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蛙の国の物語 I

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蛙の国の物語 I
三人の魔女
蛙の国の物語 I
∼アシュ王の時代∼
こがよしこ
第
第
目次
第
九
第
十
第 十一
それぞれの集落
はじめに
第一王子コーク
アマガエルのシド
ガマガエルの店で
章
結婚式の日
章
従者ギムレー
章
惑いの森
第
五
章
族長ナームラ
第
六
章
ロックとの出会い
七
章
三人の魔女
八
章
兄のたくらみ
第 一 章
第 二 章
三
章
四
章
第
第
6
第 十二 章 ガマガエルの集落
第 十三 章
砂丘地帯
第 十四 章
海岸線の道
第 十五 章
笑いの谷
第 十六 章
なぞの騎士、デュラハン
第 十七 章
西の塔
第 十八 章
再会と別れ
第 十九 章
地下牢
第 二十 章
最後の決戦
第二十一章
それぞれの使者たち
第二十二章
戴冠式
あとがき
247 236 224 205 191 173 157 148 138
254
8
129 113 100 88 71 57 52 46 41 26 18 13
シド ︵アマガエル︶
シドの友だち
ドラ・ゾラ兄弟
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮
アズガルト
ファド
ナームラ
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
トーマ
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
モディ ︵アマガエル︶
⋮⋮⋮⋮⋮︵
⋮ イボガエル︶
コーク ︵トノサマガエル︶
お城の牢番
⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
登場人物
主人公
ロック ︵トノサマガエル︶
アマガエル族長
⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
アシュ王 ︵トノサマガエル︶
イボガエル族長
⋮⋮⋮⋮⋮⋮
第一王子
リン王妃 ︵トノサマガエル︶
アオガエル族長
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
シーナ ︵アオガエル︶
第二王子
王さま
王妃さま
ロックの婚約者
アニマ・ドック
ウシガエルの長老
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
デュラハン
⋮⋮⋮⋮⋮⋮
オード
イーニ、ミーニ、マイニ
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮︵
⋮ ウシガエル︶
⋮⋮⋮⋮
ガーダ ︵アオガエル︶
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
ディッコリー
シーナの兄
ルアス ︵アオガエル︶
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮︵
⋮ ウシガエル︶
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
ヒッコリー
牢の中の騎士
ギムレー ︵アオガエル︶
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
三人の魔女
王さまの従者
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮︵
⋮ ガマガエル︶
三人の魔女の父
トト ︵ガマガエル︶
クラン ︵ガマガエル︶
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮︵
⋮ ガマガエル︶
宿屋の主人
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
店主マスター
宿屋の息子
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
ロブ ︵ガマガエル︶
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
さまよう騎士
薬屋の息子
トトの友だち
はじめに
ずっと昔から、地図にも載っていないような小さい島がありました。
けれど数百年に一度、偶然にたどりついた人とか、ちょっと立ち寄ってみようと珍しく好奇心にから
れた人の話によれば、その島はたいへん蛙が多い島なのだそうです。
それもそのはずです。
ずっと昔、その島の西のはずれの岬の塔に住んでいる三人の魔女が、島の人々をすべて、蛙に変えて
しまったのですから。
王家の者たちは
トノサマガエルに
貴族や騎士は
アオガエルに
兵士たちは
イボガエルに
商人たちは
ガマガエルに
平民は アマガエルに
そして砂漠をさまよう者たちは アカガエルに
6
三人の魔女「蛙の国の物語 I ∼アシュ王の時代∼」
愚鈍な者たちは
ウシガエルに、それぞれ変えられました。
蛙たちは何度かその呪いを解こうと立ち上がりましたが、王家は王家のプライドが邪魔をし、商人は
商売に走って少しも団結しなかったために、彼らはとうとう魔女たちに勝つことができませんでした。
そうして何百年、何千年とたつうちに、蛙たちはいつしか、自分たちがかつて人間だったことすら、
すっかり忘れてしまいました。
はじめに
7
それぞれの集落
第一章
トノサマ王族に伝わる古い﹁王家の書﹂によると、この島には七つの種族がいると書かれています。
ところが実際には五つの種族しか住んでいません。
一番人口の多いアマガエルの集落は、ジェオラデ川の河口の肥沃な土地にあり、代々漁業と農業を営
んできました。島の西側の漁場は豊かな魚の産卵場所ですし、川がもたらす土壌は、
どんな季節でも青々
とした稲穂をはぐくみました。それでここいら一帯は、いつも豊かな田園地帯が広がっていました。
といってもアマガエルの族長ナームラの話によれば、ずっと昔は石ころだらけの荒地で、この土地に
はじめてやってきた祖先のトールたちが、ずいぶん犠牲をはらい、血のでるような苦労をして開拓した
のだそうです。
そののちトールたちは二つのグループに分かれ、一つのグループは東へと移動していき、他のグルー
プはここに残って、今のアマガエルの集落を代々守りながら、受け継いできました。
アマガエルの集落からは、ジェオラデ川をはさんですぐ北にイボガエルの集落がありました。
イボガエルの集落は、その背後に高山山系と呼ばれる高い山々があり、その上土地は湿地帯という悪
8
三人の魔女「蛙の国の物語 I ∼アシュ王の時代∼」
い条件が重なっていました。そのためこの集落では、作物は何も育たず、彼らが生き抜く方法は、長い
間略奪しかありませんでした。そのかっこうの標的になったのが、すぐ近くの豊かなアマガエルの集落
です。
アマガエルの集落はたびたびイボガエルの襲撃を受けましたが、この島をトノサマ王族が統治するよ
うになると、アマガエル族はトノサマ王族に忠誠を誓い、税を納めることで、イボガエルから守っても
らえるようになったのです。
それでイボガエル族は、トノサマ王族のやり方にいつも不満を持っていて、ちょっと前まで、トノサ
マ王族に反旗をひるがえしてばかりいました。
しかしアシュ王の時代になってからというもの、イボガエル族の反乱がはじまると、王はすぐに大街
道を封鎖し、すべての集落の入り口に勇敢な騎士たちを配置させました。するとイボガエルの集落はた
ちまち食料をたたれ、とたんに窮地に陥るのです。
イボガエルの族長ファドは、不満ながらもトノサマ王族に忠誠を誓い、他の集落への略奪を禁止する
署名を書かされました。そのかわり族長ファドは、トノサマ王族から食料の配給を受ける約束を得たの
です。けれどその配給では、イボガエルの暮らしはとても貧しかったため、兵士となってトノサマ王族
に仕える道を選ぶ若者が多く現れました。それでイボガエルの集落は武道が盛んな村になりましたが、
昔ながらの老人たちは、このことをよく思ってはいませんでした。族長ファドもそう思う年寄りのうち
の一人で、いつの日かトノサマ王族には一度痛い目にあわせてやりたいとそう考えました。
第一章 それぞれの集落
9
いつしかこの集落では、強い者には従い、弱い者には強い風潮が当たり前となっていました。
そうして今は、強いトノサマ王族に従っているだけなのです。
さて、たくさんの配給をイボガエルの集落に運ぶのは、ガマガエルの商人たちの仕事でした。
ガマガエルの集落にはすべての税が集まり、そして王さまの命令で、ここからまたそれぞれの集落へ
と再配給されました。それはガマガエルの集落が島のほぼ中央に位置し、すべての大街道が集まる、た
いへん便利なところにあったからです。それだけでなく、ここは個人売買が盛んな所でもあり、売りた
い人と買いたい人がこの集落に集まってきては、商人たちがその仲介をしてくれました。
それでこの村は人がとぎれることがないくらい活気があり、ガマガエルの集落へ通じる大街道は、ど
こもたいへん混んでいました。そしてこの集落には、たえずたくさんの金貨が流れました。彼らは金貨
にしか興味がなかったので、商売さえできれば、トノサマ王族の世の中だろうが、イボガエル族の世の
中だろうが、まったく関心がありませんでした。
この集落には族長がいません。というのも、お金にならない族長をしているより、商売のほうが忙し
かったからです。
島の南に位置するトノサマ王族とアオガエル族は、昔から深い関わりがありました。
昔、トノサマ王族の祖先が都をここに移した時、いっしょに移り住んできた忠実な家臣が、アオガエ
10
三人の魔女「蛙の国の物語 I ∼アシュ王の時代∼」
ルの祖先だと、﹁王家の書﹂には記されています。そのためトノサマ王族は代々、このアオガエル族か
ら、もっとも信頼できる家臣を選んできました。
アオガエルの集落でも、王族に仕えることを第一の名誉とし、小さい頃からすべての男子は騎士とな
る心構えを、老騎士からたたきこまれました。それで王さまの近辺を警護する近衛兵や従者は、このア
オガエル出身の騎士がもっとも多く、彼らもまたそんな王さまの期待を決して裏切らない忠誠を誓って
いました。彼らは、王さまのためなら命も惜しまない勇敢な騎士たちで、そのために時にはトノサマ族
出身の家臣の嫉妬をかうこともありましたが、騎士たちの信念というものは、決してぶれるということ
がありませんでした。
それでアオガエルの集落への配給は、他の集落に比べてもだんとつに多く、逆にそれがますますイボ
ガエルたちの反感をかっていたのです。
アオガエルの族長アズガルトも、かつて王に仕えた近衛兵でしたが、とりわけ義を重んじるアオガエ
ルの世界では、族長は一番年寄りでなければなりません。そんな礼儀正しいアオガエル族も、イボガエ
ル族の事などこれっぽっちも眼中になく、金儲けに走るガマガエルと、虐められても反抗もしない、た
だ土を耕すだけのアマガエルを、なぜかとても軽蔑していました。
さてトノサマ王族は主に城内に住み、すぐ北は城下町に住むトノサマ族に守られ、南はいつのころか
らあるかもわからない古くて長い城壁に囲まれ、お城は海からも守られていました。
第一章 それぞれの集落
11
そして入り江をはさんで東の対岸にあるのは、忠義深いアオガエルの集落です。
トノサマ族の城下町は、ガマガエルの集落ほどの活気こそありませんが、一通りの品物はそろってい
ました。この城下町は、東西と南北にのびる通りがいくつも交差し、その間にはたくさんの家々がひし
めきあって並んでいました。そこはとても整備された町並みで、二、三階建ての赤いレンガ造りの整っ
た家々は、お城の上から眺めても、とてもきれいな風景です。
城下町に住むトノサマ族の人々のその半数はお城に関わる仕事でしたが、そうでない人たちは、パン
を焼いたり服の仕立て屋だったりと、いろんな仕事をしながら暮らしていました。
彼らはガマガエルの商人ほど儲けることはありませんでした。それはトノサマ族としての血と誇り
が、そうさせていたのかもしれません。だから城下町のトノサマ族には、豊かな人がいれば貧しい人も
いたのですが、それでもアシュ王の時代には、みんな、さほど飢えずに生きていけました。それに、こ
れだけ家がひしめきあっている町では、困っている人がいれば、すぐに気がつくものです。時にはけん
かもありましたが、どこかですぐに仲裁もはいって、さほど大事にはいたらなかったのです。
12
三人の魔女「蛙の国の物語 I ∼アシュ王の時代∼」
第一王子コーク
第二章
トノサマガエルの王、アシュ王には、ふたりの王子がいました。
トノサマ王族はなぜか代々ふたりの王子がうまれるのですが、必ずひとりの王子は不運にみまわれる
と、古い家伝書﹁王家の書﹂に記されています。
アシュ王もまた、先王の次男としてうまれましたが、幼い時に兄を亡くしました。それで彼は兄のか
わりに王位につきましたが、彼自身も王子を授かると、このことがいつも頭から離れませんでした。ア
シュ王の不安は繊細なフレア王妃にも伝わり、元々病気がちであった王妃は、一人の息子を残したま
ま、この世を去ってしまったのです。
それからというものアシュ王は、自分の不安をいっさい顔に出さなくなりました。彼は息子のコーク
を大切に育てましたが、コークが五歳の時、アシュ王の遠い親せきにあたる王族から、新たに王妃をむ
かえることになりました。それが現在のリン王妃ですが、ふたりは結婚してからまもなく、第二王子
ロックを授かりました。コークとロックは七歳ほど離れた異母兄弟になりましたが、古い家来たちの話
によると、その頃のコークは幼いロックの面倒をよくみたのだそうです。
と こ ろ が ロ ッ ク が 成 長 す る に つ れ、 コ ー ク は お 城 の 中 の 自 分 の 部 屋 に だ ん だ ん 閉 じ こ も る よ う に な
り、奇妙な行動が目につくようになりました。彼は昆虫を集めてきては、長く鋭い針をその胴体に何度
第二章 第一王子コーク
13
も何度も突き刺しました。昆虫は串刺しにされたままの格好で、手足をばたばたさせながらやがて死ん
でいくのですが、その様子をコークはおもしろそうに眺めていました。
最初は子ども特有の好奇心と残酷さのように思われたのですが、それはよくなるどころか、ますます
エ ス カ レ ー ト し て い き ま し た。 コ ー ク の 対 象 は 昆 虫 か ら だ ん だ ん も っ と 大 き な 動 物 へ と 変 わ っ て い き 、
やがて同じカエルでやったらどうなるかとそう考えただけで、彼は興奮して眠れなくなりました。
アシュ王は、そんなコークを、とうてい理解できません。怒ればコークはますます心を閉ざし、おだ
てればますます調子に乗るのです。アシュ王の愛情は、すくすくと育っている第二王子ロックに、ます
ます注がれました。
ある晩のこと、コークはアシュ王の書斎に忍び込み、ずらりと並んだ本の中から﹁王家の書﹂をこっ
そり自分の部屋に持ち帰りました。
彼は部屋を暗くしベッドにもぐりこんでは、わずかなランプの灯りで﹁島に伝わる魔法﹂の項目をむ
さぼるように読んでいました。そこには彼の興味をそそる記述がたくさん書かれてありました。
それによれば、この島の西の塔に住む三人の魔女は、十の魔法を使うのだそうです。
コークはそれら十の魔法の内容を知りたいとそう思いました。
﹁魔女たちはいったいどんな魔法を使うのだろう?
もしかしたら、この本のどこかに、そのヒントぐ
らいは書かれてあるかもしれないぞ﹂
14
三人の魔女「蛙の国の物語 I ∼アシュ王の時代∼」
コークはそうつぶやくと、本をめくって探しはじめました。そして﹁死と再生の魔法﹂というページ
をめくった時、彼は思わずその項目に釘づけになりました。しかし﹁死と再生の魔法﹂は、三人の魔女
の力の範疇を超え、彼女たちの父オードの魔法だというのです。
オードとは亡霊の王ともいわれ、﹁死の意味を知る者﹂、﹁取り引きをする者﹂
、
﹁すべての悪を引き起
こす者﹂
、
﹁運命と未来を知る者﹂、﹁変身する者﹂、﹁詩と知識をもつ者﹂、
﹁戦う者﹂
、
﹁さすらう者﹂
、最
後に、彼は﹁とてもきまぐれで、不公平で、信頼できない者﹂と書かれてありました。そして﹁死と再
生の魔法﹂の項目の中のオードの挿絵は、曲がった腰のままで杖をついている、白髪の小柄でみすぼら
しい老人でしたが、こんな老人にそんな仕事ができるのかとコークは不思議でたまりませんでした。
﹁オードか⋮⋮。会ってみたいものだな﹂
コークは薄暗い部屋の中のランプの灯の下で、そうつぶやきました。
するとその時、その挿絵の小柄な老人オードが、にたりと笑ったように思えました。
コークはあわてて目をこすり、もう一度よく見てみると、挿絵の老人は、今度は石の上にすわってい
ました。そして、﹁私に会いたいのかね?
私に会いたければ、まず私の三人の娘に会うことだな﹂と
言いました。
コークはおどろいて、もう一度本の中をのぞきこみました。しかしオードの挿絵は、最初見た通り杖
をついたままで、もう二度と動くことはありませんでした。
コークは、まるでとりつかれたように分厚い本をめくって、﹁西の塔の魔女﹂の項目を探しはじめま
第二章 第一王子コーク
15
した。そしてやっと三人の魔女の挿絵を見つけた時、彼は身をのりだすようにしながら、じっと彼女た
ちを見つめました。彼女たちの挿絵は美しく若い女性の姿でしたが、時々その姿は目も耳も口もない醜
い老婆にも変わりました。
彼は、どうやったら三人の魔女と会うことができるのかと、むさぼるように本のページをめくり続け
ました。
しかし三人の魔女の記述はとても少なく、わかったことといえば、彼女らが意のままにカラスを使い
こなし、特に灰色の目をしたカラスは彼女らの目のかわりであること、そして彼女らのどんな挿絵に
も、まるで装飾品の一つでもあるかのように蛇が必ず巻きついていて、その横には、彼女らが蛇をうや
まい、蛇を大切に扱っている記述が書かれてありました。
こればかりはいくら残酷なコークでさえ、ぞっとしました。まるで自分が飲み込まれそうな気がして
ならなかったからです。というのも、この島のどのカエル族も、こと蛇に関してだけは、今まで団結し
て排除してきました。しかし三人の魔女たちは、時々蛇を野に放つので、カエル族は手間と時間、それ
にお金を惜しまず、蛇使いの職につく者たちに手厚い待遇を与え、彼らに蛇の管理をさせてきたのです。
それからコークは、この島にまつわる魔女たちの不思議な記述を目にしました。
三人の魔女たちはずっと昔、この島の人間たちをすべてカエルに変えてしまい、その時父オードは、
この島の調和を保つために、魔女たちの姿も、その住まいである西の塔も、島に住む他の動物たちも、
それに大地でさえ、カエルの大きさにあわせてすべて小さくしてしまったというのです。それでこの島
16
三人の魔女「蛙の国の物語 I ∼アシュ王の時代∼」
は、地図にも見当たらないほど小さくなり、ほとんど人がやってこない、世界の果ての孤島となりまし
た。そして島にまつわる、そのオードの魔法を解く鍵は、﹁三人の魔女とともにある﹂とだけ記載され
ていました。
﹁オードという者は、島の大きさまで変えることができるのか?
これはすごいことだ﹂とコークはひ
とりうなずきましたが、﹁人間をカエルに変えた﹂彼女たちの魔法に関しては、ぴんときません。なぜ
ならコークは、生まれながらにカエルであって、人間というものを知らないのですから。
コークは、そんな彼女たちとなんとかして連絡をとりたいと、その後も西の塔の魔女たちの記述を探
し続けましたが、彼はそれ以上のことを見つけることができませんでした。
空はだんだん明るくなってきて、まだ夜明け前のうす青い光の中から、次第に城下町の街並みがうっ
すらと現れてくる頃、ふと見上げた窓際に一羽のカラスが止まっていることに、彼ははっと気がつきま
した。そのカラスは、灰色の目でじっとコークを見つめていたのです。
コークは、このカラスが彼女らの使者だとそう確信しました。
第二章 第一王子コーク
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アマガエルのシド
第三章
ジェオラデ川の河口にあるアマガエルの集落は豊かな土地で、シドもまたそんな田園風景を見ながら
育ちました。シドのおとうさんは朝から晩まで帰ってこない漁師なので、彼は昼間、おかあさんといっ
しょに田畑を耕しながら家を守っていました。そしてそれが終わると、今度は友だちと虫を採りにいく
のが毎日の日課になっていました。ジェオラデ川の川沿いには、ゆるやかな土手が広がり、春になると
青々とした草の間から虫たちがあらわれてくるのです。
今でこそ川沿いのこの土手は、シドにとって安心して虫とりのできる場所ですが、以前はそうではあ
りませんでした。
というのも、シドが虫とりをはじめる前のもっと小さい頃、川の土手で遊んでいると、川の対岸でぶ
らぶらしていたイボガエルの兄弟と、よく目があってしまっていたからです。
その対岸のイボガエルの兄弟はドラとゾラといい、シドより二つほど年上でしたが、体はシドより
ずっと大きく、イボガエルの集落でも手に負えないいたずら者でとおっていました。
﹁やい!
何を因縁つけてんだい!﹂
ただ目があっただけで、ドラ・ゾラ兄弟は川のむこうからそう怒鳴ると、河原の石を拾ってシドのほ
うにむかって投げつけました。シドにとってみれば因縁をつけた気などなかったのですが、元々仲の悪
18
三人の魔女「蛙の国の物語 I ∼アシュ王の時代∼」
いイボガエルとアマガエルです。
ジェオラデ川の川幅は、海に面した河口近くということもあって、さほど狭くもなかったせいか、兄
弟が投げた石は、川のゆるやかな流れの中にぽちゃりと沈んで、シドのところまで届きません。すると
対岸のドラ・ゾラ兄弟は、かんしゃくを起こし始め、くやしそうにぴょんぴょん跳びはねていたかと思
うと、ふたりはいきなり走りだすのです。そして二つの集落をつなぐ橋を急いで渡ってきて、あっとい
う間にシドのいる土手まで、やってくるのでした。
﹁おまえ、今、おれたちに因縁をつけやがったな!﹂
ドラ・ゾラ兄弟は、急いで走ってきたために、少しはあはあと息せききって言いました。
﹁ぼくは、なにも⋮⋮﹂とシドが言いかけると、兄弟は﹁おれたちにさからう気か!﹂と今度はシドを
殴りつけました。
﹁いいか、イボガエルとアマガエルとではな、イボガエルのほうが偉いんだ!
よおく覚えておけ!
それに、今にな今にな、おれたち兄弟は立派な兵士になるんだからな!
そうなったら、おれたちの顔
も恐れ多くて、まともに見られなくなるんだからな!﹂
そういいながら、兄弟はシドをまた殴りつけました。
﹁いたいじゃないか⋮⋮。ぼく、ほんとうに何もやっていないのに⋮⋮﹂
するとシドは、痛くて悔しくて、いつもすぐに泣きはじめるのです。
第三章 アマガエルのシド
19
その日は、ちょうどそこへ、運良くアマガエルの族長ナームラが通りかかりました。
﹁こら! そこのイボガエルの坊主たち! こっちの集落まできて、一体何をやってるんだ!﹂
族長は小径の上から、こぶしを振り上げて、兄弟をにらみつけました。
兄弟は土手の草むらから上を見上げて、にわかにあせりはじめました。
﹁やばい! あいつ、ここの族長だぜ! 逃げろ!﹂
ドラとゾラはお互いの顔を見合うと、すぐに土手沿いを這って橋のたもとまで走り、それから急いで
自分の集落へと駆け戻りました。
族長ナームラは、傷だらけでしくしく泣いているシドを抱きおこしました。そうしてシドの体から泥
をはらい落とし、傷口を川の水で洗ってあげました。
対岸では、自分の集落に帰っても、ドラ・ゾラ兄弟が悪態をつきながら、シドにむかって届かない石
を投げ続けていました。
族長ナームラは大きなため息をひとつつくと、﹁子どもの世界でもこうだ。これはなんとかしなけれ
ば。イボガエルとアマガエルの関係をなんとかしなければ⋮⋮﹂とそうつぶやきました。
シドは小さかったのですが、そのことをよく覚えていました。特にドラとゾラの顔は忘れたことはあ
りません。
その後ドラ・ゾラ兄弟は兵士の訓練が始まったために川辺をうろつくこともなくなり、それからのシ
ドは安心して友だちと虫とりをはじめられるようになったのです。
20
三人の魔女「蛙の国の物語 I ∼アシュ王の時代∼」
シドは捕まえた虫を丁寧に網かごにいれながら、﹁これをガマガエルの商人のところにもっていけば、
けっこうな小遣いになるんだよ﹂と友だちのモディに嬉しそうにいいました。
﹁うん﹂モディもまた、よく虫採りをシドに誘われました。
﹁モディ、虫を売ったお金で、今度は何を買うつもりなの?﹂
シドは器用に土手を這いながら、すぐとなりのモディに尋ねました。
﹁うん、今度は妹のために、何か買ってあげたいなあ﹂
﹁モディ、明日はどうするの?
明日もいっしょに虫とりできる?﹂
﹁ぼく⋮⋮ぼくは、明日、虫とりには行けそうにないよ。ごめん、シド。ほら、ぼくには弟や妹がたく
さんいるだろ?
明日はかあさんのかわりに、ぼくが子守りをする日なんだよ﹂
﹁いいなあ、モディには弟や妹がいて⋮⋮。ぼく、ひとりっこだから﹂
そんな時、シドはいつも決まって、うらやましそうにいいました。
土手を上がると、ずっと昔からある小径が西の海沿いまで延びていて、それはアマガエルの集落を波
から守る防波堤の役割も兼ねていました。そのせいか、その小径は集落より少し高いところにあったの
です。シドとモディはその小径のわきにすわって、胸元には大事そうに網かごを抱えたまま、いつも二
人で赤々とした夕日が海に沈んでいくのを見るのが好きでした。
小径の下の西の海岸線には砂浜が広がっていて、その砂浜にはたくさんの漁師たちの小舟と共に、い
第三章 アマガエルのシド
21
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