...

参加型学習から学ぶ発展途上国と先進国の人口問題

by user

on
Category: Documents
26

views

Report

Comments

Transcript

参加型学習から学ぶ発展途上国と先進国の人口問題
いきいき授業実践
平成22年度『世界を学ぶ高校生の地理A 最新版』
平成22年度『新詳高等地図 初訂版』
平成22年度『図説地理資料 世界の諸地域NOW 2010』
参加型学習から学ぶ発展途上国と先進国の人口問題
青森県立三本木高等学校 猪股 豪
1.はじめに
20世紀後半、世界の人口は「人口爆発」と称される
急激な増加をみせ、経済も成長し、多くの人々がかつ
てない豊かさを手に入れた。しかし、地域間の経済格
差は拡大し、発展途上国では人口過剰と貧困という問
題が発現した。諸国間の経済格差はしばしば人口増加
率や出生力の高さと結びつけられる。実際、高い出生
力は低所得国に多く見出され、国際的な貧困多産は現
実の問題となっている。一方、先進国では比較的緩慢
図2 1人の女性が生涯に生む子どもの数
『新詳高等地図 初訂版』p.120
な出生力の低下を経験し、人口増加が抑えられ、経済
成長の利益が国民に広く分配された。しかし、現在は
どもの数」
(図2)から読み取れるように、アフリカ
過度の少子化状態にあり、高齢化が進行し人口減少の
のいちじるしい人口増加の要因は多産にある。1時間
局面を迎えている。
目は、発展途上国の中でも世界の最貧地域といえるア
現在の発展途上国と先進国が、ともに良好な人口状
フリカを例とし、高出生力を抑制するための政策につ
態にないことは明らかであるから、それをより望まし
いて、シミュレーションを通して考察させたい。
い姿に変えていく必要がある。本授業では、生徒自身
が発展途上国と先進国それぞれが抱える人口問題を主
体的に考え、新しい社会を創造していこうとする資質
や能力を形成することを目的とする。解決への一つの
正しい答えがない人口問題を考えることは、生徒は結
果的にある特定の答えを覚えればよいというものでは
なく、生徒と教師がともに話し合う中で、その現状、
原因を理解し、解決方法を考えるという過程の中での
学びが重要となる。
2.発展途上国の人口政策を考える
アフリカの人口は、1950年の2億3000万から、2010
年には10億3000万へ60年間に4.5倍に急増し、世界で
最も高い人口増加率を示している。
『新詳高等地図 初
訂版』
(以下、
地図帳)p.119「エチオピアの人口ピラミッ
ド」(図1)や、p.120「⑩1人の女性が生涯に生む子
〈シミュレーションの例〉
あなたがたのグループは、サハラ砂漠以南に位置
する最貧国の首相と政策開発スタッフです。国民の
ほとんどが1日2ドル未満で生活し、十分な医療も
受けられません。人口は激しい勢いで増加を続け、
ほかのアフリカ諸国同様、年少人口の比重が大きい
富士山型の年齢構成となり、急激な人口増加は、食
料、教育、医療などさまざまな面で問題を引き起こ
しはじめています。
ところが、このたび世界保健機関から人口増加へ
の対策費用として、100 万ドルが給付されることに
なりました。そこで、スタッフが検討を重ねて、高
出生率を抑制するための計画を、以下の五つの案に
しぼりました。しかし、それぞれの案に 100 万ド
ルがかかるため、一つの案に決める必要があります。
さて、あなたがたのグループではどの案に決めま
すか。一つ選ぶとともにその理由を述べてください。
図1 『新詳高等地図 初訂版』p.119
9
また、ほかの案が否定された理由も話してください。
A:先進国の医師・看護師への派遣依頼
最新の医療技術を習得している先進国の医師5名と
看護師10名に2年契約で来てもらい、乳児死亡を
抑えるための産婦人科を国内主要5都市に設置す
る。
B:避妊具・避妊薬の生産
避妊具や避妊薬が常時不足しているので、多国籍の
製薬会社等を誘致して現地生産を依頼し、家族計画
サービスを実施する。
C:人材の育成
多くの医師や看護師を養成したいので、人材を先進
図3 男性と比べた女性の識字率
国で研修させ、帰国後に地域に平均的に配分する。
3.日本の人口政策を考える
D:予防保健の充実
高出生力の問題を抱える発展途上国の国々とは逆に、
初歩的な健康保持をめざす小規模の地域診療所を各
先進地域にあるほとんどの国々は出生率の低下とそれ
地に建設し、
簡単な治療と保健教育の普及をめざす。
が進行した少子化状態にあり、高齢化が進んでいる。
E:学校給食の提供
日本でも、合計特殊出生率(1人の女性が生涯に生む
学校に給食センターを設置し、無償で学校給食を提
平均出生児数)が人口置換水準(人口規模を維持でき
供する。学校給食の普及により女子の就学率が上が
る出生力水準。先進地域においては2.1とされる)を
り、
女性の地位向上と人口増加の抑制が期待できる。
下回る状態が35年以上続いており、2005年にはついに
人口減少が明らかとなった(図4『図説地理資料 世
界の諸地域NOW 2010』p.211「⑤合計特殊出生率の
やり方は、①クラスを小グループに分け、首相(発
推移」
「term 合計特殊出生率」)。出生率の人口置換水
表者)と書記(記録者)を決める。②各計画のプラス
準以下への低下を、「第2の人口転換」という。「第2
とマイナス面を考えながら、どの計画を採用するかを
の人口転換」のおもな原因は少子化の進行であり、低
グループで討論する。③討論結果をもとに各グループ
い出生率が死亡率を下回ったために起こる。
の首相が順番に発表し、教師は発表内容を黒板にまと
める。③発表を受けて、このゲームには唯一絶対の正
解があるわけではないことを告げ、さらに気づいたこ
とがないか、自由に発言させる。発展途上国を現在の
状況に追い込んだ責任の多くは先進国にあるとの立場
に立ち、授業を通して「私たちひとりひとりが、開発
り方を考え、共に生きることのできる公正な地域社会
図4 合計特殊出生率の推移
『図説地理資料 世界の地域NOW
2010』p.211
づくりに参加する(開発教育協会による)
」態度を育
2時間目は、教師側で図5に示したようなA3判の
成していきたい。
ランキングワークシート(以下、ワークシート)を用
発展途上国のほかの事例として、
『世界を学ぶ高校
意し、①1時間目で構成したグループにワークシート
生の地理A 最新版』
(以下、
教科書)p.113の中国の「一
とはさみ、のりを配布する。②生徒はワークシートに
人っ子政策」やp.128〜129からインドの事例について
書かれたA〜Iの少子化対策が書かれたカードを切り
も学び、宗教や文化、政治、教育水準(図3に示した
離し、1〜5位まで順位付けする作業を進めながら順
ような「男性と比べた女性の識字率」も参照したい)
位付けの根拠を記入する。③グループごとに考えたラ
などによって異なる、発展途上国の人口政策の多様さ
ンキング結果を、順番に発表する。結果はクラス内部
についても言及したい。
で大きく異なることもあり、各グループで考え出され
をめぐるさまざまな問題を理解し、望ましい開発のあ
10
た結論の正当性を主張すればするほど、その後の全体
スウェーデンモデルとよばれる高福祉の社会保障制度
討論が白熱する。 は、現在曲がり角にきており、極端な累進税制、租税
ワークシートの少子化対策A・C・Fはすでに政府
負担率50%(日本では22.6%)、消費税25%(デンマー
主導で行われている対策であり、B・D・Eは各地の
クやアイスランドも同様)など、国民の間には肥大化
地方自治体で行われているユニークな対策である。H
した福祉のために働かされているという不満も多く
はおもに北欧諸国で進められている対策であることも
なっている(図7教科書p.131「スウェーデンの若者」
)
。
確認する。
100
%
ロシア
今回は教師側から九つの少子化対策案を提示したが、
80
スウェーデン
各グループに九つの対策を考えさせ、ほかのグループ
日本
とランキングカードを交換させ、順位付けの作業を行
60
アメリカ合衆国
韓国
うことで、ほかのグループの問題意識や妥当性を検討
40
イラン
(2005年)
することもできる。
ブラジル
20
0
10∼14
20∼24
30∼34
40∼44
50∼54
60∼64
70∼74
75歳∼
図6 女性の年齢別労働力人口比率(2006年)
図7 『世界を学ぶ高校生の地理A 最新版』p.131
4.おわりに
生徒が能動的に授業に取り組む参加型学習は、生徒
のモチベーションを高める。トピック性のある教材か
図5 A3判のランキングワークシートの例
らリアルな世界像を生徒に与え、その中から矛盾と問
題の所在を認識させ、学習活動におけるコミュニケー
スウェーデンの事例(教科書p.130〜131)から、進
ションを活発化させることで、より共感的に世界の
む女性の社会進出や高福祉が抱える高負担の課題につ
人々の状況を考えられるようになると期待できる。
いても考察する。今日日本各地で展開されている少子
化対策の基本的な考えは、出産・子育て負担の軽減で
ある。日本では、女性労働力が結婚・出産・育児期間
に低下してM型になるのに対して、スウェーデンで逆
U型となる(図6のような「女性の年齢別労働力人口
比率」も参照したい)
。これは、育児休暇の整備や児
童福祉サービスの充実していることを意味する(図7
教科書p.131「スウェーデンの女性公務員」
)
。しかし、
11
〈参考文献〉
⑴ 早瀬保子・大淵寛(2010)
:
『世界主要国・地域の人口問題』、
〈人口学ライブラリー8〉原書房、p.308
⑵ 鳥光一男(2005):「地球的視野に立った思考を育てる連続
授業」、『地球に学ぶ新しい地理授業』、古今書院、p.102-106
⑶ 新堀毅(2005):「発展途上国の保健厚生大臣になって、あ
るべき援助とは何かを考える」、『地球に学ぶ新しい地理授
業』、古今書院、p.70-73
⑷ 武田英和(2006):「スウェーデン:
『福祉国家』の現状」、
『授
業のための世界地理 第4版』、古今書院、p.165-168
Fly UP