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下 巻 - 租税資料館
租税資料館賞受賞論文集 第 22 回(2013 年) 下巻 公益財団法人 租税資料館 租税資料館賞 ●上 第 22 回入賞作品 巻 「DESにおける債務消滅益課税のあり方について」 稿 者 小林 則子 氏 (税理士/早稲田大学大学院院生)・・・・・・・・・・・・上巻(39) 「住居の所有関係別にみた消費税負担に関する考察」 (長崎大学経済学会『経營と経濟』 93巻1・2号) 稿 者 笹川 篤史 氏 (長崎大学経済学部准教授) ・・・・・・・・・・・・・・・上巻(101) 「信託税制に関する一考察―いわゆる事業信託における課税上の問題について―」 稿 者 西川 昌孝 氏 (東京国税局品川税務署酒類指導官、筑波大学大学院院生) ・・・・・・・・・・・・・・上巻(123) 「WTO法と税制の研究―国際課税制度の再考に向けて―」 (日本租税研究協会 『租税研究』 第750号・第751号) 稿 者 宮崎 綾望 氏 (京都産業大学法学部准教授) ・・・・・・・・・・・・・・上巻(193) 「生命保険の金融的機能と課税上の課題―法人税法におけるオンバランス化への試み―」 稿 者 矢田 公一 氏 (国税庁長官官房税務相談官、筑波大学大学院院生) ・・・・上巻(239) 「所得税法上の医療費控除に関する一考察」 稿 者 赤木 葉子 氏 (専修大学大学院 院生)・・・・・・・・・・・・・・・・上巻(313) 「金融機関に対する付加価値課税の検討」 稿 者 市澤 正昌 氏 (立教大学大学院 院生)・・・・・・・・・・・・・・・・上巻(437) ●中 巻 「独立企業原則の限界と修正―アドビ事件を題材として―」 稿 者 海老原 宏美 氏 (日本大学大学院 院生) ・・・・・・・・・・・・・・・中巻(3) (1) 「組織再編税制改正に伴う諸問題―調整勘定の税務処理を中心に―」 稿 者 大芝 竜敬 氏 (早稲田大学大学院 院生) ・・・・・・・・・・・・・・・中巻(107) 「所得課税における控除の実態―マイクロシミュレーションによる分析―」 稿 者 金田 陸幸 氏 (関西学院大学大学院 院生)・・・・・・・・・・・・・・中巻(181) 「わが国の相続税の現状と課題―土地評価を中心として―」 稿 者 九之池 榮一 氏 (関西大学大学院 院生) ・・・・・・・・・・・・・・・中巻(225) 「消費税の私的消費に対する課税についての一考察」 稿 者 河野 益典 氏 (大阪経済大学大学院 院生)・・・・・・・・・・・・・・中巻(377) 「一般社団法人・一般財団法人を利用した相続税・贈与税の租税回避」 稿 者 坂井 玲央奈 氏 ●下 (新潟大学大学院 院生) ・・・・・・・・・・・・・・・中巻(447) 巻 「会社分割税制に関する一考察 ―会社分割税制を基軸とした構造的問題点等の検討を中心に―」 稿 者 佐藤 潤 氏 (富士大学大学院 院生) ・・・・・・・・・・・・・・・・・下巻(3) 「推計課税の本質論に関する一考察―補充的代替手段説の検証を中心に―」 稿 者 田中 亨 氏 (関西学院大学大学院 院生) ・・・・・・・・・・・・・・・下巻(185) 「租税法における信義則―納税者と税務当局との安定した関係に向けて―」 稿 者 成澤 智絵 氏 (日本大学大学院 院生)・・・・・・・・・・・・・・・・下巻(243) 「租税条約上の企業の利得の解釈 ―グラクソ判決における租税条約適合性を中心として―」 稿 者 馬場 広貴 氏 (青山学院大学大学院 院生)・・・・・・・・・・・・・・下巻(371) 「独立企業間価格算定における「幅」に関する一考察」 稿 者 藤井 麻央 氏 (立命館大学大学院 院生) ・・・・・・・・・・・・・・・下巻(469) 「所得税法における納税義務者―住所判定を中心として―」 稿 者 田 多恵子 氏 (関西大学大学院 院生) ・・・・・・・・・・・・・・・下巻(517) (2) 会社分割税制に関する一考察 ―会社分割税制を基軸とした構造的問題点等の検討を中心に― 佐藤 (3) 潤 (4) 論文要旨 会社分割税制に関する一考察 ‐会社分割税制を基軸とした構造的問題点等の検討を中心に‐ 我が国における、会社分割税制が法人税法上明確な条文として整備 さ れ た の は 平 成 13 年 度 税 制 改 正 (平 成 13 年 3 月 30 日 法 律 第 6 号 )か ら である。それまでは、会社分割税制に対する法人税法上の取扱いは明 確ではなく、会社分割という経済的行為を行おうとする法人に対する 法的安定性・予測可能性は著しく損なわれていたといえる。 しかし、現在の会社分割税制においても当該税制に係る立法趣旨は 明確になっておらず、あまりに抽象的な文言で記述されている。つま り、法的安定性・予測可能性を十分に担保していないのではないかと 考えるのである。 また、会社分割を行った場合の税務上の取扱いについても問題点が 存在している。具体的には会社分割を行う場合において一定の要件を 満たすことが可能であり、関係法人間の経済的実質が会社分割を行っ た前後において変化しないと認められる場合には、 「移転資産に対する 支配の継続性」 「 株 主 の 投 資 の 継 続 性 」を 根 拠 に 分 割 時 に 発 生 す る 譲 渡 損 益 を 認 識 せ ず 課 税 を 繰 延 べ る こ と が 可 能 で あ る と し て い る 。し か し 、 こ の 課 税 の 繰 延 べ に 関 し て 現 行 制 度 上 、問 題 が 存 在 し て い る と 考 え る 。 その他、現行の会社分割税制には上記以外の問題も存在していると考 える。 本稿では、現行の会社分割税制が有する諸問題について、以下の視 点により考察している。 第一に、我が国における会社分割税制の沿革を制度として確立され た 平 成 13 年 税 制 改 正 の み な ら ず 、 そ れ 以 前 の 取 扱 い を 含 め 概 観 し た 。 第二に、会社分割に係る租税法以外の見地から旧商法、会社法 、会社 の分割に伴う労働契約の承継等に関する法律、独占禁止法の四 つの法 律において会社分割がどのように位置づけられているか整理した。第 三に、税法上における会社分割に係る取扱いについて会社分割の諸形 (5) -1- 態、税制適格要件を整理し、会計上の取扱いを含めて考察した。 第四に、会社分割税制の構造的問題点を探るため大手金融グループ が行った会社分割を中心としたスキームを検証した。さらに、二重課 税等の問題点を提言している中田幸康氏の文献を検証し、中田氏とは 異なる視点から株主が株式を譲渡した場合における譲渡課税について の 問 題 点 を 述 べ た 。 第 五 に 、 平 成 22 年 度 税 制 改 正 (平 成 22 年 3 月 31 日 法 律 第 6 号 )に よ り 導 入 さ れ た グ ル ー プ 法 人 税 制 と の 関 係 を 整 理 し た。さらに会社分割税制との取扱いについて整合性の見地から考察を 行った。第六に、視点を変えて会社分割を含む組織再編税制を用いた 租 税 回 避 行 為 を 防 止 す る た め 規 定 さ れ た 法 人 税 法 第 132 条 の 2 組 織 再 編成に係る行為又は計算の否認規定について整理し、現行の会社分割 税制を含む組織再編税制に特化した文書回答手続きの必要性について 若干の提言を行った。 以上の検討を踏まえ、会社分割税制が今後どのようにあるべきなの か。そのあるべき姿を確立するためにはどのような税務上の取扱いに すべきなのか。租税立法上の問題、会社分割税制の構造的問題点及び グループ法人税制との関係性における問題点の3つを最終的な検討事 項として再度考察し、最終的にそれぞれの問題点について筆者が考え る現時点での結論を述べている。 (6) -2- 目 次 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 第1章 会社分割税制の沿革・・・・・・・・・・・・・・5 第1節 平 成 13 年 度 改 正 前 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 5 第2節 平 成 13 年 度 改 正 (組 織 再 編 税 制 の 創 設 )・ ・ ・ 8 第3節 平 成 18 年 度 改 正 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 15 第4節 平 成 22 年 度 改 正 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 17 第2章 旧 商 法 、 そ の 他 諸 法 律 に 規 定 す る 会 社 分 割 ・ ・ ・ ・ 20 第1節 旧 商 法 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 20 第2節 会 社 法 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 31 第3節 会社の分割に伴う労働契約の承継等に関する法 律 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 37 第4節 第3章 独 占 禁 止 法 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 41 会 社 分 割 税 制 に お け る 諸 形 態 と 税 制 適 格 要 件 等 ・ ・ 45 第1節 会 社 分 割 の 形 態 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 45 第2節 税 制 適 格 要 件 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 52 第3節 会 計 上 の 処 理 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 60 第4節 税 制 適 格 要 件 に 該 当 し た 場 合 に お け る 特 例 ・ ・ 71 第4章 会 社 分割 税 制の 構 造的 問 題点 ・ ・・ ・ ・・ ・ ・・ 91 第1節 会社分割税制における基本的考え方と税制適格要件 と の 関 連 性 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 91 第2節 事 例 を 用 い た 問 題 点 の 洗 い 出 し ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 95 第3節 会社分割における二重課税を問題点とした論文の検 証 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 106 第5章 グ ル ー プ 法 人 税 制 と の 関 係 性 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 119 第1節 グ ル ー プ 法 人 税 制 の 概 要 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 119 (7) -1- 第2節 適 格 会 社 分 割 と 非 適 格 会 社 分 割 の 関 連 性 ・ ・ ・ ・ 122 第3節 課税の繰延べに関する税務上取扱いの整合性の問題 点 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 126 第6章 組織再編成税制に係る行為又は計算の否認規定と組織再 編 税 制 に 係 る 文 書 回 答 手 続 き の 提 案 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 128 第1節 組 織 再 編 税 制 に 係 る 行 為 又 は 計 算 の 否 認 ・ ・ ・ ・ 128 第2節 事 前 照 会 に 対 す る 文 書 回 答 手 続 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 133 第3節 我が国における組織再編税制に係る文書回答手続の 提 案 ・・・・・・ ・・・・ ・・・・ ・・・・ ・・・・ 140 第7章 新 た な 会 社 分 割 税 制 に 向 け て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 145 第1節 現 行 の 会 社 分 割 税 制 の 問 題 点 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 145 第2節 会 社 分 割 税 制 に 対 す る 若 干 の 提 言 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 155 お わ り に ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 164 参 考 文 献 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 166 (8) -2- はじめに 我 が 国 に お け る 会 社 分 割 税 制 は 、平 成 13 年 度 税 制 改 正 (平 成 13 年 3 月 30 日 法 律 第 6 号 )に よ り 導 入 さ れ た 。 こ れ は 、 組 織 再 編 税 制 の 一 部 を構成する制度として規定が整備されたことによるものである。この 制度の趣旨は、企業組織形態の選択に対する課税の中立性を確保し、 日本企業における組織再編成の円滑を図ることにある。 会 社 分 割 税 制 の 導 入 及 び 商 法 改 正 1 )(平 成 12 年 5 月 31 日 法 律 第 90 号 )に よ る 会 社 分 割 制 度 の 創 設 に よ り 、従 来 と 比 較 す る と 企 業 組 織 再 編 成を進めることが大幅に容易になったといえる。しかし、会社分割制 度 は 多 様 な 機 能 を 有 し 、租 税 回 避 目 的 で 利 用 さ れ る 可 能 性 も 高 い た め 、 税 法 上 に お い て 税 制 適 格 要 件 規 定 (法 令 第 4 条 の 3 他 )を 定 め て 会 社 分 割を行った場合における様々な事象に対して一定の囲いを設けている。 そのため、税制適格要件はその要件の確認が煩雑であり、簡素さが失 われているともいえる。 上 記 平 成 13 年 度 税 制 改 正 に お け る 骨 子 は 、 組 織 再 編 成 (会 社 分 割 を 含む。) に伴う資産の移転は原則として時価での譲渡として取扱い、 特例として同じ企業グループ内の組織再編成や共同事業を行うための 組織再編成の場合でそれぞれの税制適格要件を満たすものについては、 適格組織再編成として移転資産を簿価で引継ぐこととして、譲渡損益 に対する課税を繰り延べるというものである。 これは、組織再編の前後における経済的実態の実質的な変化の有無 に着目し、組織再編の前後における経済的実態に変化がないものとさ れた場合には適格組織再編制として取扱うものである。しかし、会社 分割における税制適格要件には、 「 移 転 資 産 の 支 配 継 続 性 」の 担 保 が 欠 如しており、組織再編成を行う時点で一定の要件が見込まれていれば 適用可能となっているのである。つまり不確定な要件により特例の適 用が可能となっている点に問題があるのではないだろうか。 商 法 上 の 会 社 分 割 法 制 は 、 平 成 12 年 5 月 24 日 に 「 商 法 等 の 一 部 を 改 正 す る 法律」として国会で可決、成立した。この会社分割法制の骨子は、旧商法第 2 編 「 会 社 」 の 中 の 「 第 6 節 ノ 3 資 本 ノ 減 少 」 を 第 6 節 ノ 3 と し て 「 会 社 ノ 分 割 」「 第 一款 新設分割」と「第二款 吸収分割」とに分けられ、第 6 節ノ 4 を「資本ノ減 少 」 に 改 め ら れ 、 373 条 か ら 374 条 の 31 ま で を 「 会 社 分 割 」 と し て 規 定 し た 。 1 ) (9) -1- さらに、適格組織再編成に該当した場合に簿価移転による資産・負 債が有している含み益・含み損を一定の条件さえ満たせば意図的に移 転先の法人において収益・損失として実現させることも可能であると いった点も大きな問題点であると考える。 ま た 、上 記 平 成 13 年 度 税 制 改 正 に お い て 組 織 再 編 税 制 と 同 時 に 新 た に 規 定 さ れ た 法 人 税 法 132 条 の 2 組 織 再 編 成 に 係 る 行 為 又 は 計 算 の 否 認については、導入後しばらくは、税務執行当局による当該規定を用 いた否認のケースは、無かったが近時においてその規定を用いた否認 が相次いでいる。 この規定は、個別の規定で否認できないような納税者の租税回避行 為を否認することができるという包括的な否認規定であり、国税当局 にとっては安易に適用することができない規定である。 一方、納税者にとっては、税負担の予測可能性を損なう危険性を秘 め て い る 規 定 で あ り 、憲 法 に 規 定 し て い る 租 税 法 律 主 義 2 ) に反してい るとの見解も存在している。また、我が国と諸外国との間で行われる 組 織 再 編 成 に 関 し て も 法 人 税 法 132 条 の 2 の 適 用 は 可 能 で あ る こ と か ら、今後当該規定を用いた否認のケースが多発する事態になれば法人 は、会社分割税制を含む組織再編税制を適用することを躊躇する可能 性もあるのではないのだろうか。このような事態をさけるためどのよ う な 手 段 が 有 効 な の か 法 人 税 法 第 132 条 の 2 に 規 定 す る 組 織 再 編 成 に 係る行為又は計算の否認規定に関連して若干の検討を行いたい。 さ ら に 、平 成 22 年 度 税 制 改 正 (平 成 22 年 3 月 31 日 法 律 第 6 号 )に よ り新たに導入されたグループ法人税制と会社分割税制の関係性も複雑 で あ り 、企 業 集 団 税 制 3 ) の 枠 内 に お け る 両 者 の 課 税 関 係 、課 税 方 法 を 検討した場合には、会社分割税制における税制適格要件に該当した法 2 ) 租 税 は 、公 共 サ ー ビ ス の 資 金 を 調 達 す る た め に 、国 民 の 富 の 一 部 を 国 家 の 手 に 移 す も の で あ る か ら 、そ の 賦 課・徴 収 は 必 ず 法 律 の 根 拠 に 基 づ い て 行 わ な け れ ば な ら な い 。換 言 す れ ば 、法 律 の 根 拠 に 基 づ く こ と な し に は 、国 家 は 租 税 を 賦 課・ 徴 収 す る こ と は で き ず 、国 民 は 租 税 の 納 付 を 要 求 さ れ る こ と は な い 。こ の 原 則 を 租 税 法 律 主 義 と い う 。 金 子 宏 『 租 税 法 (第 17 版 )』 70 頁 (弘 文 堂 ,2012 年 ). 3 ) 企 業 組 織 再 編 税 制・連 結 納 税 制 度・グ ル ー プ 法 人 税 制 の 創 設 が そ れ で あ る 。こ れ に よ り 、企 業 は グ ル ー プ 化 を 一 段 と 加 速 さ せ 、一 体 的 経 営 を 行 っ て い る 。こ れ ら の 制 度 は 、企 業 の 組 織 再 編 と そ の 結 果 生 じ る 企 業 の グ ル ー プ 化 に 対 応 す る た め の 税 制 と い う 意 昧 で 、広 義 の 企 業 集 団 税 制 と し て 理 解 さ れ る 。金 光 明 雄「 企 業 集 団 税 制 の 理 論 と 制 度 ‐ 企 業 グ ル ー プ に 関 す る 基 礎 概 念 か ら の 考 察 ‐ 」桃 山 学 院 大 学 総 合 研 究 所 紀 要 第 37 巻 第 1 号 23₋39 頁 (桃 山 学 院 大 学 ,2011 年 ). (10) -2- 人及び税制適格要件に該当しない法人でグループ法人税制が適用され る法人における「移転資産の譲渡損益」の取扱いについても、課税の 繰延べ方式と課税の繰延べの停止措置について相違点が存在しており、 企業集団税制の枠組みの中に存在する両者の税務上の取扱いが一致し ていないことは、問題があるのではないだろうか。 本稿では、移転資産の支配継続性及び税制適格要件中に存在する不 確 定 要 件 及 び 法 人 税 法 第 132 条 の 2 組 織 再 編 成 に 係 る 行 為 又 は 計 算 の 否認規定の適用、適格会社分割に該当した場合における移転資産・負 債に係る実現収益・実現損失の付替えの問題並びに企業集団税制内に おける会社分割税制とグループ法人税制の処理上の不整合の問題につ いて検討し、会社分割税制を中心とした組織再編税制が、今後どうあ るべきなのか筆者なりの考察を行っていくものである。 第 1 章では、会社分割税制の成り立ちについて確認し、我が国にお ける会社分割税制が法人税法上どのような沿革を辿ったのか整理し、 会社分割税制に関する史的変遷を明らかにする。 第 2 章では、会社分割という経済行為に対する税法を除く諸法律と の関係性を概観する。 第 3 章では、法人税法上における会社分割の形態について整理し、 税制適格要件を個別に確認し、その要件の中に存在する不確定な要件 を明らかにする。また、会社分割を行った場合の会計上の処理につい て図を用いて解説する。 第 4 章では、会社分割税制等をどのように構築したのか知るための 有効な資料である「企業分割・合併等の企業組織再編成に係る税制の 基本的考え方」を用いて「移転資産に対する支配の継続性」と「株主 の投資の継続性」についての考え方を整理する。その後、会社分割税 制を用いた具体的なスキームについて研究し、そのスキームにより獲 得した税務上の効果を明らかにするとともに、その結果により会社分 割税制の構造的問題点を探る。さらに、会社分割税制における二重課 税を問題とした中田幸康氏の論文について考察し、筆者が考える疑問 点を提起する。 第 5 章では、グループ法人税制について概観し、グループ法人単体 課税と会社分割税制ごとに資産の譲渡を行った場合の移転資産に係る 譲渡損益の取扱いについて考察する。その後、両者の取扱いについて (11) -3- の相違点をまとめ、企業集団税制内のおける両者の問題点を探る。 第 6 章 で は 、法 人 税 法 第 132 条 の 2 組 織 再 編 成 に 係 る 行 為 又 は 否 認 規定について考察し、今後当該規定を用いた否認事例が多発しないた めに、どのような手法が有効なのか考察する。 第 7 章では、現在の会社分割税制の問題点をまとめ、そのうえで、 今後の会社分割税制がどのような税制を構築すべきか筆者なりの見解 をまとめ、若干の提言をするものである。 (12) -4- 第 1章 第 1節 会社分割税制の沿革 平 成 13 年 度 改 正 以 前 国 税 庁 は 、昭 和 23 年 の 大 蔵 省 蔵 税 2758 通 牒 に お い て 我 が 国 に お け る一般の法人を対象とする会社分割に関する取扱いを定めた。この通 牒は全文 4 号からなり、1 号は、現物出資又は事後設立により会社を 設立する場合、2 号では会社の株主又は社員が初めに金銭出資により 会社を設立し、その後に現物出資する場合を定めている。さらに 3 号 では分割法人において積立金がある場合にこの積立金を分割承継法人 に移転する場合、4 号では企業合同に因り設立された法人が事業を解 体する時に残余財産等を株主又は社員に譲渡する場合を定めている。 この通牒は、分割法人がその有する資産を記帳価額で現物出資して 新株を取得した後、移転した資産に見合う減資を行い、その減資の対 価として株主等に取得した新株を交付する場合に、課税を繰り延べる こととしたことである。 これは、戦時中において企業合同によって会社の有する設備等を現 物出資したが、戦後においては、再び元に戻すためにその企業合同に よ っ て 設 立 さ れ た 会 社 を 分 割 す る こ と が 行 わ れ た 等 の 理 由 に よ る 4 )。 つまり、現在の会社分割税制における分割型分割を認めていた点が画 期 的 で あ っ た 5 )。 そ の 後 、こ の 通 牒 は 、昭 和 25 年 の 法 人 税 法 基 本 通 達 の 制 定 と 同 時 に 吸 収 さ れ 、 旧 法 人 税 法 基 本 通 達 253・ 同 通 達 254 の 「 会 社 の 分 割 の 場 合の資産譲渡の特例」として規定されるに至ったのである。 旧 通 達 253 の 内 容 は 、 会 社 が 分 割 に よ り 複 数 の 法 人 と な る た め に 、 分割しようとする会社がその所有する資産を記帳価額で現物出資した 場 合 (現 金 出 資 に よ り 資 産 を 記 帳 価 額 で 譲 渡 し た 場 合 を 含 む 。 ) に お い 武 田 昌 輔 「 会 社 の 合 併 と 分 割 」 日 税 研 論 集 35 号 3 頁 (日 本 税 務 研 究 セ ン タ ー ,1996 年 ). 5 ) 小林淳子「国外取引に対する租税法の適用と外国法人の分割に関する諸問題」 税 務 大 学 校 諭 叢 45 号 342 頁 (税 務 大 学 校 ,2004 年 ). 4 ) (13) -5- て、その現物出資の額に相当する資本の減少を行い、その出資により 取得した株式を減資の対価として株主等に額面価額で譲渡した場合に は、記帳価額による出資若しくは譲渡又は額面価額による譲渡を認め るとしている。 この場合には、分割する会社が分割によって新たに設立する会社に 分割の時に有していた積立金の一部を引き継いだ時は、分割した会社 についてはその引き継いだ積立金に相当する金額を損金に算 入しない で、分割により新たに設立する会社については積立金に相当する金額 は益金には算入させないが、積立金に対する課税は行うとするもので ある。 ま た 、 旧 通 達 254 の 内 容 は 、 法 人 が そ の 所 有 す る 資 産 を 記 帳 価 額 で 現 物 出 資 を し て 別 の 法 人 を 設 立 し た 場 合 (現 物 出 資 を し て 資 産 を 記 帳 価額で譲渡した場合を含む。) において、法人がその出資によって当 該別の法人の株式を取得する時は、その資産を記帳価額で現物出資す ることを認めるとするものである。 武 田 昌 輔 氏 は 、こ の 通 達 に つ い て 、 「基本的には会社分割が前提であ って、単なる資産を現物出資することは認めていなかったのではない か と 考 え ら れ る 。」 と 述 べ ら れ て い る 6 )。 し た が っ て 、 基 本 通 達 253 で は 、 現 在 の 法 人 税 法 に 定 め る 新 設 分 割 型 分 割 を 、 ま た 基 本 通 達 254 では、新設分社型分割を定めていたということが言える。 上 記 の 昭 和 25 年 法 人 税 法 基 本 通 達 は 、昭 和 40 年 に 行 わ れ た 法 人 税 法 の 全 文 改 正 に よ り 、法 人 税 法 第 51 条 に お い て「 特 定 の 現 物 出 資 に よ り取得した有価証券の圧縮額の損金算入」として、はじめて条文化さ れ た 。こ の こ と は 、15 年 に 亘 り 法 令 に 根 拠 の な い 重 要 な 組 織 法 上 の 取 扱 い が 継 続 し て 存 在 し て い た こ と を 意 味 し て い る 7 )。 そ の 第 1 項 は 、内 国 法 人 (清 算 中 の も の を 除 く 。) が 各 事 業 年 度 に お い て 新 た に 法 人 (人 格 の な い 社 団 等 を 除 く 。 ) を 設 立 す る た め そ の 有 す る 金 銭 以 外 の 資 産 の 出 資 (当 該 資 産 の 出 資 等 に よ り そ の 内 国 法 人 が 有することとなる当該法人の株式の数又は出資の金額が当該法人の設 武 田 昌 輔「 会 社 分 割 税 制 の 問 題 点 」税 理 43 巻 10 号 3 頁 (ぎ ょ う せ い ,2000 年 ). 武田昌輔教授は、 「 昭 和 40 年 全 文 改 正 に お い て は 、会 社 分 割 に つ い て 、こ の よ う な 重 要 な 規 定 が 通 達 で 行 わ れ て い る こ と は 妥 当 で な い と し て 検 討 さ れ 、 (途 中 省 略 )法 律 の 改 正 が 行 わ れ た 。」 と 述 べ ら れ て い る 。 武 田 ・ 前 掲 注 4,6 頁 . 6 ) 7 ) (14) -6- 立の時における発行株式の総数等の百分の九十五以上であること、当 該資産が国内にある資産として政令で定める資産である場合には当該 資産の出資による外国法人を設立するものでないことその他法令で規 定 す る 要 件 を 満 た す も の に 限 る 。以 下 、「 特 定 出 資 」と い う 。) を し た 場合において、その特定出資により取得した株式等について、その事 業年度にその特定出資により生じた差益金の額として政令で定めると ころにより計算した金額の範囲内でその帳簿価額を損金経理により減 額した時は、その減額した金額に相当する金額は、当該事業年度の所 得の金額の計算上、損金の額に算入するというものである。 つまり、内国法人が特定出資をした場合、認識される譲渡益の範囲 内で株式の記帳価額を損金経理により減額した時は、その損金算入を 認めるとした規定である。 さらに、当規定は圧縮記帳を定めた規定であり、前提としては一旦 譲渡益を認識したうえで、圧縮損を計上して取得した株式の簿価を圧 縮 す る こ と に よ り 課 税 の 繰 延 べ を 実 現 す る も の で あ る 8 )。 当規定で認める課税の繰延べは、現在の法人税法でいう単独で行う 新 設 分 社 型 分 割 で あ り 、前 述 の 通 達 253 で 認 め ら れ て い た 分 割 型 分 割 、 つまり、親会社が現物出資して取得した株式を、減資の対価として株 主 に 交 付 す る こ と は 明 文 化 さ れ な か っ た 9 )。 そ の 後 、 我 が 国 で は 、 昭 和 40 年 以 降 、新 設 分 社 型 分 割 に つ い て の み 課 税 の 繰 延 べ が 認 め ら れ た 時 代 が 、 平 成 13 年 ま で 続 く こ と と な っ た 。 平成 3 年 2 月を頂点として、日本経済は長く厳しい景気後退期が始 ま っ た 。い わ ゆ る 、バ ブ ル 経 済 の 崩 壊 で あ る 10 )。日 本 の 経 済 構 造 を 変 革することが急務であったことから、政府は平成 7 年に「特定事業者 小 林 ・ 前 掲 注 5,347 頁 . 小 林 淳 子 氏 は こ の 理 由 に つ い て 「 削 除 さ れ た 理 由 に つ い て 探 る と 、 昭 和 38 年 12 月 に 出 さ れ た 税 制 調 査 会 の 『 所 得 税 法 及 び 法 人 税 法 の 整 備 に 関 す る 答 申 』 に お い て 、分 割 に つ い て は 、商 法 上 規 定 が な く こ れ を 税 法 上 ど の よ う に 整 備 す る か に つ い て 問 題 が あ る 」 と し た 上 で 、 法 人 税 法 基 本 通 達 253 で 規 定 す る 間 接 分 割 、 す な わ ち 、現 物 出 資 の 対 価 と し て 親 会 社 が 受 領 し た 子 会 社 株 式 を 減 資 の 対 価 と し て 株 主 に 交 付 す る 手 法 に つ い て 、「 現 行 の 商 法 に は こ の よ う な 分 割 の 規 定 が な く 、 現 物 出 資 に よ り 新 会 社 を 設 立 す る と い う 法 律 関 係 に 立 つ こ と を 考 慮 す れ ば 、次 に 述 べ る 現 物 出 資 と 一 括 し て 規 定 を 設 け る こ と が 適 当 で あ る 」と 述 べ ら れ て い る 。小 林・前 掲 注 5) 348 頁 . 10 ) 国 民 生 活 金 融 公 庫 総 合 研 究 所 『 中 小 企 業 に お け る 財 務 構 造 変 化 - 「 中 小 企 業 経 営 状 況 調 査 」 で み る 15 年 間 の 軌 跡 - 』 (国 民 生 活 金 融 公 庫 総 合 研 究 所 ,2001 年 ). 8 ) 9 ) (15) -7- の 事 業 革 新 の 円 滑 化 に 関 す る 臨 時 措 置 法 (平 成 7 年 3 月 31 日 法 律 第 61 号 )」 11 ) を 、 平 成 11 年 に は 「 産 業 活 力 再 生 特 別 措 置 法 ( 平 成 11 年 8 月 31 日 法 律 第 131 号 )」 12 ) を制定した。 この法律の第 1 条においては、 「我が国経済の持続的な発展を図るた め に は そ の 生 産 性 の 向 上 が 重 要 で あ る こ と に 鑑 み 、特 別 の 措 置 と し て 、 事業者が実施する事業再構築、経営資源再活用、経営資源融合、資源 生産性革新等を円滑化するための措置を雇用の安定等に配慮しつつ講 ずるとともに、株式会社産業革新機構を設立し特定事業活動の支援等 に関する業務を行わせるための措置、中小企業の活力の再生を支援す るための措置及び事業再生を円滑化するための措置を講じ、併せて事 業活動における知的財産権の活用を促進することにより、我が国の産 業活力の再生を図るとともに、我が国の産業が最近における国際経済 の構造的な変化に対応したものとなるための産業活動の革新に寄与す る こ と を 目 的 と す る 。」 と の 文 章 が 規 定 さ れ て い る 。 こ の 法 律 の 制 定 を 受 け て 、租 税 特 別 措 置 法 第 66 条 (平 成 11 年 3 月 法 律 第 9 号 )を 創 設 し て 13 )、 従 来 認 め て こ な か っ た 共 同 で 事 業 を 行 う 場 合の会社分割について、一定の要件を満たした場合に課税の繰延べを 認めることとしたのである。 この規定で認められていた会社分割の態様は、現在の法人税法でい う「共同事業を行うための会社分割」に近いといえる。つまり、複数 の法人で行う分社型分割であり、結果として、分割した資産が複数の 法人によって支配されるという意味では、吸収分社型分割に類似して いる。しかし、要件的には、現行の吸収分社型分割に比べて厳格であ るとされる。 第 2節 平 成 13 年 度 改 正 ( 組 織 再 編 税 制 の 創 設 ) 平 成 12 年 5 月 、 企 業 組 織 の 再 編 成 を 容 易 に す る た め の 商 法 改 正 (平 当 該 法 律 は 、平 成 11 年 に 制 定 さ れ た「 産 業 活 力 再 生 特 別 措 置 法 」に よ り 廃 止 された。 1 2 ) 平 成 21 年 法 律 第 29 号 に よ り 、 「産業活力の再生及び産業活動の革新に関する 特別措置法」と法律の名称が改められた。 1 3 ) 所 得 税 法 等 の 一 部 を 改 正 す る 法 律 (平 成 17 年 3 月 31 日 法 律 第 21 号 )に お い て 廃止された。 11 ) (16) -8- 成 12 年 5 月 31 日 法 律 第 90 号 ) 14 ) が行われ、これを契機として、会 社 分 割 を 含 む 企 業 組 織 再 編 成 に 係 る 体 系 的 税 制 が 、平 成 13 年 度 税 制 改 正 (平 成 13 年 3 月 30 日 法 律 第 6 号 )に お い て 制 定 さ れ た 。 制 定 の 準 備 段 階 に お い て は 、平 成 13 年 度 の 税 制 改 正 に お け る 整 備 に 向 け て 、 法 人 課 税 小 委 員 会 及 び 法 人 税 制 企 画 室 15 ) において会社分割 税制をはじめとする企業組織再編成に係る税制について法人課税のあ り方を中心に検討を重ねており、さらにドイツ・フランス・アメリカ に お け る 会 社 分 割 税 制 に つ い て の 調 査 を 行 っ た 16 )。 平 成 12 年 7 月 に は 、税 制 調 査 会 か ら の 答 申 で あ る「 わ が 国 税 制 の 現 状 と 課 題 - 21 世 紀 に 向 け た 国 民 の 参 加 と 選 択 - 」に お い て 、法 人 課 税 小委員会における検討を踏まえて、会社分割法制に係る税制上の対応 を検討する際の基本的な視点として、①合併・現物出資などの資本等 取引と整合性のある課税のあり方②株主における株式譲渡益課税やみ なし配当に対する適正な取扱い③納税義務・各種引当金などの意義・ 趣旨などを踏まえた適正な税制措置のあり方④租税回避の防止の以上 4 点 が 示 さ れ た 。 平 成 12 年 10 月 3 日 に は 、 当 税 制 改 正 の フ レ ー ム ワ ークについての第一回報告会が行われ、企業組織再編成に係る考え方 が次のように述べられた。 まず、 「 近 年 、わ が 国 企 業 の 経 営 環 境 が 急 速 に 変 化 す る 中 で 、企 業 の 競争力を確保し、企業活力が十分発揮できるよう、商法等において柔 軟な企業組織再編成を可能とするための法制等の整備が進められてき て い る 。」 と し 、「 税 制 と し て も 、 企 業 組 織 再 編 成 に よ り 資 産 の 移 転 を 行った場合にその取引の実態に合った課税を行うなど、適切な対応を 行 う 必 要 が あ る 。」 と の 考 え 方 が 述 べ ら れ て い る 。 次に「企業組織再編成に係る法人課税のあり方を検討するに当たっ ては、以下の点から、現行の現物出資、合併等に係る税制を改めて見 直 し 、全 体 と し て 整 合 的 な 考 え 方 に 基 づ い て 整 備 す る 必 要 が あ る 。」と 商法改正については、第 2 章第 1 節において述べる。 財 務 省 主 税 局 の メ ン バ ー に 加 え 、全 国 か ら 優 秀 な 10 名 の 国 税 調 査 官 を 集 め て 平 成 11 年 7 月 に 設 け ら れ た 。 朝 長 英 長 ほ か 「 組 織 再 編 成 税 制 を 巡 る 否 認 が 相 次 ぐ 中 、 今 明 か さ れ る 『 行 為 計 算 否 認 認 定 の 創 設 の 経 緯 ・ 目 的 と 解 釈 」」 週 刊 T & A master 451 巻 5₋7 頁 ( ロ ー タ ス 21,2012 年 ) . 1 6 ) 日 本 租 税 研 究 協 会 『 企 業 組 織 再 編 成 に 係 る 税 制 に つ い て の 講 演 録 集 』 (日 本 租 税 研 究 協 会 ,2001 年 ). 14 ) 15 ) (17) -9- したうえで、 「 会 社 分 割 に は 、現 物 出 資 、合 併 等 と 共 通 す る 部 分 が あ り 、 例えば分割型の吸収分割と合併では法的な仕組みが異なるものの実質 的に同一の効果を発生させることができる。同じ効果を発生させる取 引に対して異なる課税を行うこととすれば、租税回避の温床を作りか ねないなどの問題があり、現行の税制においては、営業譲渡により企 業買収を行う場合には、資産の時価取引として譲渡益課税が行われる が、他方、合併により企業買収を行う場合には、課税が繰り延べられ る な ど の 問 題 が あ る 。」 と し て い る 。 さらに、 「 会 社 分 割・合 併 等 の 組 織 再 編 成 に 係 る 法 人 税 制 の 検 討 の 中 心となるのは、組織再編成により移転する資産の譲渡損益の取扱いと 考えられるが、法人がその有する資産を他に移転する場合には、移転 資産の時価取引として譲渡損益を計上するのが原則であり、この点に つ い て は 、組 織 再 編 成 に よ り 資 産 を 移 転 す る 場 合 も 例 外 で は な い 。」と している。 つまり、 「組織再編成により資産を移転する前後で経済実態に実質的 な変更が無いと考えられる場合には、課税関係を継続させるのが適当 であると考えられるため、組織再編成において、移転資産に対する支 配が再編成後も継続していると認められるものについては、移転資産 の 譲 渡 損 益 の 計 上 を 繰 り 延 べ る こ と が 考 え ら れ る 。」と の 見 解 が 述 べ ら れている。 この見解を受け、 「分割型の会社分割や合併における分割法人や被合 併 法 人 の 株 主 の 旧 株 (分 割 法 人 や 被 合 併 法 人 の 株 式 )の 譲 渡 損 益 に つ い ても、原則として、その計上を行うこととなるが、株主の投資が継続 していると認められるものについては、上記と同様の考え方に基づき そ の 計 上 を 繰 り 延 べ る こ と が 考 え ら れ る 。」 と の 見 解 も 示 し て い る 。 最後に「分割型の会社分割や合併における分割法人や被合併法人の 株主については、その取得した新株等の交付が分割法人や被合併法人 の利益を原資として行われたと認められる場合には、配当が支払われ た も の と み な し て 課 税 す る の が 原 則 で あ る 。」 と し た う え で 、「 移 転 資 産の譲渡損益の計上を繰り延べる場合には、従前の課税関係を継続さ せるという観点から、利益積立金額は新設・吸収法人や合併法人に引 き継ぐのが適当であり、したがって、配当とみなされる部分は無いも の と 考 え ら れ る 。」 と 結 論 付 け て い る 。 (18) - 10 - 以上の基本的考え方に基づき前述の第一回報告会では、組織再編税 制を行った場合の個別の取扱いについての考え方が述べられている。 平 成 13 年 度 税 制 改 正 の 新 し い 組 織 再 編 成 に 係 る 税 制 は 、実 態 に 合 っ た課税を行うという税制の考え方を基本として、原則として、組織再 編成により移転する資産等についてはその取引により発生する譲渡損 益の計上を求めつつ、特例として一定の要件を満たす場合は、移転す る資産等について簿価により移転したものとして、譲渡損益の計上を 繰り延べることとした。 特例を適用するにあたり根本的な考えにあるのは、移転資産等に対 する支配が継続していると認められる場合には、譲渡損益の計上を繰 り延べて従前の課税関係を継続させるとするものである。 この考えが採用されているのは、組織再編成による資産等の移転が 形式と実質のいずれにおいてもその資産等を手放すものである時は、 その資産等の譲渡損益の計上を求め、一方、その移転が形式のみで実 質においてはまだその資産等を保有していることができるものである 時は、その資産等の譲渡損益の計上を繰り延べることができると考え られることによるものである。 さらに、組織再編成に伴う各種引当金等の取扱いについては、基本 的に移転資産等の譲渡損益に係る取扱いに合わせ従前の課税関係を継 続させることとするか否かを決めるものとされている。この考えは、 組織再編成に係る最も重要な問題が移転資産等の譲渡損益の取扱いに 係るものであり、これがその組織再編成の性格を端的に表すものであ ると考えられるためである。 平 成 13 年 度 税 制 改 正 に お い て は 、資 本 の 部 の 金 額 の 取 扱 い に つ い て も、抜本的な見直しが行われた。 この見直しは、資本の部の金額のうち、株主等が拠出した部分の金 額と法人が稼得した部分の金額とを峻別し、両者と混同しないという 基本的な考え方に基づくものである。 また、同年の改正においては、みなし配当課税制度についても抜本 的な改正が行われた。みなし配当課税制度は、法人が株主等に対して その稼得した利益の実質的な分配を行った場合にこれを配当として取 り扱うものであるが、当改正では、法人の利益積立金額の減少をより 一層適切に株主等の配当に反映させるとの観点から見直しが行われた (19) - 11 - ものである。 分割型分割に係る分割法人の株主等においては、旧株式の譲渡損益 の取扱いが問題となるが、これについてはその株主等において従前の 投資が継続していると認められる時はその計上を繰り延べるという考 え方が採用されている。 平 成 13 年 度 税 制 改 正 に よ り 導 入 さ れ た 組 織 再 編 税 制 は 、組 織 再 編 成 に係る税制上の取扱いが全体として整合性のあるものとなるように税 制独自の観点から体系的に作成されているため、組織再編成に係る税 制においては商法や企業会計における取扱いとは異なる取扱いを行う ことが想定される。 一般に、税法、商法及び企業会計には、企業の所得あるいは利益を 計算するという点で共通性があるが、一方で、これらにはそれぞれ固 有の目的とそれを補完する機能がある。このために税法、商法及び企 業会計の取扱いに差異が生ずることを回避することはできないと考え られるのである。 以上のような点を考慮し、組織再編税制では、税務申告の段階にお いて広く申告調整を認めることにより、商法や企業会計の求める処理 を妨げることがないように配慮がされているのである。 適格組織再編成には、企業グループ内の組織再編成及び共同事業を 営むための組織再編成の二つのタイプの組織再編成が存在する。企業 グ ル ー プ 内 の 組 織 再 編 成 と は 、100% の 持 分 関 係 に あ る 法 人 間 で 行 わ れ る 組 織 再 編 成 及 び 50% 超 100% 未 満 の 持 分 関 係 に あ る 法 人 間 で 行 う 組 織再編成のうち一定の要件に該当するものである。 移転資産等の譲渡損益の計上を繰り延べる企業グループ内の組織再 編成においては、基本的には、完全に一体と考えられる持分割合が 100% の 法 人 間 で 行 わ れ る べ き で あ る と 考 え ら れ る が 、現 実 に 企 業 グ ル ープとして一体的な経営が行われている単位という点を考慮すれば、 50% 超 100% 未 満 の 持 分 関 係 に あ る 法 人 間 で 行 う 組 織 再 編 成 に つ い て も、移転する事業に係る主要な資産及び負債を移転していること等の 一定の要件を付加することによってこれに含めることも可能であると 考 え ら れ る こ と か ら 、 50% 超 100%未 満 の 持 分 関 係 に あ る 法 人 間 で 行 う組織再編成についても企業グループ内の組織再編成に含めることと している。 (20) - 12 - 共同事業を営むための組織再編成とは、企業グループ内の組織再編 成に該当する組織再編成以外の組織再編成のうち、資産等の移転の対 価として取得した株式を継続保有すること等の一定の要件に該当する ものとされている。この共同事業を営むための組織再編成が適格組織 再編成とされているのは、一般的に企業グループを超えた組織再編成 が行われている実態が考慮されたことによるものである。 な お 、平 成 13 年 度 税 制 改 正 で は 、組 織 再 編 成 の う ち 、商 法 上 も 資 産 等の時価による通常の売買取引とされる事後設立については、限定的 に特例の対象とされた。 事 後 設 立 と は 、会 社 法 第 467 条 第 1 項 5 号 に お い て 会 社 の 成 立 前 か ら存在する財産で事業のために継続して使用するものを、会社成立後 2 年以内に純資産額の 5 分の 1 以上に当たる対価で取得するという契 約を締結することと規定されている。限定的に特例の対象とは、完全 支配関係のある法人間で行われる事後設立で、一定の要件を満たした ものを「適格事後設立」と定め、移転資産に係る譲渡損益の計上を繰 り 延 べ る こ と と さ れ て い た 17 )。 組織再編税制における移転資産等の譲渡損益の取扱いについては、 原 則 と し て 、組 織 再 編 成 に よ り 資 産 等 の 移 転 を 行 っ た 場 合 に お い て は 、 移転資産等を時価により譲渡したものとして譲渡損益の計上を行うこ とになる。しかし、特例に該当する場合、すなわち適格組織再編成に より資産等の移転を行った場合には、移転資産等を帳簿価額により引 き継ぎ、かつ、帳簿価額により譲渡することにより譲渡損益の計上を 繰り延べることとされた。 この組織再編成により移転する資産等の譲渡損益の取扱いは、法人 の行った会計処理や法人の選択により変化するものではなく、その組 織再編成が非適格組織再編成に該当する場合には移転資産等の譲渡益 及び譲渡損のいずれも計上しなければならず、その組織再編成が適格 組織再編成により該当する場合には移転資産等の譲渡益及び譲渡損の いずれも計上を繰り延べなければならないこととなる。つまり、法人 こ の 事 後 設 立 は 、平 成 22 年 の 税 制 改 正 (平 成 22 年 3 月 31 日 法 律 第 6 号 )に よ り新たに導入されたグループ法人税制に係る現物分配という取扱いに取り込まれ る こ と と な り 、平 成 22 年 10 月 を も っ て 廃 止 す る こ と と な っ た 。竹 内 陽 一 ほ か『 実 践 ガ イ ド 企 業 組 織 再 編 税 制 』 68 頁 (清 文 社 ,2010 年 ). 17 ) (21) - 13 - の選択肢はなく、法人税法上、適格・非適格いずれかに該当した場合 には、断定的にその取扱いが決定されるのである。 他方、資本の部の金額の取扱いについては、組織再編税制の創設に より移転する資産及び負債が時価又は帳簿価額により移転するものと されたことに伴って資産と負債の差額となる資本の部の金額について も改正が必要となったこと等により資本の部の金額のうち資本積立金 額と利益積立金額の定義について抜本的な改正が行われた。 非適格分割型分割の場合には、分割法人の資本の部の金額の一部が 分割法人の株主等に交付される分割承継法人の株式等の交付原資とな るものとされた。 一方、適格分割型分割の場合には、分割法人の利益積立金額の一部 が分割承継法人に引き継がれるとともに、分割法人の資本等の金額の 一部が分割法人の株主等に交付される分割承継法人の株主の交付原資 と な る も の と さ れ た 。ま た 、分 社 型 分 割 の 場 合 に は 、分 割 承 継 法 人 は 、 資産等の移転を受ける際に、資本の部の金額の変動額のうち、資本の 金額の変動額を除いた部分の全額を資本積立金額の変動額とすること となった。 みなし配当の取扱いについても、組織再編税制の導入により、みな し配当の新たな発生事由として非適格分割型分割による金銭等の交付 を追加する等、これまでのみなし配当の取扱いの全面的な見直しが行 われた。 分割法人の株主等においては、その分割型分割が非適格分割型分割 である場合には、交付を受けた株式・金銭等の額のうち、分割法人の 移転資産等の簿価純資産価額の割合に応じて資本等の金額を超える部 分の金額についてはみなし配当とされた。 株主等に関する旧株式にかかる譲渡損益の取扱いについては、分割 法人の株主等において、分割型分割により分割承継法人の株式以外の 資産の交付を受けた場合には、旧株式の時価による譲渡を行ったもの として譲渡損益の計上を行うこととし、分割承継法人の株式以外の資 産の交付を受けなかった場合には、旧株式の帳簿価額による譲渡を行 ったものとして譲渡損益の計上を繰り延べることとされたのである。 また、従来の方式との相違点として、従来の組織再編成では、法人 が申請を行って、当局の承認を受けてその特典を得るというのが一般 (22) - 14 - 的な方式であったが、組織再編税制の導入によりそのような手続きの 必 要 性 が な い こ と と さ れ た の が 、 特 徴 的 で あ る 18 )。 第 3節 平 成 18 年 度 改 正 平 成 18 年 度 税 制 改 正 (平 成 18 年 3 月 31 日 法 律 第 10 号 )に お い て 、 法人税法の改正の一部という形で「分割型分割その他の組織再編税制 に係る所要の整備」として改正が行われた。本節では、当税制改正の 内容を概観する。 平 成 18 年 度 改 正 で は 、分 割 型 分 割 の 定 義 に つ い て 会 社 法 の 施 行 に 伴 って改正が加えられた。旧商法では、分割対価つまり分割によって分 割承継法人に移転した資産等に係る支払対価を分割法人に交付する形 態である物的分割と、分割対価を分割法人の株主に直接交付する形態 で あ る 人 的 分 割 と が 規 定 さ れ て い た が 、平 成 17 年 に 施 行 さ れ た 会 社 法 では、人的分割が本質的には物的分割と剰余金の配当等が合わせて行 われる特性を有するものであることから、人的分割は廃止され、物的 分割のみが規定上存在することとなった。しかし、分割対価を剰余金 の配当により分割法人の株主に交付する際には財源規制を課さないも のとすることや利益剰余金の実質的な引継によって、従来の人的分割 に係る規律の実質は維持されていることとなっている。 法人税法においては、旧商法の物的分割に相当するものを分社型分 割と規定、人的分割に相当するものを分割型分割と規定していたが、 会社法の制定に併せて、人的分割が廃止されたことに伴い従来の分割 型分割を実質的に維持する整備が行われた。分割型分割は、分割によ り 分 割 法 人 が 交 付 を 受 け る 分 割 承 継 法 人 の 株 式 そ の 他 の 資 産 (以 下 、 「分割対価資産」という。) の全てが分割の日において分割法人の株 主 等 に 交 付 さ れ る 場 合 の 分 割 を い う こ と と さ れ た (法 法 第 2 条 第 12 号 の 9) 。 一方、分社型分割は、分割により分割法人が交付を受ける分割対価 資産が分割の日において分割法人の株主等に交付されない場合の分割 を い う こ と と さ れ た (法 法 第 2 条 第 12 号 の 10)。 し か し 、 分 割 対 価 資 18 ) 武 田 昌 輔「 組 織 再 編 税 制 」日 税 研 論 集 51 号 6 頁 (日 本 税 務 研 究 セ ン タ ー ,2002 年 ). (23) - 15 - 産の分割法人の株主等に対する交付は会社法上においては剰余金の配 当とされるため、分割の日において行われる分割とは関係のない通常 の剰余金の配当との区別等に留意することが必要となったのである。 まず、適格分割に該当するか否かの判定及び株主等の譲渡損益の課 税繰延べ規定の適用の有無の判定における交付金銭等の有無について は、分割とは関係のない通常の剰余金の配当により交付される資産と 区別するため、剰余金の配当として交付される金銭その他の資産のう ち 分 割 対 価 資 産 以 外 の も の を 除 い て 判 定 す る と し て お り (法 法 第 2 条 第 12 号 の 11、 法 法 第 61 条 の 2 第 4 項 他 )、 ま た 、 分 割 法 人 の 株 主 に 対 して分割対価資産の一部が交付される場合には、中間型分割として取 り扱うこととされたのである。 中間型分割とは分割対価資産の一部が株主等に交付され、残りが分 割法人の内部に留保されるような場合の分割をいうが、これは分割型 分割が分割対価資産を分割法人からその株主等に交付される形態とな ったためである。さらに、分割対価資産に加えて分割法人が有する資 産が交付される場合には、分割型分割と通常の剰余金の配当の双方が 同 時 に 行 わ れ た も の と し て 取 り 扱 わ れ る こ と と さ れ た (法 法 第 62 条 の 6、 法 令 第 123 条 の 7)。 その他、主な改正点として移転負債の範囲に含まれる新株予約権交 付義務の取扱いがある。旧商法における分割による新株予約権の承継 は、会社法においては分割により分割法人の発行していた新株予約権 に代えて分割承継法人の新株予約権を発行する行為とされたが、その 本質は従来どおり義務の承継であると考えられるため、新規に発行す る新株予約権に係る債務を移転負債に含めることによって、実質的に 承継と同様の効果となるように規定が整備された。 この整備により法人が分割により分割承継法人に移転する負債には、 その法人にその分割により消滅する新株予約権に代えて新株予約権者 に交付すべき資産の交付に係る債務を含むものとして分割法人の資産 及び負債の譲渡損益を計算することとされており、この場合には適格 分割に係るその交付すべき資産が分割承継法人の新株予約権である時 は、上記債務の帳簿価額は、その消滅する新株予約権のその法人にお けるその消滅の直前の帳簿価額に相当する金額とすることとされた (法 令 第 132 条 第 2 項 )。 (24) - 16 - この整備が行われたことにより適格分割の場合には新株予約権債務 がその帳簿価額により引き継がれるのと同様の処理となり、非適格分 割の場合には新株予約権債務がその時価により譲渡するものとされた のである。 第 4節 平 成 22 年 度 改 正 平 成 22 年 度 税 制 改 正 (平 成 22 年 3 月 31 日 法 律 第 6 号 )で は 、組 織 再 編税制に関する見直しが行われた。当該税制改正の大きな論点として グループ法人税制の導入があるが、これについては、第 5 章において 論じる。本節では、組織再編税制、特に会社分割税制における改正点 を中心に整理する。 平 成 22 年 度 税 制 改 正 で は 、分 割 型 分 割 の み な し 事 業 年 度 が 廃 止 さ れ た。改正前においては、法人が事業年度の中途において当該法人を分 割法人とする分割型分割を行った場合には、その事業年度開始の日か ら分割型分割の日の前日までの期間及び分割型分割の日からその事業 年度の末日までの期間がそれぞれ一の事業年度とみなされていた。 みなし事業年度においては、分割型分割により分割法人及び分割承 継法人の増減する資本金等の額又は利益積立金額は一定の計算により 算出した金額とされており、適格分割型分割の場合の資本金等の額及 び利益積立金額の引継額は、先に利益積立金額の引継額を計算するこ と と さ れ て い た 。 し か し 、 平 成 18 年 度 税 制 改 正 (平 成 18 年 3 月 31 日 法 律 第 10 号 )に お い て 資 本 金 等 の 額 の 意 義 が 「 法 人 が 株 主 等 か ら 出 資 を 受 け た 金 額 」(法 法 第 2 条 16 号 )と 明 確 に さ れ た こ と に よ り 、株 主 等 から出資を受ける行為でない場合には資本金等の額は増加させないこ と及び将来利益の払戻しはありうるが将来資本の払戻しはありえない こととなった。 この考え方をふまえ、資本の部の引継額の計算について、まず資本 金等の額の引継額を計算し、移転純資産の帳簿価額から資本金等の額 を減算した金額を利益積立金額の引継額とすることが適当であると考 えられた。 そのため、このみなし事業年度を廃止し、適格分割型分割が行われ た場合の利益積立金額及び資本金等の額の引継額は、先に資本金等の (25) - 17 - 額の引継額を計算することとされた。 改正前は、事業年度の途中で分割型分割が行われた場合には、分割 承継法人に移転される資産、負債、利益積立金等を確定するために、 その事業年度開始の日から分割の日の前日までの期間と分割の日から その事業年度の末日までの期間をそれぞれ一事業年度とみなして、法 人税の申告を一事業年度で 2 度申告を行う必要があった。 そのような手続きに対して改正により従来における分割型分割が行 われた場合のみなし事業年度の設定による仮決算・申告等の実務的な 事 務 負 担 が 過 重 と さ れ て い た 点 に つ い て 一 定 の 解 決 が 図 ら れ た 19 )。移 転資産等の移転時の価額についても法人が適格分割型分割により移転 した資産及び負債は、その適格分割型分割の直前の帳簿価格により引 継ぎをしたものとして、その法人の各事業年度の所得の金額を計算す る こ と と さ れ た の で あ る (法 法 第 62 条 の 2 第 2 項 )。 また、分割承継法人は、その適格分割型分割の直前の帳簿価額によ り 引 継 ぎ を 受 け た も の と さ れ た (法 令 第 123 条 )。 当 改 正 で は 、 適 格 分 社型分割の場合の貸倒引当金の繰入れ及び時価評価についても改正が 行われた。 改正前においては、一括評価金銭債権に係る貸倒引当金勘定を設定 する法人が事業年度終了の時において有する一括評価金銭債権に対す る貸倒れによる損失の見込額として、損金経理により繰り入れた金額 のうち、繰入限度額に達するまでの金額は損金の額に算入されること と さ れ て い た (旧 法 法 第 55 条 第 1 項 及 び 同 条 第 2 項 )。 このことは、適格分割型分割により分割承継法人に一括評価金銭債 権を移転する分割法人の適格分割型分割の日の前日の属する事業年度 についても同様である。 これに対し改正後においては、適格分割型分割により移転する一括 評価金銭債権について設けた貸倒引当金勘定の金額は、分割承継法人 に 引 き 継 ぐ こ と と さ れ (法 法 第 52 条 第 7 項 )、そ の 引 継 ぎ を 受 け た 貸 倒 引当金勘定の金額又は、期中貸倒引当金勘定の金額は、分割承継法人 のその適格分割型分割の日の属する事業年度において益金の額に算入 す る と さ れ た の で あ る (法 法 第 52 条 第 10 項 )。 成 道 秀 雄「 組 織 再 編 税 制 へ の 影 響 」税 研 25 巻 4 号 53 頁 (日 本 税 務 研 究 セ ン タ ー ,2010 年 ). 19 ) (26) - 18 - さらに、当改正においては、分割型分割のみなし事業年度廃止に伴 い、貸倒引当金の繰入れ及び時価評価による損益の計上等について、 適格分割型分割により移転をした場合には、その適格分割型分割の日 の前日を事業年度終了の日とした場合に計算される期中貸倒引当金勘 定又は、時価評価金額等に相当する金額の損益を計上するとともに、 移転を受ける法人にその期中貸倒引当金勘定又はその時価評価資産が 移転することとされた。 また、適格分社型分割が行われた場合も適格分割型分割が行われた 場合と同様に期中において一括評価金銭債権に係る貸倒引当金の繰入 れ及び時価評価損益等の計上を可能とする旨の改正も行われた。 (27) - 19 - 第 2章 旧商法、その他諸法律に規定する会社分割 第 1節 旧商法 第 1項 改正の経緯と概要 東西冷戦の終焉により、旧社会主義諸国は市場経済体制への移行を 始め、西側諸国は軍備増強の重圧から解放された結果、企業間の国際 的 な 競 争 が 激 化 し た メ ガ コ ン ペ テ ィ シ ョ ン (大 競 争 )の 時 代 に 突 人 し た といわれる。 また、コンピュータ・ネットワークの整備及び情報技術の発展は、 電子的に情報を交換して行う電子取引という新しい取引の形態を生み 出し、これにより、企業の経済活動のボーダレス化が一層進むことと なった。その結果、企業の取引活動の国際化が大きく進展し、取引の ルールのみならず、取引の主体である会社の組織やその会計に関する あり方についても、国際的な統一化の動きが顕著になってきている。 会社分割法制は、このように国際的な競争が激化し、グローバル化 が急速に進行する現在の社会経済情勢の下で、企業がその経営の効率 化や企業統治の実効性を高めることによって国際的な競争力を向上さ せるために行う組織の再編成に必要不可欠な制度として、主に経済界 から早期の整備を求められていたものである。 諸外国においても、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス等の諸 外国は、いずれも、既に会社分割法制を整備しており、これを利用し た企業組織再編成が進行していた。 このような社会経済情勢のもと、政府は、企業の組織再編成のため の法制度の整備を行うことを目的として、会社の組織に関する基本法 である商法の見直しを行った。平成 9 年には、会社の合併法制につい て、報告総会等を廃止し、債権者保護手続を合理化した。 また、簡易な合併手続の制度を創設する等、その手続の簡素合理化 を図るとともに、会社は、株主総会に先立って合併契約書等を、また 合併の効力発生後には合併手続等について記載した書面をそれぞれ開 示 す べ き こ と と し 、株 主 及 び 債 権 者 の 保 護 を 図 る た め の 改 正 を 行 っ た 。 ま た 、平 成 11 年 に は 、持 株 会 社 の 設 立 を 容 易 か つ 円 滑 に す る た め の (28) - 20 - 制度として、親会社が子会社の発行した株式の全てを保有する完全親 子会社関係を形成する株式交換及び株式移転の制度を導入した。会社 分割法制の創設を内容とする商法改正も、この企業組織再編制のため の法整備の一環として位置づけられるものである。 会社分割法制の整備は、平成 9 年から行われてきた企業の組織再編 成のための法整備の一環であるが、政府の「規制緩和推進三か年計画 (改 定 )」(平 成 11 年 3 月 30 日 閣 議 決 定 )に お い て は 、 平 成 12 年 度 を 目 途に、 「 企 業 の 組 織 変 更 の 選 択 肢 を 多 様 化 す る 観 点 か ら 、株 主・債 権 者 の保護に配慮しつつ、会社分割制度の整備について、所要の措置を講 ずる」こととされていたものである。 法案の提出が一年前倒しされたのは、小渕敬三前総理大臣と経済界 との懇談会である産業競争力会議等において、企業の競争力の回復の ために組織再編のための法整備を急ぐべきであるとの要望が経済界か ら 強 く 求 め ら れ た た め で あ り 、こ れ を 受 け て 平 成 11 年 6 月 11 日 に は 、 小渕敬三前総理大臣を本部長とする産業構造転換・雇用対策本部が、 「緊急雇用対策及び産業競争力強化対策について」の中で、会社分割 法制の早期創設を決定したことから、政府としても、その実現を急ぐ こととしたのである。 一 方 、法 務 省 で は 、昭 和 49 年 の 商 法 改 正 の 審 議 の 際 、国 会 の 両 議 院 の法務委員会において、会社の社会的責任、大小会社の区別、株主総 会のあり方、取締役会の構成等、会社法の基本的な問題について所要 の改正を行うための検討を求められた。 こ れ に よ り 、会 社 法 制 の 全 面 的 な 見 直 し 作 業 を 開 始 し 、翌 年 昭 和 50 年には、法務省民事局参事官室名で「会社法改正に関する問題点」を 公表し、①企業の社会的責任、②株主総会制度の改善策、③取締役及 び取締役会制度の改善策、④株式制度の改善策、⑤株式会社の計算及 び公開、⑥企業結合、合併及び分割、⑦最低資本金制度及び大小会社 の区分という 7 つの項目を検討課題とし、関係各界に意見照会をしな がら、緊急性の高いものから順次改正を行ってきたが、会社分割法制 の創設は、この商法の全面的見直し作業の一環としての意味を有する ものである。 法律案要綱の答申を受けて、政府では法律案の策定作業を行い、平 成 12 年 3 月 10 日 に 「 商 法 等 の 一 部 を 改 正 す る 法 律 案 」 (以 下 、「 改 正 (29) - 21 - 法 案 」 と い う 。 ) を 、 ま た 、 3 月 24 日 に 「 商 法 等 の 一 部 を 改 正 す る 法 律 の 施 行 に 伴 う 関 係 法 律 の 整 備 に 関 す る 法 律 案 。 (以 下 、「 整 備 法 案 」 という。) を、それぞれ閣議決定し、国会に提出した。 ま た 、同 月 10 日 に は 、改 正 法 案 と 併 せ て 、会 社 の 分 割 に 伴 う 労 働 者 の保護を図るために、 「会社の分割に伴う労働契約の承継等に関する法 律 案 」(以 下 、 「 労 働 契 約 承 継 法 案 」と い う 。) も 、国 会 に 提 出 さ れ た 。 上記の立法の背景を受け、会社分割法制の創設等を内容とする「商 法 等 の 一 部 を 改 正 す る 法 律 」(平 成 12 年 5 月 31 日 法 律 第 90 号 。以 下 、 「改正法」という。) 及びこれに伴う関係法律の整備を行った「商法 等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備に関する法律」 (平 成 12 年 5 月 31 日 法 律 第 91 号 。以 下 、 「 整 備 法 」と い う 。) が 、い ず れ も 平 成 12 年 5 月 24 日 に 成 立 し 、 同 月 31 日 に 公 布 さ れ た 。 改正法は、株式会社及び有限会社につき、会社がその営業の全部又 は一部を他の会社に承継させる会社分割の制度を創設することとして いる。 改正前の商法は、会社分割を直接の目的とする制度を有しなかった ため、営業の譲渡又は営業の現物出資等により、営業を他の会社に承 継させることが実務上行われていた。ゆえに改正法は、会社分割自体 を目的とする新しい制度を創設する必要があったのである。 これに伴い改正法は、新設会社並びに承継会社が分割に際して発行 す る 株 式 を 分 割 会 社 の 株 主 に 割 り 当 て る こ と (人 的 分 割 )も 、 分 割 会 社 自 体 に 割 り 当 て る こ と (物 的 分 割 )も 認 め る こ と と し た の で あ る 。 物的分割は、これまで営業の現物出資等により行われていた。いわ ゆる分社の手続を効率化するために利用され、人的分割は、持株会社 の下にある子会社を事業部門別に再編成したり、複数の事業部門を独 立した会社にするために利用されることを想定している。 会社分割の手続きについても改正法は、分割により分割会社の権利 義務が新設会社又は承継会社に包括的に移転し、特に、人的分割にお いては分割会社の株主が新設会社又は承継会社の株主になることから、 株主に重大な影響を及ぼすため、法律の定める一定の事項を記載した 分割計画書又は分割契約書を作成し、株主総会の特別決議による承認 を有り得べきこととし、かつ、分割に反対する株主に株式買取請求権 を認めている。 (30) - 22 - さらに、改正法は、会社分割により会社の財産が複数の会社に分割 されるばかりでなく、その債務についても、新設会社等に免責的に承 継されるため、債権者に対して、分割に異議があればこれを申し出る べき旨の公告等をすべきこととし、異議を申し出た債権者に対して弁 済等の措置を講ずべきこととしている。 また、このような利害関係を有する株主、債権者等のために、分割 に関する情報を分割の前後にそれぞれ開示するため、分割会社又は承 継会社は分割計画書又は分割契約書及び貸借対照表等を株主総会によ り分割計画書等が承認される前に、また、分割会社、設立会社又は承 継会社は分割に関する事項を記載した書面等を分割の効力発生後に、 それぞれ本店に備え置き、株主・債権者等の閲覧等に供すべきことと している。 他方、改正法では、簡易分割手続きについても整備しており、設立 会社又は承継会社が分割会社から承継する資産の価額が分割会社の総 資 産 の 20 分 の 1 を 超 え な い 場 合 に は 、分 割 会 社 の 株 主 に 与 え る 影 響 が 軽微であるため、分割手続の簡素合理化を図る見地から、分割会社の 株主総会の承認を得ないで分割をすることができることとしている。 また、承継会社が吸収分割に際して発行する新株の総数がその会社 の発行済株式総数の20分の1を超えない場合には、承継会社の株主 に与える影響が軽微であるため、同様に、承継会社の株主総会の承認 を得ないで分割をすることができることとしている。これによる会社 分割の効果について、新設会社等は、分割計画書等の定めるところに より分割会社の権利義務を包括的に承継することとしている。この結 果、分割会社の負担していた債務についても、債権者の個別の同意を 得ることなく、設立会社又は承継会社に免責的に承継されることとな る。 会社分割無効の訴えについても改正法は、分割手続に瑕疵があった 場合等には、株主等に分割無効の訴えの提起権を認め、その分割の効 力を争う手段を与えている。一方、分割の結果、分割会社及び設立会 社又は承継会社について新たな法律関係が形成され、利害関係人も多 数にのぼっていることが予想されるため、無効の主張ができる者の範 囲を制限し、裁判によって画一的かつ対世的に分割無効の効果を確定 するとともに、分割の効果は遡及しないこととしている。 (31) - 23 - 第 2項 旧商法における会社分割の意義とその類型等 旧商法における会社分割の意義とは、 「会社の営業の全部又は一部を 他 の 会 社 に 承 継 さ せ る 組 織 法 上 の 行 為 で あ る 。」と さ れ て い る 。改 正 法 は、会社分割により営業を承継する会社が分割により新しく設立され る 会 社 (設 立 会 社 )で あ る 「 新 設 分 割 」 と 、 既 に 存 在 す る 他 の 会 社 (承 継 会 社 )で あ る 吸 収 分 割 と を 認 め て い る (旧 商 法 第 373 条 、 旧 商 法 第 374 条 の 16)。 新設分割は、複数の営業部門を有する会社が各営業部門を独立した 会 社 と す る こ と に よ り 経 営 の 効 率 性 を 向 上 さ せ る た め 等 に 行 い 、ま た 、 吸収分割は、持株会社の下にある複数の子会社の重複する部門を各子 会社に集中させることにより組織の再編成を実現するため等に利用さ れることが予見されるとし、さらに改正法は、設立会社又は承継会社 の 発 行 す る 株 式 を 分 割 を す る 会 社 (分 割 会 社 )に 割 り 当 て る「 物 的 分 割 」 と 、こ れ を 分 割 会 社 の 株 主 に 割 り 当 て る「 人 的 分 割 」と を 認 め て い た (旧 商 法 第 374 条 第 2 項 2 号 、 同 条 の 17 第 2 項 2 号 )。 物的分割は、これまで、営業の現物出資により行われていた。つま り、分社の手続を効率的に行うために利用されることが予想されると し、営業の現物出資により子会社を設立する場合、営業の現物出資を 履行した後、会社の設立手続が終了するまで、その営業を停止しなけ れ ば な ら な い ( 旧 商 法 第 57 条 、 同 法 第 172 条 )こ と と な っ て お り 、 裁 判所の選任する検査役の調査が行われるため、会社設立の具体的な日 程 を あ ら か じ め 確 定 す る こ と が 困 難 で あ っ た (旧 商 法 第 181 条 )。ま た 、 営業の承継に伴う債務の移転については、債権者の個別の同意を得な ければならず、手続が煩雑であった。 物的分割に際しては、検査役の調査を要しないため、会社の設立前 に現物出資の履行を求め、その調査に付する必要がなく、営業の中断 は生じないとし、会社は、具体的な日程にしたがって分割手続を進め ることができる。また、債務の移転についても、債権者保護手続が規 定され、債権者の個別の承諾を要しないこととされていた。 会社分割は、株主及び債権者の保護についても、相当の配慮をして いる。株主の保護については、事前及び事後の情報の開示を会社に義 務づけた上、株主に分割無効の訴えの提起権を与えていた。一方、債 (32) - 24 - 権 者 の 保 護 に つ い て も 、同 様 に 事 前 及 び 事 後 の 開 示 を 義 務 づ け 、か つ 、 債権者に分割無効の訴えの提起権を与えている上、債権者保護手続を 整備し、会社が個別の催告を怠った場合には、分割後の会社の双方が 弁済の責任を負うこととするなどの手当てをしていた。 これに対して、人的分割は、改正法が新しく創設した制度であり、 持株会社の下にある子会社を事業部門別に再編成を行ったり、複数の 事業部門を独立した会社にするために利用されることが見込まれると し、さらに一部分割について改正法は、会社分割に際して設立会社又 は承継会社が発行する株式の一部を分割会社に、残りを分割会社の株 主に割り当てる分割である一部分割を否定はしていない。 このような一部分割は、設立会社又は承継会社の発行する株式のう ち、実質上の支配権を確保できる割合の株式数のみを分割会社に割り 当て、残りを分割会社の株主に割り当てることにより、これらの株式 の市場性を確保しながら、親子会社関係を創設する場合等に利用する ことができることとされていた。 また、設立会社の株価の上昇が期待できる場合に、その一部を分割 会社で保有し、その売却益を分割会社が取得しようとする場合も想定 されている。 非按分型の分割については、会社分割に際して設立会社又は承継会 社が発行する株式を分割会社の株主に割り当てる場合、株主平等の原 則から、各株主の持株数に比例して割り当てることが要請されるが、 株主全員の同意を得た場合には、このような持株数に比例しないで割 り当てる非按分型の分割をすることも許される。 上記、非按分型の分割は、例えば家族的経営を行ってきた株式会社 において、代表取締役であり株主でもある父親が会社分割に際して、 設立会社の株式を子の一部にのみ割り当て、その者の有していた分割 会社の株式を消却する方法により、法人格も株主構成も別にする会社 をその子らに別々に承継させる場合や、合弁事業を解消するために、 分割会社の株主に対して、別々の設立会社又は承継会社の株式を割り 当てる場合が想定される。 さらには、分割会社の業績が低迷している部門を大株主である会社 の完全子会社としたうえで、その活性化を図る場合、合併を解消する ため、分割後の株主構成を合併前の各会社の株主構成に近づけようと (33) - 25 - する場合等に利用されることが想定された。 このような非按分型の分割は、先に述べたように、株主平等の原則 に抵触する恐れがあるので、株主全員の同意がなければできないと解 される。 株主平等の原則を問題にする実益は、会社における多数決の濫用か ら少数派株主の利益を保護する機能を有する点にあるといわれており 20 )、こ れ を 、特 別 決 議 と は い え 多 数 決 で 決 め る こ と が で き る こ と と し た場合には、株主平等の原則の重大な機能を失わせることになりかね ないためである。 これは、株主平等の原則は、社員の地位を均一の割合的単位に細分 化し、多数の者からの資金を調達して営利事業を営む株式会社の存立 基礎に関わる基本的な原則であり、明文規定が存在しない以上、安易 に例外を認めることは相当ではないとする考え方に基づくためである。 改正法は、諸外国の立法例において認められている消滅分割・間接 分割については次のような考えを用いている。 消滅分割については、分割会社が営業の全部を他の会社に承継させ て自らは清算をすることなくただちに消滅する分割については、諸外 国の実務においても、この制度があまり利用されていないことから規 定を設けなかったとしており、合弁会社を解消するために利用するこ とがあり得るとの指摘もあったが、このような事案においては、分割 会社が営業の全部を複数の会社に承継させるとともに解散の決議を行 う こ と に よ っ て 、同 様 の 効 果 を 生 じ さ せ る こ と が で き る こ と か ら 特 に 、 このような場合の処理のために、消滅分割という類型を認めることは しなかったとしている。 間接分割については、間接分割を認めている米国における会社分割 に基づいて整理してみると、まず子会社を設立し、その子会社株式を 利益配当や資本減少による払戻しという方法で分割会社の株主に割り 当てる制度と言える。改正法は、このような米国型の子会社の設立と 子会社株式の割当てとを分離する間接分割ではなく、直接分割と呼ば れる大陸型の一連の手続で会社を分割する会社分割法制を整備するこ ととしている。 20 ) 前 田 庸 『 会 社 法 入 門 (第 12 版 )』 88 頁 (有 斐 閣 ,2009 年 ). (34) - 26 - これは、我が国の法体系が大陸型と呼ばれる直接分割に整合し、か つ、実務の要望にも十分に応え得ると考えたことによるものである。 その他、分割合併については、会社分割によって営業を承継する会 社が既存の会社である場合については、これが新設分割と合併の複合 形態であるという実態に着目して、 「 分 割 合 併 」と 称 す る 場 合 が あ る が 、 改正法においては、これを「吸収分割」として規定している。 共同分割についても改正法は、複数の会社が分割会社となって共同 して新設分割を行う共同新設分割を行う時は、分割計画書にその旨を 記 載 す べ き こ と と し て (旧 商 法 第 374 条 第 2 項 11 号 )、こ の よ う な 分 割 を認めている。共同新設分割は、例えば、持株会社の下にある複数の 完全子会社が、重複する営業部門を新しく設立する会社に集約すると ともに、その会社を持株会社の完全子会社とすることによって企業の 再編成を行おうとするような場合に利用されることが予定される。 一方、改正法は、複数の会社が分割会社となって吸収分割を行う共 同吸収分割については、特に規定を置いていないが、既存の会社に営 業 が 承 継 さ れ る 点 に お い て は 同 一 で あ る 吸 収 合 併 に つ い て も 、解 釈 上 、 当然に、複数の消滅会社が共同して行うことが認められており、共同 吸収分割を否定するものではないと考えられる。 さらに、共同新設分割においては、一方の分割会社の行う手続につ いてのみ瑕疵がある場合、両会社における手続きが分離可能である旨 の記載がある等の特段の事情のない限り、原則として共同新設分割全 体につき影響を及ぼすものであると理解すべきとした。 さらに、分割計画書には、設立会社の資本金の額等を記載する必要 があることから、各手続が分離可能というためには、少なくとも、分 割計画書の作成に際し、複数の会社の手続のいずれかに瑕疵が生ずる 事態を想定し、各場合に応じて資本額等の取り決めをすることが必要 とされる。 次に、複数の会社に営業を承継させる分割について改正法では、新 設分割は、分割によって設立される会社が本店の所在地で設立の登記 を し た 時 に そ の 効 力 を 生 ず る の で 、複 数 の 会 社 を 設 立 す る 新 設 分 割 は 、 法律上は「複数の新設分割が同時に行われているもの」ということが で き る と し て お り 、ま た 、分 割 会 社 が 複 数 の 営 業 を 行 っ て い る 場 合 に 、 各営業を別々の承継会社に同時に承継させる吸収分割も、同様に認め (35) - 27 - られるとしている。 したがって、合弁事業の解消等の際に、このような吸収分割が利用 されることが考えられるとしているのである。 第 3項 分割の対象 分 割 の 対 象 は 、営 業 の 全 部 又 は 一 部 に 限 定 さ れ る (旧 商 法 373 条 、374 条 の 16)。 最 高 裁 昭 和 40 年 9 月 22 日 判 決 (民 集 19 巻 6 号 1600 頁 )及 び 最 高 裁 昭 和 41 年 2 月 23 日 判 決 (民 集 20 巻 2 号 302 頁 )で は 「 、営業」 と は 、「 営 業 用 財 産 で あ る 物 及 び 権 利 だ け で な く 、 こ れ に 得 意 先 関 係 、 仕入先関係、販売の機会、営業上の秘訣、経営の組織等の経済的価値 のある事実関係を加え、一定の営業目的のために組織化され、有機的 一体として機能する財産」と述べている。 また、 「 営 業 ノ 一 部 」と は 、会 社 が 行 っ て い る 複 数 の 営 業 の う ち の 一 部等、それ自体が営業としての内容を備えているものをいい、個々の 物又は権利自体である「営業用財産」とは異なる。 会社分割は合併や株式交換と同様の企業再編のための組織法上の行 為であり、会社分割による権利義務の承継は包括承継の性質を有する ものであるとされることから、分割の対象も組織的一体性を有する営 業とするのが相当である。すなわち、分割による権利義務の承継が包 括承継とされることから、契約上の地位の移転の場合にも相手方の同 意を要せず、債務の免責的な移転についても、債権者の個別の同意は 必要ではないこととなる。 こ れ ら は 、承 継 の 対 象 が 営 業 と さ れ 、営 業 が 継 続 さ れ る こ と に よ り 、 実質的な妥当性が保証されるものであるのだが、個々の権利義務をそ の分割による承継の対象とする時は、現物出資の潜脱に繋がる可能性 を有している。 さらに、 「 営 業 」と い う 概 念 は 、商 法 上 す で に 存 在 す る も の で あ り (商 法 502 条 、503 条 )、判 例 等 に よ っ て そ の 意 義 も 明 確 に さ れ て い る も の であるため、会社分割の対象が明確になり、ひいては会社分割に伴う 法律関係の安定にも資するとされる。 改正法は、これらの事情を考慮して、会社分割の対象を「営業」に 限定したものである。 なお、このように、分割の対象を営業とすることによって、分割に (36) - 28 - より営業を解体することなく、他の会社に承継させることができ、そ こで働く労働者の雇用の場を確保することができるという利点もある。 しかし、分割の対象が営業とされていることから、営業を構成しない 財産を会社分割により設立会社又は承継会社に承継させることはでき ないという問題点を有していた。 したがって、このような財産を分割計画書又は分割契約書に「承継 す る 権 利 義 務 」(旧 商 法 第 374 条 第 2 項 5 号 、旧 商 法 第 374 条 の 17 第 2 項 5 号 )と し て 記 載 し て も 、会 社 分 割 の 効 果 と し て 承 継 さ れ る こ と に ほかならないことを意味するものである。 もっとも、このような財産も、個別の契約により譲渡することは可 能であるから、分割契約書への記載が個別の譲渡契約と評価され得る こともあり得る。 逆に、営業を構成する物又は権利の一部を除外することによって、 分割の対象とされたものが一定の営業目的のために有機的一体として 機能することができなくなり、設立会社又は承継会社が分割後ただち に営業活動を行うことができないような場合においても、このような 物又は権利を除外したものをもって分割の対象とすることはできない のである。 したがって、分割会社が有している個々の権利義務を寄せ集めて設 立会社又は承継会社が新規事業を営むような会社分割は許されない。 しかし、製造業を営む会社が、ある工場を全体として分割の対象とす ることは、ある工場が全体として、その製造業を営むために、有機的 一体として機能するものであれば、これを分割の対象とすることがで きるのである。 改正法が、営業の一部を承継させる会社分割だけでなく、営業の全 部を承継させる会社分割を認めたのは、営業の全部を承継させる物的 分割を行うことにより、分割会社が設立会社から株式の割当てを受け て完全親会社となることから、持株会社を創設するために利用するこ とが期待できるためである。 また、営業の全部を承継させる人的分割についても、例えば、合弁 会社が、営業の全部を元の各会社に承継させる吸収分割を行い、分割 会社が解散をすれば、合弁会社を解消することが可能となる。 吸収合併に加えて、営業全部を承継させる吸収分割を認めたのは、 (37) - 29 - 吸収分割は、分割会社の複数の営業を複数の承継会社に承継させるこ とにより、同種の営業の集約化を図る場合等に利用することができる が、吸収合併では、存続会社が複数の会社である場合が予定されてお らず、同様の効果を招来することができないからである。 また、承継会社の株式を分割会社に割り当てる物的分割を行うこと により、分割会社の株主ではなく、分割会社自身が承継会社の株主と なることにより持株会社となることができるが、これも吸収合併では 実現できないものとなっている。 第 4項 会社分割と営業譲渡との差異 会社分割と営業譲渡は、いずれも営業を単位として権利義務が承継 されるという点で共通している。しかし、営業譲渡は商人が行う取引 行為の一つであって、売買等の民法や商法の取引に関する規定によっ て要件及び効果が律せられるものであるのに対し、会社分割は、合併 と同様の組織法上の行為にあたり、商法の定める組織再編成の一つで ある会社分割に関する規定によって規律されるものである。 このことから、まず、営業譲渡においては、譲受会社から譲渡会社 に対して当然に対価としての金銭等が支払われることになるが、会社 分割においては、設立会社又は承継会社から分割会社に対して対価的 な給付がされることはない。 こ れ は 、人 的 分 割 に つ い て は 明 ら か で あ る が 、物 的 分 割 に お い て も 、 分割会社に対する設立会社又は承継会社の発行する株式の割当ては、 通常の取引における対価という性質を有するものではないためである。 したがって、営業譲渡においては、譲渡会社に利益を生じるが、会社 分割においては、分割会社に利益を生じることはないこととなる。 また、会社分割においては、承継会社から新株が発行されることに 伴い、その資本構成に変動が生じる。さらに、会社分割では、利益準 備 金 、剰 余 金 、引 当 金 等 の 引 継 ぎ が 認 め ら れ る こ と と な り 、会 社 分 割 、 特に人的分割の場合には、分割会社の株主が設立会社又は、承継会社 の株主となり、その地位に影響を及ぼさないこととなる。 効力発生の時期については、分割の登記の時点でその効力が生じる こととされている。これに対して、営業譲渡は、譲渡会社の株主の地 位に影響を及ぼさないこととなり、効力の発生時期については、営業 (38) - 30 - 譲渡では、契約で定められた時期にその効力が生じることとなる。 さらに、営業譲渡に基づく権利義務の承継は、法律上は特定承継と しての性質を有するのに対し、会社分割に基づく権利義務の承継は、 合併と同様の包括承継に当たり、法律上当然に生じることとされてい る (旧 商 法 第 374 条 の 10 第 1 項 及 び 第 374 条 の 26 第 1 項 )。そ の 結 果 、 営業を構成する個々の権利義務の移転時期については、営業譲渡では 個々の移転行為により定まるが、会社分割においては分割の効力が生 じた時点で当然に効力が生じることになる。 また、承継対象となる営業に含まれる債務を免責的に承継させるた めには、営業譲渡を含めた特定承継の場合は債権者の個別の承諾が必 要であるのに対し、包括承継である会社分割の場合はこれが不要であ ることになる。 第 2節 会社法 第 1項 会社法の創設と会社分割制度との関係 商法の「第 2 編会社」が独立した形で新たな法律が立法され、平成 18 年 5 月 1 日 に 会 社 法 (平 成 17 年 7 月 26 日 法 律 第 86 号 )と し て 施 行 された。 会社法第 5 編第 3 章において会社分割とは、会社がその事業に関し て 有 す る 権 利 義 務 の 全 部 又 は 一 部 を 当 該 会 社 か ら 既 存 の 会 社 (以 下 、 「 吸 収 分 割 」と い う 。) 又 は 設 立 す る 会 社 (以 下 、 「 新 設 分 割 」と い う 。) に承継させることと規定している。 すなわち、会社法は、吸収分割と新設分割の 2 種類の会社分割を認 め 、「 吸 収 分 割 」 に つ い て は 、 会 社 法 第 2 条 の 29 に お い て 「 株 式 会 社 又は合同会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を分 割 後 他 の 会 社 に 承 継 さ せ る こ と 」と 定 義 し て お り 、 「 新 設 分 割 」に つ い て は 、会 社 法 第 2 条 の 30 に お い て「 1 又 は 2 以 上 の 株 式 会 社 又 は 合 同 会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を分割により 設立する会社に承継させること」と定義している。 会社分割の当事会社となり得るのは、分割会社については株式会社 又は合同会社に限られるのに対し、承継会社・設立会社については、 持分会社を含む全ての会社形態がなり得るとしている。 (39) - 31 - 会社分割の対象とされた分割会社の権利義務は、事業譲渡のように 個別に承継・移転されるのではなく、承継会社又は設立会社に法律上 に全体として一括して承継されることになる。 すなわち、会社分割には、吸収分割契約又は新設分割計画という私 的自治に基づく契約又は決定により、会社分割の対象である分割会社 の権利義務が法定された日に法律上当然に承継会社又は設立会社に承 継されるのであり、一般承継の法的効果が付与されているのである。 さらに、会社法の下では、会社分割の対価は分割会社に対してのみ 交付され、分割会社の株主に対して直接交付されることはないものと 整理されているのである。 会 社 法 は 、平 成 17 年 改 正 前 商 法 に お け る 会 社 分 割 制 度 と 異 な り 、い わゆる物的分割の類型のみを認め、会社分割の対価を分割会社の株主 に交付する形態いわゆる人的分割は認めないこととした。 し か し 、人 的 分 割 と 同 様 の 効 果 は 、会 社 法 第 758 条 8 号 、同 法 第 760 条 7 号 、 同 法 763 条 12 号 、 同 法 第 765 条 第 1 項 8 号 を 根 拠 に 会 社 分 割の効力発生日又は設立会社の成立の日に、全部取得条項付種類株式 の取得対価又は剰余金配当として分割会社の株主に承継会社・設立会 社の株式・持分を交付又は配当することにより実現可能であるとされ ている。 ただし、分割対価が承継会社・設立会社の株式・持分のみである場 合 に は 、分 配 可 能 額 に 係 る 規 律 は 適 用 さ れ な い も の と さ れ て い る が (会 法 第 792 条 、同 法 第 812 条 )、実 質 的 に は 平 成 17 年 改 正 前 商 法 に お け る人的分割が会社法上実現可能とされている。 なお、同法の下では、会社分割の対価を分割会社とその株主の双方 に交付する折衷型の会社分割も可能であると解されてきたが、会社法 の下では、会社分割により直接にそのような効果を実現することはで きないこととされた。 しかし、これは会社分割の効力発生日又は設立会社の成立の日に、 全部取得条項付種類株式の取得対価又は剰余金の配当として、分割会 社が受領した承継会社・設立会社の株式・持分の一部を分割会社の株 主に交付又は配当することにより前述同様、実質的には人的分割の効 果を実現することも可能となっている。 会社法において企業再編対価の柔軟化が図られた一環として、会社 (40) - 32 - 分割においても、承継会社・設立会社の株式・持分会社の社員たる地 位に限らず、当該会社の社債や株式会社である場合には新株予約権・ 新 株 予 約 権 付 社 債 を 対 価 と す る こ と が で き (会 法 第 758 条 4 号 ロ ハ ニ 、 同 法 第 760 条 5 号 イ 、 同 法 第 763 条 8 号 、 同 法 第 765 条 1 項 6 号 )、 かつ、吸収分割においては金銭等その他の財産を分割対価とすること が で き る と さ れ た (会 法 第 758 条 4 号 ホ 、 同 法 第 760 条 5 号 ロ )。 また、会社法導入において、会社分割に関して吸収分割における対 価の柔軟化や、簡易分割の要件緩和等の改正もなされている。 吸収分割における対価の柔軟化とは、吸収分割の場合において、分 割会社の株主に対して、承継会社の株式を交付せず、金銭その他の財 産を交付することができるとするものであるが、条件として、分割会 社の株主に対して交付する対価の割当てについての理由を記載した書 面等のほか、対価の内容を相当とする理由を記載した書面を開示する ことが必要となる。 旧商法においては、分割会社の株主に交付される財産として承継会 社の株式が一切含まれていない態様は不適法であるとの解釈がなされ ているが、これを改正するために規定が整備されたのである。 簡易分割の要件緩和とは、吸収分割の分割会社が承継会社に承継さ せ る 資 産 の 分 割 会 社 の 総 資 産 に 占 め る 割 合 が 20%以 下 の 場 合 に は 、 分 割会社において株主総会の決議を要しないものとするものであり、旧 商法においては、株主総会の承認決議が不要となる簡易組織再編の要 件 は 、簡 易 吸 収 分 割 に つ い て は 、承 継 会 社 の 発 行 済 株 式 総 数 の 5%以 下 、 分 割 会 社 に お け る 簡 易 分 割 で は 総 資 産 の 5%以 下 の 資 産 の 移 転 の 場 合 とされているが、これを緩和するものである。 簡易分割に異議を唱えるために必要とされる要件とは、当該株式会 社の特別決議の定足数の総株主の議決権に対する割合を 3 で除して得 た割合と 6 分の 1 のいずれか小さい割合とするものとされたが、この 6 分の 1 の趣旨は、株主総会の特別決議の定足数が総株主の議決権の 過半数で、決議要件が出席株主の議決権の 3 分の 2 以上であることか ら、総株主の議決権の 6 分の 1 以上を有する反対株主がいれば決議が 否決されることが予想される点にある。 こ れ は 、平 成 14 年 商 法 改 正 に よ り 、定 款 に お い て 特 別 決 議 の 定 足 数 が総株主の議決権の 3 分の 1 まで引き下げることができるようになっ (41) - 33 - ているため、常に 6 分の 1 として考える必要がならなくなったため、 上記のような改正を行うこととされたものである。 第 2項 諸外国との比較 諸外国との制度を比較すると、大陸法系諸国には、会社分割制度に 相当する制度を有する国が多いが、我が国の会社法における会社分割 す な わ ち 物 的 分 割 は 、フ ラ ン ス 法 に お け る「 部 分 分 離 (apport partiel)」 や ド イ ツ 法 に お け る 「 分 離 (Ausglieder-ung)」 に 類 似 す る 。 大陸法系諸国の会社分割制度は、分割会社の権利義務の一部又は全 部が承継会社・設立会社に一般承継され、その対価として承継会社・ 設立会社の株式・社員権を分割会社の株主・社員に交付するタイプを 中心とする。 し か し 、フ ラ ン ス 法 や ド イ ツ 法 に お い て は 、会 社 分 割 の 種 類 と し て 、 分割会社の社員に対価が交付される人的分割のほか、日本の会社分割 制度に相当する「部分分離」又は「分離」制度及び分割会社が解散す る「消滅分割」制度も用意されている。 欧 州 連 合 (EU)に お い て は 、 1982 年 に 「 物 的 会 社 の 会 社 分 割 に 関 す る 第 6 指 令 (Sixth Council Directive 82/891/EEC of 17 De-cember 1982 based on Article 54 (3) (g) of the Treaty 、 concerning the division of public limited liability companies) 」 が 制 定 さ れ た が 、 同 指令は日本とは正反対に株式会社の消滅分割及び人的分割についての み 規 定 し て お り 、 同 指 令 は EU 加 盟 各 国 に 対 し そ の 国 内 法 化 を 義 務 付 けるものではなく、加盟各国が国内法として会社分割制度を有する限 り に お い て 顧 慮 す れ ば 足 り る も の で あ る 21 )。 対照的に、日本法は、消滅分割及び人的分割を会社分割制度の対象 外とし、フランス法上の「部分分離」及びドイツ法上の「分離」制度 に相当する分割のみを会社分割として整備した。なお、我が国におけ る法の下でも、消滅分割と同様の効果は会社分割の後に分割会社を解 散することにより可能である。 また、人的分割と同様の効果は、会社分割の効力発生日又は設立会 社の成立の日に全部取得条項付種類株式の取得対価又は現物配当とし 森 本 滋『 会 社 法 コ ン メ ン タ ー ル 17-組 織 変 更 、合 併 、会 社 分 割 、株 式 交 換 等 -』 239 頁 (商 事 法 務 ,2010 年 ). 21 ) (42) - 34 - て承継会社・設立会社の株式を交付することにより実現できる。これ に対し、アメリカ法には、大陸法系諸国が有する一般承継を特徴とす る 会 社 分 割 制 度 は 存 在 し な い 22 )。 アメリカでは、事業譲渡を基礎としつつ、会社法上認められたさま ざ ま な 手 法 を 組 み 合 わ せ る こ と に よ り 、事 実 上 の 会 社 分 割 が 行 わ れ る 。 す な わ ち 、第 1 段 階 と し て 分 割 し よ う と す る 会 社 (以 下 、 「移転会社」 と い う 。 ) は 移 転 先 の 会 社 (以 下 、「 移 転 先 会 社 」 と い う 。 ) に 対 し て 移転会社の資産・負債を事業譲渡により移転する事実上の人的分割を 行う場合には、第 2 段階として、事業譲渡の後、移転先会社の株式を 移転会社の株主に交付する。 そ の 態 様 と し て 、 ① ス ピ ン オ フ (spin-off) 、 ② ス プ リ ッ ト オ フ (split-off)及 び ③ ス プ リ ッ ト ア ッ プ (split-up)と よ ば れ る 三 つ の 手 法 が ある。 スピンオフは、アメリカでもっとも広く利用されているといわれる 手法であり移転会社が取得した移転先会社の株式等を配当規制にした がって移転会社の株主に交付する手法である。 スプリットオフとは、移転先会社の株式を対価として移転会社の株 式を有償消却する手法をいうが、自己株式による配当規制と同一の規 律 が 適 用 さ れ る 場 合 が あ る 23 )。こ の 手 法 に よ れ ば 、移 転 会 社 の 株 式 の 一部を移転先会社の株式と引換えに消却すれば、移転会社の株主は移 転先会社の株主となり、かつ、消却されない株式の株主は、従前どお り移転会社の株主にとどまることになり、非按分型の人的分割が実現 す る 24 )。 すなわち、移転会社の株式を消却する方法として対価を移転先会社 の株式とする公開買付けを用いるなど、移転会社の株主に対し機会の 平等を保障するならば、従前の持株比率と異なる割合で移転先会社の 株 式 を 交 付 す る こ と が で き る の で あ る 25 )。 ま た 、 ス プ リ ッ ト オ フ は 、 田 村 諒 之 輔 『 会 社 の 基 礎 的 変 更 の 法 理 』 12 頁 (有 斐 閣 ,1993 年 ). 会 社 分 割 研 究 会「 会 社 分 割 の 法 律 問 題 」金 融 研 究 16 巻 1 号 16 頁 (日 本 銀 行 金 融 研 究 所 ,1997 年 ). 2 4 ) 松 古 樹 美 「 米 国 に お け る 企 業 グ ル ー プ の 事 業 再 構 築 (2)」 旬 刊 商 事 法 務 1485 号 27 頁 (商 事 法 務 研 究 会 ,1998 年 ). 2 5 ) 江 頭 憲 治 郎「 会 社 分 割・奥 島 孝 康 教 授 還 暦 記 念 (1)」比 較 会 社 法 研 究 189 頁 (成 文 堂 ,1999 年 ). 22 ) 23 ) (43) - 35 - の れ ん 分 け や 事 業 部 門 の 非 公 開 化 な ど に 利 用 さ れ る 26 )。 スプリットアップにおいては、移転会社は清算され、残余財産の分 配を通じて移転先会社の株式が移転会社の株主に交付される。 スプリットアップに際しては、会社法の清算に関する規律が適用さ れるため移転会社において株主総会の特別決議を要し、会社に知れて いる債権者に対する債権届出の通知及び公告がなされる。 その後、当該催告・公告により届け出られた債権について、弁済が なされる。スプリットアップは、移転会社が一部の事業のみを移転先 会社に移転しそれ以外の不採算事業を清算する場合や、持株会社を清 算 す る 場 合 等 に 利 用 さ れ る 27 )。 アメリカでは、これらの行為を行う場合において、税法上課税の繰 延 べ が 可 能 と さ れ て い る た め 、実 際 に も 頻 繁 に 利 用 さ れ て い る 28 )。な お、アメリカ法上、第 1 段階及び第 2 段階のいずれの段階にも、州法 上 の 詐 欺 的 譲 渡 法 (連 邦 破 産 法 [Bankruptcy Code]又 は 統 一 詐 欺 的 譲 渡 法 [Uniform Fraudulent Transfer Act] 〈 以 下 、 「 UFTA」と い う 。〉 若 し く は [ Uniform Fraudu-lent Conveyance Act] 〈 以 下 、「 UFCA」 と い う 。〉 の い ず れ か を 採 択 し た も の が 多 い ) が 適 用 さ れ 、 会 社 債 権 者の保護が図られている。 その他、会社債権者と会社の間で契約が交わされることにより、債 権者は自衛する場合がある。 すなわち、純資産維持条項・投資制限条項その他の財務上の特約が 置かれることが少なくないほか、会社がその資産の全部又は実質的全 部をその法形式のいかんを問わず第三者に移転する時は、当該資産を 承継する第三者が債務者たる会社の債務及び義務を承継することを要 す る 旨 の 条 項 (「 承 継 債 務 者 条 項 (successor obli-got clause)」 と い わ れ る 。 ) が 置 か れ る こ と が あ る 29 )。 武 井 一 浩 ・ 内 間 裕 「 米 国 会 社 分 割 制 度 の 実 態 と 日 本 へ の 示 唆 (1)」 旬 刊 商 事 法 務 1525 号 41 頁 (商 事 法 務 研 究 会 ,1999 年 ). 2 7 ) 武 井 ほ か ・ 前 掲 注 26,41 頁 . 2 8 ) 武 井 一 浩・内 間 裕「 米 国 会 社 分 割 制 度 の 実 態 と 日 本 へ の 示 唆 (5 完 )」旬 刊 商 事 法 務 1532 号 39 頁 (商 事 法 務 研 究 会 ,1999 年 ). 2 9 ) 武 井 一 浩 ・ 内 間 裕 「 米 国 会 社 分 割 制 度 の 実 態 と 日 本 へ の 示 唆 (3)」 旬 刊 商 事 法 務 1529 号 30₋32 頁 (商 事 法 務 研 究 会 ,1999 年 ). 26 ) (44) - 36 - 第 3節 会社の分割に伴う労働契約の承継等に関する法律 商法等における会社分割制度の導人に伴う労働者の保護のための方 策について、産業活力再生特別措置法案や民事再生法案における附帯 決 議 等 を 踏 ま え 、 平 成 11 年 12 月 か ら 開 催 さ れ た 「 企 業 組 織 変 更 に 係 る 労 働 関 係 法 制 等 研 究 会 30 )」 に お い て 検 討 が 行 わ れ 、 平 成 12 年 2 月 10 日 に 報 告 書 が 取 り ま と め ら れ 、会 社 分 割 に つ い て 労 働 関 係 の 承 継 に 係る問題点を解消するための立法措置の必要性が提言された。 この報告書に基づき、労働契約の承継等についての特例等を定める ものとして、 「 会 社 の 分 割 に 伴 う 労 働 契 約 の 承 継 等 に 関 す る 法 律 案 」が 立 案 さ れ 、 第 147 回 通 常 国 会 に 提 出 さ れ た 。 同 法 案 は 、 平 成 12 年 5 月 24 日 に 可 決 成 立 し 、同 月 3 1 日 に「 会 社 の 分 割 に 伴 う 労 働 契 約 の 承 継 等 に 関 す る 法 律 (平 成 12 年 法 律 第 103 号 )」(以 下「 労 働 契 約 承 継 法 」 という。) として公布された。労働契約承継法の制定の背景には、現 在の社会経済情勢においては企業間の国際的な競争が激化しており、 その競争力を強化するため、企業がその組織再編成により経営の効率 性を高めることが求められている。 そのため、これまでに企業組織の再編成を容易にするための方策と して、例えば、平成 9 年の合併法制の合理化のための商法改正や、平 成 11 年 の 持 株 会 社 創 設 の た め の 株 式 交 換 制 度 等 の 導 入 を 内 容 と す る 商法改正が行われている。 会社分割制度の導入は、企業組織の再編成のための法整備の一環で あるが、この制度は、①持株会社の下にある子会社を事業別に再編成 することにより、企業の再編成を促進することができること②営業の 現物出資等によって行っていた分社の手続を、営業を停止することな く行えるなど合理化できることというメリットを有しており、簡易か 旧 労 働 省 で は 、 平 成 11 年 12 月 か ら 学 識 経 験 者 か ら な る 「 企 業 組 織 変 更 に 係 る 労 働 関 係 法 制 等 研 究 会 」( 座 長 菅 野 和 夫 東 京 大 学 法 学 部 教 授 ) を 開 催 し 、 会 社 分 割 、合 併 及 び 営 業 譲 渡 に お け る 企 業 組 織 変 更 に 伴 う 労 働 関 係 上 の 問 題 へ の 対 応 に ついて、専門的見地から検討を進めてきた。 厚 生 労 働 省「 企 業 組 織 変 更 に 係 る 労 働 関 係 法 制 等 研 究 会 報 告 に つ い て ‐ 会 社 分 割 に お け る 労 働 関 係 の 承 継 法 制 立 法 化 を 提 言 -」 http://www2.mhlw.go.jp/kisya/rousei/20000210_01_r/2000 0210_01_r.html#top (2012 年 12 月 4 日 13 時 頃 ア ク セ ス ). 30 ) (45) - 37 - つ迅速で、より円滑な企業組織の再編成の実施という要請に応えられ るものと考えられた。 これは、企業の競争力強化を通じて、長期的には雇用の安定に資す るものであると考えているが、会社の一方的な決定により企業組織の 再編成を実施することが可能な制度であることから、どのように労働 関係上の問題に対処すべきか検討する必要があったためである。 こ の こ と に 加 え て 、 第 145 回 通 常 国 会 に お け る 産 業 活 力 再 生 特 別 措 置 法 案 や 第 146 回 臨 時 国 会 に お け る 民 事 再 生 法 案 の 附 帯 決 議 を 踏 ま え 、 合併、営業譲渡、会社分割等の企業の組織変更に伴う労働関係上の問 題への対応について、労働法、商法及び経済学の学識経験者の参集を 求めたのである。 これにより、専門的見地から法的措置の必要性も含めた調査研究を 行 う た め 、「 企 業 組 織 変 更 に 係 る 労 働 関 係 法 制 等 研 究 会 」 を 平 成 11 年 12 月 か ら 4 回 に わ た り 開 催 し 、平 成 12 年 2 月 10 日 に 報 告 書 が 取 り ま とめられ、その中で、会社分割について、円滑・容易な分割の必要性 を尊重しつつ、労働関係の承継に係る問題点を解消するための立法措 置の必要性が提言された。 労働契約承継法は、 「 企 業 組 織 変 更 に 係 る 労 働 関 係 法 制 等 研 究 会 」の 報告書を踏まえて作成されたものである。次にこの法律に規定されて いる各事項を概観する。 労 働 契 約 承 継 法 は 、 労 働 者 等 へ の 通 知 と し て 分 割 を す る 会 社 (以 下 、 「分割会社」という。) に対して、分割計画書等を承認する株主総会 等の日の 2 週間前までに、その会社が雇用する労働者のうち、①分割 に よ っ て 設 立 す る 会 社 又 は 営 業 を 承 継 す る 会 社 (以 下 、「 設 立 会 社 等 」 という。) に承継される営業に主として従事するものとして労働省令 で定めるもの ② ①の労働者以外のもの、すなわち、設立会社等に承 継される営業に従として従事する労働者のうち、その労働契約を設立 会社等に承継させるために分割計画書等に記載があるものに対して書 面 に よ り 通 知 を 行 う こ と を 義 務 づ け て い る (労 契 承 法 第 2 条 第 1 項 ) 。 通知を発出する時期は、分割計画書等を本店に備え置く時期と同時 期に設定している。労働者に対して書面による通知を行う理由は、次 のとおりである。 ①会社分割に伴う労働者の帰属先が変更されることは、労働者にと (46) - 38 - って重要な情報であり明確にする必要があるが、このことは、株主や 債権者に対して閲覧に供する分割計画書等を見ない限りわからないた め。②分割によって従事する業務に変更が生じる労働者については、 その労働契約の承継に対して異議の申し出を行う機会が労働契約承継 法 の 規 定 に よ り 与 え ら れ て お り 、そ の た め の 判 断 材 料 を 提 供 す る た め 。 通知の記載事項については、この通知が労働契約の承継に対する異議 の申し出を行うか否かの判断材料を提供するという意味もあることか ら、分割によって自分が所属することとされた会社に行くことが、労 働者にとって不利益を生ずるのかどうかについて判断できるような事 項が記載される必要があるためである。 法律においては、労働契約を設立会社等に承継する旨の記載が分割 計画書等にあるのか否か及び第 4 条第 1 項に規定する期限日、すなわ ち、労働者が分割会社に対して異議を申し出る締切日が明記されてお り、その他の事項は労働省令に委ねられている。労働省令で定める事 項については、今後、通知を受ける労働者の立場にも十分配慮しつつ 検討を行い、規定することとしている。 また、分割会社との間で労働協約を締結している労働組合に対する 書 面 に よ る 通 知 も 義 務 づ け て い る (労 継 承 法 第 2 条 第 2 項 )。 こ の 通 知 については、①会社分割に際して組合員の所属につき変動が生ずると ともに、組合の組織状況が重要な要素となっているものの効力に影響 を及ぼすこととなること②労働協約の承継について労使間の合意を要 する部分があること①及び②の理由により、会社分割に関する情報を 事前に提供し、労働組合の意見を反映させる機会を設けるという趣旨 で規定を設けたものである。 なお、通知対象として法律上義務づけているのは、労働協約を締結 している労働組合に限られているが、労使自治により労働協約を締結 していない組合に対して事前に通知が行われることは、労使間の意思 疎通による円滑な会社分割の実現の観点から、望ましいことと考えら れているためである。 労 働 契 約 の 承 継 に つ い て は 、商 法 等 の 会 社 分 割 制 度 の 原 則 に 従 え ば 、 分割計画書等を本店に備え置くべき日までに労働者と協議を行ったう えで、分割会社から設立会社等に承継されるものとして分割計画書等 に記載され、その記載に従い承継されることとなる。 (47) - 39 - 労働契約承継法においては、労働者の保護の観点から、労働契約の 承継について商法等による取扱いの特例を設けている。なお、会社分 割制度においては、分割により承継される営業にまったく従事してい ない労働者の労働契約を承継させることはできないことから、労働契 約承継法においては、このような労働者についての規定を設けていな い。 次に、労働契約承継法に規定する「分割により承継される営業に主 として従事する場合の労働者の労働契約の承継」と「分割により承継 される営業に従として従事する場合の労働者の労働契約の承継」につ いて整理する。 分割により承継される営業に主として従事する労働者の労働契約の 承継の場合には、労働者の労働契約を設立会社等に承継させる場合に おいて会社分割制度の原則に従い、分割計画書等の記載に従い承継さ れ る こ と と な る (労 継 承 法 第 3 条 )。 これは会社分割においては、合併と同様に権利義務は包括的に承継 さ れ る こ と か ら 、雇 用 及 び 労 働 条 件 の 維 持 が 図 ら れ て い る こ と さ ら に 、 承継後もほとんどの場合に分割以前に就いていた職務と同じ職務に引 き続き就くと想定されていることから、労働者にとって実質的な不利 益はなく、また、円滑・容易な会社分割の必要性が要請されているこ とを考慮した措置である。 一方、労働者の労働契約を設立会社等に承継させない場合、つまり 分割会社に残留させる場合は、当該労働者について、通知に記載され た期限日までに分割会社に対し異議を申し出る機会が与えられている こ と と な る (労 継 承 法 第 4 条 第 1 項 )。 当該規定は、分割計画書等の記載に従い承継されないとなると、労 働者が分割以前に就いていた職務と切り離され、分割後は以前と異な る 職 務 に 従 事 せ ざ る を 得 な く な る こ と か ら 、労 働 者 の 保 護 の 観 点 か ら 、 分割後に属する会社、職務について労働者の意思を反映させる機会を 設けたものである。 なお、労働者が異議を申し出た場合には、その効果として、労働契 約 を 設 立 会 社 等 に 承 継 さ せ る こ と と し て い る (労 働 承 継 法 第 4 条 第 4 項 )。 一方、分割により承継される営業に従として従事する労働者の労働 (48) - 40 - 契約の承継の場合には、労働契約承継法において労働者の労働契約を 設立会社等に承継させる場合のみ規定しているが、当該労働者に分割 会 社 に 対 し て 異 議 を 申 し 出 る 機 会 が 与 え ら れ て い る (労 継 承 法 第 5 条 第 1 項 )。 異 議 を 申 し 出 た 場 合 に は 、 そ の 効 果 と し て 、 労 働 契 約 を 設 立 会 社 等 に 承 継 さ せ な い こ と と し て い る (労 継 承 法 第 5 条 第 3 項 )。 こ の 規 定 は 、(1)と 同 様 に 労 働 者 が 分 割 以 前 に 主 に 従 事 し て い た 職 務 は分割会社に残されていることから、その労働契約が設立会社等に承 継されることによって、分割以前に就いていた職務と切り離され、分 割後は以前と異なる職務に従事せざるを得ない事態となることを考慮 し、労働者の保護の観点から、労働契約の承継に関して、労働者の意 思を反映させる機会を設けたものである。 第 4節 独占禁止法 会社分割制度の創設に伴い、商法改正と併せて実体規定及び手続規 定 の 整 備 の た め の 独 占 禁 止 法 の 改 正 が 商 法 整 備 法 (平 成 12 年 5 月 31 日 法 律 第 91 号 )に よ り 行 わ れ た 。 本 節 で は 、 会 社 分 割 制 度 の 創 設 に 伴 う独占禁止法の改正の概要について整理する。 改正商法では、分割する会社の営業を、分割によって新しく設立す る会社に承継させる「新設分割」と既存の他の会社に承継させる「吸 収分割」の 2 つの類型を認めおり、また、新設分割は、複数の会社が 共同でこれを行うことができることが明らかとなっている(旧商法第 374 条 第 2 項 11 号 )。 単独の新設分割は、企業内の組織形態の変更にすぎないものと評価 できるが、共同でこれを行う場合には、合併などと同様に企業結合関 係が生じることとなるものであり、市場の競争へ影響を与えるもので あ る こ と か ら 、独 占 禁 止 法 の 規 制 対 象 と す る 必 要 が あ る と 考 え ら れ る 。 また、吸収分割は、外形的には、従来の営業譲渡と同様の効果をも たらすものであって、企業結合関係を生じさせることとなるものであ り、市場の競争へ影響を与えるものであることから、これも独占禁止 法上の規制対象とする必要があると考えられるのである。 会 社 分 割 は 、 独 占 禁 止 法 に お け る 実 体 規 定 (独 禁 法 第 15 条 の 2 第 1 項 )に お い て 合 併 等 と 同 様 に 企 業 間 の 新 た な 結 合 関 係 を 生 じ さ せ る も (49) - 41 - のであることから、当該会社分割により、一定の取引分野における競 争を実質的に制限することとなる場合、及び当該会社分割が不公正な 取引方法による場合には、これを禁止することとされている。 また、会社分割制度は、我が国以外にすでに法制化されている国も あることから、国外の会社分割がわが国市場における競争を実質的に 制 限 す る こ と と な る 場 合 に は 、こ れ を 規 制 す る 必 要 が あ る と さ れ る 31 )。 そのため、当改正では、行為者たる会社に「国内」の限定は付されな いこととされたのである。 なお、単独の新設分割については、単なる組織形態の変更にすぎな いものと考えられることから、本規制の対象から除外されている。 現行の独占禁止法においては、当該企業結合が独占禁止法に違反し な い か を 監 視 す る た め に 、各 種 の 届 出・報 告 制 度 を 定 め て い る と こ ろ 、 会社分割についても、一定の基準に該当する場合には、公正取引委員 会 へ 当 該 会 社 分 割 に 関 す る 計 画 の 届 出 義 務 が 課 せ ら れ 、届 出 後 30 日 間 は分割行為を行うことができないこととされている。 し た が っ て 、実 務 上 は 、合 併 等 と 同 様 に 分 割 行 為 の 30 日 前 ま で に は 当該会社分割の届出を行う必要がある。 複数の国内の会社が共同新設分割をしようとする場合において、会 社分割の対象となる営業の全部を新設する会社に承継させる時には、 分割当事会社並びにその直接の親会社及び子会社の総資産の合計額が 100 億 円 を 下 回 ら な い 範 囲 内 に お い て 政 令 で 定 め る 金 額 を 超 え る 会 社 と 10 億 円 を 下 回 ら な い 範 囲 内 に お い て 政 令 で 定 め る 金 額 を 超 え る 会 社 が あ る 場 合 に 届 出 義 務 が 課 せ ら れ る こ と と さ れ て い る (独 禁 法 第 15 条 の 2 第 2 項 )。 なお、分割の対象が営業の重要部分である場合には、当該部分に係 る 売 上 高 に よ る こ と と さ れ て い る (独 禁 法 第 15 条 の 2 第 2 項 )。 他方、国内の会社が吸収分割をしようとする場合においては、会社 分割の対象となる営業の全部を他の国内の会社に承継させる時は、吸 収分割当事会社並びにその直接の親会社及び子会社の総資産の合計額 が 100 億 円 を 下 回 ら な い 範 囲 内 に お い て 政 令 で 定 め る 金 額 を 超 え る 会 社 と 10 億 円 を 下 回 ら な い 範 囲 内 に お い て 政 令 で 定 め る 金 額 を 超 え る 大 元 慎 二 「 会 社 分 割 制 度 の 創 設 に 伴 う 独 占 禁 止 法 の 整 備 」 商 事 法 務 1565 号 31 頁 (商 事 法 務 研 究 会 ,2000 年 ). 31 ) (50) - 42 - 会社がある場合に届出義務が課せられることとされている。 なお、共同新設分割の場合と同様、分割の対象が営業の重要部分で あ る 時 に は 、当 該 重 要 部 分 に 係 る 売 上 高 に よ る こ と と さ れ て い る (独 禁 法 第 15 条 の 2 第 3 項 )。 ま た 、 親 子 、 兄 弟 会 社 間 に つ い て は 、 会 社 分 割 の 届 出 に つ い て 特 例 が 設 け ら れ て お り 、 株 式 所 有 比 率 が 50%超 の 関 係にある会社との会社分割については、公正取引委員会への届出を免 除 さ れ て い る (独 禁 法 第 15 条 の 2 第 4 項 )。 こ れ は 、 50%を 超 え る 株 式 所 有 関 係 が あ れ ば 、 そ の 会 社 が 新 た な 企 業結合である会社分割をしたとしても競争への影響はあまりないと考 え ら れ る こ と に よ る も の で あ る 32 )。 さ ら に 、 株 式 所 有 割 合 が 50%を 超 え る 際 に は 、 株 式 所 有 報 告 書 の 提 出を受けて審査を行うこととなる。その他国外における会社分割につ い て は 、会 社 分 割 制 度 は 、す で に 法 制 化 さ れ て い る 国 が あ る こ と か ら 、 国外の会社が会社分割を行うことにより、わが国市場における競争を 実質的に制限することがあり得るため、当該会社分割が一定の基準に 該当する場合には、国内企業間の場合と同様に届出義務を課すことと さ れ て い る (独 禁 法 15 条 の 2 第 5 項 )。 具体的には、外国会社間で会社分割が行われる場合には、合併等の 場 合 と 同 様 に 、当 該 会 社 の 日 本 国 内 の 営 業 所 (当 該 会 社 の 子 会 社 の 営 業 所を含む。) における売上高を基準としているのである。 他 方 、 会 社 が 合 併 し て は な ら な い 期 間 (以 下 、「 待 機 期 間 」 と い う 。 ) が 独 占 禁 止 法 第 15 条 第 4 項 及 び 第 5 項 に お い て 規 定 さ れ て い る 。 待 機 期 間 は 30 日 と 定 め ら れ て お り 、公 正 取 引 委 員 会 が 審 判 開 始 を 決 定 し 、 又 は 勧 告 す る こ と が で き る 期 間 を 届 出 受 理 後 120 日 を 経 過 し た 日 と 追 加 報 告 等 を 受 理 し た 日 か ら 90 日 を 経 過 し た 日 と の い ず れ か 遅 い 日 ま での期間と定めているところにより、会社分割についても同項を準用 することとされている。 そ の 他 の 会 社 分 割 に 関 す る 規 定 と し て は 、排 除 措 置 の た め の 規 定 (独 禁 法 第 17 条 の 2、 同 法 第 48 条 、 同 法 第 54 条 )が あ る 。 会 社 分 割 が 独 占禁止法に違反すると認められる場合には、当該会社分割が独占禁止 法 第 15 条 の 2 の 規 定 に 違 反 す る 場 合 に お い て 、独 占 禁 止 法 八 章 二 節 に 32 ) 大 元 ・ 前 掲 注 31,32 頁 . (51) - 43 - 規 定 す る 手 続 き に 従 い 勧 告 又 は 審 判 開 始 決 定 し 、 独 禁 法 第 17 条 の 2 の規定により市場からの排除措置が採られることになる。 また、当改正では、公正取引委員会は、会社分割の計画に関する届 出がなされなかった場合及び当該会社分割が待機期間の規定に違反し て行われた場合には、会社分割無効の訴えを提起することができるこ と と さ れ て い る (独 禁 法 第 18 条 第 2 項 )。ま た 、裁 判 所 は 、緊 急 の 必 要 があると認める時は、公正取引委員会の申立てにより、独占禁止法違 反の疑いのある行為をしている者に対し、当該会社分割の一時停止を 命 じ る こ と が で き る (独 禁 法 第 67 条 )こ と も 規 定 さ れ て い る 。 罰則規定については、会社分割に係る届出規定に違反して届出をし なかった者、虚偽の記載をした届出書を提出した者、待機期間の規定 に 違 反 し て 会 社 分 割 の 登 記 を し た 者 は 、 200 万 円 以 下 の 罰 金 に 処 せ ら れ る こ と と さ れ て い る (独 禁 法 第 91 条 の 2 第 8 号 及 び 9 号 )。以 上 が 会 社分割に係る独占禁止法の概要である。 (52) - 44 - 第3章 第 1節 会社分割税制における諸形態と税制適格要件等 会社分割の形態 法人税法に規定する会社分割税制が適用される会社分割の形態とし ては、まず本稿「第 2 章第 2 節会社法」で述べた、営業の承継会社の 区分による吸収分割と新設分割があり、さらに階層を別にして株式の 割当ての態様による分割型分割及び分社型分割並びに両者の折衷型が 存在する。 分 割 型 分 割 と は 、 法 人 税 法 第 2 条 第 12 号 の 9 に お い て 「 ① 分 割 の 日 に お い て 当 該 分 割 に 係 る 分 割 対 価 資 産 (分 割 に よ り 分 割 法 人 が 交 付 を受ける分割承継法人の株式・出資・その他の資産をいう。) の全て が分割法人の株主等に交付される場合の当該分割②分割対価資産が交 付されない分割でその分割の直前において、分割承継法人が分割法人 の発行済株式等の全部を保有している場合又は分割法人が分割承継法 人の株式を保有していない場合の当該分割」と規定されている。 分 社 型 分 割 と は 、法 人 税 法 第 2 条 第 12 号 の 10 に お い て「 ① 分 割 の 日において当該分割に係る分割対価資産が分割法人の株主等に交付さ れ な い 場 合 の 当 該 分 割 (分 割 対 価 資 産 が 交 付 さ れ る も の に 限 る 。 ) ② 分割対価資産が交付されない分割で、その分割の直前において分割法 人 が 分 割 承 継 法 人 の 株 式 を 保 有 し て い る 場 合 (分 割 承 継 法 人 が 分 割 法 人の発行済株式等の全部を保有している場合を除く。) の当該分割」 と規定されている。 また、折衷型の会社分割は、中間型の分割ともいわれており、分割 対価資産の一部が株主等に交付された場合、残りが分割法人の手元に 留まるといったこともあり得ることからこの場合には,分割型分割と 分 社 型 分 割 の 双 方 が 行 わ れ た も の と み な さ れ る こ と と さ れ て い る (法 法 第 62 条 の 6 第 1 項 )。 以上のことにより会社分割における基本的類型は、 「分社型の新設分 割 (図 解 1 参 照 )」 「 分 割 型 の 新 設 分 割 (図 解 2 参 照 )」 「折衷型の新設分割 (図 解 3 参 照 )」 「 分 社 型 の 吸 収 分 割 (図 解 4 参 照 )」 「 分 割 型 の 吸 収 分 割 (図 解 5 参 照 )」「 折 衷 型 の 吸 収 分 割 (図 解 6 参 照 )」 の 6 パ タ ー ン が 想 定 さ (53) - 45 - れる。 【図解1】 「 分 社 型 の 新 設 分 割 」に お い て は 、分 割 法 人 は 、分 割 承 継 法 人に分割事業を移転し、分割承継法人が発行する株式は全て分割会社 に割り当てることとなる。 (出 所 ) 新 川 大 祐 『 企 業 再 編 の た め の 会 社 分 割 の 実 務 - そ の 法 務 ・ 会 計 ・ 税 務 の す べ て 』( 税 務 経 理 協 会 ,2001 年 ) よ り 一 部 修 正 し て 作 成 。 【図解2】 「 分 割 型 の 新 設 分 割 」に お い て は 、分 割 法 人 は 、分 割 承 継 法 人に分割事業を移転し、分割承継法人が発行する株式は全て分割法人 の株主に割り当てることとなる。 (出 所 ) 新 川 大 祐 『 企 業 再 編 の た め の 会 社 分 割 の 実 務 - そ の 法 務 ・ 会 計 ・ 税 務 の す べ て 』( 税 務 経 理 協 会 ,2001 年 ) よ り 一 部 修 正 し て 作 成 。 (54) - 46 - 【図解3】 「 折 衷 型 の 新 設 分 割 」に お い て は 、分 割 法 人 は 、分 割 承 継 法 人に分割事業を移転し、分割承継法人が発行する株式は分割法人と分 割法人の株主の両方に割り当てることとなる。 (出 所 ) 新 川 大 祐 『 企 業 再 編 の た め の 会 社 分 割 の 実 務 - そ の 法 務 ・ 会 計 ・ 税 務 の す べ て 』( 税 務 経 理 協 会 ,2001 年 ) よ り 一 部 修 正 し て 作 成 。 【図解4】 「 分 社 型 の 吸 収 分 割 」に お い て は 、分 割 法 人 は 、既 存 の 会 社 (分 割 承 継 法 人 )に 分 割 事 業 を 移 転 し 、 分 割 承 継 法 人 が 発 行 す る 株 式 は 全て分割法人に割り当てることとなる。 (出 所 ) 新 川 大 祐 『 企 業 再 編 の た め の 会 社 分 割 の 実 務 - そ の 法 務 ・ 会 計 ・ 税 務 の す べ て 』( 税 務 経 理 協 会 ,2001 年 ) よ り 一 部 修 正 し て 作 成 。 (55) - 47 - 【図解5】 「 分 割 型 の 吸 収 分 割 」に お い て は 、分 割 法 人 は 、既 存 の 会 社 (分 割 承 継 法 人 )に 分 割 事 業 を 移 転 し 、 分 割 承 継 法 人 が 発 行 す る 株 式 は 全て分割法人の株主 A に割り当てることとなる。 (出 所 ) 新 川 大 祐 『 企 業 再 編 の た め の 会 社 分 割 の 実 務 - そ の 法 務 ・ 会 計 ・ 税 務 の す べ て 』( 税 務 経 理 協 会 ,2001 年 ) よ り 一 部 修 正 し て 作 成 。 (56) - 48 - 【図解6】 「 折 衷 型 の 吸 収 分 割 」に お い て は 、分 割 法 人 は 、既 存 の 会 社 (分 割 承 継 法 人 )に 分 割 事 業 を 移 転 し 、 分 割 承 継 法 人 が 発 行 す る 株 式 は 分割法人及び分割法人の株主 A の両方に割り当てることとなる。 (出 所 ) 新 川 大 祐 『 企 業 再 編 の た め の 会 社 分 割 の 実 務 - そ の 法 務 ・ 会 計 ・ 税 務 の す べ て 』( 税 務 経 理 協 会 ,2001 年 ) よ り 一 部 修 正 し て 作 成 。 以上が基本的類型であるがその他の会社分割の応用類型として「共 同 新 設 分 割 」「 按 分 型 ・ 非 按 分 型 の 分 割 」 が あ げ ら れ る 。 「共同新設分割」とは、複数の法人が共同で、分割により新たな法人 を 設 立 し 、営 業 を 承 継 す る こ と を い う 。ま た 、複 数 の 会 社 が 共 同 し て 、 分割により既存の会社に営業を移転させる共同吸収分割も同様に行う ことが可能である。 (57) - 49 - 【 図 解 7 】「 分 社 型 の 共 同 新 設 分 割 」 (出 所 ) 新 川 大 祐 『 企 業 再 編 の た め の 会 社 分 割 の 実 務 - そ の 法 務 ・ 会 計 ・ 税 務 の す べ て 』( 税 務 経 理 協 会 ,2001 年 ) よ り 一 部 修 正 し て 作 成 。 【 図 解 8 】「 分 割 型 の 共 同 新 設 分 割 」 (出 所 ) 新 川 大 祐 『 企 業 再 編 の た め の 会 社 分 割 の 実 務 - そ の 法 務 ・ 会 計 ・ 税 務 の す べ て 』( 税 務 経 理 協 会 ,2001 年 ) よ り 一 部 修 正 し て 作 成 。 (58) - 50 - 「按分型・被按分型の分割」における按分型の分割とは、分割承継法 人が分割に際して発行する株式を分割法人の株主に割り当てる場合に、 その株式保有割合に応じて株式を割り当てる会社分割をいい、非按分 型の分割とは、分割法人の株主の株式保有割合によらずに株式を割り 当てる会社分割をいう。 非按分型の場合には、分割会社の株主全員の同意が必要であり、ま た、この場合に該当した場合であっても通常、分割法人の株式の一部 (特 定 の 株 主 が 保 有 す る 株 式 )を 消 却 す る こ と で 、 経 済 的 価 値 と し て は 株主を平等に取り扱うことが求められる。 (出 所 ) 新 川 大 祐 『 企 業 再 編 の た め の 会 社 分 割 の 実 務 - そ の 法 務 ・ 会 計 ・ 税 務 の す べ て 』( 税 務 経 理 協 会 ,2001 年 ) よ り 一 部 修 正 し て 作 成 。 【図解9】 (1) 被 按 分 型 の 会 社 分 割 前 (補 足 )一 般 的 に は 、 株 主 A と 株 主 B の 財 産 価 値 は 、 平等であるのが前提であるため、各株主は分割 法人に対するその持分割合に応じた価値を有す る事業を取得することになる。 (59) - 51 - (2) 被 按 分 型 の 新 設 分 割 (3) 非 按 分 型 の 吸 収 分 割 (出 所 ) 新 川 大 祐『 企 業 再 編 の た め の 会 社 分 割 の 実 務 - そ の 法 務 ・ 会 計 ・ 税 務 の す べ て 』( 税 務 経 理 協 会 ,2001 年 ) よ り 一 部 修 正 し て 作 成 。 第 2節 税制適格要件 内国法人が会社分割により分割承継法人にその有する資産及び負債 の 移 転 を し た 時 は 、法 人 税 法 第 62 条 に お い て 分 割 承 継 法 人 に 移 転 を し たその資産及び負債の分割の時の価額により譲渡を行ったものとして、 その移転資産等の譲渡損益の計上を行うことを明確に規定している。 こ の 法 人 税 法 第 62 条 の 規 定 が 会 社 分 割 を 行 っ た 場 合 に お け る 原 則 (60) - 52 - で あ る 。法 人 税 法 62 条 が 規 定 さ れ た 経 緯 は 、合 併 に つ い て 従 来 、移 転 資産等のキャピタルゲインにつき合併法人が任意に計上を行うことが できるものとされており、これが課税上様々な問題を生じさせていた こ と か ら 平 成 13 年 度 税 制 改 正 に お い て 資 産 等 の 移 転 を 行 っ た 場 合 に おける税制上の取扱いの原則に則り、被合併法人が移転資産等を時価 により譲渡したものとして譲渡損益の計上を行うことを原則とするこ ととし、その旨を明らかにするために本条が設けられた。 その経緯に伴って会社分割については、商法上、合併にならった制 度となっており、商法における分割による資産等の移転の性格は、合 併 に よ る 資 産 等 の 移 転 の 性 格 と 同 様 と 考 え ら れ る た め 、本 条 に お い て 、 合併と併せて、分割法人が移転資産等を時価により譲渡したものとし て譲渡損益の計上を行うことを原則とする旨が規定された。 一 方 、法 人 税 法 第 62 条 の 規 定 導 入 と 同 時 に 特 例 の 規 定 も 定 め ら れ た 。 ま ず 法 人 税 法 第 62 条 の 2 に お い て 適 格 分 割 型 分 割 に 該 当 し た 場 合 の 取 扱 い 等 を 規 定 し 、次 に 法 人 税 法 第 62 条 の 3 に お い て 適 格 分 社 型 分 割 に 該当した場合の取扱いを規定している。 法 人 税 法 第 62 条 の 2 第 2 項 で は 、 適 格 分 割 型 分 割 に よ っ て 分 割 法 人 が 分 割 承 継 法 人 に 資 産 及 び 負 債 (以 下 、「 資 産 等 」 と い う 。 ) の 移 転 を行った場合には、資産等の帳簿価額による引継ぎを行ったものとさ れ、移転資産等の譲渡損益の計上が繰り延べられることとしている。 な お 、こ の 場 合 に お け る 帳 簿 価 額 は 、直 前 の 帳 簿 価 額 を い う 。ま た 、 法 人 税 法 第 62 条 の 3 第 1 項 で は 、 適 格 分 社 型 分 割 に よ っ て 分 割 法 人 が分割承継法人に資産等の移転を行った場合には、資産等の帳簿価額 による譲渡を行ったものとされ、移転資産等の譲渡損益の計上が繰り 延べられることとなる。 つまり原則においては、分割型分割又は分社型分割により資産等の 移転を行った場合には、分割法人において資産等の「譲渡」を行い、 分割承継法人において資産等の「取得」を行ったものと考えるのに対 して、特例においては、分割法人が資産等の「引継ぎ」を行い、分割 承継法人において資産等の「引継ぎ」を受けたものされているのであ る。 これにより、特例である適格分割型分割又は適格分社型分割により 資産等の移転が行われた場合には、資産等の「譲渡」と「取得」とは (61) - 53 - しないという考え方が採られているのである。 ま た 、分 割 型 分 割 に よ る 資 産 等 の 移 転 が 原 則 ど お り 資 産 等 の「 譲 渡 」 と「取得」とされる場合には、各種引当金や準備金などの計算上の金 額 は 引 き 継 が れ な い が 、資 産 等 の 移 転 が 特 例 と し て 資 産 等 の「 引 継 ぎ 」 とされる場合には、これらの金額も引き継がれることとなる。 この原則と特例の適用は、法人の行った会計処理や法人の選択によ り変化するものではなく、分割型分割又は分社型分割が適格分割に該 当しない場合には、原則が適用され、適格分割に該当する場合には特 例が適用されることとなるのである。 第 1項 適格会社分割の適用範囲 適格会社分割が適用される範囲は、企業グループ内の会社分割と共 同事業を営むための会社分割とされている。企業グループ内の会社分 割 と は 、100%の 資 本 関 係 に あ る 法 人 間 で 行 う 会 社 分 割 と 50% 超 100% 未満の資本関係にある法人間で行う会社分割のうち一定の要件に該当 するものとされている。 適 格 会 社 分 割 が 適 用 さ れ る 企 業 グ ル ー プ 内 の 会 社 分 割 と は 、本 来 は 、 資 本 関 係 が 100%の 法 人 間 で 行 う も の つ ま り 両 社 が 完 全 に 一 体 で あ る とみられるものとすべきであると考えられるが、現に企業グループと し て 一 体 的 な 経 営 が 行 わ れ て い る 単 位 と し て 考 慮 す れ ば 、 50% 超 100%未 満 の 資 本 関 係 に あ る 法 人 間 で 行 う 会 社 分 割 に つ い て も 、移 転 す る事業に係る主要な資産及び負債を移転していること等の一定の要件 を付加することにより、これに含めることもできると考えられる。こ の こ と か ら 50%超 100%未 満 の 資 本 関 係 に あ る 法 人 間 で 行 う 会 社 分 割 についてもこの企業グループ内の会社分割に含めるものとされている。 共同事業を営むための会社分割とは、上記の企業グループ内の会社 分割に該当する会社分割以外の会社分割のうち、事業を共同化して業 界の再編成をする等企業の合理化を図るために行う会社分割をいい、 資産等の移転の対価として取得した株式を継続保有すること等の一定 の要件に該当することが必要とされている。 この共同事業を営むための会社分割が適格会社分割とされているの は、主に、企業グループを超えた会社分割が行われている実態が考慮 (62) - 54 - さ れ た こ と に よ る も の で あ る 33 )。 第 2項 税制適格要件 法人が会社分割によりその有する資産等を移転する前後で経済実態 に実質的な変更がないと考えられる場合には、課税関係を継続させる のが適当であり、その会社分割において、移転資産等に対する支配が 再編成後も継続していると認められるものについては、移転資産等の 譲渡損益の計上を繰り延べることとしている。ここでは、以下におい て組織再編行為が適格組織再編成と認定されるための要件を述べる。 適 格 分 割 の 要 件 は 、法 人 税 法 第 2 条 第 12 号 の 11 に お い て そ の 前 提 となる要件が規定されており、その内容は適格分割とは一定の要件に 該 当 す る 分 割 で 分 割 対 価 資 産 (分 割 に よ り 分 割 法 人 が 交 付 を 受 け る 分 割承継法人の株式・出資をいう。) として分割承継法人の株式又は分 割 承 継 法 人 の い ず れ か 一 方 の 株 式 以 外 の 資 産 が 交 付 さ れ な い も の (当 該株式が交付される分割型分割にあっては、当該株式が分割法人の株 主等の有する当該分割法人の株式の数等の割合に応じて交付されるも のに限る。) をいうとしている。 上記条文から導き出される要件は、原則、会社分割の対価として金 銭 等 の 株 式 以 外 の 資 産 が 交 付 さ れ な い こ と (以 下 、「 株 式 交 付 要 件 」 と いう。) 及び分割型の会社分割にあっては、非按分型の会社分割でな い こ と (以 下 、「 按 分 型 要 件 」 と い う 。 ) で あ る 。 上記の前提要件を受けて適格分割に該当する場合の適用される要件 を「企業グループ内の会社分割に該当し、かつ、会社分割を行う法人 間 の 資 本 関 係 が 100%の 完 全 支 配 関 係 で あ る 場 合 」「 企 業 グ ル ー プ 内 の 会 社 分 割 に 該 当 し 、 か つ 、 会 社 分 割 を 行 う 法 人 間 の 資 本 関 係 が 50%超 100%未 満 の 支 配 関 係 で あ る 場 合 」「 共 同 事 業 を 行 う た め の 会 社 分 割 で ある場合」の 3 パターンに区分して整理する。 (1) 会 社 分 割 を 行 う 法 人 間 の 資 本 関 係 が 100% の 完 全 支 配 関 係 で あ る 場合の要件 ① 按 分 型 要 件 (前 提 要 件 ) 33 ) 武 田 昌 輔 監 修 『 DHC コ ン メ ン タ ー ル 法 人 税 法 3』 3603 の 2 頁 (第 一 法 規 ). (63) - 55 - ② 株 式 交 付 要 件 (前 提 要 件 )・ ・ ・ 株 式 以 外 の 資 産 (金 銭 等 )の 交 付 が な い こ と を い い 、こ の 場 合 の 株 式 と は 、分 割 承 継 法 人 株 式( 又 は 分 割 承 継 法 人 を 100% 支 配 す る 親 法 人 の 株 式 )を 指 す 。な お 、適 格 分 割 に お い て は 、分 割 対 価 資 産 と し て 分 割 承 継 法 人 の 株 式 又 は 分 割 承 継 親法人株式のいずれか一方の株式以外の資産が分割法人又はその 株 主 等 に 交 付 さ れ な い 場 合 に 限 ら れ て お り 、 金 銭 そ の 他 の 資 産 (分 割 交 付 金 )の 交 付 を し た 場 合 は 適 格 分 割 に 該 当 し な い こ と と さ れ る 。 ③ 完 全 支 配 関 係 継 続 要 件・・・組 織 再 編 成 前 後 に お い て 100% の 支 配 関 係 の 継 続 が 見 込 ま れ て い る こ と (法 令 第 4 条 の 3 第 6 項 )。 (2) 会 社 分 割 を 行 う 法 人 間 の 資 本 関 係 が 50% 超 100% 未 満 の 支 配 関 係 である場合の要件 ① 按 分 型 要 件 (前 提 要 件 ) ② 株 式 交 付 要 件 (前 提 要 件 )・ ・ ・ 上 記 (1)② と 同 様 。 ③ 支 配 関 係 継 続 要 件 ・・・ 会 社 分 割 前 後 に お い て 50% 超 100% 未 満 の 支 配 関 係 の 維 持 が 見 込 ま れ て い る こ と (法 令 第 4 条 の 3 第 7 項 )。 ④ 独立事業単位要件・・・組織再編成により移転する事業に係る主 要 な 資 産・負 債 が 引 き 継 が れ る こ と が 見 込 ま れ て い る こ と (法 法 第 2 条 12 号 の 11 ロ (1))。 また、主要なものであるかの判定は、事業を営むうえでの重要性 のほか、その資産及び負債の種類、規模、事業再編計画の内容等 を 総 合 的 に 勘 案 し て 判 定 す る も の と さ れ る (法 基 通 1- 4- 8)。 ⑤ 事業継続要件・・・組織再編成により移転する事業が引き続き営 ま れ る こ と が 見 込 ま れ て い る こ と (法 法 第 2 条 12 号 の 11 ロ (3))。 ⑥ 従業者引継要件・・・組織再編成により移転する事業に従事する 従 業 者 の お お む ね 80% 以 上 が 再 編 後 の 事 業 に 引 き 継 が れ る こ と が 見 込 ま れ て い る こ と (法 法 第 2 条 12 号 の 11 ロ (2))。た だ し 、こ れらの従業者は必ずしも移転した事業に従事する必要はない。 な お 、 平 成 14 年 2 月 15 日 付 課 法 2- 1「 法 人 税 基 本 通 達 等 の 一 部改正について」により、これまで明確にされていなかった「従 (64) - 56 - 業 者 」の 範 囲 が 法 人 税 法 基 本 通 達 1- 4- 4 と し て 新 設 さ れ た 34 )。 適格分割の判定要件として、従業者の引継ぎが求められている 理由としては、その分割により移転する資産、負債が独立した事 業単位での移転であるかどうかを判定するための指標の一つとし て規定されているものと考えられており、この考え方から規定す れば、 「 従 業 者 」と は 、雇 用 契 約 が あ る か ど う か と い っ た 雇 用 形 態 のいかんにかかわらず、役員、使用人その他の者で、分割事業に 現に従事する者の全てがこれに含まれることになると考えられる。 ただし、日雇労務者等と呼ばれる特殊な雇用形態については、 日雇いとして契約を締結していることからその引継ぎを要件とす ることは実態に合わないこととして、会社分割を行う法人がこれ を従業者数に含めないこととしている場合にはこれを認めること としている。なお、共同事業を営む分割の場合には、その適格要 件のうちに、分割法人と分割承継法人との売上金額、従業員数等 の規模の割合が 5 倍を超えないこととする「5 倍規模要件」が存 在するが、この 5 倍規模要件における従業員の範囲についても、 同様に取り扱うこととしている。 さ ら に 、本 通 達 の 注 釈 に お い て 、 「 従 業 者 」の 範 囲 に つ い て 、い く つ か の 留 意 点 を 明 確 に 規 定 し て い る 。第 一 と し て 、分 割 法 人 が 、 その分割の時において他の法人から出向者を受け入れている場合 や人材派遣会社から派遣社員を受け入れている場合においても、 本通達と同様に現に移転する事業に従事する者であれば、これら の者についても「従業者」に含まれることになるとしている。 第二に、下請先の従業員については、例えばその下請先が自己 の工場内の特定のラインを継続的に請け負っている場合であって も、当該下請先の従業員は、分割法人の分割事業に従事している わけではなく下請先自身の事業に従事しているのにすぎないので あるから、 「 従 業 者 」に は 含 ま れ な い こ と と し て い る 。ま た 、分 割 事業とその他の事業のいずれも兼務している者については、主と して分割事業に従事していれば当該事業に係る従業者に含まれる 34 ) 国 税 庁 「【 新 設 】 従 業 者 の 範 囲 」 http://www.nta.go.jp/shiraberu/zeiho -kaishaku/joho-zeikaishaku/hojin/020404 2/01/1_4_4.htm 平 成 24 年 12 月 8 日 10: 00 頃 ア ク セ ス . (65) - 57 - ことになるとしている。 (3) 共 同 事 業 を 行 う た め の 会 社 分 割 に お け る 適 格 要 件 ① 按 分 型 要 件 (前 提 要 件 ) ② 株 式 交 付 要 件 (前 提 要 件 )・ ・ ・ 上 記 (1)② と 同 様 。 ③ 事 業 関 連 性 要 件・・・分 割 法 人 の 分 割 事 業 と 分 割 承 継 法 人 の 分 割 承 継 事 業 (分 割 承 継 法 人 の 分 割 前 に 営 む 事 業 の う ち い ず れ か の 事 業 ) と が 相 互 に 関 連 す る も の で あ る こ と (法 令 第 4 条 の 3 第 8 項 1 号 )。 ま た、関連する事業であることのほかに販売等に要する商品、資産、サ ービス又は経営資源が類似するものであること等の場合をいう(法施 規 第 3 条 第 1 項 2 号 )。 ④ 次の A 事業規模要件又は B 経営参画要件のいずれかを満たす こと。 A 事業規模要件・・・分割法人の分割事業と分割承継法人の分割承 継 事 業 (分 割 事 業 と 関 連 す る 事 業 に 限 ら れ る 。) の そ れ ぞ れ の 売 上 金 額 、 従業者の数若しくはこれらに準ずるものの規模の割合がおおむね 5 倍 を 超 え な い こ と を い う (法 令 第 4 条 の 3 第 8 項 2 号 ) 。 な お 、 こ れ ら に 準 ず る も の の 規 模 の 割 合 と は 、例 え ば 金 融 機 関 に お け る 預 貯 金 量 等 、 客観的・外形的にその事業の規模を表すものと認められる指標による 割合をいい、5 倍以内であるかは、これらのいずれか一つの指標によ り 判 定 す る (法 基 通 1- 4- 6)。 B 経営参画要件・・・分割前の分割法人の特定役員のいずれかと分 割承継法人の特定役員のいずれかが分割承継法人の特定役員となるこ と が 見 込 ま れ て い る こ と (法 令 第 4 条 の 3 第 8 項 2 号 )。 な お 特 定 役 員 とは、社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役、常務取 締役のように表見代表役員である者又はこれらに準ずる者で経営に従 事 し て い る 者 を い う (法 令 第 4 条 の 3 第 4 項 2 号 )。な お 、 「これらに準 ず る 者 」と は 、役 員 又 は 役 員 以 外 の 者 で 、社 長 、副 社 長 、代 表 取 締 役 、 代表執行役、専務取締役又は常務取締役と同等に法人の経営の中枢に 参 画 し て い る 者 と さ れ る (法 基 通 1- 4- 7)。 ⑤ 独 立 事 業 単 位 要 件・・・(2)④ と 内 容 は 同 様 (法 令 第 4 条 の 3 第 8 項 3 号 )。 ⑥ 事 業 継 続 要 件・・・・・ (2)⑤ と 内 容 は 同 様 (法 令 第 4 条 の 3 第 8 (66) - 58 - 項 5 号 )。 ⑦ 従 業 者 引 継 要 件・・・・(2)⑥ と 内 容 は 同 様 (法 令 第 4 条 の 3 第 8 項 4 号 )。 ⑧ 株 式 継 続 保 有 要 件・・・当 該 要 件 は 、 「分割型の会社分割を行う 場合」と「分社型の会社分割を行う場合」に分けて規定が定められて いる。 「分割型の会社分割を行う場合」には、分割型分割の直前の分割法 人の株主等で分割型分割により交付を受ける分割承継法人の株式の全 部を継続して保有することが見込まれている者並びに分割承継法人及 び新設分割に係る他の分割法人の有する分割法人の株式の数の合計数 が そ の 分 割 法 人 の 発 行 済 株 式 等 の 総 数 の 80% 以 上 で あ る こ と 。 なお、分割型分割の場合において保有する株式の計算をするにあた っては、交付を受ける分割承継法人の株式、分割法人の株式及び分割 法人の発行済株式からは、議決のないものは除外されている。 また、新設分割型分割に係る他の分割法人が有する分割法人株式に ついては、吸収分割に係る分割承継法人の有する分割法人株式と同様 の事情にあると考えられているため、分割承継法人株式の継続保有の 有無にかかわらず、上記の合計数に加算することとされている。ただ しその新設分割型分割により分割承継法人に移転する分割法人の株式 の数に限ることとされている。 「分社型の会社分割を行う場合」には、分割法人が分割により交付 を受ける分割承継法人の株式の全部を継続して保有することが見込ま れていることが要件となっている。 しかし、⑧の株式継続保有要件においては、分割型分割で分割法人 の 株 主 が 50 人 以 上 の 場 合 に は 当 要 件 に は 該 当 し な い こ と と さ れ て い る。これは、株主が多数である場合には、これを管理することが困難 と認められるからである。 な お 、共 同 事 業 を 行 う た め の 会 社 分 割 に お け る 適 格 要 件 に お い て も 、 分社型分割における「株式交付要件」及び分割型分割における「株式 交 付 要 件 」・「 按 分 型 要 件 」 は 、 適 格 会 社 分 割 の 前 提 条 件 で あ る た め そ の要件を満たさなければ適格会社分割とは認められない。 以上が会社分割における税制適格要件である。上記の要件を満たす 会社分割は、適格会社分割に該当し、要件を満たさない会社分割は、 (67) - 59 - 非適格会社分割に該当する。つまり、適格会社分割に該当する場合に は、当該分割法人は、会社分割により移転する資産等を簿価で移転す ることが可能となり、分割承継法人は、会社分割による移転する資産 等を簿価で受け入れることが可能となるのである。 第 3節 会計上の処理 第 1 項 概要 会 社 分 割 の お け る 会 計 処 理 の 取 扱 い に つ い て は 、 会 社 法 第 757 条 か ら 第 766 条 、会 社 法 施 行 規 則 第 178 条 か ら 第 213 条 、会 社 計 算 規 則 第 37 条 、第 38 条 、第 49 条 か ら 第 51 条 に 規 定 さ れ て い る (会 社 法 、会 社 法 施 行 規 則 、 会 社 計 算 規 則 を 以 下 、「 会 社 法 等 」 と い う 。 )。 会社法等以外のものでは、会計上の実務的な取扱いを記載している 「 企 業 結 合 に 関 す る 会 計 基 準 」 (企 業 会 計 審 議 会 )、「 事 業 分 離 等 に 関 す る 会 計 基 準 」(企 業 会 計 基 準 第 7 号 )、「 企 業 結 合 会 計 基 準 及 び 事 業 分 離 等 会 計 基 準 に 関 す る 適 用 指 針 」(企 業 会 計 基 準 適 用 指 針 第 10 号 )が あ る (こ れ ら を 総 称 し て 以 下 、「 企 業 結 合 会 計 基 準 」 35 ) と い う 。 )。 会 社 分 割 制 度 は 、平 成 18 年 5 月 に 施 行 さ れ た 会 社 法 等 に よ り 、従 来 の旧商法第 2 編会社に規定されていた内容から大幅な改正が行われた。 会社法においては、会社分割制度の会計処理について純資産の部の引 継方法や剰余金の処分に関するもの以外は企業結合会計基準と同等の 規 定 と な っ て い る た め 、本 稿 で は 企 業 結 合 会 計 基 準 を 中 心 に 考 察 す る 。 企 業 結 合 会 計 基 準 に お い て は 、企 業 結 合 を 経 済 的 実 態 か ら 、 「共同支 配 企 業 の 形 成 及 び 共 通 支 配 下 の 取 引 以 外 の 企 業 結 合 」と し て 、 「 取 得 (あ る 企 業 が 他 の 企 業 の 支 配 を 獲 得 す る も の )」 と 「 持 分 の 結 合 (い ず れ の 結合当事企業も他の結合当事企業に対する支配を獲得したとは合理的 に 判 断 で き な い も の )」と い う 2 つ の 態 様 に 区 分 し て 、資 産 及 び 負 債 の 引継方法や純資産の部の引継方法等について規定している。 な お 、現 行 制 度 に お い て「 平 成 20 年 改 正 会 計 基 準 で は 、企 業 結 合 の 会計処理として持分プーリング法を適用しないこととしたものの、持 企 業 結 合 会 計 基 準 に つ い て は 、平 成 22 年 4 月 1 日 以 後 実 施 さ れ る 組 織 再 編 か ら 強 制 適 用 と な っ て い る 。小 堀 一 英「 企 業 結 合 等 組 織 再 編 に 関 す る 会 計 基 準 の 実 務 の ポ イ ン ト 」 企 業 会 計 62 巻 3 号 56 頁 (中 央 経 済 社 ,2010 年 ). 35 ) (68) - 60 - 分の結合の考え方は存在しているため、それに該当する競合支配企業 の 形 成 の 会 計 処 理 ま で を も 否 定 す る も の で は な い (企 業 結 合 会 計 基 準 71)。」 と の 見 解 が あ る 。 つ ま り 、 持 分 プ ー リ ン グ 法 は 廃 止 さ れ て い る 36 ) ものの、持分プー リ ン グ 法 を 準 用 す る と す る 考 え 方 (以 下 、「 簿 価 引 継 法 」 と い う 。 ) は 残っている。 なお、共同支配企業の形成においては持分の結合に準じた会計処理 であるが、純資産の部における各科目に係る引き継ぎの作成規定につ いては、持分の結合とは異なる処理となる。 また、共通支配下の取引については、移転前に付された適正な帳簿 価額により会計処理を行うことになる。 「取得」に該当する企業結合の場合にはパーチェス法により資産及 び負債を時価評価して、公正な評価額で引き継ぐことになり、資産及 び負債の時価と帳簿価額の差額は事業移転損益として計上されること になる。 一方、 「 持 分 の 結 合 」に 該 当 す る 企 業 結 合 の 場 合 に は 簿 価 引 継 法 に よ り 資 産 及 び 負 債 を 適 正 な 帳 簿 価 額 に 引 き 継 ぐ こ と に な る 。し た が っ て 、 「取得」に該当する企業結合の場合のように事業移転損益が計上され ることはない。 しかし、移転する資産に含み損がある場合には、承継会社において 適正な帳簿価額により引き継ぐため、分割日の前日に資産評価損を計 上することになる。純資産の部については、事業を移転してもその対 価が分割会社に流入はしない。しかし、分割会社の純資産が増減する ため、純資産の部も増減させる必要がある。 第 2 項 分割会社の会計処理 (1) 会社分割が「取得」に該当した場合の会計処理 平 成 15 年 に 公 表 さ れ た 企 業 結 合 に 係 る 会 計 基 準 で は 、企 業 結 合 の 経 済 的 実 態 に は「 取 得 」と「 持 分 の 結 合 」の 二 つ が 存 在 す る と し た 上 で 、 「 取 得 」に つ い て は 、 パ ー チ ェ ス 法 を 適 用 し 、「 持 分 の 結 合 」 に つ い て は 持 分 プ ー リ ン グ 法 で 会 計 処 理 す る こ と と さ れ て い た 。し か し 平 成 20 年 12 月 に 公 表 さ れ た 企 業 会 計 基 準 第 21 号「 企 業 結 合 に 関 す る 会 計 基 準 」に お い て 、国 際 的 な 会 計 基 準 と の コ ン バ ー ジ ェ ン ス を 推 進 す る 観 点 か ら 持 分 プ ー リ ン グ 法 を 廃 止 す る こ と と し 、共 同 支 配 企 業 の 形 成 及 び 共 通 支 配 下 の 取 引 以 外 の 企 業 結 合 に 対 し て は 、パ ー チ ェ ス 法 に よ り 会 計 処 理 す る も の と し た 。 小 堀 ・ 前 掲 注 35,57 頁 . 36 ) (69) - 61 - 「取得」に該当する企業結合の場合には、投資が清算されたものとし て。パーチェス法により資産及び負債を時価評価して引き継ぐことに なる。 資産及び負債の時価と帳簿価額の差額は、事業移転損益として計上 さ れ る (事 業 分 離 等 会 計 基 準 10(1))。ま た 、純 資 産 の 部 は 分 割 計 画 書 等 により引き継ぐことになる。なお、承継会社においては、利益剰余金 は引き継がないこととなる。 以下において会計処理を概略で示す。 [『 取 得 』 (パ ー チ ェ ス 法 )に 該 当 す る 場 合 の 会 計 処 理 ] A 分社型の会社分割の場合 (前 提 と し て 税 務 上 の 非 適 格 会 社 分 割 を 想定している。) (イ) 分 割 会 社 の 処 理 (借 方 ) (貸 方 ) 負 債 (簿 価 ) ×× 資 産 (簿 価 ) 分割承継会社株式 ×× 事 業 (営 業 )移 転 損 益 ×× (ロ) 承 継 会 社 の 会 計 処 理 ×× (前 提 と し て 税 務 上 の 非 適 格 会 社 分 割 を 想 定 している。) (借 方 ) 資 産 (時 価 ) B (貸 方 ) ×× 分割型の会社分割の場合 負 債 (時 価 ) ×× 資本金 ×× 資本剰余金 ×× (前 提 と し て 税 務 上 の 非 適 格 会 社 分 割 を 想定している。) (イ) 分 割 会 社 の 処 理 (借 方 ) (貸 方 ) 負 債 (簿 価 ) ×× 資本剰余金 ×× 利益剰余金 資 産 (簿 価 ) 事 業 (営 業 )移 転 損 益 ×× (70) - 62 - ×× ×× (ロ) 分 割 承 継 会 社 の 会 計 処 理 (借 方 ) 資 産 (時 価 ) (2) (貸 方 ) ×× 負 債 (時 価 ) ×× 資本金 ×× 資本剰余金 ×× 会社分割が「持分の結合」に該当した場合の会計処理 「持分の結合」に該当する企業結合の場合には、投資が継続されたも のとして、持分の結合により資産及び負債を帳簿価額により引き継ぎ こ と に な る (事 業 分 離 等 会 計 基 準 10(2))。し た が っ て 、事 業 移 転 損 益 が 計上されることはない。 また、純資産の部については、分割契約書又は分割計画書等の記載 内容に準じて引き継ぐことになる。 [『 持 分 の 結 合 』 (簿 価 引 継 法 )に 該 当 す る 場 合 の 会 計 処 理 ] A 分社型の会社分割の場合 (前 提 と し て 税 務 上 の 適 格 会 社 分 割 を 想 定している。) (イ) 分 割 会 社 の 処 理 (借 方 ) (貸 方 ) 負 債 (簿 価 ) ×× 分割承継会社株式 ×× (ロ) 資 産 (簿 価 ) ×× 分割承継会社の処理 (借 方 ) 資 産 (簿 価 ) (貸 方 ) ×× (71) - 63 - 負 債 (簿 価 ) ×× 資本金 ×× 資本剰余金 ×× B (前 提 と し て 税 務 上 の 適 格 会 社 分 割 を 想 分割型の会社分割の場合 定している。) (イ) 分 割 会 社 の 処 理 (借 方 ) (貸 方 ) 負 債 (簿 価 ) ×× 資本金 ×× 資本剰余金 ×× 利益剰余金 ×× 資 産 (簿 価 ) ×× (ロ) 承 継 会 社 の 処 理 (借 方 ) (貸 方 ) 資 産 (簿 価 ) ×× 負 債 (簿 価 ) ×× 資本金 ×× 資本剰余金 ×× 利益剰余金 ×× (ハ) 分 割 会 社 の 株 主 (借 方 ) 承継会社株式 (貸 方 ) ×× (分 割 前 )分 割 会 社 株 式 ×× (3) 会 社 分 割 に お け る 税 務 上 の 処 理 と 会 計 上 の 処 理 の 関 係 性 税務処理と会計処理で、会社分割における当事者の定義は同じであ る が 、名 称 が 異 な っ て い る も の と し て 、税 務 処 理 で は 、 「分割法人」 ・ 「分 割 承 継 法 人 」・「 分 割 法 人 の 株 主 」 と あ る も の が 会 計 処 理 で は 、 そ れ ぞ れ 「 分 割 会 社 」・「 承 継 会 社 」・「 分 割 会 社 の 株 主 」 と な っ て い る 。 さらに、会社分割における分割会社の税務処理と会計処理の関係は 4種類考えられる。 す な わ ち 、「 適 格 分 割 ・ 簿 価 引 継 法 」、「 適 格 分 割 ・ パ ー チ ェ ス 法 」、 「 非 適 格 分 割 ・ 簿 価 引 継 法 」、「 非 適 格 分 割 ・ パ ー チ ェ ス 法 」 で あ る 。 このうち、 「 適 格 分 割・簿 価 引 継 法 」及 び「 非 適 格 分 割・パ ー チ ェ ス 法」による場合には、税務処理と会計処理の整合性はおおむね図られ ているため、法人税の申告調整は比較的容易なものとなる。 しかし、 「 適 格 分 割・パ ー チ ェ ス 法 」及 び「 非 適 格 分 割・持 分 の 結 合 」 による場合には、税務処理と会計処理の整合性がないため、法人税の 申告調整は複雑なものとなる。 (72) - 64 - (1)及 び (2)で は 、 会 社 分 割 を 行 っ た 場 合 の 会 計 上 の 処 理 を 概 観 し た 。 ここでは、その会計処理を受けた後の税務処理を原則つまり非適格会 社分割に該当した場合と特例つまり適格会社分割に該当した場合にお ける分社型分割と分割型分割の取扱いを整理し、会計上の処理と税務 上の処理の考え方の相違点を探る。 ① 会計上の処理と税務上の処理 (イ ) パーチェス法により会計処理を行いかつ非適格分社型分割に該 当した場合 パ ー チ ェ ス 法 に よ り 会 計 処 理 を 行 っ た 場 合 に は 、分 割 法 人 に お い て 、 資産及び負債を売買したものとして処理するため、資産及び負債が分 割法人に交付された分割承継法人株式その他の資産の公正な評価額で 売 却 さ れ た も の と し て 、 資 産 及 び 負 債 の 帳 簿 価 額 と の 差 額 を 事 業 (営 業 )移 転 損 益 と し て 認 識 す る 。ま た 、分 割 承 継 法 人 株 式 に 市 場 価 額 が な い場合には、移転資産及び負債の公正な評価額をもって移転価額とす ることができる。 他方、税務上は、資産及び負債の移転は時価により譲渡したものと される。したがって会計上と税務上の差異は基本的には発生しない。 ただし、移転資産に税務上の否認額がある場合には、会社分割による 資産の移転時において認容されることとなるため、別表 4 及び別表 5(1)等 に お い て 調 整 が 必 要 と な る 。 分割承継法人においては、分割承継資産の受入価額は、分割日現在 の公正な評価額で計上することとなる。他方、税務上は、資産及び負 債の移転は時価での譲渡となる。 つまり、会計上はパーチェス法が適用され、税務上は非適格会社分 割 に 該 当 す る 場 合 に は 、分 割 承 継 法 人 に お い て は 差 異 が 生 じ な い た め 、 別 表 5(1)な ど に お け る 調 整 は 必 要 な い 。 (ロ ) パ ー チ ェ ス 法 に よ り 会 計 処 理 を 行 い か つ 非 適 格 分 割 型 分 割 に 該 当した場合 パーチェス法により会計処理を行った場合には、分割法人において は、分社型分割と同様に資産及び負債を売買したものとして処理する ため、資産及び負債が分割法人に交付された分割承継法人株式その他 の資産の公正な評価額で売却されたものとして、資産及び負債の帳簿 価 額 と の 差 額 を 事 業 (営 業 )移 転 損 益 と し て 認 識 す る 。 (73) - 65 - また、分割承継法人株式に市場価額がない場合にも、移転資産及び 負債の公正な評価額をもって移転価額とすることができる。 他方、税務上は、資産及び負債の移転は時価により譲渡したものと される。したがって会計上と税務上の差異は基本的には発生しない。 ただし、分社型分割と同じく移転資産に税務上の否認額がある場合に は 、会 社 分 割 に よ る 資 産 の 移 転 時 に お い て 認 容 さ れ る こ と と な る た め 、 別 表 4 及 び 別 表 5(1)等 に お い て 調 整 が 必 要 と な る 。 分割承継法人においても分社型分割と同じく、分割承継資産の受入 価額は、分割日現在の公正な評価額で計上することとなる。 他方、税務上は、資産及び負債の移転は時価での譲渡となる。つま り、会計上はパーチェス法が適用され、税務上は非適格会社分割に該 当する場合には、分割承継法人においては差異が生じないため、別表 5(1)な ど に お け る 調 整 は 必 要 な い 。 分 割 型 分 割 の 場 合 に は 、 分 社 型 分 割と違い分割承継法人の株式を分割法人の株主に交付するため、分割 法人株主の処理が必要となってくる。 会計上、パーチェス法が適用される分割型分割の場合の分割法人の 株主が交付を受ける分割承継法人の株式については、公正な評価額に より評価する。 つまり、交付された分割承継法人の株式の公正な評価額と調整計算 後の株式の帳簿価額との差額について株主分割損益を認識することに なる。他方、税務上は分割法人の株主が株式以外の資産の交付を受け ている場合には、投資の継続性が認められないため原則のとおり旧株 の譲渡損益を計上する。 また、分割法人の株主が交付を受けた分割承継法人の株式のうち、 分割法人の利益を原資とするものと認められる部分はみなし配当とし て認識されることとなる。 (ハ ) 簿 価 引 継 法 に よ り 会 計 処 理 を 行 い 、 か つ 、 適 格 分 社 型 分 割 に 該 当 した場合 簿価引継法により会計処理を行った場合には、分割法人において、 移転資産についてその帳簿価額をもって移転し、会社分割による移転 損益は原則として計上しないこととなる。他方、税務上は、移転資産 は分割承継法人に帳簿価額により引き継がれ、譲渡損益は繰り延べら れることとなるが、この場合の分割法人における移転資産の帳簿価額 (74) - 66 - とは、税務上の帳簿価額を意味するものである。 つまり、棚卸資産や有価証券の評価損否認額や減価償却超過額があ る場合には、これらの否認額を加算した金額をもって分割法人の帳簿 価額とし、分割承継法人においては、この税務上の帳簿価額をもって 受入価額とする。 こ の 場 合 に 発 生 し た 差 異 に つ い て は 、 別 表 5(1)で の み 調 整 を 行 い 、 別表 4 に影響することはないため、課税所得については影響しないこ ととなる。 分割承継法人においては、分割承継資産の受入価額は、分割法人の 分割日現在における分割法人の帳簿価額とされる。さらに、分社型分 割の場合には、分割承継法人は分割法人の資本構成を引き継ぐことが できないため、資本金に計上した金額以外は、資本準備金としなけれ ばならない。 他方、税務上は、分割承継法人が引継いだ資産に係る有価証券の評 価否認額等の金額がある場合にはその金額を会計上の引継いだ資産の 帳簿価額に加算した金額をもって受入価額とすることとなる。 また、受入資産の対価たる資本の部の取扱いについては、分割法人 の利益積立金は引継ぐことができないため、資本金として計上された 金額以外の金額は資本積立金として取り扱われる。 こ の 会 計 上 と の 差 異 に つ い て は 、 別 表 5(1)に お い て の み 行 わ れ 、 別 表 4 に影響を与えることはないことから課税所得についても変動はな いこととなる。 (ニ ) 簿 価 引 継 法 に よ り 会 計 処 理 を 行 い 、 か つ 、 適 格 分 割 型 分 割 に 該 当 した場合 簿 価 引 継 法 に よ り 会 計 処 理 を 行 っ た 場 合 に は 、分 社 型 分 割 と 同 じ く 、 移転資産についてその帳簿価額をもって移転し、会社分割による移転 損益は原則として計上しないこととなる。 分割型分割の場合には、移転資産の対価として収受する分割承継法 人の株式は分割法人に割り当てられないため分割法人の純資産が減少 し、その相手科目として移転する営業に帰属する資本勘定を減少させ ることとなる。この移転する営業に帰属する資本勘定の取崩しは、分 割契約書等にもとづき株主総会の決議で任意に決定することができる。 他方、税務上は、移転資産は分割承継法人に帳簿価額により引き継 (75) - 67 - がれ、譲渡損益は繰り延べられることとなる。この場合の移転資産の 帳簿価額は、税務上の帳簿価額を意味するものである。 この場合において、引き継ぐ利益積立金の額は、分割承継法人に移 転する純資産と分割法人に残存する純資産の帳簿価額に税務上の否認 額等を考慮した税務上の帳簿価額の比率に応じ、減少させる資本勘定 を算定する。つまり、税務上の否認額を分割承継法人に移転する場合 には、会計上の処理と差異が生じることとなる。 こ の 差 異 に つ い て は 、 別 表 5(1)な ど で 調 整 す る こ と と な る 。 分 割 承 継法人については、分社型と同じく分割日現在における分割法人の帳 簿価額とする。他方、税務上は分割法人からの移転資産は税務上の帳 簿価額で引き継ぎ、資本勘定については、分割法人の利益積立金額を 引き継ぐこととなる。 この場合には、引き継ぐ利益積立金額は分割承継法人に移転する純 資産と分割法人に残存する純資産の帳簿価額の比率に応じ算定する。 また、分割法人から引き継いだ有価証券評価損否認額等がある場合 に は 、別 表 5(1)に お い て 調 整 す る こ と と な る 。分 割 型 分 割 の 場 合 に は 、 分社型分割と違い分割承継法人の株式を分割法人の株主に交付するた め、分割法人株主の処理が必要となってくる。 分割型分割により分割法人の株主に交付された分割承継法人の株式 に係る帳簿価額は、会計上は分割前における分割法人の株式の帳簿価 額を分割法人の営業の公正な評価額などによる合計額及び分割法人の 移転する営業の公正な評価額などを基準として合理的に配分する。 他方、税務上は、分割法人の株主が分割型分割により分割承継法人 の 株 式 を 取 得 す る 場 合 に は 、原 則 と し て 旧 株 の 譲 渡 損 益 を 認 識 す る が 、 株主の投資が継続していると認められる時、つまり株主が分割承継法 人株式のみの交付を受けている時は、この譲渡損益の計上を繰り延べ ることとなる。 ② 会計処理と税務処理の相違点 ①において基本的な会計上の処理と税務上の処理を整理したが、さ らに両者の相違点について考察を進めていく。分社型分割の単独新設 分 割 に つ い て は 会 計 上 、税 務 上 と も に 考 え 方 は 一 致 し て い る 。つ ま り 、 移転資産に対する支配が継続しているものとして考え、会計上は簿価 引継法、税務上も税制適格要件に該当しているとして簿価により引継 (76) - 68 - ぎが行われる。 分社型会社分割・分割型会社分割のうち按分型の共同新設分割・吸 収分割については、会計上、税務上いずれにおいても移転資産に対す る支配継続性を認められれば、それぞれ簿価引継法と適格分割による 簿価の引継ぎによる処理が行われることになる。 一方、移転資産に対する支配継続性が認められなければ、会計上は パーチェス法により、税務上は非適格分割により時価譲渡とされる。 非按分型の分割については、会計上、税務上いずれにおいてもそれぞ れパーチェス法、非適格分割による時価譲渡とされる。 このように、会社分割の取扱いについては、分割型のうち単独新設 分割を除いた取扱いについては、会計上と税務上の処理は基本的には 一致すると考えられるが、一部例外も存在する。つまり、会計上と税 務上おける支配継続性に関する判定基準が異なるなど両者では、その 判定基準までも同じというわけではないのである。 会計上は、簿価引継法により処理し、税務上は非適格会社分割によ る時価譲渡として取り扱われるケースも存在する。例えば、分割型分 割 の 単 独 新 設 分 割 の 場 合 は 、会 計 上 は 分 割 法 人 の 株 主 構 成 に 関 わ ら ず 、 株主から見た移転資産に対する支配継続性は変化しないため、簿価引 継法が採用される。これに対して税務上は分割法人の株主に持分割会 が 50%を 超 え る 株 主 グ ル ー プ が い な い 場 合 に は 、 非 適 格 分 割 と し て 時 価により資産及び負債の移転が行われる。 このような場合には、分割法人では、別表 4 において譲渡損益を認 識 す る こ と に な り 、 分 割 承 継 法 人 に お い て は 別 表 5(1)に お い て 申 告 調 整がなされることになる。 また、吸収分割及び共同新設分割において、会計上、移転資産に対 する支配継続性が認められ、簿価引継法として処理されるか否かの判 断は、その会社分割が「企業結合」該当するか否かさらに企業結合に 該 当 す る 場 合 に は 、「 取 得 」 又 は 、「 持 分 の 結 合 」 の い ず れ と し て 判 断 されるのかによることになる。 これに対して税務上は、移転資産に対する支配継続性があることが 認められることとなった場合、つまり適格会社分割に該当するか否か の 判 定 に つ い て は 、「 企 業 グ ル ー プ 内 の 会 社 分 割 」 又 は 、「 共 同 事 業 を 営む場合の会社分割」における税制適格要件を満たすか否かにより行 (77) - 69 - われるのである。 この場合において、会計上、持分の結合と判断される要素の中に分 割法人又はその法人の株主と分割前における分割承継法人の株主が分 割後の分割承継法人におけるリスクと便益を継続的に共有しているか 否かという要素がある。 この要素を満たすための要件の一例として、吸収分割の場合には、 分割後の分割承継法人の議決権付株式について、分割前の分割法人又 はその法人の株主と分割前の分割承継法人の株主との関係において、 その保有する株式数が著しく異ならないことや、分割により承継する 営業の公正な評価額が分割前の分割承継法人の公正な評価額と著しく 異ならないこと等といったものが存在する。 これに対して税務上の「共同事業を営む場合の会社分割」の税制適 格要件のうちには、事業規模要件・経営参画要件・従業者引継要件等 が存在する。 つ ま り 、想 定 さ れ る ケ ー ス と し て 、税 務 上 の 税 制 適 格 要 件 を 満 た し 、 適格分割として資産を簿価により移転することとなる場合においても、 会計上は、議決権株式数や公正な評価額が著しく異なると判断された 場合には、取得としてパーチェス法が適用され移転資産が時価によっ て処理されることとなり両者の相違点が浮彫りになるのである。 この場合にも会計上と税務上の差異を解消するために会計上、時価 処 理 に お い て 認 識 さ れ た 売 買 損 益 を 税 務 申 告 上 別 表 4 及 び 別 表 5(1)等 で調整することとなる。 次に、会計上の会社分割における処理が簿価引継法により行われ、 税務上の会社分割が適格分割に該当し移転資産を簿価で引継ぐ場合に おいて生じる差異については、両者は一見はいずれも移転資産を簿価 により引継ぐ処理であるが、会計上は簿価引継法が適用されることと なったとしても、移転する純資産の公正な評価額が簿価純資産を下回 る場合には、この移転した純資産の個性な評価額と帳簿価額との差額 は分割法人において損失として処理することとなる。 これに対して税務上における適格分割に該当する場合には、帳簿価 額の引継ぎが強制されるため、移転する純資産に含み損がある場合で あっても、税務上損失を計上することは認められないこととなる。 この場合の差異を解消する場合にも、分割法人における税務申告上 (78) - 70 - 別表 4 においてその損失を加算することが必要となり、分割承継法人 においても、移転資産・移転負債を会計上の評価換後の価額で受け入 れていることから、税務上の引継価額である帳簿価額との間に差異が 発生していることとなり、この差異を解消するために分割承継法人に お け る 税 務 申 告 上 別 表 5(1)に お い て 申 告 調 整 が 必 要 と な る の で あ る 。 さらに、移転する純資産の公正な評価額が妥当であり、含み損が発 生していない場合においても、減価償却超過額等の税務上の否認項目 が含まれている会社分割の場合には、会計上は、移転資産・移転負債 の帳簿価格をそのまま受け入れて処理することとなる。 一方税務上は、減価償却超過額等の金額を含んだ帳簿価額を引き継 ぐこととなるため差異が発生することになり、この差異を分割法人・ 分割承継法人双方の税務申告上別表で調整することが必要となる。 上記のように会計上と税務上では、会社分割における移転する資産 に対する支配の継続性の認識の仕方をはじめ、いくつかの相違点が存 在 す る 。こ の 相 違 点 か ら 発 生 し た 差 異 は 、税 務 申 告 上 に お い て 別 表 4・ 別 表 5(1) 等 に お い て 調 整 し 解 消 し て い か な け れ ば な ら な い の で あ る 37 )。 第4節 税制適格要件に該当した場合における特例 会社分割における税制適格要件は、第 1 節で述べたとおり①グルー プ内の適格分割、②共同事業を営むための適格分割の 2 つに大別され る。また、①グループ内の適格分割は、ⅰ) 分割法人と分割承継法人 と の 間 に 100% の 持 分 関 係 が あ る 適 格 分 割 と 、 ⅱ ) 分 割 法 人 と 分 割 承 継 法 人 と の 間 に 50% 超 100% 未 満 の 持 分 関 係 が あ る 場 合 の 適 格 分 割 に 分けられる。また、それぞれの形態に適用される税制適格要件は第 2 節で述べたとおりである。 本節では、適格分社型分割・適格分割型分割に該当する場合におい て分割法人・分割承継法人による租税回避を防止するため設けられて い る 規 定 の う ち 特 に 注 意 す べ き 法 人 税 法 第 57 条 第 4 項 に 規 定 す る 繰 越 青 色 欠 損 金 の 使 用 の 制 限 及 び 法 人 税 法 第 62 条 の 7 に 規 定 す る 特 定 資 産 あ さ ひ 法 律 事 務 所 ・ ア ー サ ー ア ン ダ ー セ ン 『 会 社 分 割 の す べ て 』 253 頁 (中 央 経 済 社 ,2001 年 ). 37 ) (79) - 71 - 譲渡等損失の損金不算入の両規定の内容を整理する。 第1項 1 繰越青色欠損金の使用の制限 分割法人の有する繰越欠損金の取扱い 分社型分割を行った場合には、分割法人が当然に解散することを想 定していないことから、分割法人の繰越欠損金を分割承継法人に引き 継ぐことはできない。つまり、分割法人の繰越欠損金は、分割法人に 残ることになる。 分割型分割を行った場合にも分社型分割を行った場合と同様に、分 割法人の繰越欠損金を分割承継法人に引き継ぐことができないが、平 成 22 年 度 の 税 制 改 正 (平 成 22 年 3 月 31 日 法 律 第 6 号 )前 ま で は 、合 併 類 似 適 格 分 割 型 分 割 を 行 っ た 場 合 に 限 り 、分 割 法 人 の 繰 越 欠 損 金 を 分 割 承 継 法 人 に 引 き 継 ぐ こ と が 認 め ら れ て い た (旧 法 法 第 57 条 第 4 項 )。 2 分割承継法人の有する繰越欠損金の取扱い (1) 概要 法人と支配関係法人との間で当該法人を分割承継法人とする適格分 割が行われた場合において、その適格分割が共同事業を営むためのも のに該当しない時は、分割承継法人の次の①及び②に掲げる欠損金額 は 、 分 割 承 継 法 人 の 適 格 分 割 の 日 の 属 す る 事 業 年 度 (以 下 、「 適 格 分 割 事業年度」という。) 以後の各事業年度においては、ないものとされ る (法 法 第 57 条 第 4 項 ) 。 つまり分割承継法人は、適格分割事業年度以後の各事業年度におい て は 、① 及 び ② の 欠 損 金 額 の 繰 越 控 除 が で き な い こ と に な る 。し か し 、 適格分割が行われた場合であっても、分割承継法人の適格分割事業年 度開始の日の 5 年前の日等から継続して分割承継法人と分割法人との 間に支配関係がある場合は、この制限は適用されない。 な お 、支 配 関 係 法 人 と は 、法 人 と の 間 に 支 配 関 係 が あ る 法 人 を い い 、 支 配 関 係 と は 、 一 の 者 が 法 人 の 発 行 済 株 式 等 の 50%超 を 直 接 又 は 間 接 に 保 有 す る 関 係 を い う (法 法 第 2 条 第 12 号 の 7 の 5)。 . ①分割承継法人の支配関係事業年度前の事業年度に係る繰越青色欠損 金額 ②分割承継法人の支配関係事業年度以後の事業年度に係る繰越青色欠 損金額のうち特定資産譲渡等損失相当額から成る部分の金額 (80) - 72 - (2) 共同で事業を営む適格分割 分割承継法人と支配関係を有する法人との間で適格会社分割を行う 場合においても、その適格会社分割が共同で事業を営むための適格会 社 分 割 に 該 当 す る 時 は 、 上 記 2(1)の 制 限 は 適 用 さ れ な い こ と と な る 。 な お 、共 同 で 事 業 を 営 む た め の 適 格 会 社 分 割 の 要 件 と は 、一 般 に「 み なし共同事業要件」と呼ばれており、適格会社分割のうち、下記に掲 げる①から④までに掲げる要件の全てに該当する場合又は、下記に掲 げる①及び⑤に掲げる要件のどちらにも該当する場合をいう。 ① 事業相互関連性要件 法 人 税 法 施 行 令 第 112 条 第 7 項 及 び 同 条 第 3 項 1 号 に お い て 、会 社 分 割 に 係 る 分 割 法 人 の 適 格 分 割 に 係 る 分 割 事 業 (以 下 、「 適 格 分 割 法 人 事 業 」と い う 。) と 分 割 承 継 法 人 の 会 社 分 割 の 前 に 営 む 事 業 (以 下 、 「適 格分割承継法人事業」という。) とが相互に関連するものであること の 旨 が 規 定 さ れ て お り 、法 人 税 法 施 行 規 則 第 26 条 に お い て 、相 互 に 関 連するか否かの判定については、法人税法施行規則第 3 条における規 定を準用することとされると規定されている。 ② 事業に係る相対的な規模に関する要件 法 人 税 法 施 行 令 第 112 条 7 項 及 び 同 条 第 3 項 2 号 に お い て 、適 格 分 割 法 人 事 業 と 適 格 分 割 承 継 法 人 事 業 (分 割 法 人 の 適 格 会 社 分 割 に 係 る 事業と関連する事業に限る。) のそれぞれの売上金額、適格会社分割 事業と適格分割承継法人事業のそれぞれの従業者の数、分割法人と分 割承継法人のそれぞれの資本金の額若しくは、出資金の額又はこれら に準ずるものの規模の割合が概ね 5 倍を超えないことの旨が規定され ている。 ③ 適格分割事業の同等規模継続に関する要件 法 人 税 法 施 行 令 第 112 条 7 項 及 び 同 条 第 3 項 3 号 に お い て 、適 格 分 割法人事業が最後に支配関係にあることとなった時から適格会社分割 の直前の時まで継続して営まれており、かつ、分割法人支配関係発生 時 と 適 格 会 社 分 割 の 直 前 の 時 に お け る 適 格 分 割 法 人 事 業 の 規 模 (② に おいて規模の割合の計算に用いた指標と同じ指標に限る。) の割合が 概ね 2 倍を超えないことの旨が規定されている。分割法人支配関係発 生時とは、適格分割法人事業が最後に支配関係にあることとなった時 等をいう。 (81) - 73 - ④ 適格分割承継法人事業の同等規模継続に関する要件 法 人 税 法 施 行 令 第 112 条 7 項 及 び 同 条 第 3 項 4 号 に お い て 、適 格 分 割承継法人事業が最後に支配関係があることとなった時から適格会社 分割の直前の時まで継続して営まれており、かつ、分割承継法人支配 関係発生時と適格会社分割の直前の時における適格分割承継法人事業 の 規 模 (② に お い て 規 模 の 割 合 の 計 算 に 用 い た 指 標 と 同 じ 指 標 に 限 る。) の割合が概ね 2 倍を超えないことの旨が規定されている。 なお、分割承継法人支配関係発生時とは、適格分割承継法人事業が 最後に支配関係にあることとなった時等をいう。 ⑤ 特定役員に関する要件 法 人 税 法 施 行 令 第 112 条 7 項 及 び 同 条 第 3 項 5 号 に お い て 、下 記 (イ ) 及 び (ロ )に 掲 げ る 者 が 、 適 格 会 社 分 割 の 後 に 分 割 承 継 法 人 の 特 定 役 員 (社 長 ・ 副 社 長 ・ 代 表 取 締 役 ・ 代 表 執 行 役 ・ 専 務 取 締 役 ・ 常 務 取 締 役 又 はこれらに準ずる者で法人の経営に従事している者をいう。) となる ことが見込まれていることの旨が規定されている。 (イ ) 分 割 法 人 の 適 格 会 社 分 割 の 前 に お け る 役 員 又 は 当 該 こ れ ら に 準 ず る 者 で 法 人 の 経 営 に 従 事 し て い る 者 の い ず れ か の 者 (最 後 に 支 配 関係があることとなった日前において分割法人の役員又は当該これら に準ずる者であった者に限る。) (ロ ) 分 割 承 継 法 人 の 適 格 会 社 分 割 の 前 に お け る 特 定 役 員 で あ る 者 の い ず れ か の 者 (最 後 に 支 配 関 係 が あ る こ と と な っ た 日 前 に お い て 分 割承継法人の役員又は当該これに準ずる者であった者に限る。) (3) 5 年前の日等から継続して当該法人と支配関係法人との間に支配 関係がある場合 支配関係がある法人間の適格分割の場合において、当事者間に一定 期間、つまり 5 年前の日等から継続して支配関係がある時は、一定の 場 合 を 除 き 上 記 2(1)で 述 べ た 制 限 は 適 用 さ れ な い こ と と な る 。 この 5 年前の日等から継続して支配関係がある場合とは、①分割法 人と分割承継法人との間に適格分割事業年度開始の日の 5 年前の日か ら継続して支配関係がある場合をいい、つまり、5 年前から支配関係 が継続していれば分割承継法人の繰越青色欠損金額に係る制限を受け ないというものである。 さらに当事者間に支配関係が複数あるような場合には、そのうちに (82) - 74 - 5 年以内に生じた支配関係がある時においても、当事者間に支配関係 がある状態が 5 年間継続している場合においては同規定の制限は受け ないことになる。②分割承継法人又は分割法人が適格分割事業年度開 始の日の 5 年前の日後に設立された法人である場合であって分割承継 法人と分割法人との間に分割承継法人の設立の日又は分割法人の設立 の日のいずれか遅い日から継続して支配関係がある場合をいう。 つまり、分割承継法人又は分割法人のいずれか又はいずれもが適格 分割前 5 年以内に設立された法人であるために①に規定する要件を満 たさない場合においても、その最も遅い設立の日から継続して支配関 係 が あ る 場 合 を い う (法 法 第 57 条 第 4 項 、 法 令 第 112 条 第 6 項 )。 (4) 分割承継法人の適格会社分割の前に営む事業年度以後において 繰越控除の対象とならない繰越青色欠損金額 上 記 2 (1)の 適 用 を 受 け る 場 合 に は 、支 配 関 係 事 業 年 度 前 の 事 業 年 度 に係る繰越青色欠損金額及び支配関係事業年度以後の事業年度に係る 繰越青色欠損金額のうち特定資産譲渡等損失相当額から成る部分の金 額は、分割承継法人の適格分割事業年度以後においてはないこととさ れ 、 繰 越 控 除 の 適 用 を 受 け る こ と は で き な い も の と さ れ る (法 法 第 57 条 第 4 項 )。 支配関係事業年度前の事業年度に係る繰越青色欠損金額とは、法人 税 法 第 57 条 第 4 項 1 号 に 規 定 す る 分 割 承 継 法 人 の 支 配 関 係 事 業 年 度 (分 割 承 継 法 人 の 事 業 年 度 の う ち 支 配 関 係 法 人 と の 間 に 最 後 に 支 配 関 係があることとなった日の属する事業年度をいう。) 前の事業年度に おいて生じた繰越青色欠損金額をいい、支配関係事業年度以後の事業 年度に係る繰越青色欠損金額のうち特定資産譲渡等損失相当額から成 る部分の金額とは、分割承継法人の支配関係事業年度以後の事業年度 において生じた繰越青色欠損金額のうち特定資産譲渡等損失相当額か ら 成 る 部 分 の 金 額 (法 法 第 57 条 第 4 項 2 号 ) を い う 。 繰越青色欠損金額のうち特定資産譲渡等損失相当額から成る部分の 金 額 と は 、支 配 関 係 事 業 年 度 以 後 の 各 事 業 年 度 (特 定 資 産 に 係 る 譲 渡 等 損失額の損金不算入制度又は特定株主等によって支配された欠損等法 人の資産の譲渡等損失額の損金不算入制度の適用を受ける事業年度を 除く。) で繰越青色欠損金額の生じた事業年度ごとに、次の①の金額 か ら ② の 金 額 を 控 除 し た 金 額 と さ れ る (法 令 第 112 条 第 5 項 、 同 条 第 (83) - 75 - 8 項) 。 ① その事業年度の青色欠損金額の発生額のうち特定資産譲渡等損失 相 当 額 に 達 す る ま で の 金 額 。② ① の 青 色 欠 損 金 額 の 発 生 額 の う ち 、分 割承継法人においてその事業年度後で組織再編成事業年度前の各事業 年度において繰越控除された金額及び欠損金の繰戻しの還付の基礎と なった金額。 3 未処理欠損金額等の制限対象金額の計算の特例 (1) 概 要 2 (1) の 適 用 を 受 け る 分 割 承 継 法 人 に つ い て は 、 法 人 税 法 施 行 令 第 113 条 に お い て 特 例 と し て そ の 法 人 の 支 配 関 係 事 業 年 度 の 前 事 業 年 度 終了の時に有する資産及び負債について時価評価を行う場合には、そ の 時 価 評 価 の 状 況 に 応 じ て 2(1)の 制 限 を 受 け る 金 額 を そ の 時 価 評 価 を 基礎として計算した金額とすることができると規定されている。 (2) 未 処 理 欠 損 金 額 に 係 る 制 限 の 対 象 と な る 金 額 の 計 算 「時価純資産超過額が支配関係前未処理欠損金額の合計額以上であ る 場 合 (以 下 、「 A」 と す る 。 )」、「 時 価 純 資 産 超 過 額 が 支 配 関 係 前 未 処 理 欠 損 金 額 の 合 計 額 に 満 た な い 場 合 ( 以 下 、「 B」 と す る 。)」、「 簿 価 純 資産超過額が支配関係事業年度以後の特定資産譲渡等損失相当額の合 計 額 に 満 た な い 場 合 (以 下 、「 C」 と す る 。 )」 の い ず れ か に 該 当 す る 場 合には、分割承継法人の未処理欠損金額に含まれないこととされる金 額 に つ い て は 、そ れ ぞ れ A か ら C に 定 め る 方 法 に よ り 算 定 し た 金 額 に よ る こ と が で き る と さ れ て い る (法 令 第 113 条 第 1 項 )。 ① A ・時 価 純 資 産 超 過 額 が 支 配 関 係 前 未 処 理 欠 損 金 額 の 合 計 額 以 上 で ある場合 分割承継法人の支配関係事業年度の前事業年度終了の時における時 価純資産超過額が支配関係前未処理欠損金額の合計額以上である時又 は分割承継法人の支配関係前未処理欠損金額がない時は、制限を受け る 未 処 理 欠 損 金 額 は な い も の と さ れ る (法 令 第 113 条 第 1 項 1 号 )。 つ まり、この事例に該当する場合には、分割法人の未処理欠損金額は、 その全額が分割承継法人に引き継がれることになる。この場合の時価 純資産超過額とは、時価純資産価額が簿価純資産価額を超える場合に おけるその超える部分の金額をいう。 また、支配関係前未処理欠損金額とは、支配関係事業年度の前事業 (84) - 76 - 年度に繰り越された青色欠損金額の控除未済額をいう。 ② B ・時価純資産超過額が支配関係前未処理欠損金額の合計額に満 たない場合 分割承継法人の支配関係事業年度の前事業年度終了の時における時 価純資産超過額が支配関係前未処理欠損金額の合計額に満たない場合 の 取 扱 い は 、 次 の と お り で あ る (法 令 第 113 条 第 1 項 2 号 )。 (イ ) 支配関係事業年度前の事業年度に係る未処理欠損金額 支配関係事業年度前の事業年度に係る未処理欠損金のうち制限を受 ける金額は、支配関係前未処理欠損金額の合計額から時価純資産超過 額 を 控 除 し た 金 額 (以 下 、「 制 限 対 象 金 額 」 と い う 。 ) が 支 配 関 係 前 未 処理欠損金額のうち最も古いものから生じた場合に、制限対象金額を 構成するものとされた支配関係前未処理欠損金額があることとなる事 業年度ごとにその事業年度の支配関係前未処理欠損金額のうち制限対 象金額を構成するものとされた部分の相当する金額からその事業年度 の支配関係前未処理欠損金額のうち支配関係事業年度から適格分割の 前日までの各事業年度において繰越控除された金額等を控除した金額 とされる。 つまり、分割法人の支配関係事業年度前の事業年度に係る未処理欠 損金額で分割承継法人に引き継がれるのは、それぞれの事業年度の未 処理欠損金額からその事業年度について上記により算定された金額を 控除した金額となる。 (ロ ) 支配関係事業年度以後の事業年度の係る未処理欠損金額のうち 特定資産譲渡等損失相当額からなる部分の金額 支配関係事業年度以後の事業年度に係る制限を受ける未処理欠損金 額はないものとされる。つまり、分割法人の支配事業年度以後の事業 年度に係る未処理欠損金額は、その全額が分割承継法人に引き継がれ ることになる。 ③ C ・簿価純資産超過額が支配関係事業年度以後の特定資産譲渡等 損失相当額の合計額に満たない場合 分割法人の支配関係事業年度の前事業年度終了の時における簿価純 資産超過額が支配関係事業年度以後の特定資産譲渡等損失相当額の合 計 額 に 満 た な い 場 合 に は 次 の と お り で あ る (法 令 第 113 条 第 1 項 3 号 )。 (イ ) 支配関係事業年度前の事業年度に係る未処理欠損金額 (85) - 77 - 分割法人の支配関係事業年度前の事業年度に係る未処理欠損金額は、 その全額が引き継げないこととなる。 (ロ ) 支配関係事業年度以後の事業年度の係る未処理欠損金額のうち 特定資産譲渡等損失相当額からなる部分の金額 支配関係事業年度以後の事業年度に係る未処理欠損金のうち分割承 継法人に引き継ぐことができない金額は、簿価純資産超過額に相当す る金額が支配関係事業年度以後の事業年度における特定譲渡資産等損 失相当額のうち最も古いものから成るとした場合に、それぞれの事業 年度ごとに一定の金額を控除した金額とされる。つまり、分割法人の 支配関係事業年度以後の事業年度に係る未処理欠損金額で分割承継法 人に引き継がれるのは、それぞれの事業年度の未処理欠損金額からそ の事業年度について一定の方法により計算された金額となる。 4 事業を移転しない適格分割等の場合の繰越青色欠損金額に係る制 限の対象となる金額の計算の特例 (1) 概要 法 人 税 法 施 行 令 第 113 条 第 5 項 に お い て 事 業 を 移 転 し な い 適 格 分 割 については、その分割承継法人の繰越青色欠損金額のうち制限を受け る金額は、3 の特例に代えて移転資産時価を基礎として計算した金額 とすることができると規定されている。 (2) 繰越青色欠損金額に係る制限の対象となる金額の計算 分割承継法人の繰越青色欠損金額のうちないものとされる金額につ いては、 「 移 転 時 価 資 産 価 額 が 移 転 簿 価 資 産 価 額 以 下 で あ る 場 合 (以 下 、 「 D」 と す る 。 )」、「 移 転 時 価 資 産 超 過 額 が 支 配 関 係 事 業 年 度 前 の 事 業 年 度 の 未 処 理 欠 損 金 額 の 合 計 額 以 下 で あ る 場 合 (以 下 、 「 E」と す る 。)」、 「移転時価資産超過額が支配関係事業年度前の事業年度の未処理欠損 金 額 の 合 計 額 を 超 え る 場 合 (以 下 、「 F」 と す る 。 )」 に 該 当 す る 場 合 に おいて分割承継法人の繰越青色欠損金額のうちないものとされる金額 に つ い て は 、そ れ ぞ れ D か ら F に 定 め る 方 法 に よ り 算 定 し た 金 額 を 用 いることができる。 ① D (移 転 時 価 資 産 価 額 が 移 転 簿 価 資 産 価 額 以 下 で あ る 場 合 )[図 解 10 参照] 適格分割により移転を受けた資産の移転直前の移転時価資産価額 (移 転 を 受 け た 資 産 の 時 価 を い う 。 ) が 移 転 直 前 の 移 転 簿 価 資 産 価 額 (86) - 78 - (移 転 を 受 け た 資 産 の 帳 簿 価 額 ) 以 下 で あ る 場 合 に は 、分 割 承 継 法 人 の 繰越青色欠損金額で制限を受ける金額はないこととなり、繰越青色欠 損金額の全額が繰越控除の対象となる。 ( 出 所 ) [武 田 昌 輔 監 修 , DHC コンメンタール法 人 税 法 3 3463 の 8 頁 1979 年 ~ ] ② E( 移 転 時 価 資 産 超 過 額 が 支 配 関 係 事 業 年 度 前 の 事 業 年 度 の 未 処 理 欠 損 金 額 の 合 計 額 以 下 で あ る 場 合 ) [図 解 11 参 照 ] 適格分割により移転を受けた資産の移転直前の移転時価資産価額が 移転直前の移転簿価資産価額を超える場合において、移転時価資産超 過 額 (移 転 時 価 資 産 価 額 か ら 移 転 簿 価 資 産 価 額 を 減 算 し た 金 額 を い う。) が分割承継法人の支配関係事業年度前の各事業年度の繰越青色 欠 損 金 額 (以 下 、「 支 配 関 係 前 欠 損 金 額 」 と い う 。 ) の 合 計 額 以 下 で あ る時は、次のとおりである。 (イ ) 支配関係事業年度前の事業年度に係る繰越青色欠損金額 支配関係事業年度前の事業年度に係る繰越青色欠損金額のうち制限 を受ける金額は、移転時価資産超過額に相当する金額が支配関係前欠 損金額の最も古いものから成るものとした場合に、移転時価資産超過 額に相当する金額を構成するものとされた支配関係前欠損金額がある こととなる事業年度ごとに支配関係前欠損金額のうち移転時価資産超 過額に相当金額を構成するものとされた部分に相当する金額とされる。 (ロ ) 支配関係事業年度以後の事業年度の係る繰越青色欠損金額のう ち特定資産譲渡等損失相当額からなる部分の金額 支配関係事業年度以後の事業年度に係る制限を受ける繰越青色欠損 金額は、ないものとされる。 (87) - 79 - ( 出 所 ) [武 田 昌 輔 監 修 , DHC コンメンタール法 人 税 法 3 3463 の 8 頁 1979 年 ~ ] ③ F (移 転 時 価 資 産 超 過 額 が 支 配 関 係 事 業 年 度 前 の 事 業 年 度 の 未 処 理 欠損金額の合計額を超える場合) [図 解 12 参 照 ] 適格分割により移転を受けた資産の移転直前の移転時価資産価額が 移転直前の移転簿価資産価額を超える場合において、移転時価資産超 過額が分割承継法人の支配関係前欠損金額の合計額を超える 時は、次 のとおりである。 (イ ) 支配関係事業年度前の事業年度に係る繰越青色欠損金額 支配関係事業年度前の事業年度に係る繰越青色欠損金額の全額が制 限を受けることになる。 (ロ ) 支配関係事業年度以後の事業年度の係る繰越青色欠損金額のう ち特定資産譲渡等損失相当額からなる部分の金額 支配関係事業年度以後の事業年度に係る繰越青色欠損金額のうち制 限を受ける金額は、移転時価資産超過額から支配関係事業年度前の事 業 年 度 に 係 る 繰 越 青 色 欠 損 金 額 を 控 除 し た 金 額 (以 下 、 「制限対象金額」 という。) が支配関係事業年度以後の各事業年度において生じた欠損 金 額 の う ち 特 定 資 産 譲 渡 等 損 失 相 当 額 (以 下 、「 支 配 関 係 後 欠 損 金 額 」 という。) のうち最も古いものから成るものとした場合に、制限対象 金額を構成するものとされた支配関係後欠損金額があることとなる事 業年度ごとに支配関係後欠損金額のうち制限対象金額を構成するもの (88) - 80 - とされた部分に相当する金額とされる。 ( 出 所 ) [武 田 昌 輔 監 修 , DHC コンメンタール法 人 税 法 3 3463 の 9 頁 1979 年 ~ ] 事業を移転しない適格分割の場合の繰越青色欠損金額に係る制限の 対象となる金額の計算の特例をまとめると、適格分割により移転を受 け た 資 産 が 、上 記 D の よ う に 含 み 益 の な い 資 産 で あ る 場 合 に は 繰 越 欠 損金額を制限する必要がないとされ上記 E 及び F のように含み益のあ る資産である場合にだけ繰越青色欠損金額のうち古いものから順に制 限されることとなる。 適格分割が単なる資産の移転であれば、その移転を受けた資産の含 み益に対応する部分の欠損金額を制限すれば、上記 2 における繰越青 色欠損金額の制限の目的を十分に達するものと考えられたものである。 同様に、分割承継法人がその適格分割により移転を受けた資産が自 己 株 式 (そ の 分 割 承 継 法 人 等 の 株 式 又 は 出 資 を い う 。) で あ る 場 合 に は 、 自己株式の処分は資本取引等であり譲渡益が生じないことから、繰越 青色欠損金額を制限する必要はない。 このためにその自己株式については、含み益がない資産として、上 記 の 移 転 価 額 の 算 定 の 対 象 か ら 除 く こ と と さ れ て い る の で あ る (法 令 第 113 条 第 5 項 )。な お 、分 割 法 人 が 分 割 承 継 法 人 に 対 し て そ の 有 す る 株式のみを移転する適格分割が行われた場合においては、その適格分 割が「事業を移転しない適格分割」に該当することとされている。 ゆ え に 、適 格 分 割 に よ り 移 転 を 受 け た 資 産 が 自 己 株 式 (そ の 分 割 承 継 (89) - 81 - 法人等の株式又は出資をいう。) のみである場合のその適格分割は、 事 業 を 移 転 し な い 適 格 分 割 に 該 当 し 、上 記 D に よ っ て 、そ の 分 割 承 継 法人の繰越青色欠損金額については、制限を受けないこととなり、そ の全額が繰越控除の対象となる。 なお、 「 事 業 を 移 転 し な い 適 格 分 割 」に つ い て は 、分 割 法 人 が 分 割 承 継法人に対してその有する株式のみを移転する適格分割は、法人税法 施 行 令 第 113 条 第 5 項 に 規 定 す る 「 事 業 を 移 転 し な い 適 格 分 割 」 に 該 当 す る と の 定 め が あ る (法 基 通 12-1-6)。 第 2項 1 特定資産譲渡等損失の損金不算入 概要 当規定は、一定期間に支配関係を有することとなった法人との間で 適格分割を行った法人が、その適格分割により移転を受けた資産の譲 渡等を行うことによってその資産の含み損を実現した場合には、その 損失は損金の額に算入されないという趣旨の規定である。 しかし、この規定は、適格分割が共同で事業を営むためのものに該 当するような場合及び一定の要件を満たし、かつ、5 年前の日から継 続して支配関係がある場合等には、適用されないこととされている。 適格分割により移転する資産及び負債は、その適格会社分割に係る 移転前の法人の帳簿価額で引き継ぐこととされたが、これによる資産 の含み損の利用を目的とする租税回避を防止する観点から本規定が導 入された。 企業グループ内の法人間の適格分割については、共同で事業を営む ための適格分割の場合と比べ適格分割に該当するための税制適格要件 が緩和されていることから、含み損を有する企業グループ外の法人を 一旦企業グループ内の法人としたうえで、企業グループ内の他の法人 と組織再編成を行うこととすれば、容易にその含み損を利用すること もできること等を考慮しているためのものである。 法人と支配関係法人との間でその法人を分割承継法人とする特定適 格 分 割 が 行 わ れ た 場 合 に 、そ の 分 割 承 継 法 人 と 支 配 関 係 法 人 (以 下 、 「分 割法人」と読み替えて論じる。) との間に特定分割事業年度開始の日 の 5 年前の日、その分割承継法人となる法人の設立の日又はその分割 法人の設立の日のいずれか遅い日から継続して支配関係がある時は、 (90) - 82 - その分割承継法人の適用期間において生ずる特定資産譲渡等損失額は、 そ の 分 割 承 継 法 人 の 各 事 業 年 度 の 損 金 の 額 に 算 入 さ れ な い (法 法 第 62 条の 7 第 1 項、同条第 3 項) とする規定である。 特定適格分割とは、適格分割のうち、共同で事業を営むための適格 分割に該当しないものをいい、共同で事業を営むための適格分割は特 定適格分割には含まれないこととなる。 2 5 年前の日又は設立日から支配関係がある場合の適用除外 法 人( 分 割 承 継 法 人 と な る 法 人 )と 支 配 関 係 法 人 (分 割 法 人 と な る 法 人 )と の 間 に 、特 定 適 格 分 割 の 日 に 属 す る 事 業 年 度 開 始 の 日 の 5 年 前 の 日において、その分割承継法人となる法人の設立の日又はその分割法 人となる法人の設立の日のいずれか遅い日から継続して支配関係があ る 時 は 、 こ の 損 金 不 算 入 の 規 定 は 適 用 さ れ な い (法 法 第 62 条 の 7 第 1 項 、 法 令 第 123 条 の 8 第 1 項 )。 しかし、その分割承継法人となる法人との間に支配関係がある他の 法人を分割法人とする適格分割で、その支配関係法人を設立した場合 又はその分割承継法人となる法人と当該他の法人との間に最後の支配 関係があることとなった日以後に設立されたその支配関係法人を分割 承 継 法 人 と す る も の が 行 わ れ て い た 場 合 (同 日 が 特 定 適 格 分 割 の 日 の 属 す る 事 業 年 度 開 始 の 日 の 5 年 前 の 日 以 前 で あ る 場 合 を 除 く )。 又は、その支配関係法人との間に支配関係がある他の法人を分割法 人とする適格分割で、その分割承継法人となる法人を設立するもの又 はその支配関係法人と当該他の法人との間に最後に支配関係があるこ ととなった日以後に設立されたその法人を分割承継法人とするものが 行 わ れ て い た 場 合 (同 日 が 特 定 適 格 分 割 の 日 の 属 す る 事 業 年 度 開 始 の 日 の 5 年 前 の 日 以 前 で あ る 場 合 を 除 く )に は 、1 の 概 要 で 述 べ た 規 定 の 内容が適用されることとなる。 3 特定組織再編成事業年度と適用期間 特 定 組 織 再 編 成 事 業 年 度 (以 下「 特 定 適 格 分 割 事 業 年 度 」と 読 み 替 え て 論 じ る 。) と は 、法 人 税 法 第 62 条 の 7 第 1 項 に お い て「 そ の 法 人 の 特定適格分割の日の属する事業年度」と規定されており、この規定の 適 用 を 受 け る 対 象 期 間 と は 、法 人 税 法 第 62 条 の 7 第 1 項 に お い て 「 、一 定の場合を除き、特定適格分割事業年度開始の日から同日以後 3 年を 経 過 す る 日 (そ の 経 過 す る 日 が 法 人 と 支 配 関 係 法 人 と の 間 に 最 後 に 支 (91) - 83 - 配関係があることとなった日以後 5 年を経過する日後となる場合にあ っては、その 5 年を経過する日) までの期間」と規定されている。 4 特定資産譲渡等損失額 特定資産譲渡等損失額とは、①特定引継資産に係る譲渡等損失額と ② 特 定 保 有 資 産 に 係 る 譲 渡 等 損 失 額 の 合 計 額 で い う (法 法 第 62 条 の 7 第 2 項 )。な お 特 定 引 継 資 産 及 び 特 定 保 有 資 産 に 係 る 譲 渡 等 損 失 の 金 額 は 、 特 定 適 格 分 割 に よ り 移 転 を 受 け た 資 産 (特 定 引 継 資 産 )と 、 自 己 が 保 有 し て い た 資 産 (特 定 保 有 資 産 )と に 区 分 し た う え で 、 そ れ ぞ れ の 区 分ごとに計算する。 また、譲渡等損失額は損失の額から利益の額を控除して算定するこ とから、特定引継資産と特定保有資産のいずれか一方から生じる譲渡 等に損失の額よりもその利益の額が大きい場合には、譲渡等損失額は ゼロとなるのであって、これをマイナスとして、他方から生じる譲渡 等損失額との相殺を行うことはできないこととなる。 (1) 特 定 引 継 資 産 に 係 る 譲 渡 等 損 失 額 特定引継資産に係る譲渡等損失額とは、特定引継資産の譲渡等事由 により生じた損失の額の合計額から特定引継資産の譲渡又は評価換え に よ り 生 じ た 利 益 の 額 の 合 計 額 を 控 除 し た 金 額 を い う (法 法 第 62 条 の 7 第 2 項 )。 (2) 特 定 引 継 資 産 の 範 囲 特定引継資産とは、その法人が支配関係法人から特定適格分割によ り 移 転 を 受 け た 資 産 (支 配 関 係 法 人 が 法 人 と の 間 に 最 後 に 支 配 関 係 が あることとなった日前から有していたものに限る。) のうち、①棚卸 資 産 (土 地 及 び 土 地 の 上 に 存 す る 権 利 を 除 く 。 ) ② 短 期 売 買 商 品 ③ 売 買目的有価証券④特定適格分割日における帳簿価額又は取得価額が、 1, 000 万 円 に 満 た な い 資 産 ⑤ 支 配 関 係 発 生 日 に お け る 時 価 が 支 配 関 係 発生日における帳簿価額を下回っていない資産を除いたものをいう (法 法 第 62 条 の 7 第 2 項 ) 。 (3) 特 定 引 継 資 産 の 譲 渡 等 特 定 事 由 に よ る 損 失 の 額 の 合 計 額 特定引継資産の譲渡等特定事由による損失の額の合計額とは、その 事 業 年 度 の 適 用 期 間 に お け る 特 定 引 継 資 産 の 譲 渡 、評 価 換 え 、貸 倒 れ 、 除却その他これらに類する事由により生じた損失の額の合計額をいう (法 法 第 62 条 の 7 第 2 項 1 号 )。 (92) - 84 - この損失の額の発生の基因となる特定引継資産の譲渡等特定事由に は、①災害による資産の滅失又は損壊、②更正手続開始の決定があっ た場合において、会社更生法又は金融機関等の更正手続の特例等に関 する法律に規定する更正会社又は更生共同組織金融機関の当該更正手 続開始の決定の時からその更生手続開始の決定に係る更正手続の終了 の 時 ま で の 間 に 生 じ た 資 産 の 譲 渡 等 特 定 事 由 (以 下 、「 更 生 期 間 資 産 譲 渡 等 」 )、 ③ 固 定 資 産 (土 地 等 を 除 く 。 ) 又 は 繰 延 資 産 (以 下 、「 評 価 換 対 象 資 産 」 と い う 。 ) に つ き 行 っ た 評 価 換 え で 評 価 損 の 損 金 算 入 (法 法 第 32 条 第 2 項 ) の 規 定 の 適 用 が あ る も の (評 価 換 対 象 資 産 に つ き 評 価損を計上できる事実が特定適格分割の日前の生じており、かつ、そ の事実の基因してその資産の時価が帳簿価額を下回っていることが明 ら か で あ る 場 合 を 除 く 。 ) 等 は 含 ま な い も の と さ れ る (法 令 第 123 条 の 8 第 4 項) 。 この規定における損失の額とは、特定引継資産の譲渡等特定事由の うち譲渡等による損失の額については、その譲渡等の直前の帳簿価額 がその譲渡等に係る対価の額を超える場合におけるその超える部分の 金額をいい、特定引継資産の評価換え等による損失の額にあっては、 その評価換え等の直前の帳簿価額がその評価換え等の直後の帳簿価額 を超える場合におけるその超える部分の金額に相当する金額をいう (法 令 第 123 条 の 8 第 6 項 )。 (4) 特 定 引 継 資 産 の 譲 渡 又 は 評 価 換 え に よ る 利 益 の 額 の 合 計 額 特定引継資産の譲渡又は評価換えによる利益の額の合計額とは、そ の事業年度の適用期間における特定引継資産の譲渡又は評価換えによ り 生 じ た 利 益 の 額 の 合 計 額 を い う (法 法 第 62 条 の 7 第 2 項 1 号 )が 、こ の利益の額の発生の基因となる特定引継資産の譲渡又は評価換えには、 ① 更 生 期 間 資 産 譲 渡 等 、② 更 生 手 続 開 始 の 決 定 が あ っ た 場 合 に お い て 、 民事再生法に規定する再生債務者である法人のその再生手続開始の決 定の時からその再生手続開始の決定に係る再生手続の終了の時までの 間 に 生 じ た 資 産 の 譲 渡 等 特 定 事 由 で あ る 。 さ ら に 、 平 成 22 年 9 月 30 日以前に行われた適格事後設立による資産の譲渡他は含まないものと さ れ て い る (法 令 第 123 条 の 8 第 8 項 )。 この規定における利益の額とは、特定引継資産の譲渡による利益の 額にあっては、特定引継資産の譲渡に係る対価の額が譲渡直前の帳簿 (93) - 85 - 価額を超える場合におけるその超える部分の金額をいい、特定引継資 産の評価換えによる利益の額にあっては、その評価換えの直後の帳簿 価額がその評価換えの直前の帳簿価額を超える場合におけるその超え る 部 分 の 金 額 に 相 当 す る 金 額 と さ れ て い る (法 令 第 123 条 の 8 第 10 項 )。 (5) 特 定 保 有 資 産 に 係 る 譲 渡 等 損 失 額 特定保有資産に係る譲渡等損失額とは、特定保有資産の譲渡等特定 事由により生じた損失の額の合計額から特定保有資産の譲渡又は評価 換 え に よ り 生 じ た 利 益 の 額 の 合 計 額 を 控 除 し た 金 額 を い う (法 法 第 62 条の 7 第 2 項 2 号) (6) 特 定 保 有 資 産 の 範 囲 特定保有資産とは、その法人が支配関係発生日前から有していた資 産 の う ち 上 記 (2)① か ら ⑤ を 含 ま な い も の を い う (法 法 第 62 条 の 7 第 2 項 2 号 )。 (7) 特 定 保 有 資 産 の 譲 渡 等 特 定 事 由 に よ る 損 失 の 額 の 合 計 額 特定保有資産の譲渡等特定事由による損失の額の合計額とは、その 事 業 年 度 の 適 用 期 間 に お け る 特 定 保 有 資 産 の 譲 渡 、評 価 換 え 、貸 倒 れ 、 除却その他これらに類する事由により生じた損失の額の合計額をいう (法 法 第 62 条 の 7 第 2 項 2 号 )。な お 、損 失 の 額 の 発 生 の 基 因 と な る 特 定 引 継 資 産 の 譲 渡 等 特 定 事 由 及 び 損 失 の 額 の 意 義 に つ い て は 上 記 (3) の 特 定 引 継 資 産 に 係 る 内 容 と 基 本 的 に は 同 じ で あ る (法 令 第 123 条 の 8 第 14 項 )。 (8) 特 定 保 有 資 産 の 譲 渡 又 は 評 価 換 え に よ る 利 益 の 額 の 合 計 額 特定保有資産の譲渡又は評価換えによる利益の額の合計額とは、そ の事業年度の適用期間における特定保有資産の譲渡又は評価換えによ り 生 じ た 利 益 の 額 の 合 計 額 を い う (法 法 第 62 条 の 7 第 2 項 2 号 )。な お 、 この利益の額の発生の基因となる特定引継資産の譲渡又は評価換えの 範 囲 及 び 利 益 の 額 の 意 義 に つ い て は 上 記 (4) の 内 容 と 基 本 的 に 同 じ で あ る (法 令 第 123 条 の 8 第 14 項 )。 6 特定引継資産又は特定保有資産に係る譲渡等損失額の計算の特例 上 記 5(1)の 特 定 引 継 資 産 に 係 る 譲 渡 等 損 失 額 の 計 算 を す る 場 合 に 、 その法人が支配関係法人の支配関係事業年度の前事業年度終了の時に 有する資産及び負債の時価評価を行う時は,支配関係法人の時価評価 額等の状況に応じて特定引継資産に係る譲渡等損失額をその時価評価 (94) - 86 - を 基 礎 と し て 計 算 し た 金 額 と す る こ と が で き る (法 令 第 123 条 の 9 第 1 項 )。ま た 、上 記 5(2)の 特 定 保 有 資 産 に 係 る 譲 渡 等 損 失 額 の 計 算 を す る 場合に、その法人がその法人の支配関係事業年度の前事業年度終了の 時に有する資産及び負債の時価評価を行う時は、その法人の時価評価 額等の状況に応じて特定保有資産に係る譲渡等損失額をその時価評価 を 基 礎 と し て 計 算 し た 金 額 と す る こ と が で き る (法 令 第 123 条 の 9 第 4 項 )。 (1) 特例による場合の特定引継資産に係る譲渡等損失額 時 価 純 資 産 価 額 が 簿 価 純 資 産 価 額 以 上 で あ る 場 合 (以 下 、「 G」 と す る 。) 又 は 時 価 純 資 産 価 額 が 簿 価 純 資 産 価 額 に 満 た な い 場 合 (以 下 、 「 H」 とする。) には、特定引継資産に係る譲渡等損失額は、それぞれ次に 掲 げ る 方 法 に よ り 算 定 す る こ と が で き る (法 令 第 123 条 の 9 第 1 項 ) 。 ① G・ 時 価 純 資 産 価 額 が 簿 価 純 資 産 価 額 以 上 で あ る 場 合 支 配 関 係 法 人 の 支 配 関 係 事 業 年 度 (そ の 法 人 と の 間 に 最 後 に 支 配 関 係 が あ る こ と と な っ た 日 の 属 す る 事 業 年 度 を い う 。H に お い て 同 じ 。) の 前 事 業 年 度 終 了 の 時 に お け る 時 価 純 資 産 価 額 (そ の 有 す る 資 産 の 価 額 の 合 計 額 か ら そ の 有 す る 負 債 〔 新 株 予 約 権 に 係 る 義 務 を 含 む 。〕 の 価 額 の 合 計 額 を 減 算 し た 金 額 を い う 。 ) が 簿 価 純 資 産 価 額 (そ の 有 す る 資産の帳簿価額の合計額からその有する負債の帳簿価額の合計額を減 算した金額をいう。) 以上である場合には、特定引継資産に係る譲渡 等 損 失 額 は な い も の と さ れ る (法 令 第 123 条 の 9 第 1 項 1 号 ) 。 つまり、G に該当する場合には、特定引継資産の譲渡等により損失 が生じた場合であっても本制度による損金不算人となる金額はないこ ととなる。 ② H・ 時 価 純 資 産 価 額 が 簿 価 純 資 産 価 額 に 満 た な い 場 合 支配関係法人の支配関係事業年度の前事業年度終了の時における時 価純資産価額が簿価純資産価額に満たない場合には、適用期間内の日 の属する事業年度における当該事業年度の適用期間の特定引継資産に 係る譲渡等損失額は、当該特定資産譲渡等損失額のうち、その満たな い 部 分 の 金 額 (H に お い て 「 簿 価 純 資 産 超 過 額 」 と い う 。 )か ら そ の 法 人 が 支 配 関 係 法 人 の 未 処 理 欠 損 金 額 の 引 継 ぎ に 係 る 制 限 (法 法 57 条 3 項 )に つ い て 引 継 対 象 外 未 処 理 欠 損 金 額 の 計 算 に 係 る 特 例 (法 令 第 113 条 第 1 項 )の 適 用 を 受 け た 場 合 に 、そ の 特 例 の 計 算 に お い て 特 定 資 産 譲 (95) - 87 - 渡等損失相当額のうち簿価純資産超過額に相当する金額を構成するも のとされた部分に相当する金額の合計額及び当該事業年度前の適用期 間内の日の属する各事業年度の特定引継資産に係る特定資産譲渡等損 失額の合計額を控除した金額に達するまでの金額となる。 (2) 特例による場合の特定保有資産に係る譲渡等損失額 時 価 純 資 産 価 額 が 簿 価 純 資 産 価 額 以 上 で あ る 場 合 (以 下 、 「 I」と す る 。) 又 は 時 価 純 資 産 価 額 が 簿 価 純 資 産 価 額 に 満 た な い 場 合 (以 下 、「 J」 と する。) には、特定保有資産に係る譲渡等損失額は、次に掲げる方法 に よ り 算 定 す る こ と が で き る (法 令 第 123 条 の 9 第 4 項 ) 。 ①I に該当する場合 そ の 法 人 の 支 配 関 係 事 業 年 度 (支 配 関 係 法 人 と の 間 に 最 後 に 支 配 関 係があることとなった日の属する事業年度をいう。以下、J において 同じ。) の前事業年度終了の時における時価純資産価額が簿価純資産 価額以上である場合には、特定保有資産に係る譲渡等損失額はないも の と さ れ る (法 令 第 123 条 の 9 第 4 項 ) 。 ②J に該当する場合 その法人の支配関係事業年度の前事業年度終了の時における時価純 資産価額が簿価純資産価額に満たない場合には、適用期間内の日の属 する事業年度における当該事業年度の適用期間の特定保有資産に係る 譲渡等損失額は。当該特定資産譲渡等損失額のうち、その満たない部 分 の 金 額 (J に お い て「 簿 価 純 資 産 超 過 額 」と い う 。)か ら そ の 法 人 が そ の 法 人 の 繰 越 青 色 欠 損 金 額 に 係 る 制 限 (法 法 57 条 第 4 項 )に つ い て 繰 越 青 色 欠 損 金 額 の 計 算 に 係 る 特 例 (法 令 第 113 条 第 4 項 )の 適 用 を 受 け た 場合に、その特例の計算において特定資産譲渡等損失相当額のうち簿 価純資産超過額に相当する金額を構成するものとされた部分に相当す る金額の合計額及び当該事業年度前の適用期間内の日の属する各事業 年度の特定保有資産に係る特定資産譲渡等損失額の合計額を控除した 金 額 に 達 す る ま で の 金 額 と さ れ る (法 令 第 123 条 の 9 第 4 項 )。 7 事業を移転しない適格分割の場合の譲渡等損失額の計算の特例 (1) 概 要 特定適格組織分割が事業を移転しない適格分割である場合には、そ の特定適格分割に係る分割承継法人である法人は、特定適格分割事業 年 度 以 後 の 各 事 業 年 度 (適 用 期 間 内 の 日 の 属 す る 事 業 年 度 に 限 る 。) に (96) - 88 - おける適用期間内の特定保有資産に係る特定資産譲渡等損失額は、移 転 資 産 の 含 み 益 の 範 囲 内 の 金 額 と す る こ と が で き る こ と と さ れ る (法 令 第 123 条 の 9 第 7 項 ) 。 なお、法人が分割承継法人に対してその有する株式のみを移転する 適格分割は,事業を移転しない適格分割に該当するものとして取り扱 わ れ る こ と に な る (法 基 通 12 の 2-2-1)。 (2) 特 例 に よ る 場 合 の 特 定 保 有 資 産 に 係 る 譲 渡 等 損 失 額 その法人がその特定適格分割により移転を受けた資産の移転直前の 移転時価資産価額が移転直前の移転簿価資産価額以下である場合又は 移転時価資産価額が移転簿価資産価額を超え、かつ、その超える部分 の金額がその法人の欠損金額につき事業を移転しない適格分割の場合 の 制 限 対 象 金 額 の 計 算 の 特 例 に よ り 制 限 対 象 と さ れ た 金 額 (特 例 切 捨 欠 損 金 額 )以 下 で あ る 場 合 に は 、適 用 期 間 内 の 特 定 保 有 資 産 に 係 る 特 定 資産譲渡等損失額はないものとされる。 つまり、前述した内容に該当する場合には、特定保有資産の譲渡等 により損失が生じた場合であっても、本規定による損金不算人となる 金額はないことになる。 また、その法人がその特定適格組織分割により移転を受けた資産の 移転直前の移転時価資産価額が移転直前の移転簿価資産価額を超える 場 合 (移 転 時 価 資 産 超 過 額 が 特 例 切 捨 欠 損 金 額 以 下 で あ る 場 合 を 除 く。) には、適用期間内の日の属する事業年度における当該事業年度 の適用期間の特定保有資産に係る特定資産譲渡等損失額は、特定資産 譲渡等損失額のうち、移転時価資産超過額から特例切捨欠損金額及び 実現済額の合計額を控除した金額に達するまでの金額とされる。 実現済額とは、当該事業年度前の適用期間内の日の属する各事業年 度 の 特 定 保 有 資 産 に 係 る 特 定 資 産 譲 渡 等 損 失 額 の 合 計 額 を い う 。な お 、 移 転 を 受 け た 資 産 の う ち 、移 転 を 受 け た 法 人 の 株 式 又 は 出 資 (す な わ ち 移 転 を 受 け る 法 人 に と っ て の 自 己 株 式 )は 、移 転 時 価 資 産 価 額 及 び 移 転 簿価資産価額の計算の基礎となる資産から除くこととされている。 8 法人を設立する特定適格分割の場合の本規定の適用 上 記 1 か ら 7 に 記 載 し た 内 容 は 法 人 税 法 第 62 条 の 7 第 1 項 又 は 同 条第 2 項の規定であるが両規定は、前提として既存の法人同士が特定 適格分割を行った場合における適用について規定されている 。他方、 (97) - 89 - 法 人 税 法 第 62 条 の 7 第 3 項 に お い て は 、 支 配 関 係 が あ る 分 割 法 人 と 他の分割法人との間で法人を設立する特定適格分割が行われた場合に おいても適用される旨が定められている。 この場合、分割法人から移転を受けた資産と他の分割法人から移転 を受けた資産とを区分して、それぞれ上記 1 から 7 に準じて資産に係 る譲渡等損失額を計算することになる。 (98) - 90 - 第4章 会社分割税制の構造的問題点 組織再編行為の一形態である会社分割は、一つの法人の資産、負債 が他の法人に移転する点では合併と同意義である反面、絶対条件とし て分割法人の有する資産、負債の全部が分割承継法人に移転されるわ けではなく、その一部が意図的に分離されることが可能である点が合 併との大きな相違点である。 法人が会社分割税制を活用することで、より大きな節税が可能なの であれば、当該法人は当然会社分割税制が適用されるスキームを考え るはずであり、その結果、課税の中立性が保たれない場合も起こる可 能性を有している。そのような事態を防ぐためにも、会社分割税制と 他の法人税制との整合性は十分に担保されなければならないはずであ る。 このような背景から、本章では、まず、会社分割税制の基本的な考 え方と税制適格要件について、問題の所在を明らかにする。次に、あ る地方銀行グループの会社分割を伴う組織再編成を例に、会社分割と いう組織再編行為によって創造される構造そのものから派生する税制 の問題点について検討する。さらに会社分割を行った場合に発生する 二重課税の問題について架空の事例を用いて検討してみたい。 第 1節 会社分割税制における基本的考え方と税制適格要件との関連 性 第 1項 会社分割に対する税制の考え方 我が国の法人税制の基本的なあり方は、原則として個々の法人ごと に納税義務を分立させ、課税標準の計算や租税債務の確定もそれぞれ の 法 人 ご と に 独 立 し た も の と す る 、単 体 納 税 制 度 と な っ て い る 38 )。単 体納税制度下においては、ある資産がその法人の外部に移転した場合 には、この資産の移転は時価により行われたとみなされるのである。 こ の こ と は 、 法 人 税 法 第 22 条 第 2 項 が 、 無 償 に よ る 資 産 の 譲 渡 、 役 38 ) 渡 辺 淑 夫 『 法 人 税 法 』 2 頁 (中 央 経 済 社 ,2012 年 ). (99) - 91 - 務の提供、無償による資産の譲受けも益金の額を構成すると規定して いることからも明らかである。 一 方 、法 人 税 法 第 62 条 は 、会 社 分 割 等 が 行 わ れ た 場 合 に「 当 該 分 割 の時の価額による譲渡をしたものとして。当該内国法人の各事業年度 の 所 得 の 金 額 を 計 算 す る 。」と し て 、会 社 分 割 を 時 価 に よ る 資 産 の 譲 渡 と 定 義 す る 一 方 、法 人 税 法 第 62 条 の 2 及 び 法 人 税 法 62 条 の 3 に お い て、適格分割型分割と適格分社型分割に該当した場合の特例を規定し ている。この特例は、帳簿価額による引継ぎ又は譲渡をしたものとし て 、「 当 該 内 国 法 人 の 各 事 業 年 度 の 所 得 の 金 額 を 計 算 す る 。」 と し て い ることから、適格分割に該当する場合には、分割法人、分割承継法人 の双方において帳簿価額による移転資産の引継ぎが強制されているの である。 第 2 項「基本的考え方」における会社分割の視点 組織再編税制をどのような考え方をもって構築するかについて、政 府税制調査会の法人課税小委員会は、 「 企 業 分 割・合 併 等 の 企 業 組 織 再 編 成 に 係 る 税 制 の 基 本 的 考 え 方 」(以 下 、 「 基 本 的 考 え 方 」と い う 。) を 平 成 12 年 10 月 3 日 に 政 府 税 制 調 査 会 総 会 に 報 告 し た 39 )。平 成 13 年 度の税制改正において導入された組織再編税制は、この「基本的考え 方」に沿って立法化されたのである。 その中で、企業組織再編成における課税関係については、①「移転 資産に対する支配が再編成後も継続していると認められるものについ て は 、移 転 資 産 の 譲 渡 損 益 の 計 上 を 繰 り 延 べ る こ と が 考 え ら れ る 。」② 分割型の会社分割や合併の場合の株主についても、 「株主の投資が継続 していると認められるものについては、上記と同様の考え方に基づき そ の 計 上 を 繰 り 延 べ る こ と が 考 え ら れ る 。」と 記 載 さ れ て い る 。つ ま り 、 課税の繰延べの論拠は「移転資産に対する支配の継続性」と分割型分 割においては、 「 株 主 の 投 資 の 継 続 性 」の 二 つ で あ る と 明 示 し て い る の である。 これは、会社分割に係る法人税の取扱いの検討の中心となるのは、 会社分割による移転資産の譲渡損益の取扱いと考えられるのだが、原 39 ) 日 本 租 税 ・ 前 掲 注 16,21₋25 頁 . (100) - 92 - 則として分割法人がその所有する資産を分割承継法人に移転する場合 には、時価での譲渡として譲渡損益を計上するのは、会社分割を行う 前提条件であるとしたうえで、会社分割を行う前後において経済的実 態に変化がないと認められる場合には、移転資産に対する支配が会社 分割後も継続しているとして課税関係を継続すると考え、課税を繰り 延べるのが適当であろうとするものである。 また、分割型分割についても、原則として譲渡損益を計上して課税 することが適当としたうえで、株主の投資が継続しているものと認め られるものについては、移転資産に対する支配の継続性の考え方に基 づき課税を繰り延べるとしたものである。 こ れ は 、課 税 繰 延 べ の 一 般 的 根 拠 は 、 「経済的実態に実質的な変更が ない場合には、課税しない」とする意味での実質主義であり、それに 基づいて法人段階における「移転資産に対する支配の継続性」と株主 の段階における「投資の継続性」がそれぞれ要求されていることにな る 40 )。 第 3項 会社分割における適格要件 「基本的考え方」では、会社分割を大きく「企業グループ内の組織 再編成」と「共同事業を行うための組織再編成」の2つに分類して、 それぞれについて、課税繰延べの条件を示して提示しており、これに 沿って適格要件が定められたのである。 「 基 本 的 考 え 方 」に お け る 課 税 の繰延べの考え方と明文化された税制適格要件を比較すると「基本的 考え方」と税制適格要件の整合性がはたして本当に保たれているのか 疑 問 が 残 る ([図 解 13]参 照 )。 「 基 本 的 考 え 方 」は 、 「 企 業 グ ル ー プ 内 の 組 織 再 編 成 」に つ い て 、 「組 織再編成の実態や移転資産に対する支配の継続という点に着目すれば、 企業グループ内の組織再編成により資産を企業グループ内で移転した 渡 辺 徹 也「 企 業 組 織 再 編 税 制 -現 行 制 度 に お け る 課 税 繰 延 の 理 論 的 根 拠 お よ び 問 題 点 等 -」 租 税 研 究 687 号 22₋23 頁 (日 本 租 税 研 究 協 会 ,2007 年 ). さ ら に 、 渡 辺 教 授 は 、課 税 の 繰 延 べ の 一 般 的 根 拠 に 係 る 実 質 主 義 に つ い て「 法 人 と 株 主 の 双 方 段 階 に お い て 、こ の よ う な 実 質 主 義 が 根 拠 と さ れ る の は 、課 税 の 繰 延 べ が 中 立 性 の 観 点 か ら 要 求 し て い る と 思 わ れ る 。」と し た う え で 、 「 も し 、こ の 理 解 が 正 し い と す れ ば 、適 格 扱 い (課 税 繰 延 )は 優 遇 措 置 で は な い こ と に な る 。組 織 再 編 行 為 を 促 進 す る と い う よ り は 、む し ろ 課 税 に よ っ て 不 当 に 阻 害 し て は な ら な い と い っ た 趣 旨 で あ ろ う 。」 と 述 べ て い る 。 40 ) (101) - 93 - 場 合 に は 、一 定 の 要 件 の 下 、移 転 資 産 を そ の 帳 簿 価 額 の ま ま 引 き 継 ぎ 、 譲 渡 損 益 の 計 上 を 繰 り 延 べ る こ と が 考 え ら れ る 。」 と し て い る 。 しかし「移転資産に対する支配の継続」を担保するために、具体的 にどのような要件を設定すべきかの指針は示していない。 ま た 、「 共 同 事 業 を 営 む た め の 会 社 分 割 」 に つ い て も 、「 移 転 の 対 価 として取得した株式の継続保有等の要件を満たす限り、移転資産に対 する支配が継続しているものとして考え、資産の移転時に発生する譲 渡 損 益 の 計 上 を 繰 り 延 べ る と 考 え る こ と が で き る 。」と し て い る が 、取 得株式の継続保有と「移転資産に対する支配の継続」がどう結びつく のかその本質的な理由は明らかにはされていない。 したがって、税制適格要件には、移転資産に対する支配の継続を確 保 す る た め の 明 確 な 理 由 が 存 在 し て い な い 。 さ ら に 100% の 資 本 関 係 を有する完全支配関係下の会社分割にあっては、税制適格要件の一つ である事業継続要件すら規定されていないのである。 さらに、税制適格要件には、事業継続要件に限らず、完全支配関係 継続要件、支配関係継続要件、従業者引継要件について、会社分割を 行う時点でそれらが「見込まれていること」で足りるとされており、 実際に継続することまでは要求していない点が問題である。 例えば、会社分割により移転を受けた事業をすぐに廃止したとして も、合理的理由があれば、遡って適格性が問われることはないという ことであり、資産を簿価で移転をする意味での課税の繰延べ措置につ いても停止されることもないのである。 (102) - 94 - (出 所 ) 田 坂 正 則「 会 社 分 割 税 制 の 構 造 的 な 問 題 点 に つ い て 」税 経 通 信 67 巻 10 号 181 頁 (税 務 経 理 協 会 ,2012 年 )を 基 に 筆 者 が 一 部 修 正 し て 作 成 。 第 2節 事例を用いた問題点の洗い出し ここでは、構造上の問題点を浮彫りにするため、福岡銀行グループ が行った一連の適格組織再編成が、節税にどのようなインパクトを与 えたのか、そして同グループにどの様な効果を与えたのか検討する。 (1) 組織再編成の経緯 福岡銀行グループは、大手地方銀行グループであるが、そのグルー プ 構 成 は【 図 解 14】の と お り で あ る 。福 岡 銀 行 グ ル ー プ は 、持 株 会 社 で あ る ふ く お か フ ィ ナ ン シ ャ ル グ ル ー プ (以 下 、「 FFG」 と い う 。 ) と その完全子会社である、福岡銀行、熊本ファミリー銀行及び親和銀行 の 3 行によって構成されている。なお、親和コーポレートパートナー ズ は 、 平 成 21 年 2 月 13 日 以 降 は 、 福 岡 銀 行 の 子 会 社 と な っ て い る 。 (103) - 95 - 親和コーポレートパートナーズ株式会社 株式会社 親和銀行 株式会社 福岡銀行 株式会社 熊本ファミリー銀行 株式会社 ふくおかフィナンシャルグループ(FFG) 【図解14】福岡銀行グループの構成(平成19年10月1日現在) (出 所 ) 田 坂 正 則「 会 社 分 割 税 制 の 構 造 的 な 問 題 点 に つ い て 」税 経 通 信 67 巻 10 号 182 頁 (税 務 経 理 協 会 ,2012 年 )を 基 に 筆 者 一 部 修 正 し て 作 成 。 福岡銀行グループが行った事業組織再編成は、初めに親和銀行が吸 収 分 社 型 分 割 に よ り 親 和 コ ー ポ レ ー ト パ ー ト ナ ー ズ (株 )に 不 良 債 権 を 移 転 し 、次 に FFG を 設 立 し た う え で 、福 岡 銀 行・熊 本 フ ァ ミ リ ー 銀 行 と株式移転を行い、親和銀行と株式譲渡を行って3行を完全子会社化 した。その後、熊本ファミリー銀行と親和銀行の有する不良債権を吸 収 分 割 型 分 割 に よ り 福 岡 銀 行 へ 移 転 し た 。一 連 の 組 織 再 編 成 の 流 れ は 、 【 図 解 15】 の と お り で あ る 。 (104) - 96 - 【図解15】福岡銀行グループの組織再編の一連の流れ 平成17年9月27日 適格吸収分社型分割により分割法人となる㈱親和銀行 が有する不良債権を分割承継法人となる親和コーポレート パートナーズ㈱に移転。 平成19年4月2日 ㈱ふくおかフィナンシャルグループを設立し、株式移転 により㈱福岡銀行と㈱熊本ファミリー銀行を完全子会 社化。 平成19年10月1日 ㈱ふくおかフィナンシャルグループが㈱親和銀行他の株 式を取得しを完全子会社化。 平成21年2月13日 適格吸収分割型分割により分割承継法人となる㈱福岡 銀行が、分割法人となる㈱熊本ファミリー銀行と㈱親和 銀行から、両行の不良債権(親和コーポレートパートナー ズ(株)の株式を含む)を取得。 平成21年5月15日 平成22年7月29日 親和コーポレートパートナーズ㈱の解散を決議。 親和コーポレートパートナーズ㈱の清算結了。 ( 出 所 )㈱ 九 州 親 和 ホ ー ル デ ィ ン グ ス「 企 業 再 生 支 援 強 化 の た め の 会 社 分 割 実 施 の お 知 ら せ ~ 親 和 コ ー ポ レ ー ト パ ー ト ナ ー ズ ( 株 ) ス タ ー ト ~ 」 https://www.shinwabank.co.jp/release/pdf/00210.pdf. ㈱ ふ く お か フ ィ ナ ン シ ャ ル グ ル ー プ『「 株 式 会 社 ふ く お か フ ィ ナ ン シ ャ ル グ ル ー プ 」 の 設 立 並 び に 平 成 20 年 3 月 期 の 通 期 業 績 予 想 に つ い て 』 http://www.fukuoka-fg.com/news_pdf/070402.pdf. ㈱ ふ く お か フ ィ ナ ン シ ャ ル グ ル ー プ「 株 式 会 社 親 和 銀 行 の 株 式 の 取 得( 完 全 子 会 社 化 ) 完 了 の お 知 ら せ 」 http://www.fukuoka-fg.com/news_pdf/20071001_2.pdf. ㈱ ふ く お か フ ィ ナ ン シ ャ ル グ ル ー プ「 当 社 子 会 社 間( ㈱ 福 岡 銀 行 及 び ㈱ 熊 本 フ ァ ミ リ ー 銀 行 並 び に ㈱ 福 岡 銀 行 及 び ㈱ 親 和 銀 行 )に お け る 会 社 分 割 の 実 施 に 関 す る お 知 らせ http://www.fukuoka-fg.com/news_pdf/20090213.pdf. ㈱ ふ く お か フ ィ ナ ン シ ャ ル グ ル ー プ「 子 会 社( 親 和 コ ー ポ レ ー ト・パ ー ト ナ ー ズ 株 式会社)の解散に関するお知らせ」 http://www.fukuoka-fg.com/news_pdf/20090515_02.pdf. ㈱ 福 岡 銀 行 「 有 価 証 券 報 告 書 ‐ 第 100 期 (平 成 22 年 4 月 1 日 - 平 成 23 年 3 月 31 (105) - 97 - 日 )」 http://www.fukuoka-fg.com/zaimu/financial_report/pdf_files/100_bof.pdf . により筆者が作成。 (2) 親 和 コ ー ポ レ ー ト パ ー ト ナ ー ズ (株 )に 対 す る 不 良 債 権 の 移 転 と 清 算 ① 会社分割の内容 親 和 銀 行 は 、 FFG の 傘 下 銀 行 と な る 前 の 平 成 17 年 9 月 に 、 不 良 債 権化した貸出金を会社分割により親和コーポレートパートナーズ (株 )(以 下 、 「 子 会 社 」と い う 。) に 移 転 し た 。そ の 移 転 の 時 に 行 っ た 会 計処理は、以下のように想定される。 ま ず 、 子 会 社 の 株 式 総 額 ( 帳 簿 価 額 ) は 平 成 18 年 3 月 末 に お い て 12,176 百 万 円 、 平 成 17 年 3 月 末 に 133 百 万 円 で あ り 、 こ の こ と に よ り 平 成 18 年 3 月 期 中 に お い て 子 会 社 株 式 の 帳 簿 価 額 は 12,043 百 万 円 増加したと算定される。 また、親和銀行の有価証券報告書中の税効果会計に関する注記から 子 会 社 株 式 に 係 る 繰 延 税 金 資 産 が 13,429 百 万 円 と さ れ て い る 。こ の こ と か ら こ れ を 実 行 税 率 40.43 % で 割 り 戻 せ ば 、 将 来 減 算 一 時 差 異 は 33,215 百 万 円 と 算 定 さ れ る 。こ れ は 、子 会 社 に 移 転 し た 貸 出 金 に 係 る 貸 倒 引 当 金 の 有 税 部 分 で あ り 、 親 和 銀 行 は 、 子 会 社 に 含 み 損 約 332 億 円を移転したと考えられる。 し た が っ て 、子 会 社 株 式 の 帳 簿 価 額 12,043 百 万 円 に 、将 来 減 算 一 時 差 異 33,215 百 万 円 を 加 え た 45,258 百 万 円 が 、 子 会 社 株 式 の 無 税 の 部 分 直 接 償 却 分 を 除 く 税 務 上 の 簿 価 と 考 え ら れ る 41 )。 41 ) 前述の金額並びに税率及び仕訳は、以下の資料を基に準用し作成した。 田 坂 正 則 「 会 社 分 割 税 制 の 構 造 的 な 問 題 点 に つ い て 」 税 経 通 信 67 巻 10 号 183 頁 (税 務 経 理 協 会 ,2012 年 ).及 び オ リ ッ ク ス 株 式 会 社 ,「 親 和 銀 行 の 分 割 子 会 社 と 資 本 業 務 提 携 契 約 を 締 結 」 http://www.orix.co.jp/grp/pdf/news/050822_ShinwaBankJ.pdf , 2012 年 10 月 28 日 12 頃 ア ク セ ス . 親 和 銀 行 ,「 有 価 証 券 報 告 書 ,第 107 期 自 平 成 17 年 4 月 1 日 至 平 成 18 年 3 月 31 日」 http://www.fukuoka-fg.com/zaimu/financial_report/pdf_files/syuka17 -2.pdf,201 2 年 10 月 28 日 13 頃 ア ク セ ス . (106) - 98 - 親和銀行の会社分割時の仕訳 (億円) 【会計上】 (借) 子会社株式 120 (貸) 貸出金 313 貸倒引当金 193 【税務上】 (借) 子会社株式 452 ② (貸) 貸出金 452 福岡銀行における損失の発生 子 会 社 株 式 は 、平 成 21 年 3 月 期 に 行 わ れ た 会 社 分 割 に よ り 、福 岡 銀 行 が 保 有 す る こ と と な っ た が 、子 会 社 は 平 成 22 年 3 月 期 に 解 散 を 決 議 し、清算することとなった。清算時の仕訳を想定すると以下のとおり で あ り 、 税 務 上 391 億 円 の 損 失 が 計 上 さ れ た と 想 定 さ れ る 42 )。 福岡銀行における子会社清算時の仕訳(億円) 【会計上】 (借) 受入資産 62 (貸) 子会社株式 120 子会社清算損 58 【税務上】 (借) 受入資産 62 (貸) 子会社株式 452 子会社清算損 390 も と も と 親 和 銀 行 が 保 有 し て い た 貸 出 金 に 係 る 含 み 損 が 、 平 成 18 年 3 月期に会社分割により子会社に移転して株式化され、次にその子 会 社 株 式 に 係 る 損 失 が 、遅 く と も 平 成 23 年 3 月 期 に 福 岡 銀 行 に お い て 一時に実現したことになる。会社分割が行われなければ、貸倒損失等 としてもっと早い時期に親和銀行において実現したはずの損失であっ た。 この損失の発生は多額の税務上の繰越欠損金を有する親和銀行では なく、収益力があり、かつ税務上の繰越欠損金がほとんどない福岡銀 42 ) 前述の金額及び仕訳は、以下の資料を基に準用し作成した。 田 坂 正 則 「 会 社 分 割 税 制 の 構 造 的 な 問 題 点 に つ い て 」 税 経 通 信 67 巻 10 号 183 頁 (税 務 経 理 協 会 ,2012 年 ).及 び 株 式 会 社 ふ く お か フ ィ ナ ン シ ャ ル グ ル ー プ ,「 子 会 社 (親 和 コ ー ポ レ ー ト ・ パ ー ト ナ ー ズ 株 式 会 社 )の 解 散 に 関 す る お し ら せ 」 年 )http://www.fukuoka-fg.com/news_pdf/20090515_02.pdf#search='%E8%A7%A 3%E6%95%A3+%E8%A6%AA%E5%92%8C%EF%BD%BA%EF%BD%B0%EF%BE %8E%EF%BE%9F%EF%BE%9A%EF%BD%B0%EF%BE%84 ' 2012 年 10 月 28 日 16 時 頃 ア ク セ ス .こ の 「 子 会 社 (親 和 コ ー ポ レ ー ト ・ パ ー ト ナ ー ズ 株 式 会 社 )の 解 散 に 関 す る お し ら せ 」 に お け る 、 子 会 社 の 平 成 21 年 3 月 期 の 純 資 産 は 、 6,257 百 万 円 と 記 載 さ れ て お り 、こ の 金 額 を 精 算 時 に お け る 残 余 財 産 の 価 額 と し て 仮 定 し て い る。 (107) - 99 - 行で実現したことで、青色欠損金の繰越控除制度による節税メリット は 100%享 受 さ れ る こ と に な っ た 【 図 解 16 参 照 】 と 考 え ら れ る 。 【図解16】 福岡銀行及び親和銀行の税務上の繰越欠損金と収益力の推移 (億円) 19年3月期 20年3月期 21年3月期 22年3月期 23年3月期 24年3月期 福岡銀行 親和銀行 コア業務純益 繰越欠損金 コア業務純益 繰越欠損金 600 585 586 598 581 599 0 0 0 262 299 59 192 127 87 91 90 91 0 754 1,262 1,382 1,309 440 (出 所 )田 坂 正 則 「 会 社 分 割 税 制 の 構 造 的 な 問 題 点 に つ い て 」 税 経 通 信 67 巻 10 号 184 頁 (税 務 経 理 協 会 ,2012)及 び 株 式 会 社 ふ く お か フ ィ ナ ン シ ャ ル グ ル ー プ 「 平 成 23 年 度 決 算 説 明 資 料 」 http://www.fukuoka-fg.com/zaimu/kessan/pdf_files/kessan/ffg_2011_setumei.p df 株 式 会 社 福 岡 銀 行「 有 価 証 券 報 告 書 ‐ 第 101 期 (平 成 23 年 4 月 1 日 - 平 成 24 年 3 月 31 日 )」 https://info.edinet-fsa.go.jp/E01EW/BLMainController.jsp?1352250408825 等の資料を用いて筆者が一部修正して作成。 (3) 熊本ファミリー銀行及び親和銀行の不良債権部門の福岡銀行へ の移転 ① 会社分割の内容 FFG は 、 平 成 21 年 2 月 に 熊 本 フ ァ ミ リ ー 銀 行 及 び 親 和 銀 行 が 有 す る事業再生事業及び不良債権関連事業を吸収分割型分割により、福岡 銀 行 に 移 転 さ せ た 。会 計 処 理 は 、平 成 21 年 3 月 期 の 有 価 証 券 報 告 書 に よ れ ば 【 図 解 17】 の よ う に 行 わ れ た と 考 え ら れ る 。 (108) - 100 - 【図解17】熊本ファミリー銀行、親和銀行及び福岡銀行における会社分割時の仕訳 (億円) 会社分割時(平成21年2月) (会計上の仕訳) 福岡銀行 (借方) (貸方) 貸出金 2,565 貸倒引当金 1,471 有価証券 124 投資損失引当金 58 その他資産 13 その他負債 11 繰延税金資産 241 繰越利益剰余金 1,403 親和銀行 (借方) 貸倒引当金 熊本ファミリー銀行 (貸方) 1,195 投資損失引当金 58 (借方) (貸方) 貸出金 1,931 貸倒引当金 276 利益剰余金 437 有価証券 124 その他負債 11 その他資産 7 利益剰余金 966 繰延税金資産 168 貸出金 634 その他資産 6 繰延税金資産 73 福岡銀行の決算時の仕訳(平成21年3月) 繰延税金資産 256 法人税等調整額 256 この会社分割による将来減算一時差異の増加 法定実効税率を40.4%と仮定する。 (241+256)/40.4%=1,230 (出 所 )田 坂 正 則 「 会 社 分 割 税 制 の 構 造 的 な 問 題 点 に つ い て 」 税 経 通 信 67 巻 10 号 185 頁 (税 務 経 理 協 会 ,2012)及 び 株 式 会 社 福 岡 銀 行 「 有 価 証 券 報 告 書 ‐ 第 98 期 (自 平 成 20 年 4 月 1 日 至 平 成 21 年 3 月 31 日 )」 http://www.fukuoka-fg.com/zaimu/financial_report/pdf_files/bof_yuka98.pdf 株 式 会 社 ふ く お か フ ィ ナ ン シ ャ ル グ ル ー プ 「 平 成 20 年 度 決 算 説 明 資 料 」 http://www.fukuoka-fg.com/zaimu/kessan/pdf_files/kessan/ffg_2008_setumei.p df の資料を基に一部修正し筆者が作成。 同事業年度の福岡銀行単体の決算において、 「会社分割に伴う税効果 益 」が 256 億 円 計 上 さ れ て い る 。こ の 税 効 果 益 256 億 円 の 意 味 す る と (109) - 101 - ころは、 熊本ファミリー銀行と親和銀行においては収益力の弱さから 貸倒引当金に係る将来減算一時差異の一部を繰延税金資産として計上 することができなかったところ、収益力のある福岡銀行に移転された ことにより計上できることになった金額であると考えることができる。 2 つ の 銀 行 か ら 引 き 継 い だ 繰 延 税 金 資 産 241 億 円 を 加 え た 497 億 円 は、その大部分が貸倒引当金の有税繰入分に対応するものと仮定する と 、 貸 倒 引 当 金 に 係 る 将 来 減 算 一 時 差 異 は 、 実 効 税 率 を 40.4% と す る と 1,230 億 円 程 度 と 想 定 さ れ る 。 言い換えればこの分割により熊本ファミリー銀行と親和銀行は福岡 銀 行 に 対 し て 1,230 億 円 の 含 み 損 を 移 転 し た と 考 え ら れ る の で あ る 。 ② 福岡銀行における損失の発生 福 岡 銀 行 に 移 転 し た 1,230 億 円 の 含 み 損 が 実 現 し た 場 合 に お い て 、 「 特 定 資 産 の 譲 渡 等 損 失 額 の 損 金 不 算 入 ( 法 税 第 62 条 の 7)」 の 適 用 があったのであろうか。 特 定 資 産 の 譲 渡 等 損 失 額 の 損 金 不 算 入( 法 税 第 62 条 の 7)は 要 約 す ると「法人と支配関係法人との間でその法人を分割承継法人とする特 定適格分割が行われた場合に、その分割承継法人と支配関係法人との 間に特定分割事業年度開始の日の 5 年前の日、その分割承継法人とな る法人の設立の日又はその分割法人の設立の日のいずれか遅い日から 継続して支配関係がある時は、その分割承継法人の適用期間において 生ずる特定資産譲渡等損失額は、その分割承継法人の各事業年度の損 金の額に算入されない」とする規定である。 仮に、同条の適用を受けることになれば、福岡銀行は適用期間内に おける分割法人である 2 つの銀行からの移転資産に係る損失を税務上 損金に算入できないことになる。 ゆえに、 「 特 定 資 産 の 譲 渡 等 損 失 額 の 損 金 不 算 入( 法 税 第 62 条 の 7)」 の 適 用 が あ っ た か 否 か の 検 討 を 行 う 。【 図 解 18】 に お い て 、 親 和 銀 行 で は 、平 成 21 年 3 月 期 に は 将 来 減 算 一 時 差 異 が 前 年 対 比 で 1,390 億 円 減 少 し て お り(【 図 解 18】の B)、熊 本 フ ァ ミ リ ー 銀 行 で は 、同 期 前 年 対 比 で 211 億 円 減 少 し て い る (【 図 解 18】 の C)。 こ の 減 少 し た B と C が 福 岡 銀 行 の 平 成 21 年 3 月 期 の 将 来 減 算 一 時 差 異 の 前 年 対 比 1,454 億 円 の 増 加 分 (【 図 解 18】 の A)に 含 ま れ て い る と推定する。つまり少なくとも親和銀行と熊本ファミリー銀行の将来 (110) - 102 - 減 算 一 時 差 異 1,230 億 円 が 福 岡 銀 行 に 移 転 し て い る と 推 測 で き る の で ある。 さ ら に 、当 該 会 社 分 割 が 実 施 さ れ た 平 成 21 年 3 月 期 に 2,130 億 円 に 増 加 し た 貸 倒 引 当 金 の 有 税 残 高 は 、 翌 期 に は 1,578 億 円 に 減 少 す る と と も に 、 税 務 上 の 繰 越 欠 損 金 が 262 億 円 発 生 し て い る 。 こ の 事 業 年 度 の 福 岡 銀 行 の 税 引 前 当 期 純 利 益 が 326 億 円 で あ る に も 関 わ ら ず 、 大 幅 な 損 金 算 入 が 行 わ れ た こ と を み れ ば 、法 62 条 の 7 の 適 用 は な か っ た も のと想定される。 さ ら に 、 福 岡 銀 行 に お け る 節 税 効 果 は 、【 図 解 19】 の と お り 福 岡 銀 行 の 平 成 22 年 3 月 期 か ら 平 成 24 年 3 月 期 ま で の 各 期 の 決 算 に お い て 「法人税、住民税及び事業税」に計上されている金額が、法人に係る 住民税及び法人に係る事業税の外形標準課税等と想定される程度の低 額であることからも読み取れる。 【図解18】 三行の会社分割による将来減算一時差異の異動 法定実行税率を40.4%と仮定して算出。 貸倒引当金に係る数値 繰越欠損金に係る数値 20年3月期 21年3月期 繰延税金資産 (百万円) 福岡銀行 将来減算一時差異 (億円) 繰延税金資産 (百万円) 将来減算一時差異 (億円) 27,288 86,042 675 2,130 ‐ ‐ ‐ ‐ 繰延税金資産 (百万円) 将来減算一時差異 (億円) 67,725 1,676 11,553 286 貸倒引当金に係る数値 20年3月期 21年3月期 熊本F銀行 (出 所 ) 繰延税金資産 (百万円) 将来減算一時差異 (億円) 63,764 1,454 A ‐ ‐ 貸倒引当金に係る数値 20年3月期 21年3月期 親和銀行 22年3月期 23年3月期 前期対比 12,824 317 4,310 107 B 12,086 299 7,958 197 7,612 188 22年3月期 23年3月期 前期対比 -211 1,442 10,570 262 22年3月期 23年3月期 前期対比 -1,390 58,272 1,578 C 4,166 103 4,603 114 田 坂 正 則 「 会 社 分 割 税 制 の 構 造 的 な 問 題 点 に つ い て 」 税 経 通 信 67 巻 10 号 183 頁 (税 務 経 理 協 会 ,2012) 株式会社 福 岡 銀 行 ,「 有 価 証 券 報 告 書 - 第 98 期 ( 平 成 20 年 4 月 1 日 - 平 成 21 年 3 月 31 日 )」 http://www.fukuoka-fg.com/zaimu/financial_report/pdf_files/bof_yuka98.p df 株式会社 福 岡 銀 行 , 「 有 価 証 券 報 告 書 - 第 100 期 (平 成 22 年 4 月 1 日 - 平 成 23 年 3 月 31 日 )」 http://www.fukuoka-fg.com/zaimu/financial_report/pdf_files/100_bof.pdf (111) - 103 - 株式会社 親 和 銀 行 , 「 有 価 証 券 報 告 書 - 第 110 期 (平 成 20 年 4 月 1 日 - 平 成 21 年 3 月 31 日 )」 http://www.fukuoka-fg.com/zaimu/financial_report/pdf_files/swb_yuka110.pdf 株式会社 親 和 銀 行 , 「 有 価 証 券 報 告 書 - 第 112 期 (平 成 22 年 4 月 1 日 - 平 成 23 年 3 月 31 日 )」 http://www.fukuoka-fg.com/zaimu/financial_report/pdf_files/112_swb.pdf 株式会社 熊 本 フ ァ ミ リ ー 銀 行 , 「 有 価 証 券 報 告 書 - 第 17 期 (平 成 20 年 4 月 1 日 - 平 成 21 年 3 月 31 日 )」 http://www.fukuoka-fg.com/zaimu/financial_report/pdf_files/kfb_yuka17.pdf 株式会社 熊 本 フ ァ ミ リ ー 銀 行 , 「 有 価 証 券 報 告 書 - 第 17 期 (平 成 20 年 4 月 1 日 - 平 成 21 年 3 月 31 日 )」 http://www.fukuoka-fg.com/zaimu/financial_report/pdf_files/19_kfb.pdf の資料を基に一部修正し筆者が作成。 【図解19】福岡銀行の決算の推移 *福岡銀行の平成21年3月期から平成24年3月期までの損益計算書の税引前当期純利益以下の部分を抜粋 福岡銀行の決算 (百万円) 21年3月期 22年3月期 23年3月期 24年3月期 税引前当期純利益 11,371 32,584 46,149 41,596 法人税、住民税及び事業税 14,821 134 119 206 過年度法人税等 - -268 - ー 法人税等調整額 -29,892 -972 19,340 21,239 法人税等合計 -15,070 -1,106 19,460 21,445 当期純利益 26,442 33,960 26,689 20,150 (出 所 ) 田 坂 正 則 「 会 社 分 割 税 制 の 構 造 的 な 問 題 点 に つ い て 」 税 経 通 信 67 巻 10 号 186 頁 (税 務 経 理 協 会 ,2012) 株式会社 福 岡 銀 行 , 「 有 価 証 券 報 告 書 - 第 99 期 ( 平 成 21 年 4 月 1 日 - 平 成 22 年 3 月 31 日 )」 http://www.fukuoka-fg.com/zaimu/financial_report/pdf_files/bof_yuka99.pdf 株式会社 福 岡 銀 行 , 「 有 価 証 券 報 告 書 ‐ 第 101 期 (平 成 23 年 4 月 1 日 - 平 成 24 年 3 月 31 日 )」 http://www.fukuoka-fg.com/zaimu/financial_report/pdf_files/101_bof.pdf の資料を基に一部修正し筆者が作成。 (4) 当該組織再編における節税メリットと構造上の問題点 (112) - 104 - 福 岡 銀 行 は 、一 連 の 組 織 再 編 行 為 に よ り 、課 税 所 得 ベ ー ス で 、 子 会 社 株 式 に 係 る 含 み 損 約 390 億 円 と 、 熊 本 フ ァ ミ リ ー 銀 行 、 親 和 銀 行 の 2 行 か ら 移 転 を 受 け た 貸 出 金 に 係 る 含 み 損 約 1,230 億 円 の 合 計 約 1,620 億円について、青色欠損金の繰越控除制度を活用した節税メリットを 享受している。 実 効 税 率 を 40.4%と 仮 定 す れ ば 、 地 方 税 と 併 せ て 節 税 額 は 654 億 円 に上ることになる。これは、会社分割税制を活用しなければ、分割承 継会社である福岡銀行においては、享受できなかったはずのメリット ではないだろうか。 筆者は、会社分割税制における構造上の問題点がここに存在してい ると考える。つまり「移転資産に対する支配の継続」を担保するよう な適格要件自体が存在しておらず、 「 移 転 資 産 に 対 す る 支 配 の 継 続 」が 絶たれた場合にも、課税繰延べ措置は停止されないという点に問題が あり、さらに分社型分割により損金又は益金の算入時期を意図的に調 整することが可能であるという点が大きな問題ではないかと考えるの である。 福岡銀行グループの例でいえば親和銀行が子会社に移転した資産に ついて、譲渡や貸倒れによる損失が実現したとしても、分割法人であ る子会社株式の評価損の計上はその時点では行われず、結果的に子会 社の清算まで、損金の算入は繰り延べられたのである。 また、分割型分割により熊本ファミリー銀行と親和銀行が福岡銀行 に移転した資産については、譲渡や貸倒れ等によって損失が実現した としても、分割法人である熊本ファミリー銀行と親和銀行において損 金に算入されることは永久にないことになる。 適格分割にあっては分割承継法人も移転資産の簿価引継ぎが強制さ れている。これにより、移転資産が有する含み損益も分割承継法人に 移転することとなる。 これは、収益力のない法人から、グループ内の収益力のある法人へ 含み損を有する資産を移転したうえで、実現損失を計上して節税する ことも可能となることを意味しているのである。 他方、含み益のある資産を移転する場合もあり得るが、福岡銀行の グループの事例でいえば、子会社株式の含み損及び熊本ファミリー銀 行 並 び に 親 和 銀 行 の 貸 出 金 の 含 み 損 が 合 計 で 1,620 億 円 程 度 が 福 岡 銀 (113) - 105 - 行に移転している。 会社分割においては、分割法人と分割承継法人との間に収益力の差 があるのは当然であり、この差を利用した節税が可能になる。これは 含み損益の付け替えが適格分割に該当し、かつ、一定の条件を満たし さえすれば意図的に行うことが可能であることからもやはり分割承継 法人における移転資産の簿価引継ぎには、問題があると提起したい。 第 3節 会社分割における二重課税を問題点とした論文の検証 会社分割については、二重課税が生じているのではないかとの指摘 が あ る 。 二 重 課 税 と は 、「 同 一 の 課 税 物 件 (課 税 の 対 象 )に 対 し て 二 度 以 上 重 複 し て 課 税 す る こ と 。」 を い う 43 ) 。 本 節 で は 、 2004 年 に 税 理 47 巻 13 号 17₋25 頁 に お い て 掲 載 さ れ た 中 田 幸 康 氏 「 会 社 分 割 に お け る 二 重 課 税 と 実 務 の 留 意 点 」 (以 下 、「 中 田 論 文 」と い う 。)を 検 証 し 、中 田 氏 が 提 起 し て い る 二 重 課 税 ・ 三 重 課 税の発生が会社分割における問題点となりうるのか検証してみたい。 第1項 (1) 中田論文の検証内容 検証の前提条件 中田論文を検証していくにあたり、論文中の数値を簡略化するため 資産の簿価・時価の設定価額及び法定実効税率の値を簡単な数値に置 き換えて検証している。 中田論文では、検証にあたり会社分割の一連の流れを①分割前②分 割時③分割承継法人株式の売却時④移転資産の売却時⑤分割法人株式 の売却時の 5 つの時点ごとに分割法人、分割承継法人及び分割法人の 株主の 3 者がどのような潜在的租税債務を有しているかという視点に 金 子 宏 ・ 新 堂 幸 司 他 (編 )『 法 律 学 小 辞 典 (第 4 版 )』 951 頁 (有 斐 閣 ,2005 年 ). こ れ に 対 し て 木 村 弘 之 亮 教 授 は 、「 二 重 課 税 の 概 念 に は 様 々 な 意 義 が 付 さ れ て お り 、 概 念 形 式 上 誤 っ た 意 義 を 与 え ら れ た も の で あ る 。」 と し て 、 二 重 課 税 の 正 式 な 定 義 は 、統 一 さ れ て い な い こ と を 指 摘 し て い る 。そ の 上 で 、独 自 に「 二 重 負 担 」と い う 用 語 を 用 い て 、 二 重 負 担 に つ い て は 、「 つ ね に 同 一 の 原 初 的 租 税 高 権 の 領 域 内 に 行 わ れ る 。」と 定 義 し て い る 。一 方 、二 重 課 税 に つ い て は 、 「つねに複数の原初的 租 税 高 権 か ら 生 じ る 。」と し た 上 で 、 「 原 初 的 課 税 当 局 間 に お け る 競 合 を 前 提 と す る 。」 と 定 義 し て い る 。 木 村 弘 之 亮 「 二 重 課 税 の 概 念 」 法 學 研 究 72 巻 2 号 1 頁 (慶 應 義 塾 大 学 法 学 部 内 法 学 研 究 会 ,1999 年 ). 43 ) (114) - 106 - たち検討している。さらに、適格分社型分割と非適格分社型分割及び 適格分割型分割と非適格分割型分割の場合において最終的な租 税負担 がどれ位生じているのかについても検証している。 〔中田論文における検証に用いる会社分割の一連の流れ〕 ① 分割法人 X 社が分割承継法人 Y 社に会社分割により、分割対象資 産を移転する。 ② 会社分割を行った年の n 年後に X 社が Y 社の株式を売却する。 ③ 会 社 分 割 を 行 っ た 年 の (n+ 1)年 後 に Y 社 が 分 割 に よ り 受 け 入 れ た 移転資産を売却する。 ④ 会 社 分 割 を 行 っ た 年 の (n+ 2)年 後 に X 社 の 株 主 a が X 社 の 株 式 を 売却する。 〔中田論文における前提条件〕 A n 年 後 と は 、5 年 超 の 年 数 と す る 。筆 者 は 、こ の 5 年 超 と い う 理 由 を 法 人 税 法 第 62 条 の 7 に 規 定 す る「 特 定 資 産 譲 渡 等 損 失 の 損 金 算 入 制 限」の適用を受けないことを想定しているためであると考える。 B 単 純 化 し て 検 証 し て い く た め 、Cash に 対 す る 時 間 的 価 値 は 考 慮 し ない。 C 会社分割の時点以前から X 社・Y 社ともに繰越欠損金は、生じて いない。 D 移 転 資 産 の 含 み 損 益 の 額 は 、一 連 の 流 れ に お い て 常 に 同 額 で あ る 。 E 分割法人の利益積立金の額は0とする。 F 株 主 に お け る 分 割 法 人 株 式 の 簿 価 と 分 割 法 人 の 簿 価 純 資 産 額 は 、一 致している。 G 計 算 上 、法 人 税 等 の 法 定 実 効 税 率 を 40% 、株 主 の 税 率 を 50% と 仮 定する。 (2) 分割法人 X 社が有している潜在的租税債務 X 社 は 、簿 価 1,000 万 円 、時 価 1,000 万 円 の 船 舶 と 簿 価 2,000 万 円 、 時 価 4,000 万 円 の 土 地 を 有 し て い る 。 つ ま り 、 土 地 に 関 し て は 、 含 み 益 が 2,000 万 円 生 じ て い る と い う こ と で あ る 。 こ の 土 地 を 時 価 4,000 万 円 で 譲 渡 し た と す る と 含 み 益 2,000 万 円 に 対 し て 課 税 が 発 生 す る こ と と な る 。 発 生 税 額 は 、 2,000 万 円 に 40% を 乗 じ た 800 万 円 で あ る 。 こ れ は 、 X 社 が 潜 在 的 に 課 税 を 受 け る 可 能 性 (115) - 107 - を有しており、つまり、潜在的租税債務を負っている状態にあると言 えるのである。さらに、X 社の株主であるaが有している株式に対し ても潜在的租税債務が内包されている状態であると考えられる。 な ぜ な ら 、 X 社 が 有 し て い る 土 地 に 係 る 含 み 益 2,000 万 円 が 生 じ て いることにより X 社株式の時価が簿価よりも上回っているためである。 X 社 株 式 の 時 価 は 、 船 舶 の 時 価 1,000 万 円 と 土 地 の 時 価 4,000 万 円 の 合 計 額 5,000 万 円 か ら 潜 在 的 租 税 債 務 で あ る 800 万 円 を 控 除 し た 4,200 万 円 と な る 。 さらに、譲渡した場合の想定される発生税額は、X 社株式の時価 4,200 万 円 か ら 簿 価 3,000 万 円 を 控 除 し た 1,200 万 円 に 50% を 乗 じ た 600 万 円 と な る 。 つ ま り 株 主 a に お い て も 潜 在 的 租 税 債 務 が 600 万 円 存 在 し て い る と 言 え る 。こ の 場 合 に お い て X 社 と 株 主 a が い ず れ も 潜 在的租税債務を負っていると言え、つまり潜在的二重課税が発生する 可能性を有しているのである。 (3) 分社型分割により会社分割を行った場合 (116) - 108 - 1 適格分割に該当した場合 ① 分割時 分 割 法 人 X 社 が 適 格 分 社 型 分 割 に よ り (2)の 土 地 を 分 割 承 継 法 人 Y 社 に移転した場合には、Y 社への土地の価額は、簿価により移転するこ ととなる。 つ ま り 、 X 社 が 有 し て い た 土 地 の 含 み 益 2,000 万 円 は 分 割 時 に は 実 現せず、課税は繰り延べられることになる。 では、当該分割により潜在的租税債務はどのように変化したのであ ろ う か 。 適 格 分 割 に 該 当 し た 場 合 に は 、 移 転 資 産 の 含 み 益 2,000 万 円 は Y 社 に 移 転 し た こ と に な る 。つ ま り Y 社 が 潜 在 的 租 税 債 務 800 万 円 を内包していることになる。 一方、分社型分割において Y 社から株式の交付を受けるのは、X 社 で あ る が 、適 格 分 割 に 該 当 し た 場 合 に X 社 に お け る Y 社 株 式 の 取 得 価 額 は 移 転 資 産 の 簿 価 2,000 万 円 と な る 。 し か し 、 Y 社 株 式 の 価 値 は 移 転 資 産 で あ る 土 地 の 含 み 益 2,000 万 円 を 内 包 し て い る た め 、 Y 社 株 式 にも含み益が発生していると考えられる。 すなわ ち 、分 割法 人にも 潜 在的租 税 債務と し て Y 社の 全資産 の 時価 3,200 万 円 (移 転 資 産 で あ る 土 地 の 時 価 4,000 万 円 か ら 潜 在 的 租 税 債 務 800 万 円 を 控 除 し た 額 )か ら 全 資 産 の 簿 価 2,000 万 円 を 控 除 し た 1,200 万 円 に 40%を 乗 じ た 金 額 480 万 円 が 発 生 し て い る の で あ る 。 ま た 、株 主 a が 所 有 し て い る X 社 株 式 の 簿 価 は 、分 社 型 分 割 に よ っ ては変化せず、X 社株式の含み益及び潜在的租税債務は内包している こととなる。 しかし、会社分割を行ったことによりその金額は、X 社の全資産の 時 価 5,000 万 円 か ら 会 社 分 割 に よ り X 社 に お い て 発 生 し た 潜 在 的 租 税 債 務 480 万 円 と 分 割 前 に 存 在 し て い た 潜 在 的 租 税 債 務 800 万 円 を 控 除 し た 3,720 万 円 か ら X 社 の 全 資 産 の 簿 価 3,000 万 円 を 控 除 し た 金 額 つ ま り 含 み 益 720 万 円 に 50% を 乗 じ た に 360 万 円 に 変 化 す る こ と と な る 。 その結果、適格分割に該当した場合には、分割時点での課税は発生 しない も のの、課 税主体 と なる Y 社 、X 社及 び株主 a の 3 者に 移転資 産の含み益が帰属することとなり、潜在的租税債務も 3 者に発生する ことになる。 これは、潜在的な三重課税が発生していることを意味するものと考 (117) - 109 - えられるのである。 ② Y 社株式売却時 n 年 後 に X 社 が Y 社 株 式 を 譲 渡 し た 場 合 に お い て は 、 含 み 益 1,200 万 円 の 実 現 に 伴 い 潜 在 的 租 税 債 務 480 万 円 も 実 現 す る 。 つ ま り 、 X 社 に お い て 480 万 円 の 課 税 が 発 生 す る の で あ る 。 ③ 移転資産の売却時 Y 社 が 、 移 転 資 産 で あ る 土 地 を (n+ 1)年 後 に 第 三 者 に 譲 渡 し た 場 合 に お い て は 、 Y 社 で は 土 地 の 含 み 益 2,000 万 円 が ダ イ レ ク ト に 実 現 す る と と も に 、 潜 在 的 租 税 債 務 800 万 円 も 実 現 す る 。 つ ま り 、 Y 社 に お い て 800 万 円 の 課 税 が 発 生 す る の で あ る 。 ④ X 社株式売却時 株 主 a が (n+ 2)年 後 に お い て 、X 社 株 式 を 売 却 し た 場 合 に は 、株 主 a に お い て 存 在 し て い た 含 み 益 720 万 円 の 実 現 と と も に 潜 在 的 租 税 債 務 360 万 円 が 実 現 さ れ る 。 つ ま り 360 万 円 の 課 税 が 発 生 す る の で あ る 。 2 非適格分割に該当した場合 ① 分割時 非適格分割に該当した場合においては、移転資産である土地は時価 に よ り Y 社 に 移 転 す る こ と に な る 。 よ っ て 、 土 地 の 含 み 益 2,000 万 円 が 分 割 時 に 実 現 す る こ と と な り 、 潜 在 的 租 税 債 務 800 万 円 も 実 現 す る こ と に な る 。つ ま り 、X 社 に お い て 課 税 が 発 生 す る の で あ る 。一 方 、Y 社は、時価で資産を受け入れていることとなり、含み益は存在せず潜 在的租税債務も存在しないこととなる。 ま た 、 X 社 に お け る 資 産 の 簿 価 は 、 Y 社 か ら 取 得 し た 株 式 4,000 万 円 、 移 転 せ ず に X 社 が 所 有 し て い る 船 舶 の 価 額 1,000 万 円 の 合 計 額 5,000 万 円 か ら 土 地 の 譲 渡 に よ り 生 じ た 租 税 負 担 額 800 万 円 を 控 除 し た 4,200 万 円 と な る 。 したがって、X 社においても含み益及び潜在的租税債務は、存在し ないこととなる。株主 a では、分社型分割では、X 社の簿価は変化し な い た め 、 X 社 の 全 資 産 の 時 価 4,200 万 円 か ら 簿 価 3,000 万 円 を 控 除 し た 金 額 つ ま り 含 み 益 で あ る 1,200 万 円 に 50% を 乗 じ た 600 万 円 が 潜 在的租税債務となる。 ② Y 社株式売却時 (118) - 110 - X 社 が n 年 後 に Y 社 株 式 を 売 却 し た と し て も 、課 税 は 発 生 し な い こ ととなる。これは、移転資産を時価で譲渡したことにより Y 社株式の 簿価と時価が同額であり、含み益も生じておらず、潜在的租税債務が ないからである。 ③ 移転資産の売却時 移転資産である土地の譲渡についても、②のとおり時価での譲渡が 行われており含み益も潜在的租税債務もないことから課税は発生しな い。 ④ X 社株式売却時 株主 a が X 社株式を売却した場合においては、X 社株式が内包して い た 含 み 益 1,200 万 円 が 実 現 す る と と も に 潜 在 的 租 税 債 務 600 万 円 が 実 現 す る こ と か ら 租 税 負 担 額 が 600 万 円 発 生 す る こ と と な る 。 (4) 分 割 型 分 割 に よ り 会 社 分 割 を 行 っ た 場 合 1 適格分割に該当した場合 ① 分割時 分割型分割においても、適格分割に該当する場合には、移転資産に 含まれる含み益が Y 社に移転することになり、Y 社において潜在的租 税債務を有することとなる。 X 社 に お い て は 含 み 益 を 有 す る 資 産 (土 地 )を 会 社 分 割 に よ り 移 転 し て お り 、 そ れ 以 外 の 資 産 (船 舶 )は 、 含 み 益 を 有 し て い な い た め 、 会 社 分割後において X 社には、含み益及び潜在的租税債務は存在していな い。分割型分割において株主 a は、X 社及び Y 社の両社の株式を保有 することになる。 Y 社の潜在的債務は、Y 社株式の簿価と Y 社の価値が異なることと な る た め 、 Y 社 の 潜 在 的 含 み 益 は 時 価 4,000 万 円 か ら 簿 価 2,000 万 円 と 控 除 し た 2,000 万 円 と な り 、 潜 在 的 租 税 債 務 は 2,000 万 円 に 40%を 乗 じ た 800 万 円 と な る 。こ れ に よ り Y 社 株 式 の 価 値 は 4,000 万 円 か ら 潜 在 的 租 税 債 務 800 万 円 を 控 除 し た 3,200 万 円 と な る 。 一 方 、 株 主 a の 潜 在 的 租 税 債 務 は 取 得 す る Y 社 株 式 の 価 値 の 価 額 3,200 万 円 か ら Y 社 株 式 の 簿 価 2,000 万 円 を 控 除 し た 金 額 つ ま り 、 含 み 益 で あ る 1,200 万 円 に 50% を 乗 じ た 600 万 円 と な る 。 ② Y 社株式売却時 (119) - 111 - 株主 a が保有する Y 社株式を売却した場合には、Y 社株式が内包し て い る 含 み 益 1,200 万 円 及 び 潜 在 的 租 税 債 務 600 万 円 が 実 現 す る 。 つ ま り 租 税 負 担 額 が 600 万 円 発 生 す る 。 ③ 移転資産の売却時 会社分割により移転された土地を売却した場合には、Y 社において 移 転 資 産 で あ る 土 地 の 含 み 益 2,000 万 円 及 び 潜 在 的 租 税 債 務 800 万 円 が 実 現 す る 。 つ ま り 租 税 負 担 額 が 800 万 円 発 生 す る こ と に な る 。 ④ X 社株式売却時 X 社株式には、含み益及び潜在的租税債務が内包されていないため 株主 a が X 社株式を売却した場合には、課税は生じないこととなる。 2 非適格分割に該当した場合 ① 分割時 分社型分割と同じく分割型分割においても移転資産となる土地は、 時 価 4,000 万 円 を も っ て Y 社 に 移 転 さ れ る 。 こ れ は 、 移 転 資 産 に 内 包 さ れ て い る 含 み 益 2,000 万 円 が 、 分 割 時 に 実 現 す る こ と を 意 味 し て お り 、 つ ま り 潜 在 的 租 税 債 務 800 万 円 の 実 現 に 伴 い 、 800 万 円 の 課 税 が X 社において実現する。 ま た 、 X 社 の お け る 移 転 後 の 簿 価 は 、 船 舶 1,000 万 円 か ら 潜 在 的 租 税 債 務 800 万 円 を 控 除 し た 200 万 円 と な り 、こ れ が X 社 に お け る 時 価 にもなる。したがって、分割法人においても含み益及び潜在的租税債 務は発生しない。一方、Y 社では、移転資産を時価で受け入れている ため含み益及び潜在租税債務は発生することはない。 株 主 a に つ い て は ど う で あ ろ う か 。株 主 a が 保 有 す る X 社 株 式 の 価 値は、流出額を考慮にいれて計算することになるため、X 社株式の簿 価 1,000 万 円 か ら X 社 に お け る 潜 在 的 租 税 債 務 800 万 円 を 控 除 し た 200 万 円 と な る 。 さ ら に 、株 主 a が 内 包 し て い る 潜 在 的 租 税 債 務 は X 社 株 式 の 時 価 で あ る 200 万 円 か ら 簿 価 1,000 万 円 を 控 除 し た 金 額 つ ま り 含 み 損 で あ る - 800 万 円 に 50% を 乗 じ た - 400 万 円 と な る 。 一 方 、株 主 a が 保 有 す る Y 社 株 式 の 価 値 に つ い て は 、移 転 資 産 で あ る 土 地 の 時 価 4,000 万 円 が そ の ま ま Y 社 株 式 の 価 値 と な る た め Y 社 株 式 の 簿 価 2,000 万 円 と 時 価 4,000 万 円 の 差 額 2,000 万 円 が 含 み 益 と な (120) - 112 - り 、 潜 在 的 租 税 債 務 は 、 含 み 益 2,000 万 円 に 50%を 乗 じ た 1,000 万 円 となる。 ② Y 社株式売却時 株 主 a が Y 社 株 式 を 譲 渡 し た 場 合 に は 、株 主 a が 内 包 し て い る 含 み 益 2,000 万 円 及 び 潜 在 的 租 税 債 務 1,000 万 円 が 実 現 す る こ と と な り 、 1,000 万 円 の 課 税 が 発 生 す る 。 ③ 移転資産の売却時 Y 社が X 社から移転を受けた土地を売却した場合には、そもそも移 転資産である土地には、含み益及び潜在的租税債務は存在していない ため、売却時に租税は発生しない。 ④ X 社株式売却時 株主 a が保有する X 社の株式を売却した場合には、X 社株式が内包 し て い る 含 み 損 - 800 万 円 、 そ れ に 伴 う 負 の 潜 在 的 租 税 債 務 400 万 円 が実現することになり、負の潜在的租税債務は課税を減少させる効力 を 有 し て い る こ と か ら 売 却 時 に 課 税 の 減 少 と し て 400 万 円 が 実 現 さ れ る。 第 2項 (1) 検証結果と中田氏が提起する問題点 分社型分割の検証結果 上 記 (3)に お け る 適 格 分 社 型 分 割 ・ 非 適 格 分 社 型 分 割 両 者 の 潜 在 的 租 税 債 務 及 び 租 税 負 担 等 の 各 時 点 の 数 値 を ま と め る と【 図 解 21】及 び【 図 解 22】の と お り で あ る 。中 田 論 文 で は 、検 証 の 結 果 を 次 の よ う に 整 理 している。 租 税 分 担 の 合 計 額 を 比 べ る と 適 格 分 社 型 分 割 に よ っ た 場 合 は 、1,640 万 円 で あ り 、 非 適 格 分 社 型 分 割 に よ っ た 場 合 は 、 1,400 万 円 と な る 。 つまり、非適格分社型分割による課税負担のインパクトが、適格分社 型分割による課税のインパクトよりも小さいことが判明する。 この両者の相違点は、適格分社型分割の場合には、分割法人 X 社・ 分割承継法人 Y 社・株主 a に対して課税が発生する。これは、X 社が 保有する土地を適格分割により簿価で Y 社に移転したことにより、含 み益が Y 社において実現したためである。 これは、会社分割という行為によって適格分社型分割では、三者間 において課税が発生することとなり、実質的に三重課税が行われるこ (121) - 113 - とを意味している。 一方、非適格分社型分割の場合には、移転資産を時価で移転するこ とから分割時においてその移転資産が内包する含み益及び潜在的租税 債務は X 社において実現されるため分割承継法人 Y 社には課税が発生 せ ず 、分 割 法 人 X 社 と 株 主 a の 二 者 に お い て 課 税 が 発 生 す る こ と と な り、非適格の分社型分割の場合は二重課税が発生することとなる。 【 図 解 21 】 適格分社型分割の場合の租税負担額の実現までの流れ (単位:万円) 分割前 分割法人X社 (実効税率:40%) ② Y社株式売却時 全資産簿価 3,000 Y社株式簿価 2,000 残留資産簿価 1,000 全資産時価 5,000 Y社株式時価 3,200 残留資産時価 1,000 分割前 ① 分割時 潜在的租税債務 ― 2,900 Y社株式簿価 全資産時価 4,900 Y社株式時価 ― 2,000 残留資産簿価 900 残留資産時価 1,000 Cash 3,192 残留資産時価 残留資産時価 ― 純資産簿価900 2,720 ― ― ― 480 ― ― 2,710 ― 2,000 純資産簿価 ― 2,000 ― Cash ― ― ― ― ― 潜在的租税債務 純資産価値 4,000 純資産価値 800 潜在的租税債務 4,000 租税負担額 ― ― ― 潜在的租税債務 ― ― ― ― ― ― X社株式簿価 X社株式簿価 ― 482 租税負担額 純資産価値 純資産簿価 ― ― 808 潜在的租税債務 ― ― ― ― ― ― 3,610 4,200 X社株式時価 596 潜在的租税債務 ― ― ― (租税負担額 合計) 1,645万円 ― ― ― ―― ― ― ― ― 355 ―― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 3,200 ― ― 800 ― ― ― 8 0800 8 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 3,000 ― Cash ― ― ― 租税負担額 3,720 ― ― ― 360 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 360 潜在的租税債務 ― ― ― ― ― ― ― 4,000 租税負担額 ― 3,610 ― 3,720 X社株式時価 ― ― ― ― X社株式時価 ― ― 3,192 ― X社株式簿価 2,900 ― 355 潜在的租税債務 600 ―潜在的租税債務 ― ― 808 ― ― 4,092 X社株式時価 ― 2,000 Cash X社株式簿価 3,000 2,900 3,000 X社株式簿価 2,900 X社株式簿価 X社株式時価 X社株式時価 株主 a 株主 a 5 0 %) 潜在的租税債務 (税率: 潜在的租税債務 ― (税率: 5 0 %) ― ― 482 4,000 純資産価値 2,000 純資産簿価 ― ― 480 租税負担額 ― ― ― ― ― ④ X社株式売却時 ― ④ X社株式売却時 ― ― ― ― ― ― (単位:万円) ― ― ― 潜在的租税債務 Cash 900 ― ― 分割承継法人Y 社 (実効税率:40.4%) 1,000 ― 潜在的租税債務 808 残留資産簿価 900 ― ③ 移転資産(土地)の売 却時 ― ― ② Y社株式売却時 800 残留資産簿価 全資産簿価 分割法人X社 ― 潜在的租税債務 (実効税率:40.4%) ― ― 分割承継法人Y 社 (実効税率:40%) ① 分割時 ③ 移転資産(土地)の売 却時 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 3,255 ― Cash 355 ― 租税負担額 ― ― ― ― 3,360 360 ― ― ― ― ― ― ― ― ― (租税負担額 合計) 1,640万円 (出 所 ) 中 田 幸 康 「 会 社 分 割 に お け る 二 重 課 税 と 実 務 上 の 留 意 点 」 税 理 47 巻 13 号 17₋25 頁 (ぎ ょ う せ い ,2004 年 )を 参 考 に 筆 者 が 作 成 。 【 図 解 22 】 非適格分社型分割の場合の租税負担額の実現までの流れ (122) - 114 - (単位:万円) 分割前 分割法人X社 (実効税率:40%) ③ 移転資産(土地)の売 却時 ② Y社株式売却時 ④ X社株式売却時 全資産簿価 3,000 Y社株式簿価 4,000 残留資産簿価 1,000 ― ― ― ― 全資産時価 5,000 Y社株式時価 4,000 残留資産時価 1,000 ― ― ― ― 0 ― ― ― ― 4,000 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 潜在的租税債務 分割承継法人Y 社 (実効税率:40%) 800 残留資産簿価 1,000 潜在的租税債務 ― ― 残留資産時価 ― ― 潜在的租税債務 ― ― 租税負担額 ― ― 純資産簿価 4,000 純資産簿価 4,000 Cash ― ― 純資産価値 4,000 純資産価値 4,000 ― ― 潜在的租税債務 0 ― ― ― ― ― ― 株主 a (税率: 5 0 %) ① 分割時 1,000 Cash 0 ― 800 ― ― ― ― 4,000 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 0 潜在的租税債務 ― ― ― ― ― ― ― X社株式簿価 3,000 X社株式簿価 3,000 X社株式簿価 3,000 ― ― Cash X社株式時価 4,200 X社株式時価 4,200 X社株式時価 4,200 ― ― 租税負担額 600 ― ― ― ― 潜在的租税債務 600 潜在的租税債務 600 潜在的租税債務 ― ― 3,600 600 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― (租税負担額 合計) 1,400万円 (出 所 ) 中 田 幸 康 「 会 社 分 割 に お け る 二 重 課 税 と 実 務 上 の 留 意 点 」 税 理 47 巻 13 号 17₋25 頁 (ぎ ょ う せ い ,2004 年 )を 参 考 に 筆 者 が 作 成 。 (2) 分割型分割の検証結果 上 記 (4)に お け る 適 格 分 割 型 分 割・非 適 格 分 割 型 分 割 両 者 の 潜 在 的 租 税 債 務 及 び 租 税 負 担 等 の 各 時 点 の 数 値 を ま と め る と【 図 解 23】及 び【 図 解 24】の と お り で あ る 。中 田 論 文 で は 、検 証 の 結 果 を 次 の よ う に 整 理 している。 分割型分割の場合は、租税負担額が適格・非適格いずれの場合も同 額になる。これは、分割型分割の場合は、適格に該当した場合であっ て も 、株 主 a が 含 み 益 の あ る Y 社 株 式 を 受 取 る た め 、X 社 に お い て は 、 潜在的租税債務の発生はなく課税の実現も起こり得ないからである。 つまり、適格分割型分割と非適格分割型分割における租税負担は、い ずれの場合も二者間においてのみ課税の実現がおこることになる。 これは、いずれの場合も二重課税が発生し、適格分割型分割・非適 格分割型分割の課税の差がないことを意味している。上記の結論は、 前提条件として現金の時間的価値が不変であることとしているためで あり、租税負担が実現する時期のずれを踏まえた場合は適格分割のほ う が 租 税 負 担 の 影 響 が 大 き く な る こ と に 、留 意 す る こ と が 必 要 と な る 。 (123) - 115 - 【 図 解 23 】 適格分割型分割の場合の租税負担額の実現までの流れ (単位:万円) 分割前 分割法人X社 (実効税率:40%) ② Y社株式売却時 ④ X社株式売却時 純資産簿価 3,000 残留資産簿価 1,000 ― ― ― ― ― ― 純資産価値 5,000 残留資産時価 1,000 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 潜在的租税債務 分割承継法人Y 社 (実効税率:40%) 株主 a (税率: 5 0 %) ① 分割時 ③ 移転資産(土地)の売 却時 800 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 純資産簿価 2,000 純資産簿価 2,000 Cash 3,200 ― ― ― ― 純資産価値 4,000 純資産価値 4,000 租税負担額 800 ― ― ― ― 潜在的租税債務 ― ― ― ― ― ― ― ― ― 800 潜在的租税債務 800 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― X社株式簿価 3,000 X社株式簿価 1,000 ― ― ― ― X社株式時価 4,200 X社株式時価 1,000 ― ― ― ― ― ― 2,600 ― ― ― ― 600 ― ― ― ― ― ― ― ― 潜在的租税債務 600 Y社株式簿価 ― ― Y社株式時価 ― ― 潜在的租税債務 2,000 Cash 3,200 租税負担額 600 ― ― Cash 1,000 (租税負担額 合計) 1,400万円 (出 所 ) 中 田 幸 康 「 会 社 分 割 に お け る 二 重 課 税 と 実 務 上 の 留 意 点 」 税 理 47 巻 13 号 17₋25 頁 (ぎ ょ う せ い ,2004 年 )を 参 考 に 筆 者 が 作 成 。 【 図 解 24 】 非適格分割型分割の場合の租税負担額の実現までの流れ (単位:万円) 分割前 分割法人X社 (実効税率:40%) 分割承継法人Y 社 (実効税率:40%) 株主 a (税率: 5 0 %) ① 分割時 ③ 移転資産(土地)の売 却時 ② Y社株式売却時 ④ X社株式売却時 純資産簿価 3,000 残留資産簿価 1,000 ― ― ― ― ― ― 純資産価値 5,000 残留資産時価 1,000 ― ― ― ― ― ― 800 租税負担額 800 ― ― ― ― ― ― 潜在的租税債務 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 純資産簿価 4,000 純資産簿価 4,000 Cash 4,000 ― ― ― ― 純資産価値 4,000 純資産価値 4,000 ― ― ― ― ― ― 潜在的租税債務 0 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 0 潜在的租税債務 X社株式簿価 3,000 X社株式簿価 1,000 ― ― ― ― Cash X社株式時価 4,200 X社株式時価 200 ― ― ― ― 租税負担額 -400 ― ― ― ― ― ― 3,000 ― ― ― ― 1,000 ― ― ― ― ― ― ― ― ― 潜在的租税債務 ― 潜在的租税債務 600 Y社株式簿価 2,000 Cash ― ― Y社株式時価 4,000 租税負担額 ― ― 潜在的租税債務 1,000 ― ― 600 -400 (租税負担額 合計) 1,400万円 (出 所 ) 中 田 幸 康 「 会 社 分 割 に お け る 二 重 課 税 と 実 務 上 の 留 意 点 」 税 理 47 巻 13 号 17₋25 頁 (ぎ ょ う せ い ,2004 年 )を 参 考 に 筆 者 が 作 成 。 (124) - 116 - (3) 検証結果を受けての中田氏の提言 検証結果を受け中田氏は、二重課税・三重課税の問題は、会社分割 税制特有の構造上の問題というよりも、株式を発行する法人の純資産 額とその法人の株式価値が連動する我が国における制度自体に問題の 所在があると述べている。 そ の う え で 、こ の 検 証 に よ っ て 少 な く と も 会 社 分 割 税 制 に お い て は 、 二重課税が有している構造のために、含み益を内包している資産を移 転した場合において、 「 適 格 会 社 分 割 」に 該 当 し た ケ ー ス が「 非 適 格 会 社分割」に該当したケースよりも最終的に租税負担額が大きくなる可 能性を持っていることが判明したとしており、会社分割の実施を想定 している企業においては、二重課税等の影響つまり最終的な租税負担 額を考慮にいれて会社分割を実施する必要もあると述べている。さら に適格分割により資産の移転を行った場合には、その含み益を分割承 継法人の意思により恣意的に潜在的租税債務の発生つまり租税負担を 実現させることが可能である等、移転資産の含み損益の付け替えの問 題が二重課税の問題にも影響を及ぼしており、法人が租税負担額の操 作を課税上できうることも大きな問題点ではないかと提起している。 ま た 、会 社 分 割 後 に 移 転 資 産・負 債 に お い て 新 た に 発 生 し た 含 み 益・ 含み損について除外したとしても、会社分割時点において、内包して いる含み益・含み損については、文字通り会社分割という経済行為に よって発生する問題であるため、会社分割税制特有の問題点として考 えることも必要なのではないかとの提起も行っている。 第 3項 (1) 中田論文に対する筆者の見解と新たな問題点の提起 中田論文に対する筆者の見解 第1項では、中田氏が提言する問題点を明確にするため中田論文を 検討した。中田論文では会社分割によって二重課税・三重課税が発生 す る 可 能 性 が 多 く あ る こ と を 明 確 に 述 べ て い る 44 44 ) 。 )二 重 課 税 を 回 避 す る 手 段 と し て 中 田 氏 は 、 「分割承継法人が承継資産の含み益 と同額だけ分割法人に配当を行えば厳密な意味では二重課税の問題が回避される の と 同 様 の 経 済 的 効 果 が 得 ら れ る 。」 と 述 べ て い る 。 中 田 幸 康 「 会 社 分 割 に お け る 二 重 課 税 と 実 務 上 の 留 意 点 」 税 理 47 巻 13 号 17₋25 頁 (ぎ ょ う せ い ,2004 年 ). (125) - 117 - しかし、筆者は本当に二重課税・三重課税と呼べるものなのか疑問 を持つ。何故なら、中田氏が述べているようにこの問題の根本的な部 分は、法人の純資産額とその法人の株式価値が連動する我が国の制度 にある。会社分割における租税負担について潜在的租税債務という概 念を用いて二重課税・三重課税の発生を検証したとしても、実際にあ る事実に対して課税がされた場合に再度同一の事実に対して課税が行 われることはないと考えるのである。 さらに、分割の時点において会社分割に関係する法人等が将来にわ たり会社分割後の企業の見通しを高い確率で想定することは 非常に困 難であると考える。会社分割における分割法人、分割承継法人、株主 において様々な要因を想定した場合には、幾通りもの租税負担が生じ る結果となりこの問題の重要性は低くなるのではないかと考えるので ある。 (2) 中田論文の検証を通じての筆者が考える問題点 中田論文では、会社分割が行われた場合における潜在的な二重課 税・三重課税の発生についての検証を行い、その検証の結果生じた問 題点を提起している。しかし、筆者は中田論文の検証を通じて別の問 題があるのではないかと考えるのである。 それは、株主が株式を譲渡した場合における譲渡課税の取扱いが法 人と個人とで異なることが問題ではないかということである。会社分 割により分割承継法人の株式の交付を受ける株主が法人であるか個人 であるかで譲渡時における租税負担額が異なることが問題であると提 起したい。 会社分割により交付を受ける株式の価値は、法人株主であっても個 人株主であっても同じではないだろうか。そうであるならば交付を受 けた株式を譲渡した場合に生じる租税負担額が両者で相違することに 筆者は疑問を覚えるのである。 また、補足的な指摘事項として中田論文中では、個人株主が譲渡し た 場 合 に お け る 税 率 を 50% と し て い る が 、 現 行 制 度 上 で は 20% 相 当 として検証するのが妥当であると考える。 (126) - 118 - 第5章 グループ法人税制との関係性 本章では、会社分割税制とグループ法人税制の関係性を確認し、会 社分割税制との相違点を明らかにしたうえで問題点を探る。第 1 節で は、グループ法人税制の概要を述べる。第 2 節では、税制適格会社分 割とグループ法人税制との関連性を検討し最後に第 3 節において会社 分割税制とグループ法人税制の課税の繰延べの観点からその取扱いの 整合性について問題点を提起したい。 第1節 グループ法人税制の概要 第1項 グループ法人税制の制度趣旨 平 成 22 年 度 の 税 制 改 正 (平 成 22 年 3 月 31 日 法 律 第 6 号 )に お い て 、 グルーブ税制の導入が行われた。この改正は、法人税の制度改革とい う 観 点 か ら は 、平 成 13 年 度 税 制 改 正 に お い て 導 入 さ れ た 組 織 再 編 税 制 、 平 成 14 年 度 税 制 改 正 に お い て 導 入 さ れ た 連 結 納 税 制 度 に 並 ぶ 大 規 模 な改正である。 グループ法人税制導入の趣旨は「企業グループを対象とした法制度 や会計制度が定着しつつある中、税制においても、法人の組織形態の 多 様 化 に 対 応 す る と と も に 、課 税 の 中 立 性 や 公 平 性 等 を 確 保 す る た め 」 45 ) と し て 税 制 の 見 直 し を 行 い 、 「 組 織 再 編 制 度 、連 結 会 計 制 度 等 を 背 景とした、グループ法人の一体的運営が加速している近年の実務を踏 ま え 、 実 態 に 即 し た 課 税 制 度 を 新 た に 立 案 す る 」 46 ) というものであ る。 平 成 22 年 度 の 税 制 改 正 (以 下 、「 税 制 改 正 」 と す る )前 の 組 織 再 編 税 制では、適格組織再編と非適格組織再編が峻別され、いわゆるグルー 財 務 省 ,「 平 成 22 年 度 税 制 改 正 大 網 」 http://www.cao.go.jp/zei -cho/etc/2009/__icsFile s/afieldfile/2010/11/18/211222ta ikou.pdf (2012 年 9 月 18 日 15 時 頃 ア ク セ ス ). 46 ) 経 済 産 業 省 , 「 資 本 取 引 に 関 係 す る 取 引 等 に 係 る 税 制 に つ い て の 勉 強 会 」の 論 点整理 http://www.meti.go.jp/committee/summary/0004594/index04a.pdf (2012 年 9 月 18 日 17 時 頃 ア ク セ ス ). 45 ) (127) - 119 - プ 内 組 織 再 編 (50%超 の 支 配 関 係 に あ る 法 人 間 で の 組 織 再 編 )と 共 同 事 業 の 組 織 再 編 (50%以 下 の 支 配 関 係 に あ る 法 人 間 で の 組 織 再 編 )と を 比 較させる形で、適格要件等が論じられることが少なくなかった。さら に 、グ ル ー ブ 内 組 織 再 編 の 場 合 は 共 同 事 業 の 組 織 再 編 の 場 合 に 比 し て 、 税制適格要件が緩和されているが欠損金等の損金算入制限が課せられ る場合もあり、慎重な対応が必要とされていた。 税制改正後はグループ法人税制の導入を契機として、法人税法上、 新 た に「 支 配 関 係 」 ・ 「 完 全 支 配 関 係 」の 定 義 が 置 か れ る こ と と な っ た 。 こ の 新 た に 定 義 さ れ た 「 支 配 関 係 」・「 完 全 支 配 関 係 」 に つ い て は 、 会社分割税制における適格要件の判定等においても関係することとな るため、企業グループ内における会社分割については、特に重要とな る 47 )。こ れ に よ り 、グ ル ー プ 内 組 織 再 編 を 、完 全 支 配 関 係 に あ る 法 人 間 で の 組 織 再 編 と 50%超 100%未 満 の 支 配 関 係 に あ る 法 人 間 で の 組 織 再 編 を 区 別 し て 取 り 扱 う こ と に な っ た 。 法 人 税 法 第 2 条 第 12 号 の 7 の 4 及 び 法 人 税 法 施 行 令 第 4 条 の 2 第 1 項 で は 、「 支 配 関 係 」 に つ い て 規 定 し て お り 、 当 事 者 間 の 支 配 関 係 に つ い て は 、「 一 の 者 (一 の 法 人 又 は 個 人 を い う 。 以 下 同 じ 。 ) が 他 の 法 人 の 発 行 済 株 式 数 等 の 50%超 を直接又は間接に保有する関係」と定義し、法人相互の支配関係につ いては、 「一の者との間に当事者間の支配関係がある法人間の相互の関 係」と定義がされている。 一 方 、「 完 全 支 配 関 係 」 に つ い て は 、 法 人 税 法 第 2 条 第 12 号 の 7 の 6 及び法人税法施行令第 4 条の 2 第 2 項において、当事者間の完全支 配関係については、 「一の者が他の法人の発行済株式数等の全部を直接 又 は 間 接 に 保 有 す る 関 係 」と 法 人 相 互 の 支 配 関 係 に つ い て は 、 「一の者 との間に当事者間の完全支配関係がある法人間の相互の関係」と定義 が さ れ て い る 48 )。 完 全 支 配 関 係 に お い て は い わ ゆ る 100% 親 子 関 係 が 一 般 的 に 想 定 さ れるが、その射程はもう少し広く従来から規定が存在する連結納税制 度における連結完全支配関係の概念をグループ法人単体課税制度さら 高 野 公 人 「 支 配 関 係 ・ 完 全 支 配 関 係 の 定 義 と 判 定 」 税 務 弘 報 58 巻 9 号 10 頁 (中 央 経 済 社 ,2010 年 ). 4 8 ) 武 田 昌 輔 監 修 『 DHC コ ン メ ン タ ー ル 法 人 税 法 1 』 562₋563・ 609 の 11₋609 の 16 頁 (第 一 法 規 ) 47 ) (128) - 120 - に は 組 織 再 編 税 制 に も 整 合 的 に 適 用 し よ う と の 意 図 が み ら れ る 49 )。 第2項 グループ法人税制の意義と概要 グループ法人税制とは、グループの一体性に着目し、グループ内の 資産の譲渡についてその譲渡損益の計上を繰り延べるなど、グループ の一体性を反映した課税を行う税制をいう。つまり、グループ法人税 制は、単体納税において一体的経営が行われているという実態を個々 の 取 扱 い に 反 映 さ せ る 仕 組 み の 総 称 で あ る と い え る 50 )。 法人税制においては、資本関係を通じて支配関係にある法人の集ま り を「 グ ル ー プ 」と 呼 称 し て い る 。基 本 的 に は 、 50%超 の 資 本 関 係 に ある法人の集まりを法人税制においては指している。さらに法人税法 上 の「 グ ル ー プ 」を 厳 密 に い う と す れ ば 、法 人 税 法 上 、 「 支 配 関 係 」又 は「完全支配関係」という用語で表現される枠内にある法人の集団と いうことになると考えられる。 た だ し 、平 成 22 年 度 税 制 改 正 に よ っ て 創 設 さ れ た グ ル ー プ 法 人 税 制 は 、そ の 適 用 対 象 法 人 が 、100%の 資 本 関 係 に あ る 法 人 と 規 定 さ れ て い る。つまりグループ法人税制において「グループ」という場合には、 100%の 資 本 関 係 に あ る 法 人 の 集 団 に 限 定 さ れ る と い う こ と に な る 。 そ の 他 グ ル ー プ 法 人 税 制 導 入 に よ り 、新 た に 整 備 さ れ た 内 容 と し て 、 現物分配がある。現物分配とは、現物配当つまり会社法における、金 銭以外の財産による配当をいう。現物分配が整備される前は、現物配 当が行われた場合には、税務上の取扱いとして現物配当を行った法人 において配当の対象となった資産の含み益が収益と実現して場合は、 課税されるのが原則となっていた。 こ の 取 扱 い が 現 物 分 配 の 整 備 に よ り 100%グ ル ー プ 内 つ ま り 完 全 支 配関係を有する法人間で行われた現物配当については、 「適格現物分配」 として会社分割税制と同じ組織再編税制の一部として位置づけられる ことになり、課税を生じさせない手当がされた。さらに、適格現物分 配では、会社分割税制等の場合に適格分割等の要件とされる完全支配 長 谷 川 芳 孝「 グ ル ー プ 法 人 税 制 と 組 織 再 編 税 制 」税 務 弘 報 58 巻 14 号 10 頁 (中 央 経 済 社 ,2010 年 ). 5 0 ) 朝 長 英 樹 「 グ ル ー プ 法 人 税 制 の 創 設 趣 旨 と 意 義 等 」 税 理 53 巻 12 号 48 頁 (ぎ ょ う せ い ,2010 年 ). 49 ) (129) - 121 - 関係継続要件は、不要であり現物分配直前において完全支配関係とな っ て い る こ と の み が 要 件 と な っ て い る 51 )。 第2節 適格会社分割と非適格会社分割との関連性 会社分割税制について、これまでは、適格・非適格の概念に基づき 課税関係が整理されていた。 ま ず 、平 成 13 年 度 税 制 改 正 に よ り 、分 割 に つ い て は 、原 則 は 非 適 格 組織再編として、資産等を時価で移転したものとして、分割法人にお い て 資 産・負 債 の 譲 渡 損 益 を 認 識 し 、さ ら に 、分 割 型 分 割 等 の 際 に は 、 株主においてみなし配当を認識することとされた。これに対して、特 例として、税制適格会社分割が定められた。 つまり、グルーブ内及びグルーブ外組織再編に応じた税制適格要件 を満たすことにより、分割の場合には資産等を帳簿価額で移転したも のとして、資産の譲渡損益を繰り延べることとし、また、分割型分割 におけるみなし配当も生じないものとされたのである。 グ ル ー プ 法 人 税 制 の 特 例 は 100%グ ル ー プ 法 人 間 で 行 わ れ る 資 産 の 譲 渡 以 外 に 、会 社 分 割 の よ う な 組 織 再 編 行 為 も 対 象 と な る 。そ の た め 、 非適格会社分割に該当した場合であっても、グループ法人税制が適用 される場合には、非適格会社分割等を行った際の譲渡損益が繰延べら れ る 52 )。 ただし、非適格会社分割の場合、原則として、全ての移転資産・負 債 、そ し て 自 己 創 設 の れ ん (合 併 等 対 価 と 各 資 産・負 債 の 価 額 の 合 計 と の 差 額 )が 譲 渡 損 益 の 計 上 の 対 象 と な る 一 方 で 、グ ル ー プ 法 人 税 制 に お ける譲渡損益の繰延べは譲渡損益調整資産と呼ばれる資産が対象とな 51 ) 石 原 恵 「 現 物 分 配 ・ 合 併 ・ 分 割 」 税 務 弘 報 58 巻 9 号 29 頁 (中 央 経 済 社 ,2010 年 ). 52 ) 阿部泰久氏は、グループ法人単体課税制度が会社分割税制を含む組織再編税 制 に 及 ぼ す 影 響 に つ い て 「 グ ル ー プ 法 人 単 体 課 税 制 度 は 、 100%グ ル ー プ 内 で 行 わ れ る 組 織 再 編 に 大 き な 影 響 を 与 え る こ と に な る 。」 と し て 上 で 「 分 割 等 の 組 織 再 編 も 資 産 の 移 転 で あ る た め 、 100%グ ル ー プ 内 の 内 国 法 人 間 で の 一 定 の 資 産 の 譲 渡 取 引 を 課 税 繰 延 べ と す る 結 果 、連 結 納 税 を 適 用 す る 場 合 も 含 め て 100%グ ル ー プ 内 で 行 わ れ る 組 織 再 編 で は 、『 非 適 格 』 で あ っ て も 移 転 さ れ る 資 産 が 譲 渡 損 益 調 整 の 対 象 と な る も の で あ る 限 り 課 税 繰 延 べ 、 す な わ ち 非 課 税 と な る 。」 と 述 べ て い る 。 阿 部 泰 久 「 グ ル ー プ 法 人 単 体 課 税 制 度 の 導 入 と 大 企 業 へ の 影 響 」 税 研 25 巻 4 号 33 頁 (日 本 税 務 研 究 セ ン タ ー ,2010 年 ). (130) - 122 - る。譲渡損益調整資産とは、固定資産、土地等、金銭債権、有価証券 及び繰延資産のみを損益繰延べの対象とし、棚卸資産、売買目的有価 証券や簿価 1 千万円未満の資産等は繰延べの対象から除外されている (法 法 第 61 条 の 13 第 一 項 、 法 令 第 122 条 の 14 第 一 項 )の で あ る 。 そのため、グループ法人税制の適用を受ける場合には、譲渡損益の 繰延の適用を受ける場合であっても、一部の資産や負債については引 き続き譲渡損益を計上することになる。 その他、適格会社分割の場合には、資産を簿価で移転できるのに対 して、非適格会社分割に該当し、かつ、グルーブ法人税制の対象とな る場合には、あくまで資産の時価譲渡であり、分割法人で認識すべき 譲渡損益を一旦繰延べているに過ぎず、一定の事由が生じた際には分 割法人で課税の繰延べの停止が行われ課税が実現することとなる。 一定の事由とは、譲渡法人又は譲受法人のグループからの離脱、グ ループ法人への 2 度目の譲渡、移転資産の償却・評価替え・貸倒れ・ 除 却 等 (法 法 第 61 条 の 13 第 二 項 、同 条 三 項 、法 令 第 122 条 の 14 第 四 項 )を い う 。 そのため、適格分割の場合には事後に資産をグループ外に譲渡した 際 に 、譲 受 法 人 (分 割 承 継 法 人 )で 含 み 益 が 課 税 さ れ る(【 図 解 25】参 照 ) のに対し、非適格分割とグループ法人税制適用の場合には、最初に繰 り 延 べ た 譲 渡 益 は 譲 渡 法 人 (分 割 法 人 )に お い て 課 税 さ れ る (【 図 解 26】 参 照 】 )こ と と な る 。 (131) - 123 - さらに、グループ法人税制導入前は分割の対価に分割承継法人から の金銭交付を含めることで、条文上は、グループ内であっても非適格 分割として、分割法人において移転する資産・負債についての譲渡損 益を実現させることが意図的に可能であった。 つまり、グループ法人税制導入前は分割法人に繰越欠損金がある場 合には、当該繰越欠損金と譲渡益を相殺することも可能であり、特に 分割法人の繰越欠損金が期限切れまじかとなるような場合には繰越欠 損金の有効利用の観点から有用であったと考える。 この点においてグループ法人税制導入後は一定の資産の譲渡益につ いて、強制的に繰り延べられることとなった。 前 述 し た よ う に 、グ ル ー プ 法 人 税 制 は 、平 成 22 年 10 月 1 日 以 降 に 100%グ ル ー プ 法 人 間 (完 全 支 配 関 係 が あ る 内 国 法 人 )で 行 わ れ る 一 定 の 資産の譲渡については課税繰延べの措置が手当てされることになって いる。 従来は、グルーブ法人間において資産や事業の移転を行う場合にお いては、移転資産・事業の含み益につき課税を生じさせないスキーム として、譲渡取引に代えて、会社分割等の適格組織再編スキームによ り無税で資産を移転させることが行われてきた。 改 正 法 施 行 後 は 、100%グ ル ー プ 法 人 間 の 一 定 の 資 産 移 転 に つ い て は 、 適格組織再編と並んで譲渡取引により無税で移転することが可能とな った。 また、適格組織再編による移転の場合に生じる欠損金等の損金算入 (132) - 124 - 制限の観点からは、適格組織再編成よりも譲渡取引を選択したほうが 有利になる場合も想定される。 会 社 分 割 等 の 適 格 組 織 再 編 に お け る 資 産 等 の 「 簿 価 移 転 」 と 100% グループ法人間の資産の「譲渡損益繰延べ」は、いずれも経営資源の 効率的な再配分を、税負担を生じさせずに可能にする政策的な税制で あるといえる。 しかし両者の制度の目的は同じだが、税務上の取扱いには相違点が 存 在 す る 。つ ま り 、課 税 繰 延 措 置 の 対 象 と な る 資 産 及 び 取 引 き に よ り 、 移転時の含み損益の実現の仕方が「簿価移転」と「譲渡損益繰延べ」 では異なるため、これらの相違による税負担や発生のタイミングを踏 まえたうえで、移転の方法を選択することが必要となる。 両 者 の 相 違 点 を 整 理 す る と 、 適 用 対 象 取 引 に つ い て は 、「 簿 価 移 転 」 は一定の適格要件を満たした内国法人間の会社分割による移転が対象 と な る 取 引 で あ り 、「 譲 渡 損 益 の 繰 延 べ 」 は 100% グ ル ー プ 法 人 間 (完 全 支 配 関 係 が あ る 内 国 法 人 間 )の 譲 渡 取 引 が 対 象 と な っ て い る 。 適用対象資産等については、 「 簿 価 移 転 」は 全 て の 資 産 及 び 負 債 が 対 象となるが、 「 譲 渡 損 益 の 繰 延 べ 」は 譲 渡 損 益 調 整 資 産 の み が 対 象 と な る 。含 み 損 益 の 調 整 項 目 に つ い て は 、 「 簿 価 移 転 」は 資 本 金 等 の 額 で 調 整 し 、「 譲 渡 損 益 の 繰 延 べ 」 は 利 益 積 立 金 額 で 調 整 す る こ と に な る 。 さ ら に 、含 み 損 益 の 課 税 を 受 け る 法 人 に つ い て は 、 「 簿 価 移 転 」は 資 産の譲受法人つまり分割承継法人が課税を受けるのに対して「譲渡損 益の繰延べ」は資産の譲渡法人が課税を受ける。つまり、移転時の含 み損益の実現については、 「 簿 価 移 転 」は 移 転 後 に 含 み 損 益 が 消 失 し た 場合には、将来の時点でも譲受法人において移転時の含み損益は実現 することはないが、 「 譲 渡 損 益 の 繰 延 べ 」に お い て は 資 産 の 譲 受 法 人 が 譲渡等の事由に該当する行為を行った場合には譲渡法人で実現するこ とになるのである。 譲受法人における取得価額については、 「 簿 価 移 転 」は 移 転 資 産 の 税 務上の簿価であるのに対して、 「 譲 渡 損 益 の 繰 延 べ 」は 移 転 資 産 の 時 価 となる。 譲 受 法 人 に お け る 欠 損 金 、含 み 損 の 損 金 算 入 制 限 に つ い て も 、 「簿価 移 転 」は 一 定 の 場 合 に は 制 限 を 受 け る が 、 「 譲 渡 損 益 の 繰 延 べ 」は 制 限 を受けることはないのである。つまり、譲渡取引による資産の移転に (133) - 125 - つ い て は 、100%の 完 全 支 配 関 係 を 有 す る 適 格 会 社 分 割 と は 異 な り 繰 越 青色欠損金の使用の制限や特定譲渡損失等の損金不算入に相当する規 定 の 適 用 は 存 在 し な い こ と と な る 53 ) 。 このように、適格会社分割等による「簿価移転」とグループ法人税 制が適用される「譲渡損益の繰延べ」では、課税の繰延べという効果 は、同じであるにも関わらず、その適用要件・取扱い方法等が大きく 相違しているのである。 第 3節 課税の繰延べに関する税務上取扱いの整合性の問題点 前節では完全支配関係を有する法人同士が適格会社分割の該当した 場合と、完全支配関係を有する法人同士が非適格会社分割に該当し、 かつ、グループ法人税制の適用を受けることとなった場合の課税の繰 延べに係る両者の取扱いの相違点を論じた。 では、なぜこのような課税の繰延べの効果が同じであるにも関わら ず両者においてそれぞれ別個の課税の繰延べ措置が規定されたのだろ う か 。 グ ル ー プ 法 人 税 制 の 適 用 法 人 は 、 完 全 支 配 関 係 つ ま り 100% の 持分関係を有する法人である。 会 社 分 割 を 行 っ た 法 人 が あ っ た と す る と 、ま ず 完 全 支 配 関 係 が あ り 、 かつ税制適格要件に該当すれば税制適格会社分割となり、課税の繰延 べの取扱いは、適格会社分割に該当した場合の取扱いに準じて行われ ることになる。 他方、仮に完全支配関係ではあるが、税制適格要件から外れた会社 分割の場合には、完全支配関係を有しているものとして、グループ法 人税制における課税の繰延べの取扱いに準じて行われる。 完全支配関係を有する法人については、会社分割における税制適格 要件を判定し、要件から外れた場合にはグループ法人税制の適用を受 けるのである。つまり、この両者は、完全な無関係ではなく、グルー プという概念又は、課税の繰延べという視点から見れば十二分に関係 性を有しているのではないだろうか。 両者における課税の繰延べは、資産の移転という事象に基因するも 宮 口 徹「 グ ル ー プ 法 人 間 で の 譲 渡 取 引 と 組 織 再 編 」 税 経 通 信 65 巻 6 号 79 頁 (税 務 経 理 協 会 ,2010 年 ). 53 ) (134) - 126 - のであり、この資産の移転は紛れもなく法人税法では「譲渡」とされ るものである。ならば、法人税法におけるこの「譲渡」という行為に 関して、関係性を有する両者の課税の繰延べの取扱いに大きな相違が 生じているという点で問題があると提起したい。 (135) - 127 - 第 6章 組織再編成税制に係る行為又は計算の否認規定と 組織再編税制に係る文書回答手続きの提案 本 章 で は 、会 社 分 割 税 制 の 導 入 と と も に 新 た に 設 け ら れ た 、 「組織再 編 成 に 係 る 行 為 又 は 計 算 の 否 認 」 規 定 (法 法 132 条 の 2)及 び 事 前 照 会 に対する文書回答手続きについての考察を行い、今後の事前照会文書 回答手続きついて新たな提案を試みるものである。 近年において企業が行った会社分割税制等を用いたスキームに対し て 、税 務 執 行 当 局 か ら「 組 織 再 編 成 に 係 る 行 為 又 は 計 算 の 否 認 」規 定 (法 法 132 条 の 2)を 税 務 否 認 の 根 拠 と し た 事 例 が 発 生 し て い る 。 考 察 の 視 点 と し て は 、第 1 節 に お い て 法 人 税 法 第 132 条 の 2 の 規 定 について考察する。第 2 節では、筆者が当該規定の濫用を防止するた めの手法として有用であると考える「事前照会に対する文書回答手続 制度」について検討するものとする。第 3 節では、第 1 節と第 2 節で 論じた内容を受け、今後の組織再編税制に係る文書回答手続きについ て若干の提案をしたい。 第 1 節 組 織 再 編 成 に 係 る 行 為 又 は 計 算 の 否 認 (法 人 税 法 第 132 条 の 2) 第 1項 組織再編成に係る行為又計算の否認規定の趣旨 昭 和 40 年 に 制 定 さ れ た 我 が 国 の 法 人 税 法 は 、制 定 後 お お よ そ 30 年 もの間大きな改正が行われたことがなかった。それは、経済社会が急 速に変化する我が国において、変化の内容が複雑となっていたために 十分に対応することができていなかったことを意味する。 こ の 変 化 に 税 制 面 か ら 対 応 す る た め 、財 務 省 主 税 局 に 改 正 チ ー ム (法 人 税 制 企 画 室 ) 54 ) を創設し本格的に研究・検討に入ることになる。平 財 務 省 主 税 局 の 「 法 人 税 制 企 画 室 」 は 、 平 成 11 年 7 月 に 設 け ら れ 、 平 成 12 年 の 金 融 取 引 に 関 す る 法 人 税 制 の 抜 本 改 正 、平 成 13 年 の 組 織 再 編 税 制 を 創 設 す る 改 正 及 び 平 成 14 の 連 結 納 税 制 度 を 創 設 す る 改 正 を 行 う こ と に な っ た 。 朝 長 ほ か ・ 前 掲 注 15,5₋7 頁 . 54 ) (136) - 128 - 成 13 年 税 制 改 正 に よ り 導 入 さ れ た 組 織 再 編 税 制 (会 社 分 割 税 制 )は 、上 記のような本格的な我が国の法人税制改革の第 2 回目の改革事項であ る 。抜 本 的 な 改 革 の 結 果 、平 成 12 年 度 税 制 改 正 を 分 岐 点 と し て 、従 来 の法人税法における制度と新制度では、制度の精密さと規定の詳細・ 複雑さという点で、大きな変貌を遂げており新制度は、経済社会が変 化した我が国における企業のニーズに対応するものとなった。 ま た 、平 成 12 年 度 改 正 以 後 の 新 制 度 は 、金 融 取 引 税 制 や 組 織 再 編 税 制 (会 社 分 割 税 制 含 む )を 促 進 す る こ と と な り 、 租 税 法 律 主 義 の 観 点 か ら も 歓 迎 さ れ る こ と と な っ た 55 )。し か し 、一 方 で は 、税 制 度 を 精 緻 に 設定するということは、租税回避の可能性を多く秘めているリスクが あることを意味していた。 諸外国においては、組織再編成に関して詳細な規定を設けている国 もあり、取引の内容の実質的な変更は行わずにその取引に係る行為又 は計算の形式又は順番等を操作することによって、要件に該当するも の又は、要件から外れるものとして、その取引の課税関係のみを有利 に変更するといった事例も生じていた。 このように要件を満たすか要件を満たさないかといった行為又は計 算 等 に 関 し て は 、税 務 執 行 当 局 と 納 税 者 と の 間 で 、 「同じ応酬の繰り返 し」という事態に陥ることが想定されていたため、我が国において組 織再編成に関して精密な税制を創設して法令の規定を詳細に定めると いう場合に、このような事態に陥ることは、是非とも回避する必要が あった。 つまり、法令に組織再編の詳細な取扱いを定める組織再編税制は、 その取扱いの要件を濫用・潜脱する行為等を包括的に防止することが で き る 措 置 を 含 む 制 度 と し て 設 け る こ と が 必 要 で あ っ た の で あ る 56 )。 改 正 当 時 は 、我 が 国 の 法 人 税 法 が 制 定 さ れ た 昭 和 40 年 当 時 と 比 べ 、我 が 国 に お け る 経 済 社 会 の 状 況 が 複 雑 化・高 度 化 し て い た た め 、一 部 に つ き い わ ゆ る「 通 達 行 政 」 と 言 わ れ る 傾 向 が あ る こ と が 否 定 で き な い 状 況 に あ っ た が 、 平 成 12 年 の 金 融取引に関する法人税の取扱いの抜本改正は、そのような状況の転換点となった。 朝 長 英 樹「 組 織 再 編 成 に 係 る 行 為 又 は 計 算 の 否 認 (1)」週 刊 T & A master 443 巻 22 頁 (ロ ー タ ス 21,2012 年 ). 56 ) 朝 長 英 樹 氏 は 、 「 組 織 再 編 成 に 係 る 行 為 又 は 計 算 の 否 認 の 導 入 に 際 し て『 経 済 界 の 方 々 に も そ の 必 要 性 を 述 べ 、決 し て 飾 り で は な く 実 際 に 使 う も の だ 』と 説 明 さ せ て い た だ い て お り ま し た 。」 と 述 べ て い る 。 朝 長 英 樹 ほ か 「 組 織 再 編 成 税 制 を 巡 る 否 認 が 相 次 ぐ 中 、今 明 か さ れ る 行 為 計 算 否 認 認 定 の 創 設 の 経 緯・目 的 と 解 釈 」週 刊 T & A master 449 巻 12 頁 (ロ ー タ ス 21,2012 年 ). 55 ) (137) - 129 - 前 述 し た 背 景 に 基 づ き 、平 成 13 年 度 税 制 改 正 に お い て 、組 織 再 編 税 制 の 一 部 と し て「 組 織 再 編 成 に 係 る 行 為 又 は 計 算 の 否 認 」(法 人 税 法 132 条 の 2)規 定 が 創 設 さ れ る こ と と な っ た 。 この規定の創設の必要性については、同条の創設過程において組織 再編成における租税回避の防止については、 「 重 要 な 課 題 で あ り 、平 成 13 年 度 税 制 改 正 に よ り 設 け ら れ た 組 織 再 編 成 に つ い て も か な り 柔 軟 なものとなっているため、バランスをとる意味でも租税回避の規定は 充 実 さ せ る 必 要 が あ る 」 と の 見 解 が 示 さ れ て い る 57 )。 また、立法に携わった財務省の担当者が立法直後に起稿し、立法の 経 緯 や 趣 旨 等 を 理 解 す る う え で 、有 用 な 資 料 と さ れ る『 平 成 13 年 改 正 税 法 の す べ て 』 に お い て は 、「 組 織 再 編 成 に 係 る 行 為 又 は 計 算 の 否 認 」 (法 法 第 132 条 の 2)の 創 設 趣 旨 に つ い て 、 近 年 の 企 業 組 織 法 制 の 大 幅 な緩和に伴って組織再編成の形態・方法は相当に多様となっているた め、組織再編成を利用して複雑、かつ、巧妙な租税回避行為が増える ことが予想されるという点が示されている。 さらに一定の事象については、個別規定が設けられているが、一定 の事象に該当しないような行為の形態や方法が相当に発生するもので あると考えられるため包括的な組織再編成に係る租税回避防止規定が 設 け ら れ た と 説 明 し て い る 58 )。 第 2 項 組 織 再 編 成 に 係 る 行 為 又 は 計 算 の 否 認 (法 法 第 132 条 の 2)規 定の概要 組 織 再 編 成 に 係 る 行 為 又 は 計 算 の 否 認 規 定 (法 法 132 条 の 2)が 導 入 さ れ る 以 前 に 既 に 法 人 税 法 第 132 条 第 1 項 に お い て「 同 族 会 社 の 行 為 又は計算の否認」規定が存在していた。 この規定は、個別の規定で否認できないような納税者の租税回避行 為を否認できるという包括的な否認規定あり、税務執行当局にとって は、安易に適用することができない規定である。 法 人 税 法 第 132 条 第 1 項 「 同 族 会 社 の 行 為 又 は 計 算 の 否 認 」 の 規 定 は 、大 正 12 年 に 我 が 国 に お い て 旧 所 得 税 法 第 73 条 の 2、第 73 条 の 3、 16,33 頁 . 大 蔵 財 務 協 会『 平 成 13 年 改 正 税 法 の す べ て 』243₋244 頁 (大 蔵 財 務 協 会 , 2001 57 ) 日 本 租 税 ・ 前 掲 注 58 ) 年 ). (138) - 130 - 第 73 条 の 4 と し て 創 設 さ れ て 以 後 、数 々 の 改 正 を 経 て 現 在 に 至 っ て い る。 この規定の立法趣旨は、 「 一 般 に 、多 数 の 資 本 主 に よ っ て 構 成 さ れ て いる非同族会社の場合には、利害関係者相互の牽制が作用するため一 部の資本主が会社の意思決定を任意に行う可能性は比較的少ないが、 同族会社の場合には会社の意思決定が一部の資本主の意向に左右され る の で 、 租 税 回 避 行 為 を 容 易 に な し 得 る 」 59 ) というものである。 法 人 税 法 第 132 条 第 1 項 と 法 人 税 法 第 132 条 の 2 の 立 法 趣 旨 を 比 較 すると前者は同族会社等において容易になし得る租税回避を防止しよ うとしているのに対して後者は組織再編成を利用した多様な租税回避 行為を防止しようとしており、両規定の防止しようとしている租税回 避は異なるものであることがわかる。 法 人 税 法 第 132 条 第 1 項 は 一 般 的 に 「 伝 家 の 宝 刀 」 な ど と 呼 ば れ て おり、基本的には当該規定を用いた否認は行わないことが前提になっ て い る と 考 え ら れ る 。 一 方 、 法 人 税 法 第 132 条 の 2 に 規 定 す る 「 組 織 再編成に係る行為又は計算の否認」規定は、企画立案段階において、 「 使 う 」 と い う 前 提 で 創 設 さ れ た も の で あ る 60 )。 法 人 税 法 第 132 条 第 1 項 と 法 人 税 法 第 132 条 の 2 は い ず れ も「 行 為 又は計算の否認」規定であるがそれぞれの規定の射程は異なる。しか しながら、両規定は、適用対象法人が異なるのみで適用要件が同一で あるとの見解もある。 つまり両規定とも「法人税の負担を不当に減少させる結果となると 認められるもの」を否認する意味では共通しており、一方の規定によ って法人税負担の不当な減少が是正されるのであれば、他方の規定に よってこれをさらに否認する必要性はないと考えられるため、両規定 の適用要件は同じであるとする見解である。 しかしこの見解を仮に採用した場合は、両規定において重複排除規 定が必要となり、現行規定においてそのような規定が設けられない以 武 田 昌 輔 監 修 『 DHC コ ン メ ン タ ー ル 法 人 税 法 5』 5531 の 3 頁 (第 一 法 規 ). 朝 長 英 樹 氏 は 「 132 条 の 2 を 伝 家 の 宝 刀 に し て 現 在 の よ う な 要 件 等 を 細 か く 定 め る 組 織 再 編 成 税 制 を 創 る と い う 選 択 肢 は 、 在 り 得 な い 」 と 述 べ て お り 、「 現 在 の よ う な 組 織 再 編 税 制 を 創 る た め に は 、租 税 回 避 を 防 止 す る た め の 使 え る 刀 を 用 意 す る こ と も 、当 然 必 要 と な る 」と 述 べ て い る 。朝 長 英 樹 ほ か「 組 織 再 編 成 税 制 を 巡 る 否 認 が 相 次 ぐ 中 、今 明 か さ れ る「 行 為 計 算 否 認 認 定 の 創 設 の 経 緯・目 的 と 解 釈 」」 週 刊 T & A master 449 巻 13 頁 ( ロ ー タ ス 21, 2012 年 ) . 59 ) 60 ) (139) - 131 - 上 こ の 見 解 は 誤 り で あ る と 言 え る 61 )。 同族会社が会社分割を用いた組織再編成を行った場合に分割法人、 分 割 承 継 法 人 や 分 割 法 人 の 株 主 に つ い て 、法 人 税 法 第 132 条 第 1 項 の 視点に立って行う当規定の適用の可否判定の結果や当規定によって否 認 さ れ た 場 合 に 算 出 さ れ る 金 額 と 、法 人 税 法 第 132 条 の 2 の 視 点 に た って行う当規定の適用の可否判定の結果や当規定によって否認された 場合に算出される金額とは、必ず等しくなるとは限らないのである。 例えば適格会社分割に該当するであろうと予想される法人が、意図 的に税制適格要件を外すような「適格外し」を租税回避として否認し よ う と す る 場 合 、 法 人 税 法 第 132 条 の 2 を 根 拠 と す る こ と に な れ ば 、 会社分割の課税関係に置き換えて、分割法人・分割承継法人及び分割 法 人 の 株 主 の 否 認 金 額 を 算 出 す る こ と に な る が 、 法 人 税 法 第 132 条 第 1 項が否認の根拠となる場合は、個々の事情に応じて各法人や株主ご とに何をどの程度否認すのかという個別的な判断をすることになる。 第 3 項 組 織 再 編 成 に 係 る 行 為 又 は 計 算 の 否 認 (法 法 第 132 条 の 2)の 今後の展望 現 時 点 に お い て 、 組 織 再 編 成 を 行 っ た 法 人 が 法 人 税 法 第 132 条 の 2 を根拠として税務調査段階において否認されたケースは、存在してい るがその否認を不服として納税者が税務訴訟を行い、司法の判断が明 確 に 示 さ れ て い る 判 例 は 存 在 し な い 62 )。 朝 長 氏 は 、今 後 公 表 さ れ る で あ ろ う 法 人 税 法 第 132 条 の 2 を 巡 る 判 決について「過去の税務訴訟の中でもとりわけ大きな影響を与えるも のになると考えており、それは組織再編成において問題となる金額は 非常に大きい場合があること、法人の 7 割以上が赤字という状態が続 61 ) 朝 長 英 樹 氏 は 、両 規 定 の 関 係 性 に つ い て 以 下 の よ う に 述 べ て い る 。 「同一の平 面 上 で 立 体 的 に 二 つ の 円 形 盤 が 部 分 的 に 融 合 し た も の で は な く 、異 な る 平 面 上 に 立 体 的 な 二 つ の 円 形 盤 が 部 分 的 に 重 な る 関 係 で あ る 」と 述 べ て い る 。朝 長 英 樹 ほ か「 組 織 再 編 成 税 制 を 巡 る 否 認 が 相 次 ぐ 中 、今 明 か さ れ る「 行 為 計 算 否 認 認 定 の 創 設 の 経 緯 ・ 目 的 と 解 釈 」」 週 刊 T & A master 450 巻 17 頁 ( ロ ー タ ス 21, 2012 年 ) . 62 ) 金 子 宏 教 授 は 、 「 法 人 税 法 第 132 条 の 2 の 規 定 が 今 後 ど の 様 に 解 釈・適 用 さ れ て ゆ く の か 、特 に 不 当 な 税 負 担 の 減 少 の 意 義 を め ぐ っ て ど の よ う な 理 論 や 判 例 が 形 成 さ れ て ゆ く の か は 、今 後 の 事 例 の 蓄 積 を ま つ ほ か な い が 、同 族 会 社 の 行 為・計 算 の否認の場合と同様に、公平な税負担と法的安定性の 2 つの価値の対立と緊張関 係 を 軸 と し て 種 々 の 議 論 が さ れ て ゆ く で あ ろ う 。」 と 述 べ て い る 。 金 子 ・ 前 掲 注 2,426 頁 . (140) - 132 - く我が国においては繰越欠損金が期限切れになりそうな法人が非常に たくさんあるわけで、現在訴訟中の案件ほど大きな影響を与えること と な る 税 務 訴 訟 は 、 今 後 、 当 分 の 間 は 出 て こ な い の で は な い か 」 63 ) との考えを述べているのである。 第2節 事前照会に対する文書回答手続 本節では、現在、我が国において運用されている「事前照会に対す る 文 書 回 答 手 続 (以 下 、「 事 前 照 会 文 書 回 答 手 続 」 と い う 。 )」 に つ い て 若干の考察を行い、当該手続きの有効性・必要性の検討を試みるもの である。 納税者側が会社分割のような複雑なスキームを用いた場合には、そ の組織再編成が適格組織再編成に該当するか非適格組織再編成に該当 するかによって税務上の処理が大きく異なることになる。さらに手続 き等を一つ間違えると組織再編成を行った法人の租税負担にも大きな 影響を及ぼすことも考えられる。 この組織再編税制等の複雑なスキームを要する諸制度について適用 法人側で事前にそのスキームを用いることによって意図している税務 上のメリットを享受することが可能か否かの確認ができるのであれば、 適用法人側において安心してそのスキームを実行することができるも のと考える。 また、課税執行当局による組織再編成に係る行為又は計算の否認規 定 (法 法 132 条 の 2)の 濫 用 を 回 避 す る 手 段 と し て も 有 効 な 手 続 き で あ るのか否かを確認するため、現行の文書回答手続きの検討を行うもの である。 第 1項 我が国における現行の事前照会文書回答手続の概要 納税者が、我が国における申告納税制度の下で、適正な税務申告を 行うには、税務上の取扱いに納税者自身が十分な理解をしておく必要 性があるのではないだろうか。その必要性を補完するため税務執行当 局は、納税者サービスの一環として申告前における照会あるいは取引 63 ) 朝 長 ほ か ・ 前 掲 注 15,16 頁 . (141) - 133 - 前 に お け る 照 会 (以 下 、「 事 前 照 会 制 度 」 と い う 。 ) を 導 入 し た 。 一 方 、 か ね て よ り 「 行 政 の 透 明 性 確 保 」、「 納 税 者 の 便 宜 」 と い っ た 手 続 的 観 点 か ら 、事 前 照 会 制 度 に 対 す る 文 書 に よ る 回 答 手 続 (以 下 、 「文 書回答手続」という。) の整備が要請されてきた。 例 え ば 、昭 和 43 年 の 政 府 税 制 調 査 会 答 申 に お い て は 、国 税 庁 に お い て 慣 行 と し て 行 わ れ て い る 照 会 回 答 制 度 の 育 成 が 指 摘 さ れ 、 平 成 12 年の行政監察においても、事前照会手続の整備への検討が勧告されて いる。 このような中、国税庁では、申告納税制度の下における適正公平な 課 税 の 実 現 に 資 す る 手 続 き と し て 、平 成 13 年 6 月 に 文 書 回 答 手 続 を 整 備した。その後も、文書回答手続については、更に利用しやすい制度 設計を要請する拡張論が議論されており、対日投資会議や総合規制改 革 会 議 な ど で は「 投 資 環 境 の 整 備 」と い う 観 点 か ら の 要 請 が み ら れ た 。 これらの意見等を踏まえつつ、国税庁では、文書回答手続の改善・ 充実を図ることとした。そこで、国税庁では、従来受け付けてこなか った特定の納税者の個別の事情に係る照会をも文書回答手続の対象と するなど、抜本的な見直しを行った。その結果「事前照会文書回答手 続」を導入したのである。 この手続きの導入は、従来学説によって導入の必要が説かれてきた 米国におけるアドヴァンス・ルーリングのしくみが、日本でも本格的 に動き出すことを意味すると言った意見もあり、納税者はこの手続を 利用して、個別の取引に関する税務上の取扱いがどうなるか、 国税庁 の回答を得ることができるようになった。 つまり納税者は、この手続きにより得られた回答を基本として自身 の企業活動、税務処理を行うことが想定されるため、この手続きは有 用な制度であると言える。 ま た 、回 答 の 内 容 は 公 表 さ れ る た め 、事 例 が 蓄 積 さ れ て い く に つ れ 、 回答の集積が類似の案件についての解釈・適用の実務指針として使用 されていくことが予想される。しかし、この手続によって得られる回 答は、国税当局としての判断を示すものであって、納税者を法的に拘 束する性質を有するものではないといった側面が存在するのである。 さ ら に 、 平 成 23 年 度 の 税 制 改 正 に お い て 「 事 前 照 会 文 書 回 答 手 続 」 の 一 部 改 正 が 行 わ れ た 。こ の 税 制 改 正 に お い て 、 「事前照会文書回答手 (142) - 134 - 続 」の 目 的 は 、 「 納 税 者 サ ー ビ ス の 一 環 と し て 、事 前 照 会 に 対 す る 回 答 を文書で行うとともに、その内容を公表することにより、同様の取引 等 を 行 う 他 の 納 税 者 に 対 し て も 予 測 可 能 性 を 高 め る こ と で あ る 。」 64 ) との旨が記載されている。 これは、事前照会文書回答制度は、国税当局と納税者の信用関係の 基づき「協調性を高める」ことを目指して構築される制度として考え られている。 つまり、国税当局が租税回避行為へ対応するための手段とする、個 別否認規定・包括否認規定の導入やアグレッシブな納税者に対して税 務訴訟によって司法の判断を問うなど国税当局と納税者との間で暗黙 の「対立関係」を生じさせる行為とは方向性が異なるものであると言 える。 現在の我が国における「事前照会文書回答制度」の先駆けとして制 度 化 さ れ た の は 、昭 和 62 年 4 月 に 導 入 さ れ た 移 転 価 格 税 制 に 対 す る「 事 前確認制度」である。 この制度は、企業が独立起業間価格の算定方法と、その妥当性を示 す資料を提出した場合において、国税当局がその方法に妥当性がある と判断した場合には、国税当局は企業が算定した独立起業間価格につ いて是認するという事前の確認を与える制度である。 こ の よ う な 状 況 の 中 、平 成 12 年 11 月 に 総 務 庁 行 政 監 察 局 は 、 「税務 行 政 監 察 結 果 報 告 書 」 65 ) を作成し、国税当局に勧告した。この勧告 64 ) 国税庁「事前照会に対する文書回答手続の一部改正について」 http://www.nta.go.jp/shiraberu/sodan/jizenshokai/bunsho/leaflet/01.pdf , 2012 年 11 月 14 日 10 時 頃 ア ク セ ス . 65 ) 国 税 庁 「 税 務 行 政 監 察 結 果 に 基 づ く 勧 告 に 対 す る 回 答 」 http://www.nta.go.jp/sonota/sonota/osirase/topics/data/h13/08/01.pdf , 2012 年 11 月 14 日 11 頃 ア ク セ ス . 総 務 庁 行 政 監 察 局 は 、税 務 行 政 監 察 結 果 報 告 書 に お い て「 大 蔵 省 (国 税 庁 )は 、納 税 者 に よ る 適 正 な 申 告 、納 税 を 確 保 す る 基 盤 を 整 備 す る 観 点 か ら 、次 の 措 置 を 講 ず る 必 要 が あ る 。」 と 述 べ て お り 、 次 の 措 置 と は 「 ① 納 税 者 の 適 正 な 申 告 の 必 要 な 法 令 の 解 釈 や 適 用 指 針 に つ い て は 、で き る 限 り 通 達 等 へ の 明 定 を 行 う こ と 。② 国 税 局 に よ る 法 令 の 解 釈・適 用 に 関 す る 文 書 の 作 成 に つ い て は 、適 正 か つ 公 平 な 課 税 の 確 保 の 観 点 か ら の 優 先 度 に 応 じ て 、国 税 庁 本 庁 が こ れ を 把 握 し 、点 検 す る こ と 」さ ら に 、最 も 具 体 的 な 提 言 で あ る「 ③ 質 疑 応 答 及 び 裁 決 の 内 容 の 公 表 を 拡 充 す る と と も に 、将 来 的 に は 納 税 者 が 帳 簿 等 の 具 体 的 な 資 料 を 提 示 し て あ ら か じ め 国 税 当 局 の 見 解を確認できる仕組みを整備するよう、その検討に着手すること」と述べている。 総務庁行政監察局 『適正かつ公平な課税の実現を目指して‐総務庁の税務行政監 察 結 果 よ り ‐ 』 31 頁 (財 務 省 印 刷 局 ,2001 年 ). (143) - 135 - を う け 、 国 税 当 局 は 、平 成 13 年 6 月 22 日 付 け で 「 事 前 照 会 に 対 す る 文 書 回 答 の 実 施 に つ い て (事 務 運 営 指 針 )」 を 定 め 、 同 年 9 月 か ら 運 用 を 開 始 し た 。そ の 後 、当 制 度 は 平 成 14 年 7 月 9 日 を も っ て 廃 止 さ れ 、 同 年 7 月 10 日 以 降 は「 事 前 照 会 に 対 す る 文 書 回 答 の 事 務 処 理 手 続 き 等 に つ い て (事 務 運 営 指 針 )」 と 改 め ら れ た 。 この運用についての手続きは、その対象となる事前照会を同種の業 種・業態に共通する取引等に係る照会で、多数の納税者から照会され ることが予想されるもの及び反復継続して行われる取引等に係る照会 で、不特定多数の納税者に関わるものであることの 2 つのみに限定し ていた。つまり、特定の納税者の個別案件については、対象の範囲か ら外れていたのである。 平 成 16 年 2 月 17 日 付 け で 国 税 庁 は 、事 前 照 会 の 対 象 範 囲 を 拡 充 す べ く 、「『 事 前 照 会 に 対 す る 文 書 回 答 の 事 務 手 続 等 に つ い て 』 の 一 部 改 正 に つ い て (事 務 運 営 指 針 )」 発 表 し た 。 この発表により事前照会の範囲を従来の 2 つのみではなく、特定の 納税者からの個別案件についても、一定の事由に該当しない場合は、 原則として事前照会文書回答手続の対象とされたのである。その後い く 度 か の 改 正 を 行 い 平 成 23 年 4 月 の 改 正 を 受 け 現 在 の「 事 前 照 会 文 書 回答手続」となっている。 現在の「事前照会文書回答手続」の概要は、事前照会の対象となる 範囲について、 「 こ れ ま で に 法 令 解 釈 通 達 な ど に よ り 、そ の 取 扱 い が 明 ら か に さ れ て い な い も の で 、そ の 取 引 等 に 係 る 国 税 の 申 告 期 限 前 (源 泉 徴 収 等 の 場 合 は 納 期 限 前 )の 事 前 照 会 で あ る こ と 等 」と し て お り 、事 前 照会の対象とならないものとして6つの事由を定めている。 また、①国税に関する法令に定める承認申請等に関するもの②譲渡 所得等に係る収用等の特例の適用に関する事前協議③国等に対する寄 付金の事前確認④独立企業間価格の算定方法等の確認については、一 般的な「事前照会文書回答手続」とは別の手続きにより事前照会を行 う こ と と し て い る 66 )。 事前照会文書回答手続の流れは、国税当局は、照会者からの照会文 66 ) 国税庁「税務上の取扱いに関する事前照会に対する文書回答について」 http://www.nta.go.jp/shiraberu/sodan/jizenshokai/bunsho/gaiyo01/01.htm , 2012 年 11 月 14 日 12 時 頃 ア ク セ ス . (144) - 136 - 書 の 提 出 か ら お お む ね 1 月 (補 足 資 料 の 提 出 等 を 求 め ら れ た 日 か ら 提 出 等をした日までの期間は除かれる。) 以内に文書回答の可能性及び処 理の時期の見通し等を口頭で説明し、3 月以内のできる限り早期に照 会者へ文書による回答をすることとしている。 また、国税当局は、照会内容及び回答内容等を原則 2 月以内に公表 することとしているが照会者の申し出により最長 1 年間は公表しない こ と も 可 能 で あ る と し て い る 67 )。 第 2項 米国におけるアドヴァンス・ルーリング制度 現在の我が国における「事前照会文書回答手続」は、第 1 項で論じ たとおりであるが、有識者の間では、米国のアドヴァンス・ルーリン グ 制 度 (以 下 、「 米 国 ア ド ヴ ァ ン ス ・ ル ー リ ン グ 」 と い う 。 ) を も っ と 積 極 的 に 導 入 す べ き で あ る と す る 説 68 67 ) ) と「米国アドヴァンス・ルー 国税庁「事前照会に対する文書回答手続の一部改正について」 http://www.nta.go.jp/shiraberu/sodan/jizenshokai/bunsho/leaflet/01.pdf , 2012 年 11 月 14 日 12 時 頃 ア ク セ ス . 国税庁「税務上の取扱いに関する事前照会に対する文書回答について」 http://www.nta.go.jp/shiraberu/sodan/jizenshokai/bunsho/gaiyo01/01.htm , 2012 年 11 月 14 日 12 時 頃 ア ク セ ス . 68 ) 金 子 宏 教 授 は 、 「 わ が 国 で も 、税 務 行 政 の 一 環 と し て 、こ の よ う な 制 度 が 正 式 に 採 用 さ れ る な ら ば 、納 税 者 に と っ て は 、そ の 経 済 取 引 の タ ッ ク ス・エ フ ァ ク ツ に つ い て 法 的 安 定 性 と 予 測 可 能 性 が 著 し く 高 め ら れ る こ と に な る 。こ れ は 、換 言 す れ ば 、 租 税 法 律 主 義 の 趣 旨 が よ り よ く 実 現 さ れ る こ と に ほ か な ら な い 。」 と 述 べ て い る 。 金 子 宏 「 財 政 権 力 - 課 税 権 力 の 合 理 的 行 使 を め ぐ っ て - 」『 岩 波 講 座 基 本 法 学 6- 権 力 』 163 頁 (岩 波 書 店 ,1983 年 ). さ ら に「 国 際 化 の 進 展 に 伴 っ て 、今 後 、外 国 企 業 か ら 事 前 に 公 定 解 釈 を 求 め ら れ る 例 が 増 加 す る と 思 わ れ る 。我 が 国 で も 、こ の 制 度 の 採 用 を 本 格 的 に 考 え る べ き 時 期 が き て い る の で は な か ろ う か 。」 と も 提 言 し て い る 。 金 子 宏 「 ア ド ヴ ァ ン ス ・ ル ー リ ン グ の 制 度 化 」 税 研 72 号 6 頁 (日 本 税 務 研 究 セ ン タ ー ,1997 年 ). 碓 井 光 明 教 授 は 、「 現 在 の わ が 国 に お い て 、 非 公 式 に ア ド バ ン ス ・ ル ー リ ン グ に 相 当 す る も の が 発 せ ら れ て い る と い っ て も よ い 。し か し 、非 公 式 な 扱 い は 、税 務 行 政 に 対 し て 太 い パ イ プ を 有 し て い る 者 に は 、利 用 で き て も 、大 多 数 の 納 税 者 に と っ て は 保 障 さ れ て い な い 。税 務 相 談 に お い て さ え 明 確 な 回 答 を 得 ら れ な い こ と も 多 く なっている。このような状況下で、アドバンス・ルーリングを制度化することは、 税 務 行 政 の 公 正 ・ 公 平 化 に も 資 す る も の と 思 わ れ る 。」 と 述 べ て い る 。 碓 井 光 明 「 ア ド バ ン ス ・ ル ー リ ン グ に 学 ぶ ~ そ の 考 え た と 活 用 」 税 理 27 巻 9 号 10 頁 (ぎ ょ う せ い ,1984 年 ). 望 月 爾 氏 は 、米 国 ア ド バ ン ス・ル ー リ ン グ 制 度 に つ い て「 社 会 経 済 の 急 激 な 変 化 のなか複雑多様化する取引環境や税法特有の専門的な立法を行うことは現実的に は 不 可 能 と い え る 。し た が っ て 、必 然 的 に 法 律 の 具 体 的 解 釈 や 適 用 基 準 を 個 々 の 納 税 者 に 示 す 手 段 が 必 要 と な っ て く る 。そ の 意 味 で は ア ド バ ン ス・ル ー リ ン グ 制 度 は 、 課 税 庁 が 納 税 者 に 対 し 事 前 に 法 律 の 解 釈 や 適 用 基 準 を 示 す こ と で 、連 邦 税 法 の 法 的 安 定 性 や 予 測 可 能 性 を 保 障 す る 租 税 法 律 主 義 の 立 場 か ら も 望 ま し い 制 度 と い え る 。」 (145) - 137 - リング」の導入は、我が国においては、多くの問題を有しているため 導入すべきでない又は、多くの問題を解決した後に検討するべきであ る と す る 否 定 説 69 )・ 導 入 消 極 説 70 ) が存在しているのである。 本項では、両者が主張する「米国アドヴァンス・ルーリング制度」 とはいかなるものかを概観してゆくものである。なお、本章はあくま で、会社分割税制のような複雑なスキームも用いる法人が、高い法的 安定性・予測可能性を得る為にはどのような手段が有効なのか論じる 章であるため、 「 ア ド ヴ ァ ン ス・ル ー リ ン グ 制 度 」の 説 明 は 、お お ま か と し て 上 で「 米 国 同 様 納 税 申 告 を 基 本 と す る わ が 国 に お い て ア ド バ ン ス・ル ー リ ン グ 制 度 の 導 入 は 急 務 と い え る 。」 と 結 論 を 述 べ ら れ て い る 。 望 月 爾 「 ア メ リ カ の ア ド バ ン ス ・ ル ー リ ン グ 制 度 の 再 検 討 - 我 が 国 制 度 導 入 に 向 け て - 」 政 経 研 究 72 号 129_130 頁 (政 治 経 済 研 究 所 ,1999 年 ). 6 9 ) 新 井 隆 一 教 授 は 、税 務 上 の 事 前 照 会 の 制 度 化 に つ い て 次 の よ う に 述 べ て い る 。 「 こ の よ う な 制 度 を 急 速 に 取 り 入 れ る こ と は 、納 税 者 の 利 益 を 害 す る ば か り で な く 、 税 務 当 局 に と っ て も 、決 し て 得 策 で あ る と は い え な い よ う に 思 わ れ て な ら な い の で あ る 。」 荒 井 隆 一 『 税 法 ・ 権 力 ・ 納 税 者 』 178 頁 (敬 文 堂 ,1970 年 ). 70 ) 小 川 正 雄 教 授 は 、 「 ア ド バ ン ス・ル ー リ ン グ 制 度 は 納 税 者 が 、ル ー リ ン グ が 発 布 さ れ た 後 に お い て も 発 布 条 件 遵 守 し て 、取 引 を 完 了 す る 限 り に お い て は 、課 税 庁 か ら 自 己 の 課 税 関 係 に つ い て の 言 質 を 取 り 付 け て い る と い う 意 味 に お い て は 、な る ほ ど 法 的 安 定 性 な り 法 的 予 測 可 能 性 を 与 え る も の で あ ろ う 。し か し 、こ れ は あ く ま で も 当 該 納 税 者 の み い え る こ と で あ っ て 、事 前 に 一 貫 性 の あ る 法 の 解 釈 適 用 を な し て 広 く 一 般 に 課 税 の 平 等 を 貫 徹 す る と い っ た 観 点 か ら み る な ら ば 、こ の 制 度 が も っ て い る 機 能 の 有 用 性 は 、訴 訟 も 辞 さ ず に 、こ の ル ー リ ン グ を 武 器 に し て 課 税 庁 の 法 の 解 釈 の 一 貫 性 の な さ を 是 正 し て 、解 釈 の 統 一 性 を 要 求 し て い け る こ と に 最 大 の 有 用 性 が あ る と 評 価 す れ ば 別 で あ る が 、限 定 さ れ た も の で あ る と 評 価 も で き る で あ ろ う 。し た が っ て 、こ の 制 度 を わ が 国 に 導 入 す る に 際 し て は 、こ の こ と を ど の よ う に 克 服 す る か を 検 討 す る 必 要 が あ る 。さ ら に 、わ が 国 で 既 に ど の よ う に 法 的 に 位 置 付 け る か に つ い て 問 題 が あ る と さ れ て い る 納 税 相 談 、す な わ ち こ れ が 行 政 指 導 の 範 疇 に 含 め ら れ る と す る な ら ば 、課 税 庁 が 納 税 者 に 与 え た こ の 種 の 回 答 に 対 し て 、課 税 庁 側 に ど の よ う な 法 的 拘 束 力 を 持 た せ る の か を 検 討 す る こ と も 重 要 で あ る が 、そ れ と同時に課税庁側にいかにして法の解釈適用の一貫性の義務を負わせるのかの検 討 も 必 要 と 思 わ れ る 。」 と 述 べ ら れ て い る 。 小 川 正 雄 「 ア ド バ ン ス ・ ル ー リ ン グ と 納 税 者 の 権 利 」『 入 札 の 法 制 度 - 財 政 法 叢 書 ⑪ 』 135₋136 頁 (龍 星 出 版 ,1995 年 ). 薄 井 信 明 教 授 は 、「 予 測 可 能 性 が つ く よ う な 税 制 に す べ き で あ る と い う の は よ く わ か り ま す し 特 に 企 業 の 立 場 か ら は そ う だ ろ う と 思 い ま す 。し か し 、そ れ を ど う 実 現 し て い く の か と な る と 難 し い 。そ の た め に は 今 、経 済 が ど う な っ て い る の か 、あ る い は 、金 融 が ど う な っ て い る の か を 相 当 な レ ベ ル で キ ャ ッ チ し て い な け れ ば い け な い わ け で す が 、そ れ が 可 能 な の か ど う か 。ま た 、早 い ス ピ ー ド で 代 わ っ て 行 く 実 体 を カ バ ー で き る オ ー ル マ イ テ ィ の 制 度 が 組 め る か ど う か 。(省 略 )予 測 可 能 性 と い い ま す か 、ア ド バ ン ス ル ー リ ン グ と い う 話 も あ り ま し た が 、後 で ひ っ く り 返 さ れ て は 困 る と い う の は そ の と お り だ と 思 い ま す 。法 律 そ の も の で は な い け れ ど も 、事 前 の問い合わせに答えたことは守られるというようなシステムができるのかどうか。 こ れ ま で は 、保 守 的 に な ら ざ る を 得 な か っ た こ と は 間 違 い あ り ま せ ん 。(省 略 )そ の 上 で ど う し た ら よ い か 、 と い う 非 常 に 大 切 で 難 し い 問 題 だ と 思 い ま す 。」 と 述 べ て い る 。薄 井 信 明「 座 談 会 (企 業 金 融 と 租 税 法 )」企 業 組 織 と 租 税 法 別 冊 商 事 法 務 252 号 40 頁 (商 事 法 務 ,2002 年 ). (146) - 138 - な説明に止めるものとする。 米国では、個別の事案に関する質問を納税者が内国歳入庁に対して 行い、その質問に応じて内国歳入庁が発表する公式解釈をルーリング (ruling)と 呼 ん で い る 。ル ー リ ン グ の う ち 将 来 の 行 為 や 取 引 に 関 す る も の を ア ド ヴ ァ ン ス・ル ー リ ン グ (advance ruling)と い い 、文 書 に よ る ル ーリングの発給が内国歳入庁の規則により正式な制度として採用され て い る 71 )。 規 則 の 内 容 は 、 個 人 や 団 体 (法 人 ・ 組 合 等 )か ら 、 そ の 租 税 上 の 地 位 や そ の 行 為 な い し 取 引 の タ ッ ク ス ・ エ フ ェ ク ツ (tax effect)に つ い て 質 問があった場合に、健全な税務行政の利益に合致する限り、その質問 に答えることは、内国歳入庁の普段に行われる行為である旨が明らか に さ れ て い る 。一 方 、様 々 な 事 情 に よ り 、内 国 歳 入 庁 が ア ド ヴ ァ ン ス ・ ルーリングを発給しない分野も存在しており、仮定の事由に関する質 問や選択肢が複数存在する場合にどれを選択したらよいかという問い 合わせ等には、内国歳入庁はルーリングを発給しないこととされてい る。 納税者は、ルーリングの発給を申請する場合において、その取引に 関連のある全ての事実を用紙に記載して提出しなければならないこと になっており、その取引に関連のある全ての事実には、納税者との取 引に関係する全ての当事者の氏名・住所・納税者番号のほか、その取 引の事業上の理由、その取引の詳細な内容等が該当する。また、ルー リングの申請が、既に行われた取引に関するものである場合には、契 約書等の取引に関する文書の写しを添付しなければならない。 アドヴァンス・ルーリングを申請する場合においては、さらに取引 に関する事実の要約、納税者が問題解決のために重要であると考える 事実、納税者が主張する根拠等を明確に記載した文書を添付しなけれ ばならないことになっている。 ルーリングの申請先は、内国歳入庁の審査部門の出先機関に対して 行うこととしており、申請が行われた場合には、その出先機関の担当 官は、そこに含まれている手続き並びに実務上の論点について検討が 71 ) 内国歳入法典 http://law.justia.com/cfr/title26/26 -20.0.1.1.2.html#26:20.0.1.1.2.2.2.1 , § 601.201 Rulings and determinations letters. (2012 年 11 月 14 日 15 時 頃 ア ク セ ス ). (147) - 139 - 必 要 な た め 、15 日 以 内 に 納 税 者 又 は そ の 代 理 人 に 連 絡 す る こ と と さ れ ている。 担当官は、納税者又はその代理人と協議の結果、その権限の及ぶ範 囲内における各論点に関し、内国歳入庁の本部に納税者が希望してい る通りのルーリングを発給するように勧告するのか又は、納税者が希 望していない結果を記載したルーリングを発給するように勧告するの か若しくはルーリング自体を納税者に発給しないように勧告するのか、 出先機関としての協議の結論を納税者に通知することとなっている。 また、納税者が申請時に提出した書類や資料が結論をだすのに不十 分である場合には、追加書類等の提出を納税者に求めることとしてい る。さらに、論点の性質及び取引の内容からして出先機関として一定 の結論を出すことができない場合には、その旨を納税者に通知し、出 先機関の担当者の意見ではなく内国歳入庁の本部が結論を出すことに なっている。 他方、納税者が予定している取引のままでは、納税者が納得する結 論となるルーリングを発給することができないと担当官が考えた場合 には、その取引をどのように訂正して行えば納税者が望むルーリング を発給することが可能になるかを納税者に通知することとされている。 さらに、担当官と納税者が協議の結果、内国歳入庁の本部で協議した 方がより良い結論になると担当官が考えた場合には、納税者の承諾を 得たうえで内国歳入庁本部での協議を新たに設けることも可能となっ て い る 72 )。 以 上 が 米 国 ア ド ヴ ァ ン ス・ル ー リ ン グ に お け る 手 続 き の 概 略 で あ る 。 第 3節 我が国における組織再編税制に係る文書回答手続の提案 これまで、前節第 1 項において我が国における「事前照会文書回答 手続」について、前節第 2 項において米国におけるアドヴァンス・ル ーリング制度について概観してきた。本節では、前節の第 1 項と第 2 項で論じた内容を踏まえ、会社分割等の組織再編成スキームを用いる 場合に現在の文書回答手続が照会者にとって有用な手段となるために 72 ) 金 子 宏 『 基 本 法 学 6- 権 力 』 161 頁 (岩 波 書 店 ,1985 年 ). (148) - 140 - は、どのような改正が必要なのか検討してみたい。 現 在 の 我 が 国 に お い て 、会 社 分 割 を 行 う こ と を 予 定 し て い る 法 人 が 、 その会社分割の税務上の取扱いにつき適格会社分割に該当するか非適 格会社分割に該当するか、税制適格要件に合致するとして処理して良 いか否か等を会社分割の実施前に国税当局に確認できるのであろうか。 返答は、我が国が導入している第 1 項で述べた「事前照会文書回答手 続」を使用すれば可能であるとはいえる。 この場合には、所轄の税務署の担当部門ではなく、直接、所轄国税 局の審理課等で照会することになる。さらに、前提となる事実関係を 確認するために分割契約書等の書類を持参し照会することになるので ある。しかし、照会できない場合もある。現行の「事前照会文書回答 手続」では、これまでその照会でその取扱いが明らかにされていない ことが前提であり、仮定の取引、事実関係が明らかでないもの、法令 や既に公表された通達、質疑応答事例で明らかにされているものは照 会の対象外となっている。 会社分割等のような税務上の取扱いが難解であり、例えば適格会社 分割に該当するものとして処理を行った法人が、後日、国税 当局から 否認された場合において、否認されたことにより生じる税負担額が巨 額になるケースが事実として発生した場合には、会社分割を行った企 業等は多大なダメージを受けることになる。 そのような将来の税務リスクを最小限に止めるために、現行の「事 前照会文書回答手続」は有用ではないだろうか。しかし、有用である としても現行の手続きがベストの施策とはいえないであろう。 会社分割等のスキームは、複雑かつ煩雑でありその一連の会社分割 の手続きを行うのにも多くの時間が必要とされる。このような、経済 行為を現行の「事前照会文書回答手続」の枠内に収めて、その中で協 議を行うには無理があるのではないだろうか。 現在の事前照会文書回答手続きにおいては、個別の取引に対する税 法の適用等についての照会に対して文書で回答を行うこととしている が、個別の取引の中身までは、詳細に示されていない。つまり、会社 分割等のような多くの手続き・準備が必要であり、他の個別の案件と その対象となる取引自体が、比較にならないほど大規模となる会社分 割等を同じ「事前照会文書回答手続」という枠内で、取り扱ってよい (149) - 141 - のだろうかという疑問が残る。 他方、 「 事 前 照 会 文 書 回 答 手 続 」は 、個 別 の 取 引 に 対 す る 税 法 上 の 適 用等について照会を受け、回答する制度であるが、個別の税法上の取 扱いに準じていたとしても、国税当局の包括的な見解により否認され ることも考えられ、否認された場合には、前述したとおりその税負担 額は巨額になるケースも存在すると想定される。 このような、将来、組織再編成に係る行為又は計算の否認規定を用 いて国税当局が否認する事象については、 「 事 前 照 会 文 書 回 答 手 続 」を 使 用 し た と し て も 、回 避 す る こ と は 不 可 能 で あ る の で は な い だ ろ う か 。 上記二つの疑問点をうけ、現行の「事前照会文書回答手続」では、 会社分割を含む組織再編成のような多くの時間を要する経済行為につ いては、その範囲内で対応することは不可能であると考えるため、会 社分割を伴う組織再編成を行った場合については、別枠で協議する機 関 や 手 続 き を 新 た に 整 備 す る 必 要 が あ る と 指 摘 し た い (以 下 、こ の 組 織 再編成に特化した事前照会文書回答手続を「組織再編成に係る事前照 会 文 書 回 答 手 続 」 と 仮 称 す る 。 )。 また、他の個別の案件と比べ国税当局側の協議に多くの時間を要す ることが想定されることから、会社分割等の複雑な税法に精通した職 員を招集し、一部は、外部から税法の有識者を招聘してもよいと考え るが、いずれにしても「組織再編成に係る事前照会文書回答手続」を (150) - 142 - 導 入 す る 必 要 が あ る の で は な い か と 考 え る 73 )。 税制適格要件の規定は、複雑かつ多岐に渡っており、万全を期して 行うものと想定された会社分割等であっても、国税当局からの一定の 回答を得ることにより、法的安定性や予測可能性が高まることは事実 ではないかと考える。 他 方 、 法 人 税 法 132 条 の 2 に よ る 否 認 の 事 前 回 避 に つ い て は 、 文 書 回答の時点でその文書に記載した国税当局側の見解について法的拘束 力を持たせることが絶対条件ではあると考えるが、現行の「事前照会 文書回答手続」にその効果を与えることについては、多くの問題が存 在しており学者間等で意見の対立がある。法的拘束力を付加すること の是非については、多くの先行研究に委ねることとして、筆者の意見 として、将来的に「事前照会文書回答手続」及び「組織再編成に係る 事前照会文書回答手続」に法的拘束力を付加することは必要な要素に な っ て く る も の と 考 え る の で あ る 。 そ の う え で 、 法 人 税 法 132 条 の 2 の適用を事前に回避することは、不可能であると結論づけたい。 なぜなら国税当局が想定していないであろう経済行為が行われた場 合には、その協議については、長期に渡り様々な視点からの検討が必 73 ) 山川博樹氏は、国外にあるグループ企業等に係る組織再編成についての事前 照 会 文 書 回 答 手 続 に つ い て 、「 組 織 再 編 形 態 (合 併 、 分 割 、 株 式 交 換 等 )や 資 本 取 引 等 に 係 る 明 確 な 定 義 規 定 が 税 法 上 存 在 し て お ら ず 、税 法 が 参 照 す る 可 能 性 が あ る 会 社 法 に お い て も 十 分 に 定 義 さ れ て い な い 現 状 で は 、国 外 に お け る 組 織 再 編 や 資 本 取 引等を本邦税法上どのような組織再編形態や資本取引形態として取り扱うべきか と い う 解 釈 ・ 適 用 以 前 の 入 り 口 の 段 階 に お い て 難 し い 問 題 に 直 面 す る 。」 と 述 べ て お り 、企 業 組 織 再 編 成 に 係 る 現 行 の 事 前 照 会 文 書 回 答 手 続 に つ い て も「 企 業 組 織 再 編 の 事 前 照 会 を 見 て み る と 、事 実 関 係 が 明 確 な も の に つ い て は 迅 速 に 回 答 し て い ま す が 、他 方 、事 前 照 会 未 回 答 処 理 件 数 も そ れ な り に あ り 、企 業 組 織 再 編 関 係 で の 租 税 回 避 的 な 取 引 で あ っ た り 、関 係 私 法 の 取 扱 い や 会 計 処 理 の 取 扱 い と い う 照 会 の 前 提 が 整 わ な い ケ ー ス も 相 当 数 含 ま れ て い る の で し ょ う が 、他 方 、事 実 関 係 が 極 め て 専門的かつ複雑な事案で、照会者は当方が望む事実関係の説明を十分に行いえず、 当方の現在の事務量の制約下で申告期限までに回答を受けられるかどうか必ずし も 定 か で な い と い う 状 況 で 、照 会 者 が 取 り 下 げ る 事 例 も 含 ま れ て い よ う か と 考 え て お り ま す 。」 と 述 べ て お り 、 結 論 と し て 「 上 記 の 事 例 は 、 納 税 者 サ ー ビ ス の 限 界 例 で し ょ う が 、 advance ruling の 本 旨 は 、 こ う い う 取 引 ・ 商 品 に つ い て も 極 力 real time の 回 答 を 出 し て い く も の で あ り 、 事 務 量 制 約 下 可 能 な 範 囲 で 前 向 き に 取 り 組 む こ と で あ ろ う か と 考 え て お り ま す 。ま た 、新 規 の 金 融 商 品 や 外 国 の 組 織 再 編 な ど 真に専門的かつ難解なものにも対応できるような十分な訓練を積んだ要員の確 保 ・ 要 請 に つ い て 、 庁 ・ 都 市 局 等 の 意 識 付 け も 重 要 か と 思 わ れ ま す 。」 と 述 べ て お り 、現 行 の 事 前 照 会 文 書 回 答 手 続 を さ ら に バ ー ジ ョ ン ア ッ プ し て い く 必 要 が あ る と の 見 解 を 山 川 氏 は 持 っ て い る と 筆 者 は 考 え る 。 山 川 博 樹「 金 融 商 品・企 業 組 織 再 編 ・ 企 業 再 生 に 係 る 文 書 回 答 ・ 事 前 照 会 に つ い て ( 下 )」 租 税 研 究 732 号 210 頁 ・ 249₋250 頁 (日 本 租 税 研 究 協 会 ,2010 年 ). (151) - 143 - 要になると想定されるため、 「 事 前 照 会 文 書 回 答 手 続 」及 び「 組 織 再 編 成に係る事前照会文書回答手続」のようにできるだけ短期間で照会者 へ国税当局の見解を伝えることを目指す当該手続きでは、対応しきれ ないと考えるためである。しかし、照会された会社分割等のスキーム が経済的合理性を有せず、法人税の負担を不当に減少させる結果とな る可能性を有しているものと照会の段階で考えられる時は、国税当局 側での協議のうえ文書による回答により法的拘束力を有してなくとも 一定の見解を記載することで、照会者が手続きに対する信頼性を高め たり一定のリスクマネジメントの材料を得る等、当該手続きを使用す るメリットは、あるのではないだろうかと考えるのである。 (152) - 144 - 第7章 新たな会社分割税制に向けて これまでに、我が国における会社分割税制の沿革及び会社分割税制 を取り巻く諸法律について整理し、会社分割税制の我が国における取 扱いを考察した。その後、事例をもとに現行の会社分割税制の問題点 を考察してきた。また、視点を変えて様々なスキームが生じる可能性 を秘めている会社分割を含む組織再編税制に対して、組織再編制に特 化した組織再編成に係る事前照会文書回答手続の提案を行った。 本章では、まず現行の会社分割税制の問題点として、これまで考察 してきた結果を受け筆者が考える重要な検討点をまとめ、そのうえで 今後の我が国における会社分割税制のあり方を再度考察するものであ る。 第 1節 第 1項 現行の会社分割税制の問題点の整理 租税立法上の問題点 法人税法第 1 条において、 「 こ の 法 律 は 、法 人 税 に つ い て 、納 税 義 務 者、課税所得等の範囲、税額の計算の方法、申告、納付及び還付の手 続並びにその納税義務者の適正な履行を確保するため必要な事項を定 め る も の と す る 。」 と の 文 言 が 明 記 さ れ て い る 。 この法人税法第 1 条は、趣旨規定と呼ばれており、立法内容を要約 し た 規 定 の こ と を 一 般 的 に 趣 旨 規 定 と 呼 ん で い る 74 )。さ ら に 、法 律 に は 、「 目 的 」 又 は 、「 趣 旨 」 を 規 定 す る の が 最 近 の 傾 向 で あ る と さ れ て い る 75 )。「 目 的 規 定 」 又 は 、「 趣 旨 規 定 」 が 存 在 す る 意 味 は 、「 そ の 法 律 を 読 む 人 達 に 、そ の 法 律 の 内 容 を 理 解 さ せ る と こ ろ に あ る 。」 76 ) と 林修三氏は「その法律の第 1 条として、その法律の立法目的またはその法律 の 内 容 を 簡 明 に 要 約 し た 条 文 が 置 か れ る の が 例 に な っ て い る 、こ れ ら の う ち 、立 法 目 的 を う た っ た 規 定 を 、通 常 、目 的 規 定 と い い 、立 法 内 容 を 要 約 し て 掲 げ た 規 定 を 、 通 常 、趣 旨 規 定 と 呼 ん で い る 。」と 述 べ て い る 。林 修 三『 法 令 作 成 の 常 識 』146 頁 (日 本 評 論 社 ,1989 年 ). 7 5 ) 武 田 ・ 前 傾 注 49,551 頁 . 7 6 ) 武 田 ・ 前 傾 注 49,551 頁 . また、林修三氏は「その法律をみる人々に対し、 そ の 法 律 の 理 解 を 容 易 に し 、ま た 、そ の 法 律 中 の 各 規 程 の 解 釈 指 針 を 与 え よ う と い う こ と に あ る 。」 と 述 べ て い る 。 林 ・ 前 掲 注 75,146 頁 . 74 ) (153) - 145 - している。 また、目的を示した規定と趣旨を示した規定については、林修三氏 は、 「 本 来 目 的 規 定 を 置 く の が 原 則 で あ る が 、法 律 の 性 質 や 内 容 に よ っ ては、目的規定がうまく書けない場合があり、またそういうものを置 くことが必ずしも適当でない場合もあるので、そのような場合には趣 旨 規 定 を 置 く こ と と な っ て い る の で あ る 。」 77 ) と述べている。 そ れ で は 、会 社 分 割 税 制 が 立 法 さ れ た 趣 旨 は 、ど う な の で あ ろ う か 。 法人税法上は、会社分割税制の立法趣旨は、規定されていない。しか し、会社分割税制導入当時の資料によれば、端的に言うと「我が国の 経 済 社 会 の 構 造 変 化 に 対 応 し た 税 制 を 創 設 す る た め 。」78 ) と述べられ て い る 。 こ れ は 、「 従 前 の 税 制 の 枠 組 み が 形 成 さ れ た 昭 和 20 年 代 か ら 30 年 代 と は 比 肩 し よ う も な い ほ ど 企 業 活 動 が 多 様 化・複 雑 化 し て い る なかで、透明性の高い税制により租税負担に関する予見可能性と法的 安 定 性 を 保 障 し よ う と す る 。」 79 ) ことから発生し得るものであろう。 そして、これらの考えによって、会社分割税制が法人税法上数々の 条文として規定されこれまで幾度かの改正を経て今に至っている。し かし、この会社分割税制の立法趣旨は、あまりに漠然としており、こ の趣旨だけではなぜ現在のような会社分割税制が作られたのか不明で あ る 80 )。 他方、そのような趣旨から、会社分割税制における重要なキーワー ドとなる「移転資産に対する支配の継続性」そして「株主の投資の継 続性」が導き出されたのも事実であると考える。 林 ・ 前 掲 注 75,147 頁 . 大 蔵 財 務 協 会 「 改 正 税 法 の す べ て 平 成 13 年 」 132 頁 7 9 ) 大 蔵 財 務 協 会 「 改 正 税 法 の す べ て 平 成 13 年 」 132 頁 80 ) 「 組 織 再 編 成 税 制 、 グ ル ー プ 税 制 の 立 案 担 当 者 に よ る 講 演 会 に お い て 、 当 該 立 案 担 当 者 は『 組 織 再 編 や グ ル ー プ 法 人 税 制 は 、所 得 計 算 マ ニ ュ ア ル の よ う な 条 文 構 造 に な っ て い る か ら こ そ 、趣 旨 の 理 解 が 必 要 な の だ 。主 税 局 長 に は よ く 怒 ら れ た 。 な ん で こ ん な に 法 人 税 を 複 雑 に し た の か と 。平 成 13 年 の 組 織 再 編 成 税 制 の 創 設 は 、 あ ら ゆ る 再 編 形 態 を 条 文 化 す る こ と を 目 指 し た 。税 法 趣 旨 に よ る 解 釈 に 委 ね る と い う 手 法 は と ら な い こ と に し た 。言 い 換 え れ ば 、税 法 の 本 質 を 理 解 し て い な い 人 達 で も 、条 文 さ え 読 み 込 め ば 、実 務 が で き る よ う に し た 。そ の 結 果 、税 法 条 文 だ け で 組 織再編税制を学び、税法を語る人達が増えた。あるいは、税法の本質を知らずに、 税 制 を 批 判 す る 人 が 増 え た よ う に 思 う 。あ る 意 味 で 平 成 13 年 改 正 が 目 指 し た こ と で あ る が 、本 来 は 法 律 の 趣 旨 を 理 解 す る こ と が 実 務 家 に は 重 要 な の だ 』と 聞 い た 。」 と 述 べ て い る 。関 根 稔「 組 織 再 編 税 制 は な ぜ 間 違 っ た の か 」速 報 税 理 31 巻 4 号 35 頁 (ぎ ょ う せ い ,2012 年 ). 77 ) 78 ) (154) - 146 - 会 社 分 割 税 制 は 、平 成 13 年 の 税 制 改 正 に よ り 組 織 再 編 税 制 の 一 部 と して法人税法へ導入された新たな税制だがこの税制の導入によって、 どのように法人税法の条文が変化したのであろうか。 まず、法人税法における様々な用語の定義を定めた法人税法第 2 条 に は 、 44 号 ま で 定 義 規 定 が 置 か れ て い る 。 そ の 全 44 号 の う ち 会 社 分 割税制を含む組織再編税制に係る用語の意義を規定している部分は、 第 2 条 の 11 号 か ら 12 号 の 7 及 び 12 号 の 7 の 5 か ら 12 号 の 7 の 6 並 び に 12 号 の 8 か ら 12 号 の 17 ま で と 多 岐 に わ た っ て い る 。 さ ら に 、 法人税法第 2 条の規定のみで示せない部分は、法人税法施行令等にお いて補完する内容が規定されている。 ま た 、第 3 章 第 4 節 第 1 項 で 述 べ た「 繰 越 青 色 欠 損 金 の 使 用 の 制 限 」 に つ い て は 、法 人 税 法 第 57 条 第 4 項 等 に お い て 規 定 さ れ て お る が 、会 社 分 割 税 制 を 含 む 組 織 再 編 税 制 が 導 入 さ れ る 前 ま で は 、法 人 税 法 第 57 条は第 1 項及び第 2 項しか存在しなかった。 つ ま り 、こ の 法 人 税 法 第 57 条 に お い て も 会 社 分 割 税 制 を 含 む 組 織 再 編税制が導入されたことにより、青色繰越欠損金に係る諸整備が必要 なために条文が加筆されたことがわかる。 第 3 章第 4 節第 2 項で述べた「特定資産譲渡等損失の損金不算入」 に つ い て は 、平 成 13 年 税 制 改 正 に よ り 新 た に 法 人 税 法 第 62 条 の 7 に おいて規定された条文であるが、当該条文の内容については、法人税 法 施 行 令 第 123 条 の 8 及 び 第 123 条 の 9 等 に お い て 、さ ら に 詳 細 に 規 定されている。 これらの会社分割税制を含む組織再編税制が導入されたことにより 加筆された規定の内容及び新たに導入された規定の内容は、難解かつ 複雑であり一読しただけでは、租税に携わっていない者は無論のこと 租税に精通する税理士等であっても条文の内容を完全に理解するのは、 簡単ではないと考えるのである。 視点を変えて考えると難解かつ複雑な条文は、法的安定性及び予見 可能性を脅かす可能性を内包しており、条文の内容を誤って理解し、 その誤った理解のまま会社分割税制等を適用し、申告及び納税を行う という危険性も存在しているのではないかと考えるのである。このこ とが租税立法上の問題点として存在しているのではないだろうか。 税法的な視点から会社分割を行おうする法人が、会社分割を行おう (155) - 147 - とした場合には、まず適格会社分割に該当するか非適格会社分割に該 当するかが重要な要素であると考えるのではないだろうか。そうであ るならば、まずその法人は、当社と事業の移転先である法人との関係 性 を 確 認 し 、税 制 適 格 要 件 の 判 断 を 行 う は ず で あ る 。そ の 判 断 の 結 果 、 法人が行おうと考えている会社分割が適格会社分割に該当したならば 分割時における事業に係る移転資産等は課税の繰延べの適用を受ける ことが可能となる。では、分割の対象となった事業を受け入れる分割 承継法人では、何を考えるであろうか。 分割の対象となる事業を受入れるにあたって、最も検討しなければ ならないと筆者が考えるのは、第 3 章第 4 節第 1 項で述べた「繰越青 色 欠 損 金 の 使 用 の 制 限 」 81 ) 及び 第 2 項で述べた「特定資産譲渡等 損失の損金不算入」の適用の可否である。 例えば、繰越青色欠損金を 1 億円有している分割承継法人が分割事 業 の 価 値 が 1,000 万 円 で あ る 分 割 法 人 と 適 格 分 割 を 行 っ た と す る 。 こ の場合、この分割承継法人の適格分割事業年度開始の日の 5 年前の日 つまり 5 年以内に支配関係が生じたのであれば、 「繰越青色欠損金の使 用の制限」の適用を受けることになり、分割承継法人の支配関係事業 81 ) 会社分割税制を含む組織再編税制の導入以後に行われたシンポジウムにおい て 、吉 牟 田 勲 氏 は 欠 損 金 の 取 扱 い に 関 す る 出 発 点 に つ い て「 分 割 の 場 合 も 、合 併 の 場 合 も 、い ま ま で の よ う に 引 継 ぎ を 認 め な い と い う も の で は な く て 、こ れ は 武 田 会 長 が 昔 か ら 、よ く ア メ リ カ の せ い で 、一 定 の 要 件 を 満 た し た と き に は ど れ も 引 き 継 い で い い じ ゃ な い か と い う 論 文 を お 書 き に な っ て い ま す が 、そ う い う 考 え 方 で い き ま し て 、私 は 終 始 、合 併 も 分 割 も 同 じ に 扱 う べ き だ と 、最 後 ま で 主 張 し た の で す け れ ど も 、基 本 的 方 向 は そ れ と 違 っ て (途 中 省 略 )分 割 が だ め な ん で す 。欠 損 金 を ど う A 社と B 社に分割するかが、確たる基準がないというのが言い方でして、分割が で き れ ば 、べ つ に 両 方 に 分 け て お い て 、そ れ ぞ れ 引 か せ る ‐ 私 は 具 体 的 な 分 割 の 方 法 ま で 小 委 員 会 で は 提 案 し た わ け で し て 、本 来 は 分 割 契 約 書 に 、分 割 比 率 と い う の を 書 く こ と に な っ て お り ま し て 、 資 産 別 に も 書 き 得 る し 、 ABC は こ う だ 、 そ れ 以 外はこういう分割比率を使うんだということも書き得ることになっておりまして、 ド イ ツ や フ ラ ン ス で は 、書 い た も の 以 外 は 純 資 産 の 時 価 比 率 で 按 分 す る と な っ て い る ん で す 。私 は 、欠 損 金 も そ の 純 資 産 の 比 率 で 按 分 し て 認 め れ ば い い じ ゃ な い か と い う こ と を 言 っ た の で す が 、(途 中 省 略 )役 所 側 が 言 っ た の は『 そ う な る と 純 資 産 の 時 価 の 比 率 と な る と 、全 部 の 資 産 の 時 価 を 出 さ な い と い け な い 。こ れ が 、ド イ ツ や フ ラ ン ス は 不 動 産 の 取 引 が あ る と か 、時 価 会 計 が 浸 透 し て い る と か 、フ ラ ン ス な ど は ま さ に 規 則 的 時 価 で や る か ら 時 価 が わ か る け れ ど も 、日 本 の 場 合 は わ か ら な い か ら 、そ れ 自 体 が 非 常 に 困 難 じ ゃ な い か 』で 困 難 性 と か 言 っ て い る の は そ の 辺 と 絡 ん で お り ま す 。だ か ら 分 割 の 方 法 が 、欠 損 金 は こ う い う こ と の 区 分 基 準 を つ く っ た ら い い と い う こ と の 合 理 的 な 基 準 が 提 案 さ れ 得 れ ば 、本 来 は 二 つ を 同 時 に 扱 お う と い う の が 出 発 点 だ っ た よ う に 思 い ま す 。」 と 述 べ ら れ て い る 。 税 務 会 計 研 究 学 会 ・ 大 牟 田 勲 (談 「 シ ン ポ ジ ウ ム - 企 業 再 編 の 税 務 の 総 合 的 検 討 - 」 税 務 会 計 研 究 12 号 145₋146 頁 (税 務 会 計 研 究 学 会 ,2001 年 ). (156) - 148 - 年度前の事業年度に係る繰越青色欠損金額等については、原則的には ないものとされるのだが、なぜ分割前に分割承継法人が有していた繰 越青色欠損金 1 億円がないものとされなければならないのか筆者は理 解 に で き な い の で あ る 82 ) 83 )。 一方、特定資産の譲渡等損失の損金不算入については、例えば分割 承継法人が適格分社型分割により分割法人から引き継いだ特定資産を 有しており、移転後において当該資産を売却したことにより特定資産 譲渡等損失の損金不算入の適用を受けることとする。 さらに、移転時の簿価と時価は同額とする。分割承継法人はこの売 却 に よ り 2,000 万 円 の 譲 渡 損 が 発 生 し た と 仮 定 す る と 、 分 割 承 継 法 人 は 分 割 後 に お い て 含 み 損 2,000 万 円 あ る 資 産 を 取 得 し た こ と に な り 及 び 分 割 承 継 法 人 の 株 主 も 分 割 後 に お い て 2,000 万 円 の 含 み 損 が あ る 株 式を保有していることになる。つまり、分割承継法人において含み損 2,000 万 円 が 損 失 と し て 実 現 す る こ と に な り 、 株 主 で あ る 分 割 法 人 に おいても有する分割承継法人の株式の価値は大きく減少するのである。 視 点 を 変 え る と 当 該 事 例 に お い て 売 却 益 が 2,000 万 円 生 じ た 場 合 は ど う で あ ろ う か 。 そ の 場 合 に は 分 割 承 継 法 人 に お い て 、 譲 渡 益 2,000 万円が計上されることになり、株主である分割法人においても有する 分割承継法人の株式の価値は大きく増加することになる。しかし譲渡 益に関する益金不算入の取扱いは規定上存在していない。 つまり、租税回避行為を防止する見地から二重に発生する譲渡等損 失のみを制限の対象として譲渡益については、法人税法上何も手当て されておらず、譲渡益と譲渡損についての取扱いについて整合性が保 82 ) 関根稔氏は、 「 こ れ が 罠 と し て 作 ら れ た 制 度 で あ れ ば 、実 の 良 く 出 来 た 罠 で は あ る が 、こ れ が 税 法 と し て 作 ら れ た の で あ れ ば 、ま さ に 、無 意 味 な リ ス ク を 内 在 し 、 予 見 可 能 性 を 欠 く 、 不 出 来 な 税 法 だ ろ う 。」 と の 見 解 を 述 べ て い る 。 関 根 稔 「 組 織 再 編 税 制 は な ぜ 間 違 っ た の か 」 速 報 税 理 31 巻 4 号 35 頁 (ぎ ょ う せ い ,2012 年 ). 8 3 ) 日 本 公 認 会 計 士 協 会 が 作 成 し た「 租 税 調 査 会 研 究 報 告 第 2 号 」で は 、 「繰越青 色 欠 損 金 の 使 用 の 制 限 」 に つ い て 、「 適 格 組 織 再 編 成 (適 格 会 社 分 割 )の 場 合 に は 、 税 務 上 は 、営 業 の 同 一 性 が 強 く 認 識 さ れ 、資 産・負 債 に つ き 従 前 の 帳 簿 価 額 を 引 き 継 ぐ こ と が 予 定 さ れ て い る が 、こ の 場 合 に は 、税 務 上 の 繰 越 欠 損 金 の 控 除 に つ い て は 、特 段 の 規 定 に よ り そ の 引 継 ぎ が 認 め ら れ る と い う よ り も 納 税 者 の 当 然 の 権 利 と し て そ の 引 継 ぎ が 認 め ら れ る と 解 す べ き も の で あ り 、そ の 制 限 に つ い て は 特 に 限 定 的 と す べ き も の で あ る こ と は い う ま で も な い 。」 と の 見 解 が 述 べ ら れ て い る 。 日 本 公 認 会 計 士 協 会 「 租 税 調 査 会 研 究 報 告 第 2 号 -企 業 組 織 再 編 税 制 の 課 題 と 方 向 -」 http://www.hp.jicpa.or.jp/specialized_field/files/00216 -000394.pdf. )2012 年 12 月 5 日 13 時 頃 ア ク セ ス . (157) - 149 - た れ て い る の か と い う こ と に も 疑 問 が 残 る 84 )。 このような取扱いが規定される必要があるのか否か理解できない条 文がある一方、一定の要件さえ超えることができれば、移転資産・移 転負債が内包している含み益及び含み損の付替えを自由に行うことが 可 能 と な る 事 由 に つ い て は 、条 文 に お い て 明 確 に「 禁 止 す る 。」と の 旨 は規定されていない。 な ぜ こ の よ う な バ ラ ン ス を 欠 い た 税 制 が で き た の で あ ろ う か 85 )。関 根稔氏は、会社分割を含む組織再編成に対応するために考えられた取 扱 い を 税 法 の 条 文 と し て 導 入 し た こ と に つ い て「 税 法 の 趣 旨 で は な く 、 字句で条文を規定したため、かつ、理屈ではなく、交渉で法律を作っ て し ま っ た た め に こ の よ う な 条 文 が で き た 。」86 ) と独自の考えを示し ている。 第 1 節で述べたとおり、会社分割税制の創設の趣旨は、あまりに抽 象的すぎて、どのような考え・思想を基にして、現在のような税制の 仕組みが設計され施行されたのか不明確である。しかし、この税制に 対応するため法人税法上の条文は存在している。 会社分割税制のみで語れば新たな税制が誕生する時に、その誕生し た意味・思想が明確でないまま、一方で、文章により表現することが 必要なために現在のような条文が規定されたのではないだろうか。こ れは、法律の根拠に基づいてのみ課税権を行使することを可能とする 租税法律主義の側面から見ても問題があると提言したい。 84 ) 武田昌輔教授は「二重の損失のみを防止している特定資産の譲渡損の損金不 算 入 の 規 定 は 片 手 落 ち と い わ ざ る を 得 な い 。」 と 述 べ て い る 。 武 田 ・前 掲 注 18,18 頁. 85 ) 渡 辺 徹 也 教 授 は 、 今 後 の 会 社 分 割 税 制 を 含 む 組 織 再 編 税 制 の 見 直 し に つ い て 「 適 格 組 織 再 編 成 の 基 準 や 要 件 は 、企 業 が 効 率 的 な 事 業 形 態 へ 変 化 し て い く こ と を 、 不 必 要 に 阻 害 す る よ う な も の で あ っ て は な ら な い 。そ の 一 方 で 、制 度 を 利 用 し た 租 税 回 避 行 為 に つ い て も 、備 え て お く 必 要 が あ る 。こ れ は 、一 見 矛 盾 す る よ う に 聞 こ えるかもしれないが、決してそうではない。この 2 つは、結局両方とも、適格組 織 再 編 成 に 関 す る 要 件 等 の 内 容 と 、そ の 背 後 に あ る ポ リ シ ― が 明 確 で あ る こ と を 要 求 す る か ら で あ る 。 そ の た め に は 、『 基 本 的 考 え 方 』 が 示 し た 2 つ の 継 続 性 が 、 い かなる過程を経て個々の要件等に具現化されていったのかということをより明確 に し て 、納 税 者 の 予 測 可 能 性 を 担 保 す る こ と 、さ ら に は『 基 本 的 考 え 方 』自 体 の 見 直 し が 必 要 で あ る 。」と 述 べ て い る 。渡 辺 徹 也「 企 業 組 織 再 編 税 制 -現 行 制 度 に お け る 課 税 繰 延 の 理 論 的 根 拠 お よ び 問 題 点 等 -」 租 税 研 究 687 号 50 頁 (日 本 租 税 研 究 協 会 ,2007 年 ). 8 6 ) 関 根 稔「 組 織 再 編 税 制 は な ぜ 間 違 っ た の か 」速 報 税 理 31 巻 4 号 35 頁 (ぎ ょ う せ い ,2012 年 ). (158) - 150 - 一方、会社分割税制を取り巻く規定については、その対象となるグ ループごとに必要とされる税制適格要件が異なることは第 3 章第 1 節・第 2 節で述べたとおりである。 つまり、完全支配関係を有する法人であれば、判定に用いる税制適 格 要 件 は 、3 つ で あ る が 、50% 超 100% 未 満 で あ る 法 人 に つ い て は 、6 つの税制適格要件の全てを満たさなければならない。 税 制 適 格 要 件 の 一 つ に 着 目 し て み て も 、例 え ば な ぜ 50% 超 100% 未 満の法人は、税制適格要件の一つである従業者引継要件いわゆる「移 転 す る 事 業 に 従 事 す る 従 業 者 の お お む ね 80%以 上 を 移 転 し た 事 業 に 引 継ぐことが見込まれていること」が適格分割に該当するための条件な の で あ ろ う か 。 80% と い う パ ー セ ン テ ー ジ が 持 つ 意 味 も 曖 昧 で あ り 、 見込まれていることで要件が満たされるといった状況についても蓋然 性を有する要件が存在している。そしてそれらの要件に関する妥当性 に つ い て も 筆 者 は 、 回 答 を 出 し 得 な い 87 )。 この疑問点も前述したとおり立法時における、趣旨やその思想があ まりに不透明なのであるからますます理解するのは、困難であると考 87 ) 足立正喜教授は、税制適格要件における見込み規定について「組織再編税制 で 適 格 要 件 と い う の に は 、見 込 み で あ る こ と と い う 見 込 要 件 が 多 い の で す 。例 え ば 、 当 事 者 間 に 100%の 持 分 関 係 が あ る 場 合 に は 、そ の 関 係 の 継 続 が 見 込 ま れ る こ と と い う の が あ り ま す 。ま た 、従 業 者 引 継 ぎ 見 込 要 件 と か 、移 転 事 業 継 続 見 込 要 件 と か 、 役 員 引 継 ぎ 見 込 要 件 と か 、い ず れ に し て も 見 込 要 件 と い う の が 非 常 に 多 い わ け で す 。 こ れ を ど う い う ふ う に 理 解 す る の か と い う こ と で す 。 と い う の は 、 法 人 税 法 132 条の 2 組織再編成に係る行為又は計算の否認規定との関連で、法的安定性の観点 か ら 言 っ て 多 少 問 題 で は な い か と い う こ と で す 。こ う い う 見 込 要 件 は 当 初 の 予 測 と 違 う 結 果 に な っ て も 、そ れ が 経 済 的 合 理 性 で 説 明 で き れ ば よ い と い う こ と な の か と い う こ と で す 。」 と 述 べ て お り 、 こ の よ う な 見 込 要 件 の 妥 当 性 ・ 必 要 性 に つ い て 問 題 点 を 指 摘 し て い る 。 足 立 正 喜 「 組 織 再 編 税 制 と 今 後 の 展 望 」 租 税 研 究 682 巻 53 頁 (日 本 租 税 研 究 協 会 ,2006 年 ). (159) - 151 - えるのである 88 )。 実 務 界 か ら の 要 請 と 主 税 局 の 立 法 担 当 者 の 折 衝 に より税制適格要件の一部は、決められたとしても、立法の段階におけ る趣旨が不透明な以上、やはり会社分割税制には問題が生じていると 88 ) 組織再編税制の導入の考え方について、当時、経団連担当者であった阿部泰 久 氏 は 、「 当 初 は 、 私 ど も も 、 商 法 の 会 社 分 割 制 度 の 創 設 だ け に 対 応 し た 税 制 が 出 来ればよいということで、租税特別措置法的なものを考えておりました。つまり、 株 式 交 換・株 式 移 転 の 税 制 は 、租 税 特 別 措 置 法 に よ っ て 手 当 て さ れ て い る の で 、 『会 社 分 割 制 度 に 対 応 し た 必 要 最 小 限 の 部 分 を 考 え て い け ば よ い 』と の 意 見 が 強 か っ た の で す 。(途 中 省 略 )し か し 、主 税 局 の 方 は 、こ の 機 会 に 組 織 再 編 成 税 制 全 体 を 見 直 し た い 、と の 意 向 で し た 。理 由 は 二 つ あ り ま す 。一 つ は 、分 割 と い う も の は 、既 存 の合併や現物出資などの分社化の制度と経済的な効果は同じであるということで す 。(途 中 省 略 )そ こ で 、主 税 局 か ら 最 初 に 出 て き た 提 案 は 、い わ ゆ る 時 価 以 下 主 義 を 放 棄 し て 、原 則 時 価 主 義 の 変 え た い と い う と こ ろ で あ り ま し た 。(途 中 省 略 )国 際 的 な 潮 流 と し て は 、も ろ も ろ の 結 合 を 取 得 と み る 、す な わ ち パ ー チ ェ ス 法 で み る と い う も の で し た 。そ れ は 、企 業 が 結 合 し た 時 点 で 、時 価 に よ る 資 産 の 移 転 が 行 わ れ た も の と み な し て 譲 渡 損 益 を 認 識 す る 、と い う も の で す 。一 部 例 外 的 に プ ー リ ン グ も あ る か も し れ な い が 、基 本 的 に は パ ー チ ェ ス 法 だ と い う こ と で し た 。会 計 そ の も の が 、国 際 的 に そ う 流 れ て 行 く の な ら し か た が な い と 思 っ て い た の で す が 、税 に つ い て も そ う な る の か 、 つ ま り 極 端 な こ と い い ま す と 、『 合 併 を す る と 譲 渡 損 益 を 計 上 し て 、そ こ で 含 み 損 益 に 課 税 が 行 わ れ て し ま う の か 、そ ん な こ と に な っ た ら 組 織 再編はできないではないか』と、一時期は猛反発したわけであります。ところが、 主 税 局 の お 話 は 、『 原 則 は 時 価 主 義 と い う こ と で 考 え た い の だ が 、 一 定 の 要 件 と い う か 、経 済 的 な 合 理 性 が 説 明 で き る も の に つ い て は 、資 産 の 簿 価 に よ る 移 転 を 認 め た い 』 と い う も の で し た 。 (途 中 省 略 )主 税 局 は 、 当 然 100%は オ ー ケ ー と 言 っ て お り ま す 。 し か し 、 100%だ け で は 困 る の で 、「 わ れ わ れ は 、『 企 業 グ ル ー プ の 実 態 を も っ と 広 く 見 て く だ さ い 』 と の 主 張 を し ま し て 、『 で は 、 ど う し ま す か 』 と い う 議 論 が し ば ら く 続 き ま し た 。こ ち ら の 言 い 値 は 、25%で し た 。」(途 中 省 略 )し か し『 そ れ で は 広 す ぎ る 』 と さ れ て 、『 で は ど う す れ ば よ い の か 』 と 、 い ろ い ろ な 数 字 が 途 中 で 飛 び 交 い ま し た 。(途 中 省 略 )結 局 ど う す れ ば よ い か と い う こ と に な り 、税 法 に よ り ど こ ろ を 求 め る の は や め て 、『 商 法 に 乗 っ か っ て し ま え 』 と な り 、 50%超 と い う 基 準 に な り ま し た 。(途 中 省 略 )独 立 事 業 単 位 要 件 と し て 、主 要 な 資 産 ・ 負 債 の 引 継 ぎ と と も に 、 従 業 者 の 概 ね 80%の 引 継 ぎ と い う の が 出 て ま い り ま し た 。 (途 中 省 略 )し か し 、 従 業 者 の 全 部 を 引 き 継 ぐ こ と は 現 実 的 に 無 理 で あ り 、 や は り ア ロ ー ア ン ス が 欲 し い と い う こ と に な り 、 結 果 的 に 80%に な っ た の で す 。 80%で な け れ ば い け な い と い う 理 屈 は あ り ま せ ん 。 75%で も 90%で も よ か っ た と 思 い ま す 。 組 織 再 編 の 実 例 で は 、リ ス ト ラ な ど に よ っ て 、こ の く ら い の 数 の 人 は 減 っ て い ま し た の で 、い ろ い ろ 議 論 を し た 結 果 、大 体 8 割 と し て お け ば 大 き な 支 障 は な い た め 、80% に 落 ち 着 い た の で す 。」 と 述 べ て い る 。 日 本 租 税 ・ 前 掲 注 16,80₋86 頁 . (160) - 152 - 言 わ ざ る を 得 な い 89 ) ものと考える。 現行の会社分割税制は、 「 繰 越 青 色 欠 損 金 の 使 用 の 制 限 」及 び「 特 定 譲渡損失等の損金不算入」等の個別否認規定並びに第 6 章第 1 節で述 べ た 法 人 税 法 132 条 の 2 「組織再編成税制に係る行為又は計算の否認」 規定いわゆる、包括否認規定のような「租税回避行為を防止する」と いう考え方に基づきそれが細部にまで影響している税制であると考え るが、会社分割税制の趣旨が抽象的かつ不透明な以上そのような趣旨 から導入された現在の会社分割税制において、会社分割という経済的 行為から生じる租税回避行為を防止するという考えは、つじつまが合 っているのであろうか。筆者は、雲をつかむ話しのように思えてなら ないのである。 第 2項 構造的問題点 会社分割税制における構造的問題点としてこれまで論じてきた内容 を整理すると、適格分割に該当した場合における分割時の移転資産・ 移転負債の含み損益の付替えの問題、つまり移転資産を簿価で移転す ること関する問題に集約されると筆者は考える。 なぜならこの問題から想定される様々な問題点に対応するため、平 成 13 年 の 会 社 分 割 税 制 の 導 入 以 降 、様 々 な 規 定 の 整 備 が 行 わ れ て き た からである。さらに、この規定の整備が第 1 項で述べた難解かつ複雑 な条文の導入に繋がっているのではないだろうかと考えるのである。 89 ) その他本稿の問題点には、挙げていないが興味深い検討事項として、企業組 織 再 編 税 制 と グ ル ー プ 法 人 税 制 に つ い て 、企 業 の 税 務 担 当 者 と 税 務 専 門 家 と が 実 務 上 の 諸 問 題 に つ い て 対 談 し た 内 容 に お い て 次 の 会 話 が な さ れ て い る 。組 織 再 編 税 制 の 前 提 と な る 100%の 完 全 支 配 関 係 又 は 、 50%超 100%未 満 の 支 配 関 係 に 対 し て 、 「[ 武 井 一 浩 教 授 (発 言 )]『 昔 か ら 発 行 済 株 式 総 数 基 準 で 税 は 動 か な い ん で す ね 。』 [ 佐 々 木 浩 教 授 (発 言 )]『 そ こ は た ぶ ん 二 つ の 考 え 方 が あ る ん で す ね 。 会 社 法 は ど ちらかというと、行為規則が多いので議決権を中心に構成していると思いますが、 税 制 と な る と 行 為 だ け で な く 利 益 の 部 分 も 考 え な い と い け な い の で 、議 決 権 だ け に す る の は 少 し 難 し い の で は な い か と 思 っ た り も し ま す け れ ど も 。た だ 、そ う は 言 っ て も 、行 為 に 関 係 す る と こ ろ は 議 決 権 の ほ う が 妥 当 性 が あ る か な と い う 感 じ も あ る に は あ り ま す 。 例 え ば 50%超 の 基 準 の 中 に 、 議 決 権 が 50%超 に な っ た ら 該 当 す る と こ ろ (法 令 第 4 条 第 3 項 )が あ る の は 、そ う い う こ と の 表 れ で す け れ ど も 。』 [武井 (発 言 )]『 組 織 再 編 税 制 は 、 ず っ と 発 行 済 の ほ う を 使 っ て い ま す よ ね 。 何 回 か 直 そ う か と い う 議 論 の タ イ ミ ン グ が 確 か あ っ た と 思 い ま す が 。』[ 佐 々 木 (発 言 )]『 あ り ま す が 、や は り 行 為 だ け で は な い だ ろ う と い う こ と で 、議 決 権 の み に 変 え る と い う こ と ま で 至 っ て い ま せ ん 。』[ 中 村 慈 美 氏 (発 言 )]『 お そ ら く そ の 議 論 は ま だ 尽 く さ れ て い な い と 思 い ま す 。』」中 村 慈 美 ほ か『 企 業 組 織 再 編 税 制 及 び グ ル ー プ 法 人 税 制 の 現 状 と 今 後 の 展 望 』 42₋43 頁 (大 蔵 財 務 協 会 ,2012 年 ). (161) - 153 - 適格分割による簿価移転により、会社分割の時点で含み益・含み損 を内在している資産・負債を分割承継法人に移転することは、分割承 継法人が自社の経済活動とは無関係な資産・負債が内在している含み 益・含み損を無償で取得することになると考えられ、さらに、簿価で 受け入れたことにより新たに移転資産から抽出した含み益、含み損に ついてもやはり無償で取得したことになると考えられるのではないだ ろうか。 そうであるならば、従来の営業活動から生じた収益・損失とこの含 み益・含み損が実現した場合の収益・損失を同一のものとして税額を 算定することには問題があるものと考える。 現在の会社分割税制においては、適格分割に該当した場合には、移 転資産等を簿価により分割承継法人に移転し課税を繰り延べなければ ならないとしており、簿価移転される資産・負債が内包している含み 損 益 に つ い て は 、そ の 含 み 損 益 を 用 い た 租 税 回 避 行 為 を 防 止 す る た め 、 個別規定が整備され、かつ、そのうえで包括的否認規定である組織再 編成に係る行為又計算の否認規定が存在している。 一方で、現在の法人税法においては、分割時における移転資産・負 債が有する含み益・含み損を移転後に分割承継法人において収益・損 失として実現することを否定はしておらず、同様に移転後において、 分割承継法人側で新たに移転資産・負債から含み益・含み損を抽出し 収益・損失として実現させることについても、否定はしていない。以 上のことから含み益・含み損をどのように捉え、法人税法上整備して い く の か が 、今 後 の 会 社 分 割 税 制 に お け る 大 き な 検 討 課 題 だ と 考 え る 。 さらに、中田論文の検証を経て筆者が提起した法人株主に該当した 場合と個人株主に該当した場合における両者の株式の譲渡課税の不整 合の問題についても会社分割税制における検討事項ではないかと考え る。 第 3項 グループ法人税制との関係性における問題点 第 5 章で述べたとおり、会社分割税制とグループ法人税制は、いず れも自社の資産を他社へ移転するという意味では、法人税法上は紛れ もなく譲渡という経済的行為に該当するものと考える。しかし、同じ 経済的行為に対して税法上の取扱いが大きく異なることとなるのは、 (162) - 154 - 問題があるのではないだろうか。 視点を変えて考えるとグループ法人税制は、会社分割税制を含む組 織再編成税制を補完する機能を有しているとも考えられる。 例えば、巨額の含み損を抱えている土地を所有する分割法人があっ たとする。分割時において適格分割に該当するため、土地を分割承継 法人に移転してしまっては、分割法人では、分割時に含み損を損失と して実現することは不可能になり土地が内包している巨額の含み損を 自社の損失として計上することはできなくなる。 そこで、分割法人側では、土地を移転資産の対象とはせずに適格会 社分割を行い、その後、別取引として土地を分割承継法人に時価で譲 渡する。このようにすれば、分割法人において土地の含み損を実現す ることが可能となる。 しかし、現行の税制ではこのような場合において、グループ法人税 制の導入により、適用法人が完全支配関係である法人間のみとした一 定の条件は付されているものの、この土地が譲渡損益調整資産に該当 したならば、この取引は原則的には時価での譲渡とされるが結果的に 税務調整を受け、簿価での譲渡と同じ効果を有する取引として取り扱 われることになり、分割法人が意図していた土地に含まれる含み損を 自社において実現することは、永久に不可能となる。 このように、会社分割等によって防止することができないスキーム をグループ法人税制という制度によって防止することが可能になった のである。 上記の例では、一定のグループ内における資産の譲渡にかかる含み 益・含み損に伴う収益・損失の実現を防止するという立法者側からの 主張が読み取れる。であるならば現行の規定にように難解かつ複雑な 字句で立法しなくともよかったのではないのだろうか。そして根底に ある考えが、課税の繰延べに係る租税回避行為を防止するという考え 方において同じであるならば現行のように会社分割税制とグループ法 人単体課税制度における簿価移転に伴う課税上の取扱いに大きな相違 点があるということはやはり問題があると考えるのである。 第 2節 会社分割税制に対する若干の提言 (163) - 155 - 前節では、現在の会社分割税制が有していると考える問題点につい て、整理した。 今後、会社分割税制は、単独・個別の税制のみではなく組織再編税 制スキームにおける一つの行為としてつまり合併や現物出資・株式交 換等を複雑に絡み合わせて行う経済行為の一部としての意味あいが強 くなると考えるのである。さらに、連結納税制度及びグループ法人単 体課税制度を加えた企業集団税制としての税制上の立ち位置が確立さ れていくものと考える。 その時において最も重要なことは、 「 条 文 に 記 載 し た 内 容 の 趣 旨 、そ し て そ の 趣 旨 に 係 る 考 え 方 ・ 思 想 が 明 確 に な っ て い る か 。」 ま た 、「 そ の 趣 旨 等 か ら 税 法 上 の 取 扱 い が 定 め ら れ て い る か 。」と い う こ と に な る のでないだろうか。少なくとも、これまで論じてきた現行の会社分割 税制のようにその税制の趣旨が抽象的であまりに不透明な内容では、 広く納税者からの信頼・信用を得ることは難しいことだと考えるので ある。 今後、いつかの時点で会社分割税制の趣旨等を明確に指示さなけれ ば な ら な い 90 )。そ う し な け れ ば 、さ ら に 難 解・困 難 な 条 文 が 時 世 の 流 れともに導入された場合において、会社分割税制の制度趣旨がみえな い状態で当該税制が適用されていくのは、法治国家たる我が国におけ る租税法律主義・租税立法主義に反していることになるのではないか と提言したい。 会社分割税制の構造的問題では、適格分割に該当した場合における 90 ) 渡辺徹也教授は、会社分割税制を含む組織再編税制と会社法との関係性から 「 組 織 再 編 税 制 を 構 築 す る 当 初 か ら 会 社 法 に 依 拠 せ ず 、税 法 上 の 合 併 や 分 割 と い う 概 念 を 作 り 上 げ て い た と す れ ば 、そ の 段 階 で も っ と 本 質 的 な 議 論 、つ ま り 何 が 課 税 繰 延 の 根 拠 な の か 、売 買 と 適 格 組 織 再 編 成 の 違 い は 何 か 、そ の た め に は ど ん な 適 格 要 件 が よ い の か と い っ た 議 論 、あ る い は 、組 織 再 編 税 制 の 持 つ 形 式 主 義 的 側 面 を も っ と 意 識 し た 検 討 な ど が 行 わ れ た の か も し れ な い 。し か し 、そ れ は 今 か ら で も 決 し て 遅 く は な い 。会 社 法 の 制 定 に よ っ て 会 社 法 と 税 法 の 乖 離 が い っ そ う 進 ん だ こ と は 、 そ の よ う な 論 点 に つ い て 考 え る よ い 契 機 と な る で あ ろ う 。」 と 述 べ ら れ て い る 。 渡 辺 ・ 前 掲 注 86,51 頁 . さ ら に 、渡 辺 徹 也 教 授 は 、会 社 分 割 税 制 を 含 む 組 織 再 編 税 制 へ の 提 言 と し て「『 基 本 的 考 え 方 』に 示 さ れ た『 移 転 資 産 に 対 す る 支 配 の 継 続 性 』と『 株 主 の 投 資 の 継 続 性 』が 、ど の よ う な 立 法 趣 旨 の も と で 二 つ の 基 準 と 七 つ の 要 件 に 具 現 化 さ れ た の か 、 換 言 す れ ば 日 本 法 が ど の よ う な ポ リ シ ー を 採 用 し た の か に つ い て 、も っ と 明 確 に 示 さ れ る 必 要 が あ る と い え よ う 。」 と 述 べ て い る 。 渡 辺 徹 也 「 企 業 組 織 再 編 税 制 - 適 格 要 件 等 に 関 す る 基 本 原 則 お よ び 商 法 と の 関 係 を 中 心 に - 」 租 税 法 研 究 31 号 44 頁 (有 斐 閣 ,2003 年 ). (164) - 156 - 簿価による資産・負債の移転が含み益・含み損の相手法人への提供に つ な が り 、 相 手 法 人 が タ ッ ク ス ・ エ フ ェ ク ツ (tax effect)を 操 作 で き る 可能性を持たせることになる。会社分割税制が関連する法人税法上の 項目は多岐にわたっており、かつ、一部難解・複雑な規定もあること から、できる限りの簡明な条文を整備することも重要な検討項目だと 考える。 本稿で検討した会社分割税制の問題点は、適格会社分割に該当した 場合における「移転時における含み益・含み損の取扱い」及び「移転 後における移転資産から生ずる新たな含み益・含み損の取扱い」が最 終 的 な 検 討 事 項 で あ る と 考 え る 91 ) 。 この検討課題について、筆者は本稿における解決策として次の提案 を行いたい。適格分割により取得した資産・負債は、もともと分割法 人 が 有 し て い た も の で あ り 、そ れ を 会 社 分 割 と い う ス キ ー ム に よ っ て 、 分割承継法人に移転したものであるため、移転された資産・負債から 生ずる収益・損失は分割承継法人のこれまで行ってきた企業活動から 生ずる利益・損失とは性格が異なるものと考える。 この考え方からすれば分割承継法人において本来、保有している資 産・負債から生じる損益と会社分割により移転をされた資産・負債よ り生ずる損益を分割承継法人内においていずれも同一のものとみなし て、課税所得を計算することは整合性がないものである。つまり、分 割承継法人において従来の企業活動により生じた損益と会社分割によ り移転を受けた資産・負債から生じる損益を現行制度のように通算し て算定すべきではないものと考えるのである。 具体的には、適格分割により簿価で移転された資産・負債から生ず る収益・損失は、①分割承継法人が有する青色欠損金額との通算を禁 止する。②分割承継法人がもともと保有していた資産・負債から生じ 91 ) 水野忠恒教授は、会社分割税制を含む組織再編税制が導入される前に当税制 の あ り 方 に つ い て 、「 特 に 強 調 し た い の は 、 ど う い う こ と か と 申 し ま す と 、 盛 ん に 企 業 組 織 の 再 編 成 と い う こ と を 言 わ れ る わ け で す 。そ こ で 、商 法 に も 会 社 分 割 の 規 定 が 設 け ら れ 、税 法 も そ れ に 対 応 す る と い う こ ろ で す が 、あ る べ き 方 向 は 何 か と 言 え ば 、企 業 組 織 の 再 編 成 に つ い て は 、そ の 時 点 で は 課 税 を 行 わ な い と い う こ と で す 。 課 税 を 繰 り 延 べ る と い う こ と で す 。 こ れ は も と も と 、 英 語 で Non-regonition と 言 っ て お り ま し た の で す が 、 そ う い っ た 制 度 を わ が 国 で も 考 え る と い う こ と で す 。」 と 述 べ て い る 。 水 野 忠 恒 「 政 府 税 制 調 査 会 か ら 発 表 さ れ た 『 平 成 13 年 度 の 税 制 改 正 に 関 す る 答 申 』 の 解 説 」 租 税 研 究 617 号 17 頁 (日 本 租 税 研 究 協 会 ,2001 年 ). (165) - 157 - た収益・損失との通算を禁止する。③分割承継法人の従来の営業活動 か ら 生 じ た 収 益 と の 通 算 を 禁 止 す る (以 下 、「 適 格 会 社 分 割 に 係 る 3 制 限 」 と い う 。 )。 この適格会社分割に係る 3 制限を適格会社分割に該当した場合にお ける簿価移転に係る取扱いの原則としたうえで課税所得計算上、移転 さ れ た 資 産 ・ 負 債 か ら 生 じ た 収 益 ・ 損 失 (以 下 、「 移 転 実 現 損 益 」 と 仮 称する。) を税引前当期純利益又は、税引前当期純損失の額から抽出 し 、移 転 実 現 損 益 の 額 と そ の 他 の 純 粋 な 営 業 活 動 か ら 生 じ た 所 得 又 は 、 欠損を区分して課税所得を算定する方法を提案したい。 この場合において純粋な営業活動から生じた所得金額又は欠損金額 の 取 扱 い は 現 行 の 法 人 税 法 に お け る 取 扱 い に 準 じ た 方 法 と す る 。一 方 、 移転実現損益の取扱いについては、含み損から生じた実現損失につい て は 、 青 色 繰 越 欠 損 金 と は せ ず に 「 移 転 資 産 実 現 欠 損 金 」 と し て 10 年間の繰越を認め、この欠損金の発生以降、移転実現益として含み益 から生じた実現利益については、この移転資産実現欠損金との通算の みを認める。 また、移転資産実現欠損金がない場合又は、移転資産実現欠損金か ら控除して控除しきれなかった金額については、移転実現収益を純粋 な営業活動から生じた所得金額と合算して最終課税所得を算出する。 しかし、純粋な営業活動から生じた欠損金額がある場合には、その欠 損金との通算は認めず移転実現収益単体に対して課税を行うこととす る (【 図 解 27 参 照 】 )。 こ の よ う な 条 件 を 規 定 す れ ば 、現 行 の よ う な 繰 越 青 色 欠 損 金 の 使 用 制 限や特定資産の譲渡損失に係る損金不算入等の規定は不要になると考 える。 (166) - 158 - 【図解 27 】 提案する会社分割税制のイメージ 分割承継法人における、税引前純利益・税引前純 損失 A B 移転実現損益 損 失 移の 転実 資現 産 実 現 欠 損 金 欠 損 青金 色額 繰 越 欠 損 金 移 転 資 産 実 現 繰 越 欠 損 金 課 税 所 得 発 生 0 A1 青 色 繰 越 欠 損 金 B2 A2 課 税 所 得 所 得 金 額 → → 収 益 の 実 現 左記以外の損益 最 終 課 税 所 得 課 税 所 得 0 発 生 B1 課 税 所 得 A1又は、B1の所得が発生した場合において、A1の所得については、 B2の青色繰越欠損金との損益通算を禁止する。同じく、B1の所得 についてはA2の移転資産実現欠損金との損益通算を禁止する。 (167) - 159 - 例えば、上記の提案する方法によれば、第 4 章第 2 節における事例 を基に考えると、親和銀行が保有していた貸出金に係る含み損が、福 岡銀行において一時に実現した時に、福岡銀行において発生した子会 社 清 算 損 390 億 円 を 福 岡 銀 行 の 青 色 繰 越 欠 損 金 と は せ ず に 、 「移転資産 実 現 欠 損 金 」と し て 平 成 24 年 3 月 期 以 降 に 福 岡 銀 行 に て 発 生 し た 課 税 所得と通算することを禁止すれば、福岡銀行における青色欠損金の繰 越控除制度を用いた節税スキームを防止することが可能となる。 つ ま り 、こ の 場 合 に お い て は 、移 転 を 受 け た 資 産 に 含 ま れ る 損 失 を 、 税務上純粋な営業活動から生じた所得との通算を禁止することとし、 か つ 、「 移 転 資 産 実 現 繰 越 欠 損 金 」 は 10 年 の 繰 越 し を 認 め そ の 間 に 移 転した資産から生じた収益のみとの通算を認めるとすれば福岡銀行の 純粋な営業活動から生じた損益には大きな影響を及ぼさずに会社分割 により取得した資産・負債の含み益・含み損から生じた収益・損失の 範囲内での清算が可能になるのではないだろうか。 た だ し 、例 外 と し て 簿 価 で 取 得 し た 資 産・負 債 を 10 年 間 以 上 継 続 保 有していれば、そこから実現した収益・損失は分割承継法人において 通算して所得計算することを認める。又は、各法人の規模や形態に応 じて一定金額以内であればこの実現した収益・損失については通算し て所得計算することを認める等の補完的規定の導入を行う。さらに、 上記の提案に加え会社分割を行う法人が任意に適格会社分割と非適格 会社分割を選択できるという取扱いを提案したい。 ただし、選択権を付与されるか否かは一定の条件つまり、税制適格 要件を大幅に簡素化した要件を満たすことを必要とすればよいのでは ないかと考える。 なぜなら、現行上税制適格要件に該当した場合は、強制的に適格分 割として処理することが決められている。しかし、上記の提案に則れ ば含み益・含み損を用いた収益・費用の付替えによる課税上の操作も 厳しくなり、租税回避行為を行わせる射程も大幅に縮小されると考え るのである。つまり、税制適格要件の重要性が著しく低下することに なり、その要件自体の必要性も低くなるからである。 移転資産・負債が内包する含み益が実現した場合には、従来の分割 承継法人が有していた繰越欠損金との通算を禁止することにより、移 転資産・負債から生じた実現収益のみを単独で課税所得として租税負 (168) - 160 - 担を負わせることが可能となる。一方、移転資産・負債が内包する含 み損が実現した場合には、それ以外の所得との通算を禁止することに よ り 、実 現 し た 損 失 に つ い て は 、 「 移 転 資 産 実 現 繰 越 欠 損 金 」と し て 独 立した形で企業内部に留保し、それ以外の所得は課税所得として租税 負担を負わせるとすることが可能となる。 つまり、現行のような分割時における移転資産が内包する含み損益 を移転先法人側で恣意的に実現させそれ以外の所得と通算することに より租税負担を小さく又は、無いものとすることを防止することがで きるのではないだろうか。 上記のように提案した取扱いによれば、適格分割に該当した法人に お い て 、資 産 ・負 債 を 簿 価 に よ り 移 転 す る こ と が 可 能 と な り 分 割 法 人 に おける課税はされないこととなる。 一 方 、資 産 ・負 債 の 移 転 先 で あ る 分 割 承 継 法 人 に お い て も 簿 価 で 受 け 入 れ た 資 産 ・負 債 の 含 み 益 ・含 み 損 が 実 現 し た 時 に お い て 他 の 所 得 ・ 損 失と通算して算定することを禁止すれば、必然的に含み益・含み損を 用いた恣意的な課税操作・租税回避行為の余地を無くすことになるの ではないだろうか。 提案した取扱いに変更すれば、ある方向から見た時に会社分割税制 の趣旨は「移転資産・移転負債に内包されている、含み益・含み損を 用 い た 課 税 操 作・租 税 回 避 を 明 確 に 防 止 す る 。」と い う 意 味 が 明 確 に な り法人税法の条文上、現行のような複雑な規定は不要になり、簡明な 条文を規定することができるのではないかと考える。 そして、これは会社分割税制における条文の在り方は簡明にすべき であるとする筆者のイメージを具体化できる取扱いであると考えるの である。 中田論文の検証をうけ、筆者が提起した会社分割により交付を受け た株式に対する法人株主と個人株主双方における当該株式の譲渡課税 の取扱いの問題については、筆者は今後の研究論点として位置づけた い。しかし、株式の交付を受ける時点では、法人株主と個人株主いず れにおいても株式の価値は同じであると考える。 そうであるならば株式を譲渡する時点において課税の取扱いが異な ることは問題であり、従来の株式譲渡課税の取扱いとは異なる譲渡課 税における税率の統一化を踏まえた新たな株式譲渡課税の導入が必要 (169) - 161 - であると考える。法人株主・個人株主いずれの場合であっても株式を 譲渡した場合における租税負担が等しくならなければならないのでは ないだろうか。 会社分割税制とグループ法人単体課税制度の課税上の取り扱いにお ける相違点については、今後は、前述したとおり企業集団税制として の課税制度が進展していくものと考えており、現在の単体課税制度が グ ル ー プ 92 ) という概念によって徐々に変化して、新たな課税形態に 発展してゆくのではないだろうか。そうなれば、その企業集団税制の 枠内にある両者の課税上の取扱いが異なっていることに筆者は違和感 を覚える。 グループ法人単体課税制度における、譲渡損益調整資産に係る譲渡 損益の繰延べについては、譲受法人側では時価での受け入れとなるた め 、 問 題 は な い と 考 え る 。 一 方 、 譲 渡 法 人 に お い て は 、 1,000 万 円 の 譲 渡 損 益 調 整 資 産 を 1,200 万 円 で 売 却 し た 場 合 に は 、 譲 渡 益 200 万 円 が 譲 渡 法 人 側 で 繰 延 べ ら れ る こ と に な る が 、 簿 価 900 万 円 の 資 産 を 3,000 万 円 で 売 却 し た 場 合 に 生 じ る 譲 渡 益 2,100 万 円 に つ い て は 課 税 されることとなる。 つ ま り 、 譲 渡 損 益 調 整 資 産 を 簿 価 1,000 万 円 以 上 と し た こ と に よ り このような状況が生まれているのである。これは、グループ法人単体 課税制度特有の問題と考えるが、少なくとも完全支配関係法人間で資 産の譲渡を行った場合には、原則税務計算上、譲渡法人側において時 価譲渡として課税を行い、譲渡損益調整資産に該当した場合における 譲渡損益の繰延べが適用された場合については、譲受法人側において 譲渡資産の帳簿価額による判定によりその適用の有無を決定するので 92 ) 岡 本 忠 生 教 授 は 、課 税 上 の グ ル ー プ に つ い て 、 「課税においてグループという 捉 え 方 を す べ き だ ろ う か 。一 般 に 、法 人 の 数 や 大 き さ (資 本 金 な ど )を 変 数 と し て 用 い る 規 定 に お い て 、グ ル ー プ 法 人 を ど の よ う に 取 り 扱 う か は 、そ の 規 定 の 趣 旨 目 的 か ら 検 討 す べ き で あ り 、そ の 結 果 、グ ル ー プ 法 人 に 対 す る 扱 い を 変 え る べ き 場 合 が あ る と 考 え ら れ る 。」 と し た 上 で 「 グ ル ー プ と し て の 捉 え 方 は 、 こ の よ う な 課 税 上 意 図 的 な 場 合 だ け で な く 、原 則 と し て 、事 業 上 の 必 要 か ら グ ル ー プ が 形 成 さ れ る 場 合 (経 済 的 実 質 が あ る 場 合 )に も 及 ぼ す べ き で あ ろ う 。」さ ら に 、「 問 題 は 、グ ル ー プ として扱う企業実態を、どのような法的基準で判断するかである。その基準には、 グ ル ー プ と い う 経 済 的 実 質 を 適 切 に 反 映 し て い る こ と だ け で な く 、課 税 要 件 と し て 明 確 で あ り 、 法 的 に 安 定 し て 執 行 で き る こ と が 求 め ら れ る 。」 と 述 べ て い る 。 岡 本 忠 生 「 グ ル ー プ 法 人 課 税 制 度 の 課 題 と あ り 方 」 税 研 25 巻 4 号 24₋25 頁 (日 本 税 務 研 究 セ ン タ ー ,2010 年 ). (170) - 162 - はなく、譲渡損益調整資産に係る譲渡益・譲渡損の金額を判定の基準 とすべきではないだろうか。 さらに会社の規模等に応じて一定の範囲を設けてその範囲を超えた 譲渡益・譲渡損に係る部分については、前述の会社分割税制に係る提 案にならって、上記の「適格会社分割に係る 3 制限」に基づいて他の 損益との通算を禁止することを提案したい。そして、譲渡法人側にお いては、現行のように時価譲渡としたうえで別表調整により課税の繰 延べを行うのではなく、簿価譲渡として取扱い課税を繰延べるとする 考え方にシフトしていくべきだと考える。なぜなら、会社分割税制と グループ法人税制の税務上の取扱いに出来るだけ整合性を持たせるこ とが今後、企業集団税制が発展していく中で重要な意味を持つものに なると考えるためである。 (171) - 163 - おわりに 本稿では、会社分割税制を中心に現行制度の問題点について考察し た。検討した内容は、必ずしも会社分割税制のみが有する問題点では なく、会社分割税制を含む組織再編税制の問題とすべき点もあるが、 本稿ではあくまで会社分割税制を中心に検討を試みたものであるため 問 題 の 射 程 を 広 義 に 捉 え た も の で は な く 、 組 織 再 編 税 制 の 問 題 点 93 ) としての考察は、今後の研究に委ねていくものとする。 さらに、会社分割税制においては、分割型分割に係る株主側の手続 きについても、考察しなければならないものと考えるが、本稿では、 筆者が考える会社分割税制の核である視点に立ち、その部分に焦点を あてて考察したものである。 株主側に係る資本等取引の取扱いについても、今後の研究に委ねて いきたい。また、国境を越えた会社分割税制についても、今後さらな る制度設計や取扱い規定が整備されなければならないと考えるがこれ に つ い て も 今 後 の 検 討 課 題 と し て い き た い 94 )。 現行の会社分割税制においては、これまで論じてきた内容により、 租税制度上存在する問題が少なくないことが判明した。 93 ) 企業組織再編税制とグループ法人税制について、企業の税務担当者と税務専 門 家 と が 実 務 上 の 諸 問 題 に つ い て 行 っ た 座 談 会 に お い て 、 武 井 一 浩 氏 は 、「 グ ル ー プ 法 人 税 制 の 中 の 現 物 分 配 で す ね 。国 際 的 な 再 編 で す が 、海 外 で は 感 覚 的・経 済 的 に は 会 社 分 割 だ と 。そ れ も『 分 割 』と し て 受 け 入 れ て く れ る よ う に あ と ワ ン ジ ェ ネ レ ー シ ョ ン ぐ ら い の 先 に い く と 、い ろ い ろ な 国 際 的 再 編 が 行 い や す く な る と 思 い ま す 。」 と 述 べ て お り 、 ま た 、 中 村 慈 美 氏 は 、 組 織 再 編 税 制 の 枠 内 に 含 ま れ る 様 々 な 経 済 行 為 つ ま り 、合 併・分 割 や 株 式 交 換 等 に お け る そ れ ぞ れ の 要 件 に つ い て「 要 件 が 少 し ず つ 違 っ て い る と こ ろ が あ り ま す 。そ う い う と こ ろ を で き れ ば 、揃 え て い た だ き た い と 思 い ま す 。」 と 現 行 の 組 織 再 編 税 制 に 含 ま れ て い る 問 題 に つ い て 述 べ ら れ て い る 。 中 村 ほ か ・ 前 掲 注 90.32 頁 . 94 ) 興 味 深 い 内 容 と し て 、 ジ ュ リ ス ト に お い て 太 田 洋 氏 が 述 べ ら れ て い る 見 解 が あ る 。「 国 境 を 越 え て 再 編 手 続 き が 行 わ れ る 場 合 に は 、 日 本 の 裁 判 所 の み な ら ず 、 外 国 の 裁 判 所 も 関 与 し て く る 可 能 性 が あ る と い う 点 で あ る 。現 在 の 世 界 秩 序 の 下 で は 、各 国 が そ れ ぞ れ 別 異 に 国 際 私 法 を 有 し て お り 、そ の 内 容 は 完 全 に 統 一 さ れ て い な い 。」 と し た 上 で 、 文 献 中 に お け る 「 分 析 は あ く ま で わ が 国 の 国 際 私 法 の 解 釈 と し て 提 示 さ れ て い る に す ぎ ず 、そ の 他 の 国 で も そ の よ う に 保 証 す る も の で は な い 。」 と 述 べ ら れ て い る 。 さ ら に 、 会 社 分 割 を 伴 う 組 織 再 編 成 レ ベ ル に な る と 、「 法 人 全 体 の 命 運 に 大 き く 関 わ る の で あ り (途 中 省 略 ) 帰 結 を 前 提 に 様 々 な 法 律 関 係 が 積 み 重 ね ら れ る 以 上 、 万 一 、 そ の 帰 結 が 覆 っ た と き に 被 る 損 害 は あ ま り に 大 き く 、 (途 中 省 略 )失 う も の が あ ま り に 大 き い の で あ る 。」太 田 洋「 国 境 を 越 え る 企 業 再 編 と 準 拠 法 」 ジ ュ リ ス ト 1437 号 40₋41 頁 (有 斐 閣 ,2012 年 ). (172) - 164 - 今 後 、さ ら に 複 雑 化 及 び 国 際 化 す る で あ ろ う 会 社 分 割 税 制 に つ い て 、 本論文の考察が当該税制を適用しようとする法人が簡明な条文により その税制を適用しやすくするための一つの検討材料となれば、筆者は これに勝るものはないと考える。 また、課税当局側においても、租税回避行為の射程をできるだけ縮 小 し た 税 制 に 変 貌 す る こ と に な れ ば 、 法 人 税 法 第 132 条 の 2 組織再 編成に係る行為又は計算の否認規定の濫用をある程度制限することが 可能となるのではないだろうか。 本稿の内容が会社分割税制に係る今後の改定内容の中でどのように 反映されていくのか。また、大きな改正をせずに現行のような難解か つ複雑な条文を整備しつづけることにより本制度に対する信頼性を大 きく損なわせる可能性を広げてゆくのか。今後の課税当局側の動向に 注目しつつ、会社分割税制に係る課税の繰延べに対する税務上の対応 及び明確な制度の趣旨の法令化並びに簡明な条文の導入への対応を興 味深く見守っていきたい。 (173) - 165 - 参考文献 (単 行 本 ) [1] 青 木 昌 彦 ほ か 『 企 業 の 経 済 学 』 (岩 波 書 店 ,1985 年 ). [2] 青 木 昌 彦 ほ か 『 日 本 企 業 の 経 済 学 』 (岩 波 書 店 ,2009 年 ). [3] あ さ ひ 法 律 事 務 所 ・ ア ー サ ー ア ン ダ ー セ ン 『 会 社 分 割 の す べ て 』 ( 中 央 経 済 社 ,2001 年 ). [4] 荒 井 隆 一 『 税 法 ・ 権 力 ・ 納 税 者 』 (敬 文 堂 ,1970 年 ). [5] 鳥 飼 重 和 ほ か『 合 併・分 割 - 法 務・税 務・会 計 の す べ て - 』(税 務 経 理 協 会 ,2007 年 ). [6] 遠 藤 泰 弘 『 会 社 経 営 の 実 際 』 (日 本 経 済 新 聞 社 ,1988 年 ). [7] 大 蔵 財 務 協 会 『 改 正 税 法 の す べ て 平 成 13 年 版 』 (大 蔵 財 務 協 会 ,2001 年 ). 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(184) - 176 - 推計課税の本質論に関する一考察 ―補充的代替手段説の検証を中心に― 田中 亨 (185) (186) 推計課税の本質論に関する一考察―補充的代替手段説の検証を中心に 田中 亨 論文要旨 推計課税の本質論としては、事実上推定説と補充的代替手段説が有名である。本稿は、 推計課税の本質論を明らかにすることを目的とした。そのために、推計課税の必要性及び 合理性並びに実額反証可能性の点から推計課税を捉えた。その結果、推計課税の本質論と しては、補充的代替手段説が推計課税の本質を表しているという結論に至った。 第一章は、申告納税制度及び青色申告制度が導入された背景を理解しながら、推計課税 の意義について確認した。推計課税に関係する近年の大きな改正としては、平成 26 年度よ り個人の帳簿の記帳及び保存義務対象者が拡大されることである。 第二章は、推計課税の適法要件について確認した。推計課税の根拠規定には明確な適法 要件がない。そこで推計の必要性という観点と、推計の合理性という観点から、学説及び 近年の裁判例を考慮し、推計課税を捉えることとした。その結果、推計課税が適法である ためには必要性が存在しなければならず、また一応の合理性が存在しなければならないこ とが判明した。 第三章は、推計課税の本質論の検証を行った。まず、事実上推定説及び補充的代替手段 説を、学説および裁判例から定義付けした。そうすると、事実上推定説と補充的代替手段 説とでは推計の合理性の点において、異なったとらえ方をしていることが判明した。そこ で、推計課税の合理性の点について、学説や裁判例を検証した結果、推計の合理性は一応 の合理性で足りるとする補充的代替手段説のほうが、推計課税の本質を表しているという 結論に至った。 そして、実額反証可能性についても検証を行った。補充的代替手段説の立場から実額反 証が認められるという点について批判的な意見が存在している。しかし、学説及び近年の 裁判例をした結果、補充的代替手段説の立場からも実額反証は認められるという結論に至 った。 以上を踏まえると推計課税は、推計の必要性があった場合の例外的な推計方法であり、 推計の合理性は一応の合理性で足り、実額反証は可能であるという性質のものであること が判明した。したがって、推計額を実額ととらえる事実上推定説よりも、補充的代替手段 説のほうが推計課税の本質を表しているという結論に至った。以上のことから、私は推計 課税の本質論としては、補充的代替手段説を支持する。 以上のように推計課税について検討したが、推計課税訴訟において推計課税の適用を受 けた納税者の主張はほとんど見られなかった。日本においては申告納税制度を採用してい るため、納税者が正確な会計帳簿の記帳及び保存をしなければ税の公平な負担は実現でき ない。納税者の申告納税に対する誠実な態度が望まれる。 (187) 目次 はじめに ................................................................................................................................. 1 I. 推計課税の趣旨 ............................................................................................................... 1 1. 申告納税制度と青色申告制度の導入........................................................................... 1 2. 推計課税の意義 ........................................................................................................... 3 II. 1. 2. III. 1. 2. 3. 4. 推計課税の適法要件 .................................................................................................... 5 推計課税の必要性 ........................................................................................................ 5 (1) 推計課税の具体的要件 ......................................................................................... 5 (2) 推計課税の必要性................................................................................................. 7 推計課税の合理性 .......................................................................................................11 推計課税の本質論 ...................................................................................................... 16 推計課税における 3 つの説 ....................................................................................... 16 (1) 事実上推定説の概念 ........................................................................................... 16 (2) 別世界説の概念 .................................................................................................. 20 (3) 補充的代替手段説の概念.................................................................................... 20 (4) 訴訟時の納税者からの主張 ................................................................................ 23 (5) 近年の裁判例の傾向 ........................................................................................... 24 事実上推定説及び補充的代替手段説と推計の合理性との関係................................. 25 (1) 推計方法自体が合理性を欠くという主張があった場合 .................................... 25 (2) 他により合理的な推計方法があるという主張があった場合 ............................. 26 (3) 小括 .................................................................................................................... 36 実額反証の程度及び範囲 ........................................................................................... 37 (1) 立証責任について............................................................................................... 37 (2) 実額反証の立証程度 ........................................................................................... 39 (3) 実額反証の立証の範囲 ....................................................................................... 42 (4) 実額反証の成立要件 ........................................................................................... 46 (5) 実額反証と本質論............................................................................................... 47 本質論としての事実上推定説及び補充的代替手段説の検討 .................................... 50 (1) 推計課税の必要性について ................................................................................ 50 (2) 推計の合理性について ....................................................................................... 50 (3) 実額反証との関係について ................................................................................ 51 おわりに ............................................................................................................................... 52 (188) はじめに 推計課税とは、課税庁が直接資料によって更正・決定を行うことが出来ない場合に 認められた例外的な所得認定方法である。日本においては申告納税制度が採用されて いるため、納税者は帳簿書類を記帳・保存し、それらをもとに納税することが原則で ある。しかし納税者の中には、帳簿書類を記帳・保存していない、または不備のある 不正確な帳簿書類しか備えていない納税者が存在する。また、税務調査に対して非協 力的な納税者も存在する。そのような実額課税が困難な納税者に対して課税を放棄し たならば、それは税の公平な負担に反する。したがって、課税庁がそのような納税者 に対して推計して課税できるよう根拠規定が置かれている。しかし、その根拠規定に は明確な要件が存在しないため、推計課税の適用を受けた納税者から、その推計課税 の必要性や合理性、実額主張について問う推計課税訴訟が提起される。このような争 点を検討するにあたって、推計課税の本質をどのようにとらえるのかが重要である。 推計課税の本質論としては、推計課税は実額課税とは別個の課税処分ではなく、所得 の認定方法の差にすぎないとする事実上推定説と、推計課税は実額課税から独立した 別個の処分であるとする補充的代替手段説という二つの説が有名である。補充的代替 手段説は、推計課税訴訟において、課税庁が推計課税の本質論を説明するために用い る説である。元来、事実上推定説が通説とされてきたが、近年、補充的代替手段説を とった裁判例が多く見られるようになってきた。このことは、推計課税の本質論は補 充的代替手段説であることを示しているのであろうか。 推計課税に基づく処分の取消を請求する訴訟の数はかねてより多く、そこからの帰 納を含めて同課税の本質を探究する研究も少なくないが、近時は、概して裁判所にお ける補充的代替手段説への傾斜が一般的に指摘されるのみで、最近の裁判例を丹念に 踏まえた上で同課税の本質を明らかにしようとする考察はあまり見当たらない。そこ で本論文では、推計課税の必要性及び合理性並びに同課税に対する実額反証可能性と いう推計課税を争う訴訟上の主な論点に対する最近の裁判例と学説の検討を通じて、 同課税の本質論を明らかにすることを目的とする。 I. 推計課税の趣旨 1. 申告納税制度と青色申告制度の導入 「昭和 22 年の所得税法および法人税法の改正では、従来の賦課課税制度に代わる制 度として申告納税制度が導入された」1。わが国の申告納税制度は、申告納税制度の母 国といわれているアメリカの「自己賦課制度(self-assessment system) 」を採り入れ たものといわれている。それは昭和 22 年の税制改正で所得税・法人税等の直接国税で 初めて導入されたが、より明確な形で法定されたのはシャウプ勧告に基づく昭和 25 年 1 北口りえ「推計課税の本質論―補充的代替手段説に代わる新たな説の提唱―」熊本学園商学論 集第 9 巻 1 号(2002)124 頁。 1 (189) の税制改正においてである2。 シャウプ勧告は「納税申告」の内容を「所得税および法人税が適正に執行されるか どうかは、全く納税者の自発的協力にかかっている。納税者は、自分の課税されるべ き事情、また自分の所得額を最もよく知っている。このある納税者の所得を算定する に必要な資料が自発的に提出されることを申告納税という。 」3と説明している。そして、 このような「申告納税制度のもとにおける適正な納税者の協力は、納税者が自分の所 得を算定するため正確な帳簿と記録をする場合にのみ可能であることは自明の理であ る。 」4としている。つまり、申告納税制度には、納税者が自発的に正確な帳簿書類等の 記帳・保存が必要であると述べているのである。しかし、申告納税制度採用直後は、 戦後の経済的な混乱のさなかにあって税務執行に対する納税者の協力や理解が極めて 低く、過少申告が多かった。この状況を昭和 23 年分の所得税の数値で見ると、実に納 税者の 70%が更正・決定を受けその追徴税額は申告所得税収の 55%を超える有り様で あった5。このような状況を打破するため、政府は青色申告制度を導入した。青色申告 制度とは、申告納税制度の定着のため、帳簿書類を基礎とした正確な申告を奨励する 意味で、一定の帳簿書類を備えている者に限って青色の申告書を用いて申告すること を認め、かつ青色申告に白色申告には認められない各種の特典を与えた制度である。 これらの経緯を踏まえると、青色申告制度は戦後の混乱の時期や納税者の記帳能力 を考慮し、正確な申告納税の普及を目的とした暫定的な制度であると考えられる。し かし、戦後 60 年以上経過した現在においても、わが国においては「青色申告」と「白 色申告」が存在する申告制度となっている。 この点について吉良実氏は以下のように指摘している。現行の申告納税制度は「青 色申告者に対してのみ特に記帳義務等を負担せしめ、その見返りとして白色申告者に は認められない多くの恩恵を、特に青色申告者に対してのみ認めているのであるが、 このような現行の法制からすると、記帳義務を伴った青色申告は、むしろ特例的な申 告であり、記帳義務等を伴わない白色申告が、あたかも原則的な申告であるかのよう に解される余地」6がある。しかし、申告納税制度の本来の趣旨・目的からすると、帳 簿書類等の備え付け義務、記帳義務、保存義務が各納税者に負担させられている青色 申告が原則的な本来の申告である7と述べている。さらに吉良実氏は「したがって立法 論的には、すべて納税義務者に記帳義務等を負担せしめ、青色申告・白色申告の区別 をなくすことが望ましいことである」8と述べている。 2 3 4 5 6 7 8 吉良実『推計課税の法理―裁判例を中心として』 (中央経済社、1987 年)5 頁。 福田幸弘監修『シャウプの税制勧告』(霞出版社、1985)366 頁Ⅳ・D4。 福田幸弘・前掲注(3)412 頁Ⅳ・D56。 日野雅彦「青色申告制度の意義と今後の在り方」税務大学校論叢 60 号(2009)337 頁。 吉良実「推計課税の理論」税法学 382 号(清文社、1982)2 頁。 吉良実・前掲注(6)2 頁。 吉良実・前掲注(6)2~3 頁。 2 (190) 申告納税制度に関する近年の大きな動きとしてあげられるのが、国税通則法の改正 に伴う所得税法の改正である。現行所得税法においては第 231 条第 2 項 1 号により、 白色申告者のうち、その年の前々年又は前年の事業所得等が 300 万円を超える場合は 記帳保存義務があるが、その他の者は義務がなかった。しかし平成 26 年から個人の白 色申告者に対する記帳・帳簿の保存義務対象者が拡大され、事業所得、不動産所得又 は山林所得を生ずべき業務を行う全ての者がこの対象となる9。 申告納税制度を採用しているわが国において、全ての白色申告者に帳簿書類等の記 帳・保存義務を課すことはむしろ当然のことであろう。更に近い将来、全ての納税者 に青色申告のような正確な帳簿書類等の記帳・保存義務が課せられることとなったと しても、私は望ましいことであると考える。ただ、一般的に小規模事業者に簡易な記 帳・計算方法の選択が認められる理由として、「その事務処理能力を考慮して」という 考え方を用いることが多く、その観点からの批判が考えられる。しかし、小規模事業 者は一般的に取引の数も少なく記帳は容易であることが考えられ、そのような批判は 見当違いのように思われる。また事業主一人で事業を行っている場合、本人が記帳す る以外に正確な申告納税はありえない。青色申告制度が納税者の記帳慣行定着のため の暫定的な制度であるならば、戦後 60 年以上経過し、パソコンや会計ソフトの導入が 容易になった今日において、帳簿書類等の記帳・保存義務が拡大していくことは、自 然な流れであると考える。 2. 推計課税の意義 推計課税とは「税務署長が所得税または法人税について更正・決定をする場合に、 直接資料によらずに、各種の間接的な資料を用いて所得を認定する方法」10とされてい る。推計課税の根拠規定は、所得税法 156 条及び法人税法 131 条に以下のように規定 されている。 (推計による更正又は決定) 所得税法第 156 条 税務署長は、居住者に係る所得税につき更正又は決定をする場合には、その者の財 産若しくは債務の増減の状況、収入若しくは支出の状況又は生産量、販売量その他の 現行の国税通則法 74 条 2 項 1 号において行政手続法第 2 章(申請に対する処分)及び第 3 章 (不利益処分)は適用しないこととされていた。つまり行政手続法第 2 章の第 8 条(理由の提 示)及び行政手続法第 3 章の第 14 条(不利益処分の理由の提示)には処分理由の提示(以下「理 由附記」という。 )が定められているのだが、その理由附記の適用がなかった。国税通則法の改 正により、改正後はその適用除外がなくなり、行政手続法第 8 条及び 14 条に基づいて理由附記 をすることとなった。このような国税通則法の改正の流れを受けて、税務当局として適切な理由 付記を行うためには、事業者が記帳し保存している帳簿の記載を踏まえる必要があるとの考えか ら、所得税法 231 条 2 項を改正し、帳簿保存義務対象者を拡大した。 10 金子宏『租税法 第 16 版』(弘文堂、2011)731 頁。 9 3 (191) 取扱量、従業員数その他事業の規模によりその者の各年分の各種所得の金額又は損失 の金額(その者の提出した青色申告書に係る年分の不動産所得の金額、事業所得の金 額及び山林所得の金額並びにこれらの金額の計算上生じた損失の金額を除く。 )を推計 して、これをすることができる。 (推計による更正又は決定) 法人税法第 131 条 税務署長は、内国法人に係る法人税につき更正又は決定をする場合には、内国法人 の提出した青色申告書に係る法人税の課税標準又は欠損金額の更正をする場合を除き、 その内国法人(各連結事業年度の連結所得に対する法人税につき更正又は決定をする 場合にあつては、連結子法人を含む。)の財産若しくは債務の増減の状況、収入若しく は支出の状況又は生産量、販売量その他の取扱量、従業員数その他事業の規模により その内国法人に係る法人税の課税標準(更正をする場合にあつては、課税標準又は欠 損金額若しくは連結欠損金額)を推計して、これをすることができる。 推計課税に関する規定は、 昭和 25 年 4 月のシャウプ勧告に基づく税制改正において、 所得税法 46 条の 2 第 3 項及び法人税法第 31 条の 4 第 2 項として設けられた。申告納 税制度が導入されたのが昭和 22 年であるため、3 年間は推計課税に関する規定が存在 しなかったことになる。したがってこの当時、明文の規定が無いにもかかわらず、推 計課税を行うことは租税法律主義に違反するのではないかという議論があった。最高 裁第二小法廷昭和 39 年 11 月 13 日判決11は「所得税法が、信頼しうる調査資料を欠く ために実額調査のできない場合に、適当な合理的な推計の方法をもって所得額を算定 することを禁止するものでないことは、納税義務者の所得を捕捉するのに十分な資料 がないだけで課税を見合わせることの許されないことからいっても、当然の事理であ り、このことは、昭和二五年に至って同法四六条の二(現行四五条三項)に所得推計 の規定が置かれてはじめて可能となったわけではない。かように、法律の定める課税 標準の決定につき、時の法律においても許容する推計方法を採用したことに対し、憲 法八四条に違反すると論ずるのは、違憲に名をかりて所得税法の解釈適用を非難する ものにほかならない。」と判示している。したがって、「推計課税は明文の規定の有無 にかかわらず容認されるべきものであり、昭和 25 年創設の推計課税規定が創設規定で はなく確認規定であると解する支配的見解は、論理に適った見解であるということが できる。その後、推計課税に関する規定は繰上げや繰下げがなされたものの、その内 容如何に変わりはなく、現在の所得税法 156 条と法人税法 131 条に置かれている」12。 11 12 最二小昭和 39 年 11 月 13 日判決(LEXDB)文献番号 21020100。 北口りえ・前掲注(1)127 頁。 4 (192) II. 推計課税の適法要件 1. 推計課税の必要性 (1) 推計課税の具体的要件 申告納税制度においては実額課税が原則であるため、例外である推計課税はその必 要性があった場合に実施されるべき課税処分である。では、推計課税が必要とされる のは、具体的にどのような要件が満たされた場合があてはまるのだろうか。その具体 的要件とは、①納税者が帳簿書類を備え付けていない(帳簿書類の不存在)②帳簿書 類は存在するが信憑性が乏しい(帳簿書類の不備)③納税者が課税庁の調査に協力し ないため直接資料を入手できない(調査非協力)等の理由により、実額の把握が不可 能又は著しく困難であることをいう13、といわれている。したがって、このいずれかの 要件が充足された場合に、推計課税が許容されると解される。この上記の三要件は過 去の裁判例において推計課税の適用根拠となる主要な具体的事例として例示的に挙げ られてきたものである14と言われている。 では、近年の推計課税訴訟の裁判例において推計課税の三要件はどのようにとらえ られているのだろうか。本論文では、近年の推計課税訴訟の動向を知るために、平成 10 年から平成 24 年までに争われた裁判例を無作為に抽出した。一審のみのものはそれ を 1 件とし、控訴審があるものは一審及び控訴審をまとめて 1 件とした。一審及び控 訴審並びに上告審があるものはそれらをまとめて1件として集計した。その結果、抽 出した裁判例の総数は 90 件15であった。そのなかで、推計課税の三要件について判示 13 泉徳治ほか『租税訴訟の審理について(改訂新版)』 (法曹会、2002)105 頁、中尾巧『税務訴 訟入門 新訂版』 (商事法務研究会、1993)166 頁、今村ほか『課税訴訟の理論と実務』 (税務 経理協会、1998)174 頁。 14 例えば大阪地裁昭和 50 年 4 月 4 日判決(LEXDB)文献番号 21049920 等。 15 最三小平成 12 年 10 月 10 日判決(LEXDB)文献番号 28091476、最一小平成 12 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28091372、東京高裁平成 10 年 12 月 25 日判決(LEXDB)文献番 号 28061099、最一小平成 11 年 9 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28080843、大阪高裁平成 12 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28090242、横浜地裁平成 10 年 5 月 20 日判決 (LEXDB) 文献番号 28051094、山口地裁平成 10 年 5 月 26 日判決(LEXDB)文献番号 28051097、福岡 地裁平成 10 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28052458、東京地裁平成 10 年 9 月 30 日判 決(LEXDB)文献番号 28033031、最一小平成 12 年 3 月 23 日判決 (LEXDB)文献番号 28082954、 和歌山地裁平成 10 年 12 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28061106、広島高裁平成 11 年 11 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28081086、長野地裁平成 11 年 2 月 19 日判決(LEXDB)文 献番号 28061129、岡山地裁平成 11 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28071219、千葉地 裁平成 11 年 4 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 28071233、広島地裁平成 11 年 6 月 15 日判決 (LEXDB)文献番号 28071253、最一小平成 13 年 4 月 11 日判決(LEXDB)文献番号 28101123、 京都地裁平成 11 年 6 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28071266、大阪高裁平成 12 年 2 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28082927、大阪高裁平成 12 年 7 月 21 日判決(LEXDB)文献番 号 28091345、和歌山地裁平成 11 年 8 月 31 日判決(LEXDB)文献番号 28080818、最一小平 成 13 年 6 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28101168、京都地裁平成 11 年 10 月 15 日判決 (LEXDB) 文献番号 28081061、東京地裁平成 11 年 11 月 12 日判決(LEXDB)文献番号 28081079、最一 小平成 12 年 11 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28091526、大阪高裁平成 13 年 1 月 24 日判 決(LEXDB)文献番号 28101067、福岡高裁平成 12 年 12 月 14 日判決(LEXDB)文献番号 5 (193) のあるものの件数は 25 件16であった。その 25 件のうち 25 件のいずれの裁判例におい 28091544、千葉地裁平成 12 年 2 月 18 日(LEXDB)文献番号 28082929、浦和地裁平成 12 年 4 月 24 日判決(LEXDB)文献番号 28090251、名古屋地裁平成 12 年 4 月 28 日判決(LEXDB) 文献番号 28090257、横浜地裁平成 12 年 5 月 24 日判決(LEXDB)文献番号 28090262、福岡 地裁平成 12 年 5 月 26 日判決(LEXDB)文献番号 28090264、佐賀地裁平成 12 年 5 月 26 日判 決(LEXDB)文献番号 28090265、最一小平成 16 年 12 月 16 日判決(LEXDB)文献番号 28100112、 東京高裁平成 13 年 1 月 16 日判決(LEXDB)文献番号 28101064、名古屋高裁平成 14 年 4 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28071977、広島地裁平成 12 年 8 月 31 日判決(LEXDB)文献 番号 28091355、横浜地裁平成 12 年 10 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28091484、松江地裁 平成 12 年 10 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28091485、大津地裁平成 12 年 10 月 30 日判決 (LEXDB)文献番号 28091491、仙台高裁平成 13 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28102203、 名古屋地裁平成 12 年 11 月 20 日判決(LEXDB)文献番号 28091509、名古屋地裁平成 13 年 1 月 29 日判決 (LEXDB)文献番号 28101072、名古屋高裁金沢支部平成 13 年 9 月 5 日判決 (LEXDB) 文献番号 28102188、大阪高裁平成 13 年 11 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 28102229、京都 地裁平成 13 年 3 月 21 日判決(LEXDB)文献番号 28101105、長野地裁平成 13 年 3 月 23 日判 決(LEXDB)文献番号 28101112、高知地裁平成 13 年 3 月 30 日判決 (LEXDB)文献番号 28101119、 高知地裁平成 13 年 5 月 11 日判決(LEXDB)文献番号 28101135、千葉地裁平成 13 年 6 月 5 日判決(LEXDB)文献番号 28101152、横浜地裁平成 13 年 7 月 4 日判決(LEXDB)文献番号 28102163、広島高裁岡山支部平成 14 年 4 月 11 日判決(LEXDB)文献番号 28110560、札幌高 裁平成 14 年 3 月 8 日判決(LEXDB)文献番号 228110547、横浜地裁平成 13 年 12 月 12 日判 決(LEXDB)文献番号 28102235、名古屋地裁平成 14 年 1 月 30 日(LEXDB)文献番号 28071133、 大阪地裁平成 14 年 3 月 1 日判決(LEXDB)文献番号 28110546、大阪高裁平成 15 年 12 月 4 日判決(LEXDB)文献番号 28130753、最三小平成 17 年 9 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 25420280、神戸地裁平成 15 年 7 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28082848、さいたま地裁 平成 15 年 9 月 17 日判決(LEXDB)文献番号 28130715、最三小平成 17 年 9 月 27 日判決 (LEXDB) 文献番号 25420280、東京高裁平成 16 年 5 月 19 日判決(LEXDB)文献番号 28141116、大津 地裁平成 15 年 11 月 27 日(LEXDB)文献番号 28130747、鹿児島地裁平成 15 年 12 月 19 日判 決(LEXDB)文献番号 28130763、広島高裁岡山支部平成 16 年 9 月 30 日判決(LEXDB)文 献番号 28141320、札幌地裁平成 16 年 2 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 28140963、神戸地 裁平成 16 年 4 月 6 日判決(LEXDB)文献番号 28141025、最一小平成 17 年 3 月 10 日(LEXDB) 文献番号 25420119、最一小平成 18 年 5 月 22 日判決(LEXDB)文献番号 25450869、広島高 裁岡山支部平成 19 年 5 月 17 日判決(LEXDB)文献番号 25420196、東京高裁平成 18 年 5 月 31 日判決(LEXDB)文献番号 25450879、最三小平成 19 年 6 月 26 日判決(LEXDB)文献番 号 25463400、東京高裁平成 18 年 7 月 19 日判決(LEXDB)文献番号 25451082、仙台高裁平 成 18 年 4 月 12 日判決(LEXDB)文献番号 25450759、最二小平成 19 年 9 月 21 日判決 (LEXDB) 文献番号 25463452、東京高裁平成 18 年 3 月 29 日判決(LEXDB)文献番号 25450637、長野 地裁平成 17 年 11 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 25420340、東京高裁平成 18 年 9 月 28 日 判決(LEXDB)文献番号 28131804、横浜地裁平成 18 年 1 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 25450426、最二小平成 20 年 10 月 10 日判決(LEXDB)文献番号 25470952、水戸地裁平成 18 年 7 月 19 日判決(LEXDB)文献番号 25451044、大阪地裁平成 18 年 8 月 23 日判決(LEXDB) 文献番号 25451116、最一小平成 20 年 4 月 24 日判決(LEXDB)文献番号 25470667、さいた ま地裁平成 19 年 3 月 14 日判決(LEXDB)文献番号 25463196、名古屋地裁平成 19 年 12 月 13 日判決(LEXDB)文献番号 25463617、さいたま地裁平成 20 年 1 月 30 日判決(LEXDB) 文献番号 25470577、名古屋高裁平成 20 年 12 月 4 日判決(LEXDB)文献番号 25470869、東 京地裁平成 20 年 11 月 14 日判決(LEXDB)文献番号 25470974、仙台地裁平成 20 年 12 月 22 日判決(LEXDB)文献番号 25471011、東京地裁平成 24 年 5 月 17 日判決(LEXDB)文献番 号 25494085。 16 山口地裁平成 10 年 5 月 26 日判決(LEXDB)文献番号 28051097、最一小平成 12 年 3 月 23 日判決(LEXDB)文献番号 28082954、東京地裁平成 11 年 11 月 12 日判決(LEXDB)文献番 6 (194) ても、三要件のいずれかの要件が充足された場合に推計課税が許容されると判示して いる。上記で述べたように国税通則法の改正に伴う所得税法の改正により、帳簿書類 の不存在の要件を満たす納税者が縮小するだろうと考えられる。しかし、改正後にお いても依然として帳簿書類を保存しない納税者や、帳簿書類の不備がある納税者、調 査に協力しない納税者は存在するだろうと思われる。以上、学説及び裁判例の傾向を 検討した結果、推計課税が必要となる具体的要件としては上記三要件が妥当すると考 えられる。 図表 1(推計課税の要件について) ① 無作為に抽出した推計課税訴訟の 件数(平成 10 年~平成 24 年) 90 件 ② ③ ①のうち推計課税の三要 ②のうち三要件のいずれかの要件が 件について判示があるもの 充足された場合に推計課税が許容さ の件数 れると判示した件数 25 件 25 件 (出典:筆者作成) (2) 推計課税の必要性 推計課税が必要とされる具体的な要件は上記で見てきた通りであり、三要件のいず れかが満たされる場合に推計課税の必要性が存在することとなる。しかし、推計課税 の根拠規定においては、推計課税の必要性が推計課税の適法要件であるかどうかにつ いて、明確な規定が存在しない。したがって、その解釈については見解が分かれてお り、代表的なものとしては効力要件説と行政指針説がある。 号 28081079、千葉地裁平成 12 年 2 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28082929、福岡地裁平 成 12 年 5 月 26 日判決(LEXDB)文献番号 28090264、東京高裁平成 13 年 1 月 16 日判決 (LEXDB) 文献番号 28101064、広島地裁平成 12 年 8 月 31 日判決(LEXDB)文献番号 28091355、名古 屋地裁平成 12 年 11 月 20 日判決(LEXDB)文献番号 28091509、名古屋地裁平成 13 年 1 月 29 日判決(LEXDB)文献番号 28101072、千葉地裁平成 13 年 6 月 5 日判決(LEXDB)文献番 号 28101152、横浜地裁平成 13 年 12 月 12 日判決(LEXDB)文献番号 28102235、名古屋地裁 平成 14 年 1 月 30 日(LEXDB)文献番号 28071133、さいたま地裁平成 15 年 9 月 17 日判決 (LEXDB)文献番号 28130715、東京高裁平成 16 年 5 月 19 日判決(LEXDB)文献番号 28141116、 最三小平成 19 年 6 月 26 日判決(LEXDB)文献番号 25463400、最二小平成 19 年 9 月 21 日判 決(LEXDB)文献番号 25463452、横浜地裁平成 18 年 1 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 25450426、 最二小平成 20 年 10 月 10 日判決(LEXDB)文献番号 25470952、水戸地裁平成 18 年 7 月 19 日判決(LEXDB)文献番号 25451044、大阪地裁平成 18 年 8 月 23 日判決(LEXDB)文献番 号 25451116、さいたま地裁平成 19 年 3 月 14 日判決(LEXDB)文献番号 25463196、名古屋 地裁平成 19 年 12 月 13 日判決(LEXDB)文献番号 25463617、さいたま地裁平成 20 年 1 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 25470577、名古屋高裁平成 20 年 12 月 4 日判決(LEXDB)文 献番号 25470869、仙台地裁平成 20 年 12 月 22 日判決(LEXDB)文献番号 25471011、東京地 裁平成 24 年 5 月 17 日判決(LEXDB)文献番号 25494085。 7 (195) ① 効力要件説 推計課税が許容されるのは例外的事由がある場合だけであるから処分時にその必要 性を欠く課税処分は、たとえ課税庁側の実額主張により推計による課税額が実額の範 囲内にあることが認定されたとしても、当該課税処分は手続上の適法要件を具備しな いものとして違法であるとする見解である17。この効力要件説は通説とされており18、 この説を支持する論者や判例は従来から多い19といわれている。効力要件説をとったと される代表的な裁判例としては東京地裁昭和 48 年 3 月 22 日判決20や大阪地裁昭和 50 年 4 月 4 日判決21等がある。 ② 行政指針説 必要性は推計を行うことの明文上の要件ではないし、また、実額課税と推計課税と の差異は直接証拠によるか間接証拠によるかの事実認定の差異にすぎないので、自由 心証の問題であるから、いかなる場合に推計課税を選択するかは税務署長の裁量事項 に属し、必要性の有無は課税処分の適否とは関係がないとする見解である22。行政指針 説の立場を採った判決には、神戸地裁昭和 37 年 2 月 23 日判決23がある。また近年に おける裁判例としては、大阪地裁平成 2 年 4 月 11 日判決24、大阪地裁平成 3 年 10 月 15 日判決25が挙げられる。 通説は効力要件説とされている。それは、所得税法及び法人税法では、申告納税が 原則であり、またその理想は実額課税であるから、推計課税の利用は無条件に認めら れるわけではなく、税務署長は、まず必要な直接資料の入手につとめるべきであり、 十分な直接資料が得られない場合にはじめて推計課税が許されると解すべきである 26 と考えられているからである。 では、近年の裁判例において推計課税の必要性はどのようにとらえられているのだ ろうか。上記と同様に、無作為に抽出した平成 10 年から平成 24 年までに争われた裁 判例の推計課税の必要性について検証した。その結果、90 件のうち 6 件は推計課税の 必要性が争点とならなかったが、残りの 84 件27は争われた。その 84 件のうち 84 件の 石島弘「実額課税と推計課税」小川英明・松沢智編『裁判実務体系 第 20 巻 租税訴訟法』 (青 林書院、1988)382 頁、吉良実・前掲注(2)58 頁。 18 北口りえ・前掲注(1)138 頁。 19 北口りえ・前掲注(1)139 頁(注 57) 。 20 東京地裁昭和 48 年 3 月 22 日判決(LEXDB)文献番号 21042040。 21 大阪地裁昭和 50 年 4 月 4 日判決(LEXDB)文献番号 21049920。 22 松沢智『租税訴訟法 新版』 (中央経済社、2001)405 頁以下。 23 神戸地裁昭和 37 年 2 月 23 日判決(LEXDB)文献番号 21015870。 24 大阪地裁平成 2 年 4 月 11 日判決(LEXDB)文献番号 22003812。 25 大阪地裁平成 3 年 10 月 15 日判決(LEXDB)文献番号 22005161。 26 金子宏・前掲注(10)732~733 頁。 27 最三小平成 12 年 10 月 10 日判決(LEXDB)文献番号 28091476、最一小平成 12 年 9 月 28 17 8 (196) 日判決(LEXDB)文献番号 28091372、東京高裁平成 10 年 12 月 25 日判決(LEXDB)文献番 号 28061099、最一小平成 11 年 9 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28080843、大阪高裁平成 12 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28090242、横浜地裁平成 10 年 5 月 20 日判決 (LEXDB) 文献番号 28051094、山口地裁平成 10 年 5 月 26 日判決(LEXDB)文献番号 28051097、福岡 地裁平成 10 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28052458、東京地裁平成 10 年 9 月 30 日判 決(LEXDB)文献番号 28033031、最一小平成 12 年 3 月 23 日判決 (LEXDB)文献番号 28082954、 和歌山地裁平成 10 年 12 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28061106、広島高裁平成 11 年 11 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28081086、長野地裁平成 11 年 2 月 19 日判決(LEXDB)文 献番号 28061129、岡山地裁平成 11 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28071219、千葉地 裁平成 11 年 4 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 28071233、広島地裁平成 11 年 6 月 15 日判決 (LEXDB)文献番号 28071253、最一小平成 13 年 4 月 11 日判決(LEXDB)文献番号 28101123、 京都地裁平成 11 年 6 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28071266、大阪高裁平成 12 年 2 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28082927、大阪高裁平成 12 年 7 月 21 日判決(LEXDB)文献番 号 28091345、和歌山地裁平成 11 年 8 月 31 日判決(LEXDB)文献番号 28080818、最一小平 成 13 年 6 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28101168、京都地裁平成 11 年 10 月 15 日判決 (LEXDB) 文献番号 28081061、東京地裁平成 11 年 11 月 12 日判決(LEXDB)文献番号 28081079、最一 小平成 12 年 11 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28091526、大阪高裁平成 13 年 1 月 24 日判 決(LEXDB)文献番号 28101067、福岡高裁平成 12 年 12 月 14 日判決(LEXDB)文献番号 28091544、千葉地裁平成 12 年 2 月 18 日(LEXDB)文献番号 28082929、浦和地裁平成 12 年 4 月 24 日判決(LEXDB)文献番号 28090251、名古屋地裁平成 12 年 4 月 28 日判決(LEXDB) 文献番号 28090257、横浜地裁平成 12 年 5 月 24 日判決(LEXDB)文献番号 28090262、福岡 地裁平成 12 年 5 月 26 日判決(LEXDB)文献番号 28090264、佐賀地裁平成 12 年 5 月 26 日判 決(LEXDB)文献番号 28090265、最一小平成 16 年 12 月 16 日判決(LEXDB)文献番号 28100112、 東京高裁平成 13 年 1 月 16 日判決(LEXDB)文献番号 28101064、名古屋高裁平成 14 年 4 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28071977、広島地裁平成 12 年 8 月 31 日判決(LEXDB)文献 番号 28091355、横浜地裁平成 12 年 10 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28091484、松江地裁 平成 12 年 10 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28091485、大津地裁平成 12 年 10 月 30 日判決 (LEXDB)文献番号 28091491、仙台高裁平成 13 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28102203、 名古屋地裁平成 12 年 11 月 20 日判決(LEXDB)文献番号 28091509、名古屋地裁平成 13 年 1 月 29 日判決 (LEXDB)文献番号 28101072、名古屋高裁金沢支部平成 13 年 9 月 5 日判決 (LEXDB) 文献番号 28102188、大阪高裁平成 13 年 11 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 28102229、京都 地裁平成 13 年 3 月 21 日判決(LEXDB)文献番号 28101105、高知地裁平成 13 年 3 月 30 日判 決(LEXDB)文献番号 28101119、高知地裁平成 13 年 5 月 11 日判決(LEXDB)文献番号 28101135、 千葉地裁平成 13 年 6 月 5 日判決(LEXDB)文献番号 28101152、横浜地裁平成 13 年 7 月 4 日 判決(LEXDB)文献番号 28102163、広島高裁岡山支部平成 14 年 4 月 11 日判決(LEXDB) 文献番号 28110560、札幌高裁平成 14 年 3 月 8 日判決(LEXDB)文献番号 228110547、横浜 地裁平成 13 年 12 月 12 日判決(LEXDB)文献番号 28102235、名古屋地裁平成 14 年 1 月 30 日(LEXDB)文献番号 28071133、大阪地裁平成 14 年 3 月 1 日判決(LEXDB)文献番号 28110546、 大阪高裁平成 15 年 12 月 4 日判決(LEXDB)文献番号 28130753、最三小平成 17 年 9 月 27 日 判決(LEXDB)文献番号 25420280、神戸地裁平成 15 年 7 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28082848、さいたま地裁平成 15 年 9 月 17 日判決(LEXDB)文献番号 28130715、最三小平 成 17 年 9 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 25420280、東京高裁平成 16 年 5 月 19 日判決 (LEXDB) 文献番号 28141116、大津地裁平成 15 年 11 月 27 日(LEXDB)文献番号 28130747、広島高裁 岡山支部平成 16 年 9 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28141320、札幌地裁平成 16 年 2 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 28140963、神戸地裁平成 16 年 4 月 6 日判決(LEXDB)文献番号 28141025、最一小平成 17 年 3 月 10 日(LEXDB)文献番号 25420119、最一小平成 18 年 5 月 22 日判決(LEXDB)文献番号 25450869、最三小平成 19 年 6 月 26 日判決(LEXDB)文献番 号 25463400、仙台高裁平成 18 年 4 月 12 日判決(LEXDB)文献番号 25450759、最二小平成 19 年 9 月 21 日判決(LEXDB)文献番号 25463452、東京高裁平成 18 年 3 月 29 日判決 (LEXDB) 9 (197) いずれの裁判例においても、推計課税の必要性があったと判示されていた。このこと は推計課税の必要性が適法要件であることを示しているのではないだろうか。また、 その 84 件のうち 6 件28は効力要件説が判示されている。一方、行政指針説を採ったと 思われる裁判例は 0 件であった。行政指針説は従来から課税庁が支持してきた説であ るが、この説の重要性は相対的に低下しており、現在では純粋な行政指針説を支持す る論者も少ない29とされている。また推計課税の必要性を行政指針説のように解すると、 「課税庁が安易に推計をし、不服申し立てがあった場合にのみ実額で精査するという 事態を防ぐことができず、手続法的側面からも課税処分の恣意的発動を抑制しようと する近時の学説の傾向とも対立し、支持できない」30との意見も存在する。 以上、学説を考慮し、かつ近年の裁判例を検証した結果、効力要件説によることが 主流であると考えられる。したがって私は効力要件説を支持する。 図表 2(推計の必要性について) ① ② ③ 無作為に抽出した推 ①のうち推計課税 ②のうち推計課税 計課税訴訟の件数 の必要性が争点と の必要性が存在し (平成 10 年~平成 24 なり争われたもの たと判示されたも 年) の件数 のの件数 90 件 84 件 84 件 ④ ⑤ ③のうち効力要 件説が判示され たものの件数 6件 ③のうち行政 指針説が判示 されたものの 件数 0件 (出典:筆者作成) 文献番号 25450637、東京高裁平成 18 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28131804、横浜 地裁平成 18 年 1 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 25450426、最二小平成 20 年 10 月 10 日判 決(LEXDB)文献番号 25470952、水戸地裁平成 18 年 7 月 19 日判決(LEXDB)文献番号 25451044、 大阪地裁平成 18 年 8 月 23 日判決(LEXDB)文献番号 25451116、最一小平成 20 年 4 月 24 日 判決(LEXDB)文献番号 25470667、さいたま地裁平成 19 年 3 月 14 日判決(LEXDB)文献 番号 25463196、名古屋地裁平成 19 年 12 月 13 日判決(LEXDB)文献番号 25463617、さいた ま地裁平成 20 年 1 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 25470577、名古屋高裁平成 20 年 12 月 4 日判決(LEXDB)文献番号 25470869、東京地裁平成 20 年 11 月 14 日判決(LEXDB)文献番 号 25470974、仙台地裁平成 20 年 12 月 22 日判決(LEXDB)文献番号 25471011、東京地裁平 成 24 年 5 月 17 日判決(LEXDB)文献番号 25494085。 28 最二小平成 19 年 9 月 21 日判決(LEXDB)文献番号 25463452、横浜地裁平成 18 年 1 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 25450426、大阪地裁平成 18 年 8 月 23 日判決(LEXDB)文献番 号 25451116、さいたま地裁平成 19 年 3 月 14 日判決(LEXDB)文献番号 25463196、名古屋 地裁平成 19 年 12 月 13 日判決(LEXDB)文献番号 25463617、さいたま地裁平成 20 年 1 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 25470577。 29 北口りえ・前掲注(1)138 頁(注 54) 。 30 三木義一「判批」判例時報 1406 号(1992)148 頁。 10 (198) 2. 推計課税の合理性 次に推計課税の合理性について検討する。推計課税の合理性について、判例・通説 においては、推計課税が適法として是認されるには、推計の方法が合理的でなければ ならいとされている、と言われている31。したがって、 「合理性を欠く推計課税は違法」 32となる。 「具体的な推計方法の合理性の有無の判断にあたり、まず問題になるのは『合理性』 の意味・内容である。つまり何をもって合理的であると言い、また何を基準に合理性 の有無が判断できるのか、ということである。そしてそのことは具体的な推計方法が、 いわゆる『実額近似値の捕捉』を可能ならしめる内容のものであるか否か、それを担 保しているものであるかどうか、そのような観点から考察され、かつ判断されなけれ ばならないものであるといえよう。けだし、推計課税は、所得金額等を実額で捕捉で きない場合に、実額に合致する蓋然性の高い実額近似値を捕捉し、これを実額に代置 し、課税の合理性を是認しようとするものだからである。したがって具体的な推計方 法の合理性は、必ずしも絶対的に合理性を有するものであることは必要でなく、相対 的に合理性を有するものであればそれで足りるものと解すべきであろう」33。 「それでは、具体的な推計方法が『実額近似値の捕捉』を可能ならしめ、それを担 保するもので合理性を有するものであるというためには、具体的にどのようなことが 要請されているものであろうか。つまり合理性の具体的な保障条件は何か、というこ とである」34。それは、①推計の基礎事実が正確に把握されていること(資料の正確性) ②推計方法のうち、当該具体的な事案に最適ものが選択されるべきこと(推計方法の 合理性) 、③選択した具体的推計方法自体できるだけ真実の所得に近似した数値が算出 されるような客観的なものであること(原告への適用の合理性) 、が挙げられる35。 納税者に対して推計の必要があった場合に、課税庁が同業者率を使用して当該納税 者に推計課税を行うケースがよく見受けられる。同業者率とは、推計を受ける納税者 と業種が同一で、しかも業態・規模・営業条件・立地条件等が個別的に類似している と認められる同業者のみを、それも比較的近隣の地域から選定し、これらの「類似同 業者」を対象に実額調査を実施し、その調査実績に基づいて求められた平均的な比率 (所得率・差益率・原価率・経費率等)である36。この場合に納税者から次の二つの立 場から反論するケースが多い。一つ目は、同業者の類似性に関する課税庁の主張はか なり抽象的・類型的なものにとどまるため、納税者から、納税者の業種、営業規模、 立地条件等の営業条件が同業者のそれとは異なるという「比準同業者の抽出基準につ 31 32 33 34 35 36 時岡泰・山下薫『推計課税の合理性について』 (法曹会、1980 年)6 頁。 金子宏・前掲注(10)735 頁。 吉良実・前掲注(2)140 頁。 吉良実・前掲注(2)141 頁。 泉徳治ほか『租税訴訟の審理について(改訂新版)』 (法曹会、2002)204 頁。 吉良実・前掲注(2)91 頁。 11 (199) いての主張」がなされる場合がある。二つ目は、納税者側から、課税庁の推計方法よ り真実の所得金額に近似する方法が存在することの主張がされることがある。例えば、 「同業者率より本人比率(税務官庁が納税者本人を調査し、その納税者の一定期間にお ける実績または記帳もしくは前年分・後年分等の調査実績から合理的に求められた所 得率をいう37)を使用すべき」という主張等である。 納税者からの一つ目の反論を検討する。この点に関し、被告課税庁は「推計課税は、 実額課税が客観的な所得額との一致の蓋然性を個別的・具体的に追求するものである のに対し、一般的・抽象的な一致の蓋然性があることをもって足りるとするものであ るから、推計の合理性を基礎づける事実も、一般的・抽象的にみて実額に近似した金 額を算出するのに必要な限度で類型的にとらえるべきである」38とするであろう。これ に対して原告納税者は、被告の主張する合理性を基礎づける事実に対し反証を提出し て争うことが出来るのはもちろん、例えば、同業者比率が平均値によって推計されて いるときは、原告には上記平均値に吸収され得ないような、他の同業者の平均より格 段に営業状態が悪くなるはずであるという営業条件の劣悪性(特殊事情)を積極的、 具体的に主張・立証することにより、合理性を覆すことができる。しかし、平均値に よる推計の場合は、通常程度の営業条件の差異は上記平均値を求める過程で包摂され ると考えられるから、上に述べたとおり、平均値に吸収され得ないような特殊事情の 存在が立証されなければ合理性を覆すことはできないであろう39。 では近年の裁判例において、納税者から「比準同業者の抽出基準」についての主張 があった場合どのようにとらえられているのだろうか。無作為に抽出した平成 10 年か ら平成 24 年までに争われた裁判例を検証した。その結果、90 件のうち比準同業者の選 定基準について判示があるものは 41 件40あり、その 41 件いずれの裁判例においても納 37 吉良実・前掲注(2)90 頁。 佐藤繁「課税処分取消訴訟の審理」 『新・実務民事訴訟講座 10』 (日本評論社、1982)68 頁。 39 泉徳治ほか・前掲注(35)205~206 頁。 40 最三小平成 12 年 10 月 10 日判決(LEXDB)文献番号 28091476、東京高裁平成 10 年 12 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28061099、最一小平成 11 年 9 月 30 日判決(LEXDB)文献番 号 28080843、大阪高裁平成 12 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28090242、広島高裁平 成 11 年 11 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28081086、長野地裁平成 11 年 2 月 19 日判決(LEXDB) 文献番号 28061129、岡山地裁平成 11 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28071219、広島 地裁平成 11 年 6 月 15 日判決(LEXDB)文献番号 28071253、最一小平成 13 年 4 月 11 日判決 (LEXDB)文献番号 28101123、大阪高裁平成 12 年 7 月 21 日判決(LEXDB)文献番号 28091345、 最一小平成 13 年 6 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28101168、京都地裁平成 11 年 10 月 15 日判決(LEXDB)文献番号 28081061、東京地裁平成 11 年 11 月 12 日判決(LEXDB)文献番 号 28081079、最一小平成 12 年 11 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28091526、大阪高裁平成 13 年 1 月 24 日判決(LEXDB)文献番号 28101067、千葉地裁平成 12 年 2 月 18 日(LEXDB) 文献番号 28082929、福岡地裁平成 12 年 5 月 26 日判決(LEXDB)文献番号 28090264、最一 小平成 16 年 12 月 16 日判決(LEXDB)文献番号 28100112、名古屋高裁平成 14 年 4 月 18 日 判決(LEXDB)文献番号 28071977、広島地裁平成 12 年 8 月 31 日判決(LEXDB)文献番号 28091355、大津地裁平成 12 年 10 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28091491、高知地裁平成 13 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28101119、高知地裁平成 13 年 5 月 11 日判決(LEXDB) 38 12 (200) 税者が主張する同業者との差異は、平均化のうちに包摂(捨象)されると判示してい る。 先に述べたように、推計課税の合理性は絶対的な合理性を必要とするわけではなく、 相対的な合理性を有すれば足りると考えられる。納税者と全く差異のない同業者を選 定することは不可能であるし、厳密さを求めすぎて選定できる同業者の数が少なくな ることは、反対に相対的な合理性が失われることにもなりかねない。したがって、私 は同業者の選定基準については一応の合理性があれば足りると考える。 図表 3(推計の合理性における比準同業者の選定基準について) ① ② ③ 無作為に抽出した推計課税 ①のうち比準同業者の選 ②のうち同業者との差異は平均化の 訴訟の件数(平成 10 年~平 定基準について判示があ うちに包摂(捨象)されると判示したも 成 24 年) るものの件数 のの件数 90 件 41 件 41 件 (出典:筆者作成) 二つ目の反論を検討する。納税者から他により合理的な推計方法があると主張がさ れた場合の立証の程度については、①出来る限り真実の所得金額に近似した数値が得 られるように、最善の方法が選択されなければならず、課税庁において、他より合理 的な推計方法が存在しないことを主張立証しなければならないとする「最善説」②課 税庁の採った方法が相対的に最適の方法であることを要し、納税者が一応の合理性が 認められる他の方法を主張した場合には、課税庁は、課税庁が使用した推計方法によ った方がより実額に近いことを主張立証しなければならない「最適方法説」③推計は、 文献番号 28101135、広島高裁岡山支部平成 14 年 4 月 11 日判決(LEXDB)文献番号 28110560、 横浜地裁平成 13 年 12 月 12 日判決(LEXDB)文献番号 28102235、名古屋地裁平成 14 年 1 月 30 日(LEXDB)文献番号 28071133、最三小平成 17 年 9 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 25420280、神戸地裁平成 15 年 7 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28082848、さいたま地裁 平成 15 年 9 月 17 日判決(LEXDB)文献番号 28130715、東京高裁平成 16 年 5 月 19 日判決 (LEXDB)文献番号 28141116、札幌地裁平成 16 年 2 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 28140963、 神戸地裁平成 16 年 4 月 6 日判決(LEXDB)文献番号 28141025、最一小平成 18 年 5 月 22 日 判決(LEXDB)文献番号 25450869、広島高裁岡山支部平成 19 年 5 月 17 日判決(LEXDB) 文献番号 25420196、長野地裁平成 17 年 11 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 25420340、東京 高裁平成 18 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28131804、横浜地裁平成 18 年 1 月 18 日判 決(LEXDB)文献番号 25450426、最二小平成 20 年 10 月 10 日判決(LEXDB)文献番号 25470952、 最一小平成 20 年 4 月 24 日判決(LEXDB)文献番号 25470667、名古屋高裁平成 20 年 12 月 4 日判決(LEXDB)文献番号 25470869、東京地裁平成 20 年 11 月 14 日判決(LEXDB)文献番 号 25470974。 13 (201) 一応の合理性が認められれば足り、納税者において他の推計方法によるほうが実額に より近似することになることを立証しない限りは、課税庁の推計方法の合理性を肯定 できる「一応の合理性必要説」が考えられる41といわれている。これに関して、「推計 課税においてあまりに重い立証負担を被告課税庁に強いることは、非協力、不誠実な 納税者を利する結果になりかねないのみならず、蓋然値で満足すべき推計課税の本旨 を没却することになりはしないであろうか。推計課税は、蓋然性考慮の原則によって 行われるものであるとすれば、訴訟上においてもこの原則を承認し、 『一応の立証』で 足りると解し、立証の程度を軽減緩和すべき」42との意見がある。 では近年の裁判例において、「納税者から他により合理的な推計方法がある」と主張 がされた場合どのようにとらえられているのだろうか。無作為に抽出した平成 10 年か ら平成 24 年までに争われた裁判例について検証した。90 件のうち納税者から他により 合理的な推計方法があると主張があったものの件数は 12 件43でありそのうち 12 件のい ずれの裁判例においても課税庁の推計方法の合理性を検討したうえで、納税者主張の 推計方法の合理性が検討されている。しかし、納税者主張の推計方法が認められたも のの件数は 0 件であった。この裁判例の傾向は、推計は、一応の合理性が認められれ ば足り、納税者において他の推計方法によるほうが実額により近似することになるこ とを立証しない限りは、課税庁の推計方法の合理性を肯定できる「一応の合理性必要 説」が妥当であることを表しているのではないだろうか。 また、納税者からの他により合理的な推計方法があるという主張について、吉良実 氏は以下のように述べている。 「更正・決定の権限は税務官庁の専属的権限であり、納 税者や裁判所はそのような権限を有するものではなく、しかも推計課税はそのような 権限行使の一方法にすぎず、特定の推計方法の具体的な選択はそのような権限行使の 一部として行われるものだからである。つまり推計課税取消訴訟においては、納税者 は税務官庁が選択した具体的な推計方法それ自体の不合理性を主張・立証して当該推 計課税の効力を争うことはできるが、それ以上に特定の推計方法を選択して、その推 計方法をもって推計課税を行うべきである旨を主張したり、また裁判所は、税務官庁 が選択した具体的な推計方法の合理性の存否を判断することが必要なのであって、そ れ以上に特定の推計方法を自ら新たに選択して、その推計方法をもって課税標準等を 41 泉徳治ほか・前掲注(35)206 頁。 南博方『租税訴訟の理論と実際(増補版)』 (弘文堂、1980)115 頁。 43 最一小平成 12 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28091372、広島地裁平成 11 年 6 月 15 日判決(LEXDB)文献番号 28071253、最一小平成 12 年 11 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28091526、最一小平成 16 年 12 月 16 日判決(LEXDB)文献番号 28100112、広島地裁平成 12 年 8 月 31 日判決(LEXDB)文献番号 28091355、大阪高裁平成 13 年 11 月 27 日判決(LEXDB) 文献番号 28102229、鹿児島地裁平成 15 年 12 月 19 日判決(LEXDB)文献番号 28130763、最 一小平成 18 年 5 月 22 日判決(LEXDB)文献番号 25450869、最三小平成 19 年 6 月 26 日判決 (LEXDB)文献番号 25463400、東京高裁平成 18 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28131804、 最二小平成 20 年 10 月 10 日判決(LEXDB)文献番号 25470952、東京地裁平成 20 年 11 月 14 日判決(LEXDB)文献番号 25470974。 42 14 (202) 更正・決定する権限までもを有するものではなく、かつそのような職責を負担してい るものでもないと解するからである」44。 以上、学説を考慮し、かつ近年の裁判例を検証した結果、一応の合理性必要説によ ることが主流であると考えられる。したがって私は一応の合理性必要説を支持する。 上記二つの反論を検討したうえで改めて推計課税の合理性について考えることとす る。ここでまた近年の裁判例の動向を知るために、無作為に抽出した平成 10 年から平 成 24 年までに争われた裁判例について検証した。その結果、90 件の裁判例のうちその 90 件のいずれの裁判例においても推計課税の合理性が争点となっていた。そのうち納 税者の合理性の主張が一部認められた件数は 3 件45であった。一審で納税者の合理性の 主張を認めたが控訴審で否定し、上告を棄却したものは 2 件46であった。これらのこと から、納税者が推計課税の合理性について争っても認められることはほとんどなく、 このことは推計課税の合理性が一応の合理性で足りることを表しているのではないだ ろうか。 松沢智氏は、推計課税の合理性について以下のように述べている。「推計課税は、真 実の所得金額に近似する数額を把握することをもって足りるとされるのであるから、 もし完全な立証までも要求するのであれば、推計課税それ自体が否定され、真実の所 得金額までも立証を要求される結果となるので、したがって、それは一応の立証で足 りるものと解する」47。 また南博方氏は以下のように述べている。 「推計せざるを得ない事情を生ぜしめた原 因ないし責任は、専ら納税者の側にある。納税者が、正確な実額資料を整えて申告し たのであれば、推計による課税は全く必要なかったはずである。推計課税は、納税者 の側の責めに帰すべき事情に起因するものである。端的に言えば、申告納税制度の下 においては、推計課税は、一種の制裁措置として位置づけられてもやむを得ないと言 うべきである48」 。 以上、納税者からの二つの反論を、学説及び近年の裁判例から検討し、かつ納税者 からの合理性の主張がほとんど認められていないことを考慮すると、推計課税の合理 性は一応の合理性で足りるとすることが妥当と思われる。 吉良実「推計課税における若干の問題」税法学 500 号(清文社、1992)70 頁。 京都地裁平成 13 年 3 月 21 日判決(LEXDB)文献番号 28101105、横浜地裁平成 13 年 7 月 4 日判決(LEXDB)文献番号 28102163、東京高裁平成 18 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献番 号 28131804。 46 最三小平成 12 年 10 月 10 日判決(LEXDB)文献番号 28091476、最三小平成 17 年 9 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 25420280。 47 松沢智・前掲注(22)82 頁。 48 南博方「推計課税の実務と理論」判例タイムズ 787 号(1992)10 頁。 44 45 15 (203) 図表 4(納税者が他の推計方法を主張した裁判例について) ① ② ③ 無作為に抽出した推 ①のうち納税者から 計課税訴訟の件数 他により合理的な推 (平成 10 年~平成 24 計方法があると主張 年) があったものの件数 90 件 12 件 ④ ②のうち課税庁の推計方 法の合理性を検討したう ③のうち納税者主張 えで、納税者主張の推計 の推計方法が認め 方法の合理性を検討した られたものの件数 ものの件数 12 件 0件 (出典:筆者作成) 図表 5(推計方法の合理性について) ① ② ③ ④ ⑤ ④のうち合理性の 無作為に抽出した推 計課税訴訟の件数 (平成 10 年~平成 24 ①のうち合理 性が争点とな 年) った件数 ②のうち合理性の争 ②のうち合理性の争 争点について一審 点について納税者の 点について納税者の で納税者の主張を 主張を一部認めた件 主張を認めなかった 認めたが控訴審で 数 件数 否定し、上告を棄 却した件数 90 件 90 件 3件 87 件 2件 (出典:筆者作成) III. 推計課税の本質論 1. 推計課税における 3 つの説 課税訴訟においてはその必要性や合理性、実額主張による反論について争われる。 それは、推計課税の根拠規定に明確な要件が存在しないからである。従って、推計課 税の本質論をどう捉えるかにより、争点に対する見方も変わってくる。推計課税の本 質論をどのように解釈するかは、以下の 3 つの説が有名である。 (1) 事実上推定説の概念 ① 学説 事実上推定説とは、 「推計課税は間接的な資料と経験則を用いて真実の所得額を事実 上の推定により認定するものである」49とする説である。清水敬次氏は「課税処分のう 49 泉徳治ほか・前掲注(35)201 頁。 16 (204) ち推計課税と呼ばれるものは、通常、納税者の取引に関する帳簿資料(直接的資料) 以外の資料に基づいて課税標準を算定して行うものをいう」50と述べており、通説・判 例の立場は事実上推定説にある51とされている。 事実上推定説に立つ学説の支配的見解は、①所得課税においては、申告納税が原則 であるとともに、所得課税の理想は、直接的資料を用いて所得の実額を把握すること にある、②課税庁は、まず必要な直接的資料の入手に努めるべきであり、したがって、 十分な直接的資料が得られない場合に限り、推計課税が認められる、③推計は合理的 に行わなければならず、推計の合理性の判断に当たっては、なるべく実額に近い所得 を推計する必要と、推計課税がもともと実額課税の不可能な場合について認められた 概算課税の方法であるという事実との間に適切な調和を図らなければならない、④課 税処分取消訴訟の場面で実額課税が主張され、当該実額を認定できる場合には、たと え処分当時の推計課税に必要性、合理性が備わっていたとしても、実額には対抗でき ない、とされる52。 ② 本論文における事実上推定説の定義付け 推計課税訴訟の中には、推計課税の本質論について判示されているものが存在する。 事実上推定説とったとされる裁判例は小野雅也論文で紹介されている53。そこでまず、 それらの裁判例の判示の中で推計課税の本質論について述べたと思われる部分に着目 する。大阪地裁平成 2 年 4 月 11 日判決54は「推計とは、課税標準あるいはそれを構成 する要件事実(以下「課税標準等」という。 )を、直接の証拠ではなく、間接事実から の推認により認定する方法であるが、それは事実認定の一方法であって、いわゆる推 計課税というのも、いわゆる実額課税と別個の課税処分ではなく、課税標準等が右の ような推認で認定されたものを呼ぶにすぎない。」と判示している。大阪高裁平成 2 年 5 月 30 日判決及び大阪高裁平成 2 年 10 月 26 日判決55は全く同様の言葉で判示をして おり、 「推計課税は、実額課税と同様に真実の所得額を認定するために、納税者が実額 を算定するに足りる帳簿書類などの直接資料を提出せず税務調査に協力しない場合に、 やむを得ず真実の所得額に近似した額を間接資料により推計し、これをもつて真実の 所得額と認定する方法」と判示している。大阪地裁平成 2 年 9 月 26 日判決56は「被告 清水敬次『税法 第 7 版』 (ミネルヴァ書房、2007)240 頁。 北口りえ・前掲注(1)132 頁。 52 田中治「推計課税の本質論と総額主義」 『公法学の法と政策 金子宏先生古稀祝賀 下巻』(有 斐閣、2000) 105 頁。 53 小野雅也「推計課税と実額反証に関する裁判例の分析」税務大学校論叢 28 号(1997)182 頁。 54 大阪地裁平成 2 年 4 月 11 日判決(LEXDB)文献番号 22003812。 55 大阪高裁平成 2 年 5 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 22003812、大阪高裁平成 2 年 10 月 26 日判決(LEXDB)文献番号 22004957。 56 大阪地裁平成 2 年 9 月 26 日判決(LEXDB)文献番号 22004936。 50 51 17 (205) の主張する原告の係争各年分の経費の推計には合理性が認められるから、特段の反証 がされない限り、右三の4に認定した推計額が、係争各年分の原告の経費額であると の事実上の推定をすることができる。原告がいわゆる実額反証によって、右推計額を 争う場合においては、原告主張の実額が、被告主張の推計額より真実の経費額に近似 することを立証することによって、右の事実上の推定を覆す必要があると解される。」 と判示している。東京地裁平成 3 年 12 月 19 日判決57は「現行所得税法上、実額課税 の場合と推計課税の場合とで事業所得に対する課税について異なった内容の課税標準 が設けられているわけではなく、両者の課税方法の別は、総収入金額から必要経費を 控除した金額(所得税法二七条)として規定されている課税標準の計算が、一方が帳 簿書類等の直接資料によって行われるのに対し他方が同業者比率等の間接的な資料に よって行われるという、その所得の認識の方法の別をいうにすぎないものであること はいうまでもないところである。」と判示している。名古屋地裁平成 4 年 4 月 27 日判 決58は「推計課税と実額課税とは互いに別個独立の課税処分ではなく、所得ないしそれ を構成する収入金額及び必要経費を認識する際の資料ないし方法を異にするにすぎな いと解すべきであるから、いずれにしても最終的に問題となるのは真実の所得金額が いくらであったかということであり、客観的に真実の所得金額により近い金額と認め られる方が採用されるべきものである。そして、収入金額は実額により、かつ、必要 経費は推計によって所得金額を算定してされた課税処分の取消訴訟においては、推計 の必要性及び合理性を基礎付ける事実が立証されると、必要経費の額は右推計に係る 金額であることが事実上推定されると解することができる。 」と判示している。神戸地 裁平成 4 年 7 月 29 日判決及び神戸地裁平成 4 年 9 月 30 日判決59は全く同様の言葉で 判示しており、 「推計課税は、納税者の帳簿不提示や、所得調査に協力しないため、や むを得ず、間接的な資料により真実に近似した額を推計し、これをもって真実の所得 額と認定する方法であり、実額による課税と同様に真実の所得額を認定するための一 方法」と判示している。東京地裁平成 4 年 11 月 30 日判決60は「実額課税と推計課税の 別は、所得の認識を直接的な資料で行うか間接的な資料で行うかという認識方法の差 にすぎず、両者の場合で異なった内容の課税標準が定められているわけではない。」と 判示している。名古屋高裁金沢支部平成 5 年 2 月 24 日判決及び名古屋高裁金沢支部平 成 6 年 3 月 28 日判決61は全く同様の言葉で判示しており、 「現行の所得税法上は、実額 課税の場合と推計課税との場合とで、事業所得に対する課税について異なる内容の課 東京地裁平成 3 年 12 月 19 日判決(LEXDB)文献番号 22004841。 名古屋地裁平成 4 年 4 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 22005567。 59 神戸地裁平成 4 年 7 月 29 日判決(LEXDB)文献番号 22006985、神戸地裁平成 4 年 9 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 22007019。 60 東京地裁平成 4 年 11 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 22007060。 61 名古屋高裁金沢支部平成 5 年 2 月 24 日判決(LEXDB)文献番号 22006571、名古屋高裁金 沢支部平成 6 年 3 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 22008331。 57 58 18 (206) 税標準が設けられているわけではなく、推計課税といっても、実額課税とは別個の処 分ではなく、ただ所得を認定する資料として、帳簿書類等の直接資料を用いるか、同 業者比率等の間接的な資料を用いるかという違いに過ぎない。」と判示している。仙台 地裁平成 5 年 5 月 25 日判決62は「推計課税と実額課税の課税方法の別は、一方が帳簿 書類等の直接資料によって計算するのに対し他方が同業者率等の間接的な資料によっ て計算するという、客観的に存在する所得を認識するための方法の別をいうにすぎな い。 」と判示している。東京高裁平成 6 年 1 月 31 日判決63は「推計課税は納税者が直接 資料を提出せず、税務調査に協力しないため、やむをえず間接資料により真実の所得 金額に近似した額を推計して、これを真実の所得額と認定する課税方法の一つであり、 課税庁において右推計課税の合理性について立証した場合には、右の方法により算出 された金額をもって真実の所得額と認定すべきものである。 」と判示している。神戸地 裁平成 6 年 4 月 20 日判決64は「推計課税は、実額課税と同様に真実の所得金額を認定 するために、納税者が実額を算定するに足りる帳簿書類等の直接資料を提出しないな ど、税務調査に協力しない場合、やむを得ず真実の所得額に近似した額を間接資料に より推計し、これをもって真実の所得額と認定する方法である。 」と判示している。大 阪高裁平成 6 年 6 月 28 日判決65は「推計課税は、納税者が実額を算定するに足りる帳 簿書類などの直接資料を提出せず、税務調査に協力しないため、やむを得ず真実の所 得額に近似した額を間接資料により推計し、これをもって真実の所得額と認定する方 法であり、実額課税と同様に真実の所得額を認定するための一つの方法である。 」と判 示している。 事実上推定説の明確な定義は存在しないが、上記の裁判例の判示をまとめ、本論文 では次のように定義することとする。「推計課税は、納税者の帳簿不提示や、所得調査 に協力しないため、やむを得ず、間接的な資料により真実に近似した額を推計し、事 実上の推定により真実の所得金額を認定するものであり、実額による課税と同様に真 実の所得額を認定するための一方法である66。したがって、推計課税と実額課税とは互 いに別個独立の課税処分ではない67」 。 本論文においては、推計課税の本質についてこれと同様の判旨の言及を含む裁判例 を、事実上推定説を採用した裁判例と定義付けることとする。 仙台地裁平成 5 年 5 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 22007324。 東京高裁平成 6 年 1 月 31 日判決(LEXDB)文献番号 22008394。 64 神戸地裁平成 6 年 4 月 20 日判決(LEXDB)文献番号 22008445。 65 大阪高裁平成 6 年 6 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 22008469。 66 神戸地裁平成 4 年 7 月 29 日判決(LEXDB)文献番号 22006985、神戸地裁平成 4 年 9 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 22007019 の判示を参考とした。 67 名古屋地裁平成 4 年 4 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 22005567 の判示を参考とした。 62 63 19 (207) (2) 別世界説の概念 別世界説の学説については、論者によって様々であり、 「推計課税は、外形基準課税 を肯定する特別の課税方式であり、実体的真実からの乖離を積極的に認めたもの」68と するものや、 「推計課税が許される場合は、もはや真実の所得金額が追求されるのでは なく、同業・同規模の概数(平均所得額)で所得の計算がなされることになるという べきであり、この概数による計算(平均課税。多くの場合に納税者に不利な取り扱い) が推計課税の特質である」69とするものがある。しかし、この説は少数説に止まってい る70。推計課税は実額課税が不可能な場合の課税方法であるが、原則は実額課税であり、 真実の所得金額を求めるべきであるので、私もこの説には同意できない。 (3) 補充的代替手段説の概念 ① 学説 補充的代替手段説とは「推計課税は本質的に実額課税とは異質のもので、実額課税 を行うことのできないときにやむを得ず課税庁に代替手段として認められる認定方法 である」71とするものである。補充的代替手段説は、別世界説と事実上推定説の中間に 位置する考え方を示しているといわれている72。 補充的代替手段説は、 「1994 年(平成 6 年)頃から台頭した法理である」73と述べら れている。小野雅也氏は裁判例の検討を踏まえて、この説の特徴として以下のように 整理している。①推計課税の必要性が要件としてあげられていること、②推計課税は 実額課税に代替する一つの課税方式(あるいは実額課税と並ぶ一つの実体法上の制度) であって、事実上の推定を法規化したものではないこと、③推計課税の意義を所得税 法 156 条(法人税法 131 条)の法意に求め、租税負担の原則を重視していること、④ 推計課税の合理性は、代替手段にふさわしい一応の合理性で足りること、である74。 また補充的代替手段説は、 「 『補充性』、すなわち、推計の必要性を満たすときのみ実 額課税の代替手段として認められるとする考え方である。この説は、別世界説と一脈 通じるところがあるものの、別世界説が、推計課税の結果は、真実の所得額と乖離し ていることを積極的に認めているとしているのに対し、あくまでも、課税標準は、真 実の所得金額であるとし(中略)実額反証をすることにより、推計の結果を覆すこと ができることから、推計の結果と真実の所得金額とのつながりが制度上保障されてい 碓井光明「課税要件法と租税手続法との交錯」租税法研究 11 号(有斐閣、1982 年)28 頁。 山田二郎「判批」自治研究 64 巻 11 号(1988)137 頁。 70 北口りえ・前掲注(1)133 頁。 71 今村隆「判比」税理 39 巻 2 号(1996) 25 頁。 72 大渕博義「判批」ジュリスト 1138 号(有斐閣、1998)135 頁。 73 湖東京至「フランスにおける推計課税制度の現状と問題点」 『納税者の権利の展開』(勁草書 房、2001)581 頁。 74 小野雅也・前掲注(53)189 頁。 68 69 20 (208) るとする考え方である」75とされる。 ② 本論文における補充的代替手段説の定義付け 補充的代替手段説をとったとされる裁判例も小野雅也論文で紹介されている76。この 説についても、それらの裁判例の判示の中で推計課税の本質論を述べたと思われる部 分に注目する。浦和地裁平成 4 年 4 月 27 日判決77は「推計課税は、その必要性がある 場合に合理的な方法により算定された金額をもって所得金額とする一つの課税方法で あり、実額課税と並ぶ一つの実定法上の制度であって事実上の推定を法規化したもの ではない」と判示している。浦和地裁平成 4 年 5 月 25 日判決及び浦和地裁平成 5 年 3 月 22 日判決並びに浦和地裁平成 5 年 5 月 17 日判決78は全く同様の言葉で判示されて おり、 「いかにその方法が合理的なものであっても、推計によって算出された所得金額 と実額との間には何がしかの差異のあることは否定できないところである。 」と判示し ている。東京高裁平成 6 年 3 月 30 日判決79は「税務署長が申告された又は無申告の所 得税の課税標準等ないし税額等について更正又は決定をするに当たっては、所得の実 額をもってすべきである(国税通則法二四条、二五条)が、所得の実額を捕そくする ことができない場合においても、租税負担公平の原則上更正又は決定をすることを回 避又は放棄することは許されないから、高度の信頼性を付与されている青色申告にか かる更正の場合を除き、間接的な資料によって所得を認定して更正又は決定をしなけ ればならない。所得税法一五六条(なお、法人税法一三一条)は、この趣旨を規定し たものである。したがって、間接的な資料を用いて所得を認定する方式である推計課 税は、直接資料を用いて所得を認定する方式である実額課税に代わるものではあって も、それ自体一つの課税の方式であって、所得の実額の近似値を求める、いうなれば 概算課税の性質を有しているというべきである。そうだとすると、推計課税における 推計の合理性は、所得の実額との関係で厳密な整合性を有する必要はなく、実額課税 に代わる方式にふさわしいといい得る程度の推計の合理性で足りるというべきであ る。 」と判示している。京都地裁平成 6 年 5 月 23 日判決80は「推計課税(所得税法一五 六条)は、課税標準を実額で把握することが困難な場合、税負担公平の観点から、実 額課税の代替的手段として、合理的な推計の方法で課税標準を算定することを課税庁 に許容した実体法上の制度と解するのが相当である。そうすると、推計課税は、実体 法上、実額課税とは別に課税庁に所得の算定を許す行為規範を認めたものであって、 75 今村隆・前掲注(71)26 頁。 小野雅也・前掲注(53)187 頁。 77 浦和地裁平成 4 年 4 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 22006528。 78 浦和地裁平成 4 年 5 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 22006536、浦和地裁平成 5 年 3 月 22 日判決(LEXDB)文献番号 22007251、浦和地裁平成 5 年 5 月 17 日判決(LEXDB)文献番号 22007318。 79 東京高裁平成 6 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 22007522。 80 京都地裁平成 6 年 5 月 23 日判決(LEXDB)文献番号 22007591。 76 21 (209) 真実の所得を事実上の推定によって認定するものではないから、その推計の結果は、 真実の所得と合致している必要はなく、実額近似値で足りる。だから、推計方法の合 理性も、真実の所得を算定しうる最も合理的なものである必要はなく、実額近似値を 求めうる程度の一応の合理性で足りると解すべきである。したがって、他により合理 的な推計方法があるとしても、課税庁の採用した推計方法に実額課税の代替手段にふ さわしい一応の合理性が認められれば、推計課税は適法というべきである。それとの 推計方法の優劣を争う主張は、主張自体失当である。」と判示している。釧路地裁平成 6 年 6 月 28 日判決81は「推計課税は、税負担の公平の見地上、納税者の所得を認識す ることができる帳簿等の資料等がないからといって課税を放棄できないため、推計の 必要性の存在を要件として、実額課税に代替する手段として認められたものと解する (所得税法一五六条) 。 (中略)税務署長が採用した推計方法が合理的であるためには、 税務署長が入手し又は容易に入手し得る推計の基礎事実及び統計資料等に照らし、そ の推計方法が一応最良の方法と認められ、かつ、当該納税者の所得につき近似値を求 め得ると認められる程度のものであれば足りるといわなければならない。推計課税は、 税負担の公平の見地から実額課税に代替する手段として認められたものであり、その 性質上実額そのものではなくその近似値的なものを把握すれば足りるものであるとこ ろ、現実の所得が明らかになれば実額によって課税するとの原則に戻り、推計による 課税処分は取り消されることになると解すべきであるが、その場合の所得金額の主張 立証責任は、納税者の側にあると解すべきである」と判示している。 補充的代替手段説の明確な定義は存在しないが、上記の裁判例の判示をまとめ、本 論文では次のように定義することとする。「推計課税は、税負担の公平の見地上、納税 者の所得を認識することができる帳簿等の資料等がないからといって課税を放棄でき ないため、推計の必要性の存在を要件として、実額課税に代替する手段として、かつ 実額課税を補充する手段として認められたものと解する82。また、推計課税は、実体法 上、実額課税とは別に課税庁に所得の算定を許す行為規範を認めたものであって、真 実の所得を事実上の推定によって認定するものではないから、その推計の結果は、真 実の所得と合致している必要はなく、実額近似値で足りる。だから、推計方法の合理 性も、真実の所得を算定しうる最も合理的なものである必要はなく、実額近似値を求 めうる程度の一応の合理性で足りると解すべきである83。したがって、いかにその推計 方法が合理的なものであっても、推計によって算出された所得金額と実額との間には 何がしかの差異のあることは否定できない84」 。 釧路地裁平成 6 年 6 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 22007623。 釧路地裁平成 6 年 6 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 22007623 の判示を参考とした。 83 京都地裁平成 6 年 5 月 23 日判決(LEXDB)文献番号 22007591 の判示を参考とした。 84 浦和地裁平成 4 年 5 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 22006536、浦和地裁平成 5 年 3 月 22 日判決(LEXDB)文献番号 22007251、浦和地裁平成 5 年 5 月 17 日判決(LEXDB)文献番号 22007318 の判示を参考とした。 81 82 22 (210) 本論文においては、推計課税の本質について、これと同様の判旨の言及を含む裁判 例を、補充的代替手段説を採用した裁判例と定義付けることとする。 (4) 訴訟時の納税者からの主張 事実上推定説をとった場合、田中治氏によれば、納税者はその不服とする推計課税 について、一般に訴訟時において次の三種の攻撃をすることが可能となる、と述べて いる。 第一に、推計の方法自体が合理性を欠く、という主張である。例えば、同業者率の 適用の際、選定された同業者に類似性がない、同業者率の適用を受ける納税者の特殊 事情を適正に考慮していない、などの主張である。 第二に、他により合理的な推計方法があるのに、それを適用せず、合理性に劣る推 計方法を適用したことは違法である、とする主張である。より実額を反映する推計方 法があるのに、それを適用しなかったことは、実額課税の理念に反する、とするので ある。 第三は、実額反証である。実額反証とは、処分時において直接的資料を提示しない 納税者が、争訟段階において直接的資料を提示し、実額によって課税すべきだと主張 することをいう。伝統的な裁判例は、納税者によるこのような実額反証を基本的に認 めてきた。一般に、実額は推計を破る、といわれているところである85。 他方、補充的代替手段説の立場から推計課税に関する納税者の三種の攻撃方法をど う見るかについては、それほど明確に示されたものはない。しかし、前掲京都地裁平 成 6 年 5 月 23 日判決及び前掲釧路地裁平成 6 年 6 月 28 日判決の判示より、以下のよ うに推測される。 第一の推計の方法自体が不合理であるという主張については、 「推計方法の合理性も、 真実の所得を算定しうる最も合理的なものである必要はなく、実額近似値を求めうる 程度の一応の合理性で足りると解すべきである(京都地裁平成 6 年 5 月 23 日判決) 」 と示されるだろう。 第二の他により合理的な推計方法があるという主張については、 「他により合理的な 推計方法があるとしても、課税庁の採用した推計方法に実額課税の代替手段にふさわ しい一応の合理性が認められれば、推計課税は適法というべきである。それとの推計 方法の優劣を争う主張は、主張自体失当である(京都地裁平成 6 年 5 月 23 日判決)」と 示されるだろう。 第三の実額反証については、 「現実の所得が明らかになれば実額によって課税すると の原則に戻り、推計による課税処分は取り消されることになると解すべき(釧路地裁 平成 6 年 6 月 28 日判決) 」と示されるだろう。 これらをまとめると以下のようになる。これを見ると、補充的代替手段説は、推計 85 田中治・前掲注(52)106 頁 23 (211) 課税の合理性についての納税者からの主張を退けようとする説であることがわかる。 つまり課税庁にとって有利な説であるということができる。これらの説の妥当性につ いては後で検討することとする。 図表 6(訴訟時の納税者の主張について) 争点 納税者の主張 推計の方法自体が合理性を欠くとい 事実上推定説 補充的代替手段説 認められる 一応の合理性があれば足りる 認められる 主張自体失当である 認められる 認められる う主張 推計の合理性 別のより合理的な推計方法があると いう主張 実額反証 実額による反論 (出典:筆者作成) (5) 近年の裁判例の傾向 補充的代替手段説を採用した裁判例は近年増加しているといわれている。そこで、 無作為に抽出した平成 10 年から平成 24 年までに争われた裁判例を検証した。その結 果、90 件のうち推計課税の本質論について判示があるものは 34 件であった。そのうち 事実上推定説を採用した件数は 9 件86であり、補充的代替手段説を採用した件数は 23 件87であった。確かに近年においては、通説と言われていた事実上推定説の件数より、 大阪高裁平成 12 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28090242、最一小平成 13 年 4 月 11 日判決(LEXDB)文献番号 28101123、最一小平成 13 年 6 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28101168、さいたま地裁平成 15 年 9 月 17 日判決(LEXDB)文献番号 28130715、鹿児島地裁 平成 15 年 12 月 19 日判決(LEXDB)文献番号 28130763、札幌地裁平成 16 年 2 月 27 日判決 (LEXDB)文献番号 28140963、広島高裁岡山支部平成 19 年 5 月 17 日判決(LEXDB)文献 番号 25420196、大阪地裁平成 18 年 8 月 23 日判決(LEXDB)文献番号 25451116。 87 東京高裁平成 10 年 12 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28061099、和歌山地裁平成 10 年 12 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28061106、広島高裁平成 11 年 11 月 25 日判決(LEXDB) 文献番号 28081086、岡山地裁平成 11 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28071219、千葉 地裁平成 11 年 4 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 28071233、広島地裁平成 11 年 6 月 15 日判 決(LEXDB)文献番号 28071253、京都地裁平成 11 年 6 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28071266、 千葉地裁平成 12 年 2 月 18 日(LEXDB)文献番号 28082929、佐賀地裁平成 12 年 5 月 26 日判 決(LEXDB)文献番号 28090265、広島地裁平成 12 年 8 月 31 日判決(LEXDB)文献番号 28091355、 横浜地裁平成 12 年 10 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28091484、大津地裁平成 12 年 10 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28091491、仙台高裁平成 13 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献 番号 28102203、大阪高裁平成 13 年 11 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 28102229、横浜地裁 平成 13 年 7 月 4 日判決(LEXDB)文献番号 28102163、広島高裁岡山支部平成 14 年 4 月 11 日判決(LEXDB)文献番号 28110560、札幌高裁平成 14 年 3 月 8 日判決(LEXDB)文献番号 228110547、横浜地裁平成 13 年 12 月 12 日判決(LEXDB)文献番号 28102235、大阪地裁平 成 14 年 3 月 1 日判決(LEXDB)文献番号 28110546、最三小平成 17 年 9 月 27 日判決(LEXDB) 文献番号 25420280、東京高裁平成 18 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28131804、横浜 86 24 (212) 補充的代替手段説を採用した件数が多かった。このことは、過去の通説としては事実 上推定説を採用してきたが、近年においては推計課税の本質論は補充的代替手段説で あることを示しているのだろうか。しかし、補充的代替手段説を明示的に拒否した判 例も 2 件88存在する。推計課税の本質論としてはどちらの説が妥当であるのか、以下で 検討する。 図表 7(推計課税の本質論について) ① 無作為に抽出した推計 課税訴訟の件数(平成 10 年~平成 24 年) 90 件 ② ①のうち推計課税の 本質論について判 示があるものの件 ③ ④ ⑥ ②のうち事実 ②のうち補充的代 ②のうち補充的代 上推定説を採 替手段説を採用し 替手段説を明示 用した件数 た件数 的に拒否した件数 9件 23 件 2件 数 34 件 (出典:筆者作成) 2. 事実上推定説及び補充的代替手段説と推計の合理性との関係 上記Ⅲの1の(4)において事実上推定説と補充的代替手段説を比較すると、納税者か らの推計の合理性についての主張があった場合のとらえ方に違いが生じることが判明 した。そこで、 「推計の方法自体が合理性を欠く」という主張と「他により合理的な推 計方法がある」という主張の場合をそれぞれ検討する。 (1) 推計方法自体が合理性を欠くという主張があった場合 上記Ⅱの 2 においてこの主張については検討済みである。そこでの結論は、推計方 法自体が合理性を欠くという主張、つまり同業者率の適用の際、選定された同業者に 類似性がない、同業者率の適用を受ける納税者の特殊事情を適正に考慮していない、 などの主張については、平均化のうちに捨象(包摂)されるため一応の合理性で足り るとするものであった。補充的代替手段説はこの考え方を採用している。一方、 「事実 上推定説を貫くと推計方法の合理性について最善の方法であることを要することにな るのではないか」89という意見がある。また事実上推定説は、推計額を実額として推定 地裁平成 18 年 1 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 25450426、最二小平成 20 年 10 月 10 日判 決(LEXDB)文献番号 25470952、東京地裁平成 24 年 5 月 17 日判決(LEXDB)文献番号 25494085。 88 最一小平成 12 年 11 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28091526、最一小平成 17 年 3 月 10 日(LEXDB)文献番号 25420119。 89 今村隆・前掲注(71)25 頁。 25 (213) しているところに疑義がある90との意見がある。また「推計額と実額のいずれもが実額 (真実の所得額)であり、課税処分はあくまで一つであるとして解釈するには些か無 理があり、論理解釈の域をも越えているよう思える。間接的資料により算出される額 である限りは実額近似値でしかなく、いかなる場合であれ真実の所得額になりうるは ずがない。 」91という意見がある。 (2) 他により合理的な推計方法があるという主張があった場合 上記Ⅱの 2 においてこの主張を検討した結果、一応の合理性必要説が妥当というこ とであった。この説は、推計は、一応の合理性が認められれば足り、納税者において 他の推計方法によるほうが実額により近似することになることを立証しない限りは、 課税庁の推計方法の合理性を肯定できる、とする説である。一方、補充的代替手段説 は推計方法の優劣を争う主張自体失当とする考えである。一見すると、補充的代替手 段説は、一応の合理性必要説と整合しないように思われる。補充的代替手段説を批判 する論者はこの点を指摘する場合が多い。つまり「より実額を反映する、より合理的 な推計方法の存在を主張することそのものが否定されるとすれば、たとえ推計方法の 選択に関して課税庁の恣意が存した場合でも違法性を問うことが出来ない、という不 合理な結果が生じる」92という意見である。 では本当に「補充的代替手段説をとり、かつ推計方法の優劣を争う主張自体失当と 判示した裁判例」は、一応の合理性必要説と整合せず、かつ補充的代替手段説を批判 する論者が言うような不合理が生じるのだろうか。無作為に抽出した平成 10 年から平 成 24 年までに争われた裁判例を検証した。90 件のうち補充的代替手段説をとりかつ推 計方法の優劣を争う主張自体失当と判示した件数は 3 件93であった。一方、納税者から の推計方法の主張により優劣を争う主張自体失当とまでは言えないと判示した件数は 3 件94であった。納税者から他により合理的な推計方法があるという主張があった場合 どのようにとらえるべきか、件数からその妥当性を読み取ることはできなかった。そ こで、補充的代替手段説をとり推計方法の優劣を争う主張自体失当と判示した裁判例 を検討する。 90 北口りえ・前掲注(1)133 頁。 北口りえ・前掲注(1)133 頁。 92 田中治・前掲注(52)113~114 頁。 93 広島地裁平成 11 年 6 月 15 日判決(LEXDB)文献番号 28071253、広島地裁平成 12 年 8 月 31 日判決(LEXDB)文献番号 28091355、大阪高裁平成 13 年 11 月 27 日判決(LEXDB)文 献番号 28102229。 94 最一小平成 12 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28091372、最一小平成 12 年 11 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28091526、東京高裁平成 18 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献番 号 28131804。 91 26 (214) 図表 8(納税者から他により合理的な推計方法があるとの主張があった場合について) ① ② ③ ④ 理的な推計方法がある ②のうち補充的代替手 ②のうち推計方法の優 との主張があった場合、 段説をとりかつ推計方 劣を争う主張自体失当 どのようにとらえるべき 法の優劣を争う主張自 とまでは言えないと判示 か判示されたものの件 体失当と判示した件数 した件数 3件 3件 納税者から他により合 無作為に抽出した推計 課税訴訟の件数(平成 10 年~平成 24 年) 数 90 件 6件 (出典:筆者作成) i. 広島地裁平成 11 年 6 月 15 日判決95 (ア) 事実の概要 縫製業を営む事業者である原告(納税者)が、被告(福山税務署長)による原告の 所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分の取消を求めた事案である。原 告提出の本件各係争年分の所得税の確定申告書には、「収入金額」欄及び「必要経費」 欄に記載がなかった。原告の所得金額を実額計算により把握するため、数回にわたり 臨場により帳簿書類の提示を求めるなどし、調査に対する協力の要請をしたが、原告 はこれに応じず、協力しようとする態度はみられなかった。そのため被告は原告に対 して推計課税を行った。本件は、推計の必要性について争いはなく、被告が行った推 計方法の合理性が争点となった。 (イ) 推計の合理性の争点 被告は、被告が行った推計方法の合理性について以下のように主張した。 「調査によ り把握した原告の売上金額を基礎数値として、これに原告と業種、業態及び事業規模 が類似する同業者(以下「類似同業者」という)の平均算出所得率を乗じて得た算出 所得額から、原告の妻藤田雅子に係る事業専従者控除額を控除して事業所得の金額を 算出した方法は合理性がある」 。 一方原告は、他のより合理性のある推計方法が存在するとして以下のように主張し た。 「被告は単純に原告の売上金額に類似同業者の平均算出所得率を乗じる方法により 推計を行っているが、推計は納税者の個別的事情を考慮してより合理性の高い方法に よるべきものであるところ、原告は同業者に比して外注加工の割合が極めて大きいと いう個別的事情があり、一般に外注加工は内部加工に比べ利益率が極めて低いのであ 95 広島地裁平成 11 年 6 月 15 日判決(LEXDB)文献番号 28071253。 27 (215) るから、このような場合、一般経費率で一般経費を推計し、これに把握可能な実額に よる特別経費(外注費、地代家賃、利子割引料等)を控除して所得金額を推計すると いう方式の方がより合理的であり、被告のように単純に類似同業者の平均算出所得率 を適用することは許されない。売上金額からまず外注費を控除し、その後に類似同業 者の一般経費率により推計した一般経費を控除して原告の所得金額を算出する必要が ある」 。 (ウ) 推計の合理性についての判示 被告が行った推計方法については以下のように判示している。 「被告が設定した類似 同業者の抽出基準は、業種・業態の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等か らして、原告との類似性を判別する要件としては一応の合理性を有するものであり、 その抽出に当たり使用した資料は、いずれも正確な帳簿書類の整っている青色申告者 の決算報告書で、内容について納税者と各税務署長との間で争いのないものであるか ら、その信頼性乃至正確性は高いものというべきである。さらに、抽出作業は恣意の 入らない機械的な方法でなされており、五件という抽出件数も、原告の業種、業態、 事業規模等に鑑みれば、一応各同業者の個別性を平均化するに足りるものというべき である。したがって、被告が類似同業者の平均算出所得率を適用してなした原告の本 件各係争年分の事業所得金額の推計は、実額近似値を求めうる程度の一応の合理性を 有するものであると認められる」。 「前述のとおり、 一方原告の主張する推計方法については以下のように判示している。 課税庁の推計方法は実額近似値を求めうる程度の一応の合理性を有するもので足り、 右合理性を有する推計の方法として複数のものがあり得るとしても、課税庁はその合 理的裁量により任意の推計方法を選択しうるものと解され、後日当該責に帰すべき納 税者が自己に有利な近似値算出方法をより合理的であると主張したからといって、そ れとの優劣比較を余儀なくされ、遡ってその効力を左右されるべき筋合いのものでも ないから、当該納税者は課税庁が採用した推計方法が実額近似値を求めうる程度の一 応の合理性を有する以上、もはや別の近似値算出方法をより合理的であると称して、 課税庁の推計方法との優劣を争うことは許されないものというべきところ、被告が採 用した推計方法は実額近似値を求めうる程度の一応の合理性を有するものであること は前記説示のとおりであり、原告はもはや別の近似値算出方法をより合理的であると 称して被告の推計方法との優劣を争うことは許されないから、原告の右主張はそれ自 体失当というべきである」 。 さらに原告の主張する推計方法について以下のように判示している。 「なお、付言す るに、原告主張の推計方法によるためには、原告の事業に係る外注費を実額で把握す る必要があり、右実額は原告が自ら保持する資料によって証すべきであるところ、原 告は、本件各係争年分の外注費に係る証拠書類として、当座預金元帳(甲第九号証の 二)及び納品書、支払書等(甲第一一号証の一乃至甲第一三号証の一〇)を提出する 28 (216) が、右当座預金元帳のみによっては当該出金の支払先や原告の事業との関連性は不明 であり、この点について明らかにする外注先からの請求書や小切手帳控等の証拠書類 は提出されておらず、また、右提出に係る納品書、支払書等も全て原告の作成になる ものであり、これらによって直ちに金銭の支払事実を認めるに足りず、本来右支払事 実を証すべき書類(金銭出納帳、領収証、領収証控等)も全く提出されていない上に、 証人小林祥吾の証言及び原告本人尋問の結果中外注費に関する部分は裏付けに欠け、 信憑性に乏しいところであり、これらの点からも原告の前記主張は採用できない。」ま た以下のように判示している。 「さらに、付言するに、原告は、原告には他の同業者に 比して外注費の占める割合が極めて大きいという個別的事情があり、一般に外注加工 は内部加工に比べ利益率が極めて低く、原告の外注加工に係る平均利益率は三パーセ ントであり、類似同業者の外注加工に係る売上金額の総売上金額に対する平均比率は 二〇パーセント、その平均利益率は六パーセントであるなどとも主張し、原告本人尋 問の結果中にはこれに沿うかのような部分が存するが、いずれも裏付けに乏しく、採 用の限りではない。個別的事情に関していえば、推計の方法としていわゆる同業者の 平均値を用いる場合には、納税者と類似同業者との個別的な営業条件にある程度の差 異があるのはむしろ当然のこととして予定され、ことの性質上、類似同業者との類似 性を厳格に要求し、細部にわたる個別的な営業条件を抽出条件に取入れることになれ は、抽出件数が著しく減少又は皆無となり、その結果、納税者との類似性を追求する ための抽出条件が無意味となることから、業種及び業態の同一性、事業所の近接性、 事業規模の近似性等の基本的な要因において、類似同業者の抽出が客観的合理性を有 するものであれば、同業者間に通常存在する程度の個別的な営業条件の差異は、それ が所得率等に影響を及ぼすことが明らかで当該平均値による推計自体を全く不合理な らしめる程度の顕著なものでない限り、その平均値を算出する過程で捨象される性質 のものであり、これを斟酌することを要しないものというべきであるところ、原告の 事業において当該平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度の顕著な事情が 存することを認めるに足りる証拠もない」 。 (エ) 分析 この裁判例は確かに納税者からの他のより合理的な推計方法があるという主張は失 当として退けている。加えて、合理性を有する推計の方法として複数のものがあり得 るとしても、課税庁はその合理的裁量により任意の推計方法を選択できると判示して いる。一見すると、課税庁に過剰な裁量権を与えているように思われる。しかし、あ くまで課税庁の推計方法の合理性を証明したうえでそのように述べている。仮に課税 庁の推計方法の合理性が無いにもかかわらず納税者主張の方法を失当として退けてい るとすれば、推計方法の選択に関して課税庁の恣意が存した場合でも違法性を問うこ とが出来ない、という不合理な結果が生じていただろう。つまり、課税庁の推計方法 の合理性を証明しているので、そのような不合理は生じないと思われる。また、納税 29 (217) 者主張の方法の優劣を争う主張は失当としつつも、納税者主張の方法に合理性が無い ことを付言している。このことは、推計は、一応の合理性が認められれば足り、納税 者において他の推計方法によるほうが実額により近似することになることを立証しな い限りは、課税庁の推計方法の合理性を肯定できる「一応の合理性必要説」を忠実に 遂行した結果ではないかと考える。 つまり、補充的代替手段説をとりかつ推計方法の優劣を争う主張自体失当であると いう判示は、単に納税者主張の推計方法を争うことを失当とするという意味ではなく、 「被告課税庁の推計方法が合理的である限りにおいては、納税者主張の推計方法がよ り合理的と証明されなければ、その優劣を争う必要が無い」ということを意味してい ると考えられる。 そうすると、補充的代替手段説の立場から推計方法の優劣を争う主張自体失当であ るとする判示は、結局「一応の合理性必要説」を意味しているのではないだろうかと 考えられる。 ii. 広島地裁平成 12 年 8 月 31 日判決96 (ア) 事実の概要 電気工事業を営む原告(納税者)が、本件係争年度の所得税について確定申告をし たところ、被告(広島北税務署長)が原告に対して、原告が係官の調査に対して帳簿 書類等を提示しないことを理由として、更正処分、過少申告加算税賦課決定処分等を 行ったため、原告が各処分の取消しを求めた事案である。本件は、推計の必要性及び 推計の合理性が争点となった。推計の必要性については、上述の通り、原告は税務調 査に非協力であったために、推計の必要性はあったと判示された。 (イ) 推計の合理性の争点について 被告は被告が行った推計方法について以下のように主張した。「被告は、原告の取引 先の調査によって把握した原告の収入金額を基礎数値とし、これに原告と業種業態及 び事業規模の類似する同業者(以下「類似同業者」という。 )の算出所得率(収入金額 に対する青色申告者に限り認められている必要経費を控除する前の所得金額の割合を いう。以下同じ。 )の平均値を乗じて原告の本件各係争年分の事業所得の金額を算出し たが、この方法は合理性がある」 。 原告は他により合理的な推計方法が存在するとして以下ののように主張した。 「類似 同業者比率法よりも本人比率法の方が、業種、業態は特段の事情のない限り同一であ って、営業規模や内容にも連続性があり経年的な把握をしやすいことからより合理的 といえ、類似同業者比率法の選択には合理性がない。」。さらに被告が行った推計方法 に対して以下のように主張した。「被告は抽出に際し、個人と法人のいずれも抽出して いるが、個人と法人とでは経営形態が著しく異なるから、抽出に際し法人は除外され 96 広島地裁平成 12 年 8 月 31 日判決(LEXDB)文献番号 28091355。 30 (218) るべきである。また、抽出に際して、原告に雇用されている労働者数、事業所数等が 全く条件化されておらず、抽出基準として原告の事業規模が考慮されていない」 。 (ウ) 推計の合理性についての判示 被告の推計方法について以下のように判示した。 「広島国税局長は類似同業者の抽出 方法として、いわゆる通達回答方式を採用したものであるが、同方式は抽出を機械的 に行うものであり、その抽出過程には被告の恣意が介在する余地はなく、また、抽出 基準についても資料の内容が正確であると思料される青色申告者又は青色申告法人を 前提とした上で、原告の事業と業種業態が同一であり、かつ原告の事業と地域性、事 業規模、事業形態等において類似性があるものを抽出の条件とし、加えて青色申告・ 白色申告の別に必要経費算出の修正を行い、減価償却の方法により原告の事業との類 似性追求が図られている(乙一、八、証人下方宏展)ということができる。 この点、原告は、被告は抽出に際し、個人と法人のいずれも抽出しているが、個人 と法人では経営形態が著しく異なるから、抽出に際し法人は除外されるべきであると 主張する。 しかし、前記のとおり、広島国税局長は、法人を抽出する場合には、報告書作成の 際に作成要領に基づき個人所有に換算するように指示しているのであるから、被告が 抽出に際し、法人を加えたことは本件抽出方法の合理性の判断を左右するものではな いというべきである。 また、原告は、類似同業者の抽出基準に原告の労働者数、事業所数等が全く条件化 されておらず、原告の事業規模との類似性がない、ないしはその判断ができないと主 張する。 しかし、類似同業者比率法による推計の方法は、その特質から同業者に通常存在す る程度の営業条件の差異は、その計算の過程において捨象されると考えられるから、 営業条件の差異が平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なもので ない限り、同方法による推計の合理性を失わせるものではないというべきである。そ して、営業条件の差異が平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著な ものであることについては納税義務者である原告に主張立証責任があると解せられる ところ、本件において、原告はそのことについて何ら主張立証していない。 以上より、本件における類似同業者の選定条件は合理的なものであり、したがって、 本件推計課税は十分な合理性を有しているというべきである」 。 原告主張の推計方法については以下のように判示している。 「原告は、類似同業者比 率法よりも本人比率法の方が、業種、業態は特段の事情のない限り同一であって、営 業規模や内容にも連続性があり経年的な把握がしやすいことからより合理的といえ、 類似同業者比率法の選択には合理性がないと主張する。しかしながら、推計課税は、 課税標準等を実額で把握することが困難な場合に税負担公平の観点から、実額課税の 補充代替的手段として、合理的な推計の方法で課税標準等を算定することを課税庁に 31 (219) 許容した制度と解するのが相当であるから、真実の所得を事実上の推定によって認定 するものではなく、その推計の結果は、真実の所得と合致する必要はなく、近似値で 足りるというべきである。したがって、その推計方法も、真実の所得を算定しうる最 も合理的なものである必要はなく、実額課税の補充代替的手段としてふさわしい一応 の合理性が認められれば足りるというべきであって、他により合理的な推計方法があ るとしても、課税庁の採用した推計方法に一応の合理性が認められればよく、その推 計方法の優劣を争うことはできないというべきである。よって、原告の主張は採用で きない」 。 (エ) 分析 この裁判例においても、納税者からの他のより合理的な推計方法があるという主張 は失当として退けている。しかし今回の裁判例は、納税者主張の方法については何ら 検討していない。一見すると、課税庁に過剰な裁量権を与えているように思われる。 しかし、この裁判例もあくまで課税庁の推計方法の合理性を証明したうえでそのよう に述べている。納税者は他の推計方法の存在を主張しているだけで、その納税者主張 の方法がより合理的な推計方法であることの証明をしていなかったため、今回は納税 者主張の方法を検討しなかったにすぎない。したがって、上記で述べたような不合理 は生じないと考えられ、またこの裁判例も「一応の合理性必要説」を忠実に遂行した と考えられる。 以上より、この裁判例における補充的代替手段説をとりかつ推計方法の優劣を争う 主張自体失当であるという判示についても、単に納税者主張の推計方法を争うことを 失当とするという意味ではなく、 「被告課税庁の推計方法が合理的である限りにおいて は、納税者主張の推計方法がより合理的と証明されなければ、その優劣を争う必要が 無い」ということを意味していると考えられる。 そうすると、この裁判例は納税者の推計方法について何ら検討していないが、この 裁判例も上記の裁判例と同様に、補充的代替手段説をとりかつ推計方法の優劣を争う 主張自体失当であるという判示は、結局「一応の合理性必要説」を意味しているので はないだろうかと考えられる。 iii. 大阪高裁平成 13 年 11 月 27 日判決97 (ア) 事実の概要 本件は、被控訴人(第一審被告、姫路税務署長)が、焼鳥屋を営む控訴人(第一審 原告、納税者)の平成3年分から平成7年分までの各売上額及び各所得金額の推計に 基づき、各年分の所得税について、平成9年1月31日付けで更正処分及び無申告加 算税又は過少申告加算税の賦課決定処分(以上のすべての処分を合わせて、以下「本 件各処分」という。 )をしたところ、控訴人が、本件各処分は推計方法に合理性がなく 97 大阪高裁平成 13 年 11 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 28102229。 32 (220) 違法であるとして、被控訴人に対し、各更正処分のうち控訴人が確定申告(又は修正 申告)で申告した納付すべき税額を超える部分及び各加算税賦課決定処分の取消しを 求める事案である。本件は推計の必要性については争いが無く、推計の合理性が争点 となった。また、控訴人は他により合理的な推計方法が存在するとして、事前推計の 方法によることを主張した。 事前推計とは以下で説明する。 「被控訴人担当職員は、本件調査の際、控訴人が提出 した平成7年9月29日から同年10月5日までの1週間(ただし、日曜日は休み) の売上伝票を料理品目(手羽先、焼き鳥、それ以外の食物、酒類)別に集計し、その 1日当たりの売上額14万6415円を基に、被控訴人の平成2年度ないし同6年度 の各売上総額について、平成2年度は4100万円、平成3年度は4100万円、平 成4年度は4175万3070円,平成5年度は4156万6194円、平成6年度 は4193万9947円と試算し、上記5か年分の納税額と過少申告加算税の合計を 1037万7000円と試算し、控訴人に説明した。その後、被控訴人担当職員は、 上記金額を一部減額修正し、各売上総額について、平成2年度は4100万円、平成 3年度は3753万1000円、平成4年度は3812万6000円、平成5年度は 4156万6194円、平成6年度は4193万9947円と試算し、上記5か年分 の納税額と過少申告加算税の合計を634万1500円と試算し、控訴人に説明した」 。 以下、上記税務調査の際に試算として行われた推計を「事前推計」ということとす る。 (イ) 推計の合理性の争点について 被控訴人は、被控訴人が行った推計方法について以下のように主張した。 「控訴人の 所得金額については、酒類の仕入金額を除き、実額で把握することが困難であった。 そのため、被控訴人は、控訴人の酒類仕入先(有限会社b)を調査して把握した酒類 の仕入金額実額を推計の基礎として、これに原判決添付別表2「同業者の酒類仕入率 及び特前所得率一覧表」(以下「別表2」という。)の同業者欄記載の類似同業者A、 Bの売上金額に対する酒類の仕入金額の割合(以下「酒類仕入率」という。 )の平均値 を適用して各年分の売上金額を算定し(計算式:控訴人の酒類の仕入金額実額÷類似 同業者の酒類仕入率の平均=控訴人の推計売上金額) 、これに類似同業者の売上金額に 対する所得金額(売上金額から経費等の金額を控除した金額であり、事業専従者控除 を差し引く前の所得金額。以下「特前所得金額」という。)の割合(以下「特前所得率」 という。 )の平均値を乗じて各年分の特前所得金額を算出し、特前所得金額から控訴人 の事業専従者控除額を差し引いて事業所得金額を算出したが、この推計方法は合理性 がある」 。 一方控訴人は、事前推計の方がより合理性があると主張した。 (ウ) 推計の合理性についての判示 被控訴人が採用した推計方法については、以下のように判示した。「被控訴人が本件 33 (221) 推計に当たり酒類仕入率を算定する基礎とした類似同業者の抽出であるが、それは、 確定申告の態様、業態、事業所の所在地及び事業規模等の点についての本件推計条件 のいずれにも該当するすべての者を機械的に抽出するという一応合理性のある基準に 基づいて抽出されたもので,恣意が介在する余地はなく、上記抽出された類似同業者 の酒類仕入率の数値は、青色申告でその申告が確定しているものに基づいたものであ って、その信頼性も一応高いものということができる。 そして、被控訴人は、本件調査によって実額が把握できた本件係争各年分の酒類の 仕入金額を基礎としてこれに上記類似同業者の酒類仕入率の平均値を乗じて売上金額 を算定するという本件推計をしているが、それは、それ以外の鳥類等の仕入金額(実 額)が、控訴人の売上伝票の破棄等が原因で把握できなかったため、やむなくなされ たものであって、このような方法で算出した控訴人の本件係争各年分の売上金額、及 びこれに類似同業者の特前所得率の平均値を乗じて得た特前所得金額から事業専従者 控除額を差し引いた所得金額の数値は、控訴人の実際の売上金額及び所得金額に近似 した数値である蓋然性が高いということができ、本件推計の方法には合理性がある。 この点について、控訴人は、本件推計においては、 〔1〕抽出されたサンプル数がわ ずか2例であり、控訴人のようなごく普通の「焼鳥屋」と同程度の店舗のサンプルが わずか2例というのは、常識的にみて到底考えられないから、被控訴人のサンプル抽 出作業過程での恣意を疑わせるに十分であり、また、〔2〕抽出基準の酒類の仕入金額 が「400万円ないし2100万円」というように5倍もの開きがあるから控訴人と の間で類似性があるとはいえず、〔3〕類似性が認められるためには、少なくとも、酒 類売上げとその粗利率、鳥類売上げとその粗利率及び固定経費という3つの要素につ いて、類似性がなければならないのに、本件推計においては、上記3つの要素につい て何の考慮も払っていない旨主張する。 しかし、 〔1〕本件推計において類似同業者が2例になったのは、本件推計条件のい ずれにも該当する同業者が結果的に2例にとどまったためであって、殊更、被控訴人 において恣意的に2例を抽出したものでないことは明らかである。そして、同業者の 類似性が肯定され、当該同業者の資料が正確なものであるかぎり、同業者数が少数で あることをもって推計の合理性を否定することはできない。 〔2〕また、弁論の全趣旨 によると、被控訴人が控訴人の類似同業者の抽出基準とした酒類の仕入金額の範囲に ついては、控訴人の本件係争各年分の酒類の仕入金額を基に、上限を酒類の仕入金額 が最も多い平成7年分の約2倍、下限を酒類の仕入金額が最も少ない平成6年分の約 半分としたものであることが認められ、この範囲内で抽出された業者は、事業規模の 点で控訴人と概ね近似性を有するというべきである。 〔3〕さらに、本件推計において、 酒類の仕入金額のみが実額で把握でき、それ以外の鳥類の仕入金額や売上額が実額で 把握できなかった。したがって、被控訴人の本件推計方法については、合理的なもの と認めることができ、控訴人の上記主張は、いずれも採用することはできない。」 。 34 (222) 控訴人主張の事前推計の方法については、以下のように判示している。「控訴人は、 事前推計は本件推計と異なり控訴人自身の事業内容を対象とした実績調査に基づいて いることや控訴人が青色申告に切り換えた平成8年度以降の申告内容との比較等から、 事前推計の方が本件推計より合理性がある旨主張する。しかし、そもそも、納税者の 所得金額捕そくのための合理的な推計方法が複数考えられる場合、そのいずれを採用 するかは課税庁の判断に委ねられているというべきであり、被控訴人が控訴人の所得 金額を算定するために採用した本件推計について合理性が認められる以上、推計方法 の優劣を争う控訴人の主張は失当といわざるを得ない。 また、内容的にみても、事前推計は、平成7年9月29日から同年10月5日まで の1週間(ただし、日曜日は控訴人の休業日である。 )の売上伝票を料理品目(手羽先、 焼き鳥、それ以外の食物、酒類)別に集計したものであるが、上記調査期間は、控訴 人の1年間の営業日数(300日くらい)のうちのわずか2%程度にすぎない上、そ の時期が限定されていること(時期によって売上額に相違があると考えられる。 )等か らすると、上記調査期間の営業実績が、直ちに年間を通じた控訴人の営業実績を反映 しているのか、必ずしも証拠上明らかでなく、したがって、上記のような実績調査が なされているからといって、事前推計の方が本件推計より合理性があるとまでいうこ とはできない。 控訴人は、納税者に過分の負担を与えることのないよう、本件推計よりも控えめの 所得となる事前推計の方法を選択すべきであるところ、被控訴人が事前推計よりも本 件推計の方がより控訴人の営業実態に近い合理的なものであるかとの点について具体 的根拠を示すことなく、納税者である控訴人に対し、事前推計よりもより過重な負担 を強いることになる本件推計を選択し、これを基に本件各処分をしたのは、課税法定 主義の根本原則に背くものである旨主張する。 確かに、控訴人本人の供述によれば、被控訴人担当職員が控訴人に事前推計に基づ いて修正申告を慫慂したことが認められるが、事前推計による控訴人の本件係争各年 分の売上総額の算出に問題があることは、前記ア説示のとおりである上、事前推計に よる修正申告の慫慂は、単に税務調査の担当職員が税務調査の過程で算出した金額等 を参考意見として控訴人に示したものにすぎず、行政処分ではなく、控訴人を拘束す るものではない。したがって、事前推計と本件各処分の効果に矛盾抵触は生じず、事 前推計が本件各処分に影響を及ぼすこともない。 また、納税者の所得金額捕捉のための合理的な推計方法が複数考えられる場合、そ のいずれを採用するかは課税庁の判断に委ねられていることは、前記のとおりである から、いずれにしても、上記控訴人の主張を採用することはできない」 。 (エ) 分析 この裁判例は、ⅰの裁判例と同旨である。まず推計方法の優劣を争う控訴人の主張 は失当とし、合理的な推計方法が複数ある場合、そのいずれを採用するかは、課税庁 35 (223) の判断に委ねられていると判示している。一見すると、課税庁に過度な裁量権を与え ることを認めたように思える。しかし、この裁判例においても、課税庁が採用した推 計法の合理性を説明し、かつ納税者主張の推計方法が合理的でないことを説明したう えでそのように判示している。これは「一応の合理性必要説」を忠実に遂行した結果 であると考えられる。 結局この裁判例も、補充的代替手段説をとりかつ推計方法の優劣を争う主張自体失 当であるという判示は、単に納税者主張の推計方法を争うことを失当とするという意 味ではなく、 「課税庁の推計方法が合理的である限りにおいては、納税者主張の推計方 法と優劣を争う必要が無い」ということを意味していると考えられる。 この裁判例も、上記 2 件の裁判例と同様の理由から、補充的代替手段説の立場から 推計方法の優劣を争う主張自体失当であるとする判示は、結局「一応の合理性必要説」 を意味しているのではないだろうかと考えられる。 iv. まとめ 私が無作為に抽出した近年における推計課税訴訟の裁判例のうち、補充的代替手段 説に立ち、かつ推計方法の優劣を争う主張自体失当とした裁判例を全て検討した結果、 3 件のいずれの裁判例においても、まず課税庁が採用した推計方法の合理性を証明した うえで、納税者主張の推計方法を退けていた。したがって、 「推計方法の選択に関して 課税庁の恣意が存した場合でも違法性を問うことが出来ない」という不合理な結果は 生じないと考えられる。また、補充的代替手段説をとりかつ推計方法の優劣を争う主 張自体失当であるという判示は、単に納税者主張の推計方法を争うことを失当とする という意味ではなく、 「課税庁の推計方法が合理的である限りにおいては、その優劣を 争う必要が無い」ということを意味していると思われる。 以上を踏まえると、私見は、補充的代替手段説をとり、かつ推計方法の優劣を争う 主張自体失当であるとする判示は、推計は、一応の合理性が認められれば足り、納税 者において他の推計方法によるほうが実額により近似することになることを立証しな い限りは、課税庁の推計方法の合理性を肯定できる「一応の合理性必要説」を意味し ているので、補充的代替手段説と一応の合理性必要説は整合すると考える。 (3) 小括 まず(1)において、推計方法自体が合理性を欠くという主張があった場合は、一応 の合理性で足りるとする推計の合理性の考えと、補充的代替手段説の考えは一致して いるという結論に至った。 また(2)において、納税者の他により合理的な推計方法があるという主張自体失当 であるとする補充的代替手段説は、推計方法の選択に関して課税庁の恣意が存した場 合でも違法性を問うことが出来ないという不合理な結果は生じるのではないかという 36 (224) 批判と、一応の合理性必要説と整合しないのではという疑問について検討した。 まず上記の批判についてであるが、近年の裁判例を検討した結果、批判されている ような不合理は生じないという結論に至った。次に上記の疑問であるが、補充的代替 手段説をとった裁判例も、一応の合理性必要説と整合する結論に至った。 では推計の合理性の観点からは、どの説が妥当なのであろうか。事実上推定説の場 合、推計の合理性について最善の方法であることを要するのではないかという疑問や、 推計額を実額近似値ではなく実額をととらえるのは妥当かという疑問が生じる。一方、 補充的代替手段説の場合、推計の合理性について一応の合理性で足りるとし、推計課 税は実額課税に代替する手段であり、その推計結果は真実の所得金額と合致する必要 はなく実額近似値で足りるとすることから、批判を受けることが多い。しかし上記で 検討したように、納税者からの推計方法自体の合理性を問う主張や、納税者主張の他 の推計方法がほとんど認められていない現状を踏まえれば、推計課税の合理性を補充 的代替手段説の立場からとらえることが妥当のように思われる。 したがって、私見は、推計の合理性の観点について、補充的代替手段説を支持する。 3. 実額反証の程度及び範囲 推計課税は実額を把握することができないときにやむなく行われるものであるが、 これに対し、審査請求又は訴訟の段階になって、納税者から帳簿等による実額に基づ く反論がされることがあり、これを「実額反証」と呼んでいる98。実額反証をめぐる問 題としては、立証責任の分配、実額反証の立証の程度及び範囲があげられる。それら の点について以下で検討する。 (1) 立証責任について 税務訴訟において今のところ最も一般的な見解である「法律要件分類説」99は、課税 処分取消訴訟が債務不存在確認訴訟に酷似していることに着目し、民事訴訟法に依拠 した形で、民事訴訟法の通説である法律要件分類説に基づいて、立証責任の分配が行 われるべきであるとする説である。税務訴訟に「法律要件分類説」を用いて解釈する なら、行政処分の権利発生要件事実については行政庁が立証責任を負担し、 「権利障害 要件事実」及び「権利阻止・権利消滅要件事実」については納税者がそれぞれ立証責 任を負担するということになる。「法律要件分類説」に立つと、実額反証についても所 98 泉徳治ほか・前掲注(35)214 頁。 権利の発生を定める権利根拠規定の主要事実についてはその権利を主張する者が、権利の消 滅を規定する権利滅却規定の主要事実についてはその権利の消滅を主張する者が、権利根拠規定 に基づく権利の発生を障害する権利障害規定の主要事実についてはその権利の発生を争う者が それぞれ証明責任を負うとされる。証明責任の分配は各実体法規の法律要件に従って形式的に定 まってくることになるので、このような考え方を法律要件分類説という(野村秀敏『民事訴訟の 解説』(一橋出版、2005) 99 頁)。 99 37 (225) 得の立証は課税庁にあるとされ、納税者は立証責任を負担しないことになり、課税庁 側にその立証責任を負担させることが過重な負担であることは明確である。また、民 事訴訟の理論をそのまま租税訴訟に適用できるかどうかについて慎重な検討が必要で あるとの見解もある100。 佐藤繁氏は、実額反証を行う場合の立証責任について以下のように述べている。 「実 額の主張立証責任は原告が負うものと解すべきである。所得の存在についての主張立 証責任は被告にあるのが原則であるが、推計の必要性がある場合に合理的な推計によ って実額に近似する所得の存在の一般的・抽象的蓋然性が主張立証されたときは、こ れと実額とが異なるとの事実は、いわゆる間接反証事項と考えられるからである」101。 また、実額反証を「再抗弁」102と考えるにせよ「間接反証」103と考えるにせよ、通 常の場合と立証責任の所在が逆になることとなるが、推計の必要性があり、やむを得 ず推計課税がされたところ、訴訟に至り初めて実額の主張・立証がされるわけである から、むしろ実額の主張立証責任は原告が負うものと解することが公平に合するよう にも思われる104とする意見もある。 では、近年の裁判例において実額反証の立証責任については、どのようにとらえら れているのだろうか。無作為に抽出した平成 10 年から平成 24 年までに争われた裁判 例を検証した。その結果、90 件のうち実額反証の立証責任について判示した裁判例は 8 件105あり、その 8 件のいずれの裁判例においても納税者に主張立証責任があると判示 している。以上、学説と裁判例から実額反証の立証責任は納税者にあると考えてよさ そうである。 北口りえ「推計課税取消訴訟における立証責任の分配問題」熊本学園商学論集第 9 巻 2 号 (2003)185 頁。 101 佐藤繁・前掲注(38)71 頁。 102 再抗弁とは、抗弁事実に対する障害事由や消滅原因を主張して抗弁を理由なからしめる主張 である。小野雅也・前掲注(53)232 頁。 103 間接反証とは、ある主要事実について立証責任を負う当事者が、これを高度の蓋然性をもっ て推認させるに足る間接事実の存在を証明した場合に、相手方が既に証明された間接事実と両立 し得る別個の間接事実の存在を立証することによって、主要事実の「推認」を妨げる方法による 反証をいう。小野雅也・前掲注(53)234 頁。 104 泉徳治ほか・前掲注(35)218 頁、同趣旨として加藤就一「判批」税理 31 巻 9 号(1988) 214 頁。 105 大阪高裁平成 12 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28090242、広島高裁平成 11 年 11 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28081086、千葉地裁平成 11 年 4 月 27 日判決(LEXDB)文 献番号 28071233、最一小平成 16 年 12 月 16 日判決(LEXDB)文献番号 28100112、長野地裁 平成 13 年 3 月 23 日判決(LEXDB)文献番号 28101112、最三小平成 17 年 9 月 27 日判決 (LEXDB) 文献番号 25420280、東京高裁平成 18 年 5 月 31 日判決(LEXDB)文献番号 25450879、東京 地裁平成 20 年 11 月 14 日判決(LEXDB)文献番号 25470974。 100 38 (226) 図表 9(実額反証の立証責任について) ① ② ③ 無作為に抽出した推計課税 ①のうち実額反証の立証 訴訟の件数(平成 10 年~平 責任について判示した件 成 24 年) 数 90 件 8件 ②のうち主張立証責任は納税者に あると判示した件数 8件 (出典:筆者作成) (2) 実額反証の立証程度 納税者が行う実額反証の立証の程度として、どの程度の立証が必要とされるのであ ろうか。その点について、①反証、②真実の高度の蓋然性(確信) 、③合理的疑いを容 れない程度の立証の 3 つが考えられる106。 ① 反証 税務署長のした推計課税の合理性につき、裁判官の心証を真偽不明の状態にする程 度の証明である。これは、実額反証を立証責任まで負わない「単なる反証」とした場 合の立証の程度である。 ② 真実の高度の蓋然性(確信) 真実の高度の蓋然性とは、通常の証明すなわち通常人なら誰でも疑いを差し挟まな い程度に真実らしいとの確信を抱く程度の立証である。 ③ 合理的な疑いを容れない程度の立証 我が国の現行法は、証明度については明文の規定は設けていない。通説では、刑事 事件における真実は実体的真実であって、その証明は「合理的疑いを容れない証明」 であることを要し、その場合の合理的疑いとは、何らの不疑、不信をさしはさまない というのではなくて、正常人が合理的な疑いを差し挟まない程度の真実の蓋然性を意 味すると解されている。合理的疑いを容れない程度の証明とは、この「刑事事件にお ける『合理的疑いを容れない証明』を推計課税事件の実額反証の場面に用いたもので あるとも考えられる」とされている。 小野雅也論文で、実額反証の立証程度について以下のように述べられている。「民事 訴訟の証明度に関する学説のほとんどが原則的に裁判官の主観的確信ないし高度の蓋 然性を証明について要求し、高度の蓋然性の程度については『社会の一般人が日常生 106 小野雅也・前掲注(53)263~266 頁。 39 (227) 活において安じてこれに頼って行動する程度』という説明が広くなされている。実額 反証の証明度についてもこの民事訴訟上の概念が等しく用いられているといえる。し たがって、推計課税に関する裁判例においても、実額反証の程度として『真実の高度 の蓋然性』を要求するものが最も多く現れており、主流をなしている。しかし、大阪 高裁昭和 62 年 9 月 30 日判決より、実額反証の立証には『合理的な疑いを容れない程 度の立証』を要求するとされ、それ以後同旨裁判例が比較的多く現れるようになって きた」107。 では近年の裁判例において実額反証の立証程度についてはどのようにとらえられて いるのであろうか。無作為に抽出した平成 10 年から平成 24 年までに争われた裁判例 を検証した。90 件のうち実額反証が争点となった裁判例は 52 件108であり、そのうち 107 小野雅也・前掲注(53)283 頁。 最三小平成 12 年 10 月 10 日判決(LEXDB)文献番号 28091476、最一小平成 12 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28091372、東京高裁平成 10 年 12 月 25 日判決(LEXDB)文献番 号 28061099、大阪高裁平成 12 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28090242、横浜地裁平 成 10 年 5 月 20 日判決(LEXDB)文献番号 28051094、山口地裁平成 10 年 5 月 26 日判決 (LEXDB) 文献番号 28051097、東京地裁平成 10 年 9 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28033031、最一 小平成 12 年 3 月 23 日判決(LEXDB)文献番号 28082954、和歌山地裁平成 10 年 12 月 25 日 判決(LEXDB)文献番号 28061106、広島高裁平成 11 年 11 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28081086、岡山地裁平成 11 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28071219、千葉地裁平成 11 年 4 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 28071233、京都地裁平成 11 年 6 月 30 日判決 (LEXDB) 文献番号 28071266、最一小平成 13 年 6 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28101168、京都地 裁平成 11 年 10 月 15 日判決(LEXDB)文献番号 28081061、大阪高裁平成 13 年 1 月 24 日判 決(LEXDB)文献番号 28101067、福岡高裁平成 12 年 12 月 14 日判決(LEXDB)文献番号 28091544、浦和地裁平成 12 年 4 月 24 日判決(LEXDB)文献番号 28090251、横浜地裁平成 12 年 5 月 24 日判決(LEXDB)文献番号 28090262、福岡地裁平成 12 年 5 月 26 日判決 (LEXDB) 文献番号 28090264、佐賀地裁平成 12 年 5 月 26 日判決(LEXDB)文献番号 28090265、最一 小平成 16 年 12 月 16 日判決(LEXDB)文献番号 28100112、東京高裁平成 13 年 1 月 16 日判 決(LEXDB)文献番号 28101064、名古屋高裁平成 14 年 4 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28071977、広島地裁平成 12 年 8 月 31 日判決(LEXDB)文献番号 28091355、横浜地裁平成 12 年 10 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28091484、松江地裁平成 12 年 10 月 18 日判決 (LEXDB) 文献番号 28091485、大津地裁平成 12 年 10 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28091491、長野 地裁平成 13 年 3 月 23 日判決(LEXDB)文献番号 28101112、高知地裁平成 13 年 3 月 30 日判 決(LEXDB)文献番号 28101119、千葉地裁平成 13 年 6 月 5 日判決(LEXDB)文献番号 28101152、 横浜地裁平成 13 年 7 月 4 日判決(LEXDB)文献番号 28102163、札幌高裁平成 14 年 3 月 8 日 判決(LEXDB)文献番号 228110547、横浜地裁平成 13 年 12 月 12 日判決(LEXDB)文献番 号 28102235、大阪地裁平成 14 年 3 月 1 日判決(LEXDB)文献番号 28110546、大阪高裁平成 15 年 12 月 4 日判決(LEXDB)文献番号 28130753、最三小平成 17 年 9 月 27 日判決(LEXDB) 文献番号 25420280、神戸地裁平成 15 年 7 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28082848、最三 小平成 17 年 9 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 25420280、東京高裁平成 16 年 5 月 19 日判決 (LEXDB)文献番号 28141116、広島高裁岡山支部平成 16 年 9 月 30 日判決(LEXDB)文献 番号 28141320、札幌地裁平成 16 年 2 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 28140963、東京高裁 平成 18 年 5 月 31 日判決(LEXDB)文献番号 25450879、最三小平成 19 年 6 月 26 日判決 (LEXDB) 文献番号 25463400、東京高裁平成 18 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28131804、最二 小平成 20 年 10 月 10 日判決(LEXDB)文献番号 25470952、さいたま地裁平成 19 年 3 月 14 日判決(LEXDB)文献番号 25463196、名古屋地裁平成 19 年 12 月 13 日判決(LEXDB)文献 108 40 (228) 実額反証の立証程度について判示のある件数は 27 件109であった。その 27 件のいずれ の裁判例においても合理的な疑いを容れない程度の立証を要求している。確かに近年 の裁判例において、反証又は真実の高度の蓋然性を要求しているものはなく、合理的 な疑いを容れない程度の立証が要求されていた。 加藤就一氏は、実額反証の立証程度について以下のように述べている。「実額課税に おける立証の対象である実額と実額反証における立証の対象である実額は同じ実額と いう文言ではあるが、その意味内容は異なるものである。すなわち、実額課税におい ては課税庁の主張する実額が存在することが立証されれば足りるもので、主張額以上 の所得の存在が立証されようが、不存在が立証されようが、その存否が真偽不明であ ろうが立証が尽くされたことになる。他方、実額反証においては納税義務者が主張す る実額以上の所得が存在しないことが立証されない限り、推計の合理性の主張に対す る反論になり得ないもので、主張額以上の所得の存在が立証され、あるいはその存否 が真偽不明であってはならないものである。したがって、全く同一の立証活動がされ たとしても、実額課税の立証としては充分であっても、実額反証の立証としては不十 分ということもあり得るのである。この意味では実額反証における立証活動は実額課 税のそれよりも高度なものが要求されているということができるのである」110。さら に以下のような意見もある。 「申告の際に実額による申告を行わなかった不誠実な納税 番号 25463617、さいたま地裁平成 20 年 1 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 25470577、名古 屋高裁平成 20 年 12 月 4 日判決(LEXDB)文献番号 25470869、東京地裁平成 20 年 11 月 14 日判決(LEXDB)文献番号 25470974、仙台地裁平成 20 年 12 月 22 日判決(LEXDB)文献番 号 25471011。 109 最三小平成 12 年 10 月 10 日判決(LEXDB)文献番号 28091476、東京高裁平成 10 年 12 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28061099、横浜地裁平成 10 年 5 月 20 日判決(LEXDB)文 献番号 28051094、広島高裁平成 11 年 11 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28081086、岡山地 裁平成 11 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28071219、福岡高裁平成 12 年 12 月 14 日判 決(LEXDB)文献番号 28091544、浦和地裁平成 12 年 4 月 24 日判決(LEXDB)文献番号 28090251、 福岡地裁平成 12 年 5 月 26 日判決(LEXDB)文献番号 28090264、佐賀地裁平成 12 年 5 月 26 日判決(LEXDB)文献番号 28090265、最一小平成 16 年 12 月 16 日判決(LEXDB)文献番号 28100112、横浜地裁平成 12 年 10 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28091484、松江地裁平成 12 年 10 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28091485、大津地裁平成 12 年 10 月 30 日判決 (LEXDB) 文献番号 28091491、野地裁平成 13 年 3 月 23 日判決(LEXDB)文献番号 28101112、高知地 裁平成 13 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28101119、札幌高裁平成 14 年 3 月 8 日判決 (LEXDB)文献番号 228110547、横浜地裁平成 13 年 12 月 12 日判決(LEXDB)文献番号 28102235、大阪地裁平成 14 年 3 月 1 日判決(LEXDB)文献番号 28110546、神戸地裁平成 15 年 7 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28082848、札幌地裁平成 16 年 2 月 27 日判決(LEXDB) 文献番号 28140963、最三小平成 19 年 6 月 26 日判決(LEXDB)文献番号 25463400、東京高 裁平成 18 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28131804、最二小平成 20 年 10 月 10 日判決 (LEXDB)文献番号 25470952、さいたま地裁平成 19 年 3 月 14 日判決(LEXDB)文献番号 25463196、さいたま地裁平成 20 年 1 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 25470577、東京地裁 平成 20 年 11 月 14 日判決(LEXDB)文献番号 25470974、仙台地裁平成 20 年 12 月 22 日判決 (LEXDB)文献番号 25471011。 110 加藤就一「判批」税理 31 巻 9 号(1988)215 頁。 41 (229) 者に対し、立証の困難性を理由に本来あるべき証明の程度を緩和しなければならない 理由はないからである。 『合理的な疑いを容れない』との表現は、このような本来ある べき証明を、特に不誠実な納税者に関して緩和するべきでないことをいい表わしてい るのではないだろうか」111。 以上、学説及び近年の裁判例を検討した結果、推計課税の適用を受けるような申告 納税に対して不誠実であった納税者が実額反証を行う場合には「合理的な疑いを容れ ない程度の立証」が必要であると考える。 図表 10(実額反証の立証程度について) ① ② 無作為に抽出し た推計課税訴訟 ①のうち実額反証が の件数(平成 10 争点となった件数 年~平成 24 年) 90 件 ③ ④ ②のうち実額反証の立 ③のうち合理的な疑いを容れ 証程度について判示さ ない程度の立証と判示された れた件数 件数 27 件 27 件 52 件 (出典:筆者作成) (3) 実額反証の立証の範囲 では、実額反証の立証の範囲としてはどのようなものが要求されるのだろうか。無 作為に抽出した平成 10 年から平成 24 年までに争われた裁判例を検証した。90 件の裁 判例のうち実額反証が争点となった件数は 52 件であり、その 52 件のうち実額反証の 範囲について判示された件数は 46 件112であった。またその 46 件のうち 27 件113が実 111 今村ほか『課税訴訟の理論と実務』 (税務経理協会、1998)211 頁。 最一小平成 12 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28091372、東京高裁平成 10 年 12 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28061099、大阪高裁平成 12 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献 番号 28090242、横浜地裁平成 10 年 5 月 20 日判決(LEXDB)文献番号 28051094、山口地裁 平成 10 年 5 月 26 日判決(LEXDB)文献番号 28051097、東京地裁平成 10 年 9 月 30 日判決 (LEXDB)文献番号 28033031、和歌山地裁平成 10 年 12 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28061106、広島高裁平成 11 年 11 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28081086、岡山地裁平成 11 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28071219、京都地裁平成 11 年 6 月 30 日判決 (LEXDB) 文献番号 28071266、最一小平成 13 年 6 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28101168、京都地 裁平成 11 年 10 月 15 日判決(LEXDB)文献番号 28081061、大阪高裁平成 13 年 1 月 24 日判 決(LEXDB)文献番号 28101067、福岡高裁平成 12 年 12 月 14 日判決(LEXDB)文献番号 28091544、浦和地裁平成 12 年 4 月 24 日判決(LEXDB)文献番号 28090251、横浜地裁平成 12 年 5 月 24 日判決(LEXDB)文献番号 28090262、福岡地裁平成 12 年 5 月 26 日判決 (LEXDB) 文献番号 28090264、佐賀地裁平成 12 年 5 月 26 日判決(LEXDB)文献番号 28090265、最一 112 42 (230) 額反証の範囲として絶対的三位一体説を要求している。絶対的三位一体説とは、原告 納税者が実額反証する場合において立証すべき事項は、その主張する収入金額が全て の収入金額(総収入金額)であること、主張する経費がすべてのものであること、し かもその必要経費が収入金額と対応することをも立証しなければならないという説で ある。残りの 19 件についても、収入金額のみが争点となっている場合は総収入である こと、経費金額のみが争点となっている場合はその全てであること、というような高 小平成 16 年 12 月 16 日判決(LEXDB)文献番号 28100112、東京高裁平成 13 年 1 月 16 日判 決(LEXDB)文献番号 28101064、名古屋高裁平成 14 年 4 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28071977、広島地裁平成 12 年 8 月 31 日判決(LEXDB)文献番号 28091355、横浜地裁平成 12 年 10 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28091484、松江地裁平成 12 年 10 月 18 日判決 (LEXDB) 文献番号 28091485、大津地裁平成 12 年 10 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28091491、長野 地裁平成 13 年 3 月 23 日判決(LEXDB)文献番号 28101112、高知地裁平成 13 年 3 月 30 日判 決(LEXDB)文献番号 28101119、千葉地裁平成 13 年 6 月 5 日判決(LEXDB)文献番号 28101152、 横浜地裁平成 13 年 7 月 4 日判決(LEXDB)文献番号 28102163、札幌高裁平成 14 年 3 月 8 日 判決(LEXDB)文献番号 228110547、横浜地裁平成 13 年 12 月 12 日判決(LEXDB)文献番 号 28102235、大阪地裁平成 14 年 3 月 1 日判決(LEXDB)文献番号 28110546、神戸地裁平成 15 年 7 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28082848、最三小平成 17 年 9 月 27 日判決(LEXDB) 文献番号 25420280、東京高裁平成 16 年 5 月 19 日判決(LEXDB)文献番号 28141116、広島 高裁岡山支部平成 16 年 9 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28141320、札幌地裁平成 16 年 2 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 28140963、東京高裁平成 18 年 5 月 31 日判決(LEXDB)文 献番号 25450879、最三小平成 19 年 6 月 26 日判決(LEXDB)文献番号 25463400、東京高裁 平成 18 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28131804、最二小平成 20 年 10 月 10 日判決(LEXDB) 文献番号 25470952、さいたま地裁平成 19 年 3 月 14 日判決(LEXDB)文献番号 25463196、 名古屋地裁平成 19 年 12 月 13 日判決(LEXDB)文献番号 25463617、さいたま地裁平成 20 年 1 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 25470577、東京地裁平成 20 年 11 月 14 日判決(LEXDB) 文献番号 25470974、仙台地裁平成 20 年 12 月 22 日判決(LEXDB)文献番号 25471011。 113 最一小平成 12 年 9 月 28 日判決(LEXDB)文献番号 28091372、東京高裁平成 10 年 12 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28061099、横浜地裁平成 10 年 5 月 20 日判決(LEXDB)文献 番号 28051094、東京地裁平成 10 年 9 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28033031、和歌山地 裁平成 10 年 12 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28061106、広島高裁平成 11 年 11 月 25 日判 決(LEXDB)文献番号 28081086、岡山地裁平成 11 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28071219、 浦和地裁平成 12 年 4 月 24 日判決(LEXDB)文献番号 28090251、横浜地裁平成 12 年 5 月 24 日判決(LEXDB)文献番号 28090262、福岡地裁平成 12 年 5 月 26 日判決(LEXDB)文献番 号 28090264、佐賀地裁平成 12 年 5 月 26 日判決(LEXDB)文献番号 28090265、最一小平成 16 年 12 月 16 日判決(LEXDB)文献番号 28100112、東京高裁平成 13 年 1 月 16 日判決 (LEXDB) 文献番号 28101064、名古屋高裁平成 14 年 4 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28071977、広 島地裁平成 12 年 8 月 31 日判決(LEXDB)文献番号 28091355、松江地裁平成 12 年 10 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28091485、大阪地裁平成 14 年 3 月 1 日判決(LEXDB)文献番号 28110546、神戸地裁平成 15 年 7 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28082848、最三小平成 17 年 9 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 25420280、東京高裁平成 16 年 5 月 19 日判決(LEXDB) 文献番号 28141116、広島高裁岡山支部平成 16 年 9 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28141320、 札幌地裁平成 16 年 2 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 28140963、東京高裁平成 18 年 5 月 31 日判決(LEXDB)文献番号 25450879、最二小平成 20 年 10 月 10 日判決(LEXDB)文献番号 25470952、さいたま地裁平成 19 年 3 月 14 日判決(LEXDB)文献番号 25463196、名古屋地 裁平成 19 年 12 月 13 日判決(LEXDB)文献番号 25463617、さいたま地裁平成 20 年 1 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 25470577、東京地裁平成 20 年 11 月 14 日判決(LEXDB)文献番 号 25470974、仙台地裁平成 20 年 12 月 22 日判決(LEXDB)文献番号 25471011。 43 (231) 度な証明が要求されていた。 まず、総収入額を実額立証するという点について検討する。この点について、岩崎 政明氏は以下のように述べている。総収入額を立証するということは「その主張する 収入金額の実額が、収入金額の全額であること、または他に収入金額の漏れがないこ との証拠を提出しなければならないとする。したがって、たとえば納税者が被告課税 庁側の主張する収入推計額を実額として認める場合には、たとえ当該金額までの実額 資料を提出したとしても、それだけでは収入金額の全額を立証したことにはならない。 なぜなら、推計額には計上漏れがあると一般的に推定されるので、『推計額以上の収入 金額はない』ということの直接証拠か、あるいはそれを推認させるような高度の蓋然 性のある間接証拠を提出しなければ、立証は成功しないと解されるからである。しか し、訴訟法上一般的に認められているように、不存在の立証は容易でないから、納税 者に対するこの立証の要求は現実には極めて重い」114。 それゆえ、納税者にこのような立証を負担させるのは不公平であるという批判があ る115。しかしこれに対しては、 「納税者においても、正規の簿記の原則に則って記帳さ れた帳簿書類を提出するか、あるいは、他の適切な証拠資料を用いることにより、他 に収入が存在しないことの立証を行うことも十分可能である」116とする反論もある。 しかし、この点について岩崎政明氏は以下のように述べている。納税者に高度な証 明を要求することは、青色申告者であれば可能であることもあろうが、白色申告者に おいては、正規の簿記の原則に則って記帳された帳簿書類を備え付ける義務は現行所 得税法上には原則として存在しない。所得 300 万円を超える者等については、一定の 記録・書類の保存義務が定められてはいるが、これらは簡易帳簿等でそれほど厳格な ものでもないし、またそれを論ずるまでもなく、実額反証を行う納税者は、そもそも この基準所得に達していない、記録保存義務を負わない白色申告者であることが多い。 実際問題としても、白色申告者においては所得実額を証明するための完全な直接資料 を有していることは稀であろうことに鑑みれば、前記反論はかなり無理があるように 思われる117。 次に経費の実額主張について検討する。絶対的三位一体説においては、「主張する経 費がすべてのものであること、しかもその必要経費が収入金額と対応することをも立 証しなければならない」とするものであった。つまり「原告納税者は総収入金額を主 張・立証した上で、更にこれと重畳的にその主張・立証する経費が被告の主張する収 入金額に対応するものであることを主張・立証しなければならない」という見解であ る。小野仁氏は、以下のように述べている。「実額反証を、文字通り、『実額』をもっ て再抗弁であるとすると、納税者は、実額反証として、帳簿資料等の直接資料によっ 114 115 116 117 岩崎政明『ハイポセティカル・スタディ租税法』 (2004、弘文堂)276 頁。 佐藤繁・前掲注(38)71 頁。 中尾巧『税務訴訟入門』 (商事法務研究会、新訂版、1993)190 頁。 岩崎政明・前掲注(114)276 頁。 44 (232) て、上記の真実の所得金額を主張・立証する必要があり、事業所得の金額については、 上記の算定方法に基づき、総収入金額に係る全ての収入の事実及び必要経費に係る支 出の事実を主張・立証した上、さらに、所得税法上の分類に従い、直接費用について は、個別的対応の事実を、間接費用については、期間的対応の事実を主張・立証する 必要がある」118。 また、中尾巧氏は、以下のように述べている。 「原告の納税者が所得を実額で反証す る場合には、例えば、所得税法二七条二項はその年中の事業所得に係る総収入額から 必要経費を控除した金額をもって事業所得の金額としているのですから、原告納税者 は、その主張する収入金額が売上げの全てを含む総収入金額であること及びその経費 がその収入と対応するものであることを立証するのでなければ、所得を実額で算定す ることができない結果となる」119。 しかし、反対意見もある。北口りえ氏は、以下のように反対意見を述べている。 「複 雑多岐にわたって発生する経済取引においては、収入と経費との間に必ずしも個別対 応関係があるとは限らず、その双方の額のバランスがとれていないからといって、真 実か否かを疑うのは酷であろう。さらに、個別対応関係のない営業外収益及び営業外 費用等が存在するにも関わらず、納税者に一様に収益と費用に対する個別対応関係の 立証を求めるというのはあまりにも酷である。所得税法 37 条 1 項の必要経費の定義か らすれば、両者の間には、総体対応関係、期間対応関係があれば足り、個別対応を要 求するものではないことは明らかである」120。例えば、接待交際費や福利厚生費は、 正確な会計帳簿の記帳・保存があっても収入との対応関係を明確に証明することは困 難である。仮に領収書しかなく、その支出を接待交際費や福利厚生費として認めても らうためには、収入との対応関係を示さなければならないこととなるが、それはあま りに酷であると思われる。 では実際に、納税者からの実額反証は認められているのだろうか。実額反証につい ては「従来より実額反証が認められた例はほとんどない。 」121と言われている。さらに、 無作為に抽出した平成 10 年から平成 24 年までに争われた裁判例を検証した結果、実 額反証が認められた件数は 0 件であった。 過去及び近年の裁判例において実額反証がほとんど認められていないという結果及 び学説を踏まえると、納税者の実額反証については相当高度な立証が求められると思 われる。以上から、私は実額反証の立証範囲として、絶対的三位一体説が妥当と考え る。 118 119 120 121 小野仁「推計課税の諸問題~実額反証~」税理 38 巻 5 号(1995)280 頁。 中尾巧・前掲注(116)187 頁。 北口りえ・前掲注(100)192 頁、佐藤繁・前掲注(38)72 頁。 加藤就一・前掲注(110)215 頁。 45 (233) 図表 11(推計課税の立証範囲について) ① ② ③ ④ 無作為に抽出した推 ①のうち実額反 ②のうち実額反証の ③のうち絶対的三位一体 計課税訴訟の件数(平 証が争点となっ 立証範囲について 説が必要と判示された件 成 10 年~平成 24 年) た件数 判示された件数 数 90 件 52 件 46 件 27 件 (出典:筆者作成) 図表 12(実額反証が争点となった件数について) ① ② ③ 無作為に抽出した推計課税訴訟 ①のうち実額反証が争 ②のうち実額反証が認められた件 の件数(平成 10 年~平成 24 年) 点となった件数 数 90 件 52 件 0件 (出典:筆者作成) (4) 実額反証の成立要件 原告納税者の実額反証に求められるものは、 「絶対的三位一体説に則した収入及び経 費を合理的な疑いを容れない程度立証しなければならないというもの」であった。で は、具体的にどのような実額反証を行えば認められるのだろうか。実額反証が争点と なった裁判の中には、実額反証が認められるための資料の提出について判示されてい るものがある。 無作為に抽出した平成 10 年から平成 24 年までに争われた裁判例を検証した。90 件 のうち実額反証を証明するため提出すべきものを具体的に判示した件数は 15 件122あり、 東京高裁平成 10 年 12 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28061099、京都地裁平成 11 年 10 月 15 日判決(LEXDB)文献番号 28081061、大阪高裁平成 13 年 1 月 24 日判決(LEXDB)文 献番号 28101067、最一小平成 16 年 12 月 16 日判決(LEXDB)文献番号 28100112、東京高裁 平成 13 年 1 月 16 日判決(LEXDB)文献番号 28101064、横浜地裁平成 12 年 10 月 18 日判決 (LEXDB)文献番号 28091484、高知地裁平成 13 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28101119、 横浜地裁平成 13 年 7 月 4 日判決(LEXDB)文献番号 28102163、横浜地裁平成 13 年 12 月 12 日判決(LEXDB)文献番号 28102235、大阪地裁平成 14 年 3 月 1 日判決(LEXDB)文献番号 28110546、神戸地裁平成 15 年 7 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28082848、東京高裁平成 16 年 5 月 19 日判決(LEXDB)文献番号 28141116、東京高裁平成 18 年 9 月 28 日判決(LEXDB) 122 46 (234) その 15 件のいずれの裁判例においても、実額反証が認められるためには日々継続的に 記録された会計帳簿が必要と判示している。推計課税の適用を受けるような納税者が、 実額反証の段階においてそのような会計帳簿を提出できるというようなケースは考え にくい。上記に述べたように、納税者からの実額反証はこれまでにほとんど認められ ていない。しかし、誠実な申告納税を行っている納税者を考えれば、申告納税に不誠 実な納税者に対してこのような帳簿書類を要求することは、むしろ当然であると私は 考える。 図表 13(実額反証の成立要件について) ① ② 無作為に抽出した 推計課税訴訟の件 ①のうち実額反証が 数(平成 10 年~平 争点となった件数 成 24 年) 90 件 ③ ④ ②のうち実額反証を証明す ③のうち日々継続的に るため提出すべきものを具 記録した会計帳簿が必 体的に判示した件数 要と判示した件数 15 件 15 件 52 件 (出典:筆者作成) (5) 実額反証と本質論 ここで、実額反証と推計課税の本質論との関係について検討したい。まず、事実上 推定説と実額反証の関係について検討する。この点について中込秀樹氏は以下のよう に述べている。 「特別な課税方式として推計課税があるわけではなく、実額課税との差 は、所得認識方法の差にすぎないのであり、・・・(中略)原告が実額を主張・立証す れば、推計課税はその合理性を失うと解すべきこととなる。・・・(中略)実額が判明 すれば推計による額が排斥されることとなるのは当然であろう」123。また、事実上推 定説は「課税標準の設定に関し、推計に対する実額の優位を意味する」124のであるか ら、納税者が推計課税の違法を争う場合には「実額資料に基づく主張をし、かつそれ を証拠として提出することも、訴訟法上は当然認められる」125とされている。以上か ら、事実上推定説の立場から実額反証は認められると考えられている。 一方、補充的代替手段説の立場から実額反証を受容することに対して批判がある。 文献番号 28131804、最二小平成 20 年 10 月 10 日判決(LEXDB)文献番号 25470952、名古屋 地裁平成 19 年 12 月 13 日判決(LEXDB)文献番号 25463617、仙台地裁平成 20 年 12 月 22 日判決(LEXDB)文献番号 25471011。 123 中込秀樹「税務訴訟(3)―推計課税」園部逸夫・時岡泰編『裁判実務体系第 1 巻行政訴訟 法』 (青林書院、1984)345 頁。 124 田中治・前掲注(52)106 頁。 125 岩崎政明「推計課税と実額反証」 『租税行政と納税者の救済 松沢智先生古稀論文集』 (中央 経済社、1997)236 頁。 47 (235) 補充的代替手段説は、実額課税と推計課税とはそれぞれ独立した課税方式だとみるか どうかについて、論理的に一貫していないためである。推計の合理性に関する納税者 からの攻撃に対しては、推計課税は実額課税とは違うとして、実額課税への接近の道 を遮断する。他方で、納税者の実額反証は可能であるとして受容する。しかし、その 受容の法的根拠は定かではないのである126。また、補充的代替手段説とは、そもそも、 「所得税法 156 条等は、真実の所得金額を課税標準として課税することを認めた実体 規定とは別に、実額近似値を課税標準として課税することを認めた実体規定である、 したがって、真実の所得金額と実額近似値とは合致する必要はない」127とするのであ るから、推計により課税処分がなされたならばその後の真実の所得金額との接近は不 要になる。それにもかかわらず、推計の結果と真実の所得金額とのつながりが制度上 保障されている、として実額反証を可能とするのは、実額反証が可能であることの根 拠としては不明確な説明であり、論理的に無理があると思われる128との批判である。 では補充的代替手段説と実額反証との関係はどのようにとらえられているのだろう か。無作為に抽出した平成 10 年から平成 24 年までに争われた裁判例を検証した。そ の結果、90 件の裁判例のうち、補充的代替手段説を採用しかつ実額反証が争点となっ た裁判例は 17 件129あり、そのうち実額を主張することが認められないとされた裁判例 は 0 件であった。つまりこの結果は、補充的代替手段説を採用しても実額反証は認め られるということではないだろうか。 ここで、17 件のうち補充的代替手段説と実額反証の関係について判示があったものを 見てみる。和歌山地裁平成 10 年 12 月 25 日判決130は「推計による課税が、このように 補充的かつ代替的なものである以上、一旦、推計による課税が行われても、納税者が 所得の実額を主張・立証する場合には、右推計による課税を免れることができるもの 126 田中治・前掲注(52)117 頁。 泉徳治ほか・前掲注(35)202 頁。 128 森澤宏美 「推計課税に関する一考察―実額反証の議論を中心として―」租税史料館賞(2007) 25 頁。 129 東京高裁平成 10 年 12 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28061099、和歌山地裁平成 10 年 12 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28061106、広島高裁平成 11 年 11 月 25 日判決(LEXDB) 文献番号 28081086、岡山地裁平成 11 年 3 月 30 日判決(LEXDB)文献番号 28071219、千葉 地裁平成 11 年 4 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 28071233、京都地裁平成 11 年 6 月 30 日判 決(LEXDB)文献番号 28071266、佐賀地裁平成 12 年 5 月 26 日判決(LEXDB)文献番号 28090265、 広島地裁平成 12 年 8 月 31 日判決(LEXDB)文献番号 28091355、横浜地裁平成 12 年 10 月 18 日判決(LEXDB)文献番号 28091484、大津地裁平成 12 年 10 月 30 日判決(LEXDB)文 献番号 28091491、横浜地裁平成 13 年 7 月 4 日判決(LEXDB)文献番号 28102163、札幌高裁 平成 14 年 3 月 8 日判決(LEXDB)文献番号 228110547、横浜地裁平成 13 年 12 月 12 日判決 (LEXDB)文献番号 28102235、大阪地裁平成 14 年 3 月 1 日判決(LEXDB)文献番号 28110546、 最三小平成 17 年 9 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 25420280、東京高裁平成 18 年 9 月 28 日 判決(LEXDB)文献番号 28131804、最二小平成 20 年 10 月 10 日判決(LEXDB)文献番号 25470952。 130 和歌山地裁平成 10 年 12 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28061106。 127 48 (236) と解される。 」と判示している。広島高裁平成 11 年 11 月 25 日判決131は「推計課税は、 税負担の公平の見地から、実額課税に代替する手段として近似値に基づく課税を容認 するものであるが、現実の所得が明らかになれば、一旦推計課税を行っても、これを 撤回し、本来の原則に戻り、実額による課税を行うべきものである。 」と判示している。 札幌高裁平成 14 年 3 月 8 日判決132は「推計課税は所得の実額を把握することができな い場合に所得を算出するために補充的に行われる課税方法であるから、適法な推計課 税が行われた場合でも、所得の実額が明らかになったときには推計の結果は維持でき なくなるといえる。 」と判示している。最三小平成 17 年 9 月 27 日判決133は「推計課税 の方式は,実額による所得金額の把握が困難な場合にその近似値を求めるための代替 手段であるから,更正処分等の取消訴訟においても,実額による所得金額の立証は許 され,実額が立証されたときは,それに従って更正処分等を取り消すべきであるが, 一旦推計課税の方式による更正処分等がされた後では,実額による所得金額の主張立 証は納税者の側で負担すべきものと解するのが相当である。 」と判示している。 上記の判示をまとめると「推計課税は補充的かつ代替的な手段であるが、所得の実額 が明らかになれば、実額による課税を行うべき」ということになる。これらの判示は、 結局、補充的代替手段説の立場から実額反証が認められる明確な理由は述べていない。 ただ、これらの判示からは、補充的代替手段説であっても、あくまで実額課税が原則 であることを読み取れる。しかし、このことは当然であろう。なぜなら補充的代替手 段説はあくまで「実額課税を行うことのできないときにやむを得ず」課税庁に代替手 段として認められる認定方法である。上記の批判はこの前提の部分を無視し、補充的 代替手段説を別世界説のようにとらえて批判しているにすぎないと思われる。推計課 税は実額が不明の場合に、推計額によって代替的に課税しようとするものであるが、 実額が判明すればその実額により課税するという考えは整合性があるように思われる。 したがって、私の結論としては、事実上推定説の立場からも、補充的代替手段説の立 場からも実額反証は認められると考える。 131 132 133 広島高裁平成 11 年 11 月 25 日判決(LEXDB)文献番号 28081086。 札幌高裁平成 14 年 3 月 8 日判決(LEXDB)文献番号 228110547。 最三小平成 17 年 9 月 27 日判決(LEXDB)文献番号 25420280。 49 (237) 図表 14(補充的代替手段説と実額反証について) ① ② ③ 無作為に抽出した推 ①のうち補充的代替手 計課税訴訟の件数 段説を採用しかつ実額 ②のうち実額反証を主張することを認めな (平成 10 年~平成 24 反証が争点となったもの いと判示した件数 年) の件数 90 件 17 件 0件 (出典:筆者作成) 4. 本質論としての事実上推定説及び補充的代替手段説の検討 ここまで、推計課税の必要性、合理性及び実額反証について検討してきた。各論点 をそれぞれまとめると以下のようになる。 (1) 推計課税の必要性について 本論文において推計課税の必要性については効力要件説が妥当であるという結論に 至った。それは申告納税制度においては実額課税が原則であり、推計課税はその必要 性がある場合にのみ許容され、必要性を欠く課税処分は適法要件を具備しないものと して違法であるとする考えである。補充的代替手段説は実額課税を行うことができな い場合に代替手段として認められるものであり、効力要件説と整合しているように思 われる。しかし、事実上推定説と推計課税の必要性との関係については「事実上の推 定にすぎないとすると必要性は要件とはならないのではないか」134という意見がある。 これは、一般に民事訴訟における事実認定において、間接的な資料による認定の場合 に、直接的な資料による認定の場合と異なる要件を必要とされるものでないことに照 らすと、そのように考えられる135。また「事実上推定説に立つならば、推計額も実額 (真実の所得額)もどちらも実額であることになる。それゆえ、課税処分の選択は課 税庁の裁量に委ねられるべき性質のものであるとして捉えることができ、行政指針説 の解釈が成り立つ」136という意見がある。 これらの点を踏まえると、事実上推定説よりも補充的代替手段説のほうが、推計課 税の必要性の本質を捉えているように思われる。 (2) 推計の合理性について 本論文において推計の合理性については一応の合理性で足りるという結論に至った。 134 135 136 今村隆・前掲注(71)25 頁。 泉徳治ほか・前掲注(35)203 頁。 北口りえ・前掲注(1)138 頁。 50 (238) しかし、事実上推定説は推計額を実額とする点に疑問がある。一方、補充的代替手段 説における推計課税の合理性は、一応の合理性で足りるものとするのである。そうす ると、その推計結果は、真実の所得と合致している必要はなく、実額近似値で足りる とする考えも納得できる。上記で検証した結果、補充的代替手段説の立場をとり、推 計方法の優劣を争う主張を失当として排斥しても課税庁の過剰な裁量権を認める不合 理な結果とはならないという結論に至った。そして、補充的代替手段説と一応の合理 性必要説は整合するという結論に至った。納税者からの推計方法自体の合理性を問う 主張や、納税者主張の他の推計方法がほとんど認められていない現状を踏まえれば、 推計課税の合理性を補充的代替手段説の立場からとらえることが妥当のように思われ る。 以上より、事実上推定説よりも、補充的代替手段説の方が推計課税の合理性の本質 を捉えているように思われる。 (3) 実額反証との関係について 実額反証を検討した結果、実額反証が認められるには絶対的三位一体説及び合理的 な疑いを容れない程度の証明並びに日々の正確な会計帳簿が必要であるということが 判明した。補充的代替手段説の立場から実額反証が認められることについて批判があ るが、検証した結果、事実上推定説であっても、補充的代替手段説であっても実額反 証は認められるという結論に至った。 以上、各論点を検討した結果、推計課税の必要性及び合理性の点から判断して、私 は、事実上推定説より補充的代替手段説のほうが推計課税の本質を表しているように 思う。したがって、私の結論は、推計課税の本質論としては補充的代替手段説を支持 する。 最後に、無作為に抽出した平成 10 年から平成 24 年までに争われた 90 件の裁判例を 検証した結果、納税者の主張が全面的に認められたものは 0 件であった。先に述べた が、補充的代替手段説は課税庁に有利な説である。この結果も推計課税の本質は補充 的代替手段説であることを表しているように思われる。しかし、決して私は課税庁側 を擁護しているわけではない。そもそも納税者が青色申告者として認められるような 申告納税に誠実な納税者であれば、推計課税の適用を受けることもない。また、租税 負担の公平性のため、真実の所得金額に課税するためには、日々の取引を正確に継続 的に記帳した会計帳簿が必要である。したがって、私は納税者に正確な会計帳簿の記 帳・保存を喚起しているのである。 51 (239) 図表 15(納税者の主張が全面的に認められた件数について) ① ② 無作為に抽出した推計課税訴訟の件数 ①のうち納税者の主張が全面的に認められたも (平成 10 年~平成 24 年) のの件数 90 件 0件 (出典:筆者作成) おわりに 本論文の目的は推計課税の本質論を明らかにすることであった。その結果、補充的 代替手段説が妥当であるとの結論に至った。補充的代替手段説は課税庁側に有利な説 であり、最近の裁判例においては補充的代替手段説を採用する裁判例が増加している。 また、実額反証においても、絶対的三位一体説に立ち、合理的な疑いを容れない程度 の立証が求められ、納税者の実額反証が認められることはほとんどないといってよい。 このような推計課税を避けるためには、納税者が正確な会計帳簿の記帳・保存を行う しかない。戦後に申告納税制度が採用され、そこから半世紀以上、青色申告と白色申 告が併存している制度であった。国税通則法の改正による所得税法の改正で平成 26 年 1 月からすべての白色申告者に帳簿の保存義務が課せられるようになった。これは、将 来全ての納税者が青色申告者となるための準備段階なのであろうか。近年ではパソコ ンが普及し会計ソフトの導入も容易となり、納税者を取り巻く環境は変化してきた。 公平な税の負担を達成するためには、納税者の申告納税に対する誠実な態度が望まれ る。 52 (240) (参考文献一覧) 石島弘「実額課税と推計課税」小川英明・松沢智編『裁判実務体系 第 20 巻 租税訴訟法』 (青林書院、1988) 泉徳治ほか『租税訴訟の審理について(改訂新版)』 (法曹会、2002) 今村隆「判比」税理 39 巻 2 号(1996) 今村ほか『課税訴訟の理論と実務』 (税務経理協会、1998) 岩崎政明「推計課税と実額反証」 『租税行政と納税者の救済 松沢智先生古稀論文集』(中 央経済社、1997) 岩崎政明『ハイポセティカル・スタディ租税法』 (2004、弘文堂) 碓井光明「課税要件法と租税手続法との交錯」租税法研究 11 号(有斐閣、1982 年) 大渕博義「判批」ジュリスト 1138 号(有斐閣、1998) 小野雅也「推計課税と実額反証に関する裁判例の分析」税務大学校論叢 28 号(1997) 小野仁「推計課税の諸問題~実額反証~」税理 38 巻 5 号(1995) 加藤就一「判批」税理 31 巻 9 号(1988) 金子宏『租税法 第 9 版増補版』 (弘文堂、2004) 北口りえ「推計課税の本質論―補充的代替手段説に代わる新たな説の提唱―」熊本学園商 学論集第 9 巻 1 号(2002) 北口りえ「推計課税取消訴訟における立証責任の分配問題」熊本学園商学論集第 9 巻 2 号 (2003) 吉良実『推計課税の法理―裁判例を中心として』 (中央経済社、1987 年) 清水敬次『税法 第 7 版』 (ミネルヴァ書房、2007) 吉良実「推計課税の理論」税法学 382 号(清文社、1982) 吉良実「推計課税における若干の問題」税法学 500 号(清文社、1992) 湖東京至「フランスにおける推計課税制度の現状と問題点」『納税者の権利の展開』(勁草 書房、2001) 佐藤繁「課税処分取消訴訟の審理」 『新・実務民事訴訟講座 10』 (日本評論社、1982) 田中治「推計課税の本質論と総額主義」『公法学の法と政策 金子宏先生古稀祝賀 下巻』 (有斐閣、2000) 時岡泰・山下薫『推計課税の合理性について』(法曹会、1980 年) 中尾巧『税務訴訟入門 新訂版』 (商事法務研究会、1993) 中込秀樹「税務訴訟(3)―推計課税」園部逸夫・時岡泰編『裁判実務体系第 1 巻行政訴訟 法』 (青林書院、1984) 中島光宜「推計課税の法的性格についての一考察」九州国際大学法政論集第 11 巻(2009) 野村秀敏『民事訴訟の解説』(一橋出版、2005) 日野雅彦「青色申告制度の意義と今後の在り方」税務大学校論叢 60 号(2009) 53 (241) 福田幸弘監修『シャウプの税制勧告』(霞出版社、1985) 松沢智『租税訴訟法 新版』 (中央経済社、2001) 松沢智『租税訴訟法 新版』 (中央経済社、2001) 南博方『租税訴訟の理論と実際(増補版)』(弘文堂、1980) 南博方「推計課税の実務と理論」判例タイムズ 787 号(1992) 森澤宏美「推計課税に関する一考察―実額反証の議論を中心として―」租税史料館賞(2007) 山田二郎「判批」自治研究 64 巻 11 号(1988) 54 (242) 租税法における信義則 ―納税者と税務当局との安定した関係に向けて― 成澤 智絵 (243) (244) 論文要旨 研究の目的 平成 24 年度税制改正大綱では納税者の信頼確保が重要とされているが、信義則の租税法 分野での適用については、租税法律主義から適用の余地なしとする見解と納税者の信頼保 護から適用ありとする見解が対立している。また、信義則関連の税務訴訟では、ほとんど がそもそも公的見解の表示ではないと判断され納税者側敗訴となっている。これでは納税 者の信頼は損なわれていってしまう。 以上の問題意識から、学説・判例の変遷を整理分析した上で、公的見解の表示要件など 信義則の論点について考察するとともに、有用な文書回答手続の更なる改善のため諸外国 の制度との比較も行い、信義則が否定された場合の納税者への配慮策や納税者・税務当局 の信頼関係維持への解決策を提言する。 結論 ●信義則の租税法分野への適用に関する考察 信義則は正義の要請に基づく法の一般原理であり、租税法分野でもこの法の一般原理を 否定する理由はないと解する(信頼を裏切ることは法的安定性を害する結果となる)。その 上で、納税者利益と社会的利益とを意識しつつ、納税者利益を保護すべき特別の事情の具 体化たる適用要件を慎重に吟味する必要がある(なお、昭和 62 年 10 月 30 日最判の要旨は 信義則適用に慎重すぎるのではないか)。実質的に合法性の原則は税負担の不公平を防ぐ機 能があり、租税公平主義の中に包み込まれたものと解する。信義則と租税法律主義は、納 税者・税務当局の信頼関係維持という面と租税法律主義の一機能たる信頼保護という面で 重なってくるのではないか。 ●信義則の適用要件に係る考察と提言 「公的見解の表示に当たるものは何か」については、税務相談での職員の回答は、相談 者が正確で十分な事実関係の説明をしている場合に限り、信頼の対象となる公的見解と考 える。文書回答手続による回答は、十分な資料提出を納税者に求め、審査の上、回答する ものであり、信頼の対象となる公的見解と考える。 「公的見解は税務署長等の表示に限定されるか」については、税務署長の承認下におけ る税務相談での回答は権限者による見解の表示の如き外観を呈していると考えられ、この 趣旨を適用要件に追加することを提言する。 「税務当局の不作為は公的見解の表示に当たるか」については、表示側で遅滞なく作為 義務がある場合での不作為は公的見解の表示と考えられ、この点を「又は」として公的見 解要件の後段とすることを提言する。 以上により適用要件のハードルが妥当な水準になるのではないか。 (245) ●信義則不適用の場合の納税者配慮策 法令解釈通達、文書回答手続での回答及び「改正税法のすべて」に基づく申告につき、 これらの見解と異なる課税処分がされた場合、加算税は各事務運営指針を、延滞税は法令 解釈通達を改正し、これら附帯税を免除すべきである。 ●納税者と税務当局の信頼関係維持のための解決策 文書回答手続の更なる改善策として①事務運営指針での「信義則に基づく拘束力の発生」 の明確化や「文書回答手続回答事例集」の定期的な公表により税務当局内部の拘束力を強 めること②複雑な取引につき外部専門家も検討の場に参加させ、回答を客観的に検討する 仕組みにすべきこと等を提言する。 また、文書回答手続では対象とされていない事実認定の問題への対処として、移転価格 税制に関する事前確認の仕組みをベースとした「事実問題に関する合意」の導入を提言す る。法的安定性と予測可能性確保のため、公法契約概念を根拠とし、取引前・取引後を問 わないものにすべきであり、納税者の必要情報開示義務の明確化も必須とする。実現すれ ば税務当局の情報収集コスト節約や知識アップにもつながり、事後の訴訟も避けられると 考える。 (246) 目次 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 第一章 信義則の意義 第一節 大陸法に由来する信義則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3 第二節 英米法に由来する禁反言の法理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 第三節 信義則と禁反言の法理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 第四節 民法における信義則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 第五節 信義則の公法への適用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6 第六節 租税法律主義と信義則 一 租税法律主義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7 二 合法性の原則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8 三 信義則の租税法への適用に関する議論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9 第二章 第一節 信義則に関する租税判例・学説の動き 戦前の判例・学説 一 戦前の主要学説・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 二 戦前の判例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13 第二節 終戦から昭和 40 年 5 月 26 日東京地判までの判例・学説 一 終戦から昭和 40 年 5 月 26 日東京地判までの主要学説・・・・・・・・・・・ 13 二 終戦から昭和 40 年 5 月 26 日東京地判までの主要判例・・・・・・・・・・・ 15 第三節 昭和 40 年 5 月 26 日東京地判から昭和 62 年 10 月 30 日最判までの判例・学説 一 昭和 40 年 5 月 26 日東京地判から昭和 62 年 10 月 30 日最判までの主要学説・・19 二 昭和 40 年 5 月 26 日東京地判から昭和 62 年 10 月 30 日最判までの主要判例・・25 第四節 昭和 62 年 10 月 30 日最判から現在までの判例・学説 一 昭和 62 年 10 月 30 日最判から現在までの主要学説・・・・・・・・・・・・・ 31 二 昭和 62 年 10 月 30 日最判から現在までの主要判例・・・・・・・・・・・・・ 32 第五節 第三章 小括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33 第一節 税務当局の見解の表示と信義則 法令解釈通達、事務運営指針及び法令解釈に関する情報 一 意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37 二 第二節 納税者の保護・救済の対象となるものか・・・・・・・・・・・・・・・・・ 38 事前照会に対する文書回答手続による回答 (247) 一 意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・42 二 納税者の保護・救済の対象となるものか・・・・・・・・・・・・・・・・・44 第三節 質疑応答事例及びタックスアンサー 一 意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45 二 納税者の保護・救済の対象となるものか・・・・・・・・・・・・・・・・・46 第四節 税務相談における税務職員の回答・指導・助言 一 意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・47 二 納税者の保護・救済の対象となるものか・・・・・・・・・・・・・・・・・47 第五節 税務職員の執筆・監修による書籍等 一 意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50 二 納税者の保護・救済の対象となるものか・・・・・・・・・・・・・・・・・50 第六節 調査結果についてのお知らせ(申告是認通知) 一 意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・52 二 納税者の保護・救済の対象となるものか・・・・・・・・・・・・・・・・・53 第七節 第四章 第一節 小括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55 諸外国におけるアドバンス・ルーリング制度 諸外国におけるアドバンス・ルーリング制度について 一 アメリカにおけるアドバンス・ルーリング・・・・・・・・・・・・・・・・57 二 フランスにおけるアドバンス・ルーリング・・・・・・・・・・・・・・・・60 三 イギリスにおけるアドバンス・ルーリング・・・・・・・・・・・・・・・・62 四 ドイツにおけるアドバンス・ルーリング・・・・・・・・・・・・・・・・・63 第二節 第五章 第一節 小括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・67 租税法における信義則をめぐる一考察 信義則の租税法への適用に関する検討 一 問題の所在・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・70 二 これまでの議論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・70 三 考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・75 第二節 信義則の適用要件に関する検討 一 問題の所在・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・80 二 これまでの議論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・81 三 考察と提言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・88 第三節 信義則が適用されない場合の善良な納税者に対する手当て 一 問題の所在・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・92 二 これまでの手当てと正当な理由に関する議論・・・・・・・・・・・・・・・92 (248) 三 提言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・98 第四節 納税者と税務当局との安定した関係維持のために 一 問題の所在・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 100 二 これまでの議論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 101 三 提言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 106 おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 113 (表)信義則の適用要件の歴史的流れ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 115 参考文献一覧・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 116 (249) はじめに 民法第 1 条第 2 項は、 「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければな らない」ことを定めている。この規定は、人は相手方の合理的な期待や信頼を裏切ること なく、誠意をもって行動しなければならないという原則であり、 「信義誠実の原則」あるい は「信義則」と呼ばれている。 この信義則を租税法の分野にも適用できるか否かについては、今日まで学説・判例上、 議論がなされている。租税法の基本原則である租税法律主義は、いわゆる合法性の原則を 一内容としており、税務当局は法律に定められている通りに課税しなければならず、課税 を重くしたり減免したりすることは許されない。このため、合法性の原則からすれば信義 則の適用される余地はないという見解が導かれる。一方、租税法律主義には納税者に予測 可能性を与え法的安定性を保つという機能もあり1、専門的な知識を有しない善良な納税者 が、税務当局から示された解釈・回答等を信頼して申告したが、後になって違法であると され不利益な課税処分の対象とされるならば、納税者は理不尽な思いをすることになる。 このような観点から、善良な納税者の信頼は保護されるべきであり租税法においても信義 則の適用はあってしかるべきという見解も導かれる。 また、納税者と税務当局の間のトラブルから生じた信義則に係る税務訴訟事例は非常に 多い。これら信義則の適用をめぐる裁判においては、その適用要件が検討されても、ほと んどの場合、 「税務官庁が納税者に対し、信頼の対象となる公的見解を表示したこと」とい う信義則の最初の適用要件を充足していないと判断され、納税者側敗訴となっているのが 現実である。これでは、納税者の税務行政に対する信頼は損なわれていってしまう2。その ようなことにならぬよう、信義則に係る公的見解の表示要件の再考が検討されるべきであ り、また、結果的に信義則適用が否定された場合での善良な納税者に対する配慮がなされ るべきである。さらに、将来にわたっての納税者と税務当局との安定した関係維持という 視点から、納税者に予測可能性を与え法的安定性を保つためにはどのような方策が講じら れるべきかという点も検討されるべきである。 1 2 金子宏『租税法[第十七版]』(弘文堂,平成 24 年)72 頁。 例えば、品川芳宣「税務通達の法的拘束力と納税者の予測可能性」税理 43 巻 14 号(平成 12 年)2 頁にお いて、税務通達に反した課税処分の違法性否定の主張を裁判所が容認する傾向につき「これでは、租税 法律主義が保障している適正手続の原則や納税者側の予測可能性、あるいは法的安定性の原則上問題と なる状態を惹き起こすことにもなる。」とされている。 1 (250) 平成 24 年度税制改正大綱では、税務行政につき納税者の信頼を確保するためには、納税 者の立場に立ち納税環境の整備を不断に図っていくことが重要とされている。租税法にお ける信義則は、善良な納税者の信頼利益を保護する上で重要なものであり、将来にわたっ て納税者と税務当局との安定した関係を維持する上でのキーポイントといえよう。 以上の問題意識から本論文では、租税法における信義則の適用及びその適用要件吟味の 際の論点について考察するとともに、特に納税者側のハードルとなっている「公的見解の 表示」要件に関する提言を試みる。そして、信義則が適用されない場合での納税者への配 慮策や納税者と税務当局の安定した関係維持のための解決策についても提言してみたい。 本論文の構成は、次のとおりである。 第一章では、信義則そのもの及び同様の理念である禁反言の法理の意義につき整理した 上で、民法における信義則、信義則の公法への適用、合法性の原則との関係を含めた租税 法律主義と信義則について概観する。 第二章では、第五章での租税法における信義則の適用の是非及びその適用要件の論点に 関する考察の前提として、①信義則の根拠、②信義則の性格、③信義則の租税法への適用、 ④信義則の適用要件につき、わが国裁判所の租税判例と学説の変遷を、エポックとなった 判例等に着目した時代区分によって整理分析する。 信義則に係る裁判では税務当局の見解に関するものが多く、そのほとんどが公的見解の 表示に当たらないとされていることから、第三章では、税務相談での職員の回答や文書回 答手続による回答等、各種の税務当局の見解に関する議論を検討した上で、それらが公的 見解に該当するか、納税者の保護・救済の対象となるものかについて考察する。 第三章で取り上げる文書回答手続は、納税者の予測可能性をより高めるためアドバン ス・ルーリングに関する先進諸国の取組み事例を踏まえ導入されたものであるが、第四章 では、第五章における納税者と税務当局の安定した関係維持のための提言に向け、文書回 答手続のさらなる改善の方向を探るべく、諸外国のアドバンス・ルーリング制度の内容を 確認し、わが国の現在の文書回答手続との比較を行う。 第五章では、本論文のまとめとして、租税法における信義則適用とその適用要件吟味の 際の論点につき考察した上で、公的見解の表示要件に関する提言を試みる。また、信義則 が適用されない場合の納税者への配慮に関する提言や納税者と税務当局との安定した関係 維持のための提言を行い、より良い税務行政確立の一助としたい。 2 (251) 第一章 信義則の意義 本章では、大陸法系の信義誠実の原則及び英米法系の禁反言の法理につき記述し、この 両者の意義と関係を整理した上で、民法における信義則、信義則の公法への適用、合法性 の原則との関係を含めた租税法律主義と信義則について概観する。 第一節 大陸法に由来する信義則 「信義」とは、真心をもって約束を守り相手に対する務めを果たすこと、あざむかない ことであり、 「誠実」とは、他人や仕事に対してまじめで真心がこもっていることとされて いる3。このように、信義とか誠実という言葉は「人の行為・態度についての倫理的・道徳 的評価を示すもの」4である。 「信義誠実といふ観念はその起源をローマ法に発する。 」5といわれ、このローマ法の強 い影響をうけたドイツでは民法典制定の際に「契約は取引の慣習を顧慮し信義誠実の要求 に従って解釈することを要する」(第 157 条) と「債務者は取引の慣習を顧慮し信義誠実の 要求に従って給付をなす義務を負う」(第 242 条)が規定された。ドイツにおけるその後の 判例・学説は、この二つの規定を根拠に債権法の各分野に信義則の適用を認め、やがて、 債権関係のあらゆる面を規律し、 全債権法を支配する帝王規定とまでいわれるようになる。 この信義則という一般条項の登場は、権利濫用や公序良俗等とともに、具体的事件の解決 たる裁判がとかく形式的・機械的になりがちな傾向を大きく修正し、その合理化を促進し たばかりでなく、とかく固定化し硬直化しがちな法律に著しい弾力性を与えることとなっ た。これによって民法は、二つの世界大戦による社会的変革にも適応できるほどの順応性 と持続性とをもつことができた6といわれている。 このドイツ民法に続き、スイス民法においては、信義則が広く一切の権利・義務関係に つき認められる形で採用され、 「何人も権利の行使及び義務の履行は、信義誠実に従ってこ れをしなければならない。 」(第 2 条第 1 項)と規定されることとなった。 3 4 5 6 新村出他『広辞苑[第六版]』(平成 20 年) 1439 及び 1542 頁、見坊豪紀他『三省堂国語辞典[第 4 版]』(平 成 10 年) 569 及び 614 頁。 田中実『注釈民法(1) 』73 頁〔谷口知平編〕 (有斐閣,昭和 39 年) 。 鳩山秀雄「債権法における信義誠実の原則」 (大正 13 年) 〔 『債権法における信義誠実の原則』所収(有 斐閣,昭和 30 年)253 頁〕 。 〕 田中実・前掲注(4)68~69 頁。 3 (252) 第二節 英米法に由来する禁反言の法理 信義則とほぼ同旨と解されているものとして「禁反言の法理」というものがある。禁反 言とは、自己の行動によって他人にある事実を誤認させた場合、それが誤りであったこと を理由として、それと矛盾した主張をすることは認められないと言う意味である。 禁反言は「Estoppel」の訳語で英米法に由来する。イギリスにおいて発達し、理論的に 完成されたのはドイツの表示主義7理論の台頭より 50 年も前の 1937 年(大正 12 年)頃であ る8。この禁反言の法理は、封建的社会から市民社会への転換をいち早くなし遂げ、支配者 の恣意による支配から脱皮し契約による支配を確立するのと同時並行的に、この法理も一 般的に承認されてきた9といわれている。 禁反言は、①記録による禁反言、②証書による禁反言、③法廷外の行為による禁反言に 分類される。①記録による禁反言とは、裁判所の記録にいったん記載された事項に対して は、その判決が取り消されない限り、もはやその反対事実を主張することを禁止するもの (判決の既判力に相当する禁反言)である。②証書による禁反言とは、当事者間で作成し た捺印証書により一定の事実が表示されたときに発生する禁反言であり、③法廷外の行為 による禁反言とは、広く自己の表示もしくは行動によって生じる禁反言である。記録によ る禁反言は当事者の行動・表示に基づくものではないが、証書による禁反言と法廷外の行 為による禁反言は、当事者の行動・表示に基づいて発生するものであるため、②と③を合 わせて「表示による禁反言」とし、①を「判決による禁反言」とする二分法になっていっ た。禁反言の法理のわが国への導入に大きく貢献された伊沢孝平教授によれば、禁反言と いう言葉は、上記の「表示による禁反言」を指すものとして使用されているとされる10。 表示による禁反言が適用される要件は次のとおりである11。 ① 表示者と被表示者との間に言動・挙動により表示がされたこと、又は表示者が被表示 者に対し発言ないし作為義務がある場合で黙示ないし不作為により表示がされたこと。 ② 表示者が事実上の表示意思を有していたか、又はその意思の存在を推定し得る場合で 7 表示主義とは、法律行為の効力を決定する際、表意者の内心の意思よりも外部に現れた表示を重んじる 主義である。 8 藤原雄三「租税判例における禁反言の法理」北海学園大法学研究 11 巻 2 号(昭和 50 年 11 月)319 頁。 9 齊藤稔『租税法律主義入門』(中央経済社,平成 4 年) 100 頁。 10 藤原雄三・前掲注(8)320 頁。 11 齊藤稔・前掲注(9)101 頁及び藤原雄三・前掲注(8)320~321 頁。 4 (253) あること。 ③ 被表示者がその表示を信頼して、不利益にその利害関係を変更したこと。 これら適用要件の内容は、第二章及び第五章で記述する信義則の適用要件との関連から も興味深いものである。 第三節 信義則と禁反言の法理 信義則に関する表現として、租税判例では、信義則というもの、禁反言の法理というもの、 信義則ないし禁反言の法理というものがあり様々であるが、基本的には両者を同列にみて いるものが大勢である。ただし、東京高裁昭和 41 年 6 月 6 日判決12のように「禁反言の法 理ないしはそれを含む信義誠実の原則」といい、信義則は禁反言法理を包括するものと明 示するものもみられる。学説においては「信義則」というものが大部分であるが、判例同 様、信義則と禁反言の法理を同列にみているものが多い13。ただし、信義則は禁反言の法 理を包括するものとする見解の他、禁反言の法理は「信義則の下位概念として理解されて 『禁反言』と『信義則』と おり、信義則より派生したとみられている。 」14という見解や「 では、厳密な意味において、使い分けがなければならないと思う」15という見解もある。 おもうに、信義則と禁反言の法理はその由来が異なってはいるものの、自分が一度言っ たことや行ったことと矛盾する主張をすることは相手方の信頼を裏切る不誠実な行為であ るから、矛盾する言動を禁止する禁反言の法理は信義則と深く通じており、実質的にはコ インの裏表の関係ともいってよいのではなかろうか。 第四節 民法における信義則 わが国における信義則は、大正年代から判例・学説によって認められるようになった16。 12 13 14 15 16 行政事件裁判例集 1 巻 6 号 607 頁。 例えば、中川一郎「税法における禁反言の原則(信義誠実の原則)の適用の要件と限界」シュトイエル 44 号(昭和 40 年)10 頁において「信義誠実の原則に該当するのは、前者、すなわち、表示によるエストッ ペルである。 」とされている。 藤原雄三・前掲注(8)314 頁。 大橋為宣「納税者の信頼保護と租税法律主義の相剋(上)」税理 29 巻 6 号(昭和 61 年)79 頁。 田中実・前掲注(4)69 頁。 5 (254) そして、大正期の後半、大審院の大正 9 年 12 月 18 日判決17によって信義則が明示的に適 用され、 「大審院は…この原則が債権関係を律する根本原理であることを明らかにした。そ れ以来信義則は、私法の根本原則として判例法上確立をみるにいたった。 」18。その後ほぼ 同時期に学界においても、信義則の根拠を理論的に究明し、その適用を広く検討した業績19 が現れ、大正末期から昭和期に入ると信義則は益々力をもち、戦中戦後の社会的動揺期に 至って、民法上の一指導原理として確固たる地位を占めるほどになった20。こうして昭和 22 年の民法改正の際に信義則の規定が置かれたのである。 なお、信義則は権利の行使や義務の履行のみならず契約解釈の基準にもなる(最判昭和 32 年 7 月 5 日判決21)。また信義則は、個々の条文の規定だけでは解決できない問題が生じ た場合に,それを補充する機能を有する22。さらに、裁判により法規が修正される場合も あり、信義則は、法修正的機能をもつものとしても用いられる23。 第五節 信義則の公法への適用 大正 13 年において既に鳩山秀雄博士は 「信義誠実の原則の適用範囲は私法のみに限るも のではない」24として行政法における信義則の適用可能性を示唆されていたが、行政法に おける信義則の議論が始まったのは昭和 11 年頃からのようである(これについては第二章 17 大審院民事判決録 26 号 1950 頁。当該事案は、買戻し特約付きで売られた不動産の買戻し権行使が些少 の金額不足を理由に効果を生じえないか否かというものであり、問題は、買戻し権行使にあたって買戻 し権者は契約費用を相手方に照会したが返事がなく、買戻し期間徒過のおそれからやむなく推定した契 約費用と売買代金の合計で買戻しの意思表示をしたが、推定した契約費用が僅かに足りないとして相手 方が買戻しに応じないという事実関係があり、買戻し要件に存する多少の欠陥を補足するに十分なほど 信義誠実に適っているかどうかであったが、判決は、買戻しにあたって極めて僅少な額が不足している 場合、その僅少な不足に藉口して(かこつけて)買戻しの効力を否定しようとすることは、信義の原則 に反し許されないとして、信義則を適用した。 18 菊井康郎「行政判例研究 93」自治研究第 38 巻 7 号(昭和 37 年)116 頁。 19 例えば、鳩山秀雄・前掲注(5)253 頁~318 頁。 20 田中実・前掲注(4)69~70 頁。 21 最高裁判所民事判例集 11 巻 7 号 1193 頁。 22 村井正『租税法と私法』 (大蔵省印刷局,昭和 57 年)96 頁では「信義則は、欠陥をうめたり、法規等の 形式的適用ではうまくゆかないときに、これに妥当な解釈を与えるためにいわば伝家の宝刀として用い られる補充的原則である。 」とされている。 田中実・前掲注(4)87 頁。ただし、この点については、例えば杉村章三郎「行政法規解釈論」法学協会 雑誌 54 巻 4 号(昭和 11 年)667 頁に「信義則は…法規に対する一の解釈標準たるに止まる。 」とあるよう に異論もある。 23 24 鳩山秀雄・前掲注(5)261 頁。 6 (255) で詳述する)。なお、昭和 22 年の民法改正で信義則の規定が置かれたことは、それまでの 判例・学説を基本的に確認することになり、法の一般原理を表明するものとして行政法に おける信義則の適用を推進する契機ともなった25とされている。 このように信義則は私法の領域からから生成・発展したものであるが、今日では権利の 行使・義務の履行・法律行為の解釈なども信義則に合致されなければならないことが一般 に認められており、しかも、これは法の一般原理の具体的表現と解される結果、公法分野 においても適用されるとするのが今日の通説とされている。例えば、田中二郎博士による 「民法の規定の中には…法律秩序全般に通ずる法の一般原理の表現と見るべき規定も少な くないし」民法の信義則の規定は「直接には私法関係を対象とした規定であるが、同時に 法の一般原理の具体的表現と解釈すべきもので、 その趣旨は当然に公法関係にも妥当する。 」 という見解26がその代表的な学説とされている27。原龍之助博士も「信義誠実の原則は…私 法規定として存在するが、しかし、それ自身純粋の私法原理ではなく、法の一般原理の表 現として、権力関係にも妥当するものと解しなければならない。」28と述べられている。 第六節 租税法律主義と信義則 既述のように、信義則が租税法に適用できるかどうかについては、租税法律主義との関 係において議論がある。 一 租税法律主義 租税法律主義とは、法律の根拠に基づくことなしには、国家は租税を賦課・徴収するこ とはできず、国民は租税の納付を要求されることはないという租税法全体を支配する基本 25 26 27 28 乙部哲郎「行政法における信義則の展開」小早川光郎他『行政法と法の支配』有斐閣(平成 11 年)146~ 147 頁。 田中二郎『行政法総論』法律学全集 6(有斐閣,昭和 32 年)230~231 頁。また、田中二郎『新版行政法 上 巻[全訂第 2 版]』(弘文堂,昭和 62 年)81 頁でも「民法の規定…のなかには、法の全体に通ずる一般的な 原理…ともいうべき規定が含まれている。これらの規定については…直ちに公法関係にこれを適用又は 類推適用することを排斥すべきではない。」として、民法の信義則の規定もその一つとされている。 藤原雄三・前掲注(8) 313 頁及び品川芳宣「税法における信義則の適用について」税務大学校論叢 8 号(昭 和 49 年)4 頁。 原龍之助「行政法における信義誠実の原則」法学雑誌六巻三号(昭和 35 年)17 頁。 7 (256) 原則である29。日本国憲法においても「国民は、法律の定めるところにより納税の義務を 負う」 (第 30 条)とされ、 「新たに租税を課し、または現行の租税を変更するには、法律ま たは法律の定める条件によることを必要とする」 (第 84 条)と定められている30。 歴史的には、近代以前、封建領主や絶対君主が戦費の調達等のために恣意的な課税をし てきたことに対して、台頭しつつあった市民階級が自らの自由と財産を守るため「代表な ければ課税なし」という思想の下、課税権はその代表で構成される議会の制定する法律に 基づかなければ行使できないという憲法原理を確立することになったのである。 今日において租税法律主義は、既述のように、国民の経済生活に法的安定性と予測可能 性とを与える機能を有するものとされている。すなわち租税法律主義は、今日の複雑な経 済社会において、各種の経済上の取引や事実の租税効果について十分な法的安定性と予測 可能性とを保障しうるような意味内容を与えられなければならない31とされている。 租税法律主義の内容としては、 「課税要件法定主義」 、 「課税要件明確主義」 、 「合法性の原 則」等があるといわれている32。ちなみに、最高裁大法廷昭和 60 年 3 月 27 日判決33は、課 税要件及び租税の賦課徴収の手続は、法律で(課税要件法定主義)明確に(課税要件明確 主義)定めることが必要であると述べている。 二 合法性の原則 合法性の原則とは、課税要件34が充足されている限り、税務当局には租税の減免・不徴 「こ 収の自由はなく、法律で定めたとおりの税額を徴収しなければならないというものである。 の原則は、租税法律主義の手続法的側面であり、わが国においても戦前から一貫して判例 法上承認されてきた。その根拠は、このように解さなければ、租税法の執行にあたって不 正が介在するおそれがあるのみでなく、納税者によって取扱がまちまちになり、税負担の 公平が維持できなくなる…ことにある。 」35とされている。つまり、この原則によれば、課 29 金子宏『租税法[第十七版]』(弘文堂,平成 24 年)70 頁。 30 北野弘久『税法学原論〔第 5 版〕 』(青林書院,平成 15 年)87 頁では、 「日本国憲法は、財政権力の側面(第 84 条)と国民の納税義務(第 30 条)の側面との双方から租税法律主義を確認しているといえる」とさ れている。 金子宏・前掲注(29) 72 頁。 合法性の原則については、後述のように租税法律主義の一内容とは見ない見解もある。 最高裁判所民事判例集 39 巻 2 号 247 頁。 課税要件とは、それが充足されることによって納税義務が成立するための要件である。 金子宏・前掲注(29) 78 頁。 31 32 33 34 35 8 (257) 税要件が充たされている限り、税務当局は法律で決まっている税額より高く徴収すること も安く徴収することもできないのである。 学説上も、合法性の原則については多くの論者が承認している36が、その論拠に関して は、①租税法律主義の一内容として説明する見解37、②租税公平(平等)主義を根拠にす る見解38、③租税債権の性質として説明する見解39に分かれており、近年に至るまで合法性 の原則は租税法律主義の一内容とする見解が多い。 三 信義則の租税法への適用に関する議論 租税法律主義の一内容として合法性の原則を説明する立場によれば、税務当局は、法律 に定められているとおりに租税法を執行しなければならないのであるから、信義則によっ て租税法律の内容を修正することは許されず、合法性の原則からして信義則の適用される 余地はないという説が導かれる。逆に、信義則と租税法律主義は同列のものであるが、両 者はその性格上果たすべき役割を異にし、相競合することはあり得ない40として、信義則 の適用を認めても租税法律主義に抵触しないとみる説も有力である。金子宏教授は、信義 則の租税法への適用に関し「問題を整理すれば、租税法における信義則の適用の有無は、 租税法律主義の 1 つの側面である合法性の原則を貫くか、それともいま 1 つの側面である 法的安定性=信頼の保護の要請を重視するか、という租税法律主義の内部における価値の 対立の問題である。 」41と述べられている。 本論文では、この議論に関し第二章及び第五章・第一節において掘り下げてみたい。 36 碓井光明「租税法における信義誠実の原則とそのジレンマ」税理 23 巻 12 号(昭和 50 年)3 頁。 37 例えば、金子宏・前掲注(29) 73 頁、水野忠恒『租税法[第 3 版] 』(有斐閣,平成 19 年)8 頁、岡村忠生 『ベーシック税法〔第 2 版〕 』 [岡村忠生・渡辺徹也・高橋裕介](有斐閣,平成 19 年) 29 頁以下。 38 例えば、新井隆一『租税法講座』 〔金子宏・渡辺吉隆・新井隆一・山田二郎・広木重喜編〕 (帝国地方行 政学会,昭和 49 年) 312 頁。これについては、第五章・第一節で触れる。 39 40 41 例えば、田中二郎『租税法』法律学全集 11(有斐閣,昭和 43 年)140 頁において「租税債権は、すべて租 税に関する法律の定めるところにより、画一的に当然に成立し消滅する。…租税債権の内容は、当事者 の合意によって左右されることはない。 」とされている。 中川一郎「税法における信義誠実の原則の法的根拠」福岡大創立 35 周年記念論集(昭和 44 年)159~160 頁 金子宏・前掲注(29)128 頁。 9 (258) 第二章 信義則に関する租税判例・学説の動き 前章では租税法おける信義則の意義等について整理したが、本章では、第五章で租税法 における信義則適用に係る論点とその適用要件吟味の際の論点につき考察する前提として、 信義則の諸論点すなわち①信義則の根拠、②信義則の性格、③信義則の租税法への適用、 ④信義則の適用要件に関する戦前から現在までのわが国判例及び学説の動き42をみていき たい。 第一節 戦前の判例・学説 一 戦前の主要学説 主にドイツ行政法における信義則の議論等に誘発され、既述のように昭和 11 年頃から、 田中二郎博士、杉村章三郎博士、原龍之介博士、高橋貞三博士、大石義雄博士らによって、 行政法における信義則の諸論点に関する議論が始まった。 1. 信義則の法的根拠について 昭和 13 年の論文で高橋貞三博士は 「條理43も信義誠実の原則も同じ性質のものであって、 只條理があらゆる法律関係を規律するものであるのに反し、信義誠実の原則は特定人間の 権利関係を規律する性質を有するが如く解される。従って信義誠実の原則は、その範囲に おいて條理より狭く、條理に中に含まれた一原則であると解される。 」44と主張され、同年、 原龍之介博士は「信義誠実は…具体的事件について、正義と公平の理想を実現する最高の 法律規範」45と述べられた。 42 43 44 45 租税法における信義則に関する判例や租税法における信義則に論及した学説については、乙部哲郎「租 税法と信義則(2)─判例を中心に─」神戸学院法学第 28 巻第 2 号 323~357 頁(平成 10 年)に詳しい。 信義則に関連する判例・学説について綿密に分析・検討されている。 條理(条理)とは、社会における物事の筋道・道理であり、法の欠缺(法律・条文がないことを意味する) を補う解釈上及び裁判上の基準である。 高橋貞三「行政法における信義誠実の問題」 『佐々木惣一還暦記念・憲法及び行政法の諸問題』(昭和 13 年)346 及び 372 頁。 原龍之助「行政法における信義誠実の原則序説」 『佐々木惣一還暦記念・憲法及び行政法の諸問題』(昭 和 13 年)391~392 頁。 10 (259) 高橋博士は条理との比較で信義則を狭くとらえてはいるが、両博士の説は、行政法領域 において信義則を正義や条理に基づくものとみる最初の学説とみてよいであろう。 2. 信義則の法的性格について 昭和 11 年、田中二郎博士は「最早単なる私法的原理たるに止らず、総ての法律及び総て の法律関係を支配すべき根本原理」46とされ、昭和 13 年に原龍之介博士も「すべての法域 に共通の法理想に基づく一般法律原理又は法の一般原理…の顕現の一形式に外ならぬもの」 47 とされ、共に信義則の法の一般原理性を明示された。同年、高橋貞三博士は、我妻榮教 授がいわれる権利義務の全関係を規律する根本理念を引用された上で「各人はその権利及 び義務を行使するに当たって必ず準備しなければならない原則である。 」48と論じられた。 また、昭和 11 年、杉村章三郎博士は、信義則は「厳格な実証法的解釈に対する一の緩和剤」 49 とされ、昭和 19 年に大石義雄博士は「制定法及び慣習以外に於て存在すとせられている 不文の法原則」50と述べられた。 3. 信義則の行政法への適用について 行政法において信義則の適用は認められるかという論点に関して、昭和 11 年、田中二郎 博士は「法実証主義51の徹底より生ずる法的・社会的不公正を修正・補充する為めの例外 的な規準として役立った信義誠実の原則…の妥当する領域が…公法殊に行政法に及ぶこと は勿論である。総ての行政法・総ての行政法上の関係が此の見地に於て理解されねばなら ない。 」52と肯定論を主張された。これに対して、同年、杉村章三郎博士は「信義則を基調 とする解釈方法は決して実証法主義を放棄するものではない。…信義則は…法規に対する 一の解釈標準たるに止まる。従って、法規に於ける明瞭にして疑の余地なき條項によって 得た効果を信義則により動揺せしむることは不可能である。又信義則が行政法規の解釈に 46 田中二郎「紹介・シュミット『行政法における信義誠実』 」国家学会雑誌第 50 巻 4 号(昭和 11 年)127 頁。 47 原龍之助・前掲注(45)383 頁。 48 高橋貞三・前掲注(44)346 頁。 杉村章三郎「行政法規解釈論」法学協会雑誌 54 巻 4 号(昭和 11 年)667 頁。 大石義雄『日本国法原論』增進堂(昭和 19 年)207 頁。 法実証主義とは、立法機関により所定の手続を経て制定されるもの及び裁判所により現実に適用されて いる規範を、実効性をもっている法とみなし、これら実定法以外の規範を法的考察の対象から排除する 立場をいう。 49 50 51 52 田中二郎・前掲注(46)127 頁。 11 (260) 対して適用せらるるのは私法に於けるが如く一般的ではない。行政法規に内在する指導精 神たる権力性と公益性及びこれに基く形式尊重主義は信義則の適用を妨ぐべき重要な原因 である。 」53と否定論を主張された。 昭和 13 年、原龍之介博士は「相手方又は第三者の信頼関係、諸種の利益関係又は法的安 全を保護し、もつて信義誠実に合すべきことも、法治国家における当然の根本的要請の一 つである。 従つて…信義誠実の原則の適用ありや否やについては、 …行政法規の強行性が、 これらの諸法益を犠牲にしてまでその趣旨を貫くべきものなりや否やを特に考慮する必要 がある。いひかへれば個々の具体的の問題について、…強行法規の有する理想と、これら の法益との比較衡量によつてその適用を決しなければならぬ。 」54と比較衡量論を主張され たが、同年、高橋貞三博士は「法の規定ある場合に於ても、これを排除して信義誠実の原 則が適用されるとする場合には、法の安定性は可成りの危険に曝され、また一面、立法に 依る法の変動性についての作用を軽視もしくは無視するものといはなければならない。 」55 と否定論を主張され、昭和 19 年、大石義雄博士も「信義誠実の原則なるものを無制限に許 容することは許されないと考へている。…制定法として存在する国法に抵触せざる範囲に 於て解釈の基準としてのみ認められ得るものであって、この国法に優越するより高次の実 定法秩序としての信義誠実の原則といふが如きものは存在し能はないのである」56と否定 論を主張された。 これらをみると、行政法における信義則の適用に関する田中博士の主張は肯定説の最初 のものであり、 「信義則の適用を認めても租税法律主義に抵触しないとみる説」 (以下「適 用肯定説」という。) の基礎になったものと位置づけられるのではなかろうか。また、原 博士の主張も肯定的見解であるが、 「比較衡量」により決めるべきとされていることから、 戦後において多数みられるようになる「納税者利益を保護すべき特別の事情がある場合に は信義則の適否は租税法律主義との比較衡量によるべきとする見解」(以下 「比較衡量説」 という。) の基礎になったものと位置付けられよう。さらに、杉村博士の主張は否定説の 最初のものであり、高橋博士及び大石博士の主張も否定説である。これらは「租税法律主 義の要請等から信義則の適用そのものを否定する見解」 (以下「適用否定説」という。) の 基礎になったものと位置付けられよう。 53 54 55 56 杉村章三郎・前掲注(49)667~668 頁。 原龍之助・前掲注(45)400 頁。 高橋貞三・前掲注(44)346 頁及び 372 頁。 大石義雄・前掲注(50)204~205 頁及び 209~210 頁。 12 (261) 4. 信義則の適用要件について 戦前において信義則の適用要件そのものを記述した学説は登場していない。 二 戦前の判例 戦前においては、 「行政法の分野では、正面から信義則の適用を論議した判決は…行政裁 。 判所・司法裁判所を通じてみられなかった」57模様である。 第二節 終戦から昭和 40 年 5 月 26 日東京地判までの判例・学説 一 終戦から昭和 40 年 5 月 26 日東京地判までの主要学説 現行憲法になってからの学説としては、昭和 28 年、中川一郎博士による西ドイツ連邦財 政裁判所(BFH)の信義則判例の紹介・検討が最初の模様58である。中川博士は「税法にお ける信義誠実の原則を、ドイツの判例によりその発展の跡をたどり、それを帰納してこの 原則を税法上の最高原則に確立し、延いてこれをわが国の租税事件にも適用することが私 の意図である。 」として、信義則は、私法上においては、契約当事者間の相手方に対する信 頼と、この信頼を誠実に保持し裏切らないことを要請し、公法上においては、国家(税務 当局)と国民(納税者)との間の相互信頼関係の誠実なる保持とこの関係を破壊しないこ との要請に基礎をおくものであると述べられた59。また、昭和 33 年には下山瑛二教授によ って、いわゆる通達行政のもとで違法な通達に善意に依拠した者の救済という視点から英 米行政法における禁反言の法理の問題点とその傾向につき初めて本格的な検討が行われた。 下山教授は「通達行政のもたらす弊害の規制と、それを善意で依拠したものに対する救済 は、なるほど、論理的には背反するかもしれぬが、実践的には実現不可能なことがらでは ない。…ただし、わがくにの法体系のなかで、この問題を展開するばあいには、どのよう 57 58 59 菊井康郎「行政判例研究 93」(昭和 37 年)自治研究 38 巻 7 号 117 頁。 乙部哲郎「行政法における信義則の展開」小早川光郎ほか『行政法と法の支配』有斐閣(平成 11 年)154 頁。 中川一郎「税法における信義誠実の原則(1)~(6) 」税法 25 号 22 頁以下、27 号 29 頁以下、31 号 37 頁以下、32 号 29 頁以下、33 号 34 頁以下(昭和 28 年)、46 号 5 頁以下(昭和 29 年)。 13 (262) になるか、ということはのこされた課題である」と述べられた60。 1. 信義則の法的根拠について 昭和 35 年にも原龍之助博士は、信義則は「正義と公平の理想の実現を目的とする根本的 原理」61と主張されたが、これに対して、昭和 39 年、田中実氏は「信義誠実の概念は、絶 対的な判断を基本とするいわゆる正義の観念とは、必ずしも一致しない。 」62と主張された。 また、昭和 37 年、菊井康郎氏は、信義則は「條理法上の原則とみるべき」63と述べられた。 2. 信義則の法的性格について 昭和 32 年、田中二郎博士は、既述のように信義則は「法の一般原理の具体的表現と解釈 すべきもの」64と再言され、原博士も、昭和 35 年の論文において戦前と同様「法の一般原 理」65性を再言された。また、昭和 37 年、菊井康郎教授も「法の一般原則」66とされた。 3. 信義則の租税法への適用について 昭和 34 年に橋本公亘教授は「信義則は、行政法においても法原則として認められる。た だし、行政の法律適合性の原則及び形式的規定遵守の義務から生ずる要請は信義則に優越 する。 」67と述べられた。また、昭和 35 年に原龍之介博士は「要するに、個々の具体的の 問題について、法律関係の当事者間の利益の較量、いいかえれば行政における公益性と相 手方の利益関係またはこれに関連する一般的社会的信頼法的安全等の諸法益…との比較衡 量をなすことが信義誠実の内容をなすものといわねばならぬ。 」68と述べられ、戦前の原博 士の考え方を基本的に踏襲されている。 なお、昭和 36 年には波多野弘教授が、信義則から派生した法理といわれドイツの判例の 中で発展した「失効の原則」69につき、信義則が民法の規定であることを理由として当然 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 下山瑛二「英米行政法における Estoppel」法学雑誌 4 巻 3・4 号(昭和 33 年)146~165 頁。 原龍之助「行政法における信義誠実の原則」法学雑誌 6 巻 3 号 (昭和 35 年)14 頁。 田中実『注釈民法(1) 』 〔谷口知平編〕 (有斐閣,昭和 39 年)74 頁。 菊井康郎・前掲注(57)119 頁。 田中二郎『行政法総論』法律学全集 6(有斐閣,昭和 32 年)231 頁。 原龍之助・前掲注(61)14 頁。 菊井康郎・前掲注(57)119 頁。 橋本公亘「行政法の解釈と運用」(昭和 34 年)〔 『公法の解釈 憲法・行政法研究Ⅱ』所収(有斐閣,昭和 62 年)89 頁〕 。 原龍之助・前掲注(61)20 頁。 失効の原則は、権利失効の原則ともいい、権利者が長期間にわたって権利を行使しないでいると、相手 方に「もはや権利の行使はない」という期待が生じるが、このような場合に、相手方の期待を裏切って 14 (263) に公法特に行政法にも妥当するとされていることから、 「とするならば、信義誠実の原則に 由来する失効の原則も亦その趣旨は一応妥当するものと解し得よう。ただしかし…当事者 間の利益を顧慮することが一般公益と相容れない場合には、失効原則は公益の要求の前に 退くことが考えられるが…どのような公益による制限が失効原則の適用に際して加えられ るかは、個々の場合について検討すべきで、その為に特に適用要件を明確にする要がある のであり、一般抽象的に公益は私益に優先するとすることは速断のそしりをまぬがれない であろう。 」70と述べられた。行政法における失効の原則の適用に関してではあるが、個々 の事情の検討とそのための適用要件の明確化を強調されている。 4. 信義則の適用要件について この時代において信義則の適用要件そのものを記述した学説は登場していない。 二 終戦から昭和 40 年 5 月 26 日東京地判までの主要判例 信義則に関する最初の租税判例とみられるものとして、福岡地裁昭和 25 年 4 月 18 日判 決(贈与税年賦延納合意事件) 71 があり、これについては後に詳述する。また、租税判例と して、最高裁昭和 31 年 4 月 24 日判決72では、国税滞納処分に基づく差押手続において国 が民法 177 条の第三者に該当するかどうかの判断に国の「信義」違反の有無を考慮すべき とし、再度の上告審で最高裁昭和 35 年 3 月 31 日判決73は、上記視点に基づいて国の第三 者該当性を否認した。 以上のようなものはあるものの、昭和 30 年代までは租税判例そのものが少なく74、信義 則に関する税務訴訟も非常に少ないという状況であったが、 昭和 40 年 5 月、 信義則の根拠・ 性格・適用等の論点について一般的見解を示した最初の租税判例である東京地裁昭和 40 これについては詳述する。 年 5 月 26 日判決(文化学院非課税通知事件)75が示されるに至る。 70 71 72 73 74 75 権利を行使することは許されないとする法理である。 波多野弘「行政法における失効の原則」名城 11 巻 2・3 号(昭和 36 年)95 頁。 行政事件裁判例集 1 巻 4 号 581 頁 最高裁判所民事判例集 10 巻 4 号 417 頁 最高裁判所民事判例集 14 巻 4 号 663 頁 乙部哲郎・前掲注(58)148 頁。 行政事件裁判例集 16 巻 6 号 1033 頁。 15 (264) 1. 信義則の法的根拠について 国税局長がその受理した再調査請求を本来の不服審査機関たる税務署長に回送すべき義 務を 「誠実義務」 から導いた最高裁昭和33 年5 月24 日判決(再調査請求回送義務事件)76は、 信義則と条理との関連性を明示した。また、昭和 40 年 5 月 26 日東京地判(文化学院非課税 通知事件)は、 信義則について 「法の根底をなす正義の理念より当然生ずる法原則」 とした。 2. 信義則の法的性格について 昭和 40 年 5 月 26 日東京地判(文化学院非課税通知事件)は、 「公法の分野においても、そ の原則の適用を否定すべき理由はない」として、暗黙にその法の一般原理性をも認めた。 3. 信義則の租税法への適用について 地裁昭和 25 年 4 月 18 日福岡地判(贈与税年賦延納合意事件)は、納税者と税務署長との 間でいったん合意した贈与税年賦延納につき、後になって税務署長が一方的に取消したた め納税者側の主張の一部として信義則違反が争われた。判決は、税務行政処分や合意が違 法である場合には、租税法律主義を理由に税務行政処分の信義則違反を否認した。 「法律の 規定に基づかず、特定の納税者にのみ、相互の合意によって負担を軽減し利益を与えるこ とは、課税の平等・負担の公平の要請に反するところであって、まさしく右の意味での租 税法律主義に抵触する。本判決…の客観的価値は右の意味において理解されなければなら ない。 」77とされているように、本判決は、合意が違法である場合に、租税法律主義を理由 として後日におけるその取消しについて信義則の適用はないとしたもので「否定的見解」 に近いものといえよう。本事案の場合、そもそも延納利息が示されていないという合意で あり、明らかに不当に特定の納税者に利益を与えるものである。このような不合理な内容 の合意を認めることに信義則が利用されるべきではないと考えられる。 昭和 40 年 5 月 26 日東京地判(文化学院非課税通知事件)は、財団法人の教育用固定資産 について東京都千代田税務事務所長(以下 「千代田所長」 という)が非課税通知を発したが、 8 年後の再調査によって今度は賦課決定通知を発し、過年度に遡って固定資産税を賦課し 76 77 最高裁判所民事判例集 12 巻 8 号 1115 頁。 藤田宙靖「当事者間の合意の効力」別冊ジュリスト 17 号(昭和 43 年)45 頁。なお、同頁において「租税 法における当事者間の合意の効力が問題とされるのは、右のごとく、もっぱらそれが租税法律主義原則 に抵触するかぎりにおいてのことであって、そのような問題が生じないかぎり、おそらく、合意の効力 一般を否定せねばならぬ理由はない。 」とされている。 16 (265) たため、財団法人側の主張の一部として信義則違反が争われた。判決は、次のような判断 により財団法人側の信義則に基づく主張を認め、 過年度に遡っての賦課処分を無効とした。 「租税法規が著しく複雑かつ専門化した現代において、国民が善良な市民として混乱な く社会経済生活を営むためには、租税法規の解釈適用等に関する通達等の事実上の行政作 用を信頼し、これを前提として経済的活動をとらざるを…得ない。…事実上の行政作用を 信頼したことにつきなんら責めらるべき点のない誠実、善良な市民の信頼利益を保護する ことが、公益上、いっそう強く要請される場合のあることは否定できないところであるか ら、租税の減免が法律上の根拠に基づいてのみ行なわるべきであるということは、税法の 分野に禁反言の原則を導入するについて、その要件及び適用の範囲を決定する場合に考慮 を払うべき要素の一つとはなっても、この原則の導入を根本的に拒否する理由とはなり得 ないものと解すべきである。…原告の側に誠実、善良な市民として非難に値する事情はな んら存在せず、しかも、右通知に反し過年度に遡って固定資産税が賦課されることによる 原告が被る不利益は無視できないものがあるに反し…課税…の必要性は、租税法規の遵守 の必要ないし過去の違法の結果の是正の必要という、抽象的、名目的な理由以外には、格 別、具体的、切実な公益上の要請があるとは思われない。 」 以上のように、本判決は租税法律関係にも信義則は適用されることを肯定したものであ る。また、本判決は、行政解釈への信頼保護の必要という視点から、原告の側に非難に値 する事情はなく、非課税通知に反し過年度に遡って固定資産税が賦課されることによる不 利益は無視できないのに反して、課税の必要性は、租税法規遵守の必要性・過去の違法な 結果の是正という抽象的・名目的理由以外には具体的・切実な公益上の要請があるとは思 われないとして、 適用のために諸点が吟味されなければならないと判示した。 したがって、 本判決は、 「信義則の法の一般原理性から適用を否定せず慎重な所定要件吟味を求める見解」 (以下「一般原理性からの要件吟味説」という)の最初の判例といえる。 いずれにしても、本判決は、信義則の現代的意義を明示し、その根拠・性格等の論点に つき一般的見解を示した上で適用のための諸点を指摘し、信義則を理由に税務当局の課税 処分を無効とした点で画期的なものといえよう。 この判決に対して千代田所長が控訴した昭和 41 年 6 月 6 日東京高判では、 次のように述 べ、一審判決を破棄し、財団法人の請求を棄却した。 「本件の場合、千代田所長は…財団法 人に対し非課税取扱いの通知をしたが、これが免税その他何らの法的効果を生ずるもので ないことは前記認定のとおりであり、それは単に、本件土地建物が地方税法…の非課税の 17 (266) 固定資産に該当すると認められるという所長の見解、ないし…部内の方針を、便宜上、文 書で財団法人に知らせた事実上の措置にすぎない。また、財団法人としても…従前より本 件土地建物は非課税と誤解しており、 それゆえ…組織変更もしなかったのであって、 ただ、 当該通知により…安心して…学校経営を続けたというにすぎない。このような誤解に基づ く違法な取扱いは少しでも早く是正されるべきであって…本件課税処分を…信義則に反す るものとして無効ということはできない…もっとも、長年にわたって…非課税の取扱いを 続け、そのため納税者…も非課税と信じて経営を続けてきているとき、一度に、過年度に 遡って多額の課税をすることにより、納税者は…不測の損害を受けることがないとはいえ ず、 事情いかんによってその救済が考慮されねばならぬ場合もあり得ようが、 本件の場合、 財団法人の全立証によるも、本件課税処分が信義則に違背し、当然無効と解すべき理由を みいだすことができない。 」 この判決は「禁反言の適用を認めると違法な結果を生ずる場合には、その適用を阻却さ れると解されている」としており、 「適用否定説」に近い判例といえよう。 4. 信義則の適用要件について 既述のように、昭和 40 年 5 月 26 日東京地判では次の諸点が吟味されなければならない として、わが国判例として初めて信義則適用の要件の問題を明示した。 ・ 行政庁の誤った言動をするに至ったことにつき相手方国民の側に責められるべき事情 があったかどうか、 ・ 行政庁のその行動がいかなる手続、方式で相手方に表明されたか(一般的なものか特 定の個人に対する具体的なものか、口頭によるものか書面によるものか、その行動を決 定するに至った手続等) ・ 相手方がそれを信頼することが無理でないと認められるような事情にあったかどうか、 ・ その信頼を裏切られることによって相手方の被る不利益の程度 本判決で示された吟味されなければならない諸点は、その後登場する我が国の学説・判 例の内容に強い影響を与えたと考える。 第三節 昭和 40 年 5 月 26 日東京地判から昭和 62 年 10 月 30 日最判までの判 例・学説 18 (267) 一 昭和 40 年 5 月 26 日東京地判から昭和 62 年 10 月 30 日最判までの主要学説 1. 信義則の法的根拠について 昭和 43 年、中川一郎博士は、信義則を正義の理念より生ずる法則として租税事件に適用 しているのは不十分で 「憲法 14 条 1 項に規定する法平等の原則の税法における顕現である 租税平等主義、しかも形式的租税平等主義に法的根拠を求めるべきではないか」78と主張 された。また、昭和 47 年、北野弘久教授は、信義則は「法的安定性維持の考え方に立つも の」79と法的安定性の理念から根拠づけられ、同年、新井隆一教授は、租税法律に適合す る課税処分を違法とする様な原則が正義の理念から当然生ずるとみるのは疑問80とされた。 2. 信義則の法的性格について 昭和 53 年、 首藤重幸教授は、 信義則の一般的性格は 「利益衡量による衡平的正義の実現」 81 とされ、また、昭和 55 年、碓井光明教授は「民法 1 条 2 項に示される信義誠実の原則は、 法の一般原則である」82と述べられた。 3. 信義則の租税法への適用について 昭和 43 年、田中二郎博士は「私は、租税法律主義の原則も、租税法における解釈原理と しての信義誠実の原則等の適用を否定すべき根拠とはならないと考える。 これらの原則は、 あらゆる分野における法に内在する一種の条理の表現とみるべきもので、租税法に限って その適用を排斥すべき根拠は見出しがたいからである。 」83と述べられ、明確に戦前と同様 の肯定的見解を示された。また、中川一郎博士も、昭和 44 年に憲法 14 条 1 項に法的根拠 を置く信義則は「憲法 84 条及び 30 条に法的根拠を置く租税法律主義と同列のものである が、両者はその性格上果たすべき役割を異にし、相競合することはあり得ない」84と肯定 的見解を述べられた。さらに、昭和 45 年の論文で原龍之助博士は、税務当局の助言等が納 78 79 80 81 82 中川一郎『租税学体系(1)総論』(三晃社, 昭和 43 年)157 頁。 北野弘久『税法学の基本問題』(成文堂,昭和 47 年) 53 頁。 新井隆一「山形市長対株式会社鉄興社事件控訴審鑑定意見」早稲田法学 48 巻 1 号(昭和 47 年)92 頁。 首藤重幸「税法における信義則」北野弘久編『税法の基本原理』判例研究日本税法体系 1 (学陽書房, 昭 和 53 年)129 頁。 碓井光明「租税法における信義誠実の原則とそのジレンマ」税理 23 巻 12 号(昭和 55 年)4 頁。 83 田中二郎『租税法[第三版]』法律学全集 11(有斐閣,平成 2 年)129 頁。 84 中川一郎「税法における信義誠実の原則の法的根拠」福岡大創立 35 周年記念論集(昭和 44 年)159~160 頁。 19 (268) 税者に信頼を与えており、かつ、その納税者の利益が保護に値するものであるときには、 「租税法律主義の原則の修正を考え、納税者の信頼保護を優先せしむべきであろう」85と 戦前と同様の比較衡量的見解を示された。 これらに対して、昭和47年、新井隆一教授は「租税法律主義の原則とその実質上の要素 を構成する租税負担公平の原則」や課税処分の「行政法学上いわゆる準法律行為的行政行 為に分類される確認行為86」性などを理由に、租税法における信義則の適用は一般に認め られず、ただ「租税要件の解釈適用および租税要件事実の認定」について税務当局に「故 意または過失が立証されたときにのみ適用適格がある」と主張され、租税の公平負担の見 地から、他の納税者に不利益を転嫁し帰属させる結果となる信義則適用に否定的な見解87 を述べられた。また同年、下村芳夫氏も「信義誠実の原則はあくまでも当事者の自由意思 によって結ばれた契約関係を解釈補充する原理である。しかし、原則として当事者の自由 意思を前提とすることなく…租税債権債務関係が発生する租税法律関係においては、そこ に信義誠実の原則が適用される余地はないであろう。 …租税法律主義の要請…からすれば、 信義誠実の原則が税法解釈の補充原理として適用される余地はないのではないか」88とし て「適用否定説」を述べられた。昭和49年、村井正教授は、信義則の適用はあり得るとす る立場には立つとしながら「租税法律主義の適用との関係で、その適用の要件は、きわめ てきびしく結果的には信義則の働く活動範囲は殆んどない」89とされ、昭和57年にも、納 税者の信頼利益が損害賠償等で救済されるかぎり、信義則の適用は消極に解さざるをえな い90と、実質的には適用に否定的な見解を述べられた。 昭和49年、品川芳宣教授は「税務官庁側に信義則が適用され納税者が救済されるにあた っては、公平原則等の租税負担の原理からみて当該納税者が特別に課税を免れることによ り他の納税者との間に不当な不公平が生ずることがないか否か、あるいはまた、公平原則 等に反する結果となることをあえて看過してまで当該納税者を保護しなければならない必 要が租税正義の観念から生ずるか否か等の諸問題を慎重に吟味し、国民全体と当該納税者 85 86 87 88 原龍之助「租税法と信義則の適用―二つの判例を機縁として」法学雑誌 6 巻 2・3・4 号(昭和 45 年)248 頁。 確認行為とは、特定の事実又は法律関係の存否を確認する行政行為である。 新井隆一・前掲注(80)91~95 頁。 下村芳夫「租税法律主義をめぐる諸問題─ 税法の解釈と適用を中心として─」税務大学校論叢6号(昭和 47年) 44頁。 89 90 村井正(調査報告書)訟務月報 20 巻 8 号(昭和 49 年)192 頁。 村井正『租税法と私法』 (大蔵省印刷局,昭和 57 年)112 頁。 20 (269) との相対立する利益を慎重に比較衡量せねばならない」とし、「納税者の被った不利益と 租税法律主義の原則が意図する社会的利益との権衡の可否を論ずる」方が望ましい91と比 較衡量的見解を述べられた。 昭和50年、石田譲教授は「判例の分析によれば、信義誠実の原則は、制定法の欠缺の補 充としてのみ機能し92、制定法の修正として機能していないことになる。制定法の欠缺の 補充において、信義誠実の原則は、主として、予想外型欠缺93の補充につき一見適用あり そうな制定法の規定の排除の手段として機能している。 」94と信義則の機能面からの見解を 示された。同年、藤原雄三教授は「税務官庁の助言、指導などとして行なわれた表行為が 特に重要な役割を果たしている事例においては、その表示を信頼して法的変動を生じさせ た納税者に対しては、税務官庁との法律関係に禁反言の法理を適用して保護をはかること が必要になる場合もあり得る」95として、税務の複雑化という実情に留意した上での見解 を述べられた。 さらに同年、塩野宏教授は、信義則を適用することはできない事案について「信義則違 反的行為によって…損害が生じているので、これがそのまま放置されたのでは、国民の権 利救済という点からみて、不当な結果である。そこで…行政指導に誤りがあり、その結果 損害を受けたという、損害賠償請求を行政主体にする余地が残されている。 」96 として相 手方の信頼損失は誤った行政指導に基づく賠償請求により救済することを主張された。こ れは、 「租税法律主義との抵触が生じる場合の信義則の救済機能を賠償に限定する説」(以 下「賠償救済説」という)の最初のものとみられる。また、昭和 50 年、鍋沢幸雄教授は「行 政庁の受益的行政行為を信頼したことにより被った害(信頼被害)に対する補(賠)償請 求権の行使だけを留保すべきか、あるいは、さらにこの補償請求権の保障の概念を広く解 して、信頼被害の具体的状況いかんによっては当該違法の受益的行政行為をそのまま堅持 させる補償の態様もありうるものとする折衷説も充分存立しうるのではなかろうか。 」97と 91 92 93 94 95 96 97 品川芳宣「税法における信義則の適用について―その法的根拠と適用要件―」税務大学校論叢 8 号(昭和 49 年)7~8 頁、27 頁。 第一章で述べた「個々の条文の規定だけでは解決できない問題が生じた場合に,それを補充する機能」 と解される。 予想外型欠缺の多くは、歴史的進展により立法制定当時に予想されなかった事件が出現する場合に関す るものである。 石田譲「信義誠実の原則が民法で果たす機能について」法学教室<第二期>第八号(有斐閣,昭和 50 年)36 頁。 藤原雄三「租税判例における禁反言の法理」北海学園大法学研究 11 巻 2 号(昭和 50 年 11 月)312~313 頁。 塩野宏・法学教室<第二期>第八号(有斐閣,昭和 50 年)202 頁。 鍋沢幸雄「取消権の制限」川西・矢野・奥原編『行政法総則』(昭和 50 年)197~198 頁。 21 (270) 論じられた。これも「賠償救済説」に属するものであろう。なお、これらの見解に対して は「一理ある。信頼損失の中核は先行の行政指導等を信頼したことによって受けた財産的 損失ということになろう。ただ、租税法律主義との抵触が生じる場合は、すべて一律に信 義則の機能を賠償(補償)に限定して、いわば信頼損失を金で解決するというのはどうで あろうか。……(適用肯定説も比較衡量説も)必ずしも信義則適用の効果として賠償(補 償)請求を一切否認するものではないであろう。 」98という意見がある。 昭和 51 年、金子宏教授は「租税法における信義則適用の有無は、租税法律主義の 1 つの 側面である合法性の原則を貫くか、それともいま 1 つの側面である法的安定性=信頼の保 護の要請を重視するか、という租税法律主義の内部における価値の対立の問題である。 」と して「利益状況のいかんによっては、この二つの価値の較量において、合法性の原則を犠 牲にしてもなお納税者の信頼を保護することが必要であると認められる場合がありうるの であって、そのような場合には個別的救済の法理としての信義則の適用が肯定されるべき である」99と主張された。これは比較衡量的な見解とみられる。また、昭和 53 年、首藤重 幸教授は、租税法律主義はもともと「合法性」ばかりでなく「正当性」 、つまり国民の財産 権の保護という実質的要請をも充足するものであったが、租税法規の複雑化・大量化によ り合法性と正当性とが分裂したことから、 「税法における信義則の適用は、租税徴収面にお ける租税法律主義の 『正当性』 の回復という側面をもつものと性格付けることもできよう」 100 という適用に肯定的なユニークな見解を述べられた。昭和 55 年、碓井光明教授は「信義 誠実の原則は、法の一般原則であるということで十分であると考える。合法性の原則も、 「課税要 この法の一般原則を排斥するものではないというべきである。 」101とされた上で、 件に関する納税者の主張にも適用するときには、租税法律主義の予定している実体的真実 主義を犠牲にしてしまうことになり、ここに大きなジレンマがあり、この法理の安易な適 用は避け、適用される場合の要件を十分に吟味していく必要がある」102と述べられた。こ れは「一般原理性からの所定要件吟味説」として分類したい。 昭和 59 年、北野弘久教授は、間違った指導にしろ、長年それに基づいて当該納税者を中 心とした一定の秩序ができあがっている。その秩序は単なる事実上の秩序ではなく、もは 98 乙部哲郎・前掲注(42)331 頁。 金子宏『租税法[第十七版]』(弘文堂, 平成 24 年) 128 頁。 100 首藤重幸・前掲注(81)132 頁。 101 碓井光明・前掲注(82)4 頁。 102 碓井光明・前掲注(82)7 頁。 99 22 (271) や「法的評価に値する秩序」になっている場合において、当該納税者を中心として形成さ れている秩序を「例外的に」制限的に保護するために、この法理を導入することは、租税 法律主義の法的安定性の「趣旨」に反しない103として、一定の場合に信義則を適用すべき ことを明らかにされた。一方、昭和 61 年、斉藤明教授は、租税法律主義は「最高法原則と して信義誠実の原則を支配している」とし、 「租税…の法域においては、信義とか誠実とか いうような不明確な原則によって租税法律関係を律することは、いちじるしく租税法律主 義の精神を害することになる…誠実、善良な納税者の信頼を保護しようとすれば、それは まさに租税法律主義の原則を否定することになり租税主義の理念は著しく阻害されること になる。それゆえに、租税公平負担の原則の実現さえも拒絶することになりかねない」104と 適用否定説を述べられた。 なお昭和 55 年、南博方教授は、既述の「失効の原則」について「租税法律主義は、租税 行政が形式的意義での法律にのみ拘束されることを意味するものではなく、不文の法にも 拘束されることを意味する。…行政は、法律のほか、法にも拘束されるべきものであるか ら、失効の原則は、租税法律主義、行政の法律適合性の原理に矛盾抵触するものではない」 105 とされた。 4. 信義則の適用要件について 昭和 40 年 5 月 26 日東京地判では、既述のように、信義則の適用の要件の問題として吟 味されなければならない諸点が挙げられているが、昭和 43 年、中川一郎博士は、主として 西ドイツ連邦財政裁判所(BFH)の判例等を取りまとめ、信義則が適用されるためには、次 の要件の全部が充足される必要があると主張された106。 ① 納税義務者の信頼の対象となるような税務官庁の言動を必要とする。 ② 税務官庁の言動を納税義務者が信頼し、しかも信頼することについて納税義務者を責 めるべき事由がないこと要する。 ③ 納税義務者が税務官庁の言動を信頼し、その信頼を基礎として、なんらかの税務上の 処理をしたことを要する。 ④ 税務官庁が自己の言動に反するような税務行政処分をしたことを要する。 103 104 105 106 北野弘久『税法学原論〔第 5 版〕 』(青林書院,平成 15 年)170、172 頁。 斉藤明「租税法における基本原則」創価法学 15 巻 2・3・4 号(昭和 61 年)67 頁。 南博方『行政手続と行政処分』(弘文堂, 昭和 55 年)219~220 頁。 中川一郎『租税学体系(1)総論』(三晃社, 昭和 43 年)159~161 頁。 23 (272) ⑤ 税務行政処分により納税義務者が経済的に不利益を受けた場合でなければならない。 ⑥ 納税義務者に、税務官庁の言動に関連して、背信行為のないことを要する。 ⑦ 税務官庁の税務行政処分は適法処分であることを要する。 また昭和 44 年、原龍之介博士は、次のようなケースでは信義則が適用されるとされた。 ① 納税者に対し、行政庁の助言・指導等に基づき課税ないし非課税が行われるという一 種の予測又は信頼を与えているような場合で、しかも ② その信頼に基づき行動した納税者の利益が保護に値するものと考えられるとき 昭和 49 年、品川芳宣教授は、中川博士の要件のうち、②と⑥については納税者側の責任 事由として一つの要件にまとめることも可能であり、また⑦については、税務官庁の行政 処分が違法である場合には納税者は何も信義則の適用を争う必要はなく、その処分の違法 性を争えば足りるから、あえて一つの要件として挙げる必要もないであろう107とされた上 で、税務官庁に対して信義則が適用される場合には、 「要件がすべて充足されることを要す ると解され、…それぞれの要件を税務官庁と納税者との接触の時間的な順序に従って整理 すれば次のようになる。 」108として五つの要件を提示された。 ① 税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したこと ② 納税者がその表示を信頼し、 その信頼過程において責められるべき事由を有しないこ と ③ 納税者がその信頼に基づき何らかの行為をしたこと ④ 税務官庁が当初の信頼の対象となる公的見解の表示に反する行政処分をしたこと ⑤ 納税者がその行政処分により救済に価する経済的不利益を被ったこと そして品川芳宣教授は、これらが充足される場合の問題点等について個別に詳細な検討 を加えられた109。 金子宏教授は、昭和 51 年、 「租税法律関係において信義則が適用されるためには、次の ような要件のすべてがみたされなければならないと解すべきである。 」として、次の三つに 要約された110。 ① 租税行政庁が納税者に対して信頼の対象となる「公の見解」を表示したこと ② 納税者の信頼が保護に値すること 107 108 109 110 品川芳宣・前掲注(91)16 頁。 品川芳宣・前掲注(91)20 頁。 品川芳宣・前掲注(91)20~38 頁。主要な点について第五章・第二節で考察する。 金子宏・前掲注(99)128~131 頁。 24 (273) ③ 納税者が表示を信頼しそれに基づいて「何らかの行為」をしたこと 金子教授は納税者の帰責事由や経済的不利益を直接的には示されず、原博士による「そ の信頼に基づき行動した納税者の利益が保護に値するものと考えられるとき」 と同様の 「納 税者の信頼が保護に値すること」という要件を提示されている。この点については第五章・ 第二節で触れることとしたい。 二 昭和 40 年 5 月 26 日東京地判から昭和 62 年 10 月 30 日最判までの主要判例 昭和 40 年 5 月 26 日東京地判(文化学院非課税通知事件)を契機として、以降、信義則に 関する税務訴訟は飛躍的に増加する111。信義則の諸論点について一般的見解を示す判例も 増えてくるが、結論的には信義則の適用を否認するものが大半である。 1. 信義則の法的根拠について 大阪地裁昭和 45 年 5 月 7 日判決112は、信義則は「法の根底に存する正義の観念から生ず るもの」とし、富山地裁昭和 49 年 5 月 31 日判決113では、信義則は「あらゆる分野におけ る法に内在する一種の条理の表現とみるべき」とした。また、札幌地裁昭和 52 年 11 月 4 、東京地裁昭和 54 年 3 月 29 日判決115では「正義 日判決114では、信義則は「正義の一体現」 の理念に由来するもの」とし、東京高裁昭和 59 年 2 月 29 日判決116は「法の根底をなす正 義の観念に基づく原則」 とする東京地裁昭和 58 年 5 月 16 日原判決117をそのまま引用した。 信義則の適用要件に関する最初の判例である最高裁昭和 62 年 10 月 30 日判決(酒類販売業 者青色申告事件)118では、正義の理念に基づくとした。なお、福岡高裁昭和 54 年 2 月 28 日判決119は正義のほか衡平の理念に基づくことを明示した。 2. 信義則の法的性格について 111 112 113 114 115 116 117 118 119 乙部哲郎「租税判例における信義則の展開」神戸学院法学第 27 巻第 3 号(平成 10 年)49 及び 68 頁。 行政事件裁判例集 21 巻 5 号 780 頁。 行政事件裁判例集 25 巻 5 号 655 頁。 判例時報 896 号 24 頁。 訟務月報 25 巻 7 号 1809 頁。 行政事件裁判例集 35 巻 2 号 210 頁。 行政事件裁判例集 34 巻 5 号 746 頁。 判例時報 1262 号 92 頁。 税務訴訟資料 104 号 543 頁。 25 (274) 神戸地裁昭和 49 年 2 月 6 日判決120では、信義則は「法の一般原理であって」といい、京 都地裁昭和 59 年 3 月 30 日判決121では「法の一般原理であるから」といい、信義則の法の 一般原理性を明示した。また、札幌地裁昭和 50 年 6 月 24 日判決122の「あらゆる法の分野 における法に内在する法原則」 、静岡地裁昭和 51 年 11 月 2 日判決123の「あらゆる法の分野 に普遍的に妥当する」 、昭和 52 年 11 月 4 日札幌地判の「あらゆる法分野にわたって認めら れる」というのは、いずれも信義則の法の一般原理性を暗に認めるものと解される124とさ れている。昭和 62 年 10 月 30 日最判(酒類販売業者青色申告事件)も「法の一般原理である 信義則の法理」といっている。 3. 信義則の租税法への適用について 昭和 45 年 5 月 7 日大阪地判は、信義則は正義の観念から生ずるものである以上、公法 の分野においても等しく妥当する法原則である一方、信義則を適用したため違法な結果を 容認することになるような場合には、その適用が慎重になされねばならないことは当然で あると述べ、法律による行政や租税法律主義等との関係については信義則の適用に慎重で あるべきとした。名古屋地裁昭和 48 年 12 月 7 日125判決は、複雑化した租税法規が難解な ものとなっている現在、しかも申告納税を建前とする制度上、国民は税務官庁の指導助言 を信頼して行動せざるをえないが、この指導助言を信頼して行動した国民の利益は、これ を保護すべき特別の事情がある場合には信義則の適用を拒否すべきではなく、また、この 事情の有無は具体的事案に即し、租税法律主義、租税負担の公平の諸原則との衡量の上で 決すべきであると述べており、租税法令の複雑化のもとでの行政解釈への信頼保護の必要 という視点から、信義則の適否は租税法律主義等との比較衡量によるべきとした。昭和 49 年 5 月 31 日富山地判でも、 租税法律主義の原則も信義則の適用を否定すべき根拠とはなら ないと考えられるため、納税者の利益が課税庁側の信義則違反の行為によって害され、こ れを保護すべき特別の事情がある場合には、租税法律主義、租税負担の公平等の諸原則と の衡量の上で、信義則の適用を決すべきであると述べ、信義則の適否は租税法律主義等と 120 税務訴訟資料 74 号 364 頁。 121 行政事件裁判例集 35 巻 3 号 353 頁。 122 税務訴訟資料 82 号 238 頁。 税務訴訟資料 90 号 445 頁。 乙部哲郎・前掲注(42)331 頁。 判例時報 739 号 71 頁。 123 124 125 26 (275) の比較衡量によるべきとした。 仙台高裁昭和 50 年 1 月 22 日判決(金属マンガン事件)126は、信義則は「実質的に相対 立する利益双方の調整を目的として本来法規上許されるべき権利の行使を抑制するもので あるから、その適用は厳格、慎重になされなければならない。 」と述べ、信義則の適用に慎 重な見解を示した。一方、昭和 50 年 6 月 24 日札幌地判では、信義則は「あらゆる法の分 野における法に内在する法原則と考えられるのであって、これを租税法に限って、排除す べきものとする根拠はない。 」として、三つの適用要件を示した。 昭和 52 年 11 月 4 日札幌地判では、信義則は「正義の一体現としてあらゆる法分野にわ たって認められるものであり、これを特に租税法の分野においてのみ適用がないとする根 拠はない。しかし国民に対する課税の平等や負担の公平ということも正義の理念のあらわ れであって、かかる要素を尊重すべきことは勿論である。したがって、租税法の分野にお ける信義則の適用の要件は、あの正義とこの正義と、二つのものの間の重要度の衡量の結 果において定められる。 」と述べ、比較衡量によるべきものとした。また、昭和 58 年 5 月 16 日東京地判では、禁反言の法理ないし信義則は、法の根底をなす正義の観念に基づく原 則であるから、 租税法律関係においてもその適用があると解すべきである。 そのためには、 一定の要件を満たすことが要請されると「一般原理性からの要件吟味説」的な見解を示し た。さらに、東京地裁昭和 61 年 11 月 27 日判決127では、納税者の「信頼を保護しなければ ならないとするに足るだけの特段の事情があるときは、例外的に、その信頼の保護が考え られねばならず、他に適切な手段がない以上、信義則により、その信頼に基づく確定申告 等をそのまま是認しなければならないことも考えられないではない」と述べ、信義則の適 用は例外的であるべきとした。 以上のような判例の動きを経て、 昭和 62 年 10 月 30 日最判(酒類販売業者青色申告事件) が登場する。事案の概要は次のとおりである。 青色申告の承認を受けている兄が営む酒類販売業を事実上中心になって運営してきた実 弟(かつ養子)が、昭和 45 年まで兄名義で青色申告を行い、それ以降は自らの名で、青色申 告承認を受けることなく昭和 50 年まで青色申告を続け税務署長に受理されてきたが、 税務 署長は、兄の相続税の調査で実弟が青色申告の承認を受けていないことを知り、これを理 126 行政事件裁判例集 25 巻 5 号 655 頁。 127 税務訴訟資料 154 号 691 頁。 27 (276) 由に、昭和 51 年 3 月、昭和 48 年分と昭和 49 年分につき実弟が行った申告は白色申告であ るとして更正処分を行った。税務署長が違法な青色申告を受理し続けることで形成した信 頼を、信義則の下でどこまで法的に保護すべきであるかが当該更正処分の取消訴訟におい て争いとなった。 判決は、租税法律関係の下で信義則を適用して課税処分を取り消す場合もあり得るが、 租税法律主義の原則が貫かれる租税法律関係においては、信義則の適用について慎重でな ければならず、租税法の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもな お当該課税処分に係る課税を免れさせて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するとい えるような特別の事情がある場合に、初めて信義則の適用の是非を考えるべきであり、そ のような特別の事情があるか否かの判断にあたっては、少なくとも、次の諸点の考慮は不 可欠のものであるとした。 ① 税務官庁が納税者に対し、信頼の対象となる公的見解を表示したこと ② 納税者がその表示を信頼して、行動したこと ③ 表示に反する課税処分が行われ、そのため納税者が経済的不利益を受けたこと ④ 表示を信頼し行動したことにつき、納税者の責めに帰すべき事由のないこと 本判決は、信義則が正義の理念の現れであり法の一般原理であることを根底におきなが ら、租税法分野での信義則適用は慎重でなければならず、納税者の信頼を保護しなければ 正義に反するような特別の事情がある場合に、初めて信義則適用の是非を考えるべきとし て、その特別の事情の判断にあたり少なくとも考慮すべき諸点を判示しており、 「比較衡量 説」に近いものと考えられる。いずれにしても、本判決は、最高裁としては、初めて租税 法における信義則の意義、根拠、性格、適用関係等に包括的に論及しており、以降の判例 に極めて大きな影響を与えたものである。 4. 信義則の適用要件について 信義則の適用の是非を検討するにあたって考慮すべき点に触れている判例が増加した。 昭和 50 年 6 月 24 日札幌地判では、 ・ 行政庁の表示を信頼して行為することが一般的見地から無理からぬ事情があること ・ その表示によって相手方が利害関係を変更したこと ・ その信頼を裏切られることによって相手方が不足の損害を蒙る場合 には、信義則上、その信頼利益は保護されなければならないとした。 28 (277) 昭和 51 年 11 月 2 日静岡地判では、 ・ 課税庁の表示を信頼して行動することが一般的見地から無理からぬことと考えられる 事情がある場合に、 ・ 納税者が当該表示を信頼して一定の行動をとったところ ・ 後になって課税庁が当該表示に抵触する処分をし、 ・ このために納税者が不測の損害を蒙るような場合 には、信義則上納税者の信頼は保護されなければならないものと考えられるとした。 「後に なって課税庁が当該表示に抵触する処分をし」という要件は判例として初めて挙げられた ものと思われる。 昭和 52 年 11 月 4 日札幌地判では、 ・ 納税義務者が信頼した行政庁側の行動(すなわち誤った内容を明らかにすることは勿論、 その行動がいかなる手続や方式によりなされたものであるか等) ・ 行政庁側の行動を納税者が信頼したことが正当な理由を持つか否か ・ 信頼して行為しあるいは行為しなかったことによる不利益の内容 ・ その不利益を回復する場合における他の納税者との均衡の程度 等、諸般の事情を検討したうえ総合的に判断されることが必要であるとしたが、最後の要 件「その不利益を回復する場合における他の納税者との均衡の程度」は、それまでにみら れなかったものである。 東京地裁昭和 54 年 3 月 29 日判決128では、 ・ 租税行政庁が納税者に対して信頼の対象となる公の見解を示したこと ・ 納税者の信頼が保護に値するものであること ・ 納税者が租税行政庁の当該見解を信頼し、それに基づいて何らかの行為をしたこと の各要件を充足する事実がなければならないとしたが、これらの要件は、既述した金子教 授が挙げられている要件と同様である。 昭和 58 年 5 月 16 日東京地判では、 ・ 租税行政庁が納税者に対して信頼の対象となる公の見解を表示したこと ・ 納税者が租税行政庁の見解の表示を信頼したことがやむを得ないと認められる場合 であることを要すると考えるべきであるとした。 横浜地裁昭和 62 年 3 月 18 日判決129では、 128 訟務月報 25 巻 7 号 1809 頁。 29 (278) ・ 税務官庁がその責に帰すべき事由により、納税者に対し、信頼の対象となる公的見解 を表示し、 ・ 納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて何らかの行為をし、 ・ この信頼に反するその後の課税処分により重大な不利益を被った場合であって、 かつ、 ・ 納税者に何ら責に帰すべき事由がなく、 課税の公平、平等を考慮してもなお、納税者の信頼を保護すべき特段の事情が存する場合 に限って、その信頼に反する課税庁の処分に信義則を適用しうるものというべきとした。 信義則の適用要件に関係する以上のような判例の動きを経て、 昭和 62 年 10 月 30 日最判 (酒類販売業者青色申告事件)で、既述のような 4 つの「考慮すべき諸点」が最高裁におい て示されたのである。当該諸点をみてみると、直前の昭和 62 年 3 月 18 日横浜地判を踏襲 していることがうかがえる。ただし、本判決は、特別の事情がある場合に初めて信義則の 適用の是非を考えるべき段階に至ると読める点及び「少なくとも」と前置きして諸点の考 慮は不可欠としている点130において、信義則の適用要件を示したそれまでの判例とは趣を 異にしているといえよう。 なお、本判決の差戻控訴審福岡高裁昭和 63 年 5 月 31 日判決131では、本判決にいう適用 考慮要件について、 「納税申告は、納税者が…申告書を提出することによって完了する行為 であり、税務署長による申告書の受理及び申告税額の収納は…申告内容を是認することを 何ら意味するものではない。また…青色申告書により納税申告したからといって…青色申 告の承認申請をしたものと解しうるものでないことはいうまでもなく、税務署長が納税者 の青色申告につき…確認を怠り、翌年分以降青色申告の用紙を…送付したとしても、それ をもって…青色申告書の提出を承認されたもの…でないことも明らかである。そうすると …本件処分が税務署長の実弟に対して与えた公的見解の表示に反する処分であるというこ とはできない…。また、青色申告制度…の特典…が与えられないため、本来の納税義務を 負担したことをもって、重大な経済的不利益ということはできず、本件処分が著しい経済 的不利益を与えたということはできない…。さらに、実弟は元税務職員であり、青色申告 の承認が必要なことは十分知っていたし、相続税対策の一環として、営業資産の従前より の自己への帰属を装うために、自己名義の承認手続をしないまま兄名義の青色申告を引き 継ぐ形をとったとの推認もあながちできないではなく、実弟が税務署長の行為を信頼しそ 129 130 131 税務訴訟資料 157 号 894 頁。 酒井克彦『ステップアップ租税法―租税法解釈の道しるべ―』(財経詳報社, 平成 22 年)300~301 頁。 税務訴訟資料 164 号 927 頁。 30 (279) の信頼に基づいて行動したとは到底いいがたく、その行動は実弟自身の責めに帰すべき事 由によるものといわなければならない。以上のとおり、本件処分について信義則に反する という特別の事情があるものということはできない。 」と判示した。 第四節 昭和 62 年 10 月 30 日最判から現在までの判例・学説 一 昭和 62 年 10 月 30 日最判から現在までの主要学説 1. 信義則の法的根拠について 平成 10 年、乙部哲郎教授は「条理や正義は法の根底をなす理念であり、信義則よりも下 層にあって信義則やそのほかの法理を底礎というか派生させる役割をもち、条理や正義の 機能・内容は信義則よりも広いと思われる。 」132と論じられた。 2. 信義則の法的性格について 平成 10 年、乙部哲郎教授は「私人間の法律関係であろうと行政上の法律関係であろうと …相手方の信頼を裏切ることが許されないのは当然である。このため、信頼保護の観念を 含む信義則…は重要であり、私法のみでなく公法も含めて適用されるべき性格の法理であ り、この意味で法の一般原理であるといってよいであろう。 」133と述べられた。また、平成 22 年に酒井克彦教授は「一般法理である信義則」134とされた。 3. 信義則の租税法への適用について 平成 10 年、乙部哲郎教授は「信義則の適否は、個別具体的な事案において、租税法律主 義自体とであれその一内容をなすといわれる合法律性原則とであれ、それとの対立関係の 中で適用要件を探ることにより調整すべきである。…個別法律規定の遵守およびそこで定 める法的価値かそれとも相手方の信頼保護のどちらに軍配をあげるかは、当該事案におけ る総合的な比較考量(適用要件はその具体化)に委ねざるをえないように思われる」135と 論じられた。また平成 22 年、酒井克彦教授は「租税法律主義の下、特に合法性の原則との 132 133 134 135 乙部哲郎・前掲注(42)326~327 頁。 乙部哲郎・前掲注(42)331~332 頁。 酒井克彦・前掲注(130)286 頁。 乙部哲郎・前掲注(42)341~342 頁。 31 (280) 関係を強調すれば、信義則の適用は消極的にならざるを得ず、信義則が適用されるとして もその範囲には自ずと厳格な制限が加えられるべきであると解される。この点、租税法律 主義の要請する合法性の原則にいう『法』には一般法理である信義則が包摂されていると 思われるが、そのようには理解しない向きが多いのではなかろうか。そこでは、合法性の 原則にいう『法』とは、信義則のような一般法理とは別なところの具体的な実定法が想定 されているのかもしれない。 」136と述べられた。 4. 信義則の適用要件について 平成 10 年、乙部哲郎教授は、一般に、行政庁側への信義則の適用要件は次のようにまと めることも可能であろうと述べられた137。 ① 行政庁側の公的な言動があったこと(信頼の対象適格性) ② 相手方がこの公的言動は適法又は存続すると正当に信頼したこと(信頼の正当性) ③ 相手方の信頼が法的保護に値すること(信頼の法的保護) なお、酒井克彦教授による適用要件に関連した論述138があるが、これについては次章・ 第二節及び第五章・第二節で触れることとする。 二 昭和 62 年 10 月 30 日最判から現在までの主要判例 昭和 62 年 10 月 30 日最判(酒類販売業者青色申告事件)以降も信義則に関する税務訴訟は 多いが、当該判決の影響を強く受けているものが多い139。 1. 信義則の法的根拠について 昭和 62 年 10 月 30 日最判の影響を受け、東京高裁平成 3 年 6 月 6 日判決140をはじめとし て、信義則は正義の理念に基づくことを示す判例が多くなる。例えば、東京高裁平成 7 年 10 月 19 日判決141は昭和 62 年 10 月 30 日最判と同一の表現である。 136 137 138 139 140 141 酒井克彦・前掲注(130)286 頁。 乙部哲郎「租税法と信義則(3)─判例を中心に─」神戸学院法学第 28 巻第 3 号(平成 10 年)56 頁。 酒井克彦・前掲注(130)他。 乙部哲郎・前掲注(58)152 頁。 税務訴訟資料 183 号 864 頁。 行政事件裁判例集 46 巻 10・11 号 967 頁。 32 (281) ただし、福岡高裁平成 2 年 7 月 18 日判決142は「あらゆる分野における法に内在する条理 の表現」とした。 2. 信義則の法的性格について 昭和 62 年 10 月 30 日最判の影響を受け、東京高裁平成 5 年 5 月 31 日判決143の信義則は 「法の一般原理の一つである」をはじめとして、信義則が法の一般原理であることを明示 する判例が多くなる。 3. 信義則の租税法への適用について 昭和 62 年 10 月 30 日最判以後の税務訴訟は、当該判決を明示的に援用するか、明示的に 援用しないが同様の一般的見解を示すものが続き、判例の傾向が定まってきている。 ただし、神戸地裁平成 8 年 2 月 21 日判決144は、信義則やその具体化である法人格否認の 法理は租税法律主義にいう「法律」に内在すると述べ、 「適用肯定説」に近い非常にまれな 判例である。 4. 信義則の適用要件について 昭和 62 年 10 月 30 日最判以後は当該判決と同様の表現をとるものが続き、 判例の傾向が 定まってきている。例えば、宗教法人が収益事業としていなかった収入に関する東京地裁 平成 7 年 1 月 27 日判決145は、昭和 62 年 10 月 30 日最判と同一の表現をとっている。 昭和 62 年 10 月 30 日最判以後、 実際に租税事件に信義則を適用しうる事例は極めて例外 的なものに限定されることになる。 第五節 小括 1. 信義則の法的根拠について 信義則の法的根拠につき、法的安定性に求めるものも僅かにあるが、 「正義・公平(衡平)・ 条理」とする学説が多数である。判例においても、信義則が「正義・公平(衡平)・条理」 142 143 144 145 訟務月報 37 巻 6 号 1092 頁。 判例タイムズ 851 号 188 頁。 訟務月報 43 巻 4 号 1257 頁。 行政事件裁判例集 46 巻 1 号 9 頁。 33 (282) の要請に基づくというものが多いが、法的根拠を明示せず直接的に信頼保護に言及する判 例も少なくない。 2. 信義則の法的性格について 学説上、信義則の法的性格は「法の一般原理である」という見解が大勢であり、通説と みられる。判例は、法の一般原理性を明示するものが多く、 「あらゆる法分野に内在する」 等として、法の一般原理性を暗に認めるものも少なくない。特に昭和 62 年 10 月 30 日最判 以降は、法の一般原理性を明示するものが支配的となる。 3. 信義則の租税法への適用について 信義則を租税法の分野に適用できるか否かについては、戦前戦後を通じて様々な学説及 び判例が登場した。これらをおおまかに類型化してみると次のようになろう。 ① 租税法律主義の要請等から信義則の適用そのものを否定する見解(適用否定説) ② 信義則の適用を認めても租税法律主義に抵触しないとする見解(適用肯定説) ③ 納税者利益を保護すべき特別の事情がある場合には信義則の適否は租税法律主義との 比較衡量によるべきとする見解(比較衡量説) ④ 信義則の法の一般原理性から適用を否定せず慎重な所定要件吟味を求める見解(一般 原理性からの要件吟味説) この他に、塩野宏教授・鍋沢幸雄教授による「租税法律主義との抵触が生じる場合の信 義則の救済機能を賠償に限定する見解」 (賠償救済説)があるが、これは、前記類型の「租 税法律主義等の要請から信義則の適用そのものを否定する見解」 (適用否定説)を前提にし て生まれた技術的な見解と考えられ、他の見解と並列させるよりも適用否定説の中に包含 されるものと捉えた方がよいのではなかろうか。 前記②③④は「適用を否定しない見解」としてまとめうるが、学説上はこの「適用を否 定しない見解」が大勢で、前記①の「適用そのものを否定する見解」は少ないといえる。 そして、 「適用を否定しない見解」のうち、 「比較衡量説」が台頭していき、さらに「一般 原理性からの要件吟味説」が勢いを増していったといえよう。このような学説の流れの中 で、田中二郎博士が昭和 11 年から法実証主義を修正・補充する信義則の重要性に鑑み適用 を肯定する見解を主張されたこと、また適用肯定説、適用否定説が交錯する中で、原龍之 介博士が、 昭和 13 年の段階で比較衡量的見解を先駆的に論じられたことが非常に印象深く、 34 (283) 両博士の見解は戦後の学説・判例に大きな影響を与えたものといえよう。また、信義則適 用の有無は、租税法律主義の一面たる合法性の原則を貫くか、もう一面たる法的安定性= 信頼の保護の要請を重視するかという租税法律主義内部における価値の対立の問題である とした金子宏教授の見解も、その後に影響を与えたものとして特筆されよう。 判例においても、前記②③④の「適用を否定しない見解」が大勢で、前記①の「適用そ のものを否定する見解」は少ない。また、 「適用を否定しない見解」のうち適用に肯定的な 見解はそれほど見当たらず、 「比較衡量的な見解」 と 「一般原理性からの要件吟味的な見解」 によるものが大部分を占めている。このような判例のうち、信義則の根拠・性格・適用等 の論点につき一般的見解を示した最初の租税判例である昭和 40 年 5 月 26 日東京地判(文化 学院非課税通知事件)は、 信義則を理由に税務当局の課税処分を無効とした点で画期的なも のであり、また、初めて租税法における信義則の意義、根拠・性格、適用関係等に包括的 に論及した昭和 62 年 10 月 30 日最判(酒類販売業者青色申告事件)は、 それ以降の判例に極 めて大きな影響を与えた。 4. 信義則の適用要件について 昭和 40 年 5 月 26 日東京地判(文化学院非課税通知事件)は、わが国判例として初めて信 義則適用の要件の問題を明示したものと認められる。本判決で示された吟味されなければ ならない諸点は、 その後登場する我が国の学説・判例の内容に強い影響を与えたと考える。 学説では、 昭和 43 年、 中川一郎博士が西ドイツの連邦財政裁判所の判例等を取りまとめ、 信義則が適用されるために充足される必要がある要件を七つ示されたのが最初とみられる。 昭和 49 年、品川芳宣教授は、信義則が適用される場合の要件を税務当局と納税者との接触 の時間的な順序に従って整理し、すべて充足される必要がある要件を五つ提示された。昭 和 51 年、金子宏教授は、信義則が適用されるためにすべて充たされなければならない要件 を三つに要約された。 判例では、昭和 50 年 6 月 24 日札幌地判、昭和 51 年 11 月 2 日静岡地判、昭和 52 年 11 月 4 日札幌地判、昭和 54 年 3 月 29 日東京地判、昭和 58 年 5 月 16 日東京地判、昭和 62 年 3 月 18 日横浜地判等で、それぞれ信義則が適用される場合の諸要件が示された。 信義則の適用要件に関係する以上のような学説・判例の動きを経て、昭和 62 年 10 月 30 日最判(酒類販売業者青色申告事件)で、既述のような四つの「考慮すべき諸点」が最高裁 において示されたが、当該最高裁判決は、特別の事情がある場合に初めて信義則の適用の 35 (284) 是非を考えるべき段階に至ると読める点及び「少なくとも」と前置きして諸点の考慮は不 可欠としている点で、信義則の適用要件を示したそれまでの判例とは趣を異にしている。 その後は昭和 62 年 10 月 30 日最判と同様の表現をとるものが続き、 判例の傾向が定まっ てきているが、当該最高裁判決以後、実際に租税事件に信義則を適用しうる事例は極めて 例外的なものに限定されることになる。 信義則の適用要件吟味の際の論点については、主として第五章・第二節において検討す るが、 「信頼の対象となる公的見解の表示に該当するものは何か」という信義則の最初の適 用要件に係る論点については、先に次章において検討することとしたい。 36 (285) 第三章 税務当局の見解の表示と信義則 前章でみた信義則に関する税務訴訟では、税務相談での税務職員の回答等の「税務当局 の見解」に関するものが多いが、そのほとんどが「税務官庁が納税者に対し、信頼の対象 となる公的見解を表示したこと」という信義則の最初の適用要件を充足しないとして、結 果的に納税者側の敗訴となっている現実がある。このため本章では、税務相談での税務職 員の回答や文書回答手続による回答等、各種の税務当局の見解に関する議論を紹介した上 で、それらが公的見解に該当するか否か、納税者の保護・救済の対象となるものか否かに ついて、信義則の適用要件との関連から考察する。 一般に税務当局の見解といわれるものには、「法令解釈通達」、「事務運営指針」、「法 令解釈に関する情報」、「事前照会に対する文書回答手続による回答」の他、いわゆる「質 疑応答事例」や「タックスアンサー」等がある。また、「税務相談における税務職員の回 答・指導・助言」、「税務職員の執筆・監修による書籍等」及び「調査結果についてのお 知らせ(申告是認通知) 」もこれらに類するものと考えられ、本章において取り上げる。 第一節 法令解釈通達、事務運営指針及び法令解釈に関する情報 一 意義 「法令解釈通達」とは、国家行政組織法に基づいて国税庁長官が国税局長等に対して発 する命令であり、国税局及び税務署の職員は、その事務の遂行に際してこれに拘束される ことになる。難解な税法をわかりやすくするために作成されており、国税局や税務署の職 員が実務の指針としているものである。ただし、法令解釈通達は税法の一解釈に過ぎない ので、通達に法的拘束力があるわけではない。 また「事務運営指針」は国税庁における事務手続・運営に関する準則である。法令解釈 通達と同様に事務運営指針も国家行政組織法により国税庁長官が国税局長等に発する命令 であり、国税局・税務署の職員は事務の遂行に際しこれに拘束される。したがって、事務 運営指針の法的性質は通達に他ならない146とされている。 146 増井良啓「租税法の形成におけるアドバンス・ルーリング役割」COE ソフトロー・ディスカッション・ ペーパー・シリーズ COESOFTLAW-2005-1(平成 17 年)12 頁。 37 (286) これに対し、「法令解釈に関する情報」は、必要に応じて国税庁の各部課によって各種 の課税情報が作成され、国税庁ホームページに掲載されているものである。その示達先は 明示されておらず、その法的根拠や性格も不明である147とされている。 二 納税者の保護・救済の対象となるものか 1. これまでの議論 ● 肯定的見解 昭和 33 年、下山瑛二教授は、通達は法的拘束力を付与しえないものであることを強調し た田中二郎博士の論説148をあげられた上で、通達に現実に依拠して行為をした者に対する 救済面からの考察のため禁反言の問題点を整理・紹介され、 「なんの救済方法もあたえられ ずに、通達に善意で依拠したものが放置されておかれるということも、おかしなことがら である。…通達に行政のもたらす弊害の規制と、それを善意で依拠したものに対する救済 は…実践的には実現不可能なことがらではない。 」149と述べられた。また、昭和 41 年、金 子宏教授は「通達には各種のものがあるが、その中で租税実体法に関する解釈通達が最も 重要である」とされた上で、「それは、もちろん法規としての性格をもつものではなく、 その法的性質は行政組織の内部において上級行政庁から下級行政庁に対してなされる指令 ないし命令にすぎないが、実際問題としては、ほとんどあらゆる税務行政が通達に依拠し て行われるため、市民の納税義務に影響するところが大きい。…通達は、税務行政の公定 解釈という意味をもち、納税者は現在通用している公定解釈に依拠して私法上の意思決定 を行うから…税務行政庁は租税法の解釈につき自己の発した通達に拘束されそれに反した 解釈はなしえない」150と論じられた。 大阪地裁昭和 45 年 5 月 12 日判決(古ゴルフボール物品税通達事件)151は、通達の変更 と信義則に関する最初の判例とみられるものである。事案は、物品税賦課処分の取消訴訟 147 148 149 150 151 日本税理士会連合会・税制審議会(会長)金子宏・(会長代理)品川芳宣「納税者からみた税務行政の今日 的問題点について-平成 17 年度諮問に対する答申-」(平成 18 年 3 月 27 日)6 頁。 「通達そのものとしては、法令とは、その性質を異にし、あくまで、上級行政庁の下級行政庁等に対す る法令の解釈基準又は取扱準則的な性質をもつに止まるものであって…人民に対して拘束力をもつも のではない。」(田中二郎「法律による行政-行政通達の使用とその限界」自治研究第 33 巻第 7 号 3 頁以下) 下山瑛二「英米行政法における Estoppel」法学雑誌 4 巻 3・4 号(昭和 33 年)147~148 頁。 金子宏・岩波講座「現代法 8」(昭和 41 年)〔 『租税法理論の形成と解明 上巻』所収(有斐閣, 平成 22 年)23~24 頁〕 。 行政事件裁判例集 21 巻 5 号 799 頁。 38 (287) において、通達に基づいて同業者は非課税の取扱いを受け原告も非課税の指導を受けてき たことを理由に、原告が課税処分は信義則に違反すると主張したものである。判決は、原 告の加工行為は物品税法上の「製造」に該当するものと判断したものの、次のように、旧 通達に該当する部分については原告の請求を認め、課税処分の一部を取り消した。「昭和 34 年 7 月 1 日物品税基本通達には、消費者提供の古物に改造を施す場合には製造として取 り扱わない旨の規定がなされ、この通達実施後は製造者が消費者から直接古ゴルフボール の提供を受けそれに加工した場合には製造として取り扱わず物品税も課税されていなかっ た。ところが、昭和 38 年 3 月 19 日に通達が改正され、消費者提供の古物の補修も製造と みなして課税することになったので、課税庁は遡って昭和 35 年、36 年度分にも課税する こととしてきた。通達は、上級行政庁が下級行政庁に対し、法令の運用方針又は取扱準則 を示し、また法令の解釈基準を明らかにすることによって行政事務処理を統一的、合理的 に、 また円滑に処理することを目的にするものであって、 下級行政庁を拘束するに止まり、 法規たる性格を有するものでないことはもとよりのことである。しかしながら、通達によ って示達された内容が税務行政一般において実現されているに拘らず、しかも或る個別具 体的場合につき当該通達が定める要件を充実しているものに対し、通達に反して納税者に 不利益な課税処分をするならば、本件のような間接税たる物品税の場合においての税額は 本取引価格の中に折り込まれるのであるから、通達に従い課税の対象とならないと信じて 物品税を含まない価格で取引したにも拘らず後に課税されることになって納税者に不測の 損害を与えるばかりでなく、租税法の基本原則の一つである公平負担の原則にも違背する ことになり、違法な処分といわなければならない。したがって、旧通達に規定する加工行 為に該当するものに対応する税額を取消すべきである。」 昭和49年、 品川芳宣教授は 「税法の解釈を統一する目的をもって発せられる解釈通達は、 その大半は一般に公表されており、単に下級官庁や所管職員を拘束するのみならず、事実 上納税者をも拘束し、その意味では準法規的性格を有していることも否めない。特に、… 各税法の基本通達については原則として一般に公表されており、その傾向が最も強いもの である。従って、かかる通達は、税務官庁の表示行為の中で最も納税者の信頼に価するも のの一つであろうから、信義則適用上の公的見解の表示に該当するといえよう」152と述べ られた。そして、平成18年の日本税理士会連合会・税制審議会の答申においては、「国税 152 品川芳宣「税法における信義則の適用について―その法的根拠と適用要件―」税務大学校論叢 8 号(昭 和 49 年) 42 頁。 39 (288) 庁長官が発出する法令解釈通達及び事務運営指針は、その法的根拠や性格からみて、納税 者の保護及び救済の対象となる課税当局の公的見解に当たることは明らかである。したが って、これに反する課税処分は納税者の保護・救済の対象となる。なお、その性格からみ て納税者に不利益となる内容に変更された場合に、その通達等を遡って適用することは許 されない。なお、国税庁の各部課から発せられる法令解釈に関する情報は、その法的根拠 は不明であるが、一般にも公表されていることからみると、法令解釈通達や事務運営指針 に準ずるものと考えられる。」153とされた。 なお、平成5年、松沢智教授は「租税行政庁の示した解釈の『通達』が正しいかどうか法 のメスによる吟味を経ることなく、一応正しいものとして実施される。だから、『通達』 は…事実上の拘束力を持つのである。」154と述べられた。 ● 否定的見解 名古屋地裁昭和57年8月27日判決155は、所得税基本通達の変更に関するものである。事案 は、大部分を借入によって取得した土地を売却し譲渡所得を申告したが、その更正請求期 間経過後に所得税基本通達の変更があり、変更後の通達によれば借入利息を取得価額に含 めることができるため、原告が過払所得税の還付を求めて提訴したものである。判決は、 旧通達に明白な法解釈の誤りがあったと即断できない以上、旧通達にもとづく「税務指導 を信義則にもとる行為と評価するわけにはいか」ず、変更後の「通達を…本件申告につき 例外的に遡及適用…しなければならない義務が信義則上存すると認めることも困難である」 とした。また、平成10年、乙部哲郎教授は「『通達』への信頼保護の可能性…に…疑問が ある。その理由は、租税法令の適用及びその前提となる解釈は、厳密には個々の納税者し かもその個別の課税要件事実ごとに異なりうるはずであるが、通達は納税者一般に共通し て租税法令の解釈・適用を定める点で抽象的性格を免れず行政解釈としての正確性に欠け ることなどにある。」156と論じられた。 なお、東京地裁平成20年9月10日判決157は、過去に発出された通達がその後廃止されてい る場合の考え方に関するものである。事案は、租税特別措置法26条1項に規定する医業に柔 道整復業が含まれないとしていた昭和31年発出の通達が平成12年に廃止されていることか 153 日本税理士会連合会(税制審議会)・前掲注(147)7頁。 154 松沢智『租税実体法の解釈と運用―法律的視点からの法人税法の考察―』(中央経済社,平成 5 年)4 頁。 行政事件裁判例集 33 巻 8 号 1725 頁。 乙部哲郎「租税法と信義則(1)─判例を中心に─」神戸学院法学第 27 巻第 4 号(平成 10 年)33~34 頁。 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090327173208.pdf(最終アクセス:平成 25 年 1 月 9 日) 。 155 156 157 40 (289) ら、当該通達を根拠として同項の規定を解釈することは憲法84条に違反するとして、原告 が所得税の更正処分の取消を求めたものである。判決は、 「課税庁が法律の解釈につき通達 を発出したとしても、当該通達自体が法規の性質を有するものとして課税の根拠になるも のではなく、また、課税庁が当該通達を廃止したとしても、当該通達に係る解釈に影響を 及ぼし得る関係法律の改廃又は社会事情の変更がなく、当該解釈が引き続き課税の根拠と なる法律の解釈として相当と認められるものであれば、その廃止によって当該解釈に係る 法律の根拠が失われるものではなく、憲法84条違反の問題が生ずるものでもない」とした 上で、本件通達は、立法の趣旨、経緯等及び関係法律の規定等を根拠として導かれる同項 の解釈を確認的に関係機関に示達したものであり、本件通達自体が法規の性質を有するも のとして課税の根拠になるものではなく、また、本件通達発出後、同項の解釈に影響を及 ぼし得る関係法律の改廃又は社会事情の変更は見受けられず、本件通達に示された同項の 解釈が引き続き同項の解釈として相当と認められる以上、本件通達の改廃の有無にかかわ らず、その解釈は引き続き法律上の根拠に基づくものであるから、その解釈に基づいて課 税を行うことは憲法84条に違反しないとした。 2. 考察 おもうに、 「法令解釈通達」には、国税局や税務署の職員の事務遂行(税務調査等)を拘束 することから、 納税者や担当税理士に対し法令解釈通達に適合した税務処理を 「結果的に」 強制する側面がある。平成 12 年、品川芳宣教授も、通達は納税者や裁判所を拘束するもの ではないとした上で「しかしながら、このような論理は講学上の形式論に過ぎない。国税 局や税務署の職員の事務遂行を拘束し一般にも公表されているのであるから、現実の税務 執行においては…税務通達の存在によって税務官庁と納税者間の税務上の法律関係が成り 立っている」158と現実に目を向けて述べられている。この点から、従来から一般にも公表 され、納税者や担当税理士に対し、それに適合した税務処理を結果的に強制する面を有す る法令解釈通達は、実質的にみて納税者の保護・救済の対象となる課税当局の公的見解に 当たると解すべきである。 また「事務運営指針」は税務行政の執行に係るものであるが、その法的性質は通達に他 ならないため、法令解釈通達と同様に納税者の保護・救済の対象となる課税当局の公的見 解に当たると解すべきである。 158 品川芳宣「税務通達の法的拘束力と納税者の予測可能性」税理 43 巻 14 号(平成 12 年)5 頁。 41 (290) 「法令解釈に関する情報」は、その内容をみてみると、法人課税課情報、審理室情報、 調査課情報、一部改正した法令解釈通達の趣旨説明、その他の情報となっており、一義的 には国税局や税務署の職員に知らしめるべきものであるが国税庁ホームページにも掲載さ れるものである。このように、国税庁ホームページに掲載される形で一般にも公表されて いる点がポイントであり、法令解釈通達とは異なるものであるがそれに準ずるものとにみ るべきであろう。これらの点について前記日本税理士会連合会・税制審議会の答申の結論 は適切であり、特に法令解釈に関する情報について法令解釈通達や事務運営指針に準ずる ものとみたのは英断と考える。 第二節 事前照会に対する文書回答手続による回答 一 意義 租税手続における事前照会とは、納税者からの個別事案に関する質問に応じて、将来の 行為や取引につき税務当局が公定解釈を発出する制度である。租税手続における事前照会 の特徴は、税務当局と納税者との間のコミュニケーションを通じて事実関係の解明ないし 法解釈を行う159ところにあるとされている。 平成 13 年 9 月からわが国においても、 納税者が実際に行う取引に係る税法上の取扱いが 不明な場合には、税務署や国税局において事前照会に応じている160。このうち、文書によ る回答を求める旨の申出があった場合には、 一定の要件の下に文書による回答が行われる。 これが、「事前照会に対する文書回答の事務処理手続について(事務運営指針)161」に基づ く「事前照会に対する文書回答手続による回答」である。当該照会及び回答の内容は、他 の納税者の予測可能性の向上に役立つよう、国税庁ホームページに掲載される。 いわゆる事前照会に対する文書回答は、その手続に関する事務運営指針に基づいて国税 159 160 161 手塚貴大「租税手続における事前照会」租税法研究 37 号(平成 21 年 7 月) 45 頁。 金子宏・前掲注(150)24~25 頁において、金子教授は、高度に複雑化した社会で次々発生するであろ う新しい取引の租税効果について知りたいという納税者の要望に答えるためには、アメリカにおけるア ドバンス・ルーリングに相当する制度をわが国でも採用すべきことを昭和 41 年の時点で既に提案され ていた。 「事前照会に対する文書回答の事務処理手続等について(事務運営指針) 」(最終改正)平成 23 年 3 月 31 日課審 1-2 外。 42 (291) 庁又は国税局が実施する行政サービスと位置付けることができる。 ① 対象となる取引 この手続の対象になるのは、申告期限前(源泉徴収等の場合は納付期限前)の事前照会で あり、実際に行われた取引等又は将来行う予定の取引等で個別具体的な資料の提出が可能 なもので、その取引等に係る税務上の取扱い等が、法令、法令解釈通達あるいは過去に公 表された質疑事例等において明らかになっていないものとされている。 また、対象にならないものとして次のものが挙げられている。 ・ 仮定の事実関係や複数の選択肢がある事実関係に基づくもの(一つの照会文書において 前提としている事実関係が複数のもの) ・ 個々の財産の評価や取引等価額の算定に関するもの ・ 税の軽減を主要な目的とするもの ・ 同族会社等の行為又は計算の否認等に関わる取引等、通常の経済取引としては不合理 と認められるもの ・ その他、文書回答手続による回答が適切でないと認められるもの ② 処理期間 回答について期間の定めは設けられていないが、回答は、受け付けた日から原則 3 か月 以内の極力早期 (審査に必要な追加的資料の提出や、 照会文書の補正に要した期間を除く。 ) に行うよう努めることとされている。 ③ 手数料 無料である。有料化すると特定の者への個別サービスの性格が強まってしまうとの懸念 から有料は見送られている。 ④ 公表 照会内容及び回答内容が、原則として回答後 2 か月以内に公表される。ただし、照会者 からの申出により、最長 1 年間は公表しないこともできる。なお、照会者から申出がない 限り、照会者名は公表されない。 ⑤ 回答の法的拘束力 わが国の文書回答手続は、法律の規定に基づいて特別の法的地位を与えられたものでは なく、納税者サービスの一環として行われるものであることから、その回答内容について 43 (292) 何らかの特別な法的拘束力が生ずるものではない162とされている。 ⑥ 異議申立て等 回答内容に不服がある場合や国税の申告期限等までに回答が行われないことなどに対し て不服がある場合であっても、不服申立ての対象とはならない。 二 納税者の保護・救済の対象となるものか 1. これまでの議論 ● 否定的見解 平成15年に鈴木孝直氏は「事前照会の場合、事務運営指針で納税者サービスの一環であ るとされており、国税庁による回答は行政庁による行政処分には該当しないことが示され ている。したがって、 文書回答はこれまでも行われてきた納税者の個別の取引に対する課税 庁による税法の適用等に関する個別通達や口頭回答の延長線上にある。すなわち、 納税者に 課せられた申告義務の履行援助として行われるインフォーマルな助言である。その結果、 回答それ自体は国税庁・納税者・裁判所のいずれに対しても拘束力を持たず、また、基本 的には租税法律関係における信義則適用の問題とは無関係と考えられる」163と述べられた。 ● 肯定的見解 平成16年に上斗米明(当時の国税庁課税部審理室長)氏は個人的見解として、 「事前照会に 対する文書回答手続による回答は納税者の保護・救済の対象となるものかという点に関し て、文書回答の場合には、一般的な質疑が記載されている個人的な著作物と異なり、課税 当局から納税者に対する公的な見解として回答がなされるため、税務官庁が納税者に対し て公的見解を示したことという信義則の最初の要件を満たすものと考えられ、さらに他の 要件次第では、信義則の適用もあり得ることとなろう」164、と述べられた。 また同年、酒井克彦教授は、それまでの事案で公の見解の表明ではないとされた具体的 理由と文書回答手続の関係を検証された上で、 「文書回答手続による回答が、なお公の見解 162 上斗米明「文書回答手続の見直しについて―グローバルスタンダードな納税者ガイダンスの整備に向け て―」税研(平成 16 年 5 月)20 頁。 163 鈴木孝直「事前照会手続の整備の現状と今後の方向性」経営と経済第83巻第1号(平成15年6月)121頁。 164 上斗米明 ・前掲注(162)20 頁。 44 (293) の表明に当たらないとするには無理があるといわざるを得ない」165と述べられ、平成 22 年にも「国税庁が…文書回答手続…の適用対象を拡充した現在において、十分な資料提供 を前提とした照会体制を整え、責任ある当局によって発出される文書回答を、信頼の対象 となる『公的見解』の表明でないとすることが、今日的に妥当性を有する見解であるとは 考えづらいのではないだろうか。」166とされた。 さらに日本税理士会連合会・税制審議会の答申においては「事前照会に対する文書回答 手続による回答は、納税者から関係資料の提出を求め、取引等の事実関係を確認した上で 行うものである。したがって、行政サービスとして行われているものではあっても、照会 した当事者からみれば、課税当局の公的見解である。このため、納税者の保護・救済の対 象となる課税当局の見解に当たるが、現行の文書回答手続は、納税者及び課税当局のいず れに対しても拘束力はないものとされている。なお、同手続による回答は、一般にも公表 されることからみると、照会事例と同様の取引等を行う他の納税者においても課税当局の 公的見解に当たると解することができる」167とされた。 2. 考察 おもうに、わが国の「事前照会に対する文書回答手続による回答」は、納税者に課税関 係を判断する上で必要な事実関係の具体的記載を含めた必要な資料の提出を求め、所定の 手続きを経て審査・検討した上、その回答を一般にも公表する点がポイントであり、納税 者の保護・救済の対象となる課税当局の見解に当たるとみるべきである。 この点、日本税理士会連合会・税制審議会の答申が、照会者の立場からみて課税当局の 公的見解であるとしたのは適切であり、特に、照会事例と同様の取引等を行う他の納税者 においても課税当局の公的見解に当たると解したことは高く評価されよう。 第三節 質疑応答事例及びタックスアンサー 一 意義 「質疑応答事例」は、納税者に対する行政サービスの一環として、納税者からの照会等 165 166 167 酒井克彦 「事前照会に対する文書回答手続の在り方」 税大論叢 44 号(平成 16 年 6 月 30 日)645~648 頁。 酒井克彦『ステップアップ租税法―租税法解釈の道しるべ―』(財経詳報社, 平成 22 年)290 頁。 日本税理士会連合会(税制審議会)・前掲注(147)7 頁。 45 (294) に対して税務当局が口頭で回答した事例等のうち、他の納税者の参考となるものを国税庁 ホームページにおいて税金の種類別に掲載されているものである。国税庁ホームページで は、税目別かつ項目別に選択したり、キーワード検索バーから検索することで調べること ができる。 また、 「タックスアンサー」は、国税庁が運営する、税に関するインターネット上の税務 相談室で、納税者に対する行政サービスの一環として、よくある質問に対する一般的な回 答を税金の種類ごとに行っている。 国税庁ホームページに掲載され、 質疑応答事例と同様、 税目別かつ項目別に選択したり、キーワード検索バーから検索することで、税金に関して 知りたいことを調べることができる。 二 納税者の保護・救済の対象となるものか 1. これまでの議論 日本税理士会連合会・税制審議会の答申では、国税庁の公表する「質疑応答事例」及び 国税庁が実施している「タックスアンサー」は、文書回答手続による回答と異なり、納税 者から事実関係を聴取して回答したものではない。一般的かつ通常生じ得る事例について の税務の取扱いを解説したものであり、課税当局の公的見解ではあるが、納税者の個別事 例について質疑応答事例等の内容がすべて保護・救済の対象となるものではない168とされ た。 2. 考察 「質疑応答事例」 は、 納税者からの照会等に対し税務当局が口頭回答した事例等のうち、 他の納税者の参考となるものを国税庁として検討した上でホームページに掲載し一般に公 表しているものといえることから、課税当局の公的見解には該当するものと解する。ただ し、 「事前照会に対する文書回答手続による回答」のように、納税者に課税関係を判断する 上で必要な事実関係の具体的記載を含めた必要な資料の提出を求めて審査・検討するもの ではないから、質疑応答事例がすべて保護・救済の対象となる公的見解とするのは適切で はない。このような観点から、質疑応答事例のすべての回答の末尾に、どの時点における 法令・通達等に基づいて作成しているかを断った上で「この質疑事例は、照会に係る事実 168 日本税理士会連合会(税制審議会)・前掲注(147)7 頁。 46 (295) 関係を前提とした一般的な回答であり、必ずしも事案の内容の全部を表現したものではあ りませんから、納税者の方々が行う具体的な取引等に適用する場合においては、この回答 内容と異なる課税関係が生ずることがあることにご注意ください。 」 と注記が入れられてい ると考える。 「タックスアンサー」は、よくある質問に対する一般的な回答であるが、国税庁が検討 の上、ホームページに掲載し一般に公表している点から、課税当局の公的見解であるとい える。ただし、その内容をみると、質疑応答事例とは異なり、個別の事実関係は想定しな い一般的な税務知識の記述169となっており、これによって納税者と揉めることは想定され ず実害はないとみられるため、日本税理士会連合会・税制審議会の答申においては質疑応 答事例と同様に括られているが、タックスアンサーは納税者の保護・救済の対象となる公 的見解と解してよいのではなかろうか。 第四節 税務相談における税務職員の回答・指導・助言 一 意義 税務相談における税務職員の回答・指導・助言は、税務署に対する申告のため納税者か らもちかけられた税金に関する相談等に対して、納税者に対する行政サービスの一環とし て税務職員が行った回答・指導・助言をいう。 現在では、各税務署への電話相談のうち一般的なものは、税金の種類を選択した上で電 話相談センターに転送され、経験豊かな税務相談官によって、より質の高い回答が迅速に なされる体制となっている。また、具体的に書類や事実関係を確認する等、面接による相 談が必要な場合には、所轄税務署において予約制で受け付けが行われている。また、個人 の確定申告期間中には、税務署内において申告相談が行われているほか、税務署外に相談 会場を設けて行われる申告相談もある。 二 納税者の保護・救済の対象となるものか 1. これまでの議論 169 国税庁も「簡易定型的な税金に関する情報」といっている。 47 (296) 税務相談による回答・指導・助言に関しては、判例がすこぶる多い。以下代表的なもの を示してみたい。 ● 否定的見解 最高裁が信義則の適用要件を示す以前の判例のうち、 例えば大阪地裁昭和43年6月24日判 決170の事案は、所得税の税務相談において大阪国税局協議団171神戸支部長から一時所得と して申告すればよいという意見を得たことから、原告はそれを信じて申告したが、一時所 得ではなく事業所得と認定した所得税更正処分を受けたため、原告が信義則違反を主張し たものである。判決は「その納税相談において客観的な事実関係の全体について完全に説 明したとは言い難い」ということも一つの理由として信義則違反を否認した。これは、税 務相談による回答・指導・助言等と信義則に関する最初の判例とみられるもので、税務相 談において相談者が客観的な事実関係の全体について完全に説明したとは言い難いという 事実認定による理由で信義則違反を否認したものである。 また、千葉地裁平成 2 年 10 月 31 日判決172の事案は、税務相談において税務署国税調査 官から、納税者たる歯科医師とその子とで医療所得を折半で申告した方が有利である旨の 助言を受けたことからそのように申告したが、当該所得はすべて納税者に帰属するという 所得税更正処分を受けたため、当該納税者が信義則違反を主張したものである。判決は「一 般に納税相談は相談者の一方的な申立てに基づきその申立ての範囲内で税務署の判断を示 すだけで具体的な調査を行うものではないことを考慮すれば、納税相談における助言は信 頼の基礎となる公的見解というには不十分というべきであろう」とした。これは、最高裁 が信義則の適用要件を示した後の判例であり 「信頼の対象となる公的見解」 に触れている。 税務相談は相談者の一方的な申立ての範囲内で税務署の判断を示すものであるため、その 回答等は信頼の基礎となる公的見解にはならないことを指摘したものである。 ● 肯定的見解 既述の昭和 52 年 11 月 4 日札幌地判の事案は、東京国税局調査課長がその執務室で行っ た税務相談において、不動産の売却益から 5 年以上前に発生した繰越欠損金を控除できる 旨の回答を原告が得たことから更正の請求を行ったが、当該繰越欠損金の控除は不可能と する更正請求棄却決定を受けたため提訴に至ったものである。判決は、「税務行政の円滑 170 171 172 税務訴訟資料 53 号 134 頁。 協議団は、シャウプ勧告に基づき各国税局長及び国税庁長官の付属機関として創設され、不服申立処理 のほか税務相談も担当していた。昭和 45 年 5 月に国税不服審判所に改組された。 税務訴訟資料 181 号 206 頁。 48 (297) な遂行のため税務相談のはたしている重要性に鑑みれば、それが法的に拘束を与えないま でも事実上拘束あるいは大きな影響を与える場合があることが推認できるのであって、そ うであれば、税務相談における税務当局ないしその職員の指導、回答といえども、全く責 任の埒外に置かれるとするのは妥当ではなく、納税者が信頼した行政庁側の行動、信頼し たことが正当な理由を持つか、納税者の不利益の内容、その不利益を回復する場合におけ る他の納税者との均衡の程度等諸般の事情の総合的判断の下で、自らの指導ないし回答の 内容に拘束される余地がある」とした。これは、税務相談の果たしている重要性から信義 則適用の可能性を積極的に示唆した最初の判例であり、税務相談の果たしている重要性か ら、税務職員による回答・指導には何らかの責任がありうることを指摘したものである。 ● 原則否定・条件付き肯定の見解 日本税理士会連合会・税制審議会の答申においては、納税相談等における税務職員の口 頭による回答、指導、助言等は、課税当局の公的見解の一種であるが、その実施方法の実 態からみると、税務職員の「意見」にすぎないことが多く、必ずしも納税者の保護・救済 の対象となるものではない。ただし、納税者から関係資料が提出されるなど十分な情報提 供があった場合の回答、指導等は、納税者の保護・救済の対象となる見解に当たることに なる173とされた。 2. 考察 判例をみると税務相談室による回答等のケースが目立つが、そもそも税務相談室は、協 議団が昭和 45 年に国税不服審判所に改組された機会に、 税務相談や税務に関する苦情など に積極的に応ずる体制を確立するため、国税局に新設されたものである。国税局の税務相 談室には税務相談及び苦情の処理を専担する税務相談官が配置され、 昭和 48 年から全国の 主要な税務署内に税務相談室の分室が開設された。したがって、税務相談自体、税務署に よるイベントであり、税務署長等責任ある立場にある者が承認・決定して行われているも のである。税務のプロである税務職員の税務相談による回答等174は、税務相談を利用する 側からすれば、単なる意見とは到底思われず信頼できる回答等と認識するのが通常であろ う。しかしながら、相談者が客観的な事実関係の全体について完全に説明するケースはそ 173 174 日本税理士会連合会(税制審議会)・前掲注(147)7 頁。 藤原雄三 「租税判例における禁反言の法理」 北海学園大法学研究 11 巻 2 号(昭和 50 年)321 頁によれば、 既存事実として表示した場合、 「専門家の意見、確信の表示」は例外として禁反言の適用要件の一つた る表示の存在を充足することになるとされている。 49 (298) れほどないと想定され、回答等をする税務職員側からすれば、複雑な事例では回答するこ と自体にリスクを感じているのではなかろうか。 したがって、税務署長等責任ある立場にある者が承認・決定して行われている税務相談 における、個人的見解ではない税務のプロとしての税務職員の回答等は、税務当局の公的 見解の一種と考えるが、必ずしも納税者の保護・救済の対象となるものではなく、相談者 から十分な情報提供があった場合の回答等のみ、納税者の保護・救済の対象となるという 日本税理士会連合会・税制審議会の答申は、相談者・税務職員双方のバランスを考慮した 絶妙な結論であり、首肯し得るものである。 この場合、税務相談における税務職員の回答、指導、助言が納税者の保護・救済の対象 となるケースについて、例えば次のように明らかにしておくことが大切であろう。 ・ 税務相談等で納税義務者が事実の隠ぺいや虚偽の報告をしていない場合 ・ 税務相談等で納税義務者が十分な事実関係の説明を行っている場合 第五節 税務職員の執筆・監修による書籍等 一 意義 税務職員の執筆・監修による書籍等というのは、税金に関して税務職員が執筆したり監 修したしたりした市販の書籍や税務専門誌等における解説をいう。 二 納税者の保護・救済の対象となるものか 1. これまでの議論 ● 否定的見解 東京地裁平成9年4月25日判決(平和事件)175の事案は、税務職員がその官職を明示してい る著作物・解説書において、個人から同族会社への無利息貸付は課税対象にならないこと が記述されていたため、原告の顧問税理士は税務当局がそのような見解を採っていると解 し、原告は雑所得なしと申告した。ところが税務署は同族会社の行為計算の否認を適用し て、本件貸付けにより原告に利息相当分の雑所得が生じたと認定し所得税の増額更正処分 175 判例時報 1625 号 23 頁。 50 (299) をしたため、原告が信義則違反を主張したものである。判決は「公的見解の表示とは…行 政活動の一環として正式にされたものでなければならないものというべきである。 」 「文献 は、税務官庁の担当者の手になるものであり、かつ、個人から法人への無利息貸付けは一 般に課税対象とはならない旨の記述がみられるものではあるが…通常想定される一般的な 税務事例に即した解説書の性質を有する私的な著作物というほかなく、…公的見解の表示 と同視することはできない」として信義則違反を否認した。 また、日本税理士会連合会・税制審議会の答申においては、税務職員の執筆・監修によ る書籍は、個人の責任において著わされたものであり、その内容は課税当局の見解ではな いといわれている。しかしながら、個人的な著作物とはいえ、現職の公務員が著わしたも のである以上、単なる個人的な見解であるというのは疑問である176とされた。 ● 否定的ではない見解 既述した平成20年9月10日東京地判では、 廃止された通達に示されていた解釈が廃止後も 税務当局の公的見解として維持されていることを推認する根拠として税務職員の執筆によ る文献を取り上げ、 「平成15年に公刊された東京国税局の職員の執筆に係る同規定の解説… の文献には、本件通達と同旨の説明が記載されており、…このことからも、本件通達に示 された同項の解釈が本件通達の廃止後も税務当局の公的見解として維持されていることが 推認されるということができる」とした。 2. 考察 現在の税務職員の執筆・監修による書籍等には「文中意見にわたる部分は個人的見解で ある」旨が必ず表明されており、当該書籍等は「信頼の対象となる公的見解」にはなりえ ないが、税務当局の在職者名で執筆等が行われていることから、読者たる納税者に予測可 能性を与える上で一定の役割を果たしているものであろう。しかし、平成時代になってか ら、職員の執筆・監修による書籍の内容を信頼して行った申告が否認され、かつ、加算税 の課税処分を受けるという事例が目立ってきている。こうした書籍を単なる個人的な見解 としてかたづけてしまうと、税務行政に対する不信感が募ることになりかねない。そのよ うな意味から、税務職員の執筆・監修による書籍等は、納税者の保護・救済の対象となる 公的見解ではありえないが、単なる個人的な見解でもない点に考慮が必要である。と同時 に、読者たる納税者も、自己責任原則の観点からこうした書籍等の情報を利用すべきこと 176 日本税理士会連合会(税制審議会)・前掲注(147)7 頁。 51 (300) を再認識すべきである。 なお、税務職員の執筆・監修による書籍等のうち、財務省主税局総務課課長補佐以下が 目次においてその肩書(例えば、主税局税制第一課課長補佐等)を示して毎年執筆している 「改正税法のすべて」(財団法人日本税務協会)は、どう理解すべきであろうか。 「改正税法のすべて」は、税法の改正に関する財務省(かつては大蔵省)主税局の立案 者による解説書として、昭和 39 年度から一冊の書物にまとめられ市販されているもの177で ある。一般に権威があるとされており、その内容からすると世間一般的には公的な著作物 とみなされているではないかと思われる。 公的見解として必要な要件に関して、判例では、例えば「税務署長その他責任ある立場 にある者の正式の見解の表示」といったように限定的に解される傾向にあるが、信義則の 適用有無を判断するに当たって重視すべきは、税務行政内部の権限ないし責任の所在では なく「権限・責任のある者による見解の表示であるかの如き外観を呈しているかどうか」 である178という見解があり、きわめて妥当な見解だと考える。この点からして、「改正税 法のすべて」は、現在の税務職員執筆・監修による書籍には必ず入っている「個人的見解 である」という断り書きもなく、財務省ホームページに同一内容のものが載せられる(こ れは書籍より半月ほど早く公表されている) 。したがって、財務省主税局総務課課長補佐以 下が目次においてその肩書を示して執筆している「改正税法のすべて」は財務省の見解と いう外観を呈しており、納税者の保護・救済の対象となる公的見解と解すべきであろう。 第六節 調査結果についてのお知らせ(申告是認通知) 一 意義 「調査結果についてのお知らせ」というのは、国税に関する実地の調査を行った結果、 全ての税目・期間について非違がなく、かつ指導事項がない場合に、実務上通知する書面 をいう。かつての「法人税額等の申告是認通知書」も、確定申告書の内容が現在までの調 査の結果によると適正と認められ申告是認の処理をした旨を知らせる税務署長名で発出さ れる書面であり、「調査結果についてのお知らせ」と同様のものである。 177 178 井上一郎「改正税法のすべて(昭和 21 年(Ⅰ))」税務大学校論叢 20 号(平成 2 年) 609 頁。 谷口勢津夫『税法基本講義』 (弘文堂,平成 22 年)70 頁。 52 (301) なお、国税通則法の改正により平成 25 年 1 月以降は、税務調査終了の際の手続として、 更正決定等をすべきと認められない場合には「更正決定等をすべきと認められない旨の通 知」がなされている。「更正決定等をすべきと認められない旨の通知」というのは、国税 に関する実地の調査を行った結果、更正決定等をすべきと認められない場合に、税務署長 等が納税義務者に対し、その時点において更正決定等をすべきと認められない旨を通知す る書面をいう(国税通則法第 74 条の 11 第 1 項参照)。 「調査結果についてのお知らせ」 (申告是認通知)は、調査した税目・課税期間がについ て非違がなく、かつ指導事項がない場合に、実務上通知されたが、「更正決定等をすべき と認められない旨の通知」の有無は、指導事項がある場合でも、税目・課税期間ごとに判 断され、非違がない税目・課税期間は通知されることになっている。 二 納税者の保護・救済の対象となるものか 1. これまでの議論 ● 肯定的見解 昭和 42 年、中川一郎博士は、申告是認通知は租税債務関係の確定の確認であると考える べきであろうから、当然に信義則の適用要件の一つを充足すべきであり、納税者がこの通 知を信頼することに正当性がないという考え方は、 申告是認通知により納税者をわな (trap) におとしいれることである179と論じられた。 ● 否定的見解 大阪地裁昭和 42 年 5 月 30 日判決(申告是認通知後の課税処分事件)180の事案は、同族 会社において従業員の同社への長期貸付債権としてその譲渡等に厳しい制約がある決算賞 与を損金計上したことも含め申告是認通知を受領したので、以降の 2 事業年度において同 179 中川一郎「申告是認通知後のこれに反する更正処分と禁反言の法理(信義誠実の原則)」シュトイエル 68 号(昭和 42 年)15~20 頁。 180 行政事件裁判例集 18 巻 5・6 号 690 頁。大阪高裁平成 11 年 1 月 26 日判決(税務訴訟資料 240 号 274 頁) も「税務官庁からの書面による申告是認通知でさえも、何ら法律上の根拠があるものではなく、納税者 に対する便宜の供与のための事実上の行為であって、納税者に対し法律上の効果を発生させるような行 為ではない。これは、税務官庁がそれまでの調査結果に基づいて、納税者の申告に対する一応の見解を 表明するものにすぎないのである。 」として、同様の否定的見解を示している。 53 (302) 様の決算賞与を支給し損金処理をして申告した。ところが、申告是認通知を受けた事業年 度に遡って 3 事業年度の申告が否認され更正処分されたため、同社は当該処分につき禁反 言の法理に照らし許されないと出訴した。判決は「申告是認通知は、税務官庁の事務上の 便宜ならびに納税者に対する便宜の供与のための事実上の行為であって、納税者に対する 法律上の効果を生ぜしめるような行為ではなく、それまでの調査にもとづいて納税者の申 告に対する所轄税務官庁の一応の態度を表明するものにすぎないから後にこれに反する行 政処分が行われたからといって禁反言の法理に反するということはできない」として、一 部を除き同社の請求を棄却した。 また、品川芳宣教授は「申告是認通知書を発出する…行為は納税者に対する便宜の供与 にほかならない。しかし、法人税の調査は一旦実地調査が終わった後でも新しい資料に基 づいたり、あるいはその他の必要からする調査が課税の除斥期間内はいつでもありうるわ けであり、当該法人の申告に関しいつ課税すべき新しい事実が発覚するかわからない。か かる申告是認通知書の性格…からいって、原則として、申告是認通知書はこの要件の対象 となる公的見解の表示には該当しないと解すべきであろう。換言するならば、申告是認通 知書の発出は、 税務署長名でなされるところから広義の公的見解の表示であると解せても、 その通知書は、もともと以後更正処分を受けることはないという納税者の信頼の対象には なり得ないものであるから、 この第一の要件にいう公的見解の表示であるとは認めがたい。 」 181 と主張された。 さらに、平成 10 年、乙部哲郎教授は「申告是認通知の法的性格は一般に…諸判例が指摘 するとおりであり、信義則適用の第一要件は充足するものの、原則として当該申告につい て更正処分等をしないということについて正当な信頼は認められないであろう。」182と述 べられた。 2. 考察 おもうに、例えば納税義務者の行った決算賞与の損金処理について税務調査を実施し、 税務署として検討した結果、調査終了時点において是認通知書を出したわけであるから、 その後に当該納税義務者の申告に関して課税すべき新しい事実や資料が出てこないかぎり、 その是認した処理をくつがえすことは理不尽である。「現在までの調査によると」という 181 182 品川芳宣・前掲注(152)52~53 頁。 乙部哲郎「租税法と信義則(3)完─判例を中心に─」神戸学院法学第 28 巻第 3 号(平成 10 年)59 頁。 54 (303) のは、その後に課税すべき新しい事実や資料が出てくる可能性があるために付け加えられ ていると解釈すべきではなかろうか。 したがって、「調査結果についてのお知らせ」 (申告是認通知)は、税務調査という実地 調査を行い税務当局側として検討した上、税務署長名で発出されるものであるから、税務 当局の公的見解には該当する。しかし、すべてが保護・救済の対象となる公的見解に該当 するわけではなく、税務調査後に当該納税者の申告に関して課税すべき新しい事実や資料 が出てきていない場合に限って、納税者の保護・救済の対象となると解すべきであろう。 また、従来、 「調査結果についてのお知らせ」 (申告是認通知)は法令上の規定がなかっ たが、既述のように、国税通則法の改正で平成 25 年 1 月以降「更正決定等をすべきと認め られない旨の通知」として書面により通知することが法令化されており、「更正決定等を すべきと認められない旨の通知」は法律の規定に基づきなされるものとなっているため、 明らかに公的見解である。 第七節 小括 「法令解釈通達」は、納税者等に対し、それに適合した税務処理を結果的に強制する面 を有するから、実質的にみて納税者の保護・救済の対象となる課税当局の公的見解に当た ると解すべきである。また「事務運営指針」は、その法的性質は通達に他ならないため、 法令解釈通達と同様に解すべきである。「法令解釈に関する情報」は、一義的には国税局 や税務署の職員に知らしめるべきものが一般にも公表されており、法令解釈通達とは異な るものであるがそれに準ずるものとにみるべきであろう。 「事前照会に対する文書回答手続による回答」は、納税者に課税関係を判断する上で必 要な事実関係の具体的記載を含めた必要な資料の提出を求め、所定の手続きを経て審査・ 検討した上でその回答を公表するものであるから、納税者の保護・救済の対象となる課税 当局の見解に当たるとみるべきである。 「質疑応答事例」は、国税庁として検討した上で公表しているものであるから課税当局 の公的見解に該当すると解するが、「事前照会に対する文書回答手続による回答」のよう に必要な事実関係の具体的記載を含めた資料により審査・検討したものではないから、す べてが保護・救済の対象となる公的見解であると解するのは適切ではない。「タックスア ンサー」は、質疑応答事例とは異なり、個別の事実関係は想定しない一般的な税務知識の 55 (304) 記述となっているため、納税者の保護・救済の対象となる公的見解と解してよいのではな かろうか。 「税務相談等における税務職員の口頭による回答、指導、助言等」は、利用する側から すれば、信頼できる回答等と認識するのが通常であろうが、回答等をする側からすれば、 相談者が事実関係につき完全に説明しているのか危惧しながら回答しているのではなかろ うか。この点から、税務相談による回答等は税務当局の公的見解の一種だが、相談者から 十分な情報提供があった場合の回答等のみ、納税者の保護・救済の対象となるという日本 税理士会連合会・税制審議会の答申は首肯し得る。 「税務職員の執筆等による書籍等」は、納税者の保護・救済の対象となる公的見解では ありえないが、単なる個人的な見解でもない点に配慮が必要である。と同時に、読者たる 納税者も、自己責任原則からこうした書籍等の情報を利用すべきことを再認識すべきであ る。ただし、財務省主税局総務課課長補佐以下が目次においてその肩書を示して執筆して いる「改正税法のすべて」は財務省ホームページに同一内容のものが載せられており、納 税者の保護・救済の対象となる公的見解と解すべきであろう。 「調査結果についてのお知らせ」 (申告是認通知)は、税務調査という実地調査を行い税 務当局側として検討した上、税務署長名で発出されるものであるから、税務当局の公的見 解には該当する。しかし、すべてが保護・救済の対象となる公的見解に該当するわけでは なく、税務調査後に当該納税義務者の申告に関して課税すべき新しい事実や資料が出てき ていない場合のみ、納税者の保護・救済の対象となると解すべきであろう。 56 (305) 第四章 諸外国におけるアドバンス・ルーリング制度 前章において、納税者の予測可能性を高めるため導入された「事前照会に対する文書回 答手続」につき考察したが、これは、いわゆるアドバンス・ルーリングに関する先進諸国 の取組み事例を踏まえて導入されたものである。アドバンス・ルーリングとは、納税者が ある取引をしようとする場合に、その取引についての税法上の効果について事前に権限あ る税務当局に照会をし、これに対し文書で回答を得る制度である。 複雑な取引や新しい取引が増加した近時において税務当局の解釈への依存度は高まって おり、この点からも文書回答手続は重要である。本章では、次章における納税者と税務当 局との安定した関係維持のための提言に向け、文書回答手続のさらなる改善の方向を探る べく、諸外国におけるアドバンス・ルーリング制度183を確認し、わが国の現在の文書回答 手続との比較を行う。 第一節 諸外国におけるアドバンス・ルーリング制度について 一 アメリカにおけるアドバンス・ルーリング アメリカのルーリングには種々のものがあるが、わが国の事前照会に対する文書回答手 続による回答に類似しているものは「レター・ルーリング」である。 このレター・ルーリングは、納税義務者からの特定の事実関係に係る照会に対し、内国 歳入庁が税法の解釈や適用につき文書の形で回答するものである。レター・ルーリングに よって、納税義務者は計画している取引の税の影響を事前に知ることができ、税負担が自 らの予想よりも重い場合には計画の中止や変更ができるため、レター・ルーリングは「課 税の分野における予測可能性と法的安定性の維持に大いに役立つ」184といわれている。 アメリカにおけるアドバンス・ルーリング制度は、1938年(昭和13年)の税制改正により 導入されたが、現在のような制度が開始されたのは1953年(昭和28年)とされている。1976 183 184 アメリカ・イギリス・ドイツ・フランス・オーストラリア・カナダ・オランダ・スウェーデン・韓国の アドバンス・ルーリング制度については、酒井克彦「事前照会に対する文書回答手続の在り方」税大論 叢 44 号(平成 16 年 6 月 30 日)527~580 頁に詳しい。現地調査等を含めた有益な紹介が行われている。 金子宏・研究情報基金「多国籍企業の諸問題」(平成 6 年)〔 『租税法理論の形成と解明 上巻』所収(有 斐閣, 平成 22 年) 159 頁〕 。 57 (306) 年(昭和51年)からは、内国歳入法第6110条が導入され、その内容が公表されるようになっ ている185。 レター・ルーリングの法的根拠は、内国歳入法7805条において「財務長官は本編の執行 のため全ての必要なルールと規則を定めるものとする」とされていることに基づく。財務 省規則はルーリング等の趣旨について「取引等に対する税務取扱いに関する問い合わせに 対し、 健全な税務行政の運営のため適切な時に回答することが、 内国歳入庁の実践である」 と定めているほか、様々なガイダンスの定義やそれらに係る手続等を定めている186。 ① 対象となる取引 納税者の特定の事実関係に係る将来予定している取引及び完了した取引のうち申告書が 提出されていないものが対象となる。 なお、租税回避や税の軽減を主たる目的とするものは対象外とされている。 ② 処理期間 当局は、 事前照会の申請を受け取ってから 21 日以内に照会者と申請の手続に関する事項 について協議を行うこととされているが、回答期限についての定めはない187。通常、レタ ー・ルーリングの発出までには、60 日~90 日かかるといわれている188。 ③ 手数料 当初は無料であったが、ルーリングの申請を削減して事務負担を軽減しコストを請求者 に転嫁する目的から、1987 年(昭和 62 年)の税制改正で有料となった。 基本料は 6,000 ドル程度であるが、照会内容に応じて手数料が異なる体系となっており、 低所得納税者には割引価格とする配慮がなされている。 ④ 公表 当初は公表されなかったが、内容公開に関する訴訟等もあり、1977年(昭和52年)からは 公表されるようになった。照会者への公表の通知後、75~90日の間にレター・ルーリング の内容及び関連資料は公表されている。公表に先立ち照会者は、納税者名、取引上の秘密 等については削除を求めることができ, 照会者のプライバシー等が保護されている。 ⑤ 回答の法的拘束力 185 186 187 188 上斗米明「文書回答手続の見直しについて―グローバルスタンダードな納税者ガイダンスの整備に向け て―」税研(平成 16 年 5 月)16 頁。 上斗米明・前掲注(185)16 頁。 上斗米明・前掲注(185)18 頁。 酒井克彦・前掲注(183)570 頁。 58 (307) レター・ルーリングは照会者と内国歳入庁との間でのみ効力を有する(したがって、照会 者以外の者が、 あるレター・ルーリングを根拠として自分の課税上の権利を主張することは できない)。 レター・ルーリングは信義則の適用がある場合を除いて内国歳入庁を拘束しない。 クロー ジング・アグリーメント189を伴わない限り、法令解釈に誤りがあったり、現在の内国歳入庁 の見解と合致しないような場合には、内国歳入庁にはレター・ルーリングの修正・取消が認 められている。また、 実際の取引時の事実がルーリングの前提となったものと異なっている 場合等は修正・取消が遡及適用されるが、一定の条件(実際の取引時の事実がルーリング の前提と異なってないこと、当該ルーリングが基礎とした事実と発出後に生じた事実とが 実質的に相違していないこと、適用法令に変更がないこと、ルーリングがもともとその取 引のために発出されたこと、照会者が将来の取引に関してルーリングに依拠して誠実に行 動しており、かつ遡及的な取消が納税者の不利益となること)を満たすならば、まれな又 は通常でない状況を除き、修正・取消は遡及適用されない190。 照会者に対してはレター・ルーリングは拘束性を有さない。つまり照会者は、ルーリング で示された不利な結論と異なる申告を行うこともできる。 このようにレター・ルーリングは、法令(内国歳入法)に根拠を有するが、照会者を拘束す るものではなく、 また信義則の適用がある場合を除いて税務当局を拘束しない(クロージン グ・アグリーメントは拘束する)191。ルーリング発行後も当局の法令解釈の変更等によりル ーリングの内容の修正・取消は可能であり192、また遡及的に適用されない条件が示されて いる他、ルーリングを受けた当事者以外にとって先例性が排除される等、その効力は相当 程度限定がある形に仕組まれている193。 ⑥ 異議申立て等 レター・ルーリングの内容について、 照会者は内国歳入庁への不服申立てを行う権利を有 189 190 191 192 193 内国歳入法 7121 条により、特定の事案や課税額に関して内国歳入庁と納税者の間において最終的に合 意した契約(合意書)であり、事実に関する詐欺・不正等が発見されない限り、当該契約は法的拘束力 を有し最終のものとなる。レター・ルーリング同様、内国歳入庁の歳入手続に定められている各種ガイ ダンスの一つである。 上斗米明・前掲注(185)18~19 頁。 神山弘行「事前照会制度に関する制度的課題《研究ノート》」経済産業研究所ディスカッション・ペー パー・シリーズ(平成 22 年 6 月)5 頁。 アメリカでは、このような法令解釈の誤りに基づく場合のルーリングの内容の修正に係る効力は、信義 則により制約を受けるわけではない旨示している判例がある。 上斗米明・前掲注(185)19 頁。 59 (308) してはいない194。 二 フランスにおけるアドバンス・ルーリング フランスのアドバンス・ルーリング制度は、1962 年(昭和 37 年)の随時事前確認にその 起源を有し、立法されたのは 1987 年(昭和 62 年)である195。アドバンス・ルーリングとし ては、制度・対象・手続等が法令で個別に規定されている「フォーマル・ルーリング」(公 式事前確認手続)と広く租税一般法典に規定されるすべての租税を対象として通達にその 根拠・手続を有する「インフォーマル・ルーリング」(非公式事前確認手続)がある。 ① 対象となる取引 フォーマル・ルーリング (公式事前確認手続) については、納税義務者が税の優遇措置 を受けるための条件を充たしているか否かの確認を求めるものが多く、利子源泉税の免税 措置、組織再編税制の適用、本社の課税所得決定のためのマージン、省エネ設備の加速度 償却制度の適用等が対象とされている196。なお、実際に行うことを予定している取引でな ければならず、仮定的な照会や選択的な照会は対象外とされている。 インフォーマル・ルーリング(非公式事前確認手続)の対象は、納税義務者の個別事案に 対する租税法規の適用に関する事項である。 ② 処理期間 フォーマル・ルーリング (公式事前確認手続)もインフォーマル・ルーリング(非公式事 前確認手続)も、通常 2~3 か月以上の処理期間を要しているが、租税手続法により、申請 から 6 か月以内に回答がない場合は照会内容を是認する黙示的回答があったものとみなさ れる197。 ③ 手数料 フォーマル・ルーリング (公式事前確認手続)もインフォーマル・ルーリング(非公式事 前確認手続)も、申請については無料である198。 ④ 公表 194 195 196 197 198 酒井克彦「これまでの文書回答手続の問題点と新たな見直し」税理(平成 20 年 8 月)20 頁。 平川英子「フランス租税行政における文書回答制度」税務事例 473 号(平成 21 年 2 月)27 頁。 酒井克彦「事前照会に対する文書回答手続をめぐる考察と提言(下)」税理(平成 20 年 3 月)106 頁。 酒井克彦・前掲注(183)547 頁。 酒井克彦・前掲注(194)20 頁。 60 (309) フォーマル・ルーリング (公式事前確認手続)もインフォーマル・ルーリング(非公式事 前確認手続)も、条文解釈等一定の回答は匿名処理の上、公表される199。 ⑤ 回答の法的拘束力 フォーマル・ルーリング (公式事前確認手続)については、ルーリングに記載された期間 について租税行政庁は拘束され ただし、現行法が改正された場合には将来にわたるルーリングの効果はなくなる。対象 となった条件についての当局の解釈変更、規定変更又は事実関係の変更の場合、ルーリン グは取消されることがある200。 インフォーマル・ルーリング(非公式事前確認手続)については、法令の根拠はないが、 租税行政庁が文書で回答したものについては、租税手続法によって、照会者がルーリング に基づいて誠実に行動している限り、租税行政庁は回答を与えたルーリングと別の取扱い や課税処分を行うことはできない。また、法改正があった場合、照会者側の状況が変化し た場合、当局の見解の変更があり照会者に変更点を知らせた場合、判例法の改正があり照 会者にその旨を知らせた場合には、将来にわたって回答の効力はなくなるとされている201。 このように、フォーマル・ルーリング(公式事前確認手続)であれ、インフォーマル・ル ーリング(非公式事前確認手続)であれ、租税行政庁の行った回答には、「一定の条件」の もとに法的拘束力が生じる。一定の条件とは、次のとおりである。 ・照会が文書によって権限ある係官に対してなされたであること ・権限ある係官によってなされた公式の回答であること ・照会者が誠実であること(誠実性とは、照会者が初回に当たり関連するあらゆる事実に 関する情報を提出しており、回答の基礎となった照会の内容と実際の事実が完全に同一で あり、照会者が回答に従って行動したことをいう)202 なお、回答の法的拘束力は、租税行政庁に対してのみ課されるものであり、照会者を拘 束しない。 ⑥ 異議申立て等 フォーマル・ルーリング (公式事前確認手続)の申請者は、税務当局が当該ルーリングの 申請を拒否したり回答を撤回した場合には、提訴することができる。この場合、通常の税 199 200 201 202 酒井克彦・前掲注(194)20 頁。 酒井克彦・前掲注(183)550 頁。 酒井克彦・前掲注(183)548~549 頁。 平川英子・前掲注(195)31 頁。 61 (310) 務訴訟の手続きによらず、一般公法上の訴訟として提訴することになる203。 三 イギリスにおけるアドバンス・ルーリング イギリスのアドバンス・ルーリング制度としては、特定の将来の取引を対象とした「ア ドバンス・クリアランス」と既に実施された取引を対象とする「ポスト・トランザクショ ン・ルーリング」がある。 アドバンス・クリアランスは、各税法に根拠がある事前照会制度で、特定の将来の取引 に係る照会に対して租税行政庁の見解を示すものである。 ポスト・トランザクション・ルーリングは、法令に定めのないルーリングで、納税者サ ービスの一環として行われるものである。申告前・申告後のいずれであっても照会するこ とが可能とされている制度であり、1994 年(平成 6 年)から試行され、1998 年(平成 10 年) に導入された。 ① 対象となる取引 アドバンス・クリアランスは、組織再編・営業譲渡に係る譲渡所得の繰延べ、自己株式・ 有価証券・土地譲渡・リースの取扱い、海外移転する法人の未払法人税の清算、特定のベ ンチャー企業への投資優遇措置等、特定の将来の取引に係る照会に対して行われ、該当す る取引だけが照会の対象となる204。 ポスト・トランザクション・ルーリングは、あくまでも既に実施された取引を対象に行 われるものであり、租税回避目的の取引は対象外とされている。 ② 処理期間 アドバンス・クリアランスについては、申請から 30 日以内にイギリス内国歳入庁から回 答がある。ポスト・トランザクション・ルーリングには処理期間に関する規定はない205。 ③ 手数料 いずれも無料で利用することができる206。 ④ 公表 203 204 205 206 酒井克彦・前掲注(183)550 頁。 石井道遠「タックス・コンプライアンスを巡る国際的連携の動きと我が国の政策対応の在り方(試論) 」 経済産業研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ(平成 22 年 6 月)32 頁。 酒井克彦・前掲注(183)541 頁。 酒井克彦・前掲注(194)20 頁。 62 (311) いずれも原則として公表されることはない207。 ⑤ 回答の法的拘束力 アドバンス・クリアランスについては法的拘束力が直接法令に規定されているわけでは ないが208、取引をイギリス内国歳入庁が指定したものであること及び照会者がルーリング の審査に必要な情報を全て提供したことを要件として法的拘束力を有するとされている209。 アドバンス・クリアランス及びポスト・トランザクション・ルーリングは、ルーリング が発出された後に判決でルーリングに法解釈上の誤りがあったことが判明したとしても、 発出されたルーリングは撤回されないこととされている。また、ルーリング発出後、発出 されたルーリングの内容に関する法改正があった場合、当局は改正法に従う必要があるた め、当該ルーリングに拘束されない。また、法的先例性はないと理解されている210。 照会者は当該ルーリングに従わずに納税申告することができる。 ⑥ 異議申立て等 当局が発給したポスト・トランザクション・ルーリングの内容に対する不服申立てはで きない。 これに対して、アドバンス・クリアランスの申請の却下については、照会者は申請が却 下されてから 30 日以内にイギリス内国歳入庁に対して、 ルーリングの申請書の回付を要求 することができる211。 四 ドイツにおけるアドバンス・ルーリング 1. 法的拘束力のあるルーリング(拘束力のある情報提供) ドイツでは、将来行われる取引に関する税務判断を提供するしくみとして、もともと判 例がこのような拘束力ある情報の提供可能性を承認したが、その拘束力の根拠は信義則で あった。他方、学説はそれを行政行為212あるいは独自の行為形式と性質決定してきた213。 207 208 209 210 211 212 213 酒井克彦・前掲注(183)541 頁。 石井道遠・前掲注(204)32 頁。 酒井克彦・前掲注(183)541~542 頁。 酒井克彦・前掲注(194)20 頁。 酒井克彦・前掲注(183)541 頁。 行政行為とは、行政庁が公法の領域における個々の事案を規律するために行い、かつ、直接の法的効果 が行政庁外部に向けられる全ての処分・決定その他の高権的措置をいう。行政行為は、直接的な法的効 果が外部に生じる点、個別的決定である点、合意に基づかない優越的な公権力行使である点に特色があ る。 手塚貴大「租税手続における事前照会」租税法研究 37 号(平成 21 年 7 月) 47 頁。 63 (312) その後、それまでの連邦財政裁判所の判決に従い、1987 年(昭和 62 年)の連邦財務省通 達「信義則に基づく拘束力を伴う情報の提供」により「法的拘束力のあるルーリング」(拘 束力のある情報提供)が導入され、2003 年(平成 15 年)の通達改正で、より詳細な手続きが 定められた。 そして、法令上の規定としても、2006年(平成18年)の連邦主義改革法により新たに一般 規定として租税通則法第89条2項が設けられ、これまで判例・通達により行われてきた拘束 力をもつ事前照会制度が法制度として明文化された214。立法理由書によれば、このルーリ ングは行政行為という形式をもって行われるとされている215。 ① 対象となる取引 ルーリングは原則として将来予定している取引に対して発出され、仮定的な取引や他に 選択肢がある取引は対象外とされている216。 ② 処理期間 標準処理期間の定めはない217。 ③ 手数料 料金は従来無料であったが、過剰利用を防止する趣旨から、近時のドイツ裁判所費用法 の改正で有料となった。最低額と最高額が示された上で、照会に係る税額に応じて増額す る体系となっている218。 ④ 公表 公表は行われていない219。 ⑤ 回答の法的拘束力 照会者がその回答に依存する処理を行った場合、税務当局には信義則に基づく拘束力が 生じる。それまでは、税務当局は回答を撤回したり異なる法的見解を採ることができる。 回答の対象ではない第三者に対しては、何らの拘束力をも生じない。 ルーリングに拘束力が生じるのは、後に実現する事実関係が申請の際に提示される事実 関係と全ての重要な点において一致する場合のみである。税務当局が照会者に対して不利 なルーリングを発出し、後日の税務調査等の際に当該ルーリングが適切でなかったことを 214 215 216 217 218 219 石井道遠・前掲注(204)35 頁。 手塚貴大・前掲注(213)47 頁。 酒井克彦・前掲注(183)543 頁。 酒井克彦・前掲注(194)20 頁。 手塚貴大・前掲注(213)50 頁。 酒井克彦・前掲注(183)546 頁。 64 (313) 確認した場合には、税務当局は当該ルーリングの内容に拘束されない。信義則による拘束 力が生じるのは、ルーリングが「管轄する官吏」220によって発出された場合に限られる221。 ルーリングは「後に実現する事実関係が提供される情報の根拠となる事実関係と相違な い場合、 あるいは相違があっても僅かである場合、 照会者の課税について拘束力を有する。 ルーリングが現行の法律に矛盾し照会者の不利になるような結果となる場合、当該ルーリ ングは拘束力を有しない。」(租税情報政令第2条第1項)。コンメンタールによれば、仮に それが法律と矛盾しても照会者に有利な場合には拘束力は法的に有効である222。 税務当局は「与えられた情報が誤っていることが明らかになった場合、当該ルーリング は将来に向かって撤回・変更でき」(租税情報政令第2条第3項)、そのルーリングが詐欺・ 脅迫・賄賂等の不正手段により得られたものである場合や重要な関係が誤りか不完全な申 請により行われた場合には、その回答を遡及的に解消できる223。 なお、「当該ルーリングの根拠となる法規定が撤廃又は変更された時点以降、当該ルー リングを拘束する効果はなくなる」(租税情報政令第2条第2項)。 ⑥ 異議申立て等 税務当局が一定期間経過してもルーリングを発出しない場合には、照会者は異議申立て をすることができ、異議申立てから 1 か月経過しても回答がない場合には裁判所に提訴す ることができる。 また、税務当局がルーリングの発出を拒否した場合も、照会者はその処分のあった日か ら 1 か月以内に異議申立てをすることができる。照会者の異議申立てが認められない場合 には、裁判所に提訴することができる224。 なお、以上述べた法的拘束力のあるルーリング(拘束力のある情報提供)とは別に「法的 拘束力のないルーリング」(拘束力のない情報提供)もある。 これは、 税務当局が一般的あるいは個別の照会に対して出すことができる(代理人の申請 は許されていない)ものである。財政裁判所の判決では、口頭のルーリングは法的拘束力を 有しないと判示されている225。 220 221 222 223 224 225 管轄する官吏とは、税務署を代表する者として任命された官吏、すなわち文書末尾に署名する権限のあ る官吏を意味し、その管轄とはルーリング発出の時点で判断される。 酒井克彦・前掲注(183)545 頁。 石井道遠・前掲注(204)36 頁。 酒井克彦・前掲注(183)545 頁。 酒井克彦・前掲注(194)20 頁。 酒井克彦・前掲注(183)544 頁。 65 (314) 2. 事実問題に関する合意 以上みたようにドイツにおいては、「将来行われる取引」に限定して法的拘束力のある ルーリング(拘束力のある情報提供)が法律上規定されているのであるが、「既に行われた 取引」に関しても、判例・通達において、課税当局と納税義務者との間の拘束力をもつ「事 実問題に関する合意」(事実上の合意ともいわれる)が認められている。事実問題とは例え ば資産の耐用年数、資本的支出か否か、推計課税等であり、税務当局と納税義務者の間で 経済的事実関係に関する判断につき調査し意見を交わした結果、当事者間でなされる合意 が事実問題に関する合意である。 ドイツの伝統的な租税法学説及び判例は、租税請求権自体に関する納税義務者と税務行 政庁との租税上の合意を厳格に否定していた226。しかし、ライヒ財政裁判所(RFH)の時代 に、租税上の合意を一律に否定するのではなく、租税請求権に関する合意(法律問題に関 する合意を意味していると解される)と事実問題に関する合意とを区別し、事実問題に関 する合意は承認された。その後1984年までの西ドイツ連邦財政裁判所(BFH)判決の流れに おいては、租税請求権に関する合意は許されないとする路線は守りつつも、事実問題に関 する合意については信義則を援用することによって積極的に法的拘束力を与える傾向が見 られた227。 そして、1984年12月11日西ドイツ連邦財政裁判所(BFH)判決は、租税請求権に関する合 意は租税法律主義の観点から許されないが、事実問題に関する合意は、事実関係の解明が 難しい場合には認められる余地があり、その事実問題に関する合意が「明らかに不合理な 結果にならないかぎり、当該規律は拘束的なものとされる。」としてその法的拘束力を認 めた228。つまり、事実問題に関する合意について法的拘束力が認められる要件として、次 のとおり明示したのである。 ・管轄権のある税務行政庁が関与していること ・係争の法律問題をその規律対象としているのではないこと ・合意があきらかに不合理と思われる結果をもたらさないこと ・合意がなければ事実関係の解明が非常に困難になること 226 227 228 吉村典久「ドイツにおける租税上の合意に関する判例の展開」金子宏先生古稀祝賀『公法学の法と政策 (上)』(有斐閣, 平成 12 年)241 頁。 吉村典久・前掲注(226)253 頁。 吉村典久・前掲注(226)255 頁。 66 (315) ただし、法的拘束力の源については、1984年判決以降、連邦財政裁判所は、具体的な信 義則適用要件の存在を審査することなしに、事実上の合意に対してそれ自体の存在から拘 束力を認めている。「1991年12月4日ハンブルク財政裁判所判決では、事実上の合意をはっ きりと公法契約229であると判示しており、その有効性をすべて民法の規定を準用して判断 している」230。学説の多数も、当事者間が「合意をした」こと自体に着目し、それを根拠 としてかかる合意を、その性質からみて「契約は守られなければならない」という原則に より関係人を拘束する公法契約と理解することをもってその拘束力を承認している231。 このような状況を踏まえ、連邦財務省は、2008年7月の通達「租税確定の根拠となる事実 関係にかかる事実上の合意」において、事実問題に関する合意に関する要件、適用範囲、 法的効果等を規定している。同通達は、事実問題に関する合意は、専ら事実関係の調査の 範囲内で認められ、法的拘束力のあるルーリング(租税通則法89 条2 項)とは対照的に、 既に生じた事実関係に関係するとした上で、次のように述べている。 「行政の適法性及び課税の公平性の原則に基づき、租税請求権に関する和解は認められ ない。しかしながら、特定の条件のもとで、事実関係の調査が困難な場合、課税の効率性 の促進及び法的平和の確保のため、特定の事実関係の仮定や取り扱いについて、関係者を 拘束する合意は認められる。納税義務者と財務官庁のこのような契約は、事実上の合意と 呼ばれる。この事実上の合意は、連邦財政裁判所のこれまでの判例(1984 年12 月11 日、 1991 年2 月6日、1994 年9 月8 日、1995 年12 月13 日、1996 年7 月31 日)に従い、と りわけ税額査定の段階、税務調査の際や係争中の異議申立、あるいは法的手続きにおいて 行われている。査察調査の際や租税刑事手続きの開始後においても合意は行われている。 このような場合には、刑事手続きや過料手続きを所管する部署や検察当局が関係すること になる」(国税庁仮訳による)232 第二節 小括 229 公法契約とは、公法上の効果の発生を目的として、対等な当事者間の意思表示の合致によって成立する 契約である。例えば、公共用地取得のための土地収用法上の協議等が該当する。 230 吉村典久・前掲注(226)258 頁。 231 手塚貴大・前掲注(213)54 頁及び吉村典久・前掲注(226)264 頁。 石井道遠・前掲注(204)38~39 頁。 232 67 (316) わが国の文書回答手続と対比すべき事前照会制度として、アメリカにはレター・ルーリ ング、フランスにはフォーマル・ルーリング(公式事前確認手続)、イギリスにはアドバン ス・クリアランス、ドイツには法的拘束力のあるルーリング(拘束力のある情報提供)があ る。 ① 対象となる取引 アメリカ、イギリス、ドイツでは将来予定している取引に対してもルーリングが発出さ れる。わが国の文書回答手続では導入後しばらくは「実際に行われた又は確実に行われる 取引」を対象とし、将来予定している取引は対象にされていなかったが、平成 20 年 3 月 7 日の事務運営指針の改正で、 「将来行う予定の取引等で個別具体的な資料の提出が可能なも の」は対象となった。 ② 処理期間 イギリスのアドバンス・クリアランスでは申請から 30 日以内にイギリス内国歳入庁から 回答があるが、アメリカ、フランス、ドイツでは回答期限についての定めはない。ただし、 フランスでは申請から 6 か月以内に回答しない場合は黙認されたとみなされる。 アメリカとフランスでは、通常 2~3 か月程度の処理期間を要しているが、わが国では、 原則 3 か月以内の極力早期に回答するよう努めるとされている わが国では、回答について期間の定めは設けられていない。 ③ 手数料 手数料は現在アメリカとドイツが有料、フランスとイギリスが無料である。わが国も現 在無料である。 ④ 公表 ドイツとイギリスでは公表は行われていない。アメリカでは照会者名、取引上の秘密等 の削除ができるとした上で公表され、 フランスでは条文解釈等一定の回答は匿名処理の上、 公表される。 わが国では照会者から申出がない限り照会者名は伏せて公表される。また、照会者から の申出により最長 1 年間は照会・回答内容を公表しないこともできる。 ⑤ 回答の法的拘束力 アメリカ、フランス、イギリス、ドイツには法令の根拠のあるアドバンス・ルーリング 制度があるが、 わが国の文書回答手続は、 事務運営指針により運用されているにすぎない。 アメリカ、フランス、イギリス、ドイツでは、原則として、発出されたルーリングに税 68 (317) 務当局が拘束されるが、照会者が示した事実についての誤り、適用法令の改正、当局の法 令解釈の変更があれば税務当局はルーリングを無視することができる。わが国はそもそも 発出されたルーリングに税務当局は拘束されない。 ⑥ 異議申立て等 アメリカ、フランス、イギリス、ドイツ及びわが国では、発出されたルーリングの内容 について照会者が不服申立てをする制度はない。 ドイツでは、一定期間経過してもルーリングが発出されない場合には、照会者は異議申 立てをすることができる(異議申立てから 1 か月経過しても回答が無い場合には提訴でき る)。 税務当局がルーリングの発出を拒否した場合、ドイツでは、1 か月以内に異議申立てを 行うことができ(照会者の異議申立てが認められない場合には提訴できる)、フランスでは 提訴することができる。 イギリスでは、アドバンス・クリアランスの申請が却下された場合、30 日以内に内国歳 入庁に対しルーリングの申請書を回付するよう要求することができる。 わが国では、回答内容に不服がある場合や国税の申告期限等までに回答が行われないこ となどに対して不服がある場合であっても、不服申立ての対象とはならない。 またドイツにおいては、将来行われる取引に限定している法的拘束力のあるルーリング (拘束力のある情報提供)とは別に、既に行われた取引に関しても、判例・通達において、 課税当局と納税義務者との間の拘束力をもつ 「事実問題に関する合意」 が認められている。 租税請求権自体に関する納税義務者と税務行政庁との租税上の合意は租税法律主義の観 点から許されないのだが、租税請求権に関する合意と事実問題に関する合意とを区別し、 後者については信義則の援用ないし公法契約と性質決定することにより法的拘束力が認め られている。 連邦財務省は、2008年の通達において、特定の条件のもとで、事実関係の調査が困難な 場合、課税の効率性の促進及び法的安定性の確保のため、特定の事実関係の仮定や取り扱 いについて、関係者を拘束する合意は認められるとして、事実問題に関する合意に関する 要件、適用範囲、法的効果等を規定している。 69 (318) 第五章 租税法における信義則をめぐる一考察 本章では、これまでの記述から浮かび上がってきた問題点と議論を整理し、租税法にお ける信義則適用に係る論点及びその適用要件吟味の際の論点について考察した上で、公的 見解の表示要件に関する提言を試みる。また、信義則適用が否定された場合の納税者への 配慮に関する提言や納税者と税務当局との安定した関係維持に向けての提言を行い、より 良い税務行政に向けての一助としたい。 第一節 信義則の租税法への適用に関する考察 一 問題の所在 第一章で述べたように、信義則が租税法分野に適用できるかどうかについては、租税法 律主義との関係において議論がある。本節においては、この「租税法において信義則の適 用は認められるか」という論点を掘り下げて検討する。 二 これまでの議論 信義則の租税法への適用に関するこれまでの議論を、第二章の小括で類型化した見解ご とに以下確認していきたい。 1. 租税法律主義の要請等から信義則の適用そのものを否定する見解 (1) 学説 この見解に属するとみられる学説としては、まず行政法への適用に関して、昭和 11 年に 杉村章三郎博士が、法規に対する一つの解釈基準に止まるということから法規における条 項によって得た効果を信義則により動揺させることは不可能と主張されたのが最初といえ るのではなかろうか。また、昭和 15 年、大石義雄博士も、信義則は国法に抵触しない範囲 で法解釈の基準としてのみ認められ得るもので、国法に優越する信義則というものは存在 しえないと論じられた。両説とも信義則は法の解釈基準に止まるという観点からその適用 を否定する見解といえよう。また、昭和 13 年に高橋貞三博士は、法を排除して信義則が適 70 (319) 用されるなら、法の安定性は危険にさらされ立法による法の変動性についての作用が軽 視・無視されると主張された。 租税法への適用に関する戦後の学説としては、昭和 34 年に橋本公亘教授が、合法性の原 則と形式的規定遵守義務から生ずる要請は信義則に優越すると主張され、昭和 47 年、下村 芳夫氏も、信義則は当事者間の契約関係を解釈補充する原理であり、租税法律主義の要請 から信義則が税法解釈の補充原理として適用される余地はないのではないかとされた。同 年、新井隆一教授は、租税法律主義・租税公平(平等)主義等を理由に租税法における信 義則の適用は認められず、ただ解釈適用や事実認定につき税務当局に故意・過失があると きのみ適用可能と論じられた。昭和 61 年、斉藤明教授は、租税法律主義は最高法原則とし て信義則を支配しており、納税者の信頼を保護しようとすれば租税主義の理念は著しく阻 害され、租税公平原則の実現さえも拒絶することになりかねないと論じられた。 なお、昭和 49 年に村井正教授は、一般論として信義則の適用はあり得るとする立場には 立つが、租税法律主義との関係で信義則の適用要件はきわめて厳しく結果的には信義則の 働く活動範囲はほとんどないと述べられ、 昭和 57 年にも納税者の信頼利益が損害賠償等で 救済されるかぎり信義則の適用は消極に解さざるをえないとされ、実質的には信義則の適 用に否定的な見解を述べられた。 ● 上記に対する反対論 租税法律主義等と衝突する場合に信義則適用を否認する見解については、平成 10 年、乙 部哲郎教授による「租税法令の増大・複雑化のもとでの行政解釈への依存ということを無 視すること、正義・衡平の理念に基づく法の一般原理であるという信義則の性格にも反す ること、納税者の権利保護にも欠けることなどの理由により、従うことができない。 」233と いう意見がある。 (2) 判例 この見解に属するとみられる判例は少ないが、 昭和 25 年 4 月 18 日福岡地判(贈与税年賦 延納合意事件)は、 税務行政処分や合意が違法である場合には租税法律主義を理由に税務行 政処分の信義則違反を否認し、昭和 41 年 6 月 6 日東京地判では、 「禁反言の適用を認める と違法な結果を生ずる場合には、その適用を阻却されると解されている」と判示した。 2. 信義則の適用を認めても租税法律主義に抵触しないとする見解 233 乙部哲郎「租税法と信義則(2)─判例を中心に─」神戸学院法学第 28 巻第 2 号(平成 10 年)341 頁。 71 (320) (1) 学説 この見解に属するとみられる学説としては、田中二郎博士が、行政法への適用に関して 昭和 11 年に、法律の形式的確実性の尊重と共に、法律適用の具体的妥当性の追求、法実証 主義を修正・補充するものとして信義則は重要と主張され、租税法への適用に関して昭和 43 年には、租税法律主義は信義則の適用を否定すべき根拠とはならず、信義則はあらゆる 分野における法に内在する一種の条理の表現とみるべきで、租税法に限りその適用を排斥 すべき根拠は見出しがたいと論じられた。 昭和 44 年、中川一郎博士は、憲法 14 条 1 項に根拠を置く信義則と憲法 84 条・30 条を 根拠とする租税法律主義とは同列のものであるがその性格上果たすべき役割を異にし、競 合することはあり得ないと論じられ、昭和 50 年、石田譲教授は、判例の分析から、信義則 は制定法の欠缺の補充としてのみ機能し、主として予想されなかった欠缺の補充手段とし て機能していると述べられた。昭和 53 年、首藤重幸教授は、租税法律主義はもともと合法 性と正当性を充足するものだったが、租税法規の複雑大量化により合法性と正当性とが分 裂したことから、税法における信義則の適用は、租税徴収面における租税法律主義の「正 当性」の回復という側面をもつと主張された。 なお、昭和 52 年に南博方教授は、失効の原則についてではあるが、租税法律主義は、租 税行政が形式的意義での法律にのみ拘束されることを意味するものではなく、不文の法に も拘束されることを意味するから信義則を基礎とする失効の原則は、租税法律主義・合法 性の原則に矛盾抵触するものではないと論じられた。 、 (2) 判例 判例でこの見解に属するとみられるものはそれほど見当たらないが、例えば平成 8 年 2 月 21 日神戸地判は、信義則やその具体化である法人格否認の法理は租税法律主義にいう 「法律」に内在するものと判示した。 3. 納税者利益を保護すべき特別の事情がある場合には信義則の適否は租税法律主義と の比較衡量によるべきとする見解 (1) 学説 この見解に属するとみられる学説としては、原龍之介博士が、行政法への適用に関して 昭和 13 年に、 相手方又は第三者の信頼関係を保護し信義則を適用すべきことも法治国家に おける当然の根本要請の一つで、行政法規の強行性がこれらの諸法益を犠牲にしてまでそ 72 (321) の趣旨を貫くべきものかは比較衡量により決めるべきと主張され、租税法への適用に関し ては昭和 44 年に、納税者に対し税務当局の助言等に基づき課税・非課税が行われるという 一種の信頼を与えている場合で、かつその信頼に基づき行動した納税者の利益が保護に値 するものと考えられるときには、租税法律主義の修正を考え納税者の信頼保護を優先させ るべきと論じられた。 昭和 49 年、品川芳宣教授は、信義則の適用にあたり、租税公平原則等からみて納税者が 課税を免れることから他の納税者との不公平が生じないか、公平原則等に反する結果とな るのを看過してまで当該納税者を保護する必要が租税正義の観念から生ずるか等の問題を 慎重に吟味し、国民全体と当該納税者との相対立する利益を比較衡量せねばならないと主 張された。また、昭和 51 年、金子宏教授は、信義則適用の有無は、合法性の原則を貫くか 法的安定性=信頼の保護の要請を重視するかという租税法律主義内部の価値対立の問題で あり、利益状況によっては、この二つの価値の較量において、合法性の原則を犠牲にして もなお納税者の信頼を保護することが必要であると認められる場合には信義則の適用が肯 定されるべきと論じられた。 ● 上記に対する批判説 比較衡量説については、昭和 61 年、大橋為宣氏が「納税者の信頼保護と租税法律主義と を天秤にかける比較衡量説に立つとしても、納税者の経済的損失という要素までも『信頼 保護』の適用要件に組み込むべきではないと思う。つまり、納税者の信頼保護という法理 の趣旨及び信頼に値する税務行政の確保という機能を重視するとき、いかに税務相談(照 会)を起因とした反言上の納税(非課税ないし減免税)であっても、それをもって直ちに 『納税者の経済的損失』というには馴染まないからである。 」234と論じられた。 また、上記金子教授の見解に対して、昭和 55 年、碓井光明教授は「租税法律主義は、法 的安定性を形式的意味の『法律』により確保しようとしているのであって、民主的正当化 の手続を要求するものであり、命令や租税行政庁の言動によるものではない。 『法律』によ る法的安定性の確保までは租税法律主義で説明できるが、それから信義誠実の原則まで進 むには、別の論拠が必要になると思われる。 」235と主張された。 (2) 判例 この見解に属するとみられる判例は多い。 234 235 大橋為宣「納税者の信頼保護と租税法律主義の相剋(上)」税理 29 巻 6 号(昭和 61 年)115 頁。 碓井光明「租税法における信義誠実の原則とそのジレンマ」税理 23 巻 12 号(昭和 55 年)4 頁。 73 (322) 昭和 45 年 5 月 7 日大阪地判は、信義則は公法分野でも妥当する法原則である一方、信義 則適用により違法な結果を容認することになる場合にはその適用が慎重になされねばなら ないことは当然であると判示し、昭和 48 年 12 月 7 日名古屋地判では、租税法規が難解な ものとなっている現在、国民は税務当局の指導助言を信頼して行動せざるをえないが、こ れを信頼して行動した国民の利益を保護すべき特別の事情がある場合には信義則の適用を 拒否すべきではなく、また、この事情の有無は具体的事案に即し、租税法律主義・租税公 平原則との衡量の上で決すべきであると判示した。 昭和 49 年 5 月 31 日富山地判は、租税法律主義も信義則適用を否定する根拠とはならな いと考え、納税者の利益が税務当局側の信義則違反の行為によって害され、これを保護す べき特別の事情がある場合には、租税法律主義・租税公平原則との衡量の上で、信義則の 適用を決すべきであると判示し、昭和 50 年 1 月 22 日仙台高判(金属マンガン事件)は、 信義則は実質的に対立する利益の調整を目的として本来法規上許されるべき権利の行使を 抑制するものであるから、その適用は厳格・慎重になされなければならないと判示した。 昭和 52 年 11 月 4 日札幌地判は、信義則は正義の一体現としてあらゆる法分野にわたり 認められるもので租税法でのみ適用がないとする根拠はないが、国民に対する課税の平 等・負担の公平も正義の理念のあらわれであり、 これを尊重すべきことは勿論であるため、 租税法における信義則適用の要件は、この二つの正義の重要度の衡量において定められる と判示し、昭和 61 年 11 月 27 日東京地判では、納税者の信頼を保護しなければならない特 段の事情があるときは、例外的にその信頼保護が考えられねばならず、他に適切な手段が ない以上、信義則によりその信頼に基づく申告等をそのまま是認しなければならないこと も考えられないではないと判示した。 4. 信義則の法の一般原理性から適用を否定せず慎重な所定要件吟味を求める見解 (1) 学説 昭和 55 年、碓井光明教授は、信義則は法の一般原則であるということで十分であり、合 法性の原則もこの法の一般原則を排斥するものではないとした上で、課税要件に関する納 税者の主張にも適用するときは租税法律主義の予定している実体的真実主義を犠牲にする ことになるため、信義則の安易な適用は避け適用要件を十分に吟味していく必要があると 端的に主張された。また平成 10 年、乙部哲郎教授は、信義則の適否は、租税法律主義・合 法性原則との対立関係の中で適用要件を探ることにより調整すべきであって、個別法律規 74 (323) 定の遵守及びそこで定める法的価値かそれとも相手方の信頼保護のどちらに軍配をあげる かは当該事案における総合的な比較考量(適用要件はその具体化)に委ねざるをえないと 論じられた。 (2) 判例 この見解に属するとみられる判例として最初のものは昭和 40 年 5 月 26 日東京地判(文化 学院非課税通知事件)であろう。この判決では、信義則は正義の理念より当然生ずる法原則 であり公法でもその適用を否定する理由はなく、行政解釈への信頼保護の必要性から原告 側の不利益は無視できないのに対し、租税法遵守の必要性・過去の違法な結果の是正とい う抽象的・名目的理由以外には具体的・切実な公益上の課税の必要性があるとは思われな いとして、適用のために諸点が吟味されなければならないと判示した。 昭和 50 年 6 月 24 日札幌地判では、信義則はあらゆる法の分野における法に内在する法 原則と考え、これを租税法に限って排除する根拠はないとして所定の適用要件の吟味が示 され、昭和 51 年 11 月 2 日静岡地判でも、あらゆる法の分野に普遍的に妥当する信義則は 排除されないと解されるとして所定の適用要件の吟味が示された。また、昭和 54 年 3 月 29 日東京地判では、信義則の本質が正義の理念に由来するものであることを考えれば税法 上もその適用を受けると解されるとして所定の適用要件の吟味が示され、昭和 58 年 5 月 16 日東京地判では、信義則は法の根底をなす正義の観念に基づく原則であるから租税法律 関係でもその適用があると解すべきで、そのためには一定の要件を満たすことが要請され るとして、所定の適用要件の吟味が示された。昭和 62 年 3 月 18 日横浜地判では、信義則 は法の普遍的な一般原則であるから、租税法の分野においてもこれが適用される余地はあ りうるとして、所定の適用要件の吟味が示され、昭和 62 年 10 月 30 日最判では、租税法に おいて信義則の適用は慎重でなければならず、納税者間の平等・公平という要請を犠牲に してもなお当納税者の信頼を保護しなければ正義に反するような特別の事情がある場合に、 初めて信義則の適用の是非を考えるべきで、そのような特別の事情の有無の判断にあたっ て少なくとも考慮すべき不可欠な諸点を示した。 三 考察 1. 信義則の適用に関する学説・判例の再整理 租税法における信義則の適用に関する学説・判例をよくみてみると、大きく「適用その 75 (324) ものを否定する見解」と「適用は否定されないとする見解」に区別することができよう。 また、 「適用は否定されないとする見解」は「適用を認めても租税法律主義に抵触しない とする見解」と「納税者利益を保護すべき特別の事情がある場合には信義則の適否は租税 法律主義との比較衡量によるべきとする見解」に分かれ、 「信義則の法の一般原理性から適 用は否定せず慎重な所定要件吟味を求める見解」は、このうちの後者から派生し、特別の 事情の具体化を模索した見解と捉えるべきではなかろうか。 本論点に係る学説・判例の考え方で並列すべきは「適用そのものを否定する説」と「適 用は否定されないとする説」である。比較衡量すべしという見解は「適用は否定されない とする見解」に属するもので、この大きな「否定されないとする見解」のレベルと並列さ せるべきものではないと考える。 学説を類型化している論稿をみると、 「比較衡量説」や「賠償救済説」が「否定説」や「肯 定説」と並列的に分類され論述されている236が、そのために、例えば信義則の適用に関す る金子教授の見解につき、乙部教授は租税法律主義に抵触しないとする見解に入れられ比 較衡量説には分類されていない237が、酒井教授は比較衡量説に分類されている238というよ うなことが起こるのではなかろうか。大きな「否定されないとする見解」の中に比較衡量 すべしという見解があると見た方が自然ではなかろうか。 すなわち、次のとおりである。 (1) 租税法における信義則の適用そのものを否定する説 (2) 租税法における信義則の適用は否定されないとする説 上記の説は次のように 2 つに分かれる。 ① 信義則の適用を認めても租税法律主義に抵触しないとする見解 ② 納税者利益を保護すべき特別の事情がある場合には信義則の適否は租税法律主義と の比較衡量によるべきとする見解 (2)の②から派生し、納税者利益を保護すべき「特別の事情」の具体化を模索したも のとして「信義則の法の一般原理性から適用を否定せず慎重な所定要件吟味を求める 見解」がある。 このように租税法における信義則の適用に関する学説・判例を再整理したい。 236 237 238 乙部哲郎・前掲注(233)334~341 頁、酒井克彦『ステップアップ租税法─租税法解釈の道しるべ─』(財 経詳報社,平成 22 年) 276~277 頁。 乙部哲郎・前掲注(233)345 頁。 酒井克彦・前掲注(236)277 頁。 76 (325) 2. 租税法分野での信義則の適用に関する考察 それでは、租税法分野において信義則の適用はできるのか否か。 私は、納税者の予測可能性の観点から、近時における複雑な取引や新しい取引の増加に 伴う税務当局の解釈への依存度の高まりは重要視されるべきであること及び租税当局の表 示により納税者の信頼が裏切られることは租税法の要請する法的安定性を害し善意の納税 者の利益が保護されない結果となることから、適用否定説には賛成できない。本論文第二 章で確認したように、 「信義則は、あらゆる分野において、法の根底をなす正義・公平・条 理の要請に基づく法の一般原理である」という見解が学説でも判例でも支配的なのである 、 から(表示による禁反言も英米法学者の通説は「正義」の理念に基づくものとされている239) 租税法の分野においても、この法の一般原理(信義則)を否定すべき理由はなく、合法性 の原則もこの法の一般原理をしりぞけるものではないと解する。そもそも信義則のような 一般原理は、形式的になりがちな裁判の傾向を軌道修正し、また硬直化しがちな法律に柔 軟性を与えるためのものである。もっといえば、租税法における信義則の適用を否定しな いことは、金子教授のいわれる「法的安定性を保つ=信頼の保護」という租税法律主義の 一機能の発揮にもつながるものともいえよう(首藤教授による「税法における信義則の適 用は、 租税徴収面における租税法律主義の正当性の回復という側面をもつ」 という主張は、 上記のような意味も含んでいるのかもしれない) 。その上で、信義則は個別的法律関係にお ける利害調整のための救済法理であるから、個別事案における信義則適用に関しては、特 定の納税者の個別利益と租税法律主義を旨とする社会的利益とを意識し、 「納税者の利益を 保護すべき特別の事情がある場合」の具体化としての留意事項(適用要件)を慎重に吟味 する必要があると考える。昭和 62 年 10 月 30 日最判では、特別の事情がある場合に、初め て信義則適用の是非を考えるという非常に慎重な言い回しをされているが、 そうではなく、 信義則に係る租税裁判では、 「信義則の適用は否定されないとする見解」に拠って個別事案 が必ず検討の土俵にのせられるべきである。その際に留意すべき考え方として個別利益と 社会的利益との比較衡量があり、具体的な留意事項として所定の適用要件( 「特別な事情」 の具体化)がある。私はこういう整理をしたい。「本節の二」において便宜上判例につい ても各類型にあてはめては見たが、実は多くの判例の言い回しも、このような整理を前提 239 中川一郎「税法における禁反言の原則(信義誠実の原則)の適用の要件と限界」シュトイエル 44 号(昭和 40 年)10 頁参照。 77 (326) に見直すと明解なものにみえてくる(所定の適用要件に関する論点については、本章第二 節でさらに掘り下げる) 。 3. 信義則と合法性の原則との関係 先ほど「合法性の原則もこの法の一般原理をしりぞけるものではない」と解したが、も う少し詰めて合法性の原則との関係を考えてみたい。 合法性の原則の根拠に関しては、租税法律主義の一内容として説明する説、租税公平(平 等)主義を根拠にする説及び租税債権の性質として説明する説に分かれており、近年に至 るまで、租税法律主義の一内容とする説が大勢であることは第一章で触れたが、このため 信義則関係の裁判においては、租税法の強行法規性が過度に強調され、個別具体的な事案 の公平に適った救済が否定される傾向がある。 新井隆一教授は、租税法律主義及び租税要件理論によって合法性の原則を説明するとと もに、租税法律主義の原則とその実質的な内容要素を構成する租税の負担公平の原則ない し租税の応能負担の原則とは、租税の負担の公平が、租税要件の適正な適用と解釈によっ て実現されるべきことを要請するものである240と述べられ、合法性の原則を租税公平(平 等)主義に結び付けられている241。 また、平成 23 年に藤谷武史准教授は、合法性の原則は、形式的には租税法律主義の一内 容とされるが、実質的な機能は、租税法の執行にあたって税務職員の買収等の不正が介在 する可能性や、納税者によって取扱いがまちまちとなることで税負担の公平が害される可 能性をあらかじめ排除することにあり、 むしろ平等取扱原則に奉仕するものとなっている。 そのため、近年の有力な学説として、合法性の原則を実質的にはむしろ租税公平(平等) 主義の系統に属するものとして位置づけるものがあり、このような理解が意味を持つこと になろう242といわれている。 すなわち、 「合法性の原則は租税法律主義の内容の一つと考えるより、一般的な法による 行政の原理と、租税公平主義の内容としての税務行政庁は納税者を平等に扱わねばならな いという準則の中に包摂して理解するのが妥当である。…合法性の原則を租税法律主義の 240 241 242 新井隆一『租税法講座』 〔金子宏・渡辺吉隆・新井隆一・山田二郎・広木重喜編〕 (帝国地方行政学会, 昭和 49 年) 312 頁。 碓井光明・前掲注(235) 4 頁参照。 藤谷武史「租税法の定立過程(租税立法過程) 」中里実他『租税法概説』19~20 頁(有斐閣,平成 23 年) 。 78 (327) 内容と考えないことにより、…信義則の適用に関して、租税法律主義の内部での価値対立 を解消しうる。これにより、個別救済法理の適用は、予測可能性の観点からその要否が判 断されれば足りることになる。このような考慮によって個別救済法理の適用が促進される ことを、本稿が示す租税法律主義理解の効果として、期待したい」243という見解である。 この佐藤英明教授の見解は、租税法律主義が形式的に強調され、経済的損失をうけた善 良な納税者による信義則の観点からの主張が、信義則の適用要件、とりわけ公的見解の表 示という高いハードルに阻まれ結果的に納税者と税務当局との信頼関係を不安定なものに することを防御する知恵として説得力があり、非常に有用なものと考える。 おもうに、合法性の原則は、形式的には租税法律主義の一内容とされるが、実質的には、 租税法の執行上、税務職員の買収等の不正を防止したり、各人の税負担の公平が害される ことを防ぐ機能を有しており、租税公平(平等)主義の中に包みこまれたものと解するこ とができる。したがって、信義則と租税法律主義は衝突せず、かえって、信義則の適用は 納税者と税務当局との信頼関係を維持するためという部分と租税法律主義の一機能である 信頼の保護(法的安定性)という部分で重なってくるのではないかと考える。 4. 信義則と租税公平(平等)主義との関係 既述した学説・判例の中には、租税法律主義に租税公平(平等)主義を加えて信義則の 適用を否定する見解(新井隆一教授、斉藤明教授)もあれば、租税公平(平等)主義との 比較衡量が必要とする見解(例えば品川芳宣教授、昭和 48 年 12 月 7 日名古屋地判、昭和 49 年 5 月 31 日富山地判)もある。 このような信義則と租税公平(平等)主義との関係につき、碓井教授は、租税平等主義 を合法性の原則の根拠にする場合、租税平等主義を損なわないような形で信頼関係が形成 されている場合には、信義則が合法性の原則に衝突することはない244とされている。乙部 教授は、 「信義則の適用により…特定の納税者に…減免する…場合は…他の大多数の納税者 と均衡を失することになる。この意味の平等原則は租税法律主義に包含され…租税法律主 義と相手方の信頼保護との調整の問題に帰着する…しかし…法的保護に値する信頼が存す る場合に信義則を適用しても、租税法律主義とは区別された平等原則には反しないどころ 243 244 佐藤英明「租税法律主義と租税公平主義」金子宏編『租税法の基本問題』70~71 頁(有斐閣,平成 19 年) 。 碓井光明・前掲注(235)4 頁。 79 (328) か、むしろ平等原則の要請に資することになるように思われる。 」245と述べられている。ま た、昭和 52 年 11 月 4 日札幌地判は「本来適法に節税を図れるところ、誤った指導ないし 回答によってその機会を逸し…租税負担を負うに至ったというものであって、かえって節 税を図り得た納税者と比べその負担において不平等な結果を招来している」としている。 おもうに、法的保護に値する信頼の有無が租税公平(平等)主義との関係においても重 要であり、法的保護に値する信頼がある場合には、信義則を適用しても租税公平(平等) 主義に反することにはならないと解することが妥当であろう。昭和 52 年 11 月 4 日札幌地 判において「国民に対する課税の平等や負担の公平ということも正義の理念のあらわれで あり」としているのは、ともに正義の理念のあらわれである信義則と租税公平(平等)主 義はぶつからないことを示しているのではなかろうか246。 第二節 信義則の適用要件に関する検討 一 問題の所在 既述のように、信義則適用に関しては、 「保護すべき特別の事情がある場合」の具体化と しての留意事項(適用要件)すべてにつき慎重に吟味することが重要であるが、これらの 要件の吟味に際しては次のような点が問題となろう。 ① 信頼の対象となる「公的見解の表示に該当するもの」は何か。 ② 公的見解は「税務署長等責任ある立場にある者」の表示に限定されるのか。 ③ 「口頭による表示」は公的見解となりうるか。 ④ 「税務当局の不作為」は公的見解の表示に該当するか。 ⑤ 「何らかの行為」はどういう行為を意味しているのか。 ⑥ 「納税者が責められるべき事由」とは何か。 以上の論点についての議論を紹介し考察を加える。 また、既述のように、信義則の適用をめぐる裁判では、その適用要件が検討される場合 245 246 乙部哲郎・前掲注(233)350 頁。 南博方『行政手続と行政処分』(弘文堂, 昭和 55 年)220~221 頁においても「租税平等原則は、本来正 義の観念から発達してきたものであるから、究極において一般の正義感情に合致する規律は、租税平等 原則を侵害するものではない…失効の原則は、遅れた権利行使が、相手方の保護に値する信頼を裏切っ た場合に、保護を与えようとするものである。 」とされている。 80 (329) でも、そのほとんどが「税務官庁が納税者に対し、信頼の対象となる公的見解を表示した こと」という信義則の最初の適用要件を充足しないとされ、納税者側敗訴となっている。 このため、公的見解の表示に関する要件を再考することは、納税者の信頼保護の見地から 重要な課題である。 二 これまでの議論 信義則の適用要件に関して、これまで述べてきたものを時系列に並べ項目を対比させ、 まとめてみると本論文末のような表になる( 「 (表)信義則適用要件の歴史的流れ」参照) 。 これをみると、判例としては昭和 40 年 5 月 26 日東京地判からの流れがあり、学説とし てはドイツの判例を取りまとめた中川博士が流れを作り、品川教授によってわが国の適用 要件の大筋が確立され、その後は判例と学説が影響し合い、昭和 62 年 10 月 30 日最判に至 っていったことがうかがえる。なお、金子教授は納税者の帰責事由や経済的不利益を示さ れていないが、この点については、金子教授の「納税者の信頼が保護に値すること」とい う要件が信頼の正当性を含むものと理解すれば、納税者が信頼したことについて帰責事由 がないこともこれに含まれうる247という意見にみられるように、明示されていないだけで 実質的に含まれているものと考えられる。 このような適用要件を吟味する際の問題点に関する主な議論は次のとおりである。 1. 信頼の対象となる「公的見解の表示に該当するもの」は何か これに関する議論については、第三章において「法令解釈通達、事務運営指針、法令解 釈に関する情報、事前照会に対する文書回答手続による回答、質疑応答事例、タックスア ンサー、税務相談における税務職員の口頭による回答・指導、税務職員の執筆・監修によ る書籍等、調査結果についてのお知らせ(申告是認通知) 」を取り上げ、既に紹介している。 2. 公的見解は「税務署長等責任ある立場にある者」の表示に限定されるのか ● 積極的な見解 平成 15 年、北野弘久教授は「税務署長等の責任のある地位による行為でなければならな いという必要はない。申告指導等の際に、個々の担当職員による行為であっても、それが 247 乙部哲郎「租税法と信義則(3)完─判例を中心に─」神戸学院法学第 28 巻第 3 号(平成 10 年)55 頁。 81 (330) 『課税庁側の公の見解』とみられるものであれば、この法理の対象になる。」248と述べら れ、 平成 22 年、 谷口勢津夫教授は 「信義則の適用有無を判断するに当たって重視すべきは、 税務行政内部の権限ないし責任の所在ではなく、権限・責任のある者による見解の表示で あるかの如き外観を呈しているかどうかである。」249と主張された。 ● 限定的に解する見解 昭和 43 年、中川一郎博士は「…当該部門につき代表権限なき税務職員の言動は、他の要 件を充足しないから、信頼の対象にはならない。」250とされ、昭和 49 年、品川芳宣教授は 「その行政の執行に直接従事している当該職員の表示行為についても、責任ある者から特 に付託されてない限り、ここにいう公的見解の表示とはいい難いであろう。」251とされた。 名古屋地裁平成 2 年 5 月 18 日判決252では「税務署長その他責任ある立場にある者の正式 の見解の表示」とされ、東京高裁平成 3 年 6 月 6 日判決では「税務署長等の権限ある者の 公式の見解の表明」と示された。金子宏教授は「税務職員の見解の表示がすべて信頼の対 象となるのではなく、原則としては、一定の責任ある者の正式の見解の表示のみが信頼の 対象となると考えるべきであろう。」253と述べられている。 ● 限定的な見解に対する意見 限定的に解する見解に対し、昭和 55 年、碓井光明教授は「納税者との個別的関係におい ては、補助機関としての調査担当職員の見解が第一次的に表示されるのが普通であって、 行政庁の名で見解が示されることは稀であるように思われる。補助機関の表示を信頼する からこそ、さらに、行政庁の名の見解の表示を求めるようなことは敢えてしないというの が実情ではないかと思う。そうであるとすれば、責任ある立場にある者の表示に限ってし まうことは、信義則による救済をきわめて限定してしまうことになるのではないかと思わ れる。…個人的見解ではなく公の見解であることが明確であるならば、信義則の適用を排 斥すべきではないと考える。」254と主張された。 なお、平成 22 年、酒井克彦教授は「多くの裁判例は、一定の責任ある立場の者の見解で あるかどうかということが信頼の対象となる公的見解に当たるかどうかの判断に影響を及 248 249 250 251 252 253 254 北野弘久『税法学原論〔第 5 版〕 』(青林書院,平成 15 年)173 頁。 谷口勢津夫『税法基本講義』 (弘文堂,平成 22 年)70 頁。 中川一郎『租税学体系 (1)総論』(三晃社, 昭和 43 年)159 頁。 品川芳宣「税法における信義則の適用について―その法的根拠と適用要件―」税務大学校論叢 8 号(昭 和 49 年) 22 頁。 判例タイムズ 739 号 95 頁。 金子宏『租税法[第十七版]』(弘文堂, 平成 24 年) 129 頁。 碓井光明・前掲注(235)8 頁。 82 (331) ぼすと考える傾向にある。…このような傾向を、信義則の適用に対する裁判所の消極的な 態度の表われであるとみることもできよう。 」255と述べられた。 3. 「口頭による表示」は公的見解となりうるか ● 肯定的に解する見解 表示による禁反言の場合、 「言語又は文字による表示」とされ、言語による表示は発声に 拠る場合に限らず、それと同等の信号であってもよいとされている256。 平成 10 年、乙部哲郎教授は「口頭による表示はすべて信頼の対象適格性がないとするの であれば疑問が残る。 」257といわれ、北野弘久教授は、税務当局の指導等に基づいて、当該 納税者を中心として形成されている秩序の存在が納税者側で立証される限り、文書であろ うと口頭であろうと、信義則は税務当局の一切の行為に及ぶ258と述べられた。 ● 否定的に解する見解 昭和 40 年 5 月 26 日東京地判(文化学院非課税通知事件)では「行政庁のその行動がいか なる手続、方式で相手方に表明されたか(…口頭によるものか書面によるものか…)等の 諸点が…吟味されなければならない。 」と判示し、名古屋地裁昭和 48 年 12 月 26 日判決259で は「署員の回答が口頭による抽象的意見にとどまり…格別信義則に反するということはで きない。 」とした。横浜地裁平成 8 年 2 月 28 日判決260では「担当職員の言動は…単に口頭 でされたに過ぎないものであるから…公的見解の表示とは認められない。」と判示した。 中川一郎博士は「言動は、文書であることは要しないが、口頭である場合には、立証が 不可能ではないが、むつかしい。」261とされた。品川芳宣教授は「税務官庁の公的見解の 表示は絶対に文書によって伝達されなければならないということもないであろうが、その 表示が電話や口頭等で行われている場合には、その立証は極めて困難であり、その拘束力 も弱いものとなろう。」262とされ、金子宏教授も「公の見解の表示は、必ずしも文書でな される必要はないが、口頭の表示はその存在と内容を立証することが困難であり、また信 255 256 257 258 259 260 261 262 酒井克彦・前掲注(236)282 頁。 藤原雄三「租税判例における禁反言の法理」北海学園大法学研究 11 巻 2 号(昭和 50 年)321 頁。 乙部哲郎・前掲注(247)75 頁。 北野弘久・前掲注(248)172 頁。 税務訴訟資料 71 号 1452 頁。 判例自治 152 号 50 頁。 中川一郎・前掲注(250)159 頁。 品川芳宣・前掲注(251)23 頁。 83 (332) 頼が形成される程度が低いと考えられる。」263と述べられている。 4. 「税務当局の不作為」は公的見解の表示に該当するか ● 該当しないという見解 判例の多くは、単なる不作為や非課税事実の継続状態は公的見解の表示に当たらないと している。例えば、平成 7 年 1 月 27 日東京地判では、10 数年に及ぶ申告について譲渡承 諾料を収益事業に係る収入とする旨の指導をしてこなかったことにつき「右事実は、被告 が課税しない状態が事実上継続したというにすぎないものであり、それだけをもってして は、被告が原告に対し公的見解を表示したことに該当するとはいえ」ないとし、大阪地裁 平成 7 年 2 月 29 日判決264では、10 年以上も税務処理の是正の指示がなかったことにつき 「およそ税務官庁の見解の表示そのものに当たらない」とした。 品川芳宣教授は「税務当局の長年の課税権の不行使が、即、納税者の税務処理を認める とする公的見解の表示に該当するとみなすわけにはいかないであろう。けだし、特に現状 のように、納税者の急増に対比し、税務職員の人数は固定していることから、いわゆる実 地調査は極度に低下しており、申告書上に明確にされていない限り、納税者の税務処理が 長年看過されることは往々にしてありうることであり、そのことをもって公的見解の表示 とみなすのは余りに税務行政の実態にそぐわないことになるからである。従って、納税者 の誤信に税務当局が積極的に加担していることの事実がない限り、『税務官庁による一種 の法的状態に類する事実状態の作出』が、公的見解の表示に該当することにはなり得ない であろう。」265と述べられた。 ● 特定の場合は該当するという見解 表示による禁反言の場合、そもそも「黙示・不作為による表示の存在」が成立要件の一 つとされているが、不作為が一定の義務違反を構成することが要件になる。この義務違反 には、法律的義務のみならず取引上社会生活上の義務の違反をも包含する266とされている。 中川一郎博士は「沈黙又は不作為であっても、納税義務者がそれから合理的な推論をな すことができ、かつ推論するだけの理由があり、実際に推論したほど持続的なものであれ 263 264 265 266 金子宏・前掲注(253)130 頁。 税務訴訟資料 214 号 544 頁。 品川芳宣・前掲注(251)23 頁。 藤原雄三・前掲注(256)320~321 頁。 84 (333) ばよい。」267と論じられ、金子宏教授は「特定の物品が課税されない状態が事実上長期間 にわたって継続したというだけでは、信義則の適用は認められないが、そのような事実状 態がその物品を課税の対象としない旨の租税行政庁の黙示の意向の表明であるとみなしう る場合は、信義則の適用を認めるべきであろう。」268と述べられている。 平成 23 年、水野忠恒教授は「一定の不作為もしくは事実状態が継続する場合にそれが公 的見解の表示になるかどうかという問題は、その判断自体が信義則の法理の適用の有無を 決定することにもなりうるので難しいと思われる。」とされた上で、不作為や事実状態の 継続を公的見解の表示と見ることにつき考慮すべき複数の要素として、不作為や事実状態 の形成や継続に税務当局が積極的に関与していると認められること、税務当局の積極的な 関与が個別の納税者との間で存在していること、納税者が手続を怠ったこと等により不作 為や事実状態の継続が形成されたものでないことを挙げられ、具体性ある主張をされた269。 ● 該当するという見解 山形地裁昭和46年6月14日判決(金属マンガン事件)270では、仮に金属マンガンが電気ガ ス税の非課税物品である合金鉄に含まれないとしても、昭和40年の地方税法改正前は自治 省の指導等により金属マンガンが合金鉄に該当するものとし、約15年間も金属マンガンを 非課税とした山形市の措置は、合金鉄は金属マンガンを含むとする一種の法的状態に類す る事実状態271を作り出したものであり、これにより原告に対し同旨の内容の信頼を付与し たものというべきであるとして、本件賦課は、右の事実状態と信頼を破壊し、長年培われ た平地に波乱を生じさせるもので著しく原告の利益を損なうものであるから、 その決定は、 合理的理由に基づき、かつ、慎重になさなければならず、これを欠く場合は信義則上違法 であると解さなければならないと判示した。 また、乙部哲郎教授は「判例が…否定する理由は、必ずしも明確でなく単に積極的行為 (作為)ではないからであるとするようにもみえる。…行政と司法との権限境界に関する …第一次判断権論を…信義則の適否に直ちに応用できるとしても、課税庁の不作為状態に 267 268 269 270 271 中川一郎「信義誠実の原則」中川一郎編『税法学体系〔全訂増補版〕 』(ぎょうせい,昭和 52 年)109 頁 金子宏・前掲注(253)130 頁。 水野忠恒『租税行政の制度と理論』(有斐閣, 平成 23 年) 257 頁。 訟務月報 18 巻 1 号 22 頁。 これに対して村井正教授は、訟務月報 20 巻 8 号(昭和 49 年)193~194 頁において「これは、法に根拠 をおかない被控訴人の誤解にもとづくものにすぎず」被控訴人の信頼は「控訴人が積極、消極のいずれ の行為もなさないまま、つまり所謂行政の第一次判断権のなされないまま被控訴人が誤解にもとづいて 得たものにすぎず、控訴人が…行った賦課決定の利益とは比較に値しない。…誤解の原因たる控訴人の 沈黙ないし不作為は、禁反原則にいう表示にはあたらないものといわなければならない。つまり本件の 場合、右の表示に値する積極的な作為性が認められないからである」と述べられている。 85 (334) もその第一次判断権の行使がみられうることは…不作為の違法確認訴訟…の導入に関する 議論からも分かるであろう。…失効の法理の場合、信頼対象適格性は行政庁側の不作為に ついてまさに問題となることにも留意すべきである。不作為や非課税事実の継続状態にも 信頼の対象適格性は認められる」272と述べられた。 5. 「何らかの行為」とはどういう行為を意味しているのか ● 申告行為に限らないとする見解 品川芳宣教授は「信頼と行為との間には直接的な因果関係を要することになる。通常、 納税者が税務官庁の公的見解の表示を信頼して何らかの行為をする場合とは、その公的見 解の表示に従ってその旨の申告をする、あるいは非課税であることを知らされて申告を思 いとどまる等の申告関係の行為に限らず、その信頼に基づいて経済上の取引を行うことが 予測されるわけであり、そのすべての行為が一応この要件の対象となろう。納税者が被っ た不利益との関連においては、申告関係の行為よりも、このような税務官庁の公的見解の 表示を信頼したことに直接結びついた経済取引の方が一層重要視される場合が多く…東京 高裁昭和41年6月6日判決のいう納税者の『特段の行動』も、主としてこのような信頼に基 づく経済取引の意味において理解されるべきでないかと思う。」273と述べられた。 中川博士は、昭和43年「なんらかの税務上の処理をしたことを要する。…税務上の処理 は必ずしも納税申告であることを要しない。税務署の青色申告指導に基づき基調整理して いたところが、所得税法150条1項のいずれかの号に該当するという理由で、青色申告承認 の取消処分がなされるごときである。」274とされていたが、昭和52年に「何らかの経済的 処理をしたことを要する。」275とされた。 ● 申告行為は含まれないとする見解 金子宏教授は「納税者が誤った表示を信頼したというだけでは納税者の利益を保護する 理由はない。これに対し、納税者がその表示を信頼して何らかの行為をした場合は、利益 状況が基本的に異なる。例えば、ある団体への寄付が特定寄付金に該当し寄付金控除の対 象となる、という表示を信頼して寄付をしたような場合には、納税者に不測の損害の生ず ることを避けるため、信頼を保護する必要がある。なお、誤った表示を信じ、その表示に 272 273 274 275 乙部哲郎・前掲注(247)75 頁。 品川芳宣・前掲注(251)25 頁。 中川一郎・前掲注(250)148 頁。 中川一郎・前掲注(267)110 頁。 86 (335) 従って申告をなすことあるいは申告をなさないことは、ここにいう行為には含まれないと 解すべきであろう。」276と主張されている。 この点について酒井克彦教授は「注目すべきは、金子教授が…申告行為は何らかの行為 に含まれないと解されている点である。…金子教授が何らかの行為を信義則の適用要件と して考えるのは、申告行為以外の何らかの行為があって初めて経済的不利益が生じると解 されているからであると思われる。」277とされ、「租税行政庁が発する誤った情報を基礎 として自己決定権を行使した場合の自己決定権侵害による経済的不利益を信義則によって 保護するという考え方(自己決定権侵害論)をもってすれば、 「何らかの行為」には原則的に 申告行為が含まれないということの法的説明はなし得ると思われる。そして、この自己決 定権侵害論を基礎にすれば、本税相当額が経済的不利益に当たる場合もあり得ることや、 「何らかの行為」に申告行為が含まれる場合もあり得ることを理論的に説明することが可 能になると考える。 」278と述べられている。 6. 「納税者が責められるべき事由」とは何か 品川芳宣教授は、納税者が税務官庁側の表示が誤りであることを知りながら、その表示 を奇貨として誤った申告をするような場合、納税者が税務官庁の表示を信頼することにお いて相応の注意義務を欠いている場合、納税者が税務官庁への照会に際し十分な事実関係 の開示を怠っている場合等には、納税者側に責められるべき事由が生じるものと解される 279 と述べられている。 金子宏教授は「税務当局の誤った表示が、納税者側における事実の隠ぺいや虚偽の報告 等、その責に帰すべき事由に基づいている場合は、納税者の信頼の保護に値しない。表示 の誤りが容易に認識しうる場合や納税者が表示の誤りに気付いている場合も同様である。 」 280 とされ、乙部哲郎教授は「税務当局側の言動を得るにあたって、納税者側に、詐欺・脅 迫・賄賂など不正な手段、重要な関係において不当・不完全な申述、または、当該の言動 の違法性を知っていたか重大な過失によりこれを知らなかったときは、原則として信頼の 正当性は認められない。 」281といわれる。 276 277 278 279 280 281 金子宏・前掲注(253)130 頁。 酒井克彦・前掲注(236)289 頁。 酒井克彦・前掲注(236)304 頁。 品川芳宣・前掲注(251)23~24 頁。 金子宏・前掲注(253)130 頁。 乙部哲郎・前掲注(247)79 頁。 87 (336) 三 考察と提言 1. 信頼の対象となる「公的見解の表示に該当するもの」は何か これについては、第三章において「法令解釈通達、事務運営指針、法令解釈に関する情 報、事前照会に対する文書回答手続による回答、質疑応答事例やタックスアンサー、税務 相談における税務職員の口頭による回答・指導、税務職員の執筆・監修による書籍等、調 査結果についてのお知らせ(申告是認通知) 」を取り上げ、既に考察している。 2. 公的見解は「税務署長等責任ある立場にある者」の表示に限定されるのか 例えば、最も裁判例の多い税務相談における税務職員の回答のケースを考えてみたい。 第三章の第四節でも述べたように、税務相談自体、税務署によるイベントであり、税務署 長等責任ある立場にある者が承認・決定して行われているものと相談者が考えることは無 理のないところである。税務署長等責任ある立場にある者が承認・決定して行われている 税務相談に、税務のプロである税務職員が回答するからこそ、わざわざ足を運ぶのではな かろうか。このような観点からすると、既述の「限定的に解する見解」のうち「当該部門 につき代表権限なき税務職員」とか「責任ある者から特に付託されてない限り」とかいう 見解は、あまりに杓子定規すぎるもののように感じる。また「税務署長その他責任ある立 場にある者の正式の見解」とか「一定の責任ある者の正式の見解」というのは、もはや「公 式見解」であり「公的見解」を超えたものではなかろうか。 既述の「限定的な見解に対する積極的意見」における碓井教授の「調査担当職員の見解 が第一次的に表示されるのが普通で…行政庁の名で見解が示されることは稀である」とい う論述は現実をとらえた重要な指摘である。また谷口教授の「重視すべきは…権限・責任 のある者による見解の表示であるかの如き外観を呈しているかどうかである。」という見 解は非常に的を射たものであり、この観点からすると、税務署長等責任ある立場にある者 が承認・決定して行われた税務相談における税務のプロである税務職員の回答は、権限・ 責任のある者による見解の表示であるかの如き外観を呈していると考えられる。いずれに しても、納税義務者が必要な情報を正しく提供しているかの方が問題であり、公的見解を 税務署長等責任ある立場にある者の見解に限定することは、現実を軽視したものであり、 適切ではないと考える。 88 (337) このような解釈を明確にするため、信義則の適用要件として新たに次のような要件を加 え、判断の物差し自体を懐の深いものにすることを提言したい。 「税務官庁が表示する意思を事実上有していたか、又は公的見解の表示がその意思の存在 を推定し得るような外観を呈していること」 これに類似した要件は、第一章で記述した表示による禁反言の適用要件の②282には掲げ られていた。このような要件が加えられるならば、現実を軽視した、あまりに杓子定規的 な判決を防ぐことができるのではなかろうか。 3. 「口頭による表示」は公的見解となりうるか 既述した否定的に解する判例は、三つとも口頭による表示が公的見解か否かの判断にお いてマイナス材料になることを示している。ただ、例えば税務相談の場合、相談者たる納 税義務者が税務のプロたる税務職員の見解の表明と認識する回答は口頭である。相談者が 文書を要求しても出さないであろう。個人的見解ではない税務のプロとしての回答が口頭 ということだけで公的見解の表示にならないのならば、税務相談そのものが単なる納税者 サービスのアリバイ作りにすぎなくなる。 したがって、口頭による表示はすべて公的見解ではないとすることは適切と思えない。 たしかに実際問題として、口頭による見解の表示をされた側において事実の存否を立証す ることは難しいが、照会者側で、例えば「誰が、いつ、どこで、誰に、どのような照会を し、どのような回答を得たか」という記録(面談録)を、当該税務職員の名刺とともに組 織内の報告資料として残しておくといったことによって、税務当局の公的な言動があった ことを推定させることはできるのではなかろうか。 4. 「税務当局の不作為」は公的見解の表示に該当するか 納税者の税務処理が長年看過されることをもって公的見解の表示とみなすのは余りに税 務行政の実態にそぐわないとする既述の品川教授の見解はもっともであり、単なる不作為 や非課税事実の継続状態は公的見解の表示に当たらないとする多くの判例も首肯しうると ころである。 282 「表示者が、事実上の表示意思を有していたか、又はその意思の存在を推定し得る場合であること」と 掲げられている。 89 (338) ただ、遅滞なく手を打つべきだったのに理不尽な状態を放置している場合には、話が違 ってこよう。すなわち、公的見解を表示する側が、表示を受ける側に対して遅滞なく発言 ないし作為の義務がある場合における黙示ないし不作為は、公的見解の表示に該当すると いわざるをえないと考える。このような「税務官庁が納税者に対し遅滞なく作為の義務が ある場合における不作為」の事例として、最高裁平成 18 年 10 月 24 日判決(ストックオプ ション行使益所得区分事件)283の事案が該当すると思われる。この事案では、ストックオ プションの権利行使益の所得税法の所得区分に関して、法令上の定めは置かれていないと ころ、課税庁は、かつてはこれを一時所得として取扱い、課税庁の職員が監修した公刊物 でもその旨の見解が述べられていたが、平成 10 年分の所得税の確定申告の時期以後、その 取扱いを変更し、給与所得として統一的に取り扱うようになった。課税庁が従来の取扱い を変更しようとする場合には、 通達を発するなどして変更後の取扱いを納税者に通知させ、 これが定着するよう必要な措置を講ずべきである。ところが、課税庁は、変更した時点で は通達によりこれを明示することなく、平成 14 年 6 月の通達改正まで放置した。このケー スで「税務官庁が納税者に対し遅滞なく作為の義務がある場合における不作為」として公 的見解の表示に該当し、他の要件も充足されるならば、信義則によって善良な納税者が不 適切な本税課税を免れたのではないだろうか。 この解釈を明確にするため、 「税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示 したこと」という信義則適用の第一の要件の後段として、次のような表現を「又は」とし て新たに追加すべきことを提言したい。 「又は、税務官庁が納税者に対して遅滞なく発言ないし作為の義務がある場合において、 黙示ないし不作為により表示がされたこと」 これに類似した要件も、第一章で記述した表示による禁反言の適用要件の①284には掲げ られていた。このような表現を判断の物差しに追加することも、杓子定規的な判決を防ぐ ことにつながるのではなかろうか。 5. 「何らかの行為」はどういう行為を意味しているのか 283 判例タイムズ 1227 号 111 頁。 284 「…又は、表示者が被表示者に対し発言ないし作為義務がある場合で黙示ないし不作為により表示がさ れたこと」と掲げられている。 90 (339) 「何らかの行為」に関する既述の学説でも指摘されているように「何らかの行為」は納 税者が被った「経済的不利益」と関連する。この納税者が被った不利益との関連から、税 務当局の公的見解の表示への信頼に基づいて納税者が行った経済上の取引はすべて「何ら かの行為」に含まれるものと解する。 また、申告行為が「何らかの行為」に含まれるか否かについては、納税者が被った不利 益との関連から次のように考える。税務官庁の誤った公的見解の表示により、当該納税者 が本来納付すべきだった金額を「超えた」金額で申告を行った場合には、現実的には税金 を払い過ぎた状況で期間が経過してしまうことが多いのではないか。逆に、税務官庁の誤 った公的見解の表示により、当該納税者が本来納付すべきだった金額に「満たない」金額 で申告を行った場合には、本税については当該納税者が不利益を被ったとはいえないが、 後述する税務職員の誤指導で所定の要件を充足する場合以外は、加算税や延滞税は免除さ れない。したがって、金額的な大きさの違いはあるが、いずれの場合でも、税務当局の誤 った公的見解の表示に基づく申告行為は 「何らかの行為」 に含まれると解すべきであろう。 6. 「納税者が責められるべき事由」とは何か 「納税者に責められるべき事由がないこと」は信義則の適用要件の中でも特に重要なも のと考えるが、納税者が責められるべき事由がないとするためには、税務当局への照会に おいて納税者が十分な事実関係の開示等を行っていることや、税務当局の公的見解の表示 を信頼するにあたり納税者が相応の注意義務を果たしていることが必要となる。 これまでの学説・判例も踏まえてまとめてみると「納税者が責められるべき事由」には、 次のようなことが該当すると考えられる。 ・ 税務当局側の見解を得るにあたって、納税者が事実の隠ぺいや虚偽の報告をしたり、 十分な事実関係の開示を怠っていること ・ 納税者が税務当局の表示の誤りに気付いていながら、あえて誤った申告をすること ・ 納税者が税務当局の表示を信頼することにおいて相応の注意義務を欠いていること 租税法における信義則の適用は納税者と税務当局との信頼関係を維持するためであるか ら、納税者側においても信義に従い誠実に行動しなければならない。 前述した信義則適用要件の追加私案(下線部分)を含めて信義則の適用要件をまとめて みると次のようになる(適用要件の表現は、 「 (表)信義則適用要件の歴史的流れ」にみら 91 (340) れるように微妙に異なっているが、本論文では、信義則の適用要件を時間の流れに従い、 次のように整理してみたい) 。 ① 税務官庁が納税者に対し「信頼の対象となる公的見解を表示した」こと、又は、税務 官庁が納税者に対し「遅滞なく発言ないし作為の義務がある場合において、黙示ない し不作為により表示がされた」こと ② 税務官庁が「事実上表示する意思を有していた」か、又は、「公的見解の表示がその 意思の存在を推定し得るような外観を呈している」こと ③ 納税者がその表示への「信頼に基づいて何らかの行為をした」こと ④ 表示を信頼し行為をした納税者に「責められるべき事由がない」こと ⑤ 税務官庁が「当初の表示に反する行政処分をした」こと ⑥ 納税者がその行政処分により「経済的不利益を被った」こと 第三節 信義則が適用されない場合の善良な納税者に対する手当て 一 問題の所在 税務当局から示された見解と異なる不利益な課税処分がなされたことによる裁判では、 善良な納税者がほとんど敗訴となっているという実態を少しでも改善すべく、本章第一節 及び第二節では、信義則が正義の要請に基づく法の一般原理であることから信義則をめぐ る裁判では個別事案が必ず検討の土俵にのせられるべきとし、その検討にあたって留意す べき具体的要件については、判断の明瞭化のために二つの要件を追加すべきとした。それ でも信義則が結果的に適用されないケースが続くならば、納税者の税務行政に対する信頼 は損なわれていくことになる。そのようなことにならぬよう、理不尽な思いをした善良な 納税者に対する手当てが講じられるべきであり、具体的にどのような手当てが可能かとい う点が本節において検討課題となる。 二 これまでの手当てと正当な理由に関する議論 納税者の税務行政に対する信頼が損なわれないための手当てとしては、信義則が適用さ れない以上、限定されたものにならざるを得ない。信義則の適用をめぐる多くの裁判事例 92 (341) から浮かんでくるのは、 「本税は仕方ないが加算税は何とかならないのか、延滞税も何とか ならないのか。」という思いである。 納税義務の免除は、合法性の原則からして、法律の根拠があり、かつ法律の定める要件 を満たす場合にのみ認められる285。以下、加算税の免除と延滞税の免除とに分けて述べて いきたい。 1. 加算税の免除 加算税は、申告納税制度及び源泉徴収などの徴収納付制度の定着と推進を図るために設 けられているもので、申告義務及び徴収納付義務が適正になされない場合に本税額に付加 的に加算されて徴収される。加算税は、国税通則法において、税法上の義務を果たさなか った結果の態様に応じ、過少申告加算税、無申告加算税、不納付加算税、重加算税の 4 種 類が定められている。 ところで、国税通則法 65 条 4 項は、修正申告又は更正に基づき納付すべき税額の計算の 基礎となった事実のうちに、その修正申告又は更正前の税額の計算の基礎とされていなか ったことについて「正当な理由」があると認められるものがある場合は、その部分につい ては過少申告加算税を課さないとしている。 この場合の「正当な理由」が認められる場合とは、具体的にどのような場合をいうかに ついて、法令上明らかでないが、国税庁は、国税通則法 65 条の過少申告加算税の賦課に 関する取扱基準の整備等を図るため、過少申告加算税、無申告加算税、不納付加算税につ いては平成 12 年 7 月 3 日付け 「申告所得税の過少申告加算税及び無申告加算税の取扱いに ついて(事務運営指針) 」のほか税目ごとの同様の事務運営指針を発遣・公開して、同指針 において、課税庁として同条 4 項の「正当な理由」があるとして取り扱う具体的「事実」 を次のように例示している(最終改正平成 24 年 10 月 19 日) 「① 税法の解釈に関し、申告書提出後新たに法令解釈が明確化されたため、その法令解 釈と納税者の解釈とが異なることとなった場合において、その納税者の解釈について 相当の理由があると認められること。 (注) 税法の不知若しくは誤解又は事実誤認に基づくものはこれに当たらない。 ② 所得税及び復興特別所得税の確定申告書に記載された税額(以下「申告税額」とい う。)につき、通則法第 24 条の規定による減額更正(通則法第 23 条の規定による更 285 金子宏・前掲注(253)682 頁。 93 (342) 正の請求に基づいてされたものを除く。)があった場合において、その後修正申告又 は通則法第 26 条の規定による再更正による税額が申告税額に達しないこと。 (注) 当該修正申告又は再更正による税額が申告税額を超えた場合であっても、 当該修正申告又は再更正により納付することとなる税額のうち申告税額に達 するまでの税額は、この②の事実に基づくものと同様に取り扱う。 ③ 法定申告期限の経過の時以後に生じた事情により青色申告の承認が取り消されたこ とで、 青色事業専従者給与、 青色申告特別控除などが認められないこととなったこと。 ④ 確定申告の納税相談等において、納税者から十分な資料の提出等があったにもかか わらず、税務職員等が納税者に対して誤った指導を行い、納税者がその指導に従った ことにより過少申告となった場合で、かつ、納税者がその指導を信じたことについて やむを得ないと認められる事情があること。」 このように上記 ④において、納税相談等における税務職員の誤指導があり、納税者がそ の指導を信じたことにやむを得ないと認められる事情があるときは、過少申告加算税を課 さない正当な理由があるものとしている(これは、申告所得税事務運営指針にのみ例示さ れており、法人税関係等他の事務運営指針には例示されていない)。 しかしながら、信義則関連で「税務職員の誤指導の場合」にのみ、そして「所得税の場 合」 にのみ、 加算税免除という納税者への救済がなされるということでよいのであろうか。 上記以外であっても加算税免除となる正当な理由に例示すべきケースはないのであろうか。 この点を検討するために、まず、「正当な理由」があると認められる場合についての主 な学説・判例をみていきたい。 (1) 学説 この「正当な理由」があると認められる場合について、平成5年、佐藤英明教授は、正当 な理由が認められるためには「税務行政の適正さを維持するための納税者の主体的行動で ある…から、それは堂々と行われなければならない。この反対に、自分に有利な解釈を勝 手にしておいて、それをできるだけ隠し、みつかったら、開き直って『挑戦』するという のでは…免除する理由とはなり得ない。」286とされた上で、納税者自身が合理的に考えて 無過失である場合や十分な情報を開示して真摯に課税庁の法解釈を争う場合には正当な理 286 佐藤英明「過少申告加算税を免除する『正当な理由』に関する一考察-IMPACT を手がかりとして」 総合税制研究 2(平成 5 年)106 頁。 94 (343) 由に該当する287と論じられた。 金子宏教授は「『真に納税者の責めに帰することができない事情があり、過少申告加算 税の趣旨に照らしても、なお、納税者にそれを賦課することが不当または酷になる場合を いう』と解すべき」として、「単なる法令の解釈や事実認定の誤りは正当な理由に含まれ ないと解すべきである」288 と論じられている。 そのほか「申告した税額に不足が生じたことが、通常の状態において納税者が知り得る ことができなかった場合や納税者の責に任じられない外的事情(例えば災害等)による場 合等が考えられる」という見解289もある。 (2) 判例 東京高裁昭和 51 年 5 月 24 日判決290は「『正当な理由がある場合』とは、例えば、税法 の解釈に関して申告当時に公表されていた見解がその後改変されたことに伴い修正申告し、 または更正を受けた場合あるいは災害または盗難等に関し申告当時損失とすることを相当 としたものがその後予期しなかつた保険等の支払いを受けあるいは盗難品の返還を受けた ため修正申告し、また更正を受けた場合等申告当時適法とみられた申告がその後の事情の 変更により納税者の故意過失に基づかずして当該申告額が過少となった場合の如く、当該 申告が真にやむをえない理由によるものであり、かゝる納税者に過少申告加算税を賦課す ることが不当もしくは酷になる場合を指称するものであって、納税者の税法の不知もしく は誤解に基く場合は、これに当らないというべきである。」と判示した。 また、神戸地裁昭和 54 年 8 月 20 日判決291は「正当な理由とは、附帯税たる過少申告加 算税の本質が、租税申告の適正を確保し、もって申告納税制度の秩序を維持するもので、 租税債権確保のために納税義務者に課せられた税法上の義務不履行に対する一種の行政上 の制裁というものであることからすれば、かかる制裁を課することが不当若しくは酷と思 料される事情の存することを指称すると解される」 と過少申告加算税の本質に触れている。 なお、東京地裁平成 8 年 11 月 21 日判決292は「通則法六五条四項に規定する『正当な理 由』がある場合とは、過少に税額を申告したことが納税者の責めに帰することができない 客観的な障害に起因する場合など、当該申告が真にやむを得ない理由によるものであり、 287 288 289 290 291 292 佐藤英明・前掲注(286)107 頁。 金子宏・前掲注(253)693 頁。 武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規,昭和 56 年加除式)3549 の 6 頁。 税務訴訟資料 88 号 841 頁。 最高裁判所民事判例集 39 巻 3 号 875 頁。 税務訴訟資料 221 号 433 頁。 95 (344) 納税者に過少申告加算税を課すことが不当若しくは酷になる場合を意味するものであって、 その過少申告が納税者の税法の不知又は誤解であるとか、納税者の単なる主観的な事情に 基づくような場合までも含むものではないと解するのが相当で」あると判示した。 「通則法 65 条 4 項にいう『正当 そして、最高裁は平成 18 年 4 月 20 日判決293において、 な理由があると認められる』場合とは、真に納税者の責めに帰することのできない客観的 事情があり、…過少申告加算税の趣旨に照らしても、なお、納税者に過少申告加算税を賦 課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するが相当である。 」 とする最高裁とし ての初めての判断を示した。 「正当な理由」があると認められる場合についての主な学説・判例は以上のようである が、「税務職員の誤指導」以外であっても加算税免除となる正当な理由に例示すべきケー スについて、日本税理士会連合会・税制審議会の答申では「課税当局の信頼できる見解に 基づいて行動した納税者について、その見解と異なる課税処分が行われた場合には、信義 則の適用がないとしても、その納税者に対しては…加算税に関する国税通則法上の『正当 な理由』があるものとして加算税を免除すべきであ…る。この点に関して、加算税の取扱 いを定めた国税庁の事務運営指針では、税務相談等における税務職員の誤指導の場合を例 示しているが…課税当局の公的見解に従って申告した後に、これと異なる課税処分が行わ れた場合にも過少申告加算税について、これらと同様に取り扱うべきある。」とされてい る。なお、同答申では、税務職員の誤指導を基因として過少申告となった場合に、過少申 告加算税を課さない正当な理由があるとしているのは、国税庁の事務運営指針のうち「申 告所得税(及び復興特別所得税)の過少申告加算税及び無申告加算税の取扱いについて」 のみであるから、税務職員の誤指導を正当な理由と解するのであれば、加算税の取扱いを 定めた他の事務運営指針においてもその旨を明記すべき旨が述べられている。 2. 延滞税の免除 延滞税は、国税の全部又は一部を法定期限内に納付しない場合に、未納税額を課税標準 として課される附帯税で(国税通則法第 60 条第 1 項他) 、私法上の債務関係における遅延 利息に相当し、納付遅延に対する民事罰の性質をもつ(合わせて、期限内に申告しかつ納 付した者との間の負担の公平を図り、さらに期限内納付を促すことを目的とする。)。法 定期限内に国税の全部又は一部を納付しないということには、期限内申告によって確定し 293 最高裁判所民事判例集 60 巻 4 号 1611 頁。 96 (345) た税額を法定期限までに完納しない場合のみでなく、期限後申告・修正申告・更正又は決 定によって、納付すべき税額が法定期限後に確定した場合も含まれる(国税通則法第 60 条第 1 項 2 号)294。 国税通則法第 63 条第 6 項では、 「同項第 1 号から第 3 号に該当する事実に類する事実が 生じた場合で政令で定める場合(同項第 4 号)には、当該各号に規定する国税に係る延滞 税につき、政令で定める期間(同項第 4 号)に対応する部分の金額を限度として、免除す ることができる」と規定され、政令で定める場合とは、国税通則法施行令第 26 条の 2 にお いて、 「火薬類の爆発、交通事故その他の人為による異常な災害又は事故により、納付すべ き税額の全部若しくは一部につき申告をすることができず、又は国税を納付することがで きない場合(その災害又は事故が生じたことにつき納税者の責めに帰すべき事由がある場 合を除く。 ) 」(同条第 2 号)とし、政令で定める期間とは「その災害又は事故が生じた日 からこれらが消滅した日以後七日を経過した日までの期間」(同条第 2 号)とすると規定 されている。 そして、税務行政に対する信頼を確保し、適正公平な課税を実現する観点から、人為に よる納税の障害があった場合における延滞税の免除について、その取扱基準の整備が図ら れ、 国税庁の法令解釈通達 「人為による異常な災害又は事故による延滞税の免除について」 において、次のように、税務職員の誤指導については、延滞税を免除できる人為による異 常な災害又は事故に該当するものとしている。 「国税通則法第63条第6項の規定による延滞税の免除については、 税務職員の誤った申告 指導(納税者が信頼したものに限る。)その他の申告又は納付について生じた人為による 障害が同法施行令第26条の2第2号に規定する『人為による異常な災害又は事故』に該当す る。 人為による異常な災害又は事故により延滞税の免除を行う場合において、税務職員の誤 指導が次の要件にすべて該当するときは、その人為による納税の障害により申告又は納付 をすることができなかった国税に係る延滞税につき、それぞれの期間に対応する部分の金 額を限度として、免除する。 ① 要件 イ.税務職員が納税者(源泉徴収義務者を含む)から十分な資料の提出があったにもかか わらず、納税申告又は源泉徴収(以下「申告等」という。 )に関する税法の解釈又は取扱い 294 金子宏・前掲注(253)687 頁。 97 (346) についての誤った指導を行い、かつ、納税者がその誤指導を信頼したことにより、納付す べき税額の全部又は一部につき申告又は納付することができなかったこと。 (注) 納税者の誤った税法の解釈に基づいてされた申告等につき、 事後の税務調査の際、 当該誤りを指摘しなかったというだけでは、誤指導には当たらない。 ロ. 納税者がその誤指導を信じたことにつき、納税者の責めに帰すべき事由がないこと。 なお、この事由の認定に当たっては、指導時の状況、誤指導の内容及びその程度、納 税者の税知識の程度等を総合して判断することに留意すること。 ② 期間 その誤指導をした日(その日が法定納期限以前のときは法定納期限の翌日とする。 ) から、 納税者が誤指導であることを知った日(そのことを郵便により通知したときは、 通常送達さ れると認められる日とする。 )以後 7 日を経過した日までの期間」 上記のように、税務職員の誤った申告指導(納税者が信頼したものに限る。)しか延滞 税免除という納税者への救済がなされないということでよいのであろうか。 平成 18 年の日本税理士会連合会・税制審議会の答申においては「この場合の具体的な救 済方法として、 延滞税についても国税通則法施行令における 『延滞税の免除ができる場合』 に該当するものとして取り扱うことが適当である。この点に関して、延滞税の取扱いを定 めた国税庁の法令解釈通達…では、税務相談等における税務職員の誤指導の場合を例示し ているが、前述した課税当局の公的見解に従って申告した後に、これと異なる課税処分が 行われた場合にも延滞税について、これらと同様に取り扱うべきある。」とされている。 三 提言 1. 加算税の免除範囲の拡大 既述した「正当な理由」があると認められる場合についての主な学説・判例からすると、 正当な理由があると認められる場合とは「過少申告したことにつき、納税者の責めに帰す ることができない客観的な事情があり、過少申告加算税の趣旨に照らしても、納税者に過 少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合」をいい、「納税者側における税法 の不知、誤解、法令解釈や事実認定の誤り及び不十分な情報開示に基づく場合」には正当 な理由があるとは認められない、とまとめられよう。 このように、真に納税者の責めに帰することのできない客観的事情があることがポイン 98 (347) トになるのであるが、結果的に善良な納税者の税務行政に対する信頼が損なわれないため の手当てとしては、税務職員の誤指導による場合だけでなく、第三章における「信頼の対 象となる公的見解」の考察から、法令解釈通達、事務運営指針、法令解釈に関する情報、 事前照会に対する文書回答手続による回答、 タックスアンサー及び税務職員執筆による 「改 正税法のすべて」に基づいた申告につきこれらの見解と異なる課税処分が行われたような 場合も、事務運営指針である「申告所得税及び復興特別所得税の過少申告加算税及び無申 告加算税の取扱いについて」 、 「法人税の過少申告加算税及び無申告加算税の取扱いについ て」 、 「消費税及び地方消費税の更正等及び加算税の取扱いについて」「相続税、贈与税の 過少申告加算税及び無申告加算税の取扱いについて」及び「源泉所得税の不納付加算税の 取扱いについて」 を改正し、 次のような例示を加えて加算税を免除することを提言したい。 「納税者が、法令解釈通達、事務運営指針、法令解釈に関する情報、事前照会に対する文 書回答手続による回答、タックスアンサー及び税務職員執筆による『改正税法のすべて』 に従ったことにより過少申告となった場合で、かつ、納税者がこれらを信じたことについ てやむを得ないと認められる事情があること。」 また、税務職員の誤指導を基因として過少申告となった場合に、過少申告加算税を課さ ない正当な理由があるとしているのは、事務運営指針のうち「申告所得税及び復興特別所 得税の過少申告加算税及び無申告加算税の取扱いについて」のみであるから、平成 18 年の 日本税理士会連合会・税制審議会の答申でも述べられているように「法人税の過少申告加 算税及び無申告加算税の取扱いについて(事務運営指針)」をはじめ、過少申告加算税・ 無申告加算税・不納付加算税の取扱いを定めた他の事務運営指針においても、「税務職員 の誤指導」を例示に加えるべきである。 2. 延滞税の免除範囲の拡大 延滞税についても結果的に善良な納税者の税務行政に対する信頼が損なわれないための 手当てとして、税務職員の誤指導による場合のみならず、第三章における考察から、法令 解釈通達、事務運営指針、法令解釈に関する情報、事前照会に対する文書回答手続による 回答、タックスアンサー及び税務職員執筆の「改正税法のすべて」に基づいた申告につき これらの見解と異なる課税処分が行われたような場合も、延滞税に係る法令解釈通達「人 為による異常な災害又は事故による延滞税の免除について」を改正し、次のような例示を 加えることを提言したい。 99 (348) 「法令解釈通達、事務運営指針、法令解釈に関する情報、事前照会に対する文書回答手続 による回答、タックスアンサー及び税務職員執筆による「改正税法のすべて」 (1) 要件 次のいずれにも該当すること。 イ 納税者が、法令解釈通達、事務運営指針、法令解釈に関する情報、事前照会に対する 文書回答手続による回答、タックスアンサー及び税務職員執筆による『改正税法のすべ て』を信頼したことにより、納付すべき税額の全部又は一部につき申告又は納付するこ とができなかったこと。 ロ 納税者が、法令解釈通達、事務運営指針、法令解釈に関する情報、事前照会に対する 文書回答手続による回答、タックスアンサー及び税務職員執筆による『改正税法のすべ て』を信じたことにつき、納税者の責めに帰すべき事由がないこと。 なお、この事由の認定に当たっては、納税者の税知識の程度等を総合して判断するこ とに留意すること。」 なお、法令解釈通達「人為による異常な災害又は事故による延滞税の免除について」に おいては、人為による納税の障害について「その他類似事由」が掲げられており、これに よって税務職員の誤指導以外の信義則に関連する事由の延滞税免除がなされることが期待 されるが、前述のように、具体的に例示し、その要件を明示する方が、運用上も明確にな ると考える。 3. 判例研究に基づく速やかな関連税法の改正 「信義則によっても救えなかった事例を教訓として、将来にわたり租税法律主義・合法 性の原則によって救っていく」という視点から、善良な納税者(特定の納税者か他の納税 者かを問わず)にとって明らかに理不尽な結果となる事例を判例などから研究し、納税者 の税務行政に対する信頼が著しく損なわれることのないよう、速やかに関連税法を改正し ていくことを提言したい。 第四節 納税者と税務当局との安定した関係維持のために 一 問題の所在 100 (349) 将来にわたって納税者と税務当局との安定した関係を維持していくために、 わが国の 「事 前照会に対する文書回答手続」 は有用かつ重要なものと考える。 第三章の第三節において、 文書回答手続につき、信義則の適用要件との関係から、納税者の保護・救済の対象となる ものか否か等について検討した。また、第四章においては、本節における提言の準備とし て、諸外国におけるアドバンス・ルーリング制度を確認し、わが国の文書回答手続との比 較を試みた。 将来にわたる税務当局と納税義務者との安定した関係の継続という視点から、 特に納税者の予測可能性を一層向上させるため、わが国の「事前照会に対する文書回答手 続」にさらに改善すべき点はないのかが本節における考察対象である。 また、文書回答手続では個々の財産評価や取引価額の算定等事実認定に属するものは対 象とはならないが、近時の社会経済情勢から、企業買収・合併等における個別の財産評価、 不動産等大きな売買に係る取引価額の算定等によって納税義務者は大きな税務リスクを抱 えるようになっており、また当該取引の税務調査の結果、争いの種にもなりかねない。将 来にわたる税務当局と納税義務者の安定した関係の継続という視点から、この点も問題点 として浮かび上がる。 さらに第四章においては、本節における提言の準備として、ドイツにおいて既に行われ た取引に関して認められている「事実問題に関する合意」について記述した。将来にわた る納税者と税務当局との安定した関係の継続という視点から、わが国において「事実問題 に関する合意」を導入する必要はないのかという点も本節において考察したい。 二 これまでの議論 1. 事前照会に対する文書回答手続 わが国の「事前照会に対する文書回答手続」に関するこれまでの主な議論は次のとおり である。 ① 対象となる取引について わが国の文書回答手続では、対象にならないものとして「個々の財産の評価や取引等価 額の算定に関するもの」が例示されているが、平成 18 年の日本税理士会連合会・税制審議 会の答申においては、「個別の財産の評価や取引等価額など事実認定に属する問題も回答 101 (350) の対象にすること」295が見直すべき点として挙げられた。 ② 処理期間について 平成 16 年、上斗米明氏は「納税者サービスの向上という観点からは、米国では採用され ていないものであるが、回答までの処理に要する期間について一定の目途を示すことが望 ましいと考えられる」296と述べられ、同年、酒井克彦教授は、照会してからどの程度待つ かという予測可能性の確保のためにも「照会に対する処理に通常要すべき標準的な期間と しての標準処理期間の設定が必要ではないだろうか。」297と問題提起された。また、日本 税理士会連合会・税制審議会の答申においても「課税当局の行う回答について期間の定め を設けること」298が見直すべき点として挙げられた。 ③ 手数料について ドイツでは料金徴収に違憲論もあったが有料化された。 上斗米明氏は「照会件数が急増し事務負担が増加した場合、一件当たりに多くの事務量 を要する個別サービスの性格が強いものを無料で提供することの是非についても検討する 必要があろう」299と述べられ、酒井克彦教授は「我が国における文書回答手続が無料であ ることは、濫用に対する防禦を適用対象範囲の制限という形で行わざるを得ないことを意 味している。しかしながら予め適用対象を制限することは、本来的に利用が許されるべき 照会に対してその利用を制限することにもなりかねない。今後の利用件数等の推移をみた 上で、適用対象の見直しを行うことに加えて、手数料有料化に係る積極的な検討を行うべ きではなかろうか。」300と主張された。 また、平成 22 年、神山弘行准教授も「真摯な納税者とそうでない納税者を峻別するため に、(真摯な納税者にとって)過度の負担にならない程度の申請手数料を賦課することは合 理的であろう。 」301と述べられた。 なお、平成 21 年、手塚貴大教授はドイツの料金徴収について「現在のところ税務行政は 業務量とリソースとの不均衡に悩まされている状況のもとでは料金徴収は納税義務者の法 295 296 297 298 299 300 301 日本税理士会連合会・税制審議会「納税者からみた税務行政の今日的問題点について-平成 17 年度諮 問に対する答申-」(平成 18 年 3 月 27 日)10 頁。 上斗米明「文書回答手続の見直しについて―グローバルスタンダードな納税者ガイダンスの整備に向け て―」税研(平成 16 年 5 月)25 頁。 酒井克彦「事前照会に対する文書回答手続の在り方」税大論叢 44 号(平成 16 年 6 月 30 日)713 頁。 日本税理士会連合会(税制審議会)前掲注(295)10 頁。 上斗米明・前掲注(296)25 頁。 酒井克彦・前掲注(297)705 頁。 神山弘行「事前照会制度に関する制度的課題《研究ノート》」経済産業研究所ディスカッション・ペー パー・シリーズ(平成 22 年 6 月)23 頁。 102 (351) 的安定性と課税庁の事務負担とを調整する立法政策と思われる。 」302と解説された。 ④ 回答の法的拘束力について 日本税理士会連合会・税制審議会の答申においては「回答した内容については、納税者 から提供された情報資料の範囲で課税当局は拘束されること」が見直すべき点として挙げ られており、平成21年、平川英子氏は「照会者たる納税者の法的安定性を確保するととも に、照会者以外の納税者に対して平等取扱いを保障するという観点からは、法律上、文書 回答に法的拘束力を付与することが求められよう。」303と明快に述べられた。さらに、平 成22年、石井道遠氏は「我が国の事前照会制度はその内容において、主要国、特に米国と 比べても遜色のないものになっている。但し、多くの国と異なり…信義則の法理の適用に よる場合を除けば、原則として法的拘束力をもたない、という課題を抱えていることに留 意する必要がある。」304と指摘された。 ⑤ 法制度化について 上斗米明氏は「(文書回答)手続の活用が進み、納税者及び当局の事務運営において定着 がなされた段階で、必要があれば米国のように文書回答の法的位置付けについて、より明 確化を検討することも中長期的な課題となろう」305と慎重な言い回しをされている。 酒井克彦教授は「文書回答手続を法制化することは、法治主義の原則に沿うこと、納税 者サービスを明確にすることができること、 透明性のある行政を確保し得ることのほかに、 法的拘束力を付与するための法的基礎となる」306と述べられ、平成 17 年、増井良啓教授は 文書回答手続につき「立法と行政の役割分担からして、この手続については法律上の直接 の根拠を設けることが本来は望ましい。 」307と指摘された。日本税理士会連合会・税制審議 会の答申においても「納税者と課税当局との信頼性を高めるとともに、適正な運用を図る ためには、国税通則法などの法律に基づく手続とすることが望ましい。」308とされ、平川 英子氏も「文書回答手続は、納税者の権利・利益に関わる重要な事項であるし、また法律 302 303 304 305 306 307 手塚貴大「租税手続における事前照会」租税法研究 37 号(平成 21 年 7 月)50 頁。 平川英子「フランス租税行政における文書回答制度」税務事例 473 号(平成 21 年 2 月)27 頁。 石井道遠「タックス・コンプライアンスを巡る国際的連携の動きと我が国の政策対応の在り方(試論) 」 経済産業研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ(平成 22 年 6 月)44 頁。 上斗米明・前掲注(296)25 頁。 酒井克彦・前掲注(297)694 頁。 増井良啓「租税法の形成におけるアドバンス・ルーリングの役割」COE ソフトロー・ディスカッション・ ペーパー・シリーズ COESOFTLAW-2005-1(平成 17 年)12 頁。 308 日本税理士会連合会(税制審議会)前掲注(295)10 頁。 103 (352) による行政の原理からしても、同手続を法律上の制度として位置付ける必要があるのでは ないだろうか。」309と述べられた。 手塚貴大准教授は「アドバンス・ルーリング制度の法制化…により一定の要件のもとで ルーリングが付与されることになれば、納税義務者の予測可能性を大いに高めることにな る。法律上ルーリングの発給要件を明確にし、信義則でなく行政行為あるいは法律に基づ きルーリングの拘束力を承認することにより、納税義務者にとってその拘束力は確実にな る。 」310と論じられた。 2. 事実問題に関する合意 ● 「租税上の合意」の議論 第一章でも若干触れたが、租税上の合意について藤田宙靖教授は「租税法における当事 者間の合意の効力が問題とされるのは…もっぱらそれが租税法律主義原則に抵触するかぎ りにおいてのことであって、そのような問題が生じないかぎり、おそらく、合意の効力一 般を否定せねばならぬ理由はない。たとえば、税務行政庁に法律自体が一定の裁量権を与 えている場合、その裁量の範囲内で納税者と特定の合意乃至諒解に達したようなときには (もとよりその授権自体が租税法律主義原則に違背せぬかの問題は別に生じうるが) 、 それ を契約の効果として構成するか信義誠実則の適用として構成するかはともかく、いずれに せよ相手方の信頼は当然保護されてしかるべき場合が考えられるであろう」311として、柔 軟な見解を述べられている。 また、1993年(平成5年)の論文「租税手続における合意」においてドイツのロマン・ゼ ーア教授は、租税手続法においても行政契約312や協議、確約など合意形成的行為形式が現 実に存在していることを指摘され、納税者と税務当局との合意を行政契約と解しても法律 による行政の原理(租税法律主義)に一義的に違反するものではないことを論証された。 すなわち、租税手続においては、行政契約に関する法律上の明確な授権は存在しないが、 反面、行政契約を禁止する明文規定も存在しない。立法者は、租税手続における行政契約 309 310 平川英子・前掲注(303)27 頁。 手塚貴大・前掲注(302)60 頁。 311 藤田宙靖「当事者間の合意の効力」別冊ジュリスト 17 号(昭和 43 年)45 頁。 312 行政契約とは、当事者の一方又は双方が行政主体である契約、すなわち国や地方公共団体がその相互間 又は国民との間で結ぶ契約をいう。行政契約は公法契約と私法契約とに分けられる。公法契約は、既述 のように、土地収用法上の協議等が該当し、私法(民法等)による契約たる私法契約は、官公庁の建物 の建築請負契約等が該当する。 104 (353) の実務に委ねる態度をとっている。したがって、論じるべきことは、行政契約という行為 が租税手続において許容されているかどうかではなく、租税手続における行政契約の内容 が法律による行政の原理(租税法律主義)の要請を充足しているかどうかである。 ロマン・ゼーア教授によれば、事実問題に関する合意のみならず法律問題に関する合意 も、特に不確定法概念313が使用されている場合、その必要性は十分に認められるとして、 ①税務当局と納税者間で租税上重要な事実関係ないし法律問題が不明確であること、②当 該不明確性が第三者の客観的観察によっても認められること、③当該契約がその内容から 見てその不明確性の解消を目的としていること、④第三者の客観的観察によっても当該契 約が明らかに不合理な課税を招来しないこと、という四要件を充足すれば、租税上の合意 は行政契約として有効であるとされ、積極的に租税上の合意を認知された314。 さらに、平成12年、吉村典久教授はドイツにおける判例を検討された上で「租税上の合 意に関するドイツの判例の傾向として注目すべきことは、租税法における税務行政庁と納 税義務者との合意について、それは租税法律主義や租税平等原則の観点から一律にその存 在自体認められないとするのではなく、近年、租税上の合意を部分的に認めつつ、その有 効性を認定する個別要件を模索し始めているという点である。この点、租税上の合意の存 在自体否定する日本の有力な判例・学説の態度とは大きく異なる。今後の課題として、租 税上の合意が抱える法的問題の解決策の提示やドイツの議論を日本に応用するための環境 整備が必要となるであろう。」315と指摘された。 ● 「事実問題に関する合意」の議論 平成21年、手塚貴大准教授は「事実に関する合意が…申告納税制度があるわが国の税制 のもとで、どのように受容され、どのように応用しうるかについて今後検討すべきであろ う。仮に受容するとした場合、少なくともわが国での租税法上の公法契約の発展が必要で ある。…事実に関する合意について公法契約による拘束力の承認が理論上優れて」おり「そ の方向での展開が望まれる。 」として、公法契約を根拠とする事実に関する合意の検討を主 張された316。 313 314 315 316 不確定法概念とは、例えば「不相当に高額」 、 「相当期間」のような中間目的ないし経験概念を内容とす るものである。 吉村典久「書評:ロマン=ゼーア著『租税手続における合意』」専修大学法学研究所所報(平成 13 年) 14~19 頁参照。 吉村典久「ドイツにおける租税上の合意に関する判例の展開」金子宏先生古稀祝賀『公法学の法と政策 (上)』(有斐閣, 平成 12 年)266 頁。 手塚貴大・前掲注(302)60 頁。 105 (354) また、平成22年、石井道遠氏は、拘束力のある情報提供や事実問題に関する合意は「長 い間の判例の蓄積というドイツ固有の事情があって始めて可能になったものと思われるが、 理論的に、拘束力のある情報提供という法規定や事実上の合意という行政上の契約概念な どが租税法律主義や合法性の原則との関係でどのように理解・整理されているのか、そし て、 それを我が国の法制度や判例に生かすことが可能か、 今後更に研究する必要があろう。 …ドイツにおける判例・学説の論点とされてきた事実上の合意や公法契約の概念を、 今後、 我が国においても法制度や判例、行政運営に活用していく余地がないか検討することが一 つの課題となるのではないか。」317と指摘された。 三 提言 1. 事前照会に対する文書回答手続の更なる改善 わが国の文書回答手続を更に有用なものとするために、次のような更なる改善を行うこ とを提言したい。 ① 対象となる取引について わが国の文書回答手続では、事実問題に属する「個々の財産の評価や取引等価額の算定 に関するもの」は対象にならないとされているが、既述のようにドイツでは、既に行われ た取引に対し、判例・通達において、課税当局と納税義務者との間の拘束力をもつ「事実 問題に関する合意」が認められている。企業買収等の財産評価や不動産等の取引価額算定 等、 個々の財産評価や取引価額の算定に関する照会のニーズは多いと推測され、 それゆえ、 日本税理士会連合会・税制審議会の答申においても文書回答手続の見直し点の一つに挙げ られたのであろう。 この「個々の財産の評価や取引等価額の算定に関するもの」は事実認定に属するもので あり、これについては「2 事実問題に関する合意制度の導入」において述べてみたい。 ② 処理期間について わが国では、原則 3 か月以内の極力早期に回答するよう努めるとされているだけで回答 について期間の定めは設けられていないが、照会してからどの程度待てば回答がくるのか という目安を示すことは、申告時期との兼ね合いで照会する側にとっては重要なポイント である。照会する側に配慮し、照会に対する処理に通常要すべき標準的な期間としての標 317 石井道遠・前掲注(304)71 頁。 106 (355) 準処理期間の設定は必要と考える(なお、平成 23 年 3 月の改正で、受付日から概ね 1 月以 内に、それまでの検討状況から見た処理の時期の見通し等を口頭で説明することになった ので、照会内容が複雑で標準処理期間を超えるとみなされるものについての手当てもされ ているといえよう)。 ③ 手数料について わが国における文書回答手続が無料だから、適用対象範囲を制限することで文書回答手 続の濫用を防いでいるということであれば、それは好ましくない。文書回答手続を活用す るニーズが高いのは、利益水準の高い大企業と富裕層であり、アメリカやドイツのように 手数料有料化に踏み切ったとしても大企業や富裕層にとっては活用するか否かの意思決定 には影響しないであろう。 有料化する場合、照会内容としては個別性の強いものが多くなってくると予想されるた め、 料金体系を照会内容による税務当局側の負担の度合いに応じたものにすべきと考える。 ④ 回答の法的拘束力について アメリカ、フランス、イギリス、ドイツと異なり、わが国では発出されたルーリングに 税務当局は拘束されないというのは問題である。少なくとも次のような改善策が必要と考 える。 ・ 照会者がその回答に依存する処理を行った場合、回答内容について、照会者から提供 された情報の範囲内で、税務当局には信義則に基づく拘束力が生じるという点を事務運 営指針で明確化する。 ・ 一定期間における回答をまとめた「文書回答手続による回答事例集」を定期的に公表 させる。これにより、当該回答事例集に沿った処理をする納税義務者が現れてくること を予測させるという点で税務当局にプレッシャーを与える。 ・ 事柄の内容によっては「文書回答手続による回答事例集」の公表にとどまらず速やか に個別通達化して税務当局内部の拘束力を強める。 ⑤ 法制度化について 文書回答手続を現在の事務運営指針レベルの制度から法的根拠のある制度にするには多 大なエネルギーと時間が必要である。まず、回答の法的拘束力につき前記④のような手当 てをした上で、文書回答手続の法制度化について議論を重ねていくべきと考える。 ⑥ 回答を客観的に検討する仕組みについて 現在は国税庁の内部の人のみによる検討を経て文書回答が行われている模様であるが、 107 (356) 複雑な取引や新しい取引については、当該取引に精通した専門家も回答検討の場に参加さ せ(当然、事案に係る守秘義務を負わせ)、照会に対する回答を客観的に検討する仕組みを 作ることも必要と考える。 以上の改善によって、わが国の文書回答手続が、一層、納税者の予測可能性向上に資す る有効な手段となることを期待したい。 なお、実際の文書回答手続では法律解釈の問題が大半と思われるが、法律解釈であるな らば、照会者が文書回答を信頼して申告し、税務当局が間違った文書回答をしてしまって いた場合であっても、合法性の原則から、税務当局はその文書回答にとらわれることなく 正しい法律解釈で課税することになると考えられる。そうすると、照会者は当然理不尽な 思いをし、信義則の観点から訴えを起こすかもしれない。従来は、信義則に関するほとん どの判例で結果的に納税者側敗訴となっていたが、文書回答手続をめぐる税務訴訟の場合 には、文書回答手続自体は公的見解に該当し、照会者に判断のため必要十分な資料提出を 追加を含めて求める文書回答手続ゆえ、照会者は必要十分な情報を提供していたとして、 信義則適用の是非を検討した裁判所が、信義則の適用を認め照会者を救済する可能性は高 いのではなかろうか。 また、事前照会に対する文書回答手続において、照会する側においても信義則が働くこ とを忘れてはならない。十分な情報を提供しようとせず自らに都合のいい情報のみ提供し て有利な回答を得ようとするのは、信義則の観点から認められない。これは税務相談にお ける相談者においても全く同様である。 2. 事実問題に関する合意制度の導入 和解とおぼしき合意について、金子宏教授は「実際には、裁判上または裁判外において 和解とおぼしき合意がなされることは必ずしも稀ではない、たとえば、平成 15 年 10 月、 東京都のいわゆる銀行特別税について東京都と銀行側が最高裁判所において和解を行った」 318 と指摘される。また、金子教授は「法律の根拠に基づくことなしに、租税の減免や徴収 猶予を行うことは許されないし、また納税義務の内容や徴収の時期・方法等について租税 行政庁と納税義務者との間で和解なり協定なりをすることは許されない。…もっとも、現 実の租税行政においては、当事者の便宜や能率的な課税等のために、たとえば収入金額な 318 金子宏『ケースブック租税法〔第 3 版〕 』 〔金子宏・佐藤英明・増井良哲・渋谷雅弘編著〕 (弘文堂,平 成 23 年)70 頁。 108 (357) り必要経費の金額なりについて和解に類似する現象が見られないではないが、これは、法 的にみる限りは、両当事者の合意になんらかの法的効果が結びついたというのではなく、 納税義務者と租税行政庁との話し合いの結果が、租税行政庁による課税要件事実の認定に 反映したものと理解すべきであろう。 」319と述べられている。このロジックからすると、事 実認定に属する問題は、法令解釈に属する問題に比べ合法性の原則との調整の壁は低く、 実務上、税務当局に裁量が認められる余地があるのではないかと考える。 石井道遠氏は、前述のように金子教授が、現実の租税行政において、当事者の便宜や能 率的な課税等のために和解に類似する現象が見られないではないとして、税務行政におけ る「現実」に目を向けていることに注目され、金子教授による話し合いの結果が、租税行 政庁による課税要件事実の認定に反映したものと理解すべきという考え方を一歩進め、 「話 し合いの結果を租税行政庁による課税要件事実の認定に(可能な限り積極的に)反映させ る仕組み」すなわち、 ① 法令上の根拠に基づく「行政手続」320の一環として ② 課税当局による課税要件事実の認定に当たり、情報の全面開示など透明性の確保を条 件に、納税者に課税当局との事前の協議・確認(話し合い)321を行うことを認め、 ③ 課税当局は、可能な限りその「結果」 (双方の認識が一致すれば「事実上の合意」とな る)を尊重して当該事実認定に反映させる というような仕組みが可能かどうか検討することも有益ではないか322と主張されている。 わが国において既に、通達によるものではあるが、これに近い手続として「移転価格税 制323に関する事前確認」制度がある。 319 金子宏・前掲注(253)78 頁。 320 一般に行政手続とは、広義で、行政庁の行為に関わる事前手続と事後手続を含んだ意味であるが、行政 手続法では、行政庁が一定の行為をする場合の事前手続のことをいう。 321 322 323 木村弘之亮『租税法総則』(成文堂,平成 10 年)107 頁では「事実上の相互協議は学説上次第に和解契約 として昇格されている。 」との記述がある。 石井道遠・前掲注(304)71~72 頁。 移転価格税制は、国外の関連企業(国外関連者)との取引を通じた海外への所得移転に対処し、適正な 国際課税の実現を図る観点から、昭和 61 年度税制改正で導入された制度で、現在、主要先進国をはじ め 40 ヶ国以上で導入されている。本税制の基本的仕組みは、法人と国外関連者との取引価格が第三者 間の取引価格(独立企業間価格)と異なることにより、我が国の課税所得が減少している場合に、その 取引が独立企業間価格で行われたとみなして所得を計算するというものである。 109 (358) 移転価格税制に関する事前確認とは、移転価格課税に関する納税者の予測可能性を確保 するため、納税者の申出に基づき、その申出の対象となった国外関連取引に係る独立企業 間価格の算定方法及びその具体的内容等について、税務署長等が事前に確認を行うことを いう。昭和 62 年(1987 年)にわが国が世界に先駆けて導入した施策であり、その後、米 国(1991 年)に続き、カナダ(1994 年)、豪州(1995 年)、韓国(1996 年)、中国(1998 年) に導入され、 現在では 30 ヶ国以上で導入されている。 移転価格税制に係る事前確認は、 個別性・秘密性が極めて高いという事情があるため、既述の文書回答手続とは別の手続と して設けられている。 石井道遠氏は「現在の『事前確認制度』を基礎としながらも、①これに行政手続として の「法令上の根拠」を与え(もちろんそれが可能か検討を要するが)、②リアルタイムで の問題解決という「制度の趣旨」を明確にした上で、③制度の対象を広く一般化すること により、課税当局に対する(更には、当事者間における)「事実上の」、ないし「実質的 な」拘束力を強め、ひいてはこれが、その後の司法判断における「信義則の法理」の適用 にも何がしかの影響を与えることが期待できるのではないかと思われる。」324と論じられ ており、共感できるところである。 おもうに、将来にわたって納税者と税務当局との安定した関係を続けるために、実際上 の必要性から、わが国における新たな制度として事実認定に属する問題に限定した「事実 問題に関する合意」の導入を検討すべきである。すなわち、租税法律主義や租税平等原則 の観点から納税者と税務当局との合意は認められないが、事実認定に属する問題に限定し て、不明確性が客観的に認められる事実関係につき、その解明が難しい場合325には、課税 の効率性の促進及び法的安定性と予測可能性の確保のため、事実問題に関する合意は認め られると考え、制度として導入してはどうかということである。 新たな制度といっても事実問題に関する合意制度を一から構築していく必要はなく、わ が国が世界に先駆けて導入した「移転価格税制に関する事前確認」制度の仕組みをベース に工夫する方が現実的である。 324 石井道遠・前掲注(304)73 頁。 325 ヤン・グロテア(前ドイツハンブルグ財政裁判所所長)は租税法学会第 40 回記念講演「ドイツにおける 財政裁判所の手続―“事実に関する合意”を中心に―」において、「判例によれば、合意は法律問題を 対象にすることは許されず、事実関係の解明が困難である場合、その解明のみを対象とする。典型的な 例は、推計、不動産価格や企業価値の解明などである。」と述べられている。 110 (359) 日本税理士会連合会・税制審議会の答申で「事前照会に対する文書回答手続」の見直し 点の一つに挙げられた「個々の財産の評価や取引等価額の算定に関するもの」は、照会ニ ーズが多いと推測される事実認定に属する取引であり、文書回答手続ではなく事実問題に 関する合意の対象取引として対応してはどうかと考える。 事実認定に属する問題に限定するのは、既述したように、税務行政における現実に目を 向けた金子教授の「当事者の便宜や能率的な課税等のために…和解に類似する現象…は… 納税義務者と租税行政庁との話し合いの結果が、租税行政庁による課税要件事実の認定に 反映したものと理解すべき」というロジックから、法令解釈に属する問題に比べ事実認定 に属する問題は合法性の原則との調整の壁は低く、実務上、税務当局に裁量が認められる 余地があるのではないかと考えるからである。 そして、事実問題に関する合意は、公法上の効果の発生を目的とし対等な当事者間の意 思表示の合致によって成立する契約たる「公法契約」概念をその根拠とすべきと考える。 なぜなら、かつてのドイツの判例の流れにあった「信義則」を根拠にする場合には、合意 に基づく納税者の何らかの行為があって初めて拘束力が生じるという難点があるからであ る。 既述したロマン・ゼーア教授の 1993 年(平成 5 年)の論文では、事実問題に関する合意 のみならず法律問題に関する合意をも含められているのであるが、それは租税法律主義の 観点から許されないと解する。これを事実認定に属する問題に限定した上で、納税者・税 務当局間で事実関係が不明確で、その不明確性が客観的に認められ、合意が不明確性の解 消を目的としていて、明らかに不合理な課税を招来しないことが客観的に認められるよう な場合には、事実問題に関する合意をわが国でも認めてよいのではなかろうか。 また、重要な点として、納税者の予測可能性を高める観点から、事実問題に関する合意 は取引前・取引後を問わないものとしてはどうかと考える。ドイツにおける事実問題に関 する合意は、原則として過去に生じた事実に関する合意を指すが、将来発生する事実につ いても合意は可能であるとのドイツにおける学説があり、手塚准教授は「この点で事実に 関する合意はなお事前照会として機能しうる。 」と述べられている326。 さらに、事実認定に属する問題に係る税務当局との事前の話し合いにおいて、納税者が 必要な情報を全面的に開示することが非常に重要であり、その「必要情報開示義務」を事 実問題に関する合意のルール上明確化しておくことも必須と考える。なお、事実問題に関 326 手塚貴大・前掲注(302)51 頁。 111 (360) する合意においても、客観的な判断を得るため、文書回答手続と同様に当該取引に精通し た専門家が現場に直接参加し合意に向かって検討する仕組みが必要であろう。 事実認定に属する問題につき、事前に「事実問題に関する合意」をすれば、納税者が大 きな税務リスクを抱えなくなり、税務当局の一方的な決定により生ずるその後のトラブル を未然に防ぐことができるとともに、今日における税務上の事実関係の複雑さに対して情 報量の豊富な納税者と事実関係の解明を行うことにより、税務当局の情報収集コストの節 約や知識アップにもつながると考えられる。すなわち、事実問題に関する合意は、納税者 の法的安定性と予測可能性に資する有効な手段であり、また、税務当局にとっても情報収 集コストの節約や事後の訴訟を回避するための有効な手段となる。 このように、移転価格税制に関する事前確認制度を世界に先駆けて導入したわが国にお いて、課税の効率性を促進し法的安定性と予測可能性を確保するため、ドイツにおける事 実上の合意や公法契約の概念をわが国においても応用・活用していく「柔軟性」が今日、 強く求められるところである。 112 (361) おわりに 租税法の原則を形式的に適用したために弊害が生ずる場合がある。これを回避するため の知恵の一つとして信義則の適用があり、またそれが適用されない場合における知恵も必 要となる。本論文では、まず租税法分野における信義則適用に係る論点及びその適用要件 吟味の際の論点について検討し、高すぎると思われる適用のハードルを妥当な水準に戻す ための「結論の明確化」と「公的見解の表示に係る提言」を行った。また、信義則の適用 が否定された場合における善良な納税者に対する配慮策として、加算税や延滞税の免除範 囲を法令解釈通達や文書回答手続での回答等の場合にも拡大すること及び納税者にとって 理不尽な事例を研究し速やかに関連税法を改正していくことを提言した。さらに、納税者 と税務当局との安定した関係維持のために、文書回答への税務当局側の拘束についての事 務運営指針での明確化や外部専門家の直接参加による回答の客観的検討等の「文書回答手 続の更なる改善案」を提示するとともに、文書回答手続では対象とされていない事実認定 の問題への対処として、公法契約概念を根拠とし、取引前・取引後を問わない「事実問題 に関する合意の導入」を提案した。納税者の税務行政に対する信頼が損なわれていかぬよ う、以上のような各種改善策を検討し実現していくことが、将来にわたる納税者と税務当 局との安定した関係に向けて有効なのではなかろうか。 信義則に関係するこれまでの判例をみればみるほど、信義則の適用要件を充たさないこ とで結果として納税者が泣かざるをえなかった事例が圧倒的に多いように感じられる。こ のような実態から、税務当局の見解を信頼して行動した善意の納税者には、一定範囲で保 護と救済が図られるべきである。ただ、納税者が「税務職員に相談すること」や「雑誌や 書籍を読むこと」だけで安易に問題を解決しようとするから、結果的に大きな被害を招い ていることも多くの判例が示している。 平成22年度税制改正大綱では、納税者の立場に立ち「公平・透明・納得」の税制を築く ことが閣議決定され、平成23年度税制改正では、納税者の利益保護と税務行政の適正・円 滑な運営確保の観点から、納税環境の整備に向け引き続き検討を行うことが附則に定めら れた。そして既述のように、平成24年度税制改正大綱においては、税務行政につき納税者 の信頼を確保するためには、納税者の立場に立ち納税環境の整備を不断に図っていくこと が重要とされている。 このような観点からすると、納税者と税務当局との安定した関係に向けての最大のポイ 113 (362) ントは、納税者・税務当局双方の「透明性」の改善であるといえよう。税務当局には、さ らなる必要情報の公開、説明責任が求められていると考えられ、納税者においても、税務 当局への正確な情報の十分な開示、請求される資料への迅速な対応等が求められていると 考えられる。「納税者の税務当局に対する信頼を保護すること」とともに「税務当局の納 税者に対する信頼を保護すること」も同様に重要であり、その「相互の信頼関係」という ものが、納税者と税務当局との安定した関係の源といえるのではなかろうか。租税におけ る正義とは、納税者と税務当局がともに相互の信頼関係維持のため誠実に行動することで あろう。 114 (363) 昭和43年:中川一郎 昭和49年:品川芳宣 (表)信義則の適用要件の歴史的流れ 昭和40年:東京地裁 ① 税 務 官庁 が納 税者 に 対 し 信頼 の対 象と な る 公 的見 解を 表示 したこと 昭和44年:原龍之介 表示による禁反言 ① 納 税 義務 者の 信頼 ① 納 税 者に 、行 政庁 の 対 象 とな るよ うな の 助 言 ・指 導等 に基 税 務 官 庁 の 言 動 が づ き 課 税な いし 非課 あったこと 税 が 行 われ ると いう 一 種 の 予測 また は信 頼 を 与 えて いる よう な場合 ② 納 税 者が その 表示 を 信 頼 し、 その 信頼 過 程 に おい て責 めら れ る べ き事 由を 有し ないこと ④ 税 務 官庁 が当 初の 信 頼 の 対象 とな る公 的 見 解 の表 示に 反す る 行 政 処分 をし たこ と ⑤ 納 税 者が その 行政 処 分 に より 救済 に価 す る 経 済的 不利 益を 被ったこと 昭和50年:札幌地裁 ① 行 政 庁の 表示 を信 頼 し て 行為 する こと が 一 般 的見 地か ら無 理 か ら ぬ事 情が ある こと ③ そ の 信頼 を裏 切ら れ る こ とに よっ て相 手 方 が 不足 の損 害を 蒙る場合 昭和51年:金子 宏 ① 租 税 行政 庁が 納税 者 に 対 して 信頼 の対 象と なる 「公 の見 解」を表示したこと ② 納 税 者の 信頼 が保 護に値すること 昭和51年:静岡地裁 ① 課 税 庁の 表示 を信 頼 し て 行動 する こと が 一 般 的見 地か ら無 理 か ら ぬこ とと 考え ら れ る 事情 があ るこ と ④ こ の ため に納 税者 が 不 測 の損 害を 蒙っ たこと ③ 後 に なっ て課 税庁 が 当 該 表示 に抵 触す る処分をしたこと ③ 納 税 者が その 信頼 ② そ の 表示 によ って ③ 納 税 者が 表示 を信 ② 納 税 者が 当該 表示 に 基 づ き何 らか の行 相 手 方 が利 害関 係を 頼 し そ れに 基づ いて を 信 頼 して 一定 の行 「 何 ら かの 行為 」を 動をとったこと 為をしたこと 変更したこと したこと ① 行 政 庁の その 行動 が い か なる 手続 、方 式 で 、 相手 方に 表明 さ れ た か( 一般 的の も の か 特定 の個 人に 対 す る 具体 的な もの か 、 口 頭に よる もの か書 面に よる もの か 、 そ の行 動を 決定 する に至 った 手続 等) ② そ の 信頼 に基 づき 行 動 し た納 税者 の利 益 が 保 護に 値す るも のと考えられるとき ① 表 示 者と 表示 の相 手方 との 間に 、言 動 、 挙 動に より 表示 がさ れた こと 。又 は 、 表 示者 が被 表示 者 に 対 して 、発 言も し く は 作為 の義 務が あ る 場 合で 、黙 示も し く は 不作 為に より 表示がされたこと ④ 相 手 方が それ を信 頼 す る こと が無 理で な い と 認め られ るよ う な 事 情に あっ たか どうか ③ 納 税 義務 者が 税務 官庁 の言 動を 信頼 し 、 そ の信 頼を 基礎 と し て 、な んら かの 税 務 上 の処 理を した こと ② 税 務 官庁 の言 動を 納税 義務 者が 信頼 し 、 し かも 信頼 する こ と に つい て納 税義 務 者 を 責め るべ き事 由がないこと ④ 税 務 官庁 が自 己の 言 動 に 反す るよ うな 税 務 行 政処 分を した こと ⑤ 税 務 行政 処分 によ り 納 税 義務 者が 経済 的 に 不 利益 を受 けた こと ⑥ 納 税 義務 者に 、税 務 官 庁 の言 動に 関連 し て 、 背信 行為 のな いこと ① 税 務 官庁 が納 税者 に 対 し 、信 頼の 対象 と な る 公的 見解 を表 示したこと 昭和62年3月:横浜地裁昭和62年10月:最高裁 昭和54年:東京地裁 昭和58年:東京地裁 昭和52年:札幌地裁 ③ こ の 信頼 に反 する そ の 後 の課 税処 分に よ り 重 大な 不利 益を 被ったこと ② 納 税 者が 租税 行政 ④ 納 税 者に 何ら 責に 庁 の 見 解の 表示 を信 帰 す べ き事 由が ない 頼 し た こと がや むを こと 得 な い と認 めら れる 場合であること ③ 表 示 に反 する 課税 処 分 が 行わ れ、 その た め 納 税者 が経 済的 不利益を受けたこと ④ 表 示 を信 頼し 行動 し た こ とに つき 、納 税 者 の 責め に帰 すべ き理由のないこと ② 納 税 者が その 表示 ② 納 税 者が その 表示 を 信 頼 し、 その 信頼 を 信 頼 して 、行 動し に 基 づ いて 何ら かの たこと 行為をしたこと ① 租 税 行政 庁が 納税 ① 租 税 行政 庁が 納税 ① 税 務 官庁 がそ の責 者 に 対 して 信頼 の対 者 に 対 して 信頼 の対 に 帰 す べき 事由 によ 象 と な る公 の見 解を 象 と な る公 の見 解を り 、 納 税者 に対 し、 示したこと 表示したこと 信 頼 の 対象 とな る公 的 見 解 を表 示し たこ と ② 納 税 者の 信頼 が保 護 に 値 する もの であ ること ③ 納 税 者が 租税 行政 庁 の 当 該見 解を 信頼 し 、 そ れに 基づ いて 何 ら か の行 為を した こと ① 納 税 義務 者が 信頼 し た 行 政庁 側の 行動 (す な わ ち 誤 っ た 内 容 を 明 らか にす るこ と は 勿 論、 その 行動 が い か なる 手続 や方 式 に よ りな され たも のであるか等) ② 行 政 庁側 の行 動を 納 税 者 が信 頼し たこ と が 正 当な 理由 を持 つか否か ③ 信 頼 して 行為 しあ る い は 行為 しな かっ た こ と によ る不 利益 の内容 ④ そ の 不利 益を 回復 す る 場 合に おけ る他 の 納 税 者と の均 衡の 程度 (364) ② 表 示 者が 、事 実上 表 示 意 思を 有し てい た か 、 又は その 意思 の 存 在 を推 定し 得る 場合であること ③ 表 示 の相 手方 が、 その 表示 を信 頼し て 、 不 利益 にそ の利 害 関 係 を変 更し たこ と ② 行 政 庁の 誤っ た言 動 を す るに 至っ たこ と に つ き相 手方 国民 の 側 に 責め られ るべ き 事 情 があ った かど うか ③ そ の 信頼 を裏 切ら れ る こ とに よっ て相 手 方 の 被る 不利 益の 程度 ⑦ 税 務 官庁 の税 務行 政 処 分 は適 法処 分で あること (注)表中の丸数字は、各々の見解で示された要件の順を表している。 115 参考文献一覧 【書籍】 ・大石義雄『日本国法原論』增進堂(昭和 19 年) ・岡村忠生・渡辺徹也・高橋裕介『ベーシック税法〔第 2 版〕 』(有斐閣,平成 19 年) ・乙部哲郎「行政法における信義則の展開」小早川光郎他『行政法と法の支配』有斐閣(平 成 11 年) ・金子宏『租税法[第十七版]』(弘文堂, 平成 24 年) ・金子宏・岩波講座「現代法 8」(昭和 41 年)〔 『租税法理論の形成と解明 上巻』所収(有 斐閣, 平成 22 年)〕 ・金子宏・研究情報基金「多国籍企業の諸問題」(平成 6 年)〔 『租税法理論の形成と解明 上 巻』所収(有斐閣, 平成 22 年)〕 ・金子宏・渡辺吉隆・新井隆一・山田二郎・広木重喜編『租税法講座』(帝国地方行政学会, 昭和 49 年) ・金子宏・佐藤英明・増井良哲・渋谷雅弘編著『ケースブック租税法〔第 3 版〕 』 (弘文堂, 平成 23 年) ・北野弘久『税法学の基本問題』(成文堂,昭和 47 年) ・北野弘久『税法学原論〔第 5 版〕 』(青林書院,平成 15 年) ・木村弘之亮『租税法総則』(成文堂,平成 10 年) ・見坊豪紀他『三省堂国語辞典[第 4 版]』(平成 10 年) ・齊藤稔『租税法律主義入門』(中央経済社,平成 4 年) ・酒井克彦『ステップアップ租税法─租税法解釈の道しるべ─』(財経詳報社,平成 22 年) ・佐藤英明「租税法律主義と租税公平主義」金子宏編『租税法の基本問題』 (有斐閣,平成 19 年) ・新村出他『広辞苑[第六版]』(平成 20 年) ・首藤重幸「税法における信義則」北野弘久編『税法の基本原理』判例研究日本税法体系 1 (学陽書房, 昭和 53 年) ・高橋貞三「行政法における信義誠実の問題」 『佐々木惣一還暦記念・憲法及び行政法の諸 問題』(昭和13年) ・武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規,昭和 56 年加除式) 116 (365) ・田中二郎『行政法総論』法律学全集 6(有斐閣,昭和 32 年) ・田中二郎『租税法』法律学全集 11(有斐閣,昭和 43 年) ・田中二郎『新版行政法 上巻[全訂第 2 版]』(弘文堂,昭和 62 年) ・田中二郎『租税法[第三版]』法律学全集 11(有斐閣,平成 2 年) ・田中実『注釈民法(1) 』73 頁〔谷口知平編〕 (有斐閣,昭和 39 年) ・谷口勢津夫『税法基本講義』 (弘文堂,平成 22 年) ・中川一郎『租税学体系(1)総論』(三晃社, 昭和 43 年) ・中川一郎「信義誠実の原則」中川一郎編『税法学体系〔全訂増補版〕 』(ぎょうせい,昭和 52 年) ・鍋沢幸雄「取消権の制限」川西・矢野・奥原編『行政法総則』(昭和 50 年) ・鳩山秀雄「債権法における信義誠実の原則」 (大正 13 年) 〔 『債権法における信義誠実の 原則』所収(有斐閣,昭和 30 年) 〕 ・橋本公亘「行政法の解釈と運用」(昭和 34 年)〔 『公法の解釈 憲法・行政法研究Ⅱ』所 収(有斐閣,昭和 62 年) 〕 ・原龍之助「行政法における信義誠実の原則序説」 『佐々木惣一還暦記念・憲法及び行政法 の諸問題』(昭和13年) ・藤谷武史「租税法の定立過程(租税立法過程) 」中里実他『租税法概説』 (有斐閣,平成 23 年) ・松沢智『租税実体法の解釈と運用―法律的視点からの法人税法の考察―』(中央経済社, 平成 5 年) ・水野忠恒『租税法〔第 3 版〕 』(有斐閣,平成 19 年) ・水野忠恒『租税行政の制度と理論』(有斐閣,平成 23 年) ・南博方『行政手続と行政処分』(弘文堂, 昭和 55 年) ・村井正『租税法と私法』 (大蔵省印刷局,昭和 57 年) ・吉村典久「ドイツにおける租税上の合意に関する判例の展開」金子宏先生古稀祝賀『公 法学の法と政策(上) 』 (有斐閣, 平成 12 年) 【論文】 ・新井隆一「山形市長対株式会社鉄興社事件控訴審鑑定意見」早稲田法学 48 巻 1 号(昭和 47 年) 117 (366) ・石井道遠「タックス・コンプライアンスを巡る国際的連携の動きと我が国の政策対応の 在り方(試論) 」経済産業研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ(平成 22 年 6 月) ・石田譲「信義誠実の原則が民法で果たす機能について」法学教室<第二期>第八号(昭和 50 年) ・井上一郎「改正税法のすべて(昭和 21 年(Ⅰ))」税務大学校論叢 20 号(平成 2 年) ・碓井光明「租税法における信義誠実の原則とそのジレンマ」税理23巻12号(昭和50年) ・大橋為宣「納税者の信頼保護と租税法律主義の相剋(上)」税理29巻6号(昭和61年) ・乙部哲郎「租税判例における信義則の展開」神戸学院法学第 27 巻第 3 号(平成 10 年) ・乙部哲郎「租税法と信義則(1)─判例を中心に─」神戸学院法学第 27 巻第 4 号(平成 10 年) ・乙部哲郎「租税法と信義則(2)─判例を中心に─」神戸学院法学第 28 巻第 2 号(平成 10 年) ・乙部哲郎「租税法と信義則(3)完─判例を中心に─」神戸学院法学第 28 巻第 3 号(平成 10 年) ・上斗米明「文書回答手続の見直しについて―グローバルスタンダードな納税者ガイダン スの整備に向けて―」税研(平成 16 年 5 月) ・神山弘行「事前照会制度に関する制度的課題《研究ノート》 」経済産業研究所ディスカッ ション・ペーパー・シリーズ(平成 22 年 6 月) ・菊井康郎「行政判例研究 93」自治研究 38 巻 7 号(昭和 37 年) ・斉藤明「租税法における基本原則」創価法学 15 巻 2・3・4 号(昭和 61 年) ・酒井克彦「事前照会に対する文書回答手続の在り方」税大論叢 44 号(平成 16 年) ・酒井克彦「事前照会に対する文書回答手続をめぐる考察と提言(下)」税理(平成 20 年 3 月) ・酒井克彦「これまでの文書回答手続の問題点と新たな見直し」税理(平成 20 年 8 月) ・佐藤英明「過少申告加算税を免除する『正当な理由』に関する一考察-IMPACT を手がか りとして」総合税制研究 2(平成 5 年) ・塩野宏・法学教室<第二期>第八号(有斐閣,昭和50年) ・品川芳宣「税法における信義則の適用について―その法的根拠と適用要件―」税務大学 校論叢8号(昭和49年) 118 (367) ・品川芳宣「税務通達の法的拘束力と納税者の予測可能性」税理 43 巻 14 号(平成 12 年) ・下村芳夫「租税法律主義をめぐる諸問題─ 税法の解釈と適用を中心として─」税務大学 校論叢 6 号(昭和 47 年) ・下山瑛二「英米行政法における Estoppel」法学雑誌 4 巻 3・4 号(昭和 33 年) ・杉村章三郎「行政法規解釈論」法学協会雑誌 54 巻 5 号(昭和 11 年) ・鈴木孝直「事前照会手続の整備の現状と今後の方向性」経営と経済第 83 巻第 1 号(平成 15 年 6 月) ・田中二郎「紹介・シュミット『行政法における信義誠実』 」国家学会雑誌 50 巻 4 号(昭和 11 年) ・手塚貴大「租税手続における事前照会」租税法研究 37 号(平成 21 年 7 月) ・中川一郎「税法における信義誠実の原則(1)~(6) 」税法 25 号・27 号・31 号・32 号・ 33 号(昭和 28 年)・46 号(昭和 29 年) ・中川一郎「税法における禁反言の原則(信義誠実の原則)の適用の要件と限界」シュトイ エル44号(昭和40年) ・中川一郎「申告是認通知後のこれに反する更正処分と禁反言の法理(信義誠実の原則) 」 シュトイエル 68 号(昭和 42 年) ・中川一郎「税法における信義誠実の原則の法的根拠」福岡大創立35周年記念論集(昭和44 年) ・波多野弘「行政法における失効の原則」名城11巻2・3号(昭和36年) ・原龍之助「行政法における信義誠実の原則」法学雑誌 6 巻 3 号 (昭和 35 年) ・原龍之助「租税法と信義則の適用─二つの判例を機縁として」法学雑誌 6 巻 2・3・4 号(昭 和 45 年) ・平川英子「フランス租税行政における文書回答制度」税務事例 473 号(平成 21 年) ・藤田宙靖「当事者間の合意の効力」別冊ジュリスト 17 号(昭和 43 年) ・藤原雄三「租税判例における禁反言の法理」北海学園大法学研究11巻2号(昭和50年) ・増井良啓「租税法の形成におけるアドバンス・ルーリングの役割」COE ソフトロー・デ ィスカッション・ペーパー・シリーズ COESOFTLAW-2005-1(平成 17 年) ・村井正(調査報告書)訟務月報 20 巻 8 号(昭和 49 年) ・吉村典久「書評:ロマン=ゼーア著『租税手続における合意』 」専修大学法学研究所所報 (平成 13 年) 119 (368) 【答申書】 ・日本税理士会連合会・税制審議会(会長)金子宏・(会長代理)品川芳宣「納税者からみた 税務行政の今日的問題点について-平成 17 年度諮問に対する答申-」(平成 18 年 3 月 27 日)http://www.nichizeiren.or.jp/guidance/pdf/toushin_H17.pdf(最終アクセス: 平成 25 年 1 月 9 日) 120 (369) (370) 租税条約上の企業の利得の解釈 ―グラクソ判決における租税条約適合性を中心として― 馬場 広貴 (371) (372) 要旨 租税条約は、国際的二重課税の排除及び二重非課税(課税の空白)の排除を主たる目的 として締結される国際的合意である。一方で、それぞれの締約国間で異なる解釈を行い、 その解釈に基づいて租税条約を国内法に適用すると、各国の多様な解釈により二重課税或 いは二重非課税の可能性が生じる。とりわけ、納税者の予測可能性及び法的安定性の機能 を担保することが困難になる。 近年、我が国の国内法に係る租税条約適合性の観点から、租税条約 7 条に抵触するので はないか、という議論が生じていた。また、我が国の最高裁判決では、タックス・ヘイブ ン対策税制が租税条約 7 条に抵触しない、という判断が下された。しかし、租税条約の観 点から、具体的な解釈指針が明らかにされないまま、抵触問題を議論しているのではない か、と考える。そこで本稿では、租税条約に定義がされていない「企業の利得」という用 語が、租税条約上、いかなる所得としての範囲を有しているのか、を考察する。すなわち、 その定義がされていない「用語」に関して、その解釈指針が不明確であると考えられるの で、我が国の判例(以下「グラクソ事件」と表記する。)と対比させ、その問題点に着目し て検討を行った。 第 1 章では、グラクソ事件の検討を試みた。グラクソ事件の主たる争点は、タックス・ ヘイブン対策税制と租税条約 7 条 1 項との抵触関係であった。地裁、高裁、最高裁とも、 納税者の主張は採用されず、タックス・ヘイブン対策税制は租税条約 7 条に抵触しないと 判断された。しかしながら、事実関係と照らし合わせ、租税条約 7 条 1 項の「企業の利得」 の所得範囲は具体的に示されていないと考える。そこで、 「企業の利得」の意味を、欧州の 各判例を参考とし、解釈に係る問題点を提起した。 第 2 章では、第 3 章の租税条約 7 条の「企業の利得」の解釈を行う前提に、欧州の各裁 判所にて「企業の利得」の解釈に係る判例が 3 件存在していたため、我が国でも同様の解 釈とすることができる判例であるか、検討を試みた。その結果、最もドイツで判断された 解釈指針が、我が国での租税条約を解釈する上で、法的安定性及び予測可能性が担保でき るとの結論を得た。また、欧州の各裁判所は OECD コメンタリーの勘案により意味を確定 させているため、コメンタリーを VCLT32 条の「解釈の補足的手段」として、そのコメン タリーに効力をもたせることができると述べた。 第 3 章では、 「企業の利得」の意味に統一性をもたらすため、まず租税条約自体の解釈指 針の検討を行った。そして「企業の利得」は租税条約上に定義がされていない用語である ため、その解釈の方向性について分析をした。その結果、租税条約自体の解釈では VCLT31 条の斟酌により、文理解釈のみではなく、常に趣旨及び目的を勘案し、解釈を行うことに より、法的安定性及び予測可能性を担保することができると述べた。そして、 「企業の利得」 を、租税条約 3 条 2 項に係る国内法令の解釈で援用することは、二重課税、二重非課税(課 税の空白)が生じる懸念があると考える。すなわち、VCLT31 条から 33 条の分析から、 「企 (373) 2 業の利得」は、企業が稼得する所得から、不動産、配当、利子、使用料、その他の所得を 除いた所得が「企業の利得」であり、結果的に「事業所得」となることが妥当であると確 認した。そして、租税条約適合性の観点から、我が国のタックス・ヘイブン対策税制はそ の規定から配当モデルの形式を採っているため、一方の締約国の「企業の利得」に課税し ていないことが明らかとなった。よって、タックス・ヘイブン対策税制は租税条約 7 条に 適合する課税であるといえる。 第 4 章では、第 2 章及び第 3 章で検討を行った、 「企業の利得」の意味及び条約に適合さ れる課税を、グラクソ事件に当てはめた。その結果、グラクソ事件の事実関係は、シンガ ポールに所在する子会社の未処分所得に該当する益金の主要部分として、株式を売却した ことによる「株式譲渡益」が主であったため、 「企業の利得」には該当しないこととなるこ とを確認した。また、租税条約適合性の観点から、我が国のタックス・ヘイブン対策税制 は、一方の締約国の「企業の利得」には課税していない。したがって、グラクソ事件に係 るタックス・ヘイブンは租税条約 7 条に抵触しないと下した最高裁判決は妥当であると述 べた。 しかしながら、我が国では、グラクソ事件による最高栽判決が下されたが、租税条約 7 条以外の規定とタックス・ヘイブンとの関係は裁判例の蓄積がされていない。今後、更に 活発化されるものであろう多国籍クロスボーダー取引において、租税条約の問題や各国国 内法との関係が注目されるものと考えられる。 今後の国際的な事象について、よりいっそうの議論がされることを注視していく次第で ある。 以上 (374) 3 目次 はじめに······································································································ 7 第1章 事案の概要及び問題の所在 ·································································· 9 第1節 グラクソ・スミス・クライン事件 ···················································· 9 1 事案の概要 ····················································································· 10 2 納税者及び課税庁の主張 ··································································· 10 3 司法判断 ························································································ 13 第2節 問題の所在 ·················································································· 15 1 欧州の各裁判例及び本事案との関係性 ················································· 16 2 租税条約 7 条 1 項の企業の利得 ·························································· 17 第2章 欧州の判例による解釈及びコメンタリーの効力 ······································· 20 第1節 欧州の各裁判例による条約解釈 ······················································· 20 1 Schneider case ················································································ 21 2 A Oyj Abp case ················································································ 22 3 BFH ⅢR125/69 ·············································································· 25 4 小活 ······························································································ 27 第2節 租税条約の解釈における OECD モデル租税条約及び同コメンタリーの法的位 置付け ······················································································· 27 1 OECD の概要·················································································· 28 2 OECD コメンタリーについて法的拘束力を有しないという学説 ················ 29 3 OECD コメンタリーについて法的拘束力を有しているという学説 ············· 31 4 小活 ······························································································ 37 第3章 租税条約上の企業の利得の解釈 ···························································· 41 第1節 租税条約の趣旨及び目的 ································································ 41 第2節 租税条約の解釈の統一性 ································································ 42 (375) 4 1 解釈の統一性獲得 ············································································ 42 2 租税条約 3 条 2 項に係る国内法令の援用 ·············································· 46 3 小活 ······························································································ 49 第3節 企業の利得の射程範囲 ··································································· 49 1 企業の利得の射程範囲 ······································································ 50 2 租税条約 3 条 2 項の斟酌の余地 ·························································· 51 3 VCLT33 条の勘案 ············································································ 53 4 基礎研究委員会による国際連盟モデル租税条約の見地 ····························· 57 5 租税条約の目的と自律的解釈との関係 ················································· 59 6 小活 ······························································································ 60 第4節 OECD コメンタリーを参照とする解釈基準 ········································ 62 1 企業の利得の所得性格 ······································································ 62 2 Article3(2)に関するコメンタリー ························································ 63 3 小活 ······························································································ 64 第5節 事業所得に係る性格決定 ································································ 65 1 事業の用語に係る判例 ······································································ 66 2 事業所得の適用判断 ········································································· 67 3 小活 ······························································································ 70 第6節 事業所得条項の租税条約適合性 ······················································· 70 1 学説 ······························································································· 71 2 租税条約適合性の判断 ······································································ 74 3 OECD の見解··················································································· 78 4 目的論的解釈の是非 ········································································· 80 5 小活 ······························································································ 82 第7節 総括 ··························································································· 83 1 確立された基準による効果 ································································ 83 2 広義的効果 ····················································································· 84 第4章 統括 ······························································································· 86 (376) 5 第1節 一般基準 ····················································································· 86 第2節 事実 ··························································································· 86 1 シンガポール子会社の稼得所得 ·························································· 86 2 最高裁判決に係る司法判断 ································································ 87 3 小活 ······························································································ 87 第3節 本事案への当てはめ ······································································ 87 1 租税条約の適用可能性 ······································································ 87 2 タックス・ヘイブン対策税制の租税条約適合性······································ 88 おわりに······································································································ 90 参考文献······································································································ 92 (377) 6 はじめに ここ数年、我が国の国際税務分野に関する判例の蓄積には目を瞠るものがある。中小企 業及び大手企業、又は、外国資本企業に係る国際取引が活発化し、国際課税において多額 の課税処分を受け、これが新聞紙面を振るわせることも多くなり、社会の国際税務に対す る関心が高まっている。 なかでも、国際課税による一つの論点として、我が国のタックス・ヘイブン対策税制が 租税条約に違反するのではないか、という抵触関係の議論が生じていた。そこで、本稿で は、上記に記した抵触関係に係る議論の中から、租税条約上に定義がされていない「用語」 に関して、租税条約 7 条 1 項の一方の締約国の「企業の利得」という文言が、いかなる所 得範囲を指しているのか、また、その定義がされていない用語に対してその解釈指針が統 一的に運用されているのか、という問題に着眼点を置く。 租税条約は、国際的二重課税の排除を主たる目的として締結される国際的合意である。 一方で、それぞれの締約国間で異なる解釈を行い、それぞれの解釈に基づいて租税条約を 適用することになると、国際的二重課税排除機能の欠如、或いは、二重非課税(課税の空 白)の可能性が懸念される。 また、 「合意は守らなければならない(Pacta sunt servanda)」1と規定されている条約法 に関するウィーン条約法(以下「VCLT」と表記する。)26 条2にそぐわない結果をもたらし、 強いては、納税者の予測可能性及び法的安定性の機能の獲得が困難になる。 我が国では、タックス・ヘイブン対策税制と租税条約に係る抵触関係の議論の段階にて、 必ずしも明確な租税条約の解釈に対する通説に関しては議論されておらず、とりわけ存在 していない。これは納税者の法的安定性及び予測可能性の機能が担保されないことから起 こりうる事態、すなわち、今後更に活発化する企業の国際取引に係る経済活動に対してリ スクをとるべきなのか、判断に迷う。また、リスクをとることが困難であるのかという判 断は、経済活動に中立的ではない税制により、事業基盤の崩壊に繋がりかねない。 税務執行や税制に対する納税者の信頼という意味では、解釈指針における幅を利用する 者の公平性の確立の欠落が起こる可能性がある。すなわち、今後の日本国家の税収確保に 多大な損害を及ぼす危険性がある。したがって、法治国家である我が国において、租税法 律主義、特に租税法規の一義的明確性を要求する課税要件明確主義からの観点、及び納税 者の公平性を保持するという観点からいえば、きわめて重要な問題である。 そこで、本稿の理念は、租税条約の解釈から、国際取引を遂行するにあたって、源泉地 国及び居住地国に対する課税に予測可能性を与えることにある。また、課税権の配分を十 分に達成するために法的安定性の機能を担保し、今後の日本経済の発展、すなわち、我が 国の適正な国税収入の確保が達成されることにある。 1 VCLT26 条「(合意は守らなければならない)効力を有するすべての条約は、当事国を拘束し、当事国は、 これらの条約を誠実に履行しなければならない。」『ベーシック条約集』松井芳朗(東信堂、2010 年)304 頁引用。 2 VCLT(条約法に関するウィーン条約法条約)は、1969 年 5 月 23 日に採択されている。 (378) 7 したがって、本稿の構成は、第 1 章において、本稿で取り上げる事案を整理し、問題点 を述べる。第 2 章では、欧州の各裁判例による租税条約の解釈の内容を分析する。また、 租税条約の解釈指針である OECD コメンタリーの法的効力の検討を試みる。第 3 章では、 「企業の利得」の解釈を租税条約に関する多様な観点から遂行し、意味を明らかにする。 とりわけ、我が国のタックス・ヘイブン対策税制が租税条約 7 条に適合する課税であるか、 検討を行う。最終的に第 4 章では、本稿で取り上げる事案に検討結果を当てはめ、 「企業の 利得」の意味を再確認し、我が国のタックス・ヘイブン対策税制が条約に適合するか否か、 その妥当性を確認する。以下、第 4 章構成とさせていただく。 (379) 8 第1章 事案の概要及び問題の所在 第 1 章では、本稿で取り上げる事案(グラクソ・スミス・クライン事件)の詳細に関し て、納税者(原告)及び課税庁(被告)の主張を整理し、裁判所の司法判断を整理する。 そして、グラクソ・スミス・クライン事件の司法判断から問題点を提起することを目的と する。したがって、以下「第 1 章第 1 節」では、グラクソ・スミス・クライン事件の概要 を述べるとともに、納税者及び課税庁の主張、司法判断を整理する。以下「第 1 章第 2 節」 ではグラクソ・スミス・クライン事件から起こりうる問題点を提起する。 第1節 グラクソ・スミス・クライン事件 この第 1 節では、租税条約 7 条と我が国のタックス・ヘイブン対策税制との抵触関係に 関して争われた事件(以下「グラクソ事件」3と表記する。 )の事案の概要、第一審判決及び 控訴審判決、最高裁判決の詳細を整理する。 本事案で注目すべき点は、第一審判決、控訴審判決、最高裁判決で具体的に判断されな かったと考える日星租税条約 7 条 1 項4(本事案で参考とする条約に関して、所得に対する 租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国政府とシンガポール共和国政 府との間の協定、以下「日星租税条約」と表記する。)と我が国のタックス・ヘイブン5対策 税制6(租税特別措置法、以下「措置法」と表記する。40 条の 4 以下、66 条の 6 以下。)と の抵触関係の議論である。いずれの判決も租税条約 7 条の解釈指針が具体的、且つ、明確 にされていない。したがって、上述の議論の内容から、我が国の裁判所が判示した解釈指 3 本事案とは別に、租税特別措置法(以下「措置法」と表記する。)40 条の 4 第 1 項と日星租税条約 7 条 1 項に関して、同様の論点で争われた判例がある。第一審判決に関しては、平成 20 年 8 月 28 日判決、『判 例時報』(判例時報社 2023 号、2009 年 1 月 21 日号)13-27 頁参照。控訴審判決及び最高裁判決に関し ては、平成 21 年 2 月 26 日判決、 『判例時報』 (判例時報社 2068 号、2010 年 4 月 21 日号)34-37 頁参照。 なお、この事案についての評釈は、藤井保憲「タックス・ヘイブン対策税制と租税条約」税務事例 Vol.42 No.4、 10-14 頁(2010 年 4 月)に詳細が搭載されている。最高裁判決は納税者の主張を棄却しており、グラク ソ事件と同様にタックス・ヘイブン対策税制は租税条約 7 条に抵触しないとする判断が下されている。 4 租税条約 7 条 1 項の規定は以下のとおりである。 「一方の締約国の企業の利得に対しては、その企業が他 方の締約国内にある恒久的施設を通じて当該他方の締約国内において事業を行わない限り、当該一方の締 約国においてのみ租税を課すことができる。一方の締約国の企業が他方の締約国内にある恒久的施設を通 じて当該他方の締約国内において事業を行う場合には、その企業の利得のうち当該恒久的施設に帰せられ る部分に対してのみ、当該他方の締約国において租税を課すことができる。」 『租税条約関係法規集』 (財団 法人税務経理連合会、2011 年)607 頁引用。 5 「①法人の設立、運営、清算が容易であること②租税及び税外負担が軽いこと③為替管理がないこと④ 企業秘密が確保できること⑤政治経済が安定していること⑥情報収集が容易であること」として挙げられ る。高橋元監修『タックス・ヘイブン対策税制の解説』 (清文社、1979 年)3 頁引用。なお、 「法人の所得 あるいは法人の特定種類の所得に対する税負担がゼロあるいは極端に低い国または地域(スイス・ホンコ ン・バーミューダ等)」も参照。金子宏『租税法第 16 版』(弘文堂、2011 年)471 頁引用。 6 我が国のタックス・ヘイブン対策税制は、タックス・ヘイブン(tax haven)に子会社を設立し、その子 会社に留保金額を蓄積することにより、日本において課税を繰り延べ、或いは回避することを防止するた めに、その留保利益のうち持分に相当するものを株主の所得に合算する制度である。とりわけ、国際的な 租税回避の防止であること、すなわち無税、又は租税負担割合が極めて低い(税率が 25%以下)国、又は 地域に設立した子会社等を利用して税負担の不当な軽減を図る行為に対処することを目的としている。な お、我が国のタックス・ヘイブン対策税制の趣旨・目的の詳細は、高橋・前掲注 5)3-98 頁に依拠する。 (380) 9 針の妥当性及び明確性を、重点的に検討する余地がある。 そこで第 2 章及び第 3 章において、租税条約の解釈に伴う諸問題及び条約適合性の検討 を行う前提として、以下「1」では、グラクソ事件の事案の概要を述べる。以下「2」では、 納税者及び課税庁のそれぞれの主張を整理する。以下「3」では、司法判断を整理する。 1.事案の概要 医薬品製造事業を営むグラクソ・スミス・クライン社は、イギリスを本拠地とする製薬 メーカーのグループの一員であり、且つ、グラクソ・スミス・クライングループの日本法 人であるグラクソ株式会社(以下「グラクソ社」と表記する。 )は、シンガポール共和国(以 下「シンガポール」と表記する。)において、その発行済株式総数の 90%を保有するグラク ソケム社(以下「GSC 社」と表記する。)の子会社を有していた。 GSC 社は、平成 3 年の胃潰瘍薬の製造販売事業を売却後、子会社株式等を保有していた が、平成 10 年 3 月にこれを売却し、多額の株式譲渡益、即ちキャピタルゲインを得た。 当時、シンガポールの法人税率は 26%であったが、シンガポールではキャピタルゲイン を非課税としていたため、GSC 社の平成 10 年 12 月期の所得に対する税負担の割合は約 4.32%となり、トリガー税率の 25%を下回ることになった。その結果、GSC 社は「特定外 国子会社等」に該当し、グラクソ社にタックス・ヘイブン対策税制が適用されることとな った。 平成 12 年 3 月 3 日、グラクソ社は、平成 11 年 1 月 1 日より同年 12 月 31 日までの事業 年度につき、所得金額 6 億 1124 万 3703 円、差引所得に対する法人税額 7309 万 7106 円と して法人税の申告を行った。 上記に対し、課税庁は、特定外国子会社が措置法 66 条の 6 第 1 項にいう特定外国子会社 等に該当するとして、措置法 66 条の 6 に規定する課税対象留保金額に相当する金額をグラ クソ社の所得金額の計算上、益金に参入し、平成 15 年 2 月 28 日に、所得金額を 660 億 9337 万 7501 円、差引所得に対する法人税額を 225 億 1816 万 7700 円とする更正処分(本件更 生処分)、及び、過少申告加算税を 33 億 7814 万 5000 円とする賦課決定処分(本件賦課決 定処分)を行った。 グラクソ社は本件更正処分および本件賦課決定処分を不服として、異議申立て、審査請 求を経て、本件更正処分のうち、所得金額 6 億 1124 万 3707 円、差引所得に対する法人税 額 7309 万 7106 円を超える部分、および、本件賦課決定処分の取消を求めて出訴したが、 東京地裁平成 16 年(行ウ)第 170 号平成 19 年 3 月 29 日判決はグラクソ社の請求を棄却 した。 そこで、上述の概要を踏まえ、次の「2」では、納税者及び課税庁のそれぞれの主張を整 理する。 2.納税者及び課税庁の主張 前述「1」ではグラクソ事件の概要を整理した。そこで、納税者及び課税庁がどのような (381) 10 論点を主張しているか整理をする。したがって、以下「(1)」では納税者の主張を整理する。 以下「(2)」では課税庁の主張を整理する。 (1)納税者(原告)の主張 納税者の主張を以下に要約する。 措置法 66 条の 6 第 1 項、いわゆるタックス・ヘイブン対策税制は、法人税法 11 条の実 質所得者課税の原則を具体化したものである。また、タックス・ヘイブン子会社の留保金 額が親会社に帰属することを定めた制度である(以下「実質的帰属説」と表記する。)。し たがって、シンガポール法人である GSC 社の事業所得(企業の利得)に対して課税する制 度であり、「PE7なければ課税なし」という基本原則を明文化した日星租税条約 7 条 1 項に 抵触する、と主張した。 いわゆる納税者の主張を細分化すると次の 4 点となる。 イ.タックス・ヘイブン対策税制の解釈 我が国のタックス・ヘイブン対策税制は、タックス・ヘイブンに子会社を設立し、これ を利用して税負担の不当な軽減を図ること(租税回避)を防止するという政策目的の為に 導入された制度である。すなわち、一定の政策目的の実現のために設けられた政策税制に ついては、当該目的から離脱した形で解釈適用することは許されないと解すべきであると、 タックス・ヘイブン対策税制の制度趣旨を主張した。 ロ.シンガポール子会社が稼得する所得の性質 我が国のタックス・ヘイブン対策税制は実質的帰属説を採用している。したがって、そ の帰属する所得がどの所得に分類されるかについて、タックス・ヘイブン子会社は、その 所在地国における事業活動から生ずる所得を得ているものであり、事業所得(企業の利得) に該当する。 ハ.抵触論 日星租税条約 7 条 1 項は、「PE なければ課税なし」という基本原則を明文化したもので ある。すなわち、同条約の一方の締約国であるシンガポール法人が、他方の締約国である 日本において PE を通じて事業活動を行わない限り、日本ではシンガポール法人の利得に対 して、いかなる租税を課することができないことを意味する。したがって、我が国のタッ クス・ヘイブン対策税制は、GCS 社の「事業所得」に対して課税しているものであるので、 日星租税条約 7 条 1 項に違反している。 7 Permanent Establishment(恒久的施設)の略称であり、本稿では恒久的施設を「PE」と表記する。 (382) 11 ニ.欧州加盟国に係る各判例の引用 フランス国務院(フランスにおける行政最高裁判所)は 2002 年 6 月 28 日に当該事案の 判決を下している。フランスの一般租税法典 209B 条(フランスに係る CFC ルール(海外 に よ る タ ッ ク ス ・ ヘ イ ブ ン 対 策 税 制 と 同 様 の 税 制 、 Controlled Foreign Company Legislation 以下「CFC ルール」と表記する。)、日本でいうタックス・ヘイブン対策税制 と同様の税制、以下「フランス CGI 第 209B 条」と表記する。 )を適用した課税の取消訴訟 (Schneider Electric 事件、以下「Schneider case」と表記する。)である。すなわち、フ ランス CGI 第 209B 条は、対スイスとの租税条約の「事業所得条項」に違反すると判断し た。Schneider case で課税の対象となった所得は、スイス法人の外国子会社の所得(利得) であると明確に判断した。したがって、フランス CGI 第 209B 条が仏瑞租税条約 7 条に違 反すると判断したことから、我が国でも採用するべき判例である、と主張した。 以上の 4 点である。そこで、次の「(2)」では課税庁の主張を整理する。 (2)課税庁(被告)の主張 課税庁の主張を以下に要約する。 納税者は、措置法 66 条の 6 が税負担の不当な軽減を図る事案以外に適用されるべきでは ないと主張する。対して課税庁は、措置法 66 条の 6 に関して、法の適正な執行を妨げない ように、その適用要件上、税負担の不当な軽減を図る目的そのものを要件としていない。 つまり、納税者の主張は、条文上の根拠もなく、独自の解釈に基づいて法の適用を制限し ようとするもので失当である。したがって、タックス・ヘイブン対策税制は日星租税条約 7 条に抵触しない、と主張した。 納税者の主張に対する課税庁の主張も含めて以下の 4 点を整理する。 イ.抵触論に対する批判 措置法 66 条の 6 は、タックス・ヘイブン子会社の課税対象留保金額に相当する金額を、 我が国の「親会社の収益とみなして課税する」制度(以下「擬制所得加算説」と表記する。) である。したがって、タックス・ヘイブン子会社の所得に対する課税ではないから、日星 租税条約 7 条 1 項との抵触は生じない。 ロ.シンガポール政府の見解 国際法の観点から、措置法 66 条の 6 が日星租税条約に違反しないことを、シンガポール 財務大臣の発言内容から読み取れる。すなわち、シンガポール政府は、我が国を含めた大 部分のタックス・ヘイブン対策税制が課税対象としていることが、原則的にシンガポール の課税の対象外であるという法制度として認識していたものと認められる。 (383) 12 しかも、タックス・ヘイブン対策税制が日星租税条約に違反したものであるとの抗議を しなかったことからすると、国際法上、シンガポールと日本国との間においては、タック ス・ヘイブン対策税制の「黙示の合意」があったと解すことができる。したがって、日星 租税条約の解釈から、同条約に抵触しないことがわかる。また、シンガポール政府に対し て効力を有しており、同条約に違反しない。 ハ.OECD コメンタリーの参照 日星租税条約の解釈に際し、OECD モデル租税条約及び同コメンタリーに十分配慮すべ きである。すなわち、モデル租税条約及び同コメンタリーを租税条約の立案及び解釈の実 質的な標準の性質を有する「一般的に認められた指針」として参照することは、本事案で も、シンガポールが OECD 非加盟国であろうと広く活用されている。したがって、コメン タリーの参照から、抵触関係に関する説明により、違反はしない。 ニ.欧州加盟国に係る各判例の引用に対する批判 フランス国務院判決は参考判例である、に対する反論がある。すなわち、フランスのタ ックス・ヘイブン課税規定は、我が国と異なり、タックス・ヘイブン子会社の利益が親会 社の利益として課税することを認めている特殊な構造を有するものである。したがって、 フランス国務院判決を直ちに我が国の国内法及び日星租税条約に適用することが相当でな いことは明らかである。 以上の 4 点である。そこで、次の「3」では、納税者及び課税庁の主張に対する司法判断 を整理する。 3.司法判断8 前述「2.納税者及び課税庁の主張」に対する司法判断は、以下のとおりである。 (1)第一審判決 第一審判決の司法判断では、日星租税条約 7 条 1 項に係る「企業の利得」がいかなる所 得範囲を有しているか、その解釈指針は明確に述べられていない。 一方で、日星租税条約 7 条 1 項と我が国のタックス・ヘイブン対策税制に係る抵触関係 の判断は、我が国のタックス・ヘイブン対策税制の文言を解釈することで、租税条約との 抵触関係が判断されている。したがって、タックス・ヘイブン対策税制は日星租税条約 7 条には抵触しないと判断された。 8 第一審判決東京地方裁判所平成 19 年 3 月 29 日判決、控訴審判決東京高等裁判所平成 19 年 11 月 1 日判 決、最高裁判決平成 20 年(行ヒ)第 91 号同平成 21 年 10 月 29 日第一小法廷判決『最高裁判所民事判例 集』(民集 63 巻 8 号)1881-1986 頁参照。 (384) 13 (2)控訴審判決 控訴審判決では、第一審判決と同様にタックス・ヘイブン対策税制は日星租税条約 7 条 に抵触しない旨の判断が下された。なお、第一審判決と同様に日星租税条約 7 条 1 項の「企 業の解釈」が何を指すのか、或いは租税条約に定義されていない「企業の利得」の解釈手 段は明確にされていない。 上述(1)及び(2)の問題意識に類似する内容といえば、納税者の「条約の解釈は一般国際法 であるウィーン条約によること」の主張に対して、司法判断は「ウィーン条約等の国際法 を根拠とする控訴人の主張は採用することはできない」と判断しているのみである。 (3)最高裁判決 最高裁判決も、第一審判決及び控訴審判決と同様の結論が判断された。なお、同判決で は、日星租税条約を分析、解釈したうえで抵触関係を判断した。 そこで、補足意見として以下引用する。 「すなわち、日星租税条約 7 条 1 項の規定は各種の所得のうち「企業の利得」 (つまり事 業所得に相当する所得である)に対する課税に際しての締約国間での課税権の調整に関す る規定であり、所得の種類がこれと異なる場合の課税権の調整について、その所得の種別 に応じて日星租税条約中の他の条項の規定が優先的に適用されるべきことが同条 6 条に明 定されていることから、例えば、配当所得に対する課税については日星租税条約 10 条の規 定、譲渡所得に対する課税については 13 条9の規定等が、別に置かれている。よって、我が 国のタックス・ヘイブン対策税制の規定が日星租税条約に違反するか否かの問題を検討す るに際しては、そこで問題とされている所得の種別に対応する日星租税条約の各条文ごと に、タックス・ヘイブン対策税制10の規定が日星租税条約の定めに違反するか否かが個別に 9 租税条約 13 条 1 項の規定は以下のとおり。「一方の締約国の居住者が第 6 条に規定する不動産で、他方 の締約国内に存在するものの譲渡によって取得する収益に対しては、当該他方の締約国において租税を課 すことができる。」 また、4 項によれば、「2 の規定が適用される場合を除くほか、(a) 一方の締約国内に存在する不動産を 主要な財産とする法人の株式(後任の株式取引所において通常取引されるものを除く。)又は一方の締約国 内に存在する不動産を主要な財産とする場合、信託若しくは遺産の持分の譲渡から生ずる収益に対しては、 当該一方の締約国において租税を課することができる。(b) 一方の締約国の居住者が他方の締約国の居住者 である法人の株式の譲渡によって取得する収益に対しては、次のことを条件として、当該他方の締約国に おいて租税を課することができる。(ⅰ) 当該譲渡者が保有し又は所有する株式(当該譲渡者の特殊関係者 が保有し又は所有する株式で当該譲渡者が保有し又は所有するものと合算されるものを含む。)の数が、当 該課税年度中又は当該賦課年度に係る基準期間中のいかなる時点においても当該法人の株式の総数の少な くとも 25 パーセントであること。(ⅱ) 当該譲渡者及びその特殊関係者が当該課税年度中又は当該賦課年 度に係る基準期間中に譲渡した株式の総数が、当該法人の株式の総数の少なくとも 5 パーセントであるこ と。」と規定されている。租税条約関係法規集・前掲(注 4)610-611 頁引用。 10 なお。平成 22 年度税制改正では、トリガー税率が 25%以下から 20%以下に引き下げられているほか、 外国子会社合算税制(タックス・ヘイブン対策税制)の適用を受ける内国法人等の直接及び間接の外国関 係子会社株式等の保有割合要件は、5%から 10%以上に引き上げられている。(改正措置法 40 条の 4 第 1 項 1 号,66 条の 6 第 1 項 1 号)金子・前掲(注 5)459-465 頁参照。 (385) 14 検討されるべきこととなろう。・・・{中略}・・・このことから、本事案に係るタックス・ ヘイブン対策税制の規定により納税者の所得金額の計算上その益金の額に算入することと された子会社の未処分所得を構成する益金の主要部分をむしろ株式譲渡益が占めていたよ うにもうかがえる。そうすると、仮に本事案における納税者側の日星租税条約違反の主張 に理由があるとされた場合においても、それによって本事案の課税処分が違法とされるの は、そのうち子会社に留保された未処分の「企業の利得」に対応する部分だけであって、 それ以外の未処分所得に対応する課税処分の主要部分については、それが直ちに取り消さ れるべきものになるとすることはできない。」 すなわち、グラクソ事件の事実関係と租税条約を比較し、7 条の「事業所得」の問題では なく、13 条の「株式譲渡所得」の問題ではないか、と判断した。そこで、次の「(4)」では、 上述「第 1 章第 1 節「2」及び「3」 」で整理した課税庁、納税者の主張及び司法判断に対す る整理をまとめる。 (4)小活 この「(4)」では、前述「第 1 章第 1 節「2」及び「3」」で整理した課税庁、納税者の主張 及び司法判断に対する整理をまとめる。 グラクソ事件の主たる争点は、租税条約 7 条の「一方の締約国の企業の利得」に対して、 我が国のタックス・ヘイブン対策税制が課税しているか否か、という論点であった。しか し、司法判断は、7 条の一方の締約国の「企業の利得」の所得範囲に関して、具体的な根拠 を示していないまま、抵触関係を論じているように思える。 他方で、欧州の各裁判例では、グラクソ事件と同様の争点について争われた判例が存在 する。すなわち、グラクソ事件ではタックス・ヘイブン対策税制の観点から抵触関係を明 らかにしている。対して、欧州の各裁判所では、「企業の利得」の所得範囲を具体的に解釈 したうえで、CFC ルールが租税条約に適合する課税であるか否かを判断している。したが って、具体的に「企業の利得」の所得範囲を明確にしたうえで、条約適合性を判断する余 地があると考える。 そこで、以下第 2 節において、上述「第 1 章第 1 節「3」(4)」の見解を具体化して問題点 を提起する。 第2節 問題の所在 前述「第 1 節」では、グラクソ事件についての概要、納税者及び課税庁の主張、司法判 断を整理した。そこで、この第 2 節では、グラクソ事件の主たる争点から、問題点を具体 的に提起する。したがって、以下「第 1 章第 2 節「1」」では、欧州加盟国による各裁判所 が下した判例から生じる問題点とグラクソ事件との関係性の問題点を提起する。以下「第 1 章第 2 節「2」」では、本事案に係る租税条約の解釈に対する問題点を述べる。 (386) 15 1.欧州の各裁判例及び本事案との関係性 この「1」では、欧州の各裁判例による条約解釈が本事案の参考となる解釈になるか、そ の具体的な問題点を提起する。 グラクソ事件の判例では、租税条約 7 条 1 項「企業利得」の解釈の意味が、具体的に何 を示しているのか判断されていない。つまり、明確な判断のないままにタックス・ヘイブ ン対策税制との抵触関係が議論されているのではないか、と考える。 一方、フランス及びフィンランドの判例では、租税条約 7 条 1 項の解釈を明確にしたう えで、CFC ルールとの抵触関係を判断している。 (なお、抵触関係とは別に、ドイツでは事 業所得条項に係る解釈の判例がある。)すなわち、租税条約は国際法であり、各国統一的な 解釈が求められるため、諸外国の判例を分析することは有益であると考える。 諸外国の判例を具体的に述べると、欧州加盟国による裁判例の一つであるフランス(以 下「Schneider case11」と表記する。)では、フランス一般租税法典(Code Général des Impôt、 以下「CGI」と表記する。)第 209B 条が仏瑞租税条約127 条の「企業の利得」に違反する 判断が下された判決がある。 また、CFC ルールと租税条約との抵触関係で争われた判例が、Schneider case と同年に、 欧州加盟国であるフィンランド行政最高裁判所において存在する。 (以下「A Oyj Abp case13」 と表記する。 ) とりわけ、イギリスの下級審で CFC ルールと租税条約上の「利子所得条項」との抵触関 係に関する判例(以下「Bricom case14」と表記する。)が存在する。しかしながら、フィン ランドとイギリスの判例は、CFC ルールが租税条約に抵触することはないという Schneider case とは逆の判断が下されている。 (Schneider case に関して、我が国でも参考となる判例 である、という学説15がある。) Schneider case におけるフランス国務院は、仏瑞租税条約 7 条 1 項の「利得」の解釈に 際して、「利得」という用語が租税条約上に定義がされていないため、仏瑞租税条約 3 条 2 項に基づき、フランス国内法令の解釈の意味を援用している。その「利得」の所得範囲が 仏瑞租税条約 6 条から 21 条の租税条約上、すべての所得範囲であると解釈している。した がって、フランス CGI 第 209B 条の課税対象所得範囲と重なっていることから、CGI 第 209B 11 Schneider case に関する評釈は、Conseil d’Eta 28 juin 2002,Ministre de I’Economie des Finance et de I’Industrie contre Societe Schneider Electric, reg.No.232,276,RJF10/02,no.1080. を参照。また、 Schneider case に関する評釈は、4 International Tax Law Reports(2002), p.1077.(以下、「4 ITLR」と 表記する。)に依拠する。 12 フランス・スイス間(仏瑞)の租税条約を指す。 13 A Oyj Abp case の英訳は、A Oyj Abp, March 2002:26, 4 International Tax Law Reports (2002). p.1009~.を参照。なお、評釈に関しては、Michael Lang, CFC Regulations and Double Taxation Treaties,57 (2) INTERNATIONAL BUREAU OF FISCAL DOCUMENTATION(2003), p.51.を参照。 14 Bricom case の英訳は、 Bricom Holdings Ltd. vs. Commissioners of Inland Revenue, [1997] STC1179, 70 Tax Case 272.) を参照。評釈に関しては、Daniel Sandler, Tax treaties and controlled foreign company legislation,1998 (1) BRITISH TAX REVIEW(1998), p.52. なお、Bricom case はイギリス・オランダ(英 蘭)租税条約第 11 条(利子)と CFC ルールの抵触関係に関する判例である。 15 中里実「タックスヘイブン対策税制」 『国際商取引に伴う法的諸問題(14)』 (財団法人トラスト 60、2006 年)33-53 頁参照。 (387) 16 条は租税条約に違反していると判決を下している。しかし、このような解釈は誤った解釈 であると考える。 そこで、フランス国務院の判断から、Schneider case で明確になった租税条約 7 条 1 項 の「利得」の解釈が、我が国でも同様の解釈とすることができるのであろうか。また、フ ランスと同様に、フィンランド、ドイツで解釈した意味に妥当性があるのかが、問題意識 として挙げられる。 したがって、次の「第 2 章」では、上述「第 2 章第 2 節「1」」の問題点を踏まえて、2 点の論点を検討する。1 点目は欧州の各裁判例から、租税条約 7 条の「企業の利得」がどの ように解釈され、その意味はなにかを検討する。また、我が国でも同様の解釈とすべきか 否か、検討を行う。2 点目は、OECD コメンタリーの参照の法的根拠の有無を検討する。 すなわち、OECD モデル租税条約及び同コメンタリーは各国共通の解約指針である。しか し、国際慣習法ではないため、その曖昧な性質から、法的根拠の有無を議論する余地があ る。また、コメンタリーを確立した基準とすることができれば、「利得」の意味がより明確 になるため、法的根拠の有無を検討する必要がある。 したがって、第 2 章において 2 点の検討を行う。 2.租税条約 7 条 1 項の企業の利得 この「2」で検討する点は、次の 2 点である。すなわち、1 点目は、前述「第 1 章第 2 節 「1」欧州の各裁判例及び本事案との関連性」でみたように、租税条約 7 条 1 項の文言であ る、一方の締約国の「企業の利得」16の所得範囲の明確化である17。また、 「企業の利得」は 租税条約上の文言に定義されていない用語である。したがって、その意味を租税条約上か ら導くのか、各国の国内法令の解釈に基づく意味を有するのか不明確である。したがって、 定義がない用語の解釈指針を第 3 章第 2 節及び第 3 節で検討する。 要するに、VCLT を参考に解釈するのか、或いは、租税条約 3 条 2 項の規定により完結 させるのか議論が生じている。この概念に係る租税条約の「法律未確定解釈の原則 (principle of ambulatory interpretation)18」の観点から、二国間租税条約の解釈は、締 結国間において様々な解釈が予想される。また、統一的解釈が担保されないことから、租 税条約の趣旨及び目的である国際的二重課税、二重非課税(課税の空白)の可能性や、納 税者の予測可能性及び法的安定性の獲得に困難が生じる。19 16 原則的に、租税条約 7 条は「事業所得条項」という表題を付しているが、7 条の文言である「企業の利 得」の範囲の一つとして「事業所得」としていることは明らかではない。 17 租税条約に関する所得性質について、木村弘之亮教授は、 「性格決定」と見解する。以下「性格決定」 と述べる。木村弘之亮「租税条約の解釈における性格決定と関連諸問題」石川明教授退職記念号『法学研 究』(慶應義塾大学法学部内法学研究会第 68 巻第 12 号、1995 年)89 頁参照。 18 cf. Jan Wouters and Maarten Vidal, AN INTERNATIONAL LAW PERSPECTIVE ON TAX TREATIES AND DOMESTIC LAW, Katholieke Universiteit Leuven Faculteit Rechtsgeleerdheid, Instituut voor International Recht Working Paper Nr. 90 – januari 2006. at: (https://www.law.kulewven.be/iir/nl/onderzoek/up/up90e.pdf) 19 租税条約 3 条 2 項の規定に関して、租税条約上に用語が定義されていない場合の国内法令の解釈を援用 することに懸念を抱いているものとして、小松芳明『国際取引と課税問題国際租税法の考え方』(信山社、 1994 年)75-78 頁参照。また、木村・前掲(注 17)95 頁、本庄資著『租税条約国際課税の理論と実務』 (388) 17 すなわち、国際的二重課税が生じた場合は、相互協議手続によって、二重課税は除去さ れるであろうが、二重非課税は、条約等による規定が存在しない。少なくとも、国際的二 重課税が起こりうる可能性のある解釈は正当な解釈とはいえない。また、租税条約自体の 解釈指針も通説20は定かではない。したがって、文言解釈を原則として、必要に応じて目的 論的解釈を遂行するのか、或いは、目的論的解釈を常に遂行するのか曖昧であると考える ため、租税条約の解釈指針を検討する。(第 3 章第 1 節から第 3 節) 2 点目は、タックス・ヘイブン対策税制の租税条約 7 条に対する適合性である。すなわち、 タックス・ヘイブン対策税制は、一方の締約国の「企業の利得」に対して課税する規定で あるか議論が生じているため検討の余地がある。すなわち、最も議論が生じていたタック ス・ヘイブン対策税制の「何に対する課税か」 「誰に対する課税か」の議論から、グラクソ 事件の判例の妥当性を検討するうえで、重要な論点だと考えるためである。 租税条約の解釈は不確定な部分21が多々ある。したがって、租税条約 7 条 1 項の一方の締 約国の「企業の利得」の所得範囲及び性格決定を検討し、条文を明確に解釈することが、 本稿の意義である。よって、納税者の法的安定性及び予測可能性の獲得のために、租税条 約の周囲を取り巻く問題点を検討する。22 (税務経理協会、第 3 巻 2000 年)45 頁でもこの問題点を示唆している。例えば、誤った解釈により、二 重課税が生じた場合には、租税条約(OECD モデル租税条約)23 条(A)、23 条(B) に二重課税排除の免除方 式と税額控除方式が規定されている。具体的に述べると、23 条(A)の免除方式では一方の締約国の居住者 がこの条約の規定に従って他方の締約国において租税を課税される所得を取得する場合には、当該一方の 国は、当該所得について租税を免除されることになる。つまり、一方の締約国居住者が他方の締約国にお いて租税を課される所得を取得する場合、一方の締約国は当該所得について租税を免除することから、一 方の締約国において租税を免除される者は、所得を有する一方の締約国の当該居住者になる。また、第 23 条(B)の税額控除方式に関しては、一方の締約国の居住者がこの条約の規定に従って他方の締約国において 納付される所得に対する租税の額と等しい額を当該居住者の所得に対する租税の額から控除するものであ る。すなわち、他方の締約国において租税を課される所得を取得する一方の締約国の居住者が税額控除の 適用を受ける者である。要するに、免除又は税額控除方式は、一方の締約国の居住者が他方の締約国にお いて租税を課された場合に、一方の締約国が当該居住者に対してその適用を認めるものであり、租税条約 の二重課税の排除方法に係る二重課税とは、同一の者に対する二重課税を対象としているのである。しか しながら、二重非課税に関しては何ら規定がされていない。したがって、誤った解釈の結果として二重非 課税(課税の空白)が生じることは、国家間において多大な損失と手続き、コストがかかるものと考えら れる。 20 グラクソ事件に関する論文(租税条約 7 条とタックス・ヘイブン対策税制との抵触問題)として以下の 論文を参照。タックス・ヘイブン対策税制が租税条約 7 条に違反すると見解する論文として、中里実「タ ックスヘイブン対策税制」税研 124 号、72-80 頁(2005 年)がある。対して、抵触関係を否定している 論文として、本庄資「タックス・ヘイブン対策税制と租税条約」税経通信 6 月号、137-161 頁(2007 年)、 浅妻章如「タックス・ヘイヴン対策税制(CFC 税制)の租税条約適合性-技術的な勘違いと議論の余地の ある領域との整理」(立教法学 73 号、2007 年)329-396 頁、占部裕典「タックス・ヘイブン対策税制と 租税条約の抵触関係について」(同志社法学 58 巻 2 号、2006 年)205~277 頁、橋本秀法「我が国タック ス・ヘイブン税制と租税条約の関係―租税条約締約国に所在する子会社への参加に起因する所得に対する タックス・ヘイブン課税の適用の可否―」 (税務大学校論叢第 54 号、2007 年)99-193 頁、遠藤克博「日 本-シンガポール租税条約を巡る最高裁判所(H21,10,29)にみるタックスヘイブン対策税制と二国間租税 条約の交錯に関する司法判断」月刊国際税務 Vol.30、54-58 頁(2010 年)、秋元秀仁「外国子会社配当益 金不算入制度における税務(10)外国子会社配当益金不算入制度の導入に伴い改正された我が国タックス・ ヘイブン対策税制の租税条約適合性」月刊国際税務 Vol.31、40-57 頁(2011 年)、泉潤慈「タックス・ヘ イブン対策税制(特定外国子会社利益合算課税制度)と租税条約第 7 条について」税法学 565 号、301- 311 頁(2011 年 5 月)を参照。 21 この問題点から、浅妻教授は所得区分の問題と所得帰属の問題から、両者は裏表の関係にあるのか、議 論の余地がある領域と述べる。浅妻・前掲(注 20)381 頁参照。なお、本稿は、基本的に所得の範囲に関 して検討を行うことを目的とする。 22 我が国の国内法と国際法との関係に対する議論が、ディスカッション形式で行われている。中里実・太 (389) 18 そこで、第 3 章では、租税条約 7 条の「企業の利得」の所得範囲を、多様な観点から解 釈し、租税条約の解釈に法的安定性、予測可能性を担保させることを目指す。まずは、前 述「第 1 章第 2 節「1」欧州の各裁判例及び本事案との関係性」の問題点から、第 2 章にお いて欧州の各裁判例の分析、OECD コメンタリーの法的効力の有無の検討を行う。 田洋・弘中聡浩・宮塚久『国際租税訴訟の最前性』(有斐社、2010 年)389-405 頁参照。 (390) 19 第2章 欧州の判例による解釈及びコメンタリーの効力 この「第 2 章」で検討する点は、以下の 2 点である。 1 点目では、本事案と争点が類似する、欧州の租税条約上の「企業の利得」の解釈と CFC ルールとの抵触関係に関して争われた判例の検討を行う。すなわち、検討を行う根拠は、 条約解釈の有する意味は各国統一的でなければならないと考えるためである。また、欧州 の各裁判所によって解釈された用語の意味を分析することにより、我が国でも参照するこ との是非を検討することは有益であると考える。したがって、我が国の判例で意味が明ら かにされていない論点に対する、諸外国の判例の分析を「第 2 章第 1 節」において行う。 2 点目は、租税条約の解釈をする際に、各国共通の指針であるとされる OECD モデル租 税条約及び同コメンタリーの法的効力の有無を検討する。すなわち、第 3 章において「企 業の利得」の意味を OECD コメンタリーから導くことに対する否定的な見解が生じる可能 性がある。したがって、後述「第 3 章租税条約上の企業の利得の解釈」以前に検討を行う 余地があると考える。また、コメンタリーの法的効力の有無に関して議論が生じているた め、「第 2 章第 2 節」において検討を行う。 第1節 欧州の各栽判例による条約解釈 この「第 1 節」では、欧州の各裁判所が示した条約が、どのように解釈されているか、 検討する。 欧州では、租税条約に係る「企業の利得」(事業所得条項)の解釈と CFC ルールとの抵 触関係に関して争われたケース23がある。すなわち、2002 年にフランスの国務院(Conseil d’Etat)による裁判所は、フランス法人のスイス子会社(Paramer 社)の所得に対して親 会社に対する合算税制が、仏瑞租税条約 7 条の事業所得条項に違反するという判断を下し ている(いわゆる Schneider case である)24。 一方で、フィンランド及びイギリスに関しても、上述の争点で争われた同様のケースが 存在する。両国の結論に至っては、CFC ルールは租税条約に違反しない旨の判断を下して いる(いわゆる A Oyj Abp case 及び Bricom case)。 すなわち、本節(第 2 章第 1 節)では、 「企業の利得」の意味を、欧州の各判例を参考と して、「利得」の解釈の妥当性を分析する。我が国では租税条約上に定義がされていない用 語の解釈に係る判例の蓄積がないため、欧州の各判例を分析とすることは有益である。 したがって、以下「第 2 章第 1 節「1」」では Schneider case、以下「第 2 章第 1 節「2」」 では A Oyj Abp case、以下「第 2 章第 1 節「3」 」ではドイツによる BFHⅢR125/69 の「事 23 なお、Schneider case に関する下級審判決、すなわち、パリ租税地方裁判所(TA Paris, no.9218670/1,13 fevrier1996 )パリ租税高等裁判(CAA Paris, SA Schneider, no. 96-1408, 30 janvier 2001)に対して、 本稿では特段の見解を割愛する。 24 Schneider case の詳細は以下を参照。cf. Pierre-Yves Bourtourault = Marcellin N. Mbwa- Mboma, French High Tax Court Confirms that The Former French-Switzerland Tax Treaty Overrides the French CFC Legislation,30 (12) INTERTAX(2002), p.493. (391) 20 業所得条項」の解釈指針のケースを参考として検討を行う。そして、すべての裁判例を分 析したうえで、以下「第 2 章第 1 節「4」」において参考すべきであると考える判例を述べ る。 1.Schneider case この「1」では、フランスの Schneider case に関して、租税条約第 7 条の「企業の利得」 が所得区分上、どの所得を指しているのか、検討を行う。したがって、以下「(1)」では、 Schneider case による課税当局の主張を紹介する。以下「(2)」では、Conseil d’ Etat が判 断した「企業の利得」の解釈を分析する。 (1)Schneider case に係る課税当局の主張 Schneider case に対する課税当局の主張は主として 3 点である。 1 点目の主張は、租税条約の趣旨、目的を鑑みると、その趣旨は経済的二重課税排除を目 的としておらず、法的二重課税排除が目的であり、スイスで課税を受けるタックス・ヘイ ブン子会社と、合算課税を受けるフランスの親会社は法的に別人格であるので、フランス CGI 第 209B 条に係る合算税制は租税条約に違反しない、とする点である。 2 点目の主張は、フランス 209B 条により合算されるスイスの子会社の所得の性質がみな し配当である。また事業所得ではないのだから、仏瑞租税条約 7 条を適用するためにフラ ンスの当該所得に対する課税権はないとする原告の主張は誤りである、とする点である。 3 点目の主張は、CGI 第 209B 条と租税条約との抵触関係において、租税条約は国際的二 重課税排除を目的としているため、そのような抵触はない、とする点である。25 そこで、次の「(2)」では、上述「(1)」の課税当局の主張に対する Conseil d’ Etat が解釈 した「利得」の意味を検討する。 (2)Schneider case に係る Conseil d’ Etat の企業の利得の解釈 この「(2)」では、Conseil d’ Etat が、どのように「利得」を解釈しているのか整理する。 すなわち、Schneider case に対する Conseil d’ Etat26は、租税条約の解釈と条約適合性に ついて、広義に以下のように判断を下している。 (イ)フランス CGI 第 209B 条は、子会社の合算される所得範囲に関して、みなし配当で 25 4 ITLR・supra note11,p.1083-1105,p.1109-1130. 中里・前掲(注 20)73-74 頁、浅妻・前掲(注 20) 351-352 頁参照。なお、政府委員(Stéphane Austry)と課税当局との主張の内容は類似していると判断 する。 26 この他に、ブラジル―スペイン租税条約 7 条 1 項に関して、同様の争点について争われた判例がある。 (Eagle case)。詳細は、LEXIS/NEXIS から検索可能であり、本事案は 2006 年 10 月 19 日にブラジル連邦 税行政裁判所が判断を下している。LEXIS/NEXIS では Eagle case の判決文は掲載されておらず、 PUBLICATION-DATE として 2007 年 2 月 2 日及び 2007 年 3 月 6 日の 2 つのレポートから、 Soares da Silva 及び David Roberto R の両者による検討の詳細が記載されているのみである。 (392) 21 あるという課税当局の主張を退き、 「事業所得」である、と解釈している。27 (ロ)仏瑞(スイス)租税条約 7 条 1 項の文言にある「利得」については、租税条約上に 定義がされていない「用語」である。つまり、仏瑞租税条約 3 条 2 項に基づき、フランス 国内法令を参照して「利得」を解釈する。すなわち、その「利得」の意味から CGI 第 209B 条の課税の対象所得と同様である。したがって、Paramer 社の「利得」と CGI 第 209B 条 に係る課税の対象利得は同一となる。28 (ハ)前述(イ)を具体的に述べると、仏瑞租税条約 7 条 1 項の規定から、スイスに課税権 が帰属することになる。したがって、Paramer 社の「利得」と、フランス CGI 第 209B 条 の規定により Schneider 社に係るフランスで課税される Paramer 社の「利得」とは、同一 の「利得」を意味している。29 (ニ)仏瑞租税条約が、租税回避や脱税の防止を目的としていようが、明示の規定なしに 租税条約上の規定からの逸脱は認められない。30 すなわち、Schneider case の判決での敗訴を受けて 2006 年から新フランス CGI 第 209B 条が発足されている。また、Schneider case の判決から、課税の対象所得が「事業所得」 と認定された旧 CGI 第 209B 条には「みなし配当」規定が設けられたという経緯がある。31 結果的に、Schneider case の結論は、Conseil d’ Etat の判断により、フランス CGI 第 209B 条は仏瑞租税条約 7 条 1 項に抵触する旨、課税当局の主張を退けている。32 したがって、Conseil d’ Etat の判断は、「企業の利得」の意味を、租税条約上のすべての 所得範囲を含む所得である、と判断している。すなわち、「利得」が不動産所得から配当、 利子までを含むすべての所得と解釈されている。 そこで、次の「2」では、フィンランドがどのように租税条約を解釈しているか、分析す る。 2.A Oyj Abp case 27 4 ITLR・supra note11,p.1081, p.1093-1094.参照。つまり Conseil d’ Etat は CGI 第 209B 条に関して 厳格な文言解釈により、親会社に対して課税しているのか、或いは子会社の所得に対して課税しているの という問題点を、結果的に、子会社の所得に対して課税していると判断した。 28 ibid., p.1082. 及び、浅妻・前掲(注 20)351 頁参照。 29 ibid., p.1082. 及び、浅妻・前掲(注 20)351 頁参照。 30 ibid., p.1082. 及び、浅妻・前掲(注 20)351 頁参照。 31 Schneider case 後に伴う、フランス CFC ルールの改正ポイントとして 3 点補足する。1 点目は特定外 国子会社の定義に関して、フランス国内法人の外国子会社又は団体に係る直接又は間接の持分保有割合が 10%超から 50%超とされている。これにより、持分による支配状況に係る基準が我が国のタックス・ヘイ ブン対策税制の制度と同等の水準にまで引き上げられている。2 点目は課税上の特典として軽課税国又は 地域で納付する税額がフランス国内であれば納付が義務づけられる租税の額の 3 分の 2 以下から 2 分の 1 以下に引き下げられている。3 点目は課税方式について、CFC 所得をフランス国内法人の所得と合算して から税額の算定する総合課税方式を採用することとなった。これらの点を勘案すると、我が国のタックス・ ヘイブン対策税制とほぼ同様の規定になっていることがわかる。居波邦泰「Schneider case 判決の検討」 本庄資編著『租税条約の理論と実務』(清文社、2008 年)454-456 頁参照。 32 浅妻教授は、Conseil d’ Etat の判決に対して否定的な見解を述べる。すなわち、 「国務院判断の技術的 な勘違い」と解しており、仏瑞租税条約 7 条 1 項の「利得」の解釈が従来の租税条約 7 条 1 項の「利得」 と異なっている旨の指摘をしている。具体的な詳細は「第 2 章第 5 節「1」」を参照。浅妻・前掲注(20) 376 頁参照。 (393) 22 前述「第 2 章第 1 節「1」」では、フランスの Schneider case に係る Conseil d’ Etat が判 断した「利得」の解釈を紹介した。そこで、この「2」ではフィンランドの判例を分析する。 フィンランドの判例では、Schneider case の判例とは逆の司法判断が下されていることか ら、非常に興味深い判決内容であると考える。 したがって、以下「(1)」では、フィンランド行政最高裁判所による租税条約の「企業の 利得」の意味を紹介する。以下「(2)」では、同裁判所が解釈した「利得」の判断を検討す る。 (1)A Oyj Abp case に係るフィンランド行政最高裁判所による解釈 この「(1)」では、フィンランド行政最高裁判所が、どのような方法で「利得」 (事業所得) の解釈をしているか、以下において整理する。 A Oyj Abp case は、Schneider case と逆の判断が下されている。すなわち、フィンラン ド CFC ルールはフィンランド・ベルギー間の租税条約に違反しないと判断した。そこで、 A Oyj Abp case に関するフィンランド行政最高裁判所の具体的な解釈を以下、引用する。 (イ)租税条約の解釈は、租税条約は VCLT26 条及び 27 条を念頭に置いて解釈されるべき である33。また、フィンランド CFC ルールに係る課税所得の対象を決定するために、フィ ンランド国内法の事業所得税法 1 条を参照すべきである。すなわち、CFC ルールの課税対 象所得は「事業所得」である。34 (ロ)「事業所得」という用語は、租税条約上に定義されていない用語であるため、国内 法を参照する。35 (ハ)フィンランド CFC ルールの課税対象所得は、会社法上の利得の配分ではないことか ら、配当所得とは解することはできない。36 (ニ)フィンランド CFC ルールの解釈から、CFC ルールの対象となる所得は、フィンラン ド居住者の親会社の所得であることが定義されている。したがって、親会社に対して課税 する規定である。37 (ホ)OECD コメンタリーは、租税条約の解釈から生じる意味を拘束するものではない。 しかし、解釈を補充するものとしてその意味を有する。38 つまり、上述(イ)(ロ)の見解から、「事業所得」という用語は、租税条約上に定義さ れていないため、フィンランド国内法令の援用により解釈している。また、上述(ホ)の 見解から、OECD コメンタリーは、租税条約の解釈指針であるため、 「解釈の補助資料」と して参照できるということがわかる。したがって、上述(ハ)(ニ)の見解から、フィンラ 33 4 ITLR・supra note11, p.1064. ibid., p.1067-1068.なお、浅妻教授は、CFC ルールにより特定外国子会社が稼得する所得は事業所得で あると解釈し、それが解釈の論理の出発点であるとするフィンランド行政最高裁判所の判断に対して批判 的である。 35 ibid., p.1068.なお、A Oyj Abp case のレポートから読み取れるのは「利得」という文言ではなく、租税 条約 7 条による「事業所得」の文言であり、「事業所得」の文言を行政最高裁判所は解釈している。 36 ibid., p.1068. 37 ibid., p.1068. 38 ibid., p.1065. 34 (394) 23 ンド CFC ルールの規定は、CFC ルールの課税対象所得が「事業所得」であるとしながら、 外国法人に対する課税ではないため、租税条約に違反しないということがわかる。 そこで、次の「(2)」では、具体的に同判決に係る「事業所得」の解釈の内容を分析する。 (2)A Oyj Abp case の分析 この「(2)」では、A Oyj Abp case に係る「事業所得」の解釈の妥当性を分析する。した がって、以下「イ」では、フィンランド行政最高裁判所が解釈した判断を再考する。以下 「ロ」では、同裁判所が解釈した判断に対する検討を行う。 イ.フィンランド行政最高裁判所の判断の再考 A Oyj Abp case では、租税条約と CFC ルールの抵触関係を考える際に、CFC ルールに 係る課税の対象としている所得の問題点を確認しなくてはならない。この問題点に対して 同裁判所は、フィンランドの会社法上の利得の分配ではないので「配当所得」ではない39と、 上述「第 2 章第 2 節「2」(1)(ハ)」で判断している。 また、租税条約上に「事業所得」の定義が存在していないことから、租税条約 3 条 2 項 に基づいて、「事業所得」を解釈している。すなわち、「事業所得」の用語をフィンランド 国内法の事業所得税法 1 条に照らして意味を完結した。したがって、 「事業所得」と明確に 判断していることがわかる40。(第 2 章第 2 節「2」(1)(イ)(ロ)参照) とりわけ、フィンランド CFC ルールの解釈アプローチから、CFC ルールの課税の対象と している所得は、居住者たる納税者の所得である41と定義されている。 (第 2 章第 2 節「2」 (1)(ニ)参照)したがって、これらの段階を踏まえたうえで、フィンランド CFC ルールは、 フィンランド・ベルギー間の租税条約に係る「事業所得」に抵触しない旨の判断を下して いる。 ロ.判例を参照することの是非 この「ロ」では、上記「第 2 章第 1 節「2」」で検討したフィンランドの判例が参照でき るか否か、検討する。 すなわち、前述「イ.フィンランド行政最高裁判所の解釈」の内容から、その解釈の論理 に誤りが生じているものと解する他ならない。例えば、租税条約上に定義がされているの 39 ibid., p.1067-1068. フィンランド国内法に係る事業所得税法 1 条を考慮したうえで、行政最高裁判所は、フィンランド CFC ルールが課税の対象としている所得は配当所得ではなく、事業所得であると判断している。 41 4 ITLR・supra note11, p.1068. すなわち、フィンランド CFC ルールが対象としている所得が事業所得 であるとしているにもかかわらず、フィンランド CFC ルールが対象としている課税対象者は、フィンラン ドの国内法人であると判断されている。この問題点から、所得の性質問題と所得の帰属の問題は別に考え るべきであると考える。我が国の判例による解釈を諸外国の判例から参照することの是非でいえば、A Oyj Abp case が一つの判例として採用することも有益であろうが、筆者はこの解釈の論理に疑問が生じている。 40 (395) 24 であれば、国内法がいかなる定義をしていようとも、条約上の定義に従った所得の性質が 優先される。一方で、「事業所得」は租税条約上に定義がされていないが、租税条約上の文 脈からその意味を解釈することができる。(具体的に第 3 章第 2 節及び 3 節で検討) A Oyj Abp case の判例は、結果的に「事業所得」の用語を国内法の解釈により意味を援 用している。そして、フィンランド CFC ルールの課税の対象としている所得は「事業所得」 であるとしている。したがって、CFC ルールの規定により、国内の居住者に対して課税を している(「一方の締約国の企業」に対して課税していない)制度であるため、租税条約の 「事業所得条項」に抵触しないと判断した。 一方、租税条約の解釈において、事業所得条項(企業の利得)を、我が国の国内法令に よって解釈することは、二重課税や二重非課税及び納税者の法的安定性を担保すべき概念 から生産的ではない。確かに、「事業所得」(企業の利得)は租税条約上に定義はないが、 租税条約の文脈からその意味を把握することができる。とりわけ、条約は各国共通の意味 を有さなければならないが、CFC ルールの制度は、各国によって多少異なる部分がある。 したがって、同判決が判断した条約の解釈方法は、誤っていると考えるため、A Oyj Abp case は、グラクソ事件の参考判例とならない。42 他方、欧州では、CFC ルールと EC 条約との抵触関係が争われた判例がある。43この判 例は、結果的に、欧州裁判所(ECJ)が「CFC ルールは EC 条約に抵触する」という判断 を下している。したがって、EU の最高裁判所が下した上述の判決により、EU 加盟国であ るフィンランドの A Oyj Abp case は判例としての効力が生じないであろう。 そこで、次のドイツのケースでは、フランスやフィンランドとは異なる解釈をしている ため、以下「3」では、ドイツにおける条約の解釈の内容を検討する。 3.BFH ⅢR 125/6944 この「3」では、ドイツの「事業所得条項」の解釈指針に関する判例を紹介する。フラン スやフィンランドの判例とは内容が異なるが、租税条約上に定義がされていない「事業所 得」に対する解釈の判例であるため、フランスやフィンランドの判例と類似しているもの と考える。 したがって、以下「(1)」では、事業所得条項に関する判例である uruiesfinarazhof case 42「事業所得」 (企業の利得)が国内法令の解釈を援用せず、条約上の文脈から意味を把握できる根拠は、 本稿「第 3 章」で、租税条約 3 条 2 項と対比させて述べる。とりわけ、フィンランド行政最高裁判所は、 OECD コメンタリーの参照として、フィンランドとベルギーの OECD 加盟国間の CFC ルールと租税条約 の関係に関して、コメンタリーを根拠として抵触しない旨の判断を下している。ibid., p.1069-1070.なお、 コメンタリーを根拠に抵触関係を検討できるか否か、或いは OECD 加盟国であろうと非加盟国であろうと コメンタリーを根拠に抵触関係を述べることができるかという是非に関しては「第 2 章第 2 節」で述べる ため現時点では省略する。 43 いわゆる Cadbury Schweppes case である。CFC ルールが EC 条約の「設立」の自由に違反している か否かが争点となり、ECJ として初めて CFC ルールは EC 条約に抵触するという判例がある。cf. Cadbury v. CIR, ECJ, Case C-196/04, 9 International Tax Law Reports 89-138(2006).又は、「欧州裁判所における 租税回避行為に対する考え方」月刊国際税務 VOL.31、103-111 頁(2011 年 1 月)参照。 44 Alexander Rust, Chapter 11: Germany, 11.2. “International tax treaty case law,” 11.2.4. Article 3 (2) OECD MC issues, 11.2.4.1, BFH ⅢR 125/69, p.265. Guglielmo Maisto ed. Courts and Tax Treaty Law, EC and International Tax Law Series Volume 3. (396) 25 の内容を整理する。以下(2)において条約の解釈の内容を検討する。 (1)uruiesfinarazhof case ドイツでは、事業所得条項と CFC ルールとの抵触関係に関する判例は存在しないが、事 業所得条項の解釈に関する判例がある。いわゆる uruiesfinarazhof case では、匿名組合が DHT ドイツ-スイス間の事業所得45条項の範囲内に該当するのかどうかの判断を司法判 断に委ねられている。46 ドイツ租税裁判所は、まず、租税条約締結の歴史及び条約の対象及び目的を考慮してい る。47更に、裁判所は事業所得条項に関して妥当な解釈を導き出すことから、国内税法にお ける用語の解釈を援用することを拒否している。48 結果的に、租税条約の文脈を第一の手段として、それが安定した結果を導かない場合に、 国内税法に対する参照が可能である、と判断を下している。49 そこで、次の「(2)」では、ドイツに係る判例の解釈の評価を検討する。 (2)解釈の範疇 この「(2)」では、ドイツの判例に係る「事業所得」の解釈の評価を検討する。 要するに、ドイツ租税裁判所は、事業所得条項の解釈に関して、定義がない用語の解釈 であるにもかかわらず、 OECD MC3 条 2 項に係る文献を引用しなかったことが垣間見える。 50しかしながら、ドイツの裁判所の例によると、OECD MC3 条 2 項の解釈はあまり均一で はないと解されている。51 したがって、ドイツの或る判決では、租税条約の用語は主として租税条約の文脈に関し て解釈されなければならないと判断している。他方、租税条約の文脈を考慮せずに国内法 に基づいて租税条約の用語を解釈している判例もあり、ドイツでは定義がされていない用 語の解釈に統一性が担保されていない現状にある。52しかしながら、uruiesfinarazhof case は、CFC ルールとの関係の判例ではないが、租税条約の趣旨及び目的に叶った解釈をして いると考えるため、我が国でも参考となる解釈指針である。53 そこで、フランス、フィンランド、ドイツの判例を検討してきた結論として、以下「4」 では、3 つの判例を総合勘案し、我が国が採用すべき租税条約の解釈指針の判例を整理する。 45 46 47 48 49 50 51 52 ibid., p.265. ibid., p.265. ibid., p.265. ibid., p.265. ibid., p.265. ibid., p.265. ibid., p.264. ibid., p.264. 53 ドイツでは、サモン・ロー(大陸法)の法体系を採用している。つまり、成文法の観点から法典を重視 した体系であると判断できる。具体的に以下の文献を参照。吉村典久著「ドイツにおける裁判判例の税務 行政に対する一般的拘束力」石島弘・碓井光明・木村弘之亮・玉国文敏編『税法の課題と超克』山田二郎 先生古希記念論文記念論文集(信山社、2000 年)359-387 頁参照。 (397) 26 4.小活 この「4」では、欧州の 3 つの判例に係る解釈の妥当性をまとめる。 おおよそ、我が国の通説では、租税条約と国内法との関係から、租税条約優位説に依拠 している54ことを鑑みると、uruiesfinarazhof case の事業所得条項における解釈が条約解釈 の最も妥当な解釈である。すなわち、条約の文脈から意味を解することが国際的二重課税 排除、或いは二重非課税排除の趣旨を担保できる。 すなわち、条約と CFC ルールとの抵触関係を別に考えると、フランス及びフィンランド の判例は、租税条約 7 条の解釈を自国の国内法令により解釈している。しかしながら、こ れは「利得」の用語に関して、誤った解釈であると考える。定義がない用語だからといっ て、何が何でも国内法令の解釈を援用してもいいということは、租税条約 3 条 2 項の規定 から解釈できない。したがって、CFC ルールが法的二重課税、又は、経済的二重課税を排 除している規定であっても、7 条の「利得」に関しては、租税条約の文脈からその意味を解 すことが可能である。55 なお、欧州の各裁判例では、多様に OECD コメンタリーを解釈の指針として採用されて いることが認識できる。我が国では、OECD コメンタリーの法的意義に関して一般に確立 された基準であるか否かは、学説によって異なり、議論が生じている。 そこで、第 3 章においてコメンタリーに依拠した「利得」の解釈指針を述べるため、以 下第 2 節では、コメンタリーの法的根拠の意義を、学説から整理し、法的根拠の有無を検 討する。 第2節 租税条約の解釈における OECD モデル租税条約及び同コメンタリー の法的位置付け この「第 2 節」では、OECD モデル租税条約及び同コメンタリーの法的拘力の有無を検 討する。すなわち、前述「第 2 章第 1 節」で検討を行った欧州の各判例では、OECD コメ ンタリーを根拠に条約を解釈し、また、コメンタリーをもとに結論を導いている。しかし、 コメンタリーに法的効力が有していないのであれば、コメンタリーを根拠とした解釈に批 判が生じる可能性がある。すなわち、コメンタリーが、条約の解釈に際して一般的に確立 された解釈指針の資料であるか否か、本稿で検討する必要性があると筆者は考える。 したがって、以下「1」では、基本的な概念として OECD の概要を説明する。以下「2」 では、コメンタリーに法的な効力がないと述べる学説を整理する。以下「3」では、コメン 54 金子宏著『所得課税の法と政策所得課税の基礎理論下巻』 (有斐閣、1996 年)363-370 頁参照。また、 田井良夫『国際的二重課税の排除の研究―外国子会社配当免除制度への転換の検討を中心として―』 (税務 経理協会、2010 年)164 頁参照。 55 なお、フランスに関しては、我が国と同様にサモン・ロー(大陸法)を採用している。また、金子・前 掲(注 5)105 頁によれば、判例も租税法の法源の一種と考えられている。しかしながら成文法を採用して いるフランスで、 「利得」の意味に相違あると考えられる場合には、やはりその判例の解釈を参照すること はできない。他方で、成文法を採用しているドイツの上述の判例の解釈には妥当性があると考える。 (398) 27 タリーは法的な効力があると述べる学説を整理する。最終的に以下「4」において、コメン タリーに係る法的効力の有無の検討結果を述べる。 1.OECD の概要 この「1」では、OECD の基本的な概念を整理する。したがって、以下(1)では、コメン タリーを解釈指針とする必要性を述べる。(2)では、OECD の基本的な概念を整理する。 (1)OECD コメンタリーを解釈指針とする必要性 この「(1)」では OECD コメンタリーを解釈指針とする必要性を述べる。 では、なぜ OECD 租税条約及びコメンタリーの法的位置付けによる議論が生じているの か。とりわけ、本稿で取り上げなくてはならないその根拠は何か。 すなわち、本稿で取り上げる判例の主たる争点として、タックス・ヘイブン対策税制が 租税条約に違反するか否かの是非について議論が生じていた。そこで、OECD コメンタリ ーの 1paragraph23.及び 7paragraph10.1.若くは 10paragraph37.では、CFC ルールは租税 条約に抵触しないという説明がされている。56 具体的に述べると、OECD モデル租税条約 1paragraph23.及び 7paragraph10.1.には 「CFC ルールと OECD モデル租税条約 7 条 1 項は抵触しない」という、CFC ルールと 7 条 1 項との関係性が OECD の勧告から明確に説明されている57。しかしながら、果たして そのコメンタリー自体が法的拘束力を有するのか否かが問題である。 したがって、OECD 加盟国間の租税条約の法的位置付けによる議論はもとより、加盟国 及び非加盟国間の租税条約58の議論も含め、さらには非加盟国間の租税条約に関しても59、 網羅的に検討60する。もし、コメンタリーの位置付けが明確に認識することができれば、租 56 これらの Paragraph は、前述「第 2 章第 1 節」で述べた Schneider case 後に鑑み、新たに OECD 委 員会が改訂したものと思われる。すなわち、これが意味する事は OECD コメンタリーに法的拘束力を有し ているのであれば、OECD コメンタリーを根拠に抵触関係は明確に否定されるであろう。しかし、逆に法 的拘束力を有していないのであれば、OECD コメンタリーを根拠に CFC ルールと租税条約との関係を否 定することはできない。例えば、グラクソ事件に係る課税庁側の主張から、OECD コメンタリーが CFC ルールは租税条約に抵触しない旨の参照を根拠として、我が国に関してもタックス・ヘイブン対策税制は 日租税条約 7 条 1 項に抵触しない旨の主張をしている。 57 川端康之監修『OECD モデル租税条約 2003 年版(所得と財産に対するモデル条約) 』 (社団法人日本租 税研究協会、2003 年)55、103 頁参照。 58 OECD 非加盟国の立場からでもコメンタリーに対する自国の立場を表明することは可能であることを、 川端・前掲(注 57) 「OECD モデル租税条約に対する非加盟国の立場」293-320 頁にて勧告している。な お、英文に関しては、ORGANIZATION FOR ECONOMIC CO-OPERATION AND DEVELOPMENT(OECD), MODEL TAX CONVENTION ON INCOME AND ON CAPITAL(2003), NON-MEMBERCOUNTRIES’ POSITIONS ON THE OECD MODEL TAX CONVENTION, p.309-339. に依拠する。 59 或る国によっては OECD に加盟している国もあれば加盟していない国もあるので、コメンタリーの検 討事項に関しては OECD 非加盟国と OECD 加盟国はもとより、加盟国間も同様に検討が可能である。尤 も議論の余地が生ずる加盟国が非加盟国に対するコメンタリーを参照とすることができるのか否かが問題 点であると考える。なお、法的拘束力を有するという観点から、通説は非加盟国においても参照されるべ き資料であるとされている。 60 すなわち、OECD モデル租税条約及び同コメンタリーの法的根拠の有無が不明確であれば、具体的な租 (399) 28 税条約の解釈にあたって、納税者や企業の経済活動の遂行に対する法的安定性及び予測可 能性の観点から、経済活動の遂行幅の可能性が広くなることは言うまでもない。 そこで、議論に入る前に、以下「(2)」では、OECD の概要を整理する。 (2)OECD モデル租税条約及び同コメンタリーの概要 この「(2)」では、OECD の概要の整理を試みる。 我が国は、租税条約の解釈の方法として、一般的に OECD モデル租税条約及び同コメン タリー (OECD Model Tax Convention and Commentary)61を参照することが原則とされ ている。 OECD と は 経 済 協 力 開 発 機 構 (Organisation for Economic Co-operation and Development, OECD) が 1961 年 9 月に世界的視野に立って国際経済全般について協議す ることを目的として設立された機構62である。本来、OECD モデル租税条約及び同コメンタ リーは租税条約の解釈指針の参考とされている。我が国でも租税条約の実体法的解釈は OECD モデル租税条約に依拠し、国際租税法において OECD コメンタリーが実務で幅広く 認知されている。 しかし、OECD モデル租税条約及び同コメンタリーは以前から、加盟国に対して「勧告 (Recommend)」 (経済協力開発機構条約 5 条(b))として捉えられてきたが、 「勧告」とい うのは「決定」 (同条(a) )とは異なり、加盟国に対して拘束力を生じさせるものではない。 実際に OECD コメンタリーの法的位置付けに関しては議論が活発化しており、各国で生じ る議論に関しても、未だに検討の余地63が生じている。 そこで、OECD コメンタリーの法的根拠に関する議論が活発していることから、次の「2」 では、コメンタリーには法的な効力を有していない、とする学説を整理する。 2.OECD コメンタリーについて法的拘束力を有しないという学説 この「2」では、OECD コメンタリーに法的拘束力を有しているとする学説を整理する。 以下「(1)」では佐藤正勝教授、以下「(2)」では中里実教授、以下「(3)」では浅妻章如教授、 以下「(4)」では山本哲也氏、以下 4 つの学説を整理する。 税条約の解釈において OECD 租税条約及び同コメンタリーをどのように扱えばよいか、つまり法的根拠が あるならば絶対的に従わなければならないのか、或いはそうではないのか。とりわけ納税者が別段の意思 を示さない限り従わなければならないのかなど、不確定な部分が存在しているため、コメンタリーの法的 根拠の有無の検討を試みるのである。 61 本稿に関する OECD モデル租税条約及びコメンタリーに関する英文は、ORGANIZATION FOR ECONOMIC CO-OPERATION AND DEVELOPMENT(OECD), MODEL TAX CONVENTION ON INCOME AND ON CAPITAL(2003)(2005)(2008).に依拠する。なお、2003 年版の和訳は、川端・前掲(注 57)を参照。 62 増井良啓・宮崎裕子『国際租税法』 (東京大学出版、2008 年)24 頁引用。 63 cf. Frank Engelen, Some Observations on the Legal Status of the Commentaries on the OECD Model 60(3) / David A. Ward, The Role of the Commentaries on the OECD Model in the Tax Treaty Interpretation Process 60(3) BULLETIN FOR INTERNATIONAL TAXATION 97(2006) / Maarten J. Ellis, The Role of the Commentaries on the OECD Model in the Tax Treaty Interpretation Process-Response to David Ward 60(3) BULLETIN FOR INTERNATIONAL TAXATION 103(2006) (400) 29 (1)佐藤正勝教授 まず、法的拘束力を有しないその根拠として、OECD モデル租税条約及び同コメンタリ ーは「通達」と同様に扱われることから、法的な拘束力は有しない、とする根拠である。 佐藤教授は OECD モデル租税条約及び同コメンタリーに対して、以下のように述べる。 「OECD モデル租税条約は、わが国、ないし各国の国会等で承認を経たものではない。 OECD という国際機関が作成した単なる模範条約である。したがって、法的拘束力はない。 しかし、実務では、事実上広く解釈指針として用いられているし、条約規定の意味を包括 的に、網羅的に記述した、唯一の文献として各界から信頼を得ているといえる。64」 すなわち、OECD は実務において一般的に承認されている重要な解釈指針として、兼ね て、尊重するに値するものである、とする根拠である。とりわけ OECD モデル租税条約及 びコメンタリーの法的位置付けの観点を除外して、租税条約の解釈指針であると考えるこ とになんら問題は感じられない。 (2)中里実教授 他方、法的根拠の観点からコメンタリーの法的位置付けについて、中里教授は以下のよ うに述べる。 「それは形式的に法的拘束力を有しないのであり、そこに書かれた内容が租税条約の正 しい解釈に合致する場合に限り、結果として拘束力を有するようにみえるのである。また、 何よりもシンガポール65は OECD のメンバーではないのであるから、本件において、OECD モデル租税条約コメンタリーを引き合いに出すことについては、かなりの疑問がある66。」 すなわち、コメンタリーの法的拘束力の有無以外に OECD 非加盟国はコメンタリーを参 照できないと見解する学説である。 したがって、尊重とはいえ、「勧告」として留まることと認識されている以上、国際慣習 法として成立されているとまで解することは出来ず、法的拘束力を有するというには言い 難い、とする見解である。 (3)浅妻章如教授 64 佐藤正勝「恒久的施設の概念―従属代理人及び独立代理人の意義」 『会計プロフェッション』 (青山学院 大学大学院会計プロフェッション研究学会、2006 年)103-104 頁参照。 65 補足として、グラクソ事件では日星租税条約が取り扱われており、シンガポール共和国は OECD 非加 盟国である。 66 中里・前掲(注 20)78-79 頁参照。なお、本件とはグラクソ事件のことを指す。 (401) 30 浅妻教授は、OECD コメンタリーは可能性として、 「法的な意義を有している可能性もあ り、また法的な意義を有していない可能性もある」と、両論の立場に立っている。67 すなわち、OECD コメンタリーが OECD モデル租税条約の作り手である OECD 自身に よって書かれているものであるといっても、例えば国内の租税法規について立法担当者が 解説書を著しても、その書は裁判において一学説として位置付けられるにとどまることと 同様であるにすぎない、と述べる。 (4)山本哲也氏 山本氏は、本稿で取り上げるグラクソ事件の判例からコメンタリーの位置付けについて 以下のように述べる。 「コメンタリーを条約締結時に存在していた(古い)コメンタリーと条約締結後に改訂 された(新しい)コメンタリーと分けて考えた場合において、新しいコメンタリーは条約 締結や改定時には存在しないという根拠を主とし、法的拘束力は有していない68。 」 すなわち、コメンタリーに法的拘束力を有する学説の中でも混乱が起きているなか、各 国裁判所からは、一度も拘束力があるものとは認められていない。69したがって、コメンタ リーが拘束力を有するという根拠が、一般認識としては低いのではないかと考えられる。 そこで、次の「3」ではコメンタリーに法的な効力を有しているとする学説を整理する。 3.OECD コメンタリーについて法的拘束力を有しているという学説 この「3」では、OECD モデル租税条約及び同コメンタリーに関して法的拘束力を有する という学説を整理する。したがって、以下「(1)」では、コメンタリーの法的効力に対する VCLT の必要性を述べる。以下「(2)」ではコメンタリーが VCLT に該当する根拠の学説を 整理する。以下「(3)」では VCLT 以外の立場によるコメンタリーの学説を整理する。 (1)VCLT を斟酌する根拠 この「(1)」では、OECD コメンタリーの参照に係る、VCLT を参考とする根拠を述べる。 67 浅妻章如「国際租税法におけるルール形成とソフトロー―CFC 税制と租税条約に関する OECD コメン タリーの位置付けを題材として」中里実編『政府規制とソフトロー』 (有斐閣、2008 年)262-264 頁参照。 要するに、浅妻教授は、「OECD コメンタリーが或る課税を禁じているところ、或る OECD 加盟国がコメ ンタリーに留保(reservation)を付さなかったまま当該国が OECD コメンタリーの記述に反して課税しよう とする場合、OECD コメンタリーの法的拘束力によりそうした課税が許されなくなるのではないか。」と いう典型的な問題について、一般化して答えを示すことは難しいものである、と述べる。 68 山本(哲)・前掲(注 20)119 頁参照。 69 Klaus Vogel ・松原有里(訳) 「ヨーロッパにおける国際課税の現代的課題」江草忠敬『租税の戦争と 調和』(有斐閣、1998 年)156 頁参照。 (402) 31 つまり、OECD コメンタリーに法的拘束力を有するという根拠を述べるためには、VCLT を斟酌し、VCLT のいずれかの規定に該当、或いは、当てはめることができればコメンタリ ーに法的効力を持たせる事ができる。70 すなわち、OECD コメンタリーが単なるコメンタリーとして尊重されるのではなく、 VCLT31 条 1 項から 4 項及び 32 条のいずれかの規定に該当することができるのか、が問題 である。とりわけ、VCLT のいずれかに該当することができるのか、という問題は、条約締 結の際にコメンタリーをもとに参照して作成されている租税条約の解釈に大きな影響を有 することになる。71 そこで、次の「(2)」では、具体的に OECD コメンタリーが VCLT の、どの規定に該当す るのが、学説を参考に検討を試みる。 (2)VCLT に該当するという学説 この「(2)」では、OECD コメンタリーに対して、VCLT に該当すると述べる学説の整理 を行う。したがって、以下「イ」では VCLT31 条 4 項に該当する学説、以下「ロ」では VCLT31 条 3 項に該当する学説、以下「ハ」では VCLT31 条 1 項に該当する学説、以下「ニ」では VCLT32 条に該当する学説を整理する。 イ.VCLT31 条 4 項の「特別の意味」72に該当するという見解 租税条約の解釈から OECD コメンタリーは、VCLT31 条 4 項の「特別の意味」に該当す ると解釈できるという谷口勢津夫教授の見解である。谷口教授は次のように述べる。 「モデル租税条約及び同コメンタリーは、租税条約の実務において広範に重要な役割を 果たすようになってきており、そのことが判断調和 (Entscheidungsharmonie) の実現にも 貢献していると考えられることから、モデル租税条約及び同コメンタリーを租税条約の解 釈において参酌することは租税条約の主観的解釈につながることを承認したうえで、且つ、 その参酌を条約解釈の一般的規則の枠内で行い得るようにすべきであり、妥協の余地を VCLT31 条と 32 条の懸け橋と解してモデル租税条約及び同コメンタリーから明らかになる 用語の意味を「特別の意味」73である。74」75 70 谷口勢津夫『租税条約論』(清文社、1999 年)16 頁参照。 つまり、OECD モデル租税条約及び同コメンタリーを法的に参照できるまでの拘束力を有することがで きるのかが「第 2 章第 2 節」での論点である。本稿による「利得」の解釈や、条約に対する適合性の観点 から考えると重要な論点である。したがって、学説からその根拠を導くために、OECD モデル租税条約及 び同コメンタリーが VCLT に対してどのように効力を有しているかが焦点である。 72 VCLT31 条 4 項「用語は、当事国がこれに特別の意味を与えることを意図していたと認められる場合に は、当該特別の意味を有する。」松井・前掲(注 1)305 頁引用。なお、VCLT に関する詳細として、cf.The Vienna Convention on the Law of Treaties, Second edition. MANCHESTER UNIVERSITY PRESS at 83-113.(1984).を参照。 73 谷口・前掲(注 70)15-27 頁参照。 74 谷口教授と同様の見解を示すものとして、Hugh J .Ault, The role of the OECD commentaries in the interpretation of tax treaties, in edited by HERBERT H,ALPERT-KEESVAN RAAD, ESSAYS ON 71 (403) 32 すなわち、VCLT31 条の 1 項から 4 項では、コメンタリーに対してより強い拘束力が認 められていることから、 「判断調和」の解釈として上述の解釈をしている。 ロ.VCLT31 条 3 項の「条約の適用につき後に生じた慣行」76に該当するという見解 占部裕典教授は、OECD モデル租税条約及び同コメンタリーを、VCLT31 条(3)(b)「条約 の適用につき後に生じた慣行」に該当する77と述べる。この学説の根拠は、本稿で取り上げ るグラクソ事件の判例に対するコメンタリーの位置付けのことを述べている学説である。 その根拠として以下のとおりである。 「我が国が日星租税条約を締結して以来、タックス・ヘイブン対策税制はシンガポール において受け入れられており、このことは、VCLT31 条 3 項は、日星租税条約の解釈につ き、「条約の適用につき後に生じた慣行であって、条約の解釈についての当事国の合意を確 立するもの」を租税条約の解釈にあたり考慮すると規定している旨の根拠としていること から、コメンタリーは 31 条 3 項の「後に生じた慣行」である。」 すなわち、条約締結後にされたコメンタリーに関しては VCLT31 条 3 項に該当する、と する見解である。 ハ.VCLT31 条 1 項の「通常の意味」78に該当するという見解 また、谷口教授は、コメンタリーを VCLT31 条 1 項にも該当すると述べる。その学説の 根拠は以下のとおりである。 「租税条約は VCLT の規則から判断調和ないし協調解釈の要請を導き出す見解があり、 この判断調和の要請と、OECD 理事会の勧告を遵守する「弱められた義務」とを根拠とし て、モデル租税条約及び同コメンタリーから明らかになる用語の意味を「用語の通常の意 味」として捉える。」79 INTERNATIONAL TAXATION at 61.(1993).がある。Ault 教授も OECD モデル租税条約及び同コメンタ リーの法的根拠を VCLT31 条 4 項の「特別の意味」と述べている。 75 VCLT31 条と 32 条の懸け橋というのは、つまり 32 条の条文から 31 条の規定において意味が曖昧、又 は、不明確であった場合により適用されうる条文であるため、31 条よりは解釈に幅が限定的になってしま うとすることであると考えられる。 76 VCLT31 条 3 項「文脈とともに、次のものを考慮する。(a)条約の解釈又は適用につき当事国の間で後 になされた合意 (b)条約の適用につき後に生じた慣行であって、条約の解釈についての当事国の合意を確立 するもの (c)当事国の間の関係において適用される国際法の関連規則。」松井・前掲(注 1)305 頁引用。 77 占部・前掲(注 20)227 頁参照。占部教授は 31 条 3 項であるとする根拠として、その根拠の一つを Vogel 教授の論文から引用されている。(Klaus Vogel, Double Taxation Convention, Para.126 ) 78 VCLT31 条 1 項「条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に 従い、誠実に解釈するものとする。」松井・前掲(注 1)304-305 頁引用。 79 谷口・前掲(注 70)16-17 頁参照。 (404) 33 すなわち、コメンタリーが有する意味が VCLT31 条 1 項に該当すると述べる。したがっ て、谷口教授は、OECD モデル租税条約及び同コメンタリーを状況に応じて 31 条 1 項の「通 常の意味」と 31 条 4 項の「特別の意味」に使い分けている。 二.VCLT32 条の「解釈の補足的手段」80に該当するという見解 (イ)一方、租税条約の解釈として、OECD コメンタリーは VCLT32 条の「解釈の補足的 手段」にすぎない81と述べる学説がある。82また、小寺彰教授は VCLT32 条に該当するとい う根拠を、以下のように述べる。 「単に条約解釈の基本原則である VCLT31 条に該当するという考えではないということ である。つまり 31 条の「文脈」ないし、「文脈」と同様に考慮すべきものと位置付けるた めには、まず租税条約における条項に関する用語の通常の意味が OECD コメンタリーに示 されていることを立証することである。そして一般的にではなく、租税条約との関係で OECD コメンタリーの採用する解釈を採用する旨を、租税条約当事国間で何らかの形で合 意したという事実を示す必要がある。以上の要件を満たすことができなければ、条約文等 の条約解釈の主要な手段によっては「意味が曖昧又は不明確である場合」または「明らか に常識に反した又は不合理な結果がもたらされる場合」に限って、条約解釈の補足的手段 として用いることができる。83」 すなわち、コメンタリーはあくまでも VCLT32 条の「解釈の補足的手段」として条約解 釈に援用されるもの、という見解である。 しかしながら、上述の学説は、批判の懸念が生じる可能性がある。 つまり、コメンタリーが「条約の準備作業」又は「条約の締結の際の事情」には該当し ないと考えられるであろう。そのような解釈をした場合に「条約解釈の補足手段」として 80 VCLT32 条「前条の規定の適用により得られた意味を確認するため又は次の場合における意味を決定す るため、解釈の補足的な手段、特に条約の準備作業及び条約の締結の際の事情に依拠することができる。 (a)前条の規定による解釈によっては意味があいまい又は不明確である場合(b)前条の規定による解釈によ り明らかに常識に反した又は不合理な結果がもたらされる場合。」松井・前掲(注 1)305 頁引用。 81 cf. DANIEL SANDLER, TAX TREATIES AND CONTROLLED FOREIGN COMPANY LEGISLATION at 83 (1998).つまり、Sandler 教授は租税条約を解釈する際に、コメンタリーを VCLT32 条の解釈の補足的手段であると述べる。これは租税条約 7 条 1 項の解釈に限ったことではなく、租税条約 全体でのコメンタリーの参照を意味しているものと考えられる。 82 例えば、各国の司法判断による判決から OECD コメンタリーについて拘束力を有するということが認 められたことが未だ皆無である。このジレンマを克服するため、1996 年においてオーストラリアとアメリ カの間の新たな二重課税防止条約に合意議定書が添付されており、条約の定義を OECD モデル条約の文言 から借用する場合には、OECD コンメンタールの意味で解釈することができるということが予定されてい た。議定書においては「解釈の補足的手段となるものである」旨の判断が下されており、二重課税防止条 約の解釈にあたってその都度、最新のコンメンタールの見解を参考にすることに対する法的根拠を与えて いるのである。Vogel・松原・前掲(注 69)156 頁参照。 83 小寺彰「租税条約の解釈における OECD コンメンタールの意義―条約解釈上の位置―」 『国際商取引に 伴う法的諸問題(15)』(財団法人トラスト 60、2008 年)63-64 頁参照。 (405) 34 用いるためにはその根拠を示さなければならない。84 (ロ)他方、吉村典久教授は以下のように述べる。 「OECD モデル租税条約及び同コメンタリーは、各国の二国間租税条約の策定作業を行 う上で、事実上、大いに参考されていることから、この実務を基礎として OECD コメンタ 」 リーを VCLT32 条の「解釈の補足的手段(準備作業)」に含められる85。 すなわち、小寺教授と吉村教授の学説から、VCLT32 条の文言を検討すると、VCLT31 条の規定の適用により得られた意味を確認するためにも解釈の補足的手段を使うことがで きる、という根拠であることがわかる。86しかし、この根拠にも弱点がないわけではない。 二国間租税条約の締結前の OECD コメンタリーは「準備作業」に該当するのである。しか しながら、日星租税条約の場合に、その条約の締結後に策定若しくは改訂された OECD コ メンタリーは「準備作業」とならないことは明らかである。87 (ハ)すなわち、OECD モデル条約の公式コメンタリーは、それらが締約国の憲法により 裁判所及び課税当局を拘束する場合、且つ、その限りにおいて、不確実性及び疑念の解決 に役立ちうるのである。二国間租税条約のなかで OECD コメンタリーを条約解釈にとって 拘束力のあるガイドラインとして援用することは有用である。したがって、法的には条約 解釈の補足手段にすぎない88という根拠として位置付けられることになる。 以上により、コメンタリーの VCLT に対する該当性に関する学説を整理した。一方で、 コメンタリーを VCLT 以外の観点から、その位置付けを見出そうとする学説がある。そこ 84 したがって、小寺教授は OECD コメンタリーを条約解釈の補足手段として位置付けられても、それは VCLT31 条に規定される条約解釈の主要な手段によって十分な条約解釈がなされない場合、つまり「意味 が曖昧又は不明確である場合」または「明らかに常識に反した又は不合理な結果がもたらされる場合」に 意味をもつにすぎないのである、と述べる。小寺・前掲(注 83)64 頁参照。 85 吉村典久「租税条約の解釈における OECD コメンタリーの引用」金子宏編『国際課税の理論と実務― 移転価格と金融取引―』(有斐閣、1997 年)394-399 頁、414 頁参照。 86 OECD コメンタリーを参照する意義について大成事件判決がある。いわゆる恒久的施設としての代理人 に関する OECD モデル租税条約及びコメンタリーの問題として、モデル条約 5 条 5 項及び 6 項の解釈には いずれの合理的な結論が引き出せないため、VCLT32 条(a)に基づき、VCLT 第 31 条に定める解釈の一般 的規則による「解釈によっては意味があいまい又は不明確である場合」を念頭に置き、解釈の補足的な手 段としてコメンタリーが引用できるという根拠を参考とし、裁判所は判決における二国間租税条約の解釈 として OECD コメンタリーに準拠することができるとされた判決である。(The Taisei Fire and Marine Insurance Co.,Ltd.,et al.,v. Commissioner of Internal Revenue, 104 T. C. 535; 1995 U.S. TAX Ct.). 87 いわゆる、租税条約の解釈にあたって各国裁判所がよく行っているように、条約締結時(古い)のコメ ンタリーのみならず最新版(新しい)の OECD コメンタリーをも引用することの根拠がなくなってしまう という点である。 88 木村弘之亮「二重課税条約の解釈」 『法学研究』 (慶應義塾大学法学部内法学研究会第 68 巻第 6 号、1995 年)58、64-65 頁参照。例えば、木村教授の見解から、1963、1977、1992、1994 年の OECD モデル条 約及びそのコメンタリーは条約そのものの構成要素ではなく、それらは、国際慣習法にも凝縮していない ので、同モデル条約及びコメンタリーはいまだ規範効力を有しないと考えられている。それ故、これらは VCLT32 条に規定する解釈の補足手段であるにすぎないのである。とりわけ、OECD 非加盟国間に関して は、OECD 二重課税モデル条約を手本にして二重課税条約が締結されることも、稀ではないのであり、こ のような場合においても、解釈にあたっては 1963、1977、1992、1994 年 OECD モデル条約によって意 味内容から出発されるのであるから、非加盟国においても同様の解釈が可能であると述べる。 (406) 35 で、次の「(3)」では、ソフトローの観点からコメンタリーの位置付けに関する学説を整理 する。 (3)VCLT 以外の観点及び soft law の観点 この「(3)」では、VCLT の規定のいずれにも該当せず、Soft law の観点からコメンタリ ーの位置付けを見出そうとしている学説の整理を行う。したがって、以下「イ」では VCLT 以外の観点からコメンタリーの位置付けを探求している学説を述べる。以下「ロ」では Soft law としてのコメンタリーの位置付けの学説を述べる。 イ.VCLT 以外の観点 前述「(2)VCLT に該当する根拠」で述べたように、コメンタリーの位置付けには多種多 論が存在する。また、OECD モデル条約及び同コメンタリーが VCLT のいずれの規定に該 当するのかが、議論の的になっていることは明確である。しかしながら、通説は存在して いない。 近年では、VCLT の規定の中からでは、コメンタリーにおける租税条約の解釈が困難であ ると考えられていた。或いは、法的拘束力を有するのか否か、という観点からコメンタリ ーの位置付けを見出すことは困難だとされていた。そこで、VCLT の規定以外の観点から OECD モデル租税条約及び同コメンタリーの位置付けを検討する試み89がされているので ある。90 つまり、上記で述べた、VCLT 以外の方法から位置付けを見出す試みが成功したとするの であれば、VCLT32 条の解釈が狭義的であるという懸念が解消される。また、異なった解 釈論へと発展する可能性がある。とりわけ、締約国が条約締結過程において条文にコメン タリーに従った「特別の意味」を与えるといった場面が十分想定し得るので、 「特別の意味」 と解するべき場面もあると考えられる。したがって、このような解釈論は十分成り立ちう る。91また、VCLT 以外の観点から条約の解釈を導きだせるのではないか、という論理に正 しい解釈の方向性は見える。 ロ. Soft law としてのコメンタリー 89 Engelen・supra note57,p.105. / Ward・supra note57,p.45. cf. Klaus Vogel, KLAUS VOGEL ON DOUBLE TAXATION CONVENTIONS (THIRD EDITION) at 45(1997). 一つの方法論として、原則的にはコメンタリーは加盟国に対し、条約解釈において解釈指針と され、尊重するべき資料ではあるが、法的な拘束力を有するということと認められていない。すなわち、 Vogel 教授は、この意味を「弱い拘束力」(soft obligation)若しくは Soft law とたとえ、この法的拘束力 の見地からコメンタリーの位置付けを見出すことが困難である為、コメンタリーの弱い拘束力に着目して 位置付けを明らかにしようとしていた。しかし、このような見解もやはり法的な拘束力までは認めない、 としており、やはり、VCLT のいずれかの規定に該当するかが OECD コメンタリーの位置付けを見出すこ との通常の方法論ではないかと認識する。 91 山本(哲)・前掲(注 20)118-119 頁参照。 90 (407) 36 或いは、我が国では、ソフトロー(Soft law)の議論が生じており、もう一つの方法論と して述べている学説がある。すなわち、OECD コメンタリーは国際慣習法ではないが、 「弱 い意味での法的な効力を有する」という学説がある。ただ、この学説は、あくまでも弱い 効力に限るものであって、決定的な拘束力を有するという意味をもたらすことはないとさ れている。92 したがって、法的な拘束力という観点からコメンタリーの位置付けを見出すことが困難 であることは上述の学説から見ても確認できる。その別の異なる次元での OECD コメンタ リーの影響力に関して、今後も議論の余地がある。 そこで、以下「4」ではコメンタリーの法的拘束力の有無に関して筆者が考える効果を検 討結果としてまとめる。 4.小活 この「4」では、コメンタリーの法的拘束力の有無を分析した結果として、筆者の考えを 述べる。筆者は、コメンタリーを VCLT32 条の「解釈の補足的手段」として租税条約の解 釈に際して参照できると考える。その根拠を、具体的に、以下「(1)」において述べる。以 下「(2)」では VCLT31 条 1 項から 4 項のいずれにも該当しない根拠を述べる。そして、 「(3)」 ではコメンタリーの検討結果として、若干の補足を述べる。 (1)VCLT32 条の「解釈の補足的手段」であるとする根拠 この「(1)」では、OECD コメンタリーの法的位置付けを、VCLT32 条にいう「解釈の補 足的手段」93として法的な効力が有するものである、とする根拠を述べる。そこで、32 条 である根拠を以下の「イ」において述べる。そして、以下「ロ」では弱い拘束力としての コメンタリーに関して、国際慣習法ではないことを前提に意見を述べる イ. 32 条の妥当性及び批判の懸念 すなわち、「意味が曖昧」又は「不明確な場合の条約文」の場合には、コメンタリーを解 釈の補足的手段として参照することができると判断する。或いは、考え方によってはコメ ンタリーの尊重として実務で十分に参照されているという観点から VCLT32 条の「準備作 92 浅妻・前掲(注 67)262-265 頁参照。したがって、法的な効力とは異なる次元の影響力のことである ため、OECD コメンタリーの記述内容の説得力の強さ次第で裁判に対して実際上強い意味をもつことがあ りうる。この問題として OECD コメンタリーの説明は簡潔すぎており、懇切丁寧に理由が書かれている訳 ではないことから、裁判所ではコメンタリーを根拠に結論を導くことは困難であると考える。 93 VCLT32 条である「解釈の補足的手段」に依拠するものとして、cf. Klaus Tipke und Heinrich Wilhelm Kruse, Abgabenordnung (ohne Steuerstrafrecht), Finanzgerichtsordnung. Kommentar in Loseblattform, 8. Auflage. Verlag Dr. Otto Schmidt KG. Köln-Marienburg 1965/1976.1 Sammeleinband, 1250 Seiten. / Klaus Tipke ; Heinrich Wilheim Kruse, Abgabenordnung Finanzgerichtsordnung : Kommentar, Köln, §2 AO Tz.11. / Harald Schaumburg, Internationales Steuerrecht, Köln 1993, 580-582f. (408) 37 業」にも当てはめることができる。 ただし、該当しない懸念として、VCLT32 条の「解釈の補足的手段(準備作業)」の意味 は、二国間租税条約の締結前の「準備作業」として該当することに妥当性を持てなくはな いが、租税条約の締結後に改訂された OECD コメンタリーに関しては「準備作業」として 該当はしない。 しかしながら、締結後に改訂されたコメンタリーを準備作業に当てはめることができな くとも、その条文が租税条約締結国間について条約解釈の際に不明確な事象が生じた場合 には 32 条の「意味が曖昧又は不明確」に該当しコメンタリーに効力を持たすことができる のである。 ロ.弱い拘束力としてのコメンタリー なお、OECD モデル租税条約及び同コメンタリーの序 29 では、コメンタリーの法的拘束 力が有していないと解すことができる内容が記載されている。しかし、この問題に関して は、コメンタリーが国際慣習法ではないことは明確である。本稿ではコメンタリーが弱い 拘束力を有しており、条約文を解釈した際になにかしらの効力、或いは影響力を有するこ とを証明することが意義としてある。すなわち、国際慣習法だから参照できないという結 論には結び付かない。 したがって、上記「(1)」ではコメンタリーを VCLT32 条の「解釈の補足的手段」として 効力を有するとしておきたい。そこで、次の「(2)」では VCLT31 条 1 項から 4 項のいずれ の規定にも該当しない根拠を述べる。 (2)VCLT31 条 1 項から 4 項までの該当範囲 この「(2)」では、VCLT31 条 1 項から 4 項のいずれにも該当しないという根拠を述べる。 したがって、以下「イ」では VCLT31 条 4 項、以下「ロ」では VCLT31 条 3 項、以下「ハ」 では VCLT31 条 2 項、以下「ニ」では VCLT31 条 1 項に該当しない根拠を述べる。 イ.VCLT31 条 4 項 VCLT31 条 4 項の「特別の意味」に関しては、租税条約締結前に存在していたコメンタ リーが「特別の意味」に該当すると解すことは妥当性があり、問題はないと考える。 しかしながら、「特別の意味」とすることができるのは租税条約の締結前に存在していた モデル租税条約及び同コメンタリーである。本稿で具体的に参考とするのは 2003 年版改正 から 2008 年によるコメンタリーである。したがって、当該租税条約締結後の新しいコメン タリーは「特別の意味」に該当するということは難しい。94 94 この見解は租税条約締結以前による古いコメンタリーによるものであり、締結後に新たに改訂されたコ メンタリーによるものではない。 (409) 38 ロ.VCLT31 条 3 項 コメンタリーが VCLT31 条 3 項の規定に該当するかを考えると、それは「後に生じた慣 行」に該当すると考えることは困難である。 例えば、条約の解釈、又は適用につき、当事国の間で後になされた合意又は条約の適用 につき後に生じた慣行であって、条約の解釈に関しての当事国の合意を確立するものとす る場合、租税条約締結前のコメンタリーは、「後になされた合意」でもなければ「後で生じ た慣行」でもない。すなわち、古いコメンタリーはこの規定の適用対象ではない。 とりわけ、条約締結後に改訂されたコメンタリーを OECD 加盟国と非加盟国との間の租 税条約の場合、当事国の間でなされた合意、或いは当事国の合意を確立するものと解釈す ることはできない。したがって、条約締結前のコメンタリー及び条約締結後のコメンタリ ーに関しては 31 条 3 項に該当しない。 ハ.VCLT31 条 2 項 また、OECD コメンタリーは 31 条 2 項のいう「関係文書」や「関係合意」ではない。コ メンタリーはあくまでも勧告にしかすぎないのであり、各条約事の「関係文書」や「関係 合意ではないことは明確である。 ニ.VCLT31 条 1 項 31 条 1 項の「通常の意味」に該当しないことは当然であろう。その根拠として、Schneider case に係る CFC ルールは、租税条約に抵触するという判決は、コメンタリーとは逆の判断 として解釈しているのである。少なくともコメンタリーを「通常の意味」と解釈すること 自体が、確立してはいないし、妥当な解釈ということはできない。 すなわち、「勧告」という弱い義務を根拠に通常の意味と解釈することは、結局はコメン タリーに従った意思を持っていたか否かの判断を要することになる。また、条約の主観的 解釈に繋がる95のである。したがって「通常の意味」と解することには根拠はない。96 以上により VCLT31 条 1 項から 4 項のいずれにも該当しない根拠を示した。そこで次の 「(3)」ではコメンタリーの法的効力の検討結果の補足を述べる。 (3)コメンタリーの中間地帯 95 谷口・前掲(注 70)17 頁引用。 更に、このような「弱められた義務」を導き出すことができるとしても、そのような「義務」を根拠に してモデル租税条約及び同コメンタリーを、OECD 加盟国の租税条約に関しては、 「むしろ文脈に属する」 ものと理解することは、VCLT31 条 1 項が条約文に即した客観的解釈を条約解釈の基本としていることか ら、妥当ではないと谷口教授は述べる。谷口・前掲(注 70)16-17 頁参照。 96 (410) 39 この「(3)」では、コメンタリーの法的効力の有無に関する検討結果の補足を述べる。 すなわち、OECD モデル租税条約及び同コメンタリーは、かなりの「中間地帯(no man’s land)」であり、拘束力を有するようで拘束力がないことは確かである。97ただし、OECD コメンタリーの租税条約解釈上の意味は、状況に応じて異なり一律ではない98ことを確認し たうえで、事象や事案に応じてコメンタリーの参照効果が異なるものと考える。 原則的には、コメンタリーに関する条約解釈を条約文(text)に即して客観的に解釈する ことである。つまり、31 条 1 項から 4 項のいずれにも該当しない場合に 32 条(a)にいう、 「意味が曖昧又は不明確」な場合に「解釈の補足的手段」として参照することができる。 少なからず租税条約 7 条 1 項の関係性からコメンタリーを参照とする際に、その根拠を VCLT31 条 1 項から 4 項のいずれも該当の妥当性がもてないため 32 条に該当する。99 とりわけ、本稿に係るモデル租税条約 7 条 1 項を解釈するにあたって、条約文に即して 客観的に解釈してもなお、「意味が曖昧又は不明確な場合」に「解釈の補足的手段」として コメンタリーに法的な効力を持たすことができる。 したがって、この「第 2 節」ではコメンタリーを VCLT 第 32 条の「解釈の補足的手段」 として、その解釈に確立された基準として参考できる資料であると結論しておきたい。ま た、前述「第 1 節」では、欧州の各裁判例による租税条約 7 条の「企業の利得」の内容が どのように解釈されているかを分析した。そこで次の「第 3 章」 (租税条約上の企業の利得 の解釈)では、「第 2 章」(欧州の各裁判例及びコメンタリーの法的効力)で得た検討結果 を基に、具体的に租税条約の解釈の内容を検討する。 97 Niels Blokker,“SKATING ON THIN ICE ? ON THE LAW OF INTERNATIONAL ORGANIZATIONS AND THE LEGAL NATURE OF THE COMMENTARIES ON THE OECD MODEL TAX CONVENTION”, p.17. Sjoerd Douma and Frank Engelen ed. The Legal Status of the OECD Commentaries, International Bureau of Fiscal Documentation(2006).なお Blokker 教授は、OECD 加盟 国が二国間協定においてモデル条約の規定をコピーすることに関して、それらもまたコメンタリーに記載 されている解釈に従うことが望ましいと考えられるということは明白であると述べる。 98 小寺・前掲(注 83)64 頁参照。 99 しかしながら、コメンタリーの法的拘束力の有無は、いずれかの国の加盟国がコメンタリーに伴う解釈 に従うために法律的義務を何らかの方法で受け入れたかを見るのは難しいと考えられている。Blokker・ supra note97,p.17. (411) 40 第3章 租税条約上の企業の利得の解釈 この「第 3 章」では、租税条約 7 条の「企業の利得」が企業の稼得する所得のいかなる 所得を指しているのか、具体的に検討を行う。 つまり、「企業の利得」という用語は、租税条約上に定義がされていない。定義がない用 語は、租税条約 3 条 2 項に基づいて、各国国内法令の解釈の援用によって意味を参照する ことができる。しかし、前述「第 2 章欧州の各裁判例及びコメンタリーの効力」で述べた 欧州の各判例の検討から、「企業の利得」を租税条約 3 条 2 項に基づいて解釈した場合は、 誤った解釈をする可能性がある。また、その誤りによって、CFC ルールが租税条約に抵触 するという判断を下している。 要するに、租税条約 3 条 2 項に基づいて各国国内法令の解釈を援用することは、二重課 税及び二重非課税(課税の空白)の可能性、更には法的安定性を担保することが困難にな る。 我が国は法治国家であり、法的安定性或いは予測可能性の獲得を目指し、不確定概念の 要素がある租税条約の運用に統一性の獲得を求めることは重要である。すなわち、前述「第 2 章」で述べた、欧州裁判所の「企業の利得」の解釈指針を「第 3 章」の論理の参考とする。 且つ、OECD コメンタリーの補足資料による解釈指針を参照し、租税条約 7 条の「企業の 利得」を分析していくことを試みる。 したがって、以下「第 1 節」では、基本概念である租税条約の趣旨及び目的を整理する。 以下「第 2 節」では、租税条約上の解釈指針の内容を検討する。次に「第 2 節」まで構築 した論理を主として、以下「第 3 節」では「企業の利得」とは何かを具体的に示す。以下 「第 4 節」では OECD コメンタリーの観点から「利得」の意味の内容を検討する。以下「第 5 節」では、「企業の利得」が「事業所得」であるという前提で、他の所得と比較検討を行 う。以下「第 6 節」では、我が国のタックス・ヘイブン対策税制の租税条約適合性の分析 を行う。以下「第 7 節」では「第 1 節」から「第 6 節」まで検討した結果をまとめる。 第1節 租税条約の趣旨及び目的 この「第 1 節」では、租税条約の趣旨及び目的の整理を行う。 「第 1 節」で趣旨及び目的 を検討する根拠は、租税条約を解釈する前に租税条約がいかなる趣旨及び目的を有してい るのか、「第 1 節」の段階にて把握する必要があると考えるため、検討を行うものである。 租税条約の趣旨及び目的としては以下の 4 点が挙げられる。 1 点目は、国際的な二重課税という税の障害(tax barrier)を可能な限り回避、又は排除 することや、外国人及び外国企業をそれらが国内源泉所得と実質的な関連を持たない限り、 国内法に定める申告義務または納税義務から可能な限り解放すること、及び、租税条約の 締結を通じて発展途上国の経済開発等につき積極的に貢献していくこと100、また二重非課 100 小松芳明『租税条約の研究[新版]』(有斐閣、1982 年)1-2 頁参照。 (412) 41 税の排除である。 2 点目は、その他に租税法の執行に関する国際的協力の促進ならびに相手国政府に対する 自国民の保護も重要な目的101である。 3 点目は、締約国間の課税権の配分及び国際的な租税回避・脱税の防止102が挙げられる。 4 点目は、税源の配分や資本の逃避及び「租税逃避(tax flight)」103などが目的として挙 げる見解104もある。 すなわち、租税条約の趣旨及び目的を鑑みるのであれば、4 点目の「租税逃避」の意味と して租税回避防止を目的と解すことも一つの解釈である。また、上記の 4 点が一般的な租 税条約の趣旨及び目的といえるであろう。 以上、 「第 1 節」では租税条約の趣旨及び目的に関して若干の整理を行った。そこで以下 「第 2 節」では、租税条約上の解釈指針の内容を検討する。したがって、条約の解釈指針 に統一性をもたらすことを目的とし、検討を行う。 第2節 租税条約の解釈の統一性 この「第 2 節」では、租税条約の解釈指針を適正に判断し、租税条約の趣旨及び目的の 獲得を念頭に検討を行う。 租税条約は法令であるが国内法ではない。いわゆる、租税条約は国際法に属するため、二 国間租税条約に際し、締約国間同士の解釈が正当に一致するとは限らない。正しい解釈は 一つしかないという建前105からすると、多様な解釈から生じる果実も一つの意味を有する と考える。しかし、租税条約上の解釈に至っては学説が分かれている。 そこで、以下「1」では、租税条約上の解釈に対する学説の違いを整理し、租税条約の趣 旨及び目的が正確に運用されているか、検討する。以下「2」では、租税条約 3 条 2 項の規 定に基づいて、国内法令に係る解釈を援用した場合の、二重課税及び二重非課税(課税の 空白)の懸念に関する分析を行う。 1.解釈の統一性獲得 この「1」では、租税条約上の統一的解釈を獲得するために、意見の異なる学説を整理し、 筆者の意見を述べる。 以下、 「(1)」では、租税条約の基本的規範を述べる。以下「(2)」では、租税条約の原則的 な解釈指針を述べる。そして以下「(3)」では、租税条約上の解釈に係る学説が分かれてい るため、学説を整理し、筆者の考えを述べる。 101 金子・前掲(注 5)99 頁参照。 水野忠恒『国際課税の理論と課題』(税務経理協会、1995 年)19 頁引用。 103 木村弘之亮『国際税法』 (成文堂、2000 年)722-724 頁引用。 104 例えば、OECD コメンタリーでは、1 Paragraph 7.において「租税条約の目的は租税回避及び逋脱を 防止する」旨の記載がされている。川端・前掲(注 57)44 頁参照。 105 浅妻・前掲(注 20)334 頁引用。 102 (413) 42 (1)租税条約の基本的規範 この「(1)」では租税条約の基本的規範を述べる。 まず、租税条約は国会の承認を経ることを要されているため、租税条約上の法解釈を遂 行するうえで、租税法律主義の原則に沿う106ことを認識しなくてはならない。したがって、 二重課税条約も租税法の法源107の一種として、日本国憲法 84 条に係る租税法律主義の要請 が厳格に働く。 そこで、次の「(2)」では、租税条約上の原則的解釈の整理を行う。 (2)租税条約上の原則的解釈 この「(2)」では、租税条約上の原則的な解釈の整理を行う。したがって、以下「イ」で は、租税条約の解釈に係る基本的な概念の学説を取り上げ、整理を行う。以下「ロ」では、 「イ」に対する筆者の考えを述べる。 イ.原則的解釈 この「イ」では、租税条約上の解釈に関する学説を整理する。 学説では文言主義解釈、目的主義解釈、意思主義解釈の 3 点のアプローチが提唱されて いる。108しかしながら、果たして上記に示したアプローチが租税条約上の解釈に統一性を 獲得できるのか。以下「ロ」で租税条約の原則的な解釈の指針を検討する。 ロ.考察 まず、第一義的に租税条約は国際法である、という概念を置かなければならない。つま り、租税条約の解釈にあたり、我が国は、VCLT を批准109していることから客観的解釈に よる解釈110を遂行しなければならないと考える。すなわち、VCLT による条約の一般的解 釈原則に係る分析から、VCLT31 条 1 項に規定されている「用語の通常の意味」を引き出 し、条文を読み取る「文理解釈」が要請されている。 そして、第二義的に、意味が不明確な場合でも明確な場合でも、「趣旨及び目的に照らし て」の文言から、租税条約の趣旨及び目的を認識する。更に、文脈(租税条約の各条文全 体を指す)、後に 2 項、3 項と順序に VCLT を分析し、解釈していくことが租税条約の原則 的な解釈指針及び妥当性のある解釈指針111である。 106 本庄・前掲(注 31)223 頁参照。 木村弘之亮「国際租税法の法源(一)」 『法学研究』 (慶應義塾大学法学部内法学研究会第 70 巻第 7 号、 1997 年)23 頁引用。 108 本庄・前掲(注 31)223 頁参照。 109 中里実「課税処分における契約の尊重」租税研究第 708 号 10 月、90-106 頁(2008 年)91 頁参照。 110 山本草二『国際法』 (有斐閣、1994 年)612 頁以下参照。 111 Frank Engelen , Interpretation of Tax Treaties under International Law , A study of Articles 31, 32 107 (414) 43 したがって、前述「第 3 章第 2 節(2)「イ」」で述べた 3 点のアプローチから、文言主義解 釈と目的主義解釈の 2 点を組み合わせたアプローチが VCLT の規定と合致する解釈である。 なお、「用語」は各条文の文言を意味するのではなく、租税条約全体の文脈がその文言の 意図するところである。いわゆる「用語」の意味は、締約当事国の主観的意思を基準とし た解釈を示唆しているわけではない。すなわち「用語」の意味が示唆しているのは、租税 条約の文脈(条約全体)を主観的に判断するのではなく、条約全体を客観的に判断するこ とが要請されている。 そこで、次の「(3)」では、租税条約の解釈に係る学説を整理する。 (3)租税条約解釈と国内法との関係 この「(3)」では、租税条約上の解釈の学説が分かれているため、整理を行う。したがっ て、以下「イ」では小松教授の学説、以下「ロ」では村井教授の学説を整理し、以下「ハ」 では「イ」「ロ」の学説に対する筆者の考えを述べる。 イ.小松芳明教授 小松教授は、以下のように述べる。 「租税条約の解釈において内国税法の規定のような文理解釈は必ずしも妥当ではない 112。 」 「租税条約では、定義されている用語及び定義されていない用語に関しては 3 条にて配 慮されている。つまり租税条約中の用語が不明な場合、或いは条約に定義されていない用 語については、租税条約 3 条 2 項(OECD モデル条約 3 条 2 項)の規定により、可能な限 り国内税法によって補完する必要がある。113」 すなわち、上述の学説は、所得の源泉地国に係る国内法令の解釈に依拠する必要がある、 という考え方である。また、必ずしも我が国が批准している VCLT31 条から 33 条の解釈ル ールに従うべきではない、とする見解である。 and 33 of the Vienna Convention on the Law of Treaties and their application to tax treaties, Part 4 SUMMARY AND CONCLUTIONS ,Chapter 12 ,Summary and conclusions,12.4 “Interpretation of tax treaties under international law”, p.549.(2004) Volume7, Doctoral Series International Bureau of Fiscal Documentation Academic Council . 小松・前掲(注 100)26 頁参照。 113 小松・前掲(注 100)26-29 頁参照。なお、続いて「文脈」により別途解釈すべき場合には、国内税 法上の解釈によることは許されない、と述べる。また、OECD モデル租税条約 3 条 2 項は、「一方の締約 国においてこの条約を適用する場合には、特に定義されていない用語は、文脈により別に解釈すべき場合 を除くほか、この条約が適用される租税に関する当該一方の締約国の法令上有する意義を有するものとす る。」と規定されている。おおよそ我が国の租税条約は、いずれの締約国間との租税条約 3 条 2 項と全く同 じ文言の規定を置いていることから、我が国の租税条約は OECD モデル租税条約に依拠して作成させてい ることが把握できる。川端・前掲(注 57)24 頁引用。 112 (415) 44 ロ.村井正教授 一方で、村井教授の VCLT を租税条約に適用する必要性の学説を整理する。114 すなわち、客観的解釈115を原則としながら、その範囲内で他の方法と基準を採用してい る116ことが租税条約の解釈指針に統一性を獲得することができる、と見解する。 また、二国間租税条約の解釈は、解釈の幅が広義的な範囲をおよぼす可能性がある。つ まり、広義的解釈がされるということを前提とすると、文理解釈のみ、或いは必要に応じ て目的論的解釈をするようでは、締約国間の解釈において判断不調和ないし解釈の不統一 117の要因である118と考えられている。したがって、 「文理解釈のみ」では、租税条約の趣旨 及び目的である国際的二重課税の排除或いは二重非課税の可能性が生じてくる、と村井教 授は述べる。 ハ.効果 小松教授の学説は、文理解釈によって租税条約を解釈し、 「用語」が定義されていない場 合は租税条約 3 条 2 項によって補完しなければならないと述べる。一方で、村井教授は、 VCLT31 条から 33 条に基づいて解釈しなければならないと述べる。 前述「イ」「ロ」の学説から、筆者は、文理解釈を原則とし、文理解釈から条約の内容が 明確、又は不明確であっても、或いは、必要に応じている場合であっても、又はなくても 目的論的解釈が要請されていることを VCLT31 条 1 項の規定から把握することが、租税条 約上の解釈指針であると考える。119 したがって、VCLT に依拠した解釈論を述べる村井教授の学説に妥当性がある。また、租 税条約の趣旨及び目的を勘案した場合に、文理解釈のみの解釈では、二重課税或いは二重 114 具体的な見解は以下を参照。村井正「租税条約の解釈―租税条約と国内税法」『第 48 回租税研究大会 記録』(日本租税研究協会、1997 年)26-27 頁参照。 115 ここでいう客観的解釈とは、条約当事国の意思は条約文に表明されており、なによりもその用語の自 然または通常の意味内容により客観的に解釈することである。つまり、客観的解釈は VCLT を参照するこ との認識と類義する。山本(草)・前掲(注 110)612 頁参照。 116 山本(草)・前掲(注 110)612 頁参照。 117 谷口・前掲(注 70)20 頁参照。 118 村井教授は、定義がない用語の解釈に関して、OECD モデル租税条約 3 条と US モデル租税条約 3 条 を対比させて論理を展開している。すなわち、OECD モデル租税条約 3 条は「文脈から他の答えが出ない 限りは」という、まず文脈のほうで答えを導きだすように要請がされているのに対し、US モデル租税条約 3 条は、CA 協議で両国が合意に達した場合には、その共通の意味を使うことが提唱されている。村井・前 掲(注 114)29 頁参照。したがって、OECD モデル租税条約は、3 条 2 項の「文脈が他に要求しない限り は」という文言から解釈されるように文脈から意味を導きだすことを明らかに要請しているのである。こ れは、VCLT による解釈の一般原則と同様の効果の獲得を得ることができる。 119 Giorgio Gaja, THE PERSPECTIVE OF INTERNATIONAL LAW, CHAPTER 5, THE PERSPECTIVE OF INTERNATIONAL LAW, 5.1. “The approach of the Vienna Convention”, p.91.Guglielmo Maisto ed. Multilingual Texts and Interpretation of Tax Treaties and EC Tax Law. International Bureau of Fiscal Documentation, EC and International Tax Law Series, Volume 1.Gaja 教授は、云わば、租税条約を解釈する際に VCLT を分析した後、意味を考慮することにその合理性が導き 出されることを提唱されている。係る条約上の解釈の問題を議論する時は、国際法廷と裁判所及び国家の 慣例の両者は、VCLT を重視する傾向があるようである。例えば ICJ(国際司法裁判所)が VCLT の規定 が一般国際法を反映するという、いくつかの判決が下されており、或いは PCIJ(常設国際司法裁判所)が その VCLT を反映していた傾向にある。 (416) 45 非課税の可能性があるため、VCLT31 条の分析から始めることが、条約の趣旨及び目的を 担保できる。 一方で、小松教授の租税条約 3 条 2 項に関する学説は妥当性があるのか。すなわち、定 義がない用語は、可能な限り国内税法で補完したほうがよいのか。また、国内法令の解釈 に依拠した場合、どのような懸念が生じるか。そこで、以下「2」では、租税条約 3 条 2 項 に基づいて、国内法令の解釈を援用した場合の懸念を具体的に整理する。 2.租税条約 3 条 2 項に係る国内法令の援用 この「2」では、租税条約 3 条 2 項に基づいて、国内法令の解釈を援用した場合の懸念を 整理する。租税条約の趣旨及び目的には、国際的二重課税の排除が掲げられているほか、 二重非課税(課税の空白)も掲げられており、その目的に適った解釈が求められる。 したがって、以下「(1)」では、租税条約 3 条の基本的な概念の整理を行う。以下「(2)」 では、法的安定性及び予測可能性の観点から、租税条約 3 条 2 項に基づいて解釈した場合 の問題点を提起する。そして「(3)」では、John Avery Jone 教授の 3 条 2 項の規定に対す る学説を整理する。 (1)用語の定義 租税条約は、定義のある用語及び定義されていない用語に対して、租税条約 3 条 1 項及 び 2 項(OECD モデル租税条約 3 条 1 項及び 2 項同様)の規定により、 「用語」の解釈の方 向性が定められている。 例えば、「締約国」(Contracting State)、租税(tax)、法人(company)等に関しては、 定義が置かれており、とりわけ、者(person)という用語も租税条約 3 条 1 項(OECD モ デル租税条約 3 条 1 項)に関する一般的定義の規定のなかに同様に置かれている。 また、租税条約上に定義がされていない用語の解釈は、租税条約 3 条 2 項120の規定によ り、各国の国内法令により解釈を援用することが可能とされている。 そこで、以下「(2)」では、租税条約上に定義がされていない用語に対して、租税条約 3 条 2 項に基づいて解釈した場合の効果の検討を行う。 (2)法的安定性及び予測可能性の見地 この「(2)」では、租税条約 3 条 2 項に基づいて、国内法令の解釈を援用した場合の法的 安定性及び予測可能性を検討する。したがって、以下「イ」では、租税条約 3 条 2 項に基 120 租税条約 3 条 2 項によれば「一方の締約国によるこの協定の適用上、この協定において定義されてい ない用語は、文脈(context) により別に解釈すべき場合を除くほか、この協定の適用を受ける租税に関する 当該一方の締約国の法令における当該用語の意義を有するものとする。」と規定されている。租税条約関係 法規集・前掲(注 4)608 頁引用。一方で、OECD モデル租税条約 3 条 2 項は「この場合において、当該 一方の締約国の租税に基づく当該用語の意義は、当該一方の締約国の他の法令に基づく当該用語の意義に 優先するものとする。」旨の規定が付け加えられている。川端・前掲(注 57)24 頁参照。 (417) 46 づいて解釈した場合の、租税条約上の規定と、我が国の国内法の意味が異なっていること を述べる。以下「ロ」では、租税条約 3 条 2 項の規定の文言の内容を検討する。 イ.租税条約上の概念と国内法の概念の違い 例えば、定義がされていない用語を、各国の国内法令の解釈を援用し、或いは解釈を遂 行することは、各国の国内法令、又は締約国間との間で必ずしも同様の規定がされている とは限らない点で問題がある。すなわち、二国間租税条約の解釈をするうえで、租税条約 3 条 2 項の参照は、解釈の方向性に対して予測可能性及び法的安定性の機能を保つことが困 難121と推測する。少なからず、租税条約で規定している「利子所得」の概念と、我が国の 国内法令により解釈した場合の「利子所得」の意味は異なっている。 ロ.“unless the context otherwise requires”の意味 具体的な文言を解釈すれば、租税条約 3 条 2 項「文脈により別に解釈すべき場合を除く ほか」 (unless the context otherwise requires)の文言は、時に混乱を招く。その定義がさ れていない用語が文脈により別に解釈を要請しているか否かを判断するのは、法的安定性 を著しく低下させる。 したがって、定義がされていない用語の問題は、最初から租税条約 3 条 2 項で明らかに 扱うのではなく、まず VCLT31 条から 33 条122の基本原理に従って解決することである。123 それが二重非課税や法的安定性の解決策という観点から、最初に VCLT の分析を始めるこ とが有益であると考える。124 121 浅妻教授は租税条約 3 条 2 項について、定義がない用語だからといって国内法を参照することがその 結論を導くものとは解していない、と否定的である。浅妻・前掲(注 20)375 頁参照。その根拠として、 租税条約 3 条 2 項の注意書き(unless the context otherwise requires、つまり、「文脈上別段の解釈を要 する場合を除き(要求しない限り) ・・」 、と解される。)からその根拠を導きだしており、すなわち文脈が 国内法上の用語の意義とは異なる意義を要請しているのであれば、文脈に沿った意義が探求されねばなら ない。 122 VCLT33 条 1 項「条約について二以上の言語により確定がされた場合には、それぞれの言語による条約文がひとし く権威を有する。ただし、相違があるときは特定の言語による条約文によることを条約が定め ている場合又はこのことについて当事国が合意する場合は、この限りでない。」 2 項「条約文の確定に係る言語以外の言語による条約文は、条約に定めがある場合又は当時国が合意す る場合にのみ、正文とみなされる。」 3 項「条約の用語は、各正文において同一の意味を有すると推定される。」 4 項「1 の規定に従い特定の言語による条約文による場合を除くほか、各正文の比較により、第 31 条及 び前条の規定を適用しても解消されない意味の相違があることが明らかとなった場合には、条 約の趣旨及び目的を考慮した上、すべての正文について最大の調和が図られる意味を採用する。 松井・前掲(注 1)305 頁引用。 123 Engelen・supra note111,p.549. 124 しかしながら、VCLT33 条は、1924 年の Mavrommatis case で PCIJ によって採択された方法に従 っていない。VCLT が採択されたのは 1969 年であり、VCLT が採択される前の多言語条約の解釈上の指導 的判例であり、その多言語条約の条文を英語の原本による狭い意味をフランス語の幅広い意味により解釈 の判断を行っている。これは、用語の意味を一致させることを主とする VCLT33 条の概念ではなく、PCIJ の判断は一方の国の意味に従っていることが、なお VCLT33 条を斟酌する際に疑問が生じる部分である。 Gaja,・supra note119,p.93. (418) 47 そこで、以下「(3)」では、租税条約上に定義がない用語の解釈に対する、John Avery Jone 教授の学説を整理する。 (3)租税条約 3 条 2 項による一末の危惧と肯定見解 この「(3)」では、条約上に定義がない用語に対する John Avery Jone 教授の学説を整理 する。したがって、以下「イ」では、租税条約 3 条 2 項は有効であるという学説の内容を 整理する。以下「ロ」では、定義がない用語に係る条約上の用語の意味と国内法の意味と の相違に関して検討を行う。 イ.租税条約 3 条 2 項の有効性 John Avery Jone 教授は、租税条約 3 条 2 項の規定に対して、条約が税収入の種類を緩和 するいかなる場合でも、緩和は国内法の税務規定に正確に一致する結果が生じる、と述べ る。125 すなわち、上述の内容から、条約の所得の種類が各国において、同一の範囲を有すると いうことよりもはるかに重要である、という見解である。 また、実際に国内法令の定義に依存する結果は、各国の国内法令のいずれの課税規定も、 同じ規定でありそうになく、ある種の所得の定義(云わば、所得に課税するために用いる 国内法の定義とは違う可能性がある)が含まれている条約よりもある意味優れていると、3 条 2 項に対して肯定的な学説を述べる。126 したがって、条約上の用語の定義が国内法の定義よりも幅広い場合、条約上を緩和する ことは、国内法において異なる種類の所得にも適用されるが、これは問題にはならないと 考える。なぜなら、結果としてより幅広い定義の中での所得が控除されることになるから、 である。 ロ.条約上と国内法の用語のカテゴリー また、条約が、(より広い)条約上の定義内での所得への課税を認める場合に問題が生じ る127。いわゆる、条約上の定義の増幅は、異なる国内法のカテゴリーに該当すると考える。 つまり、特定の状況において国内法は異なる国内法のカテゴリーに課税しないことも考え られる。この場合には、条約上の定義は一切、付加効果を有しないこととなる。 すなわち、依然として国内法の定義内の所得が課税されるのであり、二国間は共通の定 125 John F. Avery Jones. THE INTERACTION BETWEEN TAX TREATY PROVISIONS AND DOMESTIC LAW, 6.2. “Article3(2) of the OECD Model Convention”, p.125-126. Guglielmo Maisto ed. Tax Treaties and Domestic Law. International Bureau of Fiscal Documentation, EC and International Tax Law Series, Volume 2. 126 ibid., p.125-126. 127 ibid., p.125-126. (419) 48 義にかかわらず依然として同じではない結果が生じてしまう可能性がある。128したがって、 Johe Avery Jone 教授の学説から、租税条約 3 条 2 項に係る国内法令の解釈による援用によ って、二重非課税(課税の空白)の可能性があることが確認できる。 以上、前述「1.解釈の統一性獲得」及び「2.租税条約 3 条 2 項の国内法令の援用」では、 租税条約上の解釈の論理、租税条約 3 条 2 項の国内法令に係る解釈の援用に関する懸念の 検討を行った。そこで以下「3」では、前述「第 2 節」で得た効果を述べる。 3.小活 前述「1.解釈の統一性獲得」及び「2.租税条約 3 条 2 項の国内法令の援用」の検討では、 租税条約の趣旨及び目的である二重課税排除、二重非課税排除(課税の空白)の機能を担 保する観点から、小松教授の学説は妥当でないと考える。 つまり、村井教授が述べるように、租税条約は VCLT を分析し、その意味を反映して解 釈することに妥当性がある。すなわち、租税条約は VCLT31 条から常に目的論的解釈が要 請されているため、二重課税及び二重非課税の可能性がある解釈は妥当ではない。 したがって、租税条約上に定義がない用語は、租税条約 3 条 2 項によって補完すべきで あろうが、まずは VCLT31 条から 33 条の分析をしたうえで、国内法令の解釈を援用するこ とが租税条約の趣旨及び目的に合致する。何が何でも定義がない用語だからといって、国 内法令の解釈を援用することは、二重非課税の懸念が生じる。なお、二重課税は、租税条 約 23 条(A)、(B)によって救済されるが、二重非課税に関しては、上記のような二重課 税排除規定がないことから、適正な税収確保が担保されない可能性がある。 以上により、この「第 2 節」では租税条約上の解釈指針の内容を検討した。そこで、以 下「第 3 節」では、具体的に租税条約上の「企業の利得」の解釈を様々なアプローチから 解釈する。また、租税条約 3 条 2 項に基づいて国内法令の解釈を援用した場合と、VCLT の分析からの解釈の違いを明確にする。 第3節 企業の利得の射程範囲 この「第 3 節」では、租税条約の解釈を VCLT による一般原則の解釈方法と、我が国の 国内法令により解釈した場合を比較する。そして、 「企業の利得」に対する所得範囲を明確、 且つ、条文適用の妥当性を検討し、予測可能性及び法的安定性の機能を獲得することを目 的とする。 さすれば、二国間租税条約とはいえ、それは租税法の法源であり、日本の国会によって 承認された条約は国内法の法源である。129また、国際法の類型にも該当することから、各 国の国内法令の解釈によっては、不確定な解釈の侵害により、租税条約の趣旨及び目的で ある二重課税排除や二重非課税排除に反する可能性130がある。 128 129 130 ibid., p.125-126. 木村(弘)・前掲(注 103)36-37 頁参照。 我が国における租税法の解釈方法を調べると、金子名誉教授は、原則的には文理解釈を遂行し、文理 (420) 49 そこで以下「1」では、企業の利得の射程範囲の内容を検討する。以下「2」では、租税 条約 3 条 2 項に係る我が国の国内法令の解釈を援用した場合の過去の判例を整理する。以 下「3」では、VCLT33 条に基づく多言語解釈の観点から「企業の利得」の解釈の内容を検 討する。以下「4」では、国連モデル条約の観点から「事業所得」の意味を整理する。以下 「5」では、Rust 教授の学説と「企業の利得」の自律的解釈との関係を検討する。そして以 下「6」において筆者の考えをまとめる。 1.企業の利得の射程範囲 この「1」では、租税条約 7 条 1 項の「企業の利得」を広義に解釈する。まず、以下「(1)」 では、 「利得」の意味をモデル租税条約 7 条 7 項に基づいて分析する。以下「(2)」では「(1)」 で分析した効果から「利得」の意味を再考する。 (1)モデル租税条約 7 条 7 項 まず、租税条約は各所得ごとにその条文が分けられている。つまり、租税条約 7 条 1 項 の「企業の利得」は、おおよそ「事業所得」を指しているものと考えられ131、7 条 1 項の文 言から完全配分規範(the complete protection)132を規定していることを認識するべきであ る。 そこで、OECD モデル租税条約 7 条 7 項には以下のように記されている。 「他の条で別個に取り扱われている種類の所得が企業の利得に含まれる場合には、当該 他の条項の規定は、この条項の規定によって影響されることはない。133」 すなわち、上記のモデル租税条約 7 条 7 項の規定を鑑みれば、7 条 1 項の「事業所得」 (企 業の利得)は、金銭の貸付を事業とする銀行が利子を取得し、又は、証券運用を業とする 投資会社が配当を取得した場合には、事業所得であると同時に利子所得(11 条)或いは配 当所得(10 条)にも該当することになるが、このような場合には事業所得条項ではなく利 子所得条項や配当所得条項が優先適用されることになる。すなわち、PE を有しない場合で も制限税率を限度として源泉徴収の対象となる。134 (2)利得の射程範囲 すなわち、上述「第 3 章第 3 節(1)」の検討から、不動産(6 条)、配当(10 条)、利子(11 解釈が困難な場合に初めて目的論的解釈を遂行することにある、と述べる。金子・前掲(注 5)108 頁参照。 一方で租税条約を解釈する際には VCLT31 条 1 項から、目的論的解釈は「必要に応じて」ではなく、「必 須」として意味を探求することが要請されている。 131 租税条約の所得別条文を鑑みるとその文脈から第 7 条は事業所得条項を定めていることから、 「企業の 利得」は「事業所得」であるものと考える。 132 木村(弘)・前掲(注 103)804 頁引用。 133 川端・前掲(注 57)27 頁引用。 134 本庄・前掲(注 31)145 頁参照。 (421) 50 条)、使用料(12 条)、譲渡収益(13 条)など、条約の他の条項に別途、規定を置いている 所得項目に関しては、その別に定める規定が優先適用される135と解釈できる。或いは、6 条から 20 条の所得区分に当てはまらない所得は、「事業性」が生じていなければ、21 条の その他の所得の範囲となる。136したがって、上記の解釈から、 「利得」は、他の租税条約上 の条文とは異なる所得の性格を有していることがわかる。 そこで、以下「2」では、「企業の利得」を租税条約 3 条 2 項に基づいて、我が国の国内 法令を援用した場合の効果を検討する。 2.租税条約 3 条 2 項の斟酌の余地 この「2」では、「企業の利得」の意味を、租税条約 3 条 2 項に基づいて、国内法令の解 釈を援用した場合の内容を検討する。すなわち、前述(第 2 章第 1 節)で、欧州の判例を 検討してきた。そこでこの「2」において欧州の判例を参考とし、我が国の国内法令を援用 した場合の利得の意味を検討する。したがって、以下「(1)」では「企業の利得」の意味が、 3 条 2 項に基づいて国内法令の解釈を援用しているか否かの検討をする。以下「(2)」では 「利得」を、我が国の国内法令で解釈した場合の懸念を整理する。 (1)利得の用語による文脈(context)の要求 この「(1)」では、 「利得」の用語と、租税条約 3 条 2 項の規定に係る「文脈により別段の 解釈をすべき場合を除くほか」の文言との関係を検討する。 租税条約 7 条の「企業の利得」は、事業所得条項による事業の対価としての所得とはい え、利子所得、或いは配当所得等の投資所得との関連性に関しては、特に規定されてはい ない。137すなわち、「利得」という用語は、7 条 1 項とその他に定める条文との相互関係の 区別をすることが困難であると考える。 「利得」という用語同様、「事業所得」という用語自体には用語の定義がされているわけ ではない。また「事業所得138」が、いかなる所得の範囲を定めているのか、或いは範囲を 135 小松・前掲(注 100)53 頁参照。 136「企業の利得」の解釈の意味を確保するにあたり、Schneider case に係る Conseil d’ Etat の示した判 断は、「企業の利得」に対して誤った解釈の方向性を決定しているにすぎない。「利得」又は「事業所得」 は租税条約上に定義されていない用語であるため、仏瑞租税条約 3 条 2 項の規定からフランス国内法を参 照したことになる。すなわち、フランス国内法に関する「利得」の解釈では、租税条約でいう 6 条から 21 条の広義的な範囲を示したことになる。結果的に Paramer 社の得た「利得」と CGI 第 209B 条で適用対 象となる「利得」は同一である旨の誤った租税条約適合性を判断したことになる。以上の内容から浅妻教 授は、Conseil d’ Etat の上記の司法判断について「技術的な勘違い」と述べており、 「企業の利得」の解釈 に誤りがあったと指摘する。浅妻・前掲(注 20)376 頁参照。 137 矢内一好「国際連盟によるモデル租税条約の発展~事業所得を中心として~」 (税務大学校論叢第 20 号、1990 年)407 頁参照。 138「事業」に関しては、OECD モデル租税条約 3 条 1 項(h)にて、 「事業には、自由職業その他の独立の性 格を有する活動を含む」と規定されていることのみであり、包括的な定義を置いていない。よって OECD の見解からも、OECD モデル条約 3 条のコメンタリーParagraph 10.2 .から、事業は「第 2 項においては、 この条約を適用する国の国内法の下で有する意味」であると述べられている。川端・前掲(注 57)65 頁参 照。 (422) 51 規制しているのかは定かではない。なお、「企業の利得」を「産業上又は商業上の利得」と いう用語を用いている二国間租税条約139がある。 このような定義がされていない用語に関しては、原則的に租税条約 3 条の一般的定義規 定に係る 3 条 2 項に基づいて、一方の締約国の法令、つまり国内法令により当該用語の意 義を有するものとし、解釈すべきである、と 3 条 2 項で規定されている。 なお、3 条 2 項がその条約に含まれるか否かにかかわらず、条約が暗黙で不明な場合はい つでも、議論され、国内法に償還されることが必要であるという見解がある。140 しかしながら、3 条 2 項の「unless the context otherwise requires」 (文脈により(文脈 上)別段の解釈を要する場合を除き)という文言は、その判断に著しい困難を強いられる。 141他方、定義がされていない用語に関して、別の解釈が要請されているか否かを判断する ことは特に定められていない。「企業の利得」が別段の解釈を要請しているか否かは租税条 約を解釈するうえで、個々の判断で決定する他ない。142 そこで、以下の「(2)」では租税条約 3 条 2 項に基づいて、我が国の国内法令の解釈を援 用したときの、「事業所得」の解釈を行う。 (2)我が国の租税法による事業所得 この「(2)」では、租税条約上に定義がない「事業所得」の用語を、租税条約 3 条 2 項に 基づいて解釈する。 例えば、我が国の国内法令により解釈した場合、「事業所得」を、金子宏名誉教授は、所 得税法の規定から次のように述べる。 「事業所得とは各種の事業から生ずる所得のことをいい、事業とは自己の計算と危険に おいて営利を目的とし対価を得て継続的に行う経済活動のことであって、事業と非事業と の区別の基準は必ずしも明確ではなく、ある経済活動が事業に該当するかどうかは、最終 139 他方、租税条約 7 条 1 項に関しては、 「産業上又は商業上の利得」と、規定されている条約も存在する。 例えば、コメンタリー35 は、「この条文は、特別な条文の対象とされている所得のカテゴリーに属さない 『産業上又は商業上の所得』に適用しうる」と記載されている。しかし、7 条に規定されている「利得」 は「産業上又は商業上の所得」に対して、その得る所得範囲は広義的な範囲に属しているのではないか。 140 John Avery Jones・supra note125,p.134. 141 川端教授は、例えば、 「beneficial owner」という文言は、租税条約上に定義されていない用語である ことから、「beneficial owner」は、我が国の国内租税法上は「信託財産に係る所得の帰属者」という限局 的な場面で用いられているに過ぎず、それを配当や利子の減免要件一般でも同じ意味を有すると解釈する のは的外れだと見解されておられる。川端康之「租税条約における受益者の意義と機能」 『公法学の法と政 策 上巻』金子宏先生古稀祝賀(有斐閣、2000 年)366 頁参照。とりわけ、Vogel 教授は、 「beneficial owner」 の文言を租税条約独自の概念として租税条約上解釈すべきである、と述べる。 142 3 条 2 項は、 「文脈(context)が要求(requires)しない限り」というフレーズが「文脈が提言(suggests) しない限り」と同じではないと注意することが重要である。「要求(requires)」という言葉はかなり力の ある言葉である。Sasseville・supra note119,p.134.とりわけ「要求」するとは非常に強烈な言葉であり、 そして国内法を使用しないための強い理由があることを暗示している。John F. Avery Jones, 3.3.6. Article 3 (2): “the context otherwise requiring”, p.71-72. 3.3. Interpretation of tax treaties, CHAPTER3 TAX TREATIES: THE PERSPECTIVE OF COMMON LAW COUNTRIES.Courts and Tax Treaty, IBFD, VOL 3. (423) 52 的には社会通念によって決定するほかはない。143」 すなわち、我が国では、 「事業所得」であるか否かの判断は、その事実において、社会通 念上の判断により識別される、とする見解である。したがって、確固たる識別がないこと により、非常に曖昧な判断が用いられる。 或いは、「事業所得とは、自己の危険と計算において独立に営まれる業務で、営利性有償 性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められるもの(事 業)から生ずる所得」とする判決が下されている。144 また、「事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除し た金額」であり、とりわけ「事業による収入を得るために必要な資本を出し、費用を控除 し、損失の危険を負担して継続的に経営する事業からその取引の都度生じた対価であるこ とを必須の要件」と、「事業所得」に関する判決が下されている。145 したがって、上記の 2 点の判例では、 「事業所得」が如何なる所得を指しているのか断定 できる。しかしながら、結果的に判断すると、我が国の国内法令に沿った解釈の意味によ り、「事業所得」は社会通念によって判断されることから、一義的にその意味を決定するこ とができない点に問題がある そこで、次の「3」では、我が国の国内法令に依拠せず、租税条約 3 条 2 項の規定と相反 する効果が生じると考える VCLT33 条の規定を分析し、「企業の利得」の解釈を試みる。 3.VCLT33 条の勘案 この「3」では VCLT33 条に係る多言語の解釈に関して、「企業の利得」の解釈と対比さ せる。すなわち、我が国の国内法で解釈した場合と、VCLT を斟酌して解釈した場合の効果 は、明らかに異なってくるものと考えるためである。 したがって、その効果を確かめるために、以下「(1)」では VCLT33 条の観点から「利得」 と他の所得に関して、具体的に差別化を図る。以下「(2)」では Gaja 教授の学説をもとに、 VCLT33 条と「利得」との関係性を整理する。以下「(4)」では前述「第 2 章第 1 節」にお いて検討を行った欧州の判例による「利得」の解釈を再考する。以下「(5)」では「(4)」に 係る欧州の各判例に対する解釈の批判を再考する。 (1)利得と他の所得 143 金子・前掲(注 5)186 頁参照。例えば、事業には、農業・漁業・製造業・小売業・サービス業・著述 業等、種々の事業があり、法令によって禁止されている事業も、ここにいう事業に含まれる。 144 最高裁判決昭和 56 年 4 月 24 日判決、所得税更正決定処分取消請求事件『最高裁判所民事判例集』 (第 35 号 3 号 672 頁以下)683 頁引用。 145 最高裁判所民亊判例集・前掲(注 144)672 頁以下参照。 (424) 53 この「(1)」では、 「利得」の用語と、租税条約上に規定されている所得規定を対比させて 利得の解釈の内容を検討する。 例えば、租税条約上に「利得」の定義がされていない場合には、国内法令の援用によら ず、「文脈が国内法令上の用語の意義とは異なる意義を要請」しているならば、文脈に沿っ た意義を探求することが必要である。すなわち、7 条 1 項の「企業の利得」は、条約全体の 「構造」・「文脈」に照らすことによって、不動産所得(6 条)や配当所得(10 条)等との 区別が明らかに要請されている146のである。147 また、VCLT33 条 1 項から 4 項の斟酌から、租税条約を解釈するにあたって、母国語で 掲載された条約文に限定されず、常に外国語による条約文をも招致しなければならない。 また、各正文で用いる用語は、同一の意味もつものと推測される(VCLT33 条 3 項)。 すなわち、7 条 1 項に係る事業所得条項を適用する「企業の利得」の判断は、不動産所得 や配当所得、利子所得(11 条)など、他の条項に特記された所得を除いた後、事業の対価 によって対応される費用を控除した残額となる。 したがって、 「企業の利得」が租税条約上に定義されていないことを根拠に、租税条約 3 条 2 項に基づいた国内法令の解釈の援用から、7 条 1 項の文脈を度外視して解釈してしまう と、各国の国内法令の「利得」の解釈が広い範囲の所得を示す可能性がある。いずれにせ よ「利得」の意味に誤りが生じ、国際的二重課税或いは二重非課税(課税の空白)の可能 性が生じることから、法的安定性という観点から妥当ではない。148 そこで、以下の「(2)」では「利得」と VCLT33 条の関係を、Gaja 教授の学説を参考とし て、「利得」の意味の整理を行う。 (2)Gaja 教授に係る学説の検討 この「(2)」では、「利得」の用語と VCLT33 条の関係を、Gaja 教授が述べているため、 その学説を参考とし、以下において整理する。 まず「利得」という用語は、解釈によっては広義的な範囲を有し、国際的二重課税或い は二重非課税(課税の空白)の可能性をもたらす。いわゆる条約原本に係る多言語 149 (Multilingual)条約と解すこともできる。 Gaja 教授は、多言語租税条約を考慮する場合に、VCLT の該当条文の分析から始めるこ 146 浅妻・前掲(注 20)375-376 頁引用。 各国がそれぞれの国内法令により解釈を援用することを鑑みると、Schneider case に係る Conseil d’ Etat のフランス国内法令を参照したことが、「企業の利得」の誤った解釈である。結果的にフランス CGI 第 209 B 条の課税対象としている所得と同一であるとしたことは、租税条約の解釈の問題ではないという 考えもあるが、租税条約の解釈に関する先行判例の存在がある限り、少なからず、 「利得」を国内法令によ り完結させることは租税条約の解釈の統一性の欠如に繋がる。 148 Gaja・supra note119,p.99.によれば、租税条約 3 条 2 項によらず、VCLT で概説されているテキスト を和解させるための方法に訴えなければならない旨の見解がされている。 149 多言語という用語は我が国で聞くことが少ないが、多言語という用語に関して、条約文にその文言が 定義されていない場合に、一方で解釈の仕方には、多様な解釈がなされる場合にそれを指しているものと 解される。対して、浅妻・前掲(注 20)334 頁の参照による正しい解釈は一つしかないという建前の下、 いかなる根拠にせよ、正当な解釈を導くことに変わりはない。 147 (425) 54 とが合理的である、と述べる。150 つまり、以下の要領により分析を行うことが効率的である。 (イ)租税条約上の定義がされていない「利得」の解釈に VCLT を対比させると、まず、 「条 項の適用要件は各正本において同じ意味を有すると推測される」。すなわち、各条約の規定 は一つだけの意味を有すると推定される151ことから、 「利得」の意味は一つの意味に解釈さ れるべきである。152 (ロ)「意味の違い」が、上記(イ)に示された手段によって取り除かれたならば、次に 「条約の対象および目的を考慮して原本を最適に一致させる意味」を採用しなければなら ない。153 (ハ)意味の相違から国際的二重課税或いは二重非課税の可能性があると考えるならば、 租税条約の趣旨及び目的を考慮し、 「利得」の意味を一致させなければならない。 すなわち、「利得」の対応は、両当事国が、当該租税条約の文脈から一つの首尾一貫した 性格決定を確保しようと努めなければならないのである。154 そこで、次の「(3)」では、上述「(2)Gaja 教授による学説の検討」を参考とし、VCLT33 条の規定を「利得」の意味に反映させる。 (3)多言語条約に係る広義的な解釈の範疇 この「(3)」では、VCLT33 条の規定を、具体的に定義がされていない「利得」の意味に 反映させる。 例えば、「人」が「用語」という文言を解釈する際に、柔軟な論理を有していなければな らない、という見解がある。155その根拠として、条約の適用言語版が人の国内法令に対し て異なる言語である可能性が挙げられる。156 これは、互いの言語を理解する可能性の低い国が、しばしば各言語による条約を作り、 また、二つの言語版が異なる場合に優先する第三言語版(一般的に英語である)を提供す るときによく起こると考える。 150 Gaja・supra note119,p.91. ibid., p.91. 152 ibid., p.94.によれば、VCLT33 条 4 項による言語相違による欧州人権裁判所が下した Wemhoff case が 存在する。本事例は VCLT が採択される 1 年前に宣告されており、英語とフランス語の原本の間に解釈に 誤りが生じていることを争点とした。しかしながら、裁判所のアプローチとして、ウィーンで起こってい る議論によって明確な解釈を VCLT33 条 4 項から励起されている。また 1980 年のドイツ対外債務に関す る契約について仲栽裁判所による Young Loan case にて VCLT33 条 4 項が国際慣習法に反映したことを仲 裁裁判所は考慮している。 153 ibid., p.91. 154 例えば、木村教授は第一に、租税条約自体が用語を定義していない場合には、租税条約の文脈に基づ く解釈、すなわち「自律的」性格決定が導きだされうるかぎり、そのような解釈が優先されるべきである と述べる。木村・前掲(注 17)95 頁参照。 155 John Avery Jones・supra note142,p.134. 156 ibid., p.134. 151 (426) 55 この場合、第三言語における条約の正確な用語は、決していずれか一方の国の国内法に みられることではなく、すなわち、租税条約に係る「用語」は、単なる「単語」より広義 的な範囲を有しなければならないとされている。157 したがって、多言語から生じる意味は、広義的な範囲が強いられるため、多言語の用語 を解釈する場合は、十分に、二重課税及び二重非課税(課税の空白)を考慮しなければな らない。 そこで、以下の「(4)」では、前述(第 2 章第 1 節)において検討を行った、欧州の各判 例による「利得」の解釈を、前述「第 3 章第 3 節「3」(1)」から「第 3 章第 3 節「3」(3)」 の結果を考慮して、再考を試みる。 (4)欧州の各判例に係る判断の再考 この「(4)」では、前述「第 2 章第 1 節」で検討を行った、欧州の各判例に係る租税条約 7 条の「利得」の再考を行う。 すなわち、Schneider case に係る conseil d’ Etat の「利得」の解釈は、租税条約上に定 義がされていない「用語」であるため、租税条約 3 条 2 項に基づいて、フランス国内法令 の解釈によりその意味を導き出した。158そして、フランス国内法により、その「用語」で ある「利得」の意味が租税条約上の 6 条(不動産所得)から 21 条(その他の所得)に至る 広義な意味を有していると解釈した。したがって、フランス CGI 第 209B 条の規定による 課税対象所得が「利得」の対象としている所得と同一であるとする結論に至っている。 しかしながら、Conseil d’ Etat の「利得」の解釈は、「第 31 条及び前条の規定を適用し ても解消されない意味の相違があることが明らかとなった場合」 (VCLT33 条 4 項)に規定 されるように、VCLT31 条に基づいた解釈をしていない。また、 「利得」の解釈の意味が相 違しているにもかかわらず、「条約の趣旨及び目的を考慮した上、すべての正文について最 大の調和が図られる意味を採用する。」(VCLT33 条 4 項)に基づいた解釈の意味を採用し ていない。 そこで、浅妻教授が欧州の判例に対する反論を述べているため、以下「(5)」で欧州の判 例に係る議論の再考を行う。 (5)Schneider case の解釈に対する批判 この「(5)」では浅妻教授による欧州の判例に係る議論を再考する。 157 ibid., p.134.すなわち、多言語と 3 条 2 項の関係性に係る問題点を考慮するのであれば、一部の人が主 張する「用語」の幅が、3 条 1 項の各定義において「人」 「条約加盟国の企業」などという用語に言及して いるように、概念とは異なる言葉に制限されることである。例えば、従業員への退職給付の条約分類を扱 う際に、英国国内法において、最大金額に対する控除の対象となる給与所得として課税される。すなわち、 「給与、賃金及びその他同様の報酬」という正確な言葉は英国税法において用いられていないが、小形版 オックスフォード英語辞書によると、「用語」という言葉の意味は、「観念または概念を表現する、若くは 思考の対象を意味する単語または単語の集まりの表現」にまで意味が拡充する。したがって、従業員への 退職給付は給与所得条項に該当することとなる。 158 4 ITLR・supra note11,p.1082. (427) 56 浅妻教授は、conseil d’ Etat の「利得」の解釈は、VCLT31 条による「条約の文脈」に照 らした解釈ではないとして、「利得」の解釈に対して反論する。159 すなわち、フランス CGI 第 209B 条が、いかなる親会社の所得に合算課税をしようが、 租税条約 7 条の「利得」の解釈が「事業所得」ではなく、 「配当所得」や「利子所得」を含 んだ所得を「利得」と解釈することは妥当な解釈ではない、と述べる。 したがって、 前述「第 2 章第 1 節欧州の各裁判例の検討」及び、 「第 3 章第 3 節「3」VCLT33 条の勘案」において議論した効果から、「企業の利得」を VCLT31 条から 33 条の規定に基 づいて解釈することが妥当な解釈である。 そこで、次の「4」では、国連モデル条約による「事業所得」の解釈の内容を検討する。 具体的には、 「事業所得条項」に関して研究結果を残している国連モデル租税条約を、上述 「3.VCLT33 条の勘案」の検討結果と対比させることで、その意味を合致させることに目的 がある。 4.基礎研究委員会による国際連盟モデル租税条約の見地 この「4」では国連モデル条約に係る「事業所得」の内容を検討する。国連モデル条約は 「事業所得条項」に関する研究を行った経緯があるため、事業所得条項を分析するうえで は有益である。したがって、以下「(1)」では、国連モデル条約の参照の有効性を述べる。 以下「(2)」では、事業所得条項に係る年表を辿り、いかなる効果を有しているのか整理を 行う。 (1)国際連盟モデル租税条約の有効性 この「(1)」では、国際連盟モデル租税条約(以下「国連モデル条約」と表記する。)の「事 業所得条項」の内容を検討する。その検討する根拠として、国連モデル条約は「事業所得」 に関する有益な研究成果を残しているためである。 いわゆる国際連盟財政委員会は、1921 年に模範条約作成にむけて 4 名の著名な経済学者 に租税条約の基礎研究を依頼している。160 この研究の成果は、その後のモデル租税条約作成の際に基礎となるべき理論として役に 立つものである。且つ、OECD モデル租税条約を作成する以前に事業所得条項に関して検 討されていた内容であるため、事業所得条項を解釈するうえでは、非常に重要である。161 159 浅妻・前掲(注 20)376-377 頁参照。 兼ねて、国連モデル条約における基礎研究委員会の目的は、二重課税の経済的効果及び租税条約の基 礎としての一般的原則を作成することの可能性、国内法を整備することによる二重課税からの救済の可能 性等を明確にすることである。 161 国連モデル条約は、先進国と発展途上国との関係性から OECD モデル租税条約の存在が適当であると は言い難いため、先進国及び発展途上国の両関係の立場から OECD モデル租税条約を構築させるものとし て国連モデル条約の存在があるため、有益だと考える。矢内教授は、国連モデル租税条約に関して、 「必ず しも議論に参加した国に対して法的強制力を持つものではないが、モデル租税条約を作成する会議に参加 した国は条約の決議に加わっていることからも、自国が租税条約を締結する際に指針となるべき機能はも っている。」と述べる。矢内・前掲(注 137)382 頁参照。 160 (428) 57 さすれば、年表を辿ると、1928 年に国際連盟モデル租税条約が制定され、1933 年に、事 業所得の配分に関する条約草案、1935 年に同草案の改定案が作成され、事業所得条項の理 論的発展を遂げており、事業所得条項の解釈指針として一つの方法を確立している。162 したがって、租税条約 7 条の「事業所得条項」を解釈する際には、国連モデル条約を参 考することが重要であると考えるため、以下「(2)」では、基礎研究委員会の観点から事業 所得条項の内容の検討を行う。 (2)事業所得条項の分析の過程 この「(2)」では、国連モデル条約に係る「事業所得条項」の規定を過去に遡り、整理を 試みる。したがって、以下「イ」では 1933 年による草案を整理する。以下「ロ」では 1935 年の事業所得条約に係る改訂案を整理する。以下「ハ」では、メキシコ、ロンドン条約に ついて整理をし、国連モデル条約の参照の効果を述べる。 イ.1933 年事業所得の配分に関する条約草案(模範条約) 1933 年の草案では、大きく分けて①PE の意義及び範囲②事業所得の範囲、の二つの検 討が行われている。しかしながら、利子、配当所得等の投資所得については事業所得との 関連性を規定していない。163 ロ.1935 年改訂案(事業所得条約) 1935 年に係る事業所得の配分に関する条約草案の改定案の作成から、事業所得条項を事 「不動産所得」 、 「利 業所得条約 2 条164による定義を斟酌すると、事業所得の所得範囲として、 子所得」、「配当所得」、「特許権及び著作権の使用料」、「動産及びその権利の賃借料」、「資 産の譲渡所得」が除かれる。165 ハ.1943 年メキシコ条約及び 1946 年ロンドン条約 162 矢内・前掲(注 137)393-396 頁参照。1921 年の基礎研究によると、二重課税の事態による排除方 法として、課税する国が課税を行う利害を有している場合に、その利害に応じて所得を分割し一度だけ課 税することが国際的二重課税を回避する理想的解決方法である旨の見解がなされている。この方法から経 済的関連性原則の考え方の導入により、4 点の要素が内包されているのである。1 点目は経済的価値が物理 的、経済的に生産される場所、2 点目は富の製造が完了する加工が完了する場所、即ち、財産としての富 の所在地又は所得の保有されている場所、3 点目は生産物に係る権限を行使する場所、4 点目は富が消費又 は処分される場所、として個々の事例に適用することで協議が可能であるとされている。 163 矢内・前掲(注 137)389 頁参照。 164 1935 年事業所得条約における条文構成は次のとおりである。第 1 条-事業所得課税の原則 第 2 条- 事業所得の定義 第 3 条-事業所得算定の原則(独立企業の原則等)第 4 条-銀行業 第 5 条-船舶、航 空会社 第 6 条-特殊関連者条項 第 7 条-不動産保有を目的とする抵当銀行及び会社の適用除外 第 8 条-国際連盟による条約上の定義に関する援助 矢内・前掲(注 137)408 頁参照。 165 矢内・前掲(注 137)409 頁参照。なお、銀行業については特別に規定を置き、不動産所得、抵当権か らの所得を除いて、一般の事業所得から除かれた種類の所得の課税に関しては、事業所得と合算されて課 税されるか、又は、それぞれの所得毎に個別に課税されるかは条約及び国内法によるものとされている。 (429) 58 1943 年メキシコ条約及び 1946 年ロンドン条約に関しては、1935 年改訂案と対して、さ ほど変更はないため、事業所得に関する意味も同様と認識する。 上記(イ) (ロ) (ハ)の「事業所得」の範囲からは、VCLT31 条から 33 条の勘案による 解釈の効果ほど期待されない。しかし、国連モデル条約の参考は、租税条約 3 条 2 項によ る各国の国内法令により解釈した場合よりも、二重非課税の排除(課税の空白)の機能が 担保できると考える。 そこで、以下「5」では Rust 教授の学説から、二重課税及び二重非課税の排除に係る、 非常に重要であると考える学説から、租税条約の趣旨及び目的の観点に立って「利得」の 内容を検討する。 5.租税条約の目的と自律的解釈との関係 この「5」では、租税条約の趣旨及び目的の観点から租税条約の解釈を行う。租税条約の 趣旨及び目的に関しては、国際的二重課税の排除及び二重非課税(課税の空白)排除機能 の適正な解釈が要請されている。(第 3 章第 1 節租税条約の趣旨及び目的参照。) VCLT33 条 3 項を勘案しても、なお解釈に食い違いが生じる場合には、「条約の趣旨及び 目的にてらして当事国の意思を確定し、すべての成分についての最大の調和がはかられる 意味を採用するべきもの。」(VCLT33 条 4 項)と規定している。 したがって、定義がない用語の解釈を、一般基準として参考されうる方法を確立すること を目的とする。以下「(1)」では、Rusu 教授による学説から、租税条約の趣旨及び目的の機 能を検討する。以下「(2)」では、VCLT33 条 4 項の規定と対比させて「企業の利得」の意 味を具体的に分析する。 (1)Alexander Rust 教授による解釈論 この「(1)」では、Rust 教授の学説を紹介する。 Rust 教授は、VCLT33 条の規定に関して、Gaja 教授とは、異なる学説であるため、非常 に興味深い学説であると考える。すなわち、租税条約の趣旨及び目的を考慮し、 「定義のな い用語の解釈」に対して、以下の見解を述べる。 (イ)自律的解釈(autonomous interpretation)が必要であるときは、租税条約の趣旨目 的を考慮することである。一方で、自律的解釈は租税条約 3 条 2 項の適用はない。ドア(解 決策)は、VCLT33 条 3 項及び 4 項の適用によって開かれていることを自律的解釈は意味 している。166 (ロ)自律的解釈は、2 つの締約国を拘束している唯一の解釈方法であり、最適なものであ 166 Rust・supra note44,p.232. (430) 59 ることは疑う余地はない。167 (ハ)自律的解釈により、 「異なる言語の種類」を VCLT33 条 3 項及び 4 項から一致させな ければならない。168 (ニ)「利得」の意味に対して自律的解釈が要求されていると考えることは、租税条約 3 条 2 項の適用はない。その場合に、VCLT33 条 3 項及び 4 項は、条約の相手国に対して条 約の対象及び目的を考慮しながら、原本を最良に一致させた異なる条約バージョンのため の解釈を導きだすことが要求されている。169 そこで、次の「(2)」では、上述「(1)」の Rust 教授の学説と、 「利得」の意味を調和させ て整理を行う。 (2)利得と条約目的の調和 この「(2)」では、前述「(1)」の Rust 教授の学説と「利得」との関係を、条約の趣旨に 照らして整理する。 要するに、前述「(1)Rust 教授による解釈論」の学説を考慮すると、「企業170の利得」の 意味は、租税条約の目的である二重課税及び二重非課税を考慮しなければならない。 すなわち、 「利得」は、VCLT33 条 4 項に基づき、すべての正文について「最大の調和が 図られる意味」を採用することである。これが適わない場合には、特に条約の趣旨及び目 的を最大に実現する意味を採用しなければならない。171 したがって、Rust 教授の学説と「利得」の意味を対比させると、租税条約の趣旨及び目 的である二重課税排除或いは二重非課税排除の獲得が達成しえない可能性がある解釈を有 してはならない、という論理が導き出される。 そこで前述「第 3 章第 3 節「1」」から「第 3 章第 3 節「5」」までの多様な観点から、一 般基準として確立された解釈指針の検討結果を、以下「6」において整理する。 6.小活 この「6」では、前述「第 3 節」において検討した「企業の利得」の射程範囲の結果を述 べる。したがって、以下「(1)」では「企業の利得」の統一的な解釈を述べる。以下「(2)」 では国連モデル条約の観点から、検討結果を述べる。 (1)「企業の利得」の統一的解釈 167 168 169 ibid., p.232. ibid.,p.232. ibid., p.232. 170 Hight Court of Austraria に係る Thiel v. FCT (2) ATR 5311 case では、モデル租税条約 7 条の「企 業」の文言を自律的解釈により判断している。木村・前掲(注 103)765 頁参照。 171 VCLT33 条 4 項の勘案から、VCLT31 条 1 項の「文脈により」の規定と同様、租税条約の目的そのも のに基づく解釈が背景にある。 (431) 60 この「(1)」では、前述「第 3 節」において検討した、「利得」の解釈をまとめる。 つまり、「企業の利得」の解釈は、各国の国内法令の用語を参照するまでもなく、その意 味を明確にすることができる。対して、VCLT の分析無しに租税条約 3 条 2 項に基づいた 国内法令による解釈を第 1 順位として採用することは「企業の利得」の意味に統一性が生 まれない。いわゆる、順序として以下のように考える。 (イ) 第一義的に「用語」が定義されているか否かの判断解釈。 (ロ) 第二義的に定義がされていない用語を「文脈」により分析し、解釈を実行する。 (ハ) 最終段階として国内法令に立ち返ること。 したがって、 「利得」を「事業所得」と判断すると、租税条約 7 条以外の所得区分が明確 にされていることから、 「不動産所得」、「配当所得」、「利子所得」等を分離し、その事業の 対価を得て稼得した所得が「事業所得」となる。 そして、租税条約の適用条文の判断は、納税者が所得を受け取る段階での、その所得に 対する費用控除前の段階に着目される。かかる、利得「profit」は費用控除後の所得を指す に対して、所得「income」は費用控除前及び費用控除後の所得を指す。一方で「利得」と 「所得」は異なる意味と解すことも可能である。しかし、 「7 条」は「事業所得」を明示的 に定めているため、費用控除前に、事業から生じた所得であるか否かの審査により判断さ れる。 また、「文脈により用語の意味が一致されない場合」は、国内法令の用語を斟酌しなけれ ばならない。つまり租税条約の用語の定義を認識し、定義がされていない用語に関しては 租税条約の文脈から意味を抽出する。それでもなお、意味が要請できない場合は、最終段 階として国内法令の用語に立ち返る172という順序が、最も妥当な租税条約上の解釈である と考える。173 そこで、以下「(2)」では、前述「第 3 章第 3 節「4」」で検討した国連モデル条約の有効 性の結果をまとめる。 (2)国連モデル条約の参酌 この「(2)」では、前述「第 3 章第 3 節「4」」で検討した国連モデル条約の検討結果をま とめる。 172 木村・前掲(注 103)755 頁参照。 解釈の一般基準から、 「最終段階としての国内法令の援用」は、例えばコインの裏表として、コインの 表が①租税条約の用語の定義の抽出②租税条約の文脈③国内法令の用語世界の順序を尊重するのであると、 そのコインの裏側は、まず国内法令の概念世界に立ち帰り、次に、広義で理解される文脈がその点につき 重要な根拠を提供しているときは、国内法令の用語世界から乖離することができるという逆の方法から意 味を捻出することも可能である。したがって、再度コインの表に戻ると、国内法令によらずに文脈により 解釈できる用語に関しても国内法令による用語を斟酌しなければならないということになろうものであろ うか。少なくとも、国内法令は、租税条約の趣旨及び目的である二重課税排除の機能等、勘案することが できない。木村・前掲(注 103)755 頁参照。 173 (432) 61 すなわち、事業所得を国連モデル条約から参照することは有益である。1935 年改訂案の 勘案により、事業所得条項 2 条による事業所得の定義から、事業所得は「不動産所得」、 「利 子所得」、「配当所得」等、条約に規定されている他の条文が除かれる。 しかし、国連モデル租税条約は OECD コメンタリーと同様、その効力は、あくまでも VCLT32 条の「解釈の補足的手段」として参照とできる資料であることを補足する。 そこで、次の「第 4 節」では、確立された基準であると考える OECD コメンタリーの観 点から、「企業の利得」の意味の内容を検討する。 第4節 OECD コメンタリーを参照とする解釈基準 この「第 4 節」では、OECD モデル租税条約 7 条 1 項の定義がされていない「企業の利 得」に対してコメンタリーの説明に基づいて、利得の内容を検討を行う。 我が国の租税条約は、基本的にモデル租税条約に倣っているため、OECD コメンタリー の指針から検討を行うことの根拠は、前述「第 2 章第 2 節コメンタリーの法的位置付け」 で検討した。すなわち、VCLT32 条の「解釈の補足的手段」としてコメンタリーを参照す ることに効力をもたすことができると結論を述べた。 コメンタリーに関する企業の「利得」は、企業活動を遂行する際に得られる一切の所得 を含む広範な意義を有する174ものと考える。また、不確実性175をもたらすことが予想され ている。したがって、OECD モデル租税条約に対するコメンタリーの勧告から、定義され ていない用語の解釈に係る方向性、 「企業の利得」の内容を検討する。 そこで、以下「1」ではコメンタリーに関する企業の利得を分析する。以下「2」では 3 条 2 項のコメンタリーに関する分析を行う。そして以下「3」ではコメンタリーに対する筆 者の考えを述べる。 1.企業の利得の所得性格 この「1」では、企業の利得に関して、コメンタリーの説明する内容から意味を確認する。 したがって、以下「(1)」では、モデル条約 7 条 7Paragraph61.(OECD モデル租税条約第 7 条のコメンタリーパラグラフ 61 をいう。)のコメンンタリーを確認する。以下「(2)」で は、7Paragraph62.(OECD モデル租税条約第 7 条のコメンタリーパラグラフ 62 をいう。) のコメンタリーを確認する。 (1)OECD モデル条約 7 条 7Paragraph61.176 174 モデル条約 7 条 7Paragraph 59. 川端康之『OECD モデル租税条約 2008 年版(所得と財産に対する モデル租税条約)簡略版』(社団法人日本租税研究協会、2009 年 6 月)132 頁引用。 175 モデル条約 7 条 7Paragraph 60. 川端・前掲(注 174)132 頁引用。 176 モデル条約 7 条 7Paragraph 61. 「関係する特別な条項の適用と本条の適用とが同一の課税上の取り 扱いを生む限りにおいて、この問題の実質的な意義はほとんどない。さらに特別な条項によっては、特定 の条項に優先性を与える明示的規定を含んでいることに留意しなければならない。(第 6 条第 4 項、第 10 条第 4 項、第 12 条第 3 項及び第 21 条第 2 項参照)。」川端・前掲(注 174)132 頁引用。 (433) 62 モデル条約 7 条 7Paragraph61.では、企業の「利得」の解釈から、7 条の「利得」なの か、或いは、他の条文に含まれる「利得」であるのか、を判断する際に以下のように説明 されている。 すなわち、他の条項の適用が履行できるのであれば、それは、不動産所得(6 条)、配当 所得(10 条) 、利子所得(11 条)、使用料(12 条)、その他所得(21 条)が事業所得(7 条) に優先して適用されるべきである旨の勧告である。 したがって、7 条の「利得」は、他の条文との差別化を図るため、事業から生ずる所得の 他の条文に係る利得を排除した後、企業から生じる最終的な所得を 7 条の「利得」するも のと考える。 (2)解釈指針としてのモデル条約 7 条 7Paragraph62.177 モデル条約 7 条 7Paragraph62.は、paragraph61.をより明確に「利得」の解釈を他の条 文と差別化しているものと解され、より paragraph61.の説明を具体的にした内容である。 すなわち、7 条は「利得」に対して、特別の規定(配当、利子、使用料、その他の所得) を優先させていることで、 「企業の利得」は、7 条の「事業所得」であることが認識できる。 一方で、モデル条約 7 条に対して、モデル条約 3 条 2 項はどのような勧告をしているの か。以下「2」では、3 条 2 項に関するコメンタリーを整理する。 2.Article 3(2) に関するコメンタリー この「2」では、モデル条約 3 条に関するコメンタリーを分析する。その根拠は、国内法 令の解釈を援用することに対して、OECD がいかなる勧告を説明しているか確認すること にある。したがって、以下「(1)」ではモデル条約 3 条 1Paragraph10.2.(OECD モデル租 税条約第 3 条のコメンタリーパラグラフ 10.2 をいう。)を確認する。以下「(2)」では、 「(1)」 のコメンタリーに対する検討結果を述べる。 (1)モデル条約 3 条 1Paragraph10.2.178 177 7 条 7Paragraph62.「しかしながら、特定の範疇の所得を扱う他の条項との関係で、本条の適用範囲 を明確にするために解釈準則を定めておくことが望ましいものと考えられていた。既存の二国間条約にお いて一般的に確立された慣行に従い、第 7 条はまず、配当、利子等の特別規定を優先させている。この準 則からすると、本条は、特別の条項が適用される範疇の所得に属さない事業所得と、10 条 4 項、11 条 4 項、12 条 3 項及び 21 条 2 項により本条の適用対象となる配当、利子等に適用される。特別な条項が適用 される項目の所得は、租税条約の規定を条件として、両締約国の租税法令に従って個別に租税を課され、 あるいは事業所得として租税を課されることが了解されている。」川端・前掲(注 174)132 頁引用。 178 3 条 1Paragraph10.2. 「この条約は、 「事業」という用語の包括的な定義を置いておらず、第 2 項に おいては、この条約を適用する国の国内法の下で有する意味を通常有するとされる。しかしながら、h) は、 事業には自由職業その他の独立の性格を有する活動を含むことを、明文により規定している。この規定は、 自由職業所得に関する 14 条の対象とされていた役務の提供を「事業」に含めることを確実にしているが、 国内法上そのような役務の提供や活動が事業を構成するとはされていない国において自由職業その他の独 立の性格を有する活動を排除するような方法で制限的に解釈されないようにする、ということを目的とし (434) 63 租税条約は、「事業」 「利得」「所得」という用語に関して、租税条約上に定義を定めてい ない。 すなわち、3 条 1Paragraph10.2.を斟酌すると、 「企業の利得」 「事業」に関して何ら包括 的な定義の規定をしておらず、尤も、モデル条約 3 条 2 項は、定義がされていない用語に ついて、「用語」の解釈だけを規制しているにすぎない179。 したがって、3 条 2 項は「用語」の定義のみ、に関係する規定である。180とりわけ、締約 国同士による同じ条約の異なる解釈を許可している181にすぎない。 (2)文脈(context)に対する別段の解釈 前述「(1)」に係る、コメンタリーの勧告から、双方の国が国内法令と一致する用語を解 釈する可能性がある。つまり、条約の相手の国内法が異なる場合、暗黙に異なる解釈を意 味する182のである。また、3 条 2 項は条約自体に含まれる特別な解釈規則である183ことを 考えなければならない。したがって、3 条 2 項の規定は VCLT と整合するように解釈しれ なければならない184のである。 いわゆる、文脈(context)が別段の解釈を要求している、すなわち、企業の利得は、そ の意味を他に要請しているのであり、3 条 2 項に依拠しない解釈が要請されているのである。 なお、OECD モデル租税条約 3 条 2 項の役割としては、VCLT31 条 4 項の「特別の意味」 である。185 したがって、上述「1」及び「2」においてそれぞれの規定に対するコメンタリーの分析 を行った。そこで、以下「3」ではコメンタリーから勧告されているそれそれの意味を整理 する。 3.小活 この「3」では、前述「第 4 節」に係るコメンタリーの「利得」の解釈指針を検討結果と ている。これに該当しない締約国は、この定義を排除することを二国間において合意することは自由であ る。」川端・前掲(注 174)68 頁引用。 179 木村・前掲(注 88)44 頁参照。 180 Gaja・supra note119,p.99. 181 Rust・supra note44,p.231. 182 ibid., p.231.例えば、p.232.によると、Rust 教授はドイツを例に挙げている。すなわち、ドイツはドイ ツ語のみの 3 つの租税条約だけを締結している。3 条 2 項の適用は単一言語の租税条約に限られる。他の 事例で、解説は第 1 段階で 2 つの締約国が同一言語を使用することを保証しなければならず、第 2 段階で、 双方の国が使用する同一言語に異なる意味があることを認めなければならなく、異論を唱えている。締約 国が国内法令の概念を適用することが許可される場合、条約言語が同じであるならば、異なる条約言語を 使用する場合と同様に国内法の概念を適用することが許可されるべきであると述べている。 183 ibid., p.231. 木村・前掲(注 88)43 頁参照。木村教授は、 「特別法」の関係にあると見解されておら れる。 184 木村・前掲(注 88)43 頁参照。 185 Sasseville・supra note49,p.133.すなわち、VCLT で提唱された条約の解釈の過程における OECD モ デル条約 3 条 2 項の役割は、最も自然な位置は VCLT31 条 4 項の「特別の意味」である。 (435) 64 してまとめる。 いわゆる、OECD コメンタリーは VCLT32 条の「解釈の補足的手段」として、法的な効 力を有しているとしているが、OECD のそれ自体は国際慣習法ではない。したがって、法 的効力については更なる議論の余地がある。 しかし、各国の共通的な解釈指針である OECD コメンタリーを参照し、「利得」の範疇 を認識することは有効な資料である。すなわち、コメンタリーを解釈の基本概念とすると、 条約共通の解釈の追求と、国内法の参照との間の調整は、モデル条約 3 条 2 項に制限され ないとすることは妥当であると考える。186また、国内法への信頼がない場合には、租税条 約或いは OECD に対する解説に完全に依拠するべきであると考える。187 他方で、多国間或いは OECD 諸国の観点からモデル条約とコメンタリーは 1 つのパッケ ージ188であり、近年では、大多数の現代の租税条約は OECD モデル租税条約に類似した供 給を含んでおり、支持され得るもの189と認識する。すなわち、コメンタリーも十分にその 内容から影響力がある。 したがって、7Paragraph61.62.の説明から、モデル条約 7 条の「利得」に関する適用は、 企業が稼得する利益から特別な規定の範疇である所得を差し引いた所得として解釈するこ とが妥当である。190 以上、本節では「利得」の意味に対してコメンタリーを参照して解釈することができる。 そこで、以下「第 5 節」では、「利得」の解釈を通して、7 条の条項である「事業所得」と は何かを、我が国の裁判例を整理し、とりわけ所得区分に応じた租税条約の適用可能性を 検討する。 第5節 事業所得に係る性格決定 この「第 5 節」では、 「利得」の所得性格を検討する。 「企業の利得」の解釈に際しては、 事業及び所得に対する判例の検討から、その所得性格を判断する。判断の方法として、資 産の保有や管理等、いわゆる資本所得課税と事業との区別が容易ではないことがしばしば 指摘されている。 例えば、判断基準として我が国の租税条約が「所得」用語を用い、イギリス租税条約が 「income」用語を使っている場合、当該二重課税の適用は、両締約国が「所得」と「income」 186 John F. Avery Jones・supra note142,p.134. ibid., p.134. 188 Niels Blokker・supra note97,p.26-27. 189 Engelen・supra note111,p.549. 190 OECD 非加盟国に対するコメンタリーの参照意義として、OECD モデル租税条約及び同コメンタリー を参照とすることができるのは、OECD 加盟国間同士のみであるとする見解もあろうが、そのような見解 は不要である。すなわち、コメンタリーは序 14 において、加盟国と非加盟国間、さらには非加盟国間同士 の条約交渉や、二重課税及び関連問題の領域での全世界的又は地域的な国際機関の作業に関しても、基本 的な参考資料として十分な役割を補っていること、且つ、OECD 非加盟国のコメンタリーに関する見解と して、2003 年版 OECD モデル租税条約に対する非加盟国の立場から、OECD 非加盟国は OECD に対して 従属外国法人立法がモデル租税条約 7 条 1 項に抵触するということを何ら意見として表明していない。し たがって、OECD 非加盟国であろうとコメンタリーを参照とすることに何ら問題はないのではないのか。 川端・前掲(注 57)9-10 頁、及び「OECD モデル租税条約に対する非加盟国の立場」293-320 頁参照。 187 (436) 65 のもとで、同一のことを理解していると前提することはできない。191とりわけ、利得「profit」 の意味は、明らかに「income」とは異なる。 すなわち、本節の目的は、源泉地国の法令により所得の性格決定を判断するか、或いは、 居住地国で判断するか、を決定することにある。また、その意味を一つの意味に統一させ ることにより「企業の利得」の所得性格192を検討することにある。193 したがって、以下「1」では、我が国の判例により、「事業」という用語を整理する。以 下「2」では、「企業の利得」が「事業所得」を意味していると想定し、他の租税条約上の 所得性格と事業所得を比較し、その所得性格の判断を検討する。そして以下「3」において、 「1」「2」の検討結果を述べる。 1.事業の用語に係る判例 この「1」では、「事業」の意味に係る我が国の判例を整理する。我が国では 2 つの判例 が存在するため、以下「(1)」及び「(2)」においてそれぞれ整理する。 (1)事業の射程範囲 昭和 53 年広島高等裁判所にて、金銭の貸付行為が「事業」に該当するか否か、が争われ た事案がある。194 その判決によると、「事業」とは、「対価を得て継続的に行う事業、営利を目的とする継 続的な行為であって社会通念上事業と認められるものを指称する。社会通念にしたがい、 貸付行為の目的、貸付先との関係、営利性や反覆継続性の有無および程度、人的、物的設 備の有無およびその規模その他諸般の事情を総合的に検討して判断すべき。」であるとして いる。 (2)平成 4 年 7 月 9 日(行ツ)第 87 号最高裁判決による「事業」の解釈 平成 4 年 7 月 9 日最高裁判決では、金銭貸付行為が「事業」に該当しないその一つの根 拠として、正規の貸付金の登録を行っており、専ら貸付金業務に従事していた納税者の所 得に対して、その貸付先が少数であり、かつ、自己が経営する会社が主要なものである場 191 木村(弘)・前掲(注 88)36-37 頁参照。 木村(弘)・前掲(注 17)94 頁によれば、所得の性格決定に係る学説は、3 つの方法があるとしている。 すなわち、1、自国の法令の要件にしたがって租税条約上の用語を性格決定する。いわゆる「適用地国法(lex fori)による性格決定か、2、所得の稼得された源泉地国の法令にしたがい首尾一貫して条約上の用語を性 格決定する。「源泉地国法(lex cauae)」か、3、当事国間は、租税条約の文脈からひとつの首尾一貫した 性格決定を確定しようと努める。いわゆる自律的性格決定か、の 3 点を述べている。 193 谷口教授は、条約上に用語が定義されていない場合の解釈指針として、 「法廷地法(lex fori)」条項と、 「法性決定」と、自律的(autonom) 「法性決定」の 3 つの解釈を提唱している。この論点について、木村 教授と同様の解釈であると考える。谷口・前掲(注 70)19-23 頁参照。 194 広島高等裁判所昭和 53 年(行コ)第 7 号所得税の更正処分取消等請求控訴事件がある。 『税務訴訟資 料』(国税庁課税部審理室第 103 号、1979 年)869-872 頁参照。 192 (437) 66 合の金銭貸付行為に当てはめたうえで、当該行為が所得税法上の「事業」に該当しない旨 の判断が下されている。195 上述の 2 つの判例を参考に、次の「2」では、具体的に事例を踏まえて「事業」と他の所 得性格の判断を検討する。 2.事業所得の適用判断 この「2」では、租税条約上の課税権配分の観点から、事業所得と他の所得の性格の分析 を行う。したがって、以下「(1)」では、事業所得と他の所得との差別化を図ることを念頭 に置き、それぞれ個々の論点を確認する。以下(2)では、7 条の「利得」(事業所得)を net 概念と gross 概念の観点から検討を試みる。 (1)所得性格ごとの課税権配分 この「(1)」では、国内法人が諸外国、或いは、外国法人が日本国内において、 「事業」を 行う場合の稼得した所得が、租税条約上のいかなる所得性格196に該当するのか検討を試み る。いわゆる、どのような形で租税条約上の所得の条文が判断されるか、以下問題例を示 す。 イ.不動産所得か事業所得か 或る外国法人が事業の遂行を目的として得た所得として、専ら不動産事業を営んでいる 企業は、不動産売買に係る事業から生ずる所得が日本国内の企業に帰属した場合、「不動産 所得(6 条)」197に該当するか、或いは「事業所得(7 条)」に該当するのか。 すなわち、「不動産所得」は、所得の源泉地国である外国法人に源泉地国課税が認められ ているに対し、「事業所得」は、源泉地国が課税権を有する場合であっても、費用控除を納 税者に認めていない。すなわち所得源泉地国に課税権は配分されないこととなる。198 ロ.株式譲渡所得か事業所得か 195 最高裁判所(第一小法廷)平成 4 年(行ツ)第 87 号更生処分等取消請求上告事件、 『税務訴訟資料』 (国 税庁課税部審理室第 192 号、1994 年 1 月)24-33 頁参照。 196 取引別により、所得性格を判断するに際して、或る租税条約上の各条文にはソース・ルールの規定が 設けられている。課税権配分に関して、所得性格毎に源泉地国、或いは、居住地国にソース・ルールが規 定されていることから、所得の判断が異なることにより、国際的二重課税或いは二重非課税(課税の空白) が生じるのである。 197 例えば、租税条約の解釈で、 「PE なければ課税なし」という文言は、PE が存在しないのであれば、そ の国に課税権は配分されない。不動産賃貸から得た所得は、6 条によると、PE がある場合には、PE が存 在する国によって得た利得は、その国においては課税権が配分されている。 198 7 条は「PE なければ課税なし」の明文規定により、PE がない場合には課税権は配分されない。つま り、事業所得の源泉地国について課税権の範囲を制限する機能を有している。 (438) 67 源泉地国において株式の売却によりストックオプションを保有していた場合や、債権の 売買による譲渡益に関して、事業の遂行により生じた所得であれば、居住地国に帰属する 所得は事業所得に該当するものか、或いは譲渡収益(13 条)199になるのか。200 ハ.利子所得か事業所得か 人的会社のその社員(日本の場合には、民法上の組合の組合員)に支払う消費賃借に係 る借入利子は、この社員(組合員)の許において事業所得であるか201、又は、利子所得(11 条)である202のか203。204 また、金融取引に係る、株式売買、債権売買、資金貸付、外国為替、先物取引のうち、 資金貸付や債券保有から生じる所得はいかなる所得であるのか。 上記の問題点は、利子所得条項と事業所得条項で判断に迷う論点であるが、おおよそ「利 子所得」に該当すると考えられる。他方、銀行、証券等、金融会社が金融商品の仲介サー ビスの対価として受け取る手数料の収入に関しては「事業所得」に該当される。 すなわち、事業所得条項と他の条項が競合した場合には、他の条項が優先適用(モデル 租税条約 7 条 7 項)されるからである。したがって、前述「イ.不動産所得か事業所得か」 「ロ.株式譲渡所得か事業所得か」も同様に「不動産所得」、「株式譲渡所得」が優先適用さ れる。なお、課税権配分の観点から、利子所得(11 条)に関しては、所得源泉地国に対し ても課税権が制約されている。 ニ.課税権配分 課税権配分の観点から、例えば、シンガポールの法人が日本で稼得する、日本国内の源 泉事業所得に関して、我が国に対して課税権は配分されているか。205 199 なお、キャピタルゲインについて、経常利益との間に違いのない国がある。そのような国の裁判所が 租税条約に制定された表現、すなわち「キャピタルゲイン」を解釈すること、そして解釈するために条約 3 条 2 項に立ち戻ることを問われた判例がある。その事例において裁判所は、他の言語での「純利益」と 「キャピタルゲイン」の概念の間にある違いは知覚可能であるので、外国のその国の言語で作成された原 本に基づいて条約を解釈することを決定している。Gaja・supra note119,p.101. 200 これが、配当所得(10 条)に該当すれば、源泉地国の課税権は制限されるに対して、使用料(12 条) と判断されるとすると、源泉地国の課税権は配分されていない。 201 ドイツの見解である。 202 スイスの見解である。 203 木村(弘) ・前掲(注 17)91 頁参照。 204 井上康一・仲谷栄一郎『租税条約と国内税法の交錯』 (商事法務、2007 年)217 頁、221 頁によれば、 匿名組合契約に基づく利益の分配が、日本・ベルギー間租税条約の「企業の利得」なのか「その他所得」 になるのかについて検討を行っており、小松教授は「その他所得」に該当する旨の見解を述べていると記 載されている。例えば LLC ( Limited Liability Company ) から法人が得る利益の配当はその所得性格と して、「事業所得」に該当される。一方で、投資運用会社を運営している LLC であれば、その個人が得る 利益の配当は、 「株式譲渡所得」か「その他所得」か「事業所得」に含まれるのか、判断に迷うところであ る。 205 確かに、多様な事実から、租税条約の所得に応じて適用可能性が強いられる。しかしながら、条約は、 必ずしも、すべてが国内で直接適用可能なわけではない。それは、条約と国内法の定立過程の違いに主に (439) 68 上記の内容は、いわゆる「事業所得」に該当すると考える。7 条は「PE なければ課税な し」の明文規定により、PE が存在しなければ所得源泉地国における課税が免除される。上 記の論点では、シンガポールに課税権は配分されていないため、シンガポールが日本で稼 得した所得に課税した場合は、租税条約に抵触することとなる。 なお、国内法であれば一方の締約国の「企業の利得」に係る「企業」の概念を広く解す ることによって、企業から生じる所得は広義的な範囲をおよぼすことになる。対して「そ の他所得」の範囲が縮小されるものと考えられる。206 そこで、次の「(2)」では、所得性質の判断を、gross 概念及び net 概念の観点から「利得」 の内容を検討する。 (2)グロス(gross income)概念かネット(net income)概念か 所得性質の判断に際して、gross 概念と net 概念という考え方がある。207二国間租税条約 の用語を解釈する上で、所得(income)、利得(profit)、或いは収入(revenue)をどのよ うに解釈するか、を検討するには gross 概念と net 概念が一つの鍵となる。 例えば、 「利得」 (profit)は、費用控除後の net(純額)であるに対し、 「所得」 (income) は費用控除の有無及び控除するものとして、何を控除するかは曖昧208である。 租税条約は所得区分に応じて規定を定めているため、7 条は「企業の利得」を文言とする 「事業所得」を明示している。すなわち、「利得」の、所得に対する幅が広義的に意味を有 し、 「利得」と「事業所得」が相反する意味を生じているのであれば、それは企業の「利得」 は「事業所得」として判断される。 したがって、利子、配当、譲渡益等々の所得種類に関しては、gross 概念として所得の種 類が判定される。また、gross 概念として課税権を租税条約は配分おり、net 概念としての 「利得」が意味を持ってくるのは、それは日本に PE があって、そこに帰属する利得につい て日本はそれを超えて課税してはいけないという課税の上限額を決めるところで、net 概念 が意味をもつ。209 そこで、上述「第 5 節事業所得に係る性格決定」の内容から、以下「3」において検討結 理由がある。また、条約が直接適用可能か否かは、当事国の意思の解釈の問題であると解されている。岩 沢雄司著『条約の国内適用可能性―いわゆる“SELF-EXECUTING”な条約に関する一考察』 (有斐閣、1986 年)3-321 頁参照。 206 自律的解釈の遂行が租税条約の趣旨及び目的を獲得できるが、自律的解釈を異にする対極の学説も存 在する。 (これを、自律的解釈優位説に対して国内法参照優位説という)これは、租税条約 3 条 2 項の文言 を重視する説であるが、国内法参照優位説が獲得できる運用は、 「文脈」を穏やかに解釈すれば、自律的解 釈の余地が広がり、国内法の参照の余地が狭くなる。したがって、自律的解釈の余地を広げ、国内法の参 照に伴う不当な結果を回避することに目的があるといわれている。租税条約の趣旨及び目的を獲得するこ とを主眼におけば、自律的解釈優位説が妥当に思える。谷口・前掲(注 70)26 頁参照。 207 浅妻章如「所得源泉の基準、及び net と gross との関係(1) 」 『法学協会雑誌』第 121 巻第 8 号、1174 頁以下(2004 年)及び同上(2)第 121 巻第 9 号、1378 頁以下(2004 年)及び同上(3)第 121 巻第 10 号、1507 頁以下(2004 年)を参照。なお、net は「純額」を指し、gross は「総額」を意味する。また、 「利得」の解釈と gross 及び net の関係として、浅妻章如「タックスヘイブン対策税制(CFC 税制)―判 例の解釈と今後の政策論」租税研究第 728 号、244-265 頁(2010 年 6 月)参照。 208 浅妻(1)・前掲(注 207)1186-1187 頁参照。 209 浅妻・前掲(注 207)250 頁参照。 (440) 69 果を整理する。 3.小活 この「3」では、前述「第 5 節事業所得に係る性格決定」で検討した結果を述べる。 すなわち、租税条約 7 条 1 項に係る一方の締約国の「企業の利得」の課税原則は、一方 の締約国で PE がない場合に事業活動が営まれる場合、その締約国に事業所得に対する課税 権が配分されないということを帰結することになる。 その意味で、一方の締約国の「企業の利得」に係る課税権配分の原則は事業所得が生じ た源泉地国について課税権の範囲を制限する機能をもっていることが認識できる。 したがって、このような源泉地国課税の制限は、居住地国との間で二重課税が発生する 可能性を制限する。つまり、国際取引の促進に貢献するという意味をもつ。また、納税者 の立場から、源泉地国の課税の範囲がより明確に限定されるという意味で法的安定性の保 障にも役立つものと考えられる。210 そこで、次の「第 6 節」では、租税条約 7 条の「事業所得条項」と、我が国の国内法で ある、タックス・ヘイブン対策税制が条約に適合する課税か、検討を行う。 第6節 事業所得条項の租税条約適合性 「第 3 章第 1 節」から「第 3 章第 5 節」までの検討により、租税条約 7 条の「企業の利 得」の解釈指針を明確にした。したがって、この「第 6 節」では、我が国の国内法である、 タックス・ヘイブン対策税制が租税条約 7 条の定める一方の締約国の「企業の利得」に対 する課税制度であるか否か、その抵触関係の観点から、租税条約適合性の検討を行う。 いわゆる懸念として、我が国のタックス・ヘイブン対策税制が一方の締約国の「企業の 利得」に課税しているのであれば、租税条約の趣旨及び目的である国際的二重課税排除の 機能が保たれず、課税権配分の合意に違反することにある。 租税条約の観点から課税権配分の合意に反するような課税制度は問題である。問題とさ れていたのは、タックス・ヘイブン対策税制が租税条約 7 条 1 項による一方の締約国の「企 業の利得」に対して課税しているという学説があり、我が国ではこの問題について議論が 生じていた。 いかなる根拠にせよ、タックス・ヘイブン対策税制と租税条約の解釈に予測可能性及び 法的安定性を担保するためにも、本節でタックス・ヘイブン対策税制が租税条約 7 条 1 項 の一方の締約国の「企業の利得」に課税する規定であるか否かの検討を行う余地がある。 そこで、以下「1」では抵触問題に対する学説を述べる。以下「2」では、我が国のタッ ク・ヘイブン対策税制が租税条約に適合する課税なのか、検討を試みる。そして以下「3」 では租税条約とタックス・ヘイブン対策税制の関係を、OECD の勧告から整理する。そし 210 谷口勢津夫「OECD モデル租税条約の新たな課題―グローバル・トレーディングと電子商取引への対 応を中心に―」『OECD モデル租税条約は国際租税法の紛争解決規範となりうるか』(関西大学法学研究所 研究叢書第 21 冊、2000 年)10-11 頁参照。 (441) 70 て以下「4」ではタックス・ヘイブン対策税制を目的論的解釈する。以下「5」においてタ ックス・ヘイブン対策税制が租税条約 7 条に適合する課税であるか、結論を述べる。 1.学説 この「1」では、抵触関係に対する学説を整理する。すなわち、我が国のタックス・ヘイ ブン対策税制が租税条約 7 条 1 項の「事業所得」 (企業の利得)に課税している制度である ため、抵触するのではないか、という学説がある。他方で「配当所得」に課税しているた め抵触はしない、という議論が生じていた。したがって、上記の議論を整理するため、以 下「(1)」では、抵触説について整理する。以下「(2)」では抵触説に対する批判説を整理す る。そして以下(3)ではそれぞれの学説に対するまとめを述べる。 (1)抵触説 中里実教授は、我が国タックス・ヘイブン対策税制が租税条約 7 条に違反するという根 拠を以下のように説明する。 「タックスヘイブン対策税制の適用において親会社に課税されるべき子会社の留保所得 がいかなる所得に該当するかが問題となろう。この点については「企業の利得」 (日星租税 条約 7 条 1 項)に該当するから、「事業所得」に該当するものと考えられる。留保所得は、 営業損益及び営業外損益を通算したものであるから、それ以上に例えば配当所得や譲渡所 得といった性質を有するものとは考えにくい。211子会社の留保所得が租税条約上の「事業 所得」に該当することを前提に検討を行いたい。212」 すなわち、中里教授は、タックス・ヘイブン対策税制が子会社の留保所得の「事業所所 得」(企業の利得)に課税する制度であるとの考え方である。 (2)批判説 対して、中里教授の見解に批判的な意見を述べている学説がある。批判説の根拠は、我 が国タックス・ヘイブン対策税制では「配当モデル」を採用しているため、「企業の利得」 (事業所得)には課税していないという見解である。以下「イ」では、本庄教授の見解を 述べ、「ロ」では、占部教授の見解を整理する。 イ.本庄資教授 211 212 中里・前掲(注 20)77 頁参照。 中里・前掲(注 20)77 頁参照。 (442) 71 本庄教授は、中里教授の見解に対して以下のように述べる。 「特定外国子会社等は、米国税法や OECD の各種レポートが示すように、(ⅰ)基地会社、 (ⅱ)導管会社、(ⅲ)持株会社、(ⅳ)金融会社、(ⅴ)保険会社、(ⅵ)海運会社、(ⅶ) リース会社、 (ⅷ)パテント等保有会社、(ⅸ)不動産保有会社、(ⅹ)各種事業会社、等多 種多様なものがあり、これらの利益も、事業所得に限らず、投資所得、不動産所得、キャ ピタルゲイン、国際運輸所得など多種多様である。したがって、「みなし配当」として親会 社の擬制所得とする場合には、特定外国子会社等の所得の種類をどのように決めるかは余 り影響がないが、親会社(または内国株主)への帰属という立場をとる場合には、租税項 目の属性がそのまま帰属するという論理から、所得の種類についての検討を経ないで、一 律に「事業所得」と決めて立論の前提を立てることは、論理の飛躍であり、きわめて問題 である。立法の経緯や合算課税の対象課税留保金額の算定プロセスと欠損金の通算を否定 している根拠を考えれば、合算対象所得を「事業所得」とする前提を立てることはできな い。213」 すなわち、中里教授の見解(我が国のタックス・ヘイブン対策税制の課税対象所得が「事 業所得」(企業の利得)とすること)を批判する。次に、占部教授の見解を以下において述 べる。 ロ.占部裕典教授 占部教授は以下のように述べる。 「タックス・ヘイブン税制において、合算課税の対象となる所得は、配当所得か事業所 得かについて議論の存するところであるか、そもそもどちらの所得も、その性格を異にす るものであるといえよう。みなし配当理論によるアプローチを採用しているために、その 所得の本質は「みなし配当として、「配当」にきわめて近似するものであるが、「その他所 得」として位置付けることも十分にあろう。よって、OECD モデル条約 7 条 1 項あるいは 日星租税条約 7 条 1 項との抵触問題は生じないといえる。214」 すなわち、我が国のタックス・ヘイブン対策税制は租税条約 7 条 1 項の事業所得(企業 の利得)には課税していないということが占部教授の見解からわかる。 そこで、次の(3)において上述の学説に対する検討を行う。 (3)学説に対する見解 213 214 本庄・前掲(注 20)153-154 頁参照。 占部・前掲(注 20)252-253 頁参照。 (443) 72 この「(3)」では、前述「(1)」及び「(2)」で整理した学説に対する、筆者の考えを述べる。 具体的に我が国のタックス・ヘイブン対策税制の規定を検討するため、以下「イ」では、 タックス・ヘイブン対策税制の課税対象留保金額の算定を検討する。以下「ロ」では、タ ックス・ヘイブン対策税制の課税所得モデルの検討を行う。 イ.課税対象留保金額 おおよそ、我が国タックス・ヘイブン対策税制は、その措置法 66 の 6 第 1 項から「内国 法人の収益の額とみなして」と規定されているため、文理解釈によって、我が国の親会社、 或いは、内国法人に対して課税する制度である、と解釈できる。 一方で、措置令 39 の 15 第 1 項、第 2 項によれば、タックス・ヘイブン対策税制で課税 される課税対象所得留保金額の算出の基礎となる未処分所得の金額は、 「特定外国子会社等 の各事業年度の決算に基づく所得の金額を基礎として算出される」としている。 なお、所得種類による計算の相違はなく、適用対象留保金額や課税対象留保金額の算定 についても所得種類による相違はない。すなわち、タックス・ヘイブン対策税制の対象と する所得は、「配当」、「利子」、とりわけ「事業所得」を含んだ、決算に基づくすべての対 象となる。 しかしながら、我が国のタックス・ヘイブン対策税制の課税対象所得に「配当」 、 「利子」 、 「事業所得」が含まれているのであろうか。以下「ロ」において、学説を踏まえて解釈を 行う。 ロ.擬制収益、擬制配当 措置法 66 の 6 第 1 項の「内国法人の収益の額とみなして」の規定から、橋本秀法教授は、 以下のように述べる。 「収益が内国法人に帰属するという規定ではなく、収益と擬制した金額を内国法人に対 して課税するのである。収益の擬制という点からみれば、外国子会社の所得を内国法人に 帰属する所得とする帰属モデルには当たらず、外国子会社に生じた所得を内国法人に配当 擬制した結果、内国法人の所得とする配当モデルに近いものといえよう。215」 すなわち、橋本秀法教授は、タックス・ヘイブン対策税制は「配当」に対して課税して いると見解する。 また、我が国のタックス・ヘイブン対策税制の趣旨及び目的は、タックス・ヘイブン・ コーポレーションの課税対象金額相当額を株主である我が国の内国法人等の擬制収益ない し擬制配当として課税し、租税回避の手段としてのタックス・ヘイブン・コーポレーショ 215 橋本・前掲(注 20)184 頁参照。 (444) 73 ンの機能を実質的に減殺することにある216と考えることが妥当である。 つまり、上記の学説から、我が国タックス・ヘイブン対策税制は中里教授が見解されて いる「事業所得」ではなく、本庄教授、占部教授が見解するように「配当所得」に対する 規定であると考えられる。 とりわけ、一方の締約国の「企業の利得」に配当利得は含まれていないため、タックス・ ヘイブン対策税制は「企業の利得」に課税していないとすることが妥当な考えである。し たがって、学説の妥当性は、おおよそ本庄教授、占部教授が見解する学説に妥当性がある。 そこで、以下「2」では、我が国のタックス・ヘイブン対策税制が租税条約 7 条に適合す る課税であるか、より具体的に検討を行う。 2.租税条約適合性の判断 この「2」では、我が国のタックス・ヘイブン対策税制が租税条約 7 条に対して、適合す る課税であるのが、具体的に検討を試みる。したがって、以下「(1)」では、タックス・ヘ イブン対策税制の立法趣旨の検討を試みる。以下「(2)」では、我が国の租税法律主義の観 点から、租税条約 7 条とタックス・ヘイブン対策税制の関係性の検討を行う。以下「(3)」 では、7 条に関する排他的課税権に関して、若干の補足を述べる。 (1)我が国タックス・ヘイブン対策税制の立法経緯 タックス・ヘイブン対策税制の立法担当者は、タックス・ヘイブン対策税制の規定に関 して以下のように述べる。 「その趣旨及び目的に際し、軽課税国に所在する外国法人で我が国の法人又は居住者に より株式(又は出資)の保有を通じて支配されているとみなされるものの留保所得をそれ ら我が国株主の持分に応じてその所得に合算して課税する、というものである。外国法人 がその設立の地で留保している所得を、我が国の株主の課税所得の計算上収益ないし収入 とみなして課税してしまうという税制は、見方によってはかなり強烈なものに映るかもし れない。217」 すなわち、上記の立法経緯を鑑みると、我が国のタックス・ヘイブン対策税制は、従来 から、「内国法人の収益の額とみなして」という文言が企業の所得の帰属、或いは、性質に おいてどのように理解することが妥当なのか、に関する議論が生じており、我が国のタッ クス・ヘイブン対策税制と租税条約との交錯関係が問題として指摘されていた。 そこで次の「(2)」では、タックス・ヘイブン対策税制の規定を租税法律主義の観点から 検討を行う。 216 217 金子・前掲(注 20)475 頁参照。 高橋・前掲(注 5)81 頁引用。 (445) 74 (2)租税法律主義の観点 この「(2)」は、租税法律主義の観点から、タックス・ヘイブン対策税制が課税要件明確 主義を担保しているのか。また、手続的保障の原則から、予測可能性及び法的安定性が担 保されているのか検討を行う。したがって、以下「イ」では、課税要件明確主義の観点、 以下「ロ」では手続的保障原則の観点から分析を行い、以下「ハ」では再度、立法担当者 の見解を述べる。 イ.課税要件明確主義 タックス・ヘイブン対策税制を租税法律主義の機能から鑑みると、納税者の予測可能性 や法的安定性を考慮しなければならない。そのように考えると、租税条約 7 条 1 項の文言、 或いは、それに類する租税条約の議定書に関して、CFC ルール(我が国のタックス・ヘイ ブン対策税制も含む)が租税条約に抵触しないと読み取ることはできない。また、タック ス・ヘイブン対策税制が租税条約に適合する課税なのか、条文から一切読み取ることはで きないし、その規定自体は不透明である。 上記の状況から、企業間の国際活動の弊害が起こり得ることも予測される。一概には我 が国のタックス・ヘイブン対策税制が租税条約 7 条 1 項の「一方の締約国の企業の利得」 に課税しているか否かの、非常に曖昧で検討のしがたい部分は予測がつかない。 したがって、課税要件明確主義の観点から抵触関係を検討することは困難である。 ロ.手続的保障原則の機能 次に、租税法律主義の機能の一つである手続的保障原則の観点から検討を行う。結論か ら述べると手続的保障原則の観点からでは、タックス・ヘイブン対策税制を適用する子会 社に係る諸外国との条約に関して併害の可能性があると考える。 その根拠は、立法当初、我が国では租税条約とタックス・ヘイブン対策税制との関係に ついて、租税条約締結国に存在する子会社についてタックス・ヘイブン対策税制を適用す ることに対して認識していなかった218としている。 218 佐藤正勝「タックス・ヘイブン対策税制」『日税研論集』税研 VOL33、123-125 頁(1996 年)参照。 佐藤教授は、租税条約 7 条 1 項とタックス・ヘイブン対策税制の抵触関係が問題となる以前から、租税条 約と我が国のタックス・ヘイブン対策税制との関係について検討されていた。外国の居住者の所得を我が 国の居住者の課税所得に取り組むことが関係する租税条約の規定に抵触しないか否かという問題点を提起 した後、 「わが国は、いわゆるタックス・ヘイブンといわれる国との間では租税条約を締結しないことをポ リシーとしている。タックス・ヘイブン国の範囲に関して、平成 4 年度改正前のわが国の国内租税法では、 41 の国または地域を軽課税国としてタックス・ヘイブン対策税制が適用される地理的範囲を指定していた (軽課税国指定制度)が同年度の改正により、軽課税国指定制度が廃止され、租税の負担割合が 25%以下 となるという条件に該当する場合には地理的限定なしに適用されることとなった。 (租税特別措置法施行令、 以下「措令」と表記する。39 条の 14 第 1 項 2 号)。したがって、同年度以降は、わが国との租税条約締約 国であっても、租税の負担割合が 25%以下となる等法定の要件を満たす場合には、タックス・ヘイブン対 策税制が適用され得ることから、租税条約との関係が生じ得る」旨の見解をされておられる。 (446) 75 例えば、平成 22 年 11 月に日本国政府と香港特別行政区政府(以下「香港」と表記する。) との間の租税条約が新たに著名されている。香港は、いわゆるタックス・ヘイブン国であ る。我が国がタックス・ヘイブン国と租税条約を締結しないという背景には、米国が過去 に米国とオランダとの間の租税条約(以下「米蘭租税条約」と表記する。)をタックス・ヘ イブン国である蘭領アンチルまで適用拡大したことで、蘭領アンチルを利用した租税条約 の濫用が横行したこと等の経験に学んだこと219が背景にある。 そこで、以下「ハ」では、手続的保障原則に関する立法経緯を述べる。 ハ.立法担当者の見解 当時の立法担当者は、軽課税国の指定基準に関して次のように述べる。 「租税条約締結国で上記の基準により軽課税国となり得るものをどうするか、という問 題があるが、我が国との条約締結国(あるいは拡大適用地域)の中には税負担が著しく低 いものもふくまれており、これらの国について租税回避が行われる可能性が皆無であると いえないことから、これらの国(又は地域)に所在する外国子会社等の実態やこれらの国 の制度等を慎重に検討した上でやむを得ぬ場合にのみ軽課税国に指定する、という立場が とられている。220」 すなわち、日本とシンガポールとの間の租税条約が締結された時点よりもはるか後の時 点になって、シンガポールの子会社もタックス・ヘイブン対策税制の適用対象とするよう に国内法が一方的に改正されたこと221になると判断することは必然である。これは手続的 保障原則の機能が担保されているとは考えられない。222 したがって、我が国がタックス・ヘイブン税制における軽課税国と租税条約を締結する ことは、少なからずある223という見解もあるが、法治国家である我が国の租税法律主義の 観点から、法的安定性及び予測可能性の機能を担保することができていないと考える。 そこで、次の「(3)」では、タックス・ヘイブン対策税制を、排他的課税権の観点から、 条約に適合する課税であるか、検討を行う。 (3)排他的課税権 この「(3)」では、タックス・ヘイブン対策税制を、排他的課税権の立場から、条約に適 219 矢内一好「日本・香港租税協定のあらまし」月刊国際税務 VOL31、70-71 頁(2011 年 1 月)引用。 高橋・前掲(注 5)98 頁引用。 221 中里・前掲(注 20)80 頁引用。なお、中里教授は「適正手続の保障」という表現を付しているが、筆 者は、手続的保障原則であると考えている。 222 我が国は法治国家であり、租税法律主義を重んじることから、筆者は手続的保障原則の観点から、こ の問題に関してなお異論が残ってしまうのである。我が国が蘭領アンチルの租税条約濫用の経験から租税 条約を締結しない旨の趣旨が現在では不透明になっているのではないかと考える。 223 占部・前掲(注 20)206 頁引用。なお、占部教授はこの論点に関して具体的な見解を示しておらず、 他の学説もこの論点については触れてはいない。 220 (447) 76 合する課税であるか、検討を行う。 すなわち、我が国の国内法であるタックス・ヘイブン対策税制が租税条約 7 条 1 項の「一 方の締約国の企業の利得」に対する合理的な法律であるかどうかという懸念が生じるとこ ろである。しかし、そもそも 7 条 1 項の「一方の締約国の企業の利得」を含めた文言から 文理解釈をした場合、果たして租税条約上には、課税対象者が一体だれなのかという部分 は明示的に規定224されていない。225 租税条約 7 条 1 項の条文は、第 1 文に「PE なければ課税なし」の規定を置いており、第 2 文では「帰属主義」の規定を置いている。しかし、帰属主義の中身に関する規定は、7 条 2 項の独立企業間原則226で規定されている。 この第 2 文の帰属主義には、誰に対して課税しているのかを明確に定めているが、企業 の利得を主とする文脈から解釈した場合に、一方の締約国の企業が課税対象者であるのか、 或いは、他方の締約国の企業が課税対象者であるのか、は法的安定性の観点から具体的に 規定されていないと考える。 租税条約の解釈には、VCLT31 条 1 項で、文脈に即した解釈が認められている。この文 脈から、租税条約 7 条 1 項の第 1 文から第 2 文も含めた文言から、用語を解釈していくこ とも一つの考え方である。 したがって、誰に対する課税かといえば、一方の締約国の企業に対する課税であること は VCLT の観点から解釈できる。とりわけ、7 条 1 項の「一方の締約国の企業の利得」を 含む第 1 文を解釈すると、一方の締約国においてのみ租税を課することができる旨の解釈 224 租税条約上には、 「誰に対する課税」であるか、つまり「所得の帰属」に関する規定は規律していない。 Lang・supra note13,p.51-53.によれば、この観点について、締約国の立法者の判断により誰の所得と見る かを決する旨の見解をされている。対して浅妻教授は、 「所得の帰属」に対する問題点は多義的であり、こ の問題に対する用語を「水平的な所得の帰属問題」及び「垂直的な所得の帰属問題」と表現している。い わば本稿で問題とするところは、「垂直的な所得の帰属問題」である。浅妻・前掲(注 20)386 頁参照。 いわゆる、文理解釈に際して納税者の視点から、国内法の条約適合性を斟酌すると租税条約 7 条 1 項の文 言には「従属外国法人規定は 7 条 1 項に違反しない」或いは「誰に対する課税であるか」などといった、 文言に係るニュアンスの部分で、明示的な文言をなんら規定していない。したがって、結果的に納税者の 法的安定性の欠如に繋がるのではないか。 225 例えば、タックス・ヘイブン対策税制が租税条約に抵触しないことを明文化することも国によっては 行われている。 (1978 年カナダーイギリス租税条約 27 条(3) 等)占部・前掲(注 20)225 頁参照。例えば、 日星租税条約に関してはそのような明文規定は存在せず、無論、文理解釈からその旨を読み取ることは不 可能である。この問題点に関して占部教授は、シンガポール政府は我が国のタックス・ヘイブン対策税制 が適用除外規定をおいていることから、タックス・ヘイブン対策税制を許容しているものとされるため、 特に問題とすることはなかったと述べる。したがって、租税条約上に特別な条項を設けなくても抵触は起 こりうるはずがないとされているのである。 226 抵触関係とは別に、租税条約 7 条 1 項の「企業の利得」の解釈として、二通りの解釈ルートがあると されている。すなわち、企業の利得の所得性質の解釈、一方で 7 条 1 項の解釈・適用についての統一的な アプローチがない場合には、二重課税や課税の空白のリスクが生じてしまう。そこで PE の帰属利得の算 定に関するアプローチの解釈(Authorized OECD Approach 以下「AOA」と表記する。)として、2006 年 に AOA が 7 条に関する解釈の統一化を図るために改正レポートを公表し、以前から「関連事業活動アプ ローチ」と「機能的分離企業アプローチ」のいずれかのアプローチにより統一性を持たそうとしていたが、 昨年、OECD によるその旨の報告として、「機能的分離企業アプローチ」を採用することとなった。しか しながら、AOA は具体的なアプローチの方法を公表しているが、AOA に関するレポートは PE に帰属さ れる所得があることを前提としているアプローチである、云わば「水平的な所得の帰属問題」であり、本 稿においては、所得がない場合及び所得の性質について解釈するため、割愛させていただく。詳細に関し ては、西村聞多「OECD による恒久的施設(PE)の帰属利得に関するレポートの公表と OECD モデル租 税条約第 7 条(事業所得)に関するコメンタリーの改正について」租税研究第 693 号、113-130 頁(2007 年)が有益である。又、本庄・前掲(注 31)13-22 頁にも同様の報告が掲載されている。 (448) 77 ができるので、PE がない国には課税権はない。つまり、 「のみ課税を課することができる」 の規定は、一方の締約国に排他的な課税権を認めるものであり、これにより他方の締約国 の課税権の行使は禁じられる227ことになる。228 そこで、上記の条約適合性に関して、以下「3」では、租税条約適合性の観点から OECD コメンタリーを分析する。 3.OECD の勧告 この「3」では、タックス・ヘイブン対策税制の租税条約適合性に関して、OECD コメン タリーの説明の整理を行う。以下「(1)」では、租税条約適合性の観点から OECD の説明を 整理する。以下「(2)」では、7Paragraph10.1 を整理する。以下「(3)」では、10Paragraph37 の整理を行う。以下「(4)」では抵触関係に対する異論を述べる。 (1)OECD の勧告 この「(1)」では、CFC ルールの租税条約適合性を、OECD の説明から整理する。 いわゆる Schneider case 後、OECD 委員会はコメンタリーの作成に即座に反応しており、 2003 年に新たにコメンタリーが改訂されている。その改訂の内容として、1Paragraph23、 7Paragraph10.1、10Paragraph37.が 2003 年版で追加されている。例えば、コメンタリー 1Paragraph23.に関しては、「従属外国法人立法は租税条約に抵触しない」という旨の説明 が記載されている。 要するに、上記の内容が意味することは、CFC ルールの適用は租税条約に違反しない、 というのが OECD の多数派の見解である。しかし、少数派の意見として OECD コメンタ リーには、CFC ルールの適用は租税条約に違反すると主張する国がある。いわゆる少数派 の意見を述べている国が、英国・フィンランド・フランスの CFC ルールと租税条約の抵触 関係による裁判で問題となったタックス・ヘイブン国の立場の国、すなわち、オランダ・ ベルギー・スイスである。229 しかしながら、1Paragraph23.と同様に、7Paragraph10.1、10Paragraph37.には CFC ルールと租税条約は抵触しないという CFC ルールと租税条約との関係が記載されている230 ことが確認できる。 227 倉内敏行「相互協議の対象について―「租税条約に適合しない課税」の解釈に関する一考察」 (税務大 学校論叢 27 号、1996 年)137 頁、165 頁引用。なお、英文では、「only in that State unless」と記載さ れているため、その文言から解釈遂行しても明示的である。OECD・supra note58,p.28. 228 一方の締約国の企業の利得は、 他方の締約国に PE がない場合には他方の締約国に課税権は配分されて いないため、例えば他方の締約国が我が国であるとするのであれば、我が国はいかなる根拠にせよ、一方 の締約国の企業の利得に対して課税はできない。とりわけ、我が国のタックス・ヘイブン対策税制は、特 定外国子会社等の企業の利得に対して課税をしてはおらず、特定外国子会社等の企業の利得を、我が国の 親会社の収益とみなして、擬制して課税している制度であるため、我が国のタックス・ヘイブン対策税制 と租税条約が課税しようとしている課税対象者は、対象的に相反している。 229 浅妻・前掲(注 67)257-259 頁参照。 230 川端・前掲(注 57)55、103 頁参照。 (449) 78 そこで、次の「(2)」では、具体的にコメンタリー7Paragraph10.1 の整理を試みる。 (2)7Paragraph10.1. 7Paragraph10.1.231(OECD モデル租税条約第 7 条のコメンタリーパラグラフ 10.1 をい う。)では、自国の国内法令の従属外国法人規定は他方の締約国の「企業の利得」を減少し ない、と説明している。要するに、 「企業の利得」を減少しないということは、従属外国法 人規定は 7 条の規定する一方の締約国の「企業の利得」に課税をしていないと解釈できる。 したがって、我が国の租税条約 7 条 1 項はモデル租税条約と同様の文言となっているこ とから、モデル租税条約 7 条のコメンタリーの勘案から従属外国法人規定は租税条約に抵 触しない旨の判断をするのが妥当である。 とりわけ、「企業の利得」を減少させない旨の記載が 7Paragraph10.1.によってわかる。 我が国のタックス・ヘイブン対策税制がモデル租税条約 7 条 1 項の「一方の締約国の企業 の利得」に課税していないということを鑑みると、タックス・ヘイブン対策税制は、租税 条約 7 条にいう「一方の締約国の企業」に対する子会社等の利得の浸食をしていない、と 解釈するのが妥当である。 そこで、次の「(3)」では、10Paragraph37 を整理する。 (3)10Paragraph37. 10Paragraph37.232(OECD モデル租税条約第 10 条のコメンタリーパラグラフ 37 をい う。)は、7Paragraph10.1.と同様の意味を把握することが可能な説明となっている。 いわゆる 10Paragraph37.は、従属外国法人規定が、モデル租税条約 10 条第 5 項に違反 する、という解釈を否定している文言である。 モデル租税条約 10 条は「配当所得」に関する規定を設けていることから、OECD の見解 は「配当所得」に関しても、2003 年に改訂項目として上記の勧告を出している。 そこで、次の「(4)」では、上述「(1)」 「(2)」 「(3)」で整理したコメンタリー以外のコメン タリーを整理する。 231 第 1 項の目的は、一方の締約国の、他方の締約国の居住者である企業の事業所得に対する課税権の制 限を規定することである。本項は、一方の締約国の、自国の国内法令の従属外国法人規定に基づく自国の 居住者に対する課税権を、これらの居住者に対して課せられる当該租税が、他方の締約国に居住している 企業の利得で、これらの居住者の当該企業への持分に帰せられる部分に基づき算定されるのにもかかわら ず、制限していない。一方の国によって自国の居住者に対してこのように課される租税は、他方の締約国 の企業の利得を減少させず、それ故、当該利得に対して課されたとはいい得ない(第 1 条に関するコメン タリー第 23 パラグラフ及び第 10 条に関するコメンタリー第 37 パラグラフ乃至第 39 パラグラフも参照)。 と記載されている。川端・前掲(注 57)103 頁引用。 232 10Paragraph37.「納税者の居住地国が、従属外国法人立法又はそれと類似の効果を持つその他の準則 に基づき、分配されなかった利得に課税することを求める場合、同国は第 5 項の規定に反して行動してい る、と議論することができるかも知れない。しかし、本項は源泉地における課税に限られており、このよ うな立法又は準則に基づく居住地における課税には関係していないことに留意すべきである。さらに、本 項は法人の課税に関するものであり、その株主に関するものではない。」川端・前掲(注 57)138 頁引用。 (450) 79 (4)事業所得及び配当所得以外の所得 7Paragraph10.1.及び 10Paragraph37.では、OECD の見解では従属外国法人立法は租税 条約に抵触しないということがわかる。 一方で、所得区分ごとに規定されている租税条約の文脈からモデル租税条約の事業所得 と配当所得とは別に、「不動産所得」 、「利子所得」、「使用料」等、個々の条文に対するコメ ンタリーに関しては何ら説明されていない。 しかしながら、1Paragraph23.233(OECD モデル租税条約第 1 条のコメンタリーパラグ ラフ 23 をいう。)の説明から、租税条約の文脈を指す、全体的な概念での、租税条約に抵 触しない旨の OECD の勧告がされている。したがって、我が国におけるタックス・ヘイブ ン対策税制も、「事業所得」以外の、他の租税条約の規定に関して、抵触が生じることはな いと考える。 そこで、次の「4」では、タックス・ヘイブン対策税制の規定に対する目的論的解釈の是 非の検討を行う。 4.目的論的解釈の是非 この「4」では、我が国のタックス・ヘイブン対策税制の目的論的解釈の観点から解釈の 内容を検討する。したがって、以下「(1)」では、課税対象留保金額の算定を整理する。以 下「(2)」ではタックス・ヘイブン対策税制の立法経緯を整理する。以下「(3)」ではタック ス・ヘイブン対策税制の文理解釈の意味を再考する。以下「(4)」ではタックス・ヘイブン 対策税制に係る目的論的解釈から解釈の内容を検討する。 (1)課税対象留保金額の算定 我が国のタックス・ヘイブン対策税制の制度として、その対象とする所得は、利子及び 配当等、すべての所得を含んだ決算に基づくすべての所得が課税の対象となる。すなわち、 措置令 39 の 15 第 1 項、第 2 項の規定によって、特定外国子会社等の課税対象留保金額の 未処分所得を、各事業年度の決算において算出されることになる。したがって、決算に基 づくすべての所得としていることは、事業所得も同様に課税の対象とされる。 233 1Paragraph23.「基地法人の利用については、従属外国法人の規定を通じて対応されよう。かなりの数 の加盟国と非加盟国がそのような立法を採用している。この種の立法の構造は国によってかなり異なるが、 これらの準則の共通の特徴は、国内の課税ベースを保護する適法な手段として国際的に認識されているが、 これらの準則の適用によって一方の締約国が一定の外国実体への参加に起因する所得についてその居住者 に対して課税する、という点である。第 7 条第 1 項や第 10 条第 5 項のようなこの条約の規定の一定の解 釈に基づけば、この従属外国法人立法の共通の特徴はこれらの規定と抵触するのではないか、ということ が議論されてきた。第 7 条のコメンタリー第 10.1 パラグラフと第 10 条のコメンタリー第 37 パラグラフ において説明する理由のために、このような解釈は当該規定の文言とは一致しない。これらの規定をその 文脈において読めば、そのような解釈は妥当しない。そのため、従属外国法人立法は条約と抵触しないと いうことを、その条約において、明示的に確認したいと考える国もあるが、そのような確認は不必要であ る。このように組み立てられた従属外国法人立法は条約の規定には抵触しない、と認識されているのであ る。」川端・前掲(注 57)55 頁引用。 (451) 80 (2)立法趣旨 いわゆる、タックス・ヘイブン対策税制の立法経緯から、本税制は、子会社等の法人格 を否認する規定ではない。つまり、その留保所得が実質的に帰属する者である我が国株主 に課税しようとするものである。そのための課税要件を明確かつ具体的に定めている234旨 の規定が確立されているように、我が国の内国法人の株主に対して課税を行うこととされ ている。 (3)文理解釈の妥当性 文理解釈に関しては、日星租税条約 7 条 1 項の一方の締約国の「企業の利得」の範囲と 我が国のタックス・ヘイブン対策税制の所得の対象範囲が重なる部分があるため、文理解 釈のみで結論の是非を導き出すことは妥当ではない。 すなわち、タックス・ヘイブン対策税制の所得の適用範囲は「事業所得」であると解す ことはタックス・ヘイブン対策税制の規定から解釈することは困難である。しかし、外国 子会社の所得が「事業所得」である場合には租税条約 7 条 1 項に違反するという考え方も ある。万一、我が国のいずれの国内法が外国子会社の事業所得に課税をするようになるの であれば、抵触関係の否定は困難であり、抵触関係の問題点は解明されない。 (4)目的論的解釈の再考 しかしながら、目的論的解釈で解釈するのであれば、租税条約及びタックス・ヘイブン 対策税制の両規定とも、租税回避規定或いは脱税防止を趣旨及び目的としていると考える ため、235両規定が抵触する可能性は稀であろう。236 そこで、以下「5」では「第 6 節」で検討を行ったタックス・ヘイブン対策税制の租税条 約適合性の観点に関して、その効果を整理する。 234 高橋・前掲(注 5)93 頁引用。 木村教授は、 「納税者は、租税条約がその者の所得に対する二重課税を期待する。課税当局は、租税条 約が脱税(fiscal evasion)を防止するものであると期待する。 ・・ (中略) ・・租税条約の性格が、政府の立 場からみるか納税者の観点からみるかに応じて、それぞれ異なって認識されうる、との全く同様に、租税 条約の目的は、非常に異なった様態で認識されうる。」木村(弘) ・前掲(注 103)718 頁引用、と述べる。 したがって、解釈の仕方では、多様な思考が働くのである。 236 なお、中里・太田・弘中・宮塚・前掲(注 22)257 頁参照。小田嶋清治「タックス・ヘイブン対策税 制の立法経緯と今後の動向」では、小田嶋氏は、我が国のタックス・ヘイブン対策税制は租税条約に違反 する可能性を示唆している中里教授を批判している。つまり、違反しないとするその根拠として 3 点が挙 げられ、1 点目は租税条約が自国企業に対する自国の課税というのは基本的に条約の枠外においているこ と。2 点目は、租税条約には、その根拠となる規定は情報交換規定しかないが、租税回避防止という大き な目的もあること。3 点目は自国企業に対する課税の構成をとっていること、として、上述の論理の 3 点 を組み合わすと、租税条約違反にはならないと述べているのである。したがって、この説明は目的論的解 釈の観点から述べることができると考える。また、立法担当者が説明していることである為、上述の考え 方に妥当性がある。 235 (452) 81 5.小活 この「5」では、「第 6 節」で検討した、タックス・ヘイブン対策税制の租税条約適合性 の検討結果を述べる。したがって、以下「(1)」では、文理解釈及び目的論的解釈を遂行し た場合の検討結果を述べる。以下「(2)」では、タックス・ヘイブン対策税制が条約に適合 する課税であるとする検討結果を述べる。 (1)文理解釈及び目的論的解釈の効果 この「(1)」では、タックス・ヘイブン対策税制の条約適合性を、文理解釈及び目的論的 解釈の効果から、検討結果をまとめる。 すなわち、帰属方法や所得の範囲について議論が生じていたことから、我が国のタック ス・ヘイブン対策税制は、特定外国子会社等の課税対象留保金額を内国法人の収益とみな して、内国法人の株主に対して課税することとしたものであると考えられる。 したがって、タックス・ヘイブン対策税制は、特定外国子会社等に対して課税するもの ではない。つまり、措置法 66 条 6 第 1 項による「内国法人の収益の額とみなして」課税す ることが条文から解釈できる。237とりわけ、タックス・ヘイブン対策税制の当時の立法経 緯に基づいて、趣旨及び目的を勘案するならば、内国法人の「擬制収益」として課税する 制度とみるのが妥当である。結局本制度は、「企業の利得」に対して課税する制度ではない と考えるのが妥当である。 確かに、タックス・ヘイブン対策税制の規定から、特定外国子会社等の留保利益をいか なる理論的根拠のもとで親会社の所得に合算しているかを法文から明らかにすることは困 難である238という見解もある。しかしながら、我が国は法治国家であり、租税法律主義の もと、条文から厳格に条文を解釈しなければならないこととされており、場合によっては 目的的に解釈を行うことも可能とされている。 そこで、次の「(2)」では、タックス・ヘイブンが条約に適合する課税か否か、の検討結 果をまとめる。 (2)条約に適合する課税 この「(2)」では、タックス・ヘイブン対策税制が租税条約 7 条に適合する課税であるか、 検討結果を述べる。 すなわち、文理解釈を原則的とし、目的的解釈によりタックス・ヘイブン対策税制を解 釈した結果、やはり特定外国子会社等の留保所得を、我が国の内国法人に対して「擬制所 得」、「擬制配当」として課税する制度である。また、法的な意味でも実質的な意味でも内 237 佐藤教授は、タックス・ヘイブン対策税制のいずれの理論にも結局は依拠するものではなく、特定外 国子会社を使った租税回避行為を防ぐために、特定外国子会社等の留保利益を実質所得者である親会社の 所得として合算するという制度を採用している、と述べる。佐藤・前掲(注 218)127-129 頁参照。 238 山本(哲)・前掲(注 20)123 頁参照。 (453) 82 国法人である親会社が課税を負担していると解することが妥当であると考える。本制度は、 租税条約 7 条の一方の締約国の「企業の利得」に対しては課税していない。したがって、 タックス・ヘイブン対策税制は租税条約に適合する課税であると考える。 そこで、以下「第 7 節」では前述「第 3 章」において確立された解釈指針、基準の整理 を行う。 第7節 総括 この「第 7 節」では、前述「第 3 章第 1 節」から「第 3 章第 6 節」を通して、本稿の論 点であった、 「企業の利得」の解釈指針、意味、懸念等を整理する。したがって、以下「1」 では「企業の利得」の解釈に対する効果の検討結果を踏まえて整理を試みる。 「2」では「企 業の利得」の解釈に際して、確立した解釈指針の、若干の整理を行う。 1.確立された基準による効果 この「1」では、 「企業の利得」の意味の整理を行う。したがって、以下「(1)」では VCLT の分析により得た結果を述べる。以下「(2)」では OECD コメンタリーを補足的手段として 用いることの有効性の整理を行う。以下「(3)」では国連モデル条約の参照により、 「事業所 得」が具体的に解釈できることの根拠を述べる。 (1)VCLT の分析による解釈 この「(1)」では、VCLT を参照とした解釈指針の妥当性を検討結果としてまとめる。 すなわち、租税条約の統一的解釈の獲得には、VCLT31 条から 33 条の分析を行い、解釈 をすることで、文言の相違や多言語の意味に対応できるものと考える。したがって、上記 の解釈から、本稿の論点であった、租税条約 7 条の「企業の利得」は、 「不動産」、 「配当」、 「利子」、 「使用料」、 「株式譲渡益」等の所得を除いた所得が最終的に 7 条の「企業の利得」 に該当する、との結果を得た。 したがって、前述「第 2 章第 1 節」において検討した、欧州の各判例を鑑みると、Conseil d’ Etat が解釈した「利得」は採用することはできない。 (2)OECD コメンタリー この「(2)」では、OECD コメンタリーに基づいた「利得」の解釈の妥当性を整理する。 すなわち、OECD モデル租税条約 7 条 7Paragraph61,62 に関する「利得」の意味は、そ の解釈を明らかにするため「補足的資料」として参照することが有益である。 しかしながら、あくまでコメンタリーは VCLT32 条による「解釈の補足的手段」として 参照されるべき資料であるから、確立された基準として成り立つものではない。なお、VCLT によると、事業所得や株式譲渡益等がいかなる所得を指しているかは規定されていない。 (454) 83 したがって、細かい部分についてはコメンタリーを VCLT32 条による「解釈の補足的手 段」として参照することは、租税条約の趣旨及び目的である国際的二重課税排除及び二重 非課税の排除という観点から担保できると考える。 (3)国連モデル条約の参照 この(3)では、国連モデル条約を参照することの有効性を整理する。 すなわち、国連モデル租税条約の参照は、OECD モデル租税条約と同様、VCLT32 条に よる解釈の補足的手段として参照することができる。国連モデル租税条約は、事業所得と 他の所得との差別化について具体的な指針が示されているため、「利得」の解釈にはその指 針が有効に働く。 したがって、2 点目及び 3 点目は国際慣習法として確立されているものではないため、 VCLT32 条の解釈の為の補足的手段として用いることができる。対して「利得」の文言は VCLT33 条 4 項の分析により意味を明らかにし、VCLT31 条及び 33 条による租税条約の趣 旨及び目的の勘案から、二重課税或いは二重非課税(課税の空白)を回避することが可能 となる。 以上、上述「1.確立された基準による効果」では、本稿で確立した基準について述べた。 そこで、次の「2」では、租税条約上の解釈に係る一般基準を述べる。 2.広義的効果 この「2」では「企業の利得」の解釈から生じる諸問題の検討結果を整理する。以下「(1)」 では、租税条約 3 条 2 項の懸念を整理する。以下「(2)」ではタックス・ヘイブン対策税制 の租税条約適合性の観点から検討結果を述べる。 (1)租税条約 3 条 2 項の懸念 この(1)では、租税条約 3 条 2 項に基づいて解釈した場合の懸念を整理する。 すなわち、 「利得」という用語は、租税条約 3 条 2 項に基づいた「用語」が「文脈」によ り解釈すべきであることが求められている。したがって、VCLT33 条の分析により、その 意味が「事業所得」であると判断する。 「事業所得」であると考えることは、前述「「1」 (1)VCLT の分析による解釈」同様、 「不 動産」、「利子」、「配当」等の所得を除いた、最終段階の所得と解することが妥当である。 いわゆる、企業が稼得する所得の「費用控除前」の所得を指す。 また、VCLT の分析により解釈される「利得」の用語は、解釈の統一的獲得の概念から、 租税条約の趣旨及び目的である国際的二重課税の排除、強いては、二重非課税の排除を回 避できる。とりわけ、予測可能性及び法的安定性を担保できるものと考える。したがって、 用語が租税条約上に定義されていないことを根拠に、国内法令の解釈を援用することは、 租税条約の趣旨及び目的が担保されない。まず、VCLT33 条を分析することが重要である。 (455) 84 (2)租税条約適合性 この「(2)」では、タックス・ヘイブン対策税制に係る租税条約適合性の整理を行う。 つまり、タックス・ヘイブン対策税制は、一方の締約国の「企業の利得」、すなわち、特 定外国子会社等の「事業所得」に課税していない。 すなわち、我が国のタックス・ヘイブン対策税制は、措置法 66 条の 6 第 1 項の条文に「内 国法人の収益とみなして」と規定していることにより、文理解釈から原則的に内国法人に 課税していると解される。したがって、外国法人に対して課税する規定ではない。 また、我が国のタックス・ヘイブン対策税制は、配当モデルを採用していると考えられ ることから、 「事業所得」 (企業の利得)に課税しているのではなく、「配当所得」に課税す る制度である。したがって、タックス・ヘイブン対策税制は租税条約 7 条に適合する課税 であると考える。 以上、 「第 3 章」では、多方面から「企業の利得」の解釈の内容を検討した。そこで、以 下「第 4 章」では、前述「第 3 章」の検討結果から、事実関係と照合しつつ、グラクソ事 件の判例の妥当性を検討する。 (456) 85 第4章 統括 第 4 章では、第 2 章及び第 3 章で検討し、確立した基準を、グラクソ事件に当てはめる。 すなわち、「企業の利得」の所得性格の検討結果とグラクソ事件との事実関係を比較する。 また、我が国のタックス・ヘイブン対策税制の条約適合性の検討結果をグラクソ事件に当 てはめる。 したがって、以下「第 4 章第 1 節」では、第 2 章及び第 3 章で確立した一般基準の整理 を行う。以下「第 4 章第 2 節」では、グラクソ事件の事実関係を整理する。以下「第 4 章 第 3 節」では、確立した一般基準をグラクソ事件と対比させて、当てはめを行う。 第1節 一般基準 この「第 1 節」は、本稿で確立した一般基準による「企業の利得」の所得範囲を再度、 説明する。 租税条約の統一的解釈を獲得するためには、VCLT31 条から 33 条と条約を対比させて解 釈することで、文言の相違や多言語の意味に対応できる。すなわち、租税条約 7 条の「企 業の利得」は、「不動産」、「配当」、 「利子」、「使用料」、「株式譲渡益」等の所得を除いた所 得が最終的に 7 条の「企業の利得」に該当する。したがって、上述の検討結果の意味に統 一することで、国際的二重課税や二重非課税(課税の空白)が回避できると考える。 そこで、次の「第 2 節」では、グラクソ事件の事実関係を再考する。 第2節 事実 この「第 2 節」では、グラクソ事件の事実関係を再考する。したがって、以下「1」では、 グラクソ事件に係る、シンガポール子会社が稼得した所得の事実関係を整理する。以下「2」 では、シンガポール子会社が稼得した所得に対する最高裁判決の司法判断を整理する。以 下「3」では、「1」の事実関係と「2」の司法判断を対比させる。 1.シンガポール子会社の稼得所得 この「1」では、シンガポール子会社が稼得した所得の事実関係を整理する。 第一審判決の適法に確定した事実関係によると、GSC 社は、昭和 54 年にシンガポールで 設立された外国法人であり,同国において胃潰瘍薬の製造販売事業を行っていたが,平成 3 年 6 月に上記事業を関連会社に譲渡している。 GSC 社は,平成 10 年 3 月に,その保有に係る株式を売却、又は、消却し,同年 1 月 1 日から同年 12 月 31 日までの事業年度において,約 8 億 0939 万シンガポールドルの株式 譲渡益を計上している。 したがって、シンガポール子会社は株式を売却し、株式譲渡益を計上していることが分 (457) 86 かる。 そこで、次の「2」では、上述「第 4 章第 2 節「1」」の内容に関して、グラクソ事件に 係る最高裁判決の司法判断の整理を行う。 2.最高裁判決に係る司法判断 湧井裁判官の補足意見は以下のとおりである。 「第一審判決の確定事実によれば,子会社の未処分所得を構成する益金の主要部分をむ しろ株式譲渡益が占めていたようにもうかがえるのである。そうすると,仮に本件におけ る上告人の日星租税条約違反の主張に理由があるとされた場合においても,それによって 本件課税処分が違法とされるのは,そのうち子会社に留保された未処分の「企業の利得」 (事業所得)に対応する部分だけであって,それ以外の未処分所得に対応する課税処分の 主要部分については,それが直ちに取り消されるべきものになるとすることはできないこ とになろう。」 とする判断を下した。そこで、次の「3」では、第 4 章第 2 節で再考した、グラクソ事件 の事実関係と司法判断をまとめる。 3.小活 この「3」では、「第 4 章第 2 節」で再考した、グラクソ事件の事実関係と司法判断をま とめる。 前述「1.シンガポール子会社の稼得所得」及び「2.最高裁判決の司法判断」を整理すると、 第一審判決の事実関係及び湧井裁判官の判断から、シンガポールの子会社である GSC 社は、 「株式譲渡益」を計上していることが認識できる。 したがって、租税条約上は、各所得ごとに条文が規定されているため、「株式譲渡益」は 「企業の利得」の範囲ではない。 そこで、具体的に租税条約の適用可能性の判断を、以下「第 3 節」で、本事案に当ては める。 第3節 本事案への当てはめ この「第 3 節」では、本稿で確立した基準を本事案に当てはめる。したがって、以下「(1)」 では、グラクソ事件に係る租税条約 7 条の適用可能性を整理する。以下「(2)」では、グラ クソ事件の主要争点である、タックス・ヘイブン対策税制の租税条約適合性の検討結果を グラクソ事件に当てはめる。 1.租税条約の適用可能性 (458) 87 この「1」では、「第 4 章第 1 節及び第 2 節」で整理した「企業の利得」の意味と、シン ガポール子会社の稼得した所得の検討結果をグラクソ事件に当てはめる 本事案のシンガポール子会社である、GSC 社の稼得した所得は、 「株式譲渡益」である事 実が伺える。シンガポール子会社の GSC 社が稼得した所得を原告は、日星租税条約 7 条の 「企業の利得」(事業所得)であると主張したが、筆者はシンガポール子会社が稼得した所 得は、租税条約上の 13 条、いわゆる日星租税条約 13 条の「株式譲渡収益」に該当される と考える。239 すなわち、日星租税条約 7 条の「企業の利得」の解釈は、「株式譲渡益」を除いている。 「株式譲渡益」は日星租税条約 13 条に規定されている。とりわけ、その事実から租税条約 21 条の「その他の所得」に該当することはないと考える。 したがって、「株式譲渡益」は「企業の利得」に該当する所得ではないため、租税条約の 適用の可能性があるとすれば、日星租税条約 13 条の「株式譲渡益」であると考える。 そこで、次の「(2)」では、前述「第 3 章第 6 節」で検討したタックス・ヘイブン対策税 制の租税条約適合性の検討結果を、本事案に当てはめる。 2.タックス・ヘイブン対策税制の租税条約適合性 この「(2)」では、タックス・ヘイブン対策税制の租税条約適合性の検討結果をグラクソ 事件に当てはめる。 前述「第 3 章第 6 節タックス・ヘイブン対策税制の条約適合性」で検討した結果、我が 国のタックス・ヘイブン対策税制は、特定外国子会社等の課税対象留保金額を内国法人の 収益とみなして、内国法人の株主に対して課税する規定であると解釈した。また、タック ス・ヘイブン対策税制の課税の対象としている所得は、「配当所得」であると解釈した。と りわけ、学説の検討により、その課税対象留保金額を内国法人に「擬制収益」「擬制配当」 として合算課税される制度である、との結果を得た。 したがって、我が国のタックス・ヘイブン対策税制は日星租税条約 7 条 1 項の規定であ る、一方の締約国の「企業の利得」 (事業所得)に課税する制度ではないため、租税条約 7 条に適合する課税であると判断した。 グラクソ事件に係る最高裁判決の判断では、以下のとおりである。 「措置法 66 条の 6 第 1 項は、外国子会社の留保所得のうちの一定額を内国法人である親 会社の収益の額とみなして所得金額の計算上益金の額に算入するものであるが、この規定 239 OECD コメンタリーの参照に関する最高裁判決の判断は、VCLT32 条の「解釈の補足的手段」として 参照できる資料として判断されたが、宮塚久・北村導人「近時のタックス・ヘイブン対策税制に係る裁判 例の分析・検討(第 3 回)」租税研究第 725 号、326 頁(2010 年 3 月)では、同判決における判断から、 OECD コメンタリーは条約を締結する当事国の条約締結の経緯や黙示の合意の有無によって異なってくる、 と述べている。すなわち、租税条約の解釈は、コメンタリーを VCLT32 条の「解釈の補足的手段」である と筆者は根拠を示したが、他の租税条約に関しては、必ずしも VCLT32 条に該当すると断定することはで きない。したがって、今後も OECD コメンタリーの存在が国際慣習法ではない限り、弱い拘束力を有する コメンタリーとして議論が活発されると認識する。 (459) 88 による課税が、あくまで我が国の内国法人に対する課税権の行使として行われるものであ る以上、日星租税条約 7 条 1 項による禁止又は制限の対象に含まれないことは、上述した ところから明らかである。」 したがって、我が国のタックス・ヘイブン対策税制は、租税条約 7 条に適合する課税で あり、同判決の判断は妥当であると考える。240 240 なお、タックス・ヘイブンが制定された当初、立法担当者は子会社の所得と親会社の所得は同一の所 得である、と述べている。すなわち、子会社の所得を親会社の手で課税しているという論理が働く。この 認識は、一方の締約国は子会社であり、その企業の利得を親会社の手で課税しているということも考えら れる。したがって、趣旨及び目的を勘案するか、或いは文理解釈で解釈した場合の多少の認識にズレが生 ずるのではないかと考える。例えば、第一審判決の課税庁側の主張では、措置法 66 条の 6 第 1 項は、タッ クス・ヘイブン子会社の課税対象留保金額に相当する金額を我が国の親会社の収益とみなして課税する制 度であり、タックス・ヘイブン子会社の所得に対する課税ではないから、日星租税条約 7 条 1 項との抵触 は生じないと主張されているようであるが、昭和 53 年の「改正税法のすべて」には、子会社と親会社に合 算される所得は同一である旨の記載がある。このような立法趣旨と課税庁側の解釈の相違には多少の疑問 が生じている。 『改正税法のすべて』 (大蔵財務協会、1978 年)石山嘉英「タックスヘイブン対策税制の導 入」165 頁参照。 (460) 89 おわりに 本稿の目的は、グラクソ事件を諸問題とした租税条約 7 条の文言である「企業の利得」 の所得範囲、所得区分を明確にすることであった。また、 「企業の利得」の解釈から、法的 安定性、予測可能性を担保するために、統一的解釈を試みることであった。そして、グラ クソ事件に端を発したタックス・ヘイブン対策税制との抵触関係を検討した。そのために、 まず、租税条約自体の正当的な解釈の統一性を獲得することが概念としてあった。また、 租税条約はその趣旨及び目的から各国共通の意味を求められるため、 「企業の利得」の解釈 に係る判決を欧州の各判例を参考に分析を行った。そして、「企業の利得」の所得範囲を明 らかにしたうえで、タックス・ヘイブン対策税制の租税条約適合性の分析を試みた。具体 的には以下のとおりである。 第 1 章では、グラクソ事件の概要を整理した。グラクソ事件の主たる争点は、タックス・ ヘイブン対策税制と租税条約 7 条 1 項との抵触関係であった。地裁、高裁、最高裁とも、 納税者の主張は採用されず、タックス・ヘイブン対策税制は租税条約 7 条に抵触しないと 判断された。しかしながら、事実関係と照らし合わせ、租税条約 7 条 1 項の「企業の利得」 の所得範囲に関しては具体的に判断されていないと考えた。そこで、 「企業の利得」を欧州 の各判例を参考とし、「企業の利得」の解釈に係る問題点を提起した。 第 2 章では、欧州の各裁判所の「企業の利得」の解釈に係る判例が 3 件存在していたた め、我が国でも同様の解釈とすることができる判例であるか、検討を試みた。その結果、 最もドイツで判断された解釈指針が、我が国の租税条約を解釈する上で、法的安定性及び 予測可能性が担保できるとの結論を得た。また、欧州の各裁判所は、条約の解釈を OECD コメンタリーにより意味を確定させているため、コメンタリーを VCLT32 条の「解釈の補 足的手段」に該当するとして、法的効力を有しているものと結論を述べた。 第 3 章では、 「企業の利得」の意味に統一性をもたらすため、まず租税条約自体の解釈指 針の検討を行った。そして「企業の利得」は租税条約上に定義がされていない文言である ため、その解釈の方向性の分析をした。その結果、租税条約自体の解釈では、VCLT31 条 から、文理解釈のみではなく常に趣旨及び目的を勘案し、解釈を行うことにより、法的安 定性及び予測可能性を担保することができると述べた。また、「企業の利得」を、租税条約 3 条 2 項に基づき、国内法令の意味によって解釈することは、二重課税、二重非課税(課税 の空白)が生じる懸念があると考える。すなわち VCLT31 条から 33 条の分析から、「企業 の利得」は、企業が稼得する所得から、不動産、配当、利子、使用料、その他の所得を除 いた所得が「企業の利得」であると確認した。そして、租税条約適合性の観点から、我が 国のタックス・ヘイブン対策税制は、その規定から「配当モデル」の形式を採っているた め、一方の締約国の「企業の利得」に課税していないことが明らかとなった。したがって、 タックス・ヘイブン対策税制は租税条約 7 条に適合する課税であるといえる。 第 4 章では、第 2 章及び第 3 章で検討を行った、 「企業の利得」の意味及び条約適合性の 観点をグラクソ事件に当てはめた。その結果、グラクソ事件の事実関係は、シンガポール 子会社の未処分所得に該当する益金の主要部分として、「株式譲渡益」が主であったため、 (461) 90 「企業の利得」には該当しないことを確認した。また、租税条約適合性の観点から、我が 国のタックス・ヘイブン対策税制は、一方の締約国の「企業の利得」には課税していない。 したがって、グラクソ事件に係るタックス・ヘイブンは租税条約 7 条に抵触しないと下し た最高裁判決は妥当であると述べた。 しかしながら、租税条約 7 条とタックス・ヘイブン対策税制との関係では、グラクソ事 件による最高栽判決が下されたが、租税条約 7 条以外の規定とタックス・ヘイブンとの関 係に関しては裁判例の蓄積がされていない。今後、更に活発化されるものであろう多国籍 間クロスボーダー取引において、租税条約の問題や各国国内法との関係が注目されるもの と考える。 今後の国際的な事例について、よりいっそうの議論がなされることを注視していく次第 である。 (462) 91 引用・参考文献一覧 【参考図書】 ・石島弘=碓井光明=木村弘之亮=玉国文敏編・『税法の課題と超克』山田二郎先生古希記 念論文記念論文集(信山社、2000 年) ・岩沢雄司著『条約の国内適用可能性―いわゆる“SELF-EXECUTING”な条約に関する一 考察』(有斐閣、1986 年) ・井上康一=仲谷栄一郎『租税条約と国内税法の交錯』(商事法務、2007 年) ・井上康一=仲谷栄一郎『租税条約と国内税法の交錯第 2 版』(商事法務、2011 年) ・碓井光明=小早川光郎=水野忠恒=中里実編『公法学の法と政策 上巻』金子宏先生古 稀祝賀(有斐閣、2000 年) ・江草忠敬『租税の戦争と調和』(有斐閣、1998 年) ・大崎満著『国際的租税回避―その対抗策を中心として―』(大蔵省印刷局、1990 年) ・『改正税法のすべて』(大蔵財務協会、1978 年) ・川田剛著『タックス・ヘイブン対策税制/過少資本税制』(税務経理協会、第 4 巻 2000 年) ・金子宏『租税法第 16 版』(弘文堂、2011 年) ・金子宏編『国際課税の理論と実務―移転価格と金融取引―』(有斐閣、1997 年) ・金子宏著『所得課税の法と政策所得課税の基礎理論下巻』(有斐閣、1996 年) ・金子宏編『電子取引と国際税制』 (清文社、2002 年) ・川端康之監修『OECD モデル租税条約 2003 年版(所得と財産に対するモデル条約)』 (日 本租税研究協会、2003 年) ・川端康之『OECD モデル租税条約 2008 年版(所得と財産に対するモデル租税条約)簡略 版』(日本租税研究協会、2009 年 6 月) ・木村弘之亮著『国際税法』(成文堂、2000 年) ・木村俊治『外国法人の税務』(中央経済社、2009 年) ・小松芳明『租税条約の研究 [新版] 』(有斐閣、1982 年) ・小松芳明『国際税務』 (ぎょうせい、1985 年) ・小松芳明『国際取引と課税問題国際租税法の考え方』(信山社、1994 年) ・小松芳明著『国際租税法講義[補助版]』(税務経理協会、1999 年) ・『最高裁判所民事判例集』(第 35 号 3 号 672 頁) ・『租税条約関係法規集』 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を用いた際に生じる独立企業間価格の幅の規定に焦点を当て、TNMM を用い る際に 2 つの利益水準指標(PLI)しか認めていない現行の規定は、比較可能性の高い比較 対象取引を用いても適正な算定ができない可能性があり、問題であるとしている。 次いで、第 2 章では、利益法である CPM を規定する米国の CPM における幅及び PLI の関係性を検討した。米国の 1992 年規則案において規定された CPI が幅と利益法の機能 を備えていたこと、1994 年最終規則においても CPI の要素は、利益法である CPM の独立 企業間レンジに受け継がれており、CPI と独立企業間レンジ、両者の関係性が強いことを 示した。 第 3 章では、OECD1995 年ガイドライン、2010 年ガイドラインにおける、TNMM の位 置づけの変化とそれに伴う PLI、 幅の規定について検討を行うことで、TNMM と幅、 TNMM と PLI の関係性について示した。米国の CPM について否定的であった OECD が、企業又 は事業セグメントを単位とする CPM を、取引を単位とする TNMM とすることによって PLI を用いる利益法を算定方法として認め、TNMM 導入に伴い、独立企業間価格に幅の概 念が認められることとなった。 i (471) 第 4 章では、日本、米国、OECD の利益法(CPM、TNMM)における PLI と幅の関係 について議論がなされていないことを指摘し、PLI から成る幅について言及した。日本にお ける TNMM の規定では、棚卸資産の購入が国外関連取引である場合は売上高営業利益率を 適用し、棚卸資産の販売が国外関連取引である場合においては総費用営業利益率が適用さ れるという場合分けされた PLI の規定となっている。販売会社、資本集約型製造会社、労 働集約型製造会社において適切な PLI が選択されないケースを例示することによって、検 証対象者の性格や比較対象に関するデータの信頼性等の全ての事実と状況を考慮し、適切 な PLI を選択するという柔軟な規定が必要であることを示した。 本稿の結論としては、適正な独立企業間価格の幅を形成するためには、日本においても TNMM 適用時に使用できる PLI を追加規定し、状況に応じた PLI の選択を可能とする柔 軟な規定を導入することが望ましいとしている。 ii (472) 【目次】 はじめに 第 1 章 日本の移転価格税制における幅の概念 1-1 日本における移転価格税制と幅 1-2 今治造船事件 1-3 日本における幅と利益法の導入 1-4 問題点 1-5 小括 第 2 章 アメリカにおける幅の概念 2-1 1992 年規則案における CPI の導入 2-2 1993 年暫定規則 2-2-1 1993 年暫定規則における CPM と最適方法ルールの導入 2-2-2 1993 年暫定規則における CPM と独立企業間レンジ 2-3 1994 年最終規則の公表 2-3-1 1994 年最終規則における CPM の規定 2-3-2 1994 年最終規則における独立企業間レンジの規定 2-4 小括 第 3 章 OECD における幅の概念 3-1 1995 年ガイドラインの策定 3-1-1 1995 年ガイドラインにおける TNMM と比較可能性 3-1-2 1995 年ガイドラインにおける幅の登場 3-2 2010 年ガイドラインの発表 3-2-1 2010 年ガイドラインにおける最適方法ルールの導入 3-2-2 2010 年ガイドラインにおける TNMM の位置づけ 3-2-3 2010 年ガイドラインの幅 3-3 小括 第 4 章 PLI(利益水準指標)から成る幅 4-1 米国、OECD、日本における PLI 4-2 日本における PLI の幅 4-2-1 TNMM 適用に際する PLI と幅の関連性 4-2-2 日本における PLI の問題点 4-3 適切な PLI の設定 おわりに iii (473) はじめに 昭和 61 年に日本において導入された移転価格税制(租税特別措置法 66 条の 4)は、特 殊の関係のある外国法人(国外関連者)との取引を通じた所得の海外移転を規制し1、 「適正 な対価」ないし「独立企業間価格」という概念を中心として構築された税制である。独立 企業間価格は独立価格比準法(以下、CUP 法) 、再販売価格基準法(以下、RP 法) 、原価 基準法(以下、CP 法) 、その他の方法によって算定した金額とされている。CUP 法、RP 法、CP 法は基本三法とされ、日本においても OECD 同様、基本三法優先の姿勢を維持し てきた。しかし、平成 22 年に OECD によって最適方法ルールの導入をはじめとした大幅 なガイドライン改定が行われ、OECD 批准国である日本においても平成 23 年度税制改正に おいて最適方法ルールが導入されることとなった2。また、当該改定に伴い、利益法と関係 性の強い幅の概念が日本においても導入され、租税特別措置法関連通達、移転価格事務運 営要領において幅の規定がなされた。 近年、利益法3である取引単位営業利益法(TNMM)の適用が増加しており4、今回の最 適方法ルール導入によって TNMM の適用は更に増加していくことが考えられる。また、 TNMM 適用に伴い、比較対象取引が複数見出されることで、独立企業間価格に幅が存在す るケースも増加することが想定される。幅に関する先行研究としては小島氏の論稿5がある が、平成 23 年度税制改正前の研究であるため、幅の種類、調整ポイントについての規定を 提案するに止まっている。したがって、本稿においては、取引法における幅と利益法にお ける幅の関連性、特に利益法における利益水準指標(PLI)と独立企業間価格に注目し、今 後の TNMM に関する PLI 及び幅についての提言を行う。 本稿では、 第 1 章において日本の移転価格税制における独立企業間価格の概念を確認し、 従来の「幅」に対する考えを整理した後、平成 23 年度税制改正で新たに導入された幅の規 定、幅との関連性がある PLI の規定についての問題点を指摘する。次いで、第 2 章では、 幅の概念を最初に導入した米国の幅、幅との関連性が強い利益比準法(CPM)に触れ、米 国での幅と PLI について検討し、第 3 章では、日本の移転価格税制の執行に際し、実務上 大きな影響を及ぼしている6OECD 移転価格ガイドラインの幅と TNMM における PLI につ いて検討を行う。最後に、第 4 章では、PLI から成る幅について述べ、新たな PLI の規定、 1 矢内一好『移転価格税制の理論』中央経済社(1999)1 頁 2 金子宏『租税法 第17 版』有斐閣(2012)473-474 頁 3 本稿における利益法は、利益比準法、取引単位営業利益法を指すものとする。 事前確認制度においては TNMM の適用が増加しており、移転価格算定方法の内訳の約 66% が TNMM によるものとなっている。 (国税庁「平成 20 事務年度の「相互協議を伴う事前確認の 状況(APA レポート) 」について」 (2009)3 頁) 5 小島信子「移転価格税制における独立企業間価格の算定に係る「レンジ」の採用について」税 大論叢 67 号(2010) 6 太田洋「我が国の移転価格税制の概要」中里実・太田洋・弘中聡浩・宮塚久編『移転価格税制 のフロンティア』有斐閣(2011)5 頁 4 1 (474) 状況に応じた幅の規定について提言を行う。 第 1 章 日本の移転価格税制における幅の概念 1-1 日本における移転価格税制と幅 (1)日本における移転価格税制 移転価格税制(措法 66 条の 4)は、日本法人が国外関連者との間で、国外関連取引を行 った際、当該取引価格が独立企業間価格にみたない(無償譲渡または低額譲渡)、または、 超える(高価買入)場合に、当該取引を独立企業間価格で行われたものとみなす7規定であ る。独立企業間価格は、 「実際の取引価額のいかんにかかわらず、無償ないし低額譲渡の場 合には、独立企業間価格に相当する金額が益金に算入され、また高価買入の場合には、独 立企業間価格に相当する金額のみが原価」8となる。 日本において移転価格税制は昭和 61 年に導入されたが、その理由として①国際経済活動 の活発化に伴い、日本法人が国外関連者との間で価格操作を行い、所得を国外移転するケ ースが増加していたため、税収減少を防止する措置が必要であったこと9。②すでに多くの 国が移転価格税制を採用しており、日本法人の国外関連者が移転価格税制の適用を受ける ケースが増加しつつあり、日本においても同じ制度をもつ必要があったこと10が挙げられる。 同条 2 項(平成 23 年度税制改正前)においては、独立企業間価格の算定方法が規定され ており、基本的な算定方法として独立価格比準法(以下、CUP 法) 、再販売価格基準法(以 下、RP 法) 、原価基準法(以下、CP 法)の基本三法が定められ、基本三法が用いることが できない場合に限りその他の方法を用いることができるとされていた11。基本三法の共通点 は、いずれも市場における比較対象取引をもとに、独立企業間価格を算定することであり12、 個別取引における価格や利益を独立第三者間の取引との比較によって検証する「取引」法 であるといえる13。 (2)日本における幅の議論 日本において独立企業間価格は、下記の事例(今治造船事件)に示される通り、一義的 に定められるべきものであるとされ、独立企業間価格を点として捉えられていたものと考 えられる。しかしその一方で金子氏は、 「独立企業間価格というのは幅をもった概念であり、 いかなる資産や役務についても唯一の独立企業間価格というものは存在しない。 」とされて いる。したがって、比較対象取引の選択の仕方によって、独立企業間価格は変わり得るた 金子宏『租税法 第 16 版』有斐閣(2011)460-461 頁 金子宏『所得課税の法と政策』有斐閣(1996)、370-371 頁 9 金子・前掲注 8、363 頁 10 金子・前掲注 8、363-364 頁 11 金子・前掲注 7、463 頁 12 濱田明子「移転価格税制における比較可能性の限界―判断基準を中心に―」税大論叢 36 号 (2001)309 頁 13 NERA エコノミックコンサルティング編『移転価格の経済分析』中央経済社(2008)56-57 頁 7 8 2 (475) め、最も適切と認められる方法によって独立企業間価格が算出された場合、その上下一定 範囲の安全帯を設け、その範囲内の価格は独立企業間価格として許容するという扱いが合 理的であるとされている14。また、移転価格算定方法が現実の取引に適用される際の不確実 性を根拠として、幅(安全帯)の必要性について主張がなされている。この主張は、関連 者間取引が複雑、又は会社の方針として期末の調整を行えない場合を前提としており、特 定の独立企業間価格・利益に対して、価格設定上の上下一定の誤差を許諾するものとして 幅を認めることが妥当である15とするものである。つまり、ここにいう安全帯とは、税務当 局があらかじめ独立企業間価格に関する一定の幅を定め、関連者間取引の数値がその幅の 中に収まれば独立企業間価格とみなして移転価格課税を行わないようにするための幅であ る16。 しかし、移転価格税制は過去の年度の独立企業間価格を算定するものであるため、事前 に一定の幅を定めるという安全帯は、移転価格税制における独立企業間価格の幅には含ま れないものと考えられる。したがって、移転価格税制における独立企業間価格の幅とは、 複数の比較対象取引から成る幅、又は複数の算定方法が適用される場合に形成される幅を 示すものだといえるであろう。なお、独立企業間価格の算定方法は、取引の状況、入手可 能なデータの質等により、一つに決定され、同程度に信頼がおける複数の算定方法が使用 できることは稀であるとされている17ため、主に問題となる幅は複数の比較対象取引から成 る幅であると考えられる。 1-2 今治造船事件18 (1)事案の概要、論点 X(原告、控訴人、上告人)は、船舶の製造及び修繕を業とする株式会社であり、パナマ 共和国に所在する国外関連者(A、B、B’ 、C、C’ 、D、D’ 、E)との間で複数の船舶建造 請負取引(以下、「本件国外関連取引」とする)を行っていた。Y(被告、被控訴人、被上 告人)は、本件国外関連取引における船価が、CUP 法によって算定された独立企業間価格 に満たないとして、法人税更正処分および過少申告加算税の付加決定処分を行った。これ に対し X がその取消しを求めたのが本件事案である。 なお、CUP 法の適用においては、取引ごとに最も比較可能性の高い取引を選び、内部取 引比準法を用いて、適宜差異を調整した上で独立企業間価格を算定した。 本件においては、主要な論点の一つとして、独立企業間価格について「幅」を用いるこ 14 15 16 金子・前掲注 8、387 頁 NERA エコノミックコンサルティング・前掲注 13、298 頁 望月文夫『日米移転価格税制の制度と適用-無形資産を中心に-』大蔵財務協会(2007)262 頁 別所徹弥「「国際課税規範」としての OECD ガイドライン~独立企業間価格算定上の問題を 中心として~」税大論叢 28 号(1997)472 頁 18 松山地裁 平成 16 年 4 月 14 日判決(訟月 51 巻 9 号 2395 頁) 、高松高裁 平成 18 年 10 月 13 日(54 巻 4 号 875 頁) 、第三小廷 平成 19 年 4 月 10 日(LEX/DB 25463328) 17 3 (476) との可否が争われた。 (2)第一審 第一審において X は、船舶建造請負取引における独立企業間価格に「幅」があることは、 一般的な商慣習として広く知られており、差異の調整を行い、仮に最も比較可能性の高い 取引を比較対象取引として選ぶことができたとしても、独立企業間価格を「点」ではなく、 「幅」をもって算定すべきだと主張した。加えて、Y が主張している独立企業間価格から 20%以上の調整がなされるべき旨を指摘し、本件国外関連取引は、いずれも 20%の「幅」 に収まっているため本件課税処分は違法であると主張した。 これに対して裁判所は、 「独立企業間価格は、あくまで類似の取引との比較可能性がある ことを前提としているものであって、差異の調整をするにしても、完全に、同一の条件で 調整ができるとは限らないから、調整上の誤差という意味での価格の「幅」ということが 出てくることは予想できるし、その結果、納税者の負担が増えることが出てくるとは解さ れる。 」との認識を示した。また、OECD 移転価格ガイドライン(以下、OECD ガイドラ イン)の見解や「幅」を認める学説も、比較対象取引が複数存在し、そのいずれか一つに 絞り込むことが相当でない場合に限って、「幅」の概念を認める可能性ないし支持している ものであるとした。しかし、独立企業間価格は、措法 66 条の 4 が定める算定方法に基づい て、一義的に定められるべきものであり、本件国外関連取引は、比較対象取引を一つに絞 り込むことができるため、 「幅」の採用はできないとした。 (3) 控訴審 控訴審において裁判所は、 「一般に,租税法では,租税法律主義の観点から、課税要件等 の定めはなるべく一義的で明確でなければならないとされ、このことから、課税所得金額 を一義的に確定することが要請されているものと解される。…控訴人が主張する「幅」な る概念を持ち出した場合には、移転価格税制の適用の有無が、その「幅」の設定いかんに よって左右されることになってしまい、課税の公平・構成が確保できないばかりか、課税 実務上の混乱を招くことになりかねない。」とし、独立企業間価格は一義的に定められるも のとした。その一方で、 「調整上の誤差という意味での価格の「幅」が出てくることは予想 できる。また、独立企業間価格を算定するに当たり、比較可能性が同等に認められる取引 が複数存在するため、比較対象取引を1つに絞り込むことが困難で、あえて1つに絞り込 むことがかえって課税の合理性を損ねると判断されるような場合には一定の範囲(価格帯) が形成、認識できることになり、そのような意味での独立企業間価格の「幅」の概念が採 用される余地はあると解される。」と一定の理解19を示した。しかし、本件関連取引は、容 易に比較対象取引を1つに絞り込むことが可能であるため「「幅」の概念を用いるまでもな 実務において(特に CUP 法を適用する場合)比較可能性が同等に認められる取引が複数存在 する場合は、 「納税者側として、 「幅」の議論を行い、裁判所がそれを認める余地がないわけでも ないことを示唆しているものと解することができる」とされている。 (北村導人「移転価格課税 に関する裁判例の分析と実務上の留意点(上)」税務事例 40 巻 11 号(2008)40 頁) 19 4 (477) く、最も比較可能性の高い取引を比較対象取引として独立企業間価格を算定することがで きる。 」として第一審の判断を支持した。 また、当該判決では、 「事前確認制度は、課税庁と納税者との間で、納税に関する納税者 の予測可能性を確保し、その適正を確保し、その適正・円滑な執行を図るための制度」で あると説明し、 「事前確認制度の運用においては、所得移転がないと判断できる範囲で確認 する場合が多くなることもやむを得ず、むしろ特定の一点にあらかじめ決定しておくこと は合理的ではない」としている。その上で、措法 66 条の 4 適用については、過去の年度に おける課税所得を決定するために、独立企業間価格を一点で採用することが必要であると した。したがって、事前確認制度の運用と措法 66 条の 4 適用は場面を異にするものである ため、本件での幅の採用は認められないとしている。 (4)今治造船事件における幅の解釈 今治造船事件では、内部取引から比較対象取引を一つに絞り込むことができ、独立企業 間価格を一点に定めることが可能なケースであったと考えられる。したがって、第一審、 控訴審が当該事案に関して幅を認めないとしたことは妥当であると考えられる。 当該事案において X は、 独立企業間価格から 20%以上の調整がなされるべき旨を指摘し、 20%の「幅」を主張している。この幅は、上下一定範囲の安全帯を設け、その範囲内の価 格は独立企業間価格として許容するという考え方に近いものだと思われる20。前述のとおり 安全帯とは、独立企業間価格の幅を指すものではなく、税務当局が事前に定めた独立企業 間価格に関する一定の幅のことである。一方、独立企業間価格の幅は、独立企業間価格そ のものを算定する際に複数の比較対象から導き出される数値が算出される場合があるため にできるものであり21、事後的な幅であるとされている。したがって、当該事案において主 張された 20%の安全帯としての幅は事前に定められた幅であり、事後的な独立企業間価格 の幅の意味ではない。 1-3 日本における幅と利益法の導入 (1)問題点有無検討のための「幅」 日本の独立企業間価格の算定方法は、差異の調整まで含めて一義的に算定できるように 規定22されているが、通達によって幅の概念が盛り込まれ23ることとなった。平成 13 年に 国税庁から発遣された移転価格事務運営要領(以下、 「運営要領」とする)2-2 では、 「独立 企業間価格の算定を行うまでには、個々の取引実態に即した多面的な検討を行うこととし、 20 太田洋・北村導人「今治造船高裁判決」中里実・太田洋・弘中聡浩・宮塚久編『移転価格税 制のフロンティア』有斐閣(2011)94、97 頁 21 望月・前掲注 16、262 頁 22 小島・前掲注 5、484 頁 23 望月文夫「移転価格税制における独立企業間価格幅(Arm’s Length Range)に関する考察」 明治大学経理研究所(2005.9.30)196 頁 5 (478) 例えば次の(1)から(3)により、移転価格税制上の問題の有無について検討し、効果的 な調査展開を図る。 」とされた。 (1)において、 「法人の国外関連取引に係る事業と同種で、 規模、取引段階その他の内容がおおむね類似する複数の非関連者間取引(以下「比較対象 取引の候補と考えられる取引」という。 )に係る利益率等の範囲内に、国外関連取引に係る 利益率等があるかどうかを検討する。」と規定されており、「利益率等の範囲」という幅の 概念が用いられている。当該運営要領は、調査の入り口部分に関する規定であり、選択さ れた比較対象取引から得られた幅を前提としている。したがって、この幅は、OECD ガイ ドラインや米国の財務省規則と同様に国外関連取引にかかる利益率等が複数の非関連取引 に係る利益率等の範囲内にあれば移転価格税制が適用されないことを積極的に意味してい ると考えることは困難である24。しかし、当該規定における幅は、移転価格調査展開の過程 において、移転価格税調整を行うか否かを判断する「問題点の有無検討のための幅」25とし ての機能を有しており、幅について一定の意義を持たせたものとして評価できるとされて いる26。 (2)取引単位営業利益法の導入 平成 16 年税制改正大綱において、独立企業間価格の算定方法の整備として「新条約にお いて、両国間で、移転価格課税事案について OECD 移転価格ガイドラインに従ってその問 題解決を図るとされたことに併せて27、移転価格税制に係る独立企業間価格の算定方法に、 OECD 移転価格ガイドラインにおいて認められている取引単位営業利益法を追加する。」28 ことが掲げられた。これを受け、平成 16 年度税制改正では新たな独立企業間価格算定方法 として、取引単位営業利益法(以下、TNMM)が導入されることとなった29。 TNMM は、取引を単位とし、基礎指標を営業利益とした、利益率の比較に基づく利益法 である。移転価格の検証においては、個々の取引に対する比較対象取引・企業が存在せず、 価格や粗利益を比較する取引法が適用できない場合が少なからずあり、より広い範囲で比 較対象をみつけるために、利益率比較に基づく利益法が生まれた30。利益法である TNMM は 1995 年の OECD ガイドラインによって規定されたが、日本においては平成 16 年度税制 24 羽床正秀『国際課税問題と政府間協議』大蔵財務協会(2002)163 頁 小島・前掲注 5、365 頁 26 羽床・前掲注 24、163 頁 27 ここにいう新条約は、日米新租税条約であり、当該条約の交換公文において「…各締約国に おける移転価格課税に係る規則(移転価格の算定方法を含む。 )は、OECD 移転価格ガイドライ ンと整合的である限りにおいて、条約に基づく移転価格課税事案の解決に通用することができ る。 」とされている。 (外務省「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のため の日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の条約に関する交換公文」 (2006)2-3 頁) 28 財務省「平成 16 年度税制改正の大綱」 (2003)8 頁 25 29『改正税法のすべて 30 平成 16 年度版』大蔵財務協会(2004)314 頁 NERA エコノミックコンサルティング・前掲注 13、57 頁 6 (479) 改正まで TNMM を認めていなかった31。 取引単位とは、個別の取引ごとに行うのが原則であるが、同一製品グループ、同一事業 セグメント等に属する取引、生産用部品の価格とその製造ノウハウの使用許諾とが相関関 係にあるため取引が一体として行われているような場合には、これらの取引を一つの取引 として算定することができるとされている32。TNMM の算定方法については、棚卸資産の 購入が国外関連取引である場合33と、棚卸資産の販売が国外関連取引である場合34に分けた 規定がなされている。 棚卸資産の購入が国外関連取引である場合は、利益水準指標35(以下、PLI)として売上 「比 高営業利益率(以下、ROS)のみを用いる(措法令 39 条の 12 第 8 項 2 号)。ROS は、 較対象取引に係る棚卸資産の販売による収入金額の合計額」に対する「比較対象取引に係 る棚卸資産の販売による営業利益の合計額」の割合である。この ROS を用いた TNMM の 独立企業間価格算定式は、独立企業間価格=再販売価格-(再販売価格×ROS+検証対象取 引の販売費及び一般管理費の額)で表される。PLI の ROS は、比較対象取引と国外関連取引 において、再販売者が当該棚卸資産と同種又は類似の棚卸資産を非関連者に対して販売し た取引と当該国外関連取引に係る棚卸資産の買手が当該棚卸資産を非関連者に対して販売 した取引において売手の果たす機能その他において差異がある場合は、必要な調整を加え た後の割合とされる。その際の比較可能性の要件は、第一に、特殊の関係にない者から購 入した取引であること、第二に、国外関連取引と「同種」又は「類似」の棚卸資産である こと、第三に、比較対象取引と国外関連取引において売手の果たす機能その他に差異が存 在しないこと、また、その差異を調整することができることとなる36。 棚卸資産の販売が国外関連取引である場合は、利益水準指標37(以下、PLI)として総費 用営業利益率(以下、ROTC)のみを用いる(措法令 39 条の 12 第 8 項 3 号)。ROTC は、 「比較対象取引に係る棚卸資産の販売による収入金額の合計額から比較対象取引に係る棚 31 ①経済状況の変化、②各国税務当局との手法の整合性③納税者の予測可能性、検証可能性④ 税務当局にとっての移転価格課税の効率性、⑤事前確認の相互協議における手法の合理化、明確 化を理由とし、TNMM 導入の必要性が主張されていた。 (渡辺裕泰「無形資産が絡んだ取引の 移転価格税制―TNMM(取引単位営業利益法)導入の必要性」ジュリスト No.1248(2003)77-78 頁) 32 措通 66 の 4(4)-1 33 措法令 39 条の 12 第 8 項 2 号 34 措法令 39 条の 12 第 8 項 3 号 35 利益性と高い相関関係にある検証対象法人の主要付加価値の源泉を反映する財務指標水準で あり、TNMM は通常、営業利益との相関性を有する利益水準指標を通常用いるものとされてい る。 (山川博樹『移転価格税制―二国間事前確認と無形資産に係る実務上の論点を中心に―』税 務研究会(2007)86 頁) 36 田中俊久「移転価格税制における比較可能性の要件について」税大論叢 71 号(2011)292 頁 37 利益性と高い相関関係にある検証対象法人の主要付加価値の源泉を反映する財務指標水準で あり、TNMM は通常、営業利益との相関性を有する利益水準指標を通常用いるものとされてい る。 (山川・前掲注 35、86 頁) 7 (480) 卸資産の販売による営業利益の額の合計額を引いて求められる総費用」に対する「比較対 象取引に係る棚卸資産の販売による営業利益の額の合計額」の割合である。独立企業間価 格=取得原価の額+検証対象取引の総費用 38×ROTC+検証対象取引の販売費及び一般管 理費の額で表される。PLI の ROTC は、販売者が当該棚卸資産と同種又は類似の棚卸資産 を非関連者に対して販売した取引と当該国外関連取引において売手の果たす機能その他に おいて差異がある場合は、必要な調整を加えた後の割合とされる。その際の比較可能性の 要件は、第一に、棚卸資産を非関連者から購入又は製造により取得し、非関連者に対して 販売した取引であること、第二に、国外関連取引と「同種」又は「類似」の棚卸資産であ ること、第三に、比較対象取引と国外関連取引とにおいて売手の果たす機能その他に差異 が存在しないこと、また、国外関連取引と差異がある場合にはその差異を調整することが できることとなる39。 上記、棚卸資産の購入が国外関連取引である場合、棚卸資産の販売が国外関連取引であ る場合の規定に示されるように、 日本における TNMM の PLI については、 ROS 及び ROTC 以外の PLI に関する規定は設けられていない40。 また、TNMM の導入にあたっては、基礎利益指標が営業利益であるため、比較対象とし て採用した一つの取引から求められた独立企業間価格がはたして適正なものであるのか疑 問が生じうる場合がある41とされた。それゆえ、このような場合に対処すべく、運営要領42に おいて比較対象取引の選定を行った結果、国外関連取引と類似性の程度が同等に高いと認 められる取引が複数ある場合、利益率の平均値を用いることができるという規定がなされ る43こととなった。当該規定は利益率の平均値というポイント(点)を用いて独立企業間価 格を定めるものであり、独立企業間価格は一つに定まることが前提とされていると考えら れる。したがって、日本において利益法である TNMM が導入された時点においては、独立 企業間価格が幅を形成するという幅の概念は認められていなかったものと思われる。 (3)平成 23 年度税制改正 2010 年の OECD ガイドラインの改訂に伴い44、平成 23 年度税制改正において、 「国際標 38 取得原価の額とその国外関連取引に係る棚卸資産の販売のために要した販売費及び一般管理 費の額の合計額 39 田中・前掲注 36、293 頁 40 田中・前掲注 36、293-294 頁 41 秋元秀仁「移転価格事務運営要領の改定等とその留意点」租税研究 676 号(2006)28-29 頁 42 平成 23 年度改定前の運営要領(以下、改正前運営要領)3-3 において「措置法通達 66 の4(2) -3に規定する諸要素に照らしてその類似性の程度が同等に高いと認められる複数の比較対象 取引がある場合の独立企業間価格の算定に当たっては、それらの取引に係る価格又は利益率等の 平均値を用いることができることに留意する。」と規定されていた。 43 秋元・前掲注 41、29 頁 44 平成 22 年度税制大綱において、 「OECD における移転価格ガイドライン見直しの議論の動向 などを踏まえつつ、…検討を行うとともに、独立企業間価格の算定方式の適用優先順位の柔軟化 …など、必要な方策を検討します。 」と方向性を示している。 8 (481) 準との整合性を確保する観点から、従来の独立企業間価格の算定方法の適用上の優先順位 を廃止し、個々の事案の状況に応じて独立企業原則に一致した最も適切な方法を選択する 仕組みへと改正」45がなされ、日本においても最適方法ルールが導入された。これに伴い、 通達、運営要領において、幅の取り扱いが示されることとなった。 平成 23 年度改正前においては、TNMM が用いられる場合「それらの取引に係る価格又 は利益率等の平均値を用いることができる」46と規定されており、独立企業間価格算定にお いては、ポイント(点)の価格をもって処分を行うものとされていた。しかし、当該改正 に伴い、 「国外関連取引に係る比較対象取引が複数存在し、独立企業間価格が一定の幅を形 成している場合において、当該幅の中に当該国外関連取引の対価の額があるときは、当該 国外関連取引については措置法第 66 条の 4 第1項の規定の適用はないことに留意する。 」 という規定が通達47によってなされたため、対価が幅の中にあるときは移転価格課税を行わ ないことが示された。また、国外関連取引の対価の額が独立企業間幅から外れた場合の調 整ポイントについては、運営要領48において、原則として、当該比較対象利益率等の平均値 に基づき独立企業間価格を算定する方法を用い、合理的な値が他に認められる場合には、 中央値等を用いて独立企業間価格を算定することが示された。 1-4 問題点 平成 23 年度税制改正により、国外関連取引に係る比較対象取引が複数存在する場合にお いて一定の幅が形成されることが示された。しかし、複数存在する比較対象取引における 比較可能性の信頼性が高い場合には、幅の中のすべての比較対象取引を独立企業間価格で 認めるという規定や、比較対象取引の比較可能性に欠陥が残る場合は統計的手法を用いて 幅を狭めるという、状況に応じた幅の規定は平成 23 年度税制改正においては導入されてい ない49。 幅に関する先行研究としては、小島氏の論稿があり、日本において採用すべき幅の類型 として、基本三法については同等に比較可能な複数の比較対象取引から得られる幅、TNMM については狭められた幅(統計的手法を用いた幅、四分位幅等)を認識することが適切で あるとされている50。また、移転価格調整の有無を検討するために幅を用いることは課税権 を制限する規定であるため、幅の概念を立法として導入するべきであり、幅を外れた場合 『改正税法のすべて 平成 23 年度版』大蔵財務協会(2011) 改正前運営要領 3-3 47 措法関連通達 66 の 4(3)-4 48 運営要領 3-5 49 「類似性の程度が十分でない非関連者間取引に統計的手法(例えば四分位法分析: Interquartile Range)を適用することで算出される数値の幅は、独立企業間価格の幅(レンジ) には当たらない。」という解説がなされている。 (赤松晃・澤田純「独立企業間価格の幅(レンジ) の明確化 文章化・調査対応」税務弘報 60 巻 1 号(2012)35-36 頁) 50 小島・前掲注 5、491 頁 45 46 9 (482) の調整ポイントについても立法として導入するべきであるとされている51。 幅の規定に関しては、小島氏の論稿が大いに参考になるが、平成 23 年度税制改正前の議 論であり、導入された幅については言及されておらず、導入後の幅の議論と TNMM につい ても検討が行われていない点において、不十分であると考える。 適用する PLI によって形成される幅が異なることを考慮すると、ROS 及び ROTC 以外 の PLI を認めていない現行の TNMM の規定では52、状況によっては不適切な PLI が用い られ、不適切な幅が形成されることが考えられるため問題であると思われる。 1-5 小括 平成 23 年度税制改正前の日本の移転価格税制は、独立企業間価格は点であるとし、幅は 認められないとされていた。当該改正によって幅を認めた背景としては、最適方法ルール 導入によって幅を伴う TNMM の適用が更に増加するのではないかという懸念が、一要因と してあるのではないかと考えられる。 その後、平成 23 年度税制改正に伴い、通達によって国外関連取引に係る比較対象取引が 複数存在する場合において一定の幅が形成されることが示されたが、適用する PLI によっ て形成される幅が異なるという、TNMM における PLI と独立企業間価格の幅の関係性を鑑 みると、現行の TNMM の規定において、PLI を ROS 及び ROTC のみとしていることは不 十分であり、問題があると考える。 幅と PLI の規定を検討するにあたり、次章において幅の概念と利益法を最初に導入した 米国について考察することとする。 第 2 章 アメリカにおける幅の概念 2-1 1992 年規則案における CPI の導入 独立企業間価格に幅の概念が初めて登場したのは、1992 年米国内国歳入法 482 条規則案 (以下、1992 年規則案)における比較利益幅(Comparable Profit Interval:CPI)におい てであった。 1992 年規則案は、適正所得の推定値(point estimate of allowance income)よりも利益 の幅(profit range)に重きをおいており53、独立企業間取引を行っていたならば得られた であろう営業利益、つまり、みなし営業利益から成る幅(利益の幅)である CPI が導入さ れることとなった。CPI は、独立企業間価格算定の際、価格法54が適用できない場合(有形 小島・前掲注 5、492 頁 PLI に関しては、 「営業利益が資産に対してウエイト付けされる場合(ROA 等)やその他の 営業利益率指標及びベリー比は使用できません。 」と解説されている。 (羽床正秀『新たな移転価 格税制における実務上の重要ポイント解説』大蔵財務協会(2011)76 頁) 53 King,Elizabeth(1992)“THE SECTION 482 WHITE PAPER AND THE PROPOSED REGULATIONS; A COMPARISON OF KEY PROVISIONS.”, Tax Notes Int’l 331, February,341,1992 54 ここでいう価格法とは、無形資産の独立企業間価格算定方法として用いられた MT 法 51 52 10 (483) 資産の譲渡の際、算定方法として CUP 法を除く RP 法、CP 法及びその他の方法を用いた 場合)において、他の算定方法(RP 法、CP 法及びその他の方法)に基づいて算定された 独立企業間価格が適正か否かを強制的にチェックするための機能(収益性テスト)を有し たものであった。独立企業間価格算定方法として用いられた他の算定方法の結果が CPI の 幅の中に収まる場合、その算定方法による結果は適切なものであるとされる55。一方、他の 方法によって算定された結果が CPI の幅から外れた場合においては、CPI が移転価格(関 連者間の取引価格)を決定する役割を担うこととなる56。(図 1)また、CPI を算定する際 に基礎指標を営業利益とする利益水準指標(Profit Level Indicator:PLI)が用いられるた め、CPI は利益法であると考えることができるであろう。 【図1 有形資産取引価格算定法の選択】 【増田正敏「米国 IRC 第 482 条関係「規則案」に関する一考察」東京国際大学論叢(1992) 15 頁を参考に筆者作成】 CPI の算定順序は 1992 年規則案 1.482-2(f)(3)57において規定されており、以下に示す段 階を経て CPI は確定される。(図 2) 【図 2 CPI 算定手順(有形資産取引) 】 (matching transaction method)、有形資産の譲渡の場合は CUP 法を示す。 55 Carlson, George N. DeMasi, Paula R. Dicker, Laurie J. Godshaw, Gerald M. Haeussler, Margaretha C. Jennings, Frederic B., Jr. Neumann, Lawrence R.(1992) “THE PROPOSED NEW TRANSFER PRICING RULES: NEW WINE IN AN OLD BOTTLE?”, 54 Tax notes 691,February,696,1992 56 Ibid.,P.701 57 羽床正秀・古賀洋子・木村俊哉 共編 『米国における移転価格税制の執行』大蔵財務協会(2010) 21-23 頁 11 (484) 【 「米国内国歳入法 482 条関連新規則案等に関する説明内容―財務省、IRS の立案責任者に よるセミナー記録から―」国際税務 vol.12 No.4(1992)20 頁を参考に筆者作成】 CPI 算定手順の第一段階は検証対象の決定であり、関連者間取引の当事者のどちらに着 目して検証するかが決定される。第二段階は、適用産業分類の決定である。これは、譲渡 取引の内容を産業別に分類することで、製品を見ていくと同時に法人の機能を見ようとす るもの58である。この適用産業分類を見ていく際に、極めて類似する商品について非関連納 税者に関する信頼できる情報が得られない場合には、適用産業分類の範囲が拡大されるこ ととなる。次の第三段階では、CPI を決定するために使用されるみなし営業利益の計算が 行われる。みなし営業利益は、選定された適用対象産業分類に属する非関連納税者から得 られた PLI を、検証対象事業の財務データに適用することによって求められる。この場合 に適用される PLI として、使用資本利益率、売上高営業利益率、ベリー比、営業利益対人 件費、営業利益対売上原価を除く総費用などといった様々な PLI59が挙げられている60。第 三段階において、みなし営業利益の算定が行われた後、第四段階では、算定されたみなし 営業利益のうちのいくつかが一定の幅に収斂(又は収束)することで CPI を決定する。な お、CPI を求める方法として、二種類の方法が規定されている。第一の方法は、単一の独 立当事者に複数の PLI を用いて求められる複数のみなし営業利益が収束するかどうかを見 る方法であり、第二の方法は、複数の独立当事者に一つ以上の PLI を用いて求められるみ なし営業利益に関する収束を見る方法である61。第二の方法の場合、CPI から逸脱するもの は除かれるが、その際に、信頼性の高いデータから得られたみなし営業利益は重視される62 こととなる。ここにいう信頼性の高さは、相対的な特異性に関して基礎となったデータの 質、データ収集先である非関連納税者及び検証対象事業の製品及び機能の類似性、データ Philip D.Morrison、Charles S.Triplett、Regina M.Deanehan「内国歳入法第 482 条レギュ レーションの改正について」租税研究 511 号(1992)46 頁 59 限られた場合においてのみ、二種類の利益分割法の適用が認められるとしている。 60 Hammars,Steven.P(1992) “AN EXAMINATION OF THE NEW U.S. TRANSFER PRICING PROPOSALS.”, 4 Tax Notes Int’l 281,February,284,1992 61 中里実「米国内国歳入法典 482 条に関するレギュレーション改正案の問題点について」租税 研究 512 号(1992)51 頁 58 62 矢内・前掲注 1、35 頁 12 (485) を入手した市場の類似性、PLI に対する適合の度合いを考慮することにより判断される63。 また、比較可能な多くの非関連者がいる場合は、統計的な手法により CPI が決定される64と している。 そして、検証対象者が CPI の外に位置している場合、第五段階において、CPI の中の最 適点の決定を行う。最適点は原則、すべての要素を総合的に勘案して算定されるが、統計 的手法により CPI が決定されている場合は、統計的手法を用いて最適点が決定される。し かし、この統計的手法について規則案において具体的な規定がされていないといった指摘65 がなされており、統計的手法について議論の余地があると思われる。最後に、第六段階で は、CPI の中の最適点に等しくなるように調整することで関連者間の取引価格が決定され る。また、検証対象者が CPI からひどく外れている場合には、大々的な調整、又は算定方 法のやり直し、又は比較可能な法人を他に見出さなければならないとされている66。 1992 年規則案公表後、多数の批判が提起され、大きな問題として、CPI は、それまで米 国において培われてきた伝統的な比較法の価格ベース・アプローチから逸脱するものでは ないかという指摘がなされた67。加えて、CPI の強制適用についても批判があり、CPI を移 転価格決定の優先的な方法として位置づけるのではなく、他の不正確な比較対象と同順位 に位置づけるべきであるという指摘がなされた68。また、OECD においても CPI に対して 問題意識を持っており、CPI の適用は租税回避事案に向けられるべきであること、更正の 方法としては、最後の手段とするべきであること等の指摘がなされており69、CPI の適用を 制限するべきであるという考えを持っていたものと思われる。 2-2 1993 年暫定規則 2-2-1 1993 年暫定規則における CPM と最適方法ルールの導入 米国は、CPI に対して寄せられた厳しい批判を受けて、1993 年米国内国歳入法 482 条暫 定規則(以下、1993 年暫定規則)において CPI を撤回したが、その代わりに有形資産に係 る独立企業間価格算定方法として利益比準法(Comparable Profit Method:CPM)を導入 し、最適方法ルールを規定した70。 最適方法ルール導入によって、従来の各方法間の厳格な優先順位は放棄され、柔軟なア 藤江昌嗣「米国内国歳入法 482 条 1992 年新規則案における「比較対象利益幅 CPI」概念の 理論的・実証的検証」明治大学社会科学研究所紀要 第 34 巻第 2 号(1996)346 頁 64 矢内・前掲注 1、35 頁 65 中里・前掲注 61、51 頁 66 Philip D.Morrison、Charles S.Triplett、Regina M.Deanehan・前掲注 58、47 頁 67 本庄資「第 10 回 関連企業グループ内部取引の取扱い―移転価格税制(2)―」 『アメリカ法人 税制』日本租税研究協会(2010)222 頁 68 Turrro,John(1992) “WITNESSES CRITICIZE ‘OTHER’ CPI AT THE HEARING ON TRANSFER PRICING REGS.”, 56 Tax notes 1244, September, 1244,1992 69 三浦正顕「米国内国歳入法第 482 条(移転価格)に関する財務省規則案についての OECD タ スク・フォースの勧告」租税研究 520 号(1993)33 頁 63 70 望月・前掲注 16、213 頁 13 (486) プローチが採用された71ことになる。ここでいう最適方法ルールとは、関連者間の独立企業 間価格の算定方法は、検証対象取引の事実及び状況に基づいて最も正確な独立企業間価格 を算定する方法によって決定されなければならないという規定を示す。最適方法を決定す る際に考慮されるべき要因については、利用可能なデータの完全性及び正確性、比較可能 性の程度、各々の算定方法を適用するに当たり必要とされる取引量、規模及び調整の正確 性が含まれるとされている72。 1993 年暫定規則において導入がなされた CPM73とは、比較可能な状況下にあって、類似 の事業活動を非関連者と行う非関連納税者(比較対象者)から得られる PLI を参考にして、 資産の関連者間取引に係る独立企業間価格を算定する利益法である74。CPM は、1992 年規 則案における CPI に類似した算定方法であるとされているが、他の算定方法(RP 法、CP 法及びその他の方法)から得た結果に対する強制的なチェックを行わない点において CPI とは異なった算定方法である75とされている。また、CPM は、産業セグメントごとの営業 利益及び関連する資産・負債が、検証対象者と比較対象者につき信頼をもって決定できる 場合、検証対象者の産業セグメントごとに適用されるべきである76とされている。 CPM 算定に用いられる PLI は、検証対象者の活動の性格、比較対象者に関する入手可能 なデータの信用性、及び検証対象者の事実と状況を考慮し、使用資本利益率、売上高営業 利益率、営業費用総利益率(ベリー比)、その他の方法の中から適切な PLI が決定される77こ ととなる。1993 年暫定規則の CPM は、1992 年規則案の CPI と異なり、一つの PLI を用 いて、みなし営業利益の独立企業間レンジを計算するものとされている78。 CPM の比較可能性について 1993 年暫定規則では、CPM が検証対象者の事業活動から生 じる合計利益を測定するため、CPM における、検証対象者と比較対象者は広く類似してい ればよく、相当程度の商品の差異やある程度の機能の差異は受け入れられるとしている79。 更に、CPM を最適方法として適用した際、検証対象者が関連者間取引において特殊な無形 71 藤枝純 編著『解説 米国移転価格新規則』日本機械輸出組合(1993)93 頁 『米国内国歳入法第 482 条(移転価格)に関する財務省規則』日本租税研究協会(1993)39 頁、財務省規則§1.482-1T(b)(2)(ⅲ)(A) 73 1992 年規則案においては、無形資産に係る独立企業間価格算定方法として CPM が規定され ていたが、有形資産に係る独立企業間価格算定方法としての CPM は規定されていなかった。 74 前掲注 72、100 頁、財務省規則§1.482-5T(a) 75 Simpson, John Stone, Garry Williams, Steven Gallagher, Barbara(1993)“FROM ‘CPI OR DIE’ TO THE BEST METHOD RULE: An Economic Analysis of the Arm’s Length Standard Under the New IRS Regulations for Intercompany Pricing.”, 58 Tax notes 1089, February, 1092,1993 76 前掲注 72、101 頁、財務省規則§1.482-5T(b)(2) 77 前掲注 72、100 頁、財務省規則§1.482-5T(e) 78 Carlson, George N. Dicker, Laurie J. Giosa, Christophe P. Godshaw, Gerald M. Haeussler, Margaretha C. Harrington, Laura L. Sullivan, Martin A. Venuti, John(1993)“DEJA VU ALL OVER AGAIN: THE NEW SECTION 482 REGULATIONS.”, 58 Tax Notes 607,February,619, 1993 79 前掲注 72、101 頁、財務省規則§1.482-5T(c) 72 14 (487) 資産80を使用しない場合には、通常独立企業間実績値を正確に測定する81ものであるという 規定がなされている。したがって、CPM は、比較可能性の基準の低さや営業利益の有用性、 企業の財務諸表から得られるその他の適切なデータの有用性を容認する算定方法であり、 幅広い適用を目的とした算定方法である82と考えられる。 CPM の比較可能性の基準が低く規定される一方で、1993 年暫定規則における価格決定 方法選択の比較可能性については厳しい規定がなされており、CUP 法、RP 法、CP 法にお いて比較可能なデータを入手することが更に難しくなる83とされた。したがって、最適方法 ルールの下では、CPM が他の算定方法と比べて独立企業間価格算定方法として適用されや すい状況であったと考えられる。 以上を勘案すると、1993 年暫定規則において CPI の規定は撤回されたものの、有形資産 に係る独立企業間価格算定方法として CPM の規定がなされたことにより、PLI を用いる CPI の利益法としての機能は CPM に受け継がれたと考えられる。また、比較可能性の観点 から CPM が他の算定方法と比べて適用されやすい状況であったことが考えられるため、最 適方法ルールの下での CPM 適用順位は他の算定方法よりも実質的に高くなっていたもの と思われる。 2-2-2 1993 年暫定規則における CPM と独立企業間レンジ CPM 導入、最適方法ルールに次いで 1993 年暫定規則における特徴として挙げられるの が、全ての算定方法について独立企業間レンジの概念を導入したことである。独立企業間 レンジ導入については、実際の取引においてしばしば複数の独立企業間価格が存在してい ることや、1992 年規則案の CPI に関してその幅の概念自体については評価する意見が多か ったことが反映された84ものとされている。 独立企業間レンジは、同一の価格算定方法を比較可能な複数の非関連者間取引(比較対 象取引)に適用した結果得られる独立企業間価格の幅である85。検証対象の実績値が独立企 業間レンジの中にある場合には移転価格税制の対象とならず、独立企業間レンジの外にあ る場合に移転価格税制の対象となる。検証対象の実績値が、移転価格税制の対象となる場 合、税務署長は独立企業間レンジの中のいずれの点に対しても検証対象の実績値を調整す ることができるものとされ、通常の場合は中心値(mid-point)で行われると規定されてい 80 検証対象者が非関連納税者から購入した無形資産で、当該資産に関して検証対象者がそうと うのリスクを負担するもの(財務省規則§1.482-5T(a)(1))又は、検証対象者自信が開発したも の。 (財務省規則§1.482-5T(a)(2)) 81 前掲注 72、100 頁、財務省規則§1.482-5T(a) 82 Horst,Thomas(1993)“THE COMPARABLE PROFITS METHOD.”, 59 Tax Notes 1253, May,1266,1993 83 田中利一「移転価格税制に関する財務省新規則(下)―米国内国歳入法四八二条・六六六二 条に関する新規則・新規則案―」商事法務 No.1313(1993)17 頁 84 藤枝・前掲注 71、39 頁 85 前掲注 72、54 頁、財務省規則§1.482-1T(d)(2)(ⅰ)(B) 15 (488) る86。 なお、この独立企業間レンジは 1993 年暫定規則で導入した CPM の採用に不可欠なもの である87といえるであろう。なぜならば、前述したように CPM は、CUP 法、RP 法、CP 法といった他の算定方法と比べ、比較可能性が緩やかであり、比較対象取引を複数見出し、 独立企業間価格の幅を形成することが考えられるためである。ここで注意しなければなら ないのは、CPM 適用によって求められる独立企業間価格は比較対象である独立当事者間の 取引価格を示すものではなく、比較対象から求めた PLI を CPM の算式に用いることで求 められた価格が独立企業間価格であるということである。つまり、図 3 に示すように、取 引法において比較対象の幅が独立企業間レンジを形成するのに対し、利益法においては、 PLI の幅が独立企業間レンジを形成することが考えられるのである。なお、PLI の幅につい ては第 4 章において詳しく述べることとする。 【図 3 取引法における幅と利益法(CPM)における幅】 独立企業間レンジ 取引法 取引法における 独立企業間価格の幅 利益法 利益法における 独立企業間価格の幅 比較対象の幅 CUP(価格) RP(粗利益) CP(粗利益) PLIの幅 比較対象のPLIの幅 CPM 算定の際に、 複数の比較対象取引が見出され、 独立企業間レンジが形成された場合、 検証対象者と比較対象者の比較可能性の程度、及び比較対象者のデータに加えられる調整 は独立企業間レンジの大きさに影響するとされており、この場合二種類の幅の規定がなさ れている。第一の幅は、比較可能性の基準が満たされ、適切なデータの調整が行われる場 合の幅(フルレンジ)であり、当該幅は、比較対象者から得られる適用結果のすべてを含 む幅である。第二の幅は、規定された調整が行われないままの幅であり、適用結果から得 られる幅の 25%から 75%部分まで幅の範囲を狭めたインタークォータイル・レンジ、又は、 他の有効な統計的手法によって決定される幅である。なお、第二の幅が用いられる場合は、 最低四者の比較対象者が存在しなければ、独立企業間レンジを決定することができないと されている88。 1993 年暫定規則における独立企業間レンジは、税務署長が移転価格税制が適用される前 に独立企業間レンジ(幅)を決定することを求めるものではないとしている点89については 1992 年規則案の CPI とは異なっているといえるであろう。しかし、算定結果から成る幅に よって実績値の適正性を判断する点においては CPI と類似しているため、独立企業間レン 86 87 88 89 前掲注 72、54 頁、財務省規則§1.482-1T(d)(2)(ⅰ)(C) 望月・前掲注 16、214 頁 前掲注 72、103 頁、財務省規則§1.482-5T(d)(2) 前掲注 72、54 頁、財務省規則§1.482-1T(d)(2)(ⅰ)(D) 16 (489) ジは、CPI の幅としての機能を一部継承しているものと考えられる。 2-3 1994 年最終規則の公表 2-3-1 1994 年最終規則における CPM の規定 米国は、1992 年規則案、1993 年暫定規則を経て 1994 年に米国内国歳入法 482 条最終規 則(以下、最終規則)を公表した。 「最終規則は、1993 年規則に関して受けたコメントに応 えて行われた数多くの修正を反映しているが、最終規則の形式及び内容は、概ね 1993 年規 則と一致している」90とされている。最終規則の特徴は、「柔軟性が非常に増大したこと、 比較可能性をより重視していること、国際的コンセンサス確立に向けて大きく前進したこ と91」である。その例として、1993 年規則のもとでは「正確でない」比較対象取引は一般 に考慮されなかったが、最終規則においては潜在的にすべての方法のもとで「正確でない」 比較対象取引の使用が可能となったこと、CPM を使用する際に価値の高い特殊な無形資産 の制限が撤廃されたこと等が挙げられる92。 最終規則は、概ね 1993 年暫定規則と一致しているとされているが、CPM の比較可能性 の基準について修正がなされ、1993 年暫定規則と比べて比較可能性の基準は高く設定され ていると考えられる。これは、1993 年暫定規則において、CPM 以外の算定方法における 比較可能性の基準が CPM による比較可能性の基準と比べて厳しく、CPM が利用されやす くなるのではないかという懸念から、CPM に対する批判が集中した93ことが要因であると 思われる。 具体的に最終規則における CPM の規定を見てみると、CPM 算定に用いる PLI は、検証 対象者の事業活動のうちできるだけ最も狭義に特定することができる事業活動に関わる財 務データを適用して算定され、可能な限り、PLI は検証対象者の関連取引に関わる財務デー タに対して適用すべき94であると規定されている。これは、1993 年暫定規則の CPM が、 産業セグメントを単位とし、検証対象者と比較対象者は広く類似していればよいとしてい たことと比べると、CPM を取引単位で捉えるよう努め、比較可能性をより精緻なものとす るという姿勢の表れであるようにも思える。 しかし、CPM 適用の設例においては、 「同一の産業」95という表現が使用されており、依 然として、産業セグメント単位で CPM の適用を行うという考えが残っていると考えられる であろう。 青山慶二 監訳『米国内国歳入法大 482 条(移転価格)に関する財務省規則』日本租税研究協 会(1995)14-15 頁 91 藤枝純『解説 米国移転価格最終規則』日本機械輸出組合(1995)35 頁 92 青山・前掲注 90、15 頁 93 青山・前掲注 90、13 頁 94 青山・前掲注 90、185 頁、財務省規則§1.482-5(b)(1) 95 財務省規則§1.482-5(e)設例(1)において、 「…これらの潜在的比較対象は、同一の産業に属し、 USSub 社と類似の機能を果たし類似のリスクを負担する会社を選定するため、さらに絞り込み が行われる。」と説明されている。(青山・前掲注 90、192 頁) 90 17 (490) 2-3-2 1994 年最終規則における独立企業間レンジの規定 1994 年最終規則における独立企業間レンジの規定は、二以上の非関連者取引から求めら れ、他と比べて比較可能性及び信頼性の度合いが大きく劣る非関連者取引は検討対象から 除かれるとしている96。また、最終規則においては独立企業間レンジについて、CPM を含 めた全ての方法に対して二種類の幅が規定されることとなった。第一の幅は、関連者間取 引と非関連者間取引に関する情報が揃っているため、すべての重要な差異が識別でき、且 つ、その各々の差異が、価格又は利益に対し確実かつ合理的に認識できる影響を与えてお り、さらに、その差異の影響を除去するための調整がなされた幅97(フルレンジ)である。 フルレンジの基準が満たされない場合(条件を満たす非関連比較対象取引が存在しない場 合)は、類似の比較可能性及び信頼性を有する非関連比較対象に統計手法を用いることで 分析の信頼性を高めることが可能である98とされている。この場合に用いられるのが、第二 の幅であり、比較対象者の適用結果から得られる幅を 25%から 75%まで狭めたインターク ォータイル・レンジ(別の統計的手法がより信頼のおける尺度を提供する場合には別の統 計的手法による幅)99である。1993 年暫定規則における独立企業間レンジはフルレンジが 前提とされており、第二の幅であるインタークォータイル・レンジは比較可能性の基準が 低い CPM から得られる結果を補う手法として認識されていた。しかし、最終規則において は、独立企業間レンジは最適方法によって求められた二つ以上の比較対象の結果から成る ものであるという考えの下、インタークォータイル・レンジの適用範囲が広げられ、全て の算定方法について二種類の幅が規定されることとなったと考えられる100。 また、最終規則では、算定価格が独立企業間レンジの外になる場合の調整ポイントにつ いても示されており、インタークォータイル・レンジが使用される場合には一般的に結果 の中央値(median)となり、他の場合には通常、全実績値の算術的平均値となる101とされ ている。 その他の 1993 年暫定規則と最終規則における独立企業間レンジの相違点としては、第一 に、独立企業間算定において、二つ以上の方法が異なった結果をもたらし、いずれがより 信頼に値する算定方法か決定することができず、別の方法の結果と比較を行うことが適切 な場合、独立企業間レンジの決定において二つ以上の算定方法を用いることが適切な場合 藤枝・前掲注 91、92 頁 青山・前掲注 90、87-88 頁、財務省規則§1.482-1(e)(2)(ⅲ)(A) 98 藤枝・前掲注 91、93 頁 99 青山・前掲注 90、88 頁、財務省規則§1.482-1(e)(2)(ⅲ)(B) 100 Carlson, George N.; Dicker, Laurie J.; Haeussler, Brian C. Becker; Murphy, Michael A.; Comerford, Mary P(1994)“THE U.S. FINAL TRANSFER PRICING REGULATIONS: THE MORE THINGS CHANGE, THE MORE THEY STAY THE SAME.”, 9 Tax Notes Int’l 333, August,339, 1994 101 青山・前掲注 90、88-89 頁、財務省規則§1.482-1(e)(3) 96 97 18 (491) があろうとされたこと102。第二に、検証対象者の実績値が独立企業間レンジの中に収まる 場合には移転価格税制による調整が行われないと規定103したことが挙げられる。 2-4 小括 1992 年規則案において規定された CPI は、幅と利益法という二つの機能を有するもので あった。第一の幅としての機能は、CPI(幅)による収益性テストによって用いられた算定 方法が適正かを判断する役割を担い、第二の利益法としての機能は、算定方法の結果が CPI の幅から外れた場合、CPI の中の最適点を求めることで関連者間の取引価格を決定する役 割を担っていた。 幅と利益法の機能を持つ CPI であったが、幅の適用を強制し、実質的に CPI による算定 結果が優先されるものであったため、国内外から強い批判を受け、1993 年暫定規則におい て CPI の規定は撤回されることとなった。しかしその一方で、有形資産に係る算定方法と して PLI を使用する CPM が規定され、加えて、独立企業間レンジの規定がなされること となる。したがって、CPI の利益法としての役割は CPM に受け継がれ、そこでの独立企業 間レンジは、CPI の幅としての機能を一部継承しているといえるであろう。 1993 年暫定規則における CPM についても CPI 同様、OECD 等からの批判を受け、1994 年最終規則において CPM の比較可能性を精緻なものにするための修正が加えられること となった。しかし、CPM の本質は変わっておらず、CPM と独立企業間レンジの関係性は 1994 年最終規則においても表裏一体であり不可分なものだといえよう。 次の第 3 章では、CPM に対して批判していた OECD が営業利益を用いる利益法である 取引単位営業利益法(Transfer Net Margin Method:TNMM)を独立企業間価格算定方法 として規定し、幅の概念を導入した経緯について述べていく。 第 3 章 OECD における幅の概念 3-1 1995 年ガイドラインの策定 3-1-1 1995 年ガイドラインにおける TNMM と比較可能性 1979 年に OECD によって作成された「移転価格と多国籍企業に関する報告書」104(以 下、1979 年ガイドライン)は、移転価格は伝統的な課税方法(基本三法)によって解決さ れることが望ましいという立場105を示していた。当時、1979 年ガイドラインは移転価格の 分野における国際的コンセンサスとして機能106していたが、1979 年以後も多国籍企業の活 青山・前掲注 90、87 頁、財務省規則§1.482-1(2)(ⅰ) 青山・前掲注 90、86-87 頁、財務省規則§1.482-1(e)(1) 104 木村弘之亮『多国籍企業法 移転価格の法理』慶應義塾大学法学研究会(1993)195-281 頁 105 氷見野良三「移転価格税制に関する OECD ガイドラインと米財務省規則の改訂について- 国際コンセンサスの再建築により米国の外国企業課税強化に歯止め」税経通信 Vol.49No.13 (1994)164 頁 106 小手川大助 「国際課税をめぐる政策協調―移転価格ガイドライン策定に見る OECD の役割」 金子宏『国際課税の理論と実務―移転価格と金融取引―』有斐閣(1997)6 頁 102 103 19 (492) 動はますます活発化し、1979 年ガイドラインの範囲では対応が困難な事例が生み出されて いた107。また、米国の利益法(CPM)導入もひとつの契機となり108、「利益に準拠した方 法が実際に適用され、それに関する租税条約や 1979 年ガイドラインについてさまざまな解 釈が存在している現状を踏まえ、それら利益に準拠した方法が受け入れられるかどうか、 あるいはどの程度まで受け入れ可能であるかに関する 1979 年ガイドラインの曖昧さを明確 にする109」等を理由としてガイドラインの改訂が行われ、1995 年に改訂ガイドラインが確 定・公表された(以下、1995 年ガイドライン)。 1995 年ガイドラインの策定にあたり、米国は CPM の導入とそれに伴う幅の概念を OECD に働きかけた110とされている。OECD においては CPM を受け入れるか否か等が検 討されたが、個別の取引の具体的な特性が無視される危険があることや、取引当事者の一 方の事情のみを勘案するため、他方にとって非常識な結論がもたらされる危険性等につい て懸念が示された111。その結果 OECD では、CPM 適用に関していくつかの短所を指摘し ている。例えば、第一に、営業利益は価格や総利鞘に対して影響を持っていない要因に影 響を受ける可能性や、価格や総利鞘に対して実質的または直接的影響の少ない要因により 影響をうける可能性があること112。第二に、CPM を有効に適用するために必要な独立企業 の利益性に関する特定の情報を十分に得ることができない可能性があること113。第三に、 一方的側面からの分析では、関連者間取引を行う多国籍企業グループ全体の利益性が、比 較される独立企業間の利益性と大きく違いうるという事実を考慮しないこと114を指摘して いる。 これら短所について議論が交わされた結果、OECD では、関連企業と比較対象の独立企 業との差異を十分考慮して調整を行うこと、企業単位あるいは事業セグメント単位ではな く、取引単位で分析すること、営業利益率に影響を与える経営上の諸要因も十分検討する ことという条件をつけ、これらの条件が守られる CPM を TNMM115とした116。TNMM は、 1995 年ガイドラインにおいて、納税者が一つの関連取引から実現する適切な基準(例えば 小手川・前掲注 106、7 頁 氷見野良三「移転価格税制に関する新 OECD ガイドライン案と米国 482 条最終規則につい て-国際コンセンサスの再建築により米国の外国企業課税強化に歯止め」租税研究 539 号(1994) 65 頁 109 「移転価格に関する OECD ガイドライン(経団連理財部訳) 」税経通信 Vol.49No.13 別冊付 録(1994)114 頁 110 望月・前掲注 23、194 頁 111 氷見野・前掲注 108、 65 頁 112 前掲注 109、154 頁、パラ 157 113 前掲注 109、155 頁、パラ 158 114 前掲注 109、155 頁、パラ 159 115 1994 年の時点では CPM という用語が使われていたが、 ドイツなどの強い反対によって CPM という言葉はガイドラインから消えたという経緯があり、その結果、考え出されたのが TNMM であるとされている。 (望月文夫「OECD 移転価格ガイドラインの改定と日本企業の取るべき対 応」租税研究 729 号(2010)335 頁) 116 渡辺・前掲注 31、75 頁 107 108 20 (493) 原価、売上、資産)に対する営業利益を調べるものである117と説明されている。 また、1995 年ガイドラインにおいて強調されたのが比較可能性についてである。独立企 業間原則の適用は、関連者間取引条件と独立企業間取引条件との比較に基づいているとさ れ、比較の対象となる経済的に意味をもつ環境的要因が十分に比較可能でなければならな いとしている。ここでいう比較可能性とは、算定方法のなかで調査される条件に重大な影 響を与えるような相違は存在してはいけないということであり、たとえ相違があったとし ても、その影響を取り除く合理的に正確な調整が可能であること118をいう。 この比較可能性は TNMM 適用時にも重視されており、TNMM の規定においても、比較 可能性が強調されたものとなっている。具体的にいうと、第一に取引に関与した関連者と 独立企業の多くの面につき高い類似性が要求されること119。第二に、営業利益が、比較可 能な状況において、検証対象者と非関連者の間で行われた取引から決定される場合である か、又は、営業利益に優位な影響を与えるような関連者と独立企業との間の差異が適切に 調整される場合でない限りは、使用されるべきではない120という規定が挙げられる。 1995 年ガイドラインにおいては、企業又は事業セグメントを単位とする CPM が、取引 を単位とする TNMM として認められることとなったが、比較可能性をより強化し、取引単 位というより細かな分類をルール化することで TNMM の利用を制限しようとしたのでは ないかと考えられる。 このことは、 「伝統的な取引基準法は、移転価格が独立企業間取引に基づくものであるか 否か、すなわち、関連者間の利益水準に影響を与えるような特別な状況が存在するか否か を立証する手段としては、取引単位営業利益法よりも好ましい」121という規定や、 「一般的 には、取引単位利益法の使用は奨励されない」122という規定にも反映されているといえる。 したがって、1995 年ガイドラインは TNMM の利用には消極的であり、1979 年ガイドライ ン同様、基本三法による解決が望ましいという立場が継続されていたと考えることができ よう。 3-1-2 1995 年ガイドラインにおける幅の登場 1995 年ガイドラインにおいて TNMM が導入され、 「取引単位営業利益法の使用に関して は、実績値の幅を考慮することも必要である。この意味において幅の使用は、関連者と比 較可能な非関連取引に従事する独立企業との差異による影響を少なくすることができよ う。 」123と示されていることからも、TNMM の使用と幅の存在は密接に結び付く124といえ 117 岡田至康監修「新移転価格ガイドライン:多国籍企業と税務当局のための移転価格算定に関 する指針」日本租税研究会(1998)44 頁、パラ 3.26 118 前掲注 109、123 頁、パラ 32 119 岡田・前掲注 117、45-46 頁、パラ 3.34 120 岡田・前掲注 117、46-47 頁、パラ 3.39 121 岡田・前掲注 117、48 頁、パラ 3.49 122 岡田・前掲注 117、48-49 頁、パラ 3.50 123 岡田・前掲注 117、48 頁、パラ 3.45 21 (494) る。 幅の概念は、商品等の販売価格に関する独立企業間価格の額の決定方法について基本三 法の適用を念頭に置いていた 1979 年ガイドラインにおいては示されておらず、独立企業間 価格は、多くの場合、正確には決定することができず、そのような場合には独立企業間価 格の合理的な近似値を求める必要性がある125とされ、近似値という考えが用いられていた。 幅の概念が導入された 1995 年ガイドラインでは、 「移転価格の算定は厳密な科学ではない ことから、最も適切な方法を使った場合においても、そのすべての信頼性が相対的に同等 といういくつかの数値からなる幅が生み出される場合が数多くある」とし、 「この幅を構成 している数値の間にみられる差異は、一般に、独立企業原則の適用は独立企業間であれば 成立したであろう条件に近似のものしか生み出さないという事実によりもたらされたもの」 「同程度の比較可能性が得られる複数の方法が見出される場合 であるとしている126。また、 に生ずる幅」と、 「比較対象取引のデータの信頼性にばらつきがある場合に生じる幅」の存 在について触れ、調整ポイントについては「事実と状況を最大限に反映させる」127と表現 するにとどめている128。 3-2 2010 年ガイドラインの発表 3-2-1 2010 年ガイドラインにおける最適方法ルールの導入 OECD は基本三法優先を貫いてきたが、2010 年ガイドラインにおいて「移転価格算定方 法の選択は、特定の事案において最も適切な方法を見出すことを常に目指している。 」とし、 最も適した算定方法によって独立企業間価格を算定するという最適方法ルールを導入した 129。最適方法ルールでは、OECD が認めた各算定方法の長所と短所、特に機能分析によっ て判断される関連者間取引の性質に照らした方法の妥当性や、選択された方法又はその他 の方法を適用するのに必要な信頼できる情報の利用可能性、関連者間取引と非関連者間取 引との比較可能性の程度を考慮にいれるべきであるとしている。これは、比較可能性の確 保と現実社会において類似の取引の把握が困難である場合との調整を図ったものといえる 130。最適方法ルール導入後も OECD においては、 「伝統的取引基準法と取引単位利益法が 同等の信頼性をもって適用可能な場合には、伝統的取引基準法の方が取引単位利益法より も望ましい。 」131としており、利益法は基本三法に劣後するものだという認識は依然残って いると考えられる。 比較可能性分析における比較可能性要素としては、 「移転された資産又は役務の特徴、 (使 124 125 126 127 128 129 130 131 望月・前掲注 23、195 頁 木村・前掲注 104、222 頁 岡田・前掲注 117、20 頁、パラ 1.45 岡田・前掲注 117、20 頁、パラ 1.46、1.48 小島・前掲注 5、406 頁 OECD「OECD 移転価格ガイドライン第 1 章~第 3 章改訂」 (2010)パラ 2.2 田中・前掲注 36、311 頁 OECD・前掲注 129、パラ 2.1 22 (495) 用した資産や引き受けたリスクを考慮した)当事者が遂行する機能、契約条件、当事者の 経済状況、及び当事者が遂行している事業戦略」の 5 つが挙げられている132。加えて、2010 年ガイドライン第 3 章に比較可能性分析を設けたことで、機能分析の実施や比較可能性に おけるタイミング等の問題、比較可能性の適用に関する要件を明らかにし、選択方法のプ ロセスを推奨することで比較可能性の確保が図られていると考えられている133。 また、TNMM の適用においては、1995 年ガイドラインにおいて長所として記されてい た「複数の関連者が果たしている機能や担った責任を編呈する必要がないことである。」134 という部分が削除された。そしてその代わりに、 「当事者の取引を適切に性格付けし、最も 適切な移転価格算定方法を選択するために、比較可能性分析(機能分析を含む)を常に実 施しなければならず、一般に、この分析は、関連者間取引に関係する 5 つの比較可能性要 素に関する一定の情報が、検証対象当事者及び非検証対象当事者の双方について収集され ることを必要とする。 」135という加筆がなされている。このことから、最適方法ルール導入 に伴い、TNMM が適用される場合が増えることが懸念され、比較対象取引選定が更に厳し くなったと思われる。 3-2-2 2010 年ガイドラインにおける TNMM の位置づけ 1995 年ガイドラインにおいては、企業が価格設定をする際に、TNMM が用いられるこ とは稀である136という認識であったといえるだろう。しかし、TNMM は公開データを活用 できるといった利点に加え、事案の性格等によっては取引基準法の適用の可否に関わらず、 取引に関係する営業の全部または一部の結果を反映した営業利益レベルでの比較が可能な TNMM の適用が望ましい場合が多く見受けられた。したがって、TNMM 適用は稀である という OECD の予想に反し、TNMM は実務において広範囲に用いられ137ることとなった。 また、 OECD の 2006 年のアンケート調査においても、 多くの政府や多国籍企業が TNMM を使用していることが判明し、1995 年ガイドラインの第 3 章(その他の方法)の書き換え や TNMM と利益法の実際の運用・適用の仕方について細かなガイダンスを出すことが重要 である138という認識に至り、2010 年ガイドライン改訂(以下、2010 年ガイドライン)が 行われた。 2010 年ガイドラインでは、第 2 章第 3 部において TNMM について詳細なガイダンスが 示されている点、後述する最適方法ルール導入により、TNMM が最後の方法という位置づ OECD・前掲注 129、パラ 1.36 田中・前掲注 36、311 頁 134 岡田・前掲注 117、44 頁、パラ 3.28 135 OECD・前掲注 129、パラ 2.63 136 岡田・前掲注 117、39 頁、パラ 3.2 137 井澤伸晃「OECD における取引単位利益法の見直しと比較可能性」本庄資『移転価格税制執 行の理論と実務』大蔵財務協会(2010)685 頁 138 ジェフリー・オーエンス「国際課税を巡る OECD の動向について」租税研究 704 号(2008) 97 頁 132 133 23 (496) けがなくなった点、第 3 章に比較可能性分析が設けられた点が特徴的である。 TNMM に用いられる PLI について 1995 年ガイドラインでは具体的な記述はなかったが、 2010 年ガイドラインでは、PLI の利点、欠点について述べられている。PLI の第一の利点 として、PLI は CUP 法で用いられる価格よりは取引上の差異によって受ける影響が少ない ことを挙げている。また、第二の利点としては、各企業の機能の差異は営業費用の差異に 反映されるため、粗利益で大きな幅があったとしても、PLI の場合は概ね類似した水準にな る可能性を示している。 一方、PLI の欠点としては、 新規参入の企業の脅威や経営の効率性、 資本コストの差異等が当該産業において作用する力に PLI が直接影響を受ける可能性139が あり、 PLI は粗利益及び価格には影響を及ぼさない要因に影響を受ける場合があることを指 摘している。また、PLI は競争上の地位のように粗利益及び価格にも影響を及ぼす要因によ って影響を受けることがあるが、取引法のように製品と機能に対してより高い類似性を求 めないため、粗利益及び価格にも影響を及ぼす要因の影響を容易には取り除くことができ ない140としている。 PLI の選択に際しては、関連者間取引の性質の観点から考えた指標の妥当性、情報の利用 可能性や比較可能性を勘案し、事案の状況に最も適した方法を選ぶ141こととされている。 PLI における営業利益を何と比較するかについては、売上、原価、資産が挙げられており、 加えて、その他の可能性のある営業指標について規定がなされている142。例えば、営業利 益に対する売上を比較する場合においては、分母となる売上高は検証対象者の関連者間取 引における再販売価格としている。これは、分母となる売上高に非関連者への売上が含ま れることで PLI に影響が及び、正確な比較ができなくなる可能性を懸念した規定だと考え られる。次に、営業利益に対する原価を比較する場合においては、検証対象者が遂行した 資産及び引き受けたリスクの価値についての適切な指標が原価をベースとした指標である 場合に限るべきとし、使用される原価は、検証対象の関連者間取引に直接的又は間接的に 関係している原価のみを考慮すべきとしている143。また、営業利益に対する資産を比較す る場合においては、分母となる資産は営業資産のみが用いられるべきとされており、土地 建物、工場及び設備等の有形固定営業資産、特許及びノウハウ等の事業に使用された無形 営業資産、棚卸資産及び売掛債権(買掛債務を差し引く)等の運転資本資産が営業資産に 含まれるとしている144。 2010 年ガイドラインでは、営業費用に対する粗利益の比率であるベリー比145についても 規定がなされている。このベリー比が有用となり得る状況としては、検証対象者が関連者 139 140 141 142 143 144 145 OECD・前掲注 129、パラ 2.71 OECD・前掲注 129、パラ 2.70 OECD・前掲注 129、パラ 2.76 OECD・前掲注 129、B.3.4.1-B.3.4.4 OECD・前掲注 129、パラ 2.92 OECD・前掲注 129、パラ 2.97 OECD・前掲注 129、B.3.5 24 (497) から商品を仕入れ、他の関連者に販売する仲介活動が挙げられている。仲介活動の場合、 RP 法は、再販売価格が存在しないため適用できず、CP 法も、売上原価が関連者間仕入で ある場合には適用できない可能性がある。しかし、ベリー比で用いられる営業費用は、関 連者間原価(本社費、賃貸料、使用料等)によって重要な影響を受ける場合を除いて、移 転価格算定に関する式から合理的に独立していることから、仲介活動においてベリー比が 有用である可能性があるといえるであろう。 3-2-3 2010 年ガイドラインの幅 2010 年ガイドラインでは、1995 年ガイドライン同様、一つの国外関連取引を評価するた めに同程度の比較可能性が得られる複数の算定方法が適用される場合に形成される幅146が 規定された。比較対象取引のデータの信頼性にばらつきがある場合に生じる幅に対して統 計的手法を用いることに関しては、OECD 加盟国によって意見が分かれていた147が、比較 対象取引が複数存在する場合においては、二種類の幅が規定されることとなった。第一の 幅は、比較可能性が同等の信頼性で複数の比較対象取引がある場合に形成される幅148(以 下、フルレンジ)であり、第二の幅は、比較対象の選定に使用されたプロセス及び比較対 象につき利用可能な情報の制約の下で、特定又は定量化できないため一定の比較可能性の 欠陥が残っていると考えられる場合に形成される幅149(以下、一定の欠陥が残る幅)であ る。第二の幅である、一定の欠陥が残る幅については、 「当該幅にかなりの数の結果が含ま れているのであれば、幅を狭めるために、中心傾向(例えば、四分位範囲幅やその他の百 分位値)を考慮に入れた統計的手法を用いることが、分析の信頼性を向上することに役立 つかもしれない」150としている。当該規定は、米国のインタークォータイル・レンジに類 似した規定であるといえよう。統計的手法を独立企業間レンジに適用することについては、 比較対象の質の低さを量に置き換えることで補うためではないとし、 「独立企業間価格幅の 分析は、調査対象の関連取引に関する機能分析及び経済状況の過程で定められた比較可能 性の基準に基づいてなされなければならない」151ことを強調している。なお、調整ポイン トについても場合分けされており、フルレンジについては幅の中のいずれのポイントも独 立企業間原則を満たしているという議論の余地があるとし、一定の欠陥が残る幅はポイン トを決定するために中心傾向の値(中央値、平均値又は加重平均等)を使用することが適 切かもしれないと規定している152。 OECD・前掲注 129、パラ 3.58 OECD「比較可能性 民間意見募集のためのディスカッションドラフト」 (2006・5/10)76 頁、パラ 14-17 148 OECD・前掲注 129、パラ 3.55 149 OECD・前掲注 129、パラ 3.57 150 OECD・前掲注 129、パラ 3.57 151 OECD・前掲注 147、74 頁、パラ 3 152 OECD・前掲注 129、パラ 3.62 146 147 25 (498) 3-3 小括 OECD は、米国の CPM に否定的であったが、関連企業と比較対象の独立企業との差異 を十分考慮して調整を行うこと、取引単位で分析すること、PLI に影響を与える経営上の諸 要因も十分検討することを条件とした CPM を TNMM として承認した。しかし、1995 年 ガイドラインにおいて TNMM は例外的な算定方法として位置づけられており、従来と変わ らず基本三法が独立企業間価格算定方法として望ましい算定方法であるという立場をとっ ていたといえるであろう。以上のことから、1995 年ガイドラインは、TNMM に対して否 定的な立場であったといえよう。したがって、1995 年ガイドラインの TNMM においては、 PLI についての詳しい規定がなされなかったのではないかと考えられる。 また、1995 年ガイドラインにおいて、初めて幅の概念が導入され、独立企業間レンジに ついての規定がなされた。これは、TNMM を算定方法とした場合、複数の比較対象取引が 見出されることが想定されるため、OECD においても幅の概念を導入する必要があったこ とが要因であるといえるであろう。 1995 年ガイドラインにおいては、例外的な算定方法として位置づけられていた TNMM であったが、その後 TNMM が適用されるケースが多く見受けられるようになり、2010 年 ガイドラインにおいて最適方法ルールを導入することとなった。OECD は 2010 年ガイドラ インにおいても基本三法が適用できる場合は基本三法が望ましいとしているが、TNMM の 位置づけは実質的には基本三法と同位置になったといえよう。したがって、 OECD は TNMM が適用されるケースが増えることを懸念し、比較可能性を重視すると共に、PLI や 幅について詳細な規定をするに至ったと考えられる。 これまで、日本、米国、OECD における利益法(CPM、TNMM)と PLI、利益法と幅に ついて見てきたが、 利益法に用いる PLI が幅に与える影響については議論がされていない。 したがって、第 4 章では、利益法を算定方法とする場合に形成される PLI の幅と独立企業 間価格幅の関係性を明らかにするために、業種別の例示を用いて考察を行う。 第 4 章 PLI(利益水準指標)から成る幅 4-1 米国、OECD、日本における PLI 第 2 章で述べたように、米国において CPM を算定方式として適用した場合の PLI につ いては、使用資本利益率、売上高営業利益率、営業費用総利益率(ベリー比) 、その他の PLI が規定されている。また、第 3 章で述べた OECD の 2010 年ガイドラインにおける TNMM を適用した場合、PLI は幅広く定義づけされており、営業利益を売上、原価153、資産と比 較した場合(営業利益が売上に対してウエイト付けされている場合、営業利益が原価に対 してウエイト付けされている場合、営業利益が資産に対してウエイト付けされている場合) 原価をベースとした TNMM を適用するにあたっては、当該事業の間接費の適切な配分、当 該活動又は取引に帰属する全ての直接費及び間接費を含む総負担原価が用いられることが多い としている。(OECD・前掲注 129、パラ 2.93) 153 26 (499) が考えられるとされ、また、その他の可能性のある営業指標、ベリー比についても規定が されている。なお、OECD(2010 年ガイドライン)が PLI について幅広く定義づけしてい る理由としては、米国(最終規則)や日本(措法 66 条の 4)における規定とは異なり、規 則制定のためのガイドライン(指針)としての役割を担っているためだと考えられる。こ れら PLI のうちどの PLI が適切かを判断する際には、米国、OECD 共に、検証対象の性格 や比較対象に関するデータの信頼性等の全ての事実と状況を考慮し、適切な PLI を選択す るべきであるとしている。 一方、日本独自の TNMM を算定方式として使用する場合の PLI は、第 1 章で述べたよ うに国外関連取引が購入か販売かということに着目した場合分けがなされており、二つの PLI が規定されている。具体的にいうと、棚卸資産の購入が国外関連取引である場合は売上 高営業利益率を使用し、棚卸資産の販売が国外関連取引である場合には総費用営業利益率 を使用することとなる。 なお、米国、OECD、日本の PLI を表にしたのが図 4 である。ここでは、売上高営業利 益率を ROS、総費用営業利益率を ROTC、営業利益を販売費及び一般管理費と比較する指 標を ROSGA、使用資本利益率を ROA、営業費用総利益率をベリー比とする。 PLI 各々の性格として、第一に ROS は、一定の売上高を達成するために費やした原価や 販売費及び一般管理費がどれ程の利益をもたらしているかを表し154、特に販売機能に多く 適用される指標である155。第二に ROTC は、事業活動において費やされたコストや費用が どれ程の営業利益をもたらすかを測定する指標であり、重要な収益の源泉である製造原価 や販売費及び一般管理費が主として損益計算書に表示される労働集約型製造会社に使用さ れ得る指標である156。第三に ROSGA は、販売費及び一般管理費を販売活動における投資 と考え、そのリターンを販売活動から得るという考え方と整合的な指標であり、販売費(販 売費及び一般管理費)に対応するように対価を設定するコミッションベースの販売活動等 において妥当な指標とされている157。第四に ROA は、営業資産が利益を左右するような事 業に適した指標であり、設備投資と利益が比例する関係にあることから、設備産業である 資本集約型の製造会社に使用されることがあるとされている158。第五にベリー比は、一定 の営業費用を費やした結果として、どれ程の売上総利益を獲得したのかを示す指標であり、 商社のような形態を有する販売会社に適した指標であるとされている159。 【図 4 米国、OECD、日本における PLI160】 154 藤森康一郎『実務ガイダンス移転価格税制』中央経済社(2009)132 頁 NERA エコノミックコンサルティング・前掲注 13、88 頁 156 藤森・前掲注 154、135 頁 157 NERA エコノミックコンサルティング・前掲注 13、89 頁 158 藤森・前掲注 154、134 頁 159 藤森・前掲注 154、133 頁 160 PLI の()は、米国内国歳入法第 482 条関連の財務省規則のコード(米国) 、OECD 移転価 格ガイドライン 2010 年度版のパラグラフ(OECD) 、租税特別措置法施行令(日本)を示して 155 27 (500) 米国 OECD 日本 売上高営業利益率 営業利益が売上に対してウエイト (§1.482-5(b)(4)(ⅱ)(A)) 付けされている場合(B.3.4.1) 営業利益が原価に対してウエイト 付けされている場合(B.3.4.2) 売上高営業利益率 (措法令39条の12第8項2号) 総費用営業利益率 (措法令39条の12第8項3号) PLI 使用資本利益率 (§1.482-5(b)(4)(ⅰ)) 営業利益が資産に対してウエイト 付けされている場合(B.3.4.3) 営業費用総利益率 ベリー比(B.3.5) (§1.482-5(b)(4)(ⅱ)(B)) その他のPLI その他の可能性のある営業指標 (§1.482-5(b)(4)(ⅲ)) (B.3.4.4) 略称 ROS (Return ROTC (Return ROSGA (Return ROA (Return Assets) on Sales) on Total Cost) on SG&A ) on Operating ベリー比 準ずる方法 (措法令39条の12第8項4号) 4-2 日本における PLI の幅 4-2-1 TNMM 適用に際する PLI と幅の関連性 日本において移転価格税制の対象となるのは、関連者間取引の価格が独立企業間価格を 超える場合(高価買入)と関連者間取引の価格が独立企業間価格にみたない場合(無償譲 渡または低額譲渡)である。以下に示す図 5 は、前者の棚卸資産の購入が国外関連取引で あると同時に高価買入の場合であり、独立企業間価格算定方法を TNMM としたケースであ る。 【図 5 棚卸資産の購入(高価買入)が国外関連取引である場合】 いる。 28 (501) 注)○は関連会社、●は検証対象者、△は非関連会社である。 図 5 は、棚卸資産の購入(高価買入)が国外関連取引である場合であるため、独立企業 間価格は、再販売価格-(再販売価格×ROS+検証対象取引の販売費及び一般管理費)で 求められる。この場合、取得価格が検証対象移転価格であり、再販売価格から営業利益を 求めるため、PLI は売上高に占める営業利益の割合である ROS を用いる。当該算式におい ては、再販売価格、販売費及び一般管理費は変わらないため、独立企業間価格を左右する のは営業利益である。 ここでの営業利益とは、 再販売価格に ROS を掛けることで求められ、 ROS が低い場合、営業利益は小さくなり、ROS が高い場合、営業利益は大きくなる。また、 独立企業間価格は再販売価格から営業利益と販売費及び一般管理費を引いたものであるた め、営業利益が小さければ独立企業間価格は高くなり、営業利益が大きければ独立企業間 価格は低くなる。また、TNMM を適用した場合の独立企業間価格は比較対象取引の独立当 事者間の取引価格を示すのではなく、比較対象取引から得た ROS を当該算式に用いて求め た価格が独立企業間価格となる点で取引法と異なる。 次の図 6 に示すのは、後者の棚卸資産の販売が国外関連取引であると同時に低額譲渡の 場合において TNMM を独立企業間価格算定方法としたケースである。 【図 6 棚卸資産の販売(低額譲渡)が国外関連取引である場合】 29 (502) 注)○は関連会社、●は検証対象者、△は非関連会社である。 図 6 は、棚卸資産の販売(低額譲渡)が国外関連取引である場合であるため、独立企業 間価格は、取得原価の額+検証対象取引の総費用161×ROTC+検証対象取引の販売費及び 一般管理費で求められる。この場合、販売価格が検証対象移転価格であり、検証対象取引 の総費用から営業利益を求めるため、PLI は総費用に占める営業利益の割合である ROTC を用いる。当該算式における取得原価、販売費及び一般管理費、総費用は変わらないため、 独立企業間価格を左右するのは営業利益である。ここでの営業利益は、総費用に ROTC を 掛けることで求められ、ROTC が低い場合、営業利益は小さくなり、ROTC が高い場合、 営業利益は大きくなる。また、独立企業間価格は取得原価、販売費及び一般管理費と営業 利益を足したものであるため、営業利益が小さければ独立企業間価格は低くなり、営業利 益が大きければ独立企業間価格は高くなる。また、この場合においても、TNMM を適用し た場合の独立企業間価格は比較対象取引の独立当事者間の取引価格を示すのではなく、比 較対象取引から得た ROTC を当該算式に用いて求めた価格が独立企業間価格となる点で取 引法と異なる。 以上のことから、棚卸資産の購入(高価買入)が国外関連取引である場合、棚卸資産の 販売(低額譲渡)が国外関連取引である場合、どちらのケースにおいても PLI は独立企業 間価格を左右するものであるといえる。したがって、TNMM 適用により、比較対象取引が 複数見出される場合、複数の比較対象取引から得られた PLI の幅が存在し、それら PLI を 用いて求められた独立企業間価格の幅が存在しているといえよう。 前に述べたように、日本においては検証対象者の性格や比較対象に関するデータの信頼 性等の全ての事実と状況を考慮し、適切な PLI を選択するという規定はなく、購入と販売 に場合分けされた ROS と ROTC の規定のみである。したがって、場合によっては不適切 な PLI の幅が存在し、事実と状況を十分に反映できていない独立企業間価格によって形成 された不適切な独立企業間レンジによって移転価格税制適用の判断がなされ得ることが考 えられる。 以上を踏まえて、4-2-2 では、日本における PLI の規定が不十分であることをいくつか例 161 ここでいう総費用とは、取得原価の額とその国外関連取引に係る棚卸資産の販売に要した販 売費及び一般管理費の合計額である。 30 (503) 示する。なお、複数存在する比較対象取引に関するデータの信頼性にばらつきがあり、統 計的手法が用いられた場合には、PLI の幅に収まっていても独立企業間レンジに収まらない ケースも考え得る。しかし、今回の例においては、精緻な比較可能性分析が行われ、複数 存在する比較対象取引の全てについて比較可能性の信頼性が高い場合を想定している。 4-2-2 日本における PLI の問題点 (1)販売会社の適用例 ここでは、商社の機能を有している燃料・資源の販売会社の購入取引が検証対象取引で あると仮定する。検証対象取引と比較対象取引は以下のとおりである162。なお、独立企業 間価格の下限を構成することとなる比較対象取引を A とし、独立企業間価格の上限を構成 することとなる比較対象取引を B とする。 (図 7) 【図 7 燃料・資源の販売会社】 (a)検証対象取引と比較対象取引の内容 比較対象取引 検証対象取引 (燃料・資源/卸売) 売上高 (取得原価、検証対象移転価格) B 250 250 250 241.59 215.79 226.78 8.41 6.41 2 34.21 22.7 11.51 23.22 19.71 3.51 (再販売価格) 売上原価 A 粗利益 販管費 営業利益 (b)検証対象取引と PLI の幅 ROS ROSGA ベリー比 検証対象取引 (燃料・資源/卸売) 0.8 31.2 131.2 A (PLI:小数点2桁未満切捨) 比較対象取引 B 4.6 1.4 50.7 17.8 150.7 117.8 (c)移転価格と独立企業間価格の幅 移転価格 ROS適用時 ROSGA適用時 241.59 241.59 独立企業間価格(小数点2桁未満切捨) A B 232.08 240.08 240.33 242.44 図 7 に示した燃料・資源の販売会社の取引は、棚卸資産の購入が国外関連取引に該当す るため、PLI として ROS が適用されることになる。したがって、独立企業間価格算定式は、 再販売価格-(再販売価格×ROS+検証対象取引の販売費及び一般管理費)となる。ここ Bureau Van Dijk 社のデータベース「JADE(2007 年 1 月版) 」より NERA が作成した代表 的 PLI の産業別結果分布(NERA エコノミックコンサルティング・前掲注 13、106 頁)を参考 にして数値を設定した。取引別の結果分布図は入手できなかったため産業別の利益率であるが、 産業と産業内の取引という関係性に着目し、産業別結果を使用した。後述する図 5、図 6 におい ても同様の理由で産業別結果を使用している。 162 31 (504) で用いられる ROS は、売上高に占める営業利益の割合である。 当該比較対象取引の ROS から成る幅(以下、ROS の幅)の下限は比較対象取引 B の売 上高(250)に占める営業利益(3.51)の割合であり、ROS1.4%(3.51/250)となる。ま た、ROS の幅の上限は、比較対象取引 A の売上高(250)に占める営業利益(11.51)の割 合となり、ROS4.6%(11.51/250)である。したがって、これが ROS を用いた場合の幅 であり、検証対象取引の売上高(250)に占める営業利益(2)の割合である ROS0.8%(2 /250)は、この ROS の幅(1.4%-4.6%)の外に存することになる。(図 7(b) ) PLI の幅と独立企業間価格の幅の関係は次のようになる。先に述べたが、ROS が低い場 合、営業利益は小さくなり、独立企業間価格は高くなる。また、ROS が高い場合、営業利 益は大きくなり、独立企業間価格は低くなる。したがって、ROS の幅の下限(3.51/250) を用いることで独立企業間価格の幅の上限が求められ、ROS の幅の上限(11.51/250)を 用いることで独立企業間価格の幅の下限が求められる。したがって、図 7(c)では、独立 企業間価格の上限は、250-(250×3.51/250+6.41)=240.08 となり、独立企業間価格の 下限は、 250- (250×11.51/250+6.41)=232.08 となる。 検証対象取引の移転価格は 241.59 であるため、ROS を用いた独立企業間価格の幅(232.08‐240.08)から外れ、高い位置に 存することになる。したがって、検証対象移転価格が PLI の幅から外れた場合、独立企業 間価格の幅からも外れることとなり、検証対象取引は高価買入を関連会社から行っている と判断され、移転価格税制が適用されてしまうのである。 しかし、検証対象取引が、取引の仲介を行う商社の機能を有していることを考慮すると、 売上に焦点を当てた指標である ROS を適用するのは不適切であると考える。そこで適切な PLI として考えられる指標が ROSGA である。ROSGA とは、販売費及び一般管理費に対 応するように対価を設定するコミッションベース(委託の手数料収入をベースとする)の 販売活動や、棚卸資産の販売に伴いサービスを提供する企業などにとっては妥当性がある 指標とされ、販売費及び一般管理費を販売活動における投資と考え、そのリターンを販売 活動から得るという考え方と整合的な指標である163。したがって、仲介の役割を果たす商 社機能に焦点を当て、ROSGA を適用するのが本ケースにおいては妥当であると考え得る。 現在の日本の規定では ROSGA を PLI とすることはできないが、図 7 のケースにおいて ROSGA を PLI とした場合を想定する。ROSGA は、販売費及び一般管理費に占める営業 利益の割合であり、ROSGA の下限は比較対象取引 B の販売費及び一般管理費(19.71)に 占める営業利益(3.51)の割合となり、ROSGA17.8%(3.51/19.71)となる。また、ROSGA の幅の上限は、比較対象取引 A の販売費及び一般管理費(22.7)に占める営業利益(11.51) の割合となり、ROSGA50.7%(11.51/22.7)である。これが ROSGA を用いた場合の幅 であり、検証対象取引の販売費及び一般管理費(6.41)に占める営業利益(2)の割合であ る ROSGA31.2%(2/6.41)は、ROSGA の幅(17.8%-50.7%)の中に位置することにな る。 (図 7(b) ) 163 NERA エコノミックコンサルティング・前掲注 13、88-89 頁 32 (505) 営業利益は、検証対象取引の販売費及び一般管理費×ROSGA で求められるため、独立企 業間価格算定式は、再販売価格-(検証対象取引の販売費及び一般管理費×ROSGA+検証 対象取引の販売費及び一般管理費)となる。したがって、図 7(c)に示すように、ROSGA の幅の下限(3.51/19.71)を用いた場合、独立企業間価格の上限は、250-(6.41×3.51 /19.71+6.41)=242.44 となる。また、ROSGA の幅の上限(11.51/22.7)を用いた場合、 独立企業間価格の下限は、250-(6.41×11.51/22.7+6.41)=240.33 となる。この検証対 象取引の移転価格は 241.59 であり、 ROSGA を用いた独立企業間価格の幅 (240.33‐242.44) の中に収まるため、移転価格税制の適用はなされないこととなる。 ちなみに、図 7 のケースの PLI として、販売費及び一般管理費に占める粗利益の割合で (営業利益+販売費及び一般管理費)/ あるベリー比も考え得る164。しかし、ベリー比は、 販売費及び一般管理費と表すことができ、ROSGA(営業利益/販売費及び一般管理費)と 実質的には同じ指標であると考え得ること、ROSGA は営業利益に着目しているため、 TNMM の指標としてより適切であると考えたことから、例示において ROSGA を用いた。 なお、図 7(b)におけるベリー比から成る幅(以下、ベリー比の幅)は、比較対象取引 B の販売費及び一般管理費(19.71)に占める粗利益(23.22)の割合である 117.8%(23.22 /19.71)を下限とする。また、ベリー比の幅の上限は、比較対象取引 A の販売費及び一般 管理費(22.7)に占める粗利益(34.21)の割合となり、150.7%(34.21/22.7)となる。 検証対象取引の販売費及び一般管理費(6.41)に占める粗利益(8.41)の割合である 131.2% は、ベリー比の幅(117.8%-150.7%)の中に位置することとなる。 (2)資本集約型製造会社の適用例 次に、資本集約型自動車製造会社の取引が検証対象取引であると仮定する。自動車製造 会社は、研究開発活動(基礎研究、製品開発、生産技術開発)に重きを置く、比較的研究 開発集約型の業界であり165、営業資産に含まれる無形資産が利益を左右する資本集約型製 造会社であるといえよう。自動車製造会社の検証対象取引と比較対象取引は以下のとおり である166。なお、独立企業間価格の下限を構成することとなる比較対象取引を A とし、独 立企業間価格の上限を構成することとなる比較対象取引を B とする。(図 8) 図 8 に示した自動車製造会社の取引は、 棚卸資産の販売が国外関連取引に該当するため、 PLI は ROTC が適用されることになる。よって、独立企業間価格算定式は、検証対象取引 164 日本の営業利益率(商社のケース)が米国に比べ非常に低いと非難されていることに対して、 営業利益を非常に薄利に絞って取引を行っている場合であっても、営業経費を賄うだけの売上利 益を獲得していると考えられ(米国は売上利益が大きい分、営業経費が大きい)ベリー比を使用 すれば比較可能ではないかとして検証が行われている。(村上睦「経済グローバル化に対応する 税制のあり方(Ⅱ)移転価格税制をめぐる最近の動向」租税研究 564 号(1996)59-63 頁) 165 NERA エコノミックコンサルティング・前掲注 13、197 頁 166 Bureau Van Dijk 社のデータベース「JADE(2007 年 1 月版) 」より NERA が作成した代表 的 PLI の産業別結果分布(NERA エコノミックコンサルティング・前掲注 13、106 頁)を参考 にして数値を設定した。 33 (506) の取得原価+検証対象取引の総費用×ROTC+検証対象取引の販売費及び一般管理費であ る。ここで用いられる ROTC は、総費用(売上原価+販売費及び一般管理費)に占める営 業利益の割合である。 当該比較対象取引の ROTC から成る幅(以下、ROTC の幅)の下限は比較対象取引 A の 総費用(220.88)に占める営業利益(7.74)の割合であり、ROTC3.5%(7.74/220.88) となる。また、ROTC の幅の上限は、比較対象取引 B の総費用(250.83)に占める営業利 益(18.82)の割合であり、ROTC7.5%(18.82/250.83)となる。これが ROTC の幅であ り、検証対象取引の総費用(217.66)に占める営業利益(6.54)の割合である ROTC3%(6.54 /217.66)は、ROTC の幅(3.5%-7.5%)の外に存することになる。(図 8(b) ) 4-2-1 で述べたが、ROTC が低い場合においては、営業利益は小さくなり、それに伴い独 立企業間価格は低くなる。一方、ROTC が高い場合においては、営業利益は大きくなり、 独立企業間価格は高くなるという関係が ROTC と独立企業間価格の間に成り立っているの である。 したがって、 PLI の幅と独立企業間価格の幅には、 ROTC の幅の下限 (7.74/220.88) を用いることで独立企業間価格の幅の下限が求められ、ROTC の幅の上限(18.82/250.83) を用いることで独立企業間価格の幅の上限が求められるという関係があるといえる。 【図 8 資本集約型自動車製造会社】 (a)検証対象取引と比較対象取引の内容 比較対象取引 検証対象取引 (自動車) 売上高 228.62 269.65 200 200 200 24.2 17.66 6.54 105.48 28.62 20.88 7.74 161.25 69.65 50.83 18.82 235.25 217.66 220.88 250.83 売上原価 (取得原価) (収入金額-営業利益) B 224.2 (収入金額、検証対象移転価格) 粗利益 販管費 営業利益 営業資産 総費用 A (b)検証対象取引と PLI の幅 ROTC ROA 検証対象取引 (燃料・資源/卸売) 3 6.2 A (%:小数点2桁以下切捨) 比較対象取引 B 3.5 7.5 4.8 8 (c)移転価格と独立企業間レンジ 移転価格 ROTC適用時 ROA適用時 224.2 224.2 独立企業間価格(小数点2桁未満切捨) A B 225.28 233.99 222.72 226.09 図 8 ( c ) に お い て は 、 独 立 企 業 間 価 格 の 下 限 は 、 200 + 217.66 × 7.74 / 220.88 + 17.66=225.28 と な り 、 独 立 企 業 間 価 格 の 上 限 は 、 200 + 217.66 × 18.82 / 250.83 + 17.66=233.99 となる。検証対象取引の移転価格は 224.2 であるため、ROTC を用いた独立 34 (507) 企業間価格の幅(225.28‐233.99)から外れ、低い位置に存することになる。したがって、 検証対象移転価格が PLI の幅から外れた場合、独立企業間価格の幅からも外れることとな り、検証対象取引は、低額譲渡を関連会社に対して行っているものと判断され、移転価格 税制が適用されてしまう。 先に述べたように、自動車製造会社が研究開発に重きを置いており営業資産が利益を左 右すること、その成果が販売費及び一般管理費には十分に反映され得ないことを加味する と、当該検証対象取引の PLI として営業利益と総費用を比較する ROTC を用いることは不 適切であると考えられる。したがって、図 5 の資本集約型製造会社のように営業資産が利 益を左右するような事業においては、営業資産に占める営業利益の割合である ROA を当該 検証対象取引の PLI として用いることが適切であると思われる。 日本においては資産に関する PLI は規定されていないが、図 8 は ROA を PLI とした場合 のものである。したがって、図 5(b)では、比較対象取引の ROA から成る幅(以下、ROA の幅)の下限は、比較対象取引 A の営業資産(161.25)に占める営業利益(7.74)の割合 であり、ROA4.8%(7.74/161.25)である。また、ROA の幅の上限は、比較対象取引 B の営業資産(235.25)に占める営業利益(18.82)の割合であり、ROA8%(18.82/235.25) となる。したがって、検証対象取引の営業資産(105.48)に占める営業利益(6.54)の割 合である ROA6.2 %(6.54/105.48)は、ROA の幅(4.8%-8%)の中に位置する。 営業利益は、検証対象取引の営業資産×ROA で求められるため、独立企業間価格算定式 は、検証対象取引の取得原価+検証対象取引の営業資産×ROA+検証対象取引の販売費及 び一般管理費となる。この算定式に ROA の下限(7.74/161.25)を用いた場合、独立企業 間価格の下限は、200+105.48×7.74/161.25+17.66=222.72 となる。また、ROA の上限 (18.82/235.25)を用いて求められる独立企業間価格の上限は、200+105.48×18.82/ 235.25+17.66=226.09 である。検証対象取引の移転価格は 224.2 であるため、ROA を用い た独立企業間価格の幅(222.72‐226.09)の中に収まり、移転価格税制の適用はなされな いこととなる。 (3)労働集約型製造会社の適用例 最後に、日本において ROA が TNMM の PLI として導入されたという前提の下で、労働 集約型の電機製造会社の取引が検証対象取引であると仮定する。電機製造会社の検証対象 取引と比較対象取引は以下のとおりである167。なお、独立企業間価格の下限を構成するこ ととなる比較対象取引を A とし、独立企業間価格の上限を構成することとなる比較対象取 引を B とする。 (図 9) 電機製造会社の取引は、棚卸資産の販売が国外関連取引に該当するため、PLI は ROTC Bureau Van Dijk 社のデータベース「JADE(2007 年 1 月版) 」より NERA が作成した代表 的 PLI の産業別結果分布(NERA エコノミックコンサルティング・前掲注 13、106 頁)を参考 にして数値を設定した。 167 35 (508) が適用される。当該比較対象取引の ROTC から成る幅(以下、ROTC の幅)の下限は比較 対象取引 A の総費用(111.85)に占める営業利益(3.36)の割合であり、ROTC3%(3.36 /111.85)となる。また、ROTC の幅の上限は、比較対象取引 B の総費用(162.63)に占 める営業利益(17.73)の割合であり、ROTC10.9%(17.73/162.63)となる。検証対象取 引の総費用(123.04)に占める営業利益(6.53)の割合は、ROTC5.3%(6.53/123.04) は ROTC の幅(3%‐10.9%)の中に位置する。 (図 9(b) ) また、ROTC の下限(3.36/111.85)を用いて求められる独立企業間価格の下限は、100 +123.04×3.36/111.85+23.04=126.73 であり、ROTC の上限(17.73/162.63)を用い て求められる独立企業間価格の上限は、100+123.04×17.73/162.63+23.04=136.45 で ある。 (図 9(c) )検証対象取引の移転価格は 129.57 であるため、当該検証対象取引に ROTC を用いて算定される独立企業間価格は、独立企業間レンジ内に収まり、移転価格税制の適 用はない。これは、労働集約型の製造会社においては、工場や機械設備の減価償却費、原 材料費、人件費など製造に係るすべての費用を PLI の分母とする ROTC が整合的な指標と なり得る168ことが多いためだと考えられる。 【図 9 労働集約型電機製造会社】 (a)検証対象取引と比較対象取引の内容 比較対象取引 検証対象取引 (電機) 売上高 (収入金額、検証対象移転価格) 115.21 180.36 100 100 100 29.57 23.04 6.53 233 15.21 11.85 3.36 112 80.36 62.63 17.73 177.3 123.04 111.85 162.63 (取得原価) (収入金額-営業利益) B 129.57 売上原価 粗利益 販管費 営業利益 営業資産 総費用 A (b)検証対象取引と PLI の幅 5.3 2.8 (%:小数点2桁以下切捨) 比較対象取引 B 3 10.9 3 10 129.57 129.57 独立企業間価格(小数点2桁未満切捨) A B 126.73 136.45 130.03 146.34 検証対象取引 (電機) ROTC ROA A (c)移転価格と独立企業間レンジ 移転価格 ROTC適用時 ROA適用時 しかし、図 9 のケースにおける PLI として ROA を使用した場合、当該比較対象取引の 168 NERA エコノミックコンサルティング・前掲注 13、89 頁 36 (509) ROA から成る幅(以下、ROA の幅)は、比較対象取引 A の営業資産(112)に対する営業 利益(3.36)の割合である ROA3%(3.36/112)を下限とし、比較対象取引 B の営業資産 (177.3)に対する営業利益(17.73)の割合である ROA10%(17.73/177.3)を上限とす ることとなる。したがって、検証対象取引の営業資産(233)に対する営業利益(6.53)の 割合である ROA2.8%(6.53/233)は、ROA の幅(3%‐10%)の外に位置することにな るのである。 (図 9(b) ) 図 9(c)に示すように、ROA を使用した場合の独立企業間価格の幅は、ROA の下限(3.36 /112)を用いて求められる独立企業間価格の下限が、100+233×3.36/112+23.04= 130.03 となり、ROA の上限(17.73/177.3)を用いて求められる独立企業間価格の上限は、 100+233×17.73/177.3+23.04=146.34 となる。検証対象取引の移転価格は 129.57 であ るため、独立企業間価格の幅(130.3‐146.34)から外れ、低い位置に存することとなる。 したがって、ROA を PLI として使用した場合、検証対象移転価格が PLI の幅から外れた場 合、独立企業間価格の幅からも外れることとなり、検証対象取引は、低額譲渡を関連会社 に対して行っているものと判断され、誤って移転価格税制が適用されてしまう事態となり 得るのである。 4-3 適切な PLI の設定 4-2-2 は販売会社、資本集約型製造会社、労働集約型製造会社の例示をしたが、ここで注 意しておきたいのは、PLI の幅の中に収まるような PLI を設定することを目的としている のではないということである。あくまでもこれらの例は、検証対象の性格や比較対象に関 するデータの信頼性等の全ての事実と状況を考慮した結果から導き出される適切な PLI の 使用による PLI の幅の設定の必要性を不適切な PLI との比較によって示しているのである。 先に述べたように、日本の TNMM における PLI の規定においては、国外関連取引が棚 卸資産の購入(高価買入)である場合は ROS が用いられ、棚卸資産の販売(低額譲渡)が 国外関連取引である場合には ROTC が用いられる。したがって、例において用いた ROSGA、 ベリー比、ROA といった指標は認められていない。つまり現行の PLI の規定では、比較可 能性の信頼性がより高い比較対象取引が使用される場合であっても、例示したような検証 対象取引に適していない PLI が選択された場合においては、事実と状況を適切に反映しな い PLI の幅が形成されることになる。そして、不適切な PLI の幅が存在するということは、 適切でない独立企業間価格の幅が形成され得るということであり、その結果、不適正な移 転価格税制の適用に結びついてしまうこととなる。 以上のことから、現行の TNMM 規定のように限定的に PLI を認めるのではなく、それ 以外の PLI を認めることで、OECD や米国のように、 「関連者間取引の性質の観点から考え た指標の妥当性、情報の利用可能性や比較可能性を勘案し、事案の状況に最も適した利益 指標を選択するものとする。 」という柔軟な規定にするべきであると考える。また、ここで いう最も適した PLI の選択肢としては、OECD や米国の規定を考慮し、国外関連取引が棚 37 (510) 卸資産の購入(高価買入)である場合は ROS 、ROSGA、ベリー比とし、棚卸資産の販売 (低額譲渡)が国外関連取引である場合には、ROTC、ROA とすることが妥当であろう。 日本の TNMM における PLI の選択肢を増やし、検証対象取引の状況を考慮した PLI の 柔軟な選択が可能となることで、複数の比較対象取引からなる PLI の幅、独立企業間価格 の幅は適切なものとなる。その結果、移転価格税制の執行もまた、より適正なものとなる と思われる。 また、図7(c)、図 8(c)に示されているように、不適切な PLI が選択された場合、独立企 業間価格の幅は広いにも関わらず、検証対象移転価格は幅から外れることになる。一方、 適切な PLI が選択された場合、幅は狭められるが、検証対象移転価格は幅の中に収まるこ ととなるのである。これは、適切な PLI を選択することによって幅が広げられるのではな く、幅が狭められることで、幅の中の独立企業間価格の信憑性を更に高めることを意味し ていると考えられる。したがって、適切な PLI の選択によって形成された幅に意味がある のである。 おわりに 日本において、独立企業間価格は基本三法優先とされてきたが、平成 23 年度税制改正に おいて最適方法ルールが導入されたことにより、今後 TNMM の適用は更に増えていくこと が予想される。最適方法ルールに従って、TNMM が算定方法として選択された場合、複数 の比較対象取引が見出され、独立企業間価格に幅が存在するケースが多くなるであろう。 しかし、現行の TNMM 及び幅の規定は、TNMM と幅、TNMM における PLI と独立企業 間価格の関係性が十分に考慮されていないように思われる。 そこで本稿では、利益法における PLI と独立企業間価格の幅の関係性を明らかにするこ とを目的とし、CPM を規定する米国の CPM における幅及び PLI の関係性を検討し、日本 における TNMM、最適方法ルール及び幅の導入に影響を与えた OECD ガイドラインの TNMM における幅及び PLI の関係性を考察した。 まず、米国の 1992 年規則案において規定された CPI が幅と利益法の機能を備えていた こと、1994 年最終規則においても CPI の要素は、利益法である CPM の独立企業間レンジ に受け継がれており、CPI と独立企業間レンジ、両者の関係性が強いことを示した。 次に、OECD が 1995 年ガイドラインにおいて、企業又は事業セグメントを単位とする米 国の CPM を、取引を単位とする TNMM とすることによって PLI を用いる利益法を独立企 業間価格算定方法として認めたことから、米国の CPM と OECD の TNMM との関連性の 深さを考察した。また、2010 年ガイドラインにおける最適方法ルール導入に伴い、比較可 能性を重視すると共に、PLI や幅について詳細な規定が行われたことから、OECD ガイド ラインにおいても TNMM における PLI と幅が重視されていることを示した。 最後に、日本、米国、OECD において議論の対象となってない幅、すなわち、TNMM の PLI から成る幅を例示し、適切な比較対象取引が選択されたとしても、不適切な PLI を選 択した場合、PLI の幅に問題が生じ、それに伴い不適切な独立企業間価格の幅が形成される 38 (511) ことを指摘した。その結果、こうした独立企業間価格の幅を用いた場合、誤った移転価格 税制の適用は不適正なものとなることが考えられる。 したがって、日本においても PLI の選択肢を増やし、検証対象の性格や比較対象に関す るデータの信頼性等の全ての事実と状況を反映した PLI を選択でき得るような規定が必要 だと思われる。以上を勘案すると、「関連者間取引の性質の観点から考えた指標の妥当性、 情報の利用可能性や比較可能性を勘案し、事案の状況に最も適した利益指標を選択するも のとする。 」という柔軟な規定が望まれる。当該規定を導入することにより、柔軟に PLI の 選択が可能となれば、適切な PLI の幅が形成されることになる。したがって、PLI の幅に 伴って存在する独立企業間価格の幅の信頼性はより高いものとなり、適正な移転価格税制 の執行に寄与することとなろう。 【参考文献】 赤松晃・澤田純「独立企業間価格の幅(レンジ)の明確化 文章化・調査対応」税務弘報 60 巻 1 号(2012) 秋元秀仁「移転価格事務運営要綱の改定等とその留意点」租税研究 676 号(2006) 井澤伸晃「OECD における取引単位利益法の見直しと比較可能性」本庄資『移転価格税制 執行の理論と実務』大蔵財務協会(2010) 太田洋「我が国の移転価格税制の概要」中里実・太田洋・弘中聡浩・宮塚久編『移転価格 税制のフロンティア』有斐閣(2011) 太田洋・北村導人「今治造船高裁判決」中里実・太田洋・弘中聡浩・宮塚久編『移転価格 税制のフロンティア』有斐閣(2011) 邦訳 岡田至康監修「新移転価格ガイドライン:多国籍企業と税務当局のための移転価格算 定に関する指針」日本租税研究会(1998) 金子宏『所得課税の法と政策』有斐閣(1996) 金子宏『租税法 第 16 版』有斐閣(2011) 金子宏『租税法 第 17 版』有斐閣(2012) 北村導人「移転価格課税に関する裁判例の分析と実務上の留意点(上)」税務事例 40 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近年、ビジネススタイル等の変化により、法人だけでなく、個人の国境を越 えた移動、活動が活発化している。そのため、我が国では、適正な課税や徴収 の確保を図るべく、納税義務者の範囲の見直しや、国外財産調書制度の創設等 様々な施策を講じている。 我が国では、納税義務の有無や範囲、課税方法等を確定させる主な判定要素 に「 住 所 」を 採 用 し て い る 。特 に 所 得 税 法 、相 続 税 法 に お い て は 、 「 住 所 」は 我 が国の課税管轄権の範囲を画する最重要基準でもあり、その果たす役割は大き いものの、現行の租税法では、特に定義規定を有しておらず、民法からの借用 概念である「生活の本拠」を指すとされるにとどまる。 納税義務の有無の判定基準は法的安定性、明確性が求められるため、本稿で は、所得税法における納税義務者の適格要件の最重要判定要素である住所の解 釈を通し、所得税法における納税義務の有無、課税範囲について検討すること を目的とした。 まず、第 1 章では、住所を主な判定基準とする所得税法、相続税法の納税義 務者の規定を概観した。そして、両税における居所の有無及び無制限納税義務 者の範囲の相違については、税そのものの性質や課税方法の相違がもたらすも のであるという本稿なりの見解を示した。 第 2 章 で は 、納 税 義 務 者 と 同 じ く 納 税 義 務 を 有 す る 源 泉 徴 収 義 務 者 に 着 目 し 、 源泉徴収制度においても住所が課税範囲、税率、課税方法、控除等に差異をも たらす重要な基準となっていることを確認した。 第 3 章 で は 、租 税 法 に お け る 住 所 は 民 法 か ら の 借 用 概 念 で あ る と の 立 場 か ら 、 民法における住所規定を概観し、現在、客観説及び複数説が支持されているこ とを確認した。続いて住民基本台帳法、公職選挙法、国籍法、旧農地法におけ る住所を判例等で概観し、これらは住所の定義規定を有していないが、立法趣 旨等を考慮して解釈しているとの見解を示した。また、租税法については、借 用概念の解釈における 3 学説を確認した上で、本稿では、原則は統一説に依る こととし、住所を有すると判定される認定基準については判例を中心に確認し た。判例では、租税回避目的が争点となっているものもあったが、最初から租 税回避目的の出国もあれば、結果として租税回避となる事例もあることから、 (519) 出国目的別に認定基準を変更することは法的安定性の見地からも好ましくない とした。そして、本稿の結論としては、客観的事実の総合考慮により住所の有 無を判定することが一番好ましいとした。また、租税法における住所は、民法 の住所の意義を共通して用いており、全て同義であるとした。 第 4 章では、上記の様々な角度から検討した結果、あくまでも客観的な住 所 の有無で納税義務の有無を決定することが適当であるとしたが、居住中に発生 した国内源泉所得とならない資産のキャピタルゲイン等一定のものについては 当然に課税根拠を持つものであるから、出国税等を参考に検討の余地があると した。そして、相続税法においても同様のケースがあるので、制度の見直しを 検討する際は、両税法の整合性の観点からも考慮するべきとした。 以上の考察を通し、本稿が導く結論としては、個人の移動が頻繁ではない時 代 に は 国 籍 等 で も 十 分 基 準 と な り え た が 、個 人 の 移 動 が 激 し く な っ た 昨 今 で は 、 国籍が必ずしも国とのネクサスを示すものとは限らず、そこに住所を有するこ とで国家から公共サービスや社会的基盤の整備等の経済的便益を享受している 点を鑑みれば、納税義務の発生のメルクマールには住所が一番安定している基 準と考えた。住所を有すれば課税権に服し、なければ課税されないという現行 制 度 は 、一 義 的 か つ 明 確 で あ り 、そ の 結 果 、法 的 安 定 性 に つ な が る と 思 わ れ る 。 ただし、課税と所得獲得のタイミングにずれが生じている場合には、過去の 居住歴等の要素で住所を補完するのが好ましいとした。 (520) 目次 は じ め に ................................................................................................... 4 第 1章 納 税 義 務 者 .................................................................................. 5 第 1節 所 得 税 法 に お け る 納 税 義 務 者 ..................................................... 5 第 1項 居 住 者 と 非 居 住 者 .................................................................. 7 第 2項 永 住 者 と 非 永 住 者 .................................................................. 8 第 3項 居 住 者 と 推 定 さ れ る 者 ......................................................... 11 第 2節 相 続 税 法 に お け る 納 税 義 務 者 ................................................... 12 第 3節 所 得 税 法 と 相 続 税 法 の 異 同 性 に つ い て ..................................... 14 第 2章 源 泉 徴 収 義 務 に よ る 税 負 担 ......................................................... 18 第 1節 源 泉 徴 収 制 度 と 源 泉 徴 収 義 務 者 ............................................... 19 第 2節 納 税 義 務 者 の 我 が 国 に お け る 住 所 等 の 有 無 に よ る 範 囲 の 差 異 ..... 22 第3節 非居住者の我が国における恒久的施設の有無等による課税方法の差 異 ....................................................................................................... 23 第 4節 第 3章 源 泉 徴 収 義 務 者 の 我 が 国 に お け る 住 所 等 の 有 無 に よ る 影 響 ........ 24 借 用 概 念 ................................................................................... 29 第 1節 民 法 に お け る 住 所 の 意 義 と 法 律 効 果 ......................................... 30 第 1項 主 観 説 ・ 客 観 説 ................................................................... 32 第 2項 単 一 説 ・ 複 数 説 ................................................................... 34 第 2節 民 法 以 外 の 法 領 域 の 住 所 ......................................................... 35 第 1項 住 民 基 本 台 帳 法 に お け る 住 所 ............................................... 36 第 2項 国 籍 法 に お け る 住 所 ............................................................ 38 第 3項 公 職 選 挙 法 に お け る 住 所 ...................................................... 39 第 4項 農 地 法 に お け る 住 所 ............................................................ 42 第 3節 租 税 法 に お け る 住 所 ................................................................ 44 第 1項 借 用 概 念 の 解 釈 ................................................................... 45 第 2項 所 得 税 法 に お け る 住 所 ......................................................... 48 第 3項 相 続 税 法 に お け る 住 所 ......................................................... 62 1 (521) 第 4項 第 4節 第 4章 地 方 税 法 に お け る 住 所 ......................................................... 73 租 税 法 に お け る 住 所 は 同 義 か 否 か ............................................ 75 出 国 税 等 ................................................................................... 75 お わ り に ................................................................................................. 81 【 参 考 文 献 】 .......................................................................................... 84 凡例 1.関 係 法 令 関 係 法 令 は 平 成 24 年 4 月 1 日 現 在 に よ っ た 。 2.主 な 略 語 ・ 略 記 法 本稿において引用した法令、通達、判例等は次のような略語を用いた。 所得税法→所法 所得税施行令→所令 所得税基本通達→所基通 相続税法→相法 相続税基本通達→相基通 内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関す る法律→国金法 地方税法→地法 租税特別措置法→措法 国税通則法→国通法 国税徴収法→国徴法 住民基本台帳法→住基法 地方自治法→地自法 公職選挙法→公選法 農地法→農法 最高裁判所→最高裁 高等裁判所→高裁 2 (522) 地方裁判所→地裁 大法廷判決→大判決 (大 審 院 又 は 最 高 裁 判 所 )民 事 判 例 集 → 民 集 (大 審 院 又 は 最 高 裁 判 所 )刑 事 判 例 集 → 刑 集 高等裁判所民事判例集→高民集 最高裁判所裁判集民事→裁判集民 大審院民事判決録→民録 3 (523) はじめに 経済のグローバル化に伴い、事業形態の変化は、法人による一層の海外進出 や、より低い法人税率国への移動を促進させている。 また、近年では、法人だけではなく、ビジネススタイル等の変化は、個人に よる国境を越えた移動、活動に著しい変化をもたらした。特定の住所を持たな い所謂「永遠の旅人」等の出現、また、富裕層による海外投資や保有資産の海 外移動も珍しいものではなくなった。 このような状況下、我が国では近年の税制改正において納税義務者の範囲の 見直しや、国外財産調書制度の創設等、適正な課税や徴収の確保を図ろうと努 めている。 と こ ろ で 、課 税 さ れ る 者 、所 謂「 納 税 義 務 者 」と は 「租 税 法 律 関 係 に お い て 租 税 債 務 を 負 担 す る 者 」と さ れ 、課 税 物 件 、帰 属 、課 税 標 準 及 び 税 率 と 共 に 、課 税 要件を構成している。 また、納税義務の有無や範囲を確定させる判定要素にはいくつかあるが、そ の 主 な 要 素 と し て「 住 所 」が 挙 げ ら れ る 。特 に 所 得 税 法 、相 続 税 法 1 に お い て は 、 「住所」は我が国の課税管轄権の範囲を画する重要な基準でもあることからそ の果たす役割は大きい。 で は 、租 税 法 で の「 住 所 」の 取 扱 い は 如 何 な っ て い る か と い え ば 、 「 住 所 」の 定義は特に規定されていない。現行法では、納税義務の有無、課税管轄権の範 囲及び課税方法を定める上で最も重要な考慮要素を構成しているにもかかわら ず 、 民 法 か ら の 借 用 概 念 2で あ る 「 生 活 の 本 拠 」 を 指 す と さ れ る に と ど ま る 。 今後もビジネススタイル等の多様化による居住性の有無の判定が一層困難を 極めるであろうことが容易に想像できるだけでなく、一度課税するタイミング を失えば、永久に課税する機会が失われることもあることからも、その判定基 準には法的安定性、明確性が求められる。 そこで、本稿では、所得税法における納税義務者の適格要件の最重要判定要 所 得 税 法 で は 平 成 18 年 度 税 制 改 正 で 非 永 住 者 該 当 要 件 に 、相 続 税 法 で は 平 成 15 年度税制改正で非居住無制限納税義務者該当要件に新たに国籍や過去の居住歴が 加わった。詳細は第 1 章第 1 節及び 2 節を参照 2 租 税 法 規 に お い て 用 い ら れ て い る 概 念 を 、他 の 法 分 野 で 用 い ら れ て い な い 租 税 法 独自の概念と、すでに他の法分野で用いられている概念の 2 つに分け、前者を固 有概念と呼び、後者を借用概念と呼ぶ。詳細については第 3 章借用概念を参照 1 4 (524) 素である「住所」の解釈を通し、所得税法における納税義務の有無、課税範囲 について検討することを目的としたい。 な お 、 所 得 税 法 で は 、 「納 税 義 務 」の 章 の 中 に 規 定 さ れ て い る 納 税 義 務 を 有 す る者として、租税債権債務関係において租税債務を負担する者である納税義務 者 と 、 第 28 条 第 1 項 に 規 定 す る 給 与 等 の 支 払 い を す る 者 そ の 他 第 4 編 第 1 章 から第 6 章までに規定する支払いをする者である源泉徴収義務者の二者が存在 す る 3 。源 泉 徴 収 義 務 者 と は 、納 税 義 務 者 か ら 租 税 を 徴 収 し 、こ れ を 租 税 債 権 者 に 納 付 す る 2 つ の 義 務 が 複 合 的 に 組 み 合 わ さ っ た 者 で 、我 が 国 に お け る 確 実 な 徴税事務を円滑に進めるべく納税義務を便宜的に負っている者といえる。源泉 徴収義務者が我が国に住所を有するか否かは、源泉徴収義務者に対する納税義 務においては、その存否を直接左右するものとまでは言えない為、本稿におい て検討する納税義務者の範囲からは源泉徴収義務者を除く。 第 1章 納税義務者 課税とは財産の侵害である。故に、課税権が及ぶか否かに関する判定、すな わち納税義務の適格要件には当然ながら法的安定性、明確性が問われる。そも そも、納税義務者とは、本来の納税義務の主体であり、租税法律関係において 租税債務を負担する者をいう。上述のように納税義務者は課税要件の構成要素 の 1 つ で あ り 、課 税 管 轄 権 行 使 の 範 囲 の 分 岐 点 に な る の で あ る か ら 特 に 重 要 な 意義を有する。 まずは現行での所得税法における納税義務者と課税範囲について、次に、所 得税法と同じく住所を課税管轄権の範囲を画する重要な基準として位置づけて いる相続税法について概観する。 第 1節 所得税法における納税義務者 所得税は国税収入の中で最も多いことから我が国の税制の中心を成しており、 3 源 泉 徴 収 義 務 者 を 納 税 義 務 者 に 準 ず る 扱 い を し て い る の は 、所 得 税 法 だ け で は な い こ と に 留 意 。 租 税 債 権 債 務 関 係 に つ い て 規 定 し て い る 国 通 法 ( 2 条 5) 及 び 国 徴 法 ( 2 条 6) に お い て は 、 源 泉 徴 収 に 係 る 国 税 に つ い て は 、「 源 泉 納 税 義 務 者 」 で は な く「 源 泉 徴 収 義 務 者 」を 「納 税 者 」の 定 義 の 中 に 含 め て い る 。な お 、源 泉 徴 収 制 度における住所等の有無がもたらす影響については第 2 章源泉徴収義務による税 負担を参照。 5 (525) 所得税法における納税義務者か否かの問題は基幹的税収を左右する大きな問題 と い え る 4。 我 が 国 で は 所 得 を 10 種 類 に 分 類 し 、 担 税 力 の 違 い 等 の 見 地 よ り そ れ ぞ れ の 所得の種類毎に税額計算や課税方法を異にしているが、当然ながら納税義務者 の適格要件自体は全て同じ定義である。 所 得 税 法 で は 納 税 義 務 者 を ま ず 個 人 、法 人 に 区 分 し て 納 税 義 務 を 定 め て い る 。 そして、個人は、我が国における住所等の有無、居住期間等我が国との地縁関 係 の 濃 淡 に 応 じ て 5 居 住 者( 更 に 、非 永 住 者 及 び 非 永 住 者 以 外 の 居 住 者 に 区 分 さ れ る 。)及 び 非 居 住 者 に 区 分 し 、そ の 課 税 所 得 の 範 囲 は 、無 制 限 納 税 義 務 者 と 制 限納税義務者とに区分することができる。無制限納税義務者とは、我が国に住 所又は居所を有するため、いわば人的に我が国の課税権に服し、国内に源泉が あるか国外に源泉があるかを問わず、それに帰属する課税物件の全てについて 納税義務を負う者をいい(居住者のうち非永住者(2 条 1 項 4 号)は国内源泉 所 得 の 他 、国 内 に お い て 支 払 わ れ 、又 は 国 外 か ら 送 金 さ れ た 所 得 )、制 限 納 税 義 務者というのは、我が国に住所又は居所はないが、財産や事業を有するため、 その限度でいわば物的に我が国の課税権に服し、国内に源泉のある課税物件に つ い て の み 納 税 義 務 を 負 う 者 を い う 6。 このように両者には納税義務の範囲に大きな差異がみられ、住所等及び居住 期間等の判定要素が我が国の税収を大きく左右する重要要素であることがわか る。 納税義務者を無制限納税義務者と制限納税義務者とに区分することは、各国 の 税 制 に 共 通 し て お り 、 戦 後 ( 昭 和 29 年 )、 我 が 国 の 所 得 税 法 が 採 用 し た 居 住 者 ( resident)、 非 居 住 者 ( nonresident) と い う 用 語 も 、 広 く 租 税 条 約 で 採 用 され、今日では、各国の税法を通ずる普遍的な概念となっている(もちろん、 平 成 24 年 度 で み て み る と 、 我 が 国 の 国 税 収 入 約 452,830 億 円 中 、 所 得 税 は 134,910 億 円 と 約 30% を 占 め 、 消 費 税 の 導 入 に よ り そ の 割 合 は 低 下 し つ つ あ る も の の 、 最 も 多 い 。 参 考 と し て 財 務 総 合 政 策 研 究 所 財 政 金 融 統 計 月 報 722 号 に お け る 「 国 税 の 税 目 別 収 入 の 累 年 比 較 」 HP: http://www.mof.go.jp/pri/publication/zaikin_geppo/hyou/g722/722.htm( 平 成 24 年 12 月 25 日 閲 覧 ) 5 植松守雄『五訂版 注 解 所 得 税 法 』 大 蔵 財 務 協 会 ( 2011) 2 頁 4 6 金 子 宏 『 租 税 法 第 16 版 』 弘 文 堂 ( 2011) 140 頁 6 (526) 税法上の用語や居住者、非居住者の定義、非居住者の課税所得の範囲などは国 に よ っ て 異 な っ て い る 。) 7 。 我が国だけではなく、各国の税法にまで影響を及ぼしている納税義務者の区 分、すなわち居住者、非居住者等の区分及び課税所得の範囲は如何規定されて いるのだろうか。現行法の取扱いを以下に確認する。 第 1項 居住者と非居住者 所得税法では、まず居住者について定義している。居住者とは、国内に住所 を 有 し 、 又 は 現 在 ま で 引 き 続 い て 1 年 以 上 居 所 を 有 す る 個 人 を い い( 所 法 2 条 3)、 所 得 の 源 泉 地 を 問 わ ず 全 て の 所 得 が 課 税 対 象 と な る (所 法 5 条 、 7 条 1)。 他 方 、 非 居 住 者 と は 居 住 者 以 外 の 個 人 ( 所 法 2 条 5) を 指 す 。 す な わ ち 、 国 内 に 住 所 を 有 し て お ら ず 、現 在 に 至 る ま で 引 き 続 い て 1 年 未 満 の 居 所 を 有 し て い る 個 人 と な り 、国 内 源 泉 所 得 の み が 課 税 対 象 と な る (所 法 5 条 ② 、7 条 3)。非 居住者は、我が国における支店、工場等の有無やその取得する所得の種類に応 じて総合課税又は源泉徴収のみの分離課税が行われ、また所得控除や税額控除 の 制 限 が あ る ( 所 法 161~ 165 条 、 169~ 173 条 )。 な お 、 我 が 国 は 多 く の 国 と の間で租税条約を締結しており、各租税条約において、条約相手国の「居住者 とされる者」の所得に対する課税要件、源泉徴収税額の減免等が定められてお り 、 そ れ ら の 条 約 の 定 め は 、 国 内 法 の 規 定 に 優 先 適 用 さ れ る 8。 また、外国で勤務する国家公務員等は、日本国籍を有しない者や現に国外に 居住しその地に永住すると認められる者を除き、国内に住所を有しない期間に つ い て も 、 国 内 に 住 所 を 有 す る も の と み な さ れ ( 所 法 3 条 )、 所 得 税 法 の 規 定 ( 10 条( 障 害 者 等 の 少 額 預 金 の 利 子 所 得 等 の 非 課 税 )、15 条( 納 税 地 )及 び 16 条(納税地の特例)を除く)を適用する。これは、国際慣行上、外国の公務員 に対して所得税を免除扱いしている国があり、その場合には公務員の課税がお こ な わ れ な く な っ て し ま う こ と に 配 慮 し た も の で あ る 9。 植 松 守 雄 前 掲 『 五 訂 版 注 解 所 得 税 法 』 23~ 24 頁 植松守雄前掲『五訂版 注解 所得税法』8 頁 9 永峰潤『国際課税の理論と実務 第 1 巻 [改 訂 版 ]非 居 住 者 ・ 非 永 住 者 課 税 』 税 務 経 理 協 会 (2009)22 頁 。 た だ し 、 国 家 公 務 員 等 で あ っ て も 日 本 国 籍 を 有 し な い 者 及 び 日 本 国 籍 を 有 す る 者 で 、現 に 国 外 に 居 住 し 、か つ そ の 地 に 永 住 す る と 認 め ら れ る 7 8 7 (527) 居住者は更に永住者、非永住者と区分される。 第 2項 永住者と非永住者 所得税法上、居住者に対する課税範囲は原則として、全世界所得を対象とす ることは上述したが、これには重要な例外が設けられている。すなわち、居住 者のうち、非永住者については、課税所得の範囲が限定されているのである。 非 永 住 者 と は 、 居 住 者 の う ち 、 日 本 の 国 籍 を 有 し て お ら ず 、 か つ 過 去 10 年 以内において国内に住所又は居所を有していた期間の合計が 5 年以下である個 人 ( 所 法 2 条 4) を 言 う 。 こ の 制 度 は 、 我 が 国 に お け る 居 住 期 間 が 比 較 的 短 い 者に対して講じられた措置であり、課税所得の範囲を居住者より縮小している のが特徴である。具体的には国内源泉所得の他、国内において支払われ、又は 国外から送金された所得が課税所得となる。換言すれば、非永住者に該当すれ ば、国外源泉所得で国外において支払われ、かつ国外から送金されないものは 我が国では課税対象外となるため、永住者に比し有利な規定といえよう。 非永住者制度は、戦後の占領政策により居住外国人の非円通貨所得に対して 我 が 国 で は 課 税 さ れ て い な か っ た も の が 、 昭 和 25 年 に そ の 課 税 権 が 復 活 し た 際に課税優遇措置として導入されたものがその原型であるといえる。そして昭 和 32 年 の 改 正 に よ り 、 居 住 者 の う ち 国 内 に 現 に 住 所 が な く 過 去 1 年 以 上 5 年 以下の期間居所又は住所を有する者を非永住者として一般の居住者と区分し、 国内に源泉のある所得の全部及びその他の所得で国内において支払われ又はそ の国外から送金されたものに対し課税する非永住者制度が恒久的な制度として 創 設 さ れ た 。 そ の 後 、 昭 和 37 年 に は 、 非 永 住 者 の 定 義 を 「 現 に 住 所 が な い 者 」 で な く 「 国 内 に 永 住 す る 意 思 が な い 者 」 と す る こ と と さ れ た 10の で あ る が 、 非 永 住 者 制 度 の 趣 旨 を 逸 脱 し て 適 用 を 受 け て い る 者 が 見 受 け ら れ る 11と し て 、 平 も の に つ い て は 、 適 用 除 外 と さ れ て い る ( 所 令 13 条 )。 10 緒 方 健 太 郎 ・ 山 田 彰 宏 「 国 際 課 税 関 係 の 改 正 」 『 平 成 18 年 度 税 制 改 正 の 解 説 』 財 務 省 広 報 フ ァ イ ナ ン ス 別 冊 HP: http://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2006/f1808betu.pdf 452 頁 ( 平 成 24 年 12 月 25 日 閲 覧 ) 11 例として下記のような事例が挙げられるとしている。 ( イ )外 資 系 企 業 に 就 職 し た 者( 日 本 国 籍 )が 、国 外 で 数 年 間 勤 務 し た 後 、日 本 企 8 (528) 成 18 年 度 税 制 改 正 に お い て 、 国 籍 や 過 去 の 居 住 歴 を 納 税 義 務 者 の 範 囲 決 定 に 重 要 な 要 素 と し て 加 え る こ と と し 、 現 在 に 至 っ て い る 12。 非 永 住 者 制 度 に つ い て は 賛 否 両 論 が あ り 、小 松 教 授 は「 課 税 上 の 真 空 地 帯( 抜 け穴)が醸成される」ことや「アメリカなどの一部の国は従来 1 年以上居住す れ ば 無 制 限 納 税 義 務 を 追 及 し て い た の を 最 近 183 日 基 準 に 改 め 、む し ろ 課 税 の 強 化 を 図 っ て い る の で あ っ て 課 税 特 例 を 設 け る よ う な こ と は し て い な い 13」 と 業 に 転 職 し 、日 本 の 自 宅 か ら 通 勤 し て い る よ う な 場 合 で も 、永 住 の 意 思 が な い と し て適用を受けている事例 ( ロ ) 外 資 系 金 融 機 関 の 日 本 支 店 に 勤 め る 者 が 、 平 成 9 年 に 来 日 し た 後 、 平 成 13 年 ま で 非 永 住 者 と し て 申 告 し て い た が 、平 成 14 年 の 途 中 に い っ た ん ア メ リ カ に 帰 国 し た 後 、 平 成 15 年 に 再 度 来 日 し 、 平 成 15 年 か ら あ ら た め て 非 永 住 者 制 度 の 適 用を受け始めている事例 緒 方 健 太 郎 ・ 山 田 彰 宏 前 掲「 国 際 課 税 関 係 の 改 正 」450~ 453 頁 に よ れ ば 、国 籍 や過去の居住歴について以下の記述がある。 12 「 日 本 の 国 籍 を 有 し て い な い 者 を 対 象 と し た の は 、上 記 の 事 例( 脚 注 11( イ ))の 問 題 点 は 制 度 の 適 用 が そ の 者 の 意 思 に よ っ て 左 右 さ れ る こ と で あ り 、本 人 の 意 思 と い っ た 主 観 的 な も の を 判 定 基 準 と す る の で な く 、な ん ら か の 客 観 的 な 基 準 を 設 け る こ と に よ っ て 前 述 の よ う な 問 題 点 が 解 決 さ れ る こ と 、そ し て 日 本 の 国 籍 を 有 す る こ とにより受けることができる便益等を考慮すれば、その課税所得の範囲について、 非永住者以外の居住者として課税されている者とあえて差異を設ける必要はない と考えられたことによるものである。 ま た 、 過 去 10 年 以 内 の 居 住 期 間 の 合 計 が 5 年 以 下 で あ る 者 を 対 象 と し た の は 、 過 去 に 一 定 以 上 の 居 住 期 間 が あ れ ば 、そ の 者 に つ い て は 非 永 住 者 制 度 の 適 用 を 全 く 認 め な い と す る こ と も 考 え ら れ る と こ ろ で は あ る が 、そ れ ま で の 国 内 の 居 住 履 歴 を 全 て 要 件 と し た の で は 、そ の 管 理 が 本 人 に と っ て も 税 務 当 局 に と っ て も 容 易 で な い こ と 等 か ら 、今 回( 平 成 18 年 度 )の 改 正 に お い て は 、過 去 10 年 を 区 切 り と し て 、 現 行 と 同 様 に 5 年 間 は 非 永 住 者 制 度 の 適 用 を 認 め る こ と と し 、 そ の う え で 過 去 10 年以内の居住期間が 5 年を超える者については非永住者制度の適用を認めないこ と と さ れ た 。」 小 松 芳 明 『 国 際 課 税 の あ り 方 』 有 斐 閣 ( 1987) 20 頁 、 な お 、 辻 教 授 も 「 非 永 住 者 制 度 は そ の 存 在 意 義 を 失 っ て い る … か え っ て 税 務 執 行 を 複 雑 に し 、正 確 な 課 税 所 13 9 (529) 述べ、非永住者制度の廃止を訴えられている。また、増井教授は、非永住者制 度がその対象を外国人と想定したうえで、所謂外国人課税の問題として論じら れてきたことに触れ、 「 国 境 を 越 え て 移 動 す る 者 の 数 は 、着 実 に 増 え て い る 。日 本国籍を有しつつ、日本に永住しない者も、出現している。また、日本人・外 国人を問わず、永住という概念がおよそなじまないような個人も現れている。 このような趨勢が続けば、非永住者という類型を設けること自体、反省を迫ら れ よ う 。」と 述 べ ら れ 、非 永 住 者 制 度 の 存 在 意 義 に つ い て は 、居 住 地 主 義 に 基 づ く課税原則の観点からは必ずしも合理的ではなく、むしろ駐在員の訪日を促進 す る た め の 使 い や す い 誘 因 措 置 に 組 み 替 え る べ き 旨 を 論 じ て お ら れ る 14。 一方、宮武氏は「企業の国際的活動が盛んになってくると国外に駐在する従 業 員 は か な り の 数 に の ぼ 」り 、 「居住者になった途端に母国における所得にも全 面的に課税されることは、日本のように高税率の国に一定期間のみ駐在する者 に と っ て 過 酷 で あ る 」し 、 「絶えず入れ替わる一定期間駐在者の国外所得を追い か け る 税 制 は 必 ず し も 賢 明 な 制 度 と は 思 わ れ な い 1 5 。」む し ろ 現 行 制 度 の 方 が 実 践 的 で あ り 、 国 際 化 の 観 点 か ら も 再 評 価 す べ き で あ る と 述 べ ら れ て い る 16。 こ のように、非永住者制度についてはその適用に関し、いまだ意見の分かれると ころである。 次に、永住者についてであるが、永住者とは非永住者以外の居住者をいう。 すなわち、居住者のうち、日本の国籍を有している者や、日本の国籍は有して は い な い が 、 過 去 10 年 以 内 に お い て 国 内 に 住 所 又 は 居 所 を 有 し て い た 期 間 の 合計が 5 年以上である個人を指す。課税範囲については、所得の源泉地を 問わ ず全ての所得が課税対象となる。 得 の 把 握 を 困 難 に し て い る 」(「 非 永 住 者 課 税 制 度 に 関 す る 一 史 的 考 察 」 税 経 通 信 59(6)( 2004) 24 頁 ) と 述 べ ら れ て い る 。 1 4 増 井 良 啓 「 非 永 住 者 制 度 の 存 在 意 義 」 ジ ュ リ ス ト 1128( 1998) 113 頁 15 宮 武 敏 夫 「 非 居 住 者 、非 永 住 者 及 び 外 国 法 人 の 課 税 問 題 」国 際 税 務 15( 10) ( 1995) 27 頁 1 6 木 村 直 人 「 居 住 者 ・ 非 居 住 者 の 課 税 上 の 問 題 点 」 税 大 ジ ャ ー ナ ル 7( 2008) で は 非 永 住 者 制 度 の 意 義 、沿 革 、こ の 制 度 に 関 す る 学 者 の 見 解 等 を 紹 介 し 、本 稿 も 参 考 と し た 。こ の 他 、非 永 住 者 制 度 に つ い て の 参 考 資 料 と し て 、望 月 文 夫「 一 問 一 答・ す ぐ 効 く 国 際 税 務 の 救 急 箱 (12)非 永 住 者 の 定 義 と こ れ に 対 す る 課 税 」 国 際 税 務 27 ( 12)( 2007) 11~ 12 頁 、 石 塚 洋 一 「 実 務 解 説 非 永 住 者 制 度 の 改 正 と 実 務 対 応 」 税 務 弘 報 54( 6)( 2006) 60~ 65 頁 。 10 (530) 個人納税者の区分と課税所得の範囲 納税者の区分 居住者 非永住者 非居住者 課税所得の範囲 ○ 国内に住所を有する個人 ○ 現在まで引き続き1年以上居所を有する個人 ○ すべての所得(全世界所得) ○ 国内源泉所得 ○ 日本の国籍を有しておらず、かつ、過去10年以 内において国内に住所又は居所を有していた期 ○ 国外源泉所得(国内払い・国内 間の合計が5年以下である個人 送金分に限る) ○ 居住者以外の個人 第 3項 ○ 国内源泉所得のみ 17 居住者と推定される者 上記の規定だけではなく、所得税施行令では、職業や配偶者の有無等により 住 所 を 有 す る 者 、若 し く は 住 所 を 有 し な い 者 と 推 定 す る 規 定 を 別 途 設 け て い る 。 ( 1) 住 所 を 有 す る 者 と 推 定 す る 場 合 国内に居住することとなった個人が次の各号のいずれかに該当する場合に は 、 そ の 者 は 国 内 に 住 所 を 有 す る 者 と 推 定 す る と す る ( 所 令 14 条 ) 1 8 。 (イ)その者が国内において、継続して 1 年以上居住することを通常必要 と する職業を有すること。 (ロ)その者が日本の国籍を有し、かつその者が国内において生計を一にす る配偶者その他の親族を有することその他国内におけるその者の職業及び 資 産 の 有 無 等 の 状 況 に 照 ら し 、そ の 者 が 国 内 に お い て 継 続 し て 1 年 以 上 居 住するものと推測するに足りる事実があること。 ( 2) 国 内 に 住 所 を 有 し な い 者 と 推 定 す る 場 合 国外に居住することとなった個人が次の各号のいずれかに該当する場合に は 、 そ の 者 は 国 内 に 住 所 を 有 し な い 者 と 推 定 す る と す る ( 所 令 15 条 ) 1 9 。 (イ)その者が国外において、継続して 1 年以上居住することを通常必要 と 17 緒 方 健 太 郎 ・ 山 田 彰 宏 前 掲 「 国 際 課 税 関 係 の 改 正 」 453 頁 18 ま た 、所 令 14 条 2 で は 、前 項 の 規 定 に よ り 国 内 に 住 所 を 有 す る 者 と 推 定 さ れ る 個人と生計を一にする配偶者その他その者の扶養する親族が国内に居住する場合 には、これらの者も国内に住所を有する者と推定するとしている。 19 ま た 所 令 15 条 2 で は 、前 項 の 規 定 に よ り 国 内 に 住 所 を 有 し な い 者 と 推 定 さ れ る 個人と生計を一にする配偶者その他その者の扶養する親族が国外に居住する場合 には、これらの者も国内に住所を有しない者と推定するとしている。 11 (531) する職業を有すること。 (ロ)その者が外国の国籍を有し又は外国の法令によりその外国に永住する 許可を受けており、かつその者が国内において生計を一にする配偶者その 他の親族を有しないことその他国内におけるその者の職業及び資産の有無 等の状況に照らし、その者が再び国内に帰り、主として国内に居住するも のと推測するに足りる事実がないこと。 これら居住者・非居住者の推定規定を考察すると、1 年以上の居住性、国内 における職業要件、生計を一にする配偶者等や資産の有無は、その土地に深い 地縁を有するか否か、その土地がその者にとって生活の本拠であるか否かを考 慮する上で大変有効であり、恒常的な居住性の認定基準としては重要な役割を 果 た す と 思 わ れ る 20。 第 2節 相続税法における納税義務者 次に、所得税法における納税義務者と比較するため、相続税における納税義 務者について概観する。相続税法においても、所得税法と同様に納税義務者の 適格要件で住所が重要な考慮要素となっている。 相続税 に は 2 つ の類 型があ り 、第 1 の 類型 は、遺産 税 と呼ば れ 、人が死 亡し た場合にその遺産を対象として課税する制度であり、生存中に蓄積した富の一 部を死亡にあたって社会に還元すべきという考え方に基づく。第 2 の類型は、 遺産取得税と呼ばれ、人が相続によって取得した財産を対象として課税する制 度であり、偶然の理由による富の増加を抑制することを目的としており、実質 的 に は 所 得 税 の 補 完 税 で あ る 。 我 が 国 の 相 続 税 は 明 治 38 年 に 採 用 さ れ た 当 初 は 遺 産 税 の 体 系 を 用 い て き た が 、 昭 和 25 年 の シ ャ ウ プ 税 制 以 来 、 遺 産 取 得 税 の 体 系 に 移 行 し て 現 在 に 至 っ て い る 21。 相続税は、上述の様に現在では、基本的に相続・遺贈といった無償の財産の 移転に担税力を見出して課税する租税である一方、相続によって財産を取得す る主体は、相続の本質からいって自然人である個人に限られることとなる。こ 20 期間的要素と職業的要素は「住所」の存在を推定する重要な要素であるとして 占 部 裕 典「 租 税 法 に お け る「 住 所 」の 意 義 と そ の 判 断 基 準 ・ 考 慮 要 素 」同 志 社 法 学 60( 1)( 2008) 47 頁 参 考 2 1 金 子 宏 前 掲 『 租 税 法 第 16 版 』 503~ 504 頁 参 考 12 (532) うしたことから、我が国の相続税・贈与税は、財産の取得者である個人に納税 義 務 を 課 す こ と を 基 本 と し て い る 22。 相続税法は、所得税法と同様に課税管轄権の範囲を画する主な判定要素に住 所を採用しており、これによって納税義務区分が変わる。すなわち、財産取得 時に日本国内に住所を有している場合は、無制限納税義務者として相続又は遺 贈 に よ り 取 得 し た 財 産 の 全 て に つ き 納 税 義 務 を 負 う( 相 法 1 条 の 3① 1、2 条 )。 反対に、財産取得時に日本国内に住所を有していない場合には、制限納税義 務者となり、相続又は遺贈により取得した財産で日本国内にあるものについて の み 納 税 義 務 を 負 う こ と と な る ( 相 法 1 条 の 3① 3、 2 条 2)。 ただし、相続又は遺贈により国外にある財産を取得した者が、取得時には日 本国内に住所を有していなくても、日本国籍を有し、かつその財産の取得者又 は 被 相 続 人 が 、相 続 の 開 始 前 5 年 以 内 に 日 本 国 内 に 住 所 を 有 し た こ と が あ る 場 合 に は 、取 得 し た 財 産 の 全 て に つ い て 納 税 義 務 を 負 う( 相 法 1 条 の 3① 2、2 条 )。 これは、相続税法独自の規定である。所得税法にも無制限納税義務者の規定が あるが、国籍や過去の居住歴を考慮することはない。 これに関しては、国境を越えた人や財産の移動の活発化に伴い、我が国と外 国との間での相続税・贈与税の課税方法や課税対象の違いを利用し、相続発生 の直前に財産を国外に移転して国外に住所を有する子供に相続させることや、 子供が国外に住所を移した直後に国外へ財産を移転してその国外財産をその子 供へ贈与することによって、相続税・贈与税を回避するといった手法が一般に 紹介され、実際にこのような租税回避事例が横行したことによる。 中 で も 争 額 の 規 模 や 報 道 の 過 熱 に よ り 注 目 さ れ た の が 武 富 士 事 件 23で あ り 、 当 時 係 争 中 で あ っ た に も か か わ ら ず 、第 2 の 武 富 士 事 件 を 引 き 起 こ さ せ ま い と 、 ま ず 平 成 12 年 に 租 税 特 別 措 置 法 の 改 正 で 設 け ら れ 、平 成 15 年 度 の 税 制 改 正 に おいて相続税法の中に移管し、 「 非 居 住 無 制 限 納 税 義 務 者 」の 類 型 を 新 設 す る 措 置 が 講 じ ら れ た も の で あ る 24。 宮 脇 義 男 「相 続 税・贈 与 税 の 納 税 義 務 者 制 度 に 関 す る 研 究 」税 大 論 叢( 69) ( 2011) 263 頁 23 詳 細 に つ い て は 第 3 章 第 3 節 第 3 項 を 参 照 。 2 4 金 子 宏 前 掲 『 租 税 法 第 16 版 』 504 頁 、 宮 脇 義 男 前 掲 「 相 続 税 ・ 贈 与 税 の 納 税 義 務 者 制 度 に 関 す る 研 究 」 264 頁 参 考 22 13 (533) 上記の税制改正では、住所判定については改正前と比し、変更箇所が特段み られないので、引き続き同様の解釈を予定しているものと思われる。そして、 新規に国籍や過去の居住歴を考慮することで無制限納税義務者の範囲を拡大し たことになり、法制定時に想定されていなかった個人移動の多様化による租税 回避の手段にある一定の法的手当てを行ったといえる。 と こ ろ で 、相 続 税 法 で は 相 続 税 と 贈 与 税 の 2 つ を 相 続 税 法 の 中 で 規 定 し て お り、相続税が人の死亡による財産の移転時に課税し、一方、贈与税は贈与によ る財産移転時に課税する等、課税のタイミングが違えども、どちらも無償の財 産取得に担税力を見出して課税するものである。その為、贈与税は相続税の補 完税(生前贈与により相続税の回避を封じることを目的)と呼ばれ、両者が密 接な関係にあることがうかがえる。これらは共通の規定も多く、納税義務者に つ い て も ほ ぼ 同 様 の 規 定 と な っ て い る ( 相 法 1 条 の 4)。 相続税・贈与税の納税義務者の範囲の概要図 相続人 受遺者 国 受贈者 被相続人 贈与者 (国籍を問わない) 国内に住所あり 国 内 に 住 所 な し 5 年 以 内 に 国 内に 住所 あり 5年を 超え て 国 内に 住所 なし 第 3節 国内に住所なし 内 日本国籍あり に 住 所 あ り 5 年 以 内 に5年 を 超 え て 国内 に 住所 あり 国 内 に住 所な し 居 住 無 制 限 納 税 義 務 者 納非 税居 義住 務無 者制 限 日本国籍なし 制 限 納 税 義 務 者 25 所得税法と相続税法の異同性について 現 行 法 を 概 観 し て み る と 、 所 得 税 法 と 相 続 税 法 で は 、( 1) 居 所 の 取 扱 い の 有 無 、( 2) 無 制 限 納 税 義 務 者 の 範 囲 の 判 定 要 素 に 若 干 の 差 異 が 生 じ て い る 状 況 で ある。 青 木 公 治 『 平 成 23 年 度 版 57 頁 25 図 解 相 続 税 ・ 贈 与 税 』( 財 ) 大 蔵 財 務 協 会 ( 2011) 14 (534) ( 1) 居 所 の 取 扱 い の 有 無 まず、居所についてであるが、所得税法では一定の居所を有する個人に住所 を有する個人と同様の法的効果を付与しているが、相続税法において居所の規 定 は 存 在 せ ず 、 納 税 義 務 者 に 関 す る 場 所 的 要 素 は 住 所 の み と な っ て い る 26。 客 観 説( 主 観 説・客 観 説 に つ い て は 借 用 概 念 の 章 を 参 照 )の 立 場 で 考 え れ ば 、 住所とは「生活の中心となる場所」であり、居所とは「住所と同様にその人の 生活の中心となる場所であるが、住所ほど確定的な関係を生じるに至らない場 所 27」 と い え る 。 ま た 、 主 観 説 の 立 場 で 考 え る と 、 住 所 は 永 続 的 定 住 の 意 思 が あ る の に 対 し 、 居 所 は 一 時 的 定 住 の 意 思 と な ろ う 28。 ( 2) 無 制 限 納 税 義 務 者 の 範 囲 の 相 違 次に無制限納税義務者の範囲の相違であるが、相続税法では、住所を考慮要 素としていることは以前と変わらないものの、所得税法ではみられない国籍と 過去の居住歴が納税義務者該当要件に加えられ、結果的に両者の納税義務者の 判定要素に差異が生じた。 こ れ ら 2 点 の 相 違 は 、所 得 税 法 と 相 続 税 法 の 性 質 の 差 と 両 税 の 関 係 が 原 因 と なっているといえる。これについて考えてみたい。 第 1 に、所得税は個人の所得に対し課される租税であり、所得にもそれぞ れ 担 税 力 の 違 い が あ る こ と か ら 公 平 な 税 負 担 の 配 慮 に よ り 性 質 に 応 じ て 10 種 類 に分類されている。これには、キャピタルゲインのような一時的・偶発的・恩 恵的利得と給与等のような反復的・継続的な利得とを含む包括的所得となって いる。 包 括 的 所 得 概 念 を 支 持 す る 理 由 と し て は 、 次 の 3 つ が 挙 げ ら れ て い る 29。 ①一時的・偶発的・恩恵的利得であっても、利得者の担税力を増加させるも 相 基 通 1 の 3、1 の 4 共 - 4 に は 、相 続 人 が 居 住 無 制 限 納 税 義 務 者 に 該 当 す る か どうかは、その者の住所の所在地のいかんで判定し、所得税のように 1 年以上法 施行地に居所を有する場合にも無制限納税義務者とされることはないと明記され ている。 2 7 我 妻 榮・有 泉 亨『 第 3 版 コ ン メ ン タ ー ル 民 法 総 則 』日 本 評 論 社( 2002)116 頁 28 三 木 義 一 他 『 実 務 家 の た め の 税 務 相 談 ( 民 法 編 ) 』 有 斐 閣 ( 2006) 3 頁 参 考 、 そ の他、占部裕典前掲「租税法における「住所」の意義とその判断基準・考慮要素」 30 頁 で は「「 居 所 」と は 客 観 説 に た て ば 、そ の 者 の 当 該 生 活 の 本 拠 と し て 、生 活 関 係 の 中 心 を な し て い る か 否 か と い う こ と に な ろ う 。」 2 9 金 子 宏 前 掲 『 租 税 法 第 16 版 』 174 頁 26 15 (535) のである限り、課税の対象とすることが、公平負担の要請に合致すること ②全ての利得を課税の対象とし、累進税率の適用のもとにおくことが、所得 税の再分配機能を高めること ③所得の範囲を広く構成することによって、所得税制度のもつ景気調整機能 が増大すること 所得税法では相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するものを非課税所 得 と し ( 所 法 9 条 ① 16)、 相 続 、 遺 贈 又 は 贈 与 に よ り 取 得 す る も の は 相 続 税 法 で課税されるようになっている。 包括的所得概念のもとでは、一時的・偶発的・恩恵的利得であっても、人の 担税力を増加させる経済的利得は全て所得を構成すると解されるから、相続人 の取得した遺産という経済的利得も同様に所得税の課税対象となるといえる。 だが、現行税制では、遺産による経済的利得は、通常の反復・継続的な所得 と異なり、一時に高額の所得が、流動性が低い財産という形で収得されるもの であるから、その特性に合った固有の控除や税率により課税する必要があるた め 、 相 続 税 と い う 種 類 の 租 税 を 設 け て い る 30。 第 2 に、相続税は、個人の相続に際して課税されるものであり、2 つの類型 がある。1 つは、英米系の国で採用されている相続財産そのものに課税する遺 産税方式であり、もう 1 つは、ヨーロッパ大陸諸国で採用されている、人が相 続 に よ っ て 取 得 し た 財 産 に 課 税 す る 遺 産 取 得 税 方 式 で あ る 31。 我 が 国 で は 、 当 初 遺 産 税 方 式 を 採 用 し て い た が 、シ ャ ウ プ 勧 告 に よ り 遺 産 取 得 税 方 式 と な っ た 。 前 頁 ( 1) で 取 り 上 げ た 居 所 の 取 扱 い の 有 無 に つ い て 検 討 す る と 、 所 得 税 法 及び相続税法は我が国との結びつきの強弱を念頭に納税義務者を定めていると いえる。相続税法は、長年にわたり蓄積された一時的・偶発的・恩恵的な所得 で比較的高額なものを相続というある一時点でもって 1 回限り課税するので、 居所という比較的緩やかな居住性でもって課税を行うことは適当でないと考え て い る 。一 方 、所 得 税 法 は 、包 括 的 所 得 概 念 を 採 用 し て い る と は い え 、反 復 的 ・ 継続的利得が多くを占める暦年課税であるから、居所のような比較的緩やかな 30 理 31 岩 崎 政 明 執 筆 / 水 野 正 一 編 「 相 続 税 を 巡 る 諸 問 題 」『 21 世 紀 を 支 え る 税 制 の 論 第 5 巻 資 産 課 税 の 理 論 と 課 題 [改 訂 版 ]』 税 務 経 理 協 会 ( 2005) 194 頁 参 考 金 子 宏 前 掲 『 租 税 法 第 16 版 』 503 頁 16 (536) 居住性であっても 1 年を超える我が国との一定の結びつきがあれば納税義務者 となりうると考えられる。 次 に 、前 頁( 2)の 無 制 限 納 税 義 務 者 の 範 囲 の 相 違 に つ い て 3 2 は 、所 得 税 が 暦 年 課 税 で あ る の に 対 し 、相 続 税 は 課 税 の 機 会 が 1 回 限 り で あ る と い う 課 税 方 法 の違いを前提に近年になって財産及び生活拠点の移動が容易になったという事 情に対応する為に考えられたものといえる。 所得税は暦年課税であるので、仮に課税漏れがあったとしても翌年以降にこ れを取り戻せる可能性があるため、納税義務の有無の判定要素を拡張し、国籍 や過去の居住歴まで考慮する必要性がないと思われる。これに対し、相続税は 課税のタイミングが相続開始時という一時点であるので、所得税のようにある 年の課税漏れを翌年以降に取り戻せる可能性はない。相続時に課税を逃せば永 遠に課税の機会を失う。無制限納税義務者として認定できなくても、制限納税 義務者として国内に所在する課税対象となる相続財産に課税することができれ ば良いのかもしれないが、昨今、資産の海外移転スキームの利用者が増え、課 税庁が把握し難い資産が増加していることから、一層課税の機会を逃す恐れが あろう。これでは我が国の本来あるべき税収が損なわれる結果となりかねない し、富裕層を中心としたスキーム利用者にだけ課税逃れができるならば、課税 の公平性の観点からも好ましくない。そのため、相続税法では無制限納税義務 者の範囲を従来の住所に加え、国籍、過去の居住歴まで考慮することで住所を 補完させ、範囲を拡大することで、このような相続税の負担を回避することに 対抗しようとしているものと考えられる。 立 法 者 も 、従 来 の 制 度 を 次 の よ う に 説 明 し て い る 。 「課税対象を決定する上で 基礎となる国と「人」とのつながりを財産の取得という一時点における相続人 等又は受贈者の住所のみで捉えるという考え方に基づくものであり、財産の国 外への移転がそれほど容易でなく、生活拠点を国外に移転させることも頻繁に は 行 わ れ な い と い う 状 況 の 下 で は 、 簡 素 と い う 点 で 優 れ た も の と い え た 」 33。 32 武富士事件係争中に立法化したため、かかる事案に対する応急処置的な色合い がないわけでもない。 33 中 村 信 行 他 執 筆 / ( 財 ) 大 蔵 財 務 協 会 編 「 租 税 特 別 措 置 法 等 ( 相 続 税 ・ 贈 与 税 関 係 ) の 改 正 」『 平 成 12 年 度 版 改 正 税 法 の す べ て 』( 財 ) 大 蔵 財 務 協 会 ( 2000) 372 頁 17 (537) また、改正理由としては「現在のような経済のグローバル化・ボーダレス化 等に伴い、国境を越えた「人」や「財産」の移動が活発化している中では、課 税の公平を確保し難い状況となってきた…また、我が国の相続税や贈与税の負 担を回避する…節税手法が一般に紹介され、税制に対する信頼を損ないかねな い状況も生じていた。…このような状況を踏まえ、経済のグローバル化等に対 応して引き続き課税の公平を確保し、あわせて、租税回避行為を防止するため …措置を講ずることとした。…なお、主要外国の制度をみても、相続人等又は 被相続人等の国籍や相続開始前等の一定期間における住所地の異動状況等も勘 案することとしている例が多い…このような諸外国の制度の現状も踏まえつつ、 納税義務の範囲を判定する際に国際的な基準の 1 つである自国籍の有無をも勘 案 す る よ う 措 置 す る こ と と し た 」 と 述 べ ら れ て い る 34。 所得税法と相続税法におけるこれらの相違は、税そのものの性質や課税方法 の相違がもたらすものであると本稿では位置づけたが、いずれにせよ、両法に おける納税義務者の判断基準の 1 つである「住所」という考慮要素の重要 性は 従 来 と 何 ら 変 わ ら な い 35。 第 2章 源泉徴収義務による税負担 我が国における納税義務を有する者には納税義務者と源泉徴収義務者の二者 が存在することは上述した通りである。納税義務者が源泉所得税を納付しない 場合には、徴収の確保の観点から、課税権者は源泉徴収義務者から所得税を徴 収 す る こ と が で き る こ と か ら( 所 法 221 条 )、 「源泉徴収義務者はある段階まで 34 中村信行他執筆/(財)大蔵財務協会編前掲「租税特別措置法等(相続税・贈 与 税 関 係 )の 改 正 」372 頁 。な お 、こ れ と は 別 に 、近 年 の 国 外 財 産 の 保 有 の 増 加 を 受 け 、所 得 税 や 相 続 税 の 課 税 漏 れ が 問 題 化 し て お り 、国 外 財 産 に 関 す る 課 税 の 適 正 化 が 喫 緊 の 課 題 で あ る こ と か ら 、 政 府 は 国 外 財 産 調 書 の 提 出 制 度 (そ の 年 の 12 月 31 日 に お い て 、 そ の 価 額 の 合 計 額 が 5,000 万 円 を 超 え る 国 外 財 産 を 有 す る 者 に 対 し、その財産の種類、数量及び価額その他必要な事項を記載した調書を翌年の 3 月 15 日 ま で に 所 轄 税 務 署 長 に 提 出 す る こ と を 義 務 付 け て い る 制 度 )を 創 設 し 、国 外 財 産 の 把 握 に 努 め て い る ( 国 金 法 5 条 ① )。 35 イ タ リ ア で も 、 イ タ リ ア 国 籍 保 有 者 で 低 税 率 国 へ 移 住 し た 者 は 、 そ の 者 が 実 際 に 課 税 上 も 当 該 国 の 居 住 者 で あ る こ と を 自 ら 証 明 し な い 限 り 、イ タ リ ア 国 内 居 住 者 と し て イ タ リ ア の 全 世 界 所 得 課 税 に 服 す る も の と 推 定 さ れ 、居 住 性 を 重 要 考 慮 要 素 と し て い る こ と が わ か る 。 詳 細 は ア ン ド レ ア ・ バ ラ ン チ ン / 松 原 有 里 ( 訳 )「 イ タ リ ア に お け る 国 際 的 租 税 回 避 の 対 応 策 ( 下 )」 税 務 弘 報 60( 12)( 2012) 153 頁 18 (538) 徴収機関的地位に立たされるが、ある段階をこえると納税者的地位に立たされ る 」 36者 と 言 え 、 こ の こ と か ら 、 所 得 税 法 で は 、 納 税 義 務 の 章 に 納 税 義 務 者 に 準ずる者として源泉徴収義務者を構成している。 このように、源泉徴収義務者は、納税義務を内容とする点においては、本来 の納税義務に類似するものの、第 1 の義務は徴収義務であって、租税負担は本 来の納税義務者から徴収できない場合に限られることから、その定義規定に住 所等の有無を問われることはない。 しかし、源泉徴収制度では、納税義務者の我が国における住所等の有無が課 税範囲等に差異をもたらすだけでなく、源泉徴収義務者の我が国における住所 等の有無もまた、課税方法等に差異をもたらしている。 本章では、まず、我が国における源泉徴収制度について概観し、次に納税義 務者及び源泉徴収義務者の我が国における住所の有無が及ぼす影響についてみ ていくこととする。 第 1節 源泉徴収制度と源泉徴収義務者 租税の徴収方法のうち、納税義務者以外の第三者に租税を徴収させ、これを 国 ま た は 地 方 団 体 に 納 付 さ せ る 方 法 を 徴 収 納 付 と い う 3 7 。所 得 税 の 源 泉 徴 収( 所 法 181 条 以 下 )や 住 民 税 そ の 他 の 地 方 税 の 特 別 徴 収( 地 法 321 条 の 3 以 下・328 条の 4 以下)等がこれにあたる。 我 が 国 の 源 泉 徴 収 制 度 は 、 明 治 32 年 の 所 得 税 法 改 正 で 導 入 さ れ 、 導 入 時 で は 、 公 社 債 の 利 子 に つ い て の み 適 用 38さ れ て い た 。 現 在 で は 給 与 、 利 子 、 配 当 等 の 一 定 の 所 得 39に 適 用 さ れ る 他 、 租 税 特 別 措 置 法 に お い て も 源 泉 徴 収 を 用 い 北 野 弘 久 『 税 法 学 原 論 第 6 版 』 青 林 書 院 ( 2007) 328 頁 金 子 宏 前 掲 『 租 税 法 第 16 版 』 758 頁 38 導 入 当 時 は 、 所 得 を 3 種 類 ( 第 1 種 「 法 人 所 得 」 、第 2 種「 公 社 債 の 利 子 」第 3 種「 300 円 以 上 の 個 人 所 得 」)に 分 類 し 、第 2 種 に 対 し て 低 い 税 率( 2% )で 源 泉 徴 収の方法で課税を行った。給与所得に対する源泉徴収制度が採用されたのは昭和 15 年 で あ る 。 39 現 在 源 泉 徴 収 の 対 象 と さ れ て い る 所 得 は 以 下 の 通 り で あ る 。 ①居住者 給 与 所 得 ( 183 条 以 下 )、 退 職 所 得 ( 199 条 以 下 )、 公 的 年 金 等 に 係 る 雑 所 得 ( 203 条 の 2 以 下 )、 利 子 所 得 ( 181 条 )、 配 当 所 得 ( 182 条 )、 所 得 税 法 204 条 1 項 に 定 め る 報 酬・料 金・契 約 金・賞 金・生 命 保 険 契 約 等 に 基 づ く 年 金・定 期 預 金 の 給 付 補 填 金 等 お よ び 匿 名 組 合 契 約 等 の 利 益 の 分 配 等 に 係 る 所 得( 204 条 、209 条 の 3、207 36 37 19 (539) る も の が あ り( 措 法 37 条 11 の 4、41 条 の 12 等 )、現 在 、所 得 税 収 入 の 内 、源 泉 徴 収 に よ る 徴 税 の 占 め る 割 合 が 80% 4 0 に も 上 る こ と か ら も 極 め て 広 範 か つ 強 力 で あ る と い え る 41。 さて、我が国における源泉徴収制度は、所得税法における徴収の確保の観点 からは、なくてはならないものであるが、国・地方公共団体等の課税権者、給 与等の支払者である源泉徴収義務者、給与所得者等の税を負担する納税義務者 の法主体からなる三者構造となっている。 源泉徴収制度では、国と受給者(本来の納税義務者)の間には法律関係が生 じず、源泉徴収義務者は、源泉徴収義務の対象となる所得や控除の複雑な計算 を強いられる上、不納付加算税の賦課や不納付犯としての刑罰も課される他、 過 大 ・ 過 小 徴 収 の 問 題 の 当 事 者 と さ れ て お り 42、 そ の 責 務 の 大 き さ は 看 過 し え ないものがある。この三者による複雑な構造は、若干の問題を抱えることがあ る。 例えば、源泉徴収制度は、源泉徴収義務者に自らの納税義務とは直接は関係 条 、 210 条 )、 源 泉 分 離 選 択 課 税 を 選 択 し た 場 合 の 上 場 株 式 等 に 係 る 譲 渡 所 得 等 ②非居住者 所 得 税 法 161 条 2 号 な い し 12 号 に 掲 げ る 国 内 源 泉 所 得 、源 泉 分 離 選 択 課 税 を 選 択 し た 場 合 の 上 場 株 式 等 に 係 る 譲 渡 所 得 等 ( 212 条 以 下 ) 4 0 源 泉 徴 収 の 内 、 給 与 所 得 に 対 す る 源 泉 徴 収 は 75% を 占 め 、 給 与 所 得 に 対 す る 源 泉 徴 収 義 務 者 の 数 だ け で も 3,620,660 人 も 存 在 す る こ と か ら 、源 泉 徴 収 義 務 制 度 は 所 得 税 の 執 行 上 、重 要 な 役 割 を 果 た し て い る だ け で な く 、源 泉 徴 収 義 務 者 の 責 務 が い か に 甚 大 か が わ か る 。詳 細 デ ー タ と し て 、財 務 総 合 政 策 研 究 所 前 掲 財 政 金 融 統 計 月 報 722 号 に お け る 「 源 泉 所 得 税 課 税 状 況 」 平 成 22 年 度 資 料 を 参 考 4 1 例 え ば 、イ ギ リ ス で は ITTOIA 2005 Part4( 貯 蓄 ・ 投 資 所 得 )の 内 、金 融 機 関 か ら の 利 子 所 得 分 と ITEPA 2003( 給 与 所 得 、 企 業 退 職 年 金 所 得 、 社 会 保 険 所 得 ) の み が 源 泉 徴 収 の 対 象 と な っ て い る ( PAYE、 NICs)。 な お 、 年 末 調 整 に つ い て は 、 支 払 者 が 給 与 の 支 払 の 都 度 、累 計 所 得 税 に つ い て 税 額 を 計 算 し て 過 不 足 を 調 整 す る 。 ア メ リ カ で は 、賃 金 所 得 に 源 泉 徴 収 制 度 が あ る が 、日 本 の よ う に 年 末 調 整 制 度 は な い 。ド イ ツ で は 、所 得 税 を 7 種 に 分 類 し 、そ の う ち 非 独 立 労 働 所 得 と 資 本 財 産 所 得 は 原 則 と し て 源 泉 徴 収 方 式 が 採 用 さ れ て い る 。フ ラ ン ス に 至 っ て は 源 泉 徴 収 制 度 自 体 は あ る も の の 、給 与 所 得 の 源 泉 徴 収 は 無 い 。詳 細 に つ い て は 岩 崎 政 明「 イ ギ リ ス の 源 泉 徴 収 制 度 ― PAYE 制 度 を 中 心 と し て ― 」 税 研 26( 2)( 2010) 55 頁 、 渡 辺 徹 也「 ア メ リ カ の 源 泉 徴 収 に 関 す る 制 度 」税 研 26( 2)( 2010)46 頁 、西 山 由 美「 ド イ ツ に お け る 源 泉 徴 収 制 度 ― 賃 金 税 徴 収 手 続 の 現 代 化 」 税 研 26( 2)( 2010) 59 頁 、 金 子 宏 「 わ が 国 の 所 得 税 と 源 泉 徴 収 制 度 ― そ の 意 義 と 沿 革 ― 」 日 税 研 論 集 15 ( 1991)、 財 務 省 「 主 要 国 の 給 与 に か か る 源 泉 徴 収 制 度 の 概 要 」 HP: http://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/income/058.htm( 平 成 24 年 12 月 20 日閲覧) 4 2 大 阪 高 裁 平 成 20 年 4 月 25 日 判 決 民 集 65( 1) 94 頁 20 (540) のない義務を負わせており、本来の納税義務者と全く関係のない第三者に徴 収 ・ 納 付 義 務 を 課 す こ と が 憲 法 14 条 違 反 で は な い か と い う 争 い ( 最 高 裁 昭 和 37 年 2 月 28 日 大 判 決 ) 4 3 か ら 、 近 時 で は 、 給 与 等 の 受 給 者 が 、 支 払 者 に よ り 誤って源泉徴収された場合、その誤った所得税を控除して確定申告をすること が で き る か 否 か の 争 い( 最 高 裁 平 成 4 年 2 月 18 日 判 決 )4 4 、破 産 管 財 人 が 破 産 者の従業員に対する退職手当等について源泉徴収義務があるか否かの争い(最 高 裁 平 成 23 年 1 月 14 日 判 決 ) 4 5 等 が あ り 、 源 泉 徴 収 の 対 象 と な る 所 得 の 範 囲 の拡大・縮小や、源泉徴収制度そのものの見直しを検討すべきという意見も多 い 46。 それでもなお、源泉徴収制度が存在し、所得税収の根幹となっているには、 その合理性を支えている要素があると考えられる。これを三者に分けて以下に 考えてみる。 まず、1 つは源泉徴収制度により、課税権者である国は低コストで徴収を確 保すること(収入が納税義務者によって申告されない可能性や申告されても税 額が納付されない危険性について未然に対処すること)ができ、我が国におけ る租税徴収の迅速、簡便かつ確実な確保に大いに貢献していることが考えられ る。 また、納税義務者側としては、申告納付の手続きの履践から解放される他、 43 納税義務者と全く無関係な第三者にこの義務を課すことは、憲法に違反すると い え よ う が 、徴 収 確 保 の 必 要 性 が 認 め ら れ 、徴 収 納 付 の 方 法 を 採 用 す る こ と が 不 合 理 で は な い と 認 め ら れ る 場 合 に 、納 税 義 務 者 と 特 別 の 関 係 が あ り 、租 税 の 徴 収 に つ き 便 宜 を 有 す る 者 に こ の 義 務 を 課 す こ と は 憲 法 14 条 に は 違 反 し な い と さ れ た ( 。刑 集 16( 2) 17 頁 ) 44 源 泉 徴 収 額 の 徴 収 ・ 納 付 に お け る 過 不 足 の 清 算 を 行 う こ と は 、 所 得 税 法 の 予 定 す る と こ ろ で は な く 、そ の よ う に 解 し て も 受 給 者 の 権 利 救 済 上 支 障 は 生 じ な い と し た 。( 民 集 46( 2) 77 頁 ) 45 破 産 管 財 人 は 、 自 ら の 報 酬 の 支 払 い の 際 に そ の 報 酬 に つ い て 所 得 税 の 徴 収 納 付 義 務 を 負 う が 、退 職 手 当 等 の 債 権 に 対 す る 配 当 の 際 に は 、源 泉 徴 収 者 と し て の 地 位 を 破 産 者 か ら 当 然 に 承 継 す る と 解 す べ き 根 拠 も な い た め 、源 泉 徴 収 義 務 は な い と し た 。( 判 例 時 報 ( 2105) 3 頁 ) 46 自 己 賦 課 の 理 念 が 軽 視 さ れ て い る と 言 わ ざ る を 得 ず 、 年 末 調 整 制 度 を 含 め 、 立 法 上 の 見 直 し を 検 討 す べ き と し て 今 村 隆「 徴 収 納 付 の 法 律 関 係 に 関 す る 諸 問 題 」税 研 26( 2) ( 2010)40 頁 、源 泉 徴 収 義 務 の 故 意 の 懈 怠 に つ い て 危 惧 し 、現 行 の 精 緻 な 制 度 を 離 れ て 納 税 者 に よ る 確 定 申 告 を 前 提 と し た 単 純 な 制 度 へ の 移 行 、あ る 一 定 の も の に 関 し て 源 泉 徴 収 免 除 等 制 度 の 合 理 化 を 図 る 必 要 性 と し て 佐 藤 英 明「 日 本 に お け る 源 泉 徴 収 制 度 」 税 研 26( 2)( 2010) 22 頁 等 21 (541) 納税資金を計画的に分割して確保することができ、一時に多額の税額の納付を 求 め ら れ な い と い う メ リ ッ ト も 享 受 し て い る と 言 え る 47。 源泉徴収義務者側からみれば、源泉徴収制度が、徴収確保を徹底する余り、 源泉徴収義務者に課している負担の大きさには看過しえないところがあるもの の、それでもなお、税収割合が我が国の基幹を成す所得税の徴収事務の一翼を 源泉徴収義務者に担わせているのには、税額が法令の定めるところに従って当 然 に 、 い わ ば 自 動 的 に 確 定 す る 48も の で あ る か ら だ ろ う 。 また、源泉徴収義務者には納税義務が課されるが、基本的には源泉徴収制度 の趣旨が歳入の確保、歳入の平準化、徴税事務の能率性及び便宜性等を考慮し て 設 け ら れ た も の 49で あ る こ と か ら 、 納 税 義 務 は 仮 に 納 税 義 務 者 か ら 徴 収 で き なかった場合の税収確保の側面からの二次的なものであり、あくまで支払った 給与等における所得税の徴収義務を第一に置いていると思われる。 源泉徴収制度は、本来、所得税の予納制度であり、徴税確保の便宜的手段に 過ぎない。 しかし、今日の制度は、社会のグローバル化により人的、物的にも国内外の 移動が容易となったことで、源泉徴収義務者、納税義務者ともに国内外に点在 しており、より複雑化、高度化しているのが現状である。 それでもなお、今日の租税制度に深く根を下ろしているのには、我が国の源 泉徴収制度が、この制度なくしては所得税収が成立しないほど広範であり、ま た、源泉徴収制度が精密かつ強力であって、それが迅速かつ確実な徴収の確保 に大いに役立っている利便性が重視されているからであろう。 第 2節 納税義務者の我が国における住所等の有無による範囲の差異 所得税の源泉徴収は、居住者、非居住者の納税義務者の区分ごとに源泉徴収 佐 藤 英 明 前 掲 「 日 本 に お け る 源 泉 徴 収 制 度 」 25 頁 参 考 、 最 高 裁 昭 和 37 年 2 月 28 日 大 判 決 刑 集 16( 2) 212 頁 「 給 与 所 得 に 対 す る 所 得 税 の 源 泉 徴 収 制 度 は 、 こ れ に よ っ て 国 側 は 税 収 を 確 保 し 、徴 税 手 続 を 簡 便 に し て そ の 費 用 と 労 力 と を 節 約 し 得 る の み な ら ず 、担 税 者 の 側 に お い て も 申 告 、納 付 等 に 関 す る 煩 雑 な 事 務 か ら 免 れ る こ と が で き る 。ま た 徴 収 義 務 者 に し て も 、給 与 の 支 払 い を な す 際 、所 得 税 を 天 引 き し そ の 翌 月 10 日 ま で に こ れ を 国 に 納 付 す れ ば よ い の で あ る か ら 、利 す る と こ ろ は 全 く な し と は い え な い 。」 4 8 最 高 裁 昭 和 45 年 12 月 24 日 判 決 判 例 時 報 ( 616) 28 頁 4 9 野 水 鶴 雄 『 平 成 23 年 度 版 基 本 所 得 税 法 』 税 務 経 理 協 会 ( 2011) 283 頁 47 22 (542) される所得の範囲及び源泉徴収方法が定められており、税率も一律ではない。 納税義務者が居住者である場合、納税義務者から源泉徴収できる範囲は、利 子 等 ( 所 法 181 条 )、 配 当 等 ( 所 法 181 条 ② )、 給 与 等 ( 所 法 183 条 )、 退 職 手 当 等 ( 所 法 199 条 )、 公 的 年 金 等 ( 所 法 203 条 の 2)、 報 酬 ・ 料 金 等 ( 所 法 204 条 )、 生 命 保 険 契 約 等 に 基 づ く 年 金( 所 法 207 条 )、 匿 名 組 合 契 約 等 に 基 づ く 利 益 の 分 配 ( 所 法 210 条 )、 定 期 積 金 の 給 付 補 て ん 金 ( 所 法 209 条 の 2) と 多 岐 に渡る。 これに対し、納税義務者が非居住者である場合には、納税義務者から源泉徴 収 で き る 範 囲 は 、組 合 契 約 事 業 利 益 の 配 分 、土 地 等 の 譲 渡 対 価 等 の 所 得 税 法 161 条 第 1 号 の 2 か ら 第 12 号 ま で ( 国 内 に 恒 久 的 施 設 を 有 し な い 非 居 住 者 の 場 合 は 、 所 得 税 法 161 条 第 1 号 の 3 か ら 第 12 号 ま で ) と 納 税 義 務 者 が 居 住 者 で あ る 場 合 よ り も 限 定 さ れ て い る ( 所 法 212 条 )。 源泉徴収税率についても、納税義務者が居住者である場合と非居住者である 場合には若干の差異がみられる。 第3節 非居住者の我が国における恒久的施設の有無等による課税方法の差異 また、納税義務者が非居住者の場合、我が国における恒久的施設の有無、そ の種類等に応じて課税方法を異にしており、下記のように分岐する。 ① 非 居 住 者 が 1 号 PE を 有 し て い る 場 合 例 え ば 、 非 居 住 者 が 支 店 や 工 場 等 の 1 号 PE を 有 す る 場 合 に は 、 全 て の 国 内 源 泉 所 得 を 総 合 し て 課 税 す る こ と な る ( 所 法 164 条 1)。 ② 非 居 住 者 が 2 号 PE、 3 号 PE を 有 し て い る 場 合 非 居 住 者 が 、1 年 を 超 え る 建 設 作 業 等 を 行 う( 2 号 PE)か 、一 定 の 要 件 を 備 え る 代 理 人 等 ( 3 号 PE) を 有 す る 場 合 、 所 得 税 法 161 条 第 1 号 か ら 第 3 号 ま で に 掲 げ る 国 内 源 泉 所 得 、 所 得 税 法 161 条 第 4 号 か ら 第 12 号 ま で に 掲 げ る国内源泉所得の内、国内事業に帰せられるものについては総合課税の対象 と な り 、 そ れ 以 外 に つ い て は 、 源 泉 分 離 課 税 の 対 象 と な る ( 所 法 164 条 2、 164 条 3、 169 条 )。 ③ 非 居 住 者 が 国 内 に PE を 有 し て い な い 場 合 非 居 住 者 が 我 が 国 に PE を 有 し て い な い 場 合 に は 、 所 得 税 法 161 条 第 1 号 及 23 (543) び 第 1 号 の 3 に 掲 げ る 国 内 源 泉 所 得 の 内 、資 産 の 運 用 若 し く は 保 有 又 は 国 内 にある不動産の譲渡により生ずるものその他政令で定めるもの、所得税法 161 条 第 2 号 及 び 第 3 号 に 掲 げ る 国 内 源 泉 所 得 に つ い て は 総 合 課 税 と な り 、 所 得 税 法 161 条 第 4 号 か ら 第 12 号 ま で に 掲 げ る 国 内 源 泉 所 得 に つ い て は 源 泉 分 離 課 税 の 対 象 と な る ( 所 法 164 条 4)。 なお、非居住者が有する所得が総合課税となる場合、課税される所得税の課税 標準及びその税額は、原則、居住者の計算方法を準用することとされているが ( 所 法 165 条 )、 所 得 控 除 は 居 住 者 の そ れ よ り も か な り 限 定 さ れ て い る ( 所 令 292 条 ) 5 0 。 第 4節 源泉徴収義務者の我が国における住所等の有無による影響 源 泉 徴 収 制 度 で は 、納 税 義 務 者 の 我 が 国 に お け る 住 所 等 の 有 無 だ け で は な く 、 源泉徴収義務者の我が国における住所等の有無が問題となる場合がある。 すなわち、源泉徴収義務者が非居住者に対し国外で国内源泉所得を支払う場 合 、源 泉 徴 収 義 務 者 が 国 内 に 住 所 等 を 有 し て い れ ば 、国 内 で の 支 払 と み な し て 、 源 泉 徴 収 を し な け れ ば な ら な い ( 所 法 212 条 ② ) 5 1 が 、 源 泉 徴 収 義 務 者 が 国 内 に住所等を有していない時には、源泉徴収義務自体がない。 ここで、源泉徴収義務者の我が国における住所等の有無及び非居住者の我が 国における恒久的施設の有無がもたらす影響を検証してみる。組合契約事業利 益の配分で比較してみると、源泉徴収義務者が国外で国内源泉所得を支払う場 合 、 源 泉 徴 収 義 務 者 が 、 我 が 国 に 住 所 等 を 有 し て い れ ば 、 20% の 源 泉 徴 収 税 率 が適用となるが、源泉徴収義務者が、我が国に住所等を有しない場合には、源 泉徴収義務自体がない。 50 居住者に適用される所得控除には、雑損控除、医療費控除、社会保険料控除、 小 規 模 企 業 共 済 等 掛 金 控 除 、生 命 保 険 料 控 除 、地 震 保 険 料 控 除 、寄 付 金 控 除 、障 害 者 控 除 、寡 婦( 寡 夫 )控 除 、勤 労 学 生 控 除 、配 偶 者 控 除 、配 偶 者 特 別 控 除 、扶 養 控 除 、基 礎 控 除 が あ る 。一 方 、非 居 住 者 に 適 用 さ れ る 所 得 控 除 に 関 し て は 、雑 損 控 除 ( 国 内 に あ る も の に つ い て 生 じ た 損 失 に 限 る )、寄 付 控 除 、基 礎 控 除 と な っ て い る 。 国 税 庁 HP: http://www.nta.go.jp/taxanswer/shotoku/1100.htm( 平 成 24 年 12 月 23 日 閲 覧 ) № 1100 所 得 控 除 の あ ら ま し を 参 考 51 源 泉 徴 収 義 務 者 が 非 居 住 者 に 対 し て 国 内 に お い て 国 内 源 泉 所 得 を 支 払 う 場 合 に は 納 付 期 限 が 翌 月 10 日 と さ れ る の に 対 し 、源 泉 徴 収 義 務 者 が 非 居 住 者 に 対 し て 国 外 で 国 内 源 泉 所 得 を 支 払 う 場 合 で 、源 泉 徴 収 義 務 者 が 住 所 等 を 国 内 に 有 す る 場 合 に は、納付期限は翌月末日に変更となることに留意。 24 (544) 次に、源泉徴収義務者が国内に住所等を有している場合、非居住者が我が国 に恒久的施設を有するか否かで更に分岐することとなり、非居住者等が我が国 に恒久的施設を有している場合には源泉徴収のうえ総合課税、我が国に恒久的 施設を有しない場合には非課税となる。 同じ所得であっても、源泉徴収義務者の住所等の有無、非居住者の我が国に おける恒久的施設の有無によって税率、課税方法共に異なることがわかる。 このように、源泉徴収制度では、納税義務者の国内における住所等の有無が 我が国の課税権の行使等に大きな影響をもたらす。また、源泉徴収義務者の住 所等の有無は、源泉徴収義務自体を課すか否かの基準の 1 つとなっている。 源泉徴収制度においても、住所を重視していることは変わらないが、納税に 関する判定要素に従来の住所、居所だけではなく、事務所、恒久施設等の有無 を 加 え る 等 、我 が 国 と の 結 び つ き を 測 る 範 囲 を 拡 大 し て い る こ と が う か が え る 。 25 (545) 居住者に対する源泉徴収の概要 源泉徴収の対象とされている所得の種類と範囲 1 利子 等 2 配当 等 3 給与 等 4 退職 手当等 5 公的 年金等 6 報 酬・科 金等 ①公社債及び預貯金の利子 ②合同運用信託、公社債投資信託及び公募公社債等 運用投資信託の収益の分配 ③勤労者財産形成貯蓄契約等に基づく保険契約等の 差益(所法23、181①、措法3①3の3①③、4の4①、 6②) ①上場株式等の配当等(②~④を除く。) ②公募証券投資信託の収益の分配(公社債投資信託 及び③を除く。) ③特定株式投資信託の収益の分配 ④特定投資法人の投資口の配当等(所法24、25、 181②) ⑤①~④以外の配当等 (所法24、25、181②) ⑥私募公社債等運用投資信託の収益の分配 ⑦特定目的信託(社債的受益権に限る。)の収益の 分配(所法24、181②) 税率 源泉分離・・・15% (所法182①1、措法3①、3 の3①③、4の4①、6②) 7%(軽減税率適用分) (措法9の3、平成23年改正 後の20改正法附33②) 20%(普通税率適用分) (所法182①2) 源泉分離・・・15% (措法8の2①④、8の3①) 給与所得の源泉徴収 俸給、給料、賃金、歳費、賞与その他これらの性質 税額表による(所法185、 を有する給与(所法28、183) 186) 「退職所得の受給に関する 申告書」有…①退職所得控 除 ①退職手当、一時恩給その他これらの性質を有する 後の2分の1に対して税率適 もの 用 ②社会保険制度等に基づく一時金など ②特定役員退職手当等に該 (所法30、31、199、措法29の6) 当する場合は、退職所得控 除後の全額に対して税率適 用(所法201①) 無…20%(所法201③) ①国民年金、厚生年金等 ②恩給(一時恩給を除く。)、過去の勤務に基づき 一定額を控除後5% 使用者から支給される年金 (所法203の3)(注1、2) ③確定給付企業年金 (所法35③、203の2)など 次に掲げる報酬・料金、契約金、賃金等(所法 204、措法41の20) (1)原稿料、デザイン料、講演料、放送謝金、工 業所有権の使用料等 (2)弁護士、公認会計士、税理士等の報酬・料金 (3)社会保険診療報酬支払基金から支払われる診 療報酬 (4)外交員、集金人、電力量計の検針人、プロ野 10%~20% 球の選手等の報酬・料金 (所法205) (5)芸能、ラジオ放送及びテレビジョン放送の出 ※それぞれ控除額が定めら 演、演出等の報酬・料金並びに芸能人の役務提供事 れているものもある 業を行う者が支払を受けるその役務の提供に関する 報酬・料金 (6)バー、キャバレーのホステス等の報酬・料金 (7)使用人を雇用するための支度金等の契約金 (8)事業の広告宣伝のための賞金及び馬主が受け る競馬の賞金 7 生命保険契約、損害保険契約等に基づく年金 (所法76⑥1~4、77②、207) 10%(掛金相当額控除後) (所法208) 8 匿名組合契約等に基づく利益の分配(所法210) 20%(所法211) 9 懸貴金付預貯金等の懸賞金等(措法41の9) 源泉分離・・・15%(措法 41の9) 10 金 融類似 商品 ①定期積金の給付補てん金 ②相互掛金の給付補てん金 ③抵当証券の利息 ④金貯蓄口座の利益 ⑤外貨建定期預金の為替差益 ⑥一時払養老保険等の差益 (所法209の2、174①3~8) 源泉分離・・・15% (措法41の10) 源泉分離・・・18%、 (16%) (措法41の 12) 7%(措法37の11の4、平成 12 特定口座内保管上場株式等の譲渡による所得等(措法37 21年改正後の20改正法附 の11の4) 52 45) 11 割引債の償還差益(措法41の12) 石 井 敏 彦 『 平 成 24 年 版 頁参考 52 図 解 所 得 税 』( 財 ) 大 蔵 財 務 協 会 ( 2012) 674~ 676 26 (546) (注) 1 一 定 の 扶 養 親 族 等 申 告 書 の 提 出 が な い 公 的 年 金 等 は 10% と な る 。 2 内 国 法 人 及 び 外 国 法 人 に は 、法 人 で な い 社 団 又 は 財 団 で 代 表 者 又 は 管 理 人 の 定 め の あ る い わ ゆ る人格のない社団等も含まれる。 非居住者に対する課税関係の概要 国内に恒久的施設を有する者 非居住者の区分 (所法164①) 所得の種類 (所法161) 支店その他事業を 行う一定の場所を 有する者 (所法164①一) 国内に恒久的に施 1年を超える建設作業等を行 設を有しない者 い又は一定の要件を備える代 理人等を有する者 (所法164①四) (所法164①二、三) 事業の所得(所法161一) 資産の所得(〃一) その他の国内源泉所得(〃一) 【非課税】 【総合課税】 無 (注1,2,3) (注2,3,4,5) (注1,2,3,4) (所法164①一) (所法164①二、三) (所法164①四) 【非課税】 【源泉徴収の上総合課税】 土地等の譲渡対価(〃一の三) (所法164①一) (所法164①二、三) 無 20% 10% (所法164①四) 不動産の賃貸料等(〃三) 20% (注6) 20% 利子等(〃四) 配当等(〃五) 無 【総合課税】 組合契約事業利益の配分(〃一の 二) 人的役務の提供事業の対価(〃 二) 源泉徴収 所法212① 213① 【源泉徴収の上総合課税】 (注7,8,9,10,11) 【源泉分離課税】 (注11) 15% 20% (注8,9,10) 貸付金利子(〃六) 20% 使用料等(〃七) 給与その他人的役務提供に対する 報酬等、公的年金等、退職手当等 (〃八) 事業の広告宣伝のための賞金(〃 九) 20% 国内 事業 に帰 せら れる もの 生命保険契約に基づく年金等(〃 十) 国内 事業 に帰 せら れな いも の 20% 20% 20% 定期積金の給付補てん金等(〃十 一) 匿名組合契約等に基づく利益の分 (所法164①一) 配(〃十二) 15% (所法164① 二、三) (所法164② 一) (所法164②二) 20% 53 (注) 1 措 置 法 第 37 条 の 10 の 規 定 に よ り 国 内 に 恒 久 的 施 設 を 有 す る 者 が 行 う 株 式 等 の 譲 渡 に よ る 所 得 に つ い て は 、 15% の 税 率 で 申 告 分 離 課 税 が 適 用 さ れ る 。 53 所 基 通 164― 1 27 (547) な お 、 平 成 20 年 改 正 前 の 旧 措 置 法 第 37 条 の 11 の 規 定 に よ り 、 平 成 15 年 1 月 1 日 か ら 平 成 20 年 12 月 31 日 ま で の 間 の 上 場 株 式 等 の 譲 渡 に よ る 所 得 に つ い て は 7% の 軽 減 税 率 が 適 用 さ れ る 。 ま た 、 平 成 21 年 1 月 1 日 か ら 平 成 25 年 12 月 31 日 ま で の 間 の 上 場 株 式 等 の 譲 渡 に よ る 所 得 に つ い て は 、 平 成 20 年 改 正 法 附 則 第 43 条 の 規 定 に よ り 、 7% の 軽 減 税 率 が 適 用 さ れ る 。 2 措 置 法 第 41 条 の 9 の 規 定 に よ り 懸 賞 金 付 預 貯 金 等 の 懸 賞 金 等 に つ い て は 、 15% の 税 率 で 源 泉 分 離課税が適用される。 3 措 置 法 第 4 1 条 の 1 2 の 規 定 に よ り 割 引 債( 特 定 短 期 公 社 債 等 一 定 の も の を 除 く 。)の 償 還 差 益 に つ い て は 、 18% ( 一 部 の も の は 16% ) の 税 率 で 源 泉 分 離 課 税 が 適 用 さ れ る 。 4 資 産 の 所 得 の う ち 資 産 の 譲 渡 に よ る 所 得 に つ い て は 、不 動 産 の 譲 渡 に よ る 所 得 及 び 令 第 2 9 1 条 第 1 項第 1 号から第 6 号までに掲げるもののみ課税される。 5 措 置 法 第 37 条 の 12 の 規 定 に よ り 国 内 に 恒 久 的 施 設 を 有 し な い 者 が 行 う 株 式 等 の 譲 渡 に よ る 所 得 に つ い て は 、 15% の 税 率 で 申 告 分 離 課 税 が 適 用 さ れ る 。 6 措 置 法 第 42 条 の 規 定 に よ り 特 定 の 免 税 芸 能 法 人 等 が 得 る 対 価 に つ い て は 、 15% の 税 率 が 適 用 さ る。 7 措 置 法 第 3 条 及 び 第 4 1 条 の 1 0 の 規 定 に よ り 国 内 に 恒 久 的 施 設 を 有 す る 者 が 得 る 利 子 等( 四 号 所 得 ) 及 び 定 期 積 立 の 給 付 補 て ん 金 等 ( 十 一 号 所 得 ) に つ い て は 、 15% の 税 率 で 源 泉 分 離 課 税 が 適 用 される。 8 措 置 法 第 8 条 の 2 の 規 定 に よ り 国 内 に 恒 久 的 施 設 を 有 す る 者 が 得 る 配 当 等 (五 号 所 得 )の う ち 私 募 公 社 債 等 運 用 投 資 信 託 等 の 収 益 の 分 配 に 係 る 配 当 等 に つ い て は 、 15% の 税 率 に よ る 源 泉 分 離 課 税 が 適用される。 9 平 成 20 年 改 正 前 の 旧 措 置 法 第 9 条 の 3 の 規 定 に よ り 上 場 株 式 等 に 係 る 配 当 等 (当 該 配 当 等 の 支 払 に 係 る 基 準 日 に お い て 当 該 配 当 を 支 払 う 内 国 法 人 の 発 行 済 株 式 又 は 出 資 の 総 数 又 は 総 額 の 3% 以 上 (平 成 23 年 10 月 1 日 前 に 支 払 を 受 け る べ き 配 当 等 に つ い て は 5% 以 上 )に 相 当 す る 数 又 は 金 額 の 株 式 又 は 出 資 を 有 す る 個 人 が そ の 内 国 法 人 か ら 支 払 を 受 け る も の を 除 く 。 )、 公 募 証 券 投 資 信 託 (公 社 債 投 資 信 託 及 び 特 定 株 式 投 資 信 託 を 除 く 。) の 収 益 の 分 配 に 係 る 配 当 等 及 び 特 定 投 資 法 人 の 投 資 口 の 配 当 等 に つ い て は 、平 成 1 5 年 4 月 1 日 か ら 同 年 1 2 月 3 1 日 ま で の 間 は 1 0 % 、平 成 1 6 年 1 月 1 日 か ら 平 成 2 0 年 1 2 月 3 1 日 ま で の 間 は 7 % の 軽 減 税 率 が 適 用 さ れ 、平 成 2 1 年 1 月 1 日 以 後 は 措 置 法 第 9 条 の 3 の 規 定 に よ り 15% の 税 率 が 適 用 さ れ る 。 28 (548) な お 、 上 記 の 配 当 等 の う ち 、 平 成 21 年 1 月 1 日 か ら 平 成 25 年 12 月 31 日 ま で の 間 に 受 け る も の に つ い て は 、 平 成 20 年 改 正 法 附 則 第 33 条 の 規 定 に よ り 7% の 軽 減 税 率 が 適 用 さ れ る 。 10 措置法第 8 条の 5 の規定により国内に恒久的施設を有する者が得る配当等(源泉分離課税が適 用 さ れ る も の を 除 く 。)に つ い て は 、確 定 申 告 に よ る 総 合 課 税 又 は 申 告 分 離 課 税( 平 成 2 1 年 分 以 後 ) を受ける必要のないいわゆる配当所得の確定申告不要制度の適用が認められる。 11 措置法第 9 条の 6 の規定により外国特定目的信託の利益の分配及び外国特定投資信託の収益の 分配については、内国法人から受ける剰余金の配当とみなされる。 12 法 第 5 条 、 第 6 条 の 2、 第 6 条 の 3 及 び 第 7 条 の 規 定 に よ り 、 法 人 課 税 信 託 の 受 託 者 は 、 そ の 信託財産に帰せられる所得についてその信託された営業所(国内又は国外の別)に応じ、内国法人 又は外国法人として所得税が課される。 13 措 置 法 第 41 条 の 21 の 規 定 に よ り 、 投 資 組 合 契 約 を 締 結 し て い る 外 国 組 合 員 で 当 該 投 資 組 合 契 約に基づいて行う事業につき国内に恒久的施設を有する者のうち一定の要件を満たすものについて は、特例適用申告書を提出することにより国内に恒久的施設を有しないものとみなされる。 第 3章 借用概念 租 税 法 が 用 い て い る 法 概 念 に は 借 用 概 念 と 固 有 概 念 54が あ る と さ れ る 。 借 用 概念とは、他の法分野で用いられている概念で、すでに明確な意味内容が付与 されているものである。住所をはじめ、配当、配偶者、相続、贈与等も租税法 の中で定義規定を有していないことから借用概念であると解する。一方、固有 概 念 と は 、他 の 法 分 野 で は 用 い ら れ ず 、租 税 法 が 独 自 に 用 い て い る 概 念 で あ り 、 個別租税法の冒頭で一括してその概念について定義規定を置く場合が多い。所 得税における所得などがこれにあたる。 金 子 宏「 実 質 課 税 の 原 則( 2)- 納 税 者 の 利 益 に 適 用 し た 例 - 」租 税 判 例 百 選( 初 版) ( 1968)29 頁 。こ の 中 で「 課 税 物 件 を 私 法 規 定 の 中 に 見 出 す こ と の で き な い 、 ナ マ の 経 済 的・社 会 的 概 念 を 用 い て 規 定 す る 場 合 を 固 有 概 念 、私 法 上 の 概 念 を 用 い て 課 税 物 件 を 規 定 す る 場 合 を 借 用 概 念 と 呼 ぶ こ と が で き る だ ろ う と し 、固 有 概 念 の 意 義 が 実 質 的 に と ら え ら れ な け れ ば な ら な い こ と は 、そ の 性 質 上 当 然 で あ る が 、借 用 概 念 の 場 合 に は 、ナ マ の 経 済 生 活 上 の 行 為 や 事 実 は 私 法 と い う フ ィ ル タ ー を 通 し て 課 税 要 件 規 定 の 中 に 取 り 込 ま れ て い る の で あ る か ら 、そ の 意 義 に つ い て は 、別 意 に 解 す る べ き 合 理 的 な 根 拠 が な い 限 り は 、私 法 上 と 同 じ 意 義 に 解 す る の が 法 的 安 定 性の見地から望ましいと考えらえる」と述べられている。 54 29 (549) 上述のように住所は、税法独自の定義規定を有しておらず、また、それをう かがわせる規定もない。よって、別段の定めがある場合を除き、これを固有概 念とする余地はなく、民法からの借用概念として解釈するものと理解できる。 租税法における借用概念では、民法等の借用元と同義に解すべきか、あるい は借用概念と言いながらも、租税法独自の意義を付加して解すべきかという問 題があり、統一説、独立説、目的適合説の 3 説に分かれて議論されている。 また、借用元である民法においても、その解釈を巡っては、住所の数、居住 意思の有無において学説の対立がみられ、一義的ではない。 このような場合、租税法における住所概念はどう解釈するのが適当であろう か。 まずは、借用元である民法における住所の定義と学説を概観し、租税法をは じめ、その他の法領域での住所について判例を交え、みていくこととする。 第 1節 民法における住所の意義と法律効果 民法では住所等に関して以下のように定義されている。 (住所) 第 22 条 各人の生活の本拠をその者の住所とする。 (居所) 第 23 条 2 住所が知れない場合には、居所を住所とみなす。 日本に住所を有しない者は、その者が日本人又は外国人のいずれ であるかを問わず、日本における居所をその者の住所とみなす。 ただし、準拠法を定める法律に従いその者の住所地法によるべき 場合は、この限りでない。 (仮住所) 第 24 条 あ る 行 為 に つ い て 仮 住 所 を 選 定 し た と き は 、そ の 行 為 に 関 し て は 、 その仮住所を住所とみなす。 一般的に、法律関係の処理にあたっては、場所的要素が問題となることが少 なくない。民法の規定中にも住所という言葉が複数使用されているが、必ずし も一様ではない。例えば、①当事者の同一性を識別するためのもの、②債務の 30 (550) 履行地を定める標準となるもの、③裁判所その他の管轄官庁を決定する基準と な る も の 、 ④ 失 踪 の 標 準 、 ⑤ 隔 地 者 間 に お け る 意 思 表 示 の 宛 先 55等 、 多 岐 に 渡 る。その為、民法では、目的や役割に応じて、住所、居所、仮住所と 3 つの場 所について一般的な定義を示し、住所を基準として処理される法律関係は個々 の規定に委ねている。 民法でいう住所とは、各人の生活の本拠、すなわち生活関係の場所的中心の ことである。旧民法では、現実の生活事実に関係なく、本籍や住民登録に示さ れた場所等の形式的標準によって画一的に住所を認定する形式主義に依ってい たが、現在では、実質的な生活関係に基づいて住所を認定する実質主義を採用 し て い る と さ れ る 56。 居所とは、住所と同様にその人の生活の中心となる場所であるが、住所ほど 確 定 的 な 関 係 を 生 じ る に 至 ら な い 場 所 57を い い 、 そ の 滞 在 理 由 が 、 自 主 的 な 選 択 の 結 果 で あ る か 、 強 制 的 な 措 置 の 結 果 で あ る か を 問 わ な い 58。 住 所 が 知 れ な い 場 合 と は 、 そ の 所 在 の 不 明 な 場 合 と 全 然 有 し な い 場 合 と を 含 む 59。 仮住所とは、住所・居所とは別に、法律行為の当事者が特定の取引行為につ いてその便宜のために一定の場所を仮の住所として選定し、住所の代わりにし た も の を 指 す 60。 なお、民法では、居所、仮住所とも、法文上「住所とみなす」との規定があ るため、住所について生じる法的効果と同様の効果が与えられる。 民法は、何故「住所」の定義を「生活の本拠」という言葉で規定したのか。 これについては、民法の住所規定が民法内の多岐に渡る規定に通ずる一般的な 定義とされていることと同様に、諸法に通じうるような一般法学的「住所」概 念を、民法総則編中に「生活の本拠」という抽象的な表現のもとに確立するこ とによって、時代の要請に応じようとした結果であり、総則が形成された時代 辻 正 美 『 民 法 総 則 』 成 文 堂 ( 1999) 93 頁 で は そ れ ぞ れ の 規 定 の 詳 細 を 記 載 。 石 田 喜 久 夫 ・ 石 田 剛 執 筆 / 谷 口 知 平 ・ 石 田 喜 久 夫 編『 新 版 注 釈 民 法( 1)総 則 [改 訂 版 ]』 有 斐 閣 ( 2002) 402 頁 57 我 妻 榮 ・ 有 泉 亨 前 掲 『 第 3 版 コ ン メ ン タ ー ル 民 法 総 則 』 116 頁 5 8 辻 正 美 前 掲 『 民 法 総 則 』 103 頁 59 我 妻 榮 ・ 有 泉 亨 前 掲 『 第 3 版 コ ン メ ン タ ー ル 民 法 総 則 』 116 頁 60 篠 塚 昭 次 『 新 ・ 判 例 コ ン メ ン タ ー ル 民 法 Ⅰ 総 則 ( 1)』 三 省 堂 ( 1991) 66~ 69 頁参照 55 56 31 (551) にそれが一般法学的意義を持たざるをえなかったという、私法学の担わなけれ ば な ら な か っ た 歴 史 的 宿 命 の 残 映 の ゆ え で あ る 61と さ れ る 。 したがって、民法では、現在のような法統一の実現された国家においては、 わざわざ住所規定を民法の中に置く必要性や、全ての法域を通じ、住所が 1 つ でなければならないと考える必要性もなく、各法域においてその目的に応じた 固有の住所が存在してもよいと考えているようである。 第 1項 主観説・客観説 前 述 し た よ う に 、 現 在 の 民 法 で は 、「 生 活 の 本 拠 」、 す な わ ち 各 人 の 生 活 関 係 の中心たる場所を住所と定義しており、形式主義を退けて実質主義を採った立 法である。問題なのは、解釈上「生活の本拠」という抽象的な概念規定をめぐ って、具体的な生活関係・法律関係にとってそれはどのような場所的関係なの か と い う 具 体 的 認 定 基 準 の い か ん の 点 で あ る 62。 こ の 点 に つ い て は 、 我 が 国 で は 法 定 住 所 63の 観 念 を 有 し な い こ と も 一 因 と な っ て 、 住 所 の 有 無 を 認 定 す る 際 に、人がそこを住所と定めるという意思を必要とするか否かによって学説は主 観説と客観説の 2 つに分かれている。 すなわち、主観説が定住の意思を必要とするのに対し、客観説では、定住の 意思は必要なく、客観的に継続して一定の場所に定住すれば、その場所が住所 となると説く。 諸外国の民法では意思を有していることが規定されているものも見受けられ る 64が 、 我 が 国 の 民 法 で は 、 文 言 上 は 意 思 の 有 無 に つ い て は 特 に 要 求 さ れ て い 石 田 喜 久 夫 ・ 石 田 剛 執 筆 / 谷 口 知 平 ・ 石 田 喜 久 夫 編 前 掲 『 新 版 注 釈 民 法 ( 1) 総 則 [改 訂 版 ]』 402 頁 。 他 に も 「 住 所 の 定 義 は 何 ら 具 体 的 な も の を 含 ま な い 故 に 、 規 定 と し て 積 極 的 な 存 在 意 義 を 有 せ ず 、む し ろ 、そ の 一 般 法 学 的 性 質 の 故 に 、各 種 の法域の必要に応じて内容が決定せられるという柔軟性にその存在意義を有する」 と し て 川 島 武 宜 『 民 法 解 釈 学 の 諸 問 題 』 弘 文 堂 ( 1969) 253 頁 62 山 崎 寛 ・ 良 永 和 隆 執 筆 / 遠 藤 浩 ・ 良 永 和 隆 編 『 別 冊 法 学 セ ミ ナ ー 基 本 法 コ ン メ ン タ ー ル 第 6 版 民 法 総 則 』 日 本 評 論 社 ( 2012) 71 頁 63 西 欧 諸 国 で は 、 住 所 を 任 意 住 所 と 法 定 住 所 と に 分 け 、 意 思 能 力 に 欠 く 者 、 極 め て 意 思 能 力 の 弱 い 者 の た め に 法 定 住 所 を 定 め て い る 例 が あ る 。詳 細 に つ い て は 石 田 喜 久 夫 ・ 石 田 剛 執 筆 / 谷 口 知 平 ・ 石 田 喜 久 夫 編 前 掲『 新 版 注 釈 民 法( 1)総 則 [改 訂 版 ]』 403 頁 参 照 6 4 フ ラ ン ス 民 法 103 条 、 ス イ ス 民 法 23 条 ① 等 。 詳 細 は 辻 正 美 前 掲 『 民 法 総 則 』 96 頁 参 照 61 32 (552) ないと考えられる。 民法典制定当時では、 「 専 ラ 事 実 ニ 依 リ テ 住 所 ヲ 定 ム 」と し 、客 観 説 が 有 力 で あった。その後「住所ノ設定ニハ主観的及ヒ客観的ノ 2 条件ヲ必要トス。詳言 スレハ、常住ノ場所ヲ定メ、之ヲ生活ノ本拠トスルノ意思アルコト、及ヒ其意 思ノ実現即チ一定ノ場所ニ居住スルノ事実アルコトヲ要件トス」と説く主観説 が台頭する。 近時の学説では、 「住所として届け出たある一定の場所にずっと住んでいると い う 定 住 の 事 実 が あ れ ば 、 定 住 の 意 思 が 当 然 に そ れ に と も な っ て い る 」 65と 主 観説を唱えられる石田教授もおられるが、我妻教授を筆頭にその人・その時に おける全生活を観察し、その生活及び活動の中心点を客観的に定め、これをも って住所となすべしと説き、客観主義に依っているものが多数を占める。その 理 由 と し て 、①「 生 活 の 本 拠 」と い う 用 語 が 意 思 的 要 素 を 含 ん で い な い こ と( 我 妻 6 6 、於 保 6 7 等 )、② 意 思 は 外 部 か ら 判 断 し が た い こ と( 我 妻 6 8 、柚 木 6 9 、四 宮 7 0 、 米 倉 7 1 )、③ 取 引 安 全 の た め に は 客 観 的 事 実 を 重 ん じ る べ き で あ る こ と( 我 妻 7 2 、 斎 藤 7 3 、 末 弘 7 4 )、 ④ 意 思 無 能 力 者 の 住 所 に つ き 、 フ ラ ン ス 民 法 108 条 7 5 、 ド イ ツ 民 法 8 条 76等 の よ う な 規 定 が な い こ と ( 我 妻 77、 於 保 78、 星 野 79) 等 が 挙 げ ら 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 石 田 喜 久 夫 『 口 述 民 法 総 則 第 2 版 』 成 文 堂 ( 1998) 78 頁 我 妻 栄 『 新 訂 民 法 総 則 < 民 法 講 義 Ⅰ > 』 岩 波 書 店 ( 1983) 95 頁 於 保 不 二 雄 『 民 法 総 則 講 義 』 有 信 堂 ( 1951) 67 頁 我 妻 栄 前 掲 『 新 訂 民 法 総 則 < 民 法 講 義 Ⅰ > 』 94 頁 柚 木 馨 『 判 例 民 法 総 論 上 巻 』 有 斐 閣 ( 1951) 251 頁 四 宮 和 夫 『 民 法 総 則 < 第 4 版 > 』 弘 文 堂 ( 1985) 70 頁 米 倉 明 『 民 法 講 義 総 則 ( 1)』 有 斐 閣 ( 1984) 150 頁 我 妻 栄 前 掲 『 新 訂 民 法 総 則 < 民 法 講 義 Ⅰ > 』 94 頁 斎 藤 常 三 郎 「 住 所 に 関 す る 考 察 」 国 民 経 済 雑 誌 42( 1)( 1927) 14 頁 末 弘 厳 太 郎 「 住 所 に 関 す る 意 思 説 と 単 一 説 」 法 学 協 会 雑 誌 47( 3)( 1929) 391 頁 ≪ フ ラ ン ス 民 法 108 条 ( 1975 年 改 正 前 ) ≫ 親権から解放されていない未成年者は、父及び母、又は後見人のところに住所 を有する。禁治産宣告を受けた成年者は後見人のところに住所を有する。 ≪ フ ラ ン ス 民 法 108 条 ‐ 2( 1975 年 改 正 後 ) ≫ ① 親権から解放されていない未成年者は、父及び母、又は後見人のところに住所 を有する。 ② そ の 父 母 が 異 な っ た 住 所 を 有 す る 場 合 に は 、そ の 同 居 の 親 族 の と こ ろ に 住 所 を 有する。 76 ≪ ド イ ツ 民 法 8 条 ≫ 行 為 無 能 力 者 又 は 制 限 行 為 能 力 者 は 、法 定 代 理 人 の 意 思 に よ ら な け れ ば 、住 所 を 設定することも廃止することもできない。 75 33 (553) れ る 80。 判 例 も 、 当 初 は 主 観 説 を 採 っ て い た が 、 客 観 説 の 立 場 を 採 る も の も あ り 、 定 か で は な い 81。 し か し 、現 在 の 客 観 説 も 定 住 の 意 思 を 全 く 無 視 し て い る の で は な い と さ れ る 。 人がその場所を生活の本拠としているという客観的事実は、定住の意思が具体 化されたものとみるのが適当であり、住所の認定の際、補充的にこれを考慮す る こ と を 認 め て い る 8283。 第 2項 単一説・複数説 更に民法の住所規定における論点としては、住所は、人の全生活関係の中心 であって、1 個に限るという立場(単数説)と、各種の生活関係ごとに中心を 認めるべきであり、住所が複数ということもありうるという立場(複数説)と の対立がある。 我が国では、民法典制定以来大正末期頃までは、学説では単一説が圧倒的多 数 を 占 め て い た ( 鳩 山 8 4 、 梅 8 5 等 )。 我 妻 栄 前 掲 『 新 訂 民 法 総 則 < 民 法 講 義 Ⅰ > 』 95 頁 於 保 不 二 雄 前 掲 『 民 法 総 則 講 義 』 67 頁 7 9 星 野 英 一 『 民 法 概 論 Ⅰ < 改 訂 版 > 』 良 書 普 及 会 ( 1976) 113 頁 80 石 田 喜 久 夫 ・ 石 田 剛 執 筆 / 谷 口 知 平 ・ 石 田 喜 久 夫 編 前 掲 『 新 版 注 釈 民 法 ( 1) 総 則 [改 訂 版 ]』404 頁 、石 田 喜 久 夫 前 掲『 口 述 民 法 総 則 第 2 版 』78 頁 、桜 井 四 郎 他 執 筆 / 日 本 税 理 士 会 連 合 会 編『 続 民 ・ 商 法 と 税 務 判 断 』六 法 出 版 社( 1983)173 頁 81 主 観 説 と し て 、 意 思 能 力 な き 未 成 年 の 子 の 住 所 は 特 別 の 事 情 が な い 限 り 親 権 者 の 住 所 に あ る も の と し た 大 正 9 年 7 月 23 日 大 判 決 民 録 26 輯 1157 頁 、 昭 和 2 年 5 月 4 日 大 判 決 民 集 6 巻 219 頁 、 「或地カ或人ノ住所ナリヤ否ヤハ其地ヲ以テ 生活ノ本拠ト為ス意思ト其意思ノ実現即チ其地ニ常住スル事実ノ存スルヤ否ヤニ 依 リ 決 ス ヘ キ … 」。 客 観 説 に 立 つ が 、 居 住 の 意 思 も 考 慮 要 素 と 認 め た も の と し て 、 配 給 を 受 け 、 選 挙 権 を 有 す る 不 在 地 主 の 住 所 を 認 め な い も の と し た 最 高 裁 昭 和 26 年 12 月 21 日 判 決 民 集 5( 13)796 頁 、最 高 裁 昭 和 27 年 4 月 15 日 判 決 民 集 6 ( 4) 413 頁 、 最 高 裁 昭 和 38 年 11 月 19 日 判 決 民 集 17( 11) 1408 頁 、「 住 所 意 思を実現する客観的事実が形成されておる場合には住所意思もまた生活の本拠を 決 定 す る 標 準 の 一 と し て 考 慮 に い れ ら れ る べ き も の で あ る 。」 82 な お 、 石 田 教 授 も 客 観 的 要 件 を 充 足 す る 場 合 に は 、 主 観 的 要 件 も 充 足 さ れ る と い う 推 定 が 働 く と 解 釈 す べ き と 述 べ ら れ て い る 。( 石 田 喜 久 夫 前 掲 『 口 述 民 法 総 則 第 2 版 』 78 頁 ) 83 設 定 の 意 思 を 客 観 的 に み て 合 理 的 な 意 思 に 限 定 す れ ば 主 観 説 と 客 観 説 と の 差 異 は ほ と ん ど 消 滅 す る と 説 く も の に 石 田 喜 久 夫・石 田 剛 執 筆 / 谷 口 知 平・石 田 喜 久 夫 編 前 掲 『 新 版 注 釈 民 法 ( 1) 総 則 [改 訂 版 ]』 404 頁 参 考 。 8 4 鳩 山 秀 夫 『 日 本 民 法 総 論( 上 巻 ) 』岩 波 書 店( 1923) 106 頁「 生 活 ノ 本 拠 ナ ル 文 字ハ必ズシモ其一個タルコトヲ意味スルニ非ズト雖モ人ノ一般生活ニ関シ其基礎 タルベキ場所ヲ定ムルニ付テハ之ヲ一個ニ限定スルヲ正当ナリト信ズ」 77 78 34 (554) しかし、社会生活の複雑化とともに、住所が生活の中心点だというのは、必 ずしも一点を意味するものではなく、同一分量の生活円、又は活動円をいうの であり、その生活円又は活動円の中に生活の本拠があるというべきであるとい う 考 え 方 86が 生 じ 、 人 の 社 会 的 関 係 が 段 階 的 に 複 数 的 存 在 を な し て い る 以 上 、 人の法律的存在も複数的に認識するのが至当だという、所謂複数説が主張され るようになった。そして、第 2 次大戦後においては、今日の重層的・多面的に 複雑な生活関係のもとでは、生活の中心は複数ありうるのであって、問題とな った法律関係につき最も深い関係のある場所をもって住所とすべきであり、生 活 の 本 拠 を 全 生 活 の 本 拠 と 解 す べ き 根 拠 は な い と の 見 解 が 圧 倒 的 多 数( 我 妻 8 7 、 柚 木 8 8 、松 坂 8 9 、幾 代 9 0 等 )を 占 め る よ う に な っ た の で あ る 。複 数 説 は 、も っ と も関連の深い場所をその都度の住所と認定するものであり、換言すれば、住所 相対説ないし法律関係基準説といえる。 なお、判例が単一説・複数説のいずれを採っているかについては、見解が分 か れ て い る 91。 第 2節 民法以外の法領域の住所 以上、民法における住所を概観してきたが、現在の民法における住所の有力 な 解 釈 と し て は 、本 人 の 意 思 を 完 全 に 排 除 し て 法 律 関 係 を 語 る に は 原 則 と し て 、 背 理 の 疑 い が 生 じ る 92も の で あ る か ら 、 当 事 者 意 思 の 具 体 化 さ れ た 客 観 的 諸 事 情 に 基 づ い て 決 定 さ れ る べ き 93で あ り 、 ま た 、 生 活 関 係 が 多 面 化 、 重 層 化 し た 梅 謙 次 郎『 民 法 要 義 巻 之 一 総 則 編 復 刻 版 』有 斐 閣( 1984)60 頁「 我 民 法 ニ 於 テハ住所ハ必ス1個ニ限ルノ主義ヲ執レルコト本条ノ規定ニ依リテ明カナリ」 8 6 斉 藤 常 三 郎 前 掲 「 住 所 に 関 す る 考 察 」 31 頁 を は じ め 、 他 同 様 の 考 え 方 の 紹 介 に 石 田 喜 久 夫 ・ 石 田 剛 執 筆 / 谷 口 知 平 ・ 石 田 喜 久 夫 編 前 掲 『 新 版 注 釈 民 法 ( 1) 総 則 [改 訂 版 ]』 406 頁 8 7 我 妻 栄 前 掲 『 新 訂 民 法 総 則 < 民 法 講 義 Ⅰ > 』 83 頁 88 柚 木 馨 前 掲 『 判 例 民 法 総 論 上 巻 』 252 頁 8 9 松 坂 佐 一 『 民 法 提 要 総 則 < 第 3 版 ・ 増 訂 > 』 有 斐 閣 ( 1985) 100 頁 9 0 幾 代 通 『 民 法 総 則 < 第 2 版 > 』 青 林 書 院 ( 1984) 82 頁 91 石 田 喜 久 夫 ・ 石 田 剛 執 筆 / 谷 口 知 平 ・ 石 田 喜 久 夫 編 前 掲 『 新 版 注 釈 民 法 ( 1) 総 則 [改 訂 版 ]』 408 頁 92 石 田 喜 久 夫 ・ 石 田 剛 執 筆 / 谷 口 知 平 ・ 石 田 喜 久 夫 編 前 掲 『 新 版 注 釈 民 法 ( 1) 総 則 [改 訂 版 ]』 404 頁 93 石 田 喜 久 夫 ・ 石 田 剛 執 筆 / 谷 口 知 平 ・ 石 田 喜 久 夫 編 前 掲 『 新 版 注 釈 民 法 ( 1) 総 則 [改 訂 版 ]』 407 頁 85 35 (555) 今日では、生活の中心は複数ありうるとし、各種の法領域に共通する単一の住 所 を 画 一 的 に 構 想 す べ き で な い 94と い う こ と に な る 。 法律関係の処理にあたっては、場所的要素が問題となるのは、何も民法だけ ではない。公法をはじめとしたその他の法領域においても、住所を基準として 多くの法律関係を処理することから、住所が何処にあると解すべきかが問題と されることがある。 それでは、民法以外の法領域においては住所を如何に解すべきであろうか。 生活の本拠を支える判断要素の検討を中心に住民基本台帳法上の住所、国籍法 上の住所、公職選挙法上の住所、農地法上の住所等他の法領域にも焦点を当て つつ、本稿の目的である租税法上の住所の解釈について考察してみる。 第 1項 住民基本台帳法における住所 住民基本台帳法は、住民の居住関係の公証、選挙人名簿の登録その他の住民 に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化 を図り、あわせて住民に関する記録の適正な管理を図るため、住民に関する記 録を正確かつ統一的に行う住民基本台帳の制度を定め、もって住民の利便を増 進するとともに、国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的(住 基法 1 条)としている。 また、 「 住 民 の 住 所 に 関 す る 法 令 の 規 定 は 、地 方 自 治 法 第 10 条 第 1 項 に 規 定 する住民の住所と異なる意義の住所を定めるものと解釈してはならない( 」住基 法 4 条 )と 定 め て い る 。も っ と も 、同 義 と 解 す べ き と さ れ た 地 方 自 治 法 で は「 市 町村の区域内に住所を有する者は、当該市町村及びこれを包括する都道府県の 住 民 と す る 。」 ( 地 自 法 10 条 1)と 定 め て い る だ け で 、明 示 的 な 規 定 と は い え な い。 さて、住民基本台帳法では、住民の居住関係の公証の観点から住民票を作成 し 、 そ の 中 で 住 所 を 記 載 す る 旨 が 定 め ら れ て い る ( 住 基 法 7 条 )。 住 民 票 は 、 住民の届出により市町村長が作成するものであり、高度な公証的機能を有する ものと一般に認知されている。 94 石田喜久夫・石田剛執筆/谷口知平・石田喜久夫編前掲『新版 総 則 [改 訂 版 ]』 407 頁 36 (556) 注 釈 民 法 ( 1) ま た 、選 挙 人 名 簿 の 登 録 は 住 民 票 が 作 成 さ れ た 日 か ら 引 き 続 き 3 カ 月 以 上 当 該 市 町 村 の 住 民 基 本 台 帳 に 記 録 さ れ た も の に つ い て 行 わ れ る た め ( 住 基 法 15 条 、 公 選 法 21 条 )、 住 民 基 本 台 帳 法 に お け る 住 所 は 後 述 す る 公 職 選 挙 法 に も 多 大な影響を与える。 住民基本台帳法における住所に関する争いを概観すると、市議選の当選者が 同じ党派の次点落選者に議席を譲るための転出届を出した場合の生活の本拠を 争った最高裁判決では、住民票上の住所と違う場所に民法上の住所が認定され る 場 合 も あ り う る こ と を 示 唆 95し 、 住 民 訴 訟 を 提 起 し う る 住 民 の 要 件 に つ い て 地 方 自 治 法 10 条 1 項 所 定 の 住 所 が 常 に 住 民 基 本 台 帳 法 4 条 に よ っ て 決 定 さ れ ることを規定しているか否かを争った和歌山地裁では、その記載は住民の生活 の本拠を推認する重要な一資料にすぎず、その生活の本拠を確定する唯一の絶 対 的 資 料 で あ る と は い え な い 96と し た 。 ま た 、 公 園 内 に 不 法 に 設 置 し た テ ン ト の 所 在 地 を 住 所 と す る 転 居 届 の 受 理 を 巡 っ て 争 っ た 判 決 で は 、 第 1 審 97で は 不 受 理 処 分 の 取 消 を 認 め た も の の 、 控 訴 審 98、 最 高 裁 99で は 、 こ れ を 棄 却 し 、 転 居届に住所として記載された場所が、客観的に当該届出をする者の生活の本拠 たる実体、すなわち単にその場所において日常生活が営まれているだけでは足 りず、その形態が健全な社会通念に基礎付けられた住所としての定型性を具備 していると認められる場合に限り転居届を受理するものと判示した。 上記の判例から、住民基本台帳上の住所は、単一であり、住民票の住所が高 度な公証的機能を果たすものの、それが民法でいう生活の本拠を直接示すもの で は な く 、あ く ま で も 生 活 の 本 拠 を 示 す 上 で の 補 充 的 考 慮 要 素 の 1 つ と な っ て い る 100。 最 高 裁 平 成 9 年 8 月 25 日 判 決 判 例 時 報 ( 1616) 52 頁 和 歌 山 地 裁 昭 和 63 年 9 月 28 日 判 決 判 例 時 報 ( 1320) 96 頁 9 7 大 阪 地 裁 平 成 18 年 1 月 27 日 判 決 判 例 タ イ ム ズ ( 1214) 160 頁 9 8 大 阪 高 裁 平 成 19 年 1 月 23 日 判 決 判 例 時 報 ( 1976) 34 頁 9 9 最 高 裁 平 成 20 年 10 月 3 日 判 決 判 例 時 報 ( 2026) 11 頁 100 2 市 に ま た が っ て 存 す る 係 争 地 域 の 住 宅 に 住 所 を 有 す る 住 民 に つ い て 一 方 の 市 が 選 挙 権 を 付 与 し な っ た こ と を 争 っ た 最 高 裁 昭 和 33 年 6 月 10 日 判 決 民 集 12( 9) 1412 頁 で は 、 住 民 登 録 は 公 証 力 を 備 え る と は い え 、 居 住 の 客 観 的 事 実 を 前 提 と す るから、反対の証拠によって登録と異なる事実を認めることはできるとした。 95 96 37 (557) 第 2項 国籍法における住所 国籍法では、帰化及び国籍の再取得の要件に許可申請者又は届出を行う者が 日 本 国 内 に 住 所 を 有 し な け れ ば な ら ず ( 国 籍 法 5 条 1、 17 条 )、 親 や 配 偶 者 等 が日本国民である等日本に地縁関係のある外国人についてはその要件を緩和し て い る ( 国 籍 法 6 条 、 7 条 、 8 条 )。 一般に、国籍は、個人が特定の国家の構成員たる資格といわれ、また、実質 的 な 面 か ら は 個 人 を 特 定 国 家 に 所 属 せ し め る 法 的 紐 帯 と い わ れ て い る 101。 近代的な国籍概念が成立する以前にあっては、その国土の住民であることが 国民であることの要件であったと考えられる。これは、国民の概念が、地縁関 係をその本質的な要素とするものであり、国籍と住所の区別が明確に意識され て い な か っ た か ら と 考 え ら れ る 1 0 2 。そ し て 、国 際 間 の 交 通 が 容 易 に な り 、外 国 人の往来が頻繁になる近代的な国籍の概念は、フランス民法の血統主義を原則 と し て 採 用 し 、 国 籍 概 念 は 住 所 か ら 分 離 独 立 103し た も の と な っ た 。 現在においては、国籍は、必ずしもその国土との現実的な地縁関係を必須要 素とするものではない。 しかしながら、地縁関係は、なお、国籍関係について重要な地位を占めてい る。これは、国家が国民と領土をその構成要素とするものであることから、国 籍の決定にあたって自国との牽連関係の判断の基準として、自国民との血縁関 係又は自国領土との地縁関係をもってあてることには十分な合理性があり、そ れ ら を も っ て 国 家 と 個 人 と を 結 ぶ 紐 帯 と な す こ と が で き る も の と 考 え ら れ 104、 ま た 、 日 本 社 会 へ の 同 化 と い う 側 面 か ら の 要 請 に よ る も の 105で あ る 。 国 籍 法 上 の 住 所 は 、定 義 規 定 を 有 し て お ら ず 、民 法 上 の 住 所 を 前 提 1 0 6 と し て いると思われるが、必ずしもそれと全く同一に考えるべきものではなく、帰化 許可の条件に住所を要求している国籍法の立法趣旨に沿って解釈すべきもので 細 川 清 ・ 黒 木 忠 正 『 外 事 法 ・ 国 籍 法 』 ぎ ょ う せ い ( 1988) 237 頁 平 賀 健 太 『 国 籍 法 』 帝 国 判 例 法 規 出 版 社 ( 1950) 5 頁 103 石 田 喜 久 夫 ・ 石 田 剛 執 筆 / 谷 口 知 平 ・ 石 田 喜 久 夫 編 前 掲 『 新 版 注 釈 民 法 ( 1) 総 則 [改 訂 版 ]』 417 頁 1 0 4 北 島 孝 昭 「 日 本 国 籍 不 留 保 者 の 国 籍 再 取 得 に つ い て ― 国 籍 法 17 条 の 住 所 要 件 の 認 定 に お け る 処 理 基 準 を 中 心 と し て ― 」 民 事 月 報 49( 5)( 1994) 45 頁 1 0 5 山 戸 利 彦 「 国 籍 法 に お け る 住 所 条 件 に つ い て 」 民 事 月 報 50( 2) ( 1995) 13 頁 1 0 6 山 戸 利 彦 前 掲 「 国 籍 法 に お け る 住 所 条 件 に つ い て 」 22 頁 101 102 38 (558) あ り 1 0 7 、例 え ば 、在 留 カ ー ド 等 1 0 8 を 手 掛 か り と し て 、在 留 資 格 、在 留 期 間 、申 請者の身分関係や職業等の判断要素を総合的に考慮した上で、生活の本拠が日 本にあるか、すなわち、日本との間に地縁的な関係を生じているか、また、日 本社会に同化しているかを認定することとなる。 第 3項 公職選挙法における住所 公職選挙法は、日本国憲法の精神に則り、衆議院議員、参議院議員並びに地 方公共団体の議会の議員及び長を公選する選挙制度を確立し、その選挙が選挙 人の自由に表明する意思によって公明且つ適正に行われることを確保し、もっ て民主政治の健全な発達を期することを目的(公選法 1 条)としている。その 中で、地方公共団体の議会の議員及び長を公選する選挙制度において、日本国 民 た る 年 齢 満 20 年 以 上 の 者 で 引 き 続 き 3 カ 月 以 上 市 町 村 の 区 域 内 に 住 所 を 有 す る 者 に 選 挙 権 を 付 与 し ( 公 選 法 9 条 ② )、 被 選 挙 権 に つ い て も 、 都 道 府 県 の 議 会 の 議 員 に つ い て は そ の 選 挙 権 を 有 す る 者 で 年 齢 満 25 年 以 上 の も の 、 市 町 村 の 議 会 の 議 員 に つ い て は そ の 選 挙 権 を 有 す る 者 で 年 齢 満 25 年 以 上 の も の に 付 与 ( 公 選 法 10 条 3、 10 条 5) し て い る こ と か ら 、 選 挙 権 、 被 選 挙 権 共 に 住 所を有することが権利行使の条件となっている。 公職選挙法における住所に関する判例をみてみると、戦後、修学のために寄 宿舎等に居住している学生の住所は原則としてその寄宿舎等にあるという従前 の通達を改め、郷里としたことにより、学生の選挙権が何処にあるか争われた 例 が あ る 1 0 9 。こ の 判 旨 で は 、お よ そ 法 令 に お い て 人 の 住 所 に つ き 法 律 上 の 効 果 を規定している場合、反対の解釈をなすべき特段の事由のない限り、その住所 とは各人の生活の本拠を指すものと解するを相当とするべきであること、実家 からの距離が遠く、通学が不可能ないし困難なため、厳選の上入寮を許され、 山 戸 利 彦 前 掲 「 国 籍 法 に お け る 住 所 条 件 に つ い て 」 22 頁 近 年 、我 が 国 に 入 国・在 留 す る 外 国 人 の 増 加 を 背 景 に 、そ の 在 留 状 況 の 継 続 的 把 握 の た め 、「 出 入 国 管 理 及 び 難 民 認 定 法 及 び 日 本 国 と の 平 和 条 約 に 基 づ き 日 本 の 国 籍 を 離 脱 し た 者 等 の 出 入 国 管 理 に 関 す る 特 例 法 の 一 部 を 改 正 す る 等 の 法 律 」の 施 行 に 伴 い 、新 し い 在 留 管 理 制 度 を 導 入 し 、様 々 な 措 置 が 講 じ ら れ た 。例 え ば 、以 前 の 外 国 人 登 録 証 明 書 に か わ り 、在 留 資 格 、在 留 期 間 、居 住 場 所 等 を 明 記 し た 在 留 カ ードや特別永住者証明書、住民票の発行等が行われるようになった。 1 0 9 最 高 裁 昭 和 29 年 10 月 20 日 大 判 決 民 集 8( 10) 1907 頁 107 108 39 (559) 学生寮に入居した学生で、休暇以外は帰省せず、配偶者があるわけでもなく、 また実家に管理すべき財産を持っているわけでもなく、主食の配給も特別の場 合を除いては寄宿舎所在村で受けており、住民登録法による登録も(本件名簿 調整期日には)概ね同村でなされている者については、同村に住所があったも のと解するを相当とするとした。この大法廷判決については、判旨に住所の個 数 に つ い て の 明 確 な 見 解 が な く 、学 説 で も 単 一 説 と す る 学 説 1 1 0 と 複 数 説 と す る 学 説 111が あ り 、 意 見 が 分 か れ て い る 。 また、上記の判例を引用したもので、町議会議員選挙で当選人の住所がすで に 移 転 し て お り 、町 内 に な い 場 合 の 被 選 挙 権 の 有 無 を 争 っ た 最 高 裁 昭 和 35 年 3 月 22 日 判 決 1 1 2 で は 、 公 職 選 挙 法 第 9 条 2 項 の 住 所 と は 、 そ の 人 の 生 活 に も っ とも関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものと解すべく、私生活面の 住所、事業活動面の住所、政治活動面の住所等を分離して判断すべきものでは ない、地方公共団体の議員を選ぶために投票するという特殊生活の中心、地方 公共団体の議員に選ばれるという特殊生活の中心として理解されるべきものと 判示した。この判例では、住所個数の問題については、単一説的立場を採って いるように思われる。 また、選挙権の行使において、選挙権者の意思をどこまで考慮すべきかとい う点に関しては、国民・住民の政治参加という基本的人権に着眼すると、各人 にとっての選挙権の行使のしやすさに配慮して、選挙権者の意思を汲み取るべ き だ と い う 考 え 方 に 傾 く が 、選 挙 が 公 法 上 の 生 活 関 係 で あ り 、資 格 あ る 全 国 民・ 全住民の参加すべき行事であることから画一的な事務処理が要請される上に、 選挙の公正確保という要請も働くことを鑑みると、選挙権者の個別意思を逐一 重視すべきでないとも考えられる。居住意思の一般的表明であるべきはずの住 民登録が、架空転入・転出など選挙の公正を害する目的で悪用されている状況 乾 昭 三 「 法 令 に お け る 住 所 の 意 義 」 民 商 法 雑 誌 32( 3)( 1955) 341 頁 、 石 田 喜 久 夫 ・ 石 田 剛 執 筆 / 谷 口 知 平 ・ 石 田 喜 久 夫 編 前 掲『 新 版 注 釈 民 法( 1)総 則 [改 訂 版 ]』 409 頁 等 1 1 1 四 宮 和 夫 ・ 能 見 善 久 『 民 法 総 則 第 8 版 』 弘 文 堂 ( 2011) 65 頁 で は 、 公 職 選 挙 法上の住所は、表面上は「生活の本拠」がどこにあるかを問題にしているものの、 実質的には公職選挙法上の住所を公職選挙法の精神に従って判定する法律関係基 準説であるから複数説が親しみやすいとする。 1 1 2 最 高 裁 昭 和 35 年 3 月 22 日 判 決 民 集 14( 4) 551 頁 110 40 (560) 下では、選挙法上の住所解釈において、特に客観的事実の存否判断に置かれる 比 重 が 大 き く な る こ と に も そ れ な り の 理 由 が あ る と い え よ う 113。 例 え ば 、最 高 裁 昭 和 32 年 9 月 13 日 判 決 1 1 4 で は 、横 須 賀 市 に 住 民 登 録 を 移 し て市議会議員選挙に当選した者が、転居先に前主がまだ居住していたため、住 民登録をした転居先とは別の場所に起居したことで、居住意思はあれども、客 観的に生活の本拠たる実態が転居先にないため住所とは認定されず、被選挙人 の資格の没収及び当選無効とされ、村内には仕事のために起居する掘立小屋同 様の住居を有し、別の市内には配偶者が住む住居を有する者が、村議会議員に 当 選 し た 場 合 の 住 所 が 何 処 に あ る か を 争 っ た 最 高 裁 昭 和 36 年 2 月 28 日 判 決 1 1 5 では、客観的事実だけですでに明らかに判定できる場合には、更にその上に主 観的意欲等を考慮に入れる余地はないものとされた。 また、次点者の繰り上げ当選目的でなされた架空転出の是非を争った最高裁 平 成 9 年 8 月 25 日 判 決 1 1 6 で は 、 一 定 の 場 所 が 住 所 に 当 た る か 否 か は 、 客 観 的 な生活の本拠たる実体を具備しているか否かによって決すべきものであるから、 主観的に住所を移転させる意思があることのみをもって直ちに住所の設定、喪 失を生ずるものではなく、また、住所を移転させる目的で転出届がされ、住民 基本台帳上転出の記録がされたとしても、実際に生活の本拠を移転していなか ったときは、住所を移転したものと扱うことはできないとした。 これらの判決からも、判例では客観説に依拠していることがうかがえ、住民 登録は居住意思の推定要素に留まり、あくまでも居住事実を客観的に判断する 立場を採用していることがわかる。 公職選挙法上の住所は、民法を一般法的な「住所」規定と位置づけて、特段 の 事 情 が な い 限 り 、民 法 上 と 同 義 1 1 7 と し つ つ も 、選 挙 の 性 質 上 、候 補 者 の 人 格 、 識 見 、抱 負 等 を 具 体 的 に よ く 認 識 し う る こ と を 重 視 1 1 8 し た 上 で 、選 挙 権 行 使 に 石 田 喜 久 夫 ・ 石 田 剛 執 筆 / 谷 口 知 平 ・ 石 田 喜 久 夫 編 前 掲 『 新 版 注 釈 民 法 ( 1) 総 則 [改 訂 版 ]』 413 頁 1 1 4 最 高 裁 昭 和 32 年 9 月 13 日 判 決 裁 判 集 民 ( 27) 801 頁 1 1 5 最 高 裁 昭 和 36 年 2 月 28 日 判 決 裁 判 集 民 ( 48) 501 頁 1 1 6 最 高 裁 平 成 9 年 8 月 25 日 判 決 判 例 タ イ ム ズ ( 952) 184 頁 117石 田 喜 久 夫 ・ 石 田 剛 執 筆 / 谷 口 知 平 ・ 石 田 喜 久 夫 編 前 掲 『 新 版 注 釈 民 法 ( 1) 総 則 [改 訂 版 ]』 413 頁 118 石 田 喜 久 夫 前 掲 『 口 述 民 法 総 則 第 2 版 』 81 頁 113 41 (561) 最も適当な通常の市民生活を送っている場所を指すものと思われる。 公職選挙法に関する判例では、住所の個数に関しては必ずしも明確ではない ようだが、公職選挙法が、全国民、全住民が参加するが故に画一的な処理が求 め ら れ る 点 を 前 提 と す れ ば 、住 所 は 1 つ 1 1 9 で な け れ ば 、公 平 性 も 確 保 し 難 い と 思われる。 第 4項 農地法における住所 平 成 21 年 改 正 以 前 の 農 地 法 ( 以 下 、 本 稿 に お い て は 旧 農 地 法 と す る 。) は 、 耕作者自らが所有することが最も適当であるという考えのもと、耕作者の地位 の 安 定 と 農 業 生 産 力 の 増 大 を 図 る こ と を 目 的 と し て お り ( 旧 農 法 1 条 )、 農 地 所有者と耕作者を一致させることに重点を置いていた。 旧農地法では、所有者の住所のある市町村の区域を基準として小作地等の所 有 を 制 限 し て お り ( 旧 農 法 6 条 )、 同 区 域 外 に あ る 小 作 地 の 保 有 を 禁 止 し て い る 。し た が っ て 、旧 農 地 法 に お け る 住 所 の 認 定 は 、地 主 、小 作 人 双 方 に と っ て 、 所有権を左右する大きな問題であったとことがわかる。 判例では、具体的事情に則して住所の存否、すなわち農地買収の可否を考え ている。 例えば、終戦直後まで鎌倉市に家族とともに住所を置き、軍籍を離れるとこ ろ か ら 本 籍 地 の 村 を 生 活 の 本 拠 と し よ う と 方 針 を 定 め 、 昭 和 20 年 8 月 か ら 同 村に家族を住まわせていた者が、自らは東京で残務整理にあたり、一方、帰郷 した家族が同村内に居住し、同人所有の農地を耕作しており、同人は、その後 召集、召集解除を経て同村に帰郷し、家族とともに居住し、農地を耕作し現在 に至っている場合には、住所意思を実現する客観的事実の形成が十分であるか ら 、 昭 和 20 年 8 月 同 村 内 に 住 所 を 有 す る に 至 っ た と 解 す べ き 1 2 0 と し た 。 119 坪 内 み の り「 租 税 法 に お け る 住 所 の 意 義 に つ い て の 一 考 察 ― 相 続 税 法 上 の 住 所 の 判 定 を 中 心 と し て ― 」( 2011)( 公 財 ) 租 税 資 料 館 第 20 回 入 賞 論 文 HP: http://www.sozeishiryokan.or.jp/award/z_pdf/ronbun_h23_14.pdf( 平 成 24 年 12 月 29 日 閲 覧 ) で も 、 公 職 選 挙 法 に お け る 住 所 を 複 数 認 め る こ と は 、 複 数 の 権 利 義 務を生ずることとなり、重複立候補や重複投票等の弊害を生む可能性を生じさせ、 このような結果は公職選挙法 1 条が規定する立法目的にも反することとなると述 べられている。 1 2 0 最 高 裁 昭 和 26 年 12 月 21 日 判 決 民 集 5( 13) 796 頁 42 (562) ま た 、大 阪 市 で 金 融 業 を 営 み 、妻 と 共 に 豊 中 市 の 次 男 宅 に 居 住 し て い る 者 が 、 農 地 を 所 有 す る 淡 路 島 に は 月 に 2、 3 度 帰 る に 過 ぎ な い 場 合 は 、 淡 路 島 で 配 給 物資を受け、選挙権をもち、町民税を納めていた事実があったとしても、住所 所在地の認定は各般の客観的事実を総合して判断すべきであるから淡路島に住 所 を 有 す る 者 と 認 め な け れ ば な ら な い も の で は な い 121と し た 。 また、父より農地の贈与を受け、その後、分家・養子縁組等をした女性が、 病身のため依然本家にあって風呂屋の手伝いをして生活し、本家が自己と女性 の農地を一括管理しており、その中から女性の供出米を納付していたこと、女 性と養子縁組した者との間に部屋の賃料の定めがなかったこと等の事情があっ た場合、生活必需品の配給受領や公租公課等の負担を分家の地で行っていたと しても、その地をもって住所と推断するべきものではなく、女性の住所が本家 に あ っ た と 認 め る こ と は 違 法 で は な い 122と し た 。 その他、医師として農地所在地外に診療所を設け、同所に学校、幼稚園に通 っている子女を居住させている事実があっても、本人及び妻が農地所在地にあ る家に主として住まい、子女の世話は妻の母がしている場合には、農地所在地 に 住 所 が あ る 123と 認 め ら れ た 。 昭 和 26 年 判 決 及 び 昭 和 27 年 判 決 の 判 旨 で は 、住 所 意 思 の 考 慮 が み ら れ 、主 観 説 依 り の 立 場 で は な い か と 思 わ れ る が 、昭 和 38 年 判 決 及 び 昭 和 41 年 判 決 の 判旨では、客観的に生活の本拠がいずれにあるのかを判断しており、客観説依 りの立場と解される。 また、住所の個数についてはどの判旨も特に言及されていないが、旧農地法 6 条が所有者の住所のある市町村の区域外の小作地の所有を制限している事実 から、単一説に立っているのではないかと推察される。 こ れ ら 4 つ の 判 旨 は い ず れ も 具 体 的 事 実 を 挙 げ 、住 所 の 存 否 を 断 じ て い る が 、 明確な認定基準等は示されていない。 旧農地法における住所の判定については、旧農地法の立法目的である農業生 産力の増進の達成に関し、どちらの場所が適切かを根拠とすべく、農地との地 121 122 123 最 高 裁 昭 和 27 年 4 月 15 日 判 決 民 集 6( 4) 413 頁 最 高 裁 昭 和 38 年 11 月 19 日 判 決 民 集 17( 11) 1408 頁 高 松 高 裁 昭 和 41 年 3 月 25 日 判 決 訟 務 月 報 12( 4) 544 頁 43 (563) 理 的 接 近 な い し 管 理 可 能 性 の 大 小 が 重 要 な 要 素 124と な る 。 よって、旧農地法の住所は、旧農地法の立法目的に照らし、合理的妥当性を も っ て 判 断 1 2 5 し て い る の で あ っ て 、生 活 の 本 拠 が ど こ に あ る の か を 判 定 し て い る立場であっても、必ずしも民法に依拠しているものではない。 第 3節 租税法における住所 租税は、私的経済生活上の行為や事実から生まれた富に課税するため、これ ら の 行 為 や 事 実 は 第 1 次 的 に は 私 法 に よ っ て 規 律 さ れ て お り 、租 税 法 が こ れ ら の行為や事実をその中に取り込むにあたっては、私法を前提としそれを多少と もなぞる形で取り込まざるを得ない場合が多い。そのため、租税法は、程度の 差はあれ宿命的に私法に依存する関係にあり、租税法の立法においても、その 解 釈 及 び 適 用 に お い て も 、 私 法 と の 関 係 が 絶 え ず 問 題 と な る 126。 そもそも、税法で使用されている用語が、たまたま私法上でも使用されてい るということだけでは借用概念にはならない。私法上一般的に使用され、かつ 私法上既に一定の概念構成がなされているような用語を、税法がそのまま使用 しており、かつ私法上の概念と同一に解することが、結果的に税法の趣旨・目 的に反することにならないような場合に、初めて借用概念として、税法上でも 私法上の解釈と同一の解釈ができる、又は同一の解釈をしなければならないと い う こ と に な る 127。 要するに、私法上の用語を単に生のまま借用することを意味するものではな く、あくまでも私法上の用語が私法上で十分に成熟されたものであることが前 提となる。 他の法律においても、多種多様な学問領域と接しているが故にその解釈につ いて困難な問題を生じさせることがあるが、租税法は侵害規範であるから、借 石 田 喜 久 夫 ・ 石 田 剛 執 筆 / 谷 口 知 平 ・ 石 田 喜 久 夫 編 前 掲 『 新 版 注 釈 民 法 ( 1) 総 則 [改 訂 版 ]』 415 頁 1 2 5 桜 井 四 郎 他 執 筆 / 日 本 税 理 士 会 連 合 会 編 前 掲 『 続 民 ・ 商 法 と 税 務 判 断 』 176 頁 126 金 子 宏 「 租 税 法 と 私 法 - 借 用 概 念 及 び 租 税 回 避 に つ い て - 」 租 税 法 研 究 6 ( 1978) 1 頁 1 2 7 吉 良 実 執 筆 / 波 多 野 弘 先 生 還 暦 祝 賀 記 念 論 文 集 刊 行 委 員 会 編「 税 法 上 の 借 用 概 念 と 固 有 概 念 」『 波 多 野 弘 先 生 還 暦 祝 賀 記 念 論 文 集 』 有 斐 閣 出 版 サ ー ビ ス ( 1988) 67 頁 124 44 (564) 用概念を課税要件に取り込む場合の問題の大きさは計り知れないものがあろう。 「住所」は、租税法の規定中に定義を有しておらず、課税要件に関わる重要 な用語である点、他の法領域においても住所を基準として処理する点からも私 法上も一般的に使用され、かつ一定の概念構成がなされており、民法からの借 用概念と位置づけられることは上述のとおりである。 借 用 概 念 の 解 釈 に つ い て は 、判 例 は 私 法 に お け る 同 じ 意 義 に 解 す る 傾 向 1 2 8 に あるものの、学説上は見解が分かれている。 本章では、まず、借用概念に対する 3 つの見解を概観し、次に判例を交えな がら所得税法、相続税法、地方税法における住所の解釈をすすめていく。 第 1項 借用概念の解釈 借用概念について問題となるのは、それを借用元である民法等他の法分野で 用いられているのと同義に解すべきか、あるいは、借用概念と言いながらも、 徴収確保ないし公平負担という租税法独自の意義を付加して解すべきかという 問 題 が あ り 、統 一 説 、独 立 説 、目 的 適 合 説 の 3 つ の 見 解 1 2 9 が 存 在 す る と さ れ る 。 <統一説> 統一説とは、租税法の解釈において、法秩序の一体性と法的安定性を基礎と して、借用概念は原則として私法におけると同義に解すべきであるとする考え 方である。 <独立説> 独立説とは、租税法が借用概念を用いている場合も、それは原則として独自 の意義を与えられるべきであるとする見解である。 <目的適合説> 目的適合説とは、租税法においても目的論的解釈が妥当すべきであって、借 用概念の意義は、それを規定している法規の目的との関連において探求すべき であるとする考え方である。 最 高 裁 昭 和 37 年 3 月 29 日 判 決 民 集 16( 3) 643 頁 、 札 幌 地 裁 昭 和 52 年 11 月 4 日 判 決 訟 務 月 報 23( 11) 1978 頁 、 福 岡 高 裁 平 成 2 年 7 月 13 日 判 決 訟 務 月 報 37( 6)1092 頁、東 京 高 裁 平 成 19 年 10 月 10 日 判 決 訟 務 月 報 54( 10)2516 頁 他 。 詳 細 は 金 子 宏 前 掲 『 租 税 法 第 16 版 』 111~ 112 頁 参 照 。 1 2 9 見 解 の 紹 介 内 容 に つ い て は 金 子 宏 前 掲「 租 税 法 と 私 法 - 借 用 概 念 及 び 租 税 回 避 について-」4 頁を参考。 128 45 (565) 上記にみてきた住民基本台帳法、国籍法、公職選挙法、旧農地法の住所は、 租税法と同様に各法律の規定内に住所に関する定義を有していないが、その解 釈は立法趣旨や目的を重視している点で目的適合説に立つものが多いと考えら れる。 租税法の分野では、現在、統一説が学説・判例共に広く支持されている。納 税義務は、各種の経済活動ないし経済現象から生じてくるものであり、それら の 活 動 な い し 現 象 は 、第 一 次 的 に は 私 法 に よ っ て 規 律 さ れ て い る の で あ る か ら 、 それを課税要件規定の中に取り込むにあたっては、別意に解すべきことが租税 法規の明文又はその趣旨から明らかな場合は別として、私法上における概念と 同 義 に 解 す る の が 法 的 安 定 性 の 見 地 か ら は 好 ま し い 130と さ れ る 131。 判例でも、租税法は一般法秩序に内包されるものであるから、同一概念につ いて法域間における相対性を認めると、結果として、法的安定性、課税の公平 性を損ねるとする傾向にあり、 「 憲 法 を 頂 点 に お く 同 一 体 系 の 下 に お い て は 、同 一 用 語 は 格 別 の 理 由 が な い 限 り 同 一 の 意 味 に 解 す る 1 3 2 」と し 、統 一 説 に 寄 っ て いることがうかがえる。借用概念に関する判例は多いが、その主だった最高裁 判 決 1 3 3 だ け で も 、判 旨 は い ず れ も 私 法 と 同 一 に 解 す べ き と し て 法 的 安 定 性 を 重 金 子 宏 前 掲 『 租 税 法 第 16 版 』 111 頁 そ も そ も 、我 が 国 に お け る 租 税 法 の 解 釈 論 は 、ド イ ツ の そ れ に よ っ て 強 い 影 響 を受けており、これら 3 つの見解もドイツの租税法解釈論において展開されてき た 主 要 な 傾 向 を 要 約 し た も の で あ る 。こ こ で ド イ ツ に お け る 解 釈 論 に 目 を 向 け て み る と 、現 在 ド イ ツ で は 、統 一 説 に 代 わ り 目 的 適 合 説 に 移 行 し て き て い る よ う で あ る 。 そ の 主 唱 者 で あ る Tipke は 、 こ う 述 べ て い る 。「 税 法 は 、 民 事 法 の 一 定 の 形 式 を 把 握するために、このような形式に原則として結びつくものではないということは、 正 し い 。税 法 が 把 握 し よ う と す る の は 、む し ろ 、そ の と き ど き の 形 式 に 被 わ れ た 経 済 的 内 容 で あ る 。も ち ろ ん 、そ れ が そ の 形 式 に ぴ っ た り と 対 応 す る 内 容 で あ る こ と も あ れ ば 、そ う で な い こ と も あ り 得 る 。そ れ 故 、あ ら ゆ る 個 々 の 規 範 に つ い て 、目 的 論 的 解 釈 に よ っ て 、民 事 法 か ら 借 用 さ れ た 概 念 が ど の よ う に 理 解 さ れ る べ き か が 、 判 定 さ れ な け れ ば な ら な い と い う 見 解 に 賛 同 す べ き で あ る 。」 我 が 国 で も こ の よ う な 無 制 限 目 的 適 合 説 に 立 て ば 、借 用 概 念 と 固 有 概 念 と の 区 別 の 意 味 が な く な る と 指 摘 さ れ て い る 。上 記 Tipke と ド イ ツ に お け る 目 的 適 合 説 に つ い て は 谷 口 勢 津 夫「 借 用 概 念 と 目 的 論 的 解 釈 」 税 法 学 539( 1998) 105 頁 ~ 133 頁 に よ る 。 1 3 2 東 京 高 裁 昭 和 34 年 10 月 27 日 判 決 高 民 集 12( 9) 428 頁 。 こ の 裁 判 で は 、 租税法と旧商法における利益の配当の意義を争った。 1 3 3 「 不 動 産 の 取 得 」に つ い て 最 高 裁 昭 和 48 年 11 月 16 日 判 決 民 集 27( 10)1333 頁 、「 親 族 」 に つ い て 最 高 裁 平 成 3 年 10 月 17 日 判 決 訟 務 月 報 38( 5) 911 頁 、 「 匿 名 組 合 」に つ い て 最 高 裁 昭 和 36 年 10 月 27 日 判 決 民 集 15( 9)2357 頁 、 「人 格 の な い 社 団 」に つ い て 最 高 裁 平 成 16 年 7 月 13 日 判 決 判 例 時 報( 1874)58 頁 こ の 他 下 級 審 を 含 め 、借 用 概 念 が 統 一 説 に 則 っ て い る 判 例 の 掲 載 と し て 金 子 宏 前 掲 130 131 46 (566) 視する立場を採っている。 し か し 、統 一 説 も 別 意 に 解 す る 余 地 1 3 4 を 認 め て お り 、こ れ に は 目 的 適 合 説 を 包摂すると考えられる。立法趣旨や借用概念の借用の度合い、借用する概念の 性質によっては、機械的に法的安定性や予測可能性の見地から統一説とするの で は な く 、目 的 論 的 解 釈 を 行 う こ と に も 一 定 の 意 義 は あ ろ う 1 3 5 。だ が 、そ の 際 には、むやみに解釈の幅を広げるのではなく、立法という法的手当で対応する ことが結果として法的安定性につながる処置と思われる。目的適合説を支持す る学者も、統一説に代わるものとしてではなく、別意に解する余地について目 的 適 合 説 の 必 要 性 を 説 く 者 1 3 6 や 、借 用 概 念 の 議 論 と し て で は な く 、租 税 法 規 の 『 租 税 法 第 16 版 』 111 頁 1 3 4 金 子 宏 前 掲「 租 税 法 と 私 法 - 借 用 概 念 及 び 租 税 回 避 に つ い て - 」11 頁 で は 、目 的 適 合 説 は「 完 全 に 統 一 説 と 対 立 す る も の で は な く 、統 一 説 と い え ど も 、租 税 法 規 が そ の 意 義 を 明 文 の 定 め で 修 正 し て い る 場 合 や 、明 文 の 定 め が な く て も 規 定 の 趣 旨 や意味関連からそれを別意に用いていることが明らかな場合にまでその本来の意 義 に 拘 泥 す る も の で は な い 。」 と し 、 原 則 と し て 統 一 説 に 寄 る こ と が 望 ま し く 、 目 的論的解釈が必要なことを否定するものではないとしている。 1 3 5 村 井 正 『 租 税 法 と 取 引 法 』 清 文 社 ( 2003) 38 頁 。 村 井 教 授 は 計 算 概 念 の 借 用 を 挙 げ 、中 に は 商 法 よ り も 租 税 法 の 方 が 概 念 導 入 時 期 が 古 い 場 合 も あ り 、政 策 的 配 慮 の 妥 協 的 側 面 の 強 い も の に つ い て は 、機 械 的 に 統 一 説 に 寄 る の で は な く 、目 的 論 的 解 釈 が 重 要 な 役 割 を 果 た す と し て い る 。た だ し 、政 策 目 的 等 の 要 素 は 立 法 レ ベ ル で 考 慮 さ れ る べ き で あ っ て 、こ れ を 解 釈 レ ベ ル に 持 ち 込 む こ と は 好 ま し い こ と で は な く 、で き る だ け こ れ を 避 け る べ き と い う こ と は い う ま で も な い と し て い る 。金 子 教 授 も 目 的 論 的 解 釈 の 方 が よ り よ く 適 合 す る 場 合 も 少 な く な い が 、そ の 際 に は( 立 法 が 現 実 の 諸 問 題 に 迅 速 に 対 応 し う る か ど う か の 問 題 は あ る が 、) 立 法 で 法 的 手 当 を す る こ と で も 十 分 に み た さ れ る と し 、立 法 レ ベ ル で の 考 慮 を 挙 げ て い る 。水 野 教 授 も 統 一 説 が「 別 意 に 解 す べ き こ と が 租 税 法 規 の 明 文 又 は そ の 趣 旨 か ら 明 ら か な 場 合 」を 指 摘 し 、立 法 趣 旨 に よ る 解 釈 の 必 要 性 は 否 定 さ れ て は い な い こ と を 挙 げ 、統 一 説 で は 、原 則 と し て 統 一 的 に 解 釈 す べ き こ と を 主 張 す る に と ど ま り 、見 解 を 異 に す る も の で は な い と し て い る(『 所 得 税 の 制 度 と 理 論「 租 税 法 と 私 法 」論 の 再 検 討 』 有 斐 閣 ( 2006) 40 頁 )。 吉 村 教 授 も 、「 租 税 法 規 の 定 め る 要 件 が 、 納 税 者 が 実 現 し た 経 済 的 事 象 を そ の ま ま 課 税 要 件 と し て 直 接 に 取 り 込 ん で い る か ( 直 接 的 把 握 )、 そ れ と も 、納 税 者 が 選 択 し た 私 法 形 式 に 課 税 要 件 を 依 拠 さ せ て い る の か( 間 接 的 把 握 )、 を カ テ ゴ リ カ ル に 判 断 す る こ と は で き な い 。 当 該 租 税 法 規 の 目 的 が 直 接 的 把 握 か 間 接 的 把 握 か を 決 定 す る の で あ る 。そ の 意 味 に お い て 、租 税 法 規 の 目 的 論 的 解 釈 が な に よ り 重 視 さ れ な け れ ば な ら な い 。」と 述 べ ら れ て い る 。 (吉村典久執筆/金 子 宏 編 「 納 税 者 の 真 意 に 基 づ く 課 税 の 指 向 」『 租 税 法 の 基 本 問 題 』 有 斐 閣 ( 2007) 244 頁 ) 借 用 概 念 に お け る 諸 説 に つ い て は 、今 村 隆「 借 用 概 念 論・再 考 」税 大 ジ ャ ー ナ ル 16( 2011) 27 頁 、 渕 圭 吾 「 租 税 法 と 私 法 」 学 習 院 大 学 法 学 会 雑 誌 31( 1)( 1995) 18 頁 を 参 照 136 水 野 忠 恒 前 掲 『 所 得 税 の 制 度 と 理 論 「 租 税 法 と 私 法 」 論 の 再 検 討 』 参 考 47 (567) 目 的 論 的 解 釈 を 重 視 す る 見 解 137の よ う に 思 わ れ る 。 独立説は、租税法独自の意義を付するものであるから、固有概念に親近する ものと考えられる。 し か し 、納 税 義 務 の 発 生 要 因 が 私 的 な 経 済 活 動 に 伴 う も の で あ る こ と か ら も 、 私法というフィルターを通すことには意味があり、租税法という法律の特徴を 鑑みると、法的安定性や予測可能性を過小評価すべきではない。 本稿では、やはり、租税法は侵害規範であるから、法的安定性を第一に考慮 するべきであり、その点では原則は統一説に依るべきと考える。統一説以外を 採った場合、程度の差はあれども、自由な解釈が行われやすく、その結果とし て租税法律主義のそもそもの狙いである法的安定性と予測可能性が損なわれる ならば、それは適当ではない。また、ある用語をその本来の分野の意義と異な る意義に解した方がより租税法の目的に合致するならば、それはやはり立法と いう形で明文化するべきと考えられる。 第 2項 所得税法における住所 一 部 の 富 裕 層 で は あ る が 、ラ イ フ ス タ イ ル は 昔 ほ ど 単 純 な も の で は な く な り 、 例えば、永遠の旅人のような生活を送るケースや、日本において投資コンサル タント等で多額の収入を得ている者が海外に所有する住宅で数か月暮らし、外 国の株式投資等で収入を得ているようなケースもあろう。このような場合、日 本に生活の本拠があると認定されれば、全世界所得に課税され、生活の根拠が ないと認定されれば、国内源泉所得のみの課税となり、その事実認定によって 納 税 義 務 の 範 囲 は 大 き く 異 な る こ と に な る 138。 所 得 税 法 に お け る 住 所 問 題 は 、 記 憶 に 新 し い と こ ろ で 、「 ハ リ ー ・ ポ ッ タ ー 」 シ リ ー ズ の 翻 訳 者 の 事 例 1 3 9 が あ る 。ス イ ス に 居 住 し て い る 翻 訳 者 が 生 活 の 本 拠 が 日 本 に あ る と し て 翻 訳 料 収 入 に つ い て 35 億 円 を 超 え る 申 告 漏 れ を 指 摘 さ れ 、 ス イ ス と 日 本 の 租 税 条 約 に 基 づ く 相 互 協 議 を 申 立 て て い た 問 題 で 、協 議 の 結 果 、 両国は翻訳者の実質的な居住国は日本とする結論を出した。居住者と判定した 137 吉 村 典 久 執 筆 / 金 子 宏 編 前 掲 「 納 税 者 の 真 意 に 基 づ く 課 税 の 指 向 」『 租 税 法 の 基本問題』参考 1 3 8 本 庄 資 『 国 境 に 消 え る 税 金 』 税 務 経 理 協 会 ( 2004) 66 頁 参 考 1 3 9 朝 日 新 聞 2006 年 7 月 26 日 朝 刊 30 頁 、 2007 年 6 月 12 日 朝 刊 39 頁 参 考 48 (568) 理由として、翻訳者はスイス移住後も頻繁に来日し、都内にもマンションを所 有 し て い る こ と 、出 版 社 代 表 と し て 出 版 業 務 を 取 り 仕 切 り 、 「 ハ リ ー・ポ ッ タ ー 」 の営業活動をしていたこと等が挙げられ、これらを総合考慮して、生活の本拠 は日本にあると判断されたようである。 所 得 税 基 本 通 達 2- 1 で は 、 住 所 の 意 義 に つ い て 「 法 に 規 定 す る 住 所 と は 各 人の生活の本拠をいい、生活の本拠であるかどうかは客観的事実によって判定 する」ものとしており、民法における住所の定義規定と同一とし、かつ客観説 を採っていると解され、学説、判例と同様の立場をとっている。なお、所得税 基本通達では、住所の個数については、特に言及されていない。 このような場合、どのような事実があれば生活の本拠を有すると認定される のであろうか。その事実認定基準を明らかにする必要性がある。 そこで、所得税法における住所判定に関する判例を以下に採り上げ、具体的 にどのような判定基準で事実認定を行い、住所の有無を決定しているのかをみ ていくこととする。 ① 東 京 地 裁 平 成 19 年 9 月 14 日 判 決 ( ユ ニ マ ッ ト 事 件 第 1 審 ) 1 4 0 東 京 高 裁 平 成 20 年 2 月 28 日 判 決 ( ユ ニ マ ッ ト 事 件 控 訴 審 ) 1 4 1 【事実の概要】 X( 原 告 、 被 控 訴 人 ) は 、 シ ン ガ ポ ー ル 所 在 の H 社 と 特 別 顧 問 契 約 を し 、 平 成 12 年 12 月 4 日 に 日 本 を 出 国 し 、シ ン ガ ポ ー ル に て 賃 貸 ア パ ー ト を 契 約 、車 等を購入した。X はシンガポールに渡航した後も日本の内国法人の取締役とし て株式取引や不動産取引等の経済活動をしている。 ( 出 国 し た 平 成 12 年 か ら 平 成 14 年 末 ま で の 各 年 に お け る シ ン ガ ポ ー ル と 日 本 の 滞 在 日 数 に 有 意 の 差 は な い 。) X は H の 事 務 所 等 に お い て 株 式 取 引 を 開 始 し て い る 。ま た 、X は H の 新 事 務 所の賃料の一部を負担し、シンガポールにおいて補助者 3 名を使用していた。 そ の 後 X は 平 成 13 年 1 月 上 旬 に 香 港 に て ユ ニ マ ッ ト ラ イ フ の 株 式 を 約 19 億円で譲渡し譲渡益を得た。その譲渡代金は、そのほとんどを日本国内におい 140 141 判 例 タ イ ム ズ ( 1277) 173 頁 判 例 タ イ ム ズ ( 1278) 163 頁 49 (569) て 預 金 な い し 不 動 産 と い う 形 で 保 有 し て い る 。 な お 、X は 出 国 前 に 、国 内 の 自 宅(賃借)を引き払っており、出国までの間及び帰国の際にはいずれも都内の ホテルや会員制スポーツクラブ等に宿泊している。また、X には米国に留学し ている長男と、日本国内に両親、長女がいるが、シンガポールに居住していた 親族はいない。 X は、株式譲渡時には国内に住所を有していなかったので納税義務を負う居 住 者 で は な い と し て 平 成 13 年 分 の 所 得 税 に 係 る 確 定 申 告 書 を 提 出 し な か っ た と こ ろ 、 課 税 庁 Y( 被 告 、 控 訴 人 ) は 、 平 成 13 年 中 の 株 式 を 譲 渡 し た 譲 渡 所 得 が あ る と し て 、所 得 税 に 係 る 決 定 処 分 及 び 無 申 告 加 算 税 賦 課 決 定 処 分 を し た 。 X は こ れ を 不 服 と し 、 訴 訟 を 提 起 し た 142。 【判決】 X の請求認容→Y 控訴 【判旨】 ( 1) 住 所 と は 住所とは、各人の生活の本拠を指すものと解するのが相当であり、生活の本 拠とは、その者の生活に最も関係の深い一般生活、全生活の中心を指すもので ある。そして、一定の場所がその者の住所であるか否かは、租税法が多数人を 相手方として課税を行う関係上、客観的な表象に着目して画一的に規律せざる を得ないことから、一般的には、住居、職業、生計を一にする配偶者その他の 142 香 港 で は 株 式 譲 渡 益 は 非 課 税 と さ れ 、ま た シ ン ガ ポ ー ル 居 住 者 は 全 て の 国 内 源 泉所得並びに国外源泉所得でシンガポールに送金されたものが課税対象とされて いることから、X がシンガポール居住者であり、我が国の居住者でないとすると、 株式譲渡代金をシンガポールに送金しない限りその譲渡益は課税されないことと な る ( 中 西 良 彦 「 海 外 で の 株 式 譲 渡 と 住 所 ・ 居 所 の 認 定 」 税 理 51( 13)( 2008) 127 頁 参 考 )。な お 、本 件 の 評 釈 と し て 仲 谷 栄 一 郎「「 租 税 軽 減 の 目 的 」と 税 法 上 の 事 実 認 定 :「 住 所 」 を め ぐ る 判 例 を 素 材 に 」 国 際 税 務 28( 6)( 2008) 39 頁 、 望 月 文 夫「 譲 渡 所 得 非 居 住 者 課 税 事 件 < 最 新 裁 判 ・ 裁 決 例 の 要 点 7/ 国 際 課 税 > 」国 税 速 報 ( 6069)( 2009) 30 頁 、 増 田 英 敏 ・ 丸 尾 徳 文 「 海 外 で の 株 式 譲 渡 と 住 所 の 認 定 ( ユ ニ マ ッ ト 事 件 )」 TKC 税 研 情 報 18( 2)( 2009) 1 頁 を 参 照 50 (570) 親族の居所、資産の所在等の客観的事実に基づき、総合的に判定するのが相当 である。これに対し、主観的な居住意思は、住所の判定に無関係ではないが、 外部からは認識し難い場合が多いため、補充的な考慮要素にとどまるものと解 される。 ( 2) X の 住 居 に つ い て X のシンガポール及び日本の各滞在日数については有意の差はないが、シン ガ ポ ー ル の ア パ ー ト は 、 平 成 12 年 12 月 か ら 平 成 14 年 11 月 ま で の 賃 借 期 間 、 日常生活を送るに十分な設備を持った住居であり、他方、日本国内では、X が 平 成 12 年 11 月 下 旬 に そ れ ま で の 住 居 を 明 け 渡 し た 後 、 少 な く と も 平 成 14 年 11 月 30 日 頃 ま で の 間 は 、 日 本 帰 国 の 都 度 、 ホ テ ル 等 に チ ェ ッ ク イ ン す る 等 し ていた。 よって日本国内において X の住居といい得る場所は存在しないと認められる。 ( 3) X の 職 業 X は日本の内国法人の取締役等をしていたため、経済活動の実態からして日 本に住所を有していたものとするにも一定の合理性はあるが、シンガポールに 渡航して間もなく、シンガポールの事務所で株式取引を開始しており、インタ ーネットによる取引の性質上、日本に滞在しなければその取引が困難となるも のとはいえない。また、シンガポールの事務所の賃料の負担や、補助者 3 名を 使用している事実を考慮すると職業上、生活の本拠はシンガポールに移転した とみることが可能である。 ( 4) 生 計 を 一 に す る 配 偶 者 の 有 無 X には、日本国内に長女や両親がいたが、各々独立した生計を営んでおり、 生計を一にするものはなかったと認められる。 ( 5) 資 産 の 所 在 X はシンガポールにおけるよりも日本において多くの資産を有していたもの と認められるが、日本に所有する資産についてもシンガポールに居住しながら 管理することが困難とまではいえない。 これらを総合考慮すると、X が株式譲渡期日当時、日本国内に住所を有してい たと認めるには足りない。 51 (571) 【控訴審判決】 上 記 決 定 を 不 服 と し た Y が 、国 内 に 引 き 続 い て 1 年 以 上 居 所 を 有 し て い た と の 予 備 的 主 張 を 追 加 → 控 訴 棄 却 ( 確 定 )。 【 判 旨 】( 第 1 審 判 旨 に 下 記 内 容 を 追 加 ) 国 内 に 引 き 続 い て 1 年 以 上 居 所 を 有 す る と い う た め に は 、そ の 間 に 在 外 期 間 が含まれる場合には、在外期間中も国内にそれまで生計を共にしていた配偶者 その他親族を残し、再入国後生活する予定の居住場所を保有し、又は生活用動 産を預託していて再入国後直ちに従前と同様の生活をすることができる状態に ある等して、一時的な出国であることが明らかであることが必要であると解さ れる。 X は、日本国内のホテル等に一定期間継続して宿泊していたため、同所をも って居所と認める余地はあるが、X がシンガポール等へ出国した在外期間中に おいて、ホテル等を居住場所として保有していたとはいうことはできず、ホテ ル等を居所とはいえない。 また、X は国内に複数の不動産を所有しているが、いずれも再入国後生活す る予定の居住場所ということはできない。X は自動車を保有し、帰国の際には これを使用していたが、これをもって通達にいう生活用動産を預託していたと いうこともできない。 よって、X が株式譲渡期日に国内に引き続いて 1 年以上居所を有していると 認めることはできない。 なお、課税回避目的のために住所をシンガポールに移転させたものとうかが われる余地もあり得るが、課税回避を目的としていたか否かによってその住所 の認定が左右されるものではない。 【検討】 本件では、住所とは生活の本拠を指すとし、民法からの借用概念であること を示した。また、生活の本拠を有するか否かの認定基準として、住居、職業、 資産の所在、生計を一にする配偶者の有無及び所在を挙げている。所得税法施 行令でも、住所を有する者、あるいは有しない者の推定基準として、職業、国 籍 、 生 計 を 一 に す る 配 偶 者 や 親 族 、 資 産 等 を 挙 げ て お り ( 所 令 14 条 、 15 条 )、 本件は、それとほぼ同様の判定基準でもって居住者か否かを判定していること 52 (572) がうかがえる。 なお、本件では、客観的事実に基づくことを原則としているが、主観的要素 である居住意思についても言及し、これについては、補充的考慮要素であると 判示した。 本件での認定基準を確認すると、住居、職業については、両国にあると判断 でき、資産が日本にあるものの、シンガポールでの管理が可能であること及び 生計を一にする配偶者等が日本国内にいないことについては、シンガポールに 住所があると判定される要素となったと思われるが、これらの判定基準につい ての優劣は言及されておらず、あくまでもこれらを総合考慮の上、X は非居住 者であるとされている。 また、本件では、租税回避目的も争点の 1 つとなったが、これについては、 住所認定を左右するものではないと判示した。 ② 東 京 地 裁 平 成 22 年 2 月 12 日 判 決 1 4 3 【事実の概要】 X( 原 告 ) は 、 水 産 物 漁 獲 及 び 販 売 加 工 の 業 務 等 を 営 む 会 社 で あ り 、 船 舶 を 所 有 し 、遠 洋 マ グ ロ 漁 業 を 営 ん で い た 。X は 、平 成 12 年 1 月 か ら 平 成 15 年 12 月 ま で の 間 、船 舶 に X の 従 業 員 で あ る 日 本 人 漁 船 員 の 他 、外 国 人 漁 船 員 を 乗 船 させ、漁業を行った。この外国人漁船員はいずれも外国籍であり、乗船中は、 X の 指 揮 命 令 の 下 で 漁 業 等 の 作 業 に 従 事 し 、専 ら 国 外 で 船 舶 に 乗 船 及 び 下 船 し 、 日本に上陸することはなかった。 これら外国人漁船員の配乗等に関する業務を行ったのはパナマ法人の代理店 であり、X はこのパナマ法人に対して金員を送金していた。 しかし、課税庁(被告)は、X が支払った金員のうち一部について、X が雇 用する外国人漁船員の人的役務の提供の対価であり、非居住者に対する国内源 泉所得の支払いに該当するとして X に対し源泉徴収に係る所得税の各納税告知 処分及び不納付加算税の各賦課決定処分をした。 裁 判 所 「 裁 判 例 情 報 」 HP: http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100903102649.pdf( 平 成 24 年 11 月 20 日 閲覧) 143 53 (573) これに対し、X は、船舶は日本籍船であるから、日本国の主権が及び、法の 適用があるので、国内といえ、1 年以上の期間、漁船に居住することが予定さ れていることから船員は国内に住所を有すると推定されること、普段の生活に おいて必要な設備が船舶の中にあり、仮に生活の本拠といえないとしても、生 活上多少継続して居住する場所、すなわち居所があったこと等を挙げ、処分の 取 消 を 求 め た 事 案 で あ る 144。 【判決】 請求棄却 【判旨】 ( 1) 住 所 と は 法令で人の住所について法律上の効果を規定している場合、異なる解釈をす べき特段の事由がない限り、その住所とは、各人の生活の本拠をいい、ある場 所がその者の住所であるか否かは、社会通念に照らし、その場所が客観的に生 活の本拠たる実体を具備しているか否か、すなわち、その者がその地に定住す る者として、その社会生活上の諸問題を処理する拠点となる地であるか否かに よって判断されるべきである。 ( 2) 住 居 、 配 偶 者 等 に つ い て 遠洋漁業船等長期間国外で運航する船舶の乗組員は、通常その船舶内で起居 し、その生活の相当部分を公海上で過ごすことが多いと考えられるが、船舶内 は、その者にとってあくまで勤務場所に過ぎないのであって、その乗組員がそ の地に定住する者としてその社会生活上の諸問題を処理する拠点としての生活 の本拠は、その乗組員が生計を一にする配偶者や親族の居住地、あるいはその 乗組員が、船舶で勤務している期間以外に通常滞在して生活する場所であると 解するのが相当である。 ( 3) 居 所 に つ い て また、居所についても人が多少の期間継続して居住してはいるが、土地との 密着度が生活の本拠といえる程度に達していない場所をいうと解するのが相当 144 本 件 の 評 釈 と し て 、永 橋 利 志「 外 国 人 漁 船 員 ら は「 非 居 住 者 」に 当 た る と し た 事 例 ( 税 法 上 の 住 所 を 巡 る 諸 問 題 ( 再 論 )( 特 集 ))」 月 刊 税 務 事 例 43( 9)( 2011) 21 頁 を 参 照 54 (574) である。居所についても、住所と同様、一定の土地に居住することが前提とさ れているのであって、遠洋漁業船のようにそこで長期間起居する場合であって も、船舶はその乗組員にとって勤務場所に過ぎない。外国人漁船員は、いずれ も外国籍であり、専ら国外で船舶に乗船及び下船し、我が国に上陸することは ないのであるから、生計を一にする配偶者や家族の居住地、あるいは船舶で勤 務している期間以外に通常滞在して生活する場所は、国外にあって国内にない ことは明らかであり、居所も同様であることから、これら外国人漁船員の住所 は国内にないと認められる。 ( 4) 国 内 と は ま た 、「 国 内 」 と は 、 こ の 法 律 の 施 行 「 地 」 と さ れ て い る こ と や 、「 国 外 」 と は こ の 法 律 の 施 行 地 外 の「 地 域 」を い う と さ れ て い る こ と か ら 、 「 施 行 地 」と は 、 地理的に一定の広がりのある地域を意味する概念と解するのが相当であり、動 産であり移動する船舶それ自体は「国内」であるということはできない。 【検討】 本 件 で も 、① の 判 決 と 同 様 、住 所 は 民 法 か ら の 借 用 概 念 で あ る こ と を 示 し た 。 また、本件では、ある場所がその者の住所であるか否かは、社会通念に照ら し 、そ の 場 所 が 客 観 的 に 生 活 の 本 拠 た る 実 体 を 具 備 し て い る か 否 か 、す な わ ち 、 その者がその地に定住する者として、その社会生活上の諸問題を処理する拠点 となる地であるか否かによって判断されるべきであるとした。 本件では、船員が職業上長期間にわたり船舶で起居するため、船舶内が住所 となりそうであるが、社会通念に照らせば、船員が外国籍であり、我が国に 1 度も上陸することはなく、また、船舶はあくまでも勤務場所であるから、船員 と土地との結びつきを測る場所として、下船後に船員が生活を営む場所となる 生計を一にする配偶者等の居住地等がいずれにあるのかが重要な判定基準とな った。本件は、住所や居所が地理的に土地と結びついた一定の場所に居住する ことを前提とした概念であることを示した判決といえる。 な お 、本 件 と 類 似 す る 事 例 と し て 国 税 不 服 審 判 所 平 成 20 年 6 月 5 日 の 裁 決 1 4 5 がある。これは外国船籍の遠洋鮪漁業の船舶の日本人乗組員の住所がいずれに あるかを争ったものであるが、本件判決と同様の判断を行った結果、この判例 145 裁 決 事 例 集 75 集 155 頁 55 (575) では、船員は、国内に住民登録地があり、国内に居住する配偶者を控除対象配 偶者とする確定申告をしている点、下船した後は親族が居住している日本国内 の地に滞在している点、国内に不動産を所有している点等から、居住者に該当 すると判断された。 ③ 神 戸 地 方 裁 判 所 昭 和 60 年 12 月 2 日 判 決 ( 第 1 審 ) 1 4 6 大 阪 高 等 裁 判 所 昭 和 61 年 9 月 25 日 判 決 ( 控 訴 審 ) 1 4 7 最 高 裁 判 所 昭 和 63 年 7 月 15 日 判 決 ( 上 告 審 ) 1 4 8 【事実の概要】 原 告 X( 控 訴 人 、 上 告 人 ) は 、 輸 出 業 を 営 む 会 社 で あ る が 、 原 告 X が 原 告 会 社 代 表 取 締 役 P に 対 し 給 与 を 支 払 っ た 際 、同 人 が 非 居 住 者 に 該 当 す る と し て 源 泉徴収 を行 い、納付し たとこ ろ、税務署 長( 被控訴 人 、被上告 人 )は P が居 住 者 に 該 当 す る と し て 同 人 に 支 払 っ た 給 与 に つ い て 昭 和 57 年 3 月 31 日 付 で 源 泉 徴収に係る所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分をした。こ の処分を不服とし、訴訟を提起したものである。 P は 海 外 進 出 と 共 に 、 昭 和 51 年 8 月 か ら 住 所 を 香 港 に 移 し て 、 そ の 地 に 住 所登録をし、同地において納税義務を果たしている。P は原告グループの総帥 として香港を拠点に各国の工場、商社とも緊密な連絡を取り、業務全般を統括 している。P の配偶者は日本国内に住所を有している。 な お 、P の 国 内 滞 在 日 数 は 、昭 和 52 年 か ら 昭 和 56 年 ま で 、毎 年 約 190~ 250 日 あ り 、 一 方 、 香 港 滞 在 日 数 は 、 毎 年 約 10 日 に も 満 た な か っ た 。 【判決】 請求棄却 【判旨】 ( 1) 住 所 と は 所得税法上「居住者」とは、国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて 1 年以上居所を有する個人をいうと規定しているところ、同法が、民法における 146 147 148 判 例 タ イ ム ズ ( 614) 58 頁 税 務 訴 訟 資 料 ( 153) 817 頁 税 務 訴 訟 資 料 ( 165) 324 頁 56 (576) のと同一の用語を使用している場合に、同法が特に明文をもってその趣旨から 民法と異なる意義をもって使用していると解すべき特段の事由がある場合を除 き、民法上使用されているのと同一の意義を有する概念として使用するものと 解するのが相当であるから、 「 住 所 」の 意 義 に つ い て 右 と 同 様 で あ り 、所 得 税 法 の明文又はその解釈上、民法の住所の意義、すなわち各人の生活の本拠と異な る意義に解すべき根拠を見出し難いから、所得税法の解釈においても、住所と は各人の生活の本拠をいうものといわなければならない。 所得税法上、二重課税を回避し非居住者の申告の困難を救うためには、その 個人が継続して 1 年以上居住することを同法上の住所の要件として不可欠のも のとしなければならないとの主張は、たやすく首肯することはできず、同法の 解釈適用上、その個人の生活の本拠がいずれの土地にあると認めるべきかは、 租税法が多数人を相手方として課税を行う関係上、便宜、客観的な表象に着目 して画一的に規律せざるを得ないところからして、客観的な事実として住居、 職業、国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有するか否か、資産 の所在等に基づき判定するのが相当である。 ( 2) 住 居 、 資 産 、 配 偶 者 の 有 無 、 職 業 に つ い て 所得税法上 P の住所が国内 A 市、香港のいずれであるかについて、P は、A 市 に 土 地・建 物( 居 宅 )・預 金 そ の 他 諸 財 産 を 所 有 し 、妻 子 は 同 人 所 有 の 右 住 宅 に長年居住し同所を生活の本拠としていること、夫婦は、特段の事情のない限 り 同 居 し て い る も の と 推 認 で き る こ と 、P の 自 宅 は 、X 社 本 店 及 び 空 港 も 近 く 、 平素の通勤及び国外出張の際には便利であること、X 社及びその関連企業は、 国際競争力のある商品を国内及び安価な労働力を利用して生産し、外国に輸出 販売して利潤を得るため、その海外関連企業は、グループの支店や販売拠点等 にすぎず、P は、グループの総師として実権を把握していることからして、P の職業は、永年にわたり国内に居住することを必要とするものであり、住所推 定 規 定 に よ る ま で も な く 、P は 、日 本 国 内 に あ る A 市 の 自 宅 を 生 活 の 本 拠 と し ていたものであり、同所に住所を有するものと解するのが相当である。 【控訴審判決】 控訴棄却 【判旨】 57 (577) 所 得 税 法 3 条 2 項 の 規 定 は 、個 人 が 国 内 に 住 所 を 有 す る か ど う か の 判 定 に つ い て の 必 要 な 事 項 は 政 令 で 定 め る 旨 を 規 定 し 、そ れ を う け て 、令 14 条 1 項 は 、 国内居住の個人が国内に継続して 1 年以上居住することが予想されるような事 象または状況が存するときは、当該個人は国内に住所を有するとすべきか否か が明確でない個人について適用される推定規定であって、国内に住所を有する ことが明らかな個人についてまで適用する必要のないものであるところ、P は 国内に住所を有していたことが明らかに認められる個人というべきであるから、 右規定を適用する必要はなく、したがって、同人が本件係争期間中引き続き国 内に 1 年以上居住したことがなかったとしても、その間、国内に住所を有 して いた者として、居住者であったことを免れることはできない。 【最高裁判決】 上告棄却 【判旨】 原審の認定判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法は ない。 【検討】 本判決も、①、②の判決同様、住所が民法からの借用概念であることを確認 し 、住 所 と は 生 活 の 本 拠 を 指 す と し て い る 。ま た 、認 定 基 準 も ① と 同 様 で あ る 。 本件では、P が関連企業等を総括する職業的立場から香港の住居よりも日本国 内にある本社近くに居住する必要性があり、実際に本社近くの住居に妻子が居 住していること、国内に資産を有していること等を総合考慮した結果から、居 住者と導き出された。 ④ 国 税 不 服 審 判 所 平 成 21 年 9 月 10 日 裁 決 1 4 9 【事実の概要】 B 国の国籍を有する請求人は、在留許可を得て日本に在留していた。請求人 の妻 C は、日本国内にある P 市 Q 町に所在する D 社に勤務していたが、長女 の 出 産 に 伴 い 、 育 児 休 暇 ( 無 給 ) を 取 得 し た 。 D 社 は 、 平 成 13 年 10 月 12 日 から、妻 C 用の社宅として P 市 R 町、その後 S 町所在の家屋を賃借し、請求 149 裁 決 事 例 集 78 集 63 頁 58 (578) 人は同社宅において家族と共に起居していた。 請 求 人 は 、平 成 16 年 9 月 13 日 付 で 、E 社 A 国 支 店 と の 間 で コ ン サ ル テ ィ ン グ 契 約 を 締 結 し 、平 成 17 年 10 月 3 日 付 で 、G 社 A 国 支 店 と の 間 で コ ン サ ル テ ィ ン グ 契 約 を 締 結 し て い た 。請 求 人 は 独 立 し た 請 負 業 者 で あ り 、会 社 の 代 理 人 、 パ ー ト ナ ー 等 で は な い 。請 求 人 は A 国 滞 在 中 は ホ テ ル を 転 々 と し て お り 、そ の 間日本での滞在は短期間であった。 ま た 、請 求 人 は 観 光 ビ ザ で A 国 に 上 陸 し て お り 、就 労 ビ ザ の 取 得 を し た こ と は な か っ た 。こ の 請 求 人 が A 国 に 在 留 中 に 得 た 報 酬 に つ い て 、課 税 庁 は 、A 国 在留中も日本に生活の本拠を有していたから請求人は日本の居住者であり、同 報酬も請求人の課税所得に当たるとして所得税の決定処分等を行ったのに対し、 請 求 人 は A 国 在 留 中 、日 本 に 生 活 の 本 拠 を 有 し て い な か っ た の で 納 税 義 務 を 負 う居住者ではないと主張した。 【裁決】 取消・一部取消 【判旨】 ( 1) 住 居 平 成 16 年 9 月 13 日 か ら 平 成 18 年 6 月 8 日 ま で の 期 間 に お け る 請 求 人 の 日 本 へ の 滞 在 は 、 月 に 一 度 程 度 で あ り 、 主 と し て 週 末 を 含 む 1~ 5 日 間 に 過 ぎ な い も の で あ り 、日 本 の P 市 に 所 在 す る 家 屋 は 、請 求 人 の 妻 C が 勤 務 先 か ら 社 宅 として賃借していたものであって、生活用動産が運搬されていなかったのも、 妻及び子らが同所での生活に必要であったためと推認できる。これらを考慮す ると、当該家屋が請求人の日本滞在中の生活拠点であったことは認められるも のの、請求人の生活の本拠が当該所在地にあったものと直ちに判断することま ではできない。 ( 2) 職 業 また、コンサルティング契約は、コンサルティング業務を国外に所在する事 務所内において常勤で提供することを内容とするものであったこと、請求人は 契約期間の大部分を国外で過ごしていることからすると、請求人は、主として 国外において当該コンサルティング契約に係る業務を提供していたものと認め るのが相当であり、請求人は対外的に上記家屋内に事業所を置くコンサルタン 59 (579) トであり、事業主であるとしていたことをもって直ちに、請求人の職業的基盤 が日本にあったとまで認めることはできない。 ( 3) 生 計 を 一 に す る 配 偶 者 等 請求人と生計を一にする妻は勤務先を休業し、一定期間子らとともに国外に 滞在し請求人と起居を共にしたが、妻らの国外滞在は一時的なものであったと 認めるのが相当であるから、請求人は国内に生計を一にする親族を有していた というべきであるところ、妻が休業中においても上記家屋の貸与を受け、そこ に居住を続けたのは、あくまで妻の従業員としての選択・判断であると認めら れ、その選択・判断が、上記期間における請求人の生活の本拠を確保すること を目的としてなされたものと認められないから、妻らが日本国内に居住してい たことが請求人の生活の本拠が当該家屋にあったことを裏付ける重要な事実で あるとまでは認め難い。 ( 4) 資 産 の 所 在 また、請求人は現金及び銀行口座の預金を除き、日本国内に資産を保有して いなかったところ、通常、預金口座を管理するために日本国内に生活の本拠が 上記所在地にあったとまでは認められない。 上記の各点を総合勘案すれば、上記期間において請求人の生活の本拠が上記 家屋にあった、又は、当該家屋に相当期間継続して居住していたと認定するの は困難であり、請求人は、非居住者に該当するといわざるを得ない。 【検討】 上記②の判例では、船員の住所が、生計を一にする配偶者等の所在地にある とされ、配偶者等の住所が重要な認定基準とであったのに対し、本件は、国内 に生計を一にする妻子がいても、請求人は非居住者であるとされている。 請 求 人 は A 国 に お い て は 、ホ テ ル を 転 々 と し て お り 、生 活 用 動 産 も な く 、継 続した住居を有していなかったことだけに目を向ければ、請求人は日本国内に 生計を一にする配偶者を有しており、妻子の生活の本拠というべき住居がある のであるから、その住居をもって居住者と判定されそうであるが、妻が社宅に 居住しているのは、あくまでも妻の従業員としての立場からの選択・判断であ るから、それは請求人の生活の本拠を決定づけるものではないと判示し、配偶 者の居住する地が社宅という妻の職業的立場によるものであることも考慮して 60 (580) いることがうかがえる。 請求人の妻が自らの職業のために国内に居住しているため、配偶者の居住地 が直ちに請求人の生活の本拠であると認められない点、配偶者が国内に居るた め に 請 求 人 は 生 活 用 品 を A 国 に 持 ち 出 せ な か っ た こ と 、日 本 国 内 に お け る 滞 在 日数の短さ、資産の有無、A 国での職業形態が常勤であること等を総合考慮し た結果、日本国内にある妻子の住む社宅は、請求人の日本滞在時に限った生活 拠点であるといえ、請求人は非居住者であると導きだされた。 【私見】 上記の判例、裁決例をみると、いずれも住所とは民法からの借用概念である ことを確認している。そして、住居、生計を一にする配偶者等の有無、職業、 資産の所在という事実認定基準を客観的に積み重ね、総合的に考慮した結果、 国内における住所の有無を決定している。この点には本稿も賛成である。住所 の有無については判例毎に個別に判定するしかないのであるが、その客観的事 実の総合考慮によって民法が定める生活の本拠が我が国にあれば課税し、生活 の本拠がなければ我が国の課税権に服さないという考え方は、課税要件として も一義的であり明確な基準といえる。 上記判例、裁決例の中には租税回避目的について触れているものがあり、判 旨の中には、租税回避目的は、生活の本拠の有無を認定する際にはあくまでも 補充的考慮要素に留まるとしたものもあった。仮に租税回避目的を考慮したと しても、最初から税負担の軽減を目的とした海外移動もあれば、結果的に税負 担を回避できたといった事例もあろう。これを区別して課税することは容易で はないし、課税庁に自由な裁量を与える危険性がある。 また、出国目的が課税を回避するものであれ、事業目的であれ、住所判定の 際の認定基準は全く異なるところがないはずである。出国目的別に認定基準を 変更することは課税の公平性、法的安定性に反する。あくまでも上記事実認定 基準を全ての事例に適用し、主観的要素を積極的に判断基準に取り込まず、客 観的事実の総合考慮によって生活の本拠の有無を判定すべきと考える。 また、客観的事実の認定には社会通念に照らすとした判例があった。租税法 において私法からの借用概念が用いられている場合、それは基本的に私法にお けると同じ意義に解すべきであるとされるが、課税が私法上の取引から生ずる 61 (581) 経済的成果に対してなされるものであり、その私法においては、社会通念が重 要な役割を果たしている点を考えれば、借用概念の解釈及びそれに関連する事 実 認 定 に お い て も 、社 会 通 念 は 一 定 の 役 割 を 果 た す 1 5 0 と 考 え ら れ る 。こ の こ と は 、社 会 通 念 と い う 用 語 が 基 本 通 達 の 前 文 1 5 1 や 通 達 内 1 5 2 で も み ら れ る こ と か ら もうかがえる。 船舶等の乗組員の住所については、上記事実認定基準の内、生計を一にする 配 偶 者 の 有 無 が 大 き な ウ エ イ ト を 占 め る こ と が わ か っ た 。所 得 税 基 本 通 達 3― 1 でも、船舶、航空機の乗組員の住所の判定は、その者の配偶者その他生計を一 にする親族の居住している地、又はその者の勤務外の期間中通常滞在する地が 国 内 に あ る か ど う か に よ り 判 定 す る と し て い る 。こ の 通 達 に 示 さ れ た 考 え 方 は 、 この判例の判旨と同趣旨をいうものである。職業柄、船舶等で勤務することで 常に移動を伴い、あるいは、公海、上空等土地と接していない者の生活の本拠 を判定する取扱いには合理性があるといえよう。 第 3項 相続税法における住所 相続税法基本通達では、住所の意義について各人の生活の本拠をいうのであ るが、その生活の本拠であるかどうかは、客観的事実によって判定するものと し、所得税法と同様、民法からの借用概念であり、客観説の立場をとっている ことがうかがえる。また、所得税法における基本通達にはみられないが、相続 税 基 本 通 達 で は 、同 一 人 に つ い て 同 時 に 法 施 行 地 に 2 箇 所 以 上 の 住 所 は な い も の と し 、単 一 説 に 依 拠 し て い る こ と が う か が え る 。( 相 基 通 1 の 3・ 1 の 4 共 ‐ 中 里 実 「 借 用 概 念 と 事 実 認 定 ― 租 税 法 に お け る 社 会 通 念 ― 」 税 経 通 信 62( 14) ( 2007) 17 頁 。 武 田 昌 輔 「 税 法 に お け る 「 社 会 通 念 」 の 効 用 」 月 刊 公 益 法 人 38 ( 10)( 2007) 10 頁 で も 「 法 令 上 明 確 で な い 事 項 ( 事 実 認 定 を 含 め て ) を 社 会 通 念 に よ っ て 具 体 的 に 判 断 す る こ と は 極 め て 重 要 な こ と で あ り 、具 体 的 に 判 断 す る う えにおいても大きな効用を持つものと考える」と述べられている。 1 5 1 「 こ の 所 得 税 基 本 通 達 の 制 定 に 当 た っ て は 、従 来 の 所 得 税 に 関 す る 通 達 に つ い て 全 面 的 に 検 討 を 行 な い 、こ れ を 整 備 統 合 す る 一 方 、そ の 内 容 面 に お い て は 、法 令 の単純な解説的留意規定はできるだけ設けないこととするなど通達を簡素化する と と も に 、な る べ く 画 一 的 な 基 準 を 設 け る こ と を 避 け 、個 々 の 事 案 に 妥 当 す る 弾 力 的運用を期することとした。したがって、この通達の具体的な適用に当たっては、 法 令 の 規 定 の 趣 旨 、制 度 の 背 景 の み な ら ず 条 理 、社 会 通 念 を も 勘 案 し つ つ 、個 々 の 具 体 的 事 案 に 妥 当 す る 処 理 を 図 る よ う 努 め ら れ た い 。」 1 5 2 所 基 通 9― 5、 9― 23、 28― 5 等 。 150 62 (582) 5)。 相 続 税 法 に お け る 住 所 を め ぐ る 主 な 判 例 と し て は 、武 富 士 事 件 が 挙 げ ら れ る 。 争額の大きさ、地裁・最高裁判決と高裁判決で判決が異なる点、係争中にもか かわらず、法令改正を行ったことで、現在ではこのスキームが利用できない点 でも注目すべき判例である。 東 京 地 裁 平 成 19 年 5 月 23 日 判 決 1 5 3 東 京 高 裁 平 成 20 年 1 月 23 日 判 決 1 5 4 最 高 裁 平 成 23 年 2 月 18 日 判 決 1 5 5 【事実の概要】 X( 原 告 、被 控 訴 人 、上 告 人 )は 、平 成 11 年 12 月 27 日 付 の 株 式 譲 渡 証 書 に よ り 消 費 者 金 融 大 手 で あ る 株 式 会 社 武 富 士 の 創 業 者 兼 代 表 取 締 役 父 A( 裁 判 時 に は 死 亡 )及 び 母 B か ら オ ラ ン ダ の ペ ー パ ー カ ン パ ニ ー 法 人 で あ る 有 限 責 任 非 公 開 会 社 の 出 資 口 数 合 計 720 口 の 贈 与 を 受 け た 。X は 、内 外 か ら 亡 A の 後 継 者 と目されていた人物である。 X は、贈与日に香港に居住していたこと、本件出資が国外財産であることを 理 由 に 贈 与 税 の 申 告 を し な か っ た と こ ろ 、杉 並 税 務 署 長 Y は 、本 件 贈 与 に つ き 、 贈 与 税 約 1,157 億 円 の 決 定 処 分 及 び 無 申 告 加 算 税 約 173 億 円 の 賦 課 決 定 処 分 を 行った。これに対し X が本件決定処分の取消を求めた。 ( 1) 原 告 の 経 歴 X は 、 留 学 前 ま で は 、 杉 並 に あ る 自 宅 で 亡 A、 B、 実 弟 C と 共 に 居 住 し て い た 。 留 学 中 の 平 成 5 年 に は 、 亡 A よ り 約 209 億 円 の 贈 与 を 受 け 、 約 146 億 円 の 贈 与 税 を 納 税 し て い る 。X は 、平 成 7 年 に 帰 国 し 、そ の 後 武 富 士 に 入 社 し た 。 ( 2) X の 出 国 に 至 る 経 緯 当時、贈与者が所有する財産を国外に移転し、更に受贈者の住所を国外に移 転させた後に贈与を実行することによって、我が国の贈与税の負担を回避する 手法が節税方法として一般に紹介されていた。 153 154 155 訟 務 月 報 55( 2) 267 頁 判 例 タ イ ム ズ ( 1283) 119 頁 裁 判 集 民 ( 236) 71 頁 63 (583) 亡 A は 平 成 9 年 頃 、弁 護 士 か ら 上 記 の 贈 与 税 回 避 手 法 の 一 般 的 な 説 明 を 受 け 、 同年、この弁護士を交えた会合に X も出席をしている。 X は平成 9 年にアジアを中心とした海外でのファイナンス業務及びベンチャ ーキャピタル業務の展開のために武富士の香港子会社を設立し、駐在役員とし て同地に赴任した。 ( 3) 香 港 の 住 居 X の香港居宅は家財等の生活用品が備え付けられたものであるため、X は日 本から携帯したのは衣類程度であった。 ( 4) 入 出 国 の 状 況 X の 平 成 9 年 6 月 27 日 か ら 平 成 12 年 12 月 17 日 ま で の 滞 在 期 間 に 占 め る 香 港 滞 在 日 数 の 割 合 は 65.8% で あ り 、日 本 の 滞 在 期 間 日 数 は 26.2% で あ る 。X は 月に 1 度は日本に帰国し、その際は家族とともに杉並自宅で起居していた。本 件贈与後、X は 3 カ月に 1 回程度、国別滞在日数を集計した一覧表を作成して おり、国内に長期滞在している時は、公認会計士から早く香港に戻るように注 意を受けていた。 ( 5) X の 香 港 に お け る 執 務 状 況 X が 香 港 滞 在 中 に 面 談 、接 待 、契 約 、IR 活 動 を 行 っ た 日 は 平 成 9 年 か ら 平 成 12 年 ま で で 合 計 168 日 で あ っ た 。X は 香 港 滞 在 中 も 月 1 回 、武 富 士 本 社 の 取 締 役会の多くに出席していた。 ( 6) 資 産 の 所 在 等 X は 国 内 に お い て は 、 株 式 約 1,730 億 円 ( そ の 多 く が 銀 行 借 入 担 保 ) を 所 有 し て お り 、 預 金 残 高 は 約 23 億 円 で あ る の に 対 し 、 香 港 の 預 金 は 約 5,000 万 円 であった。 ( 7) X の 香 港 出 国 と 日 本 へ の 帰 国 X は 平 成 12 年 12 月 に 退 職 届 を 出 し 、香 港 を 出 国 、タ イ 、マ レ ー シ ア 等 を 転 々 と す る 一 方 、 平 成 13 年 か ら は 日 本 に 度 々 滞 在 す る 等 し て お り 、 本 件 杉 並 自 宅 に 戻 っ た の は 平 成 15 年 12 月 で あ っ た 1 5 6 。 156 本 件 の 評 釈 と し て 、品 川 芳 宣「 国 外 財 産 の 贈 与 に お け る 受 贈 者 の「 住 所 」の 認 定 : 武 富 士 事 件 」税 研 23( 2)( 2007)80 頁 、川 田 剛「 国 外 財 産 の 贈 与 に 係 る 住 所 地 」 国 際 税 務 28( 6)( 2008) 31 頁 、 三 木 義 一 「 税 法 に お け る 「 住 所 」 概 念 東 京 地 裁 平 成 19 年 5 月 23 日 判 決 を 素 材 に し て 」 税 経 通 信 62( 13)( 2007) 39 頁 、 仲 64 (584) 【判決】 認容→控訴 【判旨】 ( 1) 住 所 の 認 定 法令において人の住所につき法律上の効果を規定している場合、反対の解釈 をすべき特段の事由のない限り、住所とは、各人の生活の本拠を指すものと解 するのが相当であり、生活の本拠とは、その者の生活に最も関係の深い一般的 生活、全生活の中心を指すものである。そして一定の場所がある者の住所であ るか否かは、租税法が多数人を相手方として課税を行う関係上、客観的な表象 に着目して画一的に規律せざるを得ないところからして、一般的には住居、職 業、国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有するか否か、資産の 所 在 等 の 客 観 的 事 実 に 基 づ き 、総 合 的 に 判 定 す る の が 相 当 で あ る 。こ れ に 対 し 、 主観的な居住意思は、通常、客観的な居住の事実に具体化されているであろう から、住所の判定に無関係であるとは言えないが、かかる居住意思は必ずしも 常に存在するものではなく、外部から認識し難い場合が多いため、補充的な考 慮要素にとどまるものと解される。 ( 2) 職 業 、 住 居 X は 、 本 件 滞 在 期 間 中 の 26.2% を 日 本 に 滞 在 し 、 65.8% を 香 港 で 過 ご し 、 そ の 間は、香港自宅で起臥寝食していた。更に香港における自宅アパートは家具等 が備え付けられたもので、X はコピー機までも設置していた。X は、香港のア パートの賃貸契約を更新していることから、相当期間使用されることが予定さ れていたというべきである。また、X は香港に設立した会社の駐在役員、その 子会社の代表取締役の地位にあり、6 割以上の日数を香港で滞在し、香港の会 社 の IR 活 動 等 に も 従 事 し て い た も の で あ っ て 、 こ れ ら の 観 点 か ら X の 生 活 の 谷 栄 一 郎 前 掲「「 租 税 軽 減 の 目 的 」と 税 法 上 の 事 実 認 定:「 住 所 」を め ぐ る 判 例 を 素 材 に 」国 際 税 務 28( 6)( 2008) 39 頁 、増 井 良 啓「 海 外 財 産 の 贈 与 と 住 所 の 認 定 : 武 富 士 事 件 ( 最 新 租 税 判 例 60)」 税 研 25( 3)( 2009) 21 頁 、 林 仲 宣 「 住 所 の 本 質 武 富 士 事 件 最 高 裁 判 決 に 関 連 し て 」税 務 弘 報 59( 5) ( 2011)148 頁 、水 野 忠 恒「 相 続 税 法 に お け る 納 税 義 務 者 : 武 富 士 事 件 」月 刊 税 務 事 例 43( 5)( 2011)21 頁 、朝 倉 洋 子 「 住 所 を め ぐ る 客 観 的 判 断 < 税 法 ピ ン ポ イ ン ト 分 析 16/ 判 決 ・ 裁 決 か ら 学 ぶ 条 文 解 釈 > 」 税 理 54( 6)( 2011) 258 頁 を 参 照 65 (585) 本拠が国内にあったとすることも困難である。 ( 3) 生 計 を 一 に す る 配 偶 者 等 X は 独 身 で あ り 、亡 A、B、C と 生 計 を 一 に し て い た と ま で は い え な い 。X は 両親から独立して生活を営んでおり、杉並の自宅は、X の日本滞在時の生活拠 点であったに過ぎない。 ( 4) 資 産 の 所 在 X は 金 額 面 で 比 較 す れ ば 、香 港 よ り も 日 本 国 内 に 多 く の 資 産 を 有 し て い る が 、 香港でも生活をする上で当面必要な資産を十分有しており、香港滞在中の生活 費等の支払いも日本、香港双方の銀行からされているから、資産の所在から生 活の本拠が国内にあるか否かを判断するのは困難である。 ( 5) 租 税 回 避 目 的 等 X は公認会計士から本件贈与の実行に関する具体的な説明を受けており、国 別の滞在日数を集計した一覧表を作り、長期滞在時には香港に戻るよう指導さ れる等していることから、香港に居住していれば多額の贈与税の負担を回避で きることを認識していたものと認められる。 しかし、X は香港駐在員ないし香港子会社の代表者の地位にあって、現実に それらの業務に従事していたものであり、かかる業務が贈与税を回避するため に作出された外形にすぎないとは認められない。また、X の香港滞在の目的の 1 つ に 贈 与 税 の 負 担 回 避 が あ っ た と し て も 、現 実 に X が 香 港 自 宅 を 拠 点 と し て 生活した事実が消滅するわけではないから、杉並の自宅が生活の本拠であった か否かの点に決定的な影響を与えるとは解し難い。 以 上 の こ と か ら 、X と 亡 A な い し 武 富 士 と の 関 係 、贈 与 税 回 避 の 目 的 そ の 他 の事情を考慮してもなお、X が日本国内に住所を有していたと認定するのは困 難である。 【控訴審判決】 原判決取消、被控訴人請求棄却 【判旨】 ( 1) 住 所 の 認 定 法令において人の住所につき法律上の効果を規定している場合、反対の解釈 をすべき特段の事由のない限り、住所とは、各人の生活の本拠を指すものと解 66 (586) するのが相当であり、生活の本拠とは、その者の生活に最も関係の深い一般的 生活、全生活の中心を指すものである。そして一定の場所がある者の住所であ るか否かは、住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の存否、資産の 所在等の客観的事実に、居住者の言動等により外部から客観的に認識すること ができる居住者の居住意思を総合して判断するのが相当である。 ( 2) 租 税 回 避 目 的 等 X は香港に居住していれば多額の贈与税を課されないことを認識し、公認会 計士から指導を受け、滞在日数を調整していたこと、我が国の贈与税の負担を 回避する方法が、節税方法として一般に紹介されていたこと、香港子会社の設 立 、代 表 者 就 任 は 亡 A の 提 案 に よ る も の で あ る こ と 、以 前 に も 贈 与 に つ き 多 額 の贈与額を負担したことがあったこと等を総合考慮すれば贈与税回避を可能に する状況を整えるために香港に出国するものであったと認めることが相当であ る。 ( 3) 職 業 X は、その立場上、執務日を自由に決定することができ、執務状況も全滞在 期 間 を 通 じ て 168 日 に し か 過 ぎ な か っ た 。 X は 香 港 駐 在 役 員 、 香 港 子 会 社 代 表 取締役の地位にあったが、X が武富士にとって単なる取締役としての存在を超 えた極めて重要な人物であるから、X にとっては武富士が最も重要な拠点(組 織)であったと認められる。X の香港子会社における業務活動も結局のところ 親会社である武富士の企業活動に資するためのものであること等を考慮すると、 香港における業務活動が武富士における後継者としての業務活動と比較してそ の重要性において上回るものと認めることはできない。 ( 4) 住 居 X は、月に一度は日本に帰国し、日本滞在日数の割合は 4 日に 1 日以上であ り 、日 本 滞 在 中 は 杉 並 自 宅 で 起 居 し 、香 港 出 国 前 と 同 様 の 状 態 で 生 活 し て い た 。 また、X は贈与税回避を可能にするために滞在日数を調整していることから も、形式的に日本における滞在日数と比較してその多寡を主要な考慮要素とす るのは相当ではないというべきである。そして、香港居宅はホテルと同様のサ ービスを受けられるアパートであり、長期の滞在を前提とする施設であるとは いえない。一方、杉並自宅には両親が居住し、X の家財道具があること等を考 67 (587) 慮すると、X と杉並自宅の結びつきより、X と香港居宅の結びつきの方がより 希薄であったものというべきである。 ( 5) 資 産 の 所 在 X は 、 国 内 に お い て 1,000 億 円 を 超 え る 武 富 士 の 株 式 や 23 億 円 も の 預 金 等 を 保 有 し て お り 、 他 方 、 香 港 に お け る 資 産 は 5,000 万 円 程 度 の 預 金 の み で あ っ た。これは、X の資産の大部分が日本にあったというべきで、資産が国内にあ る事実は、生活の本拠が国内にあるかどうかの認定について判断資料となるこ とは明らかである。 ( 6) 居 住 意 思 X は、3 銀行には香港に異動した旨の届出をしたが、7 銀行にはそのような 届出をせず、役員宣誓書には杉並自宅所在地を住所として記載している。X は 本件滞在期間中に順次重要な地位へ昇進しており、香港滞在を長期間継続する ことを予定していなかったと認めるのが相当である。また、香港居宅はホテル と同様のサービスが受けられるアパートであることからも、長期滞在を前提と する施設であるとはいえない。更に、X が公認会計士から本件贈与の実行に関 する具体的な説明を受け、国別滞在集計表を作成し、国内長期滞在時には公認 会計士から早く香港に帰るよう注意を受けた事実等を考慮すれば、X は香港を 生活の本拠にしようとする意思は強いものであったとは認められない。 以 上 の 事 実 に よ れ ば 、本 件 滞 在 期 間 中 の X の 生 活 の 本 拠 は 、そ れ 以 前 と 同 様 に杉並自宅にあったもとと認めることができる。 【最高裁判決】 破棄自判(確定) 【判旨】 ( 1) 住 所 の 認 定 、 職 業 等 住所とは、反対の解釈をすべき特段の事由はない以上、生活の本拠、すなわ ち、その者の生活に最も深い一般的な生活、全生活の中心を指すものであり、 一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具 備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である。これを本件に ついてみるに、X は香港に赴任しつつ国内にも相応の日数を滞在していたとこ ろ、本件贈与が開始されたのが、赴任開始から約 2 年半後のことであり、香港 68 (588) に出国する際に住民登録につき香港への転出の届出をする等した上、通算約 3 年 半 に 渡 る 赴 任 期 間 で 、そ の 約 3 分 の 2 の 日 数 を 賃 借 し た 香 港 居 宅 に て 過 ご し 、 現 地 の 業 務 に 従 事 し て い る の に 対 し 、国 内 に お い て は 約 4 分 の 1 の 日 数 を 杉 並 自宅で過ごし、その間に武富士本社の業務に従事していたにとどまるというの であるから、香港居宅は生活の本拠たる実体を有していたものというべきであ り、杉並自宅は生活の本拠たる実体を有していたと言うことはできない。 ( 2) 租 税 回 避 目 的 等 一定の場所が住所に当たるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備し ているか否かによって決すべきものであり、主観的に贈与税回避の目的があっ たとしても客観的な生活の実体が消滅するものではないから、上記の目的の下 に滞在日数を調整していたことをもって、現に香港での滞在日数が約 3 分の 2 に及んでいる X について香港居宅に生活の本拠たる実体があることを否定する 理由とはならない。 このことは、法が民法上の概念である住所を用いて課税要件を定めているた め、本件の争点が住所概念の解釈適用の問題となることから導かれる帰結であ ると言わざるを得ず、他方、贈与税回避を可能にする状況を整えるためにあえ て国外に長期の滞在をするという行為が課税実務上想定されていなかった事態 であり、このような方法による贈与税回避を容認することが適当ないというの であれば、法の解釈では限界があるので、そのような事態に対応できるような 立 法 に よ っ て 対 処 す べ き も の で あ る し 、 現 に 平 成 12 年 に そ の 措 置 が 講 じ ら れ ているところである。 ( 3) 住 居 等 本 件 期 間 中 、X が 国 内 で は 杉 並 自 宅 で 起 居 し て い た こ と は 自 然 な 選 択 で あ り 、 会 社 内 に お け る X の 立 場 の 重 要 性 は 、約 2.5 倍 存 す る 香 港 と 国 内 と の 滞 在 日 数 の格差を覆して生活の本拠たる実体が国内にあることを認めるに足りる根拠と なるとはいえず、香港に家財道具等を移動していない点は、費用や手続の煩雑 さに照らせば別段不合理なことではない。ホテル同様のサービスを受けられる アパートに滞在していた点も X が単身であるから当然の自然な選択といえる。 また、香港に銀行預金等の資産を移動していないとしても、通常海外赴任者に みられる行動であり、各種の届出からうかがわれる X の居住意思についても、 69 (589) 香港赴任時の出国の際に住民登録に香港への転出の届出をする等しており、別 段不自然ではない。これらの事情を考慮すると香港居宅に生活の本拠たる実体 があることを否定する要素とはならない。 【須藤裁判官の補足】 これまでの判例上、民法上の住所は単一であるとされている。しかも、住所 が複数あり得るとの考え方は一般的に熟しているとまでは言えない。よって香 港 か 東 京 か の い ず れ か 1 つ に 住 所 を 決 定 せ ざ る を 得 な い 。裁 判 所 の 挙 示 す る 諸 要素からすれば、X の香港での生活は、本件贈与税回避スキームが成るまでの 寓居であるといえるにしても、仮装のものとまではいえないし、東京よりも香 港の方が客観的な生活の本拠たる実体をより一層備えていたといわざるを得な い。 本件贈与税回避スキームのような親子間での財産支配の無償の移転は著しい 不公平感を免れない。国外に暫定的に滞在しただけといってもよい日本国籍の X は 無 償 で 1,653 億 円 も の 莫 大 な 経 済 的 価 値 を 親 か ら 承 継 し 、 し か も 、 そ の 経 済的価値は実質的に本件会社の国内での無数の消費者を相手方とする金銭消費 貸借契約上の利息収入によって稼得した巨額な富の化体したものといえるから 最適な担税力が備わっているということもでき、我が国における富の再分配等 の要請の観点からしてもなおさらその感を深くする。一般的な法感情の観点か ら結論だけをみる限りでは違和感も生じないではない。 しかし、そうであるからといって、個別否認規定がないにもかかわらず、こ の租税回避スキームを否認することには、やはり大きな困難を覚えざるを得な い。明確な根拠が認められないのに、安易に拡張解釈の適用などの特別の法解 釈や特別の事実認定を行って租税回避の否認をして課税することは許されない。 厳格な法条の解釈が求められる以上、解釈論にはおのずから限界があり、法解 釈によって不当な結論が不可避であるなら、立法によって解決すべきであり、 裁判所としては、立法の領域にまで踏み込むことはできない。 結局、租税法律主義という憲法上の要請の下、法廷意見の結論は、一般的な 法感情の観点からは少なからざる違和感も生じないではないけれどもやむを得 ないところである。 【検討】 70 (590) 相続税法の判例でも、所得税法同様、まず、住所が民法からの借用概念であ ることを確認している。武富士事件では、住所の有無を判定する際、ユニマッ ト事件と同様、租税回避目的という主観的要素が考慮されるべきか否かが争点 の一つとなっており、地裁、高裁、最高裁と判決が異なった。 まず、第 1 審では、住所の意義については法令において人の住所につき法 律 上の効果を規定している場合、反対の解釈をすべき特段の事由のない限り、住 所とは生活の本拠を指すとし、その判定の考慮要素として、住居、職業、国内 において生計を一にする配偶者その他の親族の有無、資産の所在等の客観的事 実に基づき、総合的に判定するのが相当であるとし、主観的な居住意思につい ては、通常、客観的な居住の事実に具体化されているであろうから、住所の判 定に無関係であるとはいえないが、かかる居住意思は必ずしも常に存在するも のではなく、外部から認識し難い場合が多いため、補充的な考慮要素にとどま る と し て 、住 所 認 定 の 基 準 と し て 積 極 的 に 採 用 す べ き で は な い こ と を 判 示 し た 。 そして、贈与税の負担を回避することが可能であると認識していた可能性もあ るが、あくまでも客観的事実のみを総合考慮して、X は非居住者と判定した。 一 方 、控 訴 審 で は 、住 所 の 意 義 に つ い て は 第 1 審 と 同 様 で あ る も の の 、居 住 意 思 に つ い て は 、上 記 第 1 審 に お け る 考 慮 要 素 の 客 観 的 事 実 に 、居 住 者 の 言 動 等により外部から客観的に認識することができる居住者の居住意思を総合して 判断するものと判示し、さらに、特定の場所を特定人の住所と判断するについ ては、その者が間断なくその場所に居住することを要するものではなく、単に 滞在日数が多いかどうかによってのみ判断すべきものではないとした。その結 果、控訴審判決では、主観的要素を客観的要素と同列に取扱い、住所、職業、 資産等の考慮要素と租税回避の意図を関連づけることによって、X は居住者と 判定された。 最高裁では、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本 拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である とし、主観的要素の取り入れを否定して、あくまでも客観的事実のみで判定す る立場をとった。そして、主観的に贈与税回避の目的があったとしても、客観 的な生活の実体が消滅するものではなく、このような贈与税回避を容認するこ とが適当でないならば、法の解釈に限界があるので、立法によって対処すべき 71 (591) であるとした。 【私見】 須藤裁判官も述べられているように、一般的法感情からはこのような巨額の 無償贈与は許されないものであるが、租税法律主義の下では、租税回避であっ て も 、個 別 否 認 規 定 な く し て は 否 認 で き な い の で あ っ て 、最 高 裁 の 判 示 し た「 客 観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべき」という考え 方に本稿も賛成である。住所の有無は、原則として、住居、職業、資産の所在 等といった考慮要素を客観的に積み重ねた結果で判断しなければならないのは、 所 得 税 法 と 同 様 で あ る 157。 そもそも、 「 何 人 も 外 国 に 移 住 し 、又 は 国 籍 を 離 脱 す る 自 由 を 侵 さ れ な い( 憲 法 22)」 の で あ っ て 、 住 所 選 択 は 憲 法 に 定 め ら れ た 国 民 の 権 利 で あ り 、 租 税 回 避目的で課税率の低い国に移住すること自体は直ちに違法行為となる訳ではな い。住所があるにもかかわらず、住所がないように仮装された場合(あるいは その逆の場合)に初めて問題となるのである。 控訴審判決では、租税回避行為は違法であるとの考え方を前提に、租税回避 の意図を住所判断の中に積極的に取り込んでいるが、こうした主観的要素の過 度の取り込みは租税法律主義を軽視するものであり、法的安定性を揺るがすも とであろう。仮に、本件において、租税回避の意思が介在しない場合の住所は 香港であり、その意思が介在した場合には日本を住所と認定するというのであ れば、本来、租税回避行為の否認の是非という、租税法の法律の解釈適用の問 題 領 域 を 事 実 認 定 に す り 替 え て 処 理 す る と い う 誤 っ た 対 処 と な る 158。 たとえ租税回避目的があったとしても、客観的にみて現にその地に生活の実 体があるならば、その地がその者の住所地なのであり、現行法ではその移住行 為は適法なのである。 控訴審判決は、客観的に事実認定基準を総合考慮した結果により住所の有無 157 た だ し 、本 稿 で も 主 観 的 要 素 が 全 く も っ て 考 慮 要 素 と な ら な い と ま で は 断 言 し な い 。そ こ に 居 住 し て い る 客 観 的 事 実 は 、居 住 の 意 思 が 具 体 化 し た も の と も い え な くもないから、補充的考慮要素にはとどまるものと考える。 158 大 淵 博 義 「 租 税 負 担 軽 減 の 住 所 移 転 と 相 続 税 法 上 の 「 住 所 」 の 認 定 ( 3・ 完 ) ― 武 富 士 事 件 判 決 を 素 材 と し て ― 」 税 務 事 例 40( 6)( 2008) 9 頁 72 (592) を判定しておらず、あくまでも主観的要素である租税回避目的の意思というフ ィルターを通して住所の有無を判定しているため、本稿では支持できない。 第 4項 地方税法における住所 道 府 県 民 税 、 市 町 村 民 税 ( 東 京 23 区 で は 特 別 区 民 税 ) で は 、 賦 課 期 日 ( そ の 年 の 1 月 1 日 )現 在 に 道 府 県 内 、市 町 村( 23 区 を 含 む 、以 下 同 じ )内 に 住 所 を有する個人について、均等割額及び所得割額の合計額を課税し、道府県内、 市町村内に事務所、事業所又は家屋敷を有する個人で、当該道府県内、市町村 内 に 住 所 を 有 し な い 者 に つ い て は 、均 等 割 額 を 課 税 す る と さ れ る( 地 法 24 条 、 294 条 )。 地方税法でも住所の有無を争った判例があるので以下に確認する。 東 京 地 裁 昭 和 45 年 3 月 9 日 判 決 1 5 9 【事実の概要】 原 告 X は 、 昭 和 21 年 に 日 本 国 に 入 国 し 、 東 京 都 内 等 に 居 住 し て い た が 、 昭 和 29 年 頃 に 千 代 田 区 に 移 転 し 、 同 年 外 国 人 登 録 申 請 し 、 同 区 内 に 妻 と 共 同 で 宅地を所有した。X は弁護士で東京弁護士会の準会員であり、会の名簿には同 区 内 の ビ ル 等 を 登 録 し て い た 。X は 36 年 12 月 に 香 港 に 出 国 し 、日 本 に は 年 に 数 回 入 国 し 、 そ の 滞 在 日 数 は 年 200~ 280 日 く ら い で あ っ た 。 X は 出 国 し 、 自 身が不在中は日本人女中を常時同区の住宅に居住させる等していた。課税庁 Y は原告の生活状態が従前と変わりがないと判断し、特別区民税を課したが、X は 昭 和 36 年 12 月 以 降 、同 区 の 住 民 で は な い か ら 納 税 義 務 は な い と し 、訴 訟 を 提起した。 【判決】 請求棄却 【判旨】 ( 1) 住 所 と は 一般に法令において人の住所につき法律上の効果を規定している場合には、 その住所とは各人の生活の本拠をさすものと解するを相当とし、そして何を右 159 判 例 時 報 ( 588) 67 頁 73 (593) の生活の本拠とみるかは、現在のように各人の生活が多方面にわたっている状 況のもとにおいては、当該法令が住所を法律効果に結び付けている趣旨に照ら し、当該法律関係に即して決すべきである。しかるところ、地方税法は、その 294 条 1 項 、 1 条 2 項 、 736 条 に よ り 東 京 都 の 特 別 区 に つ き 、 当 該 特 別 区 の 区 域内に住所を有する個人に対して均等割額及び所得割額の合算額によって特別 区民税を課することにしているが、同法がこのように個人に対する住民税につ いて住所を課税要件と定めた趣旨は、所得割額による住民税を課税すべき特別 地方公共団体を定めるとともに、当該特別地方公共団体の区域内に居住する住 民にその担税力に応じてその地方公共団体の経費を分任せしめる趣旨と解すべ き で あ る か ら 、 右 の 趣 旨 か ら み て 、同 法 294 条 に い う 住 所 は 、 そ の 人 の 一 般 的 生活に最も関係の深い場所(全生活の中心)であると解するを相当とする。 ( 2) 住 居 、 職 業 、 配 偶 者 等 に つ い て 本 件 に つ い て こ れ を み る に 、 X は 昭 和 21 年 に 日 本 に 来 て 都 内 に 居 住 し 、 そ の後妻とともに共同で千代田区に宅地を取得してそこに居住し、土地及び建物 の名義が第三者に移転したものの、その後も引き続いて居住していること、日 本人事務員を雇用して弁護士業務を営んでおり、東京弁護士会の準会員でもあ り 、そ の 際 の 会 員 名 簿 に は 同 区 の ビ ル 等 を 登 録 し て い る こ と 、昭 和 36 年 12 月 に出国したが、その後も毎年入国し、1 年の大半を過ごしていること、また不 在中は日本人女中を居住させていること等を総合考慮すると、本件処分に係る 住 民 税 の 賦 課 期 日 で あ る 昭 和 39 年 1 月 1 日 当 時 は 同 区 に 住 所 が あ っ た と 認 め るのが相当である。 また、X が日本から出国し、香港において外国人登録を受け、同地でもアパ ートや事務所を有し、弁護士業務を営んでいること、このアパートに居住する 意思があること、日本領事発行の数次往復用ビザで日本に入国していることを もって前記認定を左右するに足りるものとは認められない。けだし、人の生活 の本拠がどこにあるかを決めるには、その人の生活関係をめぐる客観的事実に よって判断すべきであり、ある場所を住所とする意思は、右の客観的事実を判 断するに当たって考慮するべき 1 つの資料にすぎない。 【検討】 本件でも、住所とは民法からの借用概念であり、客観的事実によって判断す 74 (594) るとした。また、居住する意思は客観的事実を判断するに当たって考慮される 一資料にすぎないとし、主観的要素を補充的考慮要素とした。本件では、Ⅹの 職業、滞在日数、住居の保有等を客観的に総合考慮した結果、賦課期日現在に おいて居住者であると判定された。 【私見】 本件でも香港での居住意思という主観的要素を住所判定に取り込むかが争点 の 1 つ と な っ た が 、裁 判 所 は あ く ま で も 客 観 的 事 実 の 積 み 重 ね に よ っ て 判 定 す るという姿勢をとり、本稿もこれに賛成である。また、住所の有無の事実認定 基準も所得税法、相続税法の判例と同様であり、租税法として一貫した認定基 準を取るのは法的安定性、予測可能性の見地からも望ましいと思われる。 第 4節 租税法における住所は同義か否か 以上、所得税法、相続税法、地方税法における住所について判例等を通して 概 観 し て き た が 、こ れ ら 税 目 の 違 い は 住 所 に 何 ら か の 影 響 を 及 ぼ す で あ ろ う か 。 本 稿 で は 、こ れ ら 税 目 の 相 違 は 住 所 の 解 釈 に 影 響 を 及 ぼ す こ と は な い と 考 え る 。 租 税 法 で は 、全 て の 税 目 に 共 通 し て 住 所 の 定 義 規 定 を 有 し て い な い こ と か ら 、 租税法における住所は全て民法からの借用概念であることが前提であり、民法 における法解釈をこれら租税法全般においても共通して用いることを意味して いると考えられる。仮にそれぞれの税目の特徴に着目し、異なる意義を有して いるのであれば、それは個別法律の中に各々定義を有しているはずであろう。 よって、租税法では、租税法令ごとにその法解釈を変えることは予定されて お ら ず 、住 所 と い う 概 念 は 統 一 的 に 解 釈 す る 1 6 0 と 思 わ れ る し 、法 的 安 定 性 、 予 測 可 能 性 の 見 地 か ら も そ の よ う な 解 釈 が 好 ま し い と 思 わ れ る 161。 第 4章 出国税等 以 上 、第 1 章 か ら 第 3 章 ま で を 通 し 、 国 家 が 課 税 権 の 範 囲 を 定 め る に あ た っ 占 部 裕 典 前 掲 「 租 税 法 に お け る 「 住 所 」 の 意 義 と そ の 判 断 基 準 ・ 考 慮 要 素 」 27 頁参考 1 6 1 本 稿 と は 違 い 、酒 井 克 彦 教 授 は 民 法 学 説 が 複 数 説 を 支 持 す る よ う に 所 得 税 法 と 相続税法における住所概念は異なることがあり得るとの考え方を示されている。 (「 永 遠 の 旅 人 と 「 生 活 の 本 拠 」( 下 ) ― 所 得 税 法 2 条 1 項 3 号 に い う 「 住 所 」 概 念 ― 」 税 経 通 信 63( 3)( 2008) 41 頁 ) 160 75 (595) て、まったく制約がないというものではなく、何らかの結びつき(ネクサス nexus) が 要 求 さ れ る も の で あ り 1 6 2 、 我 が 国 で は 、 こ の ネ ク サ ス に 住 所 を 主 に 採用しており、その住所の有無の認定基準は判例等である程度確定しつつある と思われる。 しかし、居住中に発生した国内源泉所得とならないような資産のキャピタル ゲイン等一定のものについては、我が国に居住中に発生したという強いネクサ スを有しているにもかかわらず上記の原則が貫かれておらず、これらに対して は、何らかの措置を講じてもよいのではないかと考える。 国際化が進み、個人による国境を越えた移動、活動等が今後一層増加の一途 を辿ることは、容易に推察でき、近年、この個人の国境を越えた移動、すなわ ち居住者から非居住者への税法上の地位の変更による課税権が喪失するという 問題に関して、課税権を確保する目的で諸外国は様々な対抗策を講じるように なってきている。 こ の 対 抗 策 と し て は 、① 出 国 税( exit tax)、② 納 税 義 務 の 拡 張( extended tax liability)、 ③ 過 去 に 享 受 し た 繰 延 べ 及 び 控 除 の 奪 還 ( recapture of previously enjoyed deferrals and deductions) 等 が 挙 げ ら れ 、 2002 年 の IFA の 出 国 税 に 関 す る 報 告 書 163を も と に 以 下 に 内 容 等 を 確 認 す る 。 ① 出 国 税 ( exit tax) 居住者が非居住者へと税法上の地位の変更時に、その者が所有する資産の未 実現のキャピタルゲインに対し、出国時に時価でそれらを譲渡したものとみな し て 課 税 す る も の で あ り 、課 税 対 象 資 産 を 限 定 し な い 一 般 出 国 税( General exit taxes) と 一 定 の 資 産 、 株 式 等 の み を 課 税 対 象 と す る 限 定 出 国 税 ( Limited exit 162 水野忠恒『国際課税の理論と課題 第 4巻 改 訂 版 』 税 務 経 理 協 会 ( 1999) 5 頁 163 International Fiscal Association 『 Cahiers de droit Fiscal International vol.87b』( 2002) at29- 54。 IFA の 26 支 部 に お け る 報 告 書 。 原 武 彦 「 出 国 に 伴 う 所得課税制度と出国税等の我が国への導入―我が国と米国などの制度比較を中心 と し て ― 」 税 大 ジ ャ ー ナ ル 14( 2010) 107~ 109 頁 、 原 武 彦 「 非 居 住 者 課 税 に お け る 居 住 性 判 定 の 在 り 方 ― 出 国 税( Exit Tax)等 の 導 入 も 視 野 に 入 れ て ― 」税 大 論 叢 ( 65)( 2010) 65~ 86 頁 参 考 76 (596) taxes) の 2 つ に 分 け ら れ る 。 一般出国税は、カナダ、オーストラリア(後述する納税義務の拡張方式との 選択可能)が導入、限定出国税は、ドイツ、アメリカ、オーストリア、オラン ダ、デンマーク、ニュージーランド、フランスが導入している。 ② 納 税 義 務 の 拡 張 ( extended tax liability) 居住者が非居住者へと税法上の地位の変更を行った場合でも納税義務を拡張 して適用するものであり、引き続きその移動した個人を居住者として課税する 拡張的無制限納税義務と、流出国の国内源泉所得につき、出国した非居住者に 対して一定期間拡張して課税する拡張的制限納税義務がある。 拡張的無制限納税義務を導入している国は、スウェーデン、フィンランド、 ノルウェーであり、これらの国では、移住元の国と全ての実質的なつながりを 終了していることを明示しない限り、移住先の国で適用されている税制に関係 な く 3 年 か ら 5 年 の 間 、移 住 元 の 居 住 者 と み な さ れ る 1 6 4 。ス ペ イ ン と イ タ リ ア でも、ブラックリストアプローチにより拡張的無制限納税義務を導入し、スペ イ ン で は 、他 国 に 移 住 後 4 年 間 適 用 さ れ 、イ タ リ ア で は 制 限 な く 適 用 さ れ る が 、 海外での居住事実を指摘することにより実際の居住地を証明することが認めら れている。拡張的制限納税義務を導入している国としては、アメリカ(租税回 避 目 的 等 で 住 居 を 移 転 し た 者 が 移 転 先 で 得 た 所 得 に 対 し 10 年 間 適 用 )、ド イ ツ ( 長 期 居 住 者 が 低 税 率 国 に 住 居 を 移 転 し た 場 合 に 10 年 間 適 用 )、オ ー ス ト ラ リ ア( 一 般 出 国 税 の 代 替 税 と し て 選 択 可 能 )、ス ウ ェ ー デ ン( 企 業 の 株 式 及 び 関 連 し た 証 券 に 10 年 間 )、 ノ ル ウ ェ ー ( 企 業 の 株 式 及 び 関 連 し た 証 券 に 5 年 間 )、 イギリス・ニュージーランド(租税回避のために出国し、その後戻ってきた者 について海外で実現した利益に課税。両国における課税回避のために出国した との仮定に基づく)が挙げられる。 ④ 過 去 に 享 受 し た 繰 延 べ 及 び 控 除 の 奪 還 ( recapture of previously enjoyed deferrals and deductions) 元の居住地国である流出国が、国外移転以前に個人に付与した課税繰延便益や 164 デ ン マ ー ク は 1970 年 に は こ の 制 度 が あ っ た が 、 1995 年 に 廃 止 し て い る 。 77 (597) 控 除 を 出 国 時 に 取 り 戻 す も の で あ る 165。 過去に享受した繰延べ及び控除の奪還を導入している国としては、フィンラ ンド、スウェーデン、ドイツ、オランダ、フランスが移住先の税制や在留資格 に関係なく、限定された納税義務者に該当すれば、元の居住地国での繰延べや 免除を停止、デンマーク、ベルギー、オランダが年金及び生命保険の領域での 奪還、オーストラリア、デンマーク、スウェーデンがストックオプションの領 域で奪還を試みている。 IFA 報 告 書 に 取 り 上 げ ら れ た 国 の 内 、 約 3 分 の 1 の 国 ( ア ル ゼ ン チ ン 、 ブ ラ ジル、ハンガリー、イスラエル、インド、インドネシア、日本、大韓民国、メ キシコ、スイス)が、海外移住を課税可能な機会として取り扱わず、潜在的税 収の損失に対抗する為にいかなる特別な措置も講じていない。 我が国の場合、居住者から非居住者への税法上の地位の変更の際には、その 年分の所得税について、その出国の時までに確定申告を行うことで我が国にお け る 課 税 関 係 は 終 了 す る( 所 法 126 条 ① 、 127 条 ) 1 6 6 。仮 に そ の 者 が 我 が 国 の 居住者だった時に国内源泉所得に該当しない資産を保有し、蓄積されたキャピ タルゲインがあったとしても、我が国では、あくまでも所得を収入というとい う実現時でとらえているため、未実現の利得に関しては、原則として課税の対 象から除外しており、居住者から非居住者への税法上の地位の変更という我が 国とのネクサスが切れた時にその資産を譲渡すれば、当然我が国では繰延便益 に対し課税できない。所得税法は原則として、我が国に住所を有するというネ クサスの強さを課税根拠としており、国内源泉所得に該当しない資産のキャピ タルゲインは、居住中に発生した値上がり益という我が国とのネクサスが強い 資産であるにもかかわらず、現状ではこの原則が貫かれていない状況である。 我が国では、未実現の利得が本質的に所得でないから課税できないのではな く、それらを捕捉し評価することが困難だという課税技術上の問題から譲渡す 165 宮 本 十 至 子 執 筆 / 記 念 論 文 集 刊 行 委 員 会 編「 法 人 に 対 す る 出 国 税 を め ぐ る 諸 問 題 ― EU の 動 向 を 中 心 に ― 」『 租 税 の 複 合 法 的 構 成 村 井 正 先 生 喜 寿 記 念 論 文 集 』 清 文 社 ( 2012) 625 頁 参 考 1 6 6 た だ し 、納 税 管 理 人 を 届 け 出 た 場 合 、出 国 に は 当 た ら ず 通 常 の 確 定 申 告 と な る ( 所 法 2 条 ① 42、 国 通 法 117 条 )。 78 (598) るまで課税できないのであって、それらを課税の対象とするかどうかは立法政 策 の 問 題 1 6 7 で あ る と さ れ て お り 、未 実 現 の 損 益 に 対 す る 課 税 の 範 囲 は 拡 大 し つ つ あ る 168。 我が国でも、税法上の住所の変更による課税権の喪失問題について対抗策を 講じない立場を採っていたわけではない。例えば、相続税法における非居住無 制限納税義務者の創設は、キャピタルゲインの問題ではないものの、非居住者 に対する課税権行使の拡張のケースに該当するものといえ、課税権の確保とい う側面では我が国の対抗策の 1 つといえよう。 た だ 、所 得 税 法 に お い て は 、非 居 住 者 等 が 国 外 で 事 業 譲 渡 類 似 株 式 1 6 9 を 譲 渡 した場合、一定のものに限っては国内源泉所得として取り扱う等の措置を講じ てきたものの、上記の措置を講じた相続税法に比し、課税権の確保問題に十分 に 対 応 し て い る と は 言 え な い と の 指 摘 1 7 0 が あ っ た 。 ま た 、 平 成 14 年 度 の 税 制 調査会の報告では、国境を超える活動について我が国の課税権を十分に確保す る た め に 制 度 の 見 直 し を 進 め る べ き と い っ た 提 言 171も な さ れ て い た 。 本稿では、課税権の喪失問題についての対抗策の観点から租税回避目的によ る海外への移動を直ちに否定するものではないが、上記のキャピタルゲインに ついては、近年の諸外国にみられる課税権の拡張問題としてではなく、住所を 有している間に発生した利益であるから我が国とのネクサスが強く、いわば当 然に課税されるべきものであり、これらについては出国税等を参考に何らかの 措 置 を 講 ず る べ き と 考 え る 172。 金 子 宏 前 掲 『 租 税 法 第 16 版 』 175 頁 法 人 税 法 で も 最 近 は 未 実 現 の 損 益 に 対 す る 課 税 の 範 囲 が 拡 大 し つ つ あ り 、デ リ バティブ取引等でその傾向がみられる。詳細については、金子宏前掲『租税法第 16 版 』 289 頁 1 6 9 旧 所 得 税 法 で は 、株 式 等 の 譲 渡 所 得 を 非 課 税 と し て お り 、事 業 譲 渡 を 株 式 に 変 換して課税を回避することが横行した背景がある。 1 7 0 宮 本 十 至 子 執 筆 / 記 念 論 文 集 刊 行 委 員 会 編 前 掲「 法 人 に 対 す る 出 国 税 を め ぐ る 諸 問 題 ― EU の 動 向 を 中 心 に ― 」『 租 税 の 複 合 法 的 構 成 村 井 正 先 生 喜 寿 記 念 論 文 集 』 624 頁 171 内 閣 府 税 制 調 査 会 「 あ る べ き 税 制 の 構 築 に 向 け た 基 本 方 針 」 HP: http://www.cao.go.jp/zeicho/tosin/pdf/140614.pdf( 平 成 24 年 12 月 28 日 閲 覧 ) 172 川 田 剛 「 国 籍 離 脱 税 ( 出 国 税 ) 」 国 際 税 務 19( 9)( 1999) 6 頁 、「 米 国 の 出 国 税 」国 際 税 務 29( 6) ( 2009)13 頁 。こ の 中 で 、フ ラ ン ス や ア メ リ カ の 出 国 税 を 取 り 上 げ 、ス ー パ ー リ ッ チ に よ る 国 際 的 租 税 回 避 が 問 題 視 さ れ る よ う に な っ て き て い る 最 近 の 状 況 を 考 え た 場 合 、我 が 国 で も 同 様 の 規 制 措 置 を 導 入 す べ き と 述 べ て い る 。 167 168 79 (599) 出国税は、未実現のキャピタルゲインに課税することから、居住を変更しな かった場合よりも結果として税額が高額になる場合も考えられ、この価値の減 少 部 分 に つ い て は 、 転 出 国 、 転 入 国 の い ず れ か で 考 慮 す る 必 要 性 1 7 3 や 、 EU の ように共同体法に拘束されていない我が国が出国税を導入する場合には、二重 課税の調整の問題があるので、取得原価の付替え等も含め、相手国の事情を考 慮 し た 設 計 の 必 要 性 174等 、 導 入 に は ク リ ア し な け れ ば な ら な い 問 題 も 多 い 。 しかし、上記のキャピタルゲインについては、本来、正当に課税根拠を持つ ものであるから、これらに関しては、少なくとも我が国の課税管轄権を確実に 守るべきであり、各国の課税権が拮抗するなら尚更、現行制度を見直し、何ら かの措置を講じて課税確保に努めるべきである。 同様のことは相続税法にもいえる。すなわち、居住者が海外株式等の国外財 産を所有したまま死亡し、非居住者がその財産を相続すれば、相続税は課せら れるが、死亡した居住者が所有中に発生したキャピタルゲインは認識されず、 結 果 、 所 得 税 が 課 さ れ な い 場 合 が あ る 175。 一 方 、同 様 の ケ ー ス で も 、我 が 国 の 居 住 者 A か ら 居 住 者 B へ と 海 外 株 式 等 の 大 橋 智 哉「 個 人 の 移 動 に よ る 国 際 的 二 重 課 税 の 調 整 に 関 す る 一 考 察 ― 株 式 に 対 す る み な し 譲 渡 課 税( 出 国 税 )を 中 心 に ― 」税 研 20( 2) ( 2004)78 頁 の 中 で も 我 が 国 に お い て も 個 人 の 移 動 に よ る 課 税 権 の 喪 失 に 対 し て 、何 ら か の 防 止 策 を 導 入 す る 必 要 性 が 高 ま っ て き て い る と い え る こ と 、こ れ ら の 防 止 策 を 採 る こ と は 、実 現 の 機 会 をできるだけ多く認定した方がよいと考えたシャウプ勧告の考え方から乖離した も の で は な い こ と 、そ の 一 例 と し て 出 国 税 に つ い て も 議 論 さ れ る べ き で あ ろ う こ と を 述 べ て い る 。そ の 他 、日 本 課 税 権 か ら の 逃 散 の 対 抗 措 置 と し て 、拡 張 的 制 限 納 税 義 務 を 課 す べ き と 述 べ て い る も の に 、木 村 弘 之 亮「 我 が 国 所 得 税 制 に お け る「 拡 張 的 制 限 納 税 義 務 」の 創 設 の 必 要 性 ― ド イ ツ 対 外 取 引 税 制 に お け る 拡 張 的 制 限 納 税 義 務 を 手 が か り と し て ― 」 法 学 研 究 68( 2)( 1995) 143 頁 。 我 が 国 が 出 国 税 等 を 導 入 す る 際 の 論 点 や 考 え 方 等 を ま と め た も の と し て 原 武 彦 前 掲「 非 居 住 者 課 税 に お け る 居 住 性 判 定 の 在 り 方 ― 出 国 税 ( Exit Tax) 等 の 導 入 も 視 野 に 入 れ て ― 」 を 参 照 。 1 7 3 Maddalena Tamburini/ 一 高 龍 司( 訳 ) 「 出 国 課 税 と OECD モ デ ル 条 約 : オ ラ ン ダ 及 び イ タ リ ア の 視 点 」 租 税 研 究 ( 730)( 2010) 289 頁 1 7 4 宮 本 十 至 子 「 EU 域 内 に お け る 課 税 管 轄 喪 失 と 個 人 の 自 由 移 動 を め ぐ る 相 克 」 立 命 館 経 済 学 54( 5)( 2006) 1092 頁 175 み な し 譲 渡 に 該 当 す れ ば 、 課 税 さ れ る 可 能 性 も あ る こ と に 留 意 。 所 得 税 法 は 、 例外的に贈与(法人に対するものに限る)又は相続(限定承認に係るものに限る) 若 し く は 遺 贈( 法 人 に 対 す る も の 及 び 個 人 に 対 す る 包 括 遺 贈 の う ち 限 定 承 認 に 係 る も の に 限 る )と い っ た 一 定 の 無 償 譲 渡 、又 は 著 し く 低 い 対 価 に よ る 法 人 へ の 譲 渡 が あ っ た 場 合 に は 、 時 価 に よ る 譲 渡 が あ っ た も の と み な し て い る ( 所 法 59 条 )。 こ の み な し 譲 渡 課 税 に 関 し 、金 子 教 授 は 、未 実 現 の キ ャ ピ タ ル ゲ イ ン に 対 す る 課 税 の 例 で あ っ て 、キ ャ ピ タ ル ゲ イ ン に 対 す る 無 限 の 課 税 繰 延 を 防 止 す る こ と を 目 的 と し て い る と 述 べ ら れ て い る 。(『 租 税 法 第 16 版 』 223 頁 ) 80 (600) 資産が譲渡された場合では、何らかの事情により、A に課税されなかった場合 で も 、繰 延 べ ら れ た 所 得 税 は 全 て B の 時 点 で 認 識 さ れ 、B に 全 額 課 税 さ れ る よ うになっている。 このように、我が国に居住中に発生したキャピタルゲインは、住所という強 いネクサスを有していることには相違ないのに、居住者同士の譲渡であれば国 外源泉所得が認識され、居住者が死亡し、その財産を相続した者が非居住者で あれば同じ所得でも認識されず結果として我が国が課税権を喪失してしまう場 合があるというのは課税の公平性に欠けると思われる。 所得税におけるキャピタルゲインに一定の措置を講じる際にはこのケースに 関して考慮するとより整合性があると思われる。 お わ り に 176 本稿では、所得税法における納税義務者の適格要件に関し、その主な判定基 準である住所について、第 1 章で、所得税法における現在の納税義務者の 規定 を概観した。 また、同じく住所を主な判定基準とする相続税法との違い、すなわち、居所 の有無及び無制限納税義務者の範囲の相違については、所得税法と相続税法の 税の性質及び課税方法の相違がもたらすものであるという本稿なりの見解を示 したが、いずれにせよ両法における住所の重要性については従来から変わらな いとした。 第 2 章 で は 、納 税 義 務 者 と 同 じ く 納 税 義 務 を 有 す る 源 泉 徴 収 義 務 者 に 着 目 し 、 源泉徴収制度においても住所が課税範囲、税率、課税方法、控除等に差異をも たらす重要な基準となっていることを確認した。 第 3 章では、住所が租税法内で定義規定を有していないことから、まず、民 法における住所規定を概観し、民法では現在、客観説及び複数説が支持されて いることを確認した。続いて住民基本台帳法、公職選挙法、国籍法、旧農地法 における住所を判例等で概観し、これらは租税法と同様に住所の定義規定を持 たないが、立法趣旨や各法の目的、各法の中で住所の果たす役割を総合考慮し 本 稿 で は 居 住 性 を 基 本 と し た が 、 英 米 で は ド ミ サ イ ル ( domicile) の 有 無 を 基 準としているので本稿ではこれをあえて参照していない。 176 81 (601) て解釈していることを確認した。また、租税法における住所については、借用 概念の解釈における学説を確認した上で、本稿では、原則は統一説に依ること とし、住所を有すると判定される認定基準について判例を中心に確認した。判 例では、所得税法、相続税法、地方税法に分けて概観したが、租税法における 住所は民法の住所の意義を共通して用いており、全て同義であるとした。 第 4 章では、上記の様々な角度から検討した結果、あくまでも客観的な住 所 の有無で納税義務の有無を決定することが適当であるとした。 しかし、居住中に発生した国内源泉所得とならない資産のキャピタルゲイン 等一定のものについては我が国とのネクサスの強い資産であるにもかかわらず この原則が貫かれていない状況であり、これらについては、当然に課税根拠を 持つものであるから、出国税等の導入等制度の見直しを含め、まだ検討の余地 があるとした。そして、相続税法においても同様のケースがあるので、その際 は、両法の整合性の観点からも考慮するべきとした。 以上の考察を通し、本稿が導く結論としては、個人の移動が頻繁ではなく、 国籍がそのまま住所等を示していた時代には国籍等でも十分基準となりえたが、 個人の移動が激しくなった昨今では、国籍は必ずしも国とのネクサスを示すも のとは限らないため、納税義務の発生のメルクマールには住所が一番安定して いる基準と考えた。 何故ならば、人はそこに住所を有することで国家から公共サービスや社会的 基盤の整備等の経済的便益を享受しており、その経済的便益を支える資金とし て 納 税 義 務 が 課 さ れ る 1 7 7 と い う の が 最 大 の 課 税 根 拠 と な る か ら で あ る 。住 所 を 有すれば課税権に服し、なければ課税されないという現行制度は、一義的かつ 明確であり、その結果、法的安定性につながると思われる。 ただし、課税時期と所得獲得時期にずれが生じている場合には、過去の居住 歴等の要素で住所を補完するのが好ましいと思われる。 第 4 章で概観したように、当然に課税根拠を持つものに関しては、課税権を 金 子 宏 前 掲 『 租 税 法 第 16 版 』 1 頁 。「 国 そ の 他 の 公 共 団 体 は 、 国 民 に 各 種 の 公 共 サ ー ビ ス を 提 供 す る こ と を そ の 任 務 と し て 存 在 し て い る が 、国 家 が こ の 任 務 を 果 た す た め に は 、膨 大 な 額 の 資 金 を 必 要 と す る 。租 税 と は 、か か る 資 金 の 調 達 を 目 的 と し て 、直 接 の 反 対 給 付 な し に 強 制 的 に 私 人 の 手 か ら 国 家 の 手 に 移 さ れ る 富 の 呼 称 に ほ か な ら な い 。そ の 意 味 で 、租 税 の 本 来 の 機 能 は 、公 共 サ ー ビ ス を 提 供 す る た め の 資 金 を 調 達 す る こ と に あ る 。」 177 82 (602) 最大限に拡張し、未実現であっても課税を行う諸外国の制度を参考に検討する ことにも一定の意義はあろう。 本稿の結論としては、住所を中心として納税義務の有無を決定することが一 番有用であるとする立場であるが、我が国を取り巻く状況の変化に対応しなが ら、法的安定性及び明確性を備えた基準の確立を目指すことが望まれる。 83 (603) 【参考文献】 1.書 籍 青 木 公 治『 平 成 23 年 度 版 図解 相 続 税・贈 与 税 』 ( 財 )大 蔵 財 務 協 会( 2011) 幾 代 通 『 民 法 総 則 < 第 2 版 > 』 青 林 書 院 ( 1984) 石 井 敏 彦 『 平 成 24 年 版 図 解 所 得 税 』( 財 ) 大 蔵 財 務 協 会 ( 2012) 石田喜久夫『口述民法総則 第 2 版 』 成 文 堂 ( 1998) 石田喜久夫・石田剛執筆/谷口知平・石田喜久夫編『新版 注 釈 民 法 ( 1) 総 則 [改 訂 版 ]』 有 斐 閣 ( 2002) 岩 崎 政 明 執 筆 / 水 野 正 一 編 「 相 続 税 を 巡 る 諸 問 題 」『 21 世 紀 を 支 え る 税 制 の 論 理 第 5巻 資 産 課 税 の 理 論 と 課 題 [改 訂 版 ]』 税 務 経 理 協 会 ( 2005) 植松守雄『五訂版 注解 所 得 税 法 』 大 蔵 財 務 協 会 ( 2011) 梅謙次郎『民法要義巻之一総則編 復 刻 版 』 有 斐 閣 ( 1984) 於 保 不 二 雄 『 民 法 総 則 講 義 』 有 信 堂 ( 1951) 金 子 宏 『 租 税 法 理 論 の 形 成 と 解 明 ( 上 巻 )』 有 斐 閣 ( 2010) 金 子 宏 『 租 税 法 第 16 版 』 弘 文 堂 ( 2011) 川 島 武 宜 『 民 法 解 釈 学 の 諸 問 題 』 弘 文 堂 ( 1969) 北野弘久『税法学原論 第 6 版 』 青 林 書 院 ( 2007) 吉良実執筆/波多野弘先生還暦祝賀記念論文集刊行委員会編「税法上の借用概 念と固有概念」『波多野弘先生還暦祝賀記念論文集』有斐閣出版サービス ( 1988) 小 松 芳 明 『 国 際 課 税 の あ り 方 』 有 斐 閣 ( 1987) 桜井四郎他執筆/日本税理士会連合会編『続民・商法と税務判断』六法出版社 ( 1983) 篠塚昭次『新・判例コンメンタール民法Ⅰ 総 則 ( 1)』 三 省 堂 ( 1991) 四 宮 和 夫 『 民 法 総 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