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NFPF文書館・図書館・博物館のためのフィルム保存入門 日本語版

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NFPF文書館・図書館・博物館のためのフィルム保存入門 日本語版
NFPF 文書館・図書館・博物館のためのフィルム保存入門 日本語版
© fps 2009
[第 1 章] なぜフィルムを保存するのか?
米国のフィルム遹産は米国そのものといえるほどの多様性を持ち合わせている。米国
では 100 年以上のあいだ、プロもアマチュアも映画カメラとともに国内を旅し、風俗に
触れ、物語を編み、日々の出来事を撮影してきた。つまり、主流メディアに撮影される
ことのなかった人々や土地も記録の対象であったのである。
ドキュメンタリー、ニュース映画、アヴァンギャルド映像、そして独立系の作品、ホ
ームムービー、産業映画、政治広告、科学映画、人類学的記録、トラベローグ、フィク
ション...... フィルム特有のパワーと即時性を秘めた共有財産の真価は、映像に記録さ
れた最初の一世紀の記憶の集積ともいえる作品群を救い、共有することによって、はじ
めて発揮されるものである。
長いあいだ、こうした多種多様なフィルムの価値に光が当てられることはなく、映画
製作といえばハリウッドの劇映画が連想されるばかりで、文書館・図書館・博物館に収
蔵されている非劇場用映画には目が向けられなかった。唯一無二の存在である作品は、
手を触れられないまま棚に積まれていたのか、あるいは単に上映するには不向きな存在
であったのか。20 年以上に渡る保存への取り組みのおかげで、今まさにこうした映像が
注目を浴びつつある。そして、我々が文化史を深く理解する上でも、より包括的にアメ
リカ映画というものを思い描くようになってきている。
1. フィルム・アーカイヴのコミュニティー
本書の本意を理解していただくためにも、フィルム・アーカイヴの変遷に少し触れて
おこう。
映画保存の重要性が注目されはじめてからの 10 年は、映画史の初期に製作され、
見捨てられてきた劇映画の救済が優先課題であった。この仕事に挑んだのはごく一部の
非営利組織や公共機関に過ぎないが、劣化の進行しているナイトレートを遅燃性フィル
ムに複製する技術を磨き、その成果を博物館内の上映や特別な映画祭の場で披露するよ
うになった。
1938 年、先駆者たちが国際フィルム・アーカイヴ連盟(FIAF)を創設した。FIAF が目
指したのは、情報交換およびプロとしての職能の確立を促すことであった。1970 年代後
半まで、ナイトレートを所蔵する米国内の主要なアーカイヴは、ジョージ・イーストマ
ン・ハウス、米国議会図書館、ニューヨーク近代美術館、UCLA フィルム&TV アーカイヴ、
そして国立公文書記録管理局の以上 5 団体であった。
フィルム研究がハリウッド映画の枠に収まらなくなると、フィルム・アーカイヴのコ
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ミュニティーもまた拡散していった。米国議会の指示で米国議会図書館が 1993 年に発行
した研究報告「Film Preservation(フィルム保存)」は、公共組織や非営利組織が地域
映画、一つのテーマに特化した映画、あるいは民俗学的な映画を収集しはじめたことを
報告している。1991 年以来、映像アーキヴィスト協会(AMIA)は職業上の枠組みを提示
することによって、アーカイヴ活動を活性化させてきた。AMIA のおかげで各地域の専門
家たちは、FIAF 加盟アーカイヴやハリウッドの映画産業の中で働く仲間たちと出会うこ
とになった。AMIA はアーキヴィストの養成や年次会議の開催、メーリングリストや研究
部会による情報共有などの機会を与えている。1993 年から 2003 年のあいだに、その会員
数は 4 倍に増えた。
*AMIA の前身は「Film Archives Advisory Committee」、「Television Archives Advisory Committee」と
いう 2 つの組織である。
AMIA の会員がすべてではない。調査価値のあるフィルムを所有する組織はほかにも数
多く存在している。こうしたフィルムは、視聴覚資料、デジタル資料、紙資料などが中
心の特別なコレクションの中に紛れていることが多い。2002 年にプログラムの参加者を
対象とした調査が完了し(回答率 93%)、全米映画保存基金(NFPF)が明らかにしたとこ
ろでは、文書館・図書館・博物館において、コレクションが複合メディアで構成されて
いるのは例外的なことではなく、ごくあたりまえのことである。こうした組織の中に、
フィルムだけを管理しているような専任者はいない。この調査の回答者の 90%が、複数の
メディアにまたがるコレクションに対して責任を持っており、その半数以上が、フィル
ムのほかに 3 種類以上の素材を含むコレクションを一手に担当している。
マルチメディアを扱う文書館・図書館・博物館は、映画保存の分野において最も新し
い波となっている。フィルムが調査対象として注目されるようになるにつれ、より幅広
い組織でフィルムが収集対象となり、使用され、フィルム・アーカイヴの定義自体も拡
張している。
2. オーファン(孤児)フィルム
映画保存の世界には、非営利団体と営利企業のあいだに非公式な境界線がある。ビデ
オ、DVD、ケーブルテレビ、そしてそれらに付随する市場の要求が拡大するにつれ、劇場
公開用映画の製作者たちは、自分たちが権利を持つフィルムに以前より高い資産価値を
見いだすようになった。近頃の映画業界は、映画の保存及び復元に多額の予算をつぎ込
んでいる。現状で公共機関や非営利団体が営利目的の劇映画の復元を手助けする際には、
フィルムを所有する団体との共同作業として成立することが少なくない。一般にこうし
たプロジェクトには映画史的な重要性が求められ、アーカイヴは唯一無二のフッテージ
や専門技術を提供する。
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しかしながら、多くのフィルムはこうした営利目的の映画保存の蚊帳の外にある。米
国議会図書館の 1993 年の研究報告「Film Preservation」の影響で、見捨てられている
素材を救済していくことの必要性に注目が集まり、救済されていない状態にあるフィル
ムは「オーファン」と呼ばれるようになった。オーファン・フィルムには明確な著作権
保持者がおらず、今後の保存に必要なコストをまかなうだけの商用価値もない。喪失の
リスクのもっとも高いとされるジャンルは、ニュース映画、地域の記録映画、アヴァン
ギャルド作品、独立プロ作品、無声映画時代の映像、アマチュア制作の作品、科学映画
や文化人類学的映像などである。オーファン・フィルムの保存の仕事は往々にして、非
営利団体や公共機関に委ねられている。映画保存活動に向けた米国政府からの助成金も、
現在ではほとんどすべて、公的資金なくしては救われる可能性のほとんどないオーファ
ン・フィルムに対して与えられている。
研究テーマとして興味関心が高まり、そしてフィルムが文化的かつ歴史的資料として
評価されるようになり、オーファン・フィルムは図書館・文書館・博物館に居場所を見
出だした。すべての調査対象資料の特徴であるが、フィルムもご多分に漏れず、クオリ
ティー、内容、歴史資料としての価値といった点で玉石混淆である。アーカイヴ活動や
保存活動によってすべてのフィルムが救済されるわけではなく、ある程度の取りこぼし
は避けられない。保存に使うことのできる資金が限られている以上、利用者のためにで
きる限り長期に渡ってフィルムの延命をはかるために、フィルムの収集および活用の対
象領域を規定することこそ、各組織が責任をもっておこなうべきことである。
本書は入門書として歴史的かつ文化的価値のあるフィルムを取り上げるが、ハリウッ
ドの劇映画や映画の芸術性に言及することはしない。本書は、フィルム保存に向けて段
階的な取り組みに着手しようという収蔵の責任者を支援するための入門書である。オリ
ジナルであるフィルムとそのコンテンツの延命に向けて、段階ごとに保存すべき作品に
優先順位をつけ、収蔵、保管、複製、アクセスといった作業を、より広い視野を持った
計画へと統合していく。
「フィルム保存入門」は、各組織でフィルム保存の取り組みに日
夜励む人々のためのものである。
3. フィルム保存の専門用語
リバイバル上映されるハリウッド映画の宣伝文句の中で、
「保存された」とか「復元さ
れた」といった言葉が混在していることがある。話を先に進める前に、公共団体や非営
利組織におけるこうした用語の定義を明確にしておこう。
*パオロ・ケルキ・ウザイ(著)
『Silent Cinema: An Introduction』
(BFI 2000)
(翻訳中)の P65-67 も参
照のこと。
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◇保存 Preservation
実践の場でも日常会話の中でも、
「フィルム保存」という言葉は長いあいだ「複製」と
同義で使われていた。フィルムが新しいストック、あるいは安定性のより高いストック
に複製されたかどうか、という意味で、アーキヴィストはフィルムが「保存されている」
か否かを判断していたのである。
しかしここ 10 年のあいだに、
保存という言葉はより広い意味で使用されるようになり、
フィルムを救済して一般に公開するために必要不可欠な活動の流れ全体を指すようにな
ってきた。現行のフィルム保存とは、フィルムの扱い方、複製、収蔵、アクセスなどの
概念を包括するものである。それぞれの概念については本書の中で言及していく。
フィルム保存とは単発の作業ではなく、現在進行形のプロセスである。技術や改良さ
れ、常識が変化すれば、時には再び複製を作成することにもなる。フィルム以外の博物
館の収蔵品や図書館の蔵書と同じように、フィルムの延命のためには継続的なケアが必
要である。
◇保管 Conservation
保管とは、オリジナルのフィルム素材を保護すること意味する。フィルムには、情報
のキャリアとしての物質的価値がある。多くの組織がオリジナル素材を守り、むやみに
手を加えないようにしている。つまり、上映用や調査用にはそのコンテンツの複製物を
使用するのである。オリジナルであるところのフィルムは、物質的な劣化を抑制するの
に適した環境に収蔵される。
◇複製 Duplication
複製とは、代用品としてのコピー作成を意味する。保存の責任者がフィルムが安全圏
にあると見なすのは、フィルムに記録されている画と音のコンテンツが正確に複製され
ていて、かつ、将来的に改めて閲覧用のコピーを作成する際に元となるマスター素材が
保護されているときである。担当責任者が保存用コピーを作成する際、その作品が初め
て上映されたときに最も近い素材をコピー元として使用するのが普通である。
◇復元 Restoration
復元とは、単に物質として残存するオリジナル素材をコピーするだけでなく、その作
品をある特定の版として再構成する試みを意味する。理想的には、復元をするには同一
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作品の残存するあらゆる素材を比較検討し、製作時の記録や上映の史実に添って、ばら
ばらの素材を順序正しく並べ、場合によっては、これまでの劣化を補うために画にも音
にも手を加える。フィルムの復元は、紙資料や芸術作品のそれとは異なり、常にオリジ
ナルの複製を伴う。
◇アクセス Access
アクセスとは、フィルムの中身を一般に公開する過程を意味する。アクセスという言
葉は、施設内での調査研究への協力からネット上での公開に至るまで、その意味合いは
組織によって様々である。博物館、図書館、文書館において、現在のところ最も一般的
なアクセス用のメディアはフィルムとビデオである。
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事例紹介:オクラホマ歴史協会
『This is Our City(私たちの街)
』(1950 年 600ft.
35mm ナイトレート 白黒 音付)
フィルムは時代を経て、そこに描かれているコミュ
ニティーにとってまったく新しい意味を纏うことが
ある。オクラホマ歴史協会が保存する政治的な広報映
画『This is Our City』は、フィルムが歴史への案内
窓口になり得ることを証明するものである。
1940 年代後半、オクラホマの政治家たちは自らのコミュニティーの急激な変化を目の
当たりにしていた。コンスタントに新たなビジネスを呼び寄せるために、街は道路建設、
衛生面の改善、洪水防止策、さらに空港、図書館、公園などの建設の必要に迫られてい
た。1950 年 5 月の選挙に際して、政治家たちは公債発行の可否を住民投票にかけること
にした。
商工会議所は公債の購入を促すための委員会を結成し、看板、新聞広告、ラジオ・ス
ポット、街宣を抱き込むマルチメディア・キャンペーンを繰り広げた。このキャンペー
ンの中心に位置したのが「This is Our City(ここは私たちの街)」という映画だった。
この 5 分の政治的な広報映画は、住民の誇りに訴え、公債がいかに平均的な家庭生活を
向上させるかを説き、投票日が近づくと街中の映画館や集会場で上映された。映画のた
めに計上された予算は 3,600 万ドル。映画は圧倒的な支持を得て、住民の 80%が公債発行
に賛成票を投じた。
公債の受給者の一つであったオクラホマ・メトロポリタン・ライブラリー・システム
は、『This is Our City』の 35mm ナイトレート・プリントを救い、オクラホマ歴史協会
に寄贈した。2001 年、同協会はフィルムの不燃化と閲覧用ビデオ作成のためのテレシネ
にかかるコストを助成金でまかなった。以来、この作品は米国議会図書館の映画保存を
祝う全米ツアーの途中、オクラホマの会場で上映されたり、映像の一部がテレビ番組の
中で使用されたり、現在の公債キャンペーンに活用されたりしている。
選挙キャンペーンに関わる出来事や、それがオクラホマの発展に果たした役割を教え
てくれるのは、残存する多くの歴史資料、新聞記事、パンフレット、商工会議所の記録
であるが、こうした紙資料以上に、
『This is Our City』は当時の生活のリズムや雰囲気
をあますことなく伝えてくれる。1950 年当時の人々の目に、この公債発行キャンペーン
がどのように映り、どのように理解されていたのかを、この映画が、50 年以上の隐たり
を感じさせることなく教えてくれたように思う。
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