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Page 1 京都大学 京都大学学術情報リポジトリ 紅
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アドリエンヌ・リッチの詩―広げよう 私たちの力を―
加茂, 映子
京都大学医療技術短期大学部紀要 (1992), 12: 45-55
1992
http://hdl.handle.net/2433/49369
Right
Type
Textversion
Departmental Bulletin Paper
publisher
Kyoto University
ア ドリエ ンヌ ・リ ッチの詩
- 広げよう 私たちの力 を加
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京都大学医療技術短期大学部 一般教育 (
京都市左京 区聖護院川原町5
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8日受付
- 45-
京都大学医療技術短期大学部紀要
第12号
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文 は武 に勝 る) とい うことわざがある。 英語のことわざで
あるが,逐語訳 をして も, 日本語のことわざとして通用する。
原始時代 において,人々は生 きるために狩 りに出,獲物 を捕 らえてこなければならなかった。猛獣
の歯牙 にかかることもあったであろう。 あるいは何かほかの理由で不具になった として も,彼 らは部
族の人々に役 に立つ存在 として生 きのぴようとしたであろう。彼 らは祈 りを捧げ,あるいは呪文 を唱
えることによって,狩 りに出る人々の悪霊 を硬い,彼 らに獲物 を仕留める力 を授 けたであろう。
詩人の起源 はここにあったといわれる1
)
。
まさ
上のことわざの作者 は体力 よりも知力において勝 っていたのか もしれない。 とはいえ,作者 は女性
ではなかったであろ う2)。 ことわざとは,ある考 えや判断 を短句の中に盛 り込んだ ものである。 判断
し,決定 を下す ことは長い間男性が もっぱら行なって きたので, ことわざの大半は男性の思考か ら生
まれた と考えざるを得 ない。
ア ドリエ ンヌ ・リッチ (
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h) はいつで も女 としての 自分 を意識 して詩 を書いて きた。
すべ
言葉を扱 う術 を知 らず, 自分の思いを言葉で表現で きない,物の言 えない女たちのために詩 を書いて
きた。男性が思考 を形づ くるのに用いる 「
言語」 に,それ とは違 った,女 としての力 を与 えて きた。
リッチにとって,教育の意義 は 「
言語 を持たなかった人々,言語 を持てないほどに利用 され,虐げ
られて きた人々が,全面的に言語 を発見す るようになること (
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言語 は力 な りとい う感覚」 (
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現実 を変革す る手段 として言語 を利用すること」(
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y) を学ばせたい とい う熱意がある3)。
リッチはこれ まで男性の もの とされたペ ンの力 を,「
声 な き多数派」 の大部分 を占めている女 たち
の共有物 にすることを目指すのである。 ことわざ Thepe
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つ基盤 もまた,変革 されなければならない。
詩集 『
共通の言語の夢』(TheDT
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47
7)の表題 は, リ
ッチの抱 くヴィジ ョンー 人々が言語へ と解放 され,それを共有 し,それを現実 を変革する力 とするこ
と- を凝縮 した ものである。
この詩集 は 3部 に分かれ,39篇の詩がお さめ られているが,本稿では,第 1部 "
Powe
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"の中か ら
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v'について考えたい。
同名の詩, P̀owe
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- 46-
加茂映子 :アドリエンヌ ・リッチの詩
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この詩 において, リッチはラジウムを発見 したマ リー ・キュリーを過去か ら呼 び出 し,彼女 の功績
について考 える。 また,現在生 きている私たち と彼女のかかわ りについて問題 を投 げか ける。
この詩 に句読点がない こと,小文字で始 まる行 もあること,語間の空 きが一定でない ことな どは,
すでにリッチが他 の詩において もな して きた試みであるが,それ らはこの詩 において もまた,規制か
らの解放の表象 となって いる。
一方, この詩 には短詩 に欠 くことので きない抑制 も十分 に働 いていて,1
7行か ら成 るこの詩 はソネ
ッ トほどには型 にはまらず, しか も, 1, 4, 8, 4行か ら成 る各部分 によって支 えられ,統一 した
姿 を現出す る。
大文字で始 まる場合 には,それはまとまった意味内容 を持つ ひとつの文 をな している。 第 2行 と第
びん
6行 はいず れ も T̀oda
y'で始 ま り,始めの 4行 では 「
瓶」 の発掘 とい う出来事が述べ られ,後の 8
行では 「
マ リー ・キュリー」 によるラジウムの発見 とい う出来事が述べ られる。 そ して, この詩の最
初の 1行 と最後の 4行 は,形式の点 においては序 と蚊 として この詩の外枠 をなす と同時 に,内容の点
においてはこれ らの歴史 的事実 と現在生 きている私たち とのかかわ りについての リッチの考 えを表明
している。
第 1行
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私たちの歴 史の
大地の鉱床の中に 生 き続 けて
'は 「
私た ち女性」 を意味す る。 女 たちの歴史 は古 い,少 くとも男たちのそれ と同 じだ
において òur
け古い。女たちの歴史は時代の流れの表面 に浮かび上 ることな く,ほ とんどいつ も押 し鎮 め られ,哩
没 させ られて きた。けれ ども,押 し流 されることな く,深 く層 を重ねて,現在 とい う時 を作 って きた。
そ こに,今,私 たちは生 きている。 現在分詞の L̀i
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ng'で始 まるこの行 は,私 たちの生が過去 か ら
現在 さらに未来- と途切 れることな く続いてゆ くことを示 し, また,私たち女性の解放 と連携 を示唆
しているように思 われる。
第 2-5行 において,今 日,「
私」 は地下の深部 を掘削す るバ ック ・ホ-が瓶 をひとつ掘 り起 こ し
たことを知 る。 技術革新 の産物であるバ ック ・ホ-が掘 り起 こ したのは,百年 も前の, しか し,全 く
きず
こ はく
暇のない枕頭- 地質時代 の樹脂が石化 した ものであ り,新石器時代人 も採取 していた- の瓶である。
それは薬 を入れるのに用 い られた らしいが,その効能が どうであったに して も, この瓶の発掘 は 「
暗
- 4
7-
京都大学医療技術短期大学部紀要
第1
2号
1
992
い冬5)」 が くり返 され る現今の社会状況 においては, この地球上 になお も生 き続 けるための一種 の強
壮剤 ともなろうか と 「
私」 には思われ,感慨 を呼ぶのである。 しか し, この出来事が 「
冬」 を転 じて
春 をもた らす ことがないことは明 らかである。
同 じく T̀o
day'で始 まる次の 8行 に移 る前 に, この瓶 の発掘 とマ リー ・キ ュリーの仕事 との類似
点 を挙げてみたい。
1
8
6
7
年, ワルシ ャワに生 まれたマ リー ・スクロ ドフスカは1
891
年 にパ リに出,物理学 を研究す る
。
1
8
9
5
年には物理学校 の教授, ピェ-ル ・キュリーと結婚する。 以後,夫妻 はウラニウム, トリウム,
ポロニウム,そ してラジウムを発見する。 そ して1
9
02年,夫妻 はついに 1デシグラムの純粋 ラジウム
を得た6)。
この詩の主題であるマ リー ・キュリーの業績 と,琉泊 の瓶 の発掘 との類似点 として,①今 日 「
私」
が得た知識であること,②歴史的事実であること,③地下 にある資源 に人間の知恵が関与 しているこ
と,④ 「
私」 にある感慨 を与 えていること,が考 え られる。
この共通点 を手がか りとして, リッチはマ リー ・キ ュリーの人 と仕事,お よび,現代の私たち女性
とのかかわ りについて考 え, また,私たちに問いかけている。
第 6- 9行 は,マ リーが 自分の放射能傷害 に気づいていたであろうとい うこと,お よび,冒 された
純化」
彼女の身体 は長年 にわたってその衝撃の対象であったことについて述べている。 彼女 自身が 「
したその本質的要素 に よって 「
激射」 されたのである。
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ラジウムの純化 は彼女の 目的であ り,その達成 は,す なわち,彼女の破壊であった。 リッチは感傷
を交 えることな く, この閉塞状況について述べ る。 それはマ リーの境遇 を一層苛酷 な もの と感 じさせ
る。
原子物理学の用語である b̀omba
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d'をリッチは P̀l
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um'の中ですでに用いた。 この詩 は,
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もうひとりの女性科学者 Ca
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私 は今 も撃たれている
私 はふみ とどまる
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lの場合 には
いずれの詩 において も,彼女 たちは衝撃の対 象であ る。天文学者 Ca
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d'とい う語 は比倫的に用い られているのに対 して,マ リーの場合 にはそれは文字通 りの意
味で用い られるのであ る。
マ リーは1
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2
3
年 7月 と1
9
2
4年 3月に白内障の手術 を受 けている8)。
第1
0-1
3
行 は,彼女が 自分の病いの原因について否定 し続 けた らしいこと, また,彼女の握 った白
内障 のこと,最後 には試験管 も鉛筆 も持てないほ どに手指の損傷が甚だ
しか ったことを述べている。
む しば
リッチはここで も鋭 く, しか し,感傷 に溺れることな く, 蝕 まれてゆ くマ リーの身体 について述べ
るのだが, リッチが読者の注意 を促 しているのは,マ リーが病 いを隠 し,因果関係 を否定 しようとし
たことについてなのである。
最後の 4行 において新 しくつ け加 え られているのは,「
彼女 は有名 な女性 として死 んだ」 ことであ
る。 マ リー ・キュリーが 「
有名な女性」であ ったことは周知の ことであるに もかかわ らず, リッチは
- 4
8-
加茂映子 :ア ドリエンヌ ・リッチの詩
今一度そのことを読者 に認識 させ る。
父権制度の牢固たる社会 にあって,マ リーは男性 を凌 ぐ並 はずれた女性 として,その研究 と業績 に
よって名 をとどろかせた。す なわち、社会 によって特別な女性 として公認 されたのである。 自己犠牲
あもて
の苦 しみを 表 に出す ことは女性 の弱 きを示す こととみなされ,有名 な女性 には許 されなか った。社
会のこの 目に見 えない抑圧 は,因果関係 を明 らかにす るとい う科学 にとっての第一原理 を彼女 の内部
で圧 し去ろうとした。
最後の 4行 の詩型 はマ リーの置かれた状況 にふ さわ しい。途切れた行間か らマ リーのあえ ぎが聞 こ
えて くる。 一万, 2度用 い られる d̀e
nyi
ng'とその 目的語 となる語や文が異なる行 にあることか ら,
d̀e
nyi
ng'もその 目的語 も自立 した感 を与 え,それ 自身 を強 く主張す るように思 われる。彼女 は否定
せ ざるを得 ないのだが,否定す る対象 は彼女 の外 にあるので はな く,彼女 自身の傷害 なのであ る。 外
なる世界 に名 を馳せ たマ リーが,死 にお よんで も自己否定 を し続 けなければならなか った,その閉塞
の状況 をリッチは指摘 している。
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ng'と切 り離 して置かれた最終行
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について考 えたい。彼女の傷 は彼女 を打 ち負か し,死- と追いやった。彼女の傷 は彼女 を無力 に した。
しか し,その傷 は彼女の力 の源 と同 じところか ら発 している。 彼女の傷の深 まりは彼女の力の増大で
もあった。
この傷 と力 との逆説的関係 はマ リー ・キュリーだけではな く,女性の生 にしば しば見 られる図式で
あ る。 リッチ は 「
女 の中の,女 に とって共通 な ものは,抑圧 と力,損傷 と美の相交 わった状態 であ
る」(
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) とい っている9)。 このことはマ リー ・キュリーに も当てはまるのであるが,父権制度下
におけるこの 「
有名 な女性」 はそれ を否定 し続 けて死 んだのである。
詩 P̀owe
r
'において, リッチ はマ リー ・キ ュリーの 「
力」 を称 える。 と同時 に,マ リーが築 いた
女性史の歩み を引 き継いだ私たちが彼女がな し得 なか ったことをするよう, リッチは示唆す る。 傷 を
力 に転ず るとい う女性 に共通 なこの特 質 を公認 しあい,それ を 「
生 きのぴること- の並 はずれた意
志」 (
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ng) の源泉 とす ることこそ,現代 に生 きる私たちがマ リー ・キュリーの生涯か
ら得 る指針であるとい うこ とをリッチは示唆す るのである10)。
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PHANTASI
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1
97
4年 8月, ソビエ トのパ ミール高原 にあ る レーニ ン峰 (
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ak :標高23,
40
0フ ィー ト)の
登頂 を目指す ソビエ ト女性登山隊が吹雪 に遭い, 8人全員が死亡 した。雪 まみれの凍 った 7人の遺体
が発見 されたのは 8月 8日であ った。彼女 たちは後 わずか 2,3百 フィー トで レーニ ン峰の頂上 に達
す るところまで来ていた11)。
リッチ はこの詩 のは じめ に但 し書 きを付 し, この選 りす ぐった登 山隊の リー ダーが El
vi
r
aShat
aye
v であったこと,同 じく登 山家である彼女の夫が彼女 たちの遺体の発見 と埋葬 に加わったことを
- 49-
京都大学医療技術短期大学部紀要
第1
2号
1
9
9
2
述べている。
この詩において, リッチは亡 き El
vi
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a を呼び戻 し,「
私」 として語 らせ る。
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a'には 「
幻想的文学作品」 の意味がある。 この詩の題が P̀ha
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i
a…'であるのは,ひと
つにはこの詩が彼岸 を舞台 としているか らである。 また, この詩が彼岸の人を想 ううたであるか らで
ある。 それが è
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哀悼歌」ではな く p̀ha
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夢」 とされるのは, リッチが哀悼 の気持 を超
えて,共通な特質 としての私たち女性の 「
力」の解放への夢 を,彼女の想像力 を自由にはばたかせて
うたい込んでいるか らである。
p̀hant
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a'はまた,「
型式 にとらわれずに自由に楽想 を展開 した曲」 を意味す る。 この詩 は定型 に
とらわれず, 自由に言葉 を用いることによってその思想 を展開する。 この点において もまた, この詩
は P̀ha
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a…'と題 されるにふ さわ しいのである。
この詩は 8つの行 の集 まりか ら成 る。 そのひとつずつ を順次引用す る12)。
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冷たさの極みだ,ついに私たちの血 は
ます ます冷えて
そ して風が
止み,私たちは眠った。
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d'を主語 とし, もう一度
たたみかけて c̀
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d'を用いることによって, リッチは登山隊の女性 たちが遭遇 した 自然の力の大 き
さを表現 している。 その結果,「
私たち」 は死 を余儀 な くさせ られたのではあるが,今,静 まった 自
然に抱かれて安 らぎに到 った。生は達成 された。 この 3行において, 自然の状況 と 「
私たち」のそれ
を交互に述べ ることによって, リッチは自然 に還 る人間の運命 を厳然 と示 している。
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この節では,最期の瞬間までに女性たちがた どった人生 と,その間に彼女たちがは ぐくんで きた も
- 5
0-
加茂映子 :ア ドリエ ンヌ ・リッチの詩
のについて述べ る。
始めの 3行 において, 「
私」 は一個人 として語 るのではな く 「
私たちの声」で語 りたい とい うが,
これは P̀owe
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'においてマ リー ・キ ュリーが 「ひと りの有名 な女性」 と称せ られたことと対比 され
る。
次の 2行 において,その第 1行では風が呼吸にとどめを刺 し,口もきけない状況であった とい う現
実が述べ られ,第 2行で は,「
私たち」 に言葉がな くて も不都合 はなか ったことが述べ られ,次の 4
行では,それほどまでに意思の疎通がはか られるに到 った経過が述べ られる。 まず,「
私たち」 は 日
常,忍耐 を要す る生活 を続けなが ら,長い時間をかけて 「
私たち」の内に自己是認 を育てていったこ
私たち」が学 ばなければな らなかったことはただひとつ,そ
とが述べ られる。 次の 5行 において,「
れはあの自己是認であったとい うことが確認 される。 ここ雪山で も 「
私たち」 は全ての言葉の結晶の
ようなあの自己是認,その力 をひとつに集め,連合 した,あの 自己是認 を確かめ合 ったのである。 だ
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がち ょうどその時 に絶対 の否定 に 「
私たち」 は遭遇 した。最終行の t
む,冥界-通ずる洞穴なのであろうか。
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この節では,今,遺体 を探 しに 「
私」の方へ登 って くる夫 と 「
私」や 「
私たち」のことが述べ られ
る。
始めの 4行 において,「
私」 はコ-カサスでの登山のことを思い出す。あの時は夫の後 について登
ったのだ。夫が踏み しめる雪の上には靴底の模様が くっきりと刻 まれていた。今 も,その ような靴の
跡 を残 しなが ら夫がやって くるのを 「
私」 は感 じるのである。 夫 との間に愛が失われていた とは思わ
れない。
次の 8行 において,人間が到達す るとは想像 もしなか ったはるか前方 まで,今,来ていることを
「
私」 は夫に告げる。 「
私」 は変質 を遂げたのである。 凍てついた山の 「
雪」 と化 したのだ。軽 ろやか
に山に身を任 した,「
私」 の愛す る 「
私たち女」 となったのだ。そ して,あの 「
青空」 にさえ もなっ
たのだ, と 「
私」 は夫 に告げる。 この詩の冒頭の 3行で もそ うであったように, ここで も女たちは自
然現象-雪 と青空一 には さまれて置かれている。 それは両者の融合 を暗示す る0 àr
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雲間に帯の ように見える青空」 とい う意味であるので, t̀
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私たちの凍 った眼が継 ぎ合わせ たあの青空」 と解せ られる。 とすれば,彼岸の 「
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ち」 の想像の眼 は点在す る雲 を払拭 し,一面蒼等の天 を観たのであろう。 「
私たち」のヴィジ ョンは,
- 5
1-
京都大学医療技術短期大学部紀要
第1
2号
1
992
自然 をも自在 に動か して,美 しいイメージをつ くり出すのである。 さらに,「
私」 は夫 に知 らせ るの
だ,「
私 たち」 はあの音 さをキル トの ように一針一針,縫 いつ な ぐこともで きたのだ と。祖母か ら母
-,そ して娘へ と伝 え られた技法 によって,キル トは,美 しいイメージを くり拡げる。 キル トは女 た
私」 と夫 と
ちの熱い協力のあか しである。 この ように,女たちの連帯 はこの節の始めに述べ られた 「
の杵 と比較す る時,はるかに強 く, また,や さしい もの と感 じられる。
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第 4節 において も 「
私」 は夫 に語 る。 杵 は断たれたわけではない。夫 はやって くる。 それが 「
私」
にわかっていることは 「
私」 の夫への理解 を示す。 しか し,f̀
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前節第 1行)ではな く k̀now'が
用い られ,「
私」 と夫 との関係 は情念 よ りもむ しろ認識 と論理 によって明か される。それ をなすのに,
リッチは前節 におけると同様 に視覚のイメージを巧みに用 いている。 夫 はテープ レコーダー とカメラ,
私」 の眼
アイス ピ ックに加 えて,愛 と喪失 を も体 に しぼ りつ けてや って くる。 始めの 4行 だけで,「
に映ず る夫 は愛す る妻 をとむらう者 として十分ではないのだろうか。人々の反対 を押 し切 って も 「
私
たち」 を雪の中に, 自分の心の中に葬 るためにや って きたのだか ら。 後 に残 された者 として,それで
十分ではないのだろ うか。だが,次の 4行 は, この問いに対す る答えをほのめか している。
雪山に横 たわる 「
私」 の身体 は光 を放 ち,それが夫の眼 を射 るために,彼 は眠 りを妨げ られる。 夫
は 「
私」 を葬 らないで は休 むことがで きない。夫 は 「
私」 の亡霊- といって も暗 く不確 かな ものでは
ない- の放つ光 に苦 しんでいる。 この刺 し貫 く光線 は 「
私」 が生 きていた時の父権制度への糾弾の失
なのであろ うか。「
あ なたが ここ-登 って きたのはあなた 自身のため,私 たちは私 たち自身のために
登 った」 は 「
私」 の夫への訣別 と 「
私たち女性」 の出発の宣言である。
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2-
加茂映子 :ア ドリエ ンヌ ・リ ッチの詩
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第 5節においては, このような 「
私たち」の意気込み とその展望が述べ られる。
始めの 4行 において,女たちを埋葬す ることで夫 は全てが終わった と思 うであろうが,「
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私たち」が水
の歴史は終 ることがないのだ との表明がなされる。 2行 目で用 い られる s̀
の流れのように自在 に姿 を変え, どこへで も 「
終 りな く,始めな く,可能なところ」へ湊み とお り,
広がってゆ くことを表わ している。
第 5行以下 において も,「
私たち」 の自然への働 きかけ と, 自然 による 「
私たち」 の受 け入れにつ
いて述べ られる。「
私たち」の熱は,大気へ, この雪 におおわれた岩床へ,この山へ と射ち出された。
「
私 た ち」 が 変 った よ うに, 「自然 もまた根 本 的 で微 細 な変 転 を遂 げつ つ」 (
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私たちの精神の刻印 を受け入れた」(
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。「私たち」 が今, ここで選び取 ったこの生の息吹 きと占有 と前進への足掛 りは, どこかで今
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も営 まれ,続けられると 「
私」 は確信 している。
以下, この詩の終 りまでの 3つの節は 「
私」が遭難の直前 まで書いていた 日記の文か ら成 る。 それ
らを引用す る。
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は じめの節では 「
私た ち」 の新 しい出発 をひかえて,「
私」 は女たちへの愛の大 きさを今, は じめ
て知 り, また, 自分 自身の力が 「
女たち」 によって認め られ,共有 され,報いられたことを知 ったこ
- 5
3-
京都大学医療技術短期大学部紀要
第1
2
号
1
9
92
とが, 日記 に記 され る。 長い間自己 を鍛 え,社会 の抑圧 に堪 えて きたか らこそ,「
私 たち」 は今, こ
の上な く自然 に愛 しあ ってゆ くことがで きる, と 「
私」 は記 している。
次の節 において,下界ではひとりひと りが孤立 していたために 「
私たち」 の存在 は危 うか ったが,
ここでは 「
私たち」 は寄 り添い,心 をひとつ に していることが述べ られる。 けれ ども,別の危険に見
舞 われていることを,今,知 るのである。す なわち,「
私 たち」 はいずれに して も危険 を避 けること
はで きない。 しか し,今,は じめて 「
私たち」 は自分たちの力 を思い通 りに用いたことを 「
私」 は知
るのである。 それゆえ 「
私」 はある満足感 を得 るが,一方, この 「
私たち」 の力 をさらに用い続 ける
ことを,今,阻 まれ, その無念 さは大 きい。
最終節 において,テ ン トを引 き裂いた風が 「
私」 の指か らもぎ取 った 日記帳 に 「
私」 は次の ように
ふとづな
書いている。「
愛 とは何,それは生 きのぴること,青 く燃 える太索が私 たちのか らだ を縛 り,雪の中
でひとつ になって輝 く,それ より軽微 なことに安 ん じて生 きるつ もりはない,私たちはこの ことを今
日までず っと夢 みて きた」 と。
刻々 と迫 る死 の間際 まで書 き続 けられたこの最後の言葉 は,死 にゆ く女たちか ら,今,生 きている
私たち女性 に宛 て られたメ ッセージなのである。
詩の中の 「
私」 だけではない。 レーニ ン峰で遭難 した登 山隊の女性 たち もまた,死 の直前 に伝言 を
して きたことが伝 えられている。
ニュー ヨーク ・タイムズによれば
遭難 した登 山隊は水曜 日 (8月 7日)の朝,無電 によって彼 らのテ ン トが吹 き飛 ばされた と伝 え
て きた。すでにひと りが死亡 し,ふた りが病気であった。-午後 になって さらにふた りが死亡 した。
く
だ
生存者 はホ ワイ トアウ トの気象状態の中を何 とか して 2,3百 フ ィー トだけ下 った。ホワイ トアウ
トでは,垂れ こめた雲 と一面の雪のために視度がな くな り,移動 はほとん ど不可能 となる。
夕方 には生存 しているうちのふた りは何 とか まだ持 ちこたえていたが,あ との 3人は もはや体 を
動かす こともで きなかった。彼女たちの リュ ックサ ックは吹 き飛 ばされ,彼女 たちは凍 るような風
か ら身 を守 るための雪穴 を掘 ることさえで きなか った。
『さような ら,私 たちは死んでゆ きます』 と彼女 たちは打電 して きた13)。
新聞記事 として葬 り去 られたで もあろうこの登 山隊の生 と死の ドラマ をリッチは掘 り起 こ して, こ
の詩の中に とどめた。彼女たちの生が私たちの中に引 き継がれ,未来の女性たちの中に も生 き続 ける
ことを切望 して。 この詩の中で リッチは女性が持つ ことになるであろう未来 を描 き出す。それは, リ
ッチが評論 「
母性一現在 の緊急事態 と量子飛躍」 Mot
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ap (1978) の中で述べているように 「
女性が力 を有 し,女性 自身の力 に満 ちあふれ
た未来,他 を支配す る とい う古い父権制度の権力ではな く・
-私たちの生 と子 どもたちの生 を変革す る
力 を女性が持つ未来14)」 にほかならない。
リッチは 「
残 る私の人生 は,変革が実現 されるのを見 るまで生 きてい られない として も,そのため
の仕事 をす るのに費 されるであろ う15)」 と述べている。
リッチ は言語 の力 を通 してこの変革 を推 し進 めて きた。詩 P̀owe
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v'も彼女がな して きたこの変革の仕事のひとつである。 私 たち もまた, この仕事 を引 き継 ぎ,
共有 し,私 たちの力 を広げてゆ きたい。
文
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