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Egypt・Akoris における、日乾煉瓦造建物群の空間構成について

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Egypt・Akoris における、日乾煉瓦造建物群の空間構成について
Egypt・Akoris における、日乾煉瓦造建物群の空間構成について
大川 正典
1.はじめに が存在していたと考えられている。また、岩山を越え
1-1. 研究の背景・目的
た南側斜面にも住宅遺構が存在することが確認され、
アコリス遺跡には、日乾煉瓦で造られた建物が広く
2002 年より発掘が進められている。
分布し、現在も継続して発掘調査が行われている。考
2-2. 南の地域・西方神殿域 概要
古学の研究から、出土した遺物の分析により遺構の用
岩山の南側に面し、2002 年以降発掘調査が継続し
途や造られた年代が判明している場所もある。しかし、
て行われている地域を本稿では「南の地域」と呼ぶ。
(図
日乾煉瓦で造られた建物は風化しやすく、また加えて
5)出土した土器や煉瓦の年代
後の時代に行われた盗掘などによる破壊もあり、遺構
第三中間期頃に造られたと考えられている。対象地の
の状態はあまり良くないため、遺構全体の性格を推測
北・南側は岩山に、西側は断崖、東側はワディ(枯れ
する上で大きな障害となっている。
た川)に囲まれている。遺構の北半分は南へと下る斜
そこで本研究では遺構の「空間構成」に注目し、そ
面上に、南半分は平地に広がる。
の構成を分析することで新たな見地を試みる。当時の
岩山の北面には岩窟神殿が 6 基掘られており、多柱
アコリスにおける生活の実態、「生産と生活」の形態
室も含む周辺の遺構を「西方神殿域」と呼んでいる。
(図
を解明するための基礎研究とする。
6)西方神殿域の西側は崖、南は岩山、東と北は日乾
1-2.研究の方法「アクセス分析」
煉瓦の住居群に囲まれている。神殿域自体はローマ期
本研究では、「アクセス分析法」を研究手法として
に整備されたが、神殿域の参道付近には後の時代に侵
用いている。アクセス分析法は、部屋同士・建物同士
入した日乾煉瓦建造物が数多く存在する。
1)
2)
から、近辺の遺構は
のアクセス関係を簡易的に模式化することで、(模式
化したものをアクセスマップと呼ぶ)空間構成をより
客観的かつ容易に分析する手法である。社会的なルー
ルや居住者同士の関係が、建物内のアクセス関係や建
物同士の、つまり平面構成に反映するという考え方に
基づいている。
詳細な手法の説明は省略するが、図3のように平面
図を最終的にはのようなアクセスマップに変換し分析
を行う。アマルナの住居群の分析に応用された研究例
もあり、本稿でも参考にしている。
図3.アクセス
マップ例
図1・2.エジプト・アコリス地図
第一中間期 第二中間期
中王国時代
新王国時代
2.対象地について
2-1. アコリス概要
アコリス遺跡は、中エジプトの都市ミニヤから北へ
末期王朝
ローマ帝政期 イスラム
プトレマイオス期
コプト期
西方神殿域
南地区
神殿域
神殿域
岩窟墓造営
手工業生産
改修
手工業生産 終焉
B.C.2000
10km ほど、ナイル川の東岸に位置する ( 図1)。東西
第三中間期
B.C.1500
B.C.1000
B.C.500
表1.エジプト・アコリス史年表
0
に約 300 m、南北に約 700 mの台地上に位置し、広
く日乾煉瓦の遺構や石造建築の部材が分布している
(図2)。遺跡の南西には高さ 20 mの岩山があり、数
多くの岩窟墓が存在する。岩山の北側に位置する岩窟
からの出土品により、中王国時代にはアコリスに住居
26-1 写真1・2.南の地域俯瞰・西方神殿域
アコリス
500
3.アクセスマップの作成
いてどの立ち位置にあるかを確認するため、古代エジ
3-1.アクセスマップ プトの住居史において重要な位置を占め、かつアコリ
南の地域と西方神殿域周辺には、建物の入口と全域
スの近くに位置する「アマルナ」 との比較を行った。
が特定もしくは推測できるものが 29 軒ある。アコリ
アマルナ遺跡は、ミニヤ
スの都市域には他にも日乾煉瓦造の遺構が多く残って
位置し、エジプト第 18 王朝の首都が置かれた新王国
いるが、未発掘であったり破壊が進んでいることから、
時代の都市址である。短期間で放棄されたため、遺構
アクセスマップを作成することが困難であるため本稿
の配置や構成が良好な状態を保つ。建物群にはその建
では研究対象外としている。
築プランにおいて共通する 2 点の特徴、①中央広間
3)
4)
から南へ 58km ほどに
アクセスマップを作成する際に設定した部屋の種類
(屋根がかかっていて方形)にアクセスが集中する形
は二つ、①継続的に滞在できる「居室」②通路や倉庫
態②「三部構成」の平面構造、を持つことが判ってい
といった、住人が一時的にしか滞在しない「その他の
る。三部構成とは、間取りが前部(給仕空間)
・中部(広
部屋」である。客観的に分析するためにあえて遺物の
間、接客空間)
・後部(寝室、私的空間)の三段階になっ
結果を参考とせず、住人が起居するのに必要な広さを
ていることであり、大型・中型のものほどこの特徴が
備えているかどうかだけで部屋の仕分けをしている。
顕著である(図4)。
また、本稿ではその遺構が「機能していた」時期を
アマルナ遺跡に見られる特徴を踏まえた上でアコリ
対象としてアクセスマップを作成している。例えば、
ス遺跡の遺構を見てみると、分岐型(二室目)はアマ
南の発掘地域では、建物が後の時代に造られた貯蓄用
ルナ的な特徴をいくつか持っている。アコリス遺跡に
の円形のサイロによって破壊されている例がいくつか
は大抵の遺構に屋根が残っていないため広間と中庭の
ある。この場合、サイロが侵入した時点で既に遺構の
区別をつけることが難しいが、「二部屋目にアクセス
機能が失われていたと考えられるが、本研究では遺構
が集中している点」、「二室目を中部とすると三部構成
が生活の場としてどのように使われていたかを検証す
と見ることができる点」の2点が共通している。しか
ることを目的としているため、サイロが侵入する以前
し、分岐型(一室目)はアクセスが集中する居室が一
の遺構の状況を想定して分析を行っている。その他に
室目であることから、前部と後部の二部構成をとって
も損傷が大きく、部屋の境界が特定しにくい場所に関
いると見ることができる。中でも、Qの一室目などは
しては、そこから出土した遺物や、周辺の地形などか
その規模などから屋根がかかっていなかったようであ
ら復元考察を行っている。
り、広間ではなく中庭であったと考えられる。このよ
3-2.類型化
うに、むしろアマルナ式以前からエジプトに存在して
作成したアクセスマップをまとめると、下記の 3 種
いた、中庭を中心にした構成を取っている。従ってア
類に大別することができた。(表2)
コリス遺跡には、アマルナ的な住居とアマルナ以前か
①直列型 [17 軒 ]:入口から部屋が直列して繋がって
ら存在していた中庭中心の住居が混在していることが
いる。構成する居室の数が 3 室以下。
判る。直列型は、建物の規模が小さいことにより、ア
②分岐型(一室目)[ 6軒 ]:入口から一つ目の居室に
マルナ式と中庭式のどちらにも分類できない単純な形
アクセスが集中している。居室が 4 室以上で構成。
態である。
③分岐型(二室目)[ 3軒 ]:入口から二つ目の居室に
アクセスが集中している。居室が3室以上で構成。
上記の3種類に含むことができなかった、これらと
は違った特徴を持つ例外的な遺構が3軒(9・I・T)
ある。「9・I・T」はそれぞれ、入口が別々の部屋が並
列していたり、ほぼ直列だが途中で分岐していたりと
いう特徴を持つ。その 3 軒は例外として、3 種類の分
類とは分けて扱っている。
4.アマルナ遺跡との比較
上記に見られるような平面構成が古代エジプトにお
26-2 図4.アマルナ、三部構成
構成
建物
機能
A
‑
B
家畜小屋
C
‑
E
貯蔵庫
F
革工房
G
革工房
H
革工房
K
革工房
直列型
L
‑
M
‑
N
大量の炉(用途不明)
O
‑
1
‑
4
‑
5
‑
7
‑
D
‑
J
革工房
分岐型
Q
宗教施設
(一室目) 2
搾油
6
‑
8 粉ひき、搾油、家畜小屋
S
住居
分岐型
P
住居
(二室目)
3
‑
I
革工房
その他
T
住居
9
‑
26-3 年代
第三中間期
第三中間期
第三中間期
第三中間期
第三中間期
第三中間期
第三中間期
第三中間期
第三中間期
第三中間期
第三中間期
第三中間期
A.D.4~5世紀
A.D.6~7世紀
A.D.6世紀
A.D.6~7世紀
第三中間期
第三中間期
第三中間期~末期王朝
A.D.6~7世紀
A.D.7世紀
A.D.6~7世紀
第三中間期~末期王朝
第三中間期~末期王朝
A.D.7世紀
第三中間期
第三中間期~末期王朝
A.D.6~7世紀
地形
斜面
斜面
斜面
斜面
斜面
斜面
斜面
斜面
斜面
斜面
斜面
平地
平地
平地
平地
平地
斜面
平地
平地
平地
平地
平地
平地
平地
平地
斜面
平地
平地
5.外的要因からの分析・考察
最後に、家族構成との関連性について。家族構成を
アマルナ的な構成と中庭中心の構成が混在すること
復元すること自体が、物証・文献の乏しさから非常に
が前章で確認できた。次に、平面構成が目的を持って
難しいことではあるが、遺構 T に関して一つ可能性を
造り分けられていた可能性を考える。考古学による専
報告する。本稿で例外としてとらえている T はほぼ直
攻研究を参考として、下記の5つの要素においてアコ
線型であるが、部屋数が他よりも多い上に途中で分岐
リスで見られた 3 種類の平面構成を分析する。
している。仮にこの建物が、直線型を直列に二つつな
①機能(遺構で営まれていた活動)
げたもので、途中の分岐はその中間であるとするなら
遺構の機能は、そこから出土した器具や素材などに
ば、この建物では二世帯が直列に連なって生活してい
よって推測されている。アコリス遺跡の中で機能が推
たと推測することもできる。アコリスにおいて直列型
定されている遺構は全体の半分ほどで、皮工房や搾
は一世帯の最小単位であり、それを直列につなげるこ
油などの手工業が行われていた場所が特に判っている
とで世帯の数に対応していた可能性を指摘する。
が、住宅などは特定が難しく大半が不明である。
表3の分類表によると、直列型と分岐型の両方で手
6. アコリスにおける空間構成について
工業が行われており偏りがない。分岐型(2 室目)で
本稿では、アクセス関係に注目して分析・考察を行っ
は手工業が行われていないが、数が少ないためこのタ
た。その結果、アコリス遺跡における遺構の平面構成
イプでは手工業が行われていなかったとは言い難い。
は、アマルナ式やや中庭を中心とした構成など、多様
従って、機能に応じて平面構成を作り分けていたわけ
な構成が見られた。それらの構成が造り分けられてい
ではないと思われる。
た可能性を考古学の先行研究などから検証し、地形や
家族構成との関連性を指摘することができた。 今後
②年代(遺構が造られた)
遺構の年代は、辻村氏
2)
作成の編年表に基づいてい
る。南の地域は第三中間期に、西方神殿域はコプト期
も継続される発掘調査で分析対象が増えることで、さ
らなる成果が得られることが期待される。
に時期が集中しており、こちらもまた平面構成のタイ
プ毎に偏りもなく分布している。第三中間期とコプト
期の間には 2 千年ほどの開きがあるが、造られた年代
毎における、平面構成の傾向は見られなかった。
③地形(平地と斜面)
遺構が建っている地形との関連性を考察する。対象
の地域の中では、南の地域の北半分ほどが斜面であり、
脚注
A ~ N の建物がその斜面上に、それ以外の遺構は全て
1)アコリス調査団が、1981年以降継続して現地での発掘
平地の上に建てられている。表によると、斜面の上に
調査を行っている。団長は川西宏幸氏(筑波大学名誉教授)
建つ遺構の内の大半は直列型であり、分岐型は一軒を
除いて平地の上に建っていることから、分岐型のもの
2)辻村純代(国士舘大学教授)作成
3)中王国時代の遺構カフン、新王国時代の遺構アマルナは共
に古代エジプト住居史において重要な位置を占めている。
は平地に集中する傾向が見える。
4)ミニヤ:カイロ、アレキサンドリアに次ぐ、エジプト第 3
④モニュメント(神殿や広場など)
の規模を持つエジプト中部の都市。
神殿や広場といった、公共性の高いモニュメントと
参考文献
対象の遺構との関連性を考察する。南の地域において
は、北側の斜面上段部にあるコプト期の宗教的空間が、
西方神殿域周辺においては、岩窟神殿周辺と Middle・
1)H.Kawanishi,「Akoris:report of the excavations at Akoris
in Middle Egypt,1981-1992」
2)H.Kawanishi,「Preliminary Report Akoris,2001-2009」
3)M.Grahame,「Reading Space:Social Interaction and
South Court がそれにあたる。対象の遺構の中では、A・
Identity in the Houses of Roman Pompeii」
B・D・E・4~9の 10 軒が特に近くに位置しているが、
4)B.Hiller&J.Hanson,「THE SOCIAL LOGIC OF SPACE」
直列型も分岐型もそれぞれに多く含まれ、特に偏りは
見られない。モニュメントによる、周囲の建物の平面
構成への影響は見られなかった。
⑤社会(家族構成)
5)伊藤明良 ,「住居形態の変容と受容 ー紀元前二千年紀のエ
ジプト、シリア・パレスティナの地域間交渉を通してー」
掲載資料
図1・2:前掲2)、図3:前掲3)、図4:前掲5)、図4・5:
前掲1)、表1・2:大川作成、写真1・2:大川撮影
26-4 
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