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1. 背景 1-1. V-ATPase の機能とサブユニット組成
1. 背景 1-1. V-ATPase の機能とサブユニット組成 V 型 ATPase (V-ATPase) は,真核細胞の細胞内区画 (液胞,リソソーム,ゴルジ体など) や 特殊な細胞の細胞膜上に存在し,タンパク質の分解,エンドサイトーシス,たんぱく質の 選別輸送など,様々な細胞機能に関わっている重要なタンパク質であり,ほとんどすべて の真核細胞内に存在する (Forgac,2007;横山と西,2004).真核細胞の V-ATPase は ATP を エネルギー源として利用しプロトンを細胞質から膜内に送り込むプロトンポンプであり, 細胞内区画の内部を酸性化する働きを持つ.それらの機能は高度に制御されていることが 知られている. 一方,原核生物内にも V-ATPase は存在する.真核原核を問わず一般に細胞内の ATP 合 成は F-ATPase によって行われることが多いが (吉田ら,2001),古細菌や一部の真性細菌 では V-ATPase が ATP 合成酵素としての役割を担っている.ATP 合成酵素は,呼吸と呼ば れる一連のエネルギー変換の最後の到達点である.炭素燃料がクエン酸回路で酸化され, 高い転移ポテンシャルを持った電子が発生し,その後,この電子駆動力は呼吸鎖によって プロトン駆動力に変換され,最終的に ATP 合成酵素によって ATP へと変換される.ATP 合成の駆動力となるプロトン駆動力は,呼吸鎖複合体を通って電子が NADH や FADH2 か ら O2 に流れ,その際に膜の内から外へ H+ が汲み出されることによって生じる pH 勾配 と電位差である.プロトン駆動力は,ATP 合成酵素が ATP 合成を行う際に H+ を外から 中へ汲み入れることによって減少するが,呼吸鎖複合体の働きによって常に一定に維持さ れている. 本研究で用いる高度高熱菌 Thermus thermophilus 内にも,真核細胞の V-ATPase のホモロ グが存在し,ATP 合成酵素として働いていることが知られている (横山ら,1990;1998). この V-ATPase は細胞膜間のプロトン電気化学ポテンシャル差を利用して ATP を合成す るが,この働きは真核細胞のプロトンポンプとしての働きとは全く正反対である.すなわ ち,V-ATPase は 2 つの化学反応,プロトンの膜間の輸送と ATP の加水分解/合成という 2つの化学反応を触媒するという共通の機能を持つが,その反応を進ませる方向が真核生 物と原核生物のそれでは反対になる.すなわち真核細胞の V-ATPase は ATP 加水分解によ る強制的なプロトン輸送を起こさせ ((1) 式における右から左の方向),原核生物のそれは膜 間の自発的なプロトン透過による強制的な ATP 合成を起こさせる (左から右の方向). T. thermophilus 由来の V-ATPase は真核細胞のそれと比べ,サブユニット組成が単純であ り,機能メカニズムを調べるのに適したモデルである (横山ら,2003).V-ATPase は V0 と V1 の 2 つのドメインに分けられる.水溶性の V1 ドメインは A3B3DF 複合体を形成し ATP の加水分解または合成を行う.V-ATPase のサブユニット組成は,F-ATPase のそれと 類似しており (図 1-1),A サブユニットは F-ATPase の β サブユニットに相当し, ADP と 無機リン酸 (Pi) を結合し ATP を合成する触媒サブユニットである.B サブユニットは F-ATPase の α サブユニットに相当し,A サブユニットと共に A3B3 6 量体を形成する.D, 1 F サブユニットは,A3B3 6 量体の中心に差し込まれるように配置され 3 つの A サブユニ ットの連動的な ATP 加水分解に伴って回転する (今村ら,2003). 膜内在性の V0 ドメインは V0-a (I),V0-c (L),V0-d,E,G サブユニットで形成される. V0-a サブユニットは 8 回膜貫通へリックスを持つ膜内在性ドメインである.生物種間でよ く保存されたグルタミン酸残基が存在し,Yeast の V-ATPase においてこの残基を置換する とプロトンを透過させる機能がなくなることからプロトン透過に関わる重要なサブユニッ トであると考えられる.V0-c サブユニットは 2 回膜貫通へリックスを持つ小さな膜内在性 サブユニットであり,こちらも各サブユニットが一つずつプロトン透過に関わるよく保存 されたグルタミン酸残基を持つ. V0-c サブユニットは安定な 12 量体のリング構造を形成 する (横山ら,2000).この V0-c リング と V0-a サブユニットの形成する複合体がプロト ンチャネルとして働くと考えられ,これは F-ATPase における F0-c サブユニット,F0-a サ ブユニットにそれぞれ対応する.このチャネルはプロトン透過に伴って V0-a サブユニット に対してリングが回転することが不可欠である. E,G サブユニットは yeast におけるク ロスリング実験の結果などから,V0 と V1 を結合させるペリフェラルストークだと考えら れる.V0-d サブユニットは岩田らによる結晶構造とクロスリンク実験の結果から,DF サ ブユニットと V0-c リングを結合させる働きを持つことがわかった (岩田ら,2004).これ らの V0 のサブユニットのストイキオメトリーは明らかではないが,V0-a,V0-d は 1 つ, EG は複数あると考えられている (横山ら,2003). V-ATPase の ATP 加水分解における回転メカニズムはすでにある程度理解されている (横山ら,2005).ペリフェラルストークである E,G サブユニットによって連結された A3B3 図 1-1. V-ATPase と F-ATPase の一般的なサブユニット組成.右端は両 ATPase に共 通する回転触媒機構を模式化した図を表す. 2 複合体と V0-a サブユニットは固定子として働く.D,F,V0-d,V0-c リングが一体となり 固定子に対して回転することにより,V0 と V1 のそれぞれの役割,プロトン輸送と ATP 合 成/加水分解を共役させる.ATP を合成する時は,図 1 中の下から上に向かってプロトン が流れ,回転軸が V1 側から見て時計回りに回転する.一方,ATP を加水分解するときは, 回転軸が反時計回りに回転し,上から下に向かってプロトンが流れる. 膜間に生じた H+ の濃度差と電位差はそれ自体が蓄積されたエネルギーであり,そこに チャネルのようなイオン透過させる物質が存在すれば H+ が一定の方向に自発的に流れる. F-ATPase または V-ATPase はこの H+ の流れを回転力に置換し,その回転力を利用して ATP を合成する.具体的に言うと,F0/V0 ドメイン内を H+ が透過するのに伴って F0/V0-c リングが回転し,その回転が中心回転軸を通じて α/Α サブユニットの高次構造変化を誘導 することにより,ATP 合成に必要なエネルギーを供給する.つまり F/V-ATPase は膜間に 生じた H+ の電気化学ポテンシャル差を ATP という化学物質へ変換する装置だというこ とができる. 全体構造,サブユニット組成や各サブユニットのアミノ酸配列の類似性などから V-ATPase は F-ATPase と基本的には同一の分子機構で制御されていると一般的に考えられ ている.これまで V-ATPase の ATP 加水分解方向の回転機構に関してはいくつもの報告が なされ,様々な F-ATPase との類似点または相違点が報告されている (今村ら,2003;2004; 2005).しかし V-ATPase の ATP 合成についてはこれまで報告がないことから,ATP 合成 機構に関しての議論はほとんどなされてこなかった.そこで,私は本研究において V-ATPase の ATP 合成速度を定量的に調べることで ATP 合成における F-ATPase との類 似点または相違点について考察したいと考えている. 1-2. Proton motive force (PMF) F/V-ATPase が ATP を合成するために必要な膜間のエネルギー差を,H+ の電気化学ポテ ンシャル差 ∆µ~H + と呼ぶ. ∆µ~H + を Faraday 定数 で割ったものを Proton Motive Force ~ と基本的には同じものであるが,直感 (PMF) と呼び,一般的にこちらの方がよく使われる. ∆µ H+ 的に理解しやすいことや一般的な慣習であることから,本論文では PMF を主に用いることにす る.PMF は膜間に生じた電圧を表すので,単位は mV を用いる.ATP 合成を駆動する PMF は,P. Mitchell の理論によれば,2 つの成分,膜間の pH 勾配 (∆pH) と静電ポテンシャル 差 (∆Ψ) から構成され(1 式),これらの ATP 合成に対する寄与は熱力学的に等価である (香川,1985). PMF = 2.303 RT/F ∆pH + ∆Ψ 3 (1) ここでいう PMF とは,ATP 合成に必要な最低の自由エネルギーのことを指している.例 えば ATP 合成の自由エネルギー変化が 40 kJ/mol であったとすると, PMF に換算すると 415 mV となる (この値は ATP,ADP,Pi の濃度比で変化する,1-3 参照).従ってこの場 合, 415 mV 以上の PMF が与えられなければ ATP 合成は起きないことになる.∆pH と ∆Ψ の熱力学的等価性とは,(1) 式で示されるように PMF が ∆pH と ∆Ψ の和であること を意味する.この例で言えば,ATP 合成に必要な 415 mV が ∆pH の寄与から 300 mV,∆Ψ の寄与から 115 mV であっても良いし,その反対でも良い.極端な例でいうと,∆pH のみ, ∆Ψ のみでも構わないことを意味している.この理論は今では一般的に受け入れられている. しかし,∆pH と ∆Ψ の動力学的な寄与については論争中である.動力学的寄与とは,ATP 合成が行われる十分な PMF (先の例でいうと 415 mV よりも大きい PMF) が V-ATPase に与えられた場合の ATP 合成の速度に対する PMF の寄与を意味する.すなわち,ATP 合 成速度が PMF によって規定されるかどうか,さらに∆pH と ∆Ψ の寄与が等価であるかど うかという問題である.Junesch らは葉緑体由来の F-ATPase の抽出した葉緑体を用いて acid-base transition 法により ATP 合成測定を行った (Junesch ら,1991).また,Turina ら は光合成細菌 Rhodobacter capsulatus 由来 F-ATPase のクロマトフォアを用いて測定を行 った (Turina,1991).彼らはいずれもその ATP 合成速度が見積もられた PMF に対して一 本の曲線を描くことから,∆pH と ∆Ψ の寄与が等しいことを主張した.一方,Kaim らは Escherichia coli,葉緑体,Propionigenium modestum 由来の F-ATPase の ATP 合成は膜電位 ∆Ψ に依存し,∆pH 単独では ATP 合成は駆動できないことを報告している.この結果から 彼らは, ATP 合成速度は必ずしも PMF のみによって規定されるわけではないことを主張 している (Kaim ら,1998;1999).また Fisher らは,再構成リポソームを用いて E. coli 由 来の F-ATPase の ATP 合成速度を測定したところ,∆pH と ∆Ψ の寄与は一致せず, F-ATPase の ATP 合成活性は ∆Ψ 依存性があるのではないかと述べている (Fisher,1994; 1999).以上の結果は,お互いに矛盾するものである.特に Junesch らと Kaim らの結果は, 同じ由来である葉緑体の酵素を用いているものの ∆pH と ∆Ψ の依存性に関する結果が一 致しておらず,単なる生物種由来の違い以外の要因が存在すると考えられる. 私の研究の最初の目的は,T. thermophilus 由来の V-ATPase の ATP 合成速度に対する PMF 依存性を調べ,F-ATPase に関するこれらの矛盾に対する解答を提示することである. 私は V-ATPase と F-ATPase の ATP 合成は基本的に同一の機構で制御されており,ATP 合 成速度と PMF の関係も類似していると考えている.したがって V-ATPase におけるこれ らの実験を行うことで F-ATPase を含めた回転式 H+-ATPase の ATP 合成に関する共通点 を考察できるはずである.また,F-ATPase に関する研究の矛盾の原因は実験的な要因によ るところが大きいように思われる.というのも,F-ATPase の ATP 合成活性を測定する方 法は複雑で難しい手順をいくつも踏まなければならない高度な技術であるためだ.その手 順を順に挙げると,リポソームの作製,酵素をリポソームへの再構成,acid-base transition を 用いた人為的なリポソーム膜間の PMF の発生,合成された ATP の検出の 4 つである. 一つの実験手法の相違によって全く異なる結果が得られてしまう可能性があるので,いず 4 れの手順においても用いる実験素材に合った最適な手法を選び出して採用しなければなら ない.そこで私はまず本研究の実験材料である T. thermophilus 由来の V-ATPase の ATP 合成測定に最適な実験条件を選び出し,その後にその実験条件を用いて ATP 合成速度に対 する PMF 依存性を調べることにした.具体的には,リポソームの作成法の種類,再構成 酵素の濃度,ルシフェラーゼの発光感度を検討した.さらに Kaim らはリポソーム内部を 酸性化する時に用いる酸の種類と濃度が,酵素の ATP 合成速度に重大な影響を与えると報 告しており,酸の種類と濃度について様々な条件で実験を行った (Kaim ら,1999). 1-3. H+/ATP 比 H+/ATP 比は 1 ATP を合成するのに必要な膜を透過する H+ 分子の数を表す.H+/ATP 比 は F/V-ATPase が行う 2 つの反応,ATP 合成―加水分解と H+ の膜透過の共役を評価する 指標であり, F/V-ATPase の回転触媒機構を考察する上で重要な値である.F/V-ATPase が 触媒する一連の反応は, ADP + Pi + n H+in ⇔ ATP (+ H20) + n H+out (2) と記述され,その反応のギブス自由エネルギー変化 ∆G' は, ~ ∆G' = ∆Go + RT ln[ATP]/[ADP][Pi] - n ∆µ H+ (3) と記述される.ここで, ∆Go は ATP 合成に必要な標準ギブス自由エネルギー (kJ/mol),[x] ~ は膜間の H+ 電気化学ポテンシャル差 (kJ/mol) は x の濃度 (M), n は H+/ATP 比,∆µ H+ である.F/V-ATPase が熱力学的に不利な ATP 合成方向の反応を達成するためには,膜間 の H+ 電気化学ポテンシャル差のエネルギー供給を得なければならない.つまり (3) 式で ~ から得た場 いうと,∆Go + RT ln[ATP]/[ADP][Pi] (> 0) を上回る自由エネルギーを n ∆µ H+ 合のみ, ∆G' < 0 となり,全体の反応が正方向(ATP 合成方向)に進む. ∆µ~H + は H+ 1 mol の膜透過により得られる自由エネルギーを表し,ATP 合成と加水分 ~ ( ∆µ~ ) は,ATP 合成に必要な最小の 解の速度がつり合う平衡(∆G' = 0)の時の ∆µ H+ H + eq 自由エネルギーを表す. もし n が一定だと仮定すると,(2) 式の反応が ATP 合成方向か ~ の大きさで決まる.∆µ~ > ∆µ~ それとも加水分解方向に進むかは, ∆µ の時 ATP H+ H+ H + eq 5 ~ > ∆µ~ 合成方向に, ∆µ の時 ATP 加水分解方向に反応は進む. H+ H + eq H+/ATP 比 (n) を実験的に求める方法はいくつかあるが,もっともよく行われているのは ~ を与え ATP 合成速度を測定し, ATP 合成速度の測定から求める方法である.任意の ∆µ H+ ~ を見つける.この時,∆G' = 0 であるので (3) 式から以 ATP 合成速度が 0 となる ∆µ H + eq 下の式が導かれる. ~ eq - ∆Go RT ln[ATP]/[ADP][Pi] = n ∆µ H+ (4) [ATP],[ADP],[Pi] は実験条件なので既知である.∆Go に文献値を代入することで,(4) 式 ~ は与えた実験条件から計算するかまたは別の実験で から n を求めることができる.∆µ H+ 測定した ∆pH と ∆Ψ を用いて (4) 式により導出した値を用いる.Table 1-1 中の Portis Jr. ら (1974),Mills ら (1982),Krenn ら (1993),Van Walraven ら (1996) はこの方法を用いて n を算出している.この方法は,たった一つの測定点から n を算出できる利点があるが, n が採用する∆Go 値に影響されるという欠点がある. ~ Turina らは,この方法をさらに応用し,ATP,ADP,Pi 濃度比を変えて ∆µ を 4 点 H + eq 測定した ~ を x 軸としてプロ (Turina ら,2003). RT ln[ATP]/[ADP][Pi] を y 軸, ∆µ H + eq ットするとある直線の関係が外挿され,(4) 式が示す通り,その直線の傾きと y 切片からそ れぞれ n と ∆Go の値が得られる.この方法の利点は,n だけでなく∆Go の値も得られるこ とにある. 再構成膜 F/V-ATPase の ATPase 活性を測定し平衡化させその時の ∆pH,∆Ψ から ∆µ~H + を導出する方法もある.この方法では再構成膜内の ∆pH, ∆Ψ を正確に見積もる必要 がある.Davenport ら (1981) は [14C] hexylamine,Strotmann ら (1988) は 9-aminoacridine を用いて測定している. これまで実験的に測定された H+/ATP 比のうち主なものを,Table 1-1 に示す.得られた H+/ATP 比は,3∼4 の範囲に集中している.Spinach の葉緑体中の F-ATPase の値に注目す ると,より近年の報告になるにしたがって値が約 3 から 4 へと上昇している.Van Walraven ら (1996) によれば,Portis Jr. ら (1974) の報告は計算に用いた ∆Go の値を多く 見積もりすぎたために見かけの n が減少したのではないかと指摘している.さらに Turina ら (2003) は,文献値の∆Go を用いずに測定し,n = 3.9 ± 0.2,∆Go = 37 ± 5 (kJ/mol) と いう結果を得ている.1996 年以降の報告では,生物種に限らず n ∼ 4 に近いものが多い 6 ようである. 以上の報告はすべて ATP 合成と加水分解の平衡条件下における n であるが,Kettner ら (2003) は,液胞膜の patch clamp 測定を行い,非平衡の条件下で n を測定している.彼ら ~ の大きさによって変化し,さらに平衡点に外挿さ の結果は,H+/ATP 比が与えられた ∆µ H+ れた n の予測値は 4.9 に達することを示唆している. + + ATPase H /ATP ratio F-ATPase 3-3.5 ∼3 3 3.4±0.3 3.4 (ox), 4.6 (red) 3.87 3.3-4.7 3.2-3.9 4.1-4.24 4.25 3.9±0.2 V-ATPase 4.17 3.9±0.1 Table 1-1. H /ATP ratio list. Species Method Spinach (chloroplast) ∆pHeq (ATP synthesis) Spinach (chloroplast) ∆pHeq (ATP hydrolysis) Spinach (chloroplast) ∆pHeq (ATP hydrolysis) Spinach (chloroplast) ∆pH measumrent ([14C] hexylamine) Spinach (chloroplast) ∆pHeq (ATP synthesis) Spinach (chloroplast) ∆pH measumrent (9-aminoacridine) Synecococcus 6716 ∆pHeq (ATP synthesis) Author Portis Jr. et al. Avron et al. Dewey et al. Davenport et al. Mills et al. Strotmann et al. Krenn et al. year 1974 1978 1981 1981 1982 1988 1993 Rhodospirillum rubrum ∆pHeq (ATP synthesis) ∆pHeq (ATP synthesis/hydrolysis) ∆pHeq (ATP synthesis) Saccharomices cerevisiae ∆pHeq (patch clamp) Thermus Thermophilus ∆pHeq (ATP synthesis) Spinach (chloroplast) Spinach (chloroplast) Spinach (chloroplast) Van Walraven et al.1996 Turina et al. Kettner et al. Toei et al. 2003 2003 2007 本研究の 2 つ目の目的は,Turina らの行った実験手法を用いて T. thermophilus 由来 V-ATPase の ATP 合成における H+/ATP 比を導出することである.ATP,ADP,Pi 濃度比 ~ ~ を変えて ATP 合成速度を測定を行い, ∆µ を計算する.計算した 4 点の ∆µ か H + eq H + eq ら n と ∆Go の値を算出する.H+/ATP 比を求めることで V-ATPase の ATP 合成と PMF の 関係を明らかにすることができ,また F-ATPase との類似点,相違点を考察することができ るはずである.また, H+/ATP 比と V0-c リングを構成するサブユニット数を比較すること は,回転触媒機構によってエネルギー変換効率を記述する分子モデルを考察する上で重要 である (3-5 参照). 1-4. リングを構成するサブユニットの数 F0/V0 ドメインが H+ チャネルとして働くメカニズムの詳細については F0/V0-a サブユニ ットを含む X 線結晶構造が解かれていないこともあり,まだよくわかっていない.しかし, F0/V0 リングの構造と構成するサブユニットの数については,これまでに様々な報告がある (Table 1-2).最初の報告は,Stock ら (1999) による出芽酵母 Saccharomices cerevisiae の F-ATPase の c10 リングの X 線結晶構造である.彼らは,10 という F0-c サブユニットの 7 ATPase Number of rotor subunits F-ATPase 10 11 14 15 V-ATPase 6 10 12 A-ATPase 13 Table 1-2. Number of rotor subunits. Species Method Saccharomices cerevisiae X-ray analysis Bacillus PS3 Biochemistry Escherichia coli Biochemistry Ilyobacter tartaricus X-ray analysis EM, AFM Propionigenium modestum 2D EM Clostridium paradoxum 2D EM Spinach (chloroplast) AFM Spirulina platensis AFM Saccharomices cerevisiae Biochemistry Enterococcus hirae X-ray analysis Thermus thermophilus 2D EM Methanopyrus kandleri Genetics Author Stock et al. Mitome et al. Jiang et al. Meier et al. Stahlberg Meier et al. Meier et al. Seelert et al. Pogoryelov et al. Wang et al. Murata et al. Toei et al. Lolkema et al. Year 1999 2004 2001 2005 2001 2003 2006 2000 2005 2007 2005 2007 2003 数が ATP 合成 F1-α サブユニットの数,3 の倍数にならないことから「symmetry mismatch」 という考えを提唱した.symmetry mismatch とは,H+ を輸送する F0 リングの c サブユニ ット数が 3 の倍数にならないことが 3 の倍数になる場合と比べて何らかの優位性をもつ のではないかという仮説である.F-ATPase の ATP を合成する F1 の α サブユニットの数 は 3 つであり中心軸 1 回転につき ATP を 3 個合成すると考えられることから,F1 部分 はエネルギー的な安定点が 120 °毎に存在する.もし c サブユニットの数 N が 3 の倍数 (例えば 12 個) だとすると,1 ATP 合成毎に中心軸が 120 °回転し,相当する V0 のサブ ユニット数はぴったり 4 という整数になる (1 サブユニットは 30 °回転に相当するの で).これは,120 °毎にエネルギー的に安定な点が存在し,その結果酵素が不活性化しや すいことを意味しており,常に ATP 合成のために回転し続けなければならないこの酵素に とって不利である.しかし,もし N が 3 の倍数でない (例えば 10 個) だとすると 1 ATP 合成 (つまり 120 °回転) に相当する Fo のサブユニット数は 3.3 個となり整数にならな いので,120 °回転によって F1 がエネルギー的に安定であっても Fo は安定でないので酵 素は不活性化しない.従って, ATP 合成酵素の c サブユニット数 N は 3 の倍数である 9, 12,15 を避けると予想している. 三留ら (2004) は, Bacillus PS3 の F0-c サブユニットの N 末端と C 末端を融合させた F-ATPase を用いた生化学実験を行い,10 量体がもっとも生化学的に安定で活性が高いこと を示した.Seelert ら (2000) は,葉緑体中の F-ATPase から単離した F0-c 複合体を基板上 で固定し原子間力顕微鏡 (Atomic Force Microscopy, AFM) で観察することで,サブユニット の数が 14 であることを報告した.Meier ら (2005) は,Ilyobacter tartaricus の F0-c 11 量 体リングの X 線結晶構造を報告している.以上の報告は,すべてリングのサブユニット数 が 3 の倍数, 9, 12, 15 以外であり, 「symmetry mismatch」を支持する結果であったが,近 年,それを支持しない報告が Pogoryelov ら (2005) によって提出され,アルカリ性シアノ バクテリア Spirulina platensis 由来の F0-c リングを AFM で観察した結果,リングが 15 量体であることがわかった. 以上が F-ATPase に関する研究であるが,それと近縁の酵素である V-ATPase 及び 8 A-ATPase に関する報告もいくつかされている.古細菌 Methanopyrus kandleri 由来の K サ ブユニット (F0/ V0-c サブユニット相当) はコードされた遺伝子のレベルで 13 個融合され ていることがわかった (Lolkema ら,2003).村田ら (2005) は, Enterococcus hirae 由来の NtpK 10 量体リングの X 線結晶構造を報告している.また Wang ら (2007) は,遺伝子改 変による融合たんぱく質を用いた生化学実験の結果から,出芽酵母 Saccharomices cerevisiae の V-ATPase のリングのサブユニットの数は 6 量体であろうと述べている.(S. cerevisiae の リングを形成するサブユニットは 3 つのアイソフォーム (c, c’, c’’) を持ち,これらが入 り混じったヘテロなリングを形成すると考えられている.ここではすべてのサブユニット を足した数のことを指す.) 私は最近,Gerle らとの共同研究により,T. themophilus 中の V-ATPase の V0-c リングの 透過型電子顕微鏡 (Transmission Electron Microscopy, TEM) による 2 次元結晶解析を行い, リングのサブユニットの数が 12 量体であることを見つけた (図 1-1;桐栄ら,2007).得 られた画像の分解能は 7.0 Å であり,V0-c サブユニットの 2 本の α へリックスがそれぞ れ内側と外側の 12 量体のリングを形成しているのがはっきりとわかる. 12 量体のリング はこれが最初の報告であり,15 量体のリングに関する報告と共に「symmetry mismatch」に 反する重要な例である.これらの結果は ATP 合成酵素にとってリングの「symmetry mismatch」が必要不可欠な条件ではないことを強く示唆していると考えられる. 図 1-2. T. thermophilus 由来の V0-c rotor ring の 2次元結晶の projection map.分解能 7.0 Å. 9 1-5. 実験手法の概略 本研究の主実験である in vitro での F/V-ATPase の ATP 合成測定について概説する.リ ン脂質2重層(リポソーム)を擬似的な生体膜と捉え,酵素を組み込んだリポソームの膜 内外に人為的に Proton Motive Force と呼ばれる駆動力を発生させることで F/V-ATPase に ATP を合成させる手法である.手順は主に,リポソームの作製,酵素をリポソームへの再 構成,人為的なリポソーム膜間の PMF の発生,合成された ATP の検出の 4 つである. V-ATPase は膜間に生じた H+ の電気化学ポテンシャルから ATP 合成に必要な自由エネ ルギーを得るので,精製した後の可溶化した状態の V-ATPase では ATP 合成を駆動するエ ネルギーを与えることができない.そこでまず,V-ATPase をリン脂質二重膜内に組み込む 必要がある.リン脂質を水溶液で懸濁するとリン脂質が 2 重層を形成して得られる球状の 形態になったものをリポソームという.このリポソームの膜内に F/V-ATPase を組み込むこ とで擬似的な細胞膜のモデルに見立てる.ATP 合成実験の場合,実際の細胞膜と反対の向 き(リポソームの外側に F1/V1 ドメインが配向する向き)に F/V-ATPase を配向させる.実 験手法の都合上,酵素の ATP 合成がリポソームの外側で行われる必要があるためである. 図 1-3 にその概略図を示す. PMF は 2 つの成分,膜間の pH 勾配 (∆pH) と静電ポテンシャル差 (∆Ψ) から構成され る.∆pH は膜間の H+ 濃度の差であり,pH の 差である.H+ は濃度の高い方から低い方へ自 発的に流れ,この方向を正とする.また,∆Ψ は H+ だけでなく存在するすべての陽イオン,陰 イオンによって形成される膜表面の帯電によ って生じた電位差である.H+ は正の電荷を持 つので + から – の方向へ自発的に流れ,こ の方向を正とする.PMF はこれら ∆pH と ∆Ψ の和であり,したがって,∆pH と ∆Ψ の 両方を人為的に制御する必要がある. PMF をリポソームの内側から外側の向きに 発生させるためには,リポソーム内部の pH を低く (酸性化) する必要がある.∆pH の制 御は acid-base transtion 法と呼ばれる方法を 図 1-3. V-ATPase の ATP 合成実験 用いて行う.acid-base transition 法とは,作成 の概略図. したリポソーム溶液を酸に浸けて酸性化させ た後に塩基性の測定溶液の中に導入することで瞬間的にリポソーム膜内外に ∆pH を発生 させる方法である.∆pH は ∆pHin と ∆pHout の差なので,例えば pHin = 5.5,pHout = 8.5 で あれば,∆pH = 3.0 を発生させることができる.これは室温 (25 ℃) においては PMF 177 mV に相当する. 10 ∆Ψ を発生させる方向はリポソーム内部の荷電状態を + にする.∆Ψ の制御は K+ の拡 散ポテンシャルの発生を利用して行う.すなわち,リポソームの外側 の K+ 濃度 [K+out] を 内側 [K+in] よりも高くしておき,K+ を選択的に透過させるイオノフォアであるバリノマイ シンを導入する.K+ の濃度勾配に従って K+ がリポソーム内に導入され,リポソーム内部 が正に帯電する.発生する ∆Ψ を実測することは難しいが Nernst の式により見積もるこ とが可能である.例えば,25 ℃の条件で [K+out] = 100 mM,[K+in] = 1 mM の時の発生する ∆Ψ は 118 mV になる. PMF によって合成された ATP の定量は,ルシフェリン−ルシフェラーゼ反応を利用す る.ルシフェリン−ルシフェラーゼ反応は,ATP を利用して発光する化学反応である. ルシフェリン + ATP + O2 → オキシルルシフェリン + AMP + CO2 + hv ルシフェリン−ルシフェラーゼ反応の発光強度はある一定範囲内で ATP 濃度に比例する ので,これを利用して実験系中の ATP 濃度を計測することが可能になる.本実験では,反 応溶液中にあらかじめ ATP 濃度を変化させない程度の量のルシフェリンとルシフェラー ゼを導入しておくことで,V-ATPase の ATP 合成反応をリアルタイムでモニタリングする. 本研究で用いた実験手法の概略を以下の通りである.まず T. thermophilus 菌体より精製 した V-ATPase をリン脂質二重膜(リポソーム)中に再構成させ,ATP 合成の駆動力であ る ∆pH,∆Ψ をそれぞれ acid-bath transition と K+ 拡散ポテンシャルを用いて与える.反 応液中の ATP 濃度はルシフェリン―ルシフェラーゼ反応の発光強度を蛍光光度計でリアル タイムで観測することにより検出する. 1-6. 本研究の目的 本研究は,T. thermophilus の V-ATPase の ATP 合成活性測定を行い,ATP 合成速度に対 する PMF (∆pH と ∆Ψ) の依存性と H+/ATP 比を調べることで,V-ATPase における ATP 合成機構を明らかにすることを目的とする.まず ATP 合成活性を測定する実験手法を開発 し,V-ATPase の ATP 合成に最適な条件を模索した.特に酸性化に用いる酸の種類が ATP 合成活性に与える影響を詳細に調べた.つづいて ATP 合成速度に対する PMF (∆pH と ∆Ψ) の依存性を調べるために,様々な ∆pH,∆Ψ を与えた条件で ATP 合成測定を行った. 最後に,様々な ATP,ADP,Pi 濃度の条件下での ATP 合成測定し,その結果を解析する ことで V-ATPase の H+/ATP 比を求めた. 11