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Next vision 文学と歴史の町、尾道の対岸に浮かぶ「向島」。 であることにこだわり、すべてを一環して手がけている草木染め工房「立花テキスタイル まで、 『100%メイドインしまなみ(※)』 研究所」があります。工房立ち上げの経緯とコンセプト、今後目指すビジョンを所長の新里カオリさんにうかがいました。 ※本州四国連絡道路の尾道・今治ルートである 「しまなみ海道」開通後、 その沿線エリアは、 「しまなみ地域」 と呼ばれ親しまれています。 なブランドカラーとして認知され、 大手アパレ する草木がオーガニックであることは、 魅力的 私たちの作る綿 製 品の原 材 料や染 色に使 用 場価値の高い ﹁国産オーガニックコットン﹂ です。 で、 病気に強いため農薬が必要ない。 つまり市 本で古 くから栽 培されている﹁ 大 島 在 来 種 ﹂ 世帯で作られるようになりました。品種は日 学 校にも栽 培の輪が広がり、 いまでは300 ころ、 周 辺の島しょ部の農 家や尾 道 市 内の小 な思いで栽培プロジェクトをスタートさせたと 一度私たちの手でしまなみに蘇らせたい。そん 学繊維などの普及で衰退した綿栽培を、 もう かな瀬戸内は、 綿栽培に適していたんです。化 たときは驚きました。雨が少なく気候が穏や 瀬戸内海沿岸一帯で栽培されていたことを知っ 給率がわずか1%にも満たない綿が、 かつては した。 いろいろと調べていくうちに、 現在国内自 か、 というシンプルな疑問が沸き起こってきま そのほとんどを海外からの輸入に頼っているの 綿製品に深く関わっていくなかで、 綿がなぜ、 ことを思いつかれたのは? │ 綿 製 品の原 料となる綿 花 を 、地 元で栽 培 する この向島の南に位置する立花地区の高台に、原料となる綿花の栽培から、糸紡ぎ、染め、織り、製品化した商品のパッケージ ルメーカーさんからも注目を浴びています。 です。 たちは考えているん ェアにつながると、私 巡 り 巡って顧 客のシ との情報のシェアは、 る方針です。他企業 企 業へ随 時 公 開 す なデータは、地 元の す。研究で得た貴重 研 究 開 発 していま 牡蠣業者の牡蠣ガラなどを再利用した染色材料も み出される廃 棄 物、 たとえば鉄 鋼 所の削 り く ずや の染色受注も増えています。また、 地場産業から生 立趣旨としていますが、 最近では、 大手メーカーから 色を基 軸とした商 品の開 発に繋げていくことを設 研 究 所は、 しまなみ沿 線の植 物 を 調 査・研 究し、染 スタイル研究所創設と同時に所長に就任しました。 事 業 を 手 伝 うようになり、 2 0 0 9 年の立 花テキ せていただいたのがご縁で、 しばらくして尾道で帆布 しゃったのです 。私が﹁織り﹂ についての工場 見 学をさ たアパレル事 業 を新 規 展 開 することを考 えていらっ まお世話いただいた地元の方が、 尾道帆布を使用し いました。十数年前、 観光で尾道に来たとき、 たまた 私は元々、 関 東の出 身で、 大 学では染 色 を 専 攻して 所長に就任された経緯を聞かせてください。 │ 立 花テキスタイル研 究 所の設 立 趣 旨と、新 里さんが NPO法人 工房おのみち帆布 立花テキスタイル研究所 所長 えていきます。 を紡ぎ出してゆくか、 私たちも一緒になって考 道﹂。その中で向島が、 今後どんなテーマカラー 重要でしょう 。7つの橋で繋がる ﹁しまなみ海 人に働ける場所を作ってあげるということも 直 す 作 業が必 要なんです 。現 実 的には、 若い つ、 そこへ現 代 的な感 覚 を 加 味し、 アレンジし 守るのは無理があります。伝統をベースとしつ 良いものがたくさんあったとしても精 神 論で 欲しい、 という強い思いによるものです。過去に この地の良さを、 地 元の子 供たちに体 感して 花の栽培を地元の小学校に持ちかけたのも、 私は尾 道に惚れ込んでIターンしました。綿 │今後のビジョンをお聞かせください。 継続の難しくなった 「伝統」に、現代の テイストを加味。 ▲ ▲ 02 03 立花テキスタイル研究所の呼びかけで広まった瀬戸内エリアの 綿花栽培。耕作放棄地でも栽培され、就農効果も期待されていま す。品種は 「大島在来種」 と呼ばれる和綿で、海外の綿と違い、下 向きに実 (綿) がなるのが特徴。 製品をパッキングする前のアイロン がけ作業。細やかな手つきに、商品へ かける思いが伝わってきます。 ▲大手メーカーと取引するには、大量に同じ色が出せることが前 提。材料・材質や染色の加減による色の変化、 また紫外線や洗濯 による色落ちの度合いなど、専門機関へ出し、詳細なデータを蓄 積。 この努力が実を結び、 すでに東京の大手百貨店とも提携。 ▲立花テキスタイル研究所が定期的 に開催しているワークショップでも使用 される、 ポータブル式糸紡ぎ機「チャル カ」。考案者はマハトマ・ガンジー。彼が 唱えた 「自分が着るものは自分で作ろ う」 という思想は、立花テキスタイル研 究所の重要なコンセプトのひとつ。 独自の研究開発で得たデータは、 惜しげなく地域へ還元。 立花地区の高台に立つ、立花テキスタイル研究所。 ここからの長閑な眺望は人々を魅了し、平山郁夫画伯 も作品として残しています。 新里カオリ氏 地元で廃棄物として処理されていたフルーツの枝、 牡蠣ガラ、 鉄 の削りクズも、 染色材料として加工し、 商品化。研究の過程で 得たデータも地元企業へ積極的に公表。 「他企業を競争相手 としてではなく協力相手として見ているんです。」 と、 新里所長。 立花テ キスタイル研究所で飼われている数頭のヤギは、周辺の草刈りを担当する精鋭。 100%“メイドインしまなみ”であること、 そして、成果を地域とシェアすること。 立花テキスタイル研究所のしなやかな挑戦。 かつて瀬戸内沿岸は 綿花の一大産地だった。 Next vision 文学と歴史の町、尾道の対岸に浮かぶ「向島」。 であることにこだわり、すべてを一環して手がけている草木染め工房「立花テキスタイル まで、 『100%メイドインしまなみ(※)』 研究所」があります。工房立ち上げの経緯とコンセプト、今後目指すビジョンを所長の新里カオリさんにうかがいました。 ※本州四国連絡道路の尾道・今治ルートである 「しまなみ海道」開通後、 その沿線エリアは、 「しまなみ地域」 と呼ばれ親しまれています。 なブランドカラーとして認知され、 大手アパレ する草木がオーガニックであることは、 魅力的 私たちの作る綿 製 品の原 材 料や染 色に使 用 場価値の高い ﹁国産オーガニックコットン﹂ です。 で、 病気に強いため農薬が必要ない。 つまり市 本で古 くから栽 培されている﹁ 大 島 在 来 種 ﹂ 世帯で作られるようになりました。品種は日 学 校にも栽 培の輪が広がり、 いまでは300 ころ、 周 辺の島しょ部の農 家や尾 道 市 内の小 な思いで栽培プロジェクトをスタートさせたと 一度私たちの手でしまなみに蘇らせたい。そん 学繊維などの普及で衰退した綿栽培を、 もう かな瀬戸内は、 綿栽培に適していたんです。化 たときは驚きました。雨が少なく気候が穏や 瀬戸内海沿岸一帯で栽培されていたことを知っ 給率がわずか1%にも満たない綿が、 かつては した。 いろいろと調べていくうちに、 現在国内自 か、 というシンプルな疑問が沸き起こってきま そのほとんどを海外からの輸入に頼っているの 綿製品に深く関わっていくなかで、 綿がなぜ、 ことを思いつかれたのは? │ 綿 製 品の原 料となる綿 花 を 、地 元で栽 培 する この向島の南に位置する立花地区の高台に、原料となる綿花の栽培から、糸紡ぎ、染め、織り、製品化した商品のパッケージ ルメーカーさんからも注目を浴びています。 です。 たちは考えているん ェアにつながると、私 巡 り 巡って顧 客のシ との情報のシェアは、 る方針です。他企業 企 業へ随 時 公 開 す なデータは、地 元の す。研究で得た貴重 研 究 開 発 していま 牡蠣業者の牡蠣ガラなどを再利用した染色材料も み出される廃 棄 物、 たとえば鉄 鋼 所の削 り く ずや の染色受注も増えています。また、 地場産業から生 立趣旨としていますが、 最近では、 大手メーカーから 色を基 軸とした商 品の開 発に繋げていくことを設 研 究 所は、 しまなみ沿 線の植 物 を 調 査・研 究し、染 スタイル研究所創設と同時に所長に就任しました。 事 業 を 手 伝 うようになり、 2 0 0 9 年の立 花テキ せていただいたのがご縁で、 しばらくして尾道で帆布 しゃったのです 。私が﹁織り﹂ についての工場 見 学をさ たアパレル事 業 を新 規 展 開 することを考 えていらっ まお世話いただいた地元の方が、 尾道帆布を使用し いました。十数年前、 観光で尾道に来たとき、 たまた 私は元々、 関 東の出 身で、 大 学では染 色 を 専 攻して 所長に就任された経緯を聞かせてください。 │ 立 花テキスタイル研 究 所の設 立 趣 旨と、新 里さんが NPO法人 工房おのみち帆布 立花テキスタイル研究所 所長 えていきます。 を紡ぎ出してゆくか、 私たちも一緒になって考 道﹂。その中で向島が、 今後どんなテーマカラー 重要でしょう 。7つの橋で繋がる ﹁しまなみ海 人に働ける場所を作ってあげるということも 直 す 作 業が必 要なんです 。現 実 的には、 若い つ、 そこへ現 代 的な感 覚 を 加 味し、 アレンジし 守るのは無理があります。伝統をベースとしつ 良いものがたくさんあったとしても精 神 論で 欲しい、 という強い思いによるものです。過去に この地の良さを、 地 元の子 供たちに体 感して 花の栽培を地元の小学校に持ちかけたのも、 私は尾 道に惚れ込んでIターンしました。綿 │今後のビジョンをお聞かせください。 継続の難しくなった 「伝統」に、現代の テイストを加味。 ▲ ▲ 02 03 立花テキスタイル研究所の呼びかけで広まった瀬戸内エリアの 綿花栽培。耕作放棄地でも栽培され、就農効果も期待されていま す。品種は 「大島在来種」 と呼ばれる和綿で、海外の綿と違い、下 向きに実 (綿) がなるのが特徴。 製品をパッキングする前のアイロン がけ作業。細やかな手つきに、商品へ かける思いが伝わってきます。 ▲大手メーカーと取引するには、大量に同じ色が出せることが前 提。材料・材質や染色の加減による色の変化、 また紫外線や洗濯 による色落ちの度合いなど、専門機関へ出し、詳細なデータを蓄 積。 この努力が実を結び、 すでに東京の大手百貨店とも提携。 ▲立花テキスタイル研究所が定期的 に開催しているワークショップでも使用 される、 ポータブル式糸紡ぎ機「チャル カ」。考案者はマハトマ・ガンジー。彼が 唱えた 「自分が着るものは自分で作ろ う」 という思想は、立花テキスタイル研 究所の重要なコンセプトのひとつ。 独自の研究開発で得たデータは、 惜しげなく地域へ還元。 立花地区の高台に立つ、立花テキスタイル研究所。 ここからの長閑な眺望は人々を魅了し、平山郁夫画伯 も作品として残しています。 新里カオリ氏 地元で廃棄物として処理されていたフルーツの枝、 牡蠣ガラ、 鉄 の削りクズも、 染色材料として加工し、 商品化。研究の過程で 得たデータも地元企業へ積極的に公表。 「他企業を競争相手 としてではなく協力相手として見ているんです。」 と、 新里所長。 立花テ キスタイル研究所で飼われている数頭のヤギは、周辺の草刈りを担当する精鋭。 100%“メイドインしまなみ”であること、 そして、成果を地域とシェアすること。 立花テキスタイル研究所のしなやかな挑戦。 かつて瀬戸内沿岸は 綿花の一大産地だった。