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Page 1 Page 2 Page 3 (62) 一橋論議 第107巻 第4号 平成4年(1992年
Title Author(s) Citation Issue Date Type 公害紛争の特色と処理の手法 : 公害等調整委員会による 公害調停を中心として 南, 博方 一橋論叢, 107(4): 515-529 1992-04-01 Departmental Bulletin Paper Text Version publisher URL http://doi.org/10.15057/12429 Right Hitotsubashi University Repository 16ユ) 公害紛争の特色と処理の手法 公害紛争の特色と処理の手法 博 方 制実体法が整備されることになった。 公害対策基本法が制定され、これを中心とする公害規 害規制法が多数制定された。さらに、昭和四二年には、 公害現象の広汎化と急増化に伴い、国の立法による公 −公害等調整委員会による公害調停を中心として1 はじめに わが国における公害紛争の歴史は古く、戦前におけ る足尾銅山の鉱毒事件をはじめ、いくつかの深刻な事 この時期から、水俣病、四日市ぜん息、イタイイタイ を迎えるに至った昭和三〇年代後半以降のことである。 その解決が国家的課題となったのは、高度経済成長期 訟追行に多額の費用がかかること、③判決確定に至る 関係の立証が困難であること、②訴訟の提起およぴ訴 は、①被害老にとって、原因と被害発生との間の因果 よる司法的救済の方法があったが、民事裁判において 公害紛争を解決する手法としては、従来、裁判所に 病など、大気汚染、水質汚濁などによる悲惨な公害が まで多大の日時を要することなどのため、公害紛争の 件があったが、大きな杜会問題として取り上げられ、 多発し、被害住民と加害企業との問の紛争が激化した。 手法としては、必ずしも適切とはいえなかった。 そこで、司法裁判とは別に、手続の形式的厳格性を 公害に係る規制ないし指導は、当初、地域に係わる 間題として地方公共団体の条例等に委ねられていたが、 515 南 平成4年(1992年)4月号 (62〕 緩和し、紛争の迅速かつ適正な解決を可能にする新し い公害紛争処理制度の確立が焦眉の課題となっていた が、昭和四五年に公害紛争処理法が制定され、同法に よって、国には中央公害審査委員会を、都道府県には 二 公害等調整委員会の組織と権限 ω 公害等調整委員会の組織 公害等調整委員会︵以下﹁公調委﹂という︶は、委 と土地調整委員会とを統合して、公害等調整委員会が 害紛争処理法の一部改正により、中央公害審査委員会 たらしめることにした。さらに、昭和四七年には、公 勤である︵同六条二項︶。非常勤委員のうち、一人は弁 は、名古壁目同裁長官であった。委員のうち三人は非常 る︵公害等調整委員会設置法七条︶。現委員長の前職 ちから、両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命す 委員長および委員は、人格が高潔で識見の高い者のう 員長および委員六人で組織される合議制機関である。 設置された。このようにして、行政機関による公害紛 護士から、他の一人は学界から選任されるのが例とな 都道府県公害審査会を設置し。て、公害紛争の処理に当 争処理制度の整備充実が図られることになった︵制度 い︵同八条︶。委員長および委員は、その身分が保障さ っている。委員の任期は五年であるが、再任を妨げな の概要については、深山卓也﹁公害等調整委員会﹂判 例タイムズ七二八号三四頁︶。 罷免される二とはない︵同九条︶。委員会に専門事項 れており、法定の罷免事由に該当する場合を除いては を調査させるため専門委員三〇人以内を置くことがで ほか、命を受けて事件処理に当たるため審査官等が置 事務局が置かれる︵同一九条︶。事務局には、総務課の き︵同一八条︶、また、委員会の事務を処理させるため 会委員としての私の経験を基に、公害事件の大部分を ることにしたい。 占める公害調停の特色とその処理の実際について述べ 等調整委員会制度の概要を紹介するとともに、同委員 本稿においては、国の公害紛争処理機関である公害 第107巻第4号 一橋論叢 5!6 現在、裁判所、総理府、環境庁、厚生省、農水省、運 通した各省庁の課長クラスの職員が当てられている。 かれているが、審査官には、裁判官や専門的業務に精 償責任の有無および賠償すべき損害額について判断し、 定と原因裁定との二種がある。責任裁定とは、損害暗 て紛争の解決を図る手続である。﹁裁定﹂には、責任裁 公調委は、公害紛争処理法の定めるところにより、 ② 公調委の権限と職権行使の独立性 準判決の性質をもつ行為のようにみえるが、原因裁定 断する裁定である。ちなみに、裁定は行政処分ないし 為と被害発生との聞の因果関係の存否のみについて判 これを明らかにする裁定であり、原因裁定は、加害行 公害紛争について、あっせん、調停、仲裁および裁定 は因果関係についての意見を公に示す行為にすぎず、 輸省等から職員が出向している。 を行うとともに、地方公共団体が行う公害苦情処理に また、責任裁定も、裁定書の送達後三〇日以内に損害 きる︵四八条︶。 られた公害防止施策についての意見を述べることがで すぎず、原因裁定、責任裁定ともに直接の法的効果を 容の合意が成立したとみなされる︵四二条の二〇︶に 下げられたときに、当事者間に当該責任裁定と同一内 賠償訴訟が提起されないとき、またはその訴えが取り ﹁あっせん﹂とは、公調委が当事老間の自主的解決を 生ずる行為としての行政処分や準判決とはいえない。 ついて指導等を行う︵三条︶ほか、内閣総理大臣また .は関係行政機関の長に対して、紛争の処理を通じて得 援助、促進する目的で、その間に入って伸介し、紛争 の解決を図る手続であり、﹁調停﹂とは、公調委が当事 力ある決定を行うことは、司法権との関係上適当でな こ丸は、おそらく民事事件について、行政機関が拘束 このように原因裁定には法的拘束ルぱないが、因果 いとの考慮に出たものであろう。 いて裁判を受ける権利を放棄して、紛争の解決を公調 関係が究明されれぱ、加害老による賠償が期待され得 争の解決を図る手続であり、﹁伸裁﹂とは、裁判所にお 委に委ね、その判断に従うことを合意することによっ 517 者の間に入って、双方の互譲に基づく合意によって紛 (63) 公害紛争の特色と処理の手法 平成4年(1992年)4月号 (64〕 第107巻第4号 一橋論叢 は、公調委が職権で収集した証拠資料を基に、裁判所 対する原因裁定の嘱託︵四二条の三二︶がある場合に 争処理法四七条︶。 とができる︵公害等調整委員会設置法二二条・公害紛 委任に基づいて、公害等調整委員会規則を制定する二 令を実施するため、または法律もしくは政令の特別の 公調委は、その所掌事務について、法律もしくは政 の審理が容易化され、あるいは和解の契機となること ㈹ 公調委の性格 るし、また公害民事事件の受訴裁判所による公調委に も期待されるのである。 の定めるところにより、鉱区禁止地区の指定、鉱物. ﹁鉱業等に係る土地利用の調整手続等に関する怯律﹂ 継している。すなわち、鉱業法その他の法律および 昭和二六年に発足した旧土地調整委員会の権限をも承 行政的権隈のほかに、争訟の裁断というような準司法 委員の身分保障が認められている。また、公調委は、 公調委は、前述のとおり、職権行使の独立性を有し、 府または省から多かれ少なかれ独立性を有しているが、 総理府の外局として設置されたものである。外局は、 公調委は、国家行政組織法三条三項の規定に基づき、 公調委の職務は、以上の公害紛争の処理のみに限ら 岩石・砂利の採取等に係る許認可についての不服の裁 的権限を有している。なかでも土地利用調整に関する れるものではない。公害等調整委員会とあるように、 定並びに土地蚊用法等に基づく意見の申出・承認など 公調委の委員長および委員は、独立してその職権を 地裁を省略して、東京高裁に出訴すべき二ととされて 的証拠法則の採用︶、その裁定に対する不服の訴訟は 定には裁判所を拘束する力が認められ︵いわゆる実質 不服裁定は、公開の対審構造で審理され、その事実認 行う︵公害等調整委員会設置法五条︶。委員長および いる。公害紛争に係る責任裁定・原因裁定も、裁判に の職務をも取り扱っている。 委員は、その職務の遂行に当たっては、何らの指揮監 準じた公開対審手続で審理が行われている。また、前 督に服することなく、また、何人からの干渉も受けな い。 518 (65) 公害紛争の特色と処理の手法 述のとおり、公調委には、規則制定権が認められてい る。 申出事件一件、合計六七二件である。 いるが、公調委は、公正取引委員会や労働委員会など 議制官庁を行政委員会ないし独立規制委員会と称して 権限のほか、準司法的権限と準立法的権限を有する合 毒事件六件︵申請人六一二人︶、香川県三豊郡地先海域 件︵申請人二〇、七三〇人︶、渡良瀬川沿岸における鉱 件︵申請人一、五四四人︶、大阪国際空港騒音事件二四 名なものは、不知火海沿岸における水俣病事件六〇八 して圧倒的に数が多いのは、調停事件である。その著 この処理状況から明らかなように、公害紛争事件と とともに、この行政委員会の典型的な例の一つである における漁業被害事件一件︵申請人一、三九〇人︶、ス 一般に、政府のいかなる機関からも独立し、行政的 といえよう。 バイクタイヤ粉じん被害等事件三件︵申請人二六〇 係事件︵土地利用調整事件を除く︶は、六八六件であ 以来、平成二年度末までに、公調委に係属した公害関 昭和四五年一一月一日公害紛争処理法が施行されて 法律﹂が制定された。 二七日﹁スバイクタイヤ粉じんの発生の防止に関する 事件の解決は立法に多犬の影響を与え、平成二年六月 〇人︶などである。スバイクタイヤ粉じん被害等調停 人︶、山梨・静岡ゴルフ場農薬被害等事件︵申請人二二 る。その内訳は、調停事件六六三件、伸裁事件一件、 三 公調委の紛争処理実績 裁定事件二一件︵責任裁定事件ニハ件、原因裁定事件 農薬による被害を危慎して、地方公共団体や関係行政 場農薬被害等をめぐる紛争である。ゴルフ場の新設と あっせん事件は、一件も存しない。これらのうち終結 機関に陳情し、あるいは仮処分を申請し、行政処分に 最近全国的に多発している調停申請事件は、ゴルフ したのは、調停事件六五〇件、伸裁事件一件、責任裁 対する不服申立て等を提起する例が増えている。公害 五件︶およぴ義務履行勧告申出事件一件となっている。 定事件一五件、原因裁定事件五件および義務履行勧告 519 平成4年(1992年)4月号 (66〕 第107巻第4号 一橋論叢 口敏彦﹁公害等調整委員会による山梨・静岡ゴルフ場 調停事件の解決﹂判例タイムズ七五八号八一頁以下参 紛争処理法に基づく調停を申請する例も少なくなく、 平成四年一月末までに公調委および都道府県公害審査 照︶。 士宮市での現地調停を行ったほか、担当委員が当事者 八回開催されたが、公調委の調停室ばかりでなく、富 把握に努めて、事案の解決策を検討した。調停期日は や事情聴取、現地調査を行い、事実関係や背後事情の その他の担当職員が当事者等に接触して、手続の説明 もの、一件である。本件は、早期の段階から、審査官 ルフ場兼リゾート施設の建設差止めを求めて申請した できる︵同二七条の三︶。 認めるときは、職権により調停手続に移行することが 権によって開始したあっせんの手続において、相当と この例外をなすのは、職権調停移行の制度であり、職 一項︶。すなわち、申請主義の原則がとられている。 による申請により開始される︵公害紛争処理法二六条 調停手続は、原則として、当事者の一方または双方 ω 調停手続の開始 四 公調委による公害調停の手続 会等に申請された調停は三八件に及んでいる。公調委 に係属した調停事件は、平成二年四月静岡県富士宮市 と忌揮のない意見交換を行い、当事老を同伴して現地 ② 調停機関 の住民ら二二〇人が、隣接する山梨県上九一色村のゴ を視察し、さらに学識経験老から農薬被害とその防止 公調委による調停は、委員長およぴ委員のうちから、 る調停委員会を設けて行われる︵同三一条︶。 策についてのヒヤリングや多数の関係文献の収集を行 挙げて、精力的に調整作業に当たり、平成三年五月一 ㈹ 手続の内容 事件ごとに、委員長が指名する三人の調停委員からな 四日調停成立をみたものである︵その調停成立に至る 調停手続は、当事老間の自主的解決の援助、促進を い、実験等を実施するなど、文字通り公調委の総力を までの経過と調停条項の全文については、栄春彦H谷 520 (67) 公害紛争の特色と処理の手法 目的とするあっせんと異なり、調停委員会が紛争解決 の実質的内容についても積極的に介入し、適正妥当と 思料する方向に誘導していくものである。したがって、 当事老双方の主張を聴き、争点について真相を把握す るための手続が整えられている。 紛争の実状を最もよく知っている当事老の出頭を求め、 先ず、紛争の争点を把握することが必要であるから、 直接事情を聴取することが必要である︵同三二条︶。 さらに、必要があれぱ、事件の関係人・参考人の陳述 等を求め、また、鑑定人に鑑定を求めることもできる ︵公調委規則一六条︶。 調停委員会は、当事者から事件に関係のある文書・ 物件の提出を求めることができ︵同⋮二条一項︶、ある いは事実関係を明確にするため、工場、事業場その他 事件に関係のある場所に立入り・検査をすることがで きる︵同三三条二項︶。 調停は、当事老間に合意が成立したときは、終了す とができ︵同三四条一項︶、当事者が指定の期間内に受 諾拒否の申出をしなかつたときは、調停案と同一内容 の合意が成立したも、のとみなされる︵同三三条三項︶。 調停は、当事者が胸襟を開いて率直に意見を述べ、互 譲により紛争を解決しようとする制度であり、これを 公開することはかえって紛争の解決を困難にすること が、調停委員会が調停案の勧告をした場合において、 兄あるから、調停は、非公開が原則である︵同三七条︶ 相当と認めるときは、その実効性を確保するため、調 停案の公表が認められている︵同三四条の二︶。 なお、﹁申請に係る紛争がその性質上調停をするの に適当でないと認めるとき、又は当事者が不当な目的 でみだりに調停の申請をしたと認めるときは、調停を しないものとすることができ﹂︵同三五条︶、﹁当事者問 に合意が成立する見込みがないと認めるときは、調停 を打ち切ることができる﹂︵同三六条一項︶。 五 最近における公害調停の特色 公害発生のリスク段階での調停申請 521 る。当事老間に合意が成立することが困難であると認 めるときは、調停案を作成し、その受諾を勧告するこ 〔 1) 橋論叢 第107巻 第4号 平成4年(1992年)4月号 {68〕 最近の公害調停事件は、被害発生後ではなく、被害 発生のリスク︵いわゆるおそれ公害︶の段階で申請が なされるものが少なくない。例えば、前述の山梨.静 岡ゴルフ場農薬被害等調停事件の与こときは、ゴルフ場 が完成すると、①ゴルフ場等で使用される農薬が地下 に浸透することにより、富士宮市域の地下水全体が汚 染されるおそれがあること、②ゴルフ場等で地下水を 汲み上げると、富士宮市域の湧水がさらに減少するお それがあること、③出水や土砂流出による災害のおそ れがあること、④国立公園富士山の生態系と景観が破 壌されるおそれがあること、等を理由として、ゴルフ 場等の建設差止めを求めている。 被害が発生して以後の救済では、真の救済にはなら ないから、公害事件の性質上当然といえば当然である。 しかし、公害紛争処理法によれぱ、﹁公害に係る被害に ついて、損害賠償に関する紛争その他の民事上の紛争 が生レか場合においては、⋮⋮調停⋮⋮の申請をする ことができる﹂と定めている︵同二六条一項︶。この規 定を根拠として、被害が発生した後でないと調停の申 請をすることができないと解する説もないではない。 事実、被申請人において、申請人が差止請求権を有し ないこと、または被害が発生←ていないことを理由に、 調停申請の却下を求めることも少なくない。 しかし、公害紛争処理法は、公害に係る被害が生じ た場合に調停申請ができるとしているのではなく、 ﹁民事上の紛争が生じた場合﹂に調停申請ができる旨 を定めているのである。すなわち、被害の発生は、調 停申請の要件ではなく、紛争の発生が申請の要件とさ れているのである。公害対策基本法も、﹁公害の防止 に関する施策の基本となる事項を定めること﹂を目的 とし︵一条︶、調停を﹁公害に係る紛争が生じた場合に おける﹂紛争処理制度の一つとして位置づけている ︵二一条︶。公害紛争処理法も、﹁公害に係る紛争につ いズ、:⋮・調停⋮⋮の制度を設けること等により、 ⋮⋮その−⋮・解決を図ることを目的と﹂し︵一条︶、管 轄に関する規定︵二四条一項一号︶においても、限定 的ではあるが、被害が及ぷおそれのある揚合を含めて 規定している。民事調停法による公害調停は、﹁損害 522 (69〕 公害紛争の特色と処理の手法 置を求めて申請してくる例が多い二とである。すなわ 最近の公害調停の特色は、行政上または立法上の措 ② 行政・立法上の措置要求 請を受理したのであった。 調停事件においては、このような見解に立って調停申 るのが相当であろう。山梨・静岡ゴルフ場農薬被害等 には、現に被害が発生していなくても、申請を受理す 主張があり、すでに紛争状態にあると認められる場合 れぱ、被害が将来発生する具体的なおそれがある旨の きる︵三三条の三参照︶。これらの規定を総合勘案す が発生するおそれのあるL場合にも申立てることがで 公害紛争処理法によれば、﹁公害に係る被害につい なる。 ような調停申請をどのように取り扱うべきかが問題と の環境行政の姿勢を問うものであった。そこで、この よび採取適正化に関する要綱等の見直しを迫り、県等 梨県等のゴルフ場開発指導要綱、地下水資源の保護お 建設の差止めを求めるものであるが、実質的には、山 ゴルフ場農薬被害等調停事件は、直接にはゴルフ場の 理由の一つとして掲げられていた。また、山梨・静岡 造、販売、輸入等の禁止措置と禁止立法の制定が申請 じん被害等調停事件においては、スバイクタイヤの製 て、損害賠償に関する紛争その他の民事上の紛争が生 、 、 、 、 、 、 制定などを要求する事案が増加している。この場合、 おいても、ここにいう﹁民事上の紛争﹂には当たらな または立法上の措置を求める調停は、いかなる意味に じた揚合において﹂、調停の申請をすることができる ち、行政または立法の怠慢を責め、良好な環境の保 国の機関や地方公共団体を被申請人とする場合もある いから、二のような申請は却下すべきであるという考 全・創造を求めて、事業の禁止・停止・工事差止め等 が、加害事業老を相手方とする場合でも、実質的には え方もあり得るであろう。しかし、調停は当事者双方 ことになっている︵二六条一項︶。したがって、行政上 行政規制措置を求め、あるいは指導要綱の改訂を求め の互譲によって紛争の解決を図るものであるから、そ の行政規制の要求、行政計画の変更、事業規制立法の るものである場合がある。例えぱ、スバイクタイヤ粉 523 調停申請の当初には、最大限の要求を掲げていても、 の内容も審理の進展に伴い極めて流動的に推移する。 として、紛争を解決することを目的とするのであるか るに、公調委による調停は、民事上の紛争を手掛かり とする措置をとるのが相当であろう︵三五条︶。要す 性質によっては、加害老を特定しがたく、かつ、加害 次第に要求事項が縮小緩和されてくるのが通例である。 のみならず、この見解は、申請の要件と調停の目的 行為と被害との問の因果関係の究明が困難であり、、事 ら、調停の目的としては、﹁その性質上調停をするのに とを混同しているように思われる。﹁民事上の紛争﹂ 実の解明に高度の科学技術知見を必要とするものがあ そもそも調停の途が選ぱれたこと自体、多少の譲歩が に当たるか否かは、申請の要件と解すべきではない。 ることである。この場合、被害老において、資料を収 適当﹂な事項はすべて盛り込むことが可能であると解 申請の要件としては、公害に関する紛争発生の主張が 集し、因果関係および損害額等を立証することは至難 前提とされていると考えてよい。したがって、このよ あれば十分である。﹁民事上の紛争﹂は、申請の要件で のことであり、しかも、当事老間の立証能力に著しい すべきである。 はなく、調停の目的である。申請に係る内容の調停が 格差がある場合が少なくない。民事訴訟における弁論 うな要求が﹁民事上の紛争﹂に当たらないからという 許されないかどうかは、﹁申請に係る紛争がその性質 主義は、実体法における私的自治の訴訟法的投影であ ㈹ 公害調停における調査審理の特色 上調停をするのに適当でないと認め﹂られるかどうか り、主張と立証は自己の負担と責任において行うべき 理由のみで、これを却下するのは、そもそも調停制度 の問題である。もし、申請人が最後まで行政上または ことを要請する。純粋の民事事件においては、このよ 公害紛争の特色として通常指摘される点は、事案の 立法上の措置要求に固執するときは、﹁その性質上調 うな弁論主義は妥当性を有している。しかし、公害紛 の趣旨・目的に合致しないといえるであろう。 停をするのに適当でないと認め﹂、調停をしないもの 第4号 平成4年(1992年)4月号 (70〕 一橋論叢 第107巻 524 (71〕 公害紛争の特色と処理の手法 の発生をもたらした場合も少なくないのである。にも なかには、国等の立法・行政の無為無策の結果、被害 争は、果たして純粋の民事事件といえるであろうか。 場合によっては、伸裁的色彩の濃い調停もないではな 事老︵とくに被害老︶もこれを期待する傾向にある。 形成に当たっては職権主義が相当強く働いており、当 る事務局︵とくに審査官体制︶によって担保されてい 員を補佐するため、その専門的知見と調査能力を有す 幅広く導入されている。しかも、この職権主義は、委 や鑑定人の鑑定依頼等を行うことができ、職権主義が 入検査︵同条二項︶、関係人・参考人の陳述・意見要求 関係のある文書・物件の提出要求︵同⋮二条一項︶、立 公調委による調停においては、調停委員会は、事件に そこで、このような裁判における欠陥を補うため、 おいても、同様である。 までもない。そのことは、裁判所における公害調停に な解決を困難にしている理由の一つであることはいう な弁論主義が、裁判所による公害訴訟の迅速かつ適正 主的な争訟追行に委ねてよいものだろうか。このよう 多数の研究論文が発表されていたが、データー不足で に至るよう努めた。ゴルフ場での農薬散布については、 資料を収集し、実験結果を当事老に示して、合意形成 を要する事項が争点となったため、公調委が積極的に は、農薬散布の地下水に及ぼす影響という科学的解明 前記の山梨・静岡ゴルフ場農薬被害等調停において る例も多い。 このように行政と連携して、紛争の解決が図られてい 不可能であるが、行政機関である公調委においては、 においては、行政と連携して事件の解決を図ることは 置と連動させることが有効である場合も多い。裁判所 が、公害に対する行政規制や予防行政等の行政上の措 解明に努めることが必要であることはもちろんである なお、公害紛争の解決に当たっては、具体的事件の いのである。 る。元来、調停は、当事老の合意によって成立するも あったり、デiターの採り方に問題のあるものもあり、 かかわらず、これを純粋の民事事件として当事者の自 のであり、公調委による調停も例外ではないが、合意 525 平成4年(1992年)4月号 (72〕 第工07巻第4号 一橋論叢 将来のことはともかく、現時点においては現実性を欠 のあるキーバーを養成し、これを常置する必要があり、 そのためには農薬や芝の養生について専門的知識経験 減農薬・低農薬管理が可能であるとする説もあったが、 といい、ある老はその薬害を極度に強調した。さらに、 分かれており、ある老は塩、砂糖と同じく無害である また、農薬の危険性について、研究者間で極端に説が 公調委による調停の対象とすることができる﹁公 ω 調停条項の内容 するとともに、大規模開発事業の規制も強化された。 指導要綱を改訂し、農薬の使用についての規制を強化 なお、本件調停の進展に伴い、山梨県においては、 要がある旨、調停条項に盛り込まれた。 とする調整池の底部に吸着剤︵活性炭︶を敷設する必 散布された農薬が水溶性の高いものであ牝ば、下方に れないまま溶出する可能性があること、②ゴルフ場に では表流水が発生し、散布された農薬の成分が分解さ を行ったが、その結果は、①強度の降雨があれば芝地 そこで、公調委としては、独自の立揚から調査実験 ない。しかし、実際の事案処理においては、これらの 品・食品公害等は、調停の対象となる公害には含まれ 風、電波障害、景観・眺望・美観の阻害、廃棄物、薬 よび悪臭のいわゆる典型七公害を指す。日照妨害、通 水質の汚濁、土壌の汚染、騒音、振動、地盤の沈下お る︵公害紛争処理法二条︶。したがって、大気の汚染、 害﹂は、公害対策基本法二条一項に規定する公害であ も浸透し、農薬成分を含んだ浸透水が地中の暗渠を通 典型七公害のいずれかに付帯して紛争化し、これらを いていた。 じて排出される可能性のある二とが判明した。本件ゴ 包括して審理しなければ解決できないような場合であ 調停の対象とされ、調停事項に盛り込まれている。 って、当事老の同意があるときは、これらをも含めて ルフ場は、防災上の理由から四五個の巨犬なすり鉢状 る設計構造をとっていた。そこで、農薬の地下浸透を 民事調停においては、調停において当事老間に合意 の調整池に降雨を集め、ここから直接地下に浸透させ 防止するための処置として、各ゴルフ・コースを流域 526 (73)公害紛争の特色と処理の手法 が成立し、これを調書に記載したときは、調停が成立 したものとし、その記載は、裁判上の和解と同一の効 力を有するものとされている︵民事調停法一六条︶。 民事調停の調停条項は、権利義務条項から。成り立って いる。これに対し、公調委による調停は、必ずしも権 利義務条項に限られず、いわゆる公害防止協定等と同 じく、努力条項や精神規定などが多数含まれており、 紳士契約的性格が強いのがその特色である。もっとも、 だからといって調停条項の履行が確保できないという わけではないことは、後に述べるとおりである。 公調委による調停がいかに弾力的かつ多彩であるか を示す興味ある例を示そう。水俣病調停における調停 調書では、調停条項ーおよぴ2で賠償金の額等を定め、 その3で症状の変更について、次のように定めている。 ﹁3 将来申請人の症状に第−項の︵1︶及ぴ︵4︶の 金額の増額を相当とするような変化が生じたときは、 申請人は、これを理由として、調停委員会に対し、当 該金額の変更を申請することができるものとするこ と。﹂ この条項に基づき、調停成立後、慰謝料額等の 変更を申請する例が多数あり︵平成二年度末までに四 〇五件受付けている︶、調停委員会において金額の変 更決定を行っている。 事情変更による金額の変更申請条項は、裁判所によ る調停条項に挿入される例もあり、判決に記載されて いるものもある。しかし、この種の条項は、法的には 無意味な条項である。民事訴訟法の考えに従えぱ、事 情変更による金額の変更申請は、当然、新規の調停申 請として取り扱われることになる。しかし、公害紛争 処理法は、民事調停法と異なり、調停における合意に 対して、裁判上の和解と同一の効力を認める旨の文言 を欠き、かつ、調停における合意の成立をもって調停 の終了原因とはしていない。したがって、水俣病調停 において金額の変更申請条項が定められていることは、 その限りで調停が未だ終結せず、なお一部存続してい ると解さざるを得ない。すなわち、金額の変更申請は、 未だ終結していない事項についての調停の再開申請で あり、調停委員会による金額の決定は調停案の提示で あると解するのが相当であろう。 527 平成4年(1992年)4月号 (74 第107巻第4号 橋論叢 民事調停は成立すれぱ、裁判上の和解と同一の効力 を有する。したがって、確定判決と同様の執行力を有 している。ところが、公調委による調停には執行力が 認められていないので、調停条項の履行の確保が懸念 されるかもしれない。しかし、公調委が処理する公害 紛争の加害老は大企業や公共的団体である場合が多く、 公調委の杜会的権威と企業のイメージ.アツプを背景 として、調停条項の誠実な履行が遵守されているのが 実状である。 なお、当事老が調停条項上の義務の履行を怠る場合 には、公調委は、義務老に対し、義務の履行に関する 勧告をすることができる︵四三条の二︶が、これは権 利老の申出がある場合に限られるので、山梨.静岡ゴ ルフ場農薬被害等調停においては、調停条項において、 公調委がその誠実な履行を監視する旨を定めた。 さらに、上記ゴルフ場事件においては、申請人から、 本件施設の設置管理および運営状況に関する資料の開 示要求があったので、事業者においてこれらの資料を 公調委に提出する旨の条項が定められた。 六 おわりに 公害紛争の処理の上で最も因難な二とは、多くの場 合、加害行為が複合して存在し、このため加害老の特 定が困難であるほか、加害行為と被害との間の因果関 係を究明するためには高度の専門的知識経験を要する ことである。民事裁判は、もとより人権擁護の最後の 砦であり、決してその有用性を否定するものではない。 しかし、公害紛争のように、その事実の解明に当たっ て高度の科学技術知見を必要とし、多大の労力、負担 および時間を要するものについて、果たして民事裁判 が唯一の解決方法といえるか、強い疑問を感ぜざるを 得ない。現在、全国の裁判所において係属する公害事 件の数は、一、○○○件に達しているが、終結まで平 均三年を要しているという。これに対し、都道府県公 害審査会における公害調停の処理期間は、平均約一年 五か月である。山梨・静岡ゴルフ場農薬被害等調停事 件も、丁度一年で終結をみた。 行政機関である公調委による調停は、手続の厳格性 528 (75) 公害紛争の特色と処理の手法 ︵訴訟要件、訴訟物、被保全権利、証明責任等︶に拘束 集のための費用と労力の大幅な軽減が可能である。こ 機関による調停が最も適しているといえるのではなか の意味において、公害紛争の解決手法としては、行政 である。調停において成立した合意内容は、単なる公 ろうか。裁判外の行政機関による調停の一層の活用と されることなく、柔軟で弾力的かつ多彩な解決が可能 害に係る被害の救済をこえて、公害の防止、環境の保 その充実化が強く望まれる所以である。 ︵一橋大学教授︶ 全、さらには未来における良好な環境の創造にまで及 んでいるものもある。調停申請の手数料は民事調停の 約三分の一ですみ、職権主義が支配するため、資料収 529