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今月の書評 「ルポ貧困大国アメリカ」 堤 未果著 山本良三 先日、NHK TV
今月の書評 「ルポ貧困大国アメリカ」 堤 未果著 先日、NHK 山本良三 TV番組に著者が登場して、現在のアメリカ社会に関して鋭い論評を表明 していた。インターネットで探したのが本書である。 著者は学士、修士ともにニューヨーク州立大学で取得し、国連婦人開発基金、アムネステ ィー.インターナショナルNY支局員を経て、米国野村證券勤務中に9.11同時多発テ ロに遭遇、以後ジャーナリストとしてNY−東京間を行き来しながら執筆、講演活動を行 っている、と紹介されている。岩波新書、207ページの少冊、700円。 第一章 貧困が生み出す肥満国民 第二章 民営化による国内難民と自由化による経済難民 第三章 一度の病気で貧困層に転落する人々 第四章 出口をふさがれた若者たち 第五章 世界中のワーキングプアーが支える「民営化された戦争」 アメリカ社会に内在する欠陥や恥部がさらけ出されている。私は1960年台∼1970 年代アメリカがキラキラと輝いていた時に、本気でアメリカ修士留学を考えた期があった。 大方の日本人が一つの理想と考えていた生活が当時のアメリカ社会にあるように思われて いた。以来40∼50年しか過ぎていないのに、アメリカの民主主義社会は何処に行って しまったのか、と首を傾げたくなるような現実が、次々に暴かれる。 確かに、社会のセイフティーネットはどの程度が良いのか、国によって考え方はまちまち だが、特に、アメリカの貧困層や中流層が益々貧困化している実態には、世界的に叫ばれ ている社会の二極分化がアメリカでこれほどまでに進展しているとは、新鮮な驚きである。 我々が、いかにアメリカ社会を知らないか、その無知ぶりにビックリしてしまう。 常日頃云われている、 “アメリカという国は、その資産の半分をたった400家族が所有す る国である”と、これは極論過ぎる思う人があるかもしれないが、詳細なロスチャイルド 人脈調査から事実である。 「市場原理」に基づく民営化の推進こそが、人々にバラ色の未来を運んで来るかのように うたわれ、競争によりサービスの質が上がり、国民の生活が今よりももっと便利になると いうイメージを歴代共和党政権はPRしてきた。日本でも小泉政権が「民営化」こそが国 民を豊かにすると強調したが、その結果、国民の格差が拡大した、といわれている。 アメリカ政府が国際競争力をつけようとあらゆる規制緩和や法人税の引き下げで大企業を 優遇し、その分、社会保障費を削減することによって帳尻を合わせようとした結果、中間 層は減少し、貧困層は益々貧困化が進んだという事例が繰り返し報告される。 そのことは、我々が夢見た豊かなアメリカ社会の底が抜け始めていることを現しているよ うに思えてならない。 第一章 貧困が生み出す肥満国民 安価でカロリーが高く、調理の簡単なインスタント食品、やジャンクフード主体の食事は、 必然的に肥満を促進する。 第二章 民営化による難民の出現 人災だったハリケーン.カトリーナの被災地は、貧民地域ゆえに再建復興ではなく、その まま放置され、ニューオールリンズから削除されよとしている生々しい実情が暴かれる。 一方、中国を襲った未曾有の四川大地震の復興が現共産党政権によって遅々とではあるが 着々と進められているのと対照的である。 民主主義先進国アメリカと共産主義中国人民共和国の、どちらが国民のための政府と言う ことになるのだろうか。 第三章 一度の病気で貧困層に転落する人々 日本の医療費と比べてみよう。日本では盲腸で4,5日入院しても30万円を超えること はまずない。NYでは入院 1 日での平均費用は243万円、ロスやシスコでは190万円、 ボストン170万円。国民皆保険制度はなく、民間の医療保険に加入してもカバーされる 範囲はいかなり限定的で、一旦長期に医者に掛ると借金漬けになる例が非常に多い、とい う。現在米国の無保険者は5000万人近くに上り、そのうち約1000万人が子供であ る。 米国の医療制度は、何処かが根本的におかしいといわざるを得ない。 “民主主義であるはず の国で、持たぬ者が医者にかかれず、普通に働いている中流の国民が高すぎる医療保険料 や治療費が払えずに破産し、善良な医師たちが同僚との競争(薬品会社や保険会社の評価) に負けて次々に廃業する。命の現場に極端な格差や競争を導入してはいけない” 第四章 出口をふさがれる若者たち 9.11以降、特にスピードを増した、 「小さな政府」と「大きな市場」という新自由主義 政策は、 「いのち」や「くらし」に加え「教育」のエリアも侵しはじめている。 2002年春、ブッシュ政権は新しい教育改革法( 「落ちこぼれゼロ法」 )を制定した。 その設定理由は:アメリカの高校中退者は年々増えており、学力テストの成績も国際的に 遅れを取っている。学力の低下は国力の低下である。よってこれからは国が競争原理を導 入して教育を管理する。全国一斉学力テストを義務化する。テストの結果については、教 師及び学校側が責任を負うものとする。良い成績を出した学校にはボーナスが出るが、悪 い成績の学校はしかるべき処置を受ける。教師の降格か免職、学校の助成金の削減または 廃校。 競争システムがサービスの質を上げ、学力の向上が国力につながるという論理だ。 階級社会のアメリカで、学歴が非常に重要な意味を持つことは誰しも理解しているが、貧 しい地域の高校は州からの助成金だけで運営されている処が多いので、苦しい立場におか れる。 「落ちこぼれゼロ法」の本音は、そこが狙い目で、助成金と引き換えに、全高校生の個人 情報を米軍へ提供することになっているのである。米軍はこの膨大な高校生リストを更に 篩いにかけて、なるべく貧しく将来の見通しが暗い生徒たちのリストを基に、或る日生徒 達の携帯に電話をかけて直接米軍への入隊勧誘をする仕組みである。 政府は分かっているのである“貧しい地域の高校生たちがどれほど大学に行きたがってい るかを。入隊希望理由の一番は大学の学費免除だ。入隊すれば兵士用の医療保険にはいれ るし、家族も兵士用の病院で治療を受けられるという条件も非常な魅力だ。 こうして、米軍は高校生をリクルートしているのだ。徴兵で無く志願兵で常時兵士不足に 悩まされている米軍にとっては、金の卵なのだ。 しかし、この仕組みにも色んな罠が仕掛けられていて、実際に入隊後に大学の学費を受け 取る兵士は全体の35%にとどまると言う。また除隊後4年間の大学を卒業する兵士は1 5%とさらに少なくなる。 「落ちこぼれゼロ法」は、貧しく学業成績の良くない生徒に、米軍兵士が唯一の貴方の生 きる道だとささやいているのだ。 第五章 世界中のワーキングプアが支える「民営化された戦争」 イラク戦争の米軍兵士の死亡者数は発表されるが、意外と少ないと感じる向きは無いだろ うか。その数は直接戦闘要員の数だけなのである。施設や基地の警備、情報の収集、兵員 武器弾薬の輸送、あらゆる兵士の生活物資輸送保管管理など、通称軍で兵站部と呼ばれる、 後方支援隊の死者の数は入っていないのである。 彼等は全員民間人であり、即ち「戦争の民営化」要員なのだ。 何故こんな前代未聞のような戦争を誰が考え出したのか。ブッシュ政権の国防長官ラムズ フェルド本人である。 「民営化」の権化のようだったシカゴ大学教授ミルトン.フリードマンの教え子であるラ ムズフェルドは戦争の民営化を考えた。そして直接戦闘員以外の要員を民営化した。 戦闘訓練を受けていない民間人が多数徴用され、前線に立たされたのである。 フリードマンですら、戦争の民営化には言及しなかったにもかかわらず。新自由主義を唱 えたブシュ、チェイニー、ラムズフェルドらには「民営化」は錦の御旗だったようである。 そして、悲劇は繰り返されている。 (2009.1.1)