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本文ファイル - 長崎大学 学術研究成果リポジトリ

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本文ファイル - 長崎大学 学術研究成果リポジトリ
NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE
Title
「Pyramus と Thisbe の話」に対する Chaucer と Gower の取扱いの相
違
Author(s)
比良, 俊典
Citation
長崎大学教養部紀要. 人文科学. 1965, 5, p.53-67
Issue Date
1965-03-29
URL
http://hdl.handle.net/10069/9515
Right
This document is downloaded at: 2017-03-31T06:09:33Z
http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp
53
「Pyramus と Thisbe の話」に対する
Chaucer と Gower の取扱いの相違
比良俊典
Chaucer, Gowerいずれもそれぞれの作品の中で「PyramusとThisbe
の話」を取扱っている. ChaucerはThe Legend of Good Women, 706行923行で,1 GowerはConfessio AmantisのLiberIK, 1331行-1502行
で2扱っているけれども,両者の間には話の取扱いについてかなりの違いが
みられる.この「話」のsourceはChaucer, GowerいずれもOvidの
Metamorphoses, iv, 55行-166行に求めていることが明らかとなっている.3
この点についてChaucerの方はThe Legend of Thisbeの話がすこし進ん
だところで埋草みたいにOvidの名前を引合いに出しているけれども, Gower
は「PyramusとThisbeの話」の冒頭,私はある話を読んで知っているか
らそれを話そう,その話というのはこうだというわけで,どこにもOvidの
名前を出すことを特にしていない.
Chaucer ll. 724-725: I Gower 1. 1331:
This yonge man was called Pira-
I
rede
a
tale,
and
telleth
this.‥
mus,
And Tysbe hight the maide, Naso
seyth
thus.
‥
それだけにGowerとするとChaucerの方が内容はOvidに忠実になって
ma
1 Ed. F. N. Robinson, The Works of Geoffrey Chaucer, 2nd ed., Cambridge Mass., 1957.
2 Ed. G. C. Macaulay, The English Works of John Gower, I, Oxford, 1957.
3 Ibid., pp. 497-498.
54
比良俊典
OvidのPyramusとThisbeの話4
所はAssyriaの女王Semiramisが築かせたと言う城壁がある都市.
PyramusとThisbeは隣同志だったものでだんだん仲がよくなって行った.
ところが二人の親達はこれにはこぞって反対.でも二人は大変愛し合ってい
た.で,親達の反対がなければ一緒になっているところであった.そんなわけ
でこの恋は内攻した.二人は自分連を隔てている屋敷の塀にすこしぼかしの割
目が出来ているのを見付けてそこからこっそり愛を噴いていた.この割目とい
うのは大変細いため芦が通るのがやっと,だから夕方別れる時になると二人は
あっちとこっちから塀にキッスしていた.朝がくるとまた同し場所で同しこと
を繰り返す.こうして自分達の悲しい定めをぼやいているうち,いい思案がつい
た.いっそのこと街の外で落ち合おう.夜になったら見張りの目をぬすんで屋敷
を出,野原で,と言っても会い損ねないようNinusの墓がある所にしようとい
うことになった.そこなら白い実が一杯ついた桑の木が一本,そばには冷たい水
が出る泉もあるというわけ.日が暮れるのももどかしくThisbeは顔をベー
ルで隠して先にやって来た.ところがPyramusがまだやって来ないうちに
一匹の雌のライオンが獲物を食ったから口が渇いて泉に水を飲みにやって来
た.ライオンはまだ顎に一杯獲物の血をくっつけていた. Thisbeはびっくり
して洞穴へ逃げ込む途端ベールを落してしまった.そこに腹一杯水を飲んだラ
イオンが通りかかってベ-ルをずたずたに食いちぎったからベールはライオン
の顎についていた血で赤く染まった.この時一足遅れて街を出たPyramus
がこの場にやって来て獣の足跡と獣が何か赤いものを顔にくっつけているのを
見た.おまけに血で赤くなったベールを見付けたのでThisbeは獣に食い殺
されてしまったと早合点した. 「これで二人とも今夜が最後.自分なんかどっち
でもよかったのに.自分が悪かった.自分のせいだ.夜こんな所で会おうなんて
言ったくせ遅れるとは.ライオン共みんな出て来い.この体を八つ裂にしてく
れ.強い顎で骨の髄までしゃぶるがいい.ところで待て待て,やたらに殺せ殺
せなんて言ったって駄目.腺病だから空威張しているだけだ.」 Pyramusは
4 The Metamorphoses of Ovid, tr. M. M. Innes, Penguin Books, 1955, pp.
103-106による.
「PyramusとThisbeの話」に対するChaucerとGowerの取扱いの相違55
こう怒鳴ってベ-ルを拾うと約束の桑の木の下に行った.泣いてベールにキッ
スしながら「自分の血もうんと吸ってくれ」と言って腰の刀を抜き脇腹をぐいっ
と刺すと力を絞って刀を引っこ抜いた.仰向に倒れたので血は遭って桑の白
い実を濃い赤紫に染めたThisbeはというと,ようやっと元気を取り戻し
Pyramusをがっかりさせまいと桑の木の所へとって返した.一刻も早く怖か
ったことを話そうと一生懸命男を探したけれどどうも約束の場所がはっきりし
ない.ここだとは思うのだが桑の木の様子が違っていて半信半疑.木の下に立
っているうち血で汚れた地面をのたうって苦しんでいる手足を見付けて後退り
した.重責になりぶるぶる震えたがすぐに恋人だということが判ると,泣き叫
ぶ,髪を樺むしる,恋人を抱いて傷口に涙を注ぐ,気がふれたみたいに冷たく
なった頬にキッスするやらして言った. 「どんな災難で貴方は持って行かれた
のか,ロをきいて.私ですよ. Thisbeですよ.しっかりして.」 Thisbeの
名前を聞くとPyramusは重い目を開けて恋人を見るなり行ってしまった.
Thisbeは自分のベールと抜かれたままになっている刀の革肖を見て叫んだ. 「そ
れでは愛するあまり貴方はその手で自害したんですね.私だってこの手で自害
してみせる.負けないぐらい貴方を愛しているからそのぐらいのことは平気.
貴方のあとを追います.あの娘はあとを追った.可哀想なことをしたなぞと言わ
れるだろうが,私達はこれまで一緒だったんだから死んだって仲は裂かれない.
あとに残る親私の場合も貴方の場合も大変お気の毒で申訳ないのですがたった
一つお願いがあります.私達の愛は大変かたく死ぬ時も一緒なんですからどう
か墓も一緒にして下さい.桑の木も私の不仕合な恋人の死骸に宿を借したのな
らいっそのこともうーっ私の死骸も引受けて,この先ずっと私達が血を流した
ことが忘れられないよう白い実に深い悲しみの色を付けて下さい.」こう言っ
てThisbeは胸の下の所に刀を置くと僻伏になった. Thisbeの祈りが神々に
も二人の親達にも通じたためこの木の実は熟すと濃い紫色になった.それから
二人の骨も一つ壷に納められることになった.
ChaucerとGowerの主な省略
Ovidの「PyramusとThisbeの話」は概略こういうわけだが, Chaucer,
比良俊典
56
GowerともにPyramusとThisbeの愛と桑の木の関係を避けて二人の愛
だけをOvidから貰っている.もっともChaucerもGowerも「桑の木」
とは言ってないが「一本の木があってその下に泉がある」ことには言及してい
る.この点ChaucerはGowerより詳しく, Ninus王の墓のことも持ち出
してきて偶像を崇拝した昔の異教徒は死ぬと慣わしとして野原に埋められたと
いう説明まで加えてい, Ovidより親切になっている.5
Gower ll. 1378 -1381:
Chaucer ll. 785-788:
There kyng Nynus was grave, un-
‥.thei
acorden
Be nihtes time forto wende
der a tre,For olde payens, that idoles her-
Al one out fro the tounes ende,
Wher was a welle under a Tree.
yed,
Useden tho in feldes to ben beryed-
And faste by this grave was a
welle.
Ovidの場合PyramusとThisbeの愛が相を変えて桑の白い実を赤くす
るところがミソだが, ChaucerとGowerはこの二人の愛を宮廷の愛の遊びを
理解させるのに使っている. ChaucerはLegendのPrologueでCriseyde
がTroilusを捨てて別の男に走ったりThe Romaunt of the Roseの中で
愛の神の按に惇る部分を翻訳したりした罪を自分に負わせ,愛の神の后にこう
した罪の償いとして愛の神を褒め,恋に殉じた善女の話をするんだと自分のこ
とを弁解させている.
5この類でもう一つの著しい例は冒頭の街とか城壁の説明.
Chaucer ll. 706-709:
Ovid pp.103-104:
At
Pyramus and Thisbe lived next door
Babiloyne‥.
The whyche town the queen Semyramus
to each other, in the lofty city
whose walls of brick are said to
Let dychen al aboute, and walles
make
have been built by Semiramis.
Ful
hye,
of
hard
tiles
wel
ybake‥.
「PyramusとThisbeの話」に対するChaucerとGowerの取扱いの相違57
He Cie. Chaucer〕 shal no more agilten in this wyse,
But he shal maken, as ye 〔i.e. the god of Love⊃ wol devyse,
Of wommen trewe in lovyng al hire lyve,
Wherso ye wol, of mayden or of wyve,
And forthren yow, as muche as he mysseyde
Or in the Rose or elles in Creseyde.
(436-441)
こうした善女の一人としてThisbeは取上げられたというわけ.一方Gower
はConfessioのLiber Iの中で,これからは今までみたいに世の中の乱れを
宗教的に正すといった大逸れたことは止して,詩人プロパーの仕事に戻り
CupidやVenusに忠実な話をすることを明らかにしている.ところがGowerは
Chaucerと違ってこうした話を神の愛を教えるのに役立てている.詩人の話を
聴くConfessorは愛の神の使いであるにかかわらず, CupidやVenusの
愛は盲目で無秩序だという前提で愛の話には一つ一つ神の教えをくっ付けてい
る.
I 〔i.e. the priest of Love〕 wol thi schrifte so enforme
〔- inform〕,
That ate leste thou schalt hiere 〔-hear〕
The vices, and to thi matiere
Of love I schal hem so remene 〔-interpret〕,
That thou schalt knowe what thei mene.
(276-28の
「PyramusとThisbeの話」も愛の神の錠に大変適った話なのだが,盲冒
な愛の神の力が強いあまり早合点が原因で愛する者を自害の罪へ走らせたこと
を教えるためにこの話は使われている.
ChaucerとGowerの主な追加
Chaucerは愛の神の怒りを解くため錠を守るというようなことを言ってい
るにもかかわらず, GowerみたいにPyramusとThisbeの恋を愛の神の按
と突き合わすことはしていない. Ovidの話をなりたけ忠実にreproduceする,
比良俊興
58
所によってはOvidより内容をぐっと詳しくすることに努めている.6この
点GowerはChaucerよりはるかにOvidから自由でCupidやVenusの
盲目な変を神の教えに持って行くのに忙しい.
ChaucerはPyramusとThisbeの恋の初めを大体Ovidに倣ってごく
自然なこととして扱っている.ただ,この二人は近所の評判が大変よかったと
いうOvidにはない道徳的な条件を,二人が椅雇だったとか隣同志で仲がよ
かったとかいうことに付け加え,二人はだんだん深く愛し合うようになった,
親の反対がなかったら一緒になっていたかもしれないといった具合にしてい
る.7これに対しGowerは宮廷愛の按に従ってCupidの愛は避けられない
ものとしている. PyramusとThisbeの場合もこの例外ではない. Cupidの
愛の計画は絶対であって自分でさえ一旦燃やした火を収めることが出来ない.
その火でもって男は女の心を覆い愛の神の按を守るのである.好き嫌いは許さ
れない.
Chaucer ll. 726-730:
Gower ll. 1351-1356:
y-
Cupide hath so the thinges
That, as they wex in age, wex
That thei ne mihte his hand as-
‥.by
report
was
hire
name
shove
here love.
And certeyn, as by resoun of
hire age,
There myghte have ben bytwixe
hem maryage,
But that here fadres nolde it nat
schape,
cape,
That he his fyron hem ne caste:
Wherof her herte he overcaste
To folwe thilke lore and suie
Which nevere man yit miht eschuie.
assente.
PyramusとThisbeはOvidでは親が反対だったから実際一緒にはなら
なかったのだけれども, GowerはChaucerと違い結婚のことは愛の神の綻
6言葉の比較はMacaulay, op. cit.参照.
7 Ovid p. 104: Living so near, they came to know one another, and a
friendship was begun; in time, love grew up between them, and theywould
have been married, but their parents forbade it.
「PyramusとThisbeの話」に対するChaucerとGowerの取扱いの相違59
に反するものとして結婚のけの字にも触れていない.
だからといってChaucerに宮廷愛を尊重する態度が全然ないなぞというこ
とでは無論ない. Pyramusが自害したということが解るとThisbeは男の刀
を取って, 「この可哀想な私の手だって捨てたものではない.だから自殺出来
ないなんてことはない.一途に恋人のことを思っていると自害した時傷口を見
て怖気づきそれでもって死ねないなどということはない.元気はある.」こう
Chaucerは女に言わしている.
Thanne spak she thus: "My woful hand, quod she,
Is strong ynogh in swich a werk to me;
For love shal yeve me strengthe and hardynesse
To make my wounde large ynogh, I gesse."
愛が死を克服するという思想は道徳的には是非もあろうが宮廷愛の方からい
うと大変Cupidの愛が強いということ. Chaucerはもともと愛の神に背い
た罪の償いとしてThisbeのLegendだってしているのだから, Pyramus,
Thisbeいずれにしろ宮廷愛の錠を積極的に破かせるといったことをする筈は
ないとしても,さりとて愛の神の按と首っ引きでこの二人の恋を進めていると
いうわけではない.ただPyramusもThisbeも庶民の子ではなくって大変評
判がいいナイトの子であったり,二人の屋敷は緑に覆われた土地にあって何か
RomauntのMirthが司る庭を思わせるみたいな書方になっていたり8宮廷
愛の条件には事故かない.けれどもこういったChaucerの追加は「緑に覆わ
れた土地」は別としてGowerだってやっていることだから特にChaucerだ
けの追加ということにはならない.
Chaucer ll. 710-712:
Gower ll. 1334-1339:
There were dwellyng in this
Of worthi folk with many a route
noble town Ci.e. Babylon〕
8
and
Cf.
the
Ovidp.
sun′s
meeting place.
104:
rays
‥.
had
when
dried
〔- company〕
Aurora
the
had
frosty
put
out
grass,
night′s
they
came
starry
to
their
fires
usual
比良i'Z典
60
Two lordes, whiche that were of
Was enhabil-ed here and there;
Among the whiche tuo ther were
gret renoun,
And woneden 〔-dwelt〕 so nygh,
Above alle othre noble and grete,
Dwellende tho withinne a Strete
upon a grene.
So
nyh
togedre.
‥
従って宮廷愛という点からすると総じてGowerの方がChaucerよりはる
かに詳しく宮廷愛一般とPyramus, Thisbeの場合の関係を説明している.こ
れに反しChaucerは宮廷愛のことは承知しているのを前提として下手な駄目
押しを出来るだけ避けPyramusやThisbeの怖れとか悲しみの気持をOvid
よりも詳しくする傾向を示す.ライオンが泉の所を離れるとThisbeは薮の中
から出て来て,ライオンが出て怖かったこと,怖れ戦いて自分がその時どうし
たかといったことを一刻も早く恋人に聞いて貰おう,こうChaucerはThisbe
に考えさせている.9
Gower
Chaucer ll. 860-861:
And thoughte, "I wol hym tellen
of my drede,
Bothe of the lyonesse and al my
deede."
この点Gowerは大変ありきたりかそれとも全然無視してしまうかしてい
る.この著しい例は早まって自害したPyramusの死骸を見てThisbeが驚
きかつ悲しむ条である. Chaucerはこの時のThisbeを哀れんで彼女が泣き
叫んで示した色んな仕草を沢山の短い感嘆文にしてOvidを追っている.これ
につづくThisbeの言葉はOvidと大差ない.10
9 Cf. Ovid p. 106: She looked about for the youth with eager eyes and
heart, impatient to tell him of the perils she had escaped.
10 Ovid p. 106: Wailing aloud, she beat her innocent arms, tore her
hair, and embracing his beloved form, bathed his wound with her tears,
mingling the salt drops with his blood, and passionately kissing his cold
cheeks.
†てPyramus,"
she
cried,
"What
mischance
has
taken
you
from
me?
Pyramus, speak to me! It is your own dear Thisbe who is calling you!
Hear me, and raise your drooping head!"
「PyramusとThisbeの話」に対するChaucerとGowerの取扱いの相違61
Chaucer ll. 869-881:
Gower ll. 1462-1478:
Who coude wryte which 〔-what〕
`O thou which cleped art Venus,
Goddesse of love, and thou, Cu-
a dedly cheere
Hath Thisbe now, and how hire
pide,
Which loves cause hast forto
heer she rente C-tore〕,
And how she gan hireselve to
turmente,
guide,
I wot now wel that yebe blinde,
And how she lyth and swouneth
Of thilke unhapp which I now
finde
on the grounde,
And who she wep of teres ful
Only betwen my love and me.
This Piramus, which hiere I se
his wounde;
How medeleth 〔-mingles〕 she
Bledende, what hath he deserved?
his blod with hire com-
For he youre heste 〔-command〕
hath kept and served,
pleynte;
How with his blod hireselve gan
Helas, why do ye with cms so?
she peynte;
How elyppeth 〔-embraces〕 she
the deede cors, alias!
this cas!
Wherof that we no skile cowthe
〔 --know〕;
How kysseth she his frosty
mouth so cold!
hath
Ye sette oure herte bothe afyre,
And maden ous such thing desire
How doth this woful Tisbe m
山Who
And was yong and I bothe also:
don
this,
Bot thus oure freisshe lusti
yowthe
and
who
hath been so bold
To sle my leef 〔-beloved〕? 0
spek, my Piramus!
Withoute joie is al despended
〔 =wasted〕,
Which thing mai nevere ben amended.
I am thy Tisbe, that the 〔-thee⊃
calleth thus."
Thisbeの仕草についてはGowerもOvidに従っているんだがたゞ大変
簡単に済ましている.彼女の言葉は内容が全然Ovidのものとは違ったもの
になっている. Thisbeは愛の神に大変忠実だうた恋がPyramusの自害に
終ったことを悲しんでVenusとCupidを相手取って恨みを述べている.愛
比良俊典
62
の女神でVenusと仰言る御方も愛の大目的を進める筈のCupidもこぞって
私共二人の不幸に気が付いていないなんて.見ればすぐそれと判るのに.目の
前でこんなに血を流して死んでいるPyramusは一体どうしてこんな目に会わ
なければならないんだろうPyramusは貴方方の言い付けはこれまで大変よ
く守ったんだし私だってPyramusだって老い篭れたわけでもないのに.ど
うしてこんななされ方をするんでしょう.貴方方が私共二人の心に火を付けて
おいてそれでこんなようなことにしてしまうんだったら私共としてはどうしよ
うもありませんからね.ともかく私共は愉しむなんてとんでもない,青春を駄
目にしてこの始末.これはとっても償われるなんて代物ではない.こう言って
Gow-erはあたふたとThisbeを自害さしてしまって,死んでも二人は一緒
だといった彼女の言葉を全然省略している. XI Pyramusが早合点をした結果
自ら自害へ走った点は愛が盲目で恋する者を自害-追い遣るぐらい強いという
ことなのだが, GowerはThisbeにこうしたCupidの愛を大変無秩序なら
のとして受け止めさせている.この点Gowerはこれ以上Pyramus, Thisbe
二人の愛を宮廷愛でもって追いかけて行くのではなくConfessorの教えを
持ち出して盲目な変を神の教えに持って行くことを急いでいる.
Bewar that of thin oghne bale 〔-thy own destruction〕
Thou be noght cause in thi folhaste,
And kep that thou thi witt ne waste
Upon thi thoght in aventure,
Wherof thi lyves forfeture
Mai
falle
‥
(1496-1501)
これに反してChaucerはここでもOvidに忠実.それでいて,身分が高
くって生れがいい娘が自害するなんて,そんなようなことで体を曝すことは廟
い下げにしてもらいたいもの,でも女だからといって男みたいに愛に身を捧げ
ていけないとは神様だって仰言るまいから,私はこれから早速女の愛を身をも
ll Cf. Ovid p.106: Only death could have separated you from me, but
not even death will part us. Ovidではこの前後が相当ある.
「PyramusとThisbeの話」に対するChaucerとGowerの取扱いの相違63
って示そう,こういったことをThisbeの言葉として追加している.
And lat no gentil woman hyre assure
To putten hire m swich an aventure.
But God forbede but a woman can
Ben as trewe in lovynge as a man!
And for my part, I shal anon it kythe.
(908-912)
愛は盲目だからCupidに支配されている恋人が愛に殉じるのは愛の神に忠
実なことだという意味をChaucerはThisbeの言葉に負わしているのかも
しれない,またそうでないかもしれない.愛の問題を男女一般に及ぼして男だ
から女だからといって愛に違いがあろう筈はない.すると死をもって相手に操
をたてる男もいるということは女冥利に尽きること. Pyramusがそういう男
なんだけれど,いっそ愛するのなら女だってこんなような愛し方が出来ないと
いうことはない,こうも言っている.
For it is deynte 〔-delight〕 to us men to fynde
A man that can in love been trewe and kynde C-tender〕.
Here mayye se, what lovere so he be,
A woman dar and can as wel as he.
C920-923〕
こういう言い方でChaucerは宮廷愛が現実には大変低調だということを暗
示しようとしたのかもしれない.それが宮廷愛を啓蒙する意図を持たないでた
だ単に宮廷愛と現実との差を暗示するだけだとすると, ChaucerはLegend
を償いとして始めたにかかわらず宮廷愛に対してはやっぱり大変消極的になっ
ていたということである.それはともかくChaucerはOvid尊重,人間の気
持という点ではOvidより詳しい. Gowerは盲目の愛に神の教えを持って来
るのに忙しいというわけ.それかあらぬかGowerの話はOvidとすると内
容に不注意な変更があるのが目立つ.
比良俊典
64
Gowerの主な変更
OvidではPyramusとThisbeが購曳する塀の割目Cclyfte)は大変細く
って塀が拝えられた時すでに出来ていたものなのだが,12 Gowerはそれを穴
Chole)にして二人は愛するあまり塀にこの穴をあけたと説明している.
Chaucerでは大体Ovidの通りになっていて割目はもう随分と前に塀が出来
た時入ったものになっている.ただ縦にまっすぐ入っているとか,大変細いの
で向こう方は全然見えないとか説明が細かくなっている.
Chaucer ll. 737-741:
Gower ll. 1370-1371:
This wal, which that bitwixe
And thus betwen hem two thei
hem bothe stod,
Was clove a-two, ryght from the
sette
An
hole
upon
a
walltomake‥.
top adoun,
Of olde tyme of his fundacioun;
But yit this clyfte was so narw
and lyte,
It nas nat sene, deere ynogh a
myte.
それからライオンが獲物を食って水を飲むところの順序もGowerはOvid
とはすこし違っている. Gowerではライオンは獲物を探しに野原に来てそこ
でThisbeと出食わす, Thisbeはびっくりして薮に逃げ込んだ,そのあと獲
物を食ったライオンが泉へ水を飲みに来る,こういうことになっている.とこ
ろがOvidではライオンが野原にやって来た時は既に獲物を食ったあと口が
渇くから水を飲みに来たのだからそこの所がすこし違っている. Gowerの
`Leoun'これもOvidでは`lioness'になっていてただIionではない.ラ
イオンにびっくりしてThisbeが隠れた場所もOvidは洞穴(cave)にして
12 Ovid p. 104: There was a crack, a slender chink, that had developed
in the party wall between their two houses, when it was being built
「PyramusとThisbeの話」に対するChaucerとGowerの取扱いの相違65
いるので薮(buissh)はGowerの変更.13こういった点ChaucerはOvid
のままで変更はない.ただここでも説明はOvidよりも念入り.
「1413:
Chaucer ll. 805-808, 811:
Gower ll. 1392-1393, 1401-1403,
Alias! than cometh a wilde lyo-
‥.
sche
comende
a
Leoun
syh
C-sawJ
nesse
Out of the wode, withoute more
Into the feld to take his preie.
arest 〔 --delay〕,
With blody mouth, of strange!-
°
Whan he hath eten what he
wolde,
ynge of a best 〔-beast〕,
To drynken of the welle there
as she sat.
To drynke of thilke stremes colde
Cam
to
the
welle‥.
°
°
And in a cave with dredful fot
she sterte C-started〕.
Withinne a buissh sche kepte
hire clos.
このあとPyramusはThisbeのベールが血まみれになっているのを見て
早合点し死ぬことになるのだがこの時のPyramusの言葉をGowerはOvid
とすると極めて簡単に済している,14 Thisbeは自分のためにこんなことにな
った.この罪は私にある.だから自害する.こういった塩梅である.これに対
しChaucerはほとんどOvidの通り.いっそ生まれて来なければよかった.
今夜限り.一晩のうち二人とも死んでしまうんだ.私のためThisbeが死ん
だということになると私は何と言ってThisbeに詑びたらいいんだろう.こ
13 Ovid p.105".... a lioness, fresh from the kill, her slavering jaws
dripping with the blood of her victi血s, came to slake her thirst at the
neighbouring spring. While the animal was still some distance off, Thisbe
saw her in the moonlight. Frightened, she fled into the darkness of a
cave, and as she ran her veil slipped from her shoulders, and was left
behind.
14 Cf. Ovid p.105: "This night will bring about the death of two fond
lovers, and of the two she deserved to livefarmorethan I. 'Tis I who am
to blame: poor girl, it was I who killed you! I told you to come, by night,
to a place that was full of danger, and did not arrive first myself. Come,
all you lions who live beneath this cliff,come and tear me limb from limb!
With your fierce jaws, devour my guilty person. But it is a coward's trick,
only to pray for death!"
比良俊典
66
んな危い所に,しかも夜女に来るように言ったなんて.そのためThisbeは
死んでしまったんだ.それにしても来るのが遅かった.貴女の所へもう二百米
も近づいていたら.さあ,この森にどんなライオンがいるかしらないけれど出
て来てこの体を八つ裂にするといい.どんな乱暴な獣がいるかしらないけど,
さあこの心臓を引裂いてくれ.
Chaucer ll. 833-844:
Gower ll. 1431-1433:
"Alias," quod he, "the day that
`I am cause of this felonie,
I was born!
This o nyght wol us lovers bothe
So it is resoun that I die,
As sche is ded be cause of me.'
sle!
How shulde I axe mercy ofTisbe,
Whan I am he that have yow
slayn, alias!
My biddyng hath yow slayn, as
in this cas.
Alias! to bidde a woman gon by
nyghte
In place there as peril falle
myghte!
And I so slow! alias, I ne hadde
be
Here in this place a furlongwey
or ye!
Now what lyoun that be in this
forest,
My body mote he renten, or
what best
That wilde is, gnawe mote he
now myn herte!'
こう言ってPyramusが自害したあとThisbeが, Gowerでは薮, Chaucer
「PyramusとThisbeの話」に対するChaucerとGowerの取扱いの相違67
では洞穴から出て来て恋人が地面に倒れているのを見付け大変悲しむことにな
るーここでもGowerはOvidをすこし変えPyramusが早合点して死神を
捕えThisbeが名前を言ってももう通じないようにしているけれど, Ovidは
Pyramusを殺してしまうことをしないでThisbeが名前を言うとまだすこし
脈があって重い目を開け彼女を一寸だけ見てそこで初めて死ぬことにしてい
る.15ここの所はChaucerによると「この可哀想な男は死んでしまってい
たわけではなかったからThisbeが名前を大声で言うのを聞くと,死にがけ
の重い目でThisbeを一目見るとぐったりなって息が絶えた」のである.
ChaucerはあいかわらずOvidに倣い, Gowerは説明を簡単にしている.
Gower ll. 1446-1447:
Chaucer ll. 883-886 :
This woful man, that was nat
‥.he
sprite
With his folhaste and deth he
fully ded,
Whan that he herde the name of
nam.‥
Tisbe cryen,
On
hire
he
caste
his
hevyノdedly
yen.
And doun agayn, and yeldeth
up the gost.
15
Ovid
already
p.106:
heavy
At
with
Thisbe′s
death′s
name,
stupor;
Pyramus
then,
opened
with
one
his
last
eyes,
look,
which
were
closed
them
forever.
(昭和39年9月30日受理)
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