざまな事象により、風車や浮体に損傷が発生するとき、その影響の深刻度と発生頻度を相
対的に比較するために深刻度のインデックス(Severity Index)と発生頻度のインデックス
(Frequency Index)を定義する。第 2 章で示した SI および FI に基づき、より具体的な定義を
行う。
損傷によって発生する損害については、経済的な損失のみを考慮しており、表 4.2.2 のように
定義した。
66
表 4.2.2 浮体1基当たりのビジネスに関する影響の指標
カテゴリー
影響
想定される事例
影響の出る期間
(SI)
被害額
(補修+発電停止損失)
1
軽微
軽微な故障
1時間以下
∼4万
2
中程度
中程度の故障
数時間
∼40万
3
重大
局所的損傷
1日
∼400万
4
かなり重大
修理を要する損傷
10日
∼4000千万
5
非常に重大
大規模な修理を
100日
∼4億
1年
∼40億
要する損傷
6
大惨事
全損・沈没
一方、損傷の発生頻度を表 4.2.3 のように定義した。
表 4.2.3 風車1基当たりの発生頻度の指標
カテゴリー
頻度
頻度の定義
発生確率
(Per Ship Year)
(FI)
1基あたり100,000年に一回以下
-5
1
ほぼ発生無し
2
発生し難い
3
発生しうる
4
稀に発生
5
たびたび発生
1,000基で数日に1回発生
10
6
日常的に発生
100基で数日に1回発生
1
全国10,000基で10年に1回以下発生
1基あたり10,000年に一回以下
10,000基で1年に1回発生
1基あたり1,000年に一回以下
10,000基で1ヶ月に1回発生
1基あたり100年に一回以下
10,000基で数日に1回発生
∼10
-4
10
-3
10
-2
10
-1
FI の定義については、以下のように検討している。
・
100万kW大型火力発電所並の出力を5MW風車で得るためには200基の風車が必要。
・
日本国内に存在する大型火力発電所70基相当の出力を得るには14000基の風車が必要。
・
これらの風車が20年間でたかだか1基破損する年間破損確率は
1
≅ 3.6 × 10 −6
20 / 14000
・
−5
この確率を「ほぼ発生なし」とみなし、数値を丸めて 10 とする。
67
以上より定義した SI と FI を組み合わせ、リスクマトリクスとする。
表 4.2.4 リスクマトリクス
日常的に発生
6
7
8
9
10
11
12
たびたび発生
5
6
7
8
9
10
11
稀に発生
4
5
6
7
8
9
10
発生しうる
3
4
5
6
7
8
9
発生し難い
2
3
4
5
6
7
8
ほぼ発生無し
1
2
3
4
5
6
7
1
2
3
4
5
6
軽微
中程度
重大
かなり
非常に
大惨事
重大
重大
発生頻度FI
影響度SI
(3)ALARP 領域の定義
本委員会では、損傷によって発生する被害は経済的な損失のみを考慮するが、リスクマトリク
スを作成する上で、損傷の規模を相対評価で数値化する必要がある。損傷の規模を 6 段階に分け
て定義し、最も大きな被害を浮体 1 基が完全に失われることとした。この際の経済的な損失につ
いては、損傷発生前の状態に復旧するためのコストとして初期建造費と、浮体式風力発電施設 1
基が復旧されるまで、本来得られるはずだった逸失利益の和として表すこととする。
浮体式風力発電施設 1 基の建造コストはおよそ 35 億円と見積もられている。年間の設備利用率を
40%と仮定し、売電価格を 15 円/kWh と仮定すると、1 年間で得られる利益はおよそ 5 億円とな
る。
表 4.2.5 浮体式風力発電施設1基のコスト
浮体・風車
(億円)
初期コスト
35.79
4.02
運用費
表 4.2.6 浮体式風力発電施設による利益
総発電量
35040000
売電価格
15
5.256
売電額
kWh/year
¥/kh
億円/year
よって、この浮体式風力発電施設が1基失われると、経済的な損失額はおよそ 40 億円となる。
ただし、浮体 1 基を建造し現場海域に設置するのに要する期間を 1 年と仮定している。
この 40 億円を SI=6 の場合の期待損失とし、SI が 1 小さくなる毎に 10-1 を乗ずると、SI は表
4.2.7 のように表すことができる。
68
表 4.2.7 浮体式風力発電施設の Severity Index と損傷による損失額
Severity Index
損失額(千円)
1
2
3
4
5
6
40
400
4,000
40,000
400,000
4,000,000
SI に共用期間中に生じる損傷の発生回数をかけることで、共用期間中の期待損失額を求めるこ
とができる。損傷の発生頻度のうち、最も高い FI=6 の場合の年間発生確率を 1 とすると、FI に
共用期間の 30 年をかけることで共用期間中の損傷の発生回数は表 4.2.8 のように表すことがでる。
表 4.2.8 浮体式風力発電施設の損傷発生回数
Frequency Index
供用期間中の発生回数
1
2
3
4
5
6
0.0003
0.003
0.03
0.3
3
30
以上より、表 4.2.7 の損失額と表 4.2.8 の損傷発生回数を掛け合わせると、共用期間中の期待損
失額は表 4.2.9 のようになる。この損失額を発電(売電)によって得られる利益で賄うとすると、
損失を回復するのに要する時間は表 4.2.10 のように算出することができる。
表 4.2.9 浮体式風力発電施設の共用期間中の総損失額(千円)
FI
6
1200
12000
120000
1200000 12000000
1.2E+08
5
120
1200
12000
120000
4
12
120
1200
12000
120000
1200000
3
1.2
12
120
1200
12000
120000
2
0.12
1.2
12
120
1200
12000
1
0.012
0.12
1.2
12
120
1200
1
2
3
4
5
6
1200000 12000000
SI
表 4.2.10 浮体式風力発電施設の損失回復時間(年)
FI
6
0.002283
0.022831
0.228311
2.283105
22.83105
228.3105
5
0.000228
0.002283
0.022831
0.228311
2.283105
22.83105
4
2.28E-05
0.000228
0.002283
0.022831
0.228311
2.283105
3
2.28E-06
2.28E-05
0.000228
0.002283
0.022831
0.228311
2
2.28E-07
2.28E-06
2.28E-05
0.000228
0.002283
0.022831
1
2.28E-08
2.28E-07
2.28E-06
2.28E-05
0.000228
0.002283
1
2
3
4
5
6
SI
69
浮体の共用期間は 30 年としているため、損失の回復に 2 年を要する損傷は許容できないと考え
るのが自然であろう。また、1 日程度で損失を回復できる規模の損傷は、許容できると考えてよ
いと思われる。この考えに従って ALARP 境界を定義すると、図 4.2.1 のように表すことができ
る。
図 4.2.1 浮体式風力発電施設のリスクマトリクス
4.2.2
HAZID 会議の結果
HAZID 会議およびその後の委員会における討論によってまとめられた SWIFT ワークシートを
以下に示す。
まず、図 4.2.2 にワークシートの概要を示し、図 4.2.3 から図 4.2.11 に HAZID 会議によってま
とめられた SWIFT シートを示す。検討対象をウィンドファーム全体に広げることは困難である
ため、発電用風車(タワーを含む)と浮体に対象を絞り検討を行った。
70
ハザードID
(番号を記入)
ハザードの定義
(ハザードの概略を簡潔に記入)
複数要因の発生頻度は各頻度指標
ブレード破損
原因
の合計で評価する。
・
疲労(浮体動揺の影響含む)
・
落雷
・
強風時過回転(by遠心力)
・
バードストライク
・
紫外線による劣化
人命喪失・負傷と浮体機能障害は別
・
タワーとの接触
のリスクマトリックスにまとめる。
・
結果
・
発電停止,電圧低下
・
浮体・タワー損傷
・
人命・負傷
原因が複数の場合は防御手段,勧告
・
ブレード喪失
とも要因別になる。ここでは原因と
・
発電機等機器の損傷・故障
結果を網羅的に挙げるにとどめ,次
・
ステップとして原因別に防御手段,
予定されている
・
配電システムによる負荷変動の吸収勧告を挙げる。
防御手段
・
回転速度の監視による停止機能
・
ブレード片飛来に対する構造強度確保
・
ブレード片飛来による浮体損傷時復原性確保
・
勧告
・
(ハザード防御のために講じることが望ましい措置等を記入)
・
・・を検討せよ。
・
・・が望ましい。
・
リスク情報
SI (深刻度を指数で記入)
FI (頻度を指数で記入)
備考
図 4.2.2 SWIFT ワークシートの概要
71
ハザードID
G1
ハザードの定義
ブレード破損
原因
・ 過大風荷重
2
・ 過回転(遠心力,フラッタリング)
2
・ 制御系故障
・ 疲労(浮体動揺の影響含む)
・ 初期欠陥
③
③
・ 施工不具合
・ 落雷
2
③
3
・ 飛来物(塩分,航空機・ヘリ衝突含む)
1
・ 紫外線による劣化
・ タワーとの接触(動揺,振動)
・ 氷結
結果
2
2
1
・
発電停止,電圧低下
・
浮体・タワー損傷
・
ブレード喪失
・
増速機,油圧ポンプ
・
人命・負傷
予定されている
・
配電システムによる負荷変動の吸収
防御手段
・
回転速度の監視による停止機能
・
ブレード片飛来に対する構造強度確保
・
ブレード片飛来による浮体損傷時復原性確保
勧告
⑤
4
高強度のブレード設計
風況特性の詳細な把握(例:複雑地形影響の把握)
リスク情報
SI (深刻度を指数で記入)
FI (頻度を指数で記入)
5
3
備考
図4.2.3 ハザードG1のSWIFTワークシート
ただし、赤字の数字はFIを、青字はSIをあらわし、○数字は最重要と考えられる項目を示して
おり、以下のワークシートに共通である。
72
ハザードID
G2
ハザードの定義
ナセルカバー(ハード損傷)
原因
・ 過大風荷重
1
1
・ 過回転
・ 疲労(浮体動揺の影響含む)
・ 初期欠陥
3
・ 施工不具合
・ 落雷
1
3
2
・ 飛来物(塩分,航空機・ヘリ衝突含む)
・ 紫外線による劣化
1
4
結果
・
ナセル内部機器故障
予定されている
・
適切な設計
防御手段
・
適切な施工
・
開口部の削減(塩害対策)
・
内部センサーの設置
勧告
1
・
リスク情報
SI (深刻度を指数で記入)
FI (頻度を指数で記入)
4
3
備考
図4.2.4 ハザードG2のSWIFTワークシート
73
ハザードID
G3
ハザードの定義
油圧系統(増速機+油圧ポンプ+配管+油圧モータ)
原因
・ 機器故障
4
・ タワー損傷
3
・ ナセルカバー損傷
・ 過回転
・ 冷却系停止
4
・ 塩害
・ 配管ジョイント破損
・ スイベルジョイント破損
・ 配管破損
・ 振動
結果
・
発電停止,電圧低下
・
油漏出
・
火災
・
機器破損
・
制御不能による過回転
・
制御系損傷
予定されている
・
適切な設計
防御手段
・
適切な施工
・
温度センサーの設置
・
油圧系統と制御系の分離
勧告
リスク情報
5
SI (深刻度を指数で記入)
FI (頻度を指数で記入)
5
4
備考
図4.2.5 ハザードG3のSWIFTワークシート
74
ハザードID
G4
ハザードの定義
タワー破損
原因
・ 過大な風荷重
1
・ 過大な動揺
・ 疲労
1
3
・ 振動
・ 共振
2
2
・ 航空機の衝突
2
・ ブレードの衝突
・ 火災
2
・ 材料欠陥
3
・ 溶接欠陥
3
3
・ 施工不具合
・ 腐食
2
・ ブレード交換作業時の不具合
・ 配管破損
・ 青波打ち込み
結果
1
・
発電停止,電圧低下
・
油漏出
・
浮体損傷
・
機器破損
・
制御系損傷
・
係留索損傷
・
接続ケーブル破損
・
隣接風車のブレード破損
予定されている
・
適切な設計
防御手段
・
適切な施工
勧告
・
浮体動揺の抑制
リスク情報
6
SI (深刻度を指数で記入)
FI (頻度を指数で記入)
6
3
備考
図4.2.6 ハザードG4のSWIFTワークシート
75
ハザードID
G5
ハザードの定義
制御系(ナセルヨーコントロール、ブレードピッチコントロール、ブ
レーキ)故障
原因
・ 過大な風荷重
・ 過大な動揺
・ 疲労
・ 振動
・ 共振
・ 制御用電源の遮断
・ ナセルカバーの損傷
・ 火災
・ 材料欠陥
3
・ 溶接欠陥
3
・ 施工不具合
3
・ 腐食
・ 不適切なメンテナンス
・ 配管破損
・ 塩害
4
・ センサー類の故障
・ 電気的なノイズ
結果
3~4
・
発電停止,電圧低下
・
ブレード破損
・
タワー破損
・
機器破損
・
過回転
予定されている
・
適切な設計
防御手段
・
適切な施工
・
回転停止装置の装備
・
回転停止装置の複数装備
勧告
リスク情報
SI (深刻度を指数で記入)
FI (頻度を指数で記入)
3∼4
4
備考:センサー類が故障したら発電停止すると考え、重大事故にはつながらない設計にする。
図4.2.7 ハザードG5のSWIFTワークシート
76
ハザードID
G6
ハザードの定義
軸系(軸受、回転軸)故障
原因
・ 過大な風荷重
・ 過大な動揺
・ 疲労
・ 振動
・ ナセルカバーの損傷
・ 火災
・ 材料欠陥
3
3
・ 施工不具合
・ 腐食
・ 不適切な調整
2
・ 潤滑不具合
・ 塩害
・ 凍結
・ 共振
結果
・
発電停止,電圧低下
・
ブレード脱落
・
焼きつき
・
火災
予定されている
・
適切な設計
防御手段
・
適切な施工
勧告
・
動揺を考慮した設計
リスク情報
3~4
SI (深刻度を指数で記入)
FI (頻度を指数で記入)
4
3
備考
図4.2.8 ハザードG6のSWIFTワークシート
77
ハザードID
F1
ハザードの定義
浮体構造(一般部)の破損
原因
・ 異常な波
・ 海震
1
1
1
・ 過大な動揺
・ 疲労
3(点検しないで放置した場合)
・ 振動
1(振動源:風車)共振回避設計を行う
2
・ 船舶の衝突
・ 火災
1 可燃物を置かない
・ 材料欠陥
2
2
・ 施工不具合
・ 腐食
3(点検しないで放置した場合)
・ 落下物(ブレード)
2
・ 流氷・氷山(場所による)
・ 漂流物の衝突
2~3
・ 航空機の衝突
1~2(ブレード破損よりは低い頻度)
・ 巨大生物の衝突
結果
1~3
・ テロ
1
・ 浸水
2
・ 沈没
6
1
・ 発電停止
・ 亀裂
・ 凹損
・ 浸水
・ 大変形
・ 油流出
・ 塗膜破損
予定されている
・
適切な設計
防御手段
・
適切な施工
・
隔壁の装備
・
2重殻化
勧告
リスク情報
SI (深刻度を指数で記入)
FI (頻度を指数で記入)
6
3
備考
図4.2.9 ハザードF1のSWIFTワークシート
78
ハザードID
F2
ハザードの定義
タワー基部の破損
原因
・ 異常な波
・ 異常な風荷重
・ 海震
・ 過大な動揺
・ 疲労
・ 振動
3(風車、タワーの振動)
・ 船舶の衝突
・ 火災
2(可燃物はあり)
・ 材料欠陥
・ 施工不具合
・ 腐食
・ 落下物(ブレード)
・ 流氷・氷山
・ 漂流物の衝突
・ 航空機の衝突
・ 巨大生物の衝突
・ テロ
・ 浸水
・ タワーの損傷 2
結果
・ 沈没
6
・ タワーの倒壊
6
・ 発電停止
・ 亀裂
・ 凹損
・ 浸水
・ 大変形
・ 油流出
予定されている
・
適切な設計
防御手段
・
適切な施工
勧告
・
浮体側の構造強化
リスク情報
SI (深刻度を指数で記入
FI (頻度を指数で記入)
6
3
備考
図4.2.10 ハザードF2のSWIFTワークシート
79
ハザードID
F3
ハザードの定義
係留索取り付け部の破損
原因
・ 異常な波
・ 異常な潮流
・ 異常な風荷重
・ 津波(沿岸近くの場合)
・ 海震
・ 過大な動揺
・ 疲労
2
2
・ 船舶の衝突
・ 潜水艦の衝突
・ 火災
・ 材料欠陥
・ 施工不具合
・ 腐食
・ 係留索の一部破断による漂流力負担増加(構造が崩壊するより先
に係留索が破断する)
・ テロ
・ ※一般部と同等
結果
・ 漂流
6
・ 亀裂
・ 係留索の破断
・ 浸水
予定されている
・
適切な設計
防御手段
・
適切な施工
勧告
・
取り付け部の強化
リスク情報
SI (深刻度を指数で記入)
FI (頻度を指数で記入)
6
2
備考
図4.2.11 ハザードF2のSWIFTワークシート
80
4.3 重要シナリオの抽出と定量的リスク評価
4.3.1 重要シナリオの詳細
以上の HAZID 会議における検討結果をまとめ、リスクマトリクスへ加えたものを表 4.3.1 およ
び図 4.3.1 に示す。検討したすべてのハザードが ALARP 領域に入っている。このうち、G3, G4,
F1, F2 のハザードが最もリスクが高く、非許容領域に近くなった。これらのハザードは G3 を除
き浮体本体に大きな影響を与えるものとなっている。
表 4.3.1 HAZID 会議で抽出された重大ハザード
ID
ハザード
主な原因
結果
FI
SI
G1
ブレード破損
疲労・初期欠陥・施工不具合
浮体・タワー損傷
3
5
G2
ナセルカバー損傷
初期欠陥・施工不具合
内部機器故障
3
4
G3
油圧系統
機器故障・冷却系停止
火災
4
5
G4
タワー破損
材料欠陥・溶接欠陥・施工不具合
浮体損傷
4
5
G5
制御系故障
センサー類の故障
発電停止・電圧低下
4
4
G6
軸受故障
材料欠陥・施工不具合
発電停止・電圧低下
3
4
F1
浮体構造の破損
疲労・腐食・衝突
沈没
3
6
F2
タワー基部の破損
振動
沈没・タワー倒壊
3
6
F3
係留索取り付け部の破損
漂流
2
6
7
8
9
10
11
12
6
7
8
9
10
11
5
6
7
8
9
10
G5
G3
4
5
6
7
8
9
G2/G6
G1
G4/F1/F2
3
4
5
6
7
8
2
3
4
5
6
7
1
2
3
4
5
6
6
5
4
3
F
R
E
Q
U
E
N
C
E
2
F3
1
SEVERITY
図 4.3.1 重大ハザードを記入したリスクマトリクス
このリスクマトリクスに基づき、以下のハザードを避けるべき致命的な尊重として抽出し定量
的なリスク評価を行った。
ハザード 1. F1 浮体構造の破損
ハザード 2. F2 タワー基部の破損
81
4.3.2 定量的リスク評価
(1) 概要
前章で特定した
浮体構造の破損
と”タワー基部の破損”について定量的なリスク解析を行な
う.浮体構造の破損の原因としては,過大荷重の下での構造の崩壊/疲労や過大損耗に起因する崩
壊/衝突に起因する崩壊が考えられるが,このうち最も基本的であるのは過大荷重の下での構造の
桁構造としての崩壊であると考えた.このような崩壊に至る確率を解析する.
解析モデルと”浮体構造の破損”に関しての解析対象部位を図 4.3.2 に示す.図中に Sec. A,B で
示される断面を解析対象部位とし,それぞれ縦曲げと捩りについて検討する.対象部位 B におい
て捩りを検討するのは,頂部にナセルやローターなど重量物を有するタワーの動揺とその慣性力
によるタワー基部の曲げモーメントが Sec.B での捩りモーメントとして作用すると考えたからで
ある.
Sec. A
Sec. B
図 4.3.2 解析対象断面位置
解析手順は次の通りである.①弾性応答を考慮した解析対象部位の荷重の波浪中応答関数の算
出,②応答関数から短期予測,③波浪頻度表を用いて長期予測,④長期予測結果の極値統計解析
から生涯における荷重最大値の分布 Mw の算出,⑤部材最終強度 MU の平均値の算出,⑥
FORM(First Order Reliability Method)による破損確率の評価.
③の長期予測に際しては,設置海域が決まっていないために,波浪頻度表が特定できない.そ
こで,設置海域について,日本沿岸の代表的な地点として,北海道東岸(緯度 44-44.5 度, 経度
141-141.5 度),東北沖(緯度 39.5-40.0 度, 経度 139-139.5 度),伊豆沖(緯度 34.0-34.5 度, 経度
139.5-140.0 度)を選び,これらの地点での波浪推算をして得られた波浪頻度表を用いる.これら
の海域は必ずしも海象が厳しいわけではない.そこで, IACS により船体構造の安全性評価のた
めに提案されている北大西洋の海象を含む波浪頻度表を用いた検討も行う.船体構造と異なり,
浮体は厳しい海象を回避できない.場合によっては,より厳しい海象に遭遇することも念頭に置
いておく必要があろう.
⑥破損確率の評価にあたっては,浮体本体の縦曲げモードについては以下の限界状態関数を設
定した.
82
Z1 = M U − ( M W + M S )
(1)
ここで MU は縦曲げ最終強度,Mw は波浪中荷重,Ms は静的な荷重を表す.Ms については固定
バラストによって調整されており,さらにバラスト調整を行なわないことから,ゼロとした.ま
た,強度の変動係数については 5%を仮定した.荷重のばらつきは直接計算による.
捩りモードについての限界状態関数は,
Z2 = σY
3 − (τ W + τ S )
(2)
とした.ここで,σY は降伏応力を表し,変動係数 5%を有するものと考える.τW は波浪変動荷重
によるせん断応力の最大値を表し,上記①∼④と同様に算出される.ただし,対象部材について
は閉断面を構成するので,サンブナン捩り成分が大半であると仮定して,断面内の一様なせん断
流から求める.τS は静水中のせん断応力であるが,Ms 同様にゼロと仮定する.
なお,実際の計算にあたっては,①の弾性応答については VODAC[2],⑤の最終強度の算出に
あたっては HULLST[3],⑥の破壊確率評価に際しては,PROBAN[4]を用いた.これらプログラ
ムの詳細については,文献を参照いただきたい.
さらに,タワー基部の崩壊モードについては以下の限界状態関数を設定した.
Z 3 = M U T − ( M waveT + M wind T )
(3)
ここで,MUT はタワーの基部の位置での曲げ最終強度,MwaveT は波浪中でのタワー基部の曲げ
モーメント,MwindT は風によるタワー基部での曲げモーメント荷重成分である.風荷重推定に
当たっては表 4.1.3 を参照する.
(2) 波浪中弾性応答解析
水深を 100m とし,0.2rad/s∼1.5rad/s の規則波について波浪中弾性応答解析を行なった.考
慮した波向は向波と横波の二種類である.なお,浮体に対して長手方向の波向を向い波 (180deg)
と定義している.
流力弾性応答解析にあたり,VODAC を用いた.VODAC の流体力の評価では,喫水面下に
Group Body が複数並んでおり,これらが流体力学的に相互干渉するとしてモデル化を行なう.
今回のモデルでは LxBxD= 6x7x4(m),7x7x4(m),10x7x4(m),10.75x7x4(m),11.5x7x4(m)の 5
種類の大きさを有する Group Body が 53 個配置されているとしてモデル化した.
一方,構造部分についてはタワー部を含めて,125 個の梁要素で構成されているとしてモデル
化した.タワーの頂部にはハブの位置にブレードとナセルの重量を合わせて集中質量として
240(ton)を与えた.この構造について予め,固有値解析を行なっている.次数の低いものから,
83
1.77(rad/s), 2.03(rad/s)と計算された.いずれもタワーの曲げ変形を中心とした浮体構造との連成
振動モードとなっており,今回の解析範囲では同調応答は生じないと判断される.
図. 4.3.3 に Sec. A における縦曲げモーメントの応答関数を示す.向波中の縦曲げモーメントは
典型的な単峰型の応答関数となっている.ピーク周波数 0.6 (rad/s)での波長 170m であり,浮体
長(187m)とおおむねマッチングしている.一方で,横波の場合の縦曲げモーメント応答関数は
0.75 (rad/s)にゆるやかなピークを有している.このピークは Roll 応答が波長に対してマッチング
(半波長が浮体幅と一致)する周波数に対応している.浮体が Roll 運動を行なうことに伴い,浮体
前後端にタワーなど重量物が上下するモードが連成重畳し,その結果,曲げ応答が大きくなる.
参考のために,図.4.3.5 にはこのときの変形の様子を示す.見易さのために Roll の剛体変位は除
外している。変形モードとしては二次の全体捩り固有モードに相当しており、評価対象部位に全
体のねじり変形により、縦曲げ変形が生じていることがわかる。
次に,Sec. B における捩りによる断面内せん断応力の応答関数を図 4.3.4 に示す.向波でも横
波中でも同じ程度の応答が生じている.ピークが生じる周波数は異なっており,それぞれ pitch
的な応答のピークと roll 的な応答のピークに対応する。
図 4.3.6 に、タワー基部の曲げモーメントについての応答関数を示す。タワー基部曲げモーメ
ントについては,それぞれ,より大きな軸周りのモーメントを取っている.つまり,向い波のも
のについては pitch 軸周りのものを,横波については roll 軸周りのものを示している.横波中の
Roll 運動振幅の方が向い波中の pitch 運動振幅よりもはるかに大きいために,タワートップ部の
vertical bending moment amp /
wave amp (MNm/m)
慣性力としても横波の方が大きい.その結果,タワー基部には横波でより大きな荷重が作用する.
140
120
head sea
beam sea
100
80
60
40
20
0
0
0.5
1
1.5
wave circular frequency (rad/s)
図 4.3.3: Sec.A における波浪中曲げモーメント周波数応答特性
84
2
shear stress amp / wave amp
(MPa/m)
7.0
6.0
head sea
beam sea
5.0
4.0
3.0
2.0
1.0
0.0
0
0.5
1
1.5
wave circular frequency (rad/s)
2
図 4.3.4: Sec.B における捩りによるせん断応力の周波数応答特性
bending moment amp / wave
amp (MNm/m)
図 4.3.5: 角周波数 0.75 rad/s における変形の様子
350
300
250
head sea
beam sea
200
150
100
50
0
0
0.5
1
1.5
wave circular frequency (rad/s)
図 4.3.6: タワー基部の波浪中曲げモーメント周波数応答特性
85
2
(3) 荷重特性値
前節で得られた応答関数を用いて,短期予測・長期予測を行い,さらに極値統計解析を用いて,
最大値の平均値ならびに標準偏差を求る.より具体的には長期予測結果をワイブル分布にフィッ
ティングし,この母分布から 108 回分(設計寿命 50 年に相当)サンプリングした最大値について
検討した.確率分布形状は Gumbel I 型(二重指数分布)となる.
なお,波向きについては生涯一定方向と仮定した.浮体構造は一旦設置されると向きが一定で,
卓越する波向きについても一定と考えられるからである.得られた結果を Table 9 に示す.縦曲
げについては向波の方が厳しい傾向にあることがわかる.捩りについては横波の方が厳しい.北
海道沖,東北沖,伊豆沖の中では伊豆沖での曲げ荷重が最も大きいのに対して,捩りでは東北沖
での荷重が最も大きい.伊豆沖では縦曲げに厳しい長周期側で波高が高い海象が発生するのに対
して,東北沖では捩りモーメントが大きくなる短周期側で波高が高い海象が発生するためである.
また,いずれの場合でも,IACS により推奨されている波浪頻度表を用いた場合が最も厳しい結
果を与えている.
表 4.3.2a: 向波中の波浪荷重特性値 (head sea)
Installed Area
Hokkaido
Tohoku
Izu
World Wide
(IACS)
Tower bending(1)
Tower bending(2)
14.1 MPa
63.1 MNm
50.6 MNm
28.7 MNm
7.59 MPa
3.39 MNm
3.60 MNm
Mean
415 MNm
28.8 MPa
83.2 MNm
62.2 MNm
StdDev
24.8 MNm
7.59 MPa
5.88 MNm
5.80 MNm
Mean
491 MNm
17.0 MPa
76.0 MNm
59.1 MNm
StdDev
36.1MNm
1.02 MPa
4.66 MNm
4.79 MNm
Mean
816 MNm
30.6 MPa
136 MNm
103 MNm
StdDev
54.5 MNm
2.06 MPa
9.09 MNm
9.12 MNm
Mean/StDev
Bending
Torsion
Mean
399 MNm
StdDev
表 4.3.2b 横波中の波浪荷重特性値 (beam sea)
Installed Area
Mean/StDev
Bending
Torsion
Tower Bending(1)
Tower bending(2)
Mean
117 MNm
22.0 MPa
332 MNm
264 MNm
StdDev
6.68 MNm
1.23 MPa
18.6 MNm
19.6 MNm
Mean
149 MNm
28.8 MPa
442 MNm
325 MNm
StdDev
10.5 MNm
1.99 MPa
32.9 MNm
31.9 MNm
Mean
138 MNm
26.9 MPa
476 MNm
364 MNm
StdDev
9.16 MNm
1.89 MPa
31.2 MNm
31.5 MNm
World Wide
Mean
253 MNm
48.3 MPa
726 MNm
547 MNm
(IACS)
StdDev
17.3 MNm
3.36MPa
49.8 MNm
49.5 MNm
Hokkaido
Tohoku
Izu
タワー基部については風荷重と波浪荷重の重畳を考慮する。その際に問題となるのが、両荷重の
86
重ねあわせ方法については両者の個別の最大値を単純に重ね合わせると過大な評価となることが
知られている。今回はいわゆる Turkstra 則を用いて、両荷重の和の最大値は一方の最大値と他方
の通常値を重ね合わせたもので代表できると考えた。すなわち、次の二種類である。
1) 波浪荷重の最大値と風荷重(40 年+ガスト考慮なし)の通常値
2) 風荷重の最大値(50 年+ガスト考慮あり)と波浪荷重の通常値
風荷重の通常値としては 40 年最大風速よりガストを考慮しない場合の荷重を参照値とした。ま
た、変動については考慮しない。一方、波浪荷重の最大値としては年間最大値を参照値とした。
前者については波浪荷重が最大となる瞬間において、風荷重は年最大値程度の風速が波と同じ方
向に作用する、という仮定であり、後者については、風荷重が最大となる瞬間では波浪荷重は年
最大値程度が同じ方向に作用していると考えるもので、依然として過大な組み合わせとなってい
る可能性は残っている。
また、風荷重については表 4.1.3 より,特性値を表 4.3.2c のように求めた.
表 4.3.2c タワー基部での風荷重の特性値
Wind dir.
Head wind
Beam wind
Mean/StDev
Tower Bending(1)
Tower Bending(2)
Mean
35.0 MNm
98.5 MPa
StdDev
0.00 MNm
0.00 MNm
Mean
35.0 MNm
98.5 MPa
StdDev
0.00 MNm
0.00 MNm
(4) 最終強度特性値
HULLST を用いるに当たって作成した断面形状のモデルを Fig. 6 に示す.断面外形寸法は幅
7m, 深さ 14m である.本浮体は一部ダブルハル構造になっているが,解析対象部材(Sec. A)はシ
ングルハルである.モデル化に際しては,外板とロンジ材を算入している.なお,設計では鋼材
として軟鋼を用いている.そこで,降伏応力の平均値を 235MPa とした.
Fig. 7 には HULLST により得られたモーメント-曲率関係を示す.モーメントが 715MNm に達
した時に最終強度を迎え,その後,耐力が低下していくことがわかる.構造としては最終強度の
時点で機能を失い,大変形を伴う崩壊となるのでそれは全損(SI=6)を意味する.
強度の評価結果を Table 10 に示す.変動係数についてはともに 5%を仮定し,曲げモーメント,
せん断応力それぞれについての標準偏差を求めた.また,ともに正規分布に従うと仮定する.
表 4.3.3 浮体構造強度特性値
mode
Mean value
Standard Deviation
Bending M U
715 MNm
35.7 MNm
87
Torsion (= σ Y
136 MPa
6.79 MPa
3)
図 4.3.6 浮体構造断面図
8.00E+02
Ultimate strength 715MNm
Sagging moment(MNm)
7.00E+02
6.00E+02
5.00E+02
4.00E+02
3.00E+02
2.00E+02
1.00E+02
0.00E+00
0.00E+00 5.00E-04 1.00E-03 1.50E-03 2.00E-03 2.50E-03 3.00E-03
curvature (1/m)
図 4.3.7 曲げモーメント-曲率関係
タワー基部については全断面降伏モーメントが最終強度に等しいと仮定した。このようにして
得られたタワー基部強度の特性値を表 4.3.4 に示す。
表 4.3.4 タワー基部強度特性値
Bending M U
mode
Mean value
687 MNm
Standard Deviation
34.4 MNm
4.3.3 定量的リスク評価の結果と考察
(1) 浮体構造
式(1), (2)に定義された限界状態関数と Table9, Table 10 に示される特性値を用いて浮体構造に
ついての破損確率の計算を行なった.破損確率計算に際しては FORM を用い,また,それぞれの
88
確率変数が従う確率分布形状を考慮している.
Table 9 は構造物に作用する荷重の生涯における最大値を表している.従って,得られる破損
確率は生涯において少なくとも一回破損する確率を表すが,これを年破損確率に計算し直した結
果を Table 11 に示す.
得られた破損確率は北海道沖,東北沖に設置する場合には,いずれのモードについても十分
に小さい.伊豆沖に設置した場合には向波中の縦曲げ崩壊モードについて,若干大きな破損確率
となっている.Table 6 と比較すると,ALARP 領域内に入っており,何らかの合理的な対策が望
ましい.さらに,最も海象条件が厳しい World Wide の結果について見ると,向波中では縦曲げ
モードについて破損確率が大きく,Table 6 と対比させると Intolerable な領域であることがわか
る.
上記の ALARP 領域,Intolerable 領域に入った場合には,浮体設置方向を卓越波に対して直角
に配置することで厳しい海象を回避できると仮定すれば,それぞれ Acceptable, ALARP の領域に
入ることがわかる.
捩りについての破損確率はいずれの場合にも十分に小さく,このモードについては十分な安
全性を有していることがわかる.
表 4.3.5 浮体構造の年破損確率
Installed Area
Wave
Bending
-8
Torsion
4.55 x 10-63
Head sea
7.25 x 10
Beam sea
5.77 x 10-42
4.97 x 10-43
Head sea
2.69 x 10-8
2.51 x 10-45
Beam sea
3.32 x 10-20
7.60 x 10-27
Head sea
2.11 x 10-5
3.74 x 10-51
Beam sea
6.25 x 10-32
9.74 x 10-30
World Wide
Head sea
4.79 x 10-2
7.60 x 10-27
(IACS)
Beam sea
1.26 x 10-15
2.48 x 10-15
Hokkaido
Tohoku
Izu
(2) タワー基部
タワー基部についても,式(3)に定義された限界状態関数と表 4.3.2 中の荷重特性値,表 4.3.3
中の強度特性値を用いて,破損確率が表 4.3.6 のように得られた.タワー基部の波浪荷重による
曲げモーメントが横波中で大きいために、横波/横風状態において、破損確率が大きいことがわか
る。特に外洋に浮体を設置する場合には、年間破損確率は 4.48 x 10-2 と計算されており、
Intolearable の領域に含まれている。何らかのリスク低減対策が必要であることが伺える。しか
しながら、特に波浪と風荷重の重ね合わせ則の不十分さに起因している可能性もあり、今後二種
類の異なる原因から生じる二つの荷重の和の特性についての検討方法の精度を向上させることが
必要である。
89
表 4.3.5 タワー基部の年破損確率
Installed Area
Wave/wind
Head sea
Hokkaido
Head wind
Beam sea
Beam wind
Head sea
Tohoku
Head wind
Beam sea
Beam wind
Head sea
Izu
Head wind
Beam sea
Beam wind
Head sea
World Wide
Head wind
(IACS)
Beam sea
Beam wind
Bending(1)
Bending(2)
5.29 x 10-53
1.21 x 10-43
1.10 x 10-10
8.61 x 10-8
4.48 x 10-43
2.01 x 10-40
1.75 x 10-5
1.67 x 10-6
7.09 x 10-52
1.21 x 10-45
4.96 x 10-5
7.24 x 10-6
7.08 x 10-29
6.25 x 10-27
4.48 x 10-2
1.03 x 10-2
4.4 浮体式風力発電施設の安全性評価のまとめ
洋上風力発電浮体を対象として発電機能喪失に伴うコストリスクを評価関数とするリスクベース
安全性評価を行い,以下の結果を得た.
•
HAZID で用いる損傷発生頻度インデックス(FI),損傷深刻度インデックス(SI),およびそれ
らをまとめたリスクマトリックスを定義した.また,リスクの許容限界として,ALARP 領
域を,機能喪失に伴う損失を修復後の売電収入により補填するに要する期間に基づいて設定
した.
•
SWIFT 法を用いた HAZID 会議の結果,ハザードとして取り上げた機器・部品故障および構
造損傷はいずれも ALARP 領域にあること,その中で油圧系統故障(G3),タワー破損(G4),
浮体損傷(F1),タワー基部損傷(F2)が最も高いリスクを有することが判定された.
•
構造破損に関する定量的リスク評価のため,規則波中弾性応答解析を実施した.縦曲げモー
メントは,縦波中では浮体長と波長,また横波中では浮体幅と半波長がマッチングする波周
波数で極大応答を示す.また横波中において波上側と波下側の浮体間の流体同調により,roll
応答さらには縦曲げモーメント応答が大きく増大する現象が認められた.
•
国内 3 地点および IACS/world-wide の長期波浪頻度表に基づく曲げおよび捩り崩壊確率の計
算によると,浮体構造の破損確率は縦波中の曲げ崩壊モードが卓越する.ねじりモードの破
損確率は十分小さい.縦曲げ破損確率は国内では伊豆沖が最も大きく ALARP 領域に入るが,
90
浮 体 設 置 方 向 を 卓 越 波 に 対 し て 直 角 に 配 置 す る と Acceptable の 範 囲 と な る .
IACS/world-wide は対象浮体に対しては過大な設計条件であり,リスクは Intolerable から
ALARP の範囲となる.
•
タワー基部についての破損確率は概ね浮体本体と同程度となっている。IACS/world-wide の
場合では Intolerable の領域に含まれる。しかしながら、これは波浪荷重と風荷重の複合荷重
の最大値の推定において過大評価をしている可能性があり、今後の検討課題として残った。
•
さらに計算に付随する不確定性について述べると、今回の波浪中応答計算では粘性減衰の効
果が含まれていない。そのために荷重が全般的に過大に評価されている可能性がある。文献
[5]によれば粘性減衰の効果が大きいことが報告されており、大波高中での荷重の評価の精度
向上が必要である。また、タワー・風車の影響は質量分布と剛性分布として表現されており、
空力弾性的な相互干渉が含まれていない。現実的には連成効果も無視できないと考えられる。
第4章の参考文献
[1] 「浮体式洋上風力発電による輸送用代替燃料創出に資する研究」(独)鉄道建設・運輸施設整備
支援機構研究成果報告書
[2] 飯島一博,吉田宏一郎,鈴木英之 (1998):「超大型半潜水式浮体の波浪中構造応答解析」, 日
本造船学会論文集 181 号, pp.281-288.
[3] Yao, T. and Nikolov. PI (1992). “Progressive Collapse Analysis of a Ship’s Hull under
Longitudinal Bending (2nd Report),” J.Soc. Naval Arch. of Japan, Vol. 182, pp.437-446.
[4] Lars Tvedt (2006). “Proban – probabilistic analysis,” Structural Safety, Vol 28, 150-163.
[5] 矢後清和,大川豊,日根野元裕,高野宰,砂原俊之(2006):浮体式風力発電用基盤浮体に関す
る模型実験、第 19 回海洋工学シンポジウム.
91
5. 浮体式空港の安全性評価の追加検討
5.1 検討の目的
3.1 で述べた通り、浮体式空港の安全性評価に関しては、平成 12 年度に東京湾国際空港試設計
モデルを対象として総合信頼性評価が行われ、波浪に対する防波堤の安全性、地震時の係留系の
安全性、波浪による浮体の構造崩壊に関する安全性、衝突による被災時の耐浸水安全性、火災に
対する安全性がそれぞれ検討された。この内、浸水に関しては航空機の落下衝突、船舶の衝突の
影響が検討された結果、貫通・損傷区画が限定されることから、構造全体系の破壊にはつながら
ないことが確認された。しかしながら、どの程度の規模まで浸水が生じると安全性や機能性に支
障が生じるかは明らかにされていない。リスク評価においては、たとえその発生確率は小さくて
も、機能上、安全上の限界を明確にした上で、その影響度(Severity)を把握する必要がある。
また、単に構造強度の確認のみならず、浸水検知システムや排水機能の障害など、設備機能の障
害を含むより多様な被災シナリオに基づいて、総合的な安全対策をとることが必要である。
以上の背景のもと、本章では東京湾国際空港試設計モデルの安全性評価の追加検討として、浮
体の大規模浸水に至るシナリオの検討ならびに大規模浸水が浮体の機能性および安全性に及ぼす
影響を定量的に明らかにする。はじめに、対象とする浮体システムの概要を説明する。つぎに、
大規模な浸水を頂上事象とするフォールト・ツリー(Fault Tree; FT)を描く。つづいて単位浮
体構造の最終強度解析と浸水による浮体の変形解析を行う。これらの結果を基に、浸水による浮
体の変形が機能性および安全性に及ぼす影響を調べる。
5.2 システムの概要
5.2.1 基本的考え方
平成 10∼12 年度、運輸省(当時)はメガフロートの安全性・信頼性を検討するため「メガフ
ロートの総合信頼性評価に関する調査研究」
(座長:吉田宏一郎、WG長:鈴木英之)を実施した。
当研究における調査項目は以下のとおりである。
•
設計・建設技術の安全性手法
•
点検・補修技術の安全性評価
•
事故時の安全性評価
•
環境影響評価
•
大規模災害対応時の安全性評価
これらの成果は、メガフロート安全性評価指針(案)として取り纏められた。当指針(案)にお
いては、平成 11 年 3 月に、(財)沿岸開発技術研究センターおよびメガフロート技術研究組合が
共同で取り纏めた「超大型浮体式構造物
安全基準案」が参照されており、内容は基本的に同じ
である。
(財)沿岸開発技術研究センターおよびメガフロート技術研究組合は、加えて平成 11 年 3 月、
「超大型浮体式構造物
安全基準案」を更に詳細に展開した「超大型浮体式構造物
技術基準案・
同解説」を取り纏めた。メガフロート技術研究組合が実施した試設計および(社)日本造船工業
会の羽田空港再拡張での提案も含めて、現在の浮体式空港の検討はこれらの指針・基準類に基づ
いて行われている。
92
これらの指針・基準類が求める安全目標は以下の通りである。
(1) 人命の保護
a)
人工浮基盤上の人命に対し危険となるような事態を未然に防ぐために適切な安全
対策を施すこと.
b)
人工浮基盤上に発生した事故から人工浮基盤上の安全な場所に待避できること.
c)
陸上との交通が遮断された状態で、人工浮基盤上の人が陸上からの支援なしに、適
当な期間、安全な場所に滞在できること.
(2) 環境の保全
a)
設置海域および周辺環境に与える影響を評価し、適切な環境保全措置を講ずること.
b)
設置海域および周辺環境に与える影響を監視し、適切な措置を講ずること.
(3) 構造の保全(財産の保全)
a)
人工浮基盤上の人命及び財産に対し危険となるような浮体構造物及び位置保持施
設の損傷を起こさないこと.
b)
人工浮基盤を構成する構造物の一部が損傷した場合であっても、損傷の拡大防止が
適切に図られること.
c)
人工浮基盤を構成する構造物が損傷した場合であっても、浮体構造物が沈没又は漂
流する事態を起こさないこと.
浮体式空港の総合信頼性確保のためには、広大でかつ相対的に薄いという超大型浮体式海洋構
造物の特徴に起因する構造応答特性を理解した上で、自重などの固定荷重、積載荷重、温度、風、
波および地震・津波などの自然環境荷重、事故荷重の作用の下で、
「安全な構造」であり、かつ「浮
体および浮体上の諸施設の機能性を確保する」ことが必要である。
「安全な構造」の設計では想定される荷重に対して構造が必要な耐力(強度)を有することが
最も重要である。その上で、損傷や事故などにより浸水した場合でも、最終的に沈没や漂流とい
った重大事象に至らない構造である必要がある。このような構造を実現するためには、浮体内の
水密隔壁や区画の適切な計画が重要である。また、機能性の評価は、浮体および浮体上の施設の
使用目的に関係しているので、評価の基準となる数値は使用目的に応じて設定される。
超大型浮体のような新しいコンセプトの構造の設計においては、
「構造物の安全性と機能性を評
価するための限界状態を明確にし、これを適切な信頼度のもとに達成する」という考え方に立っ
た評価手法が適している。
安全性に関する限界状態として、表6.1に示す4つの状態を考える。使用限界状態は、供用期間
表6.1 安全性に関する限界状態
限界状態
(a) 使用限界状態
(b) 終局強度限界状態
(c) 疲労限界状態
一部損傷時
事故時
一部損傷後の残存強度
93
中に強度の面から構造物が十分安全であるための限界状態である。このため、構造安全性に対し
ても最も基本的な評価基準となっている。表中のその他の限界状態はいずれも構造安全性に関し
て、極限状態における構造の安全(終局強度限界状態)、長期の使用に対する耐久性(疲労限界状
態)および各種の事故に対する構造の冗長性や余剰強度(−部損傷時限界状態)を確保するため
に設定されたものである。
5.2.2 構成
前述の指針・基準類においては、全体システムの指すものとして、
「人工浮基盤」という用語を
用いる。
i.
ここでいう人工浮基盤とは、浮体構造物、上載構造物、位置保持施設、必要に応じて
設置される海域制御施設及び交通施設から構成される構造システムをいう。
ii.
浮体構造物とは、次の2点に該当する構造物をいう。
•
構造物の長さ又は幅と深さの比が既存の浮遊式構造物に比べて相対的に大きい構造
物
•
複数のユニット(建造所で建造される構造物)が海上にて結合され、所定の形状と
なる構造物
iii.
上載構造物とは、浮体構造物上に設置される建造物および設備をいう。
iv.
位置保持施設とは、浮体構造物を一定の海域に定着させるための施設をいう。
v.
海域制御施設とは、人工浮基盤が設置される海域を制御するために設置される防波堤
等の施設をいう。
vi.
交通施設とは、人や車などの乗り物が陸岸から人口浮基盤に移動するために設置され
る橋やトンネルをいう。
次節以降に、メガフロート技術研究組合が実施した試設計における具体例を記述する。
5.2.3 全体構造
空港モデルの全体図を図 5.1 に示す.浮体は長さ 4700m、幅 1600m、深さ 7m、平均喫水が
2m の T 型平面形状のポンツーン型浮体である。水平方向の位置保持は、総数約 70 基の係留ドル
フィンによって行われる。防波堤は設置されていない。浮体構造、係留施設とも防波堤なしの条
件で、東京湾の波荷重に対する安全性および機能性が確保されている。
図 5.1 海上空港試設計モデル(メガフロート技術研究組合)
94
浮体上面には長さ 4000m の 2 本の滑走路の他、誘導路、エプロン、旅客ターミナル、給油施設、
緑地帯等の施設が設置されている。これらの上載施設の重量は場所によって異なるため、固定荷
重の分布は一様ではない。そのため一般にポンツーン型超大型浮体では、固定荷重の大きな構造
箇所では浮体の深さを増し、喫水を増して、重力と浮力を構造の各部分でバランスさせて変形を
低減する方法がとられる。浮体の内部は、バラストタンク、交通システム、共同溝、駐車スペー
スなど様々な用途に使用される。
5.2.4 浮体ユニットと内部構造
浮体は、まず長さ 300m×幅 60m 程度、すなわち
大型タンカー程度の大きさのユニットとして造船ド
ック等で建造される。これを建設予定地点まで曳航
して、あらかじめ設置された係留装置に係留しつつ、
浮体ユニット同士を洋上で接合して組み立てる。図
5.2 は、横須賀沖で行われた実証実験での浮体ユニッ
トの係留・接合工事の様子である。
各浮体ユニットの内部は、図 5.3 のように上面の
デッキと底部外板(ボトム)、およびそれらの間を浮
体長さ方向(縦方向)に走る縦隔壁と、幅方向に走
る横隔壁及びトランスリングから構成される。縦隔
壁と横隔壁あるいはトランスリングは互いに交差し、
格子状の内部構造を形成している。縦隔壁と横隔壁
図 5.2 浮体ユニットの洋上接合
は一定間隔で水密性を保つ部材となっている。浮体
内部をこのように一定間隔で水密区画に区切ることにより、ある区画に万一浸水が発生した場合
も、それが拡大しない構造となっている。
図 5.4 に滑走路部の浮体の横断面を示す。縦隔壁の間隔は 15m である。デッキとボトムの外板
は、それぞれデッキロンジおよびボトムロンジと呼ばれる梁部材(防撓材)で縦方向に補強され
る。
図 5.3 浮体内部構造のイメージ図
95
図 5.4 滑走路部横断面(一縦隔壁間隔)
図 5.5 桁の開口部
浮体に生じる曲げモーメントおよび捩りモーメントは、主としてデッキとボトムにより受け持
たれる。空港の場合、デッキには航空機による静的、動的な輪荷重が作用するため、ボトムより
も厚板および大型のロンジ材が用いられる。縦および横隔壁とトランスリングも、防撓材で補強
される。これらの隔壁は主として浮体に作用する上下方向の剪断力を受け持つ。浮体内部に旅客
輸送用の交通システムなどを設置する場合には、隔壁に開口部が設けられる(図 5.5)。開口部で
は剪断力に対する有効断面が減少するため、強度設計では板厚を増す等の考慮がなされる。
5.2.5 係留装置と係留装置付近の浮体構造
係留装置は、空港の供用時に浮体の水平変位を拘束
して空港機能を維持する役目と、暴風時には漂流力に
よって浮体の水平運動が大きくなるため、これを受け
止めて浮体を漂流させない命綱としての使命が要求
される。
このような係留装置として、図 5.6 に示すラバーフ
ェンダー付ドルフィンによる係留が採用されている。
ラバーフェンダーは、供用時にはその弾性剛性で浮体
の水平変位を硬く係留し、他方、暴風時にはフェンダ
96
図 5.6 フェンダー付きドルフィン係留装置
ーがある程度変形した後はほぼ一定の反力で変形して、浮体構造に過大な反力を作用させずに浮
体の移動を拘束することができる。係留は、浮体に取り付けたガイドフレームでドルフィン頂部
をすっぽり抱えるようにして行われるので、ガイドフレームおよびその取り付け部の浮体構造は、
押しと引きの両方の反力に対して十分な強度を有するよう設計される。
5.2.6 上載施設
ターミナルビル、管制塔などの上載施設の荷重は、
浮体構造を通じてバランスよく分散させて、浮力で
支えなければならない。したがって、上載施設の柱
の配置は浮体内部の格子構造との整合性を考慮し
て計画すると共に(図 5.7)、浮体側では適切な浮力
を確保できるよう浮体深さを決定する。なお、浮体
は免震性に優れるため、上載施設に対する地震の影
響は、陸上構造に比べて軽微である。
図 6.7 ターミナルビル下の浮体構造
5.2.7 システムの特徴とハザード
超大型浮体式空港は、浮体本体、係留施設、上載構造物、陸上とのアクセス施設および必要に
応じて設置される防波堤等の海域制御施設から構成される複合構造システムである。浮体本体は、
上載施設および機能のための基盤織施設であり、有すべき安全性のレベルはその用途に大きく依
存する.超大型浮体のリスク評価に当たっては、次のような特徴に考慮が必要である。
•
形状が超扇平で相対的に曲げ剛性が小さい構造であるため、剛体変位に比べて
弾性変形が支配的である.
•
浮力支持であるため、浸水が沈下、沈没の原因となる.
•
浮体の移動を防ぐため係留装置が必要である.
•
航空機の発着による衝撃荷重による疲労強度が重要な要素となる可能性がある.
•
長期の耐久性が実証されていない.
超大型浮体式空港のリスク評価の対象としては、人的な被害を含む可能性のある大規模な災害
と空港としての機能喪失が考えられる。後者は、前者のような甚大な被害までいかない場合でも、
浮体の過大な弾性変形、航空機の離着陸による疲労や劣化、インフラ設備の故障等がある。空港
の場合、弾性変形は特に厳しい機能要件が課される。また構造の経年劣化、故障は維持・補修の
頻度や内容を考慮した評価が必要になる。以下では、大規模な災害に絞って検肘する.
災害事象としては、大規模な浸水、沈没、漂流、構造破壊、火災、爆発等が挙げられる。これ
らの事象につながる潜在危険(Hazard)には、外部要因として
①通常時の荷重
②暴風雨等の厳しい波浪・風荷重
③地震、津波等の異常時の荷重
⑤航空槻の墜落
⑥船舶の衝突
が挙げられる。また内部要因として
97
⑦腐食、疲労などの経年劣化に伴う構造損傷
⑧機器の故障・損傷
⑨誤操作等のヒューマン・エラー
が考えられる。これらの内部および外部要因の組み合わせを含めて、起因事象から浮体構造本体、
係留施股、空港ターミナル等の建物あるいは防波堤等の各サブシステムの機能喪失および損傷等
がシステム全体の安全性、機能性の喪失に及ぶシナリオを検討する必要がある。
5.3 大規模浸水の FTA
浮体式空港の大規模浸水に関わる浸水の原因となる事象は,腐食や疲労あるいは過大な荷重に
よる外板の損傷や,船舶や漂流物の衝突による損傷,航空機の衝突や火災・爆発等の事故による
外板の損傷が考えられる。多区画の浸水が同時に生じる可能性は極めて低いが,その原因はとも
かくとして,リスク評価上あえて
多区画が浸水した場合
を想定して浸水の範囲とそれに伴う
変形による空港機能の喪失や構造崩壊を検討することが重要である。
また超大型浮体では,その規模の大きさから,浸水をどのように検知するかが課題である。多
区画に浸水が生じたとしても,それが早期に検知され,排水がなされれば大規模な浸水を未然に
防ぐことができる。また浸水が一度に多区画に生じるのではなく,腐食や疲労亀裂によって経年
的・長期的に拡大する場合には,定期的な点検も検知システムに代わる効果を有する。
以上のような事象および因果関係を考慮して,大規模な浸水を頂上事象としてフォールト・ツ
リーを展開すると概略 Fig.5.8 のようになる。ここで頂上事象の直下の制約ゲートは, 大規模な
浸水
をどの程度の規模の浸水として定義するかを表すためのものである。ここでは,浸水によ
る変形によって構造区画が破壊する状態あるいは空港としての機能が停止する状態を
浸水
大規模な
と定義し,浮体式空港の安全上・機能上起こしてはならない事象と位置づけている。具体
:ANDゲート
大規模な浸水
:ORゲート
◆大規模構造崩壊
◆空港としての機能喪
失
機能停止
区画構造破壊
:制約ゲート
:頂上事象/中間事象
:未展開事象
長時間浸水
:基本事象
甲板からの海水流入
甲板からの水の流入
海水バルブ開
固着又は漏れ
疲労損傷
甲板破損
甲板水没
排水・バラスト調整失敗
外板破損
腐食損傷
浸水認識せず
ポンプ不作動
過大外力
水位計故障
海水打込
波浪
船舶衝突
津波
航空機衝突
漂流・座礁
Fig. 5.8 VLFS 空港の大規模浸水の FTA
98
監視せず
的にどの程度の区画が浸水すると,このような状況に至るかを明確にするため,次節で浮体構造
の最終強度解析と浸水による浮体の変形解析を行う。
5.4 浸水が安全性および機能性に及ぼす影響の定量的評価
5.4.1 浮体構造の最終強度解析
浮体構造内部には,縦通隔壁と横隔壁が規則的に格子状に配置される。これらの隔壁で囲まれ
た単位区画を取り出して曲げモーメントおよび垂直剪断力を加えて座屈・塑性崩壊挙動と最終強
度(最大耐力)を調べる。解析には動的陽解法コード LS-DYNA3D を使用する。
曲げ崩壊解析では,デッキあるいはボトムの座屈崩壊における隣接区画間の相互影響を考慮す
るため,Fig.5.9 に一点鎖線で示すように,隔壁の交差部を中心に縦方向および横方向に 1/2 区画
ずつの範囲を取り出す。そして断面平面保持の仮定の下に断面に強制回転角を与えて,曲げモー
メント∼曲率関係を求める。一方,剪断崩壊解析では縦隔壁あるいは横隔壁を一区画分含む網掛
けで示す範囲を取り出す。そして横断面は平面かつ垂直を保持したまま,相対する二面に剪断変
位を与える。なお曲げ,剪断とも準静的挙動が得られるよう強制変位速度は十分低速で与える。
Fig.5.10 に,ホギング状態(ボトムが曲げ圧縮側)における縦方向曲げモーメント Mx と曲率
の関係を示す。曲げモーメントは単位幅当たりの値で示している。また Fig.5.11 に崩壊モードと
Mises 相当応力の分布を示す。ホギング方向に縦方向曲げモーメント Mx を加えた場合,ボトム
の防撓材間の矩形パネルがまず座屈し,その後防撓材に曲げ捩り座屈が生じた時点で最終強度に
達する。以後,曲率の増加と共に耐荷力は急激に低下する。横方向曲げモーメント My の場合,
矩形パネルが座屈するとほぼ同時にトランス材に曲げ捩り座屈が生じ最終強度に達する。トラン
ス材のスパンが長く,曲げ捩り座屈後の塑性変形の局所化も著しいため,最終強度後の耐荷力曲
線の低下は縦曲げの場合より急激である。
サギング状態(デッキが曲げ圧縮側)では縦方向曲げ Mx の場合,ボトム部がまず引張で降伏
後,デッキ部が降伏し,全断面降伏に近い状態で最終強度に達する。デッキは板厚が厚いため座
屈変形はほとんど生じず,最終強度後の耐力低下は緩やかである。横方向曲げ My の場合も同様
Bending collapse analysis
19.8m
y
x
L.Bhd
15m
L.Bhd
Shear collapse
analysis
L.Bhd
L.Bhd
T.Bhd T.Bhd T.Bhd T.Bhd T.Bhd
Fig.5.9 崩壊解析領域
Fig.5.10 単位浮体構造の曲げモーメント∼曲率関係
99
(a)
(b) 横曲げモーメント
縦曲げモーメント
Fig.5.11 ホギングモーメント下の崩壊モードと降伏域の広がり
にボトムから降伏が生じる。Table 5.1 に最終強度を示す。単位区画の曲げ強度は,サギングがホ
ギングに比べて 1.3∼1.4 倍大きい。これは断面中立軸からデッキあるいはボトムまでの距離の比
にほぼ一致する。
表 5.1 単位浮体構造の最終強度
Hogging
Longitudinal bending, Mx
(MNm/m)
Sagging
Transverse bending, My
Hogging
(MNm/m)
Sagging
Shear at transverse cross section, Qx (N/m)
Shear at longitudinal cross section, Qy (N/m)
46.9
67.2
40.5
52.3
1.21
1.01
(a) 縦剪断力
(b) 横剪断力
Fig.5.12 剪断力∼剪断ひずみ関係
Fig.5.13 崩壊モードと降伏域の広がり
100
次に Fig.5.12 に,単位幅当たりの剪断力と平均剪断ひずみの関係を示す。また Fig.5.13 に崩壊
モードと Mises 相当分布を示す。剪断力は主として隔壁により負担されるが,一部はデッキとボ
トムの防撓材とトランス材の剪断曲げによって負担される[3]。剪断荷重を加えると,まず隔壁の
ウェブパネルのほぼ全域が降伏し,その後,防撓材を含むパネル全域に渡る剪断座屈が生じた時
点で最終強度に達する。縦方向剪断の方が横方向剪断に比べて最終強度後の耐力低下が急である
のは,Fig.5.13(a)に見られるように縦隔壁の防撓材に曲げ捩り座屈が生じるためである。さらに
剪断変形が増加すると,縦方向剪断,横方向剪断のいずれの場合も隔壁に張力場が形成する。そ
の結果,最終強度後の耐荷力の低下は曲げ崩壊の場合に比べて緩やかである。
浸水による変形によって,非浸水区画に以上のような崩壊が生じると,最終強度後の耐荷力の
低下分が隣接区画に再配分されるため,連鎖的な大規模破壊を引き起こす可能性がある。特に,
耐荷力の低下が急激な曲げ崩壊の場合にこのことが懸念される。また座屈部からは亀裂が発生し
やすいため浸水がさらに拡大する可能性がある。これらの点から,板,防撓材などの部材レベル
の崩壊を超えて,区画崩壊を引き起こす規模の浸水は,大規模浸水と見なして万全の防止対策が
必要である。
5.4.2 浸水による浮体の変形とその影響
(1) 解析モデル
区画浸水が浮体式空港の変形および内力に及ぼす影響を FEM 解析により調べる。対象浮体構
造を曲げ剛性と面外剪断剛性が等価な直交異方性平板に置き換え,これを,静的復原力を表す弾
性基礎で支持する。具体的には,浮体を 15.0m×19.8m の水密区画サイズの板有限要素でモデル
化し,静的復原力は集中バネ要素で表す。等価異方性板の曲げ剛性の導出方法と対象浮体構造に
関する異方性板パラメータは,文献[4]に詳述されている。
浸水区画に設定した領域では,復原バネ要素を取り除くと共に,消失浮力(=当該箇所の浮体重
量)を鉛直下向きに負荷する。解析には NASTRAN を使用する。解析モデルの板要素の総数は
27,834 要素である。
(2) 設計波浪条件および機能要件
対象浮体の終局限界状態チェックに用いられる設計波条件(200 年再現波)は有義波高 3.7m,
平均波周期 6.1 秒,また機能限界状態チェックに用いられる設計波条件(2 年再現波)は有義波
高 2.3m,平均波周期 5.0 秒である[1]。
浮体空港としての機能上は,浮体のたわみが PAPI(進入角指示灯),GS(グライドスロープ)
などの航空保安施設に与える影響が重要となる。具体的に,PAPI の設定仰角の許容誤差は±0.05
度,GS の空中線系の傾斜許容値は 0.1 度であり,この範囲に各施設部位のたわみ角度が収まるこ
とが要求される。
(3) 浸水が空港機能および安全性に及ぼす影響
1) 空港機能
浮体空港としての機能上の制限条件として,(2)で述べたように PAPI における滑走路方向のた
わみ傾斜角の誤差θが,次の条件を満足する必要がある。
101
θ < 0.05deg
(1)
さらに,ここでは浸水によるたわみによる乾舷の減少とそれによる海水打ち込みを制限条件とし
て考慮する。既述のように,機能限界状態照査に用いる常用環境条件(2 年再現波)は設置海域
で有義波高 2.3m であり,最大波高をその 2.0 倍とすると最大波振幅は 2.3m となる。したがって
動的応答の影響を無視すると,最小乾舷は 5.5-2.3=3.2m となる。浸水によって,これを上回るた
わみが浮体縁に生じると,海水打ち込みが生じることになる。そこで浮体縁におけるたわみ we
に次の制限条件を設ける。
(2)
we < 3.2m
以上の制限条件と浸水規模との関係を調べる。併せて,5.4.1 で明らかにした単位浮体構造の最
終強度と発生内力の関係に注目し,構造破壊の可能性を調べる。
これまでの研究[1]によると,燃料輸送船(6,400 トン)や航行船舶(コンテナ船:排水量約 60,000
トン)が浮体の側面に衝突した場合の損傷区画は最大2区画である。この場合の浸水による変形
を計算したところ,たわみは最大で 0.1m 程度であり,空港機能上,安全上とも問題ないことを
確認した。
つぎに PAPI の傾斜角に対する浸水の影響を調べた。図.5.14 に一例を示すように,PAPI を中
心に特性距離の範囲内で浸水区画の位置と範囲を変化させて PAPI の傾斜角に対する浸水の影響
を調べた。ここで特性距離は式(3)で与えられ[5],集中荷重による浮体の変形範囲の大きさを与え
るパラメータである。EI は梁モデルの曲げ剛性を,また kc は単位面積当たりの復原バネ剛性を
表す。対象浮体の特性距離は 417mとなる。
1
⎛ EI ⎞ 4
λ p = 2π ⎜ ⎟
⎝ kc ⎠
(3)
シリーズ計算の結果,3×3 区画程度の浸水では最大傾斜角は許容値に収まるが,4×4 区画程
度の区画浸水が発生すると,最大傾斜角が制限を超えることが判明した。このことは,これ以下
のピッチで浸水検知を行うことが重要であることを示唆する。
2) 周縁部の浸水
浮体周縁にさらに大規模な浸水が生じた場合を想定して,変形と浮体断面の曲げモーメントお
よびせん断力を求める。まず,浮体短辺に x 方向 2 区画,y方向 10 区画(40m×150m)の浸水
を考えると,最大変位 1.1m となり許容値 3.2mに比べて十分な余裕がある。x 方向は 2 区画のま
ま y 方向の区画を 30 区画以上まで広げていっても最大たわみは 2.4m程度に収まることが分かっ
た。図 5.15 に 2×30 区画浸水時の浮体のたわみ分布,単位幅当たり曲げモーメントおよび垂直剪
断力の分布を示す。各図には応答の最大値を示しており,曲げモーメントはサギング側の場合を
(s),またホギング側を(h)で示している。強度については,2×30 区画浸水では,最大曲げモーメ
ントは崩壊荷重に対して 1/2∼1/4 程度,最大せん断力は 1/3 程度となっている。横方向曲げモー
メント My は,浸水区画の y 方向中央部ではサギング,端部でホギングとなる。この内サギング
モーメントは,y 方向の浸水区画範囲が広いほど,図 5.15 のように y 方向にたわみが一様になる
ため,むしろ減少する傾向が認められた。
以上の結果から,周縁に沿って浸水区画が帯状に広がる場合は,区画範囲がある程度の区画に
102
800m
200m
PAPI
y
L.BHD
x
T. BHD
図 5.14 PAPI 近傍の浸水エリア
Max: 3.63m
Max: 2.37m
Deflection
Deflection
Max(h): 25.5MNm/m
Max(h): 16.5MNm/m
Longitudinal bending
moment Mx
Longitudinal bending
moment Mx
Max(h): 9.9MNm/m
Max(s): 55.5MNm/m
Transverse bending
Moment My
Transverse bending
Moment My
Max: 0.45MN/m
Max: 0.63MN/m
Shear at transverse
cross section Qx
Shear at transverse
Cross section Qx
Max: 0.75MN/m
Max: 1.49MN/m
Shear at longitudinal
cross section Qy
Shear at longitudinal
cross section Qy
図 5.15 2×31 区画浸水
図 5.168×11 区画浸水
103
広がると、たわみ,断面力とも増加は少ないことが分かった。なお結果は省略するが, x 方向に
帯状に浸水区画が広がる場合も,最大たわみおよび断面力は長さに対し大きく変化しないことを
確認している。
3) 周縁部の大規模な浸水と構造崩壊
同様にして,何らかの原因で浮体周縁部が 6×8 区画(90m×160m)あるいは 8×11 区画(120
m×220m)のように x,y 両方向に浸水した場合を考える。6×8 区画の場合,最大たわみは 1.94
mで 3.2m以下に収まる。これに対し,8×11 区画に達すると最大たわみが 3.63mとなり許容値
を越える。図 5.16 に 8×11 区画浸水時の浮体の変形および内力分布を示す。曲げモーメントおよ
びせん断力を比較したのが表 5.2 である。6×8 区画浸水の場合,断面力はいずれの成分も単位区
画について求めた最終強度以下であるが,8×11 区画になると横方向曲げモーメント My が浮体
縁の浸水区画中央部で,また横隔壁せん断力 Qy が浮体縁の最大応答位置で最終強度を超えてい
る。
これらの結果から,浮体周縁部に 8×11 区画規模の浸水が生じると,冠水の可能性が生じると
共に,ほぼ同じ条件下で構造崩壊が生じることが分かった。このことは言い換えれば,対象浮体
構造の場合,浸水による冠水から空港機能に障害を生じたり,あるいは構造破壊に至るのは,8
×11 区画規模まで浸水が拡大した場合であり,船舶の衝突や航空機の墜落のような局所的破壊で
あれば上記のような事象に至る可能性は極めて低い。また既述のように 3×3 区画ピッチ程度に浸
水点検・検知を確実に実施すれば,上記事象に至る可能性を十分低減することが可能である。
表 5.2 浸水による作用荷重と最終強度
Mxh (MNm/m)
Mxs (MNm/m)
Myh (MNm/m)
Mys (MNm/m)
Qx (MN/m)
Qy (MN/m)
Ultimate
strength
46.9
67.2
40.5
52.3
1.21
1.01
6x8
flooding
10.2
7.5
12.4
35.3
0.44
0.98
8x11
flooding
16.5
13.8
23.4
55.5
0.63
1.49
5.4.3 まとめ
本章では、メガフロート技術研究組合平成 12 年度東京湾海上空港試設計モデルを対象として,
大規模浸水が浮体空港の機能性および安全性にもたらすリスクについて検討した。得られた主な
結果は次の通りである。
(1) 大規模浸水の原因事象として構造要因の他,検知・排水機能の不備等を考慮した Fault Tree
を展開した。また大規模浸水を, 浸水による浮体変形が空港機能の喪失あるいは構造破壊を
もたらす規模
と定義した。
(2) 単位浮体区画に曲げモーメントあるいは垂直剪断力が作用する場合の逐次崩壊挙動を有限要
素法により解析し,崩壊モードと最終強度を明らかにした。
(3) 浮体を曲げおよび剪断剛性が等価な直交異方性板 FEM モデルにモデル化し,浸水による浮力
および復原力喪失を考慮して変形および断面力を解析した。その結果より,以下の知見を得
104
た。
・ 船舶の衝突によって生じると考えられる 1∼2 区画の浸水が空港機能あるいは構造安全性に及
ぼす影響は,非常に小さい。
・ PAPI から特性距離範囲内で 4x4 区画が浸水すると PAPI 傾斜角の制限を超える。したがって,
これより密な範囲で浸水検知が望ましい。
・ 浮体周縁に帯状に浸水区画が広がる場合よりも,縦横に面的に浸水区画が広がる場合の方が,
空港機能と構造安全性に与える影響が大きい。
・ 対象浮体では,周縁部に 8x11 区画の浸水が生じると冠水が発生し,同時に構造破壊が生じる。
このレベルの浸水を防ぐよう計画が必要である。
第5章の参考文献
[1] メガフロート技術研究組合・沿岸開発技術研究センター:メガフロートの総合安全性評価手法
に関する研究,2001
[2] 矢尾哲也,藤久保昌彦,柳原大輔, Zha, Y., 村瀬知行: 面内圧縮荷重を受ける矩形パネルの
最終強度後の挙動,日本造船学会論文集,第 183 号, pp.351-359, 1998
[3] Inoue, K.: Global Static Analysis System for Mega-Float, Proceeding of the 16th
International Conference on Offshore Mechanics and Arctic Engineering (OMAE97), Vol.6,
pp.77-84, 1997
[4] 藤久保昌彦,西元美希,田辺淳一: 理想化構造要素法による超大型浮体構造物の波浪中構造崩
壊挙動の解析,第 18 回海洋工学シンポジウム講演集, 2005
[5] 鈴木英之, 吉田宏一郎:超大型浮体の構造挙動および構造設計に関する考察, 日本造船学会論
文集, 第 178 号, pp.473-483, 1995
105
6. 今後の展望と課題
リスクベース安全性評価は、システムの危険事象とその要因および結果を系統的に分析すると
ともに、リスクという定量的指標を用いて、目標安全性レベルとそれに必要なリスク低減策に関
する意志決定を合理的に行うものであり、多くの産業分野で普及が進んでいる。浮体式風力発電
施設や浮体式空港のように過去にない構造物を開発する場合や、石油・ガス等を取り扱う海洋エ
ネルギー生産設備では、安全性を客観的に保証する手段として、リスクベース安全性評価は、設
計・建造・運用のすべての段階において今後不可欠なプロセスになると考えられる。
本委員会では、リスクベース安全性評価の手順と海洋構造物に対する適用の動向および事例を
調査した。さらに浮体式風力発電施設と浮体空港を対象として安全性評価を実施した。本章では、
これらの作業を通じて認識された課題点について以下にまとめる。
(1) 用途に応じた適切なリスクモデルの開発
本研究の浮体式風力発電施設の安全性評価では、発電機能の喪失を最悪事象と位置づけ、コス
トリスクに基づいて ALARP 境界と各種損傷の重要度を議論した。風力発電施設は、浮体空港等
に比べて滞在する人員数が少なく人命リスクが小さいため機能ベースのリスクモデルが適用でき
たが、空港の場合は人命リスクが重要となる。また石油・ガスなどのエネルギー施設や風力発電
浮体でもエネルギー変換設備等を搭載する場合は、石油等の漏出による環境リスクが問題となる。
環境に対するインパクトについて社会的に合意できる金銭的評価基準に関する研究が現在進めら
れているが[1, 2]、この分野のさらなる進展が望まれる。
(2) 構造破壊と各種リスクとの対応関係の明確化
火災、衝突などの外的ハザードが構造強度に及ぼす影響すなわち損傷後の残存強度やリダンダ
ンシー(冗長度)の問題と、逆に構造損傷が油流出や発電機能に及ぼす影響について未解明な部
分が多い。いずれも構造損傷に関わるリスク評価に不可欠な要素であり、さらなる研究が必要で
ある。
(3) 経年劣化と検出技術、およびヒューマンエラーに関する調査研究とリスク評価への反映
過去の事故事例が示すように、多くの事故は構造物・機器が経年劣化し、さらにその検出が不
十分であった場合、あるいはヒューマンエラーに起因している。これらに関する研究成果の調査
とリスク評価への取り込みが必要である。
(4) 浮体の動揺が機器信頼性に及ぼす影響の明確化
浮体施設の成立性は、波浪による動揺、沈没、漂流など浮体ゆえの事象を勘案したうえで、陸
上システムと同等の安全性、信頼性を保証できるか否かが一つのポイントとなる。本研究では、
海上風力発電施設のハザードの一つとしてブレード軸受の故障を取り上げた。この種の機器故障
については陸上での信頼性は把握されていても、波浪による動揺がどのように影響するかは未知
数なものが多い。波浪中動揺下の機器性能に注目した波浪応答解析や信頼性データの蓄積が必要
である。
(5) 異常時応答シミュレーション技術の開発
新しい構造システムが社会に受容されるためには、専門家の視点ではあり得ない、起こりえな
いと思われる事象まであえて想定してシステムの挙動を調べ、安全性を
具体的に
証明するこ
とが必要である。本研究の大規模浸水の検討はその一例である。浮体施設において考慮すべき同
106
様の異常時としては設計条件をはるかに超える異常波浪、異常風、異常潮流が作用した場合のシ
ステムの挙動であろう。このような異常時挙動を予測するためには、波、風、構造、係留系を一
体とした強非線形構造・流体連成解析技術の実用化が必要である。構造・係留系では大変位・大
変形の考慮が必要である。大波高時の超大型浮体の弾性応答を粒子法を用いて検討した例が報告
されている[3]。このような異常時応答予測に関するさらなる研究が必要である。構造、流体、設
計の分野間連携の総合的取り組みが必要と考えられる。
第 6 章の参考文献
[1] MEPC 58/17/1, Relevant information in relation to the Draft Environmental Risk
Evaluation Criteria, 2008, July.
[2] 日本船舶海洋工学会・海洋の大規模利用に対する包括的環境影響評価研究委員会(IMPACT
研究委員会)報告書、2008.
[3] 村井基彦、赤芝秀介、井上義行:MPS 法を用いた大波高時の浮体式構造物の流力弾性挙動に
関する研究、2006、第 6 回粒子法ユーザーグループ会合資料.
107
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