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夢に向かって

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夢に向かって
奨 励 賞
夢に向かって
甲賀市立城山中学校三年
大原
優輝
今年,あの日の悲劇から七十年が経ちました。私は,ある番組を切っ掛けに,戦
争と平和について深く考える様になりました。
8月8日の夜,NHK テレビで,戦争についての特別番組があり,その中で敵の
砲弾に当たって墜落していく,特攻機の酷い映像を見ました。その時,私の知らな
い“戦争”に対する衝撃を心の中に強く受けて,“戦争に対する恐怖”をまじまじ
と覚えました。その映像を見ながら,今年の四月に修学旅行で行った事を思い出し
ていました。
四月二十二日。私は,色々な思いを抱き,初めて沖縄の地に降りました。そこで
行われた平和学習において「ひめゆり平和資料館」や,「ガマ」,「平和祈念堂」を
訪れました。沖縄戦について色々な事を知り,また,体験者の方の真に迫る話を聞
いて,戦時中の人々の気持ちを沢山感じ取る事が出来ました。美しく映え,青く輝
く沖縄が,一瞬で焼け野原になった地獄の歴史も知りました。
その様な思いを心の中に残した翌日,私は新たな気持ちで「長崎の平和セレモニ
ー」をテレビで見ました。八月九日は,長崎に原爆が落とされた日でした。七十年
前,強力な熱線と爆風によって,即死した人もいれば,火傷によって苦しんだ人,
放射線によって,今も苦しみ続けている人が一杯いることを知り,改めて原爆に対
する恐怖をさめざめと感じました。
自分の目や耳で,見た事や聞いた事から,この戦争によって,本当に沢山の人が
夢を抱くことも許されず,自由に生きることも許されず,この世に遺憾な思いを残
し,自らの生涯に幕を引いていったのだと私は思いました。沖縄戦では,自らと同
じ位の歳の人が戦争に動員されました。もし,あの戦争がなければ,あの人達は,
今の自分の様に大きな夢を抱き,家族や友達,そして色々な人とも笑いながら,楽
しく毎日を生きる事が出来たと思います。たった一つの悲しい過ちが,沢山の人の
希望や未来など,全てを奪ったと言えるでしょう。この,“沢山の人”とは,日本
人だけではなく,アメリカ人や韓国人など,この戦争に関わり,命を落としていっ
た全ての人々の事です。この取り返しのつかない悲劇は,二度と地球上で繰り返し
てはいけない事だと強く思います。
今,私は“プロサッカー選手になる”という夢を抱き,毎日練習を頑張っていま
す。正直,プロサッカー選手になる事は,極めて難しい事だし,なれるかどうかは
判りません。周りの人から見ると,「どうせ無理,多分なれへんやろ。」とか,「バ
カみたいな夢やな。」など,色々マイナス面の事を考えると思います。しかし,地
球上では,今も止む事のない戦争や紛争によって,夢を持つ事すら出来ない人も,
かつての日本人の様に沢山いると思います。だから目指す夢が,どれだけ果てし無
い夢であっても,それを抱けるという環境にいる事だけでも,大きな大きな幸せな
んじゃないでしょうか。
明日の日本の姿がどうなるかは,誰にも判りません。しかし,平和を強く願う気
持ちがあれば,必ず良い方向へと進んでいくはずです。過去を変えることは出来な
いけど,未来は,自分達の思いや努力で,どんな風にも変える事が出来るのです。
この平和な日本に住み,明日への夢を抱くことが出来るという,大きな幸せを私
は胸に秘め,いつまでも夢に向かって強く,強く,走り続けていきます。
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