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2章 赤谷の森の現状(PDF:2733KB)

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2章 赤谷の森の現状(PDF:2733KB)
第2章
「赤谷の森」の現状
2-1.「赤谷の森」の歴史
(1)明治・大正時代までの新治地区と人々の生活
みなかみ町新治地区は、古くから関東と越後を結ぶ交通路上に位置し、有史以前から三国峠を越えて人
やモノが行き来していたと思われます。室町時代後期に三国峠を越えた紀行文が残されていますが、戦国
時代に上杉謙信が関東進出のために三国峠越えの道を整備し、江戸時代に入ると、五街道に次ぐ脇往還(三
国街道)として整備されます。宿場や関所が設けられ、越後諸大名の参勤交代に使われたりしました。江
戸時代中期以降は越後米などが関東に流通するようになり、永井宿が継立問屋となり大いに栄えます。三
国街道は政治・経済・文化の重要な交流ルートでした。街道沿いの村々は、農業や養蚕業などに従事する
傍ら宿場での継立や関所の役務なども負担していました。また宿場のある村は、真田氏改易後に幕府直轄
地などとなり、主に代官による領地支配が幕末まで続きます。
新治地区は森林率が 85%と高い地域であり、森林と人との
かかわりも密接です。
『新治村誌』
(2009 年発行)では、江戸
時代に、周辺集落の人々が大峰山(仏岩エリア)を採草のた
まぐさば
めの秣場として利用し、その奥に位置する「赤谷山」を、薪
山として利用していた記録が示されています(図 3)。林業も
ふく ろ
行われており、元禄・宝永年間には、猿ヶ京地区や吹路地区
の山から黒部板を製材し、江戸へ販売したという記録が残っ
ています。その後、明治・大正時代になると、農業、養蚕業
図3 秣場求めてを (出典:『新治村誌』262ページ)
図 6 秣場もとめてを(『新治村史』262 頁
に加えて製炭業が盛んになり、冬の農閑期には男は国有林へ入って泊まりがけで炭を焼き、女は炭俵を編
む仕事を行っていました。大正 13 年の調査では、現在の新治地区全体での蚕業収入が33万5千円に対し
て、木炭収入が22万9千円ですので、その規模の大きさがわかります。
人々は、森を利用していただけではなく、大切に守り育ててもいました。延宝 2 年、合瀬村(当時)の
地侍である高橋四郎兵衛が出した法度書には、
「合瀬山の草木を伐り取らないこと、毎月山をめぐる。親兄
弟であってもみのがし伐り取った場合は処罰する」という記述が残されていることが、その証です。
(2)大正・昭和初期の産業的利用
大正 5 年に、広河原地区(赤谷源流エリア南端)に、日本酢酸製造株式会社の赤谷工場が稼働し、昭和
7 年までの間、赤谷川、小出俣沢、茂倉沢の各流域で大規模に自然林を伐採し、窯で焼き、木酢液を採取
しました。当時としては規模の大きな工場で、工場周辺に約 300 人もの人が住んでいました。
また昭和初期には、永井地区の自然林を伐採し、木材加工を行う「法師官行製材所」が開かれ、昭和1
7年まで操業しました。
赤谷川・小出俣沢・茂倉沢・ムタコ沢では、この時期に自然林が大規模に伐採され、現在では、二次林
や人工林が主となっています。
(3)高度経済成長にともなう開発
13
日本経済が戦後復興から高度成長を遂げるにつれ、新治地区でも開発が進んでいきます。昭和 32 年に三
国トンネルが開通し国道17号線が群馬・新潟を直接繋げます。昭和 34 年に赤谷川と西川の水を貯める相
俣ダム(赤谷湖)が完成します。苗場スキー場の開業もあって、猿ヶ京地域を中心に観光客が押し寄せる
ようになります。また、昭和 35~36 年には東京発電(当時は姫川電力)の赤谷川第二発電所、第三発電所
が相次いで完成しました。
高度経済成長に伴って、人々のくらしも大きく変化します。燃料は薪炭から石油などの化石燃料へ、農
業では耕耘機や化学肥料が普及して牛馬や堆肥のための採草慣行は急速にすたれていきました。猿ヶ京地
区の採草地であった「治部」では昭和 47 年にヒノキが植林されています。
この頃、
「赤谷の森」でもいわゆる拡大造林が進み、住宅用材に適したスギやカラマツの人工林が積極的
に造られるようになり、昭和 50 年頃までには、現在の人工林面積とほぼ同じ面積の約 3,000ha に達しまし
た。
(4)昭和~平成の山村振興
昭和 50 年代以降、新治村では農業の振興や地域活性化などが課題となります。昭和 54 年をピークに観
光客は減少に転じます。また林業や養蚕業も衰退し、山の手入れは行き届かなくなり、桑畑などは荒れる
に任せたままでした。こうした状況の中で新治村は農村公園構想を打ち出し、農業と観光によるまちづく
りを進めていきます。村は須川地域に手作り体験施設「たくみの里」を展開し、大きな成功をおさめます。
来訪者数も年を追って増え続け、平成 2 年には 20 万人を超えるまでになりました。また、現在の「赤谷の
森」のエリア内に千葉市高原千葉村(昭和 50 年)
、町営赤沢スキー場(昭和 55 年)が相次いでオープンし
ます。一方で行き過ぎたリゾート開発には規制をしつつも、村は二つの大規模開発計画に期待を寄せてい
ました。一つは赤沢スキー場奥に㈱コクドが計画した「三国スキー場」計画、もう一つは建設省直轄の「川
古ダム」計画でした。
スキー場計画に対しては、水源地の汚染の可能性から、平成 2 年に地元有志による「新治村の自然を守
る会」が結成され、村を二分するような反対運動が展開されます。そうした中、川古ダム計画地内でイヌ
ワシの生息が、またスキー場計画地周辺でもクマタカの生息が確認されます。
さらに、バブル経済の崩壊などを経て社会情勢は低成長期へ大きく変化していきます。このような情勢
を受け、平成 12 年 8 月に、政府・与党は公共事業全般を抜本的に見直す方針を打ち出し、同年 9 月、当時
の建設省関東地方建設局「事業評価監視委員会」において川古ダム計画の中止が決定されます。この動き
は民間の事業にも大きく影響し、(株)コクドは上記のスキー場計画から撤退しました。
国の公共事業が止まった事実は、関係者に衝撃をもって迎えられました。ダムで水没する予定の森林が
そのまま残されることになりましたが、こうした状況をきっかけとして、かつてない自然環境保全の取組
である赤谷プロジェクトが動き出しました。
(5)
「赤谷の森」に適用されている自然保護制度
「赤谷の森」のほぼ全域は、昭和 24 年に上信越高原国立公園に指定され、谷川岳から西に延びる 8km
ほどの北部稜線一帯は、特別保護地区に指定されています。赤谷源流エリアの北部は仙ノ倉鳥獣保護区、
法師・ムタコ沢エリアの西部は法師鳥獣保護区に指定されています。
また、上記(4)に記した情勢の変化など社会のニーズを踏まえ、林野庁関東森林管理局は平成 13 年に、
14
谷川岳から続く北部の稜線から三国山、稲包山に至る自然林を野生動植物の生息地を連結する「緑の回廊・
ひうちがたけ
さぶりゅうやま
三国線」に設定し、利根川源流部・燧ケ岳周辺森林生態系保護地域と、佐武流山周辺森林生態系保護地域
をつないで、自然生態系の保全等により積極的に取り組む姿勢を打ち出しています。
2-2.野生動植物の状況
(1)植生
1)「赤谷の森」の現在の植生
「赤谷の森」には、大きく分けて3つのタイプの森林があります。自然林、二次林、人工林の3つです。
自然林は、人の手で植えたものではなく、自然に成立した森林のことであり、天然林ともいわれます。
「赤谷の森」ではブナやミズナラの林が典型的な自然林で、旧三国街道に沿って樹齢 100 年以上といわれ
るブナ林も見られます。
二次林は、過去に伐採など人の手が加えられた後に成立した森林です。
「赤谷の森」では、かつて多くの
森林が薪の採取や炭焼きなどに利用されてきたことから、繰り返し伐採されたミズナラやコナラ、クリな
どの二次林が広がっています。
人工林は、木材を生産するために人の手で苗木を植え、育てた森林です。
「赤谷の森」では、標高の低い
ところにスギ、高いところにカラマツが多く植えられています。
「赤谷の森」は雪が深いため、ヒノキはあ
まり植えられていません。これらの人工林では、良質な木材を生産するため、成長の途中で間伐(間引き)
などの手入れを行います。
現在のこれらの植生(現存植生)の分布状況は図 7 のとおりです。標高の低い、人里に近いところには、
人工林と二次林が多く分布し、標高の高いところには、
人手の入っていない原生に近い自然林が多く分布して
平標山
いますが、沢に沿って通した林道の近くでは、奥山ま
で人工林が造成されています。
また、
「赤谷の森」の植生の特徴のひとつに、谷川岳
から続く稜線付近に形成された自然草地があります。
三国山
「赤谷の森」では、日本アルプスなど本州の同緯度の
仏岩
山々に比べて、豪雪のために森林が成立する限界線の
標高が低く、かつ他地域では亜高山帯にできる針葉樹
の自然林がほとんど存在しません。このため、2,000m
猿ヶ京
程度の標高でも、あたかも高山帯のような植物のまと
まりが成り立っています。これは「赤谷の森」の特色
であり、このような自然草地は、イヌワシが狩りをす
る貴重な場所になっています。
図7
「赤谷の森」の現存植生図
2)「赤谷の森」に本来ある自然林
「赤谷の森」には、森林と人との長いかかわりの歴史を反映して、自然林から人工林まで、多様な森林
が成立しています。こうしたかかわりがなくなった時、気候や地質・地形・土壌などの条件から、どのよ
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うな森林が成立するか、その可能性を推定した潜在自然植生が図 8 です。
「赤谷の森」の潜在自然植生の多
くは、ブナやミズナラを主とする林が広がり、他にヒメアオキ、マルバマンサク、オオバクロモジ、アカ
イタヤ、ホオノキなどで構成されています。標高の低いところにはクリやコナラなどを主とする林が広が
り、他にイヌブナ、モミ、アカシデ、イヌシデなどで構成されています。沢沿いはサワグルミやトチノキ
などからなる渓畔林で、他にカツラ、ハルニレなどで構成される林が形成されることが推定されます。図
8 では、ブナ・ミズナラ林を濃い緑色で、クリ・コナラ林を黄緑色で、渓畔林を青色でそれぞれ示してい
ます。
平標山
三国山
仏岩
猿ヶ京
図8
「赤谷の森」の潜在自然植生図
3)―1.人工林内の現状
「赤谷の森」の人工林は、1950 年代から 1970 年代にかけて植えられたものが多く、林齢で 30 年~50
年のものが多く見られます。人工林の総面積は、約 3,000ha に及びます。
人工林のうち、カラマツとスギがそれぞれ約半数を占め、アカマツ、ヒノキがそれぞれ数%を占めていま
す。
人工林は、スギやカラマツを植えて育て、木材を生産するための森林ですが、その現状は、様々である
ことがわかっています。
3)―2.人工林内の広葉樹の侵入状況
今後、赤谷の森の生物多様性復元に向けて、人工林を自然林に誘導することを考える際には、どのくら
い人工林内に広葉樹が入り込んでいるかが、重要な要因になります。エリア全域の人工林とされている林
班を空中写真で判読した結果、植栽した人工林の内、約1/3がすでに広葉樹林に置き換わっている可能
性が示唆されました。さらに 2008~2009 年度にスギ人工林を現地調査した結果では、スギ林の中に自然の
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樹木がまったく入り込んでいない場所(図 9 で混交率 0%と示される)は、調査した 202 ヶ所のうち 61 ヶ
所(約 30%)でした。つまり、約 70%のスギ林には、何らかの形で自然の樹木が入り込んでいます。
図9
スギ人工林調査区における広葉樹混交率
(注)広葉樹混交率:調査区内の広葉樹の本数/調査区全体の本数
さらに、どのような環境条件で、自然の樹木が定着しているのかを分析した結果、
・自然林からの距離が近く、自然の樹木の種子が広がりやすい条件にあるところでは、自然の樹木が多
く入り込んでいる。
・スギやヒノキを収穫した後に再びスギを植林したところ(2代目スギ林)に比べて、自然林・二次林
を伐採してスギを植林したところ(1代目スギ林)のほうが、自然の樹木が多く入り込んでいる。
・2代目スギ林に比べて、1代目スギ林に入り込んでいる自然の樹木は、
「赤谷の森」に本来ある自然林
が発達した際に現れる種類が多く、2代目スギ林に多く現れるのは、自然林が再生する初期に現れる
種類が多い。
ということがわかりました。
3)―3.
「赤谷の森」で人工林の生育に適した場所
人工林は、再生が可能な資源である木材の生産の場であり、林業が継続的に行われることは、新治地区
のような山村地域の活性化にとって重要です。
では、
「赤谷の森」では、どのような条件にある場所が、木材生産の役割を十分に果たす土地の力をもっ
ていると考えられるのでしょうか。
「赤谷の森」の自然条件からみて、スギ・ヒノキはおおむね標高 800m
まで、カラマツでは 1,200m までが限界であると思われます。これに加えて、局所的な地形や土壌条件も生
育に大きく影響します。
今後も、人工林の生育に適した土地では人工林の利用を進めますが、現在の「赤谷の森」には、人工林
の生育に適した場所以外にも、スギ・カラマツ・アカマツなどが植えられています。標高、積雪量、土壌、
傾斜などから判断して、人工林の生育に適さない土地では、本来あるべき自然林にもどしていくことが必
要です。
3)―4.人工林を自然林に復元するための試験的な取組
プロジェクトでは、人工林を伐採して植栽を行わずに目標とする潜在自然植生で構成される自然林に効
率よく復元するための手法を確立するため、自然林からの距離、伐採の幅や形、伐採前に生育していた樹
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種の違いなどに着目して試験的な取組をしています。
2006 年に 48 年生のカラマツ人工林を 20、30、40m の幅で帯状に伐採してモニタリングしたところ、こ
れまでに、
・
伐採後の樹高成長は 40m≒30m>20m の順で良い
・
5 年後に定着した稚樹の本数は、日本各地で設定されている更新完了基準と比較すると多くの地点で
基準以下の稚樹密度となったが、一部の小高木も含めると基準以上の稚樹密度がありました。
・
5 年後に定着した稚樹の樹種は、目標とする潜在自然植生を構成するブナ、ミズナラ、クリ、コナラ
が非常に少ない。
ということがわかりました。
また、赤谷の森とその周辺でカラマツ人工林を 20m 幅で帯状に伐採した箇所の 5~7 年後の天然更新の状
況を調べたところ、
・
伐採をしなかった部分に天然に更新した自然林を構成する稚樹が少ない林分は、伐採した部分にも自
然林を構成する樹種の稚樹が少ない
・
標高が低い林分ほど自然林を構成する稚樹が多い
ということがわかりました。
これらのことから、カラマツ人工林で 20m 幅帯状伐採により自然林への復元を行う場合には、標高が低
く、林床に天然更新している自然林を構成する稚樹が多い林分を選ぶことや伐採前に予め林床に稚樹を発
生させる工夫をすることが重要であることがわかります。
<2006 年に伐採したカラマツ人工林 自然林復元試験地の変化の様子>
↑伐採1年後 2007 年 6 月 30 日撮影
↑伐採3年後 2009 年 6 月 23 日撮影
←伐採8年後 2014 年 10 月 19 日撮影
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3)-5.人工林を自然林(潜在自然植生)に復元するために必要な時間とプロセス
「赤谷の森」の生物多様性の復元に向けて、人工林を本来あるべき自然林にもどすためには、どのくら
いの時間がかかるのでしょうか。一般に、森林の伐採後、草本群落から二次林、発達した自然林へと遷移
するまでには、少なくとも百年程度の時間が必要と考えられています。さらに、発達した自然林の主要構
成種であるブナ・ミズナラ・コナラの種子の散布距離は、斜面の下にころがったり、動物に運ばれたりす
ると数 10m 運ばれることもありますが、通常 10m 以内程度とされています。発芽した種子が無事に生き延
びて成長し、多数の種子を散布するようになるまでは数 10 年以上かかる場合がほとんどです。また、
「赤
谷の森」の人工林のうち約1/4は、ブナ、ミズナラ、コナラなどを含む自然林から 100~450m 以上離れ
ています。
これらのことから、人の手を加えずに潜在自然植生に復元するためには森林の一世代を超える長い時間
が必要と考えられます。
また、試験地における結果などから、自然林への復元には人工林の現状に合わせてその方法を検討して
いく必要があります。
4)希少な植物
「赤谷の森」には、826 種の高等植物が生育し、これらの種のうち、ノカラマツ、ヤシャビシャク、イ
ヌノフグリなど 32 種が絶滅のおそれのある野生動植物として、2012 年度環境省または 2012 年度群馬県版
のレッドリストに掲載されています。
「赤谷の森」の植物相は、太平洋側の種が主体となる一方で、日本海
側要素が多数含まれ、また、谷川連峰付近に分布する蛇紋岩系の要素が含まれることが特徴です。これら
の植物種には個体数が極めて少ないものがあり、地域の特色ある生態系を保全する観点から、希少な種の
絶滅につながる採集や盗掘を防ぐとともに、施業などによる強度のかく乱を避ける必要があります。
5)外来植物
環境省は、国外の生物による生態系等に係る被害を防止するために、影響の大きい種を「特定外来生物」
として指定し、栽培や生体の移動、輸入、植えることを禁止しています。赤谷プロジェクトエリア内には、
「特定外来生物」に指定された 3 種(オオハンゴンソウ、オオキンケイギク、アレチウリ)が生育し、そ
れに準ずる「要注意外来生物」に指定された種は 5 種(オランダガラシ、イタチハギ、ハリエンジュ、ヒ
メジョオン、セイヨウタンポポ)が確認されています。
(2)大型猛禽類(イヌワシとクマタカ)
「赤谷の森」には、1つがいのイヌワシと、4つがいのクマタカが営巣場所を持ち、1 年を通じて生息
しています。世界において日本はイヌワシの分布域のほぼ南限にあたり、クマタカの分布域の北限にあた
ります。両種が共に生息する森林は、日本の生物多様性の特徴の1つです。赤谷プロジェクトでは、森林
生態系の食物ピラミッドの上位に位置し、生物多様性の豊かさを指標する生き物であり、絶滅危惧種でも
あるイヌワシとクマタカに着目してモニタリング調査を行っています。
19
イヌワシのつがいは、
「赤谷の森」の上流域に行動圏をもち、クマタカのつがいは、イヌワシの行動圏よ
りも下流域に連続して分布しています。つまり、1つがいのイヌワシと4つがいのクマタカが安定して子
育てをしながら生息できているかどうかは、
「赤谷の森」の豊かさと生物多様性の状況にかかっていると言
えます。そのため、各つがいが子育てに成功したかどうか(繁殖成功率)
、営巣環境、ハンティング環境、
獲物となる動物が生息する環境に注目してモニタリング調査を行っています。
1つがいのイヌワシの行動範囲の最外郭
赤谷の森
1つがいのクマタカの主要な行動範囲
図 10 赤谷の森とその周辺における1つがいのイヌワシと6つがいの(周辺の2つがいを含む)クマタカの分布
①イヌワシ
イヌワシは翼を広げると 2m にもなる大型の猛禽です。ヨーロッパから、ロシア、モンゴル、北アメリカ
など、
北半球の高緯度地域に分布し、
草や低い樹木の生えるような開けた環境を主な生息地としています。
世界的にみると、
「赤谷の森」のような森林地帯にイヌワシが生息していることは、非常にめずらしいこと
です。冬期の多雪によって高標高域に樹木が生育できない開放的な草地環境が広がり、安定的に獲物とな
る動物が生息する豊かな森林があり、人が林業や採草のために小規模な開放地をつくってきたこと等によ
って、
「赤谷の森」にイヌワシが生息してきたと考えられます。
「赤谷の森」に生息している1つがいのイヌワシを「赤谷ペア」と呼んでいます。
「赤谷ペア」のこれま
でに観察された行動の最外郭は1万 ha に及び、
「赤谷の森」の北東部の外側にも広がっています。2014 年
度までの調査で以下のことがわかっています。
・1993 年に繁殖成功が確認されて以降、2014 年までの 22 年間で 7 回繁殖に成功しており、直近の 5 年間
は連続して繁殖に失敗している。
・これまで赤谷ペアが捕食の対象とした動物は、ノウサギ、ヤマドリ、ヘビ類、カケス、トビ、ノスリ、
クマタカが確認されている。
(日本におけるイヌワシの主要な獲物は、ノウサギ、ヤマドリ、ヘビ類(日本
イヌワシ研究会 1984)とされている。)
・赤谷ペアの抱卵・育雛行動が観察された巣は3箇所あり、いずれも、切り立った断崖の岩場であるが、
2011 年と 2014 年には巣内育雛(巣内でヒナを育てている)中に、なんらかの自然要因によって岩棚の巣
が落下して繁殖に失敗している。
・赤谷ペアは、夏緑広葉樹林の展葉期には、谷川岳~三国山にかけての高標高域に見られるような樹木が
少ない開けた場所を、落葉期には、もう少し標高の低い森林地帯をハンティング場所にしている。
20
赤谷ペアの主要な行動範囲であるエリア1(約 3600ha)には、イヌワシがハンティングできない環境が
存在しています。過去の薪炭利用による二次林や自然林を伐採してスギ等を植栽することで作られた人工
林が成熟し、イヌワシが狩りのできない環境となっています。これまでに、伐採が盛んに行なわれていた
頃にはハンティング場所は一時的に増加したものの、人工林や二次林が生育するにつれ、ハンティング可
能な場所は減少の一途をたどるなど、イヌワシがハンティング可能な場所の総量(面積)は大きく変動し
てきたものと思われますが、現在、これまでで最もハンティング可能な場所の総量(面積)が少ない状況
にあると言えます。
また、繁殖成功に重要な役割を果たすと思われる巣内育雛期である4月頃のハンティング場所として、
低標高域の沢沿いの壮齢な自然林が利用されています(日本自然保護協会 2011)が、現在、この標高帯に
多くの人工林が分布しています。つまり、イヌワシの好適なハンティング場所が、成熟した人工林に覆わ
れてしまっていることが考えられます。そのため、この人工林をハンティング可能な環境にすることによ
って、イヌワシのハビタットの質を向上できる可能性があります。
2011 年と 2014 年は巣内育雛中に自然要因で巣が落下しているものの、直近の 10 年間(2005-2014 年)
で 3 回繁殖に成功していることから、赤谷ペアが繁殖に成功するだけの最低限の生息環境は確保されてい
ると考えられています。しかし、一方で、2010 年以降は 5 年連続して繁殖に失敗していることや、行動範
囲が「赤谷の森」の北部と北西部にも広がっていることから、
「赤谷ペア」が安定的に繁殖に成功するため
の良好な生息環境が、「赤谷の森」に十分に確保されているとは言い切れない状況です。
②クマタカ
南アジア、東南アジア、東アジアの低緯度地域に分布し、熱帯、亜熱帯、温帯の森林を生息地としてい
ます。日本では、九州から北海道まで、森林が連続して分布する山岳地帯に広く生息しています。これは、
クマタカは翼の幅が広く、小回りの利く飛行が可能なことから、森林内で行動できることに関係していま
す。2014 年度までの調査で「赤谷の森」のクマタカについて以下のことがわかっています。
・
「赤谷の森」には4つがいのクマタカが営巣場所を持ち、隣接する地域に2つがいが連続して生息してい
る。
・各つがいは、概ね 2 年に 1 回繁殖に成功している。
・各つがいの営巣場所周辺の植生タイプを比較するためその面積の8割以上を「赤谷の森」内にもつ法師
ペアと茂倉ペアについて、営巣木から半径約 1.5km 以内の植生構成を比べたところ異なる結果となった
(図 11)
。
・
「赤谷の森」のクマタカは、森林に生息する様々な中小動物を捕食し、これまでに、ヘビ類(アオダイ
ショウ、シマヘビ)
、鳥類(キジ、ヤマドリ、ドバト、クロツグミ、カケス、カラス類)、哺乳類(モグ
ラ類、ネズミ類、モモンガ、ムササビ、ニホンリス、ノウサギ、ニホンザル、イタチ類)が確認された。
・
「赤谷の森」におけるクマタカの営巣木は、そのほとんどが、伐採規制が厳しく 100 年近く伐採されてい
ない高齢な森林である土砂流出防備保安林(
「赤谷の森」の 9.7%)に位置し、樹種にかかわらず、いず
れも樹高が 20~30m、胸高直径 1m 前後の大径木である。
・
「赤谷の森」における、クマタカの営巣に適した地形(斜面角度)は、「赤谷の森」のほぼ全域に分布し
ている。
21
・茂倉ペアの主要な行動範囲(コアエリア)の中で、営巣に適した地形(斜面角度と相対的な標高)と営
巣に適した樹木(胸高直径 55cm 以上)の両方が分布する場所の面積は、コアエリアの約6%(0.5 平方
km)であった。
・ハンティング場所として利用している林と利用していない林を比較したところ、
利用している林の方が、
樹木の密度が低く、木が太い傾向にあり、先行する他地域での研究事例と同様の結果となった。
図 11 赤谷プロジェクトエリア内に営巣場所をもつクマタカ4つがいの営巣木から半径 1.5km 以内の植生構成
「赤谷の森」に生息するクマタカのつがいは、すべて繁殖成功の実績をもち、概ね 2 年に 1 回の頻度で
比較的安定して繁殖に成功していました。このことから、クマタカの生息環境の質は、必ずしも人工林が
多く分布することによって大きく低下するものではないと言えます。また、ハンティング場所として自然
林のみが好まれているとは言えず、林内空間のある林で、森林に生息する中小動物を幅広く捕食している
ことから、このような森林を育成する適正な森林管理を進めていくことがクマタカの生息環境の維持にも
重要だと考えられます。
営巣場所については、地形的には営巣に適した場所は広く存在するものの、限られた林(土砂流出防備
保安林)で営巣している状況から、隣接ペアとの一定の距離を保つために、最適ではない場所に営巣せざ
るをえない状況にある可能性が考えられます。営巣木になりえる大径木が「赤谷の森」内に広く分布した
場合、現状とは異なる分布となる可能性もあります。そのため、クマタカのより良い営巣環境を確保する
という観点から、営巣に適した場所に営巣可能な大径木を確保する森林管理を積極的に行うことが、クマ
タカが将来にわたって安定的に繁殖を続けるために重要です。
(3)哺乳類
①「赤谷の森」の哺乳類相
これまでの調査で、
「赤谷の森」に生息する哺乳類は、43 種が確認されています。43 種の中には、外
来種であるハクビシン、ノイヌ、ノネコも含まれますが、本州に生息する在来哺乳類の多くが確認され
ました。
「赤谷の森」の哺乳類相の調査のため、
「赤谷の森」全域 51 地点に設置した赤外線センサーカメラの
2008 年~2013 年の調査結果からも、群馬県内に生息する中型大型哺乳類 20 種すべての哺乳類が確認さ
れています。
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近隣地域と比べて欠落している種は見受けられないことから、哺乳類の生息環境として、比較的良好
な状態で保たれていると考えられます。
②「赤谷の森」とその周辺部における哺乳類の分布とその歴史的変遷
「赤谷の森」周辺部におけるニホンジカとイノシシは、縄文時代や江戸時代には生息していたことが
わかっています。近年では、1978 年頃には生息が確認されず、群馬県内の限られた地域にのみ分布して
いましたが、1996 年以降群馬県内において急速な分布拡大がみられ、
「赤谷の森」においても、約 10~
20 年前から生息が確認されています。
ニホンザルは、1978 年の調査時には、三国峠周辺の山間部で確認されていましたが、少なくとも 2000
年代には人里周辺に分布を拡大させ、新治地区の集落の畑地にニホンザルが出没し、農作物被害が生じ
ています。
特定外来生物のアライグマは、
「赤谷の森」の近隣の沼田市、中之条町などで確認され、群馬県全体で
増加傾向にあることから、今後プロジェクト対象地に侵入する可能性が高いと考えられます。
ツキノワグマは、2004 から 2008 年に人工林への剥皮被害(剥皮による植栽木の枯死)が「赤谷の森」
の南部で確認されています。
③「赤谷の森」とその周辺部におけるニホンジカ
ニホンジカは、日本において過去 30 年間で個体数や分布域が急激に拡大しています。ニホンジカによ
る林床植物の過剰な摂食によって林床植生が消失し、土砂崩れに至るなど日本全国の森林生態系へ大き
な影響を与えるとともに国土保全上もその対策が大きな課題となっています。
赤谷プロジェクトの目標を達成するためには、ニホンジカの摂食被害によって将来的に懸念される森
林生態系や生物多様性への悪影響を回避することが必要です。このため、2013 年に「赤谷の森」のニホ
ンジカとニホンジカによる植生への影響の現状評価を行ったところ、
・一部の湿地や伐採跡地などで下層植生への過剰な摂食が確認されたものの樹木に対する剥皮などは限
定的
・摂食の影響を受けやすい北部の山頂部の高山草原や低木林においては顕著な影響は見られない
ということがわかりました。これらのことから、ニホンジカの餌となる植物の摂食状況から、現在、
「赤
谷の森」におけるニホンジカの密度は低く、進入のごく初期段階と考えられます。
一方で、2008 年~2013 年の 6 年間の「赤谷の森」全域(51 地点)に設置したセンサーカメラによる哺
乳類相のモニタリングの結果から、
・出現地点数は 5 倍に拡大
・出現頻度は 2~5 倍に増加ということがわかりました。
これらのことから、
「赤谷の森」のニホンジカの動向はエリア内及びその周辺部において、分布を拡大
しながら増加している可能性があります。今後、赤谷プロジェクトエリア内においてニホンジカの対策
を行わない場合には、数年程度で、低密度から中密度や高密度に移行し、森林生態系や人間社会にも大
きな影響を与える場所も出てくると予想されます。
全国の事例から、ニホンジカによる摂食被害を極度に受けた場合には対策を講じても元の生態系には
23
戻らないことが多く、その対策には膨大な資金と労力が必要になるといった被害の実態があります。
このため、将来にわたって「赤谷の森」の生物多様性を健全な状態で保全するためには、ニホンジカ
が森林生態系の構成員であることに十分に留意しながら、ニホンジカ被害を未然に防止するための総合
的な対策の検討が必要です。
④
ホンドテンの食性を通じた森林環境のモニタリング
ホンドテンは、
「赤谷の森」に広く分布する中型哺乳類で、動物や植物(主として液果)を幅広く採餌し
ます。赤谷プロジェクトでは、このことに着目して「人工林から自然林への復元事業が設定通りに進んで
いるのかの指標」になるのではないかと考え、2005 年から、赤谷プロジェクト・サポーターの協力を得な
がらホンドテンの糞を採集し、その内容物を分析することで、以下の事柄を明らかにしています。
・ 「赤谷の森」に生息するホンドテンは、春先から夏にかけてネズミ類、昆虫類など動物食に、秋か
ら初冬にかけては植物食にそれぞれ偏る傾向がある。
・ 植物では、サルナシ、ウラジロノキ、オオウラジロノキ、ツルウメモドキなどを集中して食してい
る。これらの餌植物は年によって豊作・不作があるため、ホンドテンの糞の分析から、餌植物の豊凶
の傾向が示唆される。
・ 将来の森林の変化によって、ホンドテンの採餌環境がどのように変化を見せるか、その比較の基と
なるデータが得られている。
2013 年はこれらの事柄を踏まえて、ホンドテンモニタリングが当初設定した「指標」として適している
かどうかについて、
調査データのとりまとめを行いましたが、
現時点で有意な結果は得られませんでした。
このため、このため、哺乳類WGの結論として、当初設定した目的でのモニタリングを終了することが決
定されました。
一方で、誰もが参加出来る簡易なモニタリングであり、四季折々の「赤谷の森」を散策しながら生息生
育する動植物の「くらし」を体感できること、未知の事柄への探求に取組ながら赤谷プロジェクトに貢献
できるといった魅力から、糞の採集は、サポーターを中心に行われ、これまでに延べ調査日数 404 日、4,198
サンプルを採取するなど赤谷プロジェクトとサポーターとの協働の取組として大きな成果が出ています。
その活動実績から、
「赤谷の森」に生息生育する動植物の「くらし」を体感することで人と自然とのつな
がりについて考えるきっかけになる取組として、一般にはまだ馴染みがなく難しいと感じられている生物
多様性の保全や復元と持続的な地域づくりといった赤谷プロジェクトの理念や取組への理解と普及・啓発
に、重要かつ効果的な取組といえます。また、これまでの結果から、取組を継続することで新たに解明さ
れることが期待される、
「赤谷の森」とホンドテンとの関係性についての示唆が得られており、将来、赤谷
プロジェクトへの貢献も期待されます。
2014 年 4 月から、これらの解明に向けて、これまでホンドテンモニタリングに携われてきたサポータ
ーの有志(通称「テンモニ隊」
)が、
「チーム企画活動」
(「赤谷プロジェクト・サポーター要項」に基づき
サポーターが自主的に企画・実行する活動)として、ホンドテンモニタリング調査を継続することになり
ました。赤谷プロジェクト中核3者も、ホンドテンモニタリングの重要性と可能性を共有し、それぞれの
立場と役割の中で、データの蓄積や活用などに協力していくこととしています。
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⑤ ニホンザルの遊動域のモニタリング
ニホンザルは、
「赤谷の森」に広く分布する大型哺乳類で、多くは群れで生活する性質があります。雑食
性で、
「赤谷の森」においてもブナなど広葉樹の芽や実、樹皮、ヤマブドウ、サルナシなど多様な食物を食
しています。赤谷プロジェクトでは、2004~2009 年に行った調査で、以下の事柄を明らかにしています。
・
「ナガイ群」は、春から夏にかけて行動範囲(遊動域)を三国峠周辺まで広げる一方、秋から冬にかけ
ては行動範囲を永井、吹路の集落周辺に極端に狭めています。
・
「ナガイ群」は、2008 年以降、集落への依存度が増えている傾向があります。
2-3.特徴的な自然環境
(1)渓流環境
渓流や渓畔周辺は、野生生物の生息・生育場所や移動経路の提供、種子や栄養分の提供等、生物多様性
にとって重要な場所です。
2013 年から 2014 年にかけて、
「赤谷の森」の 117 地点で、流れの特徴(瀬や淵などの地形や堆積物、流
路の形、周辺植生、ダムなどの人工物の有無など)についての渓流環境調査を実施したところ、赤谷の森
の渓流には、
「広い河原、瀬のみのタイプ」
、
「露岩が多い淵のみのタイプ」など6つのタイプに分類される
多様な環境があることがわかりました。
(2)南ヶ谷湿地
南ヶ谷湿地は、
「赤谷の森」の南東部、標高 1000m にある湿地です。赤谷プロジェクト発足後の 2005 年
6 月にその存在が周知されました。地元の方に聞いたところ名前が付いていなかったため、「南ヶ谷湿地」
と名付け、サポーターを中心に調査と保全活動を行ってきました。
高層湿原は、安定的に水が供給される貧栄養の場所にできます。南ヶ谷湿地は、湧水によって涵養され
ている湿地で、5m 近い泥炭の蓄積が確認されています。つまり、隣接の湿地環境である大峰沼と同程度の
堆積速度と仮定すれば、少なくとも 1000 年以上前に形成がはじまったと考えられます。地元の方の聞き取
りによると、かつて 1930 年頃には下流の水田への用水として水路を開削して使用し、1950 年頃の湿地は
池のように水量が多かったようです。
南ヶ谷湿地には、赤谷の森の中でも特異な生物相を育む貴重な自然環境です。環境省レッドリスト記載
種 6 種、群馬県レッドリスト記載種 15 種など、希少な野生動植物の生息環境となっているほか、クロサン
ショウウオとモリアオガエルの大規模な産卵場所であり、例年、クロサンショウウオは 2000 腹程度、モリ
アオガエルは 100 腹程度の卵塊が確認されています。また、ヘイケボタルも見られており標高 1000m 以上
での生息地はめずらしいと言われています。
この貴重な自然環境の保全のあり方について、2011 年に「南ヶ谷湿地保全管理計画検討会」を設定して
議論を行い、以下のような基本的な考え方を整理しています。
・
南ヶ谷湿地のような湿原環境は、自然の遷移により消失する(埋まる)ものです。南ヶ谷湿地は、水
利用や土砂流入等、間接的なことも含めて、様々な人為の影響を受けてきた可能性があます。しかし、
それらがどの程度、現在の湿原環境に悪影響を与えているかを明らかにすることは困難。
・
少なくとも、現在の南ヶ谷湿地は原生的な自然環境とは言えないため、生物多様性保全の観点から、
25
湿地になんらかの人為を加えた保全活動を行うことも選択肢とする。
・
人為を加える場合は、原則として①小規模に人力で行う。②生物群集の核心部分は触らない(作業区
を設定してその範囲内に限って人為を加える)。③やり直しができるように時間を掛けて行う。④毎月の
「赤谷の日」で行える範囲で活動を行う。
・
湿地周辺を生息環境とする動植物保全の観点から、湿地周辺の人工林は自然林へ誘導することとし、
当面の間は間伐により下層植生等の生育を促すこととする。
・
間伐にあたっては、湿地に近い部分は保護区域として搬出路を入れないこととし、林床をかく乱せず
に伐採木を搬出することが困難な場合は、切り捨て(林内に残すこと)とする。
・
ニホンジカの摂食による被害について、観察とセンサーカメラの設置を続けて注意する。
(3)三国山の「お花畑」
三国山の中腹にあり、7 月中旬に見頃を迎える「お花畑」は、ニッコウキスゲを中心に地域の重要な観
光資源となっています。2013 年 7 月 17 日に満開のニッコウキスゲの株数を数えたところ 7500 株以上あり
ました。しかし、2006 年 8 月発行の新治観光協会パンフレットの画像(撮影年月日は不明)と、2013 年 7
月の状況を比較するとニッコウキスゲの分布面積は明らかに減少しており、お花畑の樹林化も進行してい
るようです。
↑2006 年 8 月発行の新治観光協会パンフレット
↑2013 年 7 月 17 日撮影
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2-4.人工物など「赤谷の森」
には、山地の崩壊による災害を防
ぐため、
昭和 20 年代から治山ダム
(堰堤)などの人工物が設置され
てきました。これらは森林の保全
とともに下流域にある民家や公共
施設を土砂災害から守る効果を果
たしてきましたが、一方でイワナ
やカワネズミなどが生息する渓流
の連続性を分断してきたことも事
実です。また、道路や林道は、人
間の生活や産業に欠かせないもの
ですが、森林の生態系を分断し、
外来の生物の侵入経路となるなど、
環境への影響も大きいものになっ
ています。
図 12 は、
「赤谷の森」に設置さ
れている治山ダムや道路など、人
工物の状況をまとめたものです。
図 12
「赤谷の森」に設置された人工物(ダム、道路)の現状
2-5.地域と森林とのかかわり
(1)地域の精神性を支える森林
「赤谷の森」には十二社ノ峰と名づけられた山があり、赤谷地区、永井地区にある十二神社は、それぞ
おいずまたやま
れ地域の山神として祀られています。小出俣山の7合目あたりには、小瀬宮と呼ばれる石宮があり、古く
は雨乞いのために登って祈願を行ったということです。このように、
「赤谷の森」の山々は、地域の精神性
を支える信仰の対象とされていました。
(2)レクリエーション利用
「赤谷の森」の南西部を通る「旧三国街道」
(旧三国街道エリア)は、1,000 年以上の歴史を持ち、江戸
時代には幹線道路として利用され、多くの著名な文人により、歌や句に詠まれています。現在は、一部が
中部北陸自然歩道に指定され、みなかみ町観光まちづくり協会を中心とした地元観光関係者によって歴史
街道の観点を中心に広報され、四季折々の自然で観光客を楽しませています。
赤谷プロジェクトでは、2007 年から、旧三国街道とかつての採草地への道等を「フットパス(散策路)」
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網として活用するための取組を始めています。2008 年に現地調査を行った結果、旧三国街道は「赤谷の森」
の多様な森林生態系を身近に感じることのできる環境が整っているものの、公共交通機関によるアクセス
が困難、自然情報をもとにした情報発信物やプログラムが整備されていない、一部に手入れ不足の人工林
(カラマツ、スギ)や藪に覆われた広葉樹二次林も見られ、景観向上に資する何らかの取組が必要、など
の課題があることがわかりました。
2011 年から、観光客に旧三国街道の四季折々の自然を楽しんでもらうためのマップづくりを開始しまし
た。2013 年 5 月には、最も自然度が高く、四季折々の自然を手軽に楽しめるエリアである三国峠周辺のル
ートやおススメのコースを紹介したマップ「旧三国街道・三国峠を歩こう!」が完成しました。2014 年 4
月には季節毎の魅力をピックアップしたマップ(時期別マップ)の第一弾として、
「7 月中旬・三国山のお
花畑を歩こう!」が完成しました。マップは地元の宿や観光拠点で活用されています。
また、2013 年には、赤谷プロジェクト・サポーターと、赤谷プロジェクト地域協議会の有志によるメン
バーで、
「赤谷の森学校」が設立されました。
「赤谷の森学校」は“都会と田舎を結ぶ”をテーマに、
「赤谷
の森」とみなかみ町を、都会暮らしの方が気軽に訪れることができる自分の“田舎”気分で楽しんでもら
うことを目指して、地域の宿泊施設や古老の方々と協力したプログラムの企画と実施を始めています。
(3)水源・温泉源
法師・ムタコ沢エリアに位置するムタコ沢流域は、猿ヶ京地区を中心とする地域の上水道の水源になっ
ています。また、赤谷地区、猿ヶ京地区の一部等は赤谷川支流の小沢を簡易水道として利用しています。
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この水源地上流のスギ人工林が、2008 年 8 月上旬の大雨
で崩壊し、一時的に濁り水が出ていましたが、その後崩壊
は落ち着き、水質も元に戻りました。水源の森の 80%以上
が人工林(カラマツ林)ですが、急斜面であり施業が実施
しにくいこともあって、過去 20 年間は間伐などの管理が行
われていない現状もあります。
また、
「赤谷の森」は、猿ヶ京温泉、川古温泉、法師温泉
など温泉資源の源となる森です。法師温泉で、源泉を分析
したところ、長いもので 50 年ほど前に降った雨が徐々にし
みこみ、地中で温められ、自噴していることがわかってい
水源の森で発生した土砂崩れの状況
(2008 年 8 月上旬撮影)
ます。保水力のある森の土壌が、地域の水源・温泉源を支えています。
(4)学校教育・社会教育の場としての「赤谷の森」
赤谷プロジェクトの目標である「生物多様性の復元」と「持続的な地域づくり」を推進するために、入
口となる環境教育活動は、プロジェクトの理解者及び協力者を増やしていくための重要な取組です。
このため、赤谷プロジェクトの特徴を生かした環境教育プログラムの充実を積極的に行っています。
※ 赤谷プロジェクトの特徴を生かした環境教育プログラムとは、プロジェクトの調査活動で得られた情報が環境教育の教材として提供さ
れ、また、環境教育で得られた情報はプロジェクト調査活動に提供される、フィードバック関係にある参加型のリアルタイムな環境教育プ
ログラムです。
図 13 プロジェクトの調査活動と環境教育活動の関係イメージ
赤谷プロジェクトでは、作成したプログラムを基に、行政機関・企業等を対象とした研修・セミナーや
児童生徒への学校教育、学生・一般の人々を対象とした社会教育等の環境教育活動を実践しています。
実施にあたっては、中核3者で協力、または、それぞれの持ち味を生かした解説を取り入れながら進め
ています。
さらに、より効果的な取組となるよう、プログラムをより身近に感じられる地域のイベントなどには積
極的に参加して、地域との協力・連携関係を構築しながら進めています。
(5)持続的な資源利用
地域づくりWGでは、
「赤谷の森」の恵みをいかした産業づくりを目指して、検討や情報収集を行ってき
ました。その中で、
「赤谷の森」の麓には、日本の教育用カスタネットを発明し、50 年以上に渡って日本
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全国の小学生が使うほぼ全てのカスタネットを製造してきた工場があることがわかりました。カスタネッ
トの材料には、比較的手に入り易く、良い音が鳴るブナが使われてきました。しかし、2000 年頃からは国
産木材の入手が困難になり、北米産のブナ材を使用していましたが、外材の調達も難しくなったことから
2013 年にカスタネット製造は終了してしまいました。そこで、赤谷プロジェクトと地元の方々が協力して、
「赤谷の森」やその周辺で発生する倒木や、植栽木を材料にすることで、地域の木材によるカスタネット
製造を再開することができました。現在は、地域の特産物として、観光のお土産や、イベント、教育旅行
等でも活用され始めています。
日本の森の恵みを持続的に利用し、その対価が地域と森の管理に還元され、森がより豊かになるような
仕組みをこの「カスタネット」で実現するとともに、森を持続的に管理し、その恵みを地域づくりに繋げ
ることの意義を「カスタネット」で発信していきたいと考えています。
(6)地域住民の意向の把握
地域づくりWGは、赤谷プロジェクトにおける社会科学的なモニタリングとして、赤谷プロジェクトへ
の意識や、森に対する意識、森とのかかわりなどについて、地域住民の意向を把握するためのアンケート
調査を行うことを検討してきました。そして、2013 年 12 月に、茅野恒秀(信州大学准教授・地域づくり
WG委員)を中心に、みなかみ町新治地区全世帯(2157 世帯)を対象としたアンケート調査を実施し、392
人(回収率 18.2%)の方から回答を得ることができました。結果の一部は下記の通りです。
地域づくりWGでは、今回のモニタリング結果を初期値として、今後は小規模なアンケート調査も含め
て、5年に 1 度程度定期的に実施し、地域住民の意向を「赤谷の森」の管理に活かしていくことにしてい
ます。
<アンケート結果の抜粋>
○赤谷プロジェクトの認知度
赤谷プロジェクトを「知っている」という人は全体の 93.8%にのぼりましたが、そのうち約半数が
「どのような事をしているかはわからない」と答えました。
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○身近な自然環境の利用状況
この 1 年間の間に、地元(新治地区)の山や森、川を訪れたかどうか、ご本人とご家族に分けてう
かがったところ、本人では約 3 分の 2 にあたる人が、ご家族でも半数以上の人が、身近な自然環境を
利用していることがわかりました。地元の山や森、川でどのようなことをしているか、自由回答形式
でうかがったところ、全部で 686 件の記載がありました。グループ分けを行い、以下のように集計す
ることができました。
○赤谷の森に求める役割
「赤谷の森」に求めたい役割や働きとして挙げた 7 つの機能のうち、
〈もっとも重要だと思うこと〉と
〈次に重要だと思うこと〉を選び、順位づけしてもらうことで、地域住民が将来の「赤谷の森」に求め
る機能(ニーズ)を把握しました。この 7 つの機能は「赤谷の森・基本構想」
(2010 年 3 月)に記載さ
れた課題群に対応しています。
〈もっとも重要だと思うこと〉は「水源かん養機能の向上」と「生物多様性保全と資源の循環的な利
用との両立」が上位を占め、くらしに密接にかかわる機能が重要視されていることが読みとれます。
〈次
に重要だと思うこと〉では、
「国有林だけでなく民有林を含めた地域生態系の管理」「地域の産業・雇用
創出への貢献」が多く選ばれ、後述する、地元の自然環境に感じる問題として多く挙がった「森が手入
れ不足で荒れている」という認識を反映していると言えます。
表.将来の赤谷の森に求めるもの
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