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論文要旨・審査の要旨

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論文要旨・審査の要旨
学位論文の内容の要旨
論文提出者氏名
論文審査担当者
論
文
題
目
伊藤
主
査
中村
正孝
副
査
樗木
俊聡、内田
剛
信一
Lineage-specific expression of bestrophin-2 and bestrophin-4 in human
intestinal epithelial cells
(論文内容の要旨)
<要旨>
腸管上皮細胞は Cl-や HCO3-などのイオンの分泌、吸収を行い、生体の恒常性維持に貢献してい
る。Bestrophin 遺伝子は BEST 病の原因遺伝子として新規に同定された Cl-チャネルファミリーを
コードする遺伝子群であり、ヒトに於いて 4 つの Family 遺伝子(BEST1-4)が存在することが知
られている。これらの内、BEST2、BEST4 の mRNA がヒト腸管組織に於いて検出し得ることが報告
されているが、腸管組織における詳細な発現部位や発現制御機構については明らかとされていな
い。本研究では、ヒト腸管組織を用いた蛍光免疫染色法により、1) BEST2 及び BEST4 はいずれも
ヒト腸管上皮細胞の側底膜に発現していること、2) BEST2 は大腸杯細胞特異的に発現する事、3)
BEST4 は小腸及び大腸の吸収細胞特異的に発現している事、を明らかとした。更に杯細胞減少が
みられる潰瘍性大腸炎(UC)活動期の組織において BEST2 の発現が著しく低下していた事から、
同分子の系譜特異的発現分布は病的環境に於いても維持されているものと考えられた。また、ヒ
ト腸管上皮由来培養細胞を用いた杯細胞及び吸収細胞の分化誘導モデルを用い、遺伝子発現変化
を解析した結果、杯細胞の分化誘導により BEST2 が、吸収上皮細胞の分化誘導により BEST4 の発
現が誘導されることが確認された。以上より BEST2、BEST4 はそれぞれヒト腸管上皮細胞において
系譜特異的に発現が制御されている事が示された。次に、両分子の発現を制御する分子機構を明
らかにする為、杯細胞及び吸収上皮細胞への分化制御を司る主たる分子機構である Notch シグナ
ルとの関係に着目した。ヒト腸管上皮由来培養細胞において Notch シグナルを抑制する事により、
BEST2 の発現誘導を認めた。一方、活性型 Notch 分子(NICD)を強制発現する事により、BEST4
の発現が誘導された。従って BEST2、BEST4 の発現は Notch シグナル活性化の有無により規定され
ているものと考えられた。本研究で明らかとなったヒト腸管上皮における BEST2 及び BEST4 の系
譜特異的発現は、ヒト腸管杯細胞及び吸収細胞を同定する新たな分子マーカーを提示したのみな
らず、各系譜の特異的な機能と密接な関わりを持って BEST2 及び BEST4 が発現制御されている可
能性も示した。
<諸言>
腸管上皮細胞に発現するイオンチャネルは、消化管管腔と粘膜内との間に電解質の濃度勾配を
- 1 -
形成する事により水分の吸収・分泌を可能とし、これにより体液の恒常性維持に主たる役割を担
っている。Cl-と HCO3-は水分の分泌・吸収に最も重要なイオンであり、Cl-の過剰分泌はコレラ
等の下痢疾患の病因である事が明らかにされている。
Bestrophin は 1998 年に Marquardt、Petrukhin らにより黄斑部の網膜、脈絡膜等が進行性に変
性萎縮し視力低下をきたす卵黄状黄斑ジストロフィ(BEST 病)の責任遺伝子として同定された。
ヒトに於いて 4 種のファミリー遺伝子(BEST1-4)が存在する事が明らかにされており、同遺伝子
にコードされる Bestrophin 蛋白は Cl-チャネル又は HCO3-チャネルとして機能し得る事が示され
ている。
BEST1 はヒト網膜上皮で主に発現している事が明らかにされている。一方、BEST2 及び BEST4
の mRNA はヒト腸管で検出可能である事が報告されているものの、同組織内における発現分布の詳
細は明らかとされていない。またマウスを用いた研究において、BEST2 の欠損により自然腸炎の
発症やデキストラン硫酸誘発腸炎の回復遷延を呈することが示されている。従って BEST2 の発現
は腸炎の発症や粘膜治癒に重要な役割を担っている可能性が考えられるが、炎症性腸疾患患者の
腸管に於ける BEST2、BEST4 の発現分布は明らかとされていない。
本研究では正常及び病的ヒト腸管における BEST2 及び BEST4 の発現分布の詳細を明らかとし、
更に腸管上皮細胞における Notch シグナルの活性化が両分子の発現を制御し得る可能性について
検討を行なった。
<方法>
ヒト小腸、大腸の手術切除検体を用い、蛍光免疫染色法により腸管組織における BEST2 及び
BEST4 の発現分布を同定した。更に蛍光二重免疫染色法を用い、腸管組織に於いて BEST2 及び BEST4
を発現する細胞の系譜同定を行った。BEST2 がヒト腸管杯細胞特異的に発現誘導される過程を解
析する為、HT29 細胞にガンマセクレターゼ阻害薬である LY411575 を添加し、杯細胞分化を誘導
するモデルを用いた。一方、BEST4 がヒト腸管吸収細胞特異的に発現誘導される過程を解析する
為、Caco2 の持続的コンフルエント培養により吸収上皮細胞分化を誘導するモデルを用いた。両
モデルにおける BEST2 及び BEST4 を含む遺伝子発現の経時的変化を定量的 RT-PCR 法、及び細胞免
疫染色法により解析を行った。腸管上皮細胞における Notch シグナル活性化が BEST2 及び BEST4
の発現を制御する可能性について検討する為、Ls174T 細胞を用い、Doxycycline(DOX)依存的に
NICD を強制発現し得る細胞を樹立した (Ls174T-NICD 細胞)。同細胞に DOX 又は LY411575 を添加
した際の遺伝子発現変化を定量 RT-PCR 法により解析した。
<結果>
ヒト腸管組織を用いた蛍光免疫染色法を行った結果、BEST2 はヒト正常大腸の上皮細胞側底膜
に限局して発現を認めたものの、正常小腸組織においては発現を認めなかった。一方、BEST4 は
ヒト正常小腸及び大腸の両組織に於いて上皮細胞側底膜に限局した発現を認めた。蛍光二重免疫
染色により BEST2 はヒト大腸上皮に分布する MUC2 陽性細胞に一致して発現する事が明らかとな
り、BEST2 はヒト大腸杯細胞特異的な分子である事が示された。一方、BEST4 は正常小腸及び大腸
上皮に分布する Villin 陽性、CD10 陽性細胞に一致して発現を認めた事から、腸管吸収上皮細胞
- 2 -
特異的な分子である事が示された。更に活動期の UC 患者の大腸組織に於いて、BEST2 の発現は疾
患活動性と杯細胞の減少に応じた発現低下を認めた。これらの結果から、ヒト腸管上皮に於いて
BEST2 及び BEST4 の発現はそれぞれ異なる細胞系譜に厳密に制御されている事が明らかとなった。
実際、HT29 細胞を用いた杯細胞分化誘導モデルに於いては、MUC2 の発現上昇を指標とする杯細胞
分化の進行・成熟に一致し、BEST2 の経時的な発現誘導が可能であった。また、Caco2 細胞を用い
た吸収上皮細胞の分化誘導モデルに於いては、Villin や Sucrase-Isomalase の発現上昇を指標と
する吸収上皮細胞分化の進行・成熟に一致し、BEST4 の経時的な発現誘導が可能であった。Ls174T
細胞に於いて NICD を強制発現することにより Notch シグナルを活性化すると著しい BEST4 の発現
上昇が誘導される一方、LY411575 を添加することにより BEST2 の発現が誘導される事から、ヒト
腸管上皮細胞に於いて BEST2 及び BEST4 のいずれを発現し得るかは Notch シグナル活性化の有無
により規定される可能性が示された。
<考察>
本研究により、BEST2 はヒト大腸に於いて杯細胞特異的に発現している一方、小腸には発現し
ていない事が明らかとなった。これまで MUC2、TFF3 等が杯細胞特異的遺伝子として同定されてい
るが、これらはいずれも小腸及び大腸に共通した発現が示されている。従って我々が示した BEST2
の発現分布は、従来の杯細胞特異的遺伝子には見られない特徴を有しており、更に小腸及び大腸
に分布する杯細胞がそれぞれ異なる遺伝子発現パターンを有している事も示している。今後、
BEST2 を含む大腸杯細胞特異的な遺伝子を同定・解析する事により、小腸及び大腸に分布する杯
細胞の機能的相違が明らかとなる事が期待される。
さらに本研究により、BEST4 がヒト小腸及び大腸に於いて吸収上皮細胞特異的な発現分布を示
す事が明らかとなったが、吸収上皮細胞の全てには発現しておらず、同上皮細胞の一部で発現を
認めるという特徴も有していた。従来、吸収上皮細胞は同等な遺伝子発現・機能を有する一郡の
分化した細胞と捉えられてきたが、本研究が示した結果は、ヒト腸管吸収上皮細胞が BEST4 発現
の有無を指標に少なくとも 2 種類の細胞群に亜分類することが可能であることを明確に示してい
る。今後、これら 2 群間において遺伝子発現の差異をより網羅的かつ詳細に解析する事により、
両群の細胞が各々有する亜系譜特異的な機能が明らかとなる可能性が考えられる。
本研究では UC 患者の腸管上皮に於いて、疾患活動性に伴い、杯細胞の減少と同時に BEST2 発現
の減少も誘導される事を明らかにした。UC 患者における過去の研究では NHE3 や DRA 等の HCO3トランスポーターの発現が疾患活動性に伴い低下することが示され、同疾患の主たる臨床症状で
ある慢性下痢の要因と考えられている。従って UC 患者の活動期粘膜に見られた BEST2 の発現低下
も、慢性下痢等の臨床症状の要因となっている可能性が考えられる。
<結論>
ヒト腸管上皮において BEST2 は大腸杯細胞特異的、BEST4 は小腸・大腸の吸収上皮細胞特異的
に発現が制御されており、Notch シグナル活性化が両分子の発現を規定している。
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論文審査の要旨および担当者
報 告 番 号 甲 第
論文審査担当者
伊藤
4 6 0 4 号
主
査
中村
正孝
副
査
樗木
俊聡、内田
剛
信一
(論文審査の要旨)
申請者は、ヒトの腸管組織での Bestrophin 分子 BEST2 と BEST4 の発現分布と発現調節の研究
を行った。Bestrophin は Cl-チャネル/HCO3-チャネルとして働き、腸機能の恒常性に重要である。
正常ヒト腸管で BEST2 は大腸杯細胞に発現が限局していること、BEST4 は大腸と小腸の吸収上皮
細胞に特異的に発現していることを組織免疫染色法で明らかにした。培養細胞を用いた分化モデ
ルで、BEST2 は Notch-Hes1 シグナル系がオフの杯細胞分化に伴って発現誘導され、BEST4 は同じ
シグナル系がオンの吸収細胞への分化で発現が認められた。
本研究により、ヒトで BEST2 と BEST4 が腸管細胞の特異的なバイオマーカーであることを確立
し、今後の潰瘍性大腸炎などの病態解明に寄与することが期待され、意義のある成果と言える。
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