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地球の歴史を描き出す 描く3
3 描く 野外って 外を歩いて何をするんですか? ……野外調査に行ったことが ない学生を調査に誘うといつも聞かれます。地質学といえば野外 (フィールド)調査。文字通り「野」に出て岩石の調査をするのは基 地球の歴史を描き出す 乾 睦子 本なのですが、ピンとくる人はあまりいないようです。日本で「野 外」の「自然豊か」な場所ではたいてい植物が生い茂っているので、 岩石を意識する機会はめったにないからかもしれません。でも、例 えば海沿いにはこんな素晴らしいフィールドもあります(写真1) 。 観察してスケッチしてみましょう。 いぬい むつこ / 国士舘大学 え? 何を描くんですか? ていうか灰色の岩ばっかりじゃない ですか! ……だから来たのです。岩石を見て描けるものがどれだ 岩石が経験してきたプロセスを、 けたくさんあるかを、今からご紹介しようと思います。まずもって ひとつずつ明らかにすることによって、地球の営みを 「灰色」なだけではありませんね。縞々があります。それくらいは気 解明しようとする分野が「岩石学」です。 づいたよ、という人、じゃあその縞々はどこも同じですか。いろん な幅の縞がありませんか。一部斜めになっていませんか。途切れて 長瀞町 いませんか……。よく見てみましょう、岩石にはいろいろな組織が (埼玉県秩父郡) 見られます(岩石に見られる縞模様や形を一般に「構造」や「組織」 と呼びます) 。 城ヶ島 (神奈川県三浦市三崎町) 室戸市(高知県) 写真1 室戸ジオパーク。 経験は見た目に表れる 写真2のような堆積岩の場合、一番目立つ縞々は堆積組織で す。堆 積 岩というのは 海 や 湖の 水 底に 細かい 砂 や 泥 の 粒 子 が 沈んで積もり、長時間の間に水が抜け固結して岩石になったも のです。堆積する粒子の粗さは環境によって決まりますが、時 の移り変わりによって多少は揺らぎがあります。例えば、少し 沖 の 静 か な 海 底 では 普 段 はとても細 か い 粒 子( 泥 )だけしか 積もりません。でも台風などで大きく海が荒れると、海は何日 間 か 濁ります ね。多 量 の 粒 子 が 水 中に 巻 き 上 げられ るからで す。通常よりはずっと沖まで粗い粒子が運ばれるでしょう。そ うす ると、い つ もとは 少し 色 の 違 う 砂 の 層 が 一 枚 で き ること に なりま す。ど ん な 堆 積 物 が ど の よ うな 順 に、ど の よ うな 時 写真4 生物が残した痕跡は 写真2 室戸ジオパー ク内の大露頭。主に海 溝にたまった堆積物か ら成る「四万十帯」に 含まれる。 写真3 斜交層理(城ヶ 島) 。写真の上端と下端 に見える面が水平面と すると、中央付近には 斜めの筋が入っている ことが分かる。 18 Field+ 2012 07 no.8 生痕化石と呼ばれる(城ヶ島) 。 写真上部のブツブツも、写真 右側に縦孔のように見える部 分も、どちらも生痕化石と思わ れる。 撮った写真を見た時 に、露頭前で何を考 えていたかが思い出 せるように簡単なメ モを取る。 写 真5 白 い 火 山 灰 層の 上 端 が 炎 のよう な 模 様 になってい る (城ヶ島) 。固結してい ない火山灰層の上に、 急 激に新たな堆 積 物 が 乗ったためと解 釈 できる。 写 真8 交 差 す る 脈 (長瀞) 。クラックの内 部を白い 鉱 物と緑 色 の鉱物が埋めている。 白い 鉱 物と緑 色の 鉱 物 がど のように でき た か が 分 か れ ば、 ク ラック(と脈)ができ た条件も分かる。 写真6 硬い岩石でも、バラバラな砂の粒子でもな く、マットレスくらいの硬さのものが曲がって取り残 されたような構造(室戸) 。半固結の状態で流動した 痕跡と思われる。白い点線でなぞったものと同じ構造 がもうひとつ見えることに注意(写っている人の右足 付近) 。左下は筆者のフィールドノートから。 写真7 断層(城ヶ島)。クラックの 両側の地層をたどると、どちら側がど ちら向きにどのくらい動いたかが分か り、どのような力が岩石に加わってい たかを復元することができる。 間的な幅や周期を持って堆積するような環境だったかということが、 境が分かるので、脈の形だけでなく、脈の中の細かい組織に注目し 堆積物の縞々を観察することで明らかになるのです。 たいこともあります(写真8) 。クラックができたり脈ができたりと 堆積の順序にばかり注目するわけではありません。堆積物がどの いうことが何度か繰り返された痕跡を残す岩石もあります。 ように「乱されているか」に注目することもあります。乱すものは 様々です。例えば水の流れ。波打ち際の浅い海底を覗き込むと、海 分解して組み立てる 底面は決して真っ平らではありませんね。小さな砂丘の連なりのよ だんだん複雑になって来ましたね。一度堆積した後、再度移動し うなパターンができていることがよくあります。水の流れがある場 て堆積し直して、生き物に巣をつくられた後、大きな力が加わって 合は堆積物が水平に積もるとは限らないのです。よく観察できる組 割れてずれて、隙間を鉱物が埋めて脈ができ、また別の方向に割れ 織として斜交層理と呼ばれるものがあります(写真3) 。また、海底 てずれて脈ができ、しかも脈が何回も開いたり閉じたりした、とい の砂の中に生息する生き物が層を乱していることもあります。巣穴 うような岩石が観察できるということです。実のところ、もっと複 と思われる組織がきれいに残っていたり(写真4) 、逆に砂の層が掻 雑な岩石がこの地球上にはたくさんあります。例えば地下深くの高 き乱されて堆積組織が失われていることがあります。また、軟らか 温高圧下に長い間置かれた岩石は、変成岩と呼ばれる岩石になりま い層の上に急激に堆積物が重なることによって写真5のような特徴 す。さらに高温の環境に置かれた岩石は、融けてマグマになってし 的な組織ができることがあると考えられています。このような乱れ まい、再び固結した時には火成岩と呼ばれます。変成岩や火成岩が た組織は、周囲の整然とした堆積組織の中にあるからこそ判別でき 風化して砕けて堆積するとまた堆積岩になります。私達が今見てい ます。私達の眼には堆積組織と乱された組織の両方が同時に入って る岩石は、それらの様々な経験を全て同時に示している(ことがあ くるのですが、岩石が経験したそれらの出来事の前後関係を、頭の る)のです。だから、全部がごちゃごちゃになって灰色でわけが分 中で描き直して解釈するのです。 からないと感じます。地質学では、その様々な経験を示す組織をひ とつひとつ分解し、順を追って組み立てることで、この大地がどの 波乱万丈 ようにできて来たのかを明らかにしていきます。そのために、ごちゃ 堆積物が固結して岩石になる前に、海中で土砂崩れのように移動 ごちゃの中のひとつずつの組織に注目し、抽出するのです。 して再び堆積しなおすこともあります。写真1、2は実はそのような もう面倒くさいから写真に撮っちゃいましょうよ! ……ええ、 風景です。どさっと大量に動く大小の粒子は、大きなもの(レキ) もちろん今の時代ですから、写真を撮るのは当然です。でも、現 は海底を転がり落ち、中くらいの粒子(砂)は一度海水中に巻き上 地でごちゃごちゃに見えた岩石の露頭は、写真に撮ってもやはり げられてから沈み、細かい粒子(泥)はかなり長時間海水中を漂っ ごちゃごちゃでわけがわからないままです。ひとつの組織を抽出す てから徐々に底に沈むでしょう。そのような海底の土砂崩れが流れ るためには、色や模様だけではなく、岩石の細かいデコボコや表 込むのは海底の中でも深い場所ですから、繰り返しそのようなこと 面の滑らかさ、光沢の具合など、写真ではよく分からない様々な が起こりやすく、砂や泥が交互に積み重なる「互層」という形で我々 手がかりを活用する必要があるのです。ですから、露頭でノートに の目に入ります。ある程度の厚みを持った砂の層、泥の層が繰り返 描いておくことはフィールド調査をする人にとっては必要不可欠な していたら、そのような二次的な堆積物と判断できます。時には、 作業なのです。フィールドで何か考えていても、帰って来てしばら 砂や泥の粒子が半ば固結してから地すべりが起きたように見える部 く放った露頭写真を見ただけでは、何を撮ったのか思い出せない、 分もあります。写真6などは、ちょうどマットレスぐらいの柔らかさ というのはよくあることです。 のものがぐにゃっと曲がってちぎれた跡のように見えますね。 そういう意味では、フィールド調査の時だけではなく、ラボで試 固結した後も、岩石はさまざまな試練に見舞われます。例えば耐 料を分析したり、ノートやPCに向かって計算したりアイディアを えられないほど大きな力が急激に加われば、割れてクラック(亀裂) 練っている時も、すべてが描き出す作業かもしれません。鉱物の組 や断層ができます(写真7) 。大きな断層が地震につながることはご 織を観察するのに偏光顕微鏡や電子顕微鏡を使います。電子線を試 存知の通りです。大小の断層やクラックの組織は、岩石にどのよう 料にぶつけて飛び出してくる特性X線を測る、というような装置も な力が加わっていたかを示すので、地震の研究においては不可欠の あります。ヒトの肉眼だけでは見えないものを、様々な分析装置に ものです。一度できたクラックや断層の間に新しく鉱物が沈殿して 描き出してもらいます。私たちはそれを読み、時にそれらを使って 脈ができていることもあります。脈のでき方を観察すると当時の環 新たなイメージを描いて、地球の歴史を探っています。 Field+ 2012 07 no.8 19