...

カワヤツメ血漿タンパク質の分離とその性質

by user

on
Category: Documents
13

views

Report

Comments

Transcript

カワヤツメ血漿タンパク質の分離とその性質
北海道教育大学大雪山自然教育研究施設研究報告 第33号
カワヤツメ血漿タンパク質の分離とその性質
Reports of the Taisetsuzan Institute of Science No. 33
平成11年3月
March 1999
カワヤツメ血漿タンパク質の分離とその性質
矢沢洋一 *・田浦知子 *・大平愛子 *・広瀬季恵 *・上堂地美佳 ‡・山本克博 †
*
北海道教育大学旭川校養護課程基礎医科学教室
‡
北海道大学大学院理学研究科生物科学専攻
†
酪農学園大学食品科学科
Isolations and Characteristics of Lamprey Plasma Proteins
Yoichi Y AZAWA * , Tomoko T AURA * , Aiko O HIRA * , Toshie H IROSE * ,
Mika K AMIDOCHI ‡ , and Katsuhiro YAMAMOTO †
*
Department of Basic Medical Science, Asahikawa Campus
Hokkaido University of Education, Asahikawa, 070-8621 Japan
‡
Department of Biology, Faculty of Science, Hokkaido University,
Sapporo, 060-0810 Japan
†
Department of Food Science, Rakuno Gakuen University, Ebetsu, 069-8501 Japan
Abstract
The plasma protein composition of river lamprey (Lampetra japonica) was studied
and compared with human plasma proteins. Lamprey plasma albumin (LPA) was eluted
as a main peak by gel filtration of Sephadex G-200 column. The molecular weight of
LPA was determined to be 340kDa by gel filtration under the physiological conditions
and 170kDa by SDS-PAGE, respectively. The molecular weight of LPA was much higher
than that of human serum albumin (HSA) , 68kDa. According to the electron microscopic
photograph, the diameter of LPA molecule was 23.3nm and that of HSA was 10nm.
The second peak eluted from Sephadex G-200 gel column had the molecular weight
of 90kDa. According to SDS-PAGE, the peak was consisted of three components and
molecular weights of each component were 18, 16, and 9kDa respectively, and their
components could not be found in human plasma. It seems that their components are
specific proteins to be present in lamprey plasma and not in human plasma.
はじめに
ヤツメウナギ(lamprey)は,メクラウナギ(hagfish)と共に魚類からヒトに至る脊椎動物の中で
最も原始的な部類である無顎類の円口類に属しており,現存している最も貴重な動物達の中に数え
られ,生きている化石の一つとされているが,現在の主な生息域は北半球側にある.それゆえ,欧
米を中心に多くの研究報告が出されており 1),動物の進化の研究や我々人体の機能解明のために貴
重な情報を与えてくれている.
−33−
矢沢洋一・田浦知子・大平愛子・広瀬季恵・上堂地美佳・山本克博
しかし,この様に貴重な情報を与えてくれているヤツメウナギを用いた研究は,我が国では非常
に少ない.我が国において生息しているヤツメウナギは,スナヤツメとカワヤツメ( Lampetra
japonica)の2種類であるが,スナヤツメは全国的に分布していたものが,河川の汚濁により,極端
に減少した上にサイズが小型である.一方,カワヤツメは,北海道と本州中部以北の日本海沿岸の
河川に生息する長さが50∼60cmの世界で最大のヤツメとして知られており,特に北海道には石狩
川を含めた河川に豊富に生息している.一方,本州の東北地方や日本海沿岸の河川における生息数
はわずかとなってしまった.カワヤツメがこの特定の地域にしか生息していない事が日本国内での
研究報告の少ない原因と考えられる.
我々は,この貴重なカワヤツメを実験材料として研究を続けてきたが 2),3),4),今回はヤツメ血
液中の血漿中に含まれているタンパク質の同定を行った.そして,ヤツメアルブミンの分離精製と
その性質を検討した後,人血漿蛋白質と比較検討した.
実験材料と実験方法
血漿と血清の調製
カワヤツメ( Lampetra japonica)は,石狩川に生息する生きた新鮮なものを,江別市漁業協同組
合および石狩市漁業組合より購入したものを用いた.5mlのディスポーザブルシリンジに少量の抗
凝固剤(ACD液)を加えてシリンジ内を湿らせた後にカワヤツメの心臓に穿刺して直接採血後,試
験管に移して37゜Cで1時間放置後,冷却遠心器で2000rpm,10分間遠心した後,上清を駒込ピペッ
トかパスツールピペットで吸い上げた後,別の試験管に移し取って血漿試料として用いた.ヒト血
清と血漿は,大学の女子学生あるいは教員の静脈血を用いて調製した.
電気泳動
SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)は,Laemmliの方法 5)を改良して,10%ポ
リアクリルアミドゲルによる,スラブゲル電気泳動法で行った.いずれも20mA/slabで約1時間
泳動させ,45%エタノールで約5分間固定した.続いて,0.125%CBB R-250で15∼20分間染色後,
5%エタノール 7.5%酢酸を含む脱染色液で蛋白質以外の部分を脱染色した.その後,ゲル乾燥器
(MARISOL KS- 8522)を用いてゲルを乾燥させた.
電子顕微鏡写真
電子顕微鏡写真図は,電子顕微鏡日立H-800を用いてネガティブ染色法によりヤツメとヒトアル
ブミン分子を撮影した.
タンパク質の分子量の算定
1)生理的条件下での分子量算定(ゲル濾過法)
Determann は多くの分子量既知のタンパク質の溶出位置(Ve)とouter volume(Vo)との関係か
らSephadex G-200ゲルカラムにおける分子量算定のための関係式を導いたが 6),矢沢はその式を修
正して以下の関係式を算出した.
Ve
log(分子量)= 6.805 − 1.058 × ─―─
Vo
−34−
(1)
カワヤツメ血漿タンパク質の分離とその性質
Veは,目的とするタンパクの溶出容積であり,VoはSephadex G-200カラムの巨大タンパク質の
outer volumeである.Sephadex G-200カラムのピークの位置Veより求められる分子量は生理的条件
下のものである.
2)変性剤存在下での分子量算定(SDS-PAGE法)
一方,SDS-PAGEで求められる分子量は,界面活性剤であるSDS(ラウリル硫酸ナトリウム)は
タンパク質変性剤でもあるので,イオン結合,水素結合,分子間力といった弱い結合力で形成され
ていたタンパク質間の会合力を破壊するので各タンパク質単量体あるいはサブユニットの分子量が
算定されることになる.
その他の試薬
Sephadex G-200デキストランゲルは,Pharmacia K.K. より購入した.その他の試薬はすべて市販
の特級品を用いた.
結 果
カワヤツメ血漿とヒト血漿をSDS-PAGEにかけた結果を図1に示した.カワヤツメ血漿は,レー
ン1に示した様に,170kDaから9kDaに至る多くの成分を含んでいた.人血漿成分は,レーン2に
示されているが,分子量68kDaのアルブミンが圧倒的な割合を占めており,70kDaと30kDaおよび
27kDaの3成分がわずかに存在するのみであった.両血漿を比較してわかることは,カワヤツメ血
漿が170kDa,18kDa,16kDa,9kDaといったタンパク質を多量に含んでいることである.このカワ
ヤツメ血漿をSephadex G-200 カラムにつめてゲル濾過を試みて,得られた溶出曲線を図2 A に示
した.図に示したように,メインピーク(ピークⅠ)が最初に溶出し,続いて第2番目のピーク(ピー
クⅡ)が溶出し,最後に最もマイナーなピーク(ピークⅢ)が溶出してくるという,3つのピーク
を伴って溶出した.生理的条件下で溶出させたゲル濾過なので(1)の矢沢の式に従ってこれら3
つのピークの分子量を算定した.最初に溶出したメインピークの分子量は340kDa,2番目のピーク
は90kDa,3番目のマイナーピークは17kDaと算定された.これらのピーク成分をSDS-PAGEにか
けた所,3番目のマイナーピークは17kDaとゲル濾過法で求めた分子量と一致した(そのデータは
ここでは示さなかった).一方,図2 Bの10%SDS-PAGEの結果により,最初のピークは170kDa(レー
ン2と3),2番目のピークは18,16,9kDaの3つの成分からなる混合物であった(レーン4と5).
すなわち,生理的条件下で90kDaと算定されていたピークⅡはこれらの成分の複合体から成って
いるか,あるいはこれらの成分が会合体をつくって分子量が大きくなっているのではないかと推定
される.
また,SDS-PAGEで170kDa,生理的条件下のゲル濾過で340kDaと算定されたピークⅠのタンパ
ク質は,分子量170kDa のタンパク質が生理的条件下で2量体を形成しているのではないかと我々
は考えている.またこの成分はBCG法とHABCA法により 7),ヒト血清アルブミン(HSA)や牛血
清アルブミン(BSA)と同様にアルブミンに特有の吸収を示す複合体を形成することが確認され,
カワヤツメ血漿アルブミン(LPA)であることが示された 3)(データはここでは示していない).
3番目のマイナーピーク(ピークⅢ)は赤褐色の 17kDa を示し,このピークの含有の多少は
preparation毎に変化し,ほとんど存在しない時もあるので溶血したヘモグロビン(Hb)であると推
定された.
−35−
矢沢洋一・田浦知子・大平愛子・広瀬季恵・上堂地美佳・山本克博
以上で精製されたカワヤツメアルブミン(LPA)とヒト血清アルブミン(HSA)の電子顕微鏡写
真を図3に示したが,どちらもほぼ球状を示した.図3 AのLSAでは直径23.3nmと算定され,HSA
の10nm(図3 B)とくらべて2倍以上の大きさを持っていた.
図1 ヤツメ血漿とヒト血漿のSDS-PAGE(10%ポ
リアクリルアミドゲル)レーン1,カワヤツメ血漿;
レーン2,ヒト血漿.
図3 カワヤツメ血漿アルブミン(LPA)とヒ
ト血清アルブミン(HSA)の電子顕微鏡写真
図.A,LPA;B,HSA
図2 A ヤツメ血漿とヒト
血漿をSephadex G-200カラ
ムクロマトグラフィーにか
けて得られた溶出曲線.
408mg(27.2mg/ml 血漿を
15ml)の血漿を2.4×81cm
カラムにかけた.溶出溶液
は 0.15M NaCl,0.1mM
EDTA,10mM Tris-HCl (pH
7.6)であり,1Tube=10mlで
集めた.タンパク質濃度は
Lowry 法を用いて測定し
た.
B カワヤツメ血漿タン
パク質のSDS-PAGEパター
ン(10%ポリアクリルアミ
ドゲル).レーン1,カワヤ
ツメ血漿;レーン2,ヤツ
メ血漿Sephadex G-200カラ
ムクロマトグ ラフィー
Tube21;レーン3,同
Tube22;レーン4,同
Tube31;レーン5,同
Tube34
−36−
カワヤツメ血漿タンパク質の分離とその性質
考 察
カワヤツメの血漿に含まれるタンパク質の分析のためにSDS-PAGEにかけた結果をヒト血漿成分
と比較した時,ヒトでは分子量68kDa のアルブミン(HSA)のみが大量に観察されるのに対して,
ヤツメ血漿の場合は170,18,16,9kDaの4成分が多量に観察された.我々は,軟骨魚類のエイや
硬骨魚類のコイおよびヒトに至る血漿タンパク質成分をすでに分析しているが,いずれも 68 ∼
75kDaのアルブミン成分が大量に存在するのみである.このように多くのタンパク質成分を含む血
漿はカワヤツメのみであった.それゆえ,これら5種類の成分を単離・精製してその性質を決める
のは脊椎動物の進化をみていく上で興味深い.ゲル濾過法により340kDa の分子量を持つと算定さ
れたタンパク質はSDS-PAGEにより,170kDaの成分であり,血漿タンパク質全体の59%と最も多
くをしめており,ヒトアルブミンでは血漿全体の57%を占めることはよくしられているのでよく似
ているし,この成分がアルブミンであることをHABCA法とBCG法で我々はすでに確認している 3) .
一方,Doolittle等はウミヤツメ(Petromyzon marinus)の遺伝子解析により,血漿アルブミンの塩
基配列を決定した上で全アミノ酸配列を推定した 8).それによると,このアルブミンはアミノ酸数
1,394個から成り,分子量15,700であり,その他に,アミノ酸側鎖にかなりの糖鎖が結合しており,
その分子量が∼2,000 なので結局ウミヤツメのLSA は177,000 になると結論している.また,この
LSAは今から4億5千万年前の無顎類が発生した頃にできたものであると推定している.
近年,米国のCarter等がNASAが打ち上げたスペースシャトル内の微小重力の場においてヒト血
清アルブミン(HSA)の結晶化に成功した.そのHSA結晶のX線解析により立体構造が解明され,
従来は楕円形とされてきた構造がハート型であると報告された 9),10).その立体構造と今までに知
られていた化学的分析によって明らかとなってきた各アルブミンの機能との関係がかなり明らかに
なってきている 11).
脊椎動物の中でヤツメ血漿アルブミン(LPA)のみがなぜこのような巨大な分子量を持っている
のか今の所全く分かっていないが,我々は抗体法やタンパク質分解酵素による限定分解等を用いて
この分子構造とアルブミンの持つ機能との関係を明らかにしたいと考えて,その研究にとりかかっ
ている.
一方,LPA以外の他の3成分(18kDa,16kDa,9kDa)は,ゲル濾過法により90kDaの一つのピー
クとして見出されており,その収率は41%を占めている.これらは何らかの形で複合体を形成して
機能を発揮しているものではないかと推定しているが,これらのタンパク質成分については全く知
られておらず,我々の今回の報告が初めてであり,今後さらに検討を加えていく予定である.
要 約
SDS-PAGEとゲル濾過及び電子顕微鏡を用いて円口類カワヤツメ血漿中のタンパク質の組成とそ
の性質を検討した.脊椎動物の他種の血漿成分は分子量が68kDaから75kDaのアルブミンのみが多
く存在するのにくらべて,カワヤツメではSDS-PAGEにかけた結果では170kDa,18kDa,16kDa,そ
れに9kDaの4種類のタンパク質が多くを占めていた.170kDaのタンパク質は生理的条件下で340kDa
の分子量を持つ,今まで知られている中で最も巨大な分子量を持つアルブミンであると同定した.
また,電子顕微鏡写真によりヒトアルブミンが10nmの直径を持つのに対してカワヤツメアルブミ
ンは23.3nmという2倍以上の直径を持つ球状タンパク質であると同定された.
−37−
矢沢洋一・田浦知子・大平愛子・広瀬季恵・上堂地美佳・山本克博
ゲル濾過法により分子量90kDaで41%のタンパク量を占めるピークⅡは,18,16,それに9kDa
の会合体であり,今まで知られている脊椎動物の血漿タンパク質には含まれていない新しい成分で
あると結論された.
参考文献
1)Hardisty, M. W., and Potter, I, C (Eds.) (1971 ∼1982) :The Biology of Lampreys vol. 1 ∼ vol. 4, London,
Academic Press.
2)矢沢洋一,中島由美子,曽我知美,宇都宮澄子(1992年)
:ヤツメウナギ骨格筋クレアチンキナーゼの2種
類のアイソフォーム,北海道教育大学大雪山自然教育研究施設研究報告.第27 号,pp. 53-60
3)矢沢洋一(1997年)
:カワヤツメ血清成分の検討,北海道教育大学大雪山自然教育研究施設研究報告.第31
号,pp. 43-49
4)矢沢洋一(1998年)
:石狩川下流域(江別市周辺)におけるカワヤツメ漁獲量の年次推移,北海道教育大学
大雪山自然教育研究施設研究報告.第32 号,pp. 61-65
5)Laemmli, U. K. (1970):Cleavage of Structural Proteins during the Assembly the Head of Bacteriophage T4,
Nature, 227 , pp. 680-685
6)Determann, H. (1969):Gel Chromatography (2nd ed.), Springer-Verlag
7)藤田啓介 監修・編集(1982):生化学実験検査指針,広川書店,pp. 50-51
8)Gray, J. E. and Doolittle, R. F. (1992):Characterization, primary structure, and evolution of lamprey plasma
albumin, Protein Science, 1, pp 289-302
9)Carter, D. C., He, X. M. Munson, S. H., Twigg, P. D., Gernet, K. M., Broom, M. B., & Miller, T. Y. (1989):
Three-dimensional structure of human serum albumin, Science, 244 , pp. 1195-1198
10)He, X. M. and Carter D. C. (1992):Atomic structure and chemistry of human serum albumin, Nature, 358 , pp.
209-215
11)恵良良一 著(1996):マルチ機能タンパク質・血清アルブミン,共立出版
−38−
Fly UP