...

論文 - 同志社大学 情報公開用サーバ

by user

on
Category: Documents
15

views

Report

Comments

Transcript

論文 - 同志社大学 情報公開用サーバ
女性の賃金はなぜ低いのか
1
―男女の賃金格差是正に向けての提言―
同志社大学
17040030
田中宏樹研究会
藤井麻由
2
2008 年 1 月
本 稿 は 、2 0 0 8 年 1 月 9 日 提 出 の 卒 業 論 文 の た め に 作 成 し た も の で
ある。
本稿の作成においては、田中宏樹助教授(同志社大学)から常々
温 か い ご 指 導 を い た だ い た 。ま た 、多 く の 方 々 か ら 有 益 な コ メ ン ト ・
講評をいただいたことをここに記して感謝の意を表したい。しかし
ながら、本稿にあり得る誤り、主張の一切は言うまでもなく筆者個
人に帰するものである。
2 同 志 社 大 学 政 策 学 部 田 中 宏 樹 研 究 会
4回生
E-mail:
[email protected]
1
要約
長期継続雇用と年功序列賃金の制度下において結婚・育児など就
業に中断をはさむことの多い女性は不利な立場となっていた。
女性の雇用環境をみるにあたって、重要となる指標の一つに賃金
があげられる。
男 女 雇 用 機 会 均 等 法 は 昭 和 60 年 に 施 行 さ れ て か ら 2 度 の 改 正 を
経 て 、 平 成 19 年 4 月 に は 女 性 へ の 差 別 だ け で は な く 男 女 双 方 を 対
象とした新男女雇用機会均等法が施行された。その間の女性の社会
進出は着実に進んでいる。しかしながら依然として男女間の賃金格
差 が 存 在 す る 。 こ れ は 労 働 基 準 法 の 定 め る 「同 一 労 働 同 一 賃 金 原 則 」
に反するのではないだろうか。
こうした問題に対して、政府の取り組みとして男女雇用機会均等
法対策基本方針があげられる。男女雇用機会均等法対策基本方針で
は、公正な処遇の確保として男女賃金格差について、厚生労働省は
「男女間の平均賃金格差は徐々に縮小傾向にはあるが、欧米諸国と
比 較 す る と 依 然 と し て 大 き い も の と な っ て い る 。」と し て 、格 差 を 生
む要因や雇用管理の運用上の問題を調査し、具体的な方策を決定し
「男女間の賃金格差解消のための賃金管理および雇用管理改善方策
に係るガイドライン」の普及・啓発をめざすとともに、労使に情報
を 提 供 し 、自 主 的 な 賃 金 格 差 是 正 を 促 す と し て い る 。し か し な が ら 、
具体的な賃金格差に対する政策はまだ発表されていない。
また、コース別雇用管理について、女性を意図的または、実質的
には一般職コースへ誘導するような制度設計になっていると指摘。
「コース等で区分した雇用管理についての留意事項」の周知徹底お
よび、これに基づく行政指導を行うとしている。
次になぜ女性の賃金は低いのかという学識者の見解として以下の
3 つの仮説があげられる。①能力によって賃金差をつけた結果、女
性 の 賃 金 が 低 く な っ た 。( 男 女 労 働 生 産 要 素 量 差 仮 説 )② 女 性 の 低 定
着率という外生要因に対して、女性への訓練を控える結果、女性の
評 価 が 下 が る 。( 潜 在 的 訓 練 投 資 量 仮 説 )③ そ も そ も 女 性 と 男 性 と で
は 社 会 的 な 役 割 の 違 い に よ り 、労 働 市 場 が 分 断 さ れ て い る 。( 男 女 労
働市場分断仮説)これらの仮説のうち③男女労働市場分断仮説を前
提とし、中田(1997)理論を検討する。
男女の賃金格差という問題に対しては企業による努力が必要な側
面が大きい。しかしながら政府による賃金格差是正への取組も重要
で あ る 。 本 章 で は 、 企 業 へ の 提 言 と し て 、「 コ ー ス ・ モ ラ ト リ ア ム の
設 定 」、「 グ レ ー ド 別 給 与 制 度 」、 政 府 へ の 提 言 と し て 「 チ ェ ン ジ ・ マ
イ ン ド プ ラ ン 」「 か っ こ い い パ パ コ ン テ ス ト の 実 施 」を 掲 げ 締 め く く
る。
目次
I.
はじめに
II.
現状分析
Ⅱ -1 日 本 に お け る 男 女 の 賃 金 格 差 の 現 状
Ⅱ -2 政 府 の 取 り 組 み
III. 先 行 研 究
IV.
理論モデル
Ⅳ -1 仮 説
Ⅳ -2 理 論 モ デ ル
V.
政策提言
Ⅴ -1 企 業 へ の 提 言
Ⅴ -2 政 府 へ の 提 言
VI.
おわりに
先行研究・参考資料
Ⅰ.はじめに
高度経済成長期を終えた日本はバブル崩壊によってもたらされた
長引く不況期を90年代に経験してきた。この不況期に日本雇用形
態も変遷を遂げ、これまで終身雇用が常とされてきた日本の雇用環
境も変わってきたとされている。
長期継続雇用と年功序列賃金の制度下において結婚・育児など就
業に中断をはさむことの多い女性は不利な立場となっていた。日本
企 業 の 「遅 い 昇 進 」は 企 業 内 部 で の 育 成 、 長 期 に わ た る 人 事 査 定 を ベ
ースに昇進が決まっていくというものでこの査定の中で勤続年数も
考 慮 さ れ て い る 〔 富 田 ( 1 9 9 2 )〕。 し か し 、 武 石 ( 2 0 0 6 ) で
は こ う し た 昇 進 は 「男 性 」の 昇 進 特 徴 で あ っ て 、 「女 性 」に は あ て は ま
ら な い と し 、 「女 性 」は 同 じ ル ー ル の も と で 競 争 す る 土 俵 に 乗 せ ら れ
なかったとしている。また、管理職への昇進を前提とした育成が行
われていないため男性と同じように勤続を積み重ねても女性の昇進
確率は低いとも指摘する。
では、いったい女性の労働市場はどのような変化を遂げてきたの
だ ろ う か 。一 つ の 表 れ に 非 正 規 雇 用 者 の 増 加 が あ げ ら れ る 。
(図表Ⅰ
- 1 )を 見 る と 正 規 雇 用 者 は 男 女 共 に 減 少 し て い て 男 性 に お い て は 雇
用者数自体減少している。それにもかかわらず男女の非正規雇用者
数は増えている。男性の雇用者が減った分女性・非正規雇用者に置
きかえられている可能性がある。それでは、増加している女性雇用
者の雇用環境は改善しているのだろうか。本論文はこういった疑問
から端を発している。女性の雇用環境をみるにあたって、重要とな
る指標の一つに賃金があげられる。賃金は直接的に人々の士気や仕
事量に影響を与えると考えられる。この賃金の男女間格差の現状を
把握し、そして適切な政策を提言することは女性の労働力を有効活
用する上で重要な意味を持つことになると思う。
また、少子高齢化で労働力が減少している昨今において女性の労
働力を有効に使うことが重要だと考えられる。子どもを生むかどう
かの選択権を持っていると考えられる女性の働きやすく生みやすい
環境づくりは労働力の増加と少子化防止の両面に効果がある。本論
文では、なぜ女性の給与は低いのか、そして現状はなぜ起こってい
るのかということを探っていきたい。偏に賃金が低いといっても、
基本賃金が低いことによって同じ時間働いても給与が低い、労働時
間が短い、あるいは就業意欲を持ちながらも所得保険の適用資格を
維持するために自ら労働調整を行っているなどそれぞれの立場によ
って深刻性や打つべき対策が異なってくる。そこで本論文ではとり
わけ正社員として働く女性の賃金に注目していきたい。正社員とし
て働き同一内容の仕事をしているのに賃金差があるのは不公平だか
らである。
また、結婚を機に退職する女性・あるいは仕事を続けて結婚をし
ない女性と生き方が多様化している中で、結婚と就業は個人の選択
に委ねられる。こうした選択が社会的な制度や企業制度が完全に整
った中でされるならば政策の必要性はない。しかし、そうではなく
仕方なく人生の分岐点において仕事か結婚かの選択を余儀なくされ
ているという事実があるならば女性の結婚の自由あるいは働く権利
が完全なものとは言えない。たとえば、男性は結婚前後における生
活の時間配分は変化しない場合が多いが、女性においては家事時間
の確保と仕事の両立に追われることとなる。その上、結婚後続ける
に見合わない賃金だと感じた場合、仕事をやめるか結婚をあきらめ
て今までどおりの仕事時間を確保するかという二択に迫られること
となる。こういった選択を迫られるのも女性特有のことだと考え、
その結果女性労働市場にもたらされる影響を考えていく。
( 図 表 Ⅰ -1 )
雇用形態別雇用者数の変化
35,000
30,000
25,000
(
3 2 ,20 1
2 6,7 8 7
24 ,4 1 2
22 ,5 31
21 ,8 67
20,000
)
人
3 3 ,13 0
15,000
1 1 ,75 5
9,2 3 4
10,000
5,000
3 ,3 7 0
1 1,4 4 7
1 0 ,14 5
4 ,8 3 2
0
平成9年
(就業構造基本調査を基に作成)
平成14年
男雇用者
女雇用者
男正規雇用者
女正規雇用者
男非正規雇用者
女非正規雇用者
Ⅱ.現状分析
Ⅱ -1.日 本 に お け る 男 女 の 賃 金 格 差 の 現 状
男 女 雇 用 機 会 均 等 法 は 昭 和 60 年 に 施 行 さ れ て か ら 2 度 の 改 正 を
経 て 、 平 成 19 年 4 月 に は 女 性 へ の 差 別 だ け で は な く 男 女 双 方 を 対
象とした新男女雇用機会均等法が施行された。その間の女性の社会
進出は着実に進んでいる。しかしながら依然として男女間の賃金格
差が存在する。
厚 生 労 働 省 平 成 17 年 賃 金 構 造 基 本 統 計 調 査 を も と に 作 成 し た
図 表 Ⅱ - 1 を 見 る と 、同 じ 正 社 員 で あ る に も 関 わ ら ず 男 性 と 女 性 の 賃
金差の開きは大きい。
( 図 表 Ⅱ - 1 )実 際 に 正 社 員 の 男 性 の 賃 金 を 1 0 0
としたときの賃金の割合を見ると特に大きな差となって表れるのは
50 代 で 女 性 賃 金 は 男 性 賃 金 の 約 6 割 で あ る 。 60 歳 以 降 賃 金 差 が 縮
小 し て い る よ う に 見 え る の は 、 日 本 の 多 く の 企 業 で 60 歳 定 年 制 を
採 用 し て い る こ と と 深 く か か わ り が あ る 。( 図 表 Ⅱ - 2 )
また学歴別に男女間の平均賃金水準を比較すると、学歴の低い労
働者ほど男女間賃金格差が縮小している。学歴別に年齢ごとの男女
間 賃 金 格 差 を み る と 、 ど の 学 歴 も 50~ 54 歳 ま で は 、 年 齢 が 高 ま る
に つ れ て 男 女 間 賃 金 格 差 は 拡 大 し て い る 。( 図 表 Ⅱ - 3 )
こうしたことより女性正社員の賃金は男性の正社員と比べて低い
と い う こ と が い え る 。こ れ は 労 働 基 準 法 の 定 め る 「 同 一 労 働 同 一 賃 金
原 則 」 に 反 す る の で は な い だ ろ う か 。次 に 政 府 の 取 り 組 み を 見 て い く 。
( 図 表 Ⅱ -1 )
雇用形態別に見た賃金
500.0
450.0
(
400.0
350.0
正社員・男
正社員以外・男
正社員・女
正社員以外・女
)
300.0
千
250.0
円
200.0
150.0
100.0
18
~
19
20
~
24
25
~
29
30
~
34
35
~
39
40
~
44
45
~
49
50
~
54
55
~
59
60
~
64
50.0
0.0
(歳)
( 厚 生 労 働 省 平 成 17 年 賃 金 構 造 基 本 統 計 調 査 よ り 作 成 )
( 図 Ⅱ -2 )
正社員男性を100としたときの年齢別格差
100%
90%
80%
70%
60%
50%
正社員以外・男
正社員・女
正社員以外・女
40%
30%
20%
10%
64
60~
59
55~
54
50~
49
45~
44
40~
9
35~ 3
34
30~
25~
29
24
20~
18~
19
0%
歳
(厚生労働省平成 17 年賃金構造基本統計調査より作成)
( 図 表 Ⅱ -3 )
男性の賃金を100としたときの女性の賃金
120%
100%
80%
大学・大学院卒
高専・短大卒
高卒
中卒
60%
40%
20%
6 0~
64
59
5 5~
54
5 0~
49
4 5~
44
4 0~
39
3 5~
34
3 0~
29
2 5~
2 0~
24
0%
( 平 成 18 年 賃 金 構 造 基 本 調 査 よ り 作 成 )
Ⅱ -2.政 府 の 取 り 組 み
男 女 の 雇 用 に 係 わ る 法 制 定 や 改 正 を 以 下 の 図 表 Ⅱ -4 に ま と め た 。
( 図 表 Ⅱ -4 )
昭和61年
「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の
確 保 等 に 関 す る 法 律 」( 男 女 雇 用 機 会 均 等 法 ) 施 行
平成 9 年
「男女雇用機会均等法」改正
平 成 17 年
「次世代育成支援対策推進法」施行
平 成 19 年
「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の
確保等に関する法律及び労働基準法の一部を改正す
る法律」施行
「男女雇用機会均等対策基本方針」策定
平 成 20 年
「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律の
一部を改正する法律」施行予定
男 女 雇 用 機 会 均 等 法 が 施 行 さ れ て 20 年 以 上 が 経 過 し 、 女 性 労 働
が定着・拡大する中で新たな問題も浮上した。そうした中で、平成
9 年の法改正ではセクシャルハラスメント防止対策が盛り込まれた。
また、この改正では母性健康管理措置がそれまでの努力義務から義
務化された。そして、平成19年の改正では、あらゆる雇用管理の
段階における性熱による差別的取扱い、間接差別、妊娠、出産等を
理由とする不利益取扱い等が禁止されるとともに、セクシャルハラ
スメント防止対策の義務が強化され、併せて報告徴収に係る報告義
務違反に対する科料が創設される等、法の整備・強化が一段と図ら
れた。こうした中で基本方針が策定された。
Ⅱ -2-1 男 女 雇 用 機 会 均 等 法 対 策 基 本 方 針
男女雇用機会均等法対策基本方針では、公正な処遇の確保として
① 性別によるあらゆる不利益取扱いの禁止違反に対して迅速な行
政指導
② 男女賃金格差の縮小
③ コース別雇用管理の適正な運用の促進
④ 妊 娠 、出 産 、育 児 等 に よ る 休 業 期 間 等 に 対 す る 公 平 性 及 び 納 得 性
の高い評価及び処遇の推進
の4つのアプローチを示している。男女賃金格差について、厚生労
働省は「男女間の平均賃金格差は徐々に縮小傾向にはあるが、欧米
諸 国 と 比 較 す る と 依 然 と し て 大 き い も の と な っ て い る 。」と し て 、格
差を生む要因や雇用管理の運用上の問題を調査し、具体的な方策を
決定し「男女間の賃金格差解消のための賃金管理および雇用管理改
善方策に係るガイドライン」の普及・啓発をめざすとともに、労使
に情報を提供し、自主的な賃金格差是正を促すとしている。しかし
ながら、具体的な賃金格差に対する政策はまだ発表されていない。
また、コース別雇用管理について、女性を意図的または、実質的
には一般職コースへ誘導するような制度設計になっていると指摘。
こうしたコース別雇用管理が男女間賃金格差を生み出しているとい
う現状を踏まえて、
「コ ー ス 等 で 区 分 し た 雇 用 管 理 に つ い て の 留 意 事
項」の周知徹底および、これに基づく行政指導を行うとしている。
では、次になぜ女性の賃金は低いのかという学識者の見解を見て
いく。
Ⅲ.先行研究
武 石 ( 2 0 0 6 ) で は 「統 計 的 差 別 を 男 女 差 別 に 適 用 す る 場 合
には、男性と女性の潜在的な能力の差が異なるというよりはむし
ろ、労働力としての安定性を労働力の質ととらえていると考えた
方 が 理 解 し や す い 」と し て い る 。 そ し て 男 女 間 格 差 を 「事 業 主 は
OJT と い う 形 で 労 働 者 に 対 し て 投 資 を 行 う 主 体 で あ り 、 訓 練 投 資
を回収するために、生涯を通じて長期間労働参加する可能性の高
い労働力者を雇用したいと考え、男性に比べて離職率の高い女性
を、労働者行列の中で男性よりも低く位置づける。女性の中にも
生涯を通じて就業を継続したいと希望する女性は大勢いるが、そ
れがどの女性かを事業主は見分けることが出来ないために、女性
であるということで、労働者行列の中で格上げされることはな
い 。」と 指 摘 す る 。ま た 、日 本 の 女 性 労 働 は 他 の 先 進 国 と 比 べ て M
字型カーブが挙げられている。かつて M 字型カーブは先進国に共
通 に 見 ら れ て い た が 、 多 く の 国 で 80 年 代 か ら 90 年 代 に か け て M
字の谷は消失していると指摘する。出産や育児のために労働市場
から退出し、比較的長い離職期間をへて再び労働市場に参入する
という女性に特有な就業パターンが、女性のキャリア展開に大き
な影響を及ぼしているのだ。
中 田 ( 1 9 9 7 ) で は 、 「職 種 に お け る 性 分 布 に 大 き な 偏 り が あ る
場合、同じ勤続年数の雇用者であっても、男性と女性ではそれぞれ
が 持 つ 技 能 や 知 識 の 内 容 も 量 も 大 き く 異 な る 。」 と あ る 。ま た 、結 論
で は 「 日 本 の 男 女 賃 金 格 差 は 、年 齢 と い う 労 働 生 産 要 素 に 対 す る 市 場
の 価 格 設 定 が 、性 に 基 づ き 大 き く 異 な る 」 と い う こ と を 明 ら か に し て
(1)男女労働生産要素量差仮説、 4 (2)潜在
的 訓 練 投 資 量 差 仮 説 、 5 ( 3 )男 女 労 働 市 場 分 断 仮 説 と い う 3 つ
いる。そして
3
3
観察可能な労働生産要素量の男女差が男女賃金格差の主因と考
える。観察可能な労働生産要素量とは年齢、勤続年数、学列記、企
業規模などを指し、これらを調整すると賃金格差のほとんどが説明
されるとするものである。
4
女 性 の 低 定 着 率 と い う 外 生 情 報 に 対 応 し 、労 働 需 要 側 が 人 的 投 資
を行っても回収期間が短いことを見越して、女性への訓練を控える
と考える統計的差別の存在をその前提に持つ。すると女性は、職業
能力に関連する人的資本量が少なくなり、それが観察可能な労働生
産要素の低い市場評価として現れる。ゆえに、もし各自の職業能力
に関する訓練投資量がすべて観察可能であれば、賃金格差は労働生
産性を規定する訓練等資料という労働生産要素量に還元されるとい
うものである。
5
性 に 基 づ く 社 会 ・文 化 的 役 割 分 担 観 を 基 礎 に 、 労 働 市 場 が 性 に 基
づき分断されているため同じ労働生産要素にたいしても、男女で異
なる価格がつけられる。ゆえに、同一の人的資本量を持ち、労働生
産性差の無い男女雇用者間でも賃金差は生まれるという考え方。
の
合
ら
職
る
性
ま
は
つ
し
労
明
国
れ
に
論
を
不
こ
り
に
不
採
の
考 え 方 を 上 げ 、( 3 ) 男 女 労 働 市 場 分 断 仮 説 を 現 実 の 現 象 と
的に説明できるものと示した。同一職務の男女で職務訓練に
かな差をつけるより、職務訓練の内容と量で明らかな差があ
務へ男女を振り分けることで、結果的に職務分布に性差をつ
という間接的な雇用面での差別と相俟って日本の労働市場
に基づく分断をより深くしているからである。そして、論文
とめとして「男女の賃金格差のほぼすべてが、職務遂行能力
無関係な年齢要因の経済評価の男女差に基づくものであり、
それが男女役割分担を思想的背景に、労使による生計費へ配
た賃金交渉の結果によるものとすると、そのような賃金格差
働基準法の規定する『同一労働同一賃金原則』に反すること
ら か で あ る 。( 中 略 ) 2 1 世 紀 の 日 本 の 労 働 市 場 で は 、 す べ て
民が性別や年齢にかかわらず等しくその能力を発揮し、かつ
が 公 正 に 報 わ れ る 労 働 機 会 が 提 供 さ れ る 必 要 が あ る 。」 と 明
述べて締めくくっている。
また、川口(1997)ではこの問題にゲーム理論を用いて
的に扱っている。雇用者が雇いたいと思う熱心な労働者の情
雇う時点では完全に入手することができない。こうした情報
完全性に対して、労働者の属性は用意に入手することができ
の属性を採用基準に用いるというものだ。統計的に見て男性
も努力水準に劣る女性の採用を控えるという基準をもつこ
より、雇っていたら男性以上に働いたかもしれない女性まで
採用にしてしまう。長期雇用を慣行とする日本企業において
用時の能力よりも退職確率のほうを重視してしまう。
こうした先行研究を踏まえて、男女の賃金格差の要因につい
仮説を次章で提示する。
整
明
る
け
の
の
と
か
慮
は
は
の
そ
快
理
報
の
る。
よ
と
も
は
て
Ⅳ .理 論 モ デ ル
Ⅳ -1. 仮 説
以上の先行研究をまとめると、男女の賃金差が生まれる要因とし
て、以下の 3 つの仮説があげられる。
① 能 力 に よ っ て 賃 金 差 を つ け た 結 果 、女 性 の 賃 金 が 低 く な っ た 。
(男
女労働生産要素量差仮説)
② 女 性 の 低 定 着 率 と い う 外 生 要 因 に 対 し て 、女 性 へ の 訓 練 を 控 え る
結 果 、 女 性 の 評 価 が 下 が る 。( 潜 在 的 訓 練 投 資 量 仮 説 )
③ そ も そ も 女 性 と 男 性 と で は 社 会 的 な 役 割 の 違 い に よ り 、労 働 市 場
が 分 断 さ れ て い る 。( 男 女 労 働 市 場 分 断 仮 説 )
これらの仮説のうち③男女労働市場分断仮説を前提とする。
Ⅳ -2 理 論 モ デ ル
本稿では中田(1997)の理論モデルを用いる。理論モデルは
以下のとおりである。
a)生産関数
労 働 者 の 生 産 性 ( q) は 、 彼 の 職 務 遂 行 に 関 連 す る 知 識 ・ 技 術 水
準(s)と努力水準(e)の積として表す。
q =s・e
(1)
b)努力水準関数
各労働者は、提示された賃金率(w)を自分にとっての準拠賃金
水 準 ( w ′′ ) と 比 べ 、 両 者 の 差 の 大 き さ に 基 づ き 、 労 働 に 投 入 す る 努
力の水準(e)を決定する。
e=e(w-w ′′)た だ し 、 ∂e ∂w>0、∂ 2e
∂w2<0
(2)
こ こ で 準 拠 賃 金 は 男 女 で 異 な る と 仮 定 す る 。男 性 の 準 拠 賃 金( w ′′m )
は彼らの家族に対する扶養義務を反映し標準世帯の最低生計費と考
え、年齢(a)の関数とする。
w ′′m= w ′′m(a)
(3)
一方、女性は家族内の役割分担として、家庭の維持と子どもの教
育を担い、労働市場への参加は家計補助的と捉え、彼らにとっての
準 拠 賃 金 (w ′′f ) は 、 彼 ら の 労 働 市 場 で の 機 会 費 用 と 考 え ら れ る 地 域
最賃とする。すると(2)式は次のように書き換えられる。
まず、男性については
e m = e m ( w - w ′′ m ( a ))
(4)
女性については、
ef = ef ( w − w′′f )
(5)
c)企業の最適化行動
企 業 利 潤 (π ) の 最 大 化 は 各 労 働 者 に つ い て 労 働 生 産 性 と 支 払 賃 金
の 差 の 最 大 化 に よ っ て 実 現 さ れ る 。企 業 の 政 策 変 数 は 支 払 賃 金( w )
であるから、最適化条件は
∂π ∂w = ∂q ∂w − 1 = 0
書き換えると
s ∗ ∂e ∂w − 1 = 0
(6)
あるいは
∂e ∂w = 1 s
と表せる。
すると上で仮定したe関数の性質より、利潤最大化を保障する賃
金 水 準 ( ŵ ) は 、 準 拠 賃 金 ( w′′ ) を 所 与 と し て 、 技 術 水 準 ( s ) の 単
調増加関数と表せる。
ŵ = ŵ( s w′′ )
(7)
∂ŵ ∂s > 0
そして、
すると男性および女性へ提示される賃金率(wm、wf)は、
wm = ŵ( s w′′m( a ))
(8)
= w′′m( a ) + e −1 ( ê( s ))
= w′′m( a ) + g ( s )
−1
た だ し 、 g ( s ) = e ( ê( s ))
同様に、
wf = ŵ( s w′′f )
=w ′′f+g(s)
となる。
(9)
こ こ で w′′m( a ) お よ び g ( s ) が 、 そ れ ぞ れ a ( 年 齢 ) と s ( 技 能 水 準 、
賃 金 関 数 の 推 定 に お い て は 代 理 変 数 と し て の 職 種 経 験 年 数 )の 二 次
関数で近似できると仮定すると、男女労働者賃金(Wm,Wf)に
ついて、年齢と職種経験年数、およびそれぞれの二乗項を含む賃金
関数が以下のように定義される。
男性賃金関数:
Wm = α 1 + α 2 ∗ age + α 3 ∗ age ∗ age + α 4 ∗ s + α 5 ∗ s ∗ s
( 10)
女性賃金関数:
Wf = α 1 + β 1 + α 4 ∗ s + α 5 ∗ s ∗ s
( 11 )
これら2つの賃金関数は、年齢係数において男女で差があり、男性
労働者のみに年功的な賃金上昇が見られることと職種経験について
は男女労働者でその係数に差がない、つまり、男女賃金差別は、そ
の年齢の市場評価においてのみ見られるという特徴がある。
Ⅴ.政策提言
男女の賃金格差という問題に対しては企業による努力が必要な側
面が大きい。しかしながら政府による賃金格差是正への取組も重要
である。本章では、企業への提言と政府への提言を行う。
Ⅴ -1 企 業 へ の 提 言
コース・モラトリアムの設定
一般職を廃止し、専門職と総合職というコースにする。新規雇用
者は適正な筆記試験と面接によって、専門職と総合職の振り分けを
行う。試験時には学校名、性別非公開で合格点数の公表も行う。そ
の他はすべていずれかの専門職で数年ごとに希望部署を選択すると
いう期間(コース・モラトリアム)を設ける。ある一定のキャリア
を多くの職種で積んだ雇用者の中からも総合職へのコース変更を行
う。
グレード別給与制度
給与はグレードによる設定を行う。グレード決定は雇用者の上司
からの公正かつ客観的な判断可能な評価・営業成績・筆記試験によ
って決まる。グレードによって昇格もなされる。
Ⅴ -2 政 府 へ の 提 言
チェンジ・マインドプラン
先行研究で、企業の女性の低定着率というリスクを見越して女性
の採用が控えられるということがあげられた。しかし、ずっと仕事
を続けたいと考える女性も多く存在する。社会的役割上女性が家事
の一切を担うということが当たり前のように考えられている中では
女性は結婚すると仕事をやめると考えがちだがそうではなく、結婚
しても続けられる企業を奨励するとともに企業の責任として育児休
業や産休などの制度で女性をバックアップすることを規定する。
かっこいいパパコンテストの実施
仕事をしながらも家事を手伝う男性を「かっこいいパパ像」と捉
える世論を構築することを目的とする。受賞者を推薦した企業には
1 年 間 を 通 し て「 パ パ に 優 し い 企 業 」を 受 賞 し た と い う こ と を 宣 伝 ・
広告で表示できる。仕事をしながらも家事をする時間を作れるよう
に企業が促す必要ができるため結果女性の家事労働の負担が軽減す
る。
Ⅵ.おわりに
女性の社会進出が進む中で様々な問題が浮上している。日本にお
いては家父長制が定着していることや内助の功という言葉が表すよ
うに「女性は家の中で家事を行う」という考え方が一般的だった。
しかし、いまや働くことへ意欲を燃やす女性が大勢いる。こうした
現状と慣習とのミスマッチを取り除くことが男女間の賃金格差を考
える上でも重要だ。もともと、私は公務員を目指していたがその理
由の中に男女間の賃金格差がないことや入社・昇進に際して厳密な
試験があるということがあった。こうした公務員の仕組みを民間企
業にも取り入れることができれば賃金格差も減り女性が結婚しても
続けられる環境づくりができるのではないかと思ったことが本論文
執筆の動機である。
しかしながら、女性の中には社会に出て働く期間を結婚への準備
期間として捉える女性も少なくない。男性からしてみるとこうした
考え方は仕事に行き詰ったときに逃げ道を作るようにも取れて、気
楽に映るのかもしれない。しかし、本当に大事なことは社会制度が
完全に整ったときに女性がどのような選択をするかであって、現状
の男女差別賃金や育児休暇取得が困難な状況下ではこうした議論は
できないと思う。私自身、社会に出て働く中で結婚もしたいし、仕
事も続けたいと現状では考えているが、困難な場合もあると思う。
あと5年後にはもっと女性が仕事と育児の両立がしやすい環境にな
っていることを切に願う。
先行研究
中 田 喜 文 ( 1 9 9 7 )「 日 本 に お け る 男 女 賃 金 格 差 の 要 因 分 析 : 同 一
職 種につく男女の労働者間に賃金格差は存在するのか」中馬宏
之 ・ 駿 河 輝 和 編『 雇 用 慣 行 の 変 化 と 女 性 労 働 』所 収 、p p . 1 7 3 - 2 0 5 、
東京大学出版会
川 口 章 ( 1 9 9 7 )「 男 女 間 賃 金 格 差 の 経 済 理 論 」 中 馬 宏 之 ・ 駿 河 輝
和 編 『 雇 用 慣 行 の 変 化 と 女 性 労 働 』 所 収 、 pp.207- 278、 東 京 大
学出版会
武 石 恵 美 子 ( 2 0 0 6 ) 「雇 用 シ ス テ ム と 女 性 の キ ャ リ ア 」勁 草 書 房
参考文献・データ出典
就業構造基本調査
(総務省統計局)
厚 生 労 働 省 平 成 17 年 賃 金 構 造 基 本 統 計 調 査
厚生労働省ホームページ
Fly UP