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頭蓋底腫瘍の治療成績 - Kyushu University Library

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頭蓋底腫瘍の治療成績 - Kyushu University Library
福岡医誌 101(6):119―127,2010
119
頭蓋底腫瘍の治療成績
九州大学大学院医学研究院 脳神経外科学分野
中
溝
玲,佐々木
富
男
はじめに
脳神経外科手術は,1960 年代の手術用顕微鏡の導入以来,著しい進歩を遂げてきた.また,本邦は,経
済協力開発機構(OECD)参加 30 カ国の中でも圧倒的に CT,MRI の導入率が高く,脳腫瘍の早期発見例
も増加している.さらに,1990 年代には,手術中にリアルタイムで手術部位に関する情報を提供する,有
用な手術支援装置であるニューロナビゲーションシステムが導入され,普及してきた.しかしながら,脳
腫瘍,なかでも頭蓋底腫瘍は,頭蓋底を走行する脳神経や脳幹,重要血管を巻き込んだり圧迫したりしな
がら発育しており,また,しばしば診断時に既に巨大な腫瘤を形成していることもある.頭蓋底腫瘍摘出
術による脳神経麻痺や片麻痺などの morbidity の発生率は依然高いのが現状であり,我々脳神経外科医に
とって未だに challenging な疾患である.頭蓋底腫瘍のうち,聴神経腫瘍,錐体斜台部髄膜腫,頸静脈孔腫
瘍について概説し,我々の治療成績を紹介する.
1.聴神経腫瘍
神経鞘腫は末梢神経の Schwann 細胞を発生母地とする神経堤由来組織の腫瘍の一つである.被膜に覆
われ,分化した腫瘍性の Schwann 細胞からなる WHO 分類で grade I の腫瘍である.聴神経,三叉神経,
顔面神経,舌咽神経,迷走神経,副神経,舌下神経に発生するが,聴神経からの発生が圧倒的に多い.聴
神経腫瘍はほとんど前庭神経から発生し,なかでも下前庭神経から発生するもの(56%)が多い1)2).初発
症状は難聴(70〜80%)
,耳鳴り(46%),めまいであり,聴力障害は高音域から始まることが多い.臨床症
状は,蝸牛神経障害(95%)
,前庭神経障害(61%),三叉神経障害(9%),顔面神経障害(6%)であり,自
覚症状はこれらの 1/3〜2/3 で認める3).治療には外科的摘出術とガンマナイフ照射がある.しかし,特に
大きな腫瘍では,腫瘍により顔面神経や蝸牛神経が著しく圧排されているために,顔面神経機能や有用聴
力を温存しつつ摘出術を行うことは困難である.聴神経腫瘍手術において最も重要な課題は,顔面神経機
能と聴神経機能の温存である.そこで我々は,術中にこれらの神経の機能の変化の有無を,直接的あるい
は間接的な手段を用いて経時的に確認しながら摘出術を行っている.顔面神経機能評価としては,誘発筋
電図モニター(evoked electromyogram)を行っている.術野で,脳幹から出た顔面神経を電気刺激して,
顔面神経の支配筋である眼輪筋と口輪筋に設置した記録電極から筋電図波形を得て,その経時的変化を評
価している.また,顔面神経は通常であればしっかりとした線維束として認められるが,腫瘍により伸展
された神経はその一部あるいは全体が fanning して腫瘍被膜と区別がつかないことが稀ならずあるため,
顔面神経の走行を確認する目的でも非常に有用である.誘発筋電図であるため,術中の筋弛緩薬の使用は
気管内挿管時のみとするように麻酔科に依頼している.また,吸入麻酔薬は使用せず,propofol と fentanyl による完全静脈麻酔を行っている.聴神経機能評価としては,聴性脳幹反応(auditory brainstem
response;ABR)を使用している.ABR はイヤホンを使った音刺激による脳幹部の反応を記録したもの
であり,そのうち 10msec 以内の短潜時の反応である I〜VII 波のことである.I〜VII 波の起源は一般的
には,I 波は蝸牛神経末梢部,II 波は延髄の蝸牛神経核,III 波は橋の上オリーブ核,IV 波は橋の外側毛帯,
V 波は中脳の下丘,VI 波は内側膝状体,VII 波は聴放線とされている.このうち,I,III,V 波は特に振幅
Akira NAKAMIZO and Tomio SASAKI
Department of Neurosurgery, Graduate School of Medical Sciences, Kyushu University
Results of Skull Base Surgery for the Treatment of Vestibular Schwannoma, Petroclival Meningioma, and Jugular Foramen Tumor
120
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が高い明瞭な波であり,術中の判定に有用である.V 波の潜時の 1msec 以上の延長が続くと,振幅が低下
して聴力障害を引き起こす可能性が高いため,手術操作を 30 分間以上中断し,ステロイドやビタミン B12
製剤を投与して,V 波の回復を待って手術を再開するようにしている.
聴神経腫瘍の治療成績
腫瘍摘出率
片側の聴神経腫瘍 288 例の手術成績を以下に示す4).全例,外側後頭下開頭で腫瘍を摘出した.サイズ
別の腫瘍摘出度であるが,total removal & near-total removal の比率は,小脳橋角槽の腫瘍サイズが 1cm
未満では 100%,1cm 以上 2cm 未満では 94.2%,2cm 以上 3cm 未満では 91.4%,3cm 以上 4cm 未満では
80%,4cm 以上では 78.3% であった(表1).腫瘍サイズが大きくなるほど total removal & near-total
removal の比率は低くなるが,全体として高い摘出率であった.
顔面神経の解剖学的温存率と機能温存率
他院で既に治療を施行され,術前から顔面神経機能が消失していた3例を除く 285 例の顔面神経の解剖
学的温存率は 97.2% (277/285)であった(表2)4).腫瘍サイズが 2cm 以下の 84 例では全例で顔面神経は
解剖学的に温存された.
退院時には,腫瘍サイズ別に 7〜36% の症例で中等度〜高度の顔面神経麻痺が認められたが,時間経過
とともに麻痺は改善し,術後1年時の House-Brackmann grade I & II の比率は 100〜87% であった.
有用聴力の温存率
術前に Gardner-Robertson class 1&2 の有用聴力を有していた 119 例と,術前の聴力が class 3 であった
が術後に class 2 に改善した 2 例を加えた 121 例の,術後有用聴力の温存率は 52.1% (63/121)であった
(表3)4).どういった因子が術後の聴力温存と関連しているか検討すると,小脳橋角槽の腫瘍サイズが
2cm 未満,術前の聴力が Gardner-Robertson class 1,術前の ABR で V 波が認められる症例では,術後に
有用聴力が温存される確率が高かった.
表1
Extent of tumor removal in 288 patients with unilateral vestibular schwannomas
Extent of tumor removal
Tumor diameter
Total removal
Near-total
Subtotal
Partial
T < 1 cm (n=15)
15 (100%)
0
0
0
1 cm ≤ T < 2 cm (n=69)
49 (71.0%)
16 (23.2%)
4 (5.8%)
0
2 cm ≤ T < 3 cm (n=93)
55 (59.1%)
30 (32.3%)
5 (5.4%)
3 (3.2%)
3 cm ≤ T < 4 cm (n=65)
23 (35.4%)
29 (44.6%)
9 (13.8%)
4 (6.2%)
T ≥ 4 cm (n=46)
14 (30.4%)
22 (47.8%)
6 (13.0%)
4 (8.7%)
156 (54.2%)
97 (33.7%)
Total (n=288)
表2
23 (8.0%)
12 (4.2%)
Postoperative facial nerve functions in 277 patients with unilateral vestibular schwannomas
Tumor diameter
T < 1 cm
Anatomical preservation
at discharge
at 6 months
at 1 year
100% (15/15)
93.3% (14/15)
93.3% (14/15)
100% (14/14)
1 cm ≤ T < 2 cm
100% (69/69)
81.2% (56/69)
97.0% (64/66)
98.4% (63/64)
2 cm ≤ T < 3 cm
95.7% (89/93)
59.6% (53/89)
84.1% (74/88)
96.4% (80/83)
3 cm ≤ T < 4 cm
98.4% (63/64)
76.1% (48/63)
88.3% (53/60)
94.8% (55/58)
T ≥ 4 cm
93.2% (41/44)
68.3% (28/41)
82.5% (33/40)
87.5% (35/40)
Total
97.2% (277/285)
71.8% (199/277)
88.5% (238/269)
95.4% (247/259)
頭蓋底腫瘍の治療成績
表3
121
Tumor size and rate of useful hearing preservation
No. of cases
Rate of hearing preservation
T < 1 cm
12/13
92.3%
1 cm ≤ T < 2 cm
24/44
54.5%
2 cm ≤ T < 3 cm
17/42
40.5%
3 cm ≤ T < 4 cm
7/18
38.9%
Tumor diameter
T ≥ 4 cm
Total
3/4
75%
63/121
52.1%
T = maximum tumor diameter in cerebellopontine cistern
耳鳴り
摘出術後の耳鳴りの消失率を 242 例で検討した.術前に耳鳴りを自覚していたのは 171 例(70.7%)で
あった5).腫瘍摘出後,43 例(25.5%)で消失し,57 例(33.3%)で軽減したが,54 例(31.6%)で不変,
17 例(9.9%)で増悪した.術前に耳鳴りを自覚していなかった 71 例中6例(8.5%)で,術後に耳鳴りを
自覚するようになった.
味覚障害
摘出術が味覚障害に及ぼす効果について,108 例で検討した6).31 例(28.7%)が術前から味覚障害を呈
していた.術後は 16 例(51.6%)で正常化し,2例(6.5%)で改善したが,8例(25.8%)は不変,5例
(16.1%)で増悪が見られた.術前に味覚障害がなかった 77 例のうち,22 例(28.6%)で術後に新たに味覚
障害が発生していたが,65% の症例が1年以内に改善する傾向にあった.
代表症例
51 歳男性.主訴は右口角周囲の感覚低下.術前 MRI による腫瘍サイズは 4.8 × 2.4 × 3.0 cm であり,
嚢胞性部分と壊死性部分が混在していた(Fig. 1).術前聴力は Gardner-Robertson class 1 と保たれてい
た.耳鳴りや味覚異常,顔面神経麻痺は
認めなかった.右外側後頭下開頭にて腫
瘍摘出術を施行した.腫瘍の吻側で顔面
神経は著しく fanning していた.顔面神
経刺激装置を用いて顔面神経の走行を確
認しながら,顔面神経と聴神経に腫瘍被
膜を薄くシート状に残存させる形で腫瘍
を摘出した.内耳道内の腫瘍摘出中に,
ABR の振幅が軽度低下したが,手術終
了時には比較的良好な V 波が確認され
た.術後聴力は Gardener-Robertson
class2 の有用聴力が温存されていた.術
後,House-Brackmann grade III の顔面
神 経 麻 痺 が 出 現 し た が,退 院 時 に は
grade II に,6ヶ月後には grade I に改
善した.
Fig. 1
Pre- and postoperative magnetic resonance images. The upper
row shows preoperative images and the lower row shows
postoperative images, respectively.
2.錐体斜台部髄膜腫
髄膜腫は,脳を包んでいるくも膜およびくも膜顆粒の表層細胞(arachnoid cap cell)から発生する髄外
腫瘍である.大部分は良性腫瘍であり,発育速度は比較的緩徐である.髄膜腫全体の発生頻度は,人口 10
122
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万あたり2から 15 人であり,加齢とともにその頻度は増加し,女性は男性より 2.8 倍多いとされる7).日
本脳腫瘍全国統計によれば,髄膜腫は原発性脳腫瘍の 26.3% を占める8).髄膜腫の頭蓋内発生部位は,大
脳半球円蓋部,傍矢状洞部,大脳鎌,蝶形骨縁,嗅窩部,鞍結節部,小脳橋角部,小脳テント,斜台,錐
体斜台部,小脳半球円蓋部,視神経鞘などである.頭蓋内髄膜腫の 10〜15%が後頭蓋窩に発生し,そのう
ち 3〜10%が錐体斜台部髄膜腫である9)10).
錐体斜台部髄膜腫の特徴は,頭蓋底深部を走行する脳神経や脳底動脈とその穿通枝,さらに Willis 動脈
輪や内頸動脈を巻き込みながら,また,脳幹を圧迫しながら発育することである.さらに,緩徐に発育す
るために診断時には既に巨大になっており,しばしば,メッケル腔,海綿静脈洞,中頭蓋窩,小脳テント,
大後頭孔,頭蓋外へと伸展していることもあり11),外科的切除が最も困難な髄膜腫の一つとして知られて
いる.1977 年に Hakuba らが手術用顕微鏡を用いた摘出術の報告を行って以降,手術手技や手術支援装置
の進歩とともに手術成績は向上してきている12)13).しかし,現在でも morbidity は 10〜40%と依然高
く14)〜17),外科的切除が困難な腫瘍であることには変わりはない.
臨床症状は,巻き込まれた脳神経による症状,小脳に対する圧迫症状,脳幹に対する圧迫症状,腫瘍や
閉塞性水頭症による頭蓋内圧亢進症状の4つに大別される10)18).障害された脳神経により,術前から視力,
視野障害(視神経),眼球運動障害による複視(動眼神経,滑車神経,外転神経),顔面感覚異常(三叉神
経)
,顔面神経麻痺(顔面神経)
,聴力低下(聴神経),嚥下障害(舌咽神経,迷走神経),舌の運動障害(舌
下神経)その他,小脳の圧迫によるふらつきや歩行障害,脳幹圧迫による上下肢の麻痺や感覚障害などを
呈する.脳神経では,三叉神経,聴神経が最も高頻度に障害され9)19),顔面神経は約半数で障害され
る10)14)20).動眼神経,滑車神経,外転神経は半数以下で障害され14)21),下位脳神経(舌咽神経,迷走神経,
副神経,舌下神経)は 1/3 の症例で障害される10)14).小脳症状は約 70%の症例で認められ9)19)20)22),麻痺
は 15〜57%,感覚障害は 15〜20%で認められる9).
錐体斜台部髄膜腫の治療成績
髄膜腫の治療には,外科的摘出とガンマナイフをはじめとした放射線照射があるが,3cm 以上の大きな
腫瘍に対しては,外科的摘出術が原則である.錐体斜台部髄膜腫は,脳神経や重要血管,脳幹などが関与
しており,特に大きな腫瘍では術後に永続する脳神経麻痺や小脳症状,麻痺などの合併率が高い.これま
での報告では,術後合併症としての脳神経麻痺の頻度は 13〜54%,片麻痺の頻度は 15〜34%,小脳症状
12%である20)23).脳神経麻痺としては,顔面神経,聴神経麻痺が 42%,滑車神経麻痺が 25%,舌咽,舌下
神経麻痺が 17%である20)23).術後に外眼筋麻痺が改善することは稀とされている24)25).外科的摘出度と
再発率の間には相関関係がある.腫瘍の肉眼的全摘出に加えて,付着部硬膜および異常骨を摘出した場合
(Simpson grade 1)の再発率は9%と低く26),できる限りの摘出が望ましい.しかし,海綿静脈洞内へと
進展している例で全摘出を試みると術後に脳神経麻痺が出現するために,亜全摘あるいは部分摘出に留め
ざるを得ないが,その場合には再発率が高くなる.また,髄膜腫の組織型によっても悪性髄膜腫や異型髄
膜腫では再発率が当然高くなる.
当科での治療成績
当科では,手術用顕微鏡を用いて丁寧に腫瘍から神経や血管を剥離温存することはもちろんであるが,
以下の手術支援を行い,神経学的機能予後の改善に努めている.
1)ニューロナビゲーションシステム
Medtronic 社製の Stealth Station Navigation System を使用している.MRI 画像や CT 画像をナビ
ゲーション画面上に表示させ,手術中にリアルタイムで手術部位に関する情報を得ることができる.
2)電気生理学的モニタリング
聴神経障害や顔面神経麻痺を起こす可能性がある症例では,聴性脳幹反応(ABR)モニタリングや
顔面神経の誘発筋電図モニタリングを行っている.下位脳神経障害を起こす可能性がある症例では,
頭蓋底腫瘍の治療成績
123
軟口蓋・咽頭後壁,僧帽筋・胸鎖乳突筋や舌筋群などの下位脳神経の誘発筋電図モニタリングを
行っている.脳幹への圧迫が著明な巨大な腫瘍の場合には,錐体路障害に対する運動誘発電位
(MEP)モニタリングや,術中の高度徐脈に対する備えとしての経皮ペーシングパッドの装着や
ペーシングカテーテルの挿入なども検討している.
3)術前腫瘍栄養動脈塞栓術
錐体斜台部髄膜腫の主な栄養血管は,内頸動脈からの meningohypophyseal trunk,外頸動脈からの
上行咽頭動脈と中硬膜動脈である.手術予定日の3〜4日前に血管造影を施行して,これらの腫瘍
栄養血管を同定してスポンゼルを用いて塞栓術を施行している.これにより腫瘍からの出血を減少
させ,clean な術野を得ることができ,また,血流が遮断された腫瘍が柔らかくなり,術中に吸引管
による減圧を容易にすることを目指している.
2002 年以降に摘出術を施行した 24 例の錐体斜台部髄膜腫の治療成績を示す.術前の MRI による評価
での腫瘍サイズは平均 22.4 ml であった.外側後頭下開頭,側頭開頭,経錐体法などを単独あるいは組み
合わせて行った.Total removal & near-total removal は7例,subtotal は 6 例,partial removal は 11 例で
あった.20 例は1期的に摘出したが,腫瘍が巨大であった4例は2期的に摘出した.組織型は,WHO
grade I である meningothelial が 14 例,transitional が4例,angiomatous が2例,psammomatous が1例,
fibrous が1例,secretory が1例,WHO grade II である atypical が1例であった.手術死亡例はなかった.
術中に2例で滑車神経が,2例で外転神経が切断された.2例で術後一過性に意識障害が見られたが,
徐々に改善した.術前から呈していた脳神経症状は,動眼神経麻痺1例,滑車神経麻痺1例,外転神経麻
痺6例,三叉神経麻痺9例,顔面神経麻痺5例,聴力低下7例,舌咽神経,迷走神経麻痺5例,舌下神経
麻痺2例であった.運動麻痺は1例,感覚障害は0例であり,小脳失調を呈していたものは7例であった.
術後の脳神経麻痺,小脳症状,片麻痺の転帰を示す(表4).術前見られていた脳神経症状のうち,改善し
たものは動眼神経(100%),滑車神経(100%),舌下神経(100%),舌咽神経・迷走神経(60%),小脳失
調(43%)
,顔面神経(40%),三叉神経(22%)の順であった.永続的に悪化した脳神経症状は,三叉神
経(44%)
,舌咽神経・迷走神経(20%)
,外転神経(1.7%)の順であった.一方,術前には見られなかっ
たが術後に生じた脳神経症状は,三叉神経(60%),顔面神経(32%),動眼神経(30%),滑車神経(17%),
外転神経(17%),舌咽神経・迷走神経(11%),運動麻痺(8.7%),舌下神経(5%)の順で多かった.
このうち,永続的な麻痺を生じたのは,三叉神経(27%),動眼神経(13%),外転神経(11%),顔面神経
(11%)
,運動麻痺(8.7%)であった.
atypical meningioma の1例でガンマナイフ照射後に再増大を来たし,再度摘出術を施行したところ
anaplastic meningioma に悪性化しており,最終的に腫瘍死した.
表4
術前の機能不全
錐体斜台部髄膜腫の症状の転帰
動眼神経
滑車神経
三叉神経
外転神経
顔面神経
聴神経
舌咽神経
迷走神経
舌下神経
運動麻痺
感覚障害
小脳失調
1/24
1/24
9/24
6/24
5/24
7/24
5/24
2/24
1/24
0/24
7/24
術後転帰:
改善
1/1(100%) 1/1(100%) 2/9(22%)
0/6(0%)
2/5(40%) 1/7(14%) 3/5(60%) 2/2(100%) 0/1(0%)
0/24(0%) 3/7(43%)
不変
0/1
0/1
3/9
2/6
0/5
6/7
0/5
0/2
0/1
0/24
悪化(一過性)
0/1
0/1
0/9
0/6
0/5
0/7
0/5
0/2
0/1
0/24
0/7
悪化(改善傾向)
0/1
0/1
0/9
3/6
3/5
0/7
1/5
0/2
0/1
0/24
1/7
悪化(永続的)
0/1(0%)
0/1(0%)
0/7(0%)
1/5(20%)
新たな症状:
4/9(44%) 1/6(1.7%) 0/5(0%)
0/2(0%) 1/1(100%) 0/24(0%)
7/23(30%) 4/23(17%) 9/15(60%) 3/18(17%) 6/19(32%) 6/17(25%) 2/19(11%) 1/22(5%) 2/23(8.7%)
一過性
0/23
1/23
0/15
0/18
2/19
0/17
2/19
0/22
改善傾向
4/23
3/23
5/15
1/18
2/19
1/17
0/19
1/22
永続的
3/7
0/7(0%)
0/0
0/17(0%)
0/23
0/0
0/17
0/23
0/0
0/17
0/0
0/17(0%)
3/23(13%) 0/23(0%) 4/15(27%) 2/18(11%) 2/19(11%) 5/17(29%) 0/19(0%) 0/22(0%) 2/23(8.7%)
124
中
溝
玲
・
佐々木
富
男
代表症例
40 歳女性.主訴は頭痛.術前,神経学
的異常所見は認めなかった.頭部 MRI
にて 4.2 × 4.4 × 4.4 cm の腫瘍を錐体
斜台部に認めた.腫瘍は,下方では舌下
神経管レベルまで,上方では後床突起上
方 14mm までおよび,右優位に錐体斜台
部に広く接しており,右内耳道入口部に
進展していた(Fig. 2).また,両側海綿
静脈洞内と右中頭蓋窩にも進展していた.
術前に脳血管造影を行い,両側の上行咽
頭動脈に対する腫瘍栄養血管塞栓術を施
行 し た.経 錐 体 法(Anterior transpetrosal approach)による開頭腫瘍摘出術
を施行し,鞍上部の腫瘍を除いて摘出し
た.術後,両側外転神経麻痺,右三叉神
Fig. 2
Pre- and postoperative magnetic resonance images. The upper
row shows preoperative images and the lower row shows
postoperative images, respectively.
経麻痺,右舌下神経麻痺が出現した.退院時には舌下神経麻痺は消失,外転神経麻痺と三叉神経麻痺は残
存していたが,改善傾向を示していた.
3.頸静脈孔腫瘍
頸静脈孔腫瘍とは,頸静脈孔部に発生する腫瘍の総称である.頸静脈孔は側頭骨と後頭骨の骨癒合部に
形成された,神経・血管が貫通する頭蓋底の孔である.頸静脈孔外側壁の骨突起が頸静脈棘であり,これ
に連続した頸静脈靭帯によって,前方の pars nervosa と後方の pars vascularis に境されている.Pars
nervosa には舌咽神経と下錐体静脈洞下端が,pars vascularis には迷走神経,副神経,後硬膜動脈,頸静脈
球が通っている.頸静脈孔腫瘍としては神経鞘腫とグロームス腫瘍が有名であるが,その他に脊索腫,軟
骨肉腫,転移性腫瘍などが挙げられる.筆者が 2004 年 11 月までに経験した頸静脈孔腫瘍は 53 症例であ
り,その内訳は頸静脈孔神経鞘腫 27 例,グロームス腫瘍4例,舌下神経鞘腫4例,髄膜腫3例,転移性腫
瘍3例,顔面神経鞘腫3例,軟骨肉腫3例,脊索腫2例,頭蓋底部形質細胞腫1例,ユーイング肉腫1例,
真珠腫1例,内リンパ嚢腫瘍1例であり,神経鞘腫が圧倒的に多い27).頸静脈孔腫瘍は頭頸部の深部に位
置しており,様々な神経や血管が関係しているため,腫瘍への手術アプローチが困難である.腫瘍の主座
や進展方向により,異なる手術アプローチを選択する.頭蓋内を主座とする頸静脈孔部や外側型の大後頭
孔部病変には通常の外側後頭下開頭,斜台部など大後頭孔前方や前外側の病変に対しては経顆法,頸静脈
孔を中心に頭蓋内外にダンベル型の進展を示すものには経頸静脈孔法28)などを選択する.
頸静脈孔神経鞘腫の治療成績
2010 年までに経験した,頸静脈孔神経鞘腫 30 例について検討した.術前の症状は,難聴,耳鳴,めまい,
嚥下障害,嗄声であり,神経学的異常は,聴神経,舌咽神経,迷走神経,副神経の順に認められた.これ
らの脳神経を巻き込んで発育しており,術後に嚥下や発声障害,難聴,顔面神経麻痺などを誘発する危険
性があるため,様々なモニタリングを駆使して手術を施行している.下位脳神経障害を起こす可能性があ
る症例では,軟口蓋・咽頭後壁(舌咽神経,迷走神経),僧帽筋・胸鎖乳突筋(副神経)や舌筋群(舌下神
経)などの下位脳神経の誘発筋電図モニタリングを行っている.聴神経障害や顔面神経麻痺を起こす可能
性がある症例では,ABR モニタリングや顔面神経の誘発筋電図モニタリングを選択している.脳幹への
圧迫が著明な巨大な腫瘍の場合には,錐体路障害に対する MEP モニタリングや,術中の高度徐脈に対す
る備えとしての経皮ペーシングパッドの装着やペーシングカテーテルの挿入などを行っている.
頭蓋底腫瘍の治療成績
表5
三叉神経
125
頸静脈孔神経鞘腫 30 症例における脳神経機能の転帰
外転神経
顔面神経
聴神経
舌咽神経
迷走神経
副神経
舌下神経
術後改善
0/4
1/1
1/9
2/23
0/14
0/14
0/12
5/8
術後悪化
1/30
4/30
7/30
5/30
16/30
17/30
6/30
4/30
手術による死亡は見られなかった.初発症状として最も多く見られていた難聴(23/30)は,術後,18 例
で不変,3例で悪化したが,2例で改善が認められた.また,術後新たに3例で難聴が出現した.術前に
認められた下位脳神経症状が術後に改善したものは,舌下神経麻痺(XII)の5例のみ(5/8)であり,その
他の下位脳神経麻痺(IX,X,XI)については術前の状態を維持するのがせいぜいであった(表5)
.IX,
X の麻痺については,一過性および永続性を含めて約半数の症例で悪化していた.術後の下位脳神経麻痺
は誤嚥による肺炎を併発しやすく,時に重篤になる危険性が高いので慎重な術後管理が必要である.ただ
し術前から麻痺が認められる症例では患者が慣れているためか,術後にさらに重篤になる危険性は少な
い29)30).我々のシリーズでは vocal cord plasty を行なった症例が2例あるが,feeding gastrostomy や
thyroplasty などの処置を必要とする高度障害例はなかった.特筆すべきは何らかの要因で術前から対側
の下位脳神経麻痺がある症例では,術後に両側性の麻痺をきたして致命的になる危険性が高いという点で
あり31),このような症例では,手術よりも放射線治療あるいは保存的治療を選択すべきである.
転移性腫瘍3例,ユーイング肉腫1例,頭蓋底部の形質細胞腫1例の悪性腫瘍は全て術後3〜15ヶ月で
再発死亡している.
代表症例
67 歳女性.主訴は頭重感.術前 MRI
にて右小脳橋角部から右頸静脈孔を介し
て頭蓋外に連続する 2.2 × 1.8 × 1.4
cm の腫瘍を認めた(Fig. 3)
.下位脳神
経をはじめとして,術前に神経学的異常
を認めなかった.外側後頭下開頭にて腫
瘍摘出術を施行した.腫瘍は迷走神経か
ら発生していたので,迷走神経のうち1
本を切断した.術後より,嗄声,嚥下障
害が出現したが,経時的に改善傾向を認
めた.
おわりに
以上,我々の治療成績を紹介した.頭
蓋底腫瘍の術後には脳神経麻痺が悪化す
る危険性があるので,治療法の選択は慎
Fig. 3
Pre- and postoperative magnetic resonance images. The upper
row shows preoperative images and the lower row shows
postoperative images, respectively.
重に検討することが肝要であり,患者へ
の十分な説明と理解が必要である.特に,高齢者の場合は,被膜内摘除による部分摘出にとどめることや
残存腫瘍に対してガンマナイフ治療を行う等の選択肢も考慮されるべきである.
126
中
溝
玲
・
佐々木
富
男
参 考 文 献
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(参考文献のうち,数字がゴシック体で表示されているものについては,著者により重要なものと指定された分です.
)
プロフィール
中溝
玲(なかみぞ
あきら)
九州大学講師(大学院医学研究院 脳神経外科学分野) 医博
◆略歴:1970 年佐賀県に生まれる.1996 年九州大学医学部卒業.同年九州大学医学部麻酔科蘇生科
入局.1998 年九州大学医学部脳神経外科入局.2001 年 Texas 大学 M.D.Anderson Cancer Center
脳神経外科研究員.2005 年国立病院機構九州医療センター脳神経外科医師.2008 年九州大学病院
脳神経外科助教.2010 年6月より現職.
◆研究テーマと抱負:骨髄由来間葉系幹細胞や,改変がん抑制遺伝子 p53 を用いて脳腫瘍の治療実
験を行っています.
◆趣味:育児
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