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本文ファイル - 長崎大学 学術研究成果リポジトリ

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本文ファイル - 長崎大学 学術研究成果リポジトリ
NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE
Title
貝殻結晶の成長に関する合成的研究 第8報 : 前報への補充実験
Author(s)
今井, 壮一; 森下, 浩史
Citation
長崎大学教育学部自然科学研究報告. vol.23, p.49-61; 1972
Issue Date
1972-02-29
URL
http://hdl.handle.net/10069/33022
Right
This document is downloaded at: 2017-03-31T05:59:36Z
http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp
長崎大学教育学部自然科学研究報告 第23号 49-61 (1972)
49
貝殻結晶の成長に関する合成的研究
第8報 前報への補充実験
今井 壮一・森下 浩史
長崎大学教育学部化学教室
(昭和46年10月30日受理)
Synthetic Studies on the Growth of
Shell Crystals
8. Complementary Experiments of
the Previous Papers
Soiti IMAI and Hirohumi MORISHITA
Chemical Laboratory, Faculty of Education,
Nagasaki University, Nagasaki
(Received October 30, 1971)
マツハガイの貝殻を直接観察し,第6報のレプリカフイルムによる観察結果を明確にした。また貝殻
成長に関するコアセルベート説を実証するために新たな実験を行ない,アコヤガイその他の真珠層表面
の状況に近似した成長像を作ることができた。第7報の楕円結晶に関しては重ねて合成を試みたが肋骨
状の模様があるものは作ることができなかった。
1.緒
言
第6報])では標本用の貝殻について多種類にわたり,レプリカ用フイルム像として内側表面
を観察した結果の写真を示したが,その中でマッハガイは頚微境のピントを上下に移動させる
ことによって二種額の像が見えることを述べた。この事情を知るために今回は我々が採集した
殻を適当に切って直接に観察し,またアサリやサザェについても貝殻断面の観察を行なって資
料の補充とした。
同報告で提唱した貝殻の成長に関するコアセルベート説について,実験的な面としては粒子
の発生状況を観察した程度の報告に過ぎなかった。そのご実験法を改めることによって着生物
を二次元的に成長させることができ,自説に対して最も有力な根拠となりうるような結果を得
50
今井壮一・森下浩史
たので報告する。しかしながら,これも模型実験であって一歩前進したに過ぎず,着生物の三
次元的な継続成長と質的な改良が今後の大きな課題である。
第7報2)で示した楕円結晶のうち,肋骨状の模様が見られるものについては,なお疑惑を感
じていたので貝の分泌液を利用して検討を加えた結果,それは貝殻上で形成されたものではな
くて微生物の遺体であることを認めた。
2.観察および実験
貝殻の断面観察は鉱物の顕微境用薄片を作る要領に従って,破片をバルサムで固定し,1000
番の研磨粉を用い,ガラス板上で研磨した薄片について行なった。貝殻の観察結果は第1∼5
図版に示した。
コアセルベート説に基づく結晶生成実験としては,透折用のセロファン膜を利用して生成反
応を徐々に行なわせるようにした。その装置は試験管を適当な長さに切って,口部に膜を張り
糸で結びつけたものを内槽とし,これを直径5倣あまりの円筒中に吊した。外槽用の円筒とし
ては5000のメスシリンダーを利用し,内槽の試験管を吊すにはボール紙に孔をあけて管をさし
込んだものを外槽の口の所で支えるようにした。内槽の中ヘカルシウム塩・アルブミン・プロ
タミンその他の成分を含む溶液を入れ,外槽の中へは炭酸水素ナトリウムの溶液を入れて,内
外の液面が同じ高さになるように調節して一夜放置した。結晶が着成したのち膜を取りだし,
静かに水洗して円板状に切ってからガラス板にのせて顕微鏡で観察した。保存するものは膜が
乾かないうちに透明糊でスラィドガラスにはりつけた。このような方法で最初カルシウム塩と
炭酸水素ナトリウムのみを用いて試みた実験によって,カルシウム材料として塩化カルシウム
よりも酢酸カルシウムの方が複雑な結晶を生じ易く,有機物ともなじみ易いのではないかと感
じたので,今回は専ら自作した酢酸カルシウム溶液を用いた。その他の材料は前報に記したも
のと変りはない。
楕円結晶の生成については,店頭で生きのよい材料を入手し易かったのでサザエを利用し,
殻を割って外套膜を切りとり,簡単に蒸留水で洗ってガラス板上にのせ,しばらく放置してか
ら膜を除き,残液を自然乾燥させたものと,蒸留水の代りに硫酸塩その他を含む溶液で数秒問
洗ってガラス板上にのせ,以後は上と同様に処理したものとを比較した。その結果後者の方に
楕円結晶が現われ易いことを確実に認めた。しかしながら肋骨状の模様があるものは得られな
かった。のみならず蒸留水で洗った方の試料についても希には肋骨構造のある楕円体が認めら
れた。この実験によって生成した楕円結晶の一例を第4図版の写真52に示した。
3.考
察
マツバガイの貝殻内面は半径の約%ぐらいの範囲にわたって中央部が褐色になっていて,そ
の外周が真珠光沢をもっている。第一図版の写真1・2は褐色部から外方に向つて真珠層の約
%近く離れた部分の表面で,多数の隆起が見られる。5はその地膚の紋様の一例である。4・
5はその附近の半径方向に沿った断面を示す。この位置から外方に移るに従って隆起は見られ
なくなり,約%あまり離れた附近から第6報の写真20のような殻縁に垂直な平行紋が見られ
る。その過渡部の表面状況が同図版の18・19であった。それらに相当する附近の断面状況が本
報の写真6・7である。8は同じ薄片を落射照明で写したもので,透過光では光が散乱されて
貝殼結晶の成長に関する合成的研究(第8報)
51
暗く見える所が明るく現われていて,結晶が微細であることが想像される。本報の9・10・11
は殻縁にやや近く第6報の20に相当する部分の断面であって,10は.9の落射照明写真である。.
これらの断面は層状構造ではあっても,単純なものではなく,特に7では下層にも半球状の隆
起構造が埋没しているように感じられる。9と10を見くら琴ると微結晶の球状集団が連うて内二
包きれているように思われる6てれらの断面所見から,ある液相中に特に濃厚な粒状の第二液
相が混在し,1それらが塗りつけられたような印象を受ける。12と14は殻縁断面の連続写真で,
12の左の方は真珠層の先端にあたり犬部分は外殻である。14の下方は殻の末端になるが湾入部
は研磨中に欠落したところである。15は12の真珠層の最先端が外層と接続している部分の拡大
写真で,上部が外層であり下半が真珠層の先端である。15・16は縁に近く平行紋が見られる部
分を裂いて透過光で写したもので,写真の左右方向が殻の輪郭に平行である。この方向には写
真にも現われているように線状に割れ易いが,また表面とほぼ平行な薄片にもはげすやい。こ
の貝殻の真珠層は繊細という感じの構造的特徴が認められ,この形成に関与するタンパク質な
ども恐らく分子量の小さいものではないかと想像する。X線によるデバィ写真は方解石型であ
った。
第5図版の写真17∼20はアサリの殻の腹縁部の断面状況で17・18の左端に少し真珠層が見え
ている。19は18の下端を拡大したもので,殻の外層にも見事な層状成長が認められる。20は
殻端を内外両面から研磨した試料で19の試料面に垂直な断面に相当し,第6報の15に関連する
ものである。
写真21・》24はサザエに関するもので,殻の外側に口縁に平行な特徴あるひだが形成される点
に興味を感じて注目した。21・22はひだと貝殻面に垂直な方向の断面で,・21はひだ先端の状況・
を示し,22は左の方に真珠層が見え右端はひだの基部までしか現われていない。25は外套膜の
縁端に近い部分を膜面に垂直な方向から見た状況で,山脈状の荒い凹凸が平行に存在する。そ
の方向は殻外のひだと平行している。24は25の位置から少し奥に進んだ部分の状態を示す。以
上の状況を考え合すとサザエの殻のひだの形成には外套膜の表面構造が関係しており,かつ殻
が成長する際に何らかの外力が作用しているように思われる。第5報3)でもアコヤガィなどの
真珠層表面の紋様に関連して,外套膜表面の状態と塗りつけ作用の影響を無視し得ないことを
述べたが,今回の観察を通じても益々その感を深くした。
第4図版の写真25は殻長約5㎝のアコヤガイの真珠層表面を示し,26は同じ殻の真珠層末端
が稜柱層の上に伸びて行く状況で,写真の下方が真珠層側である。27∼31は今回の実験で透析
膜上に形成したものであって,29・30は積層構造を検するために28の試料の一部を薄刃で斜に
切った所を示す。50の下方に当る厚い斜面は透析膜で,その上方に細い白線をはさんで太い黒
線が2本平行に見えているのが,二重の沈着層である。 この切断面の観察で不満に感じたこ
とは,炭酸カルシウム結晶の成長が貧弱であって,無機結晶らしい破砕面が見られなかったこ
とである。しかしながら27・28は25・26とかなりの類似性が認められる。51はマツバガィに関
する写真1とよく似ており,28は第5報3)の写真9に最もよく似ているように思われる。それ
はイケチョウガィの蝶番部に近い平らな部分の真珠層面で外套膜が直接には触れにくい所では
ないかと想像される場所であった。
母液の組成については, なお今後の検討を必要とするが現状では次のような結果を得てい
る。すなわち,内槽に入れる液は1000につき硫酸プロタミン67η9,硫酸ナンモニウム5,η9,リ
ン酸水素ニナトリウム (Na2HPO・・12H20)0.5∼1?π9,カルシウム(酢酸塩の形のもの)
0,5∼0.6伊π9,アルブミン17η9の割合になるように,それぞれの溶液を上記の順に加え,最後
52
今井壮一・森下浩史
にろ過して約5‘oを用いた。外槽の液は水50‘0に炭酸水素ナトリウム約40吻8にしたのが写真
27・28である。27は母液の無機塩濃度の低い組成で最後のろ過を省いた場合のもの,28は無機
塩濃度の高い組成とし最後にろ過して内槽に入れた結果である。51は27と同じプレパラートの
別の区域で見られたものである。成分を混合し終ると流動性が少し悪くなるように感じられ,
ろ過して用いた方が沈着層が均質になり易いように思われた。外層液については炭酸水素ナト
リウムの量を60∼80ア”gにして濃くすると融合してできる沈着層が小さな島の密集したような
状況を呈したが,40吻9前後にしたときは平板的に広範囲に渡って一体化し易いようであった。
内槽液の成分のうち硫酸プロタミンだけを欠如した母液を用いた場合は厚みのある菱形の結
晶と半球状の花のような結晶とが点在し,肉眼的にも白点が散布しているように見えた。また
アルブミンだけを欠如した母液を用いたときは極めて微細な粒子が付着しているのみで,肉眼
的には何も着かなかったように見えた。アルブミン溶液と硫酸プロタミン溶液のみを混合した
もののpHは約5.5付近であって,コアセルベート粒子は見えないが,pHが8∼8.5になると
顕微鏡下で粒子が認められるようになり,9∼10になると液は強く濁って顕微鏡下ではやや大
きな粒子が見られる。前述の内槽液としての成分を混合したものはpHが6.5付近であるが,
アンモニアを加えて8.5前後に調節して実験を行なうと膜上には多量の沈殿が積るが,水洗の
際にはほとんど流失して定着した状態のものはあまり見られなかった。
以上の諸点を考え合わせると写真28のような結果が得られたのは,内槽液の底部に炭酸水素
ナトリウムが浸透してきてpHが増大することにより,コアセルベート粒子が発生し成長する
と同時に炭酸カルシウムの結晶も析出するようになったためであろう。この際コアセルベート
粒子の融合性は微細な時期には著しいが,ある程度の大きさに成熟したのちは低下すると考え
られる。
貝殻結晶が成長する場合の事情は複雑であって今回の実験のようなものでないことは云うま
でもないが,その過程においてコアセルベート粒子が関与することを推定することはこの実験
結果から見て大過ないであろう。しかしさざえの外殻のようなものの成長については別の考え
方が適当かも知れない。
写真52はさざえの外套膜分泌液を利用して得られた結晶であるが,前にも述べた如くこの結
果からして貝殻に見られる楕円体が総てこのような原因による結晶と考えるのは行き過ぎであ
ると思う。参考のために写真の結晶を得た場合の外套膜処理液を附記すれば下のようであっ
た。CaSO4(飽和水)0.8+CaC12(Ca2.6)0.55+Na4P207・10H20(0.5)0.4+NaHCO3〆21)
0.1+水4一一計5.6500 括孤内は濃度でη9/co単位,その次は液量を‘o単位で示した。この液
に約5秒間浸して洗った膜を用いた。
この度の実験についてデバィ写真の撮影は教養部の柴田昇教授の御援助によったもので厚く
感謝致します。また実験の一部は森由貴子君の協力によったことを記して謝意を表わします。
文
献
1)今井壮一:長崎大学教育学部自然科学研究報告 第21号 15−52(1970)
2)今井壮一・森下浩史:同上 第21号 55−42(1970)
5)今井壮一:同上第19号 47−61(1968)
54
写真説明
第1図版
1.マツバガイ真珠層,比較的内方
2. 同 上, 1のはずれ
5. 同 上, 1,2附近の地紋
4. 同 上, 殼の面に垂直な断面薄片
5. 同 上, 同上で隆起部を示す
6. 同 上, 同上で少し外部よりの所
ワ. 同 上, 6より一層外方
8. 同 上, 7の落射照明写真
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57
第 2 図 版
9.
マツバガィ真珠層,断面薄片でワより更に外方
10.
同・ 上, 9の落射照明写真
11.
同 上, 9の附近で写真下方が殼の内側表面になる
12.
マツバガイの殼の縁端附近の断面薄片
15.
同 上, 真珠層の先端附近で下半が真珠層を示す
14.
同 上, 写真下方が外殼の先端,上方は12に接続する
15.
マツバガイ真珠層結晶の剥離片
16.
同 上, 写真下方が殼縁方向
×10Q
X100
×400
×100
×40Q
・×100
×100
×100
58
第 3 図 版
17.
アサリの貝殼の面に垂直な断面薄片
18.
同 上, 上方は1ワに接続し,下方は殼の縁端で外殼の構造を示す
19.
同 上, 18の拡大写真
20.
アサリの貝殼の面に平行な断面で殼端部
21.
サザエの殼のヒダに垂直な断面薄片
22.
同 上, 左側に真珠層を含む
25.
エザエの外套膜表面で,外端に近い部分
24.
同 上, 内方部の膜面
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第 4 図 版
25.
アコヤガイの真珠層表面
26.
同じ殻の真珠層先端附近
27.
合成結晶
28.
同 上,母液をろ過して用いたもの
29.
プレパラート28の均着部の破面
50.
同上の斜切断面
51.
プレパラート27の一部
52.
サザエ外套膜の分泌液を利用した人工結晶
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×400
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