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極低出生体重児の相互交渉に関する研究 − 自由遊び場面における同

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極低出生体重児の相互交渉に関する研究 − 自由遊び場面における同
極低出生体重児の相互交渉に関する研究
−自由遊び場面における同年齢の子どもとの関わりを中心に−
キーワード:極低出生体重児、相互交渉、他児への関心、働きかけ行動
人間共生システム専攻
伊藤宏美
【問題と目的】
て詳細に検討された研究はあまりみられない。
極低出生体重児(出生体重 1,500 未満)は、出生
筆者は卒業論文から、就園前 2 歳児における極低
時の未熟性から身体的なケアのために、母親と分離
出生体重児の対人行動について、子ども同士の一対
し、1 ヶ月から半年にわたる長期の入院を必要とす
一の関わり場面で、他児の様子を見たり、自分から
る。退院後の極低出生体重児は、母親からの訴えに
関わろうと働きかけたりすることが少ないことを
よると、おとなしく、自分からの要求が少なく、真
明らかにした。このことから、極低出生体重児は、
似をしないなどの、対人関係の希薄さが認められる
他児への意識や関心が低いために、積極的に関わら
こともある(永田ら、1999)。
ないのではないかと推察した。しかし、関わりが全
これまでの先行研究によると、極低出生体重児の
くなかったわけではなく、具体的にどのような働き
発達に関して、発達指数や知能指数といった、数値
かけが少ないかについては検討されていない。また、
のみでしかとらえられていない。しかし、認知発達
他児を見ることが少なかったが、やり取りしている
や言語発達などの発達指標だけではとらえられな
相手を見ることは、他児を意識し、関心があること
い面についても明らかになってきた。
を示すため、就園し、日常場面で同年齢の子どもと
近年では、極低出生体重児の幼児期から学齢期に
関わる機会が多くなるにつれて、他児を見る行動も
かけての行動上の問題が注目されており、多動や落
増えるのではないかと考えられる。また、他者と関
ち着きのなさなどが指摘されている(武藤、1997)。
わる機会が多いほど、自分からの関わりも増えると
こういった行動上の問題は、学齢期に入ってから顕
言われており(佐藤、1996)、日常場面での他者と
著に現れるため、早期からの援助が必要となる。ま
の関わりについても検討する必要がある。
た、このような行動特徴は、集団場面で適応に欠け
そこで、極低出生体重児の幼児期における、同年
る児がいることや、友達と仲良くできない、消極的
齢の子どもとの相互交渉の様子について、相手に注
で、自主性がないなどに現れ、対人関係の希薄さと
意が向けられた行動を、他児への意識・関心ととら
併存すると考えられている(斎藤、1991)。行動上
え、また、他児へ関わろうとしているかを他児への
の問題からくる意欲の低下、自信のなさ、対人関係
働きかけ行動からとらえて、成熟児と比較、検討す
の問題など、二次的障害に対する援助が必要であり、
る。また、日常生活で他者と関わる経験がどれくら
早期の対人行動について検討することは意味のあ
いあるかについても検討を行う。
ることといえる。
幼児期の対人行動として、母親へのアンケート結
果から、成熟児よりも友だちに関心がないことが明
らかになっており(田中ら、1993)、また、言語に
【方法】
1.
対象児
NICU を生存退院し、重篤な神経学的後遺症のあ
よる自己表現の稚拙さは、心理的側面とも関係して、
るものを除いた極低出生体重児(3 歳児∼5 歳児)
集団への積極的参加が難しくなることも示唆され
14 名。
ている(木村ら、1994)。これらは、子ども同士の
対象群として、F 県内の幼稚園に通う、幼児 7 名。
中でみられ、極低出生体重児の他児への関心の低さ
なお、在園 1 年目で、友達関係が成立し始める 3
や、児からの自発的、積極的な関わりが難しいこと
歳児(年少群)と、集団遊びが成立する 4 歳児・5
につながる。しかし、就園してから、3 歳児から 5
歳児(年長群)の 2 つに群分けして検討した。
( Table
歳児にかけての極低出生体重児の対人行動につい
1 )
Table 1
年少群
Table 3 母親へのインタビュー内容
対象者の内訳
人数
極低出生体重児
6
成熟児
4
平均年齢
4:01(
3:
9∼4:
4)
4:00(
3:
9∼4:
6)
105
3:11
8
121
発達指数
修正年齢
年長群
人数
平均年齢
97
5:04
②幼稚園以外でよく遊ぶ人はだれですか?
③普段、お子さんはどんなことをして遊んでいますか?
3
5:06(
4:
10∼6:
6) 5:09(
5:
2∼6:
2)
発達指数
修正年齢
①親子で遊びを始めたのはいつからですか?
97
【結果と考察】
①
分析1;極低出生体重児の相互交渉について
* 極低出生体重児の相互交渉時における他児への
注視頻度による、意識・関心の検討(Fig. 1 )
2.
体重(極低出生体重児群・成熟児群)×年齢(年
手続き
初対面で、同年齢同士の極低出生体重児と成熟児
少群・年長群)の 2 要因の分散分析を行った。
に、おもちゃ(スロットマシンとブロック)のある
その結果、年齢の主効果のみしか認められなかっ
部屋で 10 分間子どものみで遊んでもらった。その
た(F(1,17) = 10.81,p<.01)。この結果より、極低
様子を、対象児の行動・表情がわかるように、VTR
出生体重児と成熟児は、他児を見る頻度には有意な
録画した。それを心理学専攻の大学院生 3 名でビデ
差は認められず、極低出生体重児は、他児への意識
オ評定を行った(一致率;85.0%)。
や関心は成熟児と同じように示しているといえる。
3.
極低出生体重児
① 分析1;相互交渉の様子について
45
* 他児への意識・関心を検討するために、極
40
低出生体重児の他児への注視頻度を成熟児
と比較する。
* 極低出生体重児からの他児への始発的な働
きかけ行動の頻度を検討する。
* 働きかけ行動を、やり取りを続けていくと
成熟児
35
30
25
20
15
10
5
きにどのような意図をもって他児に向けら
0
れているかについて、分類し(Table 2)、
年少
年長
Fig,1 10分間の全注視頻度
働きかけ行動項目ごとに検討する。
Table 2 働きかけ行動の行動項目表
カテゴリー
行動内容 (具体例)
誘いかけ・提案
相手を誘う/遊びの提案
一緒に遊ぼう/これやってみよう
共有・伝達
遊びの説明・提示/順番・ものの分与
こうするんだよ/はい、どうぞ
感想
出来事・自分の行動の独り言
できた−/あたったー
質問
* 極低出生体重児の他児への始発的な働きかけの
検討 (Fig. 2)
体重(極低出生体重児群・成熟児群)×年齢(年
少群・年長群)の 2 要因の分散分析を行った。
その結果、体重の主効果の傾向のみ認められ
(F(1,18) = 3.26, p<.10)、極低出生体重児は、成熟
児よりも始発的な働きかけが少ない傾向があるこ
とが明らかになった。
自分のこと・相手のことに関する質問
極低出生体重児
これどうしたらいい?/何やってるの?
要求・主張
相手に何かを求める/いいわけ・説明する
取って/だって○○やもん
相手への評価
成熟児
60
50
相手の行動に対して、賞賛・非難
すごーい/したらだめよ
40
30
②
分析2;日常場面について
* 母親に対して、子どもの対人的関わり経験
や日常場面に関するインタビューを行い、
成熟児と比較検討する。(Table 3 )
20
10
0
年少
年長
Fig. 2. 始発的な働きかけ行動数
* 極低出生体重児の働きかけ行動項目ごとの検討
(Fig. 3, 4)
をもって他児をみているといえる。そのため、成熟
児と同じように他児と関わろうとしていると考え
極 低 出 生 体 重 児 の 働 き か け 行 動 の 内 容 ( Table
られる。しかし、行動として他児への働きかけをみ
2 )について、働きかけ行動カテゴリーの項目ごと
てみると、極低出生体重児は相手に、始発的に働き
に、体重(極低出生体重児群・成熟児群)×年齢(年
かけようとすることが少ない。その中でも、極低出
少群・年長群)の 2 要因の分散分析を行った。
生体重児は、やり取りを始めるきっかけとなるよう
その結果、誘いかけ・提案行動に、体重の主効果
な、他児を誘ったり、遊びを提案したりすることが
( F(1,17) = 9.07, p<.01) と 年 齢 の 主 効 果 の 傾 向
少ない。そのため、極低出生体重児は、子ども同士
(F(1,17) = 4.47, p<.10)が認められた。このこと
の相互交渉場面で、自分から遊びを始めようと関わ
から、極低出生体重児は、成熟児よりも誘いかけ・
っていくことがみられない。また、共有や伝達的な
提案行動が少ないことが明らかになった。(Fig. 3)
行動が少なく、やり取りの中で、同じおもちゃで遊
極低出生体重児
成熟児
ぼうと物のやり取りをしたり、相手に自分の興味あ
14
ることを伝えたりすることがみられない。そのため、
12
相互交渉場面で、極低出生体重児からやり取りを続
10
けようとする関わりがみられないと示唆される。こ
8
のことは、子ども同士の相互交渉場面で、他児がや
6
り取りを続けようと関わっても、極低出生体重児は
4
そのような関わりをしないために、他児が関わろう
2
としなくなってしまうことにつながるのではない
0
年少
年長
かと考えられる。
Fig. 3 誘いかけ・
提案行動
また、共有・伝達行動に、体重の主効果の傾向
(F(1,17) = 4.24, p<.10)と年齢の主効果(F(1,17)
②
分析 2;日常場面について
= 7.54, p<.05)が認められた。このことから、極低
対象児の母親に、子どもの対人経験についてのイ
出生体重児は、成熟児よりも共有・伝達行動が少な
ンタビューを行った。インタビューの結果を以下に
いことが明らかになった。(Fig. 4)
示す。(Table 3, Table 4,5,6)
「①親子で遊びを始めたのはいつですか?」とい
極低出生体重児
成熟児
35
う質問に対する母親の回答に対して、 χ2 乗 分 析を
行った結果、極低出生体重児の母親は、0 歳から(生
30
まれてからすぐ)遊び始めたと回答する人が有意に
25
少なく(p<.05)、また、2 歳から遊び始めたと回答
20
する人が有意に多かった(p<.05)。また、成熟児の
15
母親は、0 歳から遊び始めたと回答する人が有意に
10
多かった(p<.05)のに対して、2 歳から遊び始め
5
た と 回 答 す る 人 は 有 意 に 少 な か っ た ( p<.05 )。
0
年少
年長
(Table 4)
Fig.4 共有・
伝達行動
その他の行動項目については、極低出生体重児と
成熟児との間に、有意な差は認められなかった。
分析1の結果から、他児を見ることを、他児への
意識・関心ととらえると、極低出生体重児は、子ど
もとの相互交渉の中で、他児を意識しており、関心
Table 4 ①親子で遊び始めた時期
0歳∼
極低出生体重児 5名†
成熟児
7名†
1歳∼
2名
0名
2歳∼
5名†
0名†
† ; p<.05
また、「②幼稚園以外の場で遊ぶことが多い人は
だけではなく、母親の児への心理的な距離がうかが
誰ですか」という質問に対する母親の回答に対して、
われるといえる。また、幼児期までの他者との関わ
χ2
乗 分 析を行った結果、極低出生体重児は、親と
りが極低出生体重児は家族であることがほとんど
遊ぶことが多い傾向があり(p<.10)、また、幼稚園
であり、家庭外でのお友達との関わりがほとんどみ
以外の友だちと遊ぶことが有意に少ない(p<.05)
られない。そのため、極低出生体重児の遊びの種類
という結果が認められた。また、成熟児は、親と遊
をみても、一人で遊べるものが多く、子ども同士の
ぶことは少ない傾向があり(p<.10)、また、幼稚園
やり取りを中心とした追いかけっこや集団でのル
以外の友だちと遊ぶことが有意に多いこと(p<.05)
ール遊びがあまりみられないことが明らかになっ
が認められた。(Table 5)
た。
Table 5 ②幼稚園以外で遊ぶ人 (重複回答)
極低出生体重児
成熟児
親
+
4名
+
0名
きょうだい 友だち
†
8名
2名
†
4名
7名
+
†
` ; p<.10, ; p<.05
【まとめ】
本研究では、極低出生体重児の子どもとの相互交
渉場面について、他児への関心を示しているかにつ
いてと、働きかけという行動面からの検討を行った。
その結果、極低出生体重児は他児への関心を示して
いるものの(Fig. 1)、行動としての働きかけは成熟
「③普段、お子さんはどんなことをして遊んでい
児と比較して乏しかった(Fig. 2)。特に、やり取り
ますか?」という質問に対しては、極低出生体重児
を続けようと、他児を誘いかけたり(Fig. 3)、相手
と成熟児とで、遊びの種類に違いはみられなかった。
の注意を自分の方に向けさせたり、共通のものを共
(Table 6)しかし、遊びの内容について細かく尋
有しようと自分から関わることが少ないことが示
ねてみると、極低出生体重児は、追いかけっこなど
された(Fig. 4)。このような極低出生体重児の児か
があまり見られず、一人で遊べるものが多く、また、
らの働きかけが少ないことは、就園前の 2 歳児から
構成やルールが複雑でないものが多かった。それに
もみられ続け、就園して年長児になり、発達上では
対して、成熟児は、年少のときから、大勢の友だち
キャッチアップしても、少ないままであるといえる。
で行われる遊びが多く、遊び自体よりも友だちとの
その理由として、極低出生体重児の早期の対人経
やり取りの中で生じる遊びが多かった。
験が影響していると考えられる。分析 2 では、母親
に児の早期の対人関係についてインタビューを行
Table 6 ③普段の遊びの種類
遊びの内容
極低出生体重児 ごっこ遊び(人形・ままごと)、 工作(ハサミ、お絵かき)
ブロック、遊具、乗り物、ゲーム
ルール遊び(サッカー・野球)、追いかけっこ
成熟児
ごっこ遊び、 工作、 ブロック、 乗り物、 砂場
追いかけっこ、 ローラーブレード、 シール交換
ったが、その結果から、対人関係の最初の基盤とな
る母子関係において、極低出生体重児は母親との対
人接触が少ないことが明らかになった(Table 4)。ま
た、母子の対人接触が少ないだけでなく、家族以外
の人との関わる経験がないために(Table 5)、関心は
あっても、働きかけが乏しいという、関わり方のわ
か ら な さ が あ る で は な い か と 推 察 さ れ る 。 Paster
(1981)は、18 ヶ月時点で母子の愛着が安定して
分析 2 の結果から、極低出生体重児とその母親は、
いると、仲間に対する働きかけや、仲間の働きかけ
親子での遊びを始めるのが、成熟児と比べて、1 歳
への受け入れが高いことを示している。また、母親
から 2 歳くらい遅い場合が多い。成熟児であれば、
との関係が対人関係の基本となり、それが仲間関係
出生直後から当たり前のように経験される母子の
を 形 成 す る と き に も 影 響 す る (Cassidy,1996) こ と
接触が、極低出生体重児においては、少ないという
も示唆されていることから、極低出生体重児は、早
ことが明らかになった。実際に早期の分離のため、
期の対人経験の基盤が形成されにくいために後の
物理的に接触経験は少なくなる。しかし、極低出生
対人行動面に影響するのではないかと考えられる。
体重児は、出生後半年くらいまでには退院し、母親
従って、児自身のだけでなく、母親も含めた母子
のもとへ戻ってくるので、極低出生体重児の母親が
に対する早期からの介入の必要性を検討する必要
2 歳から遊び始めたととらえたのは、物理的な分離
があると考えられる。
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