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五十嵐レポート - 三菱UFJ投信
五十嵐レポート 2011 年度 第8号 三菱UFJ投信株式会社 発行 2011年11月15日 当「レポート」の内容は 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社調査部長の五十嵐 敬喜 によって作成されております。 五十嵐 敬喜(いがらし たかのぶ) 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社調査部長 株式会社三和銀行(現株式会社三菱東京UFJ銀行)資金証券為替部(ニューヨーク)勤務などを経験。 テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」にゲストコメンテーターとして出演のほか、各種テレビ・ラジオ等に 出演。新聞・雑誌等へのレポート、コメント掲載等も多数。 お客様資料 ユーロ圏の財政金融危機∼その後と今後 ギリシャの「国民投票」の衝撃 2011 年 10 月の本欄で欧州の財政金融危機を取り上げました。そこでは、ギリシャが八方ふさがり状 態にあること、問題がイタリアやスペインに波及するとまずいこと、貸し手であるフランスやドイツの 銀行が資産の圧縮に向かう恐れがあること、などを指摘しました。 残念ながら、その後の展開では、事態がいっそう悪化しつつあるようです。2011 年 10 月下旬に開か れたEU(欧州連合)27 ヵ国、ユーロ圏 17 ヵ国の首脳会議で合意された「包括戦略」 (10 月 27 日)は 市場にとりあえずの落ち着きをもたらしました。しかし、2011 年 11 月 3∼4 日に開催されたG20(20 ヵ国・地域首脳会議)で欧州外からの支援の約束も取り付ける手はずだったのですが、その前の 10 月 31 日に市場を動揺させる 2 つの事件が起こりました。1 つは、アメリカの金融大手であるMFグローバ ルが破綻したこと、もう 1 つは、ギリシャのパパンドレウ首相が包括戦略で決まった支援策を受け入れ るかどうかについて国民投票をすると表明したことです。 MFグローバルは南欧諸国の国債を大量に保有していたために損失が拡大し、顧客の資金が流出した ことが破綻の原因でした。ただこの事件は、ユーロ圏の危機がアメリカに波及したという意味ではショ ッキングでしたが、実際にはすでに何週間も前から予想されていた事態だったので、相場への影響は軽 微だったと言えます。 一方ギリシャの国民投票については、全く唐突な話であり、EU諸国の首脳たちも市場も大いに慌て ました。もし国民投票で否決されるようなことになれば、ギリシャの破綻は免れず、一気に危機が増幅 される恐れがあるからです。ドイツ、フランスの首脳は、G20 開催の直前に急遽パパンドレウ首相に翻 意を促そうとしました。 国民投票の意図は何だったのでしょうか。おそらく議会対策なのではないかと思われます。ギリシャ が支援を受けるためには、当然ながら、財政緊縮策やその他の改革についてのEUとの合意事項が議会 で承認されなければなりません。しかしこの場合には、通常の過半数の賛成ではだめで、「定数の 6 割」 というハードルがあるのです。 ところが、ギリシャの今の政権は極めて脆弱で、与党の勢力は過半数をわずかに上回る程度。国民投 票で「受け入れ」を決めておかないと、議会で否決されるおそれもあったわけです。もちろん国民投票 の結果が受け入れ拒否になる可能性はあります(EUの首脳はこれを恐れました) 。しかし、首相として は、否決することはユーロ圏を離脱することであり、そうなれば支援が受けられないだけでなく、もっ と生活が悲惨な状態に陥るのは確実だということを国民に説得するつもりだったのでしょう。危険な賭 ○当資料は、投資家のみなさまに対して参考となる情報の提供を目的として、三菱UFJ投信が作成したものです。○当資料の内 容は、作成基準時点のものであり、将来予告なく変更されることがあります。また、将来の市場環境や運用成果等を示唆ないし保 証するものではありません。○当資料は、信頼できると判断した情報等に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性を保証 するものではありません。○当資料中のグラフ・数値等は、過去の実績・状況であり、将来の市場環境等や運用成果等を示唆・保 証するものではありません。また税金・手数料等を考慮しておりませんので、実質的な投資成果を示すものではありません。○当 資料は、特定の有価証券等の勧誘を目的とするものではありません。 1 五十嵐レポート けではありますが、それによって局面を一気に打開することが目的だったのだと思われます。 「包括戦略」の 3 つのポイント しかし、ギリシャ政府は 2011 年 11 月 4 日に国民投票の中止を発表しました。「緊縮財政を伴う包括策 に反発していた野党が、柔軟姿勢に転じたことが背景」(2011 年 11 月 5 日 日本経済新聞 電子版)に あります。またその後、パパンドレウ内閣の信任投票が行われ、僅差ながら承認されたことで、とりあ えずの落ち着きが取り戻されました。 その結果、事態は「包括戦略」がEUの首脳間で合意されたという所に戻ったわけです。そこで、ま ずこの包括戦略のポイントを確認しておきましょう。 「包括戦略」のポイント ① 50% (債務者対策) 民間銀行が持つギリシャ国債を50%「棒引き」 , ② 1000億ユーロ(債権者対策) 欧州銀行の狭義の自己資本を1064億ユーロ増強 , ③ 1兆ユーロ(波及防止・金融システム対策) EFSF(欧州金融安定基金)にレバレッジをかけて 実質的な規模を1兆ユーロに拡大 上で示したように、ポイントは 3 つの数字に要約できます。50%、1,000 億ユーロ、1 兆ユーロです。 民間銀行のギリシャ政府向け債権を 50%カット(棒引きに)し、債権者である欧州の銀行の資本を 1,000 億ユーロ増強し、救済基金であるEFSF(欧州金融安定基金)の融資能力を 1 兆ユーロ程度に拡大す るというものです。今回の危機の本質に対して対処方針を示しています。 危機の第 1 は債務者の問題です。ギリシャという国が事実上破綻状態にあり、このままでは回復しな いということです。財政状況の改善が債務残高対GDP比率の低下を意味するのであれば、GDPの拡 大によって比率を改善させることはまず望めませんから、債務残高を削減する必要があります。そのた めには利払い費を除いた歳出が税収等の歳入を下回る必要がありますから、容易なことではありません。 だからこそ、利払い費を節約するために債務の棒引きが不可欠なわけです。 危機の第 2 は債権者の問題です。ギリシャの国債を大量に保有する欧州(とくにドイツ、フランス) の銀行は、「棒引き」によって大きな損失を被ります。その損失のかなりの部分はすでに引き当てられて ○当資料は、投資家のみなさまに対して参考となる情報の提供を目的として、三菱UFJ投信が作成したものです。○当資料の内 容は、作成基準時点のものであり、将来予告なく変更されることがあります。また、将来の市場環境や運用成果等を示唆ないし保 証するものではありません。○当資料は、信頼できると判断した情報等に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性を保証 するものではありません。○当資料中のグラフ・数値等は、過去の実績・状況であり、将来の市場環境等や運用成果等を示唆・保 証するものではありません。また税金・手数料等を考慮しておりませんので、実質的な投資成果を示すものではありません。○当 資料は、特定の有価証券等の勧誘を目的とするものではありません。 2 五十嵐レポート いるかもしれませんが、残りの部分は資本を毀損させてしまいます。2011 年夏に行われたストレステス トは、保有する南欧諸国の国債は満額償還されるという前提の下に、中核的自己資本比率が 5%以上に 保たれるかどうかがチェックされましたが、合格した欧州の金融大手デクシアが破綻したことで信頼を 失いました。そこで今度は、南欧諸国の国債の値下がりを織り込んだ上で、中核的自己資本比率を 9% 以上に保つことを主要行に求めています。そのために必要な資本の増強額が 1,000 億ユーロ強なのです。 危機の第 3 は、波及防止と金融システムの安定の問題です。問題国がギリシャだけなら何とかなると しても、危機がイタリアやスペインにまで拡大するようなことになると、とても支えきれないという強 い懸念があります。EFSFと呼ばれるEU諸国が用意した救済基金は 4,400 億ユーロです。これは、 EFSFが債券を発行して必要な資金を調達するにあたって、加盟各国がそれに信用保証を与えるとい う仕組みです。この債券がAAAの格付けを得るためには、AAAの国の信用保証が必要で、その合計 が 4,400 億ユーロなのです。信用保証額の総計は 7,800 億ユーロですが、AAAの債券が発行できる上 限は 4,400 億ユーロなのです。そして今回、EFSFの融資可能額を現在の 4,400 億ユーロから 1 兆ユ ーロ程度にまで引き上げようとしたわけです。 棒引きは 5 割で済むのか? この「包括戦略」は当面の安定をもたらすとしても、これで問題を解決することはできないでしょう。 さらに相当の時間がかかると思われます。 まずギリシャについては、パパンドレウ首相の退任は時間の問題だと言われています。ただ、首相が 代わったからといってEUとの合意事項が反故にされたりはしないでしょう。ギリシャ経済が外からの 援助なしには立ち行かないことは野党も十分承知しているからです。問題は国民です。おそらく、国民 は政府に対して相当怒っているのだと思われます。放漫財政の結果として、これまで一般庶民が享受し てきた恩恵の一部を放棄しない限り国の経済が破綻してしまうことは理解するとしても、政府の失敗の 付けをまず一般庶民に払わせるようなやり方は許せないという思いなのではないでしょうか。 それでも、議会が合意事項を批准すれば財政赤字削減策は実行されます。景気はさらに悪化するでし ょう。そこからの浮上をめざす際に、ユーロに加盟している限り自国通貨の大幅下落という切り札は使 えませんから、おそらく別の形で類似の効果が期待できる事態に至るのではないかと思います。つまり、 深刻な不況によって物価が下落する(デフレになる)ということです。そう考えれば、政府債務を 5 割 棒引きにしたくらいでは済まないことが想像できます。おそらく、いずれはさらに棒引きせざるを得な くなると思います。 ギリシャがユーロ圏を離脱する可能性があるかといえば、それでもEUには留まるという意味なら、 その可能性はないようです。2011 年 11 月 3 日、欧州委員会がEU基本条約にはユーロ圏の離脱につい ての規定はなく、ユーロ圏離脱にはEUを脱退しなければならないとの公式見解を表明したからです(脱 ○当資料は、投資家のみなさまに対して参考となる情報の提供を目的として、三菱UFJ投信が作成したものです。○当資料の内 容は、作成基準時点のものであり、将来予告なく変更されることがあります。また、将来の市場環境や運用成果等を示唆ないし保 証するものではありません。○当資料は、信頼できると判断した情報等に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性を保証 するものではありません。○当資料中のグラフ・数値等は、過去の実績・状況であり、将来の市場環境等や運用成果等を示唆・保 証するものではありません。また税金・手数料等を考慮しておりませんので、実質的な投資成果を示すものではありません。○当 資料は、特定の有価証券等の勧誘を目的とするものではありません。 3 五十嵐レポート 退に関する条項はある) 。ギリシャのみならず、他の加盟国にとっても、ギリシャの脱退は悪夢でしょう。 「ギリシャの次はどこだ?」となってしまうからです。脱退の可能性は極めて低いと思います。 資本の増強か、資産の圧縮か 次に銀行の資本増強ですが、3 段階で実施することになっています。最初に各銀行が自力で資本を積 み増し、それが出来ない場合には、第 2 段階として各国の政府が公的資金を注入して増強する。そして、 それでも不足する場合には、第 3 段階としてEFSFが資本注入するのです。 多くの大手銀行は、政府の助けがなくても資本の増強は可能だと言っています。しかし、南欧諸国は いっそうの緊縮財政政策を取らざるを得ませんから、景気は一段と悪化すると考えるべきです。そうで あれば、政府向けの債権だけでなく、民間向け債権でも不良債権が増加することを覚悟する必要があり ます。資本が十分だとは言えないでしょう。 とはいえ、増資をするのは極めて難しいと思われます。一般に、増資で調達した資本は将来の成長に つながる投資に充当されるべきものです。不良債権処理のために資本が不足するから増資すると言われ ても、投資家としては、みすみす株価が下落するような増資に応じる気にはなれないでしょう。自力の 資本調達には無理があります。 しかし銀行としては、政府に手足を縛られかねない公的資金の受け入れは是が非でも回避したいよう です。その結果、銀行が資本の増強ではなく資産の圧縮によって自己資本比率を改善させる方向に行き やすいと思われます。2011 年 10 月の本欄でも指摘したように、その兆候はすでに見られています。今 後、そうした動きが拡大するようであれば、世界景気が悪化する恐れがあります。とくに、世界経済の 牽引役である新興国の景気が悪化すれば、影響は大きいことが懸念されます。 ちなみに、資産を売却しただけでは自己資本比率は改善しません。銀行のバランスシートを考えれば、 何かの資産を売却することによってその資産が現金という資産に代わるだけで、資本が増えるわけでは ありません。ただし売却代金で負債を削減すれば、自己資本比率は改善します。 容易でないEFSFの拡充 3 番目に波及と金融システムの問題です。イタリアのベルルスコーニ首相が、財政改革を直接監視す るための使節団の派遣をIMFに要請したようです。イタリアが進んでそうしたとは考えにくいですか ら、ドイツやフランスをはじめとする国々の強い圧力があったのでしょう。 そうした展開になるくらい、イタリアの財政に対する各国の懸念が強いということです。イタリア経 済はEUの中で 3 番目に大きいだけに、万一立ち行かなくなるととても助けることはできないと考えら れています。そうなってしまうかどうかは、財政状況が本当に悪化する場合はもちろんですが、市場で 懸念が高まってイタリア国債が暴落するような場合にも同じ結果になってしまう恐れがあります。 ○当資料は、投資家のみなさまに対して参考となる情報の提供を目的として、三菱UFJ投信が作成したものです。○当資料の内 容は、作成基準時点のものであり、将来予告なく変更されることがあります。また、将来の市場環境や運用成果等を示唆ないし保 証するものではありません。○当資料は、信頼できると判断した情報等に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性を保証 するものではありません。○当資料中のグラフ・数値等は、過去の実績・状況であり、将来の市場環境等や運用成果等を示唆・保 証するものではありません。また税金・手数料等を考慮しておりませんので、実質的な投資成果を示すものではありません。○当 資料は、特定の有価証券等の勧誘を目的とするものではありません。 4 五十嵐レポート EFSFの強化は市場の不安を抑える効果を期待したものでしょう。1 兆ユーロの融資能力があれば、 市場でイタリア国債が売り浴びせられる可能性が小さくなることを狙ったものです。しかし、1 兆ユー ロへの拡大は決して確かなものではありません。 このアイデアは基本的にはレバレッジを効かせようという話です。1 つは、EFSFが例えばイタリ ア国債の 20%までの値下がりによる損失を保証することによって、イタリア国債への投資を促そうとい うものです。EFSFが直接国債を購入するケースに比べると、資金は 5 分の 1 で済む計算です。 もう 1 つのやり方は、EFSFがSPC(特別目的会社)を設立し、そこに海外諸国からの投資を呼 び込むという仕組みです。EFSFがSPCの購入するイタリアやスペインの国債の値下がり分をまず 負担することにすれば、投資が入りやすいというわけです。 いずれにしろ、ユーロ圏諸国の負担(信用保証額)が増える話ではありません。負担を増やさないで、 実質的な融資能力を増強する工夫なのです。しかし実際に投資を呼び込める保証はありません。事実、 2011 年 11 月に開かれたG20 において、それに応じることを約束した国は出ていないようです。 改善が見通せることが大事 しかし、考えてみると、ギリシャやイタリアの財政が問題だというなら日本は大丈夫なのでしょうか。 債務残高対GDP比率を見ると、イタリアが 120%程度、ギリシャが 150%程度であるのに対して、日本 は 200%を超えています。イタリアは今年のプライマリーバランスが黒字になる(利払い費以外の歳出 を税収等の歳入で賄える)と言われているのに、日本が黒字化するのは計画通りに行っても 10 年後のこ とです。 おそらくポイントは、財政赤字の大きさそのものではなく、そのファイナンスがスムーズにできるか どうかなのです。日本は国債の約 95%を日本人が保有しているから大丈夫という見方が多いですが、国 債の消化を海外に依存することが問題だとは限りません。アメリカ国債のおよそ半分は海外で消化され ていますが、アメリカ国債の消化が困難だという話はありません。日本の国債にしても、国内消化だか ら問題ないとは言えないでしょう。日本人が、国債を持ちたくないと言いはじめれば、おそらく海外の 投資家はまして持ちたくないと思うでしょうから、日本国債の消化問題が一気に噴き出すことでしょう。 そういう意味で、ユーロ圏の財政金融問題は、南欧諸国の債務残高対GDP比率が何%にまで下がれ ば解決するということではなく、投資家がそれらの国債を持ってもいいと判断できるような状況になる とか、あるいはそうした状況が見通せるようになる必要があるということでしょう。ただ、当然ですが、 それにはまだまだ時間がかかるし、その過程には相当の混乱があるだろうということです。 (三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査部長 五十嵐敬喜) ○当資料は、投資家のみなさまに対して参考となる情報の提供を目的として、三菱UFJ投信が作成したものです。○当資料の内 容は、作成基準時点のものであり、将来予告なく変更されることがあります。また、将来の市場環境や運用成果等を示唆ないし保 証するものではありません。○当資料は、信頼できると判断した情報等に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性を保証 するものではありません。○当資料中のグラフ・数値等は、過去の実績・状況であり、将来の市場環境等や運用成果等を示唆・保 証するものではありません。また税金・手数料等を考慮しておりませんので、実質的な投資成果を示すものではありません。○当 資料は、特定の有価証券等の勧誘を目的とするものではありません。 5