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「今年夏の日本の猛暑・豪雨などは何を語っているのか」 【講演要旨】

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「今年夏の日本の猛暑・豪雨などは何を語っているのか」 【講演要旨】
平成 25 年 10 月 18 日
第 105 回海洋フォーラム要旨
「今年夏の日本の猛暑・豪雨などは何を語っているのか」
(独)海洋研究開発機構上席研究員/東京大学名誉教授
山形 俊男
【講演要旨】
始めに
海のない栃木県で生まれて半世紀近く海洋学に関係してきた。幼少期に、近くにあった測候所
でバルーンを飛ばす様子などを見ていたため、空にもずっと興味を持っていた。東京大学理学部
地球物理学科に在籍していた時に大学院進学を決める際、海洋物理学が専門で、とても魅力的な
(故)吉田耕造先生が「気象学は学生に人気があるが海洋学はどうにも人気がない」と悲しそうに
話されたことがきっかけで、それならと海洋分野で頑張ってやろうと入門し、研究を始めた。吉
田先生は、赤道域と沿岸域の海水や大気の動きが力学的に似ていることを世界で初めて指摘した
人。ペルーの沿岸域から赤道に沿って日付変更線に至る細長い海域では、冷たい海水が湧いてい
る。この冷水湧昇が大気運動とともに壊れると、世界各地にも影響が出る。これをエルニーニョ
現象と言う。現在では、私の研究グループがカルフォルニアニーニョ、ニンガルーニーニョ、ダ
カールニーニョなどの名称をつけて、エルニーニョ現象に似た局地的な現象の研究で世界を牽引
している。こうした新しい研究に至る基礎は 45 年前に吉田先生から学んだので、いま開花しそ
うなのは嬉しい。今回の講演では、地球規模のスケールの研究成果を踏まえて、なぜ今年の夏は
暑かったのということを説明していきたい。現在の夢は、NHK の毎朝の空の天気予報で海の天気
予報も解説していただくこと。
今年の夏の高温の状況
今年の夏は猛暑で、特に 6 月から 9 月にかけての西日本の気温は 1946 年以降最も高かった。
猛暑日数を見てみると 1994 年、2013 年、2010 年の順で多い。この 3 つの年は、これからお話し
する重要ないくつかの気候変動現象につながっているので覚えていて欲しい。様々な議論はある
が、地球の温暖化は確実に進んでいると言える。都市ではヒートアイランド現象が発生するため、
二酸化炭素やメタンなど温室効果ガスによる温暖化に加えて、暑さの影響をより強くうける。ヒ
ートアイランド現象は、都市のコンクリートの面積・クーラーの熱・光の反射などの人工物が原
因となっている。
猛暑の時は、熱中症患者が多く出る。1982 年は、エルニーニョ現象が発生したため日本は冷
夏になり熱中症による死亡者数が 26 人と少なかった。しかし、先ほど覚えておいて欲しいと言
った 1994 年は、インド洋沖のダイポールモード現象(命名:山形俊男)が起きた年で、589 名
が亡くなった。2007 年は、エルニーニョの反対の現象であるラニーニャ現象とダイポールモー
ド現象が重なった年で 904 名が亡くなった。2010 年は、ラニーニャ現象とダイポールモード現
象の反対の現象(負のダイポールモード現象)が起き、496 名が亡くなった。2013 年は、2010
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年と良く似ている。私のように 65 歳以上になると前期高齢者として銭湯の料金が安くなったり
年金をいただいたりする利点もあるが、一方で恐ろしいデータもある。熱中症患者のうち 65 歳
以上の患者は、急に死亡率が高くなる。
フランスでは、2003 年 8 月に 35 度以上の日が 1 週間以上続き、それに合わせて酷暑死亡者数
がどんどん増加した。しかし、その後温度が下がりそれに応じて死亡者数も急激に減った。ヨー
ロッパで起きたこの気温の変化は、インド洋で発生していたダイポールモード現象に関係してい
た。最近では、30-60 日の周期をもつ短いスケールの現象(季節内振動)が気象学者を悩ませて
いる。インド洋では、こうした現象が頻繁に起き、強い時には経年変動であるダイポールモード
現象を壊してしまうこともある。
今年の夏は、東南アジアの上空で大気が発散していた。6-9 月の人工衛星写真解析を見てみる
と積雲対流(入道雲)(低気圧:青の部分)が活発で、上昇した大気が小笠原諸島の周辺で下降し
ていた(高気圧:黄の部分)。この関係は、通常の夏でもあることだが今年は長期に亘り、今で
も続いている。今年のインド洋の海面水温は、西側のソマリア沖は低い(緑)一方、東側と東南
アジア海域に非常に温かい海水(黄)が広がり、太平洋のペルー沖では冷たい海水(緑)が広が
っていた。これはインド洋の負のダイポールモード現象と太平洋のラニーニャ現象の典型的なパ
ターンで、やはり猛暑だった 2010 年の状況に酷似している。
近年の異常気象
2004 年は、10 個もの台風が日本に上陸した特異な年(台風は平均して毎年 26 個程度発生する
が、そのうち上陸するのは 3 個程度)
。この年は、熱帯太平洋にエルニーニョモドキが発生して
いた。エルニーニョモドキの研究は国際的に随分に盛んになってきたが、この名は、源氏物語に
も使われている大和言葉を世界用語にしたいこともあって命名した。
2005-2006 年は、豪雪の年だったが、これはラニーニャ現象の影響である。最近は豪雪になる
ことが多く、今年も豪雪になる可能性が高い。1993 年は、気候学的に非常に重要な年で、冷夏
のために東北地方では不稔籾という稲穂に実が入らない不作の年だったが、この年にはエルニー
ニョ現象と負のダイポールモード現象が起きていた。オーストラリアで小麦の生産高が落ちる時
は、エルニーニョ現象やダイポールモード現象によって干ばつに見舞われている年のことが多い。
エルニーニョ(モドキ)現象・ラニーニャ(モドキ)現象・ダイポールモード現象について
地球はほぼ球形で、太陽の光が真上からあたる熱帯域は暖かい。暖められた大気は上昇し、そ
れを補うために亜熱帯域の大気が流れこむので空気の循環が生まれる。その循環は更に地球の自
転に影響される。大気が地球とともに回る速さは宇宙から見ると中緯度で毎秒約 450m にも及ぶ。
赤道に近いところの大気はより速く回転している。それで中緯度から低緯度に移動する大気は回
転スピードに乗れずに遅れてしまう。これを地表で見ると東からの風が吹くことになる。これが
貿易風(偏東風)である。東からの風は海水を運ぶが、それはインドネシア周辺にある島の存在
によって阻害されるので、そこに温かい海水がたまってしまう。この暖水プールの上の大気は更
に暖められるので上昇流ができ、大気と海の循環系が生まれる。普通、海水温が高いところは大
気が軽く気圧が低くなり、逆に冷たい水が湧いているところは気圧が高い。赤道域では地球の回
転効果は効かないので気圧の高いところから低いところに風が流れる。こうして貿易風は更に強
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められている。この暖水のプールが東に移動するのがエルニーニョ現象である。
これに対応する気圧の大規模な東西振動(南方振動)は、インドの気象庁長官ギルバート・ウ
ォーカー(イギリスの気象学者)が発見したと思われているが、本当は Nature の雑誌を始めた
アマチュア天文家のロッキヤー氏による。南方振動の約 100 年間の海水温の時系列の変化を Sony
のソフトウェアを使って、高温を高音に低温を低音に変換してみると、高い温度の時(エルニー
ニョ現象の時)に胸が締め付けられるような感じになるなど、空と海の連動を体感することがで
きる。大気の気圧の振動(南方振動)と海水の移動(エルニーニョ)は、一つの大気海洋結合現
象だということをノルウェーのヤコブ・ビヤルクネスは論じた。
エルニーニョ現象は、海平均 6 年(2-9 年)くらいの周期で起きる。地球が温暖であった鮮
新世温暖期(460 万年-300 万年前)は万年エルニーニョだったという説もある。通常は、ペル
ー沖では冷たい水が湧いているが、西太平洋の日付変更線あたりまで温かい海水が広がり地球の
大気が温まる現象がエルニーニョ。エルニーニョ現象が起きると、通常ハワイを台風(サイクロ
ン)が襲来したり、オーストラリア周辺が非常に乾燥したり、日本周辺では冬は暖かく、夏は冷
夏になったりする。
2004 年のように西太平洋やペルー沖の温度が低く、エルニーニョ現象に一部は似ているが、
かなり違う現象が発生する時があり、共同通信の山本記者とともに、エルニーニョモドキと命名
し、その後、論文を書いた。論文は物議を醸し、発行までに 2 年かかったが、その後はかなり引
用されている。エルニーニョ現象の逆で、太平洋東側の冷たい海水が広がる現象がラニーニャ。
熱帯太平洋の日付変更線あたりが冷え、西太平洋と東太平洋の水温が上昇するのは、ラニーニャ
モドキ現象。最近はこのラニーニャモドキ現象がよく起きている。
1985-1995 年にかけて熱帯の海と地球全体の大気を研究する TOGA
(Tropical Ocean and Global
Atmosphere)計画があり、JAMSTEC と NOAA が組んで、太平洋の海域に約 70 台のブイを展開、海
洋観測船「みらい」も使って海洋観測をした。この計画は、世界的に最も成功した国際計画とい
われているが、太平洋熱帯域の海面水温が世界の気温に影響するという Pan と Oort が 1983 年
に出した重要な論文がその基礎になった。
Kosaka と Xie の Nature 論文は、画期的な内容なのだが最新の情報のため IPCC 第 5 次報告書
の公式レポートにも載っていないと思う。論文の内容は、地球の平均気温はこの十数年は上がっ
ていない(夏は上がっているが、冬は寒い)が、それを解明したこと。二酸化炭素の量の増加だ
けを考慮したシミュレーションではどんどん気温は上昇するが、太平洋熱帯域の海面水温の効果
も考慮すると実際の気温に近いものが得られる。近年は熱帯太平洋の日付変更線辺りが冷えると
いうラニーニャモドキ現象が起きやすくなっているのでその影響で、一見、地球温暖化が止まっ
てしまったように見えるということだ。1970 年代は、エルニーニョ現象による気温上昇効果と
地球温暖化が重なり相乗効果が生まれていたため、多くの科学者が地球温暖化を指摘するように
なった。私はエルニーニョ現象の頻発が地球温暖化を起しているのではないかと考えた論文も書
いている。これは誤りだったが、今回も明らかになったように 10 年以上の長期スケールの現象
が重なっていることには注目する必要がある。今は逆の効果を持つ 10 年スケールの現象が重な
っているので、この冷やす効果で地球温暖化が止まって見えるのだ。長く生きていると変化が見
えてくる良い例である。
インド洋にもエルニーニョに似た現象が起きていて、1994 年の非常に暑い夏を解析するとイ
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ンド洋の西側の海水温が暖かく東側が冷えていた(ダイポールモード現象と命名)。エルニーニ
ョは、もともとは 12 月にペルー沖に起こる海洋現象でキリストが生まれた月に因んで命名され
た。実際、ペルー周辺では恵みをもたらす現象である。通常は小魚のアンチョビーしか取れない
海で、カジキマグロなどの大きい魚が取れるし、砂漠が雨で緑化する。ダイポール(双極子)モ
ードは、非常に科学的な呼び名で、エルニーニョに比べて冷たい響きがあると指摘されたことも
ある。ダイポールモード現象によるインド洋の東西温度差を音楽にのせると少し東洋的で短調の
響きがある。この現象が起きると、日本の夏は暑く、オーストラリアは乾燥する(オーストラリ
アはエルニーニョでも旱魃になるため気候変動に脆弱)。2006 年のダイポールモード現象では、
ケニアでは洪水が起き、一方でボルネオなどは乾燥し、飛行機が飛べなくなるほどのブッシュフ
ァイアー(山火事)がおきた。
ダイポールモード現象は、最近頻発しているが、昔はそれほどでもなかった。現在、インドの
夏の降雨量は、ダイポールモード現象と関係が深いが、太平洋の南方振動との関係はほとんどな
い。特にダイポールモード現象が起きた 1994 年と 1997 年には南方振動との相関が悪く、太平洋
の現象とインドの雨との関係を壊してしまった。ウォーカーは、現代に生きていたら南方振動は
見つけられなかったかもしれない。地球の気候は進化しているので、世紀によって姿が違う。で
は、なぜダイポールモード現象が頻発しているのか。これはやはり地球温暖化とそれに伴う海洋
温暖化が原因だと考える。インド洋は、北にユーラシア大陸があり、極域、亜極域の海から遮断
されているので、温まりやすい。海面水温が 28 度を越えるとそのうえで積雲活動が活発になり、
海上風が強まって、逆に下層の冷たい海水が露出しやすくなる。そうして空と海の結合が強まり
ダイポールモード現象が起きやすくなるのである。
これからの予測
現在は、スーパーコンピュータの進展が著しく、エルニーニョ現象とダイポールモード現象の
シミュレーションができるようになった。
「世界一をやるなら 1000 倍を目指さなければならない、
100 倍を目指したらすぐに追いつかれてしまう」という、(故)三好 寿博士(地球シミュレータ
の生みの親)の教えをもとに、2006 年にダイポールモード現象の予測が成功した。全世界のデ
ータを使っているので、最近のアメリカの政府機関閉鎖の影響が危惧されたが、解消されてよか
った。アメリカの海洋大気庁(NOAA)とコロンビア大学の共同で支援しているニューヨークの気
候予測国際研究所(IRI)が、2009 年のエルニーニョから 2010 年のラニーニャに至るプロセス
を各研究機関がどれだけ正確に予測できているのか調査した。その結果は膨大な費用を使ってい
る研究機関ではなく、横浜研究所でほんの2,3人で私らがやっている予測が最も正確にできて
いた。
最近では、予測確率がかなり上がっている。このマップにある気温予測に関して紫色の部分は
ほぼ完璧で、緑色の部分は 60%くらいのかなりいいレベルで予測できている。3 ヶ月から 6 ヶ月
先の予測を天気予報と同じくらいの確率にするために頑張りたい。できればマップの全面を 9
カ月先でも緑色に染めたい。そうすれば実験レベルを超えて、気候予測産業が興せるので、それ
を私は目指している。現在ここで示したレベルの予測が出来るのは、2005 年から予測を開始し
て、サイトで世界に公表してきた私らの SINTEX 気候変動予測システムのみ。
季節予測の確実性を高度化することで、リオ+20 の The future we want でも掲げられた持続
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可能な開発の推進に貢献していきたい。そのためには公的機関による国際共同研究等にもより力
を入れて欲しい。ケネディ米国大統領は冷戦下の 1961 年に国連総会で「天気は全世界の人々に
等しく重要なものであるから、全世界で一緒に観測をしていこう」という素晴らしい演説を行い、
世界が情報を共有できる気象観測システム World Weather Watch の礎を作った。気候変動予測に
携わっている私らは予測とその情報の応用を進めている。応用範囲は実に広く、主要穀物の収穫
予測、極端現象予測と防災、マラリアや眠り病などの感染症対策など幅広い。食品業界、アパレ
ル関係も顧客になる。それで応用情報を分かりやすく伝えていくという工夫を続けている。
発展途上国では、「100 年後ではなく、この夏どうなるのか」といった差し迫った問題のほう
が重要である。政策関係者も研究者も気候の変化(change:長期のトレンド)と気候の変動
(variability:短期の揺らぎ)の違いを混同しがちである。IPCC の change を日本では気候の揺
らぎを意味する気候変動と訳しているがこれは誤りで、正しくはトレンドを意味する気候変化と
すべきであり、その違いを明確にしていく必要がある。当初、気象庁は気候変化と正しく訳して
いたが、外務省や環境省が公文書で気候変動の用語を使ったためそれを採用してしまった。専門
機関は自信を持って頑張ってほしい。100 年後の話しとなると社会経済や社会構造の変化などの
予想が入り、不確実性が一段と高まる。それで IPCC も未来予想(projection)としていて、未来
予測(prediction)とは言っていない。地球全体から見ると温暖化や酸性化は確実に起きるが、海
洋起源の気候変動の結果として起きる短期の極端な現象や数年スケールの変動こそ社会・産業活
動に大きな影響を与える。季節から 10 年スケールまでの短期変動と 100 年スケールの長期変化
のリンクを解明していくことに、日本政府も学界ももっと力を入れていく必要がある。
今はラニーニャの現象が残っているため海水温が高く台風がまだ起こるかもしれないが、この
冬はその影響が弱くなり、寒くなる可能性が高い。今年の冬には日本海側に大雪が降る可能性も
ある。悪いことを予測すると、いつも外れることを願う。本当の意味での気候変動の予測精度を
上げるために、地球温暖化の研究並みに研究開発予算を増やして欲しいと思う。今後は、季節の
予報が天気予報のようなレベルになることを想像すると楽しく、そうなることを目指している。
【質疑応答】
コメント:予測の研究が進むと作物や災害への影響が分かりやすくなる。アベノミクスの経済政
策だけでなく、日本の科学技術研究の発展は、日本の推進力となると思った。
Q:太平洋とインド洋の両方にダイポールモード現象があり、それが相互に関連しあっていると
いう解釈でいいのか。
A:太平洋の現象はエルニーニョ現象と呼ばれている。1994 年には、エルニーニョ現象がなか
ったためインド洋のダイポールモード現象とその影響が明瞭に顕れた、意識的にその現象を取り
上げ、2000 年位にオーストラリア海洋気象学会の特別セッションに招かれて発表した。1997 年
は、エルニーニョ現象とダイポールモード現象がリンクしていた。当時は、太平洋のエルニーニ
ョ現象がインド洋に影響を与えてダイポールモード現象を引き起こしているのではないかとも
言われた。今では、風向きの上流にあるインド洋のダイポールモード現象(初夏から冬)が太平
洋のエルニーニョ現象(晩秋から冬あたりがピーク)を起こしているとする説の方が有力だと思
っている。
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