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論文要旨・審査の要旨

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論文要旨・審査の要旨
学位論文の内容の要旨
論文提出者氏名
論文審査担当者
論
文
題
目
橋本
主
査
杉原
泉
副
査
泰羅
雅登、渡瀬
祐二
啓
Quantitative evaluation of human cerebellum-dependent motor learning
through prism adaptation of hand-reaching movement
(論文内容の要旨)
<要旨>
小脳は運動制御や学習に重要な役割を果たしている。練習を繰り返すことで小脳が学習し、そ
の結果作られた記憶を用い運動を制御することで正確な運動が自動的に遂行されるようになる。
臨床では運動制御の異常により生じる失調症状を様々な方法で評価しているが、小脳運動学習に
関しては効率的で適した手段が確立していない。そこで我々はタッチスクリーンを用いた手の到
達運動のプリズム適応パラダイムを開発した。タスクは、スクリーン上にランダムに表示される
標的を示指でタッチする到達動作とし、到達動作中は電圧制御シャッターを使用し視覚を遮断す
ることで視覚と手の協調運動を防止した。プロトコルは連続してプリズム非装着で 50 試行
(BASELINE)、プリズム装着にて 100 試行(PRISM)、プリズム着脱後 50 試行(REMOVAL)とし
た。本研究において運動学習を定量評価するために、adaptability index (AI)を新たに提案した。
AI は、適応の獲得、記憶の保持、記憶の消去の 3 つの構成要素の積で算出し、数値は 0~1 の範
囲をとり、最適応が 1、適応なしが 0 となるよう非連続数で算出した。70 歳未満の小脳患者の
AI は、年齢を適合させた健常者よりも有意に低値を示した。さらに、AI は感度・特異度よく 2
群を明瞭に識別した。また、従来の臨床評価尺度との間には相関関係が確認された。さらに
BASELINE 全 50 試行の標的とタッチ位置のずれのばらつきを標準偏差で示すことで推測した測
定障害と、運動学習指標 AI の間には相関関係を認めなかった。しかしながら、小脳患者の経時
フォローにおいて直線的な AI 低下の後に失調症状増悪が観察されたことから、運動失調と運動
学習障害の間には緊密な関係があることが推測された。さらに健常者 70 歳以上においては、加
齢に伴い AI は減少し、個人差が大きくなることが判明した。これらの結果から、本計測システ
ムにおいて AI は小脳運動学習を定量評価でき、また小脳機能不全の診断や状態評価に加え、加
齢性変化をみるなど臨床応用できると考えられた。
<諸言>
反射性眼球運動や瞬目反射条件付け等の適応を用いた実験研究で、小脳が学習を通して運動の
ゲインやタイミングを制御していることを提言している。実際に小脳が様々な原因で障害される
と身体の動きの滑らかさが失われ、ぎこちなくなる。臨床現場では、主に身体の協調させた適切
- 1 -
な運動パターンの形成異常の結果である運動失調症状を神経学的診察(検査)による観察から評価
している。一方で、小脳が重要な役割を果たす運動学習に関しては、ヒトを対象とした従来の研
究はあるが健常者においても個人差が出たり、苦痛を伴ったり、適応までに時間を要するなどタ
スクに難があったり、特殊な機器や広い空間を要するなど汎用性に欠けることからほとんど臨床
現場で評価されていない。しかしながら、小脳機能を多方面から評価することは、より正確に小
脳機能や障害度を判断し、治療効果判定利用するなど多様性を生むことになる。ここに我々は、
個人差の少ない手の到達動作のプリズム適応を用いて診察室でもリアルタイムに運動学習を定量
評価可能な計測システムを開発し多数の小脳患者で評価した。
<方法>
本研究の対象は、神経学的異常がない健常者 38 名と、脊髄小脳変性症(SCD)と臨床診断された
77 名で行った。健常者は 70 歳未満(HN;n = 21)と 70 歳以上(HE;n = 17)の 2 群に、また SCD
患者も同様に 70 歳未満(CN;n = 62)と 70 歳以上(CE;n = 13)の 2 群に分類した。
被験者は右手示指の指先がタッチスクリーンに届く距離で座り、顎は顎台で緩く固定した。タ
スクは、暗室でスクリーン上にランダムに表示される 8mm 大の標的を示指でタッチする到達動
作とした。被験者は初め同側耳介上の耳センサーに指を置き、スクリーン上に標的が表示された
ら指先を速やかにスクリーン上の標的の位置に移動するように指示した。プリズムは視野を水平
方向右に 25°偏倚させるものを使用した。その際に指先と視覚情報の協調を防ぐために、指が耳
センサーから離れてスクリーンに届くまでの到達動作中はゴーグルに装備した電圧制御シャッタ
ーで視覚を遮断した。プロトコルは、初めにプリズム非装着時で 50 試行(BASELINE)、次にプ
リズム装着にて 100 試行 (PRISM)、最後にプリズム着脱し 50 試行(REMOVAL)を連続で行った。
スクリーン上に表示される標的位置とタッチした示指位置の水平方向のずれを finger-touch
error とし、健常者の BASELINE での finger-touch error の平均+2(標準偏差)をもとに正確なタ
ッチを finger-touch error ≦25mm と定義した。プリズム適応を定量評価するために本研究で新
たに提案した指標 AI は、PRISM の最後 10 試行中正確(≦25mm)に標的をタッチした確率(適応
の獲得)、REMOVAL の最初の 5 試行中プリズムで視野をずらした方向とは逆に一定のずれ以上
(>25mm)でタッチした確率(記憶の保持)、REMOVAL の最後の 10 試行中正確(≦25mm)に標的を
タッチした確率(記憶の消去)の積で算出し、数値は 0~1 の範囲をとり、最適応が 1、適応なしが 0
となるよう非連続数とした。
<結果>
HN は、BASELINE において標的の中心付近をタッチした。続いて PRISM では右に視野がず
れることで、実際の標的よりも初めは虚像のある右に示指を伸ばしタッチするが、試行を繰り返
すことで標的をタッチ可能となった。その後 REMOVAL では、視野をずらした方向とは反対の
標的の左へ手を伸ばしスクリーンをタッチするが試行を繰り返すことで標的を再度タッチ可能と
なった。
一方、CN は BASELINE において標的周辺をまとまりなくタッチし、PRISM では標的よりも
右をタッチし続け、試行を繰り返し多少はずれは小さくなるも最終的に標的をタッチすることが
- 2 -
できなかった。REMOVAL では左へのずれはみられなかった。その他一部の CN では PRISM で
は一見標的をタッチ可能となるも REMOVAL で左へのずれはみられない、あるいは左へずれた
まま標的を最後までタッチできない被験者も確認された。
AI の平均は HN(0.867)、HE(0.623)、CN(0.227)、CE(0.141)であった。4 群の多重比較検定に
て SCD 患者の AI は健常者よりも有意に低値であった。また AI は HN と CN を正確かつ明瞭に
識別することが確認された(cut-off0.68, 感度 98.4%、特異度 100%)。
健常者間では 20-80 歳代で AI を群間比較したところ 70 歳以降で有意に AI が低下し、かつ AI
のばらつきから個人差が大きくなることが判明した。
SCD 患者では、AI と、従来の臨床評価尺度 SARA、上肢機能評価 9 hole peg test(9HPT)、お
よび罹病期間との間には相関関係が確認された。
プリズムにより意図的に finger-touch error を大きくした場合、健常者では学習が生じ、ばら
つきは収束したが、SCD 患者では収束しなかった。また、AI と、測定障害を推測する BASELINE
での finger-touch error のばらつき(標準偏差)との間には相関はなかったが、経時フォローの中で
AI 低下が先行した後に、SARA score が増悪する傾向が観察された。
<考察>
今回の研究において、運動学習の評価指数 AI は、健常者群と SCD 患者をより正確に識別する
ことが可能であり、また従来の指標である SARA や 9HPT と相関関係が確認された。このことか
ら、AI は小脳の重要な役割である運動学習を定量評価し臨床応用可能な新しいバイオマーカーと
なりうる可能性が示唆された。
また正常老化において 70 歳頃より AI で評価する運動学習は機能低下が観察された。老化齧歯
動物を用いた先行研究ではプルキンエ細胞数や小脳容積と運動学習との関係を指摘している。ヒ
トにおいても、加齢によりプルキンエ細胞数や小脳容積の減少があると報告されており、この結
果は矛盾しなかった。
さらに本研究では運動学習と失調症状との関係を調べた。まず、HN ではプリズムにより大き
なずれを生じさせてもずれが収束することから、小脳患者でずれが大きいから適応(学習)が進ま
ないとは言えないことが判明した。次いで AI と finger-touch error のばらつき(測定障害を反映)
との間には相関はないが、経時フォローの中で AI 低下に続いて SARA でみる失調症状が増悪し
たことから運動学習障害の結果、失調症状が出現する可能性が示唆された。しかし結論を出すに
は更なる研究が必要である。
<結論>
小脳機能の一つである運動学習をリアルタイムに観測し、定量評価するシステムを開発すること
ができた。従来の SARA などの臨床評価尺度に加えて、本計測システムによる AI は運動学習の
新たなマーカーとなることが期待される。また本計測システムは臨床像と運動学習との関係、加
齢による変化などを多方面で今後活用できる可能性がある。
- 3 -
論文審査の要旨および担当者
報 告 番 号
論文審査担当者
甲 第
4726 号
橋本
主
査
杉原
泉
副
査
泰羅
雅登
渡瀬
祐二
啓
(論文審査の要旨)
1. 論文内容
本論文は、新たに開発・作製した手の到達運動の運動学習能力の計測システムに関して、小脳
変性症患者での計測結果から評価した研究の内容を述べたものである。
2.論文審査
1)研究目的の先駆性・独創性
小脳変性症などの小脳の機能障害を臨床的に簡便に評価するのには、診察下に行う協調運動
障害テストに基づくスコアが用いられてきた。申請者らは、これらよりも小脳の機能をより良
く客観的にかつ簡便に評価する方法として、ヒトの小脳の運動学習機能の研究に用いられてい
たプリズム適応課題を臨床に応用できるように改変した、手の到達運動をタッチスクリーンか
ら評価するシステムを開発した。被験者はスクリーンに示された標的に手指を到達させるとい
う動作を 200 回行ううちに、横に 25 度シフトして見えるプリズムメガネを途中で着脱し、その
間の到達運動誤差から、適応指数(Adaptation Index) を1~0の間の数値として計測できるよ
うにした。以上のように先駆的に開発した計測システムに関して、小脳変性症の患者 77 名と健
常者 38 名において、このシステムを用いた計測し、その結果からこの計測システムを評価した
という独創性の高い研究である。
2)社会的意義
本研究で得られた結果は以下の通りである。
1.このシステムでの運動学習能力の測定値は、従来の小脳運動機能測定のスコアと相関し、
かつ従来のスコアよりも早期から測定値の変化が観察できた。
2.従来のスコアでは変性病変の小脳特異性の程度が明瞭に反映されないが、本システムは
小脳特異性をよりよく反映していることが確認された。
上記のように、申請者らが開発し、かつ評価を行った手の到達運動の評価するシステムは、
小脳に特異的な運動学習機能を臨床の場で簡便に計測できるように工夫されたもので、従来か
らのスコアによる評価方法よりも、はるかに、敏感に特異性高く小脳の機能異常を検出できる
ことが示された。測定値から適応指数を得る計算方法が、やや根拠に欠ける恣意的なものに思
われたが、得られた適応指数は、有用性が十分に高いことが示された。小脳疾患の臨床診療や
臨床研究に大きく貢献する研究であると評価される。
( 1 )
3)研究方法・倫理観
このシステムは、従来、報告のあったダーツ投げの運動学習テストの方法に基づきつつ、簡
便な臨床での利用を念頭に置いてパソコンと患者(または被験者)の頭に簡単に装着できるゴ
ーグルをベースとして開発されている。そして、本研究は、小脳変性症の患者 77 名と健常者
38 名において、このシステムと従来の計測値との比較によってなされている。研究者の、運動
能力測定に関する知識が十分高く、また、十分な準備のもとに行われたことが窺われる。
4)考察・今後の発展性
申請者らは、開発されたシステムが、小脳のみに変性が見られる病態の患者ほどその運動学
習機能を良く反映することから、従来の計測よりも小脳機能に特異性の高い計測が可能である
と考察している。これは、先行研究での知見から見ても妥当な考察で、このシステムの利点が
よく示されている。申請者らは、今後、開発したシステムを小脳疾患の診断と経過追跡に用い
て行く予定で、さらにそれ以外にも、小脳機能発達過程その他における小脳機能変化の解析に
応用していくことができるとしている。
3.審査結果
以上を踏まえ、本論文は博士(医学)の学位を申請するのに十分な価値があるものと認められ
た。
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