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熊本大学学術リポジトリ Kumamoto University Repository System

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熊本大学学術リポジトリ Kumamoto University Repository System
熊本大学学術リポジトリ
Kumamoto University Repository System
Title
悪性グリオーマにおいてGANPの発現低下は染色体不安定
性に関与し、予後不良因子となる
Author(s)
大田, 和貴
Citation
Issue date
2010-03-25
Type
Thesis or Dissertation
URL
http://hdl.handle.net/2298/16690
Right
学位論文
Doctoral Thesis
悪性グリオーマにおいて GANP の発現低下は染色体不安定性に関与し、
予後不良因子となる
(Decreased expression of GANP associated with chromosomal
instability is a poor prognostic factor in malignant gliomas)
大田
和貴
Kazutaka Ohta
熊本大学大学院医学教育部博士課程 臨床医科学専攻 脳神経外科学
指導教員
倉津
純一
教授
熊本大学大学院医学教育部博士課程 医学専攻 脳神経外科学
阪口
薫雄
教授
熊本大学大学院医学教育部博士課程 医学専攻 免疫学
2010 年 3 月
1
学
位
論
文
Doctoral Thesis
論文題名 : 悪性グリオーマにおいて GANP の発現低下は染色体不安定性に関与し、
予後不良因子となる
( Decreased expression of GANP associated with chromosomal instability
is a poor prognostic factor in malignant gliomas)
著 者 名 :
指導教官名
:
大 田 和 貴
Kazutaka Ohta
熊本大学大学院医学教育部博士課程医学専攻脳神経外科学
熊本大学大学院医学教育部博士課程医学専攻免疫学 阪口
審査委員名
:
細胞医学担当教授
中尾
2010年3月
2
岩瀬
馬場
秀夫
純一
薫雄 教授
光善
乳腺・内分泌外科学担当教授
消化器外科学担当教授
倉津
弘敬
教授
目次
1. 要旨.......................................................................4
2. 学位論文の骨格となる参考論文...............................................5
3. 謝 辞 ......................................................................6
4. 略語一覧...................................................................7
5. 研究の背景と目的............................................................9
5-1. 背景....................................................................9
5-1-1. 悪性グリオーマとその染色体・遺伝子異常.............................9
5-1-2. 細胞周期とその制御機構............................................13
5-1-3. チェックポイント異常と染色体不安定性..............................16
5-1-4. 細胞老化と SAHF 形成...............................................18
5-1-5. 胚中心で発現が上昇する分子 GANP ...................................20
5-1-6. GANP の出芽酵母相同分子 SAC3 のゲノム不安定性への関与 ..............22
5-2. 目的................................................................24
6. 実験方法...................................................................25
6-1. 対象症例...............................................................25
6-2. 免疫組織染色...........................................................25
6-3. 腫瘍組織からの mRNA 抽出................................................25
6-4. 定量的 RT-PCR ..........................................................26
6-5. 予後との相関の統計学的検討.............................................26
6-6. 細胞培養と RNA 干渉.....................................................27
6-7. フローサイトメトリーを用いた細胞周期解析...............................28
6-8. 染色体 FISH ............................................................28
6-9. ウエスタンブロット.....................................................28
6-10. 細胞老化関連βーガラクトシダーゼ染色..................................29
6-11. 培養細胞に対する放射線照射............................................29
7. 実験結果..................................................................30
7-1. 悪性グリオーマ臨床検体における GANP の発現解析..........................30
7-2. 悪性グリオーマにおける ganp の発現と予後との相関 .....................32
7-3. 悪性グリオーマ臨床検体における ganp の 発 現 異 常 に よ る 染 色 体 不 安 定 性 へ の
影 響 ..................................................................33
7-4. 線維芽細胞における ganp の発現抑制の細胞周期に及ぼす影響 ............34
7-5. 悪性グリオーマ細胞における ganp の発現抑制による染色体不安定性の誘 導 39
8. 考察......................................................................45
8-1. 悪性グリオーマにおける GANP の発現低下による悪性進展....................45
8-2. GANP の発現抑制による DNA 損傷の惹起 ....................................46
8-3. GANP の細胞周期制御への関与 ............................................47
8-4. 今後の展望.............................................................47
9. 結語......................................................................48
10. 参考文献.................................................................49
3
1.
要旨
[目的]
悪性グリオーマは近年の診断・治療技術の進歩にも関わらず、多様な病態と治療
抵抗性のため、未だ十分な治療成績が得られていない難治性の脳腫瘍である。抗がん剤や
放射線によって DNA や染色体に損傷を与えると、染色体不安定性が誘導され、染色体の大
きな構造異常が細胞分裂を繰り返すたびに生み出される。悪性グリオーマにおいては顕著
な染色体不安定性が見られ、この特性が悪性グリオーマの病態と関連していると考えられ
る。従って、悪性グリオーマの染色体不安定性の要因を探索し、その病態を解明すること
は新たな治療法の開発に重要である。本研究において、DNA の組換えを制御する核内分子
germinal center-associated nuclear protein (GANP)がその要因となることを明らかにし
た。
[方法]
悪性グリオーマにおける GANP の発現の解析を行った。悪性グリオーマ 101 例の臨
床検体(anaplastic astrocytoma[AA]29 例、
glioblastoma[GBM]72 例)について定量的 RT-PCR
で ganp mRNA 発現を測定し、症例を ganp 低発現群と高発現群の 2 群に分けた。様々な臨
床的因子との相関、さらにそれら 2 群における全生存期間および無増悪生存期間との相関
を比較検討した。次に GANP の発現異常による染色体不安定性への影響を、染色体不安定性
によって生じる遺伝子異常である 10 番染色体の loss of heterozygosity (LOH10) の有無
および epidermal growth factor receptor (EGFR) の遺伝子増幅の有無と ganp 発現との
相関によって解析した。
GANP の発現異常から染色体不安定性に至る分子経路を明らかにする目的で、ヒト線維芽
細胞に対して RNA interference(RNAi)法を用いて ganp の発現抑制を行い、細胞周期に及
ぼす影響をフローサイトメトリーで、DNA 損傷反応経路関連分子の発現の変化をウエスタ
ンブロット法で解析した。また悪性グリオーマ細胞(変異型 p53 を発現する U251MG 細胞と
野生型 p53 を発現する U87MG 細胞)に対しても同様に ganp の発現抑制を行い、細胞周期に
及ぼす影響及び DNA 損傷反応経路関連分子の発現の変化を解析した。さらに U251MG 細胞を
用いて染色体 fluorescent in situ hybridization(FISH)法を用いて、ganp の発現抑制に
よる染色体数の変化を観察した。
[結果] ganp mRNA 発現は AA と比較して GBM で有意な低下を認め、ganp 高発現群は ganp
低発現群と比較して全生存期間、無増悪生存期間ともに有意な延長を示した。このことは
ganp の発現低下は悪性グリオーマにおける予後不良因子であることを強く示唆した。LOH10
4
と EGFR の遺伝子増幅は ganp 高発現群と比べ ganp 低発現群で有意に多く認め、GANP の発
現低下が悪性グリオーマにおける染色体不安定性に関与することが示された。ヒト線維芽
細胞では ganp の発現抑制により DNA 損傷反応経路が活性化され、S 期の細胞の減少と細胞
周期の停止が誘導された。一方、変異型 p53 を発現する U251MG 細胞では ganp の発現抑制
により異数体の増加と染色体数の増加が認められた。DNA 損傷反応経路の中核である p53
に変異があると ganp の発現抑制により染色体不安定性が誘導されることが示された。
[考察]
悪性グリオーマの臨床検体の検討から GANP の発現低下が染色体不安定性の要因
となり、悪性進展に関与することが示唆された。ヒト線維芽細胞では ganp の発現抑制によ
り DNA 損傷反応経路が活性化されることから、DNA 損傷が惹起されると考えられた。悪性
グリオーマでは細胞周期制御能が低下しているため GANP の発現低下が染色体構造の変化
や遺伝子異常、さらに染色体不安定性を誘導し、治療抵抗性をきたす一因であることが示
唆された。
[結論]
GANP の発現低下は悪性グリオーマにおいて予後不良因子であり、染色体不安定性
を誘導する重要な因子であることが示された。
5
2.
学位論文の骨格となる参考論文
(関 連 論 文 ・参考論文)
Kazutaka Ohta, Kazuhiko Kuwahara, Zhenhuan Zhang, Keishi Makino,
Yoshihiro Komohara, Hideo Nakamura, Jun-ichi Kuratsu and Nobuo Sakaguchi
Decreased expression of germinal center-associated nuclear protein is involved in
chromosomal instability in malignant gliomas. Cancer Science. 100: 2069-76, 2009
6
3.
謝辞
本研究を行うにあたり、ご指導下さった熊本大学大学院医学薬学研究部 免疫学分野 阪
口薫雄教授、同脳神経外科学分野
倉津純一教授に深く感謝いたします。また、論文作成
にあたりましては桑原一彦准教授をはじめとする免疫学分野教室員の皆さま、脳神経外科
学分野の皆さまに厚く感謝いたします。
免疫染色法に関する助言を賜りました菰原義弘博士(細胞病理分野)、脳神経外科学分野実
験補助員小畑雅代さんに深く感謝致します。
7
4.
略語一覧
AA: anaplastic astrocytoma
Ab: antibody
APC/C: anaphase promoting complex/cyclosome
ATM: ataxia telangiectasia mutated
ATR: ATM and Rad3 related
BrdU: 5-bromo-2'-deoxyuridine
CDK: cyclin dependent kinase
CDKN: CDK inhibitor
CGH: comparative genomic hybridization
CI: confidence interval
CKI: CDK inhibitor
DA: diffuse astrocytoma
DAPI: 4,6-diamino-2-phenylindole
DMEM: Dulbecco’s modified Eagle medium
EGFR: epidermal growth factor receptor
FISH: fluorescent in situ hybridization
FITC: fluorescein isothiocyanate
GANP: germinal center-associated nuclear protein
GBM: glioblastoma multiforme
GC: germinal center
HMGA: high mobility group protein
INK4A: inhibitor of Cdk4
KPS: Karnofsky Performance Scale
LI: labeling index
LOH: loss of heterozygosity
MCM: minichromosome maintenance
MCM3AP: MCM3 acetylating protein
MDM2: murine double minute 2
PBS: phosphate buffered saline
PCNSL: primary central nervous system lymphoma
PDGFR: platelet derived growth factor receptor
PI: propidium iodide
PI3K: phosphoinositide 3-kinase
PTEN: phosphatase and tensin homolog deleted on chromosome ten
Rb: retinoblastoma
RNAi: RNA interference
siRNA: small interfering RNA
RT-PCR: reverse transcription-polymerese chain reaction
SAC: spindle assembly checkpoint
SAC3: suppressor of actin 3
SAHF: senescence-associated heterochromatic foci
SDS-PAGE: sodium dodecyl sulfate polyacrylamide gel electrophoresis
THO: transcriptional defects of Hpr1⊿ by overexpression
8
WHO: World Health Organization
9
5. 研究の背景と目的
5-1. 背 景
5-1-1. 悪性グリオーマとその染色体・遺伝子異常
脳腫瘍は頭蓋内に発生した新生物(neoplasms)と定義される。脳腫瘍は脳実質内発生腫
瘍と脳実質外腫瘍に分けられる。脳実質内の固有の細胞は神経細胞とグリア細胞の 2 種類
であり、神経細胞由来腫瘍は稀(1%以下)であり、脳実質内発生腫瘍は実質的にグリア細胞
由来腫瘍(神経膠腫:グリオーマ、脳腫瘍の約 26%)と未熟な神経上皮細胞由来腫瘍(髄芽
腫 medulloblastoma など、脳腫瘍の約 1%)の 2 種類である。
グリオーマの約 90%を占めるのが、星状グリア細胞(astrocyte)への分化の特徴を示す
腫瘍群(astrocytic tumor)である。WHO の脳腫瘍分類(2000 年)では astrocytic tumor
を①高分化型で増大速度が緩やかなびまん性に発育する diffuse astrocytoma(DA、WHO
grade Ⅱ)、②中分化型の anaplastic astrocytoma(AA、WHO grade Ⅲ)、③低分化型で増
殖能の高い glioblastoma(GBM、WHO grade Ⅳ)の3つに分けている(表 1)
。いずれも浸潤
性に増大する性質を有し、多くは成人大脳半球に発生する。一般的に AA と GBM を合わせて
悪性グリオーマと総称する。全グリオーマの 30%を DA が、20%を AA が、36%を GBM が占め
る。好発年齢は DA が 25~49 歳、AA が 35~54 歳、GBM が 45~64 歳で、おのおの 10 歳の幅
で異なる。性差は女性に比べ、男性にやや多く、DA と AA が 1.2、GBM は 1.4 倍である(表
1)。好発部位は、腫瘍の分化度を問わず、前頭葉に約 1/3 が発生し、次いで側頭葉、頭頂
葉、後頭葉の順である。病理組織学的には DA は正常の白質よりも細胞密度が高く、異型を
示す核を持つ腫瘍細胞がびまん性に増殖する像を示す。AA は星細胞の特徴を示す腫瘍細胞
からなり、DA に比べて明らかに細胞密度と核の多形性が増加している像を示す。GBM は細
胞密度が高く、多態性を示し、多数の核分裂像、多核や巨核細胞が認められる(図 1)
。
近年、脳実質外腫瘍の治療には飛躍的な進歩がみられているが、グリオーマにおいては
脳実質に浸潤性に増大する性質のために、未だその治療法が確立されるに至っていない。
特に悪性グリオーマは多様な病態を示し、外科的治療、放射線治療、化学療法といった集
学的治療を行っても平均生存期間は AA で 5 年、GBM で 2 年に満たない(表 1)。さらなる病
態の解明と新たな治療法の開発が待たれている。
この数十年の分子生物学の進歩とその悪性腫瘍(がん)研究への応用により、悪性腫瘍
10
は遺伝子の異常によって起こる病気であることが明らかになった。正常細胞にさまざまな
原因で遺伝子の異常が生じ、そのために細胞が形質転換し、異常な分裂、増殖、浸潤、転
移といった悪性腫瘍の性質を獲得していくと理解されている(多段階発がん説)。
腫瘍化に関与する遺伝子はがん遺伝子(oncogene)とがん抑制遺伝子(tumor suppressor
gene)が知られている。前者はその遺伝子機能が増強され、腫瘍化を促進するものであり、
後者は不活化されることで腫瘍化が促進される遺伝子である。これら腫瘍化関連遺伝子の
異常は欠失、転座、増幅などの染色体レベル、点変異・欠失・メチル化などの遺伝子レベ
ル、発現量異常、活性の変化などのタンパク質レベルで認められる。
Astrocytic tumor のがん遺伝子としては、EGFR、PDGFR、CDK4、MDM2、c-myc などに異常
(遺伝子増幅)認められ、がん抑制遺伝子では p53、CDKN2A(p16INK4 と p14ARF の2つの遺伝子
をコードする)、PTEN、Rb などに点変異・欠失が高率に認められる。染色体レベルでは 10
番 染 色 体 、 19 番 染 色 体 長 腕 、 22 番 染 色 体 短 腕 に 特 徴 的 な 欠 失 [loss of
heterozygosity(LOH)]がある。WHO grade 別に遺伝子異常の頻度を表 2 に示す。DA では p53
の遺伝子異常が認められ、その頻度は AA、GBM でもほぼ同じであることから、この遺伝子
異常は腫瘍の発生段階に関与している可能性が考えられる。AA では p16/CDK4/Rb 経路の遺
伝子異常と 19 番染色体長腕の LOH が高い頻度で検出されるが、GBM でも頻度は変わらない
のに対して、EGFR の遺伝子増幅と 10 番染色体の LOH は GBM ではその頻度が AA よりも高く
なる。後者の染色体・遺伝子異常はグリオーマの悪性進展に関与するものと考えられてい
る(Ohgaki et al.,1995; Bogler et al.,1995; Ichimura et al.,1996)。
2008 年 10 月に The Cancer Genome Atlas Research Network による GBM の網羅的遺伝子
異常解析の結果が報告された(The Cancer Genome Atlas Research Network,2008)。206 例
の GBM を対象に遺伝子の転写・発現、DNA のコピー数、DNA のメチル化、遺伝子の配列の異
常を調べている。78%の症例に Rb 経路分子に遺伝子異常が、87%の症例に p53 経路で異常が
、88%の症例に PI3K 経路における異常が認められた(図 2)。細胞周期と細胞増殖を制御す
るこれら3つの細胞内シグナル伝達経路に異常をきたすことで、無秩序な細胞増殖が生じ
ると論じている。
11
diffuse astrocytoma
(DA)
anaplastic astrocytoma
(AA)
glioblastoma
(GBM)
WHO grade Ⅱ
WHO grade Ⅲ
WHO grade Ⅳ
分化型
高分化型
中分化型
低分化型
グリオーマに
占める割合
30%
19%
36%
好発年齢
25~49歳
35~54歳
45~64歳
性差
(男/女)
1.2/1
1.2/1
1.4/1
生存期間
中央値
7~9年
4~5年
1~2年
表 1.
Astrocytic tumor の特徴
WHO の脳腫瘍分類(2000 年)では astrocytic tumor を高分化型で増大速度が緩やかなびまん性に発育する
diffuse astrocytoma(DA、WHO grade Ⅱ)、中分化型の anaplastic astrocytoma(AA、WHO grade Ⅲ)、低分
化型で増殖能の高い glioblastoma(GBM、WHO grade Ⅳ)の3つに分けている。一般的に AA と GBM を合わせて
悪性グリオーマと総称する。
AA
DA
図 1.
GBM
Astrocytic tumor の病理組織学的所見
DA は正常の白質よりも細胞密度が高く、異型を示す核と好酸性の細胞質を持ち、繊細な突起を星状に伸ば
す腫瘍細胞がびまん性に増殖する像を示す。核分裂像はほとんどない。AA は星細胞の特徴を示す腫瘍細胞か
らなり、DA に比べて、明らかに細胞密度、核の多形性、核のクロマチン量、核細胞質比が増加している像を
示す。核分裂像が散見される。GBM は細胞密度が高く、多種多様の形態を示し、核の大小不同、核不整、ク
ロマチンの増加、多数の核分裂像、多核や巨核細胞の出現が認められる(脳腫瘍取り扱い規約第2版
年)。
12
2002
表 2.
DA
AA
GBM
p53 alteration
30%
31%
33%
p16/CDK4/Rb alterations
28%
66%
95%
LOH 19q
0%
44%
24%
EGFR amplification
7%
12%
34%
LOH 10
4%
16%
66%
Astrocytic tumor の染色体・遺伝子異常の頻度
astrocytic tumor に認められる染色体・遺伝子異常の頻度を WHO grade 別に示した。(Ohgaki et al.,
1995; Bogler et al.,1995; Ichimura et al.,1996)
13
M u tation, a mplification
i n 4 5%
M u tation
in 8%
A m plification A m plification
in 4%
i n 1 3%
RAS
NF1
PTEN
PI3K
M u tation
i n 1 5%
M u tation
in 2%
H o mozygous d eletion,
m u tation i n 1 8%
AKT
PI3K signaling
altered
in 88%
Proliferation
Survival
translation
M u tation
in 1%
CDKN2A
( p16 )
C
Activated oncogenes
H o mozygous d eletion,
m u tation i n 5 2%
p53 signaling
altered
in 87%
CDKN2A
( p14 )
H o mozygous d eletion,
m u tation i n 3 6%
A m plification
in 2%
FOXO
v
B
MET
PDGFRA
ERBB2
EGFR
A
CDKN2B
H o mozygous d eletion, H o mozygous d eletion,
m u tation i n 4 7%
m u tation i n 2 %
H o mozygous d eletion,
m u tation i n 4 9%
CCND2
CDK4
A m plification i n 1 4%
MDM2
v
図 2.
H o mozygous d eletion,
m u tation i n 3 5%
H o mozygous d eletion,
m u tation i n 1 1%
v
CDK6
A m plification
in 2%
A m plification i n 1 8%
p53
senescence
CDKN2C
apoptosis
Rb
A m plification
in 1%
Rb signaling
altered
in 78%
v
G1/S progression
GBM における PI3K 経路、Rb 経路、p53 経路分子の遺伝子異常の頻度
PI3K 経路(A)、p53 経路(B)、Rb 経路(C)における、遺伝子配列の異常と遺伝子のコピー数の変化の頻度を
示した。赤色で表示した遺伝子は 30%以上の症例で異常を認めたもの、ピンク色で表示した遺伝子は 10%以上
30%未満の症例で異常を認めたもの、紺色で表示した遺伝子は 10%未満の症例で異常を認めたものを示す。
(The Cancer Genome Atlas Research Network. Nature 455, 1061-1068, 2008)
5-1-2. 細胞周期とその制御機構
細胞周期は細胞増殖の周期的変化であり、染色体 DNA 複製と細胞分裂を交互に繰り返す
サイクルである。細胞が自己複製し増殖するためには、①細胞容積の倍加、②DNA の倍加
14
、③細胞の倍加の3つが起こす必要がある。細胞周期の二大イベントである DNA 複製(S 期
:synthesis phase)と分配(M 期:mitotic phase)は上記の②と③を司るが、真核細胞では同
時に進行することはなく、2つの過程は休止期(G1,G2 期:gap phase)によって隔たれてい
る。G1 期は DNA 複製(S 期)の準備期、G2 期は細胞分裂(M 期)の準備期と位置づけられる。
細胞の複製過程には M 期→G1 期→S 期→G2 期の4つの位相が区別されることとなる。この
4つの位相以外に細胞周期から離脱して増殖停止した状態を G0 期(静止期あるいは休止期
)と称する。
細胞周期制御の分子機構は 1990 年代から明らかにされ始めた。その原理を構成するのは
細胞周期エンジンとチェックポイントである。細胞周期エンジンは細胞周期進行制御の中
核をなし、cyclin dependent kinase(CDK)・cyclin・CDK inhibitor(CKI)からなっている
。これに対し、細胞周期チェックポイントは細胞周期上のイベントの遂行を監視するシス
テムで、それが不完全な場合は細胞周期の進行を抑制する、いわゆる異常時対応型の負の
フィードバック制御である。
CDK、cyclin のどちらにも約 10 種類のサブタイプが知られている。CKI は Cip/Kip ファ
ミリーと Ink4 ファミリーに大別される。前者には p21Cip1、p27Kip1、p57 Kip2、後者には p15Ink4b
、p16Ink4a、p18Ink4c、p19Ink4d がある。G0/G1 期移行は cyclin D-CDK4 に、G1/S 期移行は cyclin
E-CDK2 に、S 期進行は cyclin A-CDK2 に、G2 期進行は cyclin A-CDK1 に、G2/M 期移行は
cyclin B-CDK1 に依存する。こうした細胞周期移行を進める正の制御に対し、CKI は主に
cyclin D-CDK4 や cyclin E-CDK2 を抑制することにより、G0/G1/S 期移行を抑制する負の制
御に関与している(図 3)。
細胞周期チェックポイントは DNA 損傷チェックポイント(G1 チェックポイント)、DNA 複
製チェックポイント(G2 チェックポイント) (両者を併せて DNA 保全チェックポイントと
総称する)、紡錘体形成チェックポイント[spindle assembly checkpoint(SAC)、分裂中期
チェックポイントまたは M チェックポイント]の 3 つがよく研究されている。DNA 保全チェ
ックポイントでは DNA の損傷や未複製を、紡錘体形成チェックポイントでは分裂中期紡錘
体赤道面上への染色体の未整列を感知することが、チェックポイントの活性化を引き起こ
す。このモニタリングに基づき、細胞周期制御系に向けて進行を停止させるシグナルが発
せられるとともに、異常事態の修復措置を指令する。これらによって、DNA 保全チェック
ポイントでは染色体複製の厳密性を、紡錘体形成チェックポイントでは染色体分配の均等
性を保障している。
チェックポイントは異常を感知するセンサー、その情報のトランスデュサー、エフェク
15
ター、およびターゲットから構成されている。DNA 保全チェックポイントの中核はトラン
スデュサーキナーゼの ATM あるいは ATR とエフェクターキナーゼの Chk1 あるいは Chk2 で
、G1 期から G2/M 移行期までの間で細胞周期の進行を抑制する。これらに加えて p53 が仲
介因子として重要な役割を担っている(図 4 左)。紡錘体形成チェックポイントのシグナル
は、分裂中期染色体上のキネトコア(動原体)に双極性に微小管が結合していないことに
よって発動する。そのトランスデュサーは BubR1-Bub3 複合体、エフェクターは Mad2 であ
る。Mad2 は、ユビキチンリガーゼである anapahase promoting complex/cyclosome(APC/C)
の活性化因子である Cdc20 を取り込んで、APC/C の作用を抑制する。その結果、Securin の
分解(姉妹染色体の分離;分裂中期/後期移行)と cyclin B の分解(CDK1 の不活性化;M/G1
期移行)の両方が抑制されて、細胞周期は分裂中期に停止する(図 4 右)。
CDK1
M
cyclin B
CDK1
紡錘体形成
チェックポイント
cyclin A
G0
G1
G2
DNA保全
チェックポイント
CDK2
CDK4/6
cyclin D
CDK2
S
CKI
cyclin E
cyclin A
図 3.
細胞周期制御の基本原理
細胞周期エンジンとチェックポイントから構成されている。細胞周期エンジンは CDK、cyclin、CKI からな
り、これらの組み合わせやバランスによって、細胞周期の各位相への移行が制御されている。他方、チェッ
クポイントは DNA 保全チェックポイントと紡錘体形成チェックポイントに大別され、それぞれ、染色体 DNA
の複製と分配の正確さを保障するための負のフィードバック系である。
16
BubR1-Bub3
ATM/ATR
Mad2
Chk1/Chk2
Cdc20
p53
APC/C
p21
Wee1
CDK2
CDK1
cyclin E
cyclin B
G1
図 4.
S
G2
CDK1
Securin
M
M-中期
cyclin B
M-後期
G1
DNA 保全チェックポイント(左)と紡錘体形成チェックポイント(右)
DNA の損傷や複製状況(DNA 保全チェックポイント)や分裂期紡錘体中でのキネトコアへの微小管の結合状
況(紡錘体形成チェックポイント)をモニターして不具合を感知すると、チェックポイントが活性化される
。それぞれのチェックポイントの細胞周期停止に至るまでの分子経路を示した。それぞれのエフェクター
は Chk1/Chk2 と Mad2 で、最終的には CDK の活性抑制あるいは姉妹染色分体の接着解除の阻止、及び不具合の
修復に至る。
5-1-3.
チェックポイント異常と染色体不安定性
細胞周期チェックポイントは、さまざまな細胞内分子が連係することにより制御されて
いるが、それらの分子自身あるいは連係に異常が生じると、遺伝子変異や染色体異常を持
つ細胞が排除されずに分裂を繰り返していくことになり、細胞の腫瘍化の一因になると考
えられている。また、腫瘍細胞は悪性度が高くなるほど重度のチェックポイント障害を持
つことが知られている。遺伝子の異常を抱えていても生存できるようになった腫瘍細胞の
中には、分裂するたびに新たな遺伝子変異を獲得し、染色体構造や染色体数を変える、染
色体不安定性を有する細胞が存在することが明らかになっている。
17
特に分裂期のチェックポイント異常は染色体分配の異常を引き起こし、染色体数の異常
を呈する細胞、つまり多倍体(polyploidy)あるいは異数体(aneuploidy)と呼ばれる細胞を
生み出す。polyploidy は染色体数の基本数が2以外の整数に倍加した状態をさす。
aneuploidy は整数体ではなく、一部の染色体数が変異した状態をさし、正常より染色体が
多い場合を高次異数体(hyperploidy)、少ない場合を低次異数体(hypoploidy)と称する
。
脳腫瘍の中で最も悪性度が高い GBM では染色体不安定性が顕著にみられ、その組織像は
核の大きさの不均一性と多核細胞の出現に特徴づけられている(図 1 右)。GBM 細胞の染色
体数は個々の腫瘍細胞によって多様性があり(Nishizaki et al.,2000,2002; Kubota et
al.,2001)、また染色体分離時に不整に牽引される染色体像が多数見られることから、染色
体分配の異常がかなり高い頻度で生じていると考えられる。GBM 細胞では悪性化の過程で
分裂期のチェックポイントの異常が生じていることが示唆される。
最近、DNA 損傷が重度のチェックポイント異常を持つ腫瘍細胞において染色体不安定性
を誘導する原因となることが分かってきた。薬剤や放射線によって DNA や染色体に損傷を
与えると、正常細胞では G1 及び G2 チェックポイントが活性化され細胞周期が停止し、損
傷の修復が行われる。修復できた細胞は生存し細胞周期に戻るが、修復できなかった細胞
はアポトーシスによって排除される(図 5 上段)。一方、多くの腫瘍細胞は G1 チェックポイ
ントが破綻しているため、DNA 損傷を受けても G1 期で停止せず G2 期へ入る。腫瘍細胞は
G2 チェックポイント機能も低下していることが多く、一時的な G2 期停止の後、M 期に進入
し、細胞死[分裂死(mitotic death)]に至ると考えられている(図 5 中段) (Saya,2005,2006)
。Nitta らは DNA 損傷による分裂期停止から分裂死に至る過程で M チェックポイントの機
能を抑制すると、分裂死を回避し、細胞分裂が完遂されることを見出した。分裂死を回避
した細胞では、染色体は不均等に分離し、微小核などを持つ異常な分裂細胞像が認められ
た(Nitta et al.,2004)。このことは、DNA 損傷後に細胞が分裂死に至るには M チェック
ポイント機能が必要であることを意味する。M チェックポイント機能が低下している腫瘍
細胞に DNA 損傷を与えた場合、細胞分裂が進行するため、染色体の不均等分配や分裂異常
が生じ、aneuploidy の出現を誘導すると考えられる(図 5 下段) (Saya,2005,2006)。
これまでに p53 あるいは p21 欠損マウス胎児線維芽細胞を微小管重合阻害薬で処理する
と mitotic slippage を起こし hyperploidy の割合が増加することが報告されている
(Leonardo et al.,1997; Kahn & Wahl,1998)。また、変異型 p53 を発現する悪性グリオー
マ細胞(U251MG)を微小管重合阻害薬で処理した場合、野生型 p53 を発現する悪性グリオ
18
ーマ細胞(U87MG)と比較して hyperploidy の割合が増加することも明らかにされている
(Nitta et al.,2002)。これらの結果から p53 の欠損または変異による機能異常は G1 及び
G2 チェックポイントが関与する DNA 損傷反応経路に影響を与えるだけでなく、分裂期のチ
ェックポイントの機能低下を引き起こすと考えられている(Tsuiki et al.,2001)。
DNA損傷
正常細胞
G2
M
分裂死
シグナル
DNA損傷
腫瘍細胞
Mチェックポイント
機能正常
G2
M
分裂死
分裂死
シグナル
DNA損傷
腫瘍細胞
Mチェックポイント
機能低下
G2
図 5.
M
aneuploidyの出現
腫瘍細胞における DNA 損傷による染色体不安定性の誘導のモデル
(上段)正常細胞では DNA の損傷により G2 チェックポイントが機能し、細胞周期が停止する。(中段)腫瘍細
胞では G2 チェックポイントの機能低下があり、DNA の損傷により一時的な G2 期停止の後、M 期に進入し、分
裂死シグナルが入ることで分裂死に至る。(下段) M チェックポイント機能が低下している腫瘍細胞に DNA 損
傷を与えた場合、分裂死シグナルが入らず細胞分裂が進行するため、染色体の不均等分配や分裂異常が生じ
、aneuploidy が出現すると考えられる。(Saya,2005)
5-1-4. 細胞老化と SAHF 形成
老化という語は個体、組織、細胞といったさまざまなレベルで起こる現象に用いられる
。個体老化と組織老化は主に加齢に伴って個体と組織に認められる変化一般をさすのに対
して、細胞老化(cellular senescence)は細胞が安定に増殖を停止した状態をさす。細胞老
19
化は異常な増殖刺激、DNA 損傷、酸化ストレス、テロメアの機能喪失など、生体で自発的
に起こりうるストレスに応答して誘導されることが知られており、異常に増殖する細胞(
特に前がん状態にある細胞)はこれらの老化誘導ストレスを高頻度に発生させるため、細
胞自身に備わった老化誘導システムのターゲットになりやすいと考えられる。
こうしたストレスは放射線照射や抗がん剤による処理、あるいはがん遺伝子の強制発現
によっても人為的に発生させることができ、細胞老化の解析に有効な手段とされている。
このように人為的に発生させたストレスにより誘導された細胞老化は、早期細胞老化
(premature senescence)と呼ばれる。早期細胞老化は従来の細胞を継代し続けただけで誘
導される複製老化(replicative senescence)とは区別されてきたが、複製老化もテロメア
短縮による DNA 損傷応答を介していることから、ストレス応答反応としてまとめて扱われ
ることが多い。細胞老化が誘導される経路には2つあり、p53-p21 経路と p16-Rb 経路であ
る(図 6)。早期細胞老化を呈した細胞にはがん抑制遺伝子産物である p53 と p16 の蓄積が
認められる。また p53 や p16/Rb の強制発現により細胞老化が引き起こされることが示され
ている。ヒトの正常細胞を不死化するためには p53-p21 と p16-Rb の両経路を不活化するこ
とが必須であり、実際、ほとんどのがんで細胞老化に関係するこれらの経路に異常がみら
れる。こうしたことから、細胞老化という現象は、アポトーシスと同様に、内因性の腫瘍
抑制機構であると考えられる(Finkel et al.,2007; Mooi & Peeper,2006)。
細胞老化に伴って、核内では劇的なクロマチン構造の変化が起こることが知られており
、この特別に変化した構造は細胞生物学的な特徴に由来して SAHF(senescence-associated
heterochromatic foci)と呼ばれている。SAHF は老化細胞の DNA を染色した際に明瞭に認
められる斑点状の構造体であり、ヘテロクロマチンマーカーとして知られる9番目のリシ
ンがトリメチル化されたヒストン H3(H3K9me3)や HP1(heterochromatin protein 1)の染色
パターンと一致する(Narita et al.,2003)。このほか SAHF と局在が一致するタンパク質と
して HMGA1、HMGA2、MacroH2A が知られており(Narita et al.,2006)、SAHF を構成するク
ロマチンの構成要素であると考えられている。HP1 は細胞周期の進行に必要な cyclin A の
プロモーターに局在してその発現を抑制することから、SAHF を構成するクロマチンにより
細胞周期の進行に必要な遺伝子の発現が封じ込められるのではないかと考えられている。
しかし、老化細胞ではすべての遺伝子がヘテロクロマチン化され、不活性化しているわけ
ではなく、老化細胞のクロマチンはより柔軟に安定化・維持されていると考えられる。
20
異常な細胞増殖
抗がん剤
(がん遺伝子の強制発現など)
v
テロメア短縮
放射線照射
p16
p53
Rb
p21
v
細胞老化
図 6.
細胞老化の誘導のシグナル伝達経路
異常な細胞増殖、抗がん剤による処理、放射線照射、テロメア短縮、酸化ストレスなど様々なストレスが
きっかけとなり、主に DNA 損傷の発生を介して細胞老化が誘導される。細胞老化の誘導には p16-Rb 経路
と p53-p21 経路が必要である。
5-1-5. 胚中心で発現が上昇する分子 GANP
胚中心(germinal center:GC)は末梢リンパ組織に形成される T 細胞依存的免疫応答に極
めて重要な解剖学的領域であり、体細胞突然変異、クラススイッチや記憶 B 細胞への分化
が起きている B 細胞選択の場である。その GC で T 細胞依存的性抗原による免疫後に発現が
増加する分子として GANP(germinal center-associated nuclear protein)が同定された
(Kuwahara et al.,2000)。マウス ganp 遺伝子は 1971 アミノ酸をコードし、その遺伝子産
物は2ヶ所の核移行シグナルを持つ核内分子である。また、GANP は GC やリンパ系の組織
だけでなく、様々な組織に広く発現することが確認されている(Abe et al.,2000)。
GANP の中央部分約 600 アミノ酸は出芽酵母の細胞周期関連分子 Suppressor of actin
3(SAC3)とアミノ酸レベルで 23%の有意な相同性が認められた。SAC3 はアクチンの変異を相
補する遺伝子としてクローニングされた 1301 アミノ酸からなる核内分子であり(Novick et
21
al.,1989)、SAC3 を欠損させた出芽酵母は細胞分裂が M 期において遅延し、細胞周期との
関連が示唆されていた(Bauer & Kölling, 1996)。GANP のこの領域に相同な分子は他に認
められず、GANP は SAC3 の哺乳動物における相同分子であると考えられた(Kuwahara et
al.,2000)。
一方、マウス GANP のカルボキシル末端側 700 アミノ酸は、ヒト Map80/MCM3AP 分子とア
ミノ酸レベルで 76%と高い相同性を有していた。Takei らは、細胞複製に必須の分子 MCM3
を bait にした酵母ツーハイブリット法を用いて 721 アミノ酸からなる分子 Map80/MCM3AP
を同定した(Takei & Tsujimoto, 1998)。Abe らは、マウス ganp cDNA をプローブにしてヒ
ト ganp 遺伝子をクローニングしたところ、カルボキシル末端側 721 アミノ酸は、ヒト
Map80/mcm3ap 分子と完全に一致しており、同一遺伝子由来であることを明らかにした(Abe
et al.,2000)(図 7)。Map80/mcm3ap は ganp の alternative splicing の一つである可能性
が考えられた。Map80/MCM3AP が MCM3 と結合することから GANP も MCM3 と結合すること可
能性を考え、B 細胞株を用いた実験で GANP と MCM3 の物理的会合を確認した(Kuwahara et
al.,2000)。Minichromosome maintenance(MCM)proteins、MCM2-7 は DNA 複製初期そして複
製 の 進 展 に 必 須 で あ る 。 MCM 複 合 体 は 六 量 体 の 複 合 体 を 形 成 し 、 pre-replicative
complex(preRC)の一部を形成し DNA 複製開始点に結合する。MCM は preRC の一部として複
製初期、進展のときに複製フォークにおけるヘリカーゼとして働いていると考えられてい
る。しかし、MCM タンパクは複製フォークの進展に必要な量の 40-100 倍の量が存在し、多
くの MCM タンパクも存在部位は新たな DNA 合成部位とは一致しない。しかし、MCM の中等
度の減少でも染色体不安定性が引き起こされることから、DNA 複製以外のメカニズムで MCM
は染色体不安定性に関連する重要な働きをしているものと考えられる(Bailis & Forsburg,
2004)。Map80/MCM3AP はクロマチンに結合した状態で MCM3 と会合することで DNA の複製の
伸長は阻止しないが複製の開始を阻止することが報告された(Takei et al.,2002)。また
Map80/MCM3AP がアセチル化酵素活性を有し、MCM3 をアセチル化することにより細胞周期に
対して負に働くことも示されている(Takei et al.,2001)。
GANP の 414 番目から 550 番目のアミノ酸の領域は、DNA ポリメラーゼα(Polα)と結合す
る RNA プライマーゼ p49 との相同性が認められた。p49 はこれまでに知られている唯一の
RNA プライマーゼで、p49、p58、p180 からなる Polα複合体は、DNA 複製の際にラギング鎖
の合成に関与していることが知られている。そこで GANP が RNA プライマーゼ活性を有して
いるかどうかを調べるため、GANP の p49 相同性領域(プライマーゼドメイン)のリコンビ
ナントタンパクを用いて in vitro プライマーゼアッセイを行った。その結果、このリコン
22
ビナントタンパクが実際に RNA プライマーを合成することを確認した(Kuwahara et
al.,2001)。GANP は複製フォークにおいて RNA プライマーゼとして働き、岡崎フラグメン
トの合成に関与することが示唆された。
GANP の機能解析を行う目的で GANP 欠損マウスを作製したが、ホモ欠損胎仔は胎生 12 日
までに全例死亡した(Yoshida et al., 2007)。そこで、免疫系における GANP の機能を明ら
かにするために CD19-cre システムを用いた B 細胞特異的 GANP 欠損マウスを作製した。GC
での B 細胞のアポトーシスは、B 細胞特異的 GANP 欠損マウスでコントロールマウスに比較
して増加しており、GANP は GC での B 細胞の生存維持に必要であることが示された(Kuwahara
et al.,2004; Kawatani et al.,2005)。
RNA プラマーゼ
ドメイン
MCM3AP
SAC3 相同ドメイン
1980 アミノ酸
ヒト GANP
3
5
2
NLS
4
7
6
MCM 複合体
23 .6%
1301アミノ酸
出芽酵母 SAC3
図 7.
GANP の構造
ヒト GANP 分子は N 末端側にはプライマーゼドメインを、中央部分は出芽酵母の細胞周期関連分子 SAC3 と
の相同ドメインを、C 末端側は MCM3AP 領域(MCM3AP と完全に一致)を有している。ヒト GANP では核移行シグ
ナル(NLS)は1ヶ所である。MCM3AP は MCM 複合体の一つである MCM3 と会合する。
5-1-6. GANP の出芽酵母相同分子 SAC3 のゲノム不安定性への関与
GANP は DNA 複製や細胞周期に関わる分子と考えられ、これまで精力的に悪性腫瘍におけ
る GANP の発現について調べられてきた。免疫染色による検討で、ホジキンリンパ腫、急性
骨髄性白血病、骨髄異形成症候群などの血液疾患(Fujimura et al., 2005)や悪性黒色腫
(Kageshita et al., 2006)で GANP の発現が増強していることが示され、最近、胆管がんに
おいて GANP の発現上昇が長期の炎症反応による悪性進展に関連し予後不良因子となるこ
とが示された(Chaon-on et al., 2009)。また ganp を immunoglobulin のプロモーター・
エンハンサー制御下に発現させたトランスジェニックマウス (C57BL/6 背 景 )は 高 頻 度
23
(29.5%)に ホジキン様リンパ腫を発症することが明らかにされている(Fujimura et al.,
2005)。これらの事実は腫瘍化と腫瘍の悪性進展に関して GANP が促進的に働くことを示し
ている。一方、GANP ヘテロ欠損メスマウス(C57BL/6 背 景 )が加齢に伴い高率(30%)に乳が
んが発症し、乳がん臨床検体においても GANP の発現低下が予後不良因子であることが見出
されている(未発表)。このことは GANP に tumor suppressor gene としての役割があるこ
とを示唆している。
GANP の tumor suppressor gene としての機能を明らかにする上で酵母の細胞周期関連分
子 SAC3 との相同性は重要な鍵を握っている。SAC3 はその欠損酵母の研究から SAC3 が核膜
孔複合体と結合し(Jones et al.,2000)、mRNA の核外輸送に働いていることが明らかにな
っている(Fischer et al.,2002)。Aguilera らは SAC3 結合分子 Thp1 欠損及び SAC3 欠損酵
母では、細胞分裂に伴い転写に共役した DNA の過剰な組換えを誘導することを報告してい
る(Gallardo & Aguilera,2001; Gallardo et al.,2003)。また mRNA の転写の伸長に関わる
THO 複合体の構成分子である Hpr1、Tho2、Thp2 のいずれの欠損株でもゲノムの不安定性を
示し、転写に共役した過度の DNA 組換えを起こすことが明らかにされている(Chavez et
al.,2000; Aguilera,2002)。これらの結果に基づき、Aguilera は以下のモデルを提唱して
いる(図 8)。RNA ポリメラーゼにより鋳型 DNA と相補の関係の mRNA が産生され、これは種
々の mRNA の核外輸送に関わる分子の働きにより、核膜孔を通過して細胞質へ運ばれる。こ
の核外輸送に関わる分子の働きが何らかの障害をうけると mRNA 転写産物が核内に蓄積し、
もとの鋳型 DNA と反応しいわゆる RNA :DNA ハイブリッドが形成される。DNA は二本鎖のた
め、鋳型として使われたものと反対の鎖が遊離して R-ループを形成する。これは一本鎖の
ため DNA 損傷を受けやすく、結果として過度の DNA 組換えが誘導されると考えられる
(Huertas & Aguilera,2003)。
最近、ヒト細胞において GANP が mRNA の核外輸送に関わる分子 NXF1 と結合すること、RNA
干渉を用いた ganp の発現抑制により mRNA の核外輸送が障害されることが明らかにされた
(Wickramasinghe et al.,in press)。このことは酵母のおける SAC3 と同様にヒト細胞にお
いて GANP が mRNA の核外輸送に関与していることを示している。また、Yoshida らはマウ
ス細胞を用いて、DNA 二本鎖切断から引き起こされる DNA 修復において GANP が DNA の相同
性を介した DNA 組換えを制御し、ゲノムの安定化に関与することを示している(Yoshida et
al.,2007)。
24
野生型酵母
SAC3欠損酵母(mRNA核外輸送障害)
mRNA核外輸送
核膜孔
複合体
SAC3-Thp1
Mex67-Mtr2
Yra1
核膜孔
複合体
細 胞質
細 胞質
核
核
Mex67-Mtr2
Yra1
SAGA
複合体
AAAAAA
m R NA
DNA:RNA
ハイブリッド
AAAAAA
P r e-mRNA
SAGA
複合体
P r e-mRNA
R N Aポリメラーゼ I I
R N Aポリメラーゼ I I
R-ループ
DNA傷害
図 8.
出芽酵母における mRNA 核外輸送障害による DNA 障害(Aguilera によるモデル)
SAC3 欠損出芽酵母における mRNA 核外輸送障害よって引き起こされる DNA 障害のモデル図(Aguilera による
モデル)を示す。(左) RNA ポリメラーゼにより鋳型 DNA と相補の関係の mRNA が産生され、種々の mRNA の核
外輸送に関わる分子(Mex67、Mtr2、Yra1、SAC3、Thp1)の働きにより、核膜孔を通過して細胞質へ運ばれる。
(右)
核外輸送に関わる分子の働きが何らかの障害をうけると mRNA 転写産物が核内に蓄積し、もとの鋳
型 DNA と反応しいわゆる RNA :DNA ハイブリッドが形成される。DNA は二本鎖のため、鋳型として使われたも
のと反対の鎖が遊離して R-ループを形成する。これは一本鎖のため DNA 損傷を受けやすいと考えられる。
5-2.
目的
悪性グリオーマにおける GANP の発現が悪性度または予後と関連するかどうかを調べ、悪
性グリオーマ細胞株を用いて、GANP の発現と悪性進展ならびに染色体不安定性との関連性
を検討することを目的とした。
25
6. 実験方法
6-1. 対象 症例
1996 年 4 月から 2003 年 3 月までの間に熊本大学及びその関連施設にて初回治療が行わ
れた悪性グリオーマ 101 例(AA:29 例、GBM:72 例)を対象とした。手術によって得られた
臨床検体の研究目的での使用についてインフォームドコンセントを行い、患者もしくはそ
の家族から承諾を得た。性別、年齢、術前の KPS などの臨床データは診療録に記録されて
いるものを使用した。すべての患者において腫瘍摘出術がなされ、術後は放射線治療・ニ
トロソウレアをベースにした化学療法の集学的治療を行った。術後の初期治療が終了後、
すべての症例において再度 KPS を評価し、再発日もしくは死亡確認日を記録した。組織学
的な診断は WHO の分類に従った。細胞密度の増加、核の異型、核分裂像、血管内皮の増生
及び壊死巣の有無による評価を行い、細胞密度の増加、核の異型、核分裂像が見られるも
のを AA と診断し、これにさらに血管内皮の増生と壊死巣が加わったものを GBM とした。10
番染色体の LOH 解析は 10 番染色体の短腕および長腕上に存在し、多型性を持つ 12 種類の
マイクロサテライトマーカーを用いた PCR 法で多田建智博士によって行われた(Tada et
al., 2001)。EGFR 遺伝子増幅の解析は全長のヒト EGFR cDNA をプローブとしたサザンブロ
ット法で篠島直樹博士によって行われた(Shinojima et al., 2003)。
6-2. 免 疫 組 織 染 色
パラフィン包埋された手術摘出標本からスライドガラス上に 4 m の厚さの組織切片を作
製した。ラット抗マウス GANP 抗体(Kuwahara et al., 2000)、ビオチン化抗ラット IgG 抗
体で染色を行った(切片作成、免疫染色は技術補佐員小畑雅代さんによって行われた)。ラ
ット抗マウス GANP 抗体はヒト GANP にも交差反応することが明らかにされている(Abe et
al.,2000; Fujimura et al., 2005; Kageshita et al., 2006)。免疫組織染色の評価、ス
コア化は牧野敬史博士と細胞病理分野の菰原義弘博士の協力を得て行われた。
6-3.
腫 瘍 組 織 か ら の mRNA の 抽 出と cDNA の合成
凍 結手術標本からの mRNA 抽出には Quick Prep Micro mRNA Purification キ ッ ト
26
(Amersham Pharmacia Biotech)をプロトコールに従い使用した。cDNA の合成は SUPERSCRIPT
Preamplification System(Life Technology)をプロトコールに従い使用した(Shiraishi et
al., 2002)。mRNA 抽出及び cDNA 合成は白石昭司博士と技術補佐員小畑雅代さんによって
行われた。
6-4. 定 量 的 RT-PCR
定量的 RT-PCR は LightCycler Experimental Protocol に従い LightCycler DNA Master
Mix(Roche)、プライマー、定量用プローブ(Nihon Gene Research Laboratories)と cDNA を
混和後、LightCycler(Roche)を用いて行った。
発現遺伝子の定量用プライマーとプローブの組み合わせは以下に示した。
ganp primer
5’-CGTGGAGCTGATGGAACG-3’
5’-GCAGAAGCACTGAAGCTCCT-3’
ganp donor probe
5’-AGTGGGCACAGACATCCTCACAGCAACG-3’
ganp acceptor probe
5’-GCCACACGGACCCTCTGGTCTGTCTCTA-3’
gapdh primer
5’-CAGCCTCAAGATCATCAGC-3’
5’-GGCCATCCACAGTCTTCT-3’
gapdh donor probe
5’-GGTCATCCATGACAACTTTGGTATCATGGAA-3’
gapdh acceptor probe
5’-GACTCATGACCACAGTCCATGCCATCACTG-3’
6-5. 予 後 と の 相 関 の 統 計 学 的 検 討
全生存期間は初回手術日から死亡もしくは最終確認日(2007 年 6 月 1 日)までを、無増悪
生存期間は初回手術日から症状の増悪、画像上増悪を認めた日もしくは最終確認日までを
計算した。Kaplan-Meier 法に従い、生存曲線をプロットし、Cox-Mantel log-rank 法にて
ganp の高発現群と低発現群の 2 群における全生存期間と無増悪生存期間の有意差を検定し
た。また臨床的因子が独立した予後因子となりうるか否かを Cox proportional hazards モ
デルを用いて多変量解析を行った。すべての演算は Statview 統計ソフトを用いて行った。
P 値が 0.05 未満のものを有意差ありと判断した。
27
6-6.
細 胞 培 養 と RNA 干 渉
MRC-5 細胞(ヒト胎児肺線維芽細胞)と 5 種のヒト悪性グリオーマ細胞(U251MG、U87MG
、U373MG、T98G、A172)の培養には 2 mM L-グルタミン、50 M 2-メルカプトエタノール(和
光純薬)と、200 U/ml ペニシリン-G カリウム、0.1 mg/ml 硫酸ストレプトマイシン(明治
製菓)、10% (v/v)加熱不活化処理済牛胎児血清(FCS、Sigma)を含有する DMEM 培地
(Invitrogen)を用いた。 細胞への RNA 干渉はプロトコールに従い Lipofectamine RNAiMAX
試 薬 (Invitrogen) を 用 い て 容 器 の 大 き さ と 細 胞 数 に 合 わ せ て 適 宜 調 整 し 、 Stealth
RNAi duplexes(Invitrogen)を最終濃度 10nM になるように混和して行った。
Stealth RNAi duplexes の配列を以下に示した。
ganp siRNA-1
5’-CCAGCGUCUUCUGGAGUAAGUCAUU-3’
5’-AAUGACUUACUCCAGAAGACGCUGG-3’
ganp siRNA-2
5’-CCCAAACCUCAAGUGUUGGACCCUU-3’
5’-AAGGGUCCAACACUUGAGGUUUGGG-3’
scrambled control siRNA
5’-CCCACCUCAAGUGUUGGACCAACUU-3’
5’-AAGUUGGUCCAACACUUGAGGUGGG-3’
本研究で用いた 5 種のヒト悪性グリオーマ細胞(U251MG、U87MG、U373MG、T98G、A172)の細
胞周期関連分子の遺伝子異常とタンパク質の発現異常について表 3 に示した(Wang et
al.,2006)。
p53
表 3.
p16
PTEN
Rb発現
U 251MG
変異型
欠失
変異型
低下
U 87MG
野生型
欠失
変異型
正常
U373MG
変異型
欠失
変異型
正常
T98G
変異型
欠失
変異型
正常
A172
野生型
欠失
変異型
正常
悪性グリオーマ細胞における遺伝子異常とタンパク質の発現異常
本研究で用いた 5 種類の悪性グリオーマ細胞の p53、p16、PTEN の遺伝子型と Rb の発現レベル(ウエスタ
ンブロットによる)を示した(Wang et al.,2006)。
28
6-7. フ ロ ー サ イ ト メ ト リ ー を 用 い た 細 胞 周 期 解 析
培養細胞を回収し、PBS で洗浄したのち、PI 溶液(PI 最終濃度 0.1mg/ml,RNaseA 最終濃
度 20μg/ml)で氷上にて 1 時間インキュベートした。FACS Calibur (BD Biosciences) で
計測した後、CellQuest ソフトウェア(BD Biosciences)フローサイトメトリー解析を行っ
た。また、BrdU 標識と標識された細胞の計測については以下の方法で行った。細胞回収 1
時間前に BrdU 最終濃度 10μM の培養液に置き替え、細胞を培養した。洗浄後、細胞を暗所
、氷上で 20 分間 Perm/Fix Buffer (BD Biosciences)で固定・透過処理し、Perm/Wash Buffer
(BD Biosciences)で洗浄した。50U/ml DNase (BD Bioscience)-PBS と 37ºC で 1 時間反応さ
せ、Perm/Wash Buffer で洗浄した。Perm/Wash Buffer で 5 分間ブロッキングした後、 FITC抗 BrdU 抗体(BD Bioscience)で細胞内の BrdU を染色した。Perm/Wash Buffer で洗浄後に
、フローサイトメトリー解析を FACSCalibur と CellQuest ソフトウェアにて行った。
6-8. 染 色 体 FISH
U251MG 細胞に対し RNA 干渉後、96 時間経過した状態でさらにコルセミド処理を 4 時間行
った。細胞を回収し、メタノール固定を施した後、標本を作製した。作成した標本に 7 番
、9 番染色体上にマップされているヒト BAC クローン(7 番は RP11-88E13 および RP11-88H22
を用いて Cy5 でラベルし、9 番は RP11-164B7 および RP11-164J8 を用いて Cy3 でラベルし
た)をハイブリダイズ(70℃のホットプレート上で 5 分間変性させた後、37℃で一晩イン
キュベート)させ、洗浄したのち、DAPI による対比染色を行った。蛍光顕微鏡下に観察し
、蛍光シグナルの数を解析した。解析には Leica CW4000 FISH のソフトウェアを使用した
。尚、標本作製以降の操作は辻雅久博士(有限会社クロモソームサイエンスラボ)によっ
て行われた。
6-9.
ウエスタンブロット
培養細胞を TNE バッファーで可溶化し、タンパク質を抽出した。1xSDS サンプルバッフ
ァーを用いて調整した試料はアクリルアミドゲルを用いて SDS-PAGE で展開後、分離された
タンパク質をニトロセルロース膜(PROTRAN)に転写(60 分間)した。1 時間のブロッキングの
後、一次抗体[p53(Calbiochem)、phospho-p53(Ser15)(Cell Signaling)、p21、CDK1、CDK2
29
、CDK4 (Santa Cruz)、p16、Rb(BD Bioscience)、β-actin(Sigma)]で 1 時間インキュベー
ションし、3 回洗浄した。二次抗体[HRP 標識抗マウスまたはウサギ IgG(H+L)Ab(Zymed)]で
40 分間インキュベーション後、3 回洗浄した。シグナルは ECL キット(GE Healthcare)を用
いて検出した。
6-10.
細胞老化関連β―ガラクトシダーゼ染色
培養細胞をカバーガラスを敷きこんだ 6 穴プレートに撒き、培養した。RNA 干渉の処理
を行ったのち、PBS で洗浄し、ホルマリン固定、X-gal で染色を行った。Senescenceβ
-Galactosidase Staining Kit(Cell Signaling)を用いて、プロトコールどおりに行った。
6-11.
培養細胞に対する放射線照射
培養細胞をディッシュで培養している状態で、Gamma-cell 40Extractor(線源は
Nordion International)のサンプルトレー内に入れ、照射を行った。
30
Cs、
137
7.
実験結果
7-1. 悪 性 グ リ オ ー マ 臨 床 検 体 に お け る GANP 発 現
これまでホジキンリンパ腫、急性骨髄性白血病、骨髄異形成症候群などの血液疾患で GANP
の発現が上昇していることが報告されている(Fujimura et al., 2005)。上述の通り、ganp
ト ラ ン ス ジ ェ ニ ッ ク マ ウ ス は 高 頻 度 (29.5%) に ホ ジ キ ン 様 リ ン パ 腫 を 発 症 す る
(Fujimura et al., 2005)。最初に悪性グリオーマにおける GANP の発現異常の 解 析 を
行 っ た 。 4種の中枢神経原発腫瘍臨床検体を抗 GANP 抗 体を用いて免疫組織 化 学 染
色 を 行 い (図 8)、そ の 染 色 結 果 を ス コ ア 化 し て GANP の 発 現 を 比 較 検 討 し た (表 1)
。 AA を 10 例 、 GBM を 20 例 と 発 現 が 高 い こ と が 予 想 さ れ た PCNSL
(primary central nervous system lymphoma)を 25 例、代表的小児脳腫瘍で あ る 、
髄 芽腫(medulloblastoma)を 4 例 、検討した。どの腫瘍においても GANP の発 現 が 細
胞 核 に 限 局していた (図 9)。この中で PCNSL は 他 の 3 種類の腫瘍より GANP の 発 現
が 高 い こ とが示された (表 4)。免疫組織化学染色の結果からは AA と GBM の GANP 発現
の差を明確に示すことはできなかった。そこでより厳密に GANP の発現を測定するために定
量的 RT-PCR 法を用いて悪性グリオーマにおける ganp の発現の検討を行った。症例は大脳
悪性グリオーマ 101 例で内訳は AA 29 例、GBM 72 例、年齢は 17 歳から 78 歳(平均 51.3
歳)、性別は男性 58 例、女性 43 例であった。gapdh mRNA の発現量をコントロールとして
、LightCycler のシステムを用いて ganp mRNA の発現量を計測した。臨床因子として年齢
(50 歳以上と以下)、性別(男性と女性)、WHO grade(AA と GBM)、MIB-1 Labeling Index(MIB-1
LI)(20%以上と以下)、術前の Karnofsky Performance Score(KPS)(70%以上と以下)につい
て ganp mRNA の発現量との相関を検討した。有意差が認められたものは年齢、WHO grade
、MIB-1 LI であり、50 歳以上の群、GBM 群、MIB-1 LI 20%以上の群で ganp の発現低下を
認めた(表 5)。特に GBM 群の ganp mRNA の発現量(8±6)は AA 群の ganp mRNA の発現量(19
±13)と比較して有意に低く(P < 0.0001)、ganp の発現低下が悪性グリオーマの悪性進展
に関与していることが示された。
31
PCNSL
AA
GBM
Medulloblastoma
x400
x1000
図 9.
中枢神経原発腫瘍におけるGANPの発現
4種の中枢神経原発腫瘍の抗GANP抗体による免疫組織化学染色の結果。(上段) 弱拡大(x400)での観察(下
段) 強拡大(x1000)での観察。GANPの発現が細胞核に局在していることを示す。
GANP発現
症例数
-
±
+
++
PCNSL
25
1
6
4
14
AA
10
1
4
4
1
G BM
20
3
11
6
0
Medulloblastoma
4
3
0
1
0
表 4.
中枢神経原発腫瘍におけるGANPの発現の検討
4 種の中枢神経原発腫瘍の抗 GANP 抗体による免疫組織化学染色のスコア化の結果を示す。スコアは 4 段階
で評価した。
32
症例数
ganp/ gapdh
( 平均 ± 標準偏差)
≤50
43
15 ± 12
>50
58
8 ± 7
男
58
11 ± 9
女
43
12 ± 12
Ⅲ (AA)
29
19 ± 13
Ⅳ (GBM)
72
8 ± 6
<70
14
11 ± 14
≥70
87
11 ± 10
<20
66
14 ± 12
≥20
35
9 ± 8
Mann-Whitney U -test
( P 値)
0 .0020
年齢(歳)
性別
W HO
g rade
術前
K PS(%)
M IB-1
LI ( %)
表 5.
0 .8260
< 0. 0001
0 .5946
0 .0019
悪性グリオーマにおける臨床因子とganpの発現との相関
悪性グリオーマにおけるganp mRNA発現と臨床因子との相関を示す。年齢、WHO grade、MIB1-LIで有意差を
認めた。50歳以上の群 (P = 0.0020)、GBM群 (P < 0.0001)、MIB-1 LI 20%以上の群(P = 0.0019)でganp mRNA
の発現低下を認めた。(KPS: Karnofsky Performance Scale, MIB-1 LI: MIB-1 Laveling Index)
7-2. 悪 性 グ リ オ ー マ に お け る ganp の 発 現 と 予 後 と の 相 関
悪性グリオーマにおける ganp の発現と予後との相関を Kaplan-Meier 法を用いて検証し
た。ganp mRNA の発現量のカットオフ値を 10 コピーとして、10 コピー未満を低発現群、10
コピー以上を高発現群として、全生存期間と無増悪生存期間について検討した(図 10)。ganp
低発現群が高発現群に比べ、有意差をもって全生存期間(P < 0.0001)、無増悪生存期間(P =
0.0018)ともに短いことが示された。次に、全生存期間並びに無増悪生存期間における ganp
の発現と他の予後不良因子(年齢、WHO grade、MIB-1 LI)との関連を検討するため
に Cox proportional hazards model を用いて、多変量解析を行った(表 6)。年齢(50 歳以
上)と WHO grade(GBM)は全生存期間の独立予後因子であることが示されたが、ganp の発現
(ganp/gapdh が 10 コピー未満)は全生存期間並びに無増悪生存期間の独立予後因子とはい
えなかった。
33
1
1
ganp高発現群 (N=24)
無増悪生存率
全生存率
ganp高発現群 (N=37)
P < 0.0001
0.5
P = 0.0018
0.5
ganp低発現群 (N=57)
0
0
0
5
10
(年)
ganp低発現群 (N=31)
0
2.5
5 (年)
悪性グリオーマにおけるganp の 発 現 の 予 後 と の 相 関
図 10.
悪性グリオーマのKaplan-Meier法を用いたganpの発現と予後との相関を示す。(左)全生存曲線: ganp低
発現群(5±6)は高発現群(20±11)と比較して有意に生存率の低下を認めた(P < 0.0001)。(右)無増悪生存曲
線: ganp低発現群(5±2)は高発現群(19±9)と比較して有意に無増悪率の低下を認めた(P = 0.0018)。
無増悪生存期間
全生存期間
予後因子
HR(95%CI)
P値
HR(95%CI)
P値
0.36 (0.20-0.64)
< 0.01
1.01 (0.48-2.10)
0 .98
WHO g rade (AA/GBM)
10.74 (3.99-28.94)
< 0.01
2.51 (1.18-5.31)
0 .01
MIB-1 LI(>20/≤20)
1.16 (0.71-1.91)
0.54
0.63 (0.32-1.27)
0 .19
ganp発現(>10/≤10)
1.02 (0.56-1.84)
0.95
0.48 (0.22-1.05)
0 .06
年齢(>50/≤50)
表 6.
悪性グリオーマにおける予後不良因子の多変量解析
Cox proportional hazards model を用いて悪性グリオーマにおける予後不良因子の多変量解析の結果を示
す。年齢と WHO grade は全生存期間の独立予後因子であり、無増悪生存期間の独立予後因子は WHO grade で
あった。
7-3. 悪性グリオーマ臨床検体における ganp の 発 現 異 常 に よ る 染 色 体 不 安 定 性 へ の
影響
GANP の発現異常とグリオーマの悪性化に関与していると考えられている、染色体不安定
性との関連性を検証した。本研究の患者群において 10 番染色体の LOH(LOH10)の有無と EGFR
の遺伝子増幅の有無が予後に相関することはすでに報告されている(Tada et al., 2001;
34
Shinojima et al., 2003)。これら2つの遺伝子異常の結果と本研究で得られた ganp mRNA
の発現量の結果(予後解析と同様に 10 コピー未満を低発現群、10 コピー以上を高発現群と
して 2 群に分けた)を合わせて解析した(図 11)。LOH10 は ganp 低発現群の 69%に認め、高
発現群の 44%と比べて有意に高かった(P = 0.0274)。EGFR の遺伝子増幅も ganp 低発現群の
31%に認め、高発現群の 7%と比べ、有意に高かった(P = 0.0161)。染色体不安定性によっ
て生じると考えられる悪性グリオーマに特徴的な 2 つの遺伝子異常(LOH10 と EGFR の遺伝
子増幅)が ganp の高発現群より ganp の低発現群で多く認められた。GANP の発現低下が悪
性グリオーマにおける染色体不安定性に関与していると考えられた。
LOH10 (-)
EGFR 増幅 (-)
LOH10 (+)
EGFR 増幅 (+)
P = 0.0274
P = 0.0161
(%)
100
(%)
100
80
80
60
60
40
40
20
20
0
0
図 11.
ganp高発現群
ganp低発現群
ganp高発現群
ganp低発現群
N=32
N=45
N=28
N=45
ganp高発現、低発現群間におけるLOH10とEGFRの 遺伝子増幅の有無の比較
ganp 高発現群、低発現群間における 10 番染色体の LOH(LOH10)と EGFR の遺伝子増幅の有無の比較を示す
。 (左)LOH10 は ganp 低発現群(ganp/gapdh 10 コピー未満)の 69%に認め、高発現群の 44%(ganp/gapdh 10
コピー以上)と比較し、有意に高い(P = 0.0274)。(右)EGFR の遺伝子増幅も ganp 低発現群の 31%に認め、高
発現群の 7%と比較し、有意に高い(P = 0.0161)。
7-4. 線維芽細胞における ganp の 発 現 抑 制 の 細 胞 周 期 に 及 ぼ す 影 響
GANP 発現異常から染色体不安定性に至る分子経路を明らかにする目的で、RNA 干渉(ganp
siRNA)を用いた発現抑制を MRC-5 細胞(ヒト胎児肺組織線維芽細胞株)に対して行った。
トランスフェクション 2 日目の細胞から抽出した RNA を用いて ganp mRNA の定量的 RT-PCR
を行い ganp の発現抑制を確認した(図 12、上段左)。同じく、トランスフェクション 2 日
目の細胞に対して BrdU 標識を行い、フローサイトメトリーを用いて細胞周期の変化を検証
35
した。control siRNA をトランスフェクションした細胞に比べ、ganp siRNA をトランスフ
ェクションした細胞では S 期の細胞の割合の減少と G2/M 期の細胞の割合の増加を認めた。
アポトーシス細胞の分画である subG1 の細胞の割合には変化を認めなかった(図 12、下段
左)。同様の実験を別の配列の RNA 干渉(ganp siRNA2)を用いて行ったが、ほぼ同じ結果で
100
ganp mRNA 発現
ganp mRNA 発現
あった(図 12、上段右、下段右)。
50
0
100
50
0
control siRNA ganp siRNA
ganp siRNA
104
14.9%
103
103
102
102
101
101
200 400 600 800 1000
DNA content
104
104
4.11%
16.2%
103
103
102
102
101
101
200 400 600 800 1000
200 400 600 800 1000
DNA content
DNA content
200 400 600 800 1000
DNA content
subG1
9.08%
subG1
9.01%
subG1
7.51%
subG1
8.48%
G1
42.9%
G1
44.5%
G1
43.2%
G1
45.7%
S
14.9%
S
3.94%
S
16.2%
S
4.11%
G2/M
25.9%
G2/M
34.4%
G2/M
27.6%
G2/M
hyperploid
図 12.
3.94%
ganp siRNA2
control siRNA
BrdU incorporation
BrdU incorporation
control siRNA
104
control siRNA ganp siRNA2
6.94%
hyperploid
7.55%
hyperploid
5.31%
hyperploid
35.2%
6.51%
MRC-5細胞におけるRNA干渉によるganpの発現抑制と細胞周期の変化
(上段)MRC-5 細胞に対し siRNA をトランスフェクション 48 時間後に細胞を回収し定量的 RT-PCR により
ganp の発現量を解析した。control siRNA をトランスフェクションした細胞の発現量を 100 とした。 ganp
siRNA と ganp siRNA2 をトランスフェクションした細胞では ganp 発現抑制効果はほぼ同じであった。(下段
)MRC-5 細胞に対し siRNA をトランスフェクション 48 時間後に BrdU 10μM を 1 時間パルスし、BrdU を取り
込ませた後、
細胞内染色を FITC-抗 BrdU 抗体で行い、フローサイトメトリーで細胞周期を解析した。ganp siRNA
と ganp siRNA2 の細胞周期に及ぼす影響はほぼ同じであった。
ganp の発現抑制により S 期の細胞が減少する結果が得られたので、次に ganp の発現抑
制が細胞増殖に及ぼす影響を検証した。MRC-5 細胞に対し control siRNA と ganp siRNA と
をトランスフェクションし 24、48、72、96 時間後に細胞数をカウントした。control siRNA
をトランスフェクションした細胞は 72 時間後には約 4 倍に増殖するのに対し、ganp siRNA
をトランスフェクションした細胞では増殖が抑制された(図 13)。これらの結果から、MRC-5
36
細胞において ganp の発現抑制が細胞老化を誘導することが予想されたので、細胞老化関連
β-ガラクトシダーゼ染色を行った。ganp siRNA をトランスフェクションした MRC-5 細胞
では細胞老化関連β-gal 陽性細胞が増加し 4 日目には陽性率が 42%となった(図 14)。
controlsiRNA
ganp siRNA
細胞数 (x104 )
25
20
15
10
5
0
1
図 13.
2
3
4
(日)
MRC-5細胞におけるganpの発現抑制による細胞増殖の変化
MRC-5 細胞に対し control siRNA と ganp siRNA とをトランスフェクションし 24、48、72、96 時間後に細
胞を回収し血球計算盤を用いて細胞数の時系列変化を示したグラフ。6 穴ディッシュに細胞を 4x104 個ずつま
き、24 時間後に siRNA をトランスフェクションした。control siRNA をトランスフェクションした細胞は増
殖するのに対し、ganp siRNA をトランスフェクションした細胞では増殖が停止している。細胞数は 3 回の実
験の平均値を示す。
細胞老化に特徴的なクロマチン構造の変化として SAHF が知られている。SAHF は老化細胞
の DNA を染色したときに認められる斑状の構造体であり、ヘテロクロマチンのマーカーで
ある、9 番目のリシンがトリメチル化されたヒストン H3(H3K9me3)の染色のパターンと一致
する(Narita et al.,2003)。control 並びに ganp siRNA をトランスフェクションした 4 日
目の MRC-5 細胞に対し、抗 H3K9me3Ab を用いて免疫染色を行い、蛍光顕微鏡で観察した。
ganp siRNA をトランスフェクションした細胞では H3K9me3 で標識される SAHF を認めた(
図 15)。
37
controlsiRNA
--o--controlsiRNA
」PリmmSiRNA
--g臼PpsiRNA
50%
TPh勺
、
Xi4lOO
堤Zn、
0000
〃=100
〃=100
4321
’42%
9%
掛単麹[風I□
X1UZO
り
回笂説自
、灰100
冊冊冊冊
も
ノ
P〆ず号
し/=
/1
/’
/I
/I
 ̄
L ̄
ぎす --.・玉□。..■王・‐ ̄ ̄
ごr-....-..扉・‐ ̄ ̄星
0%
Pp』、』
11J
2
1
4(日)
図14.HmRC-5細胞におけるg函」、の発現抑制による細胞老化の誘導
(左)畑C-5細胞に対しcontrolsiRNAと“”siRNAとをトランスフェクシヨンし96時間後にβ-gal
染色を行い、顕微鏡で観察した。弱拡大(xlOO)と強拡大(x400)を示す。“npsiRNAをトランスフエクシヨン
した細胞では形態が扁平化し、大きくなっている。数字は陽性率を示す。N=100は100個の細胞を評価した
の意。(右)MRC-5細胞に対しcontrolsiRNAと“”siRNAとをトランスフェクシヨンし24,48,72,96
時間後にβ-gal染色を行った。100個の細胞を評価し、その陽性率の時系列変化を示したグラフ。6穴ディ
ッシュに細胞を4x104個ずつまき、24時間後にsiRNAをトランスフエクシヨンした。ControlsiRNAをトラン
スフェクションした細胞では陽性率は変化しないのに対し、“nPsiRNAをトランスフェクションした細胞で
は陽性率が増加し4日目には45%(平均)に達する。陽性率は3回の実験の平均値を示す団
controlsiRNA
蟻
1W1
F
露
[
4
H3K9me3
g召npsiRNA
Lp
、,野
可
 ̄
PI
Ⅱ
壜Ⅲ
、ェIp
⑪」
綱E
merge
l吻輿ロ
、
勺1
1
-和」
図15.ⅧC-5細胞におけるgz21zpの発現抑制によるSAHFの誘導
MRC-5細胞に対しcontrolsiRNAとg召j2psiRNAとをトランスフェクションし96時間後に抗H3K9me3Abを用
いて、免疫染色(二次抗体はAlexa488標識)を行い、(核染色にはPIを用いた)蛍光顕微鏡(x400)で観察した
。画像解析ソフトを用いて免疫染色とPI染色の画像を一致させた(mergeの図)。寵”siRNAをトランスフェ
クシヨンした細胞ではH3K9me3染色で明瞭に斑点が認められ、PI染色でみとめられた斑点と一致している。
38
外因の DNA 損傷によって引き起こされる、MRC-5 細胞の変化を検証する目的で放射線照
射を行った。6-Gy の放射線照射後 24 時間後の MRC-5 細胞に対し、BrdU 標識を行い、フロ
ーサイトメトリーを用いて細胞周期に及ぼす影響を調べた(図 16)。放射線照射を行った細
胞では行っていない細胞と比較して S 期の細胞の割合の減少と G2/M 期の細胞の割合の増加
を認めた。アポトーシス細胞の分画である subG1 の細胞の割合に著変を認めなかった(図
16、左)。細胞周期の停止を裏付けるために p16 と Rb の発現の変化をウエスタンブロット
法で検証した。放射線照射を行った細胞では行っていない細胞と比較して p16 の発現の上
昇とそれに伴う Rb の発現低下を認めた(図 16、右)。
IR(+)
IR(-)
BrdU incorporation
104
104
24.7%
103
103
102
102
101
101
200 400 600 800 1000
DNA content
図 16.
IR(-)
IR(+)
2.70%
p16
Rb
200 400 600 800 1000
DNA content
subG1
5.24%
subG1
6.64%
G1
50.6%
G1
48.3%
S
24.7%
S
2.70%
G2/M
15.3%
G2/M
36.7%
hyperploid
3.26%
hyperploid
5.60%
β - actin
MRC-5細胞における放射線照射による細胞周期の変化
(左)MRC-5 細胞に対し、6-Gy の放射線照射後 24 時間後に BrdU 10μM を 1 時間パルスし、BrdU を取り込
ませた後、細胞内染色を FITC-抗 BrdU 抗体で行い、フローサイトメトリーで細胞周期を解析した結果を示す
。(右)MRC-5 細胞に対し、6-Gy の放射線照射後 24 時間後に細胞を可溶化しタンパク質を抽出し、各抗体を
用いてのウエスタンブロティングの結果。IR(-)は照射なし、IR(+)は照射ありを示す。β-actin は loading
control である。
MRC-5 細胞において ganp の発現抑制は細胞老化を誘導することが明らかになったので
、DNA 損傷反応経路である p16-Rb 経路と p53-p21 経路の関連分子の発現の変化をウエスタ
ンブロット法で解析した。p16-Rb 経路では p16 の発現の上昇とそれに伴う CDK4 と Rb の発
現低下を認めた。p53-p21 経路では p53 とその活性化型であるリン酸化 p53(Ser15)の発現
上昇とその下流分子 p21 発現上昇が認められた。p21 は CDK-inhibitor であり、CDK1 と CDK2
の発現抑制が示された。以上の結果より、細胞周期進行に関与する CDK の不活性化が S 期
の細胞減少と細胞周期停止、それに引き続く細胞老化を誘導したものと考えられた(図 17)
。
39
control ganp
siRNA siRNA
MRC-5
p53
ganp発現抑制
Phospho-p53
(Ser15)
p21
P
p16
p53
CDK4
p21
p16
Rb
CDK1
Rb
CDK2
CDK1,CDK2
CDK4
v
細胞老化
β -actin
図 17.
MRC-5 細胞における ganp の発現抑制による DNA 損傷反応関連分子の発現の変化
(左)MRC-5 細胞に対し control siRNA と ganp siRNA とをトランスフェクションし 60 時間後に細胞を可
溶化しタンパク質を抽出し、DNA 損傷反応関連タンパク、細胞周期関連タンパクに対する各抗体を用いてウ
エスタンブロット解析を行った。β-actin は loading control である。(右)ganp 発現抑制により DNA 損傷
反応経路が活性化され、細胞老化が誘導される。
7-5. 悪性グリオーマ細胞における ganp の 発 現 抑 制 に よ る 染 色 体 不 安 定 性 の 誘 導
MRC-5 と同様に ganp siRNA を用いて 5 種のヒト悪性グリオーマ細胞株(U251MG、U87MG
、U373MG、T98G、A172)に対して ganp の発現抑制を行った。トランスフェクション 2 日
目の細胞から抽出した RNA を用いて ganp mRNA の定量的 RT-PCR を行い、ganp の発現抑制
を確認した(図 18、上段、U251MG と U87MG の結果を示す)。U251MG と U87MG に対し、トラ
ンスフェクション 5 日目の細胞に対して、BrdU 標識を行い、フローサイトメトリーを用い
て細胞周期の変化を検証した。変異型 p53 を発現する U251MG では control siRNA をトラン
スフェクションした細胞に比べ、ganp siRNA をトランスフェクションした細胞では subG1
の細胞の割合の増加、S 期の細胞の割合の減少、G2/M 期の細胞の割合の増加と 4N 以上の分
画である高次異数体細胞(hyperploid
cells)の増加(1.36%から 15.6%)を認めた(図 18
、中段左)。その hyperploid cells の割合をトランスフェクション 2 日目から 6 日目にか
40
けて時系列で調べたところ、control siRNA をトランスフェクションした細胞と比較して
徐々に増加していくことが示された(図 18、下段左)。野生型 p53 を発現する U87MG では
control siRNA をトランスフェクションした細胞に比べ、ganp siRNA をトランスフェクシ
ョンした細胞では S 期の細胞の割合の減少、G2/M 期の細胞の割合と subG1 の細胞の割合の
増加を認めたが、U251MG と異なり、hyperploid cells の増加を認めなかった(図 18、中
段右)。hyperploid cells の割合をトランスフェクション 2 日目から 6 日目にかけて時系
列で調べたが、control siRNA をトランスフェクションした細胞と差は認めなかった(図 18
、下段右)。U373MG、T98G、A172 の 3 種の細胞株についても同様に hyperploid cells の割
合を調べた(表 7)
。U251MG と同様に p53 変異型の U373MG と T98G では control siRNA を
トランスフェクションした細胞に比べ、ganp siRNA をトランスフェクションした細胞で
hyperploid cells の割合の増加を認めた。U87MG と同様に p53 野生型の A172 では control
siRNA をトランスフェクションした細胞と ganp siRNA をトランスフェクションした細胞で
は hyperploid cells の割合に変化を認めなかった。
悪性グリオーマ細胞において ganp の発現抑制による細胞周期の変化が p53 の変異に依存
することが明らかになったので、DNA 損傷反応関連分子の発現の変化をウエスタンブロッ
トで検討した。野生型 p53 を発現する U87MG 細胞では、ganp の発現抑制により p53-p21 経
路では p53 とその活性化型であるリン酸化 p53(Ser15)の発現上昇とその下流分子 p21 発現
上昇が認められ、CDK1 と CDK2 の発現抑制が示された。p16-Rb 経路では p16 は欠失してい
るが(表 3)、Rb は CDK2 の発現低下によると考えられる、脱リン酸化(バンドが下にシフト
している)を認めた(図 19 左)。以上より U87MG 細胞において ganp の発現抑制は DNA 損傷
反応経路を活性化し、細胞周期停止を誘導することが示された(図 19 右)。
一方、変異型 p53 を発現する U251MG 細胞では、ganp の発現抑制により p53-p21 経路で
は p53 とその活性化型であるリン酸化 p53(Ser15)の発現量に変化がなく、p21 は発現が見
られなかった。そのため CDK1 と CDK2 が発現抑制されないことが示された(図 19 左)。ま
た、U251MG 細胞では p16 の欠失があり、Rb の発現が低下している (表 3)。以上より U251MG
細胞おいて ganp の発現抑制は細胞周期停止を誘導できないため、hyperploid cells の増
加をきたすことが示された(図 19 右)。
41
U87MG (p53 野生型)
100
ganp mRNA 発現
ganp mRNA 発現
U251MG (p53 変異型)
50
100
50
0
0
ganp siRNA
control siRNA
ganp siRNA
104
28.2%
103
103
102
102
1.36%
101
200 400 600 800 1000
15.6%
104
7.13%
13.0%
103
103
102
102
5.08%
101
6.41%
101
200 400 600 800 1000
200 400 600 800 1000
DNA content
DNA content
DNA content
subG1
2.20%
subG1
30.8%
subG1
1.29%
subG1
9.39%
G1
52.0%
G1
16.3%
G1
54.8%
G1
44.2%
S
28.2%
S
13.8%
S
13.0%
S
7.13%
G2/M
15.2%
G2/M
23.3%
G2/M
25.2%
G2/M
hyperploid
1.36%
hyperploid
15.6%
hyperploid
control siRNA
ganp siRNA
Hyperploid cells
(%)
20
10
0
2
図 18.
104
200 400 600 800 1000
DNA content
Hyperploid cells
13.8%
101
ganp siRNA
control siRNA
BrdU incorporation
BrdU incorporation
control siRNA
104
ganp siRNA
control siRNA
3
4
5
5.08%
31.9%
hyperploid
6.41%
control siRNA
ganp siRNA
(%)
20
10
0
6 (日)
2
3
4
5
6 (日)
悪性グリオーマ細胞における ganp の 発 現 抑 制 と 細 胞 周 期 変 化
(上段)U251MG 細胞と U87MG 細胞に対し siRNA をトランスフェクション 48 時間後に細胞を回収し定量的
RT-PCR による ganp の発現を調べた。control siRNA をトランスフェクションした細胞の発現量を 100 とした
。(中段)U251MG 細胞と U87MG 細胞に対し siRNA をトランスフェクション 120 時間後に BrdU 10μM を 1 時間
パルスし、BrdU を取り込ませた後、細胞内染色を FITC-抗 BrdU 抗体で行い、フローサイトメトリーで細胞周
期の変化を調べた。
(下段)U251MG 細胞と U87MG 細胞に対し、siRNA をトランスフェクション 48、72、96、
120、144 時間後にそれぞれ PI 溶液で染色することでフローサイトメトリーを用いた細胞周期解析を行い、
4N 以上の分画を hyperploid cells とし、その割合を時系列でプロットした。割合は 3 回の実験の平均値を
示す。
42
h yperploid c ellsの割合(%)
表 7.
p53
p16
control siRNA
U 251MG
変異型
欠失
1.84 ± 0.23
16.5 ± 0.85
U87MG
野生型
欠失
4.57 ± 0.69
5.43 ± 1.08
U 373MG
変異型
欠失
1.58 ± 0.08
17.2 ± 1.05
T9 8G
変異型
欠失
2.40 ± 0.31
21.0 ± 0.53
A172
野生型
欠失
1.91 ± 0.59
1.13 ± 0.11
ganp siRNA
悪性グリオーマ細胞における ganp の 発 現 抑 制 に よ る hyperploid cells の誘
導
5 種類の悪性グリオーマ細胞に対し control siRNA と ganp siRNA をトランスフェクションを行い、120 時
間後に PI 染色しフローサイトメトリーを用いて細胞周期解析を行った。4N 以上のフラクションを hyperploid
cells とし、その割合を示した表。割合は 3 回の実験の平均値を示す。各細胞の p53 と p16 の遺伝子型を示
した(Wang et al.,2006)。
悪性グリオーマ細胞において ganp の発現抑制によって増加する、hyperploid cells の
細胞核の形態を蛍光顕微鏡で観察した 。U251MG 細胞においてフローサイトメトリーで
hyperploid cells として検出したと考えられる、大きくかつ不整な細胞核の増加を認めた
が(図 20 左)、U87MG 細胞においては、細胞核の形態に大きな変化は認めなかった(図 20
右)。
先述のとおり、悪性グリオーマ臨床検体の検討から ganp の発現低下が染色体不安定性に
関与することが示唆されたので、ganp の発現抑制による染色体数の変化を U251MG 細胞を
用いて 7 番染色体(EGFR がコードされている)と 9 番染色体の染色体 FISH で検討した。
control siRNA をトランスフェクションした細胞では FISH のシグナル数が 7 番染色体、9
番染色体ともに 3-4 個持つ細胞が最も割合が高かったが[U251MG 細胞の染色体数は 93 から
95 本であり(Kubota et al.,2001; Nitta et al.,2002)、4 倍体となっている]、ganp siRNA
をトランスフェクションした細胞ではシグナル数が 7 番染色体、9 番染色体ともに 10 個以
上持つ細胞が最も割合が高い結果となった(図 21)。以上より、DNA 損傷反応経路の中核で
ある p53 に変異をもつ悪性グリオーマ細胞において ganp の発現抑制は染色体不安定性を誘
導することが示された。
43
u25nuG(p”変異型)u87IuG(p”野生型)
siRNABiRM
(Serl5)
ll蝿H壷鍾'61鑓Z図’
l齢一`.、…割
''--ヨ
|~トー:/1
p21
1-塵-|
Rb
1.鷺
|議露iik鐵翰掴
CDK1
llT-鰍,…`iyl
'1墓露iと劇h-駿厚|
CUI⑫
|埠固亀-コ’
|亀一一’
β-aotinll--l,
'一_’
p21
上
CDKLCDK2
/
Hyperploid
ce11Bの増加
雫
⑰蝉‐↓鰹トー上
PhosphoFp53
U87MG
gp"p発現タカ制
controlg囚np
BiRNAsiRNA
contmlg四回p
p53
,U251MG
g百口p発現抑制
RbCDK1,CDK2
、/
11細胞同…’
図19.悪性グリオーマ細胞におけるgmpの発現抑制によるDNA損傷反応関連分子の発現
の変化
U251MG細胞とU87MG細胞に対し、controlsiRNAとgzmpsiRNAとをそれぞれにトランスフェクシヨンし
96時間後に細胞を可溶化しタンパク質を抽出し、DNA損傷反応関連タンパク、細胞周期関連タンパクに対す
る各抗体を用いてのウエスタンプロットの結果を示す。β-actinはloadingcontrolである6
U87MG(p”野生型)
U251MG(p53変異型)
ganpsiRNA
controlsiRNA
bO
0,
68
ULp-
DD
QP
.:.`’
①
、
’6’
』
7川’
8661-
胤鹸も
controlsiRNA
ganpsiRNA
、
■
■P
HIi●
■
淫.
■
●
■
ab■
図20.悪性グリオーマ細胞における8国jzpの発現抑制による細胞核の形態変化
U251MG細胞とU87MG細胞に対し、controlsiRNAとgzmpSiRNAとをそれぞれにトランスフエクシヨンし
96時間後にPI溶液で細胞核を染色し蛍光顕微鏡(X400)で観察した。矢印は巨大化し、不整な形態を示す細
胞核を示す。
44
ganp siRNA
control siRNA
Ch 7/Ch 9
Ch 7/Ch 9
Ch 7
40
20
0
40
20
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
1
>10
シ グナル数
図 21.
Ch 9
g a np s iRNA
(%)
60
細 胞数
細 胞数
Ch 9
c o ntrol s iRNA
(%)
60
Ch 7
2
3
4
5
6
7
8
9 >10
シ グナル数
悪性グリオーマ細胞における ganp の発現抑制による染色体数の変化
(上段)U251MG 細胞に対し、control siRNA と ganp siRNA をトランスフェクションし 96 時間後に 7 番と
9 番染色体の FISH、DAPI による対比染色を行い蛍光顕微鏡(x1000)で観察した。赤色のシグナルは 7 番染色
体、黄色のシグナルは 9 番染色体を示す。
(下段)control siRNA トランスフェクションした細胞 と ganp siRNA
をトランスフェクションした細胞で蛍光シグナルの数を比較したグラフ。両者とも細胞は 50 個以上観察し、
シグナル数をカウントした。control siRNA トランスフェクションした細胞では 3-4 個のシグナルを持つ細
胞が最も割合が高く、ganp siRNA をトランスフェクションした細胞では 10 個以上のシグナルを持つ細胞が
最も割合が高かった。
45
8.
考察
本研究結果から悪性グリオーマにおける GANP の発現に関する重要な知見が得られた。臨
床検体を用いた実験結果から、GANP の発現低下が染色体不安定性に関与し、予後不良因子
となることが明らかにされた。また、RNA 干渉を用いた ganp の発現抑制の実験結果から DNA
損傷反応経路の中核である p53 の変異をもつ悪性グリオーマ細胞において ganp の発現抑制
は染色体不安定性を誘導することが示された。
これらの結果から、GANP の発現低下が悪性グリオーマにおいて悪性進展に関与すること
と、GANP が細胞周期制御に関与をしていることが示唆された。以下、その詳細について考
察する。
8-1.
悪 性 グ リ オ ー マ に お け る GANP の 発 現 低 下 に よ る 悪 性 進 展
本研究では ganp の発現抑制が染色体不安定性を誘導する分子経路を明らかにした。その
結果に基づき、悪性グリオーマにおける GANP の発現低下による染色体不安定性の誘導のモ
デル図を示す(図 22)。
正常細胞では GANP の発現低下により DNA 損傷反応経路の活性化され、G1 及び G2 チェッ
クポイントが機能し細胞周期が停止する。その後、アポトーシスまたは細胞老化が誘導さ
れると考えられる(図 22a)。一方、悪性グリオーマ細胞は p53、p16 などのがん抑制遺伝子
に変異・欠失を持つため(図 2)、G1 及び G2 チェックポイントと M チェックポイントが機能
不全となっている。悪性グリオーマ細胞では GANP の発現低下により細胞周期が停止せず、
染色体不安定性を誘導する(図 22b)。それにより EGFR などのがん遺伝子の増幅やがん抑
制遺伝子の欠失が起き、無秩序な細胞増殖が促進されることが考えられる。また、悪性グ
リオーマにおいて p53 の変異と p16/CDK4/Rb 経路の遺伝子異常の頻度は AA、GBM ともに高
く、染色体不安定性によって生じると考えられる EGFR の遺伝子増幅と 10 番染色体の LOH
は GBM ではその頻度が AA よりも高いことが知られている(表 2)。上述のモデルと合わせて
考えると、GANP の発現低下が悪性グリオーマの悪性進展の一因となることが示唆される。
46
(a)
(b)
悪 性グリオーマ細胞
正 常細胞
チェックポイント異常
G A NPの
発 現低下
D N A損傷反応
経 路の活性化
D N A損傷反応
経 路の活性化
細 胞老化
図 22.
ア ポトーシス
染 色体不安定性
悪性グリオーマにおける GANP の発現低下による悪性化のモデル
悪性グリオーマにおける GANP の発現低下によって引き起こされる悪性化のモデル図を示す。(a)GANP の
発現低下は正常細胞、悪性グリオーマ細胞ともに DNA 損傷反応経路の活性化を引き起こす。その DNA 損傷の
修復ができなければ、正常細胞は p53 と p16 が細胞内に蓄積し、細胞老化またはアポトシースに導かれる。
(b)一方、細胞周期チェックポイントが重度に障害されている悪性グリオーマ細胞では GANP の発現低下に
より、細胞周期が停止せず、染色体不安定性が誘導される。
8-2
GANP の 発 現 抑 制 に よ る DNA 損 傷 の 惹 起
本研究において正常の p53 が発現する線維芽細胞(MRC-5)において ganp の発現抑制を行
うと p53 の発現上昇に伴い、DNA 損傷反応経路が活性化されることを示した(図 14、17)。
このことは ganp の発現抑制が DNA 損傷を惹起することを示唆する。ganp の発現抑制によ
る DNA 損傷の性質(一本鎖切断か二本鎖切断か)は不明であるが、酵母で提唱されている
ように、ヒト細胞でも GANP の発現抑制により mRNA の転写に共役した DNA 損傷あるいは mRNA
核外輸送の障害による DNA 損傷が起きることが考えられる。また、p53 は mRNA の転写・輸
送に関連する DNA 損傷においても重要な caretaker としての役割を果たすことが示唆され
る。
先述したように、GANP ヘテロ欠損メスマウスが加齢に伴い高率(30%)に乳がんが発症す
ることが見出されている(未発表)。GANP の発現量が正常と比べ少ない細胞は mRNA の転写
・輸送に関連する DNA 損傷が起きやすくなっていることが想像される。加齢によって DNA
47
損傷が蓄積し、発がんすることが考えられた。また、加齢により p53-p21 経路あるい
は p16-Rb 経路に遺伝子変異を生じた場合、GANP の発現量が正常と比べ少ない細胞では染
色体不安性が誘導されやすくなり、悪性進展をすることも考えられる。
8-3
GANP の 細 胞 周 期 制 御 へ の 関 与
本研究では ganp の発現抑制により細胞周期の停止並びに S 期の減少が誘導されることを
示した。このことは GANP が細胞周期の G1/S の移行または S 期の進行に関わる可能性を示
唆する。
どのような機構でヒト ganp 遺伝子が発現調節されるのかは現在のところ不明であるが、
マウス ganp 遺伝子の転写開始点上流 2kb のプロモーター領域は解析されており、56bp 上
流に E2F 結合配列があることが示されている(EL-Gazzar et al.,2001)。E2F は G1 から S
期の移行に重要な働きを示す転写因子である。E2F によって発現調節を受けている S 期移
行に必要な分子として cyclin A、MCM3 などがあるが(Trimarchi & Lees,2002)、GANP も E2F
によって発現調節され、S 期移行に関わることが示唆される。
GANP のアミノ末端側に RNA プライマーゼ p49 との相同性を持つ領域があり、その領域内
の 502 番目のセリンは in vitro で CDK2 によってリン酸化されることが明らかになってい
る。この部位のリン酸化特異的モノクローナル抗体で胚中心での発現を免疫染色により解
析すると胚中心の B 細胞が増殖している暗帯でリン酸化の上昇を認め、活発な細胞分裂と
GANP のプライマーゼ活性が相関することが示されている(Kuwahara et al.,2001)。本研究
では線維芽細胞において ganp の発現抑制により CDK2 の発現が低下することが示された(図
17)。このことから GANP は S 期に発現が上昇するだけでなく、CDK2 によってリン酸化を受
けることによってその活性が高まる可能性が示唆された。
8-4
今後の展望
培養細胞において ganp の発現抑制により DNA 損傷反応経路が活性化されることを示した
が、その DNA 損傷が惹起される分子機構や DNA 損傷の性質は不明であり、その解明が今後
の課題である。また、GANP の発現調節機構と GANP による細胞周期制御機構を明らかにす
ることも重要な課題として挙げられる。
48
9.
結語
悪性グリオーマ臨床検体において、ganp の発現低下が予後不良因子となることを示した
。染色体不安定性によって生じる遺伝子異常である 10 番染色体の LOH と EGFR の遺伝子増
幅は ganp 高発現群と比較し ganp 低発現群に多く認められた。線維芽細胞において ganp
の発現抑制は DNA 損傷反応経路を活性化し、細胞老化を誘導した。一方、DNA 損傷反応経
路の遺伝子異常をもつ悪性グリオーマ細胞では ganp の発現抑制は染色体不安定性を誘導
した。悪性グリオーマにおいて、GANP の発現低下は染色体不安定性の誘導に関与すること
が明らかになった。
49
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