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第二回 丸谷才一とモダニズム文学

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第二回 丸谷才一とモダニズム文学
市民のための現代文学講座・宝塚市立中央図書館
2013 年 11 月 3 日(日)藤本英二
第二回 丸谷才一とモダニズム文学
ー 『笹まくら』を中心に ー
Ⅰ 作者丸谷才一について
A 年譜
1925 年 山形県鶴岡市に生まれる。父は開業医。
1944 年 旧制新潟高等学校入学
1945 年 山形歩兵連隊に入営(約半年)
1947 年 東大文学部英文科に入学、中野好夫、平井正穂に学ぶ。卒業論文は「ジェイムズ・ジョイス」
。
大学院に進む
1952 年 同人雑誌創刊(同人に篠田一士、菅野昭正、川村二郎)
1953 年 國學院大學講師(のち助教授)となる(1965 年まで勤務)
※國學院大學……『笹まくら』の舞台の大学のモデル
・
『後鳥羽院』あとがきによると、同僚には次のような人々が
外国語研究室…安東次男、橋本一明、中野孝次、菅野昭正、清水徹、飯島耕一、篠田一士、川村
二郎、永川玲二、国文科…佐藤謙三教授、岡野弘彦(歌人、折口信夫の弟子)
1964 年 『ユリシーズ』
(永川玲二、高松有一と共訳、96~97 年新訳)
1966 年 『笹まくら』
1968 年 芥川賞受賞
2012 年 死去(87 歳)
B 小説
『エホバの顔を避けて』1960
『笹まくら』1966
『年の残り』1968……芥川賞
『にぎやかな街で』1968
『たった一人の反乱』1972……谷崎潤一郎賞
『彼方へ』1972
『横しぐれ』1975
『裏声で歌へ君が代』1982
『樹影譚』1988……川端康成文学賞
『女ざかり』1993 ……大林宣彦監督、吉永小百合主演で映画化された。
『輝く日の宮』2003……泉鏡花文学賞
『光る源氏の物語』(大野晋との対談)を踏まえて、源氏物語の失われた第二巻「輝く日の宮」を
めぐる物語。様々な文体実験(0 章は泉鏡花のパスティーシュ、3 章は年表を加味、4 章は戯曲仕立
てなど)
、文学論議(芭蕉は何故奥の細道の旅に出たのか、御霊信仰など)、大人の恋愛物語(杉安
佐子の結婚、離婚、同棲、そして長良豊との出会い、結婚をめぐるすれ違い、)、現代風俗(警察の
盗聴問題、過激派の内ゲバ)などいろんな愉しみ方ができる。
『持ち重りする薔薇の花』2011
1
※丸谷才一は長編小説家だが、長編小説は七作しかない。
・私小説、自然主義に対する反発し、モダニズム文学をめざす。
・高等遊民ではなく、社会の中で職業を持って働いている人物を描く。新聞の論説委員、企業の社長、
元経団連会長も含めて。
C 丸谷才一の仕事(小説以外)
小説以外の受賞
・読売文学賞(1974 年・2010 年) - 『後鳥羽院』
・『若き芸術家の肖像』新訳により
・野間文芸賞(1985 年) - 『忠臣蔵とはなにか』により
・芸術選奨(1990 年) - 『光る源氏の物語』
(大野晋との対談)により
・大佛次郎賞(1999 年) - 『新々百人一首』により
①英文学……ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』共同訳
・
『ユリシーズ』は、ギリシア時代の詩人ホメロスの『オデッセイア』を枠として、二十世紀のダブ
リンを舞台に様々な文学的実験を行った。例えば、14 挿話「太陽神の牛」について、丸谷才一たち
は次のように訳した。
《ここは、⑴古代英語からマロリー『アーサー王の死』、デフォー、マコーレイ、ペイターなど
を経て現代の話し言葉に至る英語散文文体史のパロディ(そしてパスティーシュ)で書かれてい
る。翻訳では日本語文体史のパロディおよびパスティーシュという形にする。古代英語は祝詞お
よび『古事記』
、マロリーは『源氏』ほかの王朝物語、エリザベス朝散文は『平家物語』
、デフォ
ーは井原西鶴、マコーレイは夏目漱石、ディケンズは菊池寛、ペイターは谷崎潤一郎で。
》
この文体パロディ(パスティーシュ)は、『笹まくら』では特に四章西正雄の独白に明らかな継承がある。
・
『ユリシーズ』の文体的な特徴の大きなものは「意識の流れ」「内的独白」とういう手法である。これも
『笹まくら』で踏襲されている。
②国文学…『後鳥羽院』
…「後鳥羽院は日本的なモダニズムの開祖である」
《本歌取りという和歌の手法は、モダニズム文学のパロディやパスティーシュの手法に並べ
られ、二十世紀文学の新しさに結びつけられる。すなわち、伝統と新しさ(現在)の緊張関
係こそが、本歌取りという手法の本当の意味であることを、モダニズム文学という概念
で洗い直してみせたのである。
》湯川豊解説より
『早わかり日本文学史』……勅撰和歌集を中心に時代区分した文学史
③批評…『忠臣蔵とはなにか』
……忠臣蔵(という事件と芝居)を、御霊信仰とカーニバル論で説いたもの。
④日本語論、国語教科書批判…『日本語のために』
、『日本語相談』
(井上ひさし、大野晋)
⑤コラム…膨大な量にのぼる。
『男のポケット』など軽エッセイには人気がある。
⑥文芸評論……『闊歩する漱石』
『樹液そして果実』、『文学のレッスン』(聞き手湯川豊)
⑦対談・座談…『光る源氏の物語』
(大野晋との対談)、山崎正和との対談
⑧挨拶…『挨拶はむづかしい』
(1985 年、1988 年に朝日文庫、野坂昭如との対談)
『挨拶はたいへんだ』
(2001 年、2004 年に朝日文庫、井上ひさしとの対談)
『あいさつは一仕事』
(2010 年、2013 年に朝日文庫、和田誠との対談)
⑨編集者……毎日新聞「今週の本棚」の開始。池澤夏樹へとバトンタッチ。
2
⑩四畳半襖の下張裁判
永井荷風作とされる「四畳半襖の下張」を『面白半分』1972 年 2 月号(当時の編集長野坂昭如)に
掲載。猥褻文書販売の罪で裁判となる。1980 年最高裁で有罪判決。丸谷才一は特別弁護人として活
躍。
『四畳半襖の下張裁判・全記録』
(丸谷才一編、1976 年、朝日新聞社)
・五木寛之、井上ひさし、吉行淳之介、開高健、吉田精一、中村光夫、寺田博、金井美恵子、榊
原美文、石川淳、奥平康弘、水沢和子、田村隆一、有吉佐和子、らが証人となった。丸谷才一
はこれらの証人に特別弁護人として質問、一種の文学談義になっている。
・丸谷才一は「起訴状に対する意見」
「弁論要旨」で古今東西の文学(ユリシーズ、悪徳の栄え、
ボヴァリー夫人、チャタレー夫人の恋人、こころ、赤光、古今和歌集、源氏物語などなど)に
言及しながら、この裁判の起訴状に反対している。文学論として読んでもおもしろい。
⑪歌仙(連句)
(大岡信、井上ひさし、石川淳、安東次男らと)
丸谷才一の歌仙の句として有名なのは「モンローの伝記下訳五万円」。これに大岡信が「どさりと
落ちる軒の残雪」と付けた。古井由吉はあるパーティで、あの五万円はいつ頃の五万円かときいた
らしい。昭和三十年代初期、当時丸谷才一の給料は一万円。
⑫ミステリーを愛好(
『深夜の散歩』福永武彦、中村真一郎)
Ⅱ 『笹まくら』について
A 小説の内容
☆戦争中、徴兵忌避者として、日本全国を逃げたという体験と、大学の事務員として勤務している現在、
人事問題(左遷)にまきこまれるという事件の二つが、物語内容の大きな枠組みとなる。
⑴登場人物
戦中
戦後
浜田庄吉/杉浦健次…徴兵忌避者
⇒大学庶務課の課長補佐
結城阿貴子…恋人、宇和島質屋の娘
⇒上京再会、死亡通知
阿貴子の母
陽子……庄吉の妻、三十代。流産。
父…町医者、
⇒戦後中気で倒れる。
母
八重…美津の結婚後、自殺か
姉
美津… 満州帰り(高橋)
⇒
弟
信二… 結核、耳が悪い、
⇒雑誌の校正、近々結婚
看護婦、広子……父と内縁関係
《学生時代の友人》
柳……入営後、自殺
堺……徴兵検査のため減食
⇒かつて庄吉に入社勧誘、現在社長
《逃避行で出会う人々》
《大学関係》
小山老人
堀川理事…父の友人新庄の知り合い。浜田の
横手の時計屋の主人
稲葉……砂絵屋
就職の世話をしてくれた。
小早川理事
3
菅原留吉……東京の砂絵のネタモト
庶務課課長
朝比奈恵一…倉敷で、黒い詰襟の男
課長補佐、西(正雄)
刑事…下関の港で
青地正子…庄吉のかつての恋人
憲兵…和歌山で
青地の兄…考古学の専任講師、現助教授
岩本…一級上、和歌山で会う
宇野……国文学教授、正子の事実上の夫
井上……宇和島質屋の番頭
犬塚…赤新聞「天地玄黄」を発行
学生新聞の学生たち
桑野……フランス語助教授、ルノー
野本教授……学生新聞に談話を
桜井教授…官立大定年後に、英語、好人物
伊藤……購買部、高岡への左遷を断った
赤坂…付属高校の庶務主任、左遷経験者
⑵『笹まくら』のストーリー(時間軸にそって整理した話の内容)
・学生時代の友人三人、柳は入営して自殺、堺は減食によって徴兵検査不合格をめざす、
浜田は徴兵忌避を決心し、誰にも告げすに東京から旅立つ。……☆この小説のラスト
・ラジオ修理、時計修理をしながら旅をして、砂絵屋と出会い、砂絵屋になる。
・日本中を旅し、正体がばれそうな危機が何度かある。
・阿貴子と出会い、二人で隠岐へ。その後二人で旅をし、宇和島の阿貴子の実家へ。
・敗戦を迎え、阿貴子と別れて、東京へ戻る。母の自殺、父の愛人を知る。
・堀川理事に依頼して大学の事務員として就職する。
・青地正子との情事と別れ。
・堀川理事の世話で若い陽子と結婚する。
・中年の阿貴子が東京へ。やけぼっくいに火。
・阿貴子の死の知らせ。……☆これが小説の現在、ここから小説は始まる
・課長昇進の噂、期待。
・右翼雑誌で「徴兵忌避」を記事にされる。学生新聞も記事に。
・高岡行き(左遷)を打診される。
・以前左遷された男と話す。
・友人堺に再就職の世話を頼みに行く。
・妻が万引きをし、引き取りに行く。
B 『笹まくら』の方法
意識的に構築された知的な小説(モダニズム文学)
a ストーリーとプロット(小説の時間の問題)
⑴ストーリーとプロットの違い
《ストーリー(仏:histoire/露:fabula)とは出来事を、起こった「時間軸」に並べた物語内容
である。他方、プロット(仏:discours/露:sjuzet)とは、物語が語られる順に出来事を再編
成したものを指す。
》
(廣野由美子『批評理論入門』中公新書)
☆我々読者は、小説をプロットに即して読んでいるのであり、読みながら(あるいは読み終えて)スト
ーリーを再構成して物語内容を理解しているというべきだろう。
4
⑵冒頭の一文、最後の一文
・冒頭「香奠はどれくらいがいいだろう?」
……主人公浜田庄吉の現在の在り様を見事に表している。
・最後「しかしそれが何に対するどれほど決定的な別れの挨拶なのかは、二十歳の若者にはまだよく判
っていなかった。
」
(提喩、語り手の前説法)
……最後まで小説を読み進めてきた読者には、この一文の持つ重み、意味がよくわかる。
⑶自在な現在と過去との切り替え
現在から過去へ時間・場面が自然に切り替わる、そのきっかけが巧い。
……例、三章(昇進の嬉しさ/敗戦の喜び)
、五章(網代七夕飾り/宇和島七夕)
⑷アイロニー・カタルシス・哀感
《アイロニーというのは、知識の差から生まれるひとつの心理的な効果なんですよ。この場合には
時間的アイロニーで、われわれ読者はそのあとの彼がどんな目に遭うか知っている。……小説
のいちばんの根幹には読者の時間感覚体験があるという辻原さんの話に戻る。そこにカタルシ
スがある。カタルシスというのは実は、哀感という言葉に通じるような情感なのかもしれな
い。
》池澤夏樹の発言
※読者は、
《登場人物の抱く感慨や思い判断が、正しくない》ことを知る。
例・一章の浜田の思い(過去が終わった)、五章の西に対する浜田の判断の誤り、七章ラストの
前説法(後説法的に響く)
☆ちょっと横道になるけれど、アイロニーに関連して言えば、「作者丸谷才一/語り手/焦点人物
浜田庄吉・杉浦健次の違い」がアイロニーを生む。
⇒P189「~それが失言であることに気づかなかった。」(語り手/浜田)
⇒P254「七夕の~」の歌。
(作者/語り手/杉浦)……cの②参照
⑸読者は登場人物の人間像を重層的に(次々に語られるエピソードを重ね塗りするように)理解してい
く。その人物像は《プロットの軸にそって最初から最後へと》変容していく。
……阿貴子は最初「田舎なまりの肥った四十女」として読者の前に登場するが、最後は天赦園で自分の
方から別れを告げる哀切な女として読者の前から消えていく。また主人公浜田庄吉も惰性で生きて
いる中年男として登場したが、ラストは新しい生に踏み出す二十歳の青年として読者に印象づけら
れる。
(同時に彼のその後を知る読者は、ここでアイロニーを感じる)
b 名前をめぐる物語(提喩の問題にもつながる)
⑴二つの名を持つ主人公「浜田庄吉または杉浦健次」
・阿貴子が浜田の正体を疑ったきっかけ。
・プロット進行に伴う、变述の変化(主人公をどう呼ぶか)
①倉敷で朝比奈(口入屋)との対峙の場面では、
「浜田」
②和歌山で憲兵と対峙の場面では「杉浦」それに続く岩本との再会では「浜田」と呼び掛けら
れ(
)のかたちで浜田が出てくる。……読者はここで杉浦(浜田)として意識する。
③下関で刑事との対峙の場面では「杉浦」
5
※ストーリーとしては③②①の順。つまりストーリー進行ではなく、プロット進行によって呼
び名が変化している。
(読者の理解・馴れが深まるのにそって)
⑵阿貴子の死亡通知で、喪主が実母。元の姓での手紙。……阿貴子の離婚を推察
⑶姓名を以て示される人物と、姓だけで呼ばれる人物。
・課長補佐西は他の章では、姓で呼ばれ名は示されない。ところが彼の内的独白で書かれる四章で
は「西正雄」という名前が繰り返し示される。
⑷姓や名でなく提喩を用いる場面が多い。
例「浜田は助教授の車を褒め、桑野は課長補佐の運転ぶりを褒めた。
」P171
「砂絵屋の亭主は……砂絵屋の姉女房は……」
☆何故、登場人物を「提喩」で呼ぶのか。
ある人物にはいくつもの特性、属性がある。この場面では、ここを焦点化している、クローズアップ
しているということを示している。参照…七章の「下関」の場面
また、学生新聞部室の場面の例。
「二十四歳の孤独な男」と年齢を明示することで、時間軸上の指標
として。
(複雑なプロットを少しでも読みやすくと)
c 引用と模写(パステーシュ)
⑴次の和歌と漢詩は《小説の主題を支える重要な柱》……一種の《本歌取り》
①「これもまたかりそめ臥しのささまくら一夜の夢の契りばかりに」(俊成卿女)
※3 章 178 ページ。現在、桑野教授のルノーの中で。⇒昭和 18 年和歌山、馬上の憲兵。
②「七夕のとわたる舟のかぢの葉にいく秋かきつ露の玉づさ」(藤原俊成、新古今)
※5 章 254 ページ。昭和 20 年宇和島で阿貴子と七夕飾りを作る場面で。
★作者丸谷才一はこの歌については熟知していて、語り手はここでは口をつぐみ、焦点人物杉浦は
少し的外れなことを口にする。
③「馬上少年過 世平白髪多 残軀天所赦 丌楽是如何」(伊達正宗の五言絶句)
※7 章 381 ページ。昭和 20 年敗戦後、天赦園で別れ話の場面で。
⑵さまざまなことば、文体を多様にちりばめる
・砂絵屋・香具師の隠語
*バイ、ネタモト、モロイ、タカマチ、ショバ、ジン、タンカ、ガリ、ガリドメ、カエン、マエ、
サツ、ネス、家名、……P110~、
・軍隊用語、バルタイ用語。
・軍歌、俗謡、猥歌、新聞記事、昔話の語り、操典、などさまざまな文体を模写している。
・意識の流れ、内的独白。…例、二章・宴会の場面、四章・西正雄の独白
・三章の終わり、パラグラフ、センテンスの途中で中断し、五章のはじめへ飛ぶ。
d 四章の特徴と果たしている役目
・西のモノローグ(一人語り)になっている。文章はさまざまな文体模写(パスティーシュ)も混入し、
実験的な書きぶりになっている。
・他の章は浜田(杉浦)の側から語られている。ここでは西の側から語られている。(戦場での飢え、
戦闘、部隊の全滅、戦友の死を経験)
6
・他の章では「課長補佐西」と「扁平人物(フラット・キャラクター)」として扱われていたがここでは「西正
雄」と何度も繰り返され「円球人物(ラウンド・キャラクター)」として(立体的な人物として)描かれる。
・ストーリー展開上は、彼が「天地玄黄」に浜田の徴兵忌避の過去をリークするわけだが、五章以下浜
田は西の動きに気づかず、ここにもアイロニーが生まれている。
e 謎とサスペンス(ミステリー的な要素)
・正体を知られる(徴兵忌避がばれる)のではないか、という不安、危機感・サスペンス
倉敷、和歌山、下関、隠岐(阿貴子)
、砂絵屋稲葉、宇和島の質屋の番頭なども
・謎……何故堀川は結婚の世話をしたのか。
・誰が「天地玄黄」を使嗾し、自分の過去を暴かせたのか(誤った判断)
・二章何故、阿貴子は一か月いなかったのか⇒七章で明かされる意外な事実……阿貴子はこの時、母に
自分の恋人が徴兵忌避者であることを話していた。
f 心理小説的な側面(行動、感情に対する分析)
・自分の行動、感情の意味に思いあたる。……例、学校荒らしに対して無行動。社長の堺に会った後、
安堵の下にあるもの、緊張感の解放の自覚。
・相手の言葉の意味(真意)に思いいたる場面
……例、堀川理事、野本の談話記事、桑野の打ち明け話、
g 大人の性愛の世界を描く
・旅で繰り返し話題になる日本各地の遊郭
*川西町(倉敷)
、十三番町(新潟)
、吉原、玉ノ井、
*西の語り…吉原~飛田。P197
・あいまいでぼかした表現で、性愛に関するエロチックな述懐を。睦言。不能と自慰。
・浜田(杉浦)の敵と女……阿貴子/質屋の番頭、青地正子/西
・童貞・処女であること……青地正子、陽子。浜田(杉浦)
。
・生理とセックス……陽子、阿貴子、西の内的独白、
・シーツの取り換え方の違い
h 徴兵忌避をめぐって
・国家論、徴兵忌避の理由……知的な考察、議論⇒丸谷才一の小説の特徴の一つ
・
「徴兵忌避」を選んだことは自分としては正しいが、それでも残る《罪障感・負い目》
……朝鮮人、少年兵、戦死者、傷病兵に対して
……家族の被害、母(自殺か)
、耳が聞こえない弟(軍隊での制裁か)に対して
i 「社会(異なる階層によって構成された)」「小社会(内部の力学が働く)」を描く
・戦前は《香具師の世界》
、戦後は《大学の事務室》を中心に描く。
・インテリと庶民(時計屋、香具師、質屋)
・大学内でも教員と事務官との差。小使いの態度。
・人事をめぐる微妙なやりとり+就職をめぐるコネ
7
・天地玄黄(OB、右翼的な新聞)/学生新聞(新聞社のOBも)
j 時代の推移
・戦前の時代的な動きを、ニュースによって句読点を打つ。
・昭和二十一年には何でもないゴシップだったものが、約二十年たつと致命的なスキャンダルに変わる
k 構成上の工夫・妙(繰り返し、照応、対比、伏線が巧みに)
・阿貴子と陽子の比較
(デパート、土産物屋)
(シーツの替え方)(高岡行きの話、もし阿貴子なら~)
七夕(妻との網代寮/阿貴子との宇和島)
・就職依頼……戦後の堀川理事への依頼(履歴書)/現在堺への依頼(/堺からの誘い)
・神社に拝礼(いつも気をつけて/妻の万引きの知らせを聞いて)
・残軀という言葉(一章/七章)
・食べ物に関する言及……堺・兵役拒否のための減食とその反動の大食い、そして現在。牛乳。蕎麦。
・日本各地を旅してまわる。各地の縁日、祭り。
・左遷を巡って…購買の主任伊藤は、高岡の事務長への左遷を断った(一章)。赤坂は付属高校へ(五
章)
Ⅲ 長編小説を評価する基準について
①作中人物(キャラクター)……いろんな階層の、多様な人物が出会って葛藤が生じたときに小説がほ
んとうにおもしろくなる
②文章……「純文学と大衆文学の違い」→⑴芸術的野心の有無、⑵文体的個性の有無
……文体を小説の方法と結びつけて考えると語り口ということになる。
……複数の語り手。
「源氏物語」の草子地の問題、ドストエフスキイ『悪霊』語り手と情報源として
のG氏、ジョイス『ユリシーズ』の作曲家(コンポーザー)と編曲家(アレンジャー)の二人
を操っているのが作者ジョイスだ。
③筋(ストーリー)
……「戯曲の悲劇的シチュエイションというのは分類してみると三十六しかないという説。
(誤解、
姦通、復讐など)しかし組み合わせればいくらでも。……語り口によってストーリーがまったく新し
いものになる。
(例、谷崎潤一郎)
。時間の順序、どの立場から語るか、などの工夫。
……筋の型は限られても、先行作品を利用することができる。前日譚、外伝、など。先行作品を〈ハ
イジャック〉する。読者の予備知識を前提にする。形式を〈ハイジャック〉する(スパイ小説、少
年小説の形式を)
。
(丸谷才一『文学のレッスン』2010 より、インタビュアーは湯川豊)
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