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◆ 2014 年 9 月 26 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.87
文献番号 z18817009-00-010871120
死刑確定者の信書発信の権利
【文 献 種 別】 判決/大阪地方裁判所
【裁判年月日】 平成 26 年 5 月 22 日
【事 件 番 号】 平成 25 年(行ウ)第 96 号
【事 件 名】 発信不許可処分取消請求事件
【裁 判 結 果】 認容
【参 照 法 令】 刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律 139 条・141 条、刑事施設及び
被収容者の処遇に関する規則 76 条 1 項、死刑確定者処遇規程 19 条
【掲 載 誌】 判例集未登載
LEX/DB 文献番号 25504117
……………………………………
……………………………………
事実の概要
許可されていた。
1 原告は昭和 63 年 10 月 25 日に大阪地方裁
判所で死刑判決を受け、平成 10 年 1 月 16 日判
決確定により死刑確定者として大阪拘置所に収容
中であり、8 度目の再審請求中である。原告は、
再審請求に必要な費用を工面するため、自ら書い
た原稿を徳間書店より出版することを依頼しよう
として平成 25 年 4 月 1 日付けで知人宛ての信書
に原稿を同封して発信を申請したところ、拘置所
長は同月 5 日これを不許可としたため、原告が
不許可処分の取り消しを求めた事案である。
3 なお、原告は平成 21 年 11 月 16 日に自殺
を図り、要注意者(自殺・自傷・逃走・暴行)に指
定されたが、平成 22 年 11 月 25 日に精神的に落
ち着いてきたとして要視察者(自殺・自傷・逃走・
暴行)に指定が変更されている。
判決の要旨
1 139 条 1 項各号該当性
訴訟費用を捻出する目的での活動は 2 号にい
う「訴訟の遂行」に該当しない。1 号に該当しな
いことは明らかであるし、3 号に該当すると認め
るべき事情もうかがえないので、139 条 1 項によ
り発信を許可すべきものには当たらない。
2 刑事収容施設法 139 条 1 項は、死刑確定
者が親族との間で発受する信書(1 号)、婚姻関係
の調整、訴訟の遂行、事業の維持その他の死刑確
定者の身分上、法律上又は業務上の重大な利害に
係る用務の処理のため発受する信書(2 号)、死刑
確定者の心情の安定に資すると認められる信書(3
号)の発受を許すものとしており、同条 2 項はそ
れ以外でも発受を必要とする事情があり、刑事施
設の規律・秩序を害するおそれがないと認めると
きはこれを許すことができる旨規定している。
刑事施設規則 76 条 1 項は、死刑確定者が信書
を発受することが予想される者について氏名・生
年月日・自己との関係等を届け出るよう求めるこ
とができる旨規定しており、これを受けて死刑確
定者処遇規程(平成 22 年 2 月 22 日付け達示第 3 号
「
『死刑確定者処遇規程』の制定について」)19 条が
申告表の提出について規定している。本件信書の
宛先である知人はこの申告がなされ、外部交通が
vol.7(2010.10)
vol.16(2015.4)
2 139 条 2 項該当性
(1) 判断基準
「死刑確定者の拘禁は、死刑執行に至るまでの
間、死刑確定者を社会から厳重に隔離してその身
柄を確保し、死刑の適切な執行を確保すること」
を目的としている。「死刑確定者は、来るべき自
己の死を待つという特殊な状況にあることを考慮
すれば、その恐怖や絶望感から精神的に極度に不
安定な状態になり、逃亡を試みたり、自ら命を断
とうとするなどするおそれも大きい状況にあると
いえるから、死刑確定者の拘置所内の処遇につい
ては、施設管理上の必要性からも、その心情の安
定の確保に対する特段の配慮が必要」であり、
「死
刑確定者の行為の自由に一定の制限が加えられる
1
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新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.87
(3) 刑事施設の規律・秩序を害するおそれ
「原告の心情が不安定な状態にあることに鑑み
ると、本件原稿を徳間書店に送付したが徳間書店
が出版を拒否するなどしたという場合には、原告
が精神的苦痛を受け、その心情の安定が害される
おそれがあることは否定できない。しかしなが
ら、本件原稿の送付を受けた徳間書店が本件原稿
を出版するとの回答をしない場合と、原告が徳間
書店に本件原稿を送付することが許されない場合
とでは、いずれの場合も本件原稿を出版できない
ことには変わりなく、それぞれの場合に原告が受
ける精神的苦痛の質や程度に大きな差異が存する
とは認め難い。」また、拘置所長は「外部交通を
許可する方針とされていない徳間書店との間で外
部交通をしようとしていることを専ら考慮してい
たのであって、原告の心情が不安定になるおそれ
については特段考慮していなかったことがうかが
える」。
原告は過去に自殺未遂に及ぶなど「心情の安定
には特に注意を払うべきであることを考慮して
も、本件信書を発信することにより、本件信書を
発信しなかった場合に比べて原告がより大きな精
神的苦痛を受けるおそれがあるとは認められな
い。」
なお、「処遇規程 19 条に定める取扱いは、死
刑確定者に対する信書の発受を円滑、迅速に判断
するためという専ら刑事収容施設の運営上の便宜
を図るものにすぎないから、本来法 139 条 2 項
に該当する信書であるにもかかわらず、信書の実
質的な宛先が処遇規程 19 条 2 項及び 3 項に係る
処分行政庁の決裁を受けていない者であるとの理
由で発信を不許可とすることが許されないことは
明らかであ」る。
こともやむを得ない」。
「もっとも、死刑確定者も、死刑が執行される
までの間は、憲法が定める基本的人権を保障され
ているのであるから、これに対する制約が許され
るのは、その拘禁の目的及び性格に基づく必要性
及び合理性が存する場合に限られる」。「死刑確
定者の拘禁の趣旨、目的及び特殊性並びに同条 2
項の規定ぶりに照らせば、同項に基づく死刑確定
者の信書の発受の必要性並びにこれを許可するこ
とにより刑事施設の規律及び秩序を害するおそれ
の有無、そして、これらを踏まえた信書の発受の
許否の判断は、死刑確定者の心情の安定にも十分
配慮して、死刑の執行に至るまでの間、社会から
厳重に隔離してその身柄を確保するとともに、刑
事施設の規律及び秩序が害されることがないよう
にするために、これを制限することが必要かつ合
理的であるか否かを判断して決定すべきものであ
り、具体的場合における上記判断は、刑事施設の
実情に通じ、また、死刑確定者の動静や精神状態
等を的確に把握し得る地位にある刑事施設の長の
裁量にゆだねられているものと解すべきである。」
(2) 信書発信の必要性
「本件信書の発信は、それ自体が自己の思想内
容を直接公衆に対して発表するものではないもの
の、
その発表の手段を得るためのものであるから、
本件信書の発信には、憲法 21 条 1 項の保障が及
ぶといわなければならない。そして、自己の思想
等を公衆に対して発表することは、表現の自由の
中核をなすものであることに鑑みると、原告には、
本件信書の発信を必要とする事情が認められるこ
とは明らかである。このことは、原告が本件原稿
を出版しようとする目的が印税を得ることにあっ
たとしても、変わるところはない。」
出版社から原稿執筆の依頼を受けた場合など例
外的な場合以外には、原稿を送付したり折衝を重
ねたりしなければ出版される見込みがあるとはい
えないのが通常であるから、
「死刑確定者が自ら
の原稿を出版することを求めて信書の発信をしよ
うとする時点で当該原稿が出版される見込みがな
いことは、発信許可の必要性を判断する上で考慮
要素とはなり得るものの、これを殊更重視するこ
とは、上記のような例外的な場合を除いて死刑確
定者から自らの原稿を出版する機会を奪うことと
もなりかねないため、相当ではな」く、本件信書
に発信の必要性があることは明らかである。
2
判例の解説
一 刑事収容施設法
平成 17 年に刑事収容施設法(以下法という)が
成立し、それまで判例によって積み上げられてき
た在監関係をめぐる人権保障の原則がかなりの部
分明確化された。外部交通についても、旧監獄法
下では親族以外との面会や信書発受が原則として
許されていなかったところ、新法においては、親
族や弁護士など被収容者と重大な関係を持つもの
については外部交通が権利として認められ、それ
2
新・判例解説 Watch
新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.87
憲法 21 条が保障する表現の自由の保障が及ぶと
位置づけた上で、拘禁の目的および性格にもとづ
く必要性・合理性が存在する場合に限りその制限
が許されるとしている。
これらは旧監獄法下の喫煙の自由をめぐる裁
判2) やよど号ハイジャック記事抹消事件3) の判
断枠組をおおむね踏襲しているものと思われる。
ただし、これらの判決が、制限の必要性と、制限
される人権の内容・性質およびその制限の態様・
程度との衡量により判断し、制限を合憲としてい
るのに対し、本件ではこうした衡量を用いず、制
限の必要性・合理性を否定することで違憲の判断
を導いている。この差は、単純に信書の発信が刑
事施設の規律・秩序に何らかの悪影響をもたらす
ということが考えにくいせいであるとも考えられ
るが、前掲平成 25 年最高裁判決でもこれまでの
ような衡量枠組みではなく、当事者の利益を認め
た上で「特段の事情がない限り」その侵害は許さ
れないと判断していることに鑑みると、憲法の理
念に照らし人権保障を一つの柱として制定された
刑事収容施設法の解釈にあたっては、単純な衡量
をすることは許されず、特に制限を必要とする事
情を要求していると考えるのが妥当であろう。
以外の者との間の外部交通についても、刑事施設
の規律・秩序を害するおそれ等がない時には許す
ことができると規定されている。また、受刑者、
未決拘留者、死刑確定者とそれぞれに規定を置き、
その身分に応じた制限事由を定める(受刑者には
矯正処遇への支障、未決拘留者には罪証隠滅のおそ
れ)など、被収容者をひとくくりにして広汎な制
限を許容していた旧監獄法に比べると、被収容者
の人権に配慮し、制限の理由を明確化した。
新法施行後も、刑事施設の長の裁量を広く解し
て漠然としたおそれを理由に外部交通の制限をす
ることがあるが、これに対しても裁判所は厳しい
姿勢を見せるようになっている。再審請求のため
に選任された弁護人との立会人なしの面会を許さ
なかったケースに対し、平成 25 年に最高裁判所
は、
「秘密面会により刑事施設の規律及び秩序を
害する結果を生ずるおそれがあると認められ、又
は死刑確定者の面会についての意向を踏まえその
心情の安定を把握する必要性が高いと認められる
など特段の事情がない限り、裁量権の範囲を逸脱
し又はこれを濫用して死刑確定者の秘密面会をす
る利益を侵害するだけではなく、再審請求弁護人
の固有の秘密面会をする利益も侵害するもの」と
判断している1)。
三 制限の必要性・合理性
本件では、国側が出版社から出版を断られた場
合に心情不安定に陥る可能性を主張したのに対
し、裁判所は、信書の発信が許可されず出版社に
原稿を送ることができなかった場合と比較して、
精神的苦痛の質や程度に大差はないと判断し、信
書発信拒否に合理性を認めなかった。また、信書
発信拒否の前提となった出版の見込みがないとの
判断についても、原稿送付時に出版可能性を重視
することは、死刑確定者の表現の自由を大きく制
約することになりかねないので相当ではないとし
ている。
のみならず、裁判所は、実際には拘置所長は死
刑確定者の心情を考慮して信書の発信を拒否した
のではないと厳しい認定をした上で、信書の発受
相手をあらかじめ申告させる制度(規則 76 条 1 項・
処遇規程 19 条)はあくまで刑事施設の運営上の便
宜を図るものにすぎず、これを理由に信書の発信
を不許可とすることは許されないと判断した。旧
監獄法下では、刑事施設の運営上の問題と規律・
秩序の侵害のおそれを特に区別することなく、制
二 合憲性判断基準
死刑確定者については、刑罰としての収容では
なくあくまで死刑執行まで社会から隔離し身柄を
確保するための拘束であり、また死刑という刑罰
の性質上矯正処遇が予定されていないことから、
受刑者に該当するような矯正処遇を理由とした制
限は認められていない。一方で、死刑確定者の処
遇にあたっては、法 34 条 1 項に「その者が心情
の安定を得られるようにすることに留意するもの
とする」と定められ、面会や信書発受についても
心情の安定に資すると認められるものは権利とし
て認められている反面、刑事施設の長の裁量とし
て、心情が不安定になるおそれを理由にこれらを
制限することもあるということになる。
本件においては、まさにこの心情が不安定にな
るおそれを理由として、拘置所長は信書の発信を
許可しなかったと主張している。これに対し裁判
所は、死刑確定者は死刑執行までの間は憲法に定
める基本的人権が保障されることを前提として、
原稿を出版社に送ることを依頼するという行為に
vol.7(2010.10)
vol.16(2015.4)
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新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.87
も、見直される可能性があろう。
さらにまた、本判決は原稿の発信を「表現の自
由」と位置づけたが、通信一般が表現の自由に該
当するのか、それとも本件のように公表を期待す
るもののみが表現の自由に含まれるのか。裁判所
は後者の立場に立っているようであるが、はたし
てそれは適当なのだろうか、またその 2 つは峻
別できるものなのであろうか。いずれにせよ、刑
事収容施設における信書の発受や文書図画の受渡
しは検査を受け、場合によっては差止めや内容の
削除・抹消ができる旨定められているが(法 127
条・129 条・133 条・140 条ほか)
、少なくとも「表
現の自由」に該当する文書にかんして、事前に公
権力が内容の検査を行い、発信を禁止したり内容
を改変したりすることは、憲法 21 条 2 項が禁止
する「検閲」に当たらないか、当たらないとして
も不当な事前規制、公権力による表現の自由の抑
圧とならないか、疑問が残る。
新法下における受刑者の人権についてはいまだ
議論が十分ではないが、学説において個々の状況
や収容者の身分に応じた人権保障のあり方につい
て、さらに緻密な議論が必要であるように思われ
る。
限の目的として合理性を認めていたように思われ
るのに対し4)、これを区別して、運営上の便宜の
問題で権利制限は許されないとしたところは評価
に値する。
四 死刑確定者の処遇実態と人権保障
死刑確定者は、原則として単独室の居室内で処
遇が行われ、心情の安定を得るため有益と認めら
れる場合には、他の被収容者との接触を許すこと
も可能とされているものの(法 36 条)、実際には
他人との接触はほぼ認められていない5)。外部交
通についても、新法制定により親族以外にも範囲
が広げられたものの、面会できる相手方の人数や
時間についてはほとんどの施設で制限がかかって
おり、また、本件と同じく、あらかじめ信書の発
受相手として許可を受けていない人からの手紙の
受信や差し入れが許可されない例もあるというこ
とである6)。
こうした取り扱いは、死刑確定者も死刑執行ま
では人権を保障されるという憲法の理念、それを
受けて制定された刑事収容施設法の理念に反する
疑いが指摘されてきたが、本判決により、それが
明確になったといえよう。本判決により施設運営
上の都合で人権を制限することが許されないとい
う基準が示されたことで、今後は面会が許される
はずの相手方に人数制限をしたり、不当に時間を
制限することは許されないし、あらかじめ許可を
得ていない人物との信書の発受も特段の事情がな
い限り個々に許さなければならないことになる。
さらに、死刑確定者の「心情の安定」について
も、本判決によって、刑事施設の長の一方的な判
断は許されないという方向性が示されたものと思
われる。他者(特に他の死刑確定者)との接触や、
親族でも弁護士でも親しい友人でもない者との面
会なども、これまで心情の安定を害するおそれを
理由に厳しく制限されてきたが、他者との交流は
生きるために不可欠であり、ずっと独りきりの状
態を強いられる方がかえって心情の安定を害する
であろう。また、近い将来の死が確定しているか
らこそ、生きているうちに被害者や遺族に詫びた
い、あるいはこれまでの人生での心残りを清算し
たいなどの希望は、叶えることこそが心情の安定
に資するはずであるのに、外部との接触によって
激しい精神的苦痛に陥ることが十分に想定される
という一方的な判断によって禁じられてきたこと
4
●――注
1)最三小判平 25・12・10 民集 67 巻 9 号 1761 頁、判時
2211 号 3 頁など。
2) 最 大 判 昭 45・9・16 民 集 24 巻 10 号 1410 頁、 判 時
605 号 55 頁。
3)最大判昭 58・6・22 民集 37 巻 5 号 793 頁、判時 1082
号 3 頁。
4)たとえば最一小判平 12・9・7 集民 199 号 283 頁、判
時 1728 号 17 頁では、接見時間の制限について「接見業
務に支障が生じ、施設内の規律及び秩序を害するおそれ
があった」と述べられている。
5)衆議院調査局法務調査室「死刑制度に関する資料」(平
成 20 年 6 月)資料 4「死刑確定者の処遇状況に関する
ア ン ケ ー ト 結 果(2006 年 1 月 ~ 2 月 )」(38 頁 以 下 )。
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_rchome.nsf/html/
rchome/Shiryo/houmu_200806_shikeiseido.pdf/$File/
houmu_200806_shikeiseido.pdf(2014 年 8 月 18 日閲覧)
6) 日 弁 連「 死 刑 確 定 者 に 対 す る 処 遇 状 況 に 関 す る ア
ン ケ ー ト 結 果 に つ い て 」(2011 年 7 月 )。http://www.
nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/publication/data/
shikei_syoguu_enquete_a2.pdf(2014 年 8 月 18 日閲覧)
金沢大学准教授 稲葉実香
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