Comments
Description
Transcript
胚移植後に自然分裂し誕生した牛性判別胚の一卵性双子3事例 図1 胚
胚移植後に自然分裂し誕生した牛性判別胚の一卵性双子3事例 水谷将也1)、島田浩明1)、森 昌昭1)、奥田昌広2) 1) 三重県畜産研究所、2) 南ヶ丘動物病院 緒 言 自然に発生する牛の双子分娩率は、通常 1 ~ 4%の範囲であるとされており 1)、その多 くが二卵性双胎由来と考えられ、一卵性双子の頻度は 0.1%程度 2)で非常に稀と言える。 今回、過去 5 年間の性判別操作過程で、バイオプシー前後に自然分裂を認めた胚や、単 一の性判別胚として移植したにもかかわらず、妊娠鑑定時に双胎と確認され一卵性双子が 誕生した 3 事例について、その発生状況を調査、検討した。 材料及び方法 表 1 及び図 1 に示すとおり供試胚は、平成 17 ~ 21 年度の期間にホルスタイン種及び黒 毛和種から FSH 製剤による過剰排卵処理、採胚後、必要に応じ一時培養(10%馬血清と 0.1mM βメルカプトエタノール添加 TCM199<β ME199>、5%CO2 in air)し、D-PBS+に 0.15M シュクロースを添加した胚切断用液 90 μ l ドロップ内にて、金属刃での押し切り 法でバイオプシー(分割と略す)した、性判別(LAMP 法)体内胚 611 個を用いた。 この際、分割時の採取細胞量については目視で、大(胚細胞全体の 20%以上 )、中(胚 細胞全体の 10 ~ 20%未満程度)、小(胚細胞全体の 10%未満)、変性細胞のみの採取に区 分し、分割前発育ステージと品質(A ~ D に区分)、その後の修復培養(20%胎仔血清加 β ME199)、保存前、移植時の品質等、各操作時の形態の推移を 1 ~ 10 数時間間隔で経 時的に撮影、記録した。 胚操作各時期の品質判定は、国際胚移植学会 IETS マニュアルや家畜人工授精講習会テ キスト家畜受精卵移植編を参考に、また、分割後と保存後の品質は、分割前の品質を考慮 しつつ胚表面の輪郭や剥離細胞の状態と胞胚腔の回復度合い等、観察時の形状により A ~ D、死滅を判定した。 なお、胚の保存操作は試験的に数種類の保存溶液や保存容器を用いているが、一卵性双 子 が 誕 生 し た 1 例 は 、 GESX 法 3) に よ る ガ ラ ス 化 法 ( 0.25ml ス ト ロ ー 使 用 、 10%GL+30%EG+0.3MSuc+0.1MXyl+3%PEG)での保存であった。 うち新鮮又は保存胚の 310 個を移植に供試し、超音波診断装置にて胎齢 40 日前後で妊 娠鑑定を実施。 誕生した一卵性双子の血液型判定は、尾根部毛髪の毛根を用い、家畜改良事業団家畜改 良技術研究所にて DNA 検査(国際動物遺伝学会推薦の 9 種類を含む 13 種類のマイクロ サテライト使用)を依頼した。 3 事例中、結合体で死産となった 1 例は X 線検査と解剖検査を実施した。 tf a r D 表1 対象および方法 当日 午前中 ◆対象 ○性判別胚および由来子牛 期間:平成17年度~23年1月 ◆方法 ○採胚・性判別(LAMP法) 一時培養 午後 過剰排卵処理・子宮還流 金属ブレイドでの栄養膜細胞等採材 ○胚操作各時期を写真記録・品質判定 国際胚移植学会IETSマニュアルに準ず ○妊娠鑑定 胎齢40日前後にエコー装置使用 ○一卵性双子血液型判定 尾根部毛髪の毛根を用いたDNA型検査 採胚 バイオプシー・性判別 修復培養 保存 加温培養 移植 ・各培養:38.5℃、5%CO2 in air 20%胎仔血清・0.1mMβME加TCM199 ・バイオプシー胚保存: GESXガラス化 夕方 ~夜 翌日 午前中 ~午後 ・金属ブレイド押切法/性判別:LAMP法 サンプル量を大、中、小、変性細胞に区分 (0.25mlストロー使用) 10%GL+30%EG +0.3MSuc+0.1MXyl+3%PEG ・胚の品質:各処理段階でA~Dに区分 胚の形態を経時的に撮影 1~10数時間々隔 図1 胚の操作過程 (社)家畜改良事業団 家畜改良技術研究所実施 -1- 結 果 (1) 双子の 3 事例以外に、胚操作中、あらかじめ自然分裂が確認されたバイオプシー胚に ついて表 2 に示した。 調査総数 611 個のうち 10 個(1.6%;供胚牛 7 頭)に 1 個の胚が 2 個になる分裂を認 め、分裂確認時期によって 2 パターンに区別できた。 一つは<①バイオプシー実施前後あるいは修復培養中の比較的早期での確認>で、10 個中 9 個、うち 8 個は低ランク胚(D)であった。 一方、<②採胚→バイオプシー→ 26 時間修復培養→ 1 胚としてガラス化保存→加温 培養時分裂確認>の 1 個は、修復培養時に分裂を認めず、バイオプシー前の品質は A ランク胚であり、性判別胚を一胚で移植後の双子誕生事例に類似した分裂時期と言え る。 なお、自然分裂後の品質も 10 組中 9 組が C ランク以下や死滅と判定され、保存 3 組 は加温時に死滅(表 2 の保存中 1 組を含む)しており、その他 6 組を受胚牛 6 頭へ移 植したが受胎例は得られなかった。 表2 自然分裂胚の処理経過 バイオプシー前 分裂確認時期 ①バイオプシー又は 修復培養時 ②バイオプシー・ ガラス化保存後の 加温培養時 計 調査総数:611個中 胚数 ステージ 分裂後品質 最終経過(組数) 品質 死 廃 保存 保 移植 受 後 存 A' C D EX 滅 棄 死滅 中 組数 胎 BL CM M A B D BL 9 6 2 1 18 2 6 8 2 1 1 1 1 tf 1 1 a r 10 1 6 2 1 1 1 8 2 6 9 3 1 (5組を保存) 1.6% 今回の双子事例に類似 1 1 6 0 1 6 0 0% 1 2 バイオプシー前 低ランク胚目立つ D 以下、図 2,3 に自然分裂を確認した胚の状況を示す B20-10 ① 採胚7時間後:BL-D ②サンプル小+変性細胞 ③ 修復2時間後 。 ④ 14時間後 図2 バイオプシー後 分裂例 -2- D/Cランク:ガラス化保存後死滅 B20-10-1BG 図 2 は採胚時、他胚同様ほぼ変性胚と考えられ、7 時間の一時培養後に胚盤胞(D ラ ンク)として変性細胞とともに小量サンプルを採取し、修復培養 2 時間後には完全な 分裂(2 胚とも初期胚盤胞以上の成長)が確認され、バイオプシー前(更には採胚以 前)の早い段階(胚発生初期)に透明帯内で分裂済みと考えられた。 なお、本胚はガラス化保存後に死滅した。 ① EXBL-A:サンプル中 ② 修復7時間後 ④ 26時間後 ガラス化時 ③ 19時間後 ⑤ 加温中 ⑥ 30分後 1か月間 保存 ⑦ 10時間後 UH20-2 ⑧ 24時間後 図3 UH20-2-2BGP tf a r バイオプシー保存加温後 分裂例 Dランク:培養後廃棄 図 3 は今回の双子事例と類似した分裂時期と言える例で、採胚時は拡張胚盤胞 A ラ ンクとして中量のサンプル採取と 26 時間の修復培養実施後、分裂は認めず A ランク 1 胚としてガラス化保存したものが加温培養 24 時間後に、品質不良ながら 2 分裂した。 D (2) 性判別胚の移植と一卵性双子事例発生状況について、表 3 に示す。 平成 17 年度から 5 年間、性判別目的でバイオプシーした体内胚 611 個から、新鮮(161 個)または保存(149 個)後の性判別胚 310 個を移植し、受胎 65 個 (21.0%)のうち黒毛 和種胚 3 個(4.6%)が移植後に自然分裂のうえ 2 胚とも受胎したと考えられ、それぞ れ一卵性双子(事例 1 ~ 3)で誕生した。 この誕生頻度は自然界で一般に 0.1%程度 2)とされている一卵性双子の頻度に対して 高い確率と言え、当所飼養牛の平成 9 年度以降繁殖記録調査において、インタクト胚 (人為的損傷のない通常胚)での一卵性双子事例はこれまで認められていない。 表3 性判別胚の移植と事例発生状況 年度 バイオプシー 総数 移植 胚数 17 18 19 20 21 85 113 97 125 191 計 611 43 68 56 67 76 310 受胎 分娩 早期 胚数 腹数 胚死滅 13 15 7 13 17* 65 12 14 7 11 17* 61 1 1 0 2 0 4 一卵性 双子例 ・ 1:事例1 ・ 2:事例2・3 ・ 3 新鮮161 受胎胚中 4.6% 保存149 胚受胎率 21.0% 参考:通常胚(インタクト胚)の一卵性双子事例なし(H9年度以降調査) *:2胚移植での二卵性双子2例あり -3- (3) 一卵性双子事例の胚処理経過を表 4 に示す。 3 事例中、事例 1 が性判別保存胚、事例 2,3 は性判別新鮮胚で、採胚時の発育ステー ジは後期桑実胚から脱出胚盤胞までまちまちだが、品質はいずれも B ランク以上と 良好であった。 また、採取サンプル量は事例 2,3 が大きく採取され、ダメージも大きかったと考えら れる一方、事例 1 の採取サンプル量は小さいが、保存によるダメージから移植時の品 質は事例 1 が D ランクで、他の 2 例(A ~ A')より低ランクであった。 表4 一卵性双子事例の胚処理経過 観 察 経 過 一時 バイオ サンプル 修復 保存後 移植 培養 プシー時 量 培養後 加温時 時 性判別保存胚 初期 事例1: 採胚→2時間培養→バイオプシー性判別♀ 後期 胚盤胞 桑実胚 C D 同左 B 同左 小 →修復培養16時間→ガラス化保存9か月 B ランク ランク ランク ランク 透明帯 →加温・6時間培養→移植 脱落 胚操作パターン 事例2: 採胚 時 性判別新鮮胚 脱出 胚盤胞 採胚→バイオプシー性判別♂ A' →修復培養23時間→移植 事例3: - ランク 性判別新鮮胚 ランク - 2回 採取 同左 A 大 ランク 大 ランク tf a r A' →修復培養16時間→移植 A' ランク 拡張 胚盤胞 採胚→バイオプシー性判別♀ 脱出 胚盤胞 A' - - A ランク A' ランク 以下、各事例別に採胚から子牛生産までの詳細状況を示す。 D (4) 事例 1 の採胚時状況は図 4 に示すとおり、黒毛和種 13 歳から採取した 7 個中の透明 帯に亀裂がある後期桑実胚 B ランクで、分割状況は図 5 に示すとおり、若い胚のた め 2 時間培養後、透明帯が脱落した初期胚盤胞を小量バイオプシーし、修復培養 16 時間後、胞胚腔形成中の C ランク雌胚としてガラス化保存した。 採胚時 計7個 BL 1A’ 未受精 2 CM 2B 変性 2 供胚牛:採胚専用 黒毛和種 13歳 事例1 2時間 培養後 透明帯 破損 B18-18 採胚後の培養時 透明帯に亀裂有り 図4 事例1:採胚時状況 -4- ②バイオプシー時 サンプル小 ①バイオプシー前 透明帯脱落 2時間 培養後 EB-B ③ 修復培養 3 時間後 Cランク ③ 16 時間後 ガラス化保存前 Cランク 9か月間 保存 図5 事例1:バイオプシー状況 ♀胚 9 か月間保存後、図 6 に示すとおり加温培養 6 時間後まで、明瞭な胞胚腔の形成を認 めないまま 1 個の D ランク胚として移植した。 受胎経過は図 7 に示すとおり、初産後 104 日経過の F1 牛へ自然発情 7 日目に、黄体 (液貯留、大卵胞共存)は左側に存在したが操作がうまく行かず右子宮角へ移植した。 その後、胎齢 41 日及び 87 日のエコー検査で双胎像を認め、胎齢 207 日以降、放牧事 業用に農家貸与した。 子牛の誕生経過は図 8 に示すとおり、予定日よりも 2 日遅れの ET 後 280 日目に貸与 先農家で誕生し、第 1 子は頭部から、第 2 子は後肢からそれぞれ軽度及び中度助産で 性判別どおり雌が誕生した。 なお、7 日齢時の体重はそれぞれ 37kg、43kg とやや大きい子牛で、遺伝子検査の結 果一卵性双子と判明し、現在まで順調に成長している。 tf a r ① 保存胚加温中 0.25Msuc内 D ② 培養開始時 ⑤ 4時間後 ③ 培養30分後 ⑥ 6時間後(移植前)Dランク ④ 1時間後 ♀胚 図6 事例1:保存胚加温状況 -5- 加温・培養開始 ~ET終了:8時間 H19年10月 自然 F1牛2.4歳 発情 初産後 104日目 右角 ET 7日 エコー妊鑑+ 再妊鑑 双胎 双胎 確認 継続 34日 46日 分娩 ET後280日 胎齢207日 以降 放牧事業用 農家貸与 ET時の卵巣 図7 事例1:受胎経過 初回検診 41日齢 tf 受胚牛 ・H20.5.14 農家へ放牧貸与 a r (胎齢 207日) ・分娩予定日:H20.7.31 D ・8. 2 朝から徴候 14時過ぎ分娩 ET後 280日で誕生 ・第1子:頭部から軽度助産♀ 7日齢時37kg ・第2子:後肢から中度助産♀ 7日齢時43kg 図8 事例1:誕生経過 一卵性♀7日齢 (5) 事例 2 の採胚時状況は図 9 に示すとおり、黒毛和種 8 歳で、採取した 19 個中、変性 は 2 個のみと成績良好であり、比較的発育ステージの進んだ胚が多く、双子になった 胚は脱出胚盤胞 A'ランクと判定した。 -6- B20-7 供胚牛:採胚専用 黒毛和種 8歳 事例2 採胚時 計19個 Hcd 1A’ EB 1B1C EXBL 3A CM 1A’ BL 5A5A’ 変性 2 図9 事例2:採胚時状況 また、バイオプシー状況は図 10 に示すとおり、最初に採取したサンプルを紛失し 2 回実施したため大きいサンプル量となったが、修復培養 2 時間、5 時間、23 時間と胞 胚腔は順調に回復し、品質 A ランクの雄胚としてバイオプシーから 25 時間後に新鮮 胚移植した。 受胎経過は図 11 に示すとおり、平成 20 年 7 月に 18 月齢ホルスタイン種育成牛へ同 期化処置後の発情 7 日目に、黄体が存在する右子宮角に移植した。 その後、胎齢 43 日のエコー検査で双胎像を認め、胎齢 123 日の再検査でも双胎と確 認され、移植後 286 日で分娩した。 tf ①バイオプシー前 脱出胚盤胞 Hcd-A’ a r D ②バイオプシー2回実施時 サンプル中+大 ④ 5時間後 ⑤ 23時間後 Aランク ③ 修復培養2時間後 図10 事例2:バイオプシー状況 -7- ♂胚 バイオプシー・培養~ET終了:25時間 H20年7月 ホル種育成 18月齢 発情 PG注射 3日 同期化 右角 ET 7日 エコー妊鑑+ 再妊鑑 双胎 双胎 確認 継続 36日 80日 分娩 ET後286日 初回検診 43日齢 ET時卵巣 妊鑑時卵巣 図11 事例2:受胎経過 再検診 123日齢 tf 子牛の誕生経過は図 12 に示すとおり、予定日よりも 8 日遅れの ET 後 286 日目に、 夕方分娩徴候を認め、夜中に第 1 子、2 子とも頭部から性判別どおり雄が誕生し、そ の際、第 2 子のみ軽度助産を実施した。 なお、生時体重は第 1 子、2 子それぞれ 25.5kg、27.1kg とやや小さい子牛で、後の遺 伝子検査で一卵性双子と判定され、現在まで順調に成長している。 a r D ・分娩予定日:H21.4.21 ・4.24 直腸検査: 胎児頭部を産道上の 十字部手前で確認 中子宮動脈+ ・4.28 夕方より分娩徴候 ET後 286日で誕生 受胚牛 ・4.29 0:00 第1子 頭部より自然分娩 25.5kg♂ 1:15 第2子 頭部より軽度助産分娩 27.1kg♂ 図12 事例2:誕生経過 -8- 一卵性♂9日齢 (6) 事例 3 の採胚時状況は図 13 に示すとおり、供胚牛は黒毛和種 8 歳で、採取した 17 個 中 A'以上正常胚 10 個(58.8%)、変性は 5 個と成績良好で、一卵性双子(誕生時に結 合体と判明)になった胚はバイオプシー前に拡張胚盤胞 A'ランクと判定したもので あった。 バイオプシーによる細胞採取は大きいサンプル量となったが、修復培養 1 時間、3 時 間、16 時間と胞胚腔は順調に回復し、品質 A'ランクの雌胚としてバイオプシーから 20 時間後に新鮮胚移植した。 ①バイオプシー前 拡張胚盤胞 ExBL-A’ B20-18 ②バイオプシー時 サンプル大 供胚牛:採胚専用 黒毛和種 8歳 ③ 修復培養 1時間後 ④ 3時間後 採胚時 計17個 ⑤ 16時間後 A’ランク EXBL 4A2A’ BL 1A3A’ EB 1C1D 変性 5 図13 事例3:バイオプシー状況 tf ♀胚 a r バイオプシー・培養~ET終了:20時間 受胎経過は図 14 に示すとおり、平成 21 年 3 月に 3.2 歳の F1 牛(事例 1 に示した自 然分裂双子が誕生している同一受胚牛)で、放牧中 2 産目を分娩し哺乳継続 223 日目 に、自然発情 12 日後、黄体の存在する左子宮角に移植した。 その後、胎齢 36 日のエコー検査で胎児の心拍動は確認できたが、形態がしっかりと した固まりになっていない様相が伺え、早期に死滅、流産する可能性が示唆された。 しかし、胎齢 72 日、154 日の再検診で胎児の成長継続を確認し、その際、結合体双 子であることは確認できず、単胎妊娠と判定した。 母牛は移植後、当所に帰還しており、前述妊娠鑑定は当所にて実施され、胎齢 171 日で、別の貸与先農家へ移動し放牧実証に供用されながら、移植後 270 日で分娩した。 D エコー妊鑑+ H21年3月 自然 左角 胎児 再 再々 F1牛3.2歳 発情 ET 形態不良 妊鑑+ 妊鑑+ 分娩 2産後哺乳 223日目 12日 28日 36日 82日 ET後270日 胎齢171日 以降 放牧事業用 農家貸与 初回検診 36日齢 胎児形態不良 図14 事例3:受胎経過 再検診 72日齢 -9- 成長継続 子牛の誕生経過は図 15 に示すとおり、予定日よりも 1 週間早く、前日夕方、乳房の 腫脹は認めたが分娩徴候は確認できず、翌朝、子牛の後肢から肋骨手前の下半身まで が娩出している状況を畜主が発見。小型重機を利用し、発見から約 2 時間後に強制牽 引で娩出させた。 子牛は頭頚部、前肢、尾部が 2 頭分の結合体雌で、体重 39.7kg。娩出時すでに死亡し ており、母牛も起立不能の状態であったが、補液療法実施後、翌朝に起立した。 ・放牧事業で農家貸し出し中 分娩予定日:H21.12.22 ・結合体双子39.7kg♀ 頭頚部・前肢・尾が2頭分 図15 事例3:誕生経過 ・12.20 朝、分娩徴候 尾位で腰角まで娩出 強度難産のため 11:00 強制牽引排出 ET後 270日で誕生 ・母牛一時起立不能 翌日回復 tf a r D 誕生した結合体双子の所見を表 5 に示す。 外貌は頭、頚、胸部及び前肢の上半身と尾が 2 頭分で下半身である臍帯、乳器、陰部 及び肛門、後肢が 1 頭分の結合体双子であった。 骨格は、背骨が頚部から尾部まで 2 本存在し、胸腔は 2 頭分独立して存在するがお互 いの片側肋骨は結合し融合した状態で、骨盤は 1 頭分のみで腹腔、骨盤腔も 1 頭分で あった。 臓器は脳、気管、食道、心、肺、肝、脾、各胃、十二指腸が 2 頭分存在し、十二指腸 から空腸へ移行するあたりで吻合し、空腸以下結腸までと腎、膀胱、子宮は 1 頭分で あった。 なお、主要臓器の肉眼的所見では形態がやや変形しているものもあるが、奇形と思わ れるほどの構造的異常は認められなかった。 また、明瞭な死後変化が臓器等には認められず、無気肺の状態ではあったが、胃内に 羊水と考えられる多量の液体が貯留していた事から、分娩直前まで生存しており、尾 位で娩出され、臍帯が切れたため窒息、死亡したと考えられた。 - 10 - 表5 事例3:結合体双子の所見 頭・頚部 ~胸部・前肢 腹・腰部 ~後肢 外貌 臍帯 乳器・陰部 肛門 尾 脊椎 (頭部~尾骨) 骨格 胸腔 2頭分 (胸部で結合) 1頭分 2頭分 脊椎は2頭分 2頭分 2頭独立し存在 結合側肋骨は融合 1頭分 腹~骨盤腔 脳(欠損無) 気管・食道 臓器 心・肺(無気) 2頭分 肝・脾 胃・十二指腸 空・回・結腸 1頭分 腎・膀胱・子宮 空腸部 で吻合 tf 考 察 今回の一卵性双子事例の発生機序を考察する上で参考となりうる興味深い報告として、 見尾らが発表したヒトの一卵性双胎に関する新知見では、図 16 に示すとおり、胞胚腔の 拡張と収縮を反復し発育する胚盤胞期に、内細胞塊を構成する細胞と対側の細胞が糸を引 き、やがて内細胞塊が引きちぎられる様に 2 個に分離する現象を初めて確認しており 5)、 本事例も移植後、着床までにこのような状況が起こり一卵性双子で誕生したと推察された。 また、今回の事例から、分裂した後に 2 胚とも着床し順調に成長、誕生する以外に、途 中で 1 胚のみ生存し、単胎で誕生するケースも多々あるものと考えられた。 a r D Strand現象 胞胚腔形成過程で 内細胞塊と 対側の細胞が糸を引く現象 見尾らの報告2008年 日本受精着床学会他 内細胞塊が2個に分離して脱出 図16 ヒト一卵性双胎に関する新知見 (引用) - 11 - 近年、新村はタイムラプスビデオを利用し、非侵襲的にマウスとウシ胚の発生動態や胚 盤胞の形成過程及び胚盤胞のハッチングに伴う形態変化ならびに収縮運動観察による正常 性や質の評価について報告しており 4) 、また、見尾らは独自に構築した体外培養装置 (Time-lapse cinematography;TLC)を用い、ヒト初期胚の胚盤胞期までの観察で一卵性双胎 発生に関与する新知見を第 26 回日本受精着床学会(2008 年 8 月)等で報告している 5)。 そこでは胞胚腔を形成する過程において、胚を構成する細胞と対側の細胞が糸を引く現 象(Strand 現象と呼称)を拡張胚盤胞期まで到達した胚の 49.0%(24 個/49 個)に認め、そ のうちの 2 個に、ICM と対側細胞壁の間で二つの胚結節に分かれる様子が初めて観察さ れ、従来の一卵性双胎発生機序とは異なる新しい知見としている。 この報告から、今回の一卵性双子事例も移植後に、バイオプシーや保存操作による損傷 修復と、胞胚腔の拡張、収縮過程の相互作用とで ICM が対側の栄養膜細胞と接着し、胞 胚腔の拡張に伴い ICM が 2 つに分離後、2 胚に分裂し着床したと推察された。 また、今回の性判別操作中等に自然分裂が確認された胚での事例と、性判別後、単一胚 として移植し一卵性双子で誕生した事例から、胚の自然分裂過程には表 6 に示すとおり、2 つのパターンが考えられた。 1 つ目は、受精後の発生初期段階に透明帯内で栄養膜も分離を完了しており、透明帯脱 出以前から 2 つの胚を確認できる場合で、特に変性細胞が多く発生途中に不具合が考えら れる低ランク胚では、発育初期に自然分裂し易い可能性が示唆された。 なお、この場合は受胎性も悪く、一卵性双子として誕生する確率も低いと推察される。 2 つ目は、胞胚腔形成以降で前述の見尾らの報告のとおり内細胞塊が分離し二つの胚に 分裂したと推察され、性判別胚では通常(インタクト)胚での一卵性双子が誕生する確率 よりも高いと考えられることから、胚の損傷(バイオプシーやその後の保存操作等)が自 然分裂の誘因となりうることが示唆された。 その際、良質胚であれば両胚とも受胎し誕生する可能性も当然高くなると言える。 tf a r 表6 ま と め 及び 考 察 D ●今回の事例:胚の自然分裂時期に2パターン ① 受精後の発生初期段階:透明帯内で栄養膜も分離 →低ランク胚に認める →受胎性悪く双胎の確率低い ② 胞胚腔形成以降で内細胞塊が分離:見尾らの報告 →胚の損傷(バイオプシー、保存操作等)が分裂誘因 →良質胚は双胎で誕生の可能性 稿を終えるにあたり、今回の報告に際し、ヒト初期胚の TLC 観察での報告データ等を 快く提供いただいたミオ・ファティリティ・クリニック リプロダクティブセンターの見 尾保幸院長をはじめ研究スタッフの皆様に深謝いたします。 【参考文献】 1) 鈴木達行:野生動物の家畜化と改良.養賢堂,147-162,1996. 2) 家畜繁殖学会編:新繁殖学辞典.文永堂出版,20-21,1992. 3) 斉藤則夫,今井敬:低温生物工学会誌,Vol.43,No.1,34-39,1998. 4) 新村末雄:第 23 回東日本家畜受精卵移植技術研究会大会,10-11,2008. 5) Yasuyuki Mio, Kazuo Maeda:「Time-lapse cinematography of dynamic changes occurring during in vitro development of human embryos」 Am J Obstet Gynecol 2008;199:660.e1-660.e5. - 12 -