Comments
Description
Transcript
第2章 環と体
第 2 章 環と体 2.1 2.1.1 環、可換環 定義 定義 2.1 集合 R の中に 2種類の二項演算 +、· が定義され、∀a、b、c ∈ R に対し、次の法則が成り立つときに、R を環という。 (I) (R, +) はアーベル群である。すなわち、 (ab)c = a(bc) (結合則) (i) (a + b) + c = a + (b + c), (ii) a+b=b+a (iii) a ∈ R に対し、a + 0 = a となる元 0 ∈ R が存在する(このような元 0 を 零元と呼ぶ。)。 (iv) a ∈ R と、(iii) の 0 に対し、a + x = 0 を満たす元 x が存在する。この元 x を −a と表す。 (交換則) (II) 分配則 (v) a · (b + c) = a · b + a · c (分配則) がなりたつ。 以後、混乱のおそれがないときは、積の記号 · を省略する。 定義 2.2 環 R に関し、積に関する交換則 (ii)′ 任意の a, b ∈ R に対し、ab = ba が成り立つとき、R を可換環という。 また、R で定義された積において、 すべての a ∈ R に対し、a1 = 1a = a を満たすような元 1 が存在することがある。このような元が存在するとき、それを 単位元と呼ぶ。 定義よりただちに導くことのできる命題を証明しておく。 命題 2.3 (i) R の零元は一意に定まる。 (ii) a ∈ R に対し、−a は一意に定まる。 (iii) R に単位元が存在するとき、それは一意に定まる。 6 (証明) (i) 0、0′ ∈ R を、任意の a ∈ R に対し、 a + 0′ = a a + 0 = a, を満たす元とすると、0′ = 0 + 0′ = 0 だから、0 = 0′ がいえる。 (ii)、(iii) は練習問題。(証明終) 問: 命題 2.3 (ii)、(iii) を示せ。 2.1.2 環の例 例: 整数の集合 Z = {0, ±1, ±2, · · · , } は、通常の和、積に関して、可換環である。Z の零元は 0、単位元は 1 である。 例: 複素数係数の多項式の集合 は、f (x) = m ∑ ai xi 、g(x) = i=0 n ∑ C[x] := aj xj j=0 n ∑ n ∈ N, aj ∈ C (j = 0, · · · , n) bj xj ∈ C[x] の和、積を、 j=0 n m ∑ ∑ k (a + b )x + ak x k k k k=1 k=n+1 n ∑ (ak + bk )xk f (x) + g(x) := k=1 m n ∑ ∑ k (a + b )x + bk xk k k k=1 (m > n の場合) (m = n の場合), f (x)g(x) = m ∑ n ∑ ai bj xi+j i=0 j=0 (m < n の場合) k=m+1 で定義する。つまり、通常の多項式の和と積を演算とすると、C[x] は可換環になる。C[x] の零元は 0、単位元は 1 であ る。(例終) 例: Mat (n, n; C) を 複素数を成分とする n × n 行列のなす集合とする。Mat(n, n, C) 上に通常の行列の和、積を定義する 0 ··· 0 . .. . と、これは、環になるが、可換環ではない。Mat(n, n; C) の零元は、零行列 On,n := . で、単位元は、単 . 0 ··· 0 1 O . である。(例終) .. 位行列 En := O 1 以後、この講義では、特に断らないかぎり、R は単位元 1 を持つ可換環とする。 2.2 2.2.1 部分環とイデアル 部分環 定義 2.4 R の空でない部分集合 S が R と同じ和、積を演算とする環であるとき、S を R の 部分環という。 7 以下の命題は、「群論入門」で部分群の条件と同値な命題を求めたときと全く同様に導くことができる。 命題 2.5 S を R の空でない部分集合とするとき、 S が部分環 ⇐⇒ ∀a, ∀b ∈ R に対し a − b ∈ S ab ∈ S (証明) ⇒ は明らかなので、⇐ を示す。S が和に関してアーベル群になるのは、部分群の証明のときと同様。よって、 a ∈ S ならば −a ∈ S がいえるので、a + b = a − (−b) ∈ S 。また、ab ∈ S なので、S は、和、積に関して閉じている。 R で分配則が成立しているので、その部分集合 S でも成立する。(証明終) 例: 整数 Z の部分集合 (2) := { 2k ; k ∈ Z} は、Z の部分環である。実際、a、b ∈ (2) とすると、ある k 、l ∈ Z を用い て、a = 2k 、b = 2l と表せる。このとき、a − b = 2(k − l), ab = 2(2kl) となり、ともに 2×(整数)の形で書けるか ら、a + b、ab ∈ (2) となる。(例終) 例: 同様に、d ∈ Z に対し、(d) := { dk ; k ∈ Z} は Z の部分環であることを示せ。 def. 例: p(x) ∈ C[x] としたとき、C[x] の部分集合 (p(x)) := {p(x)q(x) : q(x) ∈ C[x]} は、C[x] の部分環になる。(例終) 2.2.2 イデアル 定義 2.6 R の部分環 I が、 a ∈ I, x∈R =⇒ ax ∈ I という性質を満たすとき、I を R の イデアルという。 実際にイデアルであることを証明するには、次の命題が使われる。 命題 2.7 R の空でない部分集合 I について、 { I がイデアル ⇔ (i) a, b ∈ I ⇒ a − b ∈ I, (ii) a ∈ I, x ∈ R ⇒ ax ∈ I (証明) ⇒ は明らかなので、⇐ を示す。部分環であることは命題 2.5 よりいえる。これと条件 (ii) より。(証明終) 例: 前節の部分環の例の (2)、(p(x)) はイデアル。(例終) 例: d ∈ R とするとき、(d) = {dx ; x ∈ R} は R のイデアルである。実際、a、b ∈ R とすると、a = dx、b = dy (x、 y ∈ R)と表せるから、 a + b = d(x + y), ab = dxdy = d(dxy) となる。x + y 、dxy ∈ R に注意すると、a + b、ab ∈ (d) がいえる。これを d の生成する 単項イデアルという。 一般に、a1 、· · · 、an に対し、 (a1 , a2 , · · · , an ) = { a1 x1 + a2 x2 + · · · + an xn | x1 , x2 , · · · xn ∈ R} も R のイデアルである。 8 問題 : これを示せ。 例: 可換環 Z において、d ∈ Z の生成するイデアル (d) := { dx | x ∈ Z} は、d の倍数の集合である。(例終) 2.2.3 剰余環 定義 2.8 R を可換環とし、a、b ∈ R とする。このとき、 def a ≡ b (mod I) ⇐⇒ a−b∈I と定義する。 命題 2.9 a ≡ b (mod I) は同値関係である。すなわち、次が成り立つ。 (i) 任意の a に対し a ≡ a (mod I) (iii) a ≡ b (mod I), b ≡ c (mod I) (ii) =⇒ a ≡ b (mod I) =⇒ b ≡ a (mod I) a ≡ c (mod I) (証明) 練習問題。(証明終) 問題 : 上の定理を示せ。 定理 2.10 a ≡ a′ (mod I)、b ≡ b′ (mod I) ならば、 a + b ≡ a′ + b′ (mod I), ab ≡ a′ b′ (mod I) (証明) 練習問題。(証明終) 問題 : 上の定理を示せ。 定義 2.11 a ∈ R に同値な R の元全体の集合を CI (a) または(I を省略して) C(a) と表し、これを a の属する 剰余 類、a をその代表元という。 命題 2.12 次の条件は同値 (i) a ≡ b (mod I), (ii) a ∈ CI (b), 問題 : これを示せ。 9 (iii) CI (a) = CI (b) 命題 2.13 剰余類同士の和と積を def CI (a) + CI (b) := CI (a + b), def. CI (a)CI (b) := CI (ab) と定めると、この演算は、「まとも」であること、すなわち、CI (a) = CI (a′ )、CI (b) = CI (b′ ) ならば、 (1) CI (a) + CI (b) = CI (a′ ) + CI (b′ ), (2) CI (a)CI (b) = CI (a′ )CI (b′ ) がなりたつ 問題 : これを示せ。 定理 2.14 I を法とする同値類全体の集合 def R/I := { CI (a) | a ∈ R} は、上の演算により環になる。この環を R のイデアル I による剰余環という。 例: 可換環 Z 上で、I = (6) の剰余環 Z/(6) を考えると、その代表元は、CI (0)、CI (1)、CI (2)、CI (3)、CI (4)、CI (5) である。この環の零元は CI (0)、単位元は CI (1) である。(例終) 2.2.4 整数環のイデアル 整数環 Z のイデアルについて、少し詳しく調べてみよう。 定理 2.15 Z の任意のイデアル I は、ある d ∈ Z を用いて I = (d) と表される。 (証明) I = {0} のときは、I = (0) である。それ以外のときは、I に含まれる最小の正の数を d とすると、I の任意の 元 a は、 a = dp + r (d ∈ Z, 0 ≤ r < d) と表される。これより、 r = a − dp = a + d(−p) で、a、d ∈ I とイデアルの定義より、r ∈ I だが、d は I の最小の正の数だから、r は 1 ≤ r < r にはなりえないので、 r = 0 である。よって、I の任意の要素 a は a = dp と表されるので、I ⊂ (d)。また、I ⊃ (d) は明らかなので、主張は成立。(証明終) 命題 2.16 a、b ∈ Z から生成されるイデアル (a, b) は、ある d ∈ Z を用いて (d) = (a, b) と表される。このとき、d は、 a、b の最大公約数である。 (証明) 前半は、上の定理の特別な場合なので、d が a、b の最大公約数であることを示せばよい。 10 (i) 公約数であること: a ∈ (a, b) = (d) なので、a = dx (x ∈ Z)と表される。よって、d は a の約数。同様に、d は b の約数なので、d は a、b の公約数。 (ii) 最大であること: (d) = (a, b) であることより、d = ax + by (x、y ∈ Z)と書ける。d′ を a、b の公約数とすると、 それは、d = ax + by の約数になる。よって、d は a、b の任意の公約数を約数に持つから、a、b の最大公約数となる。 (証明終) この d にあたる数を実際に求める方法として、ユークリッドの互除法が知られている。 定理 2.17 a、b を自然数とする。このとき、 (ステップ 1) a の b による割り算の余りを r1 とする。 (ステップ 2) b の r1 による割り算の余りを r2 とする。 (ステップ 3) r1 の r2 による割り算の余りを r3 とする。 .. . (ステップ k ) rk−2 の rk−1 による割り算の余りを rk とする。 .. . というような操作を繰り返す。このとき、 (1) ある有限の 自然数 K で、余り rK は必ず 0 になる。 (2) rK = 0 とすると、 rK−1 = d である。 例: 357 と 273 の最大公約数を求めてみよう。 357 = 273 × 1 + 84 273 = 84 × 3 + 21 84 = 21 × 4 となるから、最大公約数は 21 となる。これより、21 は、357 と 273 を用いて、 21 = 273 − 84 × 3 = 273 − (357 − 273 × 1) × 3 = 357 × (−3) + 273 × 4 ∴ 21 = 357 × (−3) + 273 × 4 と表される。(例終) ユークリッドの互除法で最大公約数が求められることの証明は、「数論入門」などでやったと思うので、繰り返さない。 定義 2.18 ある環に含まれる任意のイデアルが、ただひとつの元から生成されるとき、その環のことを 単項イデアル環 という。 整数環 Z が単項イデアル環であるのは、任意の a ∈ Z、正整数 d に対し、 a = dq + r (q, r ∈ Z, 0 ≤ r < d) がなりたつことが重要な役割を果たしていることに注意しておく。 注: 可換環 R 上に、ν : R −→ N が定義されるとき、ν(a) の大小によって割り算が可能になる。このような環を ユー クリッド環という。ユークリッド環は、単項イデアル環になる。 11 2.3 2.3.1 整域と体 整域 定義 2.19 可換環 R の元 a、b が a ̸= 0、b ̸= 0、ab = 0 を満たすとき、a、b を R の零因子 という。 例: 剰余環 Z/(6) において、 C(6) (2) × C(6) (3) = C(6) (6) = C(6) (0) であるので、C(6) (2)、C(6) (3) は零因子。(例終) 定義 2.20 単位元 1 をもち、零因子を持たない可換環を整域という。 例: 整数のなす環 Z は整域である。剰余環 Z/(6) は整域ではない。 例 : p を素数とするとき、Z/(p) は整域になる。実際、C(p) (k)C(p) (l) = C(p) (0) とすると、kl ∈ (p) となり、kl = pq(q ∈ Z) の形でかける。p が素数であることより、k ∈ (p) または l ∈ (p) となり、C(p) (k) = C(p) (0) または C(p) (l) = C(p) (0) 。 (例終) 上の例の考え方を一般の可換環に拡張する。 定義 2.21 R を単位元 1 を持つ環としたとき、R の中の R 自身と異なるイデアル P が、 ab ∈ P a ∈ P または b ∈ P =⇒ を満たすとき、P を 素イデアルという。 例: p を素数とするとき、(p) は素イデアルである。実際、 ab ∈ (p) =⇒ ab = pq (q ∈ Z) だが、p が素数であるため、a または b は p を約数にもつから、a ∈ (p) または b ∈ (b)。(例終) 定理 2.22 R を単位元を持つ環、P を R 自身と異なる R に含まれるイデアルとする。このとき、 ⇐⇒ P が素イデアル R/P が整域 (証明) ⇒ の証明: P を素イデアルとする。剰余環 R/P において、 CP (a)CP (b) = CP (0) =⇒ CP (ab) = CP (0) ab ∈ P であるが、P は素イデアルであるから、a ∈ P または b ∈ P 。よって、CP (a) = CP (0) または CP (b) = CP (0) となるか ら、R/P は整域になる。 ⇐ の証明: まず、CP (a)CP (b) = CP (ab) に注意する。R/P が整域ならば、 CP (a)CP (b) = CP (0) =⇒ CP (a) = CP (0) または CP (b) = CP (0) 12 がなりたつから、 CP (ab) = CP (0) =⇒ CP (a) = CP (0) または CP (b) = CP (0) すなわち、 ab ∈ P =⇒ a ∈ P または b ∈ P が成り立つことになり、P は素イデアルである。(証明終) 2.3.2 体 定義 2.23 単位元 1 を持つ可換環 F において、0 でない任意の元 a ∈ F が ax = 1 となる元 x ∈ F を持つとき、F を 体 という。また、このような性質を満たす x ∈ F を a の逆元 といい、a−1 と表す。 その表し方からわかるように、「逆元をとる」とは、割り算をおこなう、とか、逆数をかけるということを抽象的に定義 したものである。つまり、「体」という代数系は、四則演算を満たすものを考えることになる。 例: 有理数全体の集合 Q、実数全体の集合 R、複素数全体の集合 C は、通常の加減乗除を演算とする体である。(例終) 例: 今、集合 R(t) を、 { R(t) := } P (t) P (t), Q(t) は、実数係数の多項式、Q(t) ̸= 0 Q(t) とするとき、R(t) 上の四則演算を、通常の関数の四則演算とすると、R(t) は体になる。(例終) 例: p を素数とするとき、剰余環 Z/(p) は体である。(例終) 上の Z/(p) のように、要素が有限の体を有限体という。 例: 2個の元からなる体はどのようになるかを考えよう。体は必ず零元と単位元を持つので、集合の元は 0、1 のみであ る。零元の定義より、0 + 0 = 0、1 + 0 = 1、0 + 1 = 1 で、零元と単位元の定義より、0 × 0 = 0 × 1 = 1 × 0 = 0、 1 × 1 = 1 である。また、1 + 1 = 1 とすると、両辺から 1 を引いて 1 = 0 となってしまい、集合の元がひとつになって しまうため、1 + 1 = 0 でなければならない。以上より、加法と乗法は + 0 1 × 0 1 0 1 0 1 0 1 0 1 1 0 0 0 のようになる。(例終) 例: 3個の元からなる体を考えよう。零元 0、単位元 1 以外の元を a と書くことにする。まず、乗法について考える。 0 × 0 = 0 × 1 = 1 × 0 = 0 × a = a × 0 = 0、1 × 1 = 1、1 × a = a × 1 = a は、単位元、逆元の定義よりいえる。ここで、 a × a = a ならば、両辺に a の逆元をかければ a = 1 となってしまうので、a2 = 1 でなければならない。以上より、乗 法が成立する可能性は × 0 1 a 0 1 0 0 0 1 0 a a 0 a 1 の形しかない。次に加法について考える。0 が零元であることより、1 + 0 = 0 + 1 = 1、a + 0 = 0 + a = a となるしか ない。また、a + 1 = 1 ⇒ a = 0、a + 1 = a ⇒ 1 = 0 となり、このどちらも矛盾するので a + 1 = 0 の可能性しかない。 13 さらに、1 + 1 = 1 ならば、1 = 0 になるので矛盾。1 + 1 = 0 ならば、a = a + (1 + 1) = (a + 1) + 1 = 1 となるので矛 盾。以上より、加法が成立する可能性は + 0 1 a 0 1 0 1 1 a a 0 a a 0 1 しかない。さらに、このように、乗法、加法を定めれば、{0, 1, a} が体になることは実際に確認できる。(例終) 問題 : 零元 0 ∈ F に対し、a · 0 = 0 (∀a ∈ F )が成立することを示せ。 √ √ √ { } 例 : Q( 2) := a + b 2 | a, b ∈ Q とすると、これは通常の和、積を演算とする体となる。零元は 0 = 0 + 0 2、乗 √ √ √ a b 法の単位元は 1 = 1 + 0 2 である。a + b 2 の逆元は、 2 − 2 2 である。(例終) 2 2 a + 2b a + 2b 体 F の元 a に対し、 a + a + ··· + a {z } | n 0 na := − a··· − a −a {z } | (n ∈ N) an := (n = 0) (−n ∈ N) a · · a} | ·{z (n ∈ N) n 0 −1 · · a−1} | ·{z a (n = 0) (−n ∈ N) −n −n とする。ab ̸= 0 のとき、指数法則 am an = am+n , (am )n = amn , (m, n ∈ Z) (ab)m = am bm が成立する。 2.3.3 商体 環である整数の集合 Z から、体である有理数の集合 Q を構成することができるように、整域 R から、体を作ることが できる。R× := R − {0} とし、 R × R× := { (a, b) | a ∈ R, b ∈ R× } とする。ここで、関係 (a, b) ∼ (a′ , b′ ) ⇐⇒ ab′ = a′ b def. を入れると、これは、同値関係になる。 問: これを示せ。 こうして定義した、(a, b) の同値類を a b と書くことにする。すなわち、 { } a := (x, y) ∈ R × R× | (x, y) ∼ (a, b) b である。このとき、 a a′ = ′ ⇐⇒ (a, b) ∼ (a′ , b′ ) ⇐⇒ ab′ = a′ b b b となり、分数の相等と同様になる。こうして定義された同値類の集合を Q(R) と書くことにする。 { a } Q(R) := a ∈ R, b ∈ R′ b 14 Q(R) 上の和、積を、これも分数と同様に、 a c ad + bc + = , b d bd a c ac · = b d bd と定める。 問題 : この演算の定義がまともであることを示せ。 このとき、Q(R) は可換環になる。特に、 0Q(R) := 0R , 1R 1Q(R) := 1R 1R とすると、0Q(R) 、1Q(R) は Q(R) の零元、単位元になる。ただし、0R 、1R は、R の零元、単位元。 問題 : Q(R) が上の零元、単位元を持つ可換環になることを示せ。 また、Q(R) の元 a a b a ̸= 0 に対し、 · = 1 だから、 は Q(R) 内に逆元を持つ。 b b a b 問題 : a/b の逆元が b/a であることを、積の定義に戻ってきちんと確かめよ。 以上より、Q(R) は体であることがわかった。ここで、1、a ∈ R に対し a 1 を a と同一視することにより、R は Q(R) に 含まれるものと考えることができる。このようにして定まる 整域 R を含む体 Q(R) のことを R の 商体という。 定理 2.24 整域では、その商体を定義することができる。 例: 整数 Z の商体は有理数 Q、多項式環 C[x] の商体は 有理関数体 C(x) である。(例終) 2.4 2.4.1 環、体の写像 環準同型 定義 2.25 可換環 R から R′ への写像 ϕ が、 ϕ(x + y) = ϕ(x) + ϕ(y), ϕ(xy) = ϕ(x)ϕ(y) を満たすとき、ϕ は環準同型であるという。さらに、ϕ が全単射であるとき、ϕ を 同型であるという。 定義より、直ちに次が従う。 命題 2.26 上の定義のもと、R、R′ の零元を 0、0′ 、乗法の単位元を 1、1′ とすると、 (i) ϕ(0) = 0′ 、 (ii) R′ が整域で、ϕ(1) ̸= 0′ =⇒ ϕ(1) = 1′ 。 群のときの準同型定理にあたるものを考えてみる。 15 定義 2.27 可換環 R から R′ への準同型写像 ϕ : R −→ R′ に対し、像 Ker ϕ と核 Im ϕ を def. Ker ϕ := { x ∈ R | ϕ(x) = 0 } , def. Im ϕ := { x′ ∈ R′ | ∃x ∈ R s.t. x′ = ϕ(x) } , で定義する。 問題 : (i) Ker ϕ が R のイデアルになることを示せ。 (ii) Im ϕ が R′ の部分環になることを示せ。 定義より直ちに次が従う。 命題 2.28 ϕ が単射 ⇔ Ker ϕ = {0}。 群の準同型定理と同様に、次がなりたつ。 def. e を ϕ(C(x)) e 定義 2.29 (環準同型定理)上の記号のもと、R/Ker ϕ から Im ϕ へ写像 ϕ := ϕ(x) と定義すると、ϕe は、 環 R/Ker ϕ から Im ϕ への同型写像になる。 (証明) 練習問題。(証明) 問題 : 上の定理を証明せよ。 2.4.2 体の同型 命題 2.30 体 F 、F ′ の間に零写像でない環準同型 ϕ : F −→ F ′ が存在したとすると、ϕ は単射になる。 (証明) 0 でない Ker ϕ の元 a が存在すると仮定する。Ker ϕ がイデアルだから、1 = aa−1 ∈ Ker F となる。これ より、任意の x ∈ F に対し、x = 1.x ∈ Ker ϕ がいえる。よって、Ker ϕ = F で、ϕ が零写像となり矛盾。よって、 Ker ϕ = {0} となり、ϕ は単射。(証明終) これより、ϕ(F ) を F と同一視すると、F ⊂ F ′ と思うことができる。 2.5 2.5.1 多項式環 多項式における商と余り F を可換体とするとき、 f (x) = n ∑ aj xj = an xn + an−1 xn−1 + · · · + a1 x + a0 (a0 , · · · , an ∈ F ) j=0 の形の式を F 上の多項式、または 整式といい、a0 、· · · 、an ∈ F を 係数という。f (x) の中で、am ̸= 0 である最大の m を f (x) の 次数といい、deg f (x) と書く。 16 多項式 f (x) = m ∑ aj xj , g(x) = j=0 n ∑ bj xj j=0 の相等、和、積は、今までと同様に、 def. ⇐⇒ f (x) = g(x) m = n, ∑ aj = bj (j = 0, 1, · · · , m) max(m,n) f (x) + g(x) = (aj + bj )xj ( ただし、次数より大きい部分の係数は、形式的に 0 とする。) j=0 f (x) · g(x) = m+n ∑ c j xj ただし cj = j=1 j ∑ ak bk−j k=0 で定義する。この和、積に関し、F [x] は整域をなす。実は、整数の「大きさ」を、多項式の「次数」に取り替えれば、整 数と同様のことが多項式でもかなり成立する。 定理 2.31 0 でない F [x] の元 f (x)、g(x) に対し、 f (x) = g(x)q(x) + r(x) deg r(x) < deg g(x) を満たす F [x] の元 q(x)、r(x) が一意に存在する。 (証明) 存在 : g(x) を固定して、f (x) の次数に関する帰納法で示す。deg f (x) < deg g(x) のときは、q(x)Z = 0、 r(x) = f (x) にすればよい。deg f (x) ≥ deg g(x) の場合は、 f (x) = am xm + · · · , g(x) = bn xn + · · · , , (m ≥ n) n−m g(x) ∈ F [x] で、この次数は m より小さいから、帰納法の仮定より、 とすると、f (x) − am b−1 n x n−m f (x) − am b−1 g(x) = g(x)q ′ (x) + r(x) n x deg f (x) > deg r(x) という形で書ける。これを整理すると、 m−n f (x) = g(x)(q ′ (x) + am b−1 )g(x) + r(x) n x m−n となる。q(x) = q ′ (x) + am b−1 とすると、主張は成立する。 n x 一意性 : f (x) が、 f (x) = g(x)q(x) + r(x) = g(x)q ′ (x) + r′ (x) (deg r(x), deg r′ (x) < deg f (x)) のように、2通りに表されたとすると、 g(x)(q(x) − q ′ (x)) = r(x) − r′ (x) となるが、q(x) ̸= q ′ (x) とすると、左辺の次数は deg f (x) となり、右辺の次数より大きくなってしまうので矛盾。 (証明 終) 整数の場合と同様に、f (x) = g(x)q(x) と表されるとき、f (x) は g(x) の倍数、g(x) は f (x) の約数ということにする。 このとき、g(x)|f (x) と表す。また、f1 (x)、· · · fn (x) の共通の約数を公約数、公約数のうち、次数が最大のものを 最大 公約数という。最大公約数が 1 ∈ F のとき、それらの多項式は互いに素であるという。 最高次の係数が 1 であるような多項式をモニックな多項式という。以後、最大公約数はモニックであると仮定する。 17 2.5.2 多項式環のイデアル 多項式環 F [x] は可換環であるから、その中のイデアルを考えることができる。このイデアルに関し、整数 Z のときに 成立した、次の命題が成り立つ。 定理 2.32 F [x] のイデアル I は、適当な多項式 d(x) を用いて、I = (d(x)) と表される。 (証明) 練習問題。(証明終) 問題 : 上の定理を示せ。 定理 2.33 f (x)、g(x) ∈ F [x] の最大公約数を d(x) とすれば、適当な ξ(x)、η(x) ∈ F [x] が存在し、 d(x) = f (x)ξ(x) + g(x)η(x) と表せる。 (証明) 練習問題。(証明終) 問題 : この定理を示せ。 系 2.34 f (x)、g(x) が互いに素であるとき、 f (x)ξ(x) + g(x)η(x) = 1 であるような、ξ(x)、η(x) ∈ F [x] が存在する。 これらのことが成立するので、整数の場合と同じように、ユークリッドの互除法を用いて、多項式の最大公約数を求め ることができる。 例 : f (x) = x4 − 3x3 − 8x2 − 9x − 5、g(x) = x3 − 1 ∈ Q[x] の最大公約数を求めてみよう。 x4 − 3x3 − 8x2 − 9x − 5 = (x − 3)(x3 − 1) − 8x2 − 8x − 8 1 x3 − 1 = − (x − 1)(x2 + x + 1) 8 よって、(f (x), g(x)) = x2 + x + 1。(例終) 問 : f (x) = x4 + 7x3 + 12x2 + x − 3、g(x) = x5 + 2x2 + 5x4 + 10x + 3x3 + 6 の最大公約数を求めよ。 2.5.3 既約多項式 定義 2.35 次数 1 以上の多項式 p(x) が 0 でない F の元 e と e · F (x) 以外に約数を持たないとき、p(x) を F 上既約な 多項式という。そうでない場合、p(x) を F 上 可約な多項式という。 18 例: x2 − 2、x2 + 2 は、どちらも Q 上既約な多項式だが、x2 − 2 = (x − √ √ x2 + 2 = (x − 2i)(x + 2i) なので、x2 + 2 は、C 上可約。(例終) √ √ 2)(x + 2) なので、x2 − 2 は、R 上可約。 F [x] における既約多項式は、整数 Z における素数に対応する。 系 2.36 p(x) が既約のとき、p(x)|f (x)g(x) ならば、p(x)|f (x) または p(x)|g(x) (証明) 練習問題。(証明終) 問題 : 上の系を示せ。 定理 2.37 任意の多項式は、0 でない F の元を掛けることを除いて、既約な多項式の積に一意的に分解できる。 (証明) 練習問題。(証明終) 問題 : 上の定理を示せ。 定理 2.38 p(x) が既約多項式のとき、イデアル (p(x)) による剰余環は体になる。 (証明) 剰余環 F [x]/(p(x)) の元 C(f (x)) ̸= C(0) をとると、f (x) と p(x) は互いに素である、したがって、定理 2.33 の系より、 f (x)ξ(x) + p(x)η(x) = 1 となるような多項式 ξ(x)、η(x) ∈ F [x] が存在する。すなわち、 C(f (x))C(ξ(x)) = C(1) となるような ξ(x) ∈ F [x] が存在する。すなわち、F [x] の零元以外は逆元をもつ。(証明終) 2.5.4 既約性の判定 補題 2.39 g(x)、h(x) ∈ Z[x] とし、p を素数とする。積 g(x)h(x) の係数が全て p で割り切れるならば、g(x) の係数が すべて p で割り切れるか、h(x) の係数がすべて p で割り切れる。 (証明) 背理法。g(x)、h(x) がどちらも p で割り切れない係数を持つとする。 g(x) = b0 + b1 x + b2 x2 + · · · , h(x) = c0 + c1 x + c2 x2 + · · · , とし、p で割り切れない最小次数の係数を、それぞれ bi 、cj とする。このとき、g(x)h(x) の xi+j の係数は b0 ci+j + b1 ci+j−1 + · · · + bi+j−1 c1 + bi+j c0 となる、このとき、 b0 , b1 , · · · , bi−1 , c0 , c1 , · · · , cj−1 はすべて p で割り切れるので、上の係数の bi cj 以外はすべて p で割り切れ、bi cj だけが p で割り切れないことになり、 この係数が p で割り切れなくなり、仮定に矛盾。(証明終) 19 定理 2.40 f (x) ∈ Z[x] が Z[x] で既約ならば、Q[z] で既約。 (証明) 対偶を示す。Q[x] 内で f (x) が、より低次の多項式の積 g(x)h(x) に表せるとする。g(x)、h(x) の係数の分母 の最小公倍数、分子の最大公約数をくくりだして、 g(x) = a g0 (x), b h(x) = c h0 (x) d (a, b, c, d ∈ Z で、これらは互いに素 , g0 (x), h0 (x) ∈ Z[x]) と表すことができる。f (x) = g(x)h(x) より、 bdf (x) = acg0 (x)h0 (x) で、補題により、積 g0 (x)h0 (x) のすべての係数を割る素数は存在しないので、右辺の係数の最大公約数は ac。これと左 辺を比較すると、bde = ac (e ∈ Z)の形になることがいえる。すなわち、 f (x) = eg0 (x)h0 (x) (eg0 (x) ∈ Z[x], h0 (x) ∈ Z[x]) となり、f (x) は Z 内で、低次の式の積に分解される。(証明終) 定理 2.41 (アイゼンシュタインの定理) : p は素数、a0 、a1 、· · · 、an は整数で、 (i) an は p で割れない。 (ii) ai (i = 0, · · · n − 1) は p で割り切れる。 (iii) a0 は p2 で割れない。 とすると、f (x) = a0 + a1 x + · · · + an xn は Q 上既約。 (証明) f (x) が Z 上既約であることを示せばよい。背理法を用いる。f (x) が g(x) = b0 + b1 x + · · · + bn−1 xn−1 , h(x) = c0 + c1 x + · · · + cn−1 xn−1 , の二つの式の積に分解できたとする(この係数の中に 0 があることも許す)。f (x) = g(x)h(x) の係数を比較すると、 a0 = b0 c0 かつ p|a0 、で、a0 は p2 では割れないから、b0 か c0 の片方だけが p を約数に持つ。たとえば、p|b0 とすると、 a1 = b0 c1 + b1 c0 で、b0 、a1 が p で割り切れるから、p|c0 b1 。c0 は p で割れないので、p|b1 。次に、 a2 = b0 c2 + b1 c1 + b2 c0 について同様に考えると、p|b2 となる。これを続けると、g(x) の係数はすべて p で割り切れるようになり、p|an となっ て、仮定に反する。(証明終) 例 : f (x) = x2 − 3 の2次の係数 1 は素数では割り切れない。1次の係数 0、0次の係数 3 は素数 3 で割り切れ、 0次の係数 3 は 32 = 9 では割り切れないから、アイゼンシュタインの定理より、f (x) は Q 上既約である。実際、 √ √ √ / Q なので、Q だけの係数では、f (x) はより低次の多項式の積では表せない。(例 f (x) = (x − 3)(x + 3) で、± 3 ∈ 終) 問題 : 次の多項式が Q 上既約であることをアイゼンシュタインの定理を用いて説明せよ。 (1) x2 + 3, (2) x3 + 4x + 2, 20 (3) x4 + 7x3 − 21x + 14