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No.34(2016年) - 東京大学アイソトープ総合センター
東京大学放射線取扱者再教育資料 No.34(2016) Ⅰ. Ⅱ. Ⅲ. Ⅳ. 放射線とノーベル賞 放射線管理区域内作業における関係法令と安全確保の留意点 放射性有機廃液(液体シンチレータ廃液)の廃棄における留意点 原爆被爆者における固形がんリスク Ⅰ.放射線とノーベル賞 2011 年の東京電力福島第一原子力発電所事故により、発電所から放出された大量の放射性物質による環境汚染と最大 16 万 4 千人もの人たちの避難があって、事故後、放射線への不安を口にする人は多いです。そのため、放射線といえば 医療と原子力ぐらいにしか役立っておらず、その原子力で問題が起きたのだから良い筈がない、と思う人が少なくありま せん。果たしてそうでしょうか。高性能半導体や自動車の高耐久性タイヤなど、放射線を利用したものは多数あります。 また、基礎科学の最高の位置づけとされるノーベル賞の 125 年に渡る歴史の中で 60 件近くに放射線が関わっています。 正に 2 年に一度の割合でノーベル賞が贈られているのです。 図 1 には、そのノーベル賞史を通して科学技術の発展を示します。もっとも、ノーベル賞の受賞はその対象の発見ある いは発明に遅れて授与されるため、厳密な意味での発見・発明史では有りませんが、社会的に認知された歴史という風に ご理解願います。 (1) X 線の発見とその後の X 線研究 最初のノーベル賞は、1901 年 X 線を発見したレントゲンに対するノーベル物理学賞でした。この X 線が、今日の医学 および医療に大変貢献していることはご存知のところです。即ち、彼の奥さんの指の骨と指輪がくっきりと映った X 線 発見の象徴的な透視画像から骨折や病気の診断法が編み出されました。第1次大戦の最中には「レントゲン撮影機」を積 み込んだプチキュリー号が、戦場を駆け巡り負傷兵の体内に残された弾丸や異物の除去に活躍したことは有名です。ま た、ピエール・キュリーは、自分の妻の手の被ばくによる傷から、放射線が細胞に影響を与える事を知って、医学教授ら との協同でキュリー療法と呼ばれるラジウム照射療法を実用化しました。これが、今日のがんの放射線療法です。存命で あれば当然ノーベル医学・生理学賞を与えられても不思議ではありません。その後の放射線でのノーベル医学・生理学賞 の少なさは、逆に彼らの業績の偉大さを物語っています。タンパク質や遺伝子等の構造解析を除けば、1946 年の放射線 低線量被ばく影響についての LNT 仮説のもとになったマラーによる放射線影響の研究、1979 年のコンピュータ断層写 真(CT)ぐらいです。 その後の X 線の特筆すべき研究は、ラウエが見つけた結晶による X 線の回折現象(1914 年物理学賞)をもとにしたブ ラッグ親子の結晶構造解析法(1915 年物理学賞) 、デバイによる分子構造の解析法(1936 年化学賞)です。これが、金 属結晶や高分子、さらにはタンパク質から遺伝子の構造解析に利用されて、物性研究や医学生理学の多くの成果を生み出 しています。最近では、KEK の Photon Factory で行われたアダ・ヨナスらによるリボゾームの構造解析と機能研究(2009 年)があります。さらにジーグバーンが実験的基礎を築いた X 線分光学(1924 年)は、物理・化学からジャコーニによ る X 線天文学(2002 年物理学賞)まで広がっています。 (2) 元素発見と中性子研究の基礎を担った核化学 核化学の分野では、今日の原子核モデルや周期律表の穴を埋める画期的な発見が行われました。その先鞭をつけたの は、ベクレルとキュリー夫妻による放射性同位元素の発見(1903 年物理学賞)です。また、ラザフォードは、アルファ 線とベータ線を発見し、放射性物質の性質に関する研究(1908 年化学賞)をし、その後も弟子とともに原子核を発見し て原子核モデルを立て、中性子を予言し、さらに原子核の人工変換に成功するなど、核化学の礎を立てました。その弟子 のチャドウィックが中性子を発見(1935 年物理学賞)して、ハーンによる核分裂反応の発見(1944 年)とともに、今日 の原子力エネルギーの基になりました。 (3) 電子の発見と放射線の測定技術や加速器の開発 今日のエレクトロニクスの担い手である電子の発見は、トムソンによる「陰極線の電界による進行方向の変化」の定量 的な測定によって粒子性と質量が確認されたこと(1906年)によります。その後、放射線を検出する装置や利用技術が多 く発明され、さらなる成果が生まれました。先ず、放射線教育によく用いられる霧箱ですが、これが3つのノーベル賞を 生み出したことは、特筆すべきことです。最初のノーベル賞は、放射線の飛跡を可視化することに成功し、この分野を画 期的に発展させることにつながったウィルソンの功績(1927年)、2つ目はアンダーソンによる電子の反物質である陽電 子の発見(1936年)、そして3つ目は、ブラケット博士の改良型霧箱による光が電子と陽電子を対生成するという現象の 観察(1948年)に対するものです。これは、質量とエネルギーが等価であることを示す象徴的な現象です。また、グレー ザーによって泡箱が発明され(1960年)、シャルパックによる多線式比例計数管の発明(1992年)とともに、その後の 原子核・素粒子実験物理の飛躍的な発展に貢献しました。 1 (4) 高エネルギー電子や陽子による素粒子研究 この頃に、線形加速器やシンクロトロンなど、いろいろな加速器が開発され、加速した電子や陽子、さらに荷電粒子を 用いた研究が行われました。紙面の関係で、日本人の研究を中心に紹介します。1939年には、中間子の理論で湯川秀樹が 日本人として初めてのノーベル物理学賞を受賞しました。その喜びの声の中に、 「物理学は紙と鉛筆があればできる。 」と いうことで、若い俊才が、素粒子研究を目指して京大の湯川や名大の坂田昌一、東京教育大の朝永振一郎らの下に集まり、 老若入り交じって日夜議論しました。その結果、朝永は、超多時間論を基に「くりこみ理論」の手法を発明し、量子電磁 力学の発展に寄与した功績によりノーベル物理学賞を受賞しました。南部洋一郎は、素粒子が質量を持つ由来である「自 発的対称性の崩れ」でノーベル物理学賞を受賞しましたが、彼の頭は俗人(物理学者)をはるかに超えていて、素粒子の 統一理論の基となるクォークが多次元のひもで結ばれているという「ひも理論」と強い相互作用を記述する「量子色力学」 の基となる理論も創った研究者です。考えが先端すぎて、実験的な検証が難しいために受賞が遅れたものです。 一方、日本の経済力が上がるにつれて、方々に加速器が建造されるようになりました。そして、実験物理研究者の声に 押されて1971年に高エネルギー物理学研究所(KEK)ができ、高エネルギー物理用の電子加速器トリスタンと陽子加速 器PSが建造されました。前者は、トップクォークを創出することを意図していましたが、予算上の制約からエネルギー を抑えざるを得なくて、実現できませんでした。それを挽回するため、トリスタン跡地にB中間子の大量生産研究施設の KEKBが建造されました。そして、スタンフォード大学の電子線形加速器と激烈な実験競争が始まりました。所員は、毎 週報告される積分ルミノシティの値と測定結果を見守り、ついにKEKが圧倒的にリードできた時には快哉を叫びました。 その結果は、KEKの小林誠と京大の益川敏秀がこの世に反粒子の世界がなぜないかの説明にもなる「小林—益川理論」の 検証をしたものです。即ち、B中間子のCP対称性の崩れが検証され、その結果理論の正しさが証明されて、2008年に二 人は神とも仰ぐ南部と一緒にノーベル物理学賞を授与されました。 一方、陽子加速器PSは、1987年に完成し、高エネルギー陽子が生み出す中性子、ミュオン、ニュートリノを用いての 原子核・素粒子実験と物性研究、さらに医学応用研究が行われました。ニュートリノは、神岡鉱山の地下深くに建造され たカミオカンデに設置された巨大な水タンク中の水にニュートリノが衝突した際に出るチェレンコフ光を検出すること で測定されます。1987年2月23日午後4時35分、大マゼラン星雲中の超新星SN1987A爆発に伴う電子ニュートリノが観測 されました。これが宇宙ニュートリノの初観測であり、2002年に東大の小柴昌俊にノーベル賞が授与されました。その グループに梶田隆章が加わり、宇宙ニュートリノの観測を続けました。ある時、自分の観測結果に不思議な結果を認めま した。天空から来るものに対して地球を貫通してくるものの方が少ないということです。この頃、ニュートリノは3種類 の型があり、質量を持たないと言われていました。一方、坂田らによるニュートリノ振動も予言されていました。梶田は、 実験と理論の両面で慎重に検討して、ニュートリノ振動を観測できたと結論しました。さらに、その後の追加実験で確証 しました。 未だニュートリノの質量の観測には至っていないため、KEKの陽子加速器PSで生み出されたミュオンニュートリノを カミオカンデ、さらにその後継のスーパーカミオカンデに打ち込んでのK2K実験が行われ、ニュートリノの存在確率が 変動している状態を直接的に確認し、2004年に質量があることを確実なものとしました。これらの結果に対して、2015 年にノーベル物理学賞が梶田に授与されました。 (5) あとがき ノーベル賞は当然華々しいですが、何に役立っているのかわからないとの声もあります。これを生み出すために開発さ れた科学技術の中で、我々の日常生活にも活用されているものには、原子力エネルギーの他、医療診断ではレントゲン検 査から最新のがんの PET 診断が、がん治療では X 線治療から最新の重粒子線やホウ素による中性子捕捉療法がありま す。電子顕微鏡と放射光や中性子回折による物質や生体分子、DNA 遺伝子などの構造解明に伴って新材料、機能材料創 成や創薬が期待できます。放射線によって材料の高品質化、微細加工、非破壊検査などの工業利用、農業分野では作物の 品種改良と害虫の不妊化、医療器具の滅菌・殺菌、環境浄化等に利用されています。加速器技術による電子レンジやテレ ビのブラウン管もあります。また、これらノーベル賞研究を支えた放射線以外の技術からも画期的な技術が派生していま す。例えば、素粒子研究者間でやりとりされたバケツリレー方式の通信手段と大規模情報処理技術から今日のインターネ ット技術が生み出され、冷凍技術と高温超伝導材料はリニアモーターカーの実現に繋がっています。その他、高エネルギ ー加速器における高精度ビーム制御技術は産業分野の工作精度の飛躍的発展を促し、例えば、過酷な環境に耐えうる材料 は、高温下でも丈夫で長持ちする強靭材料を生み出しています。基礎科学の分野でも、物質科学、生命科学、原子核・素 粒子科学、宇宙科学、環境科学、農学、さらに考古学を含めた人文科学の発展に貢献しています。 以上、放射線が多くの分野で貢献していることを述べました。今後、放射線に対する誤解を解く上での一助になれば幸 いです。最後に、筆者は、小林—益川理論とニュートリノ振動の検証のために日夜実験が進められていた頃に KEK に居 あわすことができました。その中心人物だった戸塚洋二も今回のノーベル物理学賞の候補者として挙げられていたこと を伝え、さらに今後、若い人がそれに続くことを期待してペンを置く次第です。 2 図 1.放射線が関与したノーベル賞 ◆参考文献 [1] 大宮/信光著「現代科学の大発明・大発見 50」 ソフトバンククリエイティブ 2012.6;スティーブン・ワインバーグ、 電子と原子核の発見 20 世紀物理学を築いた人々、ちくま学芸文庫 [2] Ada Yonath, “Large facilities and the evolving ribosome, the cellular machine for genetic-code translation,” J. R. Soc. Interface, 6, (2009) S575–S585. [3] Karl Manne Georg Siegbahn:"Nobel Prize in Physics 1924 - Presentation Speech". Nobelprize.org. Nobel Media AB 2014. Web. 16 Mar 2016. http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/physics/laureates/1924/press.html [4] James Chadwick, “Possible existence of a neutron,” Nature: 129 (1932) 312. [5] "C.T.R. Wilson - Biographical". Nobelprize.org. Nobel Media AB 2014. Web. 16 Mar 2016, http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/physics/laureates/1927/wilson-bio.html [6] Carl D. Anderson. “The positive electron,” Phys. Rev., 43, (1933) 491- 494 [7] もう一度読みたい:<初のノーベル賞 湯川秀樹1>敗戦国日本 受賞に沸く http://mainichi.jp/articles/20151105/org/00m/040/019000c [8] Jim Nishimura, “どこがスゴイか 南部陽一郎,” http://jimnishimura.jp/soc_per/mg_atm0811/nambu.html [9] Belle実験の最新の結果について −着々と進む「CP対称性の破れ」の解明– ,KEK プレスリリース 2004年8月20日 http://www2.kek.jp/ja/news/press/2004/Bellepress5.html [10] 鏡の中の法則 ~Belleが発見した新しいCP対称性の破れ~ ,KEK News 2006年4月6日 http://www2.kek.jp/ja/newskek/2006/marapr/belle-cp3.html [11] H. Kurishita, et al., Development of nanostructured tungsten based materials resistant to recrystallization and/or radiation induced embrittlement, Materials Transactions, 54, No.04 (2013) pp.456-465 高エネルギー加速器研究機構 名誉教授 川合將義 【再教育項目:話題】 3 Ⅱ.放射線管理区域内作業における関係法令と安全確保の留意点 通常の実験室内においては、様々な危険因子があります。当然、放射線管理区域内は、放射性同位元素(以下「RI」と いう。 )を用いる場合、放射線被ばくに対する防護がメインになりますが、物理、化学、生物等分野毎に様々な実験装置・ 実験器具の他、文房具(カッター・ハサミ等)など、使い方次第で怪我、事故に発展する可能性があります。また、近年 生物系 RI 使用量が減少傾向ですが、例として管理区域内で遺伝子組換え実験を行う場合、生物試料(生体試料・マウス 等)の取扱いに関する安全確保も関係します。ここでは、改めて「安全確保」の基本を再認識して頂き、実験環境におけ る事故防止について考えてみましょう。 1.関係法令 放射線関係においては、原子炉等規制法、放射線障害防止法、労働安全衛生法(電離則)、医薬品医療機器等法(旧薬 事法)等があり、放射線関係以外で、消防法、毒物及び劇物取締法、高圧ガス保安法、労働安全衛生法(有機則・特化則 等)等、生物系においては、遺伝子組換え生物等の使用等規制法(カルタヘナ法)、感染症法、家畜伝染病予防法、植物 防疫法、動物愛護管理法などがあり、国内外に輸送する場合、郵便法、航空法、船舶安全法があります。さらに、ヒト由 来試料を取扱う場合、ヒトゲノム指針、ヒト ES 指針、臨床研究指針、クローン規制法、疫学研究指針などがあり、それ らの関係法令があることを知らずに作業して、万が一事故等があった場合、大問題が生じることがあります。 そこで、法令遵守(安全確保)のためにも予め関係部署に相談・確認した上で作業するようにしてください。 2.安全管理と衛生管理 「安全管理」や、 「衛生管理」という用語の持つ意味を改めて以下に示します。 ・安全管理 事業所内の安全を維持し災害を未然に防止するための諸活動。単に作業能率や企業の損失防止の観点からのみな らず、人道的観点からも重要である。手法としては、 (1)作業環境の整備、 (2)機械装置,用具の点検、 (3)生 産方式の改善、 (4)保護用具の着用、 (5)安全教育の徹底などがある。 ・衛生管理 事業所において労働者を災害や疾病から守るため、安全(衛生)教育、健康保持の教育、健康診断などを行った り、そのために必要な施設を作ったり、措置を講じたりすること。(1)健康管理:疾病を予防し、健康を保持, 増進するという目的を達成するために行なわれる管理のこと。 (2)作業管理:職業性疾病の予防という観点から 作業自体を管理すること。 (3)環境管理:作業環境中から健康障害を引き起こす因子を除去し、作業環境を適切 な状態に維持すること。 (作業環境測定の実施) すなわち、 「安全管理」と「衛生管理」の大きな違いは、 「安全管理」は専ら施設・設備の観点からどう事故防止するか、 「衛生管理」は、有害因子からどの様に作業者の健康障害を無くすかということです。 3.ドラフト等、保護具の必要性 RI を用いて作業する場合、線量限度(100mSv/5y, 50mSv/y)、等価線量(目の水晶体:150mSv/y, 皮膚:500mSv/y, 妊娠中女子の腹部表面:2mSv)がありますが、基本的に原子力規制委員会への許認可条件として、線量限度以下にする ために、1日・年間最大使用数量等が決められていますので、放射線障害を起こすことはまずあり得ません。しかし、実 験結果の再現性の観点からは、RI 汚染、他からの放射線寄与に対する注意が必要となります。また特に生物系試料を取 扱う場合、試料に対する放射線以外の微生物等汚染防止に注意する必要があります。 そこで、ドラフトチャンバー・安全キャビネット等の使用、保護具の着用が重要になりますが、単に、RI 等の有害物 質からの防護のためだけではなく、実験試料に対して汚染防止のために必須アイテムになる考え方も重要です。 例として、実験動物飼育者は、人獣共通感染症防護の目的のために自宅でペットを飼うことを禁止される場合もあり、 また、化粧・指輪・長髪等の配慮も必要で、特に保護具で一番重要なのは、保護メガネ着用です。人体の表面で一番弱い 部分は、目です。特にコンタクトの場合、目に誤って RI・試薬等が入ると眼球とコンタクトレンズの間に毛細管現象に よって有害物質が入り込み、人体影響の危険性が非常に高くなります。 また、非密封 RI の場合、私服が汚染されると問答無用で RI 廃棄物として処理されますので、 「何のために白衣・手袋 4 等の保護具を着用しなければならないか」の意義を十分に理解しなければなりません。 4.PDCA サイクルの活用 労働安全衛生・品質管理分野で、P(Plan)D(Do)C(Check)A(Act)サイクルの事をご存じの方がおられると思 いますが、日常的にそこまで真剣に考えていることは少なく、事故等があった場合、初めて理解し、考え、実行すること が現実ではないでしょうか。 例えば、どこかの部局で RI 事故が生じた場合、原子力規制委員会から立ち入り検査が入り、内容次第で全学的に再発 防止対策のために水平展開され、最悪の場合、全学的に RI 使用禁止、管理区域立入禁止処分される可能性があります。 従って、事故・トラブル防止のみならず、研究活動の円滑な遂行の観点からも、例えば年に1回でも、安全確保のために PDCA サイクルを考え、活用した方が良いでしょう。 生物系の方はご存じと思いますが、PDCA サイクルに類似した現象が皆様の体の中で実施されています。それは「細 胞周期」です。細胞周期には「チェックポイント」という機能があり、M 期(分裂期)→G1 期(DNA 合成準備期)→S 期(DNA 合成期)→G2 期(分裂準備期)→M 期と細胞分裂していますが、 ・M 期(紡錘体)チェックポイント :紡錘体の形成は完了したか? ・G1 期チェックポイント :栄養や増殖因子が存在するか、DNA の修復は完了したか? ・S 期チェックポイント :DNA 損傷は無かったか、DNA 複製はだったか? ・G2 期/M 期チェックポイント :染色体 DNA が分配可能か、DNA 複製は完了したか、DNA 損傷の修復は完了したか? など、それぞれの過程でチェックが入り、不具合が生じた場合アポトーシス(細胞死)誘導し、異常細胞は排除され、 結果として組織・器官が正常維持されております。本当に生体防御機能は感心いたします。 5.最後に 労働安全の分野で、安全の ABC 理論があります。A(あたりまえのことを) 、B(ボンヤリしないで) 、C(ちゃんとす る)と定義されています。皆さん、これらの基本的事項が本当にできていますでしょうか。 一度は、管理者側の観点で作業を見直し、事故等が無く、良い実験(研究)成果を得ましょう。 ◆参考文献 [1] 新・衛生管理 第 1 種用(管理編),中央労働災害防止協会 [2] 放射線基礎医学 ,菅原努(著) :金芳堂 工学系研究科等安全衛生管理室 (工学系研究科原子力国際専攻放射線管理室) 滝剣朗 【再教育項目:法令、取扱】 5 Ⅲ.放射性有機廃液(液体シンチレータ廃液)の廃棄における留意点 1.はじめに 液体シンチレーションカウンタで試料を測定すると液体シンチレータ廃液が発生します。焼却処理が可能な液体シン チレータ廃液は日本アイソトープ協会(RI 協会)が放射性有機廃液として集荷しています。RI 廃棄物の核種・数量を 含めた性状は発生者だけが正確に把握できます。性状を記載する記録票はできる限り正確に記載する必要があります。 2.液体シンチレータ廃液の集荷 液体シンチレータ廃液は引火性液体なので、消防法に定める危険物です。品名及び性質によって異なりますが指定数 量以上の危険物の取扱い又は貯蔵等には、放射線障害防止法だけではなく消防法としての規制が課せられます。RI 協会 はこの基準を満たす専用容器の開発、集荷・輸送体制の整備、貯蔵施設の建設を経て、平成 16 年度から液体シンチレ ータ廃液の集荷を行っています。 3.運搬・保管容器について 液体シンチレータ廃液は有機液体専用のステンレス容器に収納されま す。容器に使用しているステンレス(SUS304)は、優れた耐食性を持っ ていますが、酸や塩化物イオンに曝される環境下ではこの皮膜が破壊され 腐食が生じます。RI 協会は、ステンレス容器の内側に耐薬品性を持たせ るため焼き付けによるテフロンコーティングを施しています。このため、 容器は全体的に茶褐色を帯びています。 このステンレス容器は、消防法の引火性液体の運搬及び保管容器の基準 に適合しています。また、外装の 50ℓドラム缶と組み合わせることで放射 線障害防止法の IP-2 型輸送容器としての基準にも適合しています。 この容器は 25ℓ容器です。液体シンチレータ廃液を容器の肩口まで入れ ると 25ℓになります。 25ℓステンレス容器と外装 50ℓドラム缶 4.集荷後の液体シンチレータ廃液 集荷後は、RI 協会の引火性液体専用の貯蔵施設に集積、貯蔵した後、焼却炉で焼却さ れます。貯蔵施設から、記録票データベースを参照して順次焼却処理可能な液体シンチ レータ廃液を選び出し、焼却炉のある処理施設に移送します。処理施設では、内容物の 性状を確認、調整した後、吸引装置でステンレス容器から調整タンクへ移送、供給タン クを経由して焼却炉内に噴霧されます。焼却処理により、液体シンチレータ廃液は安定 化、減容化されます。液体の焼却では、大部分はガスとして放出されますが、少量の残 渣が発生します。現在、RI 協会が焼却後の残渣を保管していますが、将来は溶融処理等 焼却炉内の様子 により埋設処分に適した形態とし処分実施主体である日本原子力研究開発機構に処分委託される予定です。ただし、ま だ埋設処分の場所が決定していないため、処分体の形態等が定められないという問題があります。 5.収納時の注意 RI 協会は、処理、処分における RI 廃棄物の取扱いを考慮して集荷基準を設けるとともに、注意事項を記載したパン フレット「RI 廃棄物の集荷について」を配布しています。ここでは発生者が特に留意すべき事柄をまとめます。 (1) ステンレス容器をドラム缶から取り出して使用する ステンレス容器をドラム缶に入れたままの状態で使用すると、液体シンチレータ廃液を注ぎ入れる際に入れ損 ねた液体シンチレータ廃液がステンレス容器外面を汚染させ、ポリ袋内に溜まってしまうことがあります。ステ ンレス容器はドラム缶から取り出し、バット等の受け皿を敷いて使用します。 (2) 液体シンチレータ廃液の pH を調整する 6 液体シンチレータ廃液は、添加された緩衝液や試料調製に使用された薬品等の影響によって酸性又はアルカリ 性を示します。集荷基準は pH4~10 ですので、集荷基準から外れる場合は pH を調整します。推奨する調整剤 は、アンモニア又は硝酸です。塩素を含む試薬での調整は容器の腐食を促進しますので控えます。また、pH 調 整時には化学反応による発熱及び揮発等に注意するとともに、塩濃度が高くなりすぎないようにします。 pH 試験紙を液体シンチレータ廃液に浸しても反応がない場合は、二相分離していることがあります。なお、 pH 試験紙を水で濡らしてから使用すると感度が上がると言われています。 (3) 容器内での攪拌は細心の注意を払う ステンレス容器の内側は平均 50μm のテフロンコーティングが施されています。攪拌棒等でテフロン膜にキ ズが付くと、そこから腐食が発生し、場合によっては容器の溶解や気体が発生し大変危険です。放射能濃度や pH を測定するため液体シンチレータ廃液を均一にする場合は、攪拌棒がステンレス容器に接触することがない よう細心の注意を払って撹拌します。 (4) 廃液の容器への収納は肩口までとする 消防法では、輸送容器の収納限度は最大容積の 98%以下と定められており、RI 協会のステンレス容器の収納 上限は 25ℓです。液体シンチレータ廃液を容器の肩口まで入れると 25ℓになりますので、肩口以上は収納できま せん。 (5) フタのパッキンを確認する 容器の構造上、パッキンが外れる場合があります。パッキンが無い状態でフタを閉めると液体シンチレータ廃 液が漏れ出て、容器外面が汚染します。ドラム缶は、保管時にはステンレス容器の保管容器、輸送時には外装容 器となりますので、汚染を避けなければなりません。 (6) トルエン、ジオキサンを分別する トルエンやジオキサン(第 1 石油類)を成分とするシンチレータは引火性液体の中でも消防法上、輸送、保 管、取扱い等に厳しい規制が課せられています。できるだけ、キシレン(第 2 石油類)、ジイソプロピルナフ タレン(第 3 石油類)などを成分とするシンチレータを使用します。また、容器中に少量のトルエンが混合し ている場合は、危険度の高いトルエンとみなされます。第 1 石油類のシンチレータを使用する場合は、廃液を 分別して保管します。 液体シンチレータに使用される引火性液体の例 危険物品名 性質 非水溶性 化学薬品名 指定数量 トルエン 200ℓ ジオキサン 400ℓ 第4類第1石油類 水溶性 第4類第2石油類 非水溶性 キシレン、メシチレン、プソイドクメン 1,000ℓ 第4類第3石油類 非水溶性 ジイソプロピルナフタレン、ドデジルベンゼン 2,000ℓ 6.おわりに ここでは、放射性有機廃液の廃棄における留意点について整理しました。本講が東京大学における適切な放射線管理 の一助となれば幸いです。 ◆参考文献 [1] RI 廃棄物の集荷について ,日本アイソトープ協会 http://www.jrias.or.jp/waste/cat1/202-01.html 公益社団法人日本アイソトープ協会 二ツ川章二、木村昇、阿部修 【再教育項目:法令、取扱】 7 Ⅳ.原爆被爆者における固形がんリスク がんリスクの増加は、原爆被爆者に認められる最も重要な放射線被曝による後影響です。放射線に起因すると考えられ る白血病以外のがん(固形がん)リスクの増加は、被爆の約 10 年後に始まりました。1956 年に、広島の於保源作医師が この問題を最初に取り上げ、それが発端となってがん死亡率の総合的な継続的調査が開始され、腫瘍登録制度が広島・長 崎両市の医師会により設けられました。 ほとんどの固形がんでは、被爆時年齢に関係なく急性放射線被曝によりがんリスクは生涯を通じて増加します。被爆者 の年齢増加に従って、固形がんの放射線関連過剰率も、自然発生率も増加します。2,500 m 以内で被爆した人の平均放射 線量は約 0.2 Gy であり、この場合、がんリスクは標準的年齢別の率よりも約 10%高くなっているのです。1 Gy 被曝に よるがんの過剰リスクは約 50%です(相対リスク= 1.5 倍) 。 腫瘍登録は広島では 1957 年、長崎では 1958 年に開始されました。1958 年から 1998 年の間に、寿命調査(LSS)集 団の中で被曝線量が 0.005 Gy 以上の 44,635 人中、7,851 人に白血病以外のがん(同一人に複数のがんを生じた場合は、 最初のもののみ)が見いだされ、過剰症例は 848 例(10.7%)と推定されています(表) 。線量反応関係は線形のようで あり、明らかなしきい線量(それ以下の線量では影響が見られない線量のこと)は観察されていません(図 1) 。 表.LSS 集団における固形がん発生のリスク(線量別)1958 年‐1998 年 重み付けした 結腸線量(Gy) 0.005 - 0.1 0.1 - 0.2 対象者数 がん 寄与率 27,789 5,527 観察数 4,406 968 推定過剰数 81 75 0.2 - 0.5 5,935 1,144 179 15.7% 0.5 - 1.0 3,173 688 206 29.5% 1.0 - 2.0 1,647 460 196 44.2% 564 185 111 61.0% 44,635 7,851 848 10.7% >2.0 計 過剰相対リスク 合 1.8% 7.6% 重み付けした結腸線量(Gy) 図 1.LSS 集団における固形がん発生の過剰相対リスク(線量別)1958 年‐1998 年 太い実線は、被爆時年齢 30 歳の人が 70 歳に達した場合に当てはめた、男女平均過剰 相対リスク(ERR)の線形線量反応を示しています。太い破線は、線量区分別リスク を平滑化したノンパラメトリックな推定値であり、細い破線はこの平滑化推定値の上 下 1 標準誤差を示しています。 8 原爆放射線により被爆者にがんを生じる確率(過剰生涯リスク)は、受けた線量、被爆時年齢および性に依存していま す。図 2 には、1 Gy に被曝した時の過剰相対リスクと過剰絶対リスク(男女平均)を示しています。どちらの過剰リス クも、被爆時年齢が低いほどリスクが高いことを示しています。このほかにも、女性は男性より放射線被曝によるがんリ 1 万人年 Gy 当たりの過剰症例数 1Gy 当たりの過剰相対リスク スクが若干高いことが分かっています。 被爆時年齢 到達年齢(歳) 到達年齢(歳) 図 2.1Gy 被曝による固形がんの過剰発生リスクに及ぼす被曝時年齢ならびに到達年齢の影響 左図は過剰相対リスク(ERR)、右図は過剰絶対リスク(EAR)による表示です。 ◆参考文献 [1] Preston DL, Shimizu Y, et al.: Studies of mortality of atomic bomb survivors. Report 13. Solid cancer and noncancer disease mortality: 1950-1997. Radiation Research 2003; 160:381-407 [2] Preston DL, Ron E, et al.: Solid cancer incidence in atomic bomb survivors: 1958-1998. Radiation Research 2007; 168:1-64 [3] Preston DL, Pierce DA, et al.: Effect of recent changes in atomic bomb survivor dosimetry on cancer mortality risk estimates. Radiation Research 2004; 162:377-89 [4] 加藤寛夫、清水由紀子ら:悪性腫瘍。放射線被曝者医療国際協力推進協議会編。原爆放射線の人体影響 1992。文光 堂;1992, pp 23-104 [5] Ron E, Preston DL, et al.: Cancer incidence in atomic-bomb survivors. Part IV: Comparison of cancer incidence and mortality. Radiation Research 1994; 137:98-112 公益財団法人放射線影響研究所 【再教育項目:影響】 9