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Excel による音響解析入門 音響構造特性の解析 (2) Excel による吸音

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Excel による音響解析入門 音響構造特性の解析 (2) Excel による吸音
91
9
Excel による音響解析入門
音響構造特性の解析
(2)
Excel による吸音構造の解析
笹尾博行
(株)
大気社研究開発センター 正会員
キーワード:音響解析
(Acoustic Analysis)
,吸音
(Sound Absorption),平面波
(Plane Wave)
,
表計算ソフト
(Spreadsheet Software)
,多孔質材料
(Porous Material)
,共鳴器
(Resonator)
はじめに
一般に多孔質材料は空気層と同様,一様な音響媒体と扱
吸音構造は室内音響の調整や室内騒音の低減などの目的
うことができることから,多孔質材料による吸音構造の解
に利用される重要な音響構造で,グラスウールなどの多孔
析には伝達マトリックス法が有効である。伝達マトリック
質材料や有孔板などの各種板材料および空気層を組み合わ
ス法の詳細は本講座の第 1 回に示したので,ここでは概略
せ構成される。実務上必要となる吸音率は測定データ
1)
,
2)
として提供されている一方,基本的な音響構造については
解析法
2)
∼6)
も知られている。
のみを示す。
図!1 は n 層からなる多層壁である。層 i の界面の音圧
の伝達マ
Pi,Pi+1 と体積速度 S0Ui,S0Ui+1 の関係は式( 1 )
最も基本的な吸音構造は多孔質材料によるもので,吸音
トリックスで与えられる。ここで,式( 1 )
の ti は i 層の音
周波数特性の調節などのために多孔質材料の背後に空気層
響特性を与える四端子定数である。層 i が一様な音響媒体
を設けることも多い。吸音性能を考えるうえでは材料の種
である場合には,厚さを li,媒体の特性インピーダンスを
類と厚さだけでなく,背後空気層の厚さを含めた関係が重
zi,伝搬定数を γ i とすると,層 i の四端子定数 ti は式( 2 )
要である。この多孔質材料による吸音構造の表面に有孔板
で与えられる。なお,断面積 S0 については各層で一定な
を設置すると,特定の周波数で大きな吸音性能が得られる
ので特に明示する必要がないので S0=1 とし,単位面積に
共鳴器型吸音構造となる。吸音性能を考えるうえでは,多
ついての解析を行う。
孔質材料による吸音構造の条件に加え,有孔板の厚さや孔
のサイズとピッチなどを含めた検討が必要となる。
今回の講座では多孔質吸音材による吸音構造と,有孔板
による共鳴器型吸音構造を取り挙げ,表計算ソフト(Excel)による解析方法と解析例を紹介する。
! Pi " !ti,11
#
$=#
%S0Ui& %ti,21
!ti,11
#
%ti,21
ti,12"! Pi+1 "
$#
$
ti,22&%S0Ui+1&
……( 1 )
zi
!
"
ti,12" # cosh γ ili S0 sinhγ ili$
$= S0
ti,22& # sinhγ ili cosh γ ili $
% zi
&
……( 2 )
式( 1 )
,( 2 )
をすべての層に適用すると,多層壁の界面
1.吸音構造の解析法
で与えられる。ここ
1 の音圧 P1 と体積速度 S0U1 は式( 3 )
1.
1 多孔質材料による吸音構造の解析法
で,式( 3 )
の t は式( 4 )
に示すとおり,各層の四端子定数
多孔質材料とは内部に大小さまざまな気泡を持つ固体の
の積で与えられる吸音構造全体の四端子定数である。ま
総称であり,グラスウールやロックウールなどの繊維質材
た,図!1 の最下流の界面 n+1 は一般に剛壁で,粒子速度
料と発砲ポリスチレンなどの発泡樹脂材料に分類される。
が 0 となることから,式( 3 )
では Un+1=0 とした。
この中で吸音材料として有効なものは,気泡が互いに連続
し通気性を有する連続気泡材料に限られ,独立気泡材料は
多孔質材料から除かれる。ごく一般的には,繊維質材料で
あるグラスウールやロックウールが吸音材料としてよく使
! P1 " !t11
#
$=#
%S0U1& %t21
!t11
#
%t21
t12"!Pn+1"
$#
$
t22&% 0 &
t12" !t1,11
$=#
t22& %t1,21
t1,12"!t2,11
$#
t1,22&%t2,21
……( 3 )
t2,12" !tn,11
$…#
t2,22& %tn,21
われる。
注 Microsoft,MS,Windows,Visual Basic は,米国 Microsoft Corporation の米国およびその他の国における登録商
標です。その他,本書に掲載されている会社名,製品名
は,一般に各社の登録商標または商標です。
tn,12"
$
tn,22&
……( 4 )
式( 3 )
を解くと,界面 1 の音響インピーダンス ZN が式
(5)
のように与えられる。さらに,式( 5 )
に式( 6 )
,( 7 )
の関係を適用すると,入射音圧 Pi に対する反射音圧 Pr の
のよ
比で定義される垂直入射の音圧反射係数 rN が式( 8 )
空気調和・衛生工学
第8
0巻
第1
0号
99
92
0
講座!Excel による音響解析入門 ― 音響構造特性の解析 ―(2)
図!1
図!2
多 層 壁
うに得られ,さらに式( 9 )
により垂直入射の吸音率 α N が
有孔板による共鳴器型吸音構造
Delany―Bazley の実験式は流れ抵抗 σ のみから材料の
音響特性 z, γ を算定することができ,簡便であることな
得られる。
ZN=
図!3
グラスウールの密度と流れ抵抗2)
P1
t11
=
S0U1 t21
……( 5 )
P1=Pi+Pr
……( 6 )
U1=Ui+Ur=
Pi−Pr
ρ 0c0
……( 7 )
どから音響解析ではよく利用されている。ただし,流れ抵
抗は物性値として一般的ではないので,図!2 に示す測定
例2)などを参考に仮定する必要がある。
1.3
有孔板による共鳴器型吸音構造の解析法
図!3 に示すとおり,表面材に有孔板を配置した吸音構
造では,孔部分の空気を質量,背後吸音層をばねとした共
S0
ZN−1
Pr ρ 0c0
rN= =
Pi S0
ZN+1
ρ 0c0
……( 8 )
2
α N=1−!rN !
……( 9 )
鳴器が形成される。共鳴器では共鳴周波数付近で孔部分の
空気が激しく振動し,振動に伴う孔周壁での粘性などによ
るエネルギー損失により大きな吸音力が得られる。
各孔へ同一の音波が作用する場合には,背後吸音層が一
ここで, ρ 0c0 は吸音構造が面する音場の媒体である空気
つの孔ごとに仕切られているとみなすことができ,一つの
の特性インピーダンスで, ρ 0 と c0 は空気の密度と空気中
孔と背後吸音層が解析対象となる。ここで,孔の長さ lh
は波長 λ に比べ十分小さく(すなわち klh=2 π lh / λ ≪1)
,
の音速である。
1.
2 多孔質材料の音響特性
とする
孔内の空気は一体として動く(すなわち S0U1=ShUh)
前節で示した解析では多孔質材料の音響物性値として,
と,孔の両端の圧力差 Ph−P1 が駆動圧力 P として作用す
特性インピーダンス z と伝搬定数 γ が必要となる。本講
る。駆動圧力 P が式(12)
,孔内空気の体積速度 ShUh が式
座では,材料中の空気の流れ難さである流れ抵抗 σ と特
(13)
で与えられることから,孔の音響インピーダンス Zh
性インピーダンス z および伝搬定数 γ の関係を与えた De-
は式(14)
となり,式(15)
に示す伝達マトリックスが得られ
7)
lany―Bazley の実験式 を用いる。SI 単位に変換された実
8)
,(11)
に示す。
験式 を式(10)
る。
P =Ph−P1=!Ph++Ph−"−!Ph+e−jkl +Ph−e jkl "
#
$ #
$
!
+
−"
!jklh Ph −Ph
……(12)
#
$
h
z= ρ 0c0!1+0.
087 X −0.732"
0571 X −0.754−j 0.
#
$
……(10)
,
γ =k+
0.
189 X −0.595+j !1+0.
0978 X −0.700"
#
$
.
……(11)
こ こ で, ρ 0 と c0 お よ び k=2 π f /c0 は 空 気 の 密 度(kg/
m)
と音速(m/s)
および波長定数(rad/m)
,X = ρ 0 f / σ ,
0.
01
3
<X <1.
0,f は 周 波 数(Hz)
, σ は 流 れ 抵 抗(N・s/m4,あ
2
h
Sh ! +
P −Ph−" ……(13)
ShUh=Sh!Uh++Uh−"=
#
$ ρ 0c0# h
$
Zh=
P
ρ 0c0
lh
=
jklh=jωρ 0
ShUh Sh
Sh
% Ph & %1
'
(='
)ShUh* )0
Zh&% P1 &
('
(
1 *)S0U1*
……(14)
……(15)
式(14)
に示した孔の音響インピーダンス Zh は,単なる
で あ る。な お,式(10)
,(11)
で X =0 と
る い は Pa・s/m )
音響管の音響伝搬のみを考慮したにすぎない。現実にはさ
すると,媒体が空気の場合の z= ρ 0c0, γ =jk となる。
らに,孔の端面での音響放射と,孔の内部壁での粘性と熱
10
0
平 成1
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Excel による吸音構造の解析/笹尾博行
伝導による音響エネルギー消費が生じる。これらを考慮す
で与えられ
ると,孔の音響インピーダンス Zh は式(16)
る。式(16)
の R は孔の内部壁での粘性と熱伝導による音
響エネルギー消費に基づく音響抵抗で,この算定式として
の 2 δ dh は孔
は式(17)
に示す経験式3)がある。また,式(16)
の両面での音響放射の影響を孔の長さに換算した補正長
で,孔径 dh に補正係数 δ を乗じ,両端なので 2 倍として
の経験
いる。ここで,補正係数 δ の算定式には,式(18)
式3)が知られている。
Zh=R +jωρ 0
R =4
lh+2 δ dh
Sh
……(16)
拡散音場に面する境界面への音の入射
率 α θ を平均化すればランダム入射吸音率が得られる。こ
Rv lh+lR
0.
83×10−2"f lh+dh
!4
Sh d
dh
Sh
= 4 × 0.
83×10−2
図!4
のような前提で計算された吸音率は統計入射吸音率 α S と
1+lh/dh
"f ……(17)
Sh
83×10 "f
ただし,Rv:粘性抵抗係数 !0.
lR:付加抵抗補正長 !dh,f ;周波数(Hz)
−2
呼ばれ,垂直入射吸音率 α N の測定値10),11)あるいは前述し
た解析値から求めることができる。
図!4 は,最も基本的な室内音場のモデルである拡散音
場に面する境界面への音の入射を示したものである。拡散
音場では音響エネルギー密度 E は一定であり,微小体積
Sh
Sh
δ =0.4+
1−1.
47! " +0.
47! " , ……(18)
#S0$
#S0$ .
dV 中の音響エネルギー EdV のうち,境界面の微小面積 dS
図!3 の背後吸音層は一般には,1.
1 節に示した多孔質材
に入射する単位時間あたりの音響エネルギー dW は 式
料や空気層からなる多層壁で,その音響特性は式( 4 )
で与
(21)
で与えられる。さらに式(21)
の積分操作を行うと,式
えられることから,音響特性が式(15)
で与えられる有孔板
(22)
に示すように境界面の微小面積 dS に入射する単位時
を組み合わせた音響構造全体の音響特性は式(19)
に示すと
間あたりの全音響エネルギー W が得られる。なお,式
1/2
3/2
おり,有孔板と背後吸音層の四端子定数の積で与えられ
る。
%T11
'
)T21
T12& %1
(='
T22* )0
Zh&%t11
('
1 *)t21
t12&
(
t22*
dW =
……(19)
吸音構造全体の音響特性が式(19)
で与えられると,式
(20)
により表面における音響インピーダンス ZN が得ら
れ,さらに 1.
1 節と同様に,式( 8 )
により垂直入射の音圧
により垂直入射の吸音率 α N が
反射係数 rN を求め,式( 9 )
得られる。
ZN=
Ph
T11
=
ShUh T21
(22)
の c は音速である。
……(20)
1.
4 ランダム入射吸音率
ここまでは垂直入射吸音率 α N を示したが,吸音率は音
の入射角度により変化する。一般に吸音構造は,室内音響
の調整や室内騒音の低減などの目的で利用されるので,あ
らゆる角度から一様に音が入射するランダム入射吸音率が
実用面では必要となる。残響室で測定される残響室法吸音
9)
率 はランダム入射吸音率とみなすことができることか
ら,吸音率の測定方法として普及しており,測定データも
多い。
=
EdV
dS cosθ
4 π r2
EdS
cosθ sinθ dθ d!dr
4π
W =!
dW =
=
……(21)
EdS π /2
cosθ sinθ dθ
!
0
4π
!d!!dr
2π
c
0
0
cEdS
4
……(22)
ここで,境界面の斜め入射吸音率 α θ が与えられると,
吸音される全音響エネルギーは式(23)
で与えられ,式(24)
により統計入射吸音率 α S を求めることができる。
Wα =
!d!!dr
2π
0
c
0
cEdS π /2
!
0 α θ cos θ sin θ dθ
2
……(23)
π /2
Wα
=2 !
0 α θ cos θ sin θ dθ
W
……(24)
=
α s=
EdS π /2
!
0 α θ cos θ sin θ dθ
4π
式(24)
により統計入射吸音率 α S を求めるには,斜め入
射吸音率 α θ が必要である。最も単純な斜め入射吸音率 α θ
特定の入射角 θ に対する吸音率として,斜め入射吸音
のモデルは,入射角の影響は吸音構造の表面のみの作用に
率 α θ が定義される。あらゆる方向から一様に平面波が入
とどまり,吸音構造内部には及ばないとする局所作用の仮
射する場合を考え,あらゆる方向についての斜め入射吸音
定に基づくものである。図!5 は局所作用のモデルを示し
空気調和・衛生工学
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講座!Excel による音響解析入門 ― 音響構造特性の解析 ―(2)
図!5
斜め入射音の局所作用
たもので,斜め入射音の境界面法線方向の粒子速度成分が
吸音構造に作用するとしている。したがって,表面の音圧
図!6
分析ツールのアドイン
P と体積速度 SU は式(25)
,(26)
で与えられ,これを解く
と式(27)
に示すとおり斜め入射の反射係数 rθ が得られ,
た。さらに今回示すソースコードを付け加えることとし,
さらに式(28)
により斜め入射吸音率 α θ を求めることがで
Module 03∼07 の関数群に分類した。
きる。だだし,式(27)
の ZN は吸音構造の表面における音
響インピーダンスで式( 5 )
または式(20)
で与えられる。
P =Pi+Pr
……(25)
SU =S(U
cosθ
0
i+Ur)
=
S0
(Pi−Pr)
cosθ
ρ 0c0
と,複素数の四則演算などの基本演算関数が定義されてい
る“ATPVBAEN.XLA”
が Excel にアドインされる。定義
された関数を Excel ユーザーマクロプログラムで使用する
……(26)
には,関数を呼び出すユーザーマクロプログラムにおいて
関数の参照先の定義をする必要があり,“Module 03_複素
数”
にこれを記述 し た。た だ し 誌 面 の 関 係 上,“Module
S0
ZNcosθ −1
Pr ρ 0c0
rθ = =
Pi S0
ZNcosθ +1
ρ 0c0
……(27)
α θ =1−!rθ !
……(28)
2
を有効にする
図!6 に示したように,“分析ツール―VBA”
03_複素数”
には本講座で必要な九つの関数を示すにとどめ
た。なお,これら関数は他の関数から参照されるもので,
直接呼び出すことはないので説明は省略する。
“Module 04_周波数”
は解析する周波数を設定するため
の関数群で,FuncCFrq
(N ,L,i,G )
は 1/N オクターブ
2.Excel による吸音構造の解析
2.
1 Excel での複素数演算
音響解析では変数を複素数で与えるので,Excel で音響
バンド中心周波数を次式12)により算定する。
fm=G i/Nfr=G LG
1 2 n−1
− +
2
2N
fr
……(29)
解析を行う前提として複素数を扱う準備が必要となる。
Ex-
ここで,G はオクターブ比で 10 のべきによる系(G =
cel では分析ツールと呼ばれるアドインソフトが用意され
と 2 のべきによる系(G =2)
のいずれかを選択する。
103/10)
ており,これを組み込むと複素数演算にかかわる関数を使
fr=1 000 Hz は基準周波数,L は 1/1 オクターブバンド中
うことができる。だたし,Excel の標準的なインストール
心 周 波 数 の 指 標 値 で 63 Hz で は L=−4,125 Hz で は,
では分析ツールは省かれるので,これを組み込む必要があ
L=−3,…,8 kHz では L=3 となる。N は 1 オクターブ
る。なお,インストールの手順は Excel のヘルプに詳しく
の分割数,n は N 分割した周波数の呼び出し番号(n=1∼
書かれているので,ここでは省略する。
N)
である。
分析ツールを組み込み,図!6 に示すとおりアドインの
は,1/1 オクタ ー ブ バ
FuncSetFrq
( f L,f H,N ,f 0,G )
“分析ツール”
を有効にするとワークシートで複素数演算に
ンドの下限周波数 f L から上限周波数 f H までの 1/N オク
かかわる関数を呼び出すことができ,さらに“分析ツール―
ターブバンド中心周波数を連続的に生成するための関数
VBA”
を有効にすると,Excel のマクロプログラムから複
で,f 0 で 1 ステップ前の周波数を与えるとこれより 1 ス
素数演算にかかわる関数を呼び出すことができる。なお,
テップ高周波側の中心周波数が得られる。なお,f 0 を指定
を文
Excel では複素数
(実部 r,虚部 q,虚数単位 j=!−1)
せず省略すると最も下限の周波数が得られる。
字列“r+q j”
として扱う。
2.
2 吸音構造解析のためのユーザー関数
“Module 05_音響物性”
は音響物性値にかかわる関数群
は 式(10)
,
で あ る。SubPorousMaterial
( f , σ ,z, γ )
前章に示した吸音構造の解析法に基づく Excel マクロプ
(11)
に示した Delany―Bazley の実験式により多孔質材料
ログラムのソースコードを文末に示す。ここで,本講座の
の音響特性を算定するサブルーチンで,周波数 (
f Hz)
と多
第 1 回で示したソースコードは Module 01 と 02 に分類し
を与えると特性イン
孔質吸音材の流れ抵抗 σ(N・s/m4)
10
2
平 成1
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0月
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3
Excel による吸音構造の解析/笹尾博行
ピーダンス z と伝搬定数 γ が得られる。なお,z と γ を
モジュール内のみで有効なプライベート関数としており,
一括で得るために SubPorousMaterial は関数ではなくサ
ワークシートから直接呼び出すことはできない。
ブルーチンとしており,ワークシートから呼び出すことは
本講座の第 1 回で示した Module 01 と 02 に加え,今回
できない。FuncDuctLFactor
(r)
は式(18)
に示した断面変
は Module 03∼07 の関数群を示した。このうち Module 07
化による音響インピーダンスに対する管長補正係数 δ を
は今回の吸音構造専用の関数群であるが,Module 03∼06
算定する関数で,断面積比 r !1 を与えると補正係数 δ が
は次回以降の解析にも用いる汎用的な関数群である。
吸音関連ユーザー関数の使用例
得 ら れ る。FuncZresDuct( f ,l ,d ,S )
は 式(17)
に示し
2.3
た音響管の管壁の粘性と熱伝導による音響抵抗 R を算定
紹介したユーザー関数による吸音構造の解析例を図!7∼
する関数で,周波数 (
f Hz)
と音響管の長さ (
l m)
,直径 d
9 に示す。図!7,8 は,多孔質吸音材による吸音構造の解
を与えると音響抵抗 R(N・s/m)
が得
(m)
,断面積 S(m )
析例で,多孔質材料の流れ抵抗を σ 1=10 000 N・s/m4,厚
られる。なお,音響解析の全般にかかわる空気の密度 ρ 0
の 厚 さ を l2=50 mm
さを l1=50 mm,背 後 空 気 層( σ 1=0)
と空気中 c0 の音速は,“Module 05_音響物性”
でパブリッ
とし,関数 FuncAlphaMultiLayer
( θ ,f ,l1,σ 1,l2,σ 2,
ク変数として定義しており,ここで与えた値がすべての関
…)
により吸音率を求めた。図!7 では周波数 f =2 kHz に
数で参照される。
の斜め入射吸音率と, θ =―1 と
ついて,入射角 θ =0∼90°
2
“Module 06_伝達マトリックス”
は,伝達マトリックス
して統計入射吸音率を求めた。図!8 では,1/1 オクターブ
演算のための関数群である。伝達マトリックス解法では
バンドの f L=125 Hz から f H=2 000 Hz の 5 バンドを各 1/
2×2 の行列を扱うが,ここで紹介する一連のプログラム
6 オクターブに分割した合計 5×6=30 の中心周波数 f に
ではワークシートからの扱いも考慮し,2×2 行列を文字
ついて統計入射吸音率を求めた。ここで,1/6 オクターブ
と 扱 っ て い る。FuncMatDuct( f ,l ,
列“t11,t12,t21,t22”
を
中心周波数の算定には FuncSetFrq
( f L,f H,N ,f 0,G )
σ ,S )は式( 2 )に示した音響管の四端子定数を算出する
用いている。
関 数 で,周 波 数 (
f Hz)
と音響管の長さ (
l m)
,断 面 積 S
図!9 は有孔板による共鳴器型吸音構造の解析例で,有
,媒体の流れ抵抗 σ(N・s/m4)
を与えると四端子定数
(m2)
孔板の孔径を d =6 mm,厚さを h=9 mm,開孔率を φ =
が 得 ら れ る。FuncMatMultiLayer
T =“t11,t12,t21,t22”
5.
8% とし,図!7,8 で解析したと同じ構成の多孔質吸音
は図!1 に示した多層壁の四端子
( f ,l1, σ 1,l2, σ 2,…)
材による吸音構造( σ 1=10 000 N・s/m4,l1=50 mm, σ 1=
定数を算出する関数で,周波数 (
f Hz)
と各層の厚さ (m)
li
を背後吸音層とし,FuncAlphaPerforated0,l2=50 mm)
・s/m )
を与えると多層壁全体の四端子定
と流れ抵抗 σ(N
i
により統計
Board
( θ ,f ,d ,h, φ ,l1, σ 1,l2, σ 2,…)
が 得 ら れ る。FuncMatProduct
数 T =“t11,t12,t21,t22”
入射吸音率を求めた。吸音率が最大となる周波数が,有孔
…)
は 2×2 行 列 Ti の 積(=[T1][T2]…)
を実行
(T1,T2,
板のない図!8 で約 1 000 Hz であるのに対し,有孔板のあ
す る 関 数,FuncMatElm(T ,i,j)
は 2×2 行 列 T =“t11,
る図!9 では約 300 Hz となるなど,吸音構造の仕様と吸音
の要素 ti,j を参照する関数である。
t12,t21,t22”
周波数特性の関係の検討が容易にできる。
4
“Module 07_吸音構造”
は吸音率算定のための関数群で
あ る。FuncAlphaMultiLayer
( θ ,f ,l1, σ 1,l2, σ 2,…)
3.吸音率の解析値と実測値の比較
は図!1 に示した多層壁の吸音率を算出する関数で,入射
今回取り挙げた吸音構造で,測定により吸音率が明らか
,周波数 (
f Hz)
,各層の厚さ (m)
li
と媒体の流れ
角 θ(rad)
になっている仕様について解析値と測定値の比較を示し,
・s/m )
を与えると,斜め入射吸音率 α θ が得ら
抵抗 σ(N
i
解析値の適合性を明らかにしておく。
4
れ る。FuncAlphaPerforatedBoard
( θ ,f ,d ,h, φ ,l1,
3.1
σ 1,l2, σ 2,…)は図!3 の有孔板による共鳴器型吸音構造
図!10 は,グラスウールによる吸音構造の残響室法吸音
,周 波 数 f
の 吸 音 率 を 算 出 す る 関 数 で,入 射 角 θ(rad)
率の測定例1)で,これと同条件の統計入射吸音率の解析値
,
(Hz)
,有孔板の孔径 d(m)
,厚さ h(m)
,開孔率 φ(−)
を図!11 に示す。ここで,解析で与える多孔質材料の流れ
多孔質材料による吸音構造の吸音率
と媒体の流れ抵抗 σ(N
・s/m )
背後吸音各層の厚さ (m)
li
i
抵抗は図!2 を参考に,グラスウールの密度 16 kg/m3 で
を与えると,斜め入射吸音率 α θ が得られる。なお,Fun-
5 000 N・s/m4 ,24 kg/m3 で 10 000 N・s/m4 ,48 kg/m3 で
cAlphaMultiLayer と FuncAlphaPerforatedBoard で 入 射
20 000 N・s/m4,64 kg/m3 で 30 000 N・s/m4 とした。また,
による統計入射吸音率
角として θ <0 を与えると,式(24)
解析では 1/12 オクターブ中心周波数についての統計入射
α S を計算するようになっている。AlphaStat はガウス 4
吸音率を求め,これを 1/3 オクターブごとに単純平均し,
点積分により式(24)
の演算を行う関数,Alpha は斜め入射
1/3 オクターブバンドの統計入射吸音率とした。
4
吸音率を与える関数である。なお,AlphaStat と Alpha は
図!10 の測定値と比較し,図!11 の解析値は全般的に吸
空気調和・衛生工学
第8
0巻
第1
0号
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4
講座!Excel による音響解析入門 ― 音響構造特性の解析 ―(2)
図!7
図!8
多孔質吸音材による吸音構造の斜
め入射吸音率の解析例
図!10
図!11
多孔質吸音材による吸音構造の吸
音率周波数特性の解析例
図!9
有孔板による共鳴器型吸音構造の
吸音率周波数特性の解析例
グラスウールによる吸音構造の吸音率測定値1)
多孔質材料による吸音構造の吸音率解析値
有孔板による吸音構造の吸音率
音率が小さく,特に低周波でこの傾向が大きい。このよう
3.2
に吸音率の絶対量については,残響室法測定値と解析値と
図!12 は,有孔板による吸音構造の残響室法吸音率の測
の差異は小さいものではない。しかし,図!10,11 の(a)
定例1)で,これと同条件の統計入射吸音率の解析値を図!13
に示した吸音材の厚さの影響については,厚いほど低周波
に示す。前節の多孔質材料による吸音構造と同様に,吸音
の吸音率が向上すること,(b)
に示した吸音材の密度(流
率の測定値と解析値の絶対量の差異は小さいものではない
れ抵抗)
の影響については,密度(流れ抵抗)
が大きいほど
が,共鳴により特定周波数で吸音率が向上する傾向など定
低周波の吸音率が向上すること,(c)
に示した背後空気層
性的には測定値と解析値は一致する。
の厚さについては,厚いほど低周波の吸音率が向上するこ
となど,定性的には測定値と解析値は一致する。
10
4
平 成1
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0月
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Excel による吸音構造の解析/笹尾博行
図!12
有孔板による共鳴器型吸音構造の吸音率測定値1)
図!13
有孔板による共鳴器型吸音構造の吸音率解析値
おわりに
多孔質材料による吸音構造と有孔板による吸音構造を取
り挙げ,吸音率の解析方法を示し,これに基づく Excel マ
クロプログラムを紹介した。さらに,測定により吸音率が
明らかになっている仕様について,吸音率の解析値と測定
値の比較例を示した。
測定値と解析値は必ずしも一致しないが,定性的な傾向
は解析により再現されるので,吸音構造の構成や使用材料
を変えた場合の効果予測などには有用と考えている。
参 考 文 献
1) 日本建築学会編:音響材料の特性と選定,丸善
2) 子安 勝:吸音材料,技報堂出版
3) 日本騒音制御工学会編:騒音制御工学ハンドブック,技
報堂出版
4) 日本音響材料協会編:騒音・振動対策ハンドブック,技
報堂出版
5) 日本音響学会編:建築音響,コロナ社
6) 前川純一:建築・環境音響学,共立出版
7) M.E. Delany, E.N. Bazley : Acoustical properties of fi-
brous absorbent materials , Applied Acoustics , 3( 1970 ),
pp.105∼116
8) 寺尾道仁・関根秀久:吸収型消音装置の数値解析,日本
音響学会 騒音・振動研究会資料,N―2001―57
9) JIS A 1409 : 1998:残響室法吸音率の測定方法
10) JIS A 1405 : 1998(ISO 10534―1 : 1996)
:音 響―イ ン ピ ー ダ
ンス管による吸音率及びインピーダンスの測定方法―定在波
比法
11) ISO 10534 ― 2 : 1998 : Acoustics ― Determination of sound
absorption coefficient and impedance in impedance tubes―
Part 2 : Transfer―function method
12) JIS C 1513 : 2002:音響・振動用オクターブ及び 1/3 オク
ターブバンド分析器
(2006/7/18
原稿受理)
笹尾博行 ささおひろゆき
昭和 30 年生まれ/出身地 神奈川県/最終学歴 東
/
京都立大学大学院修士課程修了/学位 博士(工学)
資格 一級建築士,建築設備士
空気調和・衛生工学
第8
0巻
第1
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5
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6
講座!Excel による音響解析入門 ― 音響構造特性の解析 ―(2)
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Excel による吸音構造の解析/笹尾博行
空気調和・衛生工学
第8
0巻
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