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帝王切開術後の循環動態管理に苦慮した Fontan 手術後妊娠の 1 例

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帝王切開術後の循環動態管理に苦慮した Fontan 手術後妊娠の 1 例
青森臨産婦誌 第 25 巻第 2 号,2010 年
青森臨産婦誌
症 例
帝王切開術後の循環動態管理に苦慮した
Fontan 手術後妊娠の 1 例
松 下 容 子・田 中 幹 二・山 本 善 光
尾 崎 浩 士・水 沼 英 樹
弘前大学大学院医学研究科産科婦人科学講座
A case of pregnancy with Fontan circulation
Yoko MATSUSHITA, Yoshimitsu YAMAMOTO, Kanji TANAKA
Takashi OZAKI, Hideki MIZUNUMA
Department of Obstetrics and Gynecology, Hirosaki University Graduate School of Medicine
既 往 歴: 昭 和 53 年 に 自 然 分 娩 に て 出 生 し
は じ め に
た。1 ヶ月健診にて心雑音を指摘され弘前大
医療の進歩により先天性心疾患の予後が改
学医学部附属病院小児科に紹介となり,単心
善されてきたのに伴い,心疾患合併妊娠も増
房・単心室・大血管転位・肺動脈狭窄症と診
加傾向にある。心疾患合併妊娠は,妊娠に伴
断された。19 歳時に当院心臓血管外科にて
う母体の生理的変化が母体・胎児に影響を及
Fontan 手術(完全大静脈肺動脈吻合術 total
ぼす可能性のある極めてハイリスクな妊娠で
cavopulmonary connection:TCPC)が施行
あり,慎重かつ厳重な周産期管理が要求され
された。術後,発作性上室性頻拍(paroxysmal
る。今回我々は,本県ではこれまで報告のな
supraventricular tachycardia : PSVT)を繰
い Fontan 手術後の妊娠分娩例を経験した。
り返したため電気的除細動を施行した。その
本手術後の妊娠はかつて禁忌と言われていた
後も 20 歳時と 30 歳時に PSVT のため救急
が,最近では適切な周産期管理によって出産
搬送となり,入院のうえ電気的除細動を施行
例の報告が散見されるようになった。本症例
された。
に対し母体の循環動態への負担を考え選択的
現病歴:結婚後 1 年間の原発性不妊を主訴
帝王切開術を選択したが,術後の循環動態管
に平成 19 年(29 歳)に当科を初診した。妊
理に苦慮することとなった。本症例の経過を
娠前の生活レベルはニューヨーク心臓協会
(New York Heart Association: NYHA) 心
若干の文献的考察を加えて報告する。
機能分類(表 1)でⅠ度であり日常生活に
症 例
支障はなかったことから,当院小児科では
症例:33 歳,女性。
妊娠可能と評価していた。高ゴナドトロピ
妊娠分娩歴:1 経妊 0 経産。平成 19 年,妊
ン 性 性 腺 機 能 低 下 症(hypergonadtropic
娠 7 週にて不全流産。
hypogonadism)の診断にてゴナドトロピン
家族歴:特記事項なし。
療法を開始し,夫の転勤に伴い他院で施行さ
― 81 ―
(153)
青森臨産婦誌
表1 ニューヨーク心臓協会(NYHA)心機能分類(文献1より引用)
クラス
症 状
I
心疾患があるが,身体活動に制限がなく,通常の日常労作により,疲労,動悸,
呼吸困難,狭心痛などの症状が生じないもの
II
心疾患があり,日常生活が軽度に制限されるもの。安静時には症状がないが,日
常労作により症状が生じる。
III
心疾患があり,日常生活が高度に制限されるもの。安静時には症状がないが,日
常労作よりも軽い労作により症状が生じる。
IV
心疾患があり,非常に軽度な労作でもなんらかの症状を生じるもの。安静時でも
症状があり,労作によりその症状が増強する。
れたゴナドトロピン療法で妊娠が成立し,里
縮も進行し,妊娠 33 週 4 日の診察時,頸管
帰り分娩希望にて平成 22 年 8 月(33 歳,妊
内に直接胎胞が視認された。小児科側と相談
娠 25 週 3 日)に当科を受診した。初診時,
のうえ,Fontan 手術後の血行動態の特異性
軽度の頸管短縮(23 mm)が見られたが子宮
から陣痛発来前の帝王切開が望ましいとの判
収縮はなく,外来にて経過観察とした。同日,
断で,同日緊急帝王切開術を施行した。児は
当院小児科に頼診し,前医より継続していた
女児で 1724 g,
アプガースコア 4/7 点であり,
アスピリン(バイアスピリン錠 Ⓡ )100 mg,
早産低出生体重児として当院 NICU に入院
Ⓡ
ジピリダモール(ペルサンチン錠 )50 mg,
となった。児に心奇形等の異常はなかった。
ジゴキシン(ハーフジゴキシン KY 錠Ⓡ)0.125
術中の出血量は羊水を含んで 1260 g であり,
mg が処方された。 術中経過に特に問題なく手術は終了した。
妊 娠 29 週 5 日 の 健 診 時 に 頸 管 長 14 mm
術中より心内膜炎感染予防のため,アンピ
とさらなる短縮があり,切迫早産の診断で
シリン(ビクシリンⓇ)とゲンタマイシン(ゲ
入院管理となった。同日,採取した癌胎児
ンタシンⓇ)の投与を行い,術翌日からは血
性フィブロネクチンは 301 ng/ml と陽性で,
栓予防としてヘパリンカルシウム(カプロシ
Nugent score は 0 点であった。また,妊娠
ンⓇ )10,000 単位/日の皮下注を開始し,ま
中期より NYHA 分類はⅡ度と生活レベルの
たジゴキシンの内服も再開した。さらに術後
若干の低下が見られるようになった。
4 日目からはアスピリン,ジピリダモールも
入院時現症:身長 154.8 cm,体重 58.3 kg,
再開となった。
血圧 136/66 mmHg,心拍数 66 bpm であっ
術後 2 日目,臥床した状態では酸素を止め
た。心尖部に Levine Ⅲの収縮期雑音を聴取
ても SpO2 85%前後と術前とほぼ同様の値で
した。腹部には異常所見を認めなかった。血
あったため,いったん酸素投与を中止した。
清尿酸が 7.9 mg/dl と高値であったが,その
しかし,座位にするだけで SpO2 60% と低下
他の末血・生化学・凝固系に異常を認めなかっ
したため,動作時のみ酸素投与を継続した。
た。
以後も同様の状況が続き,臥床時は酸素なし
入院後の経過:子宮収縮を認めたが,心疾患
で SpO2 85% 程度に保たれるものの座位は困
合併妊娠で頻拍性不整脈の既往や房室ブロッ
難であり,ベッドの挙上角度を一日に数度高
クも認められていたことから,塩酸リトドリ
くする(8 日目に 50 度,9 日目に 55 度など)
ン並びに硫酸マグネシウムを用いた子宮収縮
のが限界であった。
抑制は行わず,腟洗浄とウリナスタチン腟錠
小児科にコンサルトしたところ,心機能に
を投与し,安静のみで経過観察した。しかし,
は異常なく,分娩後の静脈還流量低下による
徐々に子宮収縮が頻回となり子宮頸管長の短
循環動態適応不全と判断され,術後 14 日目
― 82 ―
(154)
第 25 巻第 2 号,2010 年
表2 妊娠中に厳重な注意を要するあるいは妊娠を避けるべき心疾患
(文献1より改変引用)
1.肺高血圧症(Eisenmenger 症候群を含む)
⇒母体死亡率 30∼70%,胎児死亡率 50%
2.流出路狭窄(大動脈弁高度狭窄,収縮期圧較差> 40∼50 mmHg)
⇒母体死亡率 17%
3.心不全(NYHAIII 度以上,左室躯出率 LVEF < 35∼40%)
⇒母体死亡率 7 %
4.マルファン症候群(大動脈拡張期径> 40 mm)
5.人工弁
⇒胎児・新生児死亡率 50%
6.チアノーゼ性疾患(酸素飽和度< 85%)
⇒胎児・新生児死亡率 88%
小児科転科となった。転科時,酸素なしの座
位で SpO2 70%前後であったが,リハビリに
て徐々に離床が進み,術後 6 週目に退院と
なった。
考 察
今 回, 我 々 は Fontan 手 術 後 の 周 産 期 管
理を経験した。本県においてはこれまでに
Fontan 手術後の妊娠分娩例の報告はなく,
本症例が初めての症例と思われる。本症例は,
妊娠前 NYHA 分類Ⅰ度で不整脈もなく左室
躯出率(LVEF)も 67% と,「心疾患患者の
妊娠・出産の適応,管理に関するガイドライ
図1 Fontan 手術(完全大静脈肺動脈吻合術)
(文献2より引用)
ン 1)」の妊娠禁忌疾患/病態(表 2)に該当
せず,小児科循環器専門医から妊娠許可を得
ての妊娠であった。しかしながら,妊娠中期
より NYHA 分類Ⅱ度への生活レベルの低下
が 15 mmHg 前 後 と 高 く( 正 常 値 は 4 ∼ 8
を認め,術後の循環動態もなかなか回復せず,
mmHg)
,容量負荷に対する予備能が低いた
退院までに術後 6 週間を要した。また,循環
めハイリスク妊娠となる 3)。特に妊娠後期は
動態・不整脈のリスクを考え小児科主治医と
心室,心房の容量負荷が増大し,凝固能も亢
相談のうえ,分娩様式を帝王切開の方針とし
進するため,上室性頻拍,心不全,血栓を
ていたが,切迫早産が進行したため妊娠 33
生じやすく厳重な注意を要する 1)。Fontan
週での緊急帝王切開を余儀なくされた。
手術後の妊娠 39 例を集計した Drenthen ら
Fontan 手 術 と は 右 室 を 経 由 し な い で 静
の報告 4) では,母体死亡例こそなかったが
脈血を直接肺動脈に流す手術であり,複数
上室性頻拍が 26% に認められ,その大部分
のパターンがある。本症例の場合,上大静
が TCPC 施行後の症例であった。本症例で
脈を肺動脈と直接吻合し下大静脈から肺動
は,ジゴキシン,アスピリン,ジピリダモー
脈への心房内ルートを作る完全大静脈肺動
ルを用いることにより,幸い血栓も上室性頻
脈 吻 合 術(TCPC) が 施 行 さ れ て い る( 図
拍も発症することはなかった。また妊娠中の
1)2)。Fontan 手術後妊娠では,中心静脈圧
NYHA 機能分類の増悪については 15% の症
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青森臨産婦誌
表3 Fontan 手術後の妊娠中に発生あるいは悪化の可能性の
ある心血管合併症(文献1より改変引用)
1.体静脈うっ血
2.体心室機能悪化
3.房室弁逆流増加
4.上室性頻拍
5.血栓塞栓
表4 心疾患合併妊婦における帝王切開の適応(文献1より改変引用)
・心機能低下
・血圧変動がきっかけで循環動態が破綻しやすい場合
(Fontan 手術後,マルファン症候群,有意な大動脈縮窄,大動脈弁狭窄,
高度肺動脈狭窄)
・肺高血圧
・コントロールが困難な不整脈
・人工弁
・チアノーゼを呈する場合
分娩様式については,分娩前後は血行動態
例で認められているが,出産後に全員速やか
4)
に回復したと報告されている 。出産後の循
が劇的に変化するため,心疾患合併妊娠にお
環動態の安定化に難渋した症例報告 5) もあ
いては生命への危険が及ぶ可能性を念頭にお
るが,これは妊娠前評価が不十分で妊娠初期
いて慎重に検討する必要がある。一般的には
から心機能の悪化もあった症例である。本症
産科的適応がなければ経腟分娩が推奨されて
例のように妊娠前の日常生活で心機能に問題
いるが,Fontan 手術後妊娠では経腟分娩が
がなかったにもかかわらず,分娩後に循環動
可能な症例は極めて稀とされ,一般的には帝
態の回復が困難であった症例の報告は見当た
1)
王切開が適応となる(表 4)
。経腟分娩を選
らなかった(表 3)。
択する場合も,分娩第 II 期を短縮するため
一方,Fontan 手術後妊娠では初期の流産
必要に応じて吸引分娩や鉗子分娩を行う。い
率が 39% と高く,妊娠継続成功例はわずか
ずれにせよ,妊娠中は経時的に心エコーや心
に 45%であり 6),また先の Drenthen らの報
電図を施行して心機能を評価し,各施設の心
告
4)
臓専門医と十分相談しながら分娩様式を決定
では出産例の 40% が早産であったと報
告されており注意を要する。Nitsche ら 7)も,
することが重要と考える。 心血管系のイベントよりむしろ切迫早産,子
ま
宮内胎児発育遅延,緊急帝王切開のリスクの
と
め
増大など産科的合併症に直面する可能性が高
医療の進歩は,かつて禁忌であった心疾患
いと報告している。本症例でも妊娠 25 週よ
合併妊娠の増加をもたらし,最近では心臓移
り頸管長の短縮が見られ,33 週で頸管内に
植後の妊娠も報告されている。心疾患合併妊
胎胞が視認され分娩終了の判断をせざるを得
娠は,妊娠に伴う母体の生理的変化が母体・
なかった。心疾患合併妊娠における自然早産
胎児に影響を及ぼす可能性のある極めてハイ
の頻度は 3.4%で一般の早産の頻度と差はな
リスクな妊娠であり,まず妊娠前に十分な心
い 1)にもかかわらず,なぜ Fontan 術後妊娠
機能の評価を行う必要がある。しかしながら,
で流早産のリスクが上昇するのか,その機序
比較的安全と考えられ妊娠が許容されること
については不明である。
の多い NYHA 分類 II 度以下でも 0.4%の母
― 84 ―
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第 25 巻第 2 号,2010 年
体死亡率が報告されており 8),また本症例の
T, van Veldhuisen DJ; ZAHARA Investigators.
Outcome of pregnancy in women with
congenital heart disease: a literature review. J
Am Coll Cardiol 2007; 49: 2303-2311.
ように循環動態の回復に時間を要する場合も
ある。患者に対して妊娠,出産時の問題点の
みならず分娩後の長期予後についても慎重な
5)
Lao TT, Sermer M, Colman JM. Pregnancy
and functional deterioration in a woman with
a univentricular heart. A case report. J Reprod
Med 1995; 40: 77-79.
カウンセリングを行い,十分な理解を得てお
くことが重要である。
文 献
6 )菅幸恵,神谷千津子,池田智明.心疾患合併妊
婦の周産期管理.産婦治療 2010; 100: 124-135.
1 )心疾患患者の妊娠・出産の適応,管理に関する
ガイドライン.Circulation J 2005; 69, Suppl. IV:
1267-1328.
2 )Philip JS, Micyaer AG, Philip B.(丹羽公一郎監
訳)心疾患と妊娠・出産より「右心病変」東京,
メジカルビュー社,2010; 188-203. 7)
Nitsche JF, Phillips SD, Rose CH, Brost BC,
Watson WJ. Pregnancy and delivery in
patients with Fontan circulation: a case report
and review of obstetric management. Obstet
Gynecol Surv 2009; 64: 607-614.
8)
Perloff JK, Koos B. Pregnancy and congenital
heart disease. In: Perloff JK, Child JS (eds)
Congenital heart disease in adults, 2nd edn.
Philadelpia, W.B. Saundersm 1998; 144-164.
3 )中西敏雄 . 成人先天性心疾患と妊娠 . 周産期医学
2010; 40: 1187-1191. 4 )Drenthen W, Pieper PG, Roos-Hesselink JW,
van Lottum WA, Voors AA, Mulder BJ, van
Dijk AP, Vliegen HW, Yap SC, Moons P, Ebels
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