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【完結】BARナザリックへようこそ【おまけ追加中】 ID:68736
【完結】BARナザリック へようこそ taisa01 ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にPDF化したもので す。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作品を引用の範囲を 超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。 ︻あらすじ︼ この作品は﹁オーバーロード﹂の二次創作になります。 オリジナルキャラや設定の捏造など多く含みます。 またオリジナルキャラは、ナザリックを地獄と思っているなど、数々の勘違いをして います。 pixivにも投稿しております 92 サプリメント3 2月のイベント前編 1 目 次 │││││││││││││││ 20 サプリメント6 4月の花見 │ サプリメント5 沖縄料理 ││ サプリメント4 3月後編 ││ サプリメント4 3月前編 ││ │││││││││││││││ サプリメント3 2月のイベント後編 34 TREAT Take2 │││ サプリメント10 TRICK or サプリメント9 十五夜 │││ サプリメント8 夏 │││││ サプリメント7 5月の柏餅 │ 43 本編 ここはBARナザリック │││ 二人の宴 ││││││││││ キティ │││││││││││ エビスビール ││││││││ ︻本編完結︼人外の楽園 │││ サプリメント TREAT ││││││││││ ? サ プ リ メ ン ト 0 T R I C K o r 51 68 86 188 177 165 151 141 125 117 99 203 サ プ リ メ ン ト 1 お 刺 身 定 食 サプリメント2 クリスマス │ 72 │ サプリメント最終話 終わる年、始ま る年 │││││││││││││ 213 本編 例えば海底2万マイル。 例えば指輪物語。 迷惑かもしれないが燃えないものでないし、そこは最後の我儘と許してもらおう。 遺言には、寝室の本を一緒に焼いて欲しいとした。まあ、生前整理して本棚二つ分。 た。子供は独り立ちし孫までいる。両親や妻より長生きできたのだ。 ンになっても、まだいろんなモノを食べてみたい飲んでみたいと思うも後悔はなかっ そんな日々。十二分に長生きできたと考える。だからこそ祖父や父親と同じ様にガ 楽しむ。 庭料理。美味しい酒とつまみのために運動し健康になり料理を作る。世界各地の酒を い事だった。定年してからは、妻に教わり料理を覚えた。しょせん家庭料理。されど家 の。上げれば切りがない。幸い仕事は出張が多く、日本全国の酒と食を楽しめたのは良 日本酒では純米。ワインでは甘めのスパークリング。ラムなら辛めで香りが高いも 酒飲みだった。 ここはBARナザリック 1 ここはBARナザリック 2 例えば世界の酒の紹介本。 例えば有名な料理人のレシピ集。 その中に若い頃読んだ黒い本が含まれてたことを本人も忘れていたのだが⋮⋮。 ****** 気が付けば地獄にいた。 周りには骸骨や悪魔、中には名状しがたいものまで、多種多様の存在に驚いた。自分 は生前の行ないを気を付けていたわけでもなく、神も信仰していなった。しかし地獄に 落ちるとは思っていなかったので、地獄のような場所と認識したときはとても驚いたも のだ。 のようなものにあっただけだった。自分はインキュバスとして生み出された あと地獄といえば閻魔大王や鬼灯様には会えると密かに思っていたが、見たこともな い悪魔 だ。 ? ここ、BARナザリックはなかなか面白い職場。 ディでいいひと 今 で は 地 獄 の 酒 場 で 仕 事 を し て い る。上 司 は 地 獄 の 副 料 理 長。キ ノ コ だ け ど ダ ン が、人間としての記憶があるから死んだ魂でも再利用された⋮⋮と考えることにした。 ? ****** 酒場は夜開くもの。 では常に闇に包まれた地獄ではいつ営業するのか。 答えは、休憩や仕込みなどで閉める時間はあるものの、ほぼ24時間営業である。時 計があるので24時間の感覚は存在するのだが、地下のため日の光が無く正直いつ仕事 していつ休むのか決まっていない。なによりブラック企業真っ青な24時間労働が当 たり前。 夜の飲みといえば、眠りの前、一日を疲れを癒やすためのひとときである。しかし地 獄ではある意味休憩・食事の一環でしかないのだ。そもそも﹁酔﹂が状態異常扱いなの で、わざわざ状態異常対策装備を外されて来店されたり、中には状態異常を強引に引き 起こすために呪い系アイテムまで利用されるお客様もいるから業が深い。 そんなある日コキュートス様が来店された。 地獄にはいろんな種族の方がいらっしゃる。コキュートス様も虫系種族とのことで 表情こそ分からないが、守護者つまり地獄の高官としてご多忙でお疲れなのだろう。さ らに思い悩むような雰囲気を醸しだされている。 ﹁これはコキュートス様、ようこそいらっしゃいました﹂ 3 ﹁ウム。ナニカ適当ニ頼ム﹂ コキュートス様は、何でも食されるのですが、好みは大きな体にに似合わず甘いもの。 そこでお体のサイズに合わせて大きめのジョッキを準備し、林檎を絞ったものに色合い の違うシロップを二種、ピリスナービールを合わせて軽くステアする。ビールのカクテ ルとしては珍しく甘さを全面にだしたものだが、疲れている時にはこのようなものも良 いだろう。そして新鮮な野菜スティックにオリーブオイルと岩塩をだす。 ﹁お疲れのようですので、ビールのカクテルに新鮮野菜のスティックにございます。お 好みでオリーブオイルと岩塩をつけてお召し上がりください﹂ コキュートス様は静かにビールを飲む。 この御方は武人ということで戦闘に関することは雄弁だが、ソレ以外については寡黙 であられる。しかし、その内にはしっかりとした意見を持たれている方だ。そんな方が 悩まれ、わざわざ気分転換に酒まで飲まれるなら、一歩踏み出すのもバーテンの仕事。 幸いここは酒場。ここで見聞きしたことは外に持 ? どうやらコキュートス様は、新しい任務に携わっているが、与えられた権限では、達 ﹁フム。ソウダナ⋮⋮﹂ なるかと﹂ ち出さないのがルール。いかがでしょう言葉にされるだけでも、状況の整理のお助けに ﹁なにか気がかりでもございますか ここはBARナザリック 4 成は難しいということらしい。地獄の高官が悩む任務など想像もできないが、しかしも のごとは視点を変えるだけで解決することも多々ある。もっとも得てして視点という のは、変えようと思っても変えることは難しい。ならば⋮⋮ 話されることで解決の糸口を見つけることができるかもしれません﹂ キュートス様のお悩みも、私では推し量ることは叶いませんが、他の守護者の方々と対 ら ば 他 の 料 理 人 や お 客 様 と 対 話 し ま す。そ し て 気 が 付 い た 点 を 改 善 す る の で す。コ みと言われたので、新たに考えた一品です。物事は1人では限界があります。料理人な ﹁こちらは、以前、肉・魚などのバリエーションで作った際、コキュートス様が野菜が好 バラシイゾ﹂ ﹁1ツ1ツ、別ノ旨味ガアル。アワセレバ更ニ複雑デ奥深イ味ワイトナル。ナカナカス る。 そういうとコキュートス様は、最初は一色、次は二色、最後は三色と器用に食べられ ﹁ワカッタ﹂ ﹁こちらは、野菜を中心とした3色のテリーヌになります。まずお召し上がり下さい﹂ リーヌに、特性のソースをかけるだけなのだが。 そういうと準備をはじめる。といってもすでに冷まして準備ができている野菜のテ ﹁そうですね、少々お待ちいただけますか﹂ 5 ﹁ソウダナ﹂ そういうとコキュートス様は、静かにビールを飲み始める。その後何度かおかわりさ れたので、ビール・カクテルはお口に合ったのだろう。 よかった。 ****** コキュートス様がおかえりになられたあと、数名のお客様を向かえる。 あのヴァンパイアとワーウルフの組み合わせは、お客様とはいえやめて欲しい。酔っ 払うと口論はじめるのがわかってるなら、毎度いっしょに店に来るなと。バーテンダー の格好で近接格闘スキルを使い叩き出す。夜の飲み屋では酔っぱらいや無法者対策は 必須なのだと思い知らされる。近接格闘スキルを授けてくださりありがとうございま す。碌でもない理由で、しみじみ創造主に感謝する。 しばらくすると⋮⋮ ﹂ ? 23:00 ﹁これはデミウルゴス様。ちょうど準備が整ったところです﹂ ﹁開いてますか ここはBARナザリック 6 デミウルゴス様。この方もお疲れなのだろう。聞けば不眠不休で仕事をされている らしい。しかし数日に一度決まった時間に来店される。本日も、いつも通り正面のカウ ンター席にご案内する。 姿勢正しいダンディな悪魔のデミウルゴス様は、カウンターでグラスを傾けるだけで 絵になる。男である自分ですら見惚れるほどに。 さてデミウルゴス様は西洋系悪魔に見えるのだが、先日日本酒を試していただいたと トゥルフ系かと驚いたものだが。 感心をしたものだ。もっとも男性のアレのような姿やブレインイーターを見た時、ク 洋なんでもござれ。中には巫女や鬼などもいたのだから、地獄は繋がってたのねと変な このナザリックという地獄は、名前から西洋かとおもっていたが、そんな事はなく和 ﹁かしこまりました﹂ ﹁先日いただいた日本酒の亀の尾と、それに合わせたものを適当に﹂ 分である。 ため、こちらに顔を出すのは思いの他少ない。そんなときお客様のお相手をするのは自 このBARのオーナーは地獄の副料理長である。しかし、その役職通りの仕事もある かがなさいますか﹂ ﹁本日は副料理長がいらっしゃらないので、私が担当させていただきます。ご注文はい 7 ころ、大層気に入っていただけた。副料理長にも許可をいただけたので、裏メニューと して常連様にのみ提供している。 最初が日本酒ということでカウンターに小鉢を一つお出しする。 ﹁お通しをどうぞ﹂ デミウルゴス様が小鉢を食されている間に急ぎ準備する。 ﹁葉野菜と胡麻の和え物となります﹂ 面取りした大根と茄子を出汁で煮て、一度冷まして味を吸わせたものを取り出す。そ して軽く火をかけ温め器に盛る。そして日本酒はガラスの徳利に入れ一緒にお出しす る。 店の柔らかい光に反射し、透明な酒が七色に輝く。デミウルゴス様にガラスのお猪口 ﹁大根と茄子の煮ひたし。それと亀の尾になります﹂ をお渡しし、最初の一杯をお注ぎする。 お酒を一口。 大根を一口。 ﹁ありがとうございます。では次の一品は同じ出汁から、まったく別の味わいを表現さ すね。先ほどのお通しも合わせると味の変化が楽しめます﹂ ﹁ふむ。厚みのある芳醇な味わいに、出汁の旨味を凝縮した大根。なかなか合うもので ここはBARナザリック 8 せていただきたいのですがよろしいでしょうか﹂ しているに過ぎない。それでも嬉しいことにはかわらないが。 そう。料理スキルも含めて与えられたものなのだ。自分は記憶も含めてうまく利用 魔法で生み出す能力を授けていただいた至高の方々のお陰にございます﹂ ﹁そんな事はございません。たとえば新鮮な食材の多くはダグザの大釜のおかげ。酒も お客様に評価を頂ける。それが地獄の高官ともなれば嬉しい限りだ。 させる卵料理。ここは毎回新しい驚きがありますね﹂ ﹁先ほどとは違い、飲み口が軽くフルーティーな味わい。すこし甘めだが温もりを感じ すでに開いていた器をさげる。デミウルゴス様は静かに味わっておられるようだ。 ﹁南部美人の濁りとなります﹂ そして新しい徳利に酒を注ぎ、おなじく新しいお猪口をおだしする。 ﹁だし巻き卵にございます。お好みで醤油と大根おろしをどうぞ﹂ ろしを添える。 べやすいサイズに切り器に盛り、固めかつ潰さないようにしぼり、水気を切った大根お わせ、ゆっくりと火をかける。半熟になったら形を整えながらひっくり返す。最後に食 まず大根をおろし、水にさらす。次に出汁に醤油、砂糖、そして卵を準備し適量を合 ﹁では、酒といっしょに任せましょうか﹂ 9 ﹁謙遜することはありません。本当に同じなら、同じ料理スキルを持つ料理長や副料理 長と同じ結果となるはずです。しかし、まったく違う結果が生まれる。ふむ、その違い は何故なのでしょうか﹂ そう言うと、酒を口に運びつつ静かに思考の海におちられたようだ。しばし待ち、お 酒が切れたところ重厚な味わいに定評がある真澄の辛口大吟醸と、炙りサーモンをお出 ししつつ声を掛ける。 ﹁私見でございますがよろしいでしょうか﹂ ﹁ええ﹂ ﹁想 い や 目 的 の 違 い か と 思 い ま す。料 理 長 と は 面 識 が あ ま り な い の で わ か り か ね ま す が、BARのマスターでもある副料理長は料理をもってお客様に楽しんでもらいたい。 そ し て 新 し い 味 を 探 し た い と い う 紳 士 的 で あ り な が ら 好 奇 心 に 満 ち 溢 れ た 御 方 で す。 そのため、お客様が笑顔になる料理をお作りになられ、そこで満足せず新しい味を探求 されてます﹂ そこまで言うと一区切りを入れ、空いた器を下げる。 れるのは、そのためではないでしょうか﹂ と、それにあわせた肴を用意します。同じ料理スキルでも考え方1つで違う結果が生ま ﹁私は酒でひとときの癒やしを得てもらいたい。そのため、お客様の気分に合ったお酒 ここはBARナザリック 10 ﹁なるほど。なかなかおもしろい考えですね﹂ デミウルゴス様も満足されたご様子。静かにお酒を楽しまれている。 これ以上のお声がけは無粋というもの。他のお客様がいらっしゃった時のために準 備をすすめましょう。 ****** 03:00 客が入れ替わり立ち代わり入店するBARナザリック。しかしこの時間となるとそ の足は途絶える。 洗い物を終え、そろそろ明日の分の下ごしらえをと準備をはじめると扉が開く。 ﹁うん。ご飯たべそこねちゃってね。なにかある ﹂ ﹁ようこそいらっしゃいました。アウラ様、マーレ様。カウンター席にどうぞ﹂ の、来店された回数は少なく、お二人で来られたのは初めてかもしれない。 来店されたのは、守護者のアウラ様とマーレ様。お名前とお顔は拝見しているもの ﹁待ってよ。おねえちゃん﹂ ﹁ほ∼らマーレ。早く入る﹂ 11 ? ﹁ご要望はございますか﹂ ・・ 可愛らしいお二人が席に座られる。その姿はやはり姉妹とても似ていらっしゃる。 ﹁お肉がたべたいな﹂ ﹂ ﹁ん∼おねえちゃんといっしょので﹂ ﹁お酒はいかがなさいますか は少なめだが、透き通るコンソメのスープを温めてお出しする。 フランスパンをカットし、バスケットに入れお出しする。合わせはバター。そして具 ブのアンチョビに、シーザーサラダを盛りつける。 く後に惹かないため、どの料理にも合わせることができる。前菜としてマグロとオリー まず、食前酒としてお出しするのは甘いスパークリングワインのピンク。飲み口も軽 活用しましょうか。 しょう。フム。たしか仕込みが終わっているモノにアレの種がありましたね。アレを 活発そうなアウラ様がお肉ですか。乾モノ・アイスバインや生ハムでは物足りないで ﹁畏まりました﹂ ﹁少しお願い。このあと軽く寝てから仕事に入るから﹂ ? ﹁⋮⋮﹂ ﹁スパークリングは久しぶりに飲んだけど、ジュースみたいでおいしいね﹂ ここはBARナザリック 12 マーレ様はサラダとスパークリングを楽しまれているようだ。アウラ様はすごい勢 いでパンやアンチョビ・スープを食べ始めている。これは急がないといけなさそうで す。 合言葉を唱えると、カウンターの内側が入れ替えられ、普段はコンロが3枚とオーブ ンのブロックだが鉄板に変わる。もともとパーティー用の設備だがこんな時はこれに かぎる。 ウラ様の顔を見ればすでによだれが出そうなほど楽しまれているようだ。マーレ様も、 レクトに味わいを届けることができる。徐々に音が代わり、肉の色が変わり始める。ア 同じハンバーグでも目の前で焼くというパフォーマンスは、視覚・聴覚と嗅覚にダイ 肉が焼ける特有の香り。 じゅわっという、肉汁が弾ける音。 ころに避ける。ここからが本番であるハンバーグを焼き始める。 そして鉄板に油を引き、野菜を火にかける。少々柔らかくなった辺りで端の弱火のと のでそのまま使う。 寝かせておいた種を取り出す。もう少し寝かせたいところだが、十分だせるレベルな ﹁はい、どうせなら目で楽しんでいただきたいと思います﹂ ﹁へ∼鉄板か﹂ 13 興味深いのだろう目を輝かせていらっしゃる。 このパフォーマンスもそろそろ大詰め。肉汁は半分をソースに、半分を玉ねぎやコー ンと軽く炒め、最初に火を通しておいた付け合せの野菜と皿に盛りつけお出しする。 量こそ少なめだが、こんな時間だ。食べたいという感覚だけなら、いまのパフォーマ ﹂ ンスで十分に満足していただける⋮⋮とおもっていたが。 ﹁うん。すごくおいしい。もう少しある その姿を眺め、タイミングをみてお声を掛ける。 お出しするとアウラがすごい勢いで食べだす。 け合せに、いつでも出せる作りおきマッシュポテトを少々。 とクラッシュトマトをベースに塩・胡椒で味を整えたトマトソースを作る。それと、付 そこで新鮮なアスパラを数本まとめてベーコンで巻き、先ほどの肉汁の上で焼く。あ しかしアウラ様にはボリュームが少々足りなかったようだ。 どうやらマーレ様は満足されているのだろう。美味しそうに召し上がっておられる。 ? 桃 の 果 肉 を 加 え た ア イ ス を グ ラ ス に 盛 り 付 け る。肉 を 食 べ た 後 な の で、ミ ネ ラ ル ﹁畏まりました﹂ ﹁デザートがあるなら、これでいいや﹂ ﹁最後にデザートのアイスがございますがいかがでしょうか﹂ ここはBARナザリック 14 ウォーターに炭酸のみを加えたクラブソーダも合わせてお出しする。 シックにまとめられたマホガニー製のカウンター席。6人かけのテーブル席が少々。 こんな日もあるので、副料理長には本日上がっていただき自分が留守番と相成った。 掃除も終わり、下ごしらえも終わり、グラスを磨くも人が来ない。 今日はお客様が珍しく来ない。 ****** つつも、適当な残り物の賄いを食べて次の仕込みをはじめるのだった。 お二人がお帰りになられ、静かになった店内を見回す。得も言われぬ寂しさをかんじ ﹁お褒めいただきありがとうございます。またのお越しをお待ちしております﹂ 2人のベクトルの違う笑顔に癒やされつつ、お礼を申し上げる。 ﹁うん。おいしかった﹂ ﹁そっか。じゃあ、次来るときは事前に連絡いれるね﹂ ﹁事前にご連絡いただければ、ご要望に合ったものを準備させていただきます﹂ ﹁うん。なかなか美味しかった。次はもう少し量と種類を多く食べたいな﹂ ﹁いかがでしたでしょうか﹂ 15 けして広くはない店内だが、1人でいると恐ろしく広く感じゆっくりした時間が流れ る。 幸いこの体になって肉体的・精神的な疲れから開放されたので眠いということはない のだが、暇なのはかわらない。 こんな時には決まってやることは、料理の研究である。日本酒や関連料理もこんな時 にできたのだ。 今日は、日本の食卓を再現してみようかと考える。 米、鮭、鰹節、味噌、豆腐、わかめ、ほうれん草、なめこ、にんじん、醤油、みりん、 塩 炊飯器がないので、米は小ぶりの土鍋で炊く。鮭は切り身にして塩を振って焼く。豆 腐とわかめは鰹節で出汁をとった味噌汁に入れて軽くひと煮立ち。なめことにんじん は醤油とみりんを1対1にして炒める。ほうれん草はおひたしにする。 そんな料理を二人前作る。食べてみて美味しければ、冷める前に常連を1人呼び出し たべてもらうつもりだった。 しかし、そんな時にはじめてのお客様が来店される。 ﹁はい、いらっしゃいませアインズ様﹂ ﹁開いているか﹂ ここはBARナザリック 16 威厳のあるアンデットの姿に黒いローブ。この地獄の支配者であるアインズ様がお 越しになったのだ。 しかし、自分もバーテンダーとなって数十年。一流であろうと心がける。慌てず騒が ず対応する。 しかし、同時に地獄のトップに自分の味をみてもらいたいと思うのも確か。 ている。先日、地獄に賊が侵入したときも凄まじかった。 ゴス様やコキュートス様から慈悲深い方とうかがっているも、同時に苛烈な方とも聞い アインズ様がかなり強い言葉で依頼される。というよりほぼ命令である。デミウル ﹁その味見に参加してもよいか。いや是非参加させよ﹂ で作りましたが、食べ合わせのバランスをこれから確認するところにございます﹂ ﹁はい。こちらは研鑽のために調理した日本食にございます。素材はしっかりしたもの ﹁うま⋮⋮⋮いや、その食事はどうしたのだ﹂ 視線の先には、先ほど作った日本食があった。 アインズ様が悠然と店内に入り歩いているが、自分の目の前で急に立ち止まる。その ﹁ああ頼む﹂ ぞ﹂ ﹁お忍びでしたら、奥の席がございます。視線の関係で、目立ちませんのでこちらにどう 17 ﹁どうぞ。ご批評の程よろしくお願いいたします﹂ アインズ様を奥の席にご案内し、食事を配膳する。 アインズ様は手を合わせ、食事をされる。その姿に、 ﹁ああスケルトンも食事ができる ﹁いただきます﹂ のか﹂と間抜けなことを考える。※口唇虫が無いと食べられません ﹁うまい。天然素材の日本食などはじめて食べた﹂ ﹁ありがとうございます。ダグザの大釜の食材ですが、新鮮な食材の味を引き立てられ るよう調理しました﹂ ﹁そうか﹂ アインズ様の食が進み、そろそろ終わりが見えたころ次の準備をはじめる。玉楼の茶 葉に急須。すなわり緑茶の一杯である。 いのだが。 から、それもありえるのかなと漠然と考える。もっとも、限りなく正解とは思いもしな かしたら自分と同じように元日本人なのかもしれない。自分のような存在がいるのだ 湯呑みを両手に持ちホッと一息するアインズ様の姿に、日本人の姿を幻視する。もし ﹁緑茶か。ああ旨い﹂ ﹁お茶をどうぞ﹂ ここはBARナザリック 18 19 今日もBARナザリックには誰かが訪れる。 アインズ様が定期的に食事に来るようになるのは数日後。 それを見つけた守護者も、同じように食事にくるまで数週間後。 可愛らしいマーレ様が実は男と知るのは当分先。 ││││││了 る。その意味では、バーテンダーの仕事は後方の兵站であり数少ない娯楽の1つにあた 師走と呼ばれるように、守護者の方々を含め多くの方が忙しそうに仕事をされてい 12月。 れたのか不思議でならない。 ことができない。そして疑問に思うのは、時計があるように暦がどのような経緯で生ま しかし、非常に残念なことに地獄。いやナザリックは地下のためそれら四季を感じる 四季の美しさを感じ、さらにその時期に合った酒と肴があれば幸せだ。 冬は早朝の寒さ。火の暖かさを感じながら見る雪。 秋は来る冬を感じさせる風と夕暮れ。 きた 夏は夜の落ち着いた月明かり。蛍舞うきらびやかな夜。 春は柔らかい日差しに朝露に濡れた花々。 私の感覚であれば365日。 暦 二人の宴 二人の宴 20 る。けして疎かにはできないものだ。古来より兵站や士気の管理を疎かにした国や組 織の末路など、わざわざ語る必要も無いほどの常識である。 そんなある日、デミウルゴス様がコキュートス様を連れ立って来店された。 まず、背の高いグラスとシャンパンを準備する。シャンパンといってもグレードはほ タイミングから普段との違いを読み取る。 表情だけで読み取れる程、簡単ではない方々だ。声のトーン、歩き方、席に座るときの お二人の姿・雰囲気から今日の気分を考える。テーブル席で飲んでいる常連のように ﹁マカセル﹂ ﹁最初は軽めで﹂ ﹁本日はいかがなさいますか﹂ さて、お二人をカウンター席にご案内し、いつもの一言からはじまる。 ば自重してくれると⋮⋮思いたい。 居るぐらいだ。いつもは酔って暴れて叩きだされる奴らも、直属ではないが上役があれ 今日は、常連のヴァンパイアとワーウルフ、サキュバスと鬼女の二組がテーブル席に ﹁はい。カウンター席が開いております﹂ ﹁いつもと違う時間ですが、席は開いていますか﹂ ﹁いらっしゃいませ。デミウルゴス様。コキュートス様﹂ 21 どほどのものをチョイス。そして100%オレンジジュースと1対1で割り、軽くステ アする。酒が甘めなので、肴は塩を振ったナッツとクルミを小皿に盛る。 チン ﹁ミモザでございます﹂ お二人のグラスを合わせる音が響く。 言葉なく静かにグラスを傾けるお二人の姿には、長い付き合いから生まれる阿吽の呼 吸を感じさせる物がある。 邪魔にならぬよう、手の進みを見ながら次の準備をすすめる。無論テーブル席で管を 巻く者達にも目を配る。パプニカやカブ、人参、きゅうりなどピクルスの盛り合わせ。 イベリコ豚の生ハム。林檎・オレンジ・キウイフルーツなどカットフルーツの盛り合わ リザードマンの集落を組み込んでしばらく経ちますが﹂ せをお出しする。 ﹁どうですか ル﹂ ﹁フム。アノ者達ヲ見テイルト、自分ノ考エ方ガイカニ硬直シテイルカヲ反省サセラレ ? ﹁ナザリック1と言われましても未だアインズ様のような深謀遠慮には程遠い。それに ﹁ホー。ナザリック1ノ知恵者ガ、更ニ学ブカ﹂ ﹁それは良かった。私も勉強させてもらっています﹂ 二人の宴 22 私は対外的な統治を、恐怖を軸に行うべきと考えていました﹂ そこまで言うと、デミウルゴス様はシャンパンを飲み干しグラスを置く。 ﹁この店のように、いつも驚きを提供してくれる場所が外にでもあるならば、ぜひとも加 ﹁カルーア・ミルクにございます﹂ てよくステアし、ココアパウダーで味をととのえる。 ので、クラッシュアイスをグラスに入れ、カルーアとミルクを3対7で合わせる。そし デミウルゴス様は、静かにグラスを傾ける。コキュートス様のグラスも空いたような ﹁ソウダナ、アインズ様ノ下僕モ魔獣デアリナガラ、新タニ武技ヲ身ニ付ケタナ﹂ ペッ ト ﹁それに育ててみれば成長という驚きを見せるものもいます﹂ に後ろの飲兵衛共には、静かに飲むように言い含めビールをピッチャーで出す。 キーをロック。合わせてミネラルウォーターをチェイサーとしてお出しする。ついで い。ならば、ゆっくり飲むものに変える。木の香りが鼻腔をくすぐるスコッチ・ウィス なかなか重い話となっているようだ。普段に比べデミウルゴス様の飲むペースが遅 ﹁ナルホド﹂ ようになりました﹂ 我々と同じように信奉による統治を検討しても良いのではないか。そのように考える ﹁しかし、アインズ・ウール・ゴウンの威光を理解し恩寵を受けるに値する者達であれば、 23 えたいところですね﹂ ﹁ソウダナ﹂ 菜、舞茸、しいたけ、ネギ。これを火の通りにくい順に鍋に入れていく。そしてポン酢 そこで、いわゆる﹁お一人様鍋﹂を準備してみた。昆布だしに日本酒、魚のアラ。白 さて、暦の上では冬。 視して入ってきて蹴りだしたことがあった⋮⋮。 は、どうにでもなる常連ぐらいなものだ。一度いつものヴァンパイアとワーウルフが無 を考え、アインズ様が来る時間は準備中の札を扉に掛けておく。これで入ってくるの 地獄の最高権力者。ふと1人になりたい時があるのかもしれない。そのようなこと 最近アインズ様がお忍びでよく来店される。 ****** なので、お酒や肴を少しづつ変化をつけてお出しする必要があるようだ。 急なお褒めの言葉にも、一礼をもって対応する。今日のお二人は長くお話されるよう ﹁お褒めいただき、光栄にございます。次はどのようなものをお出しいたしましょうか﹂ 二人の宴 24 といっしょにお出しする。それと先日、アインズ様でも﹁酔﹂を受けるバッドステータ スアイテムを復数下賜されたので、日本酒の八海山を熱燗にする。 鍋が空き一度さげさせていただき、固めに炊いたご飯と追加の出汁を入れ一煮立ち。 ﹁なんだ﹂ ﹁一点ご質問してもよろしいでしょうか﹂ その考えに、不敬にも昔の自分を重ねてしまう。だからこそ⋮⋮。 なった。だからこそ、格式など関係なく様々な食事を楽しみたいとおっしゃっていた。 られておらず、ごく最近になり口唇虫を利用することで味を楽しむことができるように アインズ様はオーバーロードということで骸骨のお顔である。随分長い間食事を取 ﹁わかった﹂ ﹁最後は雑炊にしますので、スープと具を少々残してください﹂ リスマを感じさせる。 感想は、言葉を重ねない率直なものが多い。しかしその一言はとても的確で支配者のカ れているあたり日本文化もご存知なのかもしれない。またアインズ様の食事に対する 日本酒を飲みつつネギ、舞茸などをゆっくりと食される。気がつけば箸で器用に食さ ﹁ああ、温まるな﹂ ﹁いかがでしょうか﹂ 25 とき卵を螺旋を描くように落とし雑炊を作りお出しする。 ﹁アインズ様はいつも美味しそうに食されておりますが、ときどきふと冷静というか覚 める瞬間があるように感じます。なにか粗相でもございましたでしょうか﹂ アインズ様が雑炊を食べつつ、すこし考えられる。 神作用無効がある。本来はテラーなど精神攻撃を無効化するものなのだが、普段の生活 ﹁そうだな。よく気が付いたと褒めるべきなのかもな。アンデットの種族スキルに、精 の中では一定以上の感情に抑制がかかり冷静になってしまうのだよ。その意味では抑 制がかかるほど、ここの料理は旨いという証左でもあるのだがな﹂ 食事が終わるころ、アインズ様はすこし自嘲されるようにお答えいただけた。 そう残念なのだ。せっかくの美味しいという感情が途中で強制的に抑制されている ﹁それは、光栄であると同時に残念に感じますね﹂ というのだ。料理人としては残念としかいいようがない。 能だと予想できる。 地獄の支配者が半日冷静でいられなくなる。とてもではないが、毎日の利用など不可 半日。 きるアイテムもあるが、効果時間が半日ほどだ。そうそう利用できん﹂ ﹁たしかに残念だ。心ゆくまで味わいたいと思うこともある。その枷を無くすことがで 二人の宴 26 ﹁厳しいですね。年に1・2回。なにかお祭りのような日ぐらいは⋮⋮しか思いつきま せん﹂ 妙齢の女性。 キ、サンドイッチなどを取られているようだが⋮⋮。 ず、食事もとらず、お仕事に邁進されていたようだ。最近になり紅茶やクッキー、ケー 調べて幾つかのことが判った。アルベド様は、本当に少し前まで全くというほど休ま アインズ様からアルベド様のことを聞いてから、厨房の者や副料理長に話を聞くなど ****** そう言うと満足そうに、アインズは外に出られたのだった。 ﹁いつでも最優先でご対応させていただきます﹂ ﹁ああ、そうだアルベドを誘いたいのだが良いか﹂ 時。 アインズはそういうと両手をあわせ、席を立つのであった。しかし扉に手を掛けた ﹁はい。ありがとうございます﹂ うか﹂ ﹁良い。そなたの料理は十分に私を楽しませている。それに祭りか。すこし考えてみよ 27 アインズ様の后候補。 お酒などはほぼ初めて。 アインズ様が招待する方。 初デートのラスト直前の飲み。その認識で良いのだろうか。 人間の感覚であれば、多少下心もあり酔ってから⋮⋮などと考えられるが、地獄では それこそ状態異常から回復した瞬間に﹁酔﹂はさめる。むしろアルベド様はサキュバス と伺っているから逆か アインズ様はアルベド様をエスコートし、カウンター席に座られる。 ﹁今日は頼む﹂ ﹁ようこそいらっしゃいました。アインズ様。アルベド様﹂ 姿に、私はバーテンダーにあるまじきことに一瞬見惚れてしまった。 えるものの下品にならないドレスと装飾の数々。一歩引きアインズ様に手を引かれる がアルベド様を連れて来店された。美しい黒髪、大きく肩を出し、腰や足のラインが見 準備が万端に整ったころ、扉が開かれる。そこには威厳の象徴ともいえるアインズ様 アインズ様より本日夜にと連絡があったので準備をすすめる。 そのようなことを、つらつらと考えながら数日が経過した。 ? ﹁本日はいかがなさいますか﹂ 二人の宴 28 私が声をかけると、アインズ様はアルベド様に顔を向けられる。それを受けてアルベ ド様は何も言わず小さくうなずかれる。この二人の間には言葉は不要なのだろうか。 ガラスの音とともに、二人だけの宴がはじまる。 ﹁乾杯﹂ ﹁乾杯﹂ お二人は静かにグラスを手にする。 す﹂ したので、紅茶を使わずにアイスティーの風味が楽しめる魔法のカクテルにございま ﹁ロング・アイランド・アイスティーにございます。紅茶を最近楽しまれていると伺いま 差し飾る。 スを組み合わせステア。最後に薄くスライスしたレモンとチェリーをカクテル・ピンで ン、ウオッカ、ホワイトラム、テキーラ、ホワイト・キュラソーなど多数の酒・ジュー 背の高い冷やしたコリンズ・グラスにクラッシュアイスをいれる。そしてドライ・ジ ないではないか。 アインズ様はやはり部下を使うのが上手い。このように期待されては、応えざるを得 ﹁かしこまりました﹂ ﹁まかせる。いろいろ趣向を凝らしているのだろう﹂ 29 ﹁あら、本当にアイスティーのような風味なのね、でも不思議な味わいだわ﹂ カクテルを飲みながらお話が進む。 ﹁ああ、紅茶を使っていないのは見ていたが⋮⋮。まさに魔法のようなカクテルだな﹂ 次の準備に入る。薄くスライスしたヒラメとタコに塩を振りしばらく冷やしたもの を取り出す。そしてレモンを絞りホワイトバルサミコ、オリーブオイルをからめる。色 合いにバジルとトマトをあわせ胡椒を振る。 そしてもう一品、新鮮な野菜スティックにバーニャカウダソースと岩塩を合わせて出 す。 みでバーニャカウダソースか岩塩を付けてお召し上がりください﹂ ﹁ヒラメとタコの冷製カルパッチョと野菜スティックにございます。スティックはお好 アルベド様はヒラメのカルパッチョを一切れを口にはこぶ。その濡れた唇はどこか 艶めかしく、アインズ様も食事よりもアルベド様を見られているようだ。その姿はまさ しく恋人の姿を心に止めようとする大人の男の姿であった。 ﹁でしたら﹂ ﹁そうか。私も1ついただくとするか﹂ ﹁さっぱりとした味わいね。あまり食べたことが無かったけど美味しいわ﹂ 二人の宴 30 アルベド様は、自然な動きでカルパッチョの一切れをフォークに差し、アインズ様の 口元にはこぶ。 じるのかもしれませんね﹂ ﹁アインズ様も、アルベド様という女性がいるからこそ、そのカクテルを甘くおいしく感 ジがあるのか、どこかぎこちない。 キールをアインズ様にお渡しする。グラスをかたむけるその動きは先ほどのダメー ﹁甘めの飲み口は女性の優しさ、その色は女性の唇。そんなカクテルにございます﹂ ﹁あら、赤が綺麗ね﹂ ﹁キールにございます﹂ 注ぐ。 そこでフルート型のワイングラスを出し、白ワインとカシスを5対1で絡めるように 気がつけばアインズ様はすでにカルパッチョを食され、カクテルも開いていた。 取り出したワインはコルトン・シャルルマーニュの白。そしてカシスリキュール。 を向ける。 アインズ様も一瞬呆けられる。私は、後ろの冷蔵庫からワインを取るべくお二人に背 ﹁あ⋮⋮﹂ ﹁どうぞ﹂ 31 ﹁そ⋮⋮そうかな﹂ ﹁男として羨ましいかぎりです﹂ そして静かに笑みを浮かべながら、シェイカーにウオッカ、ピーチ・リキュール、ブ ルーキュラソー、グレープフルーツジュース。そしてパイナップルジュースを入れシェ イクする。小気味良い音が静かな店内に響く。そのパフォーマンスはアルベド様もア インズ様も珍しそうに見られている。そしてオールド・ファッショングラスに大きめの 氷を入れシェイクした酒を入れる。 ﹁青か﹂ ﹁はい、古き海の色を題材にしたカクテル。ガルフストリームにございます﹂ 美しい青は海を白い泡は波を感じさせるカクテルをアルベド様にお渡しする。 ﹁グレープフルーツかしら、あとほのかな甘味があって飲みやすいわね﹂ ﹁パイナップルの甘味かと。海は男のものと古来より言われておりますが、その海を行 く船は女性の名前を冠します。男はいつまでたっても女性が近くにいないとダメな存 在なのかもしれませんね﹂ ﹁どんなに素晴らしい方でも男。美しい女性には勝てないことがあるものです。それが そういうとアルベド様は、口元を隠し静かに微笑まれる。 ﹁あら、私の隣の方はそんなダメな男ではないわよ﹂ 二人の宴 32 意中の方であればなおさら。ですよねアインズ様﹂ お二人だけの宴は夜遅くまで続くのだった。 り、永遠に残したいものだ。 ああ、素敵な女性と男性の幸せそうに酒を飲み言葉を交わす姿。その一瞬を切り取 ここまでくればバーテンダーは静かに給仕に徹するのが常。 話題が弾む。 アインズ様も、少し落ち着かれ波を掴まれたのだろう。 ﹁ああ、そうだな﹂ 33 キティ そろそろ年の瀬が見えてくる時期。 もっとも地下に存在するここでは、外の陽気はあまり関係ない。フロアごとに設定さ れた一定の温度であるため、冬だから寒いということもない。湿度も一定なので雨は降 らず、ともかく埃がたまるため時々ウォーターの魔法で水を撒いて洗い流す必要がある ぐらい変化が無い。 ﹂ そんなある日、アインズ様がお昼過ぎにお越しになった後、珍しくシャルティア様が ご来店された。 ﹁あら、副料理長は らっしゃる日だったのを思い出す。 そういえば、シャルティア様がはじめてご来店されて以来、決まって副料理長がい ﹁そうでありんすか﹂ ﹁本日は食堂の方を担当されております。いかがなさいますか﹂ ? ﹁畏まりました。こちらにどうぞ﹂ ﹁せっかく来たのだし、一杯だけ頂きましょうかえ﹂ キティ 34 そういうとシャルティア様をカウンター席にご案内する。 シャルティア様はどこかつまらなそうに肘をカウンターに突き、その白い指を口元に やり、静かに唇に触れている。 ﹁ふん﹂ さわしい一杯かと﹂ 世界最高峰のウォッカです。いわばウォッカの祖。 真 祖 たるシャルティア様にふ トゥルーヴァンパイア ﹁ヴィル・ヴァルゲ・ウォッカクラシックは、ウォッカの故郷といわれる地方で作られた ﹁シャーベットのような甘さと口当たりなのに、どこか懐かしい風味がありんす﹂ シャルティア様はオレンジ色に輝くフローズンに口をつける。 ﹁まるでお菓子みたいでありんすね﹂ ﹁マンゴーフローズンにございます﹂ スに注ぐ。上にミントを添えて、ティースプーンと一緒におだしする。 が砕け10秒程でスムージー状になったら、よく冷やしたソーサー型のシャンパングラ サーにジュースとウォッカを2対1で入れ、氷とフレッシュマンゴーをいれ混ぜる。氷 まずはマンゴージュースにヴィル・ヴァルゲ・ウォッカクラシックを取り出す。ミキ ﹁ん﹂ ﹁一杯だけとのことですので、珍しいお酒を準備させていただきます﹂ 35 シャルティア様は、軽くそっぽを向かれつつもグラスを傾けられる。 一杯だけということで、これ以上は私がおもてなしすることはできないが、いつかそ の横顔に似合うお酒をお出ししたいと感じるのだった。 ****** シャルティア様が来られた夜。 めずらしく常連が来ない夜だったのだが、ふと扉が開く。 ﹁いらっしゃいませ。セバス様。ツアレ様。カウンター席にどうぞ﹂ この店に来店されること自体が珍しいセバス様が、ツアレ様をエスコートしてあらわ れた。お二人は自然な雰囲気で手を繋ぎ席につかれる。 ﹁いかがなさいますか﹂ ﹁ツアレ、なにが良いかな﹂ ﹁セバス様と同じものが良いです﹂ ﹁では、甘く軽めの酒と合わせてつまみを頼む﹂ セバス様は当たり前のように女性の意見を訪ね、任されると女性の好みのお酒を注文 ﹁かしこまりました﹂ キティ 36 する。ああ紳士とはかくあるべきということだろうか。 まずワイングラスに特製の丸い氷を数個入れる。そしてボルドーワインのラトゥー ルをグラスの3割。その上からジンジャーエールをグラスの6割。ツアレ様にはワイ ンを少なめに。そして軽くステアしたあと飲み口にレモンを添える。 ﹁一度、料理を召し上がっていただきたいのですが⋮⋮よろしいでしょうか﹂ ﹁それは良かった﹂ ているんですよ﹂ ﹁はい。皆様よくしていただいております。最近は空いた時間に料理も教えていただい ﹁仕事には大分慣れてきたようですね﹂ する。 ズの盛り合わせをつくる。そして三種類のドライサラミにオリーブも合わせてお出し つまみにブリー、カマンベール、グラナパダーノ、そしてミモレットをカットしチー ﹁ああ、甘いのにさっぱりした味わいですね﹂ ﹁甘くて美味しいです﹂ セバス様とツアレ様は赤く透き通るグラスを合わせる。 い﹂ ﹁キティになります。子猫でも楽しめるワインという意味にございます。ご賞味くださ 37 ﹁ぜひ﹂ 女性をリードしつつ話題を引き出す。そのテクニックは一歩間違えるとイタリア男 だが⋮⋮。 ﹁ああ、グラスが空いてますね。甘口で別のものを﹂ この気配りである。 ﹁かしこまりました﹂ シェーカーを出し、ドライジンにウオッカ。そしてクレーム・ド・カカオのブラウン を1対1対1で入れ、リズミカルにシェイクする。その音は独特の音楽となり見るもの を引き寄せる。最後にアクセントにシェイカーを一回し、カクテルグラスに注ぐ。 ブラウンの液体が照明の光を吸い込み独特の色を醸し出す。飲み口が軽い割にはア ﹁ルシアンになります。カカオの甘さとお酒の香りをお楽しみください﹂ ルコールが高めなのが玉にキズだが、そのへんも含めてセバス様が対応されるだろう。 みればセバス様のグラスも空いていたので、ナポレオンをブランデーグラスに少量注 ぐ。そのあとグラスを回し内側を薄く濡らしマッチの火でアルコールを飛ばす。香り を立ち上らせたあと、再度注ぐ。 セバス様はグラスを受け取ると香りを楽しみ、一口だけ含まれる。そしてほっと静か ﹁ナポレオンのストレートになります﹂ キティ 38 に息を吐く姿は、壮年の男性だけが醸し出す色気がある。言葉などなくとも、その仕草 が私の評価となる。嬉しいかぎりだ。 その後も二人の逢瀬は続き、ツアレ様がほろ酔いになったころ、静かに退店されるの だった。 ****** 最近、アインズ様の食事に1人守護者が付き添いするパターンが増えてきた。 ローテーションなのだろうか。 そんなある日。アインズ様がひさしぶりにお一人で来店された。 ││││││家庭料理 さて今回は事前に日本の家庭料理とご指定いただいていた。 ており、普段は予約プレートを置くようになった。 奥のカウンター席にご案内する。すでに奥のカウンター席はアインズ様専用となっ ﹁うむ。今日もたのむ﹂ ﹁ようこそいらっしゃいました。アインズ様﹂ 39 普通のご飯にお味噌汁などもあるが、ふと自分がはじめて覚えた料理はなんだったの かを思い出す。たしか学生の頃、共働きの両親に代わり自分と妹の分を用意したとき ⋮⋮。 レタスにトマト、生ハム、コーンをあしらい胡麻ドレッシングをかけたサラダ。そし て 毎 度 お な じ み の 土 鍋 で 炊 い た ご 飯。今 回 は 固 め に 炊 く。そ し て 奥 の キ ッ チ ン か ら 持ってきたのは十分に煮込んだビーフカレーのルー。このルーは昨日から下ごしらえ をはじめたもの。クミン、コリアンダー、カルダモン、オールスパイス、ターメリック、 チリペッパーなど数種類のスパイスとヨーグルトにビーフ、クラッシュトマトを煮込み 一晩ゆっくりと冷ます。そして再度煮込んだため、スパイスの角の強さは抜け、複雑な 旨味に変える。 鍋を開けた瞬間、なんともいえないスパイスの香りが店内を覆う。固めに炊いたご飯 にかけると、素早くルーを吸い込む。付け合せには小皿に福神漬けとらっきょを出す。 そして飲み物は黒ビールのシュバルツとミネラルウォーター。 ﹁ありがとうございます。今回はそれほど辛くはしておりませんので、ぜひご感想をお ﹁ああ、香りだけで旨いと感じられる﹂ ﹁カレーライスに和風グリーンサラダ。それとシュバルツにございます﹂ キティ 40 聞かせください﹂ どうやら気に入っていただけたようだ。 アインズ様は器用にスプーンを持たれ一口。そしてまた一口。 途中でスパイスの辛さが舌に来た頃、よく冷えた黒ビールが癒やす。そしてサラダが 柔らかく味を変える。 ﹂ ? ﹁かしこまりました﹂ ﹁いや9名だ。細かいことはあとで伝えるが基本は任せる﹂ ﹁アインズ様の他に10名様ですね。机を片付けビュッフェ形式なら可能かと﹂ ﹁ここなら、そうだな私と階層守護者にセバスぐらいだろうか﹂ ﹁お任せください。人数は ﹁そういえば、今度ここで忘年会をと考えているのだが可能か﹂ 感慨深いのだろう、そのあと静かに完食されたのだった。 ﹁この一皿にも歴史があるのだな﹂ け、味の深みが生まれたのでしょう﹂ と並んで日本の国民食と親しまれ、逆に輸出されるようになった料理です。歴史の分だ ﹁カレーライスは、インド料理を本にイギリスで生まれ日本で進化したもの。ラーメン ﹁カレーとはこんなにも複雑な味だったのだな﹂ 41 キティ 42 そういわれるとアインズ様は執務に戻られるのだった。 アインズ様と守護者の方の忘年会ですか。思わぬ大役に身が引き締まるとはこの事 なのだろう。 問題はアインズ様が帰られた後もカレーの匂いが残ってしまい、気が付けばいつもの ヴァンパイアとワーウルフに、残り物のカレーを使ったドライカレーを食べさせること となってしまったことだろうか。 エビスビール アインズ様から忘年会の注文を頂いた翌日。 まず副料理長に事の顛末を報告し、今後について相談をする。副料理長はいつも通り ダンディな仕草で、君が受けた仕事なのだからそのまま完遂しなさいと言われた。無論 当日や準備の手伝いはするがメインを張れということだ。 普段から1人で切り盛りする事もあり、責任ある行動は求められていた。しかし、今 回は普段と比較にならない大役。不安になると同時にチャレンジ精神が胸の奥から湧 き上がるのを感じるのだった。 そんな日の夕方、常連のヴァンパイアとワーウルフが本当の意味で山盛りのポテトを 貪り食いながらビールを飲んでいる傍ら、忘年会のフロアレイアウトや出す料理を3パ ターン程作る。 検討が一段落ついたところ、珍しいお客様が来店される。 ﹁お好きな席にお座り下さい﹂ ﹁あ∼ら。私の名前をちゃぁんと覚えてるなんて、いい子ねん﹂ ﹁いらっしゃいませ。ニューロニスト様﹂ 43 ブレインイーターのニューロニスト・ペインキル様は、見た目こそクトゥルフ系マイ ンドフレイヤーだが、話せる御方である。ただ、どうも一部の方とは相性が悪いらしく なかなか大変だが。 ﹁本日はいかがなさいますか﹂ ねがいするわん﹂ ﹁今日は愛しのアインズ様とお話出来てちょ∼っと機嫌がいいから、美味しいものをお ﹁かしこまりました﹂ ニューロニスト様をカウンター席にご案内する。 まずは、黒ビールのシュバルツ。そしてアイスバインとマッシュポテトをお出しす る。 ﹁シュバルツにございます。先日アインズ様もお飲みになられ、美味しいとおっしゃら れておりましたので﹂ そういうと、ニューロニスト様はジョッキを持ちあげ飲み始める。よく見れば爪にネ ﹁あら、よくわかってるじゃない。そんな気配りは素敵よん﹂ ﹂ イルアートが施されており、その1つはアインズ様のようにも見える。なにげに器用 だ。 ﹁あら、ネイルアートが気になるのん ? エビスビール 44 ﹁なかなかセンスの良いデザインですね。アインズ様でしょうか﹂ それを聞くと二人は、残り物を掻っ込み追い立てられる羊のように退散したのだっ ﹁あ∼ら、私が楽しく飲んでるのを邪魔しちゃってん。お部屋に招待しちゃうわよん﹂ ら二回目で終わるか、三回目に蹴り出すかなのだが、今日はいつもと違った。 を持っていき少し静かにするよう2人に話をするも、しばらくすると元に戻る。普段な しかし、気が付けばテーブル席の常連の声が次第に大きくなっていく。ビールの追加 そして気がつけばシュバルツがなくなっているため、次のお酒を出す。 いとか。なかなか業が深い。 この方のアインズ様愛はなかなかのもの。女性的なしゃべり方だが、聞けば性別は無 ﹁アインズ様は至高を冠するにふさわしい御方。ストイックさはその魅力の現れかと﹂ ねん。ああ、でも今のストイックなお姿も素敵よん﹂ ﹁ほんとに、アインズ様も貴方ぐらい細かいところに気が付いてくださると嬉しいのよ 大変なのだ。まさしく気分屋の大きな猫のような一面がある。 うだった。普段は何も気にしないおおらかな性格のくせに、こだわりを変に刺激すると はなかなか気が付くことが難しいところを褒めて欲しい生き物である。生前の妻もそ 女性というものは、今日は髪型を少し変えた、すこし痩せたなどなど、世の男どもに ﹁うふふ、そうよん﹂ 45 た。 ﹁お手数をお掛けしました﹂ ﹁気にしないのん。私も静かに飲みたかっただけだからん﹂ ﹁かしこまりました﹂ そんなニューロニスト様のために、チェリソーの盛り合わせを作る。 ソルティドックから始まり10数杯、アインズ様について熱く語りつつ飲まれた後、 楽しそうにスキップしながら店を出られるのだった。 ****** 時間にすれば朝方。 下ごしらえは終わり、店を閉めた後は奥の小部屋で3時間ほど眠ろうかと考えていた ところ、お客様が来店される。 カウンターにスラリと背筋を伸ばし座るお姿は、まさしくプレアデスの副リーダー。 様が初めてではない。むしろ最初はユリ様向けの対応だったのだ。 ユリ様が、中に入られるのと合わせて準備中の札を下げる。この対応は何もアインズ ﹁ようこそいらっしゃいました。ユリ・アルファ様﹂ エビスビール 46 気の強そうな瞳と眼鏡はその容姿と相まって、知的な出来る女性を感じさせる。 ﹂ ! ﹁口調かた∼い﹂ ﹁ユリ姉さん。なにか食べるかい﹂ ? これである。 ﹁冷蔵庫に保存したのがあるよ。すこし待ってて﹂ ﹁この間つくってくれた、煮物とかある ﹂ ﹁ユリ姉さん。なにかご希望はございますか﹂ ﹁ユリ姉さん ﹁なにかご希望はございますか、ユリ様﹂ ﹁ぷは∼。あ∼この1杯のために生きてる﹂ ユリ様は、ジョッキを無言で煽り半分程度まで一気飲みされる。 ﹁どうぞ﹂ る。お通しとしてザワークラウトをお出しする。 氷結させた大ジョッキを取り出す。そしてエビスビールを並々と注ぎ、最後に泡を作 ﹁かしこまりました﹂ ﹁いつものを﹂ ﹁いかがなさいますか﹂ 47 ユリ・アルファ様はけして私の姉ではない。しかしお酒を飲んで気が抜けると、こう なるのである。私もバーテンダーとしての意地があり、基本どのような方でも仕事中は 様付けで対応する。ヴァンパイアとワーウルフ以外⋮⋮。そのため頑なに拒否させて 頂いたこともあったが、駄々をこね、最後にはむくれて泣き出してしまったので諦める ことにした。 さて、冷蔵庫と呼んでいるが、どうみても中に入れたものは時間が止まっている無駄 に高性能なコレから、一度冷やした煮物を取り出す。ちなみに熟成させたいときは、別 の本当に冷やすだけの冷蔵庫を使う。 さて煮物は里芋、れんこん、人参、こんにゃく、豚肉、昆布巻き。これらを甘辛く煮 て一度冷まして味をすわせたものである。温めるのには時間がそこそこ掛かるため、そ の間に、下味をつけた大根をレンジで温める。 ﹁ユリ姉さん。煮物にはちょっと時間がかかるから、その間に即席のふろふき大根でも どうぞ﹂ そう言うとユリ姉さんは、ふろふき大根を食べ始める。 女の面影はどこに行った。まあ、こんな笑顔も可愛いのだが。 蕩けそうな笑顔で、おいしそうに大根を食べビールを飲む。うん。先程までのできる ﹁ん∼おいしい﹂ エビスビール 48 さてユリ姉さんが食べている間に煮物が温まったので、器に盛りお出しする。 あるが、基本飽きずにビールである。 ﹁ねえさん。めざしとか、イカ炙ったら食べる ? 意味である。だから、このビールを飲んでデレデレな姿も、酔っているからでなく、普 〟枠〟とは﹁ざるでも水滴はひっかかるが、枠ならそんな箇所さえ存在しない﹂という 装備した状態であっても、〟ざる〟を通り越して〟枠〟であるため酔わない。ちなみに ビール片手にめざしを食べるユリ姉さんだが、 ﹁酔﹂の状態異常を受ける呪アイテムを ﹁はい、イカとめざしの炙り。お好みで七味マヨネーズね﹂ してまた焼く。その間に小皿にマヨネーズを盛り七味をふる。 しを乗せる。煙は風の魔法で外に。いい感じに火が通り焼き目がついたら、ひっくり返 わり、熱を生み出す。そこに日干ししたイカを食べやすいサイズに切ったものと、めざ そんなわけで、小さな七輪を出し、炭を炊く。魔法で種火を起こすのですぐに火がま ﹁あ、おねがい﹂ ﹂ を追加する。ユリ姉さんは、ひたすらビールの人である。最後に別のを少し飲むことも 煮物を食べつつ、可愛く返事をする。気がつけばジョッキが開いているので、ビール ﹁は∼い﹂ ﹁はい。煮物だよ。味が濃いから一気に食べないようにね﹂ 49 お仕事の方は﹂ 段の緊張から開放されているから⋮⋮なのだそうな。 ﹁どう ﹂ ? ﹁は∼い。あっビールもう一杯﹂ ﹁まあ、今はプライベート。ゆっくり休憩していってね﹂ ﹁そんな事ないわよ。アインズ様にお仕えするプレアデスは、このぐらい当然のことよ﹂ ﹁ユリ姉さんが頑張りすぎているんじゃない ﹁ん∼。妹達は可愛いのはいいけど、もうちょっとまじめに仕事してほしいのよね﹂ ? ここはBARナザリック。こんな日もあるのだ。 事を再開することとなった。 リ様は最後にキリッとした姿になり、仕事に戻られるのだった。そして私は睡眠0で仕 そう言ってビールを追加する。このゆったりとした空間は約2時間ほど続いた。ユ ﹁はい﹂ エビスビール 50 ︻本編完結︼人外の楽園 アインズ様からいつものように予約のご連絡が来た。 よくよく考えれば、守護者統括のアルベド様やメイドの方々から連絡がくるなら分か るなら、アインズ様は基本自分でご連絡される。なにか意味があるのだろうか。 さて今回もお1人で、可能なら1・2時間ゆっくりすごしたいとのこと。そこで夜の 少し遅い時間を調整させていただく。アインズ様も仕事が一段落つき、店の方もその時 間までに他のお客様が退店するように段取りすることとなった。丁度忘年会のプラン も何パターンかできたのでご相談もさせていただくことをご了承いただく。 その夜。 いつも通り威厳あるローブ姿で来店されるアインズ様をお迎えする。しかし、若干普 段と雰囲気が違う。固い。疑惑。思い悩む。結論はわからないが、そうであることを頭 の片隅に置く。 普段は来店されるとすぐに奥のカウンター席に座られるのだが、だれも居ない虚空に ﹁うむ。あとエイトエッジ・アサシン。今日だけは店の外の表・裏口で待機せよ﹂ ﹁ようこそいらっしゃいました。アインズ様﹂ 51 声を掛けられるのだった。そして驚くことに、その方向から声が帰ってきたのである。 ﹁しかし⋮⋮﹂ しばらくすると姿は見えない存在が出て行ったのだろう。扉が締り店内に静けさが ﹁これは命令である。店の出入り口を抑えればよかろう﹂ 戻ってくる。 ﹁あの、大変申し訳ありませんが、先ほどの方々は⋮⋮﹂ ﹁ああ、あの者達は護衛である。普段は1人で来ているようでも、最低限の護衛がついて いたのだ﹂ ﹁お答えいただき、ありがとうございます﹂ 考えれば地獄の最高権力者。 透 明 に な る こ と が で き る 護 衛 が 居 て も 不 思 議 で は な い ⋮⋮ と 納 得 す る こ と に し た。 むしろ普段、護衛に食事も出さず、目の前でお預け状態の飯テロをしていた事実のほう が私には問題だったのだが。 そして水を6割いれてステアしお出しする。 アインズ様のオーダーに対し、まず千年の孤独を取り出し、氷を少々、グラスに3割。 ﹁かしこまりました﹂ ﹁さて、一杯貰おうか。焼酎はなにかあるかな。カクテルなどでなく水割りで﹂ 【本編完結】人外の楽園 52 アインズ様は受け取られると、グラスを傾けられる。しかし、焼酎など自分は一度も 出したことがないのに指定される。はて⋮⋮。 ﹁質問だが、なぜ日本料理をはじめ、それほどまでに酒や料理を再現できるか﹂ 務を忘れ跪きたい衝動にかられる。 強烈なオーラこそ発しておられていないが、やはり強い畏怖の念を感じさせるお姿に職 手を止め、アインズ様の正面に背筋を伸ばし立つ。世界征服宣言をされた時のような ﹁はい、その通りにございます﹂ だな﹂ よる水や酒、スープなど液体を作る能力。インキュバスとしての申し訳程度の能力だけ ﹁お前の能力は近接格闘スキルや料理スキル、バーテンダーなど接客スキルあと魔法に たぶん、護衛を外させたことにも関係するのだろう。 ﹁胸の内に秘めさせていただきます﹂ ﹁あと、支配者にふさわしくなく、滑稽な話をするだろうがそのことも⋮⋮﹂ だから、それは墓まで持ってゆけということなのだろう。 お客様との会話は基本外に出さないのは鉄則。その上でアインズ様が言明されるの ﹁かしこまりました﹂ ﹁今日、ここで話すことは私以外に漏らすことは許さん。良いな﹂ 53 ﹁この仕事を専任させていただいているため、スキマ時間をつかって研鑽をさせていた だいているからにございます﹂ 者は居ないはずだが﹂ ﹁では先ほど焼酎といったが、すぐ対応できた。すくなくともナザリックで焼酎を知る なるほど。この質問が本命の1つですか。無論誤魔化す事もできる。しかし、嘘を付 くということはばれないことが前提である。この仕事をする以上、言わないという選択 肢はあるものの、嘘は全てを狂わせる。なにより、最高権力者に嘘を付くことなど出来 はしない。 ﹂ ﹁滑稽なお話かもしれませんが、私がインキュバスとして創造された時から、各種料理や お酒などの知識を持っておりました﹂ ? リアルの世界の情報とい ﹁では、日本などリアルの世界のことをそれほど詳しく知っているのはなぜだ ここは死後の世界の地獄ですよね ? ? ﹂ ﹂ ? らない。 情報の行き違いがあることが分かる。しかし、どんなことが間違っているのかが分か ﹁はい ? ﹁え うのは、あくまで生前の記憶が残っていたということかと思っていたのですが﹂ ﹁リアルでございますか 【本編完結】人外の楽園 54 気がつけば焼酎がなくなっているので、同じものをお出しする。合わせて、ミックス ナッツをお出しする。 異世界転移 ことは事実か﹂ NPC ? て割り当てられた仕事がバーテンダーであり、生前の知識を活用しつつ生活をしてい ﹁お前の主観では、日本人として一度死んだ。復活したらインキュバスであった。そし なかなかファンタジーな単語が。 ? かれていたのかはわからないか。管理画面に名前が表示されていたから、NPCである ﹁本当に死後の魂が異世界転移の時にNPCに入り込んだのか。設定に転生者として書 アインズ様は静かに耳を傾けられ、時折驚かれるような仕草をされる。 こともそのため知っていることなどを、掻い摘んでお話した。 め料理やお酒を知っているし作ることができること。アインズ様がおっしゃる日本の で約数十年程この店で働いていること。創造された時から、生前の経験や記憶があるた 私が日本で生き2060年頃死んだこと。その後インキュバスとして創造され体感 若干生返事のアインズ様に、私は嘘偽りなくお伝えする。 ﹁ああ﹂ ﹁私の認識をお話してもよろしいでしょうか﹂ 55 る。ということか﹂ ﹁はい﹂ ﹁次の質問を答えよ。最悪回答次第ではお前の記憶を操作する﹂ ﹁かしこまりました﹂ 私はそのギルドのプレイヤーでありギルマスだった。お前はギルドメンバーであるプ ﹁もともとこのナザリック地下大墳墓はユグドラシルというゲームのギルドであった。 レイヤーによって、ギルド内のNPCとして作成された。しかし今年の夏。ユグドラシ ルのサービス終了のタイミングで発生した異世界転移の後、私も含めてお前も今の存在 となった。そのように言われて納得できるか﹂ ﹁若干現実感はありませんが、納得できます﹂ ﹁なっ⋮⋮﹂ よく考えても問題がない。 しかしアインズ様はその回答が意外だったのだろう。すごく驚かれているのがわか る。 ﹁納得できます。私の主観としては一度死んでいるのです。それこそ、死後の夢なのか だと言われているのと同じなのだぞ﹂ ﹁お前は少し前まで、命のないゲーム内のデータの固まり。人形のような存在だったの 【本編完結】人外の楽園 56 胡蝶の夢なのか、正直いえばわかりません﹂ カウンターの裏においた水を一口。 やけに冷たく喉を流れる。 その後アインズ様はいろいろお話いただけた。まさか年下でさらに未来の青年だっ そういうと私はアインズ様に一礼する。 ﹁はい﹂ ﹁⋮⋮そうか﹂ がアインズ様の癒やしとなるならば本望にございます﹂ ﹁もし、アインズ様のことをお話いただけるならば、受け止めさせていただきます。それ らないが、しかし根底に日本人としてのナニカが今でも息づいているのだろう。 くそのままの意味だったのだろう。なにが理由で今のアインズ様になったのかはわか ここまで話せばわかる。以前感じたアインズ様の仕草に日本人を感じたのは、まさし ﹁お前は⋮⋮﹂ としても﹂ れる今こそが全て。一日一日を精一杯生きましょう。それがたとえ仮初の命であった とときの癒やしを得て欲しいという望みは私の発露。であるならばその願いが叶えら ﹁至高の御方、いやプレイヤーへの忠誠は定められた思い。しかし皆様に、酒と料理でひ 57 【本編完結】人外の楽園 58 たとは⋮⋮。 ************************** 12月31日 ナザリック地下大墳墓でも、特別な日となる。 18:00 店にはアインズ様をはじめ、アルベド様、シャルティア様、コキュートス様、アウラ 様、マーレ様、デミウルゴス様、ヴィクティム様、セバス様、パンドラズ様をお迎えす る。 店の配置を大きく変え、9名が座るロングテーブルを準備する。机は美しいテーブル クロスで飾られ、その上には花を模した氷細工が置かれる。無論溶けるなどと無粋なこ とはなく、そのあり方は不変。ナザリックの華やかな席を飾るにふさわしいものであっ た。 また店内はいつも通りジャジーなBGMが流れる。先日アインズ様より教えられた ことだが、どうやらユグドラシルのBGMのJAZZアレンジだったそうな。 なずかれる。 アインズ様が厳かに宣言する。守護者の皆様もすでにご納得なのだろう。静かにう ﹁許す。本日は無礼講である。私も多少の醜態は晒すだろうからな。皆のもの許せ﹂ まで楽しんでいただくため、このアイテムを利用させていただくこととなりました﹂ 同時にあらゆる楽しみも奪い去ることとなります。そこで本日はアインズ様に心ゆく 的高揚さえ抑え込む状態にございます。それは常に冷静沈着であることを示しますが、 ﹁アインズ様より事前にお話があったと伺っておりますが、ステータス異常無効は、精神 今回は別の意味合いで使わせていただく。 取り出したのは完全なる狂騒。もともとステータス異常無効対策アイテムなのだが、 ﹁皆様。本日の会をはじめるにあたり、このアイテムを使わせていただきます﹂ の様相は不吉なたとえであるが、神の子を囲む最後の晩餐のような荘厳さがあった。 アインズ様が上座となり守護者の皆様は席次に従い席につく。見るものが見れば、そ アインズ様よりお言葉を賜り深く頭をさげる。 ﹁かしこまりました﹂ ﹁うむ。今日はたのむぞ﹂ ﹁ようこそいらっしゃいました皆様﹂ 59 私を含む、無冠のメイドと副料理長が皆様の机にルイ・ロデレールクリスタル・ロゼ のシャンパンを配る。その後、メイドたちは完全なる狂騒をもち待機。 至高なる最高権力者のアインズ様にお願いいたします。アインズ様どうぞ﹂ ﹁では、これよりナザリックの忘年会を開催させていただきます。乾杯の音頭を我らが ﹁うむ。ではナザリックに栄光を。乾杯﹂ ﹁﹁﹁乾杯﹂﹂﹂ 皆 様 の 乾 杯 の 声 に 合 わ せ て、一 斉 に、パ ン。パ ン。と 完 全 な る 狂 騒 が ど う み て も ク ラッカーのような音をたてて引かれる。 ﹁ああ、なんと美味いのだ。感情の抑制がなければ、ここまで味を楽しむことができたの だな﹂ 心に冬が旬のものをお出しする。とくに林檎やオレンジは飾り切りをして、華やかさを さて、今回はカットフルーツの盛り合わせ。磨いた苺や林檎、オレンジ、ぶどうを中 ば、完成されたカクテルの1つとも言えるのだ。 て出されているが、実態はピノ・ノワールとシャルドネのセパージュされたもの。いわ アインズ様とデミウルゴス様が味の感想を語られる。クリスタルはシャンパンとし かし口あたりが軽い﹂ ﹁口に含んだ瞬間に広がる強い香り。しかし舌と喉のなめらかに流れる甘美な風味。し 【本編完結】人外の楽園 60 演出する。 ﹁どうした。シャルティア。酔うには少々早くないか﹂ と言わんばかりに静かに回答する。 シャルティア様が金切り声をあげ、席を立たれる。しかしアインズ様は何も無かった ﹁あ⋮⋮あ⋮⋮アインズ様ァァァ何を﹂ 戻られる。しかし、その姿をみていたのは私だけではなかった。 アインズ様の言葉に、アルベド様もニッコリを微笑まれ隣に座るマーレ様との会話に ﹁ああ、たしかに旨いな﹂ シャンパングラスを置き最近なれたのか素直に食べる。 アルベド様は自然な動きで、鴨の一切れをアインズ様の口元に運ぶ。アインズ様も ﹁アインズ様。この鴨とてもおいしいですよ﹂ ねぎにバジルのアンチョビ。 ダをお出しする。そして鴨の燻製のスライスにオリーブの付け合わせ。サーモンと玉 サラダだが、エビとクルトン、レタスに玉ねぎ。チーズを多めにかけたシーザーサラ ティム様にはメイドが一名専任でフォローしている。 コ キ ュ ー ト ス 様 と ヴ ィ ク テ ィ ム 様 が フ ル ー ツ に 手 を 伸 ば さ れ る。ち な み に ヴ ィ ク ﹁イツニモマシテ、美シイフルーツダ。食ベルノヲ戸惑ッテシマウナ﹂ 61 ﹁先ほどのはいったい﹂ ﹁ああ、鴨だな。深い味わいなのにサッパリとしてうまかったぞ。ああシャルティアに 鴨の追加を﹂ ﹁かしこまりました﹂ どんどん小声になるシャルティア様。アインズ様は気付かず美味しそうにオリーブ ﹁いえ⋮⋮そんなことでは﹂ とアンチョビを召し上がりつつ、隣のデミウルゴス様と日本酒について語られているよ うだ。最近はお二人共日本料理を楽しまれているからだろうか。 私は鴨をシャルティア様の近くに置くきつつ小声で話しかける。 ﹁騒がれては心象がよろしくないかと。そこで⋮⋮です。いかがでしょうか﹂ ﹁わかったでありんす﹂ だされた鴨を食べずに小声で話しているシャルティア様を目ざとく見つけたアウラ 様が たミートパテ。柔らかく煮たあと出汁を染み込ませた大根に火を軽くとおしたフォア さてメインが始まる。まずはバケットをスライスしたものに、数種類のハーブをまぜ ﹁ちょっ。その鴨は、わざわざアインズ様が私のために﹂ ﹁シャルティア。食べないなら私が食べてあげるよ﹂ 【本編完結】人外の楽園 62 グラをのせ、同じく出汁で煮たアスパラを添える最後にフォアグラに火を通した際にで た油と醤油、塩、日本酒で味を整えたソースをかける。そして日本酒の黒龍をお出しす る。 ﹁このシャトーブリアンはこのワインに合うな。アルベドもどうだ﹂ けして相性がよろしくない二人だが、楽しい場のために一時休戦でしょうか。 ンを加えライムをしぼったものを持ち、デミウルゴス様とセバス様が乾杯されていた。 メインが終わり、デザートや飲み足りない方向けの時間となる。先ほどテキーラにジ ちはわかる。創造主よこの能力を授けていただきありがとうございます。 いつも新たな味に、敏感に反応されるデミウルゴス様さえ静かに食される。その気持 皆様、日本酒を飲みつつフォアグラを楽しまれる。 ございます。ナザリックの新たな時代の幕開けにふさわしい一品かと﹂ ﹁こちらの日本酒は、千年以上もの長きにわたり続く尊き家に奉じられたというお酒に ティア様はアインズ様にお酌をする。 皆様の席にお届けする。そしてお酒をそそぐ。そしていつのまにか席を立ったシャル 皆様はさすがに見たことない料理に驚かれているようだ。メイドたちが、おちょこを る日本食風にした料理にございます﹂ ﹁メインは世界三大珍味といわれるフォアグラを、最近アインズ様がお気にめされてい 63 アインズ様は、先ほどから凄いペースで飲まれている。酔っているのかもしれない。 自分のフォークで一切れをアルベドに。 そういうと過剰反応せず、小さく微笑まれる。あ、アルベド様酔ってませんね。 ﹁あ∼ん。あら美味しいですね﹂ 対抗馬のシャルティア様はと言うと。 ﹁やっぱり私なんて、ダメ守護者なんだわ∼﹂ ﹁あーほら、シャルティア。涙拭く。このモンブランケーキもおいしいよ﹂ なぜか泣き上戸状態。それを必死になだめるアウラ様。マーレ様というと。 ﹁これも美味しいよ﹂ ヴ ィ ク テ ィ ム 様 に ひ た す ら ご 飯 や ら つ ま み を 食 べ さ せ ま く っ て る。と い か ヴ ィ ク ティム様の体積越えてそうで、すでに無言なんですが。マーレ様酔ってます そしてコキュートス様は、 ニックを大ジョッキでですか。かしこまりました。 パンドラズ様はスタートからひたすら無言で飲み続けてますよね。えっ次はジント ? なぜいる恐怖公様。最初いませんでしたよね。アインズ様は気にされてないような ﹁ここの酒は毎度すばらしいですね﹂ ﹁サスガ恐怖公。素晴ラシイ飲ミップリダ﹂ 【本編完結】人外の楽園 64 ので、私も気にしません。普通に注文対応にまわりましょう。 因みに恐怖公様は常連です。眷属が近づかないようにさり気なく対応していただい ております。さらに残飯も含め定期的に運んでもらってます。もっとも常連と知って いるのは、私とヴァンパイアとワーウルフだけですが。副料理長は見て見ぬふりをされ ておいでです。 ****** ﹁はい。アインズ様﹂ 隣で微笑むアルベド様は静かに頷かれる。 ﹁私は家族を手に入れられたのだな﹂ アインズ様は静かに飲んでいたワインを置き、騒がしいが温かい喧騒をながめる。 ﹁はい。家族です。仲間と同じ様に掛け替えのないものを手に入れられたのです﹂ ﹁家族⋮⋮か﹂ ﹁ようなではございません。ここの方々は皆様家族ではございませんか﹂ ﹁ああ、素晴らしい一時だ。仲間がいた時のような、心の何かが溢れるような﹂ ﹁アインズ様。いかがでしょうか﹂ 65 【本編完結】人外の楽園 66 1月1日 準備中の札をかけ店で一人、酒を飲んでいる。 泡盛の瑞泉30年古酒。重厚な味わいに対しツマミはマグロとカンパチの刺し身。 忘 年 会 も お わ り 年 は 明 け た。ふ と 一 人 に な る と ア イ ン ズ 様 と の 問 答 を お も い だ す。 あのように答えたものの、自分がプレイヤー作のNPCだったとは。 自分の記憶とは 存在とは ? 気がつけば、自分が何を考えていたのかわからなくなる。 クの肉を取り出し、ステーキにして食わせる。 とりあえず山盛りのソーセージを作り食べさせる。ついでにとっておきのA5ラン 私の考えなどを無視して、いつも通りに騒ぐ。 昨日はどうだった。誰々がここに居た。やはりアルベド様はうつくしい。などなど か私も交えて乾杯するのだった。 ず、適当なビールをカウンターの内側から勝手に取り出しグラスに注ぐ。そして、なぜ 本来であれば、飲むのを中断し対応しなければいけないのだが、この2人は何も言わ そんなとき、常連のヴァンパイアとワーウルフが、看板を無視して入ってくる。 なかなか哲学的な問いになりそうだ。 ? 67 それに気が付いた時、二人肩を組んだヴァンパイアとワーウルフがドヤ顔で親指をあ げてきた。なんとなくムカついたが、今日だけは蹴りださずに即興のカクテルを作って 飲ませるのだった。 ここはBARナザリック。 人外の者共の楽園である。 サプリメント サプリメント0 TRICK or TREAT 本編が速攻12月に入ってしまったため、書くことができなかったネタ。 ****** 15:00 昼食を取る方々が仕事にお戻りになり、片付け一段落ついた頃。 店の扉が勢い良く開け放たれた。 ? した。 ﹁おやつくれないの ﹂ ここにもハロウィンの文化があったのね。長く仕事をしていましたが、初めて聞きま 様。 扉を開け放ち両手を上げアピールされているのは、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ うがよろしいかと。この時間でしたら副料理長もあちらに居らっしゃいますし﹂ ﹁ようこそ居らっしゃいましたエントマ様。お菓子でしたら、食堂の方に向かわれたほ ﹁TRICK or TREAT オヤツくれないと、いたずらしちゃうぞ∼﹂ サプリメント0 TRICK or TREAT 68 小首を傾げられながら、こちらを見るエントマ様。蜘蛛人のため顔は擬態ですから表 情こそ変わりませんが、その残念そうなお声を聞くと、どうも生前の孫を思い出し甘や かしたくなってしまいます。 さて取り出したペーストに軽く煎ったクルミを混ぜる。そして型に流し込み、アーモ エントマ様もジュースを飲みながら珍しそうに見られている。 ﹁うん。味もいいけど、あのカリっとした歯ごたえも好き﹂ ﹁エントマ様。クルミやアーモンドはお好きですか﹂ ものを、いつもの時間の止まった冷蔵庫から取り出す。 るったボールに混ぜる。そしてラム酒、溶かしたバターに塩を加えてペースト状にした 卵にグラニュー糖を加え泡だてたものを、ココアに薄力粉、ベーキングパウダーを振 デザート用に準備した素材があるので、今回はそれを使いましょう。 ﹁うん。なんでも食べるよ∼﹂ ﹁エントマ様はお酒とか大丈夫ですか﹂ レなので、氷を入れたオレンジジュースをお出しする。 エントマ様は店に入るとちょこんとカウンター席に座られる。ただ待たせるのはア ﹁うん﹂ ﹁では、今からお作りします。席について少々お待ち下さい﹂ 69 ンドスライスを表面にならべる。それをオーブンにいれ180度で25分程。 ﹂ ﹁さて、あと25分程焼けば、ラム酒とクルミをつかった美味しいブラウニーができま す﹂ ﹁そんなに簡単にできるんだ∼﹂ ﹁ご同僚やお友達をなどをお呼びすることもできますが ﹁うん。⋮⋮メッセージで呼んだよ。すぐ来るって﹂ ? ああ、それと ? るのは、私と副料理長ぐらいですし。 しかしあの酒を飲んだ時の状態は、あの性格なら隠しているだろう。あの姿を知ってい ア イ ン ズ 様 も 最 近 良 く ご 来 店 く だ さ る よ う に な っ た。ユ リ 姉 は も と も と 常 連 で す。 ﹁そうでございますか。それは光栄なことです﹂ からぁ﹂ ﹁アインズ様がここのご飯おいしいっておっしゃってたし、ユリ姉も同じこと言ってた 私の記憶ではエントマ様がこちらに来られたのは初めてかと⋮⋮。 ﹁そういえば、どうしてこちらにいらっしゃったのですか ﹂ ということは、結構甘いお菓子ですので、紅茶の準備でもしましょうか。 ﹁かしこまりました﹂ サプリメント0 TRICK or TREAT 70 さて、とりとめのない話をしていると、オーブンから芳ばしい香りが漂いはじめる。 ウニーを食っている。いつの間にきた。 しかしなぜ、ヴァンパイアとワーウルフが紅茶を優雅に飲みながらテーブル席でブラ あしからず。 さい。ここはBARであってスイーツ自慢のCafeではないので。 それ以降、エントマ様がたびたびお菓子をねだりに来るようになったのはご勘弁くだ 楽しんでいただけたようで何より。 遽特製のドリンクを準備をすることとなったが、皆様美味しそうにブラウニーと紅茶を ユリ様にシズ様、ソリュシャン様にペストーニャ様がいらっしゃった。シズ様用に急 しばらくすると騒がしい声とともに、メイドの方々がいらっしゃる。 そして皿の準備などをはじめる。 しめますから﹂ ﹁ブラウニーは冷めてからでも美味しいですが、焼きたては、それはそれで別の風味を楽 ﹁う∼ん。美味しそうな匂い﹂ ﹁あと少しで焼けますね﹂ 71 サプリメント1 お刺身定食 ぐらい楽しそうに食事をされている。 いこなすに至ったデミウルゴス様とアルベド様の日は、小躍りしている姿が幻視できる ンを図る。という名目で日本食が恋しいのだろう。特に日本食OKで、ついに箸まで使 理由の予想は付く。地獄いやナザリックのトップとして幹部とのコミュニケーショ ようになった。 いや、この言葉は正確ではない。8割は守護者の方と同伴だが、ほぼ毎日来店される 忘年会後、めっきりアインズ様の訪問率が上がった。 ? ﹁ここ1ヶ月、出来る限り被らないようにしてますが、アインズ様の要求は思った以上に たので、再現してみたがお口に合ったようだ。 の後、焼酎の玉露わりをたのしまれている。静岡の新茶を使った玉露わりが美味しかっ そんなある日、アインズ様は、美味しそうにかつ丼とほうれん草のお浸しにお吸い物 ﹁えっ﹂ です﹂ ﹁アインズ様。そろそろレパートリーが尽きて、同じものをお出しすることになりそう サプリメント1 お刺身定食? 72 ﹂ 偏っておりまして、バリエーションが出しにくくそろそろ同じものを出してしまいそう です﹂ ﹁そうか レシピ本などでもあれば、いろいろ研鑽し ? そう。現在のナザリックの外には広大な世界があるらしい。人間以外もいるという ﹁そうですね。外の食材や料理、お酒にも興味があるのですが﹂ してくれ。あとほかに困ったことはないか﹂ ﹁無論同じ食事がでても問題はない。しかし新しいものも楽しみだからな、うまく対応 ﹁ありがとうございます﹂ 入れてたはずだから﹂ ﹁わかった。図書館の利用を許可しよう。たしか、やまいこさんあたりがその辺の本を てみますが﹂ ﹁図書館の利用のご許可をいただけますか た時、遅くなり1人の食事を取る時はついついそんな選択をしたものだ。 聞けば元独身サラリーマン。その選択も理解してしまう。私も生前会社に勤めてい ﹁それは気がつかなかった﹂ の一皿・一碗モノばかりです﹂ ﹁はい。具体的に申し上げますと、1人で来店される時は丼ものやラーメン、カレーなど ? 73 が、どのような食材があり、どのような料理があるのか。なによりどのような酒がある のか気になるのだ。 ﹁そうか。しかし正直ここの料理のほうが圧倒的に旨いぞ﹂ ﹁どのようなレア食材であっても大釜のおかげで入手可能ですし、お酒や汁物も私が一 度経験さえしていれば再現可能ですからね﹂ ﹁生前の知識も再現できるのが助かる。私の時代はもう天然モノが入手困難になって一 部の富裕層しか食べることができなかったからな﹂ ご飯やお酒をいただきましたから﹂ ﹁私は食道楽でしたし、会社に勤めていた時も、上司や部下との食事でいろいろ美味しい アインズ様の生きた時代は、聞けば聞くほど庶民には地獄だとおもう。その時代に生 きているかもしれない、自分のひ孫など血縁者がどうなったか、気にならないわけでは ないが。 もしれません﹂ 智の固まりですから。多少は保護してでも研鑽することで、今と違う味が表現できるか ﹁そうですね。私の料理で使う食材は、味にしろ品質にしろ 、2000年代の人間の叡 間がかかると聞くからな﹂ ﹁そう考えると、農業などに加えて加工業も重要か。ワインに日本酒なども研鑽には時 サプリメント1 お刺身定食? 74 ﹁なるほど。⋮⋮ん ﹂ アインズ様がなにか気が付かれたようだ。手を顎に置きしばし考る。 ? ﹂ ? ﹁1つ質問ですが、外世界の子供は料理を手伝わないのですか ぼ全てが料理スキル持ちということになると思うのですが﹂ その話ですと大人は、ほ イコール下手以下という扱いか。考察は後にするとして、まあ助手の件は追々考えてい 逆にプレイヤーやNPCはスキルと言う形で先鋭化しているので、スキルが無いことは ﹁ふむ、気が付いていないだけで最低限のスキルを身に着けているのかもしれないな。 ? もあるが、どのぐらいで習得するか見てみたい﹂ いから論外として、NPC1人と、外のモノ1人を修行させるのはどうか。本人の才覚 ﹁うむ、外のモノは新たにスキルを習得できるようだが。プレイヤーは現状私しかいな しょうか﹂ ﹁なるほど、プレイヤーやNPCでは料理スキルがないと料理ができないということで では料理スキルがないと料理ができない⋮⋮ですか 。 その後アインズ様から料理スキルの不思議をご教授いただく。なるほど。この世界 ﹁ああ、以前料理スキルの確認をしたことがあるのだが⋮﹂ ﹁助手ですか ﹁料理の研鑽だが、いっそ助手をつけて研鑽させてみるか﹂ 75 くとしよう﹂ もと日本食は、日本人の繊細な舌に合わせて素材の味を活かす料理が多い。それは狭い 逆に一部の富裕層向けの研鑽の結果、高級料理の分野はかなり発達したようだ。もと のかもしれない。 般家庭レベルのいわゆる家庭の味といったものは、かなりのレベルで失われてしまった いえ食材であり、下ごしらえや料理法など、勉強になる箇所はある。しかし見る限り一 成食材をいかにおいしく食べるかといったレシピがいちばん多いのだ。合成食材とは アインズ様や他プレイヤーが生きる時代は、本当に食事の事情が酷かったようだ。合 正直言えば参考になるものと、そうでないものの落差が酷かった。 レシピ本を見る。 ****** そんな風に考えながら、後片付けをすすめるのであった。 もしれない。 です。むしろ私の技術もレシピとして可能なモノは残すことを検討したほうが良いか 純粋に気が付いていなかったのか、無意識に避けてきたのかわかりませんが面白い着想 な か な か お も し ろ い。自 分 以 外 が 育 て ば 新 し い 味 が 広 が り 楽 し め る か も し れ な い。 ﹁かしこまりました﹂ サプリメント1 お刺身定食? 76 国土と豊富な水資源などが背景なのだが、各種食材が時期を関係なく供給可能な、生産・ 運送・冷蔵・冷凍技術の進歩が後押しし花開く。逆に欧州はその広大な土地のため、ど うしても旬のものを食すことは難しく、保存、加工技術が進歩した。そのためか、料理 も下ごしらえがかなりのウェイトを占める。では、アインズ様の世界の高級料理という と、高級レストランがひたすらしのぎを削る状態のように思える。和洋関係なく新たな 技法が考案され、融合し組み合わせの考察し、それこそ美食の限りをつくす。 とはいえ、自然環境が壊滅しており、天然物といっても養殖ばかり。その意味では、高 いお金をはらっても養殖しか食べれない富裕層というもの、滑稽なのかもしれない。 さて、そのような背景を学びながら利用できるレシピや技法を写していると、妙齢の 女性が1人こちらに近づいてきた。この時点でどなたがいらっしゃったか分かってし まう女性に対する感知能力の高さは、インキュバスゆえと思いたい。 さて、一度手を止め顔を向ける。 ここは図書館でもかなり奥まったところである。朝から調べ物をしているが、司書の ﹁いえ、このままで﹂ ﹁お茶でも準備いたします。談話室でよろしいでしょうか﹂ ﹁そうね。会いに来たというほうが正しいのだけど﹂ ﹁これはアルベド様。このようなところでお会いするとは﹂ 77 方々も気をきかせ、近づかないようにされているので本当にだれにも見られたり聞かれ たりしない静かな場所だ。 閲覧用の椅子を、奥からもう一脚持ちアルベド様にお声をかける。 ﹁椅子と小さな机しかございませんが、どうぞ﹂ そういって静かに座られるアルベド様の姿と声を観察する。心拍数は若干上がって ﹁ありがとう﹂ いるが、表情も含めて変化は無い。しかし若干羽が動いている。アルベド様はアインズ 様絡みだと羽に感情が乗るので、その辺のご用だろうか。 ﹁最近アインズ様の関心が貴方にかなり集中しているわ。切欠は貴方の料理のようだけ ど原因がわからない。そして単刀直入に言うわ。私はその状況に嫉妬している﹂ ﹁私の作る料理がアインズ様の故郷の味に近いのは事実のようです。あとアインズ様の も、すぐにいつものトーンに抑える。 故郷というキーワードに反応したのだろう。一瞬とはいえアルベド様は声を荒げる ついて知っているのですか﹂ ﹁故郷の味ということは、貴方はモモンガ様⋮⋮いえ、アインズ様の故郷であるリアルに お店を懇意にしているにすぎないとおもいますが﹂ ﹁私は1人の臣下であり、また1人の料理人です。アインズ様は故郷の味を再現できる サプリメント1 お刺身定食? 78 リアルについては、お伺いしたことはございますが、あくまで酒の席でのお話ですので ご容赦ください﹂ ﹂ ? そう、店に入られたアインズ様を迎えたのは、少々フリルが過剰に付いているが、白 ﹁ア⋮⋮アルベド ﹁ようこそいらっしゃいました。アインズ様﹂ あれから数日。準備万端に整えアインズ様をお迎えする。 ****** ルベド様の評価を上げる方法でご容赦いただけませんでしょうか﹂ す。酒の場でのお話はできませんが、結果的にアインズ様に喜んでいただき、さらにア ﹁アルベド様。実験が必要ですが、アインズ様に喜んでいただける方法が1つございま れない。 う。恋する女性というのは、いつの時代も強いのだ。ちょっとやそっとでは納得してく してくれるようなら、アルベド様もわざわざ人目を忍んで来訪されることもないだろ よりあの方からお話を聞いているので具体的に知っていたりする。しかしこれで解放 ナザリックには拷問技術や魔法で自白させる技術があることは知っている。という ﹁はい。たとえ拷問されようとも、口にすることはないでしょう﹂ ﹁そう。たしかにその守秘義務だけは貴方の絶対だったわね﹂ 79 いエプロンに身を包んだアルベド様。私は礼をとった後は、定位置でグラスを磨いてお ります。 ﹁さあ、アインズ様こちらにどうぞ。お食事の準備は出来ております﹂ ﹁あ⋮⋮ああ﹂ アルベド様は、口元に笑みを浮かべながらアインズ様を奥のカウンター席にご案内す る。逆にアインズ様はアルベド様のお姿にかなり動揺されているご様子。アインズ様 の時代でも新妻エプロンは存在していたのね。効果は上々のようだ。 になります﹂ ﹁本日は、寒ブリとホタテのお刺身、かぶの味噌汁と五穀のご飯。きゅうりとなすの浅漬 ﹁ああ、いつも通り旨いぞ﹂ と寒ブリを一口づつ。 アインズ様は静かに箸をとると味噌汁を一口。そしてかぶを一切れ。そのあとご飯 一般家庭の食事に見えるように工夫をした。 あるホタテは特有の甘みと独特の歯ごたえがある。桂剥きをした大根など一切添えず、 の暖かさを表現し、寒ブリはその身を油を蓄えつつも引き締めた味わい。アクセントで アインズ様の前にはアルベド様が配膳した食事が並ぶ。ご飯とお味噌汁は湯気はそ ﹁ああ、うまそうだ﹂ サプリメント1 お刺身定食? 80 アインズ様は私の方を見ながらお褒めを言葉を口にされる。しかし をしていた時こそ一番幸せだったのかもしれない。 その姿を見て私は感傷を覚える。妻に子供。幸せは一杯あった。しかし楽しく食事 ベド様。 アインズ様が美味しそうに食事をされるのを、楽しそうにみるエプロンドレスのアル ﹁そうだな。ああ、本当にうまい﹂ くりとお話されてはいかがでしょうか﹂ ﹁せっかくアルベド様のお作りになられた温かいお食事です。食べ終わったあとにゆっ スキルの件が頭をいっぱいなのだろう。 様も驚かれているがけして悪感情はない。むしろアルベド様の姿に見惚れつつも料理 日本人的感性とは思うが、やはり大和撫子的謙虚さというものは良いものだ。アインズ 私の言葉にアルベド様は軽く口元を手で隠しつつ微笑みを浮かべ謙遜なさる。うん。 けですわ﹂ ﹁料理としての味付けなどはすべておまかせしています。私は本当にお手伝いをしただ ﹁な⋮⋮﹂ としか手をつけておりません。そのご評価はアルベド様にこそふさわしいかと﹂ ﹁本日の食事のほとんどはアルベド様が準備されました。私は味付けなどごく一部のこ 81 ****** アインズ様が食事を終えられた後、アルベド様もエプロンを取りアインズ様の隣の席 に座る。 食後ということで、いも焼酎の黒霧島をお出しする。けして高いお酒ではないが、食 後にほんのり甘く後味がすっきりしているのでなかなか良い。これをおちょこ2つに 徳利を1つ。おのずとアルベド様のお酌で一杯。 ﹁さて、先ほどの料理をアルベドが作ったと言っていたが。アルベドには料理スキルは 無かったと記憶している。さらに言えば食べた限りいつも通り旨かった。これはどん な絡繰があるんだ﹂ との違いはなにがあるのでしょうか﹂ ﹁アインズ様。設問のようで恐縮ではございますが、魚を切ることと、戦闘における切断 かに頷かれる。そしてアルベド様は今回の核心について述べられる。 私の言葉にアインズ様は、確認の意味をこめてアルベド様を見ると、アルベド様も静 ルベド様です﹂ ﹁絡繰という程のものではありません。実際にあの寒ブリを捌き、そして切ったのはア サプリメント1 お刺身定食? 82 ﹁ふむ。切るという事象は変わらずということか﹂ される。 ? で熟練した技術をもって素材を切れば、素材の状態を保つことができます。その意味で ﹁食材の状態は重要事項ですが、刺し身の場合は切り方にございます。よく切れる包丁 にく料理をしたことが無くな﹂ ﹁食材の鮮度などはわかるが、そのようなことを言っているわけではないのだな。あい さらに言えば、美味しいお刺身の要素はどのようなものがあるかご存知でしょうか﹂ ﹁幸い、包丁とは武器として使うこともできる刃物。クラス制限も受けなかったご様子。 ﹁なるほど。スキルは代用が効く範囲があるということか﹂ しまったり食材を潰してしまったりされました﹂ 刺し身を均等に切ることはできましたが、盛り付けようとすると、とたんに汚く並べて ポイントで料理スキルがないと失敗したものを作ってしまうということです。例えば、 ﹁今回アルベド様のご協力でわかったのは、料理を料理たらしめるのはなにか という とか。スキルに対する深い知識があるからこそ、1の言葉から言わんとすることを把握 アルベド様の言葉に、アインズ様は納得されたご様子。さすがはアインズ様というこ せんが、少なくとも切ることができました﹂ ﹁はい。たしかにまな板の上で切る行為と、敵相手に切るは意味合いは違うかもしれま 83 は、私以上にアルベド様の切るという技術は素晴らしいものであったといえます﹂ ﹁ありがとう。でも料理として完成させたのは、貴方の技術あってのことよ﹂ アルベド様から評価。いや美しい女性から評価されるというのは、男としても料理を 作るものとしても嬉しい限り。 と。そして皿などを準備をすることまではできました。逆に、計量されている調味料を ﹁魚をさばくこと。各材料を切ること。食材を洗うこと。調味料など事前に計量するこ 鍋に入れるだけなのに、なぜか追加で別のものを入れてしまうなど、このあたりは料理 スキルの範囲とわかりました﹂ ﹁まさか食事からこんな面白い話を聞けるとはおもわなかった。すばらしいぞ﹂ アインズ様のお褒めの言葉に礼を持って応える。しかし、今回はアルベド様の評価を 上げるという側面もあるので、一言だけ付け加えさせていただく。 いかがでしたでしょうか﹂ ﹁しかしアインズ様、美しい女性が自分のために料理を作るというシチュエーションは、 ﹁そんなことはございません﹂ たでしょう﹂ な疲れが無いとはいえ、やはりアインズ様への愛なくしてはなし得ることはできなかっ ﹁今回の取り組みは、アルベド様の膨大ともいえる試行錯誤によるもの。いくら肉体的 サプリメント1 お刺身定食? 84 ﹁まあ⋮⋮う⋮⋮うれしいものがあるな﹂ アルベド様はそう言うと顔を赤らめながらも謙遜し、僅かに下を向く。 アインズ様もその仕草が気になるご様子。以前お酒を飲まれながら、肉食系女子だと ついつい引いてしまうと言っていたので、程よく押して波のように引く案をお伝えした かいがありました。 その後、アルベド様は定期的とは言わないが料理に参加されるようになった。アイン ズ様も喜ばれているようで何より。 ちなみに、アルベド様が量産したダークマターは全て、スタッフ︵常連のヴァンパイ ︶頂きました。 アとワーウルフ、消費しきれなかったものは恐怖公の眷属︶が涙を流しながらおいしく ︵ ? 85 サプリメント2 クリスマス 12月25日。 ここナザリックでは何もない、ただの冬の日。 しかし、リアルを知る者にとってはクリスマスの日。 西洋では宗教的な意味合いの日だが、お祭り好きな日本では家族や恋人と過ごす日で あった。ふとすると生前のいろいろな思い出が浮かんでくる。仕事を必死に終わらせ 家族と過ごす束の間の幸せを噛みしめたり、子供にばれないように欲しいものを聞き出 そうと苦慮したり。ここぞとばかりに良い食材を買いあさったり。 どうした﹂ ﹂ そんなクリスマスの日のBARナザリックは、いつもと変わらずお客様をお迎えす る。 ﹁ん ? だ。この赤い仮面は無駄に造形が凝っており、まがまがしい雰囲気であるものの、見方 昼過ぎに来店されたアインズ様は、なぜか赤い仮面を装備して酒を飲み続けているの ﹁そのマスクはどんな意味があるのですか ? ﹁アインズ様﹂ サプリメント2 クリスマス 86 を変えると模様のためか泣いているようにも見える不思議な仮面だ。 赤ワインとレモネードを準備し、冷やしたワイングラスにレモネード。そして赤ワイ する。 とはいえ、アインズ様が言いたいこともわかったので、酒のお供にお話をふることに 婦やカップルが増えてきているのだ。 アレ様ぐらいしかいなかったのだが、リザードマンの夫婦にはじまり、少しづつだが夫 現在のナザリックにカップルや夫婦はそれなりの数存在する。最初はセバス様とツ いませんが﹂ ﹁ここはBARですので、カップルが来たとしても、お酒を飲むためなら間違いではござ 来た場合は全力で戦いを挑まざるをえない﹂ ﹁なに、こんな時間は哀れな独り者しか店にはこないさ。いや、むしろここでカップルが ルフは特にうざい。 り、入口の脇に腕を組んで仁王立ちしているのだ。正直うざい。無駄に筋肉質なワーウ そう、なぜか常連のヴァンパイアとワーウルフがアインズ様と同じ赤いマスクを被 は、営業妨害の何物でもないのでどうしようか苦慮しているのですが﹂ ﹁いえ、気が付けば常連の二人も同じマスクを装備して腕を組んで仁王立ちしているの ﹁うむ。リア充には関係のないアイテムだ﹂ 87 ンを静かにそそぐ。比重が違うため下は透明、上は赤。そして最後に緑が映えるミント を1枚。 ﹁アメリカンレモネードのクリスマススタイルです﹂ ﹁ほう。心のオーフェンたる私に、クリスマスカクテルを出すのか。良い度胸だ﹂ アインズ様はそう言いながらも、酒を受け取り口をつける。たとえ嫉妬に狂っていよ うと美味しいものはしっかり楽しむ。まあ支配者に対する言葉ではないが、可愛らしい 側面である。ついでに常連2人にも同じものを出しておく。 し﹂ ﹁こう言っては何ですが、私も似たようなものですが。主観時間で数十年ひとり者です 楽しんだのであろう﹂ ﹁しかし、貴様は元とはいえ妻帯者ではないか。それこそクリスマスというイベントを 神は平等と言っていたがなぜ格差が なのだが。そして常連2人もアインズ様の熱弁に感じ入るようにうなずいている。と 骸骨がクリスマスの過ごし方に熱弁を奮うというのは、シュールを通り越してコメディ アインズ様は飲み終わったグラスを置くと、こぶしを握り力説されている。ある意味 存在するのだ。なぜ我々は1夜の愛さえないのだ﹂ ﹁私には人並みどころか、1度もなかったのだぞ ! ﹁まあ、人並みには﹂ サプリメント2 クリスマス 88 いうかお前ら2人はNPCだからクリスマスの風習自体知らないはずだろう。 ! ﹂ ! ﹂ ﹂ ARには私を含めても観客は3名しかいないが。 然り ! ! ﹂ ? ﹁あ﹂ 意してお部屋で待ってますねとお約束されていたではありませんか﹂ ﹁はい。先日御2人で来店された際、クリスマスの話をされてアルベド様が手料理を用 アインズ様は、なにを言っているかわからないという風に聞き返してくる。 ﹁アルベド ませんが、そろそろアルベド様の準備が整うころかと﹂ ﹁普段からお仕事詰めですので、今日一日でお休みされたとしても問題になるとは思い しかし、そろそろ⋮⋮。 のだろうこの常連二人は。 完結して、さらにおまけまで続いて初めてのセリフがこれとは、どこの王 の 軍 勢な ! 然り 然り ! ﹁ゆえに、われらは嫉妬マスクをかぶるのだ ﹁然り ! 然りぃぃぃいい ﹁然り アイオニオン・ヘタイロイ マントを翻し、まるで演説するように両手を大きく広げ高らかに宣言する。ただしB ﹁そう。その格差こそ、その現実こそが私を嫉妬に狂わせるのだ﹂ 89 アインズ様。その反応は忘れておられましたね。まあ直接非難することはしません が、今ごろ準備をされ、まだかまだかと待っているであろうアルベド様が少々不憫なの で、誘導することといたしましょう。 ﹁アルベド様は午前中こちらにおいでになり、アインズ様のお好きな料理をたくさん準 備されてましたよ。もちろんまごころを込めて﹂ ﹁そ、それは﹂ 気が付けば扉の脇で立っていたはずの常連二人が、アインズ様の背後に立っている。 いつの間に移動したのだろう。しかも雰囲気は同志に裏切られた30代独身男性のよ うな謎の雰囲気を発している。 うが、かいがいしく料理を準備して、お部屋で待っていらっしゃる方を放置するのはど ﹁たしかに隙あらば押してくるアルベド様の愛は、なかなか受け止める側も大変でしょ うかと⋮⋮﹂ ﹁はい。またのご来店をお待ちしております﹂ ﹁ああ、ありがたく貰おう。では行くとしよう﹂ ワーバケットがございます。ご用事にはこのようなものも必要かと﹂ ﹁はい。ああそういえば、店用で準備していたもので申し訳ございませんが、ここにフラ ﹁わ⋮⋮わかった。私は用事を思い出したので、もう行くとしよう﹂ サプリメント2 クリスマス 90 アインズ様に、数種の赤い花に緑の葉をあしらったプリザーブドフラワーの小さなバ ケットをお渡ししお店から送り出す。 そしてのこったヴァンパイアとワーウルフがなぜか壁を叩いている。 しょうがないので、まず昨晩から準備していたローストチキンをオーブンから出す。 ローズマリーのほのかな香りを楽しみつつグレイビーソースをかける。続いて玉ねぎ、 にんにくと洗った米をオリーブオイルで炒める。そしてオリーブオイルとオイスター ソースに塩コショウで味を調え、 殻付きのエビにアサリ、パプリカ、トマトを順にのせ て弱火で炒めたパエリアを作る。飲み物はボルドーワイン。重い味わいだが、ロースト チキンやパエリアなどにはよく合う。 そういって私は料理の前でワイングラスを掲げるのだった。 ﹁そんなところで壁を叩いていないで、さっさと食べますよ﹂ 91 サプリメント3 2月のイベント前編 二月三日 日本の文化で言えば節分。季節を分ける日だが、一般的には豆まきや恵方巻き、そし て柊鰯をはじめとした厄払いのイメージが強い。 しかし異世界、それもナザリックでそんな風習を知るものはいない。このナザリック に転生し、地下第9層のBARでバーテンダーとして働く私以外は⋮⋮。 そんな節分の日のお通しは、甘めのカクテルを注文されないかぎり、決まって炒った ﹂ 豆をお出ししていた。もちろん理由を聞かれれば節分と言えるわけもなく、なんとなく に手を入れ、様々なアイテムを取り出されたのだ。 定食に炒り豆、そしてビールを食されたアインズ様は、おもむろにアイテムボックス ワシの煮物定食といっしょに、炒り豆とビールを一杯お出しした。 ナザリック最高支配者であらせられるアインズ様が来店された際、昼食とのことでイ ? と回答するしかないのだが。 突然アイテムを広げて何をなさるのですか ? 今年の2月3日。 ﹁アインズ様 サプリメント3 2月のイベント前編 92 豆のようなのものに、色とりどりのおもちゃの銃。それに柊鰯のようなもの。 ﹁それはなかなか楽しそうで﹂ 準備して、プレイヤー総出で豆まきで討伐なんてユーザーイベントもあったな﹂ ﹁所詮は豆だからHPは殆ど減らないのだがな。どこかのギルドが赤鬼と青鬼キャラを ﹁この豆を鬼は外という風に投げるのですか﹂ かった。 私は豆を眺めてみるも、自分がお通し用に準備したものと差を見つけることはできな うに食べることもできる。こんな形だが、異形種特効が付与されているのだぞ﹂ ﹁これは節分の日に配られた豆まき用アイテムで、実際に投げることもできるが、このよ ﹁なかなか美味しいですね。アインズ様﹂ 私もならい口に入れると、独特の歯ごたえと香り、まさしく炒り豆の味がした。 そう言うとアインズ様は、一粒口に入れられる。 ﹁食べてみるか﹂ アインズ様は炒り豆のようなものを取り、1つを私に手渡される。 ね﹂ ﹁なるほど。クリスマスやハロウィンがあるのですから節分も、実装されていたのです ﹁ああ、ユグドラシル時代の節分イベントアイテムだよ﹂ 93 ﹁その後に実装されたのがこれだ﹂ アインズ様が取り出されたのは、様々な銃に炒り豆が入ったタンクがついたもの。生 前の100円均一のショップで売られていた水鉄砲、その水タンクの代わりに豆が入っ たタンクが付いているような、チープなデザインだ。 アインズ様はその銃を手に持ち、懐かしそうに構える。 ﹁こいつは、炒り豆を打ち出す銃で名前は豆鉄砲。デザインはいろいろ有るが性能に差 はない。面白いのは、ガンナースキルLv1が付与される。逆にガンナースキルを持っ ていても、この銃を扱うときはLv1になってしまう呪いアイテムでもあるがな﹂ ﹂ 私も1つ受け取り構えてみると、撃てばそこそこ当たるような感覚が脳裏をよぎる。 これがレベル1の恩恵なのだろうか。 ? を使ったサバゲー大会もあったな。遠距離無双だったペロロンチーノさんを、みんなで ﹁ああ、この銃が実装されたころにはアインズウールゴウンも結成されていて、6層の森 絵面が浮かび上がる。 すると肉棒や触手が100均で売っている水鉄砲で全力サバゲー。すごくシュールな が、そこそこ楽しく遊ぶことができるだろう。もっとも骸骨やブレインイーター、へた もし全員がガンナーLv1でなら、他スキルやステータスのハンディはあるだろう ﹁ということは、この銃でサバゲー大会のような感じになったのですか サプリメント3 2月のイベント前編 94 撃ち殺したり﹂ まあ、話に聞く外界との実力差では、力押しでも結構いけてしまうよ ? ﹂ ? だ。 法が最初に思いつくぐらい単純な機能なのだろうが、それはそれで利用範囲は広そう つまり、狩場や美味しい採掘地点から一時的に異形種排除できるのだ。そんな利用方 ﹁ああ可能だ。そして予想通りに使われたよ﹂ ﹁もしかして、ダンジョンとか狩場もそいつで隔離できたり⋮⋮﹂ そう言われて使用方法を考える。しかしろくな使用方法が浮かばない。 ﹁ああ、まさしく柊鰯なんだがな、対異形種の結界アイテムだ﹂ ﹁アインズ様。その柊鰯に似たアイテムは そういえばまだ説明されていないアイテムがある。 うなきがするし、玉というか豆は補充も出来そうにないアイテムではあるが。 もってこいでは 無線通信やデータリンクはメッセージや魔法で代用するとして、結構戦術練習には 銃を構えた異形の軍隊が、森に展開しゲリラ戦。 無駄に熱くなったものだよ﹂ ﹁まあ、フレンドリーファイアの規制が緩和された限定PVPのようなものでだがな。 ﹁撃ち殺しですか﹂ 95 ﹁とはいっても2月3日の0時から24時までの時間限定だから、目くじら立てるもの は居なかったな。むしろるし★ふぁーさんは、 隔離された優良狩場の隣にトレインで 集めたモンスターを封印し、24時になった瞬間に狩場を専有していたプレイヤーにモ ンスターが襲いかかる時限爆弾を作って笑ってたが﹂ 状況を予想してみる。 24時間美味しい狩場を専有しホクホクのプレイヤー達が、結界がとけた瞬間大量の モンスターに囲まれる。 ﹁鬼ですか﹂ ﹁ではどうでしょう、本日いらっしゃる守護者の方をあつめて、恵方巻きを振る舞われる ンズ様はそういうと少々残念そうな雰囲気になる。 たとえレクリエーションでも、至高の主に銃を向けるのは不敬にあたるだろう。アイ ﹁まあ、少なくとも私に銃を向けるものは居ないのが寂しいかぎりだ﹂ ﹁とはいっても、サバゲー大会をやるわけにはいきませんね﹂ ﹁まあ、節分も仲間との思い出があるのだよ﹂ 楽しそうに返すアインズ様。 至高の方の所業なのですが、つい素でツッコミをいれてしまった。そんなツッコミも ﹁まあ、愉快犯ではあったな﹂ サプリメント3 2月のイベント前編 96 のは﹂ 様は、あえて細巻きで準備させていただいたのですが、最後までたべれなかったようで ウラ様はもう最近なんでも良く食べられるので見ていてこちらも楽しくなる。マーレ といっしょに楽しまれていた。コキュートス様は意外にもイマイチだったようだ。ア 和食もOKなデミウルゴス様とアルベド様はお気に召されたようで、その後、日本酒 とだから理解はできるが。 向を向いしまった。まあ好きな異性に大口を開けて食べるのは、なかなか勇気がいるこ りついていた。しかしアルベド様とシャルティア様、マーレ様は恥ずかしがって違う方 男性陣とアウラ様はなんの躊躇もなく、アインズ様を向いて恵方巻きをいっきにかぶ 好きな方向を向いて齧り付けと指示を出されていた。 珍しい料理でしたが、アインズ様の故郷にあたるリアルの風習と説明し、恵方巻きは ていた。 アインズ様が招集した結果、予想通り全守護者が集合し忘年会のような雰囲気を呈し そんなこんなで夜は恵方巻きの食事&その後の飲み会が急遽決まっただった。 きるでしょう﹂ ﹁もっとも方角はわかりませんが、好きな方向を向いて食べるだけでも楽しむことがで ﹁ああ、あれなら皆で一緒に楽しむことができるな﹂ 97 残念がってました。まあ、そのような姿も愛らしいのですが。 ﹂と大きな音 さ て 恵 方 巻 き か ら 始 ま っ た 飲 み 会 も 終 わ り、ア イ ン ズ 様 や 守 護 者 の 方 々 が 帰 ら れ、 残ったのは作りすぎた恵方巻き十数本のみ。 明日一日の食事はすべて恵方巻きかと考えていると、不意に﹁バンッ を上げて店の扉が開く。 パイアとワーウルフであった。 転がり込んできた二つの影は、SWAT のような完全武装に豆鉄砲を持ったヴァン ! い。 山を、皿ごと強奪すると素早く店の外に消えていった。所要時間は十秒も掛かっていな 二人は、無駄に洗練された無駄の無い無駄な動きでカウンターに置かれた恵方巻きの ﹁おや、あ⋮⋮﹂ ? ああ楽しみだ。 しようか。 なるだろう。さて誰が最初にここに来るか。だれも来なければあの方にお声がけでも なにより節分のようなイベントが実装されていたのだ。きっと2月14日は忙しく そう考えを切り替え、翌日の仕込みをはじめるのだった。 ﹁まあ、皿は明日には洗って帰ってくるでしょう﹂ サプリメント3 2月のイベント前編 98 たとえば食堂を預かる料理長と副料理長は、事前予約したナザリックの住人に一人あた もっとも私一人で広めることはできないので、何名かの方にご協力いただいている。 広めたのも大きい。 習の一つとしてまたたく間に広まっている。なによりアインズ様にご許可をいただき ナザリック風にアレンジされた内容ではあるが、至高の方々が生きたリアル世界の風 よって身近な人を選ぶべし。 な ぜ な ら ナ ザ リ ッ ク の 全 員 が 贈 り 物 を し て は、受 け 取 る ア イ ン ズ 様 を 困 ら せ る た め。 チョコレートなどの贈り物をする日。ただしアインズ様へのプレゼントは自重すべし。 │ │ 2 月 1 4 日 は 女 性 か ら 日 頃 か ら お 世 話 に な っ て い る 方 や 友 人。恋 人 や 家 族 に た。 ここナザリック地下大墳墓で、少しずつだがバレンタインの話が聞こえるようになっ 節分から数日。 サプリメント3 2月のイベント後編 99 り二個ずつお菓子を渡すという企画を準備しているようだ。二個の理由は、相手といっ しょに自分も食べたいだろうということらしい。 そんな中、私のところにも依頼が舞い込んできた。そこでBARを一時的に貸し切り にして対応することとなった。 ******テイク1 バレンタイン前日の午前中。茶髪のメイドがBARの扉を静かに押し開けた。 に果物のパイは甘味が少ない庶民にはごちそうだとか。 品のため貴族の風習だと。逆に庶民はパイなどを家族や恋人に振舞う日だそうな。特 聞けば外の世界でもバレンタインそのものはあるそうだが、チョコレートが高級嗜好 ﹁はい。アップルパイを作ろうと思います。﹂ ﹁作るものは以前お話されたもので良いでしょうか﹂ のBAR貸し切りトップバッターとなった。 バレンタインの話が広がると真っ先に連絡をしてきたのはツアレ様だったので、本日 ﹁今日は、よろしくお願いします﹂ ﹁ようこそツアレ様﹂ サプリメント3 2月のイベント後編 100 そんなことを話していると、ツアレ様の準備がととのったようだ。リラックスを目的 ﹂ にもう少し話題を振るつもりで、目に付いたやけに綺麗なエプロンのことを質問してみ る。 ﹁とても素敵なエプロンですね。わざわざ準備されたのですか そう言うとツアレ様は、料理を始めるのだった。 ﹁かしこまりました﹂ にもないような素晴らしいものなので、私には⋮⋮﹂ ﹁オーブンで焼くところだけお願いできないでしょうか。ここのオーブンは貴族様の家 ﹁さて材料は準備できております。お手伝いは必要でしょうか﹂ きは余裕を見せ準備などを手伝っているのでしょう。 と必要以上の言葉は無く、しかし必要なコミュニケーションをこなし、今回のようなと さすがはセバス様。さりげない気遣いながらも相手に印象付けるテクニック。きっ 絶賛する。 恥ずかしそうに小さく微笑むツアレ様を見ながら、セバス様の行動を一人の男として ﹁きっとツアレ様だからこその気遣いですよ﹂ からと渡されたものです。きっと私の浅はかな想いなどお見通しなのでしょうね﹂ ﹁いえ、今日こちらに来ることのご許可をいただきに伺った際、セバス様に必要でしょう ? 101 パ イ 生 地 の 準 備 か ら は じ め る。全 て が 目 分 量。し か し 私 の 目 か ら み て も ほ ぼ 適 量。 パイのさくさく感を出すために混ぜるショートニングなども用意していたが、無塩バ ターを選択して混ぜられるあたり手馴れている。 ﹁手慣れていらっしゃいますね﹂ 一つですし﹂ ﹁ええ、昔妹や両親のために良く作っていたので。私の村では娘が最初に覚える料理の ﹁そうですか。芯抜きと皮むきが済んでいるりんごがありますが、いかがでしょうか﹂ 軽く会話しながらも手は止まらずパイ生地を寝かせている間に、りんごを受け取ると ﹁ありがとうございます﹂ 少し厚めに切り、砂糖とバター、レモン果汁をまぶし柔らかくなるまで中火で煮る。そ の後粗熱をとってナツメグやシナモン、ラム酒と混ぜあわせ冷ます。 すべての準備が整うと、寝かせたパイ生地をパイ皿に敷き詰め、すこし間をおき具を 敷き詰め最後にあまったパイ生地を網目の蓋のように組む。 しばらくすると香りがかわり、生地がきつね色に変わる頃焼き上がる。最後にラム酒 ﹁わかりました﹂ ﹁はい。あ、色味と匂いをみていますので﹂ ﹁オーブンで220℃20分から25分ぐらいでよろしいでしょうか﹂ サプリメント3 2月のイベント後編 102 とアップルジャムを1:1でまぜたソースを表面に塗り、美味しそうなアップルパイが できあがった。 ﹁いらっしゃいませ、シャルティア様﹂ ﹁やっと時代が私に追いついたということでありんすね﹂ ******テイク2 の話である。 かったのは行幸。では、どんなアレンジされた料理があるのか、楽しみになったのは別 るものの工程はほとんど同じ。ある意味クラシックなパイが、外の世界にもあるとわ それにしても外の料理ということで、観察させてもらったのですが、素材の違いはあ られるのだった。 そういうとツアレ様は、まだ仕事があるというのでメイド服を直し、急ぎ仕事にもど ﹁はい、かしこまりました﹂ ﹁ありがとうございます。明日取りに伺いますね﹂ ですよ﹂ ﹁こちらは時間停止の冷蔵庫にいれておきますので、明日取り出したときも暖かいまま 103 BARの扉を勢い良く開け放ち、シャルティア様が入店された。 そう、二人目はシャルティア様である。 ﹁事前にお伺いした際、材料だけ指示をいただきましたが⋮⋮﹂ ﹁料理スキルがなくとも、ペロロンチーノ様が私のために残していただいた知識が⋮⋮ ね﹂ ﹁かしこまりました﹂ アインズ様に聞く限り、NPCには設定を書き込むことができたという。その設定は 基本創造者が自由にしてよく、NPCの知識や経験の元になったという。特に守護者を 担当した至高の方々はかなり設定を書き込むタイプだったらしく、シャルティア様の創 造主のペロロンチーノ様も設定にいろいろ書き込んだ結果、今回のレシピとなったのだ ろう。しかしどんな設定を書き込んだのか⋮⋮。 さて話は戻し、準備したのは生クリーム。チョコレートをお出しする。 ﹁はい可能です﹂ ﹁では、まずチョコを粉砕するでありんす。これはわらわでもできること﹂ ﹁はい。その通りでございます﹂ て混ぜるや盛り付けはダメという認識でよいでありんすか﹂ ﹁アインズ様から教えていただいた料理の方法は、切断・粉砕・解体は可能で、分量を測っ サプリメント3 2月のイベント後編 104 そういうとシャルティア様は準備された包丁を持ちチョコレートを粉砕しはじめた。 そう、削るのではなく粉砕というあたりがなんとも豪快である。 ないが、結構傷が酷いことになっている。これは交換でしょうか ﹁チョコレートのホイップクリームでしょうか ﹂ シャルティア様もの珍しそうに見られえているので、少し話題を振ってみる。 固まってしまい、機械の泡立て機を使っていないので少々時間がかかる。 湯煎しながら粉砕したチョコを溶かし、少しずつ生クリームを加えて混ぜる。急げば ﹁それは料理スキルが必要そうですね。私が﹂ んす﹂ ﹁このチョコを湯煎で溶かしつつ、すこしづつ混ぜながら生クリームを追加するであり ? 気がつけば、シャルティア様の豪快な粉砕がおわったようだ。まな板は破壊されてい 邪魔になるという論法。しかし守護者であれば、その﹁一定以上﹂に該当するのだ。 あのバレンタインルールは、アインズ様に一定以上親しくないと贈り物はかえってお といいつつも、手を抜かないのは送る相手がアインズ様だからだろう。 ﹁なかなか面倒でありんすね﹂ で、ご注意を﹂ ﹁できるだけ、均一であるほうが溶かすときに楽になりますし、味も均一になりますの 105 ? ﹁その認識で間違いないけど、終盤は氷水を当てながら泡立てるとき、この液体を追加す るのがペロロンチーノ様レシピでありんす﹂ シャルティア様が取り出したのは、綺麗なガラスの小瓶に入った赤い液体。以前見せ ていただいた、ポーションのように見えるも粘りや色味が若干違うように見える。 ﹁その赤い液体は﹂ ﹁わらわの血液﹂ リズミカルに混ぜていた手が一瞬固まる。もっともよく考えれば真祖のシャルティ ア様が、血液を利用した料理を知っていてもおかしくはない。実際、客に訪れるヴァン パイアの中には血液とワインを混ぜて飲む人もいないわけではない。しかし元日本人 と思われる至高の方々はどうだろうか⋮⋮。 一抹の不安を飲み込み、何事もなかったように返答する。 がは私の創造主﹂ ふ、ああ、ペロロンチーノ様。時代を先取りした叡智を残していただけるなんて、さす ﹁このクリームを体に塗り、リボンを結べばアインズ様に食べていただけるはず。ふふ る。 それ以上突っ込まず、指示されたように血液が固まらないように注意しながら混ぜ ﹁かしこまりました﹂ サプリメント3 2月のイベント後編 106 うん。何も聞かなかったことにしましょう。 そんなこんなでシャルティア様血液入チョコレートホイップクリームが完成した。 こむ算段は付いているのでしょうか けた生チョコを作りお渡しする。 求。無論予約なんてことはない。しょうがないので、手軽に作れるココアパウダーをか バレンタイン当日朝、エントマ様がBARを襲撃し20食以上のお菓子の作成を要 ******テイク3 そんなことを考えながら、次の準備をすすめるのだった。 として飲んだという。ほかにもブラッドソーセージというのもあったような。 研鑽したほうがよいのでしょうか。たしか、エスキモーはあざらしの血液をビタミン源 それにしても血液料理ですか。この辺はほとんど料理長の独占技術でしたから、私も ? しかし、自分にリボンとホイップクリームはいいのですが、アインズ様を私室に連れ そういうと、シャルティア様は上機嫌にお店を出られるのだった。 ﹁はい、 デコレーション用の容器にいれておきます﹂ ﹁あ、もう出来上がったでありんすか。それは重畳﹂ 107 どうやらお世話になっているプレアデスの面々や、守護者の方々に配って回るとのこ と。 あ、1ついただけるのですね。ありがとうございます。まるで孫娘が、チョコをくれ た時のように、少しうれしいですね。自分が作ったものですが⋮⋮。 さて、お昼が近づくころ妙齢の女性がBARの扉を開ける。 ﹁ようこそいらっしゃいました。アルベド様﹂ ﹁ええ、お願いしていたものはできているかしら﹂ ﹁チョコレートリキュールに、ダージリンセカンドフラッシュのアイスティーを加えた 取り出したのは、茶色がかった乳白色の液体が入った瓶。 ﹁こちらに﹂ ﹁ありがとう。飲み物の方は﹂ 日寝かしたナッツが入っております﹂ ﹁ご注文通りのハート型で一口サイズ。ビターチョコレートに中にブランデーに漬け数 のハート形ビターチョコレートが数個おさめられていた。 そういうと、冷蔵庫から小さなガラス製の美しい容器を取り出す。中には一口サイズ ﹁はい﹂ サプリメント3 2月のイベント後編 108 ものです。試飲されますか﹂ 気づかいはきっとうまくいくことでしょう。 自分が貰うということは、話しを聞く限り想定していないようなので、アルベド様のお 部下の垣根を超えた交流から、心の豊かさが生まれることを期待しているのだ。でも、 実際、アインズ様がバレンタインを許可したのは、ナザリック内の交流のため。上司 ﹁それがよろしいかと﹂ から、政務の休憩時間にでもお渡しさせていただくわ﹂ ることでしょう。とはいえ仰々しくプレゼントをお渡ししてはお邪魔かもしれません ﹁きっとバレンタインを楽しむナザリックの下々の姿をみて、アインズ様もお心を慰め ﹁はい。良い選択かと﹂ うね﹂ ﹁チョコレートのほのかな甘みにアイスティーの爽やかさ。味の濃いチョコには合いそ アルベド様は、グラスを受け取ると軽く眺めたあと口をつける。 な、立体的な美しさが描かれる。 小さなグラスにそそぐと、まるで白く輝く砂丘に薄い茶色の複雑な模様が広がるよう ﹁ええ、一口もらえるかしら﹂ 109 シャルティア様 チャン 頑張って寝室か私室までアインズ様をお呼び出しできれば、ワン ? しむことができたよ﹂ ﹁まさか、君からこんな提案があるとは思っていなかったが、終わってみればなかなか楽 ﹁いかがでしたかバレンタインは﹂ バレンタイン当日夜 ? たことでしょう。メリハリともうしますか﹂ ﹁至高の方々も、このようなイベントを楽しむことで、普段の仕事を効率的にこなしてい ﹁それにしても至高の方々の住まうリアル世界の風習ですか。なかなか興味深い﹂ る、そして飴とムチではないが、心理面の効果をお話して納得いただくことができた。 娯楽と最初は取られたようですが、リアルの風習ということでアインズ様の御心を慰め 今回バレンタインをナザリックに広める際にご協力をいただいた一人。無論、ただの カウンターに座るのは守護者のデミウルゴス様。 ﹁ありがとうございます。デミウルゴス様﹂ サプリメント3 2月のイベント後編 110 ﹁そうですね。私も効率ばかり求めていましたが、なかなかどうして娯楽を挟むことで、 相対的には効率があがるようだ﹂ 実際、恐怖で心を押さえつけることはできるだろうが、そこに一条の光を当てること で、そこに依存してしまう。きっと悪魔であるデミウルゴス様は洗脳的手法の有効性 を、今回のことで見て取ったことでしょう。 さて、私はシェイカーにチョコレートリキュールとウォッカ。そして少量の生クリー ムを加え、軽くシェイクする。そしてカクテル・グラスに注ぐ てプレゼントを捨てないあたり、この御方なりにナザリックを愛されているのでしょ ズ様へのプレゼントが規制されれば、自然と守護者にプレゼントは集まる。無駄と断じ この悪魔の紳士は何も答えないが、きっと一年分のお菓子を食べたのだろう。アイン ﹁なるほど、多く頂いたのですね﹂ ﹁甘いものは嫌いではありませんが、今日に限っていえばもう結構かと﹂ よ﹂ ﹁恋人が愛を囁く日であり、家族の情を確かめ合う日でもありますので。甘いものです ﹁今日は甘めのものが多いね﹂ デミウルゴス様は軽くグラスを傾ける ﹁トリュフティーニにございます﹂ 111 う。 ﹁そういうバーテンダーはどうだったのだい﹂ デミウルゴス様が何気なく水を向ける。そうすると奥のテーブル席で小さな可愛い 包を一つ机に置きふんぞり返るヴァンパイアと、机の上に何もなく、泣きながらひたす ら酒を飲み続けるワーウルフがこちらに顔を向ける。 表情に変化がなく、ただ首だけが90度回転する様はホラーであるが、ナザリック地 下大墳墓でホラー体験など普通のことなので気にならない。 配ってばかりで、試食のようなタイミングで一つ頂いただけですね﹂ ? ﹁アウラのように、もらったお菓子を片端から食べるわけではないのだからね﹂ ところだろうか。 なものばかり集まることになる。料理スキルがないから尚更。来年の改良点といった たしかに、数種類のお菓子では、プレゼントをはじめると集まるところには同じよう ﹁了解いたしました。料理長などにもお伝えしておきますね﹂ 続けるのは辛いものが有る。たとえナザリックの同胞からのプレゼントとはいえね﹂ ﹁であれば、次回は種類を増やして欲しいというのが要望かな。同じプレゼントを食べ ろう。巻き戻るように90度首が回り、会話が再開される。 そんな私の言葉に、ヴァンパイアからもワーウルフからも仲間判定が出なかったのだ ﹁私ですか サプリメント3 2月のイベント後編 112 ﹁アウラ様⋮⋮﹂ ﹁ええ﹂ ﹁いらっしゃいませ。いつものビールでよろしいでしょうか﹂ 来店されたので、いつも通り準備中の札にする いつものように、フロアを掃除し明日の準備をはじめたところ、ユリ・アルファ様が すると日が変わっていた。 その後、勝ち誇るヴァンパイアとひたすら壁を殴るワーウルフを叩き出し、しばらく 退店された。 そういうと、いつものようにブランデーのロックなどを楽しまれ、デミウルゴス様は ﹁なにより、このようなイベントはアインズ様の御心を慰めることにもつながるだろう﹂ ﹁かしこまりました﹂ ﹁また、今回のようなイベントがあればおしえてくれたまえ﹂ 人気が高いのも頷ける。 でも、実際外に中にといろんな場所に顔を出し、明朗快活を絵に描いたような方だ。 アウラ様は性別女性だったはず。どこの宝塚だろう。 ないかな﹂ ﹁彼女はなんだかんだと面倒見が良いからね。守護者の中では一番もらっているのでは 113 ユリ・アルファ様がカウンターに座り、氷結したジョッキにビールを注ぐ。 ﹂ そしていつものように一気飲み。その姿は女性に言うには失礼になるが、あまりにも 男らしい。飲み終わった後に、続く一杯をすぐさま準備する。 ﹁ぷは∼。この一杯のために生きている﹂ ﹁ユリ姉さん。ビターチョコのスティックとかもあるけど、どうだい ﹁うん頂戴﹂ する。 お通しとして、ビターチョコを薄く引き伸ばし、スティック状に丸めたものをお出し ? 美味しそうにチョコを食べつつビールを飲んでいると、ふと何か思い出したように荷 物をあさり出す。 ﹂ ? 私は、クッキーを一つつまみ口に入れる。 チョコレートクッキーが入っていた。 丁寧にリボンを取り、陶器の器を開けると、そこには若干形がいびつなハート型の ﹁うん。日が変わっちゃったけど。手作り⋮⋮よ。ひさしぶりだったけど﹂ 手渡されたものは、上質な布のリボンでくるまれた四角い陶器の器。 ﹁これ⋮⋮ですか ﹁そうだ、これあげる﹂ サプリメント3 2月のイベント後編 114 ふんわりと香るバターの味に、甘すぎないチョコレートの風味。しかし、後味が強く 残らないさっぱりとした口当たりは私の好みである。そんな絶妙な加減が嬉しく、どこ か懐かしい。 以外も注文次第では作りますが、お菓子だけのための来店はイベント以外ではご遠慮く BARナザリック。ナザリック地下大墳墓第九層で営業する人外たちの楽園。お酒 一瞬その長いまつげが動いたような気がしたが、気のせいということにしておこう。 と、そっと囁く。 ﹁手を出すには、好感度がまだ足りないよ﹂ 静かに寝息を立てるユリ姉に薄手の布団を掛けながら、 アイテムも外されたのだろうか。 ある休憩室兼仮眠室に寝かせる。きっと状態異常対策のアイテムと一緒に睡眠不要の その後、結局朝までユリ姉は飲み続けたが、途中うとうとされていたので厨房の奥に そんな姿に惹かれつつ、料理の準備をすすめるのだった。 ユリ姉さんが、照れくさそうに微笑む。 ﹁うん。よかった﹂ ﹁ありがとう。ユリ姉さん。うれしいよ﹂ 115 サプリメント3 2月のイベント後編 116 ださい。ここはスイーツ自慢のCAFEでも、定食自慢の居酒屋でもないので⋮⋮あし からず。 サプリメント4 3月前編 ナザリック地下大墳墓 第九層 BAR 3月3日 私の主観では、ひな祭りや桃の節句などなど。言葉はいろいろあれど、3月3日は女 性のための日と言えば良いのだろうか。 先日、バレンタインデーが外の世界である程度定着している文化と判ったので、ひな 祭りも同様に存在しているのかをツアレ様に聞いてみた。 結果はNO。 5月のこどもの日は、子供の健康を祈ってということで残っているが、ひな祭りは無 いとのこと。文明レベルを見ると、男尊女卑というか男子優先の文化ということで消え てしまったのだろうか ることはできない。変に混ざっても面白くはないからだ。 いに文化を流布するのも手ではあるが、ホワイトデーを控えているため、無理にすすめ とはいえ、ナザリックにもひな祭りに類する文化は無かった。バレンタインデーみた ? ﹁というわけで、本日はひな祭りをイメージした飲み物とお料理を優先してご提供させ 117 ていただいております﹂ ﹁なにが〟というわけ〟なのか分からないが、ひな祭りだったか。すっかり忘れていた よ﹂ と、アルベド様を伴って来店されたアインズ様にお話をする。 最近では息抜きがてらご利用頂いているので、守護者の方々も含めて利用率がうなぎ 理由はBARは夜の店ですからね。 のぼりである。私としては、日中の休憩なら同じ九層にある喫茶店の方をおすすめする のだが。なぜか で話す分には、隠し事をする必要さえないのだから。 ていらっしゃるのでありがたい。なにより今回のように、アインズ様を前にして酒の席 とはいえ、権力などを振りかざして無理に聞いてこない辺りは、信条というものを心得 一の存在と分類されているようだ。そのため事ある毎に情報を引き出そうとしてくる。 アルベド様の中では、バーテンダーの私はリアルの情報を知るアインズ様以外では唯 ついたようにアインズ様に質問をする。 今の話で〟ひな祭り〟がリアルの風習であることを察したアルベド様が、話題に食い ﹁アインズ様。ひな祭りというのは、どのような風習だったのでしょうか﹂ ? に雛人形⋮⋮って、えっ ﹂ ﹁ああ、私の時代ではだいぶ寂れてしまった風習なのだがな、女児がいる家ではこのよう サプリメント4 3月前編 118 ? アインズ様はいままで気が付いていなかったのか、あえて記憶の外に追いやっていた のかわからないが、BARの片隅を占拠する八段の無駄に豪華な雛人形に気が付かれた ようだ。 ちなみに雛あられは、昼間に襲撃してきたエントマ様に総て食べられてしまった。 やたらと綺麗ですし、しっかりメンテナンスされているようです ? 最近はそんな誤解をしてしまいそうで困る。 ? といけないのですね﹂ ﹁では、私とアインズ様の御子が生まれて女の子であれば、このような人形も準備しない よ。もっとも桃の節句ともいうので、女性のための日とも言われていたが﹂ ﹁ごほん。女児がいる家では、このような雛人形を飾り成長を喜び無病息災を祈るのだ はないだろうか ユグドラシルというゲームは、GMもだがプレイヤーも結構な変人ばかりだったので ﹁そんな奇祭の情報など知りたくありませんでした。アインズ様﹂ の上にコスプレして捧げる奇祭しかなかったはず﹂ ﹁いや⋮⋮ユグドラシルにも雛人形は無かったはず。捕まえた年少プレイヤーをひな壇 が﹂ だったんでしょうか の長置きは良くないので、明日回収に来るそうですよ。でも、この雛人形はどこの備品 ﹁ああ、この雛人形は、常連のヴァンパイアとワーウルフが設置していきました。雛人形 119 ﹁あ∼∼。うん。そうだな﹂ 最近では、攻めるアルベド様を半分程スルーする方向で対処しているアインズ様。 でも、明確に否定していないことが、すでに僅かながらでもYESであると認識され ている事実をアインズ様にお伝えすべきか否か⋮⋮。 初の一杯に、このようなものをご用意いたしました﹂ ﹁とはいえ、年齢を重ねられても、女性はいつまでも女の子といいます。アルベド様の最 ﹂ そういって盃をお渡しし、白いお酒を注ぐ。 ﹁これは す﹂ ﹁白酒といいます。元は焼酎や日本酒をベースに熟成させた、甘くとろみがあるお酒で ? ﹂ ? 取り出したのは一口サイズの小さな丸いお寿司。サーモンやマグロ・イクラで赤を、 ﹁では、つまみですが、このようなものを用意いたしました﹂ 残りの白酒は、朱の器に居れアルベド様の手の届くところに置く。 そういうと、アインズ様にも一杯手渡す。 ﹁では、一杯もらおうか﹂ ﹁アインズ様もいかがですか ﹁そうね、程よい甘さが美味しいわ﹂ サプリメント4 3月前編 120 薄切りのきゅうりで緑を、卵で黄色を表現し、色とりどりのデザインで8種ほど用意さ せていただいた。 対比も含めて目と舌で楽しめるのね﹂ ﹁はい、お気に召していただけましたでしょうか﹂ ? アルベド様は、マグロで小さな華をつくり真ん中にイクラ、回りに薄切りのきゅうり ﹁ええ、とてもおいしかったわ。アインズ様もいかがですか ﹂ ﹁甘いふわふわしたお酒に対して、見た目は可愛いけど酢でしっかり引き締めた味わい。 さすがはサキュバス。 るアインズ様の視線を意識したものだろう。 く口を開け、2回に分け咀嚼する。その唇と舌の動きは艶めかしく、それは隣で見てい さてアルベド様は、サーモンにきゅうりをあしらった手まり寿司を箸でつまみ、小さ ントマ様は食感から雛あられ一択でした。 た。ニューロニストさまは、サーモンの手まり寿司がお気に入りだったようですが、エ アウラ様は無心に食べ、マーレ様はニコニコ美味しそうに食べていらっしゃしまし ていただきましたが、ご好評でした﹂ やはり見た目も華やかですので女性には喜ばれますね。本日も様々な方にお出しさせ ﹁手まり寿司といいます。本職の寿司屋にはあまり好まれないものではございますが、 121 で葉をあしらった手まり寿司を、アインズ様の口もとに運ぶ。 餌付けされた小鳥。 そんな状況が正しいのかもしれませんが、自然とアインズ様が食べる。 ト︵立場上︶のアインズ様に迫るオフィスラブ 。対するシャルティア様との恋愛は、中 アインズ様とアルベド様の恋愛は、30歳間近で若干あせるアルベド様が新人エリー シャルティア様です。 いまだにこの手の対応すら赤面してしまい実現できないシャルティア様は、本当に なる。うん。夫婦か恋人かといったところでしょうか。 最初はドギマギしていたアインズ様も、まるで自然のことのように対応されるように ﹁ああ、たしかに味の対比も含めてうまいな﹂ サプリメント4 3月前編 122 そこで次はジューサーを出し氷と桃の果肉、そして白酒を加えてクラッシュする。桃 気がつけば寿司はなくなり、白酒も最後の一杯を楽しまれているようだ。 とを思い出してしまいました。 うん、ちょっとだけバレンタインデーの時に、暴動を起こそうとしていた人たちのこ まったくジャンル違いの恋愛を3つ楽しんでいる状態のアインズ様。 ラブコメ。さらに、主とメイドの冒険系恋愛も⋮⋮。 学生初恋のシャルティア様︵ただし耳年増︶が部活の先輩であるアインズ様に迫る学園 ? 色のスムージーになったら、背の高いカクテル・グラスに赤ワインと、桃のスムージー を入れ、軽くステアし最後にミントを一枚乗せる。 ﹁なんと﹂ 的に副料理長が栽培を依頼し、やっと形になったものです﹂ ﹁こちらの桃ですが、先日第六層で収穫したものです。林檎などと合わせてですが、試験 美味しそうに召し上がるお二人に、小さなサプライズを。 ﹁ああ、どちらも合うな﹂ しみ方のつまみである。 飲み物をワインとして楽しむなら後者、白酒の延長として楽しむなら前者。そんな楽 オーブンで焼いたもの。 二つ目は、はまぐりにおろしたガーリックとバター、少々のジェノベーゼをまぶし、 ように挟んだもの。わさび醤油をつける。 一つ目は、手まり寿司の延長で、白いかまぼこを真ん中で切り、イクラの粒を壊さぬ そして合わせて二種類のつまみをお出しする。 ﹁赤と桃のグラディエーションが美しいな﹂ ざいます﹂ ﹁家庭料理からの派生ですので、名前はございませんが、桃と赤ワインのスムージーにご 123 純粋に味のみを楽しまれていたアインズさまの表情がかわる。 ﹁まだ、外では難しいですが、少しずつ成長しているのです﹂ 骸骨に表情があるかといえば難しいところであるが、言葉の端々から喜びが感じ取れ ﹁まさかこんな所で部下の成長を感じ。いや味わうことが出来るとはおもわなかった﹂ る。そしてそんな喜ぶアインズ様を見るアルベド様の笑顔も、まるで慈愛の女神のよう なであった。 正直いえば、アルベド様は時折、アインズ様と自分以外いらない。いや、アインズ様 さえ存在すれば自分さえもいらないという、大欲界天狗道の亜種のような雰囲気を醸し だされている。 逆に言えば、アインズ様一人が犠牲になれば、総てが丸くおさまるんだ。男一人の苦 労と女一人の破滅を天秤にかけるなら、迷わず男の苦労を選択する。そんなわけで、一 つカンフル剤を投げ込むとしよう。これもバーテンダーの努め。お客様に楽しんでい ﹂ ? ただくための余興である。 さて楽しそうなイベントがもうすぐはじまる。 アルベド様はただただ微笑み、アインズ様を見ている。 アインズ様は顎が落ち、時間が停止している。 ﹁アインズ様。そういえばそろそろホワイトデーですが、ご準備はいかがですか サプリメント4 3月前編 124 サプリメント4 3月後編 シックな趣のBARカウンターに少々のテーブル席。比較的小ぶりとも言える、ナザ リック地下大墳墓 第九層にあるBAR。明確な店名はないのだが、来る人々からはB ARナザリックと呼ばれている。 本日、ナザリックの最高支配者であらせられるアインズ様が、ごく小数の方を呼んで 貸し切りにすると連絡を受けたので、いつものように対応していた。フロアを掃除し、 参加者から予想される料理の下ごしらえ。時間までに、前のお客を調整し退店頂く。そ んないつもと変わらない一日であるはずだった。 と言われるようになったポーズでこう宣言したのだ。 ! ですが﹂ バーでよろしいのでしょうか 普段であればアルベドあたりも参加するかとおもうの ﹁アインズ様。ナザリックの今後のためにも重要な会議と伺っておりますが、このメン ない で口元をさり気なく隠す。いつからか胡散臭い司令官はこんな格好をしなくてはいけ アインズ様がなぜか机を会議卓風に並べ直し、上座に座ると両肘を机に付き組んだ手 ﹁では、これより会議をはじめる﹂ 125 ? 会議卓に座るデミウルゴスが、軽く片手を上げて確認を取る。会議の姿すら背筋を程 よく伸ばし出来る男の雰囲気を遺憾なく漂わせるあたり、さすがですデミウルゴス様。 そういうとアインズ様は視線を上げる。 ﹁私の調査の結果、必要なメンバーはここに居るものだけだからな﹂ 会議の参加者はアインズ様、デミウルゴス様。セバス様。の3人ですか。 ﹁あ∼そこのバーテンダー。貴様も今回はこっちのカウントだからな。そこから出てく ますますわかりません。 ると、アイデンティティーに影響しそうだからカウンター内でいいが、会議には参加す るように﹂ ﹁はい。畏まりました﹂ 自分がナザリックの行く末を左右する会議に参加 ﹂ あ、セバス様も会議参加者なので今回は私が給仕をします。そのままお座り下さい。 会議の参加者の方に給仕する。 とりあえず、会議なので個人的なお気に入りであるフォションのダージリンを入れ、 ? ! もし私一人なら普通にツッコミを入れてしまいましたね。 えて空気を読まないことで、場の維持に尽力されるのですね。 あ、デミウルゴス様でも固まる時はあるんですね。セバス様は優雅にお茶を一口。あ ﹁では、会議をはじめる。議題はホワイトデーのお返しだ サプリメント4 3月後編 126 ﹁アインズ様。バレンタインのお返しがどれほど重要な内容か、リアルの風習の模倣か ら入っている浅学非才の身。どうかご教授頂けませんでしょうか﹂ ﹂ ? ! 慮いただくのは助かります。 デミウルゴス ! しかし⋮⋮。 ﹂ ﹁違う。間違っているぞ ﹁なっ ?! ﹂ ターンが無いようにする心遣い、さすがですね。さらに量産する私の手間もある程度考 大量にホワイトデーにもらったデミウルゴス様。渡した相手のグループ内で同じパ ﹁かしこまりました﹂ やりますので﹂ ませんよ。グループ内で同じパターンが無いように組み合わせて配るのは、私のほうで 詰め合わせを渡すつもりでした。ああ、バーテンダー。数と種類は出来る範囲でかまい ﹁そうですね。以前伺ったホワイトデーの慣習から、バーテンダーに頼んだクッキーの ﹁では、デミウルゴス。嫉妬に対し何を渡すつもりだ いえ、デミウルゴス様。普通察することはできません。 ﹁はっ。察することができず申し訳ございません﹂ ﹁ふむ、そうであったな。たしかにそれでは事の重大性を理解できずとも仕方がない﹂ 127 ﹁それでは、せっかく本命を送った嫉妬に対し、その他大勢の義理チョコと同じ対応と ﹂ 成ってしまう。それでは、今後のコミュニケーションに支障をきたし、ひいてはナザ ﹂ リックの生産性や組織力の低下に繋がるのだ ﹁なんと ! ﹁では率直に聞こう。デミウルゴスは嫉妬のことをどう思っている と﹂ ﹂ ﹁非常に優秀な部下ですね。判断力や補佐という点では、欠かすことのできない存在か ? 響させることなど考えられません。 少なくとも、デミウルゴス様と嫉妬様の間で何があっても、お二人ならナザリックに影 てくれなかった、ぐらいにしか感じませんよ。多少がっかりされるかもしれませんが。 いいえデミウルゴス様。本命の方にクッキー送っても。せいぜい気持ちに気が付い ! おりますが、雰囲気にどんどん押し流されているようですね。 アインズ様が、興奮したようにまくし立てる。デミウルゴス様も理性的に返答されて ﹁まあ、どちらかといえば﹂ ﹁そうか。では好きということでいいのだな﹂ ﹁あれだけ優秀でナザリックに尽くすものを嫌う理由がありません﹂ ﹁いや、好きか嫌いかというレベルでの質問だ﹂ サプリメント4 3月後編 128 ﹁ならばこそ、他と一緒ではいけないのだ。本命を送ってきた相手を軽く扱っては、その 評判が女性コミュニティに流れ、ひいてはナザリックの多くのモノに知れ渡ることだろ やけに実感がこもっているようですが﹂ う。そのように成ってからでは遅いのだ﹂ ﹁アインズ様。昔リアルで似た経験でも ﹁ああ、あの頃は若かったよ⋮⋮﹂ ﹁はあ⋮⋮﹂ ? いかな﹂ ﹁畏まりました。では合わせてメッセージカードも準備いたしましょうか ﹁それでお願いしましょう﹂ どうやらデミウルゴス様の件は決まったようですね。 ﹂ ﹁とはいえ初めてのこと。バーテンダー。一人分別のものを用意してもらってかまわな そうに頷くのだった。 デミウルゴス様は真面目に答え、自分の意見が理解されたと感じたアインズ様は嬉し ﹁そうか。わかってくれたか﹂ いただいたアインズ様に、なんとお礼を申し上げれば良いか﹂ ﹁そうですね。期待に応えるのも上に立つものの努め。それを実体験と合わせてご教授 ついついツッコミをいれてしまいましたが、合点がいきました。 ? 129 ﹁では、セバス。ツアレに何を贈るつもりだ﹂ ﹁そうですね。教えていただきましたホワイトデーの内容を考えれば、部屋に彼女の故 郷の華を飾り招待します﹂ ﹁えっ﹂ アインズ様はセバス様の回答に一瞬たじろぐ。 ﹁それだけでは味気ないので、外で手に入れたネックレスと合わせて送り、部屋でゆっく り時を過ごし、最後には⋮⋮﹂ アインズ様が狼狽えるのも分かります。 ﹁すまぬ。R18設定でないので、そこまで具体的でなくて良いぞ﹂ 予想しておりましたが、セバス様はこのぐらいやってのけるでしょう。まさしく恋人 とのホワイトデー成功パターンの一つというかなんというか。 アインズ様が頭を抱えてうめきはじめる。 ﹁たっちさん。あんた設定に何書いてるんですか﹂ ﹁創造主たるたっち・みー様に施していただいた教育の賜物かと﹂ す﹂ ﹁むしろ、どこでその手管を学んだのか、一人のバーテンダーとして知りとうございま ﹁セバスについては、問題はなかろう﹂ サプリメント4 3月後編 130 ﹂ アインズ様。貴方の書いた設定でパンドラズ・アクター様がすごいことに成ってるん ですが、貴方も人のこと言えませんよ。 この間、黒軍服で統一した騎士団を設立されてましたよ。 私は本命をもらって居ませんが﹂ ﹁では気をとりなおして、バーテンダー。お前はどうなのだ ﹁ん ﹂ ? ﹁外で確認されているが、プレイヤーやNPCは子孫を残せる。お前の子孫はどんな存 ﹁はあ﹂ ない。なによりお前という存在はNPCなのかプレイヤーなのか酷く曖昧だ﹂ 今後外でプレイヤーが見つかったとしても、身内でその情報を知るものは増えることは ﹁すでに守護者クラスには知られていることだが、私以外でリアルを知る唯一の存在。 の方々にない問題点を指摘する。 先ほどまでの、微妙なテンションから一転、真面目な雰囲気に戻ったアインズ様は他 ﹁と、申しますと ﹁お前に限って言えば、それでは困るのだよ﹂ ﹁まあ、それなりに対応するつもりですが﹂ あ、やっぱり調査済ですか。 ﹁ユリからもらったのは調査済だ﹂ ? ? 131 在となる ﹁なんだ 可能性でいえばNPCでありながらプレイヤーと同等の資質を持つかもし バーテンダー﹂ ﹂ ? ﹁ああ⋮⋮それなんだがな﹂ なのでしょう。それこそ、私達の対応以上にナザリックの今後を左右するような﹂ 方向で、進むというのも良いでしょうし、一人を選ぶというのならそれも支配者の判断 ? ? ﹁アルベド様とナーベ様とシャルティア様はどのようになさるので 立場上3人を娶る して認められたと聞く。つまり今は富国強兵の時代とも言えるのだろう。 まあ、聞けばナザリックの支配構造は着実に広がり、外でも魔導国という国の形式と ﹁私がユリ様にそうなるかどうかは別として、認識だけはしておきますね﹂ るという点では正しいことだからな﹂ 残すという点を軽視する必要はない。それはナザリックの戦力強化にも繋がるし、生き ﹁一応、セバスはほっておいても良いだろうが、デミウルゴスにも言っておくぞ。子孫を と同じような子孫を残すとは限らないのだ。 自分では意識していなかったが、他と違う記憶構造を持っている以上、ほかのNPC ﹁あ、なるほど﹂ れないのだ﹂ ? ﹁で、アインズ様一つよろしいでしょうか サプリメント4 3月後編 132 アインズ様の声がどんどん小さくなっていく。 つまり⋮⋮。 ﹂ ? まれやすいか生まれにくいかの差はありますが、問題無いでしょう﹂ ﹂ デミウルゴス様。最後の2つは断定してますよね。実験でもしました ﹁ではドッペルゲンガーは どなたか手を出しましたか ﹁問題はオーバーロードですか﹂ ? ﹁セバス様。なぜ知っているか聞かないこととさせてください﹂ ﹁ドッペルゲンガーも人の姿を取っていれば、人間と同じ構造をしております﹂ ? ? しょう。人とオーク、人とゴブリンの混血も可能でした。生殖器の構造さえ一緒なら生 ﹁一 応 文 献 を 見 る 限 り ヴ ァ ン パ イ ア は ダ ン ピ ー ル と い う 存 在 も あ り ま す の で、可 能 で あヤレば子供ができるでしょうけど、アンデッドはどうなのでしょう ﹁デミウルゴス様。下世話な話となりますが。サキュバスはインキュバスと同様で、ま 対しどのように切り返せば良いか迷っているようだ。 状況をデミウルゴス様も、セバス様も気が付いた様子。ただし上司であり絶対支配者に 場が沈黙する。いままでの会話は全て余興。本命はこれということだ。そしてその ﹁⋮⋮﹂ 133 ﹂ ﹁そもそもスケルトン系のアンデットは、人間をはじめとした他の生物の死や階位が上 がることで生まれますから。そもそも生殖行為自体しないのでは ﹁ふむ。それはそれで重要な問題ですね﹂ うことですね﹂ 乗っけた口唇蟲のようなものを開発しないと、アインズ様のお世継ぎは生まれないとい ﹁人 の 姿 を 取 り 戻 す マ ジ ッ ク ア イ テ ム を 探 す か、そ れ こ そ ア イ ン ズ 様 の 遺 伝 子 情 報 を いのはわかりますが、大のオトナの表情じゃないですよ。どうみても。 部下たちの下ネタトークに若干恥ずかしそうにしているアインズ様。まあ、恥ずかし ﹁ですよね﹂ ? あ∼アインズ様。真面目に会話している私が言うのも何ですが、両手で顔を隠して ﹁精神的な意味で娶るというのが、どうでも良い話題ですがね﹂ も、骸骨ですから可愛くありませんよ ? ﹁おお そうか﹂ しするしかありませんね﹂ ﹁そうなりますね。まあ、来年以降のイベントに先送りできるようなプレゼントをお返 ですね﹂ ﹁ということは、今回のホワイトデーはある程度までは良いけど、線引があるということ サプリメント4 3月後編 134 ! なんか方針が決まった途端元気になりましたね。アインズ様。 したそうな。しかし﹁お友達チョコにそこまで気合いれなくても大丈夫よ∼﹂と言われ どこで見つけたのか不明な美しいアミュレットを添えて、なぜかタキシード装備で突撃 うやら本命と思って貰ったチョコレートだが、義理チョコだったらしい。バラの花束に それよりも先ほどからテーブル席で、常連のヴァンパイアがしくしく泣いている。ど ついてきたユリ様には、目配せ一つ。意図は通じたようですね。 遽スタート。 食べきれないとのことで、プレアデスの方々やアウラなどを呼び出し強制女子会が急 ほどをお出しする。 のお菓子︵贋︶に始まり、以前ツアレ様が再現された外の世界のパイまで。約20種類 そんな第一声で、甘い声で可愛く宣言されるエントマ様に、普段では出さない高級店 ﹁今日はお呼ばれしてきましたわ∼﹂ しいて言えば、午前中にエントマ様をお呼びしたぐらいだろうか。 いつも通り、BARを営業している。 ホワイトデー当日 ナザリック 第九層BAR ****** ﹁では⋮⋮ 135 たそうな。 それを見て愉悦の笑を浮かべるワーウルフが、高らかにビールを飲んでいる。 あ∼うん。ある意味予想通りですね。 最近、お約束っぽいことが少なくなってきて気にしていたのですがよかった。とりあ えず、マシュマロの山を出してあげましょう。 さて、夜がふけるころにアインズ様とアルベド様が訪れる。 ﹁いらっしゃいませ。アインズ様、アルベド様﹂ ﹁ああ、頼んでいたものは準備できているか﹂ ﹁はい。こちらになります﹂ 美しいバラの花束。最初アインズ様が花束なら100本のバラだろうと言ってまし たが、貰う側は大変なんですよアレ。ということで、手頃なサイズの花束に。メッセー ジカードを添えて。 アインズ様は花束を受け取ると、アルベド様に手渡しをする。どこかそっけなく、不 格好だが、アインズ様なりの誠意がこめられたものである。 花束を受け取ったアルベド様は恥ずかしそうに微笑む。美女に花束はそれだけで絵 らないものだな﹂ ﹁いつも感謝している。しかし改まって言葉にしようとすると、何と言えばよいか分か サプリメント4 3月後編 136 になる。アインズ様も一瞬見とれながらも言葉を重ねる。 ﹂ ? ﹂ ﹁ですが研究次第で御子を授かる可能性が生まれただけ、良しとしていただけませんか ﹁これは、貴方の案ですか ただ、帰り際アルベド様がこちらを見ていった一言が怖かった。 大の男が一世一代の話をしたのだ。 そこから先は、野暮というもの。 ﹁はい﹂ ﹁今宵は、将来のことを語ろうか﹂ 137 ****** もっともその辺も含めてお見通しのようで、ほんとうに女性は怖い。 せん。 ズ様を乗せたのは事実だが、こんなことはバーテンダーの分を超えているので基本しま 美女に凄まれるのは、なかなかクルものがある。デミウルゴス様と組んで若干アイン ﹁その点は評価しましょう。今後もアインズ様のご意思を優先するように﹂ ? アインズ様、アルベド様が帰られ、常連たちも帰った頃。 日付が変わる間際、ユリ様が一人訪れる。ほのかに香るラベンダー。毛先が若干濡れ ている髪。いつものように扉を閉める間際に貸し切りの札を降ろす。 ﹁ようこそ、ユリ様。本日は何になさいますか﹂ ﹁あら呼んでおいて、その対応は無いのじゃないかしら﹂ ﹁そうですね。ではこちらへどうぞ﹂ いつものようにカウンターに通す。 真澄の辛口を、ガラスの徳利に入れて出す。 ﹁そうですね。今日はいつもの違うものを出させていただきましょう﹂ おちょこは2つ。つまみはに里芋、れんこん、大根、人参、うずらの卵を醤油と味醂、 日本酒で煮て、いちどゆっくり冷ましたものを、再度温めた煮しめ。 私はいつものようにおちょこに酒を注ぐ。ユリは注がれたおちょこを置き、徳利を私 から受け取ると、私のおちょこに注ぐ。そして二人は何も言わずにおちょこで乾杯をす るのだ。 ほのかな米の香りを感じ、日本酒独自の風味を舌で味わい、程よい辛さを感じるころ 喉を流れる。 ﹁久しぶりに自分で飲んだよ。出すことはあったけどね﹂ サプリメント4 3月後編 138 ﹁そう。じゃあ教えてくれるの ﹂ ? とはないよ﹂ のままお酒といっしょに飲み干してしまおう。そのまま腹のそこに納め、二度と出すこ ﹁もし、どうしても気になる。自分だけの存在で居て欲しいというなら、今日のことはこ 私は自分のおちょこを持ち上げる。 ユリも視線を感じたのだろう。ゆっくりを顔を上げ私の目をみる。 そう言って私はユリの瞳をみる。 話だけどね﹂ 今の私は、過去にいる妻や子供がいたからこその私。主観時間でもう数十年以上過去の ﹁今日はホワイトデーだ。だからユリ姉さんにいろいろお返しをしようと思った。でも 表情なんか見なくても分かる。そのぐらい一緒に過ごしてきたのだから。 ユリのおちょこが空いたので、おかわりを注ぐ。 ﹁そう﹂ とを話さない。 自分のことを聞いて欲しい人。だからこそ、聞かれないかぎりバーテンダーは自分のこ バーテンダーは話し相手としても成立する職業である。BARに来る人は得てして ﹁これは無き妻の好きだったお酒だ。そしてこのつまみは得意料理﹂ 139 そういうと。私はゆっくりおちょこに口を近づける。 しかし、そのおちょこは綺麗な指で取り上げられる。そして取り上げたおちょこをユ リは飲み干してしまうのだ。 ****** ただ今日だけは、自分の分もジョッキを用意し飲むのだった。 いつも通り凍らせたジョッキを出し、いつも通りビールを注ぐ。 スなので、ビールでないと追いつかないですね。 そういうと、ユリはいつものペースで酒を飲み始めるのだった。ああ、いつものペー い。大丈夫。明日は妹達が頑張ってくれるって言ってたわ﹂ ﹁歴史の無い浅い男と飲む気はないわよ。さあ、今日はゆっくり話を聞かせてちょうだ サプリメント4 3月後編 140 できる。たとえばあるカクテルを生み出し、その原料となる酒も生み出すことができる の。さらにある程度内容が分かっていてれば、まるで逆算のように原材料の液体を生成 私の能力は、生前も含めて過去に一度でも飲んだり触れたりした液体を生成するも いつものように第九層のBARで、試行錯誤に明け暮れる。 い。 そう。私は人間ではなく地獄の住人と、心の何処かで今も思っているのかもしれな まで自我の形成と根付くとはおもっていなかった。 中ではいまいちピンときていないのかもしれない。主観時間の思い込みとは、それほど ユグドラシルというゲームから派生した異世界のような場所と言われても、やはり私の そのデキの良さから、ここがてっきり地獄と勘違いして数十年。アインズ様にここが ある。 管理都市を感じさせる第九層。各階層ごとに趣向を凝らし、というか凝りすぎた場所で 聞けばプレイヤー41人による合作作品。白亜の城を思わせる第十層に、洗練された ナザリック地下大墳墓 サプリメント5 沖縄料理 141 サプリメント5 沖縄料理 142 のだ。あとは適量をまぜる技術次第で、同じカクテルを再現することができる。 しかし、料理はそうはいかない。材料もある程度加工品もダグザの大釜を使って生み 出せるが、完成品は出てこない。スープやだし汁などは私の能力で生み出せるが、どう しても料理の腕が必要となる。数十年の研鑽のおかげで、そこそこの料理をそこそこの クオリティで作れるように成った。 だかしかし、まだまだ食べてみたい。味わいたい。 私はインキュバスなのに、性欲の代わりに間違って暴食でも植え付けられたのだろう か あとは水切りした豆腐を炒め、ゴーヤを油で炒める。最後に油が少々多めの豚バラを する。程よい苦味には一手間かかる。 ぎては苦味と歯ごたえがたりず、塩と砂糖がないと味がぼやけたり苦味がキツすぎたり ゴーヤはワタをとり、若干厚めに切って塩と砂糖をまぜあわせて数分寝かせる。薄す ゴーヤ、豆腐、豚バラに卵。 としたとき食べたくなる。 ご飯と食べても美味しいが、酒飲みには極上のつまみ。ゴーヤは夏の食べ物だが、ふ │ │ ゴーヤチャンプルー さて、今日も過去の料理の再現および技量向上のために一品作る。 ? 炒め、卵やほかの食材を混ぜあわせる。豚の油の味、豆腐の甘さ、そしてゴーヤの苦味。 これらのハーモニーはビールにも日本酒にも、はたまたワインのようなものにも合う。 さて試食と思った時、BARの扉が開く。 ﹁うん、っていい匂いがする。なにか作ってたの﹂ ﹁カウンターにどうぞ﹂ が答えられる。 アインズ様と同じという辺りがよかったのだろう。向日葵のような笑顔で、アウラ様 ﹁うん﹂ に届けさせたり、こちらにお見えになったりしていらっしゃいますし﹂ ﹁その辺の気配りは、皆様と同じでいらっしゃいますね。アインズ様も食堂から執務室 はということなのだろう。 出しては、部下も食事を楽しめず、自分も食事を楽しめない。たまになら良いが毎日で 言わんとすることは、バーテンダーの私でもわかる。部下が普段利用する食堂に顔を ﹁わかってるって。でも、食堂に行くと下の子たちがね∼﹂ ﹁一応、うちはBARですので、お酒がメインですが﹂ ﹁うん。この後外に出るからその前にご飯と思ってね﹂ ﹁いらっしゃいませ、アウラ様。お一人でいらっしゃいますか﹂ 143 ﹂ ﹁はい。ゴーヤチャンプルーという料理を作っておりました﹂ ﹁それ食べてもいい とご一緒にお食べ下さい﹂ ﹁今食されましたのは豆腐になります。単品では甘さや食感となりますが、ほかのもの が無かったのか不思議な顔をされる。 アウラ様は豆腐を一つをフォークですくい、口に運び咀嚼する。しかし思ったほど味 出すときは、このようになる。 は、アインズ様とアルベド様、デミウルゴス様だけなので、他の御方にこの手の料理を そう言うと、皿にもりナイフとフォークをお出しする。箸をマスターされているの ﹁どうぞ。感想をいただけましたら幸いです﹂ ? れ、泡盛を注ぐ。 と一緒に、泡盛の琉球王朝の古酒をお出しする。ガラス細工のグラスに氷を多めに入 クー ス そういうと、今では当店基本装備となっている、一時的な酔いを楽しめる呪いの指輪 ﹁なるほど。ではこちらのお酒といっしょにお飲み下さい﹂ ﹁いろんな味が合って美味しいけど、緑のが苦くて苦手かな﹂ そういうと、ゴーヤと豆腐、豆腐と豚バラ、豚バラとゴーヤ。組み合わせて食べる。 ﹁わかった﹂ サプリメント5 沖縄料理 144 クー ス 氷を流れる泡盛は光を反射し、ガラス細工の器にきらびやかで柔らかい光を映し出 す。 ﹂ ? ﹂ ? ろう。きっと⋮⋮ ﹁では、そのお飲み物といっしょに、お料理をどうぞ﹂ そういうと、アウラ様は飲みながらゴーヤを咀嚼される。 ? ﹁うん﹂ ﹁さっきまで苦味だけだったけど、このお酒とだとアクセントっていうのかな お酒が まさしくお得かもしれない。私が生きていた頃の飲兵衛共に羨ましがられる能力だ な ﹁そっか∼。でも指輪を外すとその辺が総て吹っ飛ばせるから、おいしく飲めてお得か いのですよ﹂ ﹁はい。飲み口が軽いのですが、アルコール度が高いので、ロックではあまり量を飲めな かな ﹁うん。すごく飲み口が軽いけど香りがいいね。でも飲んでからふわっと熱が来る感じ コクコクと喉がなる。 アウラ様は、グラスを受け取り口に運ぶ。 ﹁琉球王朝の古酒。ロックにございます﹂ 145 どんどん飲めるような気がする﹂ ﹁程よい苦味が、舌を刺激してお酒の風味を引き立てますので﹂ とはいえ、普段のアウラ様はどちらかと言えば健啖家でいらっしゃる。これだけでは 足りないでしょう。そこでいつもの冷蔵庫︵時間停止︶から取り出すのは、今晩用に準 備していたラフティである。 作り方は簡単で、豚バラ肉にかつおのだし汁、泡盛、黒糖、醤油で煮るだけ。ただし 約1時間ほど煮るため、時間だけがかかる。いまももう1鍋を後ろの厨房スペースで煮 ている。 もっとも今回は無駄に凝って、大釜に沖縄産黒豚の豚バラ肉かたまりと指定したの で、結構良い肉が出てきた。このダグザの大釜の謎の性能には、脱帽するばかりである。 そして煮るのに泡盛の古酒〟久遠〟を使ったのだから味は⋮⋮。 ﹂ ? 様は頬張りながら、ゆっくりと泡盛を飲まれる。見るものを楽しませるような明るい笑 ああ、美味しいという言葉を表情にするなら、こんな表情になるのでしょう。アウラ そういうとアウラ様は、ラフティを一つ口に入れる。 ﹁はい、おこのみで生姜とからしをどうぞ﹂ ﹁豚の角煮かな ﹁ラフティにございます﹂ サプリメント5 沖縄料理 146 顔で。 ﹁これ、すっごくおいしいね﹂ ﹁ありがとうございます﹂ ﹁そうだ、今度ユリやペスも連れて来ていい ﹂ ? ﹁ほかにどのようなものを作りましょうか﹂ ているから⋮⋮。 ﹂ その気持ちに誘われて、あそこに行ったのはいつだろうか。それから毎年会いに行っ 日本人の血の欲求。桜を見たい。 そう。時期は3月。 ﹁花見ですか。それも良いですね﹂ ﹁うん判った。そろそろ外の花も綺麗な時期だし、近いうちにお願いしようかな﹂ いただいても良いでしょうか ﹁もしよろしければ、3名で来られるときは、食べたいものなどのリクエストを、事前に にお越しになったことがないので、好みがわからないのは少々問題ですね。 かしユリ様については好みを把握しているのでよいのですが、ペスト│ニャ様はこの店 以前ユリ様から、女子会を開いていると聞いていますので、きっとそれでしょう。し ﹁ええ、お待ちしております﹂ ? 147 ﹁そうだね⋮⋮﹂ アウラ様はそのあと、ラフティを一塊、たぶん1k以上を食べ、大量のお酒を楽しま れ任務に向かわれた。 花見か。 ﹂ そんな風に思っていると、声をかけられる。 ﹁いつからそこにいました 者の方々に敬意を払ってしまうのはしょうがないことです。右斜め上ではありますが。 まず、この二人の気遣いが間違っているように想うのですが、まあアインズ様や守護 わるまで静かに待っていたそうだ。 なんでもアウラ様が入っていくのが見えたので、息を潜めていっしょに入店し、食べ終 気が付くと常連のヴァンパイアと、ワーウルフがいつものテーブル席に座っている。 ? は今更気にしませんが、BARにマイ箸持参はどうかと。 そこで、料理を出すと美味しそうに箸で食べ始める。まあ、こいつらがどんな存在か ・ 番組を見た後の食事ですか。その気持はわかります。 まず食わずでアウラ様の美味しそうに食べる笑顔を見ていたということは、つまり美食 そんな二人は、ゴーヤチャンプルやラフティ、泡盛などを注文した。結構な時間、飲 ﹁はいはい、アウラ様が美味しそうに食べてたもの全部ですね﹂ サプリメント5 沖縄料理 148 ﹁で、なんで二人はわざわざいっしょに入って息を潜めてたんですか ロリータ NO タッチ ﹂﹂ ! 例えば邪魔にな ? かもしれませんね︶﹂ ? ﹁︵作り直しますので、1時間以上いただく必要があるかと︶﹂ いる。すでに蹂躙された後のようだ。 私は鍋を確認すると、中身はほぼなくなっていた。見ればワーウルフが楊枝を咥えて ﹁︵⋮⋮残っているか ︶﹂ ﹁︵美味しそうに食べていらっしゃいましたので、きっとその喜びをお伝えしたかったの を肴に泡盛を飲んだと言い残して出て行ったのだが⋮⋮︶﹂ ﹁︵あ∼、いまアウラが出立前の挨拶に来たのだが、なぜかゴーヤチャンプルとラフティ ﹁︵はい、アインズ様いかがなさいましたでしょうか︶﹂ あれば、アルベド様からなのだが直接ということは思いつきか何かの案か⋮⋮。 そんなことを考えていると、アインズ様からメッセージが飛んでくる。普段の予約で つらならご褒美ですと言って即復活しそうで怖い。 いや、たとえこのタイミングでアウラがこの二人をムチで叩きふっ飛ばしても、こい ! らないように、店に入らず時間をずらすとかできたでしょうに﹂ ﹁﹁YES ! ﹁アウラ様に殺されますよ﹂ ! 149 ﹁︵そうか⋮⋮︶﹂ アインズ様が残念そうな声をだす。声だけで残念そうに感じさせるとは⋮⋮。もし 隣にアルベド様がいれば⋮⋮。 対応なさい︶﹂ ﹁︵バーテンダー。今アインズ様がすごく気落ちされたお顔で、無いかぁとつぶやいてお られたけど、貴方のところでしょ さて、急いで仕込みにはいりますか。 ﹁︵かしこまりました︶﹂ ﹁︵分かりました。いつも通り貸し切りでおねがいね︶﹂ ﹁︵急いで準備します。夕飯のタイミングにお二人でどうぞ︶﹂ ? ここはBARナザリックこんな風に予約が入る日もある。 そういうと、二人が忽然と店から消えるのだった。 ります。下手をするとアルベド様に折檻されますよ。マジの﹂ ﹁あ∼そっちのお二人は、あと30分で退店お願いしますね。アインズ様のお時間にな サプリメント5 沖縄料理 150 と問われれば、特に無い。 ? モモンガ様がアインズ様になった今でも、忘れていない。 数十年ぶりにみた桜の美しさ。あの時、交わした言葉。あの時、飲んだ酒の味。 そう、一度だけ八層に移動することができた。その時のことを私は忘れない。あの時 しかし、一度だけ。 を確認し、仕事場に戻る。そんな過ごし方をしていた。 毎年、四月になると一度だけ階層ゲートの前に行く。そして八層に移動出来ないこと だが、私は諦めることができなかった。 禁止された八層に、この世のモノとは思えない美しく咲き誇る桜があるという。 立ち入りを そんな時、店の常連の一人であるヴァンパイアから面白い話を聞いた。至高の方々に ただ、あの白く赤い花びらの舞う姿が見たいから。酒があれば、なおすばらしい。 理由は 4月になると無性に桜を見たくなる。 サプリメント6 4月の花見 151 ****** 第九層 BAR ナザリック地下大墳墓。 第九層のBARは、今日も客をもてなす。けして広い店ではないが、客は種類に富ん だ酒と食事、そして会話を楽しむ。 ﹂ ﹁バーテンダー。先日、エ・ランテルで花見に誘われたのだが、どのようなものか知って いるか 生前は毎年のように楽しんでおりました。どのようなことをお知りにな ﹂ これらを肴に、このような言葉から会話がはじまった。 ンのハーブ和えを準備中。 身。彩りを重視した春野菜のサラダ。そして梅酒のロック。追加でローストしたチキ 本日は、新鮮で若く柔らかいタケノコをスライスし氷水にさらしたタケノコの刺し ほぼ日参といっても良いほど、ご来店いただいているアインズ様。 りたいので ﹁花見ですか ? ? ? よ﹂ 状態だったから、実際の花見というものをしたことが無くてな。ふと気になったのだ ﹁エ・ランテルの誘い自体は、宗教上の理由ということで断った。しかしリアルはあんな サプリメント6 4月の花見 152 リ ア ル アインズ様は、たけのこの刺し身を咀嚼し、過去を振り返られる。 アインズ様が生きたのは、大気汚染と土壌汚染により植物が正常に育たない時代。ま して野外で宴会など、自殺行為に他ならないという。 今の話ぶりからも花見も上流階級の行事で残っているかもしれないが、市井の文化で ある花見はほぼ壊滅してしまったのかもしれない。 とはいえ、いきなり2000年代の花見の経験談をしたところで、見たことも聞いた さまざま ことの無い話題に、共感は生まれないだろう。そこで、アインズ様の引き出しを開ける ところから、会話をはじめてみましょう。 ﹂ ﹁比較対象というわけではありませんが、ユグドラシル時代はどうでしたか な風習が、イベントになっていたようですが きる。そして捧げた死体の数やレベルに応じて、レアなデータクリスタルを入手できる 二十四時間確保すると、この争奪戦限定で残るプレイヤーの死体を桜に捧げることがで ﹁ユグドラシル時代の花見は、全国の桜の名所で陣取り合戦だったな。うまく桜の下を ⋮⋮。 月のひな祭りもあったそうだが、とんでもない奇祭としてイベント化されていたようだ かったらしく、かなりの風習もイベントとして取り込まれていたそうだ。もっとも、3 ユ グ ド ラ シ ル。今 の 私 た ち の 元 と な っ た ゲ ー ム。そ の ゲ ー ム は 無 駄 に 自 由 度 が 高 ? ? 153 というイベントだ﹂ ﹁血生臭いイベントということがわかりました﹂ 死体が足りないといって、ぶくぶく茶釜さんがペロロンチーノさんに、他の争奪戦に突 ﹁アレはアレで楽しかったぞ。あと少しで最上級のデータクリスタルが排出されるのに 撃して死体奪取を命令したとか﹂ アインズ様は、昔を懐かしむように梅酒を傾ける。 たしかぶくぶく茶釜様とペロロンチーノ様は、ご姉弟であったか。姉に逆らえない弟 というのは、ある意味テンプレですね。しかし、聞く限り結構な規模のお祭りだったの でしょう。血なまぐさいが同時に祭りの高揚感も合って、楽しい思い出のようです。 場の花見で、新人が場所取りみたいな話もありました。その意味では陣取り合戦も、そ の名所と言われるところでは、宴会をするための場所取りも結構大変でした。例えば職 ﹁はい。どうせ花を見るなら、美しい桜を見たい。しかし桜の見頃は短いこともあり、桜 ﹁桜の下という点は、正しかったのか﹂ で宴会など、祭り好きの気質ともあいまって日本中に広まったようです﹂ です。しかし時代が移り変わり貴族から武士へ、そして民へ。春の風物詩として桜の下 です。最初は庭の花を愛でながら弁当を食べたり酒を呑んだり、貴族の風習だったよう ﹁日本における花見は、古く万葉集にも詠まれていたように平安時代の頃からある文化 サプリメント6 4月の花見 154 の辺をネタにしたのかもしれませんね﹂ ちょうどローストチキンのハーブ和えが出来たので、新しいお酒を準備する。冷蔵庫 で冷やした背の高いグラスに氷を一杯に入れる。そしてヴィクトリアン・ヴァット・ジ ンとトニックウォーターを注ぎ、ライムを搾る。最後に軽くステアし、モモンガ様にお 渡しする。 えがたいものですね﹂ ﹁桜か⋮⋮﹂ ? がな﹂ 時期しか花を付けない。ユグドラシル時代なら、ずっと花を咲かせることもできたのだ ﹁そういえば八層にも、桜が咲いていたことを思い出してな。無駄に凝った作りで、この ﹁桜がどうされました ﹂ 楽しむ人もいます。どちらにしても、家族や友人と桜を愛でながらの宴は、何物にも代 ﹁とはいえ、花見の醍醐味は人それぞれ。花より団子というように、桜にちなんだ食事を ﹁あの糞運営は、それはそれで良く考えていたのだな⋮⋮﹂ をカラカラと回転させる。 アインズ様はほのかなジュニバ・ベリーの香りを楽しみながら、軽くグラスを回し、氷 ﹁ジン・トニックです﹂ 155 ﹁きっと、その設定を考えた至高の方は、日本人の気質である諸行無常を理解されてこだ わった結果かもしれませんね﹂ ア イ ン ズ 様 は そ う い う と グ ラ ス を 煽 る。そ し て カ ラ ン と 氷 が 涼 や か な 音 を 奏 で る。 ﹁諸行無常か⋮⋮。アンデットの私には似つかわしくないものだな﹂ 骸骨に表情は浮かばない。しかしその声には友への評価に対する喜び、そして自分との 対比など複雑な感情が乗る。 ﹂ ﹁美しく咲き誇り、散りゆく桜を見て美しいと感じるのであれば、アインズ様も日本人と いうことかと。そこに種族は関係ありません﹂ ? 私は今でも桜を見たいと思っておりますよ﹂ ﹁そうだといいのだがな。バーテンダーはどうだ ﹁私ですか ? そんなことを徒然なるままに考えながら、アインズ様のお考えをお邪魔をしないよう 近。 ブル席に食事やソフトドリンクを置くと、いつの間にか消えるようになったのもごく最 ブル席で飲むようになった。また、アインズ様の護衛の方々のために、誰もいないテー 最近では慣れたもので、ほかの常連もアインズ様が急に来店された時は、静かにテー アインズ様は、ふと酒を片手に考えこまれる。 ﹁ふむ﹂ サプリメント6 4月の花見 156 に、静かにグラスを磨く。 しばらくするとアインズ様は、こんな提案をなさった。 ﹂ ? ﹂ ? アインズ様のご命令ということで、その後すぐにはじまった料理長と副料理長と打ち こうして、急な花見が決まった。 ﹁日取りは追って連絡するが、来週の後半で準備をすすめるように﹂ ﹁はい。皆様と協力して準備させていただきます﹂ ゲート設定も変えよう。そのほうが荷物を運びこむときも便利だろう ﹁ああ、そうだな。当日はトラップを停止させ、九層から桜の場所への直通になるように ﹁畏まりました。しかし八層は出入り禁止と聞いておりましたが この依頼ということは、先ほどの私の要望を汲みとっていただけたのだろう。 から。 花見に、バーテンダーを呼ぶ理由はまったくない。酒が必要なら事前に作れば良いのだ ・・ なかなかおかしな依頼である。これもアインズ様なりの気遣いなのだろう。八層の と良い﹂ して酒の準備などを頼む。また当日終わった後は、おまえたちも八層でゆっくり楽しむ の準備を頼む。参加者が多いので料理長や副料理長と協力せよ。バーテンダーも参加 ﹁今度、守護者とプレアデスと八層で花見をしようと思う。その時に花見用の食事や酒 157 サプリメント6 4月の花見 158 合わせは混迷を極めた。理由は単純で、私以外花見というものを知らなかったからだ。 大人数の花見であれば、私のイメージは重箱のようなものを用意し、色とりどりの食 事を楽しみながら酒を飲むものだった。しかし、料理長と副料理長の場合、宴会=屋内 パーティーとなってしまい、会場イメージからてんでばらばらだったのだ。 その後の意識あわせで現物を作ることで弁当箱というか重箱までは理解してもらえ たが、ござを敷いて座る文化がなかったのでこちらは断念した。結果、ナザリック初の 花見は、桜の下に机と休憩用の椅子を持ち込んだ立食パーティー形式となった。 ****** ナザリック地下大墳墓 八層 桜花聖域 美しく散る桜 その下に設けられたガーデンテーブルに、多数の料理と酒が並ぶ。 鳥 の 唐 揚 げ に は 塩 と レ モ ン を 添 え て。ロ ー ス ト ビ ー フ に は ジ ェ ノ ベ ー ゼ の ソ ー ス。 サーモンとオリーブのアンチョビなどの洋食を料理長が用意した。どれもボリューム があるため、アウラ様やルプスレギナ様が飛び付く。 甘いバターの香りをたたえるマドレーヌに、ハムやレタス、苺クリームなど種類も色 合いも豊富なサンドイッチ。主食とお菓子は、副料理長が用意した。そして私は三色だ んごやタケノコや人参、里芋などの煮物、紅白かまぼこ、鯛の造りなど和食というかア インズ様ご要望の品を準備した。 準備も整い、アインズ様の乾杯の音頭とともに花見をはじめる。しかし守護者達は何 をしていいか分からず、仕事の話半分、飲み食い半分という感じだった。 アインズ様は何も言わず、静かに守護者の皆様からの酌を受け、ゆっくり酒を楽しん でおられる。 食も進み酒も一巡した頃、コキュートス様の一言で流れが変わる。 コキュートス﹂ ? る。 そういうとアインズ様は飲み終わった杯を置き、右手をそっと散りゆく花びらに添え ける。不死者の私には似つかわしくないが、やはり命の移り変わりは美しい﹂ ただろう。美しく咲き誇り、儚く散る。しかし散ったあとも、また次に向けた成長を続 ﹁そうだな。この花は美しい。もしこの花が常に咲き続けていたら、そうは思わなかっ コキュートス様とデミウルゴス様の桜の話題に、アインズ様も参加される。 ﹁鮮やかに散る。いや命燃え尽きる最後の美しさというべきかな﹂ ﹁アア、コノ散リユク花ビラガ舞ウ様。生ノ終ル様トイウカ。良イ言葉ガ浮カバンナ﹂ ﹁どの辺が美しいのだい ﹁ソレニシテモ、コノ花ハ美シイナ﹂ 159 しかし花びらはフワリと、指の隙間からこぼれ落ちる。 ﹁不死者に似つかわしくないなど、とんでもございません。もし生が短いものが見れば、 自分の生を重ねるでしょうが。死を超越されたアインズ様であれば、命の価値を客観的 に見て美しいと評されたのでしょう﹂ だが、こぼれ落ちる花びらは、白磁のような美しい手のひらにおさまる。アルベド様 は、その手をそっとアインズ様に差し出される。 この花を﹂ ﹁そういうものか。アルベド﹂ ﹁はい﹂ ﹁では、アルベドはどう評す アルベド様の手のひらから、花びらは舞い上がりどこかに飛んでいく。 ゆえに、この桜の散り際を私達が楽しむことこそ⋮⋮﹂ ﹁花は、愛する方に散らされてこそ本望。誰にも愛されず消え行くのは寂しいことです。 ? いる。 アインズ様の言葉に、アルベド様も同意される。気が付けば参加者全員が耳を傾けて ﹁そうかもしれませんね﹂ かったのは、この桜にとっては残念なことをしていたのかもな﹂ ﹁そ う か。で は こ の 地 を 危 険 だ か ら と 封 鎖 し、そ の 散 り 際 を 長 い 間 一 人 に し か 見 せ な サプリメント6 4月の花見 160 ﹁今回は良い風習と出会えた。来年も、その次も、また皆でここで楽しみたいものだな﹂ だ﹂ ﹁アインズ様﹂ ? その時、アインズがもつ杯に一枚の桜の花びらが舞い降りる。 ﹁はい﹂ ことを楽しみにしている﹂ ことが総てなのだから。来年もこの花が咲くころに、だれも欠けることなく酒を飲める ていたのかもな。リアルのこと、かつての仲間たちのこと。しかし、今お前たちがいる ﹁少し雰囲気に酔ったかな まあ、この言葉に嘘偽りはない。思えば私は過去に縛られ 思っている。そんな者達が一緒にいるだけ喜んでくれるというなら、私は本当に果報者 ﹁そう言ってくれると嬉しいものだ。私はお前たちを家族のよう⋮⋮。ちがうな家族と 銘柄は千年の孤独。 アルベド様は微笑みながら、アインズ様に新しい杯を渡しお酒を注ぐ。 きることこそ最上の喜びです﹂ ﹁異なことを。私達守護者、いえナザリックのモノ総ては、アインズ様と時間を同じくで ﹁それでは、お前たちは望んでいないともとれるぞ﹂ ﹁アインズ様がお望みとあらば﹂ 161 ﹁お取り替えしますね﹂ そういうと、アインズ様はその酒を一気にあおるのだった。 ﹁いや、これも風情があって良い﹂ ******* 花見も終わり、アインズ様や守護者の方々がお戻りになられた後、 後片付けのほとんどは、プレアデスの方々がなされた。セバス様に片付けもこちらで 行うと伝える。しかし、同じ主に仕える身、少しは手伝わせて欲しいと言って、あっと いう間に片付けてしまった。 気が付けば周りが暗くなりはじめる。六層のような人工太陽ではないが、気にならぬ ほどに自然な調光と時折そよ風を感じさせる空調。 ここが地下であることを忘れさせてくれる。 しばらく何もせずに、静かに散る桜を眺めていると、気が付けば隣に巫女が佇んでい みやまざくら た。なにからは話せば良いかわからない。しかし、昔のように持っていた盃を一つ渡し 酒を注ぐ。 に限る﹂ ﹁酒の名は深山桜。この日本酒は、ほのかな甘みとフルーティーな香り。ゆえに大吟醸 サプリメント6 4月の花見 162 みやまざくら そういうと、自分の盃にも注ぎ静かに盃をあわせる。 誰の歌かと にBARの冷蔵庫から適当に持ってきたと。明日作り直しますので問題ありませんよ。 なにやら常連のヴァンパイアとワーウルフが、大きなボックスを抱えている。なにな 気が付けば遠くから音が聞こえる。 して散らせているからかと。 ああ、物理的には埋まっていませんよ。でも、この桜が美しいのは多くの命を吸い、そ 遥か昔の文豪の言葉をかりましょう。この桜の下には屍体が埋まっているからですよ﹂ ﹁あの時は時間が無く答えることが出来ませんでしたが、今なら答えることができます。 垢。たぶんどのような表情をすれば良いのかもわからぬのだろう。 風が強くなったのだろう、左手で盃を覆いながら巫女がこちらを向く。その表情は無 ﹁そういえば、昔あなたに問われたことがありましたね。桜がなぜ美しいのか﹂ しいと可愛らしいの、女子が女になる前の不安定な美しさを醸し出す。 巫女は微笑みながら盃に口をつける。その唇はまるで散る桜と同じように桜色。美 ﹁私の歌かと聞いてくれないのですね。この地ではない、古いある国の皇の歌ですよ﹂ ? 自然と口にでる。 ﹁青葉まじりにみずみずしく咲く深山桜﹂ 163 まず二人はそこに正座しましょう。なに、私が一杯飲んだら普通にしていいですから。 そんな話を常連としていると、巫女は姿を消していた。 私も人ではない。時間だけはいくらでもあるのだから。 なに、今後は毎年花見が楽しめるそうだ。ならいつでも機会があるだろう。 ﹁ああ、また名を聞き忘れてしまいましたね﹂ サプリメント6 4月の花見 164 ? さんに外の世界の食文化を聞いていろいろ検討したり、本当に勉強になります。 で行かなくても私の酒や料理を誰でも読めるレシピに書き起こしてもらったり、ツアレ ・・・・・・ 以前、アインズ様が私に弟子を取っては と提案されたこともありました。そこま の仕事を割り当て、余った時間はBARに詰めることとなりました。 です。しかし先ほどの通りセバス様の外出頻度が上がったため、ある程度メイドとして 上司のセバス様が外出されている間は、ユリ様などが代行して指示を出していたよう Rのアシスタントに入ったことでしょうか。 さて、そんな最近ですが、変わったことと言えば、ツアレ様、いやツアレさんがBA な状況を後押しするだけかと想いますが。 らしい。事実であれば、外でまた女性を増やすだけ。船乗りは港ごとに妻を持つ。そん ・・・ にする女性が変わるという噂をアインズ様が耳にして、対策として外の任務を増やした それはさて置き、最近セバス様の外での任務が増えている。日替わり週単位で夜を共 気が付けば年が変わってから結構な時間が経った。 カレンダーは5月になる。 サプリメント7 5月の柏餅 165 ﹂ ﹁そういえばツアレさん。外の風習で5月に母の日やこどもの日、端午の節句というも のはありましたか ﹂ そんな行動を、ツアレさんはノートを取る。 でよく練りはじめる。人間であれば手を使えない温度も、異形種なら気にせず扱えるの そういうと、私はちょうど蒸しあがった生地を布巾ごと取り出し、なめらかになるま の子全員を祝うようになってはいましたが﹂ り、一族繁栄を願う行事の日でしたね。まあ、家という概念がだいぶ変わってしまい、男 良く知る頃の話では、家の世継ぎとして生まれた男子が無事に成長していくことを祈 午の節句はこどもの日とリンクしています。起源を遡るといろいろ長いのですが、私の ﹁母の日は、日常の苦労に感謝を示す日。こどもの日は、子供の健康と幸福を祈る日。端 どんなものですか ﹁この時期ですと、子供の成長を願うという村々の祭りがありました。ほかの風習とは ? ? は便利なのだろうか ? ﹂ ? ﹁もっともな指摘ですが、祭り好きな民族の性。そんな当たり前のことも記念日として すか ﹁はい。追記します。あと両親や祖父母、年長者を敬うのは当たり前のことではないで えますが﹂ ﹁ああ、熱いので人手なら道具を使って練るほうが良いですね。粗熱が抜ければ手で扱 サプリメント7 5月の柏餅 166 祭りにしてしまうのですよ﹂ さらに白玉粉を水でとき、生地を加えてゆっくり練っていく。次第に質感がかわり餅 特有の柔らかさと粘りがでてくる。 ﹁これは申し訳ございません。作業に集中していたようですね﹂ 雰囲気を醸し出す紳士、デミウルゴス様が立っていた。 ふと見ると、店の入り口には、磨きぬかれた直刀の刃のように美しくもどこか危険な ﹁この地の作物でその研鑽を再現できるか、気になるところですね﹂ すが、元は数十年から数百年の研鑽の上で生まれた味もありますから﹂ ﹁何事も、準備をおろそかにして良い物はできませんよ。私は魔法で酒を再現していま ﹁手間がかかるのですね﹂ ﹁さて、柏餅ができました。葉の香りが移る数時間後が食べごろです﹂ さて生地で餡を包み、最後に軽く蒸す。そして水洗いし水切りした柏の葉で包む。 インド方面のデザートに違和感を持つようなものだ。 ツアレさんの言葉は確かにその通りだろう。日本人が米を甘く煮てデザートにする ﹁はい。私はまだ甘い豆というのは慣れません﹂ か。さて、準備していた餡をとってください﹂ ﹁急ぎ過ぎると、玉になってしまうのであせらずゆっくり作業することがコツでしょう 167 ﹁いえいえ、料理の研究とそのレシピ化はアインズ様からの指示。それに私も興味があ るので問題はありませんよ﹂ それともお酒をお出ししますか ﹂ ﹂ そういうと、自然な身のこなしでカウンター席に軽く足を組み、若干リラックスされ た姿で座られる。 ﹁本日はお食事ですか ﹁いえ、今日は一つ相談といったところですよ﹂ ﹁いえ、この話はあなたを含めて三名しか対応できないものです﹂ ﹁守護者の方に、いちバーテンダーが貢献できるとは思えないのですが ? ﹂ ﹁三人ですか というと他は料理長に副料理長として、料理スキルをメインで扱うモ ? ? ノということでしょうか ? ? 取り出したのは、何種類かの穀物。 ﹁まずはこちらを見てください﹂ ﹁私にお手伝いできることであれば、なんなりと﹂ ツアレさんは、会話の邪魔にならぬようカウンターの奥に移動し、洗い物を始める。 ルゴス様にお出しする。 大きめのワイングラスに氷を二つ。そしてスパークリングウォーターを注ぎデミウ ﹁ええ﹂ サプリメント7 5月の柏餅 168 ﹂ 黄金の実をつけた⋮⋮小麦、ライ麦、大麦でしょうか。他にも多種の野菜があるよう な。 ﹁こちらは ﹂ ? ﹂ ? る。しかし何か思い出したように振り返られる。 要件は終わったのでしょう。グラスを軽くあおると、デミウルゴス様は席を立たれ ﹁かしこまりました﹂ もども試食させてもらえれば﹂ 示もあります。その合間で構いませんよ。もし美味しい料理ができればアインズ様と ﹁特にありません。BARという至高の御方が決められた職務に、アインズ様からの指 ﹁わかりました。期限などは び魔導国には、食事をする人員のほうが多い。ならば有効活用を目指すべきかと﹂ ﹁ええ。とは言えこの大量の物資を無駄にするのも良くない。昔と違いナザリックおよ するにもレート的に意味がないということですか ﹁価値が無いというのは、各種マジックアイテムなどの素材に適しておらず、金貨に変換 がない物資なのです﹂ 素材としての研究も、ユグドラシル金貨への変換テストも終わったのですが、正直価値 ﹁以前、王国首都で大量に入手した物資なのですが、正直いえば使い道がないのですよ。 ? 169 たぶん喜ばれると思いますので﹂ ﹁物資は後ほど届けさせます。あとアインズ様に今日の夕飯はこちらにとお伝えしてお きますね。先ほどの餅ですか リラックスされている時は、だいたい空気を読むことができるようになりました。 支配者として振舞う姿を見たことがないのでなんともいえませんが、少なくともお店で された。最近、アインズ様の声や仕草の端々から感情が読めるようになってきました。 遅くなったためツアレさんを帰らせた頃、アインズ様がデミウルゴス様を伴って来店 ど試食させ、気が付けば夜となる。 堂の奥にある各種機材を借り、常連のヴァンパイアとワーウルフにこれでもかというほ デミウルゴス様からの依頼のため、いろいろ試作してみる。料理長に協力を願い、食 ****** しくないのですが⋮⋮。 さて、楽しいことになった。しかし麦の利用はパンを専門に学んだ亡き妻の領分。詳 ﹁はい。お待ちしております﹂ ? お二人はカウンターに座られる。 ﹁はい。カウンター席にどうぞ﹂ ﹁デミウルゴスからおもしろい料理を作ったと聞いてな﹂ ﹁ようこそ、いらっしゃいました。アインズ様。デミウルゴス様﹂ サプリメント7 5月の柏餅 170 フォークと一品目を置く。 本日のお通しは、ズッキーニ詰めのゆでたまご。中を繰り抜いたズッキーニにたまご 味の具を詰めるものもあるが、これは逆である。ゆでたまごを半分に切り黄身と分け る。そしてズッキーニと玉ねぎをオリーブオイルで炒め、塩こしょうで味付けしたあと 黄身とミキサーにかけてピュレ状にする。このズッキーニのピュレを半分に切ったゆ でたまごの黄身の入っていた場所に盛ったものである。 付け合せは赤ピーマンとレタスを使ったサラダ。 そして、普段であればグラスを出すところですが、本日は趣向を変え竹のぐい呑みを お出しする。 銘柄はわからぬが、清々しい、いや爽やかな香りだな﹂ ? ﹁菖蒲酒とは ﹂ させていただきました﹂ ﹁はい、モモンガ様。本日の日本酒は加賀鳶。そして、本日は5月ということで菖蒲酒に ﹁日本酒 モモンガ様とデミウルゴス様は、竹のぐい呑みを掲げ乾杯をすると静かにあおる。 をスライスしたものが浮かんでいる。 わたしはガラスの徳利を取り出しおつぎする。中には日本酒に薄い桜色の菖蒲の根 ﹁本日のお通しは、ズッキーニ詰めゆでたまごとサラダ。お酒は菖蒲酒にございます﹂ 171 ? ﹁はい、デミウルゴス様。菖蒲酒とは菖蒲の根を香り付けに利用したお酒です。厄払い の意味もございます﹂ 静かに食は進む。 ﹁異形種の我らに厄払いとは。しかし、この香りは良いな﹂ 二杯目は、ライウィスキーにスイート・ベルモット、アンゴスチュラ・ビターズを数 滴入れ軽くステア。チェリーで飾った、赤褐色透明が特徴的なカクテル。 ﹁マンハッタンにございます﹂ ﹁これも香りがよい。なにより甘めの味はズッキーニともあうな﹂ ﹁マンハッタンは香りも良く見た目も美しいのですが、やはりさっぱりとした甘さと口 あたりの良さが特徴です。カクテルの女王と呼ばれるものですので、本当であればアル ベド様のような方にこそお似合いかもしれませんが﹂ た お前のことだからもう手をつけたのだろう ﹁はい。まず、こちらをごらんください﹂ ? ﹂ ﹁そういえば、今日デミウルゴスから外の穀物の調査を依頼されたと聞いたがどうだっ なっている常連が二人。そしてバーテンダーの私。まったくもって男ばかりですね。 店内はアインズ様にデミウルゴス様。大量に試作料理を食べ、腹が膨れて動けなく ﹁今日は女性がいないから、カクテルぐらい女性でも良いと思いますよ﹂ サプリメント7 5月の柏餅 172 ? そういうと私はカウンターに小皿に盛った白い粉と黄色い粉をお出しする。 ﹂ ? 聞いたことが無いが﹂ ? しかし外でパスタ料理を見たことがないぞ﹂ ? かったのかもしれません﹂ あるそうですが、このあたりは水が豊富で無いことから、庶民にパスタ文化が根付かな ﹁それはツアレさんに聞きました。パスタは大量の水を必要とします。貴族の料理には ﹁そうか。ん ﹁デュラム種は、このようにパスタに適した小麦の品種です﹂ ﹁先程の甘さとの対比もあり、シンプルながらとても舌を楽しませてくれますね﹂ ﹁オリーブオイルとにんにく、唐辛子の香りが食欲をそそるな﹂ る。 取り出したのはシンプルなペペロンチーノ。2・3口でなくなるほど少量をお皿に盛 ﹁ではこちらをどうぞ﹂ ﹁デュラム種 ム種と思われます﹂ に、小麦にも種類があります。この黄色いものはこちらの地方で採れたもので、デュラ ﹁は い。そ れ は 日 本 に お け る 小 麦 の 一 般 的 な 認 識 で す。麦 と い っ て も 種 類 が あ る よ う ﹁料理は知らんがイメージなら白い粉だな﹂ ﹁アインズ様。小麦といって予想されるのはどのようなものですか 173 ﹁なるほど、そんなところに違いがあるのか﹂ ﹁あと、頂いた穀物には稲種がありませんでした。たとえばカレーやパエリアのように ご飯を使ったものも無いと聞いております﹂ ﹁言われてみればそうだな﹂ 実際、緯度などを調べていないが、王国の南に位置するこの辺りでも稲は自生してい るか微妙というところでしょう。 もっともプレイヤーの話を聞く限りだと、中身は多くは日本人。きっと白米を求めて さまよった人もいることでしょう。 キーはライ麦、ブラウンビールは大麦が原料となります。こちらは私の能力で再現して こしたものを届けさせます。また先ほどお飲みいただいたマンハッタンのライウィス ﹁このような料理であれば、外でも再現可能かと。レシピは後ほど、ツアレさんが書き起 お二人はビールとともにじゃがいものガトーを口にする。 と卵、バターをチーズ、塩、胡椒をまぜ、軽くオーブンで焼き目をつけたもの。 じゃがいものガトーは、ゆでたジャガイモを潰し、カットしたボローニャソーセージ どうぞ﹂ ﹁では。試作品の二周目としてじゃがいものガトーです。お飲み物はブラウンビールを サプリメント7 5月の柏餅 174 おりますが、研鑽次第では外でも作ることが可能かと﹂ けなので、食されないように﹂ ? 要があります。お菓子もその一環です﹂ ﹁お酒を楽しむには甘いもの、辛いもの、しょっぱいもの。いろいろな料理と合わせる必 ﹁エントマも、時々、おやつをここから貰っていると言っているし﹂ ﹁最近、ここがBARであることを忘れてしまうのだが ﹂ すので、アルベド様や嫉妬様と共にお召し上がりください。葉の部分はあくまで香り付 ﹁お帰りの際はこちらをお持ちください。柏餅が入っております。甘いお菓子になりま さな紙箱に詰める。 お二人は、苦笑いをしながら食事を再開される。その間に先ほどつくった柏餅を、小 ﹁そうだな。っと、仕事の話をしてしまった。せっかくのうまい酒がもったいない﹂ ん。増産に普及など早めに手を付けなくてはならないかと﹂ ﹁それは素晴らしいことかと。付け加えるならば、国家運営には食料政策はかかせませ ﹁いっそ冒険者に食材を探させるのも面白いか﹂ ろしいかと﹂ ﹁酒については、知識はありますが技術がありません。外の酒職人に研鑽させるのがよ ﹁なるほど、先ほどの飲み物にも意味があったのですね﹂ 175 サプリメント7 5月の柏餅 176 と、グラスを磨きながら応える。しかしテーブル席で、ソフトドリンク片手に山盛り の柏餅を食べはじめる常連二人の姿が目に入る。ここがいつからスイーツ店となった のだろうか。まあ、そんな日もあることでしょう。 たとえ後日エントマ様が柏餅を強奪しに来たとしてもここはBARであることは変 わらないのだから。 サプリメント8 夏 ふと気が付くと、結構な時間が経過しているということがある。 日常の仕事や家事に追われれば尚更だ。 ﹁そうだな﹂ 間を意識するのは難しいかと﹂ ﹁特にナザリックは地下ですから、陽の光というわかりやすい目安もありませんので時 や肉体の疲労がないからついな﹂ ﹁ホワイト企業を目指すものとして、自分が率先して行動すべきなのは理解するが、精神 Cは、プレイヤーに奉仕することを是とする存在。 帰らねば部下が帰りづらいと考える心理はよく分かる。さらに言えば私も含めてNP れているのに下々のものが休むなど言語道断というようなことを言っていた。上司が しの何気ない一言に言葉を返される。そういえば先日ユリ様が、アインズ様がお仕事さ アインズ様は、試作品のそうめんと日本酒八海山 純米吟醸を楽しまれながら、わた ﹁私も気が付けば夜の3時で、休憩を忘れて仕事をしていたなんてことがよくある﹂ 177 そういうと、アインズ様は壁にかけられたアンティークといって差し支えのない、大 きな柱時計を見ると、時間は夜の2時を指していた。 がたいな﹂ ﹁食事をはじめる少し前まで仕事をしていたことを考えると、実践できているとは言い ﹁認識することこそ、成功への第一歩かと﹂ ﹁NPCたちもお前のように失敗を成長の糧と認識してくれるとたすかるのだが﹂ そういうと、アインズ様は二枚目のそうめんに手を付けられる。 しかし一口入れると若干考えるような素振りを見せる。 ﹁やはり上手くはいかないか﹂ 粉に分類されるもののようです。先日のデュラム小麦以外も見つかりましたが、分類で ﹁はい。図書館の書物などを調べたのですが、この地域の小麦はパンなどに適した強力 言えばほぼ強力粉の分類のようです﹂ 今回、アインズ様が試食されていたのはこの地の小麦粉をつかったそうめん。比較用 として大釜を使った私の認識する21世紀日本の小麦で作ったそうめん。製法の関係 上、厳密にはモドキになるのだが、それでも実際に作ってみてわかったこともある。 つまりこの地の小麦の特性というものだ。 ﹁そのためパンやパスタには向きますが、うどんやそうめんなどには向かない品種とい サプリメント8 夏 178 うことかと﹂ し利用される場合は、どうぞ﹂ ﹁器具の図面は担当のインプに。レシピはツアレさんにまとめてもらいましたので、も ﹁ああ、美味いものを知っていると外にだすのは憚られるな﹂ ﹁とはいえ、そうめんは今一歩でしたね。けして悪くはないかとおもいますが﹂ 存在しているのだが、この地に生きる料理人達は、創意工夫で至ったのである。 茹で汁に一手間加えて、スープにしてしまったのだ。よくよく思い返せばそんな料理も しかし、それの対策を生み出したのは、魔導国に所属する料理人達だった。パスタの ではないが、日本のように使えるかというとそんなことはない。 この世界の、特に人間が生きる地域は、水が豊富とはいえない。生活に不自由するほど パスタが生まれたのだが、保存を考え乾麺がメインとなったのだが問題点は水だった。 デミウルゴス様の依頼で、以前この地の小麦の活用方法を検討したことがある。結果 ﹁ああ、外の料理人達も侮れないと考えさせられたよ﹂ 緒に広がるとはおもいませんでした﹂ などに流通すると想定しておりました。しかし、茹で汁をスープにするアイディアで一 ﹁食文化や生活習慣を聞く限り、茹でる水の問題が発生するため、一部地域や貴族や豪商 ﹁そうか。先日再現したパスタの乾麺だが、おもいのほか好調でな﹂ 179 ﹁ああ、もしかしたら外で良い案が浮かぶかもしれないからな﹂ アインズ様は、そういうと日本酒を煽られる。 最後の一口を飲み干されたのだろう。私は、気分を変えるために、背の高いシャンパ ングラスをだす。そしてシュバルツという黒ビールとシャンパンを1対1で注ぐ。比 重の差もあり魅惑的な琥珀色のグラデーションがグラスの中で広がる。 ﹁ブラック・ベルベットにございます﹂ ﹁ビールもカクテルとして飲むとやはり味わいが変わるな﹂ ﹂ しいので、シャンパングラスを利用させていただきました﹂ ﹁はい。本来はゴブレットなりに注ぐのがポピュラーですが、このグラデーションも美 ﹂ ﹁ああ、ここで酒を飲むと外の酒を飲む気にならんよ﹂ ﹁なにかありましたか ﹁ビールにしろ、ワインにしろ、外は常温が普通なのだ ﹂ れば、眉間に皺を寄せ不満をこぼす表情を見て取ることができるだろう。 そういうとアインズ様はグラスを置き、物思いにふけられる。もし骸骨のお顔でなけ ! ? ? 出てきたな﹂ ﹁ああ、そうだな。付き合いの食事で飲むぐらいだったが、ビールといえば冷えたものが ﹁アインズ様の時代でもやはりビールは冷やして飲むのが普通でしたか サプリメント8 夏 180 ﹁なるほど。実は私も同じ認識だったのですが、世界ではそうではなかったのですよ﹂ ンズ様や私の認識するビールは、冷やして飲むことを前提としたビール。その違いにご ﹁はい。常温ビールは常温で香りや甘さ、ほろ苦さを少しずつ楽しむためのもの。アイ ﹁この例を出したということは、常温のビールというのは﹂ ります。逆に常温で飲むと香りや甘みが強く出すぎてしまうのです﹂ 飲むことを前提としたもの。香りや甘みもその温度で最善となるように調整されてお ﹁はい。その認識で概ね間違いございません。そもそもこのワインはある程度冷やして ワインという香りが強い﹂ ﹁たしかに同じ味なのだが、常温のほうは甘すぎるように感じるな。それにいかにも赤 インを同じようにする。 アインズ様はよく冷えたワインの香り確認しクイッと飲み干す。その後に常温のワ ﹁わかった﹂ この二つの香りと味の違いをご確認ください﹂ ﹁ここに同じ一本の甘口のワインがあります。これを常温のままと、よく冷やしたもの。 為政者としての多様な文化への興味というより、食道楽になられた方の目だが⋮⋮。 アインズ様は興味をそそられたのだろう。目の輝きが変わられる。 ﹁ほほう﹂ 181 ざいます﹂ ﹁冷蔵技術が未熟だからこその知恵、という側面もあるか﹂ 常 温 で 飲 む 酒 と い う の は 多 い。日 本 酒 も 常 温 を 推 奨 す る 種 類 も 多 い。そ の 辺 を 間 ﹂ 違って冷や燗にしてしまうと、香りや味がもったいないことになる。つまりそういうこ となのだ。 ﹁その辺の知識がありながら、なぜ酒の作り方がわからない そう。 ﹁21世紀日本では酒をつくるのは違法でしたので﹂ れる気配もない。しかし酒の作り方はさっぱりだったのだ。 何度目かの質問だが、私の頭には、料理のレシピがしっかりと入っており、さらに忘 ? だ。 むしろ、能力で生み出した各原酒をお手本に、職人が試行錯誤するほうが有意義なの 度のことであれば、この地の職人たちが等に体系化している。 そ歴史書などで読んだわずかな知識が、さらに断片的に残っている程度なのだ。その程 ことや、保管する温度や年数で違いが出るという程度。製造方法がわからない。それこ 実際わかるのは、樽で管理する酒の場合、樽の元となった素材によって香りが変わる ﹁概略でも分かれば、よかったのだがな﹂ サプリメント8 夏 182 ﹁さて、何かつくりましょうか ﹂ あまり量を食べられては、朝食を楽しみにされている ﹁最近、朝食を運んで一緒に食べようとするのは、お前の差金か アルベド様が残念がってしまいますよ﹂ ? ﹁こんな体だ。食べ物で健康が変わるとも思えないが、このような料理もよいな﹂ アインズ様はそれに黒胡椒を加えて食べる。 程を経ることで、出汁を十分に具が吸い込み、味わい深いミネストローネが完成する。 たベーコンなど野菜を煮込んだスープを、一度常温になるまでゆっくり冷ます。この工 じっくり時間を掛けて6種類の豆にトマト、白菜、カブなど大量の野菜に、カットし そう言うと寝かせてあるミネストローネを取り出し、鍋にかけ温める。 スープとさせていただきましょうか﹂ ﹁女心とは難しいものですが、居場所が定まれば余裕も生まれるというもの。では軽い なくなったがな﹂ ﹁まあ、その分昼食や夕飯を、コミュニケーションがてら他のものととっても、何も言わ お話しただけです﹂ ﹁別に差金ということはございません。家族が朝食を共にするのは当たり前のことと、 げる。 とはいえ、長くこの話をしても結論は変わらないため、今回は早めに別の話題につな ? 183 時間的には少々の酒と主食が入った後に、スープが体を温める。健康的かといえば、 健康的といえるだろう。 もいらっしゃいますので﹂ ﹁うちは食堂ではありませんので量をつくることはありませんが、やはり要望される方 ﹂ ﹂ アインズ様﹂ ﹁いかがなさいましたか ﹂ ﹁いや、ここ食堂だろう ﹁ここはBARにございますが ﹂ ? 名かが、静かに退席する。 アインズ様は、何か納得しきれぬ気配を撒き散らす。同じように夜食を取っていた何 ﹁最初から申し上げている通り、料理は趣味の粋を出ませんが ﹁いやいや。BARのバーテンダーが、料理人顔負け料理をつくれるわけないだろう﹂ から間違いない。 扉の外には、BARの看板がしっかりと掛かっている。毎日、店前の掃除もしている ? ? 質の音をひびかせる。 事がとまる。よほど予想外だったのだろう。手に持ったスプーンが机の上に落ち、金属 なにげないやり取りの途中、アインズ様が、まるで予想外の攻撃でも受けたように食 ﹁え ? ? サプリメント8 夏 184 そんな中、奥のテーブル席で優雅にビールを飲みながら、報告書らしきものを作成し ているヴァンパイアとワーウルフがいる。こいつらはどこまでもマイペースなので、無 ここは明日から食堂にしよう﹂ 視することにしよう。 ﹁よし ﹁う﹂ る天然の氷細工のようであった。 がれた瞬間、酒はシャーベット状になる。その複雑な造形は、さながら雪景色の中人が 私はよく冷えた飛良泉を、冷凍庫でうっすら凍らせたグラスに注ぐ。酒がグラスに注 まま、じっくり氷が溶ける食感を楽しみつつ飲まれるには良い時期になりましたね﹂ ﹁そろそろ8月ですので、ここに氷結日本酒 飛良泉の山廃仕込みがございます。その ﹁さり気なく回りに影響が多いことをアピールしおって﹂ す﹂ トス様など、ここでお酒を飲まれる方々に申し訳ない気持ちで一杯になってしまいま ﹁食堂に変わってしまったらビール一種類しか出ないので、デミウルゴス様やコキュー 分かって言っているだろ﹂ ﹁お前こんな時だけNPCの振りをするとはずるいぞ。そして俺がプレイヤーの一人と ﹁至高の方々がお作りになられたルールを変えるのは少々⋮⋮﹂ ! 185 ﹁さらに、ここには│0℃まで冷やしたビールがございます﹂ ﹁わかった。BARということを理解した﹂ チョあたりからはじめるというのはいかがでしょうか ﹂ ﹁相互理解は重要なことにございます。明日の夜は、氷結日本酒とサーモンのカルパッ 相互理解は大事ですね。 から取り出したのか不明だがマイ箸まで準備して待機しているではないか。 そこで後片付けをはじめる。しかし気が付けば常連二人がカウンターに移動し、どこ そういうとアインズ様は帰られる。 ﹁かしこまりました。おまちしております﹂ ﹁ああ、アルベドも連れてくるか。あいつも最近仕事詰めだし﹂ では別のものとなってしまいます。もちろんどちらも美味しいのですが。 杯のつもりで準備したビールが、お客様の認識では下町居酒屋の駆けつけ一杯目ビール 認識にズレがあると、せっかくのお酒も違うものとなってしまう。高級店の最初の一 ? 明日の夜は、美味しくすばらしい夜となるだろうことと感じながら、私は奥に一度入 ん。作るので、すこし待っていてくれますか﹂ 分かって出すならまだしも、おもてなしとして出す料理。中途半端があってはいけませ ﹁ああ、氷結日本酒にサーモンのカルパッチョですね。今回のそうめんのように、試作と サプリメント8 夏 186 187 り準備をはじめるのだった。 スキのような植物とともに飾る。 そんなことを考えながら私は、バーカウンターの脇に、白い団子を第六層で頂いたス それが万物に神を見出した者達の名残なのだから。 みいだ だが、今はこのひととき。この供物にて、今年の稔りに感謝しよう。 しかし地下にいては、せっかくの月を見ることは叶わない。 して感覚的に美しいと感じたのだ。 そこにあった思いを、わざわざ科学的に論じたいわけではない。ひどく原始的に、そ しかし、月を見て、満月を見て美しいと感じた。 私は専門家ではなかったので、詳しいことはわからない。 るらしい。 ていると科学的には言われていた。またこの研究では動物だけでなく人間も同様であ 私が生きた時代、満月時におけるホルモンの動きが、生物の様々な行動に影響を与え 月の柔らかな光を美しいと感じる。 十五夜 サプリメント9 十五夜 サプリメント9 十五夜 188 ****** 本日、お店にはお客様は三名だけ。 常連のヴァンパイアとワーウルフ。そしてシャルティア様である。 シャルティア様は以前、任務中に重大な失敗を犯し、自信を失われる事がございまし た。話の経緯は、対応に苦慮されたアインズ様から酒の席の戯言としてうかがったこと たゆた ﹂ があります。しかし、それ以来、定期的にシャルティア様は来店され、思いの丈を発露 されておいででした。 もっとも最近では一段落ついたのか、物思いに耽ることもしばしば。 ﹁シャルティア様。お酒が進んでおられないようですが、なにかございましたか 酔ったような行動をされるのは、まさしく雰囲気に酔っているのでしょう。 シャルティア様ももちろん酔うというバッドステータスを受けない御方。それでも かぎり、お酒を飲んでも酔うことはありません。 い方々ばかり。わざわざバッドステータスを受ける呪系アイテムをご利用にならない もっとも、この店に訪れる方々の多くは、酔いというバッドステータスを受け付けな のような飲み方をはじめてしまうようです。 う時は、決まって物思いにふけってしまい、悪い方へ悪い方へと思考が向かい、やけ酒 この方はある意味不器用な方で、感情が先を行くタイプ。しかし感情が定まらず揺蕩 ? 189 お ですので、シャルティア様の場合は、会話で気を散らして差し上げるのが最近のパ ターンとなっております。 ず、良いことだけど暇になってしまったでありんす。これではアインズ様への忠義を示 ﹁そうね。魔導国が建国されてから、偉大なるナザリックに忍び込もうとする輩も居ら すことができんせん﹂ ﹁問題がないことを誇ることができないのは、シャルティア様が勤勉であり、任務に忠実 な方であるからこそかと﹂ 回の機会を欲するのは、あたりまえのことでありんす﹂ ﹁聡明な我が君ならば、このような悩みすらお見通し。でも愛する方のためにも汚名挽 とはいえ、BARのひとときは楽しく有るべき。ゆえに、思い悩まれるシャルティア は、人情というところでしょうか。 ますが、アインズ様に喜んでいただくために研鑽する姿を見ると応援をしてしまうの おもてなしの研究をされているほど。料理スキルの壁もあり、出来ないものは多々有り をお支えしている。最近では、個別にご来店いただき料理スキルが無い範囲でも可能な 勢。アルベド様は仕事だけでなく、休憩時間などのプライベートにおいてもアインズ様 シャルティア様とアルベド様のアインズ様を間に愛の綱引きは、現状アルベド様が優 ﹁愛ゆえにですか﹂ サプリメント9 十五夜 190 様に少々肩入れしても、問題はないでしょう。 ﹂ 力を乗せずとも見るものを魅了してやまない。 ﹁そうですね。シャルティア様はアインズ様の御趣味についてご存知ですか ? れていると⋮⋮﹂ ﹁そう言われれば、改良した口唇蟲をご利用されるようになってから、食事を楽しみにさ ﹁はい。ですが最近は毎日のように食を楽しまれております﹂ ﹁たしかアイテムの収集と聞いたことがありんす﹂ る。 も愛らしいが普段の生活ではまず見ることのない仕草に、創造主のこだわりがにじみ出 シャルティア様は右手の人差し指を顎に置き、虚空を眺めながらしばし考える。とて ﹁アインズ様の御趣味⋮⋮﹂ ﹂ 囲気はまさしく妖魔の王たるヴァンパイアのなせるもの。どこか気だるく流す瞳は、魔 高級アンティークドールのような風貌。可愛らしくもあり、妖艶ささえも醸し出す雰 シャルティア様は持っていたワイングラスを置き、私の方に視線をおくる。 ? ﹂ か ? なにか良い案でも ﹁ん ? ﹁そうですね。考え方を変えられて、アインズ様に二つご提案されてはいかがでしょう 191 実際、アインズ様の言うリアルのことも知れば、食道楽の傾向が出るのはあたりまえ。 環境汚染により碌な食物が育たず、高額の対価を支払ったとしても手に入れられるのは 養殖品。もちろん養殖品といっても質を追求したものであろうが、種類が豊富とはとて も考えられない。以前図書館の蔵書を見せていただいたときも、レシピなどから透けて 見える食文化は、飽食の時代といわれる2000年代の日本を比較対象にすれば、相当 衰退しているようだった。 それに暴食は、悪徳とされる。全てをなげうってしまうほど、食というものは魅力的 だからこそ悪徳とされていると私は考える。つまり食とはそれほど魅力的なものの一 つであり、アインズ様はまさしく悪徳に身を寄せ始めているのだろう。 てご提案されてはいかがでしょうか ﹂ ﹁ですので、その食の楽しみを演出する一席をご用意され、その場で今後の魔導国につい ? ﹁と、いう話をシャルティアがしていたので、出処を訪ねてみることとしてみました﹂ シャルティア様とそんな会話をした翌日。 ****** 魔のような笑みを浮かべて声を弾ませるのでした。 どうやら興味を引けたようで、シャルティア様は先程までとは打って変わって、小悪 ﹁それは面白そうでありんすね﹂ サプリメント9 十五夜 192 ﹁アア、アインズ様トノ語ライニハ心ヒカレルガ、配慮モ奉仕スルモノトシテ必要ナコト ダ﹂ デミウルゴス様がコキュートス様を伴って、来店されたのは今さきごろ。 いつものようにお二人はビールで乾杯した後、おもむろにこのような話題を振られま した。私は何食わぬ顔で、次の品の準備をすすめる。 それにしても、シャルティア様は昨日話して本日実践ですか。朝にお酒やオツマミ一 式を注文されて夕方に取りに来られたのでもしやと思いましたが、どんな根回しをした か正直気になります。 ﹁もともと十五夜とは季節の節目、美しい月に神秘を感じる心。そしてその年の稔りへ 植物をいけた白い陶器の花瓶。そして同じく白い陶器の皿に盛られた白い団子がある。 そんなカウンターの奥の棚には、第六層でマーレ様からいただいたススキによく似た しみながら注ぐ。 徳利とおちょこを二つお出しする。そしてお二人に最初の一杯、その独特の香りを楽 に口に含んだ後の香りが楽しめる日本酒です。 そういうと私は陶器の徳利に獺祭をそそぐ。獺祭は飲み口が軽いが味わい深く、さら だっさい つに十五夜というものがございます﹂ ﹁そうですね。今回ご提案したのはなにも特別なものではございません。古い風習の一 193 め の感謝など、様々な思いや文化が重なってできた風習です。地域毎にその祝い方は様々 ですが、月に供え物をし、月を愛でながら酒を楽しむ。そしてまた来年も同じように楽 しむことができることを祈る。そんな風習です﹂ ﹁ナカナカ面白イ風習ダ。月ノ美シサヲアルガママヲ受ケ入レル。ソノ姿勢ガ良イ﹂ コキュートス様は日本酒を飲まれながら、自然と向き合う姿に共感されたようだ。こ のあたりは武士の在り方に近しいものがあるのでしょうか。 ﹁そうですね。たしかに面白い風習です。しかし私は月を見るたびに思い出すのは、初 ﹂ めてこの世界でアインズ様と見た満月ですね﹂ ﹁ホウ。ソレハアノ時ノカ 語るのだ。 をつなぐ。 をつけたサラダ。軽く炙り塩胡椒で味を整えた合鴨のスライスをお出ししながら話題 私は次の料理、新鮮なキャベツをざっくりカットしたものに、胡麻油と少々の塩で味 ? このような時、バーテンダーが掛ける言葉は一つだけ。 ﹂ デミウルゴス様は本当に嬉しそうに、そして懐かしい宝を見つけた時のような表情で ﹁ええ﹂ ? ﹁もしよろしければ、どのような思い出かお教えいただけますか サプリメント9 十五夜 194 ﹁そうですね。ナザリックがこの世界に転移して三日目。アレほどの異変の最中、冷静 沈着なアインズ様の指示の元、防衛網構築と情報収集が着々と進められました。ちょう ど私も三魔将とともに第一層の防衛網構築状況の確認を行っているとき、アインズ様は 普段の神話級装備であるローブではなく、珍しく黒い鎧を身にまといナザリック内の状 ﹂ 況を視察においでになったのです﹂ ﹁なぜアインズ様は変装を のアインズ様のお姿を語られる。 話術の延長でしか感情を乗せることのないデミウルゴス様が、珍しく情感豊かに当時 ク表層に上がった時、その光景を目にしたのです﹂ なる護衛を付けないことなどありえません。そこで私が随伴させていただき、ナザリッ ﹁至高の御方は我々よりも強者。とはいえお世話をさせていただき、必要とあらば盾と イスを口にする。 私も含めて多くの者が分かってしまったのですがと付け加えながら、一切れ合鴨のスラ デミウルゴス様は、もっともその威厳を隠し通すことができず、一目でアインズ様と たのでしょう﹂ います。緊急事態のなか、下々の者達を思わんがばかりに慣れぬお姿で視察をされてい ﹁アインズ様のお姿を拝見してしまえば、その威厳の前に誰もが手を止め平服してしま ? 195 普段は我関せずで奥の席で飲んでいる常連のヴァンパイアとワーウルフでさえ、手を 止め聞き耳を立てているのだから、話は知っていても情景を知るものは本当にいなかっ た事なのでしょう。 ﹁見 渡 す か ぎ り の 闇 の 中 を フ ラ イ で 飛 び 上 が る。足 元 に 広 が る の は こ れ か ら 統 べ る 大 地。青白く輝く巨大な満月を背に、アインズ様は世界征服の想いを初めて口にされたの です﹂ 珍しく熱く雄弁に語られるデミウルゴス様に対し、ウンウンと頷きながらその情景を 思い描かれているであろうコキュートス様。 ﹁世界征服なんて面白いかもな、と⋮⋮。もちろん、アインズ様が冗談で口にされたこと など分かっております。しかし、冗談とはいえその思慮遠望な御方が口にされたなら ば、臣下はその想いを汲み取り実現することこそ本懐﹂ ﹁アア。臣下デアル我々ノ行動ハ決マッテイル﹂ 表に出されたのです。ならばこそ⋮⋮﹂ ございませんでした。しかし、あの時アインズ様は世界を見渡しながら、初めて感情を ただいておりますが、威厳や畏怖を感じることはあっても、歓喜の感情を感じることが ﹁何よりあの時、私は初めてアインズ様から感情を感じたのです。長くお仕えさせてい ﹁マサシク﹂ サプリメント9 十五夜 196 ア イ ン ズ 様 の お 話 を 聞 く 限 り、最 初 は 本 当 に 冗 談 だ っ た の か も し れ ま せ ん け ど ね。 もっとも今は未知に楽しみを見出し、支配者業に苦労しつつも謳歌されているようです が。 とはいえ、満月を背に世界征服宣言ですか。そんな姿を魅せられては世界征服のため N P C に全力を傾けてしまうというのは、しょうがないかもしれません。そしてそう考えると 私もデミウルゴス様達と同じ被創造物と言えるのでしょう。 どこか普段と違う何か。 しかし私は、そんなお二人に若干の違和感を感じる。 ﹁そうですね。情勢は安定してきております。課題はあれど悪くないタイミングかと﹂ ﹁マア、オ世継ギノタメダ﹂ かったですね﹂ ﹁確 か、今 日 は 満 月。月 を 愛 で な が ら ア イ ン ズ 様 と と も に 過 ご す 時 間。勿 体 無 か っ た ﹁ソノ意味デハ、今日ノ催シモ、アノ者達ニ譲ッタノハ少々勿体無ナカッタカ﹂ ですから﹂ リックに所属する者達に、アインズ様の勇姿を語ることができるのはとても栄誉なこと ﹁い え。こ の 話 は あ の 時 玉 座 の 間 に い た も の は 全 員 知 っ て い る 話 で す。な に よ り ナ ザ ﹁なかなか稀有な体験をお話しいただきありがとうございます﹂ 197 酒の進みは変わらない。つまみも変わらず。話題は⋮⋮。 ﹂ ﹁ご不快と存じますが、アインズ様が先日お忍びでドワーフの国に赴かれた件を危惧さ れておいでですか く、心の何処かで己の創造主と同じようにアインズ様もいつか居なくなってしまうのか に譲ったのは、少しでもアインズ様を縛る鎖をと考えたから。そう策謀したわけでな つまり、今回あえてアインズ様との時間をシャルティア様を含むここに居ない女性陣 ﹁ソウダナ。私モ、ソウ考エテイルノダロウ。主ノ言葉ヲ疑ウトハ何タル不忠﹂ をいただいておりますが、やはり頭の片隅では⋮⋮﹂ かこの地を去られてしまうか分からない。アインズ様自らそんなことはないとお言葉 される即断即決にして、迅速を尊ばれる御方。先日の一件もそうであったように、いつ ﹁それは⋮⋮。いえ、そうかもしれませんね。アインズ様は必要とあらば御身自ら行動 私の質問にお二人は揃ってお酒を飲む手を止められる。 ? という不安の現れなのでしょう。 ? ﹁ナルホド﹂ られることを承知で尚、主に正しき道を示したそうです﹂ あたること。古い話ではございますが、真に忠臣と呼ばれた者は、一時の不興で己が斬 ﹁そんなことはございません。主を想い行動することは、コキュートス様のいう忠義に サプリメント9 十五夜 198 ﹁ゆえに疑問に思うのは問題無いかと。その疑問を胸に対策を練るのも忠臣。またその ﹂ 疑問を主にぶつけ、あるべき姿を共に目指すのもまた忠臣。それにアインズ様は臣下の 進言に耳を傾けられぬほど小さな器の方でしょうか ? 強いて言えば、未知に釣られ外に飛び出す回数が増えるかな か。 という程度でしょう ﹁もっとも、貴方がシャルティアに提案した案が実施されれば、アインズ様もあまり外に 知った秘密は極力漏らさないのが心情。なかなか難しい。 この辺が酒の席の話でなければ、お二人に説明することもできるのですが、酒の席で ? の。 であれば戻るという選択肢を捨てて、こちらの世界で楽しむという考えも理解できるも きなかったという未練程度で、身内もいらっしゃらないというのだから、私も同じ条件 実際、社畜と言われるほど酷使された会社には、せいぜい同僚に最後のあいさつがで ろ現状を鑑みればリアルに戻る必要さえ薄いと酒を飲みながら評されておいでした。 アインズ様曰く、プレイヤーがリアル世界に帰還できた形跡は今のところなし。むし ご納得いただけたようでなにより。 のか評価されていることでしょう﹂ ﹁そうですね。きっとアインズ様は私達の心配など、ご承知の上でどのように行動する 199 出ることは無くなることでしょう﹂ ﹁はて、なんのことでしょうか﹂ 先ほどとは違い、本当に思い当たる節がありません。 ﹁とぼける必要はありませんよ。商人や冒険者に対し、魔導国から世界の味の探索を恒 ﹂ 常的な依頼として発行するという案。シャルティアから出るわけがありません。貴方 の提案でしょう るのではないでしょうか とお伝えしただけです。冒険者や商人を使うなどという こと。ならば、いままで見たこともない食材やレシピ、そして料理にもご興味を持たれ ﹁いえいえ。私が提案したのはあくまでアインズ様が最近食にこだわりをもたれている す必要はありません。 ああ、あの案はそのような形になりましたか。とはいえ、ここまでバレているなら隠 ? のは、シャルティア様の発案かと﹂ ? ナ﹂ ﹁ソウダナ。一時的ニ離レルコトガアッテモ、夕食時ニハ戻ッテコラレルトイウコトダ 理を、いつでも楽しむことができるようになるということ﹂ 能なものとなることです。つまり貴方とここの施設があるかぎり、アインズ様はその料 ﹁しかし、この案の良い所は、食材にしろレシピにしろ個々に持ち込めば、大抵が再現可 サプリメント9 十五夜 200 ﹁そんな、お腹を空かせた子供ではないのですから、食事のためにナザリックに帰ってく るなど⋮⋮﹂ りにアインズ様のことを護衛という名のスト⋮⋮監視されているのでしょうか ﹁アインズ様の行動をよくご存知で﹂ ﹁ナニ、アインズ様ノ護衛ハ、私トデミウルゴスノ部下ガ行ッテイルカラナ﹂ 気が付けば、この店も監視対象ですか、デミウルゴス様 ﹁この店ではなにもないかと﹂ ﹁アインズ様がリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで転移した際、ここにいらっしゃ ? ﹁この店の入り口にも交互に連絡員を置いているから、行動は把握できておりますよ﹂ すか。 し、交代で対応もされているようです。報告が上がるのは当たり前といえば当たり前で 様が夕飯を召し上がる際、交代で賄いのような料理をお出しさせていただいております 確かにアインズ様を陰ながら護衛される方々はお二人の部下ですものね。アインズ ? どうやらデミウルゴス様に行動パターンが読まれてますよ。というかアルベド様ば アインズ様。 も、夜には一度こちらに戻っておいでです。比率で言えば95%以上で﹂ ﹁そんなことはございません。今年に入ってから、たとえ日中外で行動されていようと 201 る確率が非常に高いので﹂ ﹁なるほど﹂ アインズ様。やっぱり部下に護衛という名のストーキングが⋮⋮ ちなみに後日、アインズ様より魔導国が食の探求をするという発表があり、その第一 号として見たこともない生物の肝 が持ち込まれました。地元民にとって珍味とさ れ、簡単なレシピも添付されていたので、試作してみたのですが⋮⋮。 ? もしれませんね。 ある意味ファンタジー世界定番のドラゴンステーキなど、食の入り口でしかないのか 本当にこの世界は不思議な食材があるようです。 な満足感を得ることが出来た。なんと不思議な肉なのだ⋮⋮﹂ ﹁私は肉を食べたはずだ。しかし噛むほど味が変わり、まるで複数の料理を食べたよう サプリメント9 十五夜 202 サプリメント10 TRICK or TREAT T 様。 昨年に続いていらっしゃいました。とはいえ、それとなく昨日おねだり ? い﹂ ﹁いたずらされては、他のお客様の邪魔となってしまいますので、こちらでご勘弁くださ お話をされていたので準備は万端です。 のような 扉を開け放ち両手を上げアピールされているのは、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ ﹁ようこそエントマ様。昨年に続いてこちらにいらっしゃったのですね﹂ ﹁TRICK or TREAT オヤツくれないと、いたずらしちゃうぞ∼﹂ あったらしい。 はサーバーリフレッシュの時間でログインボーナスなどが更新されるタイミングで この五時という時間に、特に理由があるわけではないようです。アインズ様のお話で 二十四時間戦い続けるナザリックで、朝を示す時間です。 朝五時が過ぎた頃。 ake2 203 そういうと私は、大き目の袋をエントマ様にお渡しする。 エントマ様がその小さな手を入れると、そこにはおばけかぼちゃの型で作ったかぼ ちゃのクッキーが一つ。隠し味にラム酒を少々。目と口はチョコという一品 ﹂ ? ようで、千客万来という言葉が一番状況を表しています。 しかし、この日ばかりはどこからか評判を聞きつけた一般メイド皆様まで来店された 普段、日中は来店するものなど数えるほどのBAR。 ****** す。 このナザリックにおいて、これ以上無いほど似合い、そして場違いなイベントの日で 今日はハロウィン。 そう。 私も、年甲斐もなく小さく笑みを浮かべ、小さくお辞儀する。 エントマ様は満面の笑みを浮かべる。 ﹁うん。ありがとう﹂ てみました。いかがでしょうか ﹁エントマ様はクッキーなどがお好みということですので、今回はこのようなものにし サプリメント10 TRICK or TREAT Take2 204 ﹁でだ。なぜ皆は私のところにお菓子をもらいに来ないのだ せっかくお前につくら せたものが勿体無いではないか﹂ ? ﹂ ? ﹁えっ﹂ 悪戯するぞと言えますか ﹂ ﹁もし、アインズ様に上司がいたとします。アインズ様は上司にお菓子をくれなければ 幸い、今は十分以上の愛があふれています。 のこと。これも歪みの一つなのかもしれません。 ばしば。大の大人がと受け取ることもできますが、聞けば幼いころに親を亡くされたと このような関係となってしばらく経ちますが、子供のような姿を見せられることもし アインズ様は定位置となっているカウンターの奥の席に座ると、軽口をたたかれる。 ﹁まあ、冗談として実際のところどうなのだ ﹁支配者の口調で絶望のオーラを出しながら、要求されるほど本気を出されなくとも﹂ よ﹂ ﹁理由があるなら、ぜひ聞きたいものだなぁ。なに、苦言の一つで罰するなどとは言わん る我らが主たるアインズ様。 そう、夕方になった頃にフラリと来店されたのは、もっともこのお店を利用されてい ﹁私の口からは何とも⋮⋮﹂ 205 ? アインズ様は大層驚かれたようだ。どうやら本気で、このイベントで部下たちがお菓 子をねだりに来ると考えておられましたね。 え、仕事の合間にさりげなくおねだりをされることでしょう。 ﹁では、この時間ですので、夕食と合わせてよろしいでしょうか ? ﹂ ﹁かき氷ではないが、カクテルグラスのようだな。だが、ステアもされてないようだが ﹁食前酒にございます﹂ 合わせてお出しする。 瓶詰から取り出した液体2、ミキサーからフローズンを1。それに小ぶりのスプーンと 私は瓶詰にした果物を取り出し、氷ととともにミキサーにかける。カクテルグラスに さて、アインズ様はいつもの調子に戻られたようなので、始めるとしましょうか。 ﹁ああ。任せる﹂ ﹂ ろう。でも、その考えはきっとアルベド様に誘導されたもの。今頃お茶の準備などを整 若干、残念さを醸し出しつつもアイテムボックスのお菓子の行き先を考えついたのだ ﹁はい。そういうことにございます﹂ ﹁まっ⋮⋮。まあそうだな。そういうことならしょうがない﹂ サプリメント10 TRICK or TREAT Take2 ? ﹁どうぞお楽しみください﹂ 206 アインズ様はその透明だが、ほのかに黄色を帯びたカクテルを一口。表情こそ読み取 れませんが、香りと食感を楽しまれているのでしょう。 ほどなくして空のグラスがカウンターに置かれる。 ﹁甘く果物の香りにくわえ、恐ろしく飲みやすい日本酒のようだが度数が低いのか フローズンの食感もあいまって、まるでジュースのようであったぞ﹂ 記憶では風味はあるが、深い味わいで、もっと重い酒だったはずだ﹂ ? ﹂ ? か﹂ ﹁そうですね。アインズ様はハロウィンについてどの程度の知識がございますでしょう だが ﹁なるほど。しかし、今日はハロウィンだ。お前が意味もなく薦める酒とは思えないの すことで、アルコール度数こそ高いですが、甘さの引き立ったお酒となります﹂ ﹁はい。梨を漬け込むことで日本酒のうまみの一部が梨に吸われ、同時に糖質が染み出 だったか ﹁な る ほ ど。甘 さ と 香 り は 梨 の も の だ っ た の か。し か し、亀 の 尾 は こ の よ う な 軽 い 酒 出されたのだろう。 アインズ様は、手を顎に置きゆっくりと記憶を手繰る。しかしどうも違う結果が導き とともにミキサーにかけ、日本酒と合わせたものです﹂ ﹁日本酒の亀の尾にカットした梨を1日漬け込んだものです。そして漬け込んだ梨を氷 ? 207 ﹁子供が仮装してお菓子をもらうぐらいか。ユグドラシルでは、異形種プレイヤーのア イテムストレージに大量のお菓子が放りこまれ、人間系プレイヤーが強奪にくるという イベントだった﹂ ﹂ ? そういうと、カウンターの隅の丸い愛嬌のある顔、かぼちゃをくりぬき、目鼻口の穴 各国独自の味をだしながら広まったお祭りとなります﹂ 祭と、悪霊を追い出す宗教的な意味が混ざり合ったものです。私の感覚でいえば、世界 ﹁なかなか楽しそうなお話をありがとうございます。そうですね、ハロウィンとは収穫 端々に歓喜を感じさせる口ぶりに、私も微笑みながら次の一品を用意します。 多くの仲間とわいわい楽しまれたのでしょう。途中から言葉少なくなりつつも、その していると、アインズ様は懐かしそうにゲーム時代の思い出を語られる。 私は漬け込んだ梨をカットしたものをお出しし、今度は素の亀の尾をお猪口にお注ぎ 出だ﹂ 流だったな。途中で自治厨が多いセラフのギルドが襲撃を仕掛けてきたのは良い思い を襲撃し、奪われたお菓子を大量に集め、イベントレアに交換するという楽しみ方が主 ﹁くそ運営の考えることだからな。むしろアインズ・ウール・ゴウンは、人間プレイヤー あるのでしょうか ﹁ユグドラシルは、どんなイベントでも血なまぐさくしないといけないというルールが サプリメント10 TRICK or TREAT Take2 208 をあけ、中にろうそくを立てたものに顔を向ける。 に食の世界の広さを感じずにはいられません。 ? こうしてアインズ様の夕餉が始まりました。 ﹁はい。試作も含めてとなりますがどうかご賞味ください﹂ ﹁では、今日は収穫祭としての料理を楽しめるのだな ﹂ いうのが真相です。しかしこの世界にも梨があるとは思ってもいませんでした。本当 時間が不足しているようで甘味が足りない。さらに熟しすぎていたので一工夫したと 実際、そのまま食べても食べられなくはないのですが、どうも自然発生のためか日照 た﹂ い風味でしたが少々熟しすぎてしまったようなので、日本酒に漬けこみ雑味を取りまし とで、いろいろ試行錯誤していたようですが、一部こちらにまわってきました。梨に近 ﹁冒険者の話ではトブの大森林の一角で群生している以外見たことのない果物というこ そういうと私は黄色い梨 風の果物をお出しする。 ﹁そういうことか﹂ から届けられた食材の一つです﹂ ですね。脇道にそれてしまいましたが、元は収穫祭。この梨ですが、先日冒険者ギルド ﹁これはジャック・オー・ランタンといいまして、ユグドラシルにもいるジャックの原型 209 ****** ﹂ ? ﹂ ? ﹂ ? 記憶はないぞ ﹂ ではどなたがハロウィンを広めたのでしょうか アインズ様もご存じない様子。 ? ﹁今年はエントマが広めたとして、ほかに去年のハロウィンを楽しんでいたものの情報 ? ﹁10月か。ツアレはナザリックに所属していたはずだが、外でそのような祭りを見た アレ様でしょうか ﹁ユグドラシル時代のイベントというならわかるのですが⋮⋮外部からとなりますとツ エントマ様が、ハロウィンを当然のイベントのように楽しんでおられたこと。 気になったのは去年のハロウィン。 そう。 たのですが、この風習はアインズ様がお広めになったので ﹁昨年ですが、エントマ様がTRICK or TREATとお菓子をご所望に来られ せていただく。 アインズ様が一通り様々な料理や酒を楽しまれた後、ふと気になったことを口にださ ﹁そういえば一つ伺ってよろしいでしょうか サプリメント10 TRICK or TREAT Take2 210 はあるか ﹂ ができました。 ワードからエピソード記憶を引っ張ることには自信があり一つのことを思い出すこと アインズ様の質問で過去の記憶を掘り起こす。バーテンダーという仕事がら、キー ? ﹂ ? 行って、悪戯されて帰ってきたと⋮⋮翌朝に﹂ ﹁あいつは⋮⋮。あいつは、女は駄菓子と公言しているからな気にするな﹂ それともメイドに誰かが吹き込んだのか ? アインズ様はどこか気まずげに頭を抱えて顔を下げられる。 ﹁ということはメイドが犯人か ? として、上々だったのでしょう。 判断材料がないのも確か。まあ謎というほどではないですが、酒のつまみ代わりの話題 復活されたアインズ様が一つの仮説をあげられる。もちろんそうなのだろうが、今は ﹁かもしれないとしか﹂ ﹂ ﹁は い。な ん で も あ る メ イ ド が パ ン ド ラ ズ・ア ク タ ー 様 の と こ ろ に お 菓 子 を も ら い に で、この時は何かに後押しされたようにするりと言葉が漏れてしまいました。 本来であれば酒の席の話をお伝えしないのですが、若干私も口が滑ってしまったよう ﹁どのようなものだ ﹁そういえば、パンドラズ・アクター様のお噂をメイドから聞いたことがございます﹂ 211 ﹁まあ、折を見て聞いてみるか。さて長居をしてしまったな。仕事に戻るとしよう﹂ ﹁はい。またの起こしを楽しみにしております﹂ そういうとアインズ様は執務室に戻られた。 それにしても、本当に誰がハロウィンをナザリックに広めたのでしょうか そんなことを考えていると、新しい来客を示す扉に付けた鈴の音が響く。 ? さて次はどんなお客様が来店されるのでしょうか。 こうやってハロウィンの夜が更けていく。 てください﹂ ﹁はい。ではプレミアムモルツをピッチャーでお出ししますね。テーブル席で待ってい なになに。お菓子を消費するからビールがほしいと。 お菓子を持って入店してきたのだ。 私が扉に顔を向け挨拶をすると、そこには常連のヴァンパイアとワーウルフが大量の ﹁いらっしゃいませ﹂ サプリメント10 TRICK or TREAT Take2 212 サプリメント最終話 終わる年、始まる年 ナザリック地下大墳墓 第九層 BAR 主観時間では数十年。このBARのカウンターでグラスを磨き、様々なお客様をもて なして来た。 お客様の心がすこしでも癒されればと、その日の表情や話題からお酒やおつまみ、お 食事をチョイスする。ときには話題を提供したり、お話を聞きしたり。それら行動に疑 問は無く、またいつか終わるなどと考えることはなかった。 しかし、あの時からもう一年が経過した。 ﹁アインズ様がご来店なされるようになって、ちょうど一年でしょうか﹂ ﹁この一年を思い返してみれば、いろいろな事があったな﹂ ﹁そうですね。十二月も中頃。年越しを控えた慰労にちょうどよい時期ですね﹂ リコブタをスライスしながら、話題をつなげる。 やかれる。私は油の乗った鎌倉サラミ、熟成され十分にやわらかなブリー、そしてイベ ナザリックの最高支配者であるアインズ様が、ソルティ・ドッグを片手に言葉をつぶ ﹁もうそろそろ忘年会の時期だな﹂ 213 ﹁そうか。もう一年か﹂ つまみを盛り合わせた皿を出すると、アインズ様はフォークでチーズの一つを口にさ れる。 表情こそ変わらないが、ゆっくりと咀嚼される雰囲気から、十分に味を楽しまれてい るのだろう。 ﹁最初、この甘さとしょっぱさの相まった酒の味も、蕩ける濃厚なチーズの味も、ただた だ感動していた。しかし今では風味や食感、香りの違いを楽しみつつ食すことができる ようになった。これも一つの成長というのかな﹂ ﹁心の経験値が溜まって、また一つ成長できたのではないでしょうか 昔の食生活も サプリメント最終話 終わる年、始まる年 ﹂ 聖書に載る背徳の一つに暴食があるのは、今も昔も変わらぬ極上の娯楽の一つである アインズ様はグラスを傾ける。 して本望にございます﹂ あるかとおもいますが、なにより今を楽しんでいただけるのであれば、バーテンダーと ? もう一杯同じものをお出しいたしましょうか ? から。その意味では、アインズ様は着実に悪に堕ちているのだろう。 ﹁次はいかがなさいますか ? ﹁それも良いが、すこし甘いものをもらおうか﹂ ﹁かしこまりました﹂ 214 油の味が強いサラミとさっぱりとしているが濃厚なブリー。ならばと、取り出すのは 背の高いコリンズグラスに氷を少々。赤く艶のあるルジェ・クレーム・ド・カシスを三。 そしてオレンジジュースを七。赤とオレンジのグラデーションを崩さぬように軽くス テア。最後にカットしたバレンシアオレンジを添える。 ﹁そうだな。そういえば奥に石窯があったな。あれでなにか作れるか ﹁はい。では準備いたします﹂ ﹂ ? うか﹂ ﹁では、本日は夕食と兼用ということですので、少しお腹にたまるものでもいかがでしょ そんなことを、下げたグラスを洗いながら考える。 だからこそ、食というものを楽しまれたのかもしれない。 在の様々な差異に悩まれていた。 サラリーマンから一国家元首に等しい支配者に。立場、環境、能力などなどリアルと現 多分、一番変わられたのはこの方だろう。主観で人間から突然アンデットに変化し、 アインズ様が来店されるようになって一年。 ようにゆっくりと口につける。 アインズ様はグラスを受け取ると、軽くグラスを振り、氷を回す。そして当たり前の ﹁カシスオレンジにございます﹂ 215 そういうと私は奥の石窯に薪と火を入れ準備をはじめる。石窯は温まるまでそれな りに時間のかかるものだが、幸いナザリック製。それほど時間をかけずに適温まで温ま る。この辺もアインズ様的に言えばゲームのご都合主義な箇所なのだろう。使う側と しては便利この上ないの。 まず時間経過が止まる冷蔵庫から取り出したのは発酵させたピザ生地。これを軽く 三十センチ程度の円形に伸ばす。そしてトマトソースを薄く延ばし、イタリア産モッ ツァレラチーズ、香辛料で辛めの味付けにされたナポリサラミ。オリーブ漬けした黒オ リーブ。最後にンドゥイヤサラミを乗せ、石窯で一気に焼き上げる。 アインズ様は、ゆっくりと料理のできるさまを、まるでショーを見るような趣で眺め ていらっしゃる。バーテンダーとはシェイカーを振るときも、料理をするときも、お客 様を楽しませるという一点では変わらない。 ﹁過去、錬金術は料理となぞらえて語られたこともあるそうですよ﹂ ﹁まさしく法則にのっとってMPを運用する魔法と変わらぬな﹂ できます﹂ シピ通りに調理することで、個人差はありますが、ある程度同じ結果を生み出すことが ﹁料理は見た目という要素以外にも、突き詰めれば化学反応の集大成ともいえます。レ ﹁料理にしろ、酒にしろ、本当に魔法のようにできるな﹂ サプリメント最終話 終わる年、始まる年 216 そんな会話をしていると、石窯の香りが変わり、焼き目が付いたタイミングで取り出 す。そして素早くピッツァをカットしてお出しする。 ただしもうここヘは帰る ? しかし、一年という節目。今この時をおいてもう聞くことはできない質問。ふとした バーテンダーらしからぬ質問。 ことはできない条件で﹂ 主を含むプレイヤーの方々と再会できるなら、どうします ﹁たとえ話としましょう。もしリアルに帰ることができるとします。私にとっての創造 私の何気ない質問に、言いよどまれる。 ﹁んっ﹂ ね﹂ ﹁そうですか。ではもし、リアルに戻れる方法が見つかって帰られる時は大変そうです 風味やステーキ風味の栄養チューブなどには戻れないな﹂ ﹁ああ、トマトソースとチーズの味わいの中、香辛料の辛さが空腹を刺激する。昔、ビザ アインズ様は、一切れをゆっくりと口にする。 生み出す。その中で自己主張する辛口のサラミたちと黒オリーブが躍る。 トマトソースの赤と溶けたモッツァレラチーズの白が絡まり、絶妙なコントラストを ﹁ディアボラにございます﹂ 217 感傷から、そんな風に思い投げかける。 ﹂ ﹁お前でも、そんな質問をするのだな﹂ ﹁意外ですか ﹁そうでしょうか な﹂ ﹂ ﹁ただ、お前の言葉はBARを訪れる客が⋮⋮、きっと私が家族と思っている者たちが、 て怒っているような雰囲気も、それらの感情を腹にしまわれている素振りもない。 アインズ様はまっすぐ私の方を向きながら、しっかりとした口調で宣言される。けし ? ? ﹁ああ、私が家族を捨てて、もう一度人生の苦行に戻るか と問われているのだから そしてピッツァを食べ終わった時、アインズ様が口を開かれる がら、私はつなぎにハートランド・ビールをお出しする。 アインズ様はピッツァを食べながらカシスオレンジを飲みほす。そんなお姿を見な んよ﹂ ﹁どうでしょうか。存外、私も一緒にリアルに連れて行ってほしいと言うかもしれませ のであろう﹂ ﹁いや。お前のことだ。お前自身が知りたいのではなく、客の心境を推し量ろうとした ? ﹁お前との話は基本おもしろいが、今日のネタは笑えんな﹂ サプリメント最終話 終わる年、始まる年 218 本当は聞きたくて聞けないものなのだろうな﹂ そういうとゆっくり天井に目を向ける。 そこにはシーリングファンが、そって揺らめくように回っている。 そういうと、アインズ様はカクテルを飲み干し静かに立ち上がられる。 ﹁ああ、そうだな﹂ ﹁終わりを決めるのはいつもお客様にございます﹂ 香りが包み込む。 アインズ様はゆっくりXYZを口にする。甘さとさわやかな酸味が溶け合い、ラムの ﹁これ以上はないという意味もございます。ですが⋮⋮﹂ ﹁最後という意味かな﹂ ﹁XYZにございます﹂ そしてカクテルグラスに踊る色は白。 シェイクするリズムば、BARを満たすJAZZアレンジされたL.L.L。 モンジュースを一。リズムを付けてシェイクする。 その中にブルガル・エクストラドライを二、ホワイトキュラソーを一、フレッシュレ 私はそういうとシェイカーを取り出す。 ﹁では、そろそろこんなお酒はいかがでしょか﹂ 219 立ち上がった姿はいつも通り。しかし纏う雰囲気が違う。それは意思を決めた男の 立ち姿であり、これから私たちが敬愛してやまない王︵父親︶の姿であった。 きっとこの後は、アルベド様をはじめに多くの家族に会われるのだろう。そこでどの ような話をされるのかはバーテンダーである私はあずかり知らぬこと。 ﹁ああ、今年の忘年会も期待しているぞ。細かいことはアルベドと調整せよ﹂ ﹁かしこまりました﹂ ﹁ではな、■■さん﹂ そしていつもの喧騒が始まり、いつものように叩き出す。 騒ぎ始める。 する。毎度のことながら、メニューにもない酒や料理を和洋中関係なく注文し、飲んで 気が付けば常連のヴァンパイアとワーウルフが訪れテーブル席に付き、様々な注文を そこにあるのはひと時の癒しをどう演出するかの思いだけ。 り一つないようにゆっくりと掃除をする。 気が付けば、また一人となり食器を片付け、グラスを洗い、ほこり一つ、グラスの曇 く礼をしながら御見送りする。 アインズ様は静かに扉から出ていかれる。その姿を私は扉が完全に閉じるまで腰深 ﹁ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております﹂ サプリメント最終話 終わる年、始まる年 220 221 ゆっくりとした時間が流れていく。 ここはBARナザリック ナザリック地下大墳墓 第九層の一室にある小さなBA R 人外の楽園である。 ││││ 了