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英語 英語にとって政治 政治 政治とは何か

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英語 英語にとって政治 政治 政治とは何か
1
英 語 にとって政 治 とは何 か
寺島
隆吉
1 記 号 研 は何 を契 機 に誕 生 したか
機 関 紙 「巻 頭 言 」に対 して「少 しポリティカル過 ぎるのではないか」との声 が寄 せられ、紙 面
を通 じて幾 つかの意 見 交 換 があった。そこで以 下 、これを契 機 に「英 語 にとって国 際 理 解 と
は何 か」を考 えてみたい。この問 題 を考 えることによって「記 号 研 は何 を目 指 しているのか」が、
より明 確 になると思 われるからである。そこでまず「記 号 研 は何 を契 機 に誕 生 したか」から始
めたい。
記 号 研 が誕 生 したのは私 が岐 阜 大 学 に赴 任 した 1986 年 である。それまでは、私 は石 川
県 の高 校 教 師 をしていた。高 校 教 師 時 代 については『現 代 英 語 教 育 』(研 究 社 出 版 )の連
載 「遥 かなる山 河 を求 めて:私 の英 語 教 育 論 」で書 いたし、これは拙 著 『英 語 にとって教 師
とは何 か』(あす なろ社 /三 友 社 出 版 、2002)にも再 録 されているので、ぜひ参 照 していただ
ければ幸 いである。
高 校 教 師 をしていた頃 から、自 分 の授 業 実 践 について『現 代 英 語 教 育 』(研 究 社 出 版 )、
『英 語 教 育 』(大 修 館 書 店 )、『新 英 語 教 育 』(三 友 社 出 版 )などに発 表 したり、さまざまな教
育 研 究 集 会 で発 表 したりしてきた。そして、これらの雑 誌 を読 んだり発 表 を聞 いたりした読
者 ・参 加 者 から「資 料 を送 ってほしい」との依 頼 が次 々と電 話 や手 紙 で舞 い込 むようになっ
てきた。
このような依 頼 は当 時 、松 任 農 業 高 校 で同 じ実 践 をしていた寺 島 美 紀 子 の『英 語 学 力 へ
の挑 戦 』(三 友 社 出 版 )が出 てから、いっそう多 くなった。その頃 、私 たちが住 んでいた石 川 県
金 沢 市 まで会 いに来 る教 師 まで現 れた。そこで、「いっそのこと正 式 に研 究 会 を発 足 させた
らどうか」ということで、私 が岐 阜 大 学 へ移 動 したことを契 機 に記 号 研 を発 足 させた。という
のは、電 話 があるたびに資 料 をコピーして郵 送 する労 力 は決 して小 さくなかったからである。
もし研 究 会 を発 足 させれば、それを通 じて、私 たちの実 践 を、困 っている現 場 教 師 と共 有
できるし、同 じ質 問 に毎 回 、同 じ説 明 を繰 り返 さなくて済 む。また「記 号 づけプリント」も研 究
会 に集 まってきた教 師 に実 物 を見 てもらうことによって説 明 が容 易 になるし、毎 回 、資 料 をコ
ピーして郵 送 する手 間 暇 も省 ける。このように考 えたのである。要 するに、記 号 研 は困 ってい
る教 師 への相 互 援 助 団 体 として発 足 したのである。
この記 号 研 の性 格 は今 でも変 わらない。今 でも、記 号 研 入 会 者 の多 くは授 業 不 成 立 に悩
む「底 辺 校 」の高 校 教 師 である。というのは、私 の実 践 は工 業 高 校 (定 時 制 )を元 にしていた
し、寺 島 美 紀 子 の実 践 は農 業 高 校 を元 にしていたから、同 じ底 辺 校 で授 業 不 成 立 に悩 む
教 師 に、何 らかの手 がかりを与 えてくれると受 け止 められたからだろう。しかし、発 足 してから
2
中 学 教 師 の入 会 者 も増 え、最 近 は高 専 や大 学 の教 師 も会 員 には居 る。
(嬉 しい驚 きだが、中 には記 号 研 方 式 を応 用 して高 専 でドイツ語 を教 えている会 員 もいる
し、大 企 業 で英 語 のインストラクターをしているひとの入 会 も最 近 あった。しかし、これは逆 に
言 えば、高 専 や大 学 でも授 業 に困 っていることの表 れでもある。だとすれば、むしろ悲 しい驚
きと言 うべきかも知 れない。)
2 記 号 研 は何 を目 指 しているか
このように記 号 研 の会 員 が底 辺 校 に多 いということは、それだけ教 育 現 場 が荒 廃 してい
ることの現 れである。そして底 辺 校 の教 師 のいかに多 くが授 業 不 成 立 に悩 み、援 助 を必 要
としているかの証 明 でもあろう。それは「記 号 研 方 式 で授 業 をしています」という、会 員 でもな
い教 師 と最 近 、出 会 うことが多 くなったことにも表 われている。
しかし、記 号 研 は単 に悩 める教 師 のためにだけあるのではない。むしろ英 語 が分 からなくっ
て困 っている生 徒 のためにある。生 徒 が授 業 で荒 れる最 大 の原 因 は授 業 が分 からなくてつ
いていけないことにあるし、そのような生 徒 に英 語 が分 かる道 筋 を用 意 してやることが記 号 研
の仕 事 だと考 えているのである。それが同 時 に悩 める教 師 の救 いにもなるのである。
だが、このことは逆 に、底 辺 校 から進 学 校 に異 動 すると記 号 研 の会 員 を辞 める人 が多 い
ことも意 味 している。というのは、進 学 校 の場 合 、受 験 という目 標 があるから、生 徒 の多 くは
静 かに授 業 に参 加 し、教 師 は今 までの「授 業 不 成 立 」という悩 みから解 放 されるからである。
しかし、記 号 研 は進 学 校 の教 師 に何 も援 助 する道 具 を持 たないのであろうか。
実 は進 学 校 でも心 ある教 師 は受 験 一 辺 倒 の授 業 を何 とかしたいと悩 んでいるのである。
しかし統 一 進 度 ・統 一 テストという壁 に阻 まれて苦 しんでいるのが実 情 ではないだろうか。
「投 げ込 み教 材 」で、もっと生 き生 きした授 業 を創 りたいと思 っていても、「投 げ込 み教 材 」を
やる時 間 的 ゆとりをどのように産 み出 せばよいかが分 からない教 師 も少 なくないのである。
このような現 状 を踏 まえて、記 号 研 は従 来 のフレーズ・リーディング理 論 を詳 しく分 析 し、
その欠 点 を明 らかにすると同 時 に、その欠 点 を改 善 するための新 しい直 読 直 解 の方 法 を開
拓 してきた。その結 果 が「番 号 づけプリント」であり、それを使 った新 しい授 業 形 態 として、「構
造 よみ」「形 象 よみ」「主 題 よみ」(説 明 的 文 章 の場 合 は、「構 造 よみ」「要 約 よみ」「要 旨 よ
み」)の研 究 も進 めてきた。
要 するに、記 号 研 は底 辺 校 で悩 む教 師 だけではなく、受 験 という厚 い壁 に阻 まれて苦 し
んでいる進 学 校 の教 師 にも援 助 の手 を差 し伸 べようとしてきたつもりである。というよりも英
語 教 師 として力 量 をつけたいと願 っている全 ての教 師 に、記 号 研 は援 助 の手 を差 し出 して
きたつもりなのである。記 号 研 方 式 による教 材 作 りが同 時 に教 師 の力 量 を育 てているので
ある。
たとえば現 在 、教 師 を退 職 しアメリカの大 学 院 で学 んでいる会 員 の一 人 は、「記 号 研 の
方 法 で学 んだおかげでアメリカの大 学 でついていける力 量 がついた」と語 ってくれているし、
最 近 、会 員 の一 人 が送 ってくれた次 のメールが示 しているように、記 号 研 が研 究 してきた方
3
法 は、音 声 訓 練 や同 時 通 訳 を目 指 す人 にも役 立 つことが分 かってきたからである。
「話 はかわりますが、寺 島 先 生 、昨 年 の English Journal 誌 (2000 年 4,5,6,7 月 号 、
同 年 10,11,12 月 号 、及 び 2001 年 4 月 号 )に掲 載 されていた“K/H システム・リスニング力
養 成 力 講 座 ”というのをお読 みになったことがあるでしょうか。私 が最 初 に興 味 を持 ったのは、
12 月 号 での Jane Fonda のスピーチの内 容 であったのですが、そのスピーチと関 連 した学 習
法 が詳 しく掲 載 されています。(10 分 に満 たないスピーチですが、結 構 聴 き入 ってしまいます。
ぜひ聴 いてみてください) 。まだ、うまくまとめることができないのですが、初 めて K/H システム
の学 習 法 の記 事 を読 んだときに、”なんだ、記 号 研 での方 法 をわかりにくく説 明 しているよう
なものではないか”と思 いました。」
<註 :直 読 直 解 については寺 島 美 紀 子 『直 読 直 解 への挑 戦 』(あすなろ社 /三 友 社 出 版 、
2002)を参 照 されたい。>
3 英 語 教 師 はどんな仕 事 をすべきか
以 上 に見 てきたように、記 号 研 は常 に「弱 者 」「少 数 者 」の立 場 で仕 事 をしてきた。もし記
号 研 の方 法 を「強 者 」の立 場 で利 用 しようとすれば、例 えば「公 文 式 」のような道 も選 択 可
能 だったと私 は考 えている。
というのは「一 刻 も早 く記 号 研 のメソッドを特 許 申 請 しておかないと知 的 財 産 を盗 まれてし
まう」と進 めてくれるひとも現 実 にいるし、この十 年 間 ずっと記 号 研 の会 員 であった私 塾 経 営
者 で、最 近 、退 会 して大 きなビルを建 て予 備 校 経 営 者 に転 じた人 も現 実 にいた。
だが今 のところ私 は現 在 の路 線 を守 るつもりである。というのは、現 在 の受 験 体 制 の中 で
は、英 語 が出 来 るかどうかで人 生 の進 路 が決 まってしまう可 能 性 がある。このように、英 語
がともすると差 別 ・選 別 の道 具 になる恐 れがあるだけに、とりわけ、この「弱 者 の視 点 」に立
つことが重 要 だと思 うからである。
ところが最 近 の政 治 情 勢 ・教 育 情 勢 は上 記 の願 いと逆 行 しているように思 えてならない。
そのひとつの例 が「小 学 校 の英 語 教 育 」や「小 学 校 の学 校 選 択 自 由 化 」である。単 純 に考
えれば、英 語 教 育 がますます重 視 される情 勢 が来 たのであるから、英 語 教 師 として諸 手 を
挙 げて歓 迎 すべきはずなのだが、私 は手 放 しで喜 べないものを、これらに感 じるからである。
その理 由 を詳 しく展 開 するためには別 の論 文 が必 要 になるので、ここでは省 略 するが、簡
単 に結 論 だけを述 べておくと、上 記 の政 策 は「強 者 」をますます強 くし「弱 者 」をますます転 落
させる恐 れがあるということである。早 いうちに「強 者 」と「弱 者 」の選 別 を済 ませたほうが経 済
的 に効 率 が良 い、という狙 いが為 政 者 にあるとすれば、その狙 いとしては成 功 であろう。
この「弱 者 」に対 する配 慮 の欠 如 は、最 近 とみに声 が大 きくなっている「構 造 改 革 」という
政 策 にも強 く感 ぜられる。というのは、内 橋 克 人 氏 の次 の著 作 を読 めば分 かるように、アメリ
カでもニュージーランドでも、それ以 前 にイギリスでも、「規 制 緩 和 」→「規 制 改 革 」→「構 造 改
革 」は百 万 人 規 模 の失 業 者 を生 み出 し、その失 業 者 の多 くは未 だに救 われていないからで
ある。
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『規 制 緩 和 という悪 夢 』文 芸 春 秋 、1995
『規 制 緩 和 は何 をもたらすか』岩 波 ブックレット、1998
『浪 費 なき成 長 :新 しい経 済 の起 点 』光 文 社 、2000
『共 生 の大 地 :新 しい経 済 が始 まる』(岩 波 新 書 、1995)
上 記 1 冊 目 は 1978 年 に始 まったアメリカの「規 制 緩 和 」の実 情 を生 々しく伝 えているし、2
冊 目 は、同 じ政 策 がニュージーランドを襲 った現 状 を、そして 3 冊 目 は同 じ政 策 が日 本 を襲
ったときの予 測 と、それにたいする対 案 を実 に説 得 的 に展 開 している。4 冊 目 のものは既 に5
年 前 に出 されていて、日 本 に新 しい経 済 を作 り出 す萌 芽 を豊 かに発 見 し提 供 しているにも
かかわらず、この 5 年 間 は、彼 の提 案 を踏 み潰 す 5 年 間 であったことが、上 記 の本 でよく伝
わってくる。
内 橋 克 人 氏 は『規 制 緩 和 は何 をもたらすか』(岩 波 ブックレット)で「今 そこにある危 機 」の特
徴 として次 の3点 を挙 げている。
① 今 や「例 外 なき規 制 緩 和 」→「聖 域 なき構 造 改 革 」こそが、社 会 正 義 であり、それに反 対
すると非 国 民 あつかい。
② 行 政 ・官 僚 に対 する反 感 ・反 発 ・批 判 を追 い風 として、いつのまにか「規 制 緩 和 」→「構
造 改 革 」は社 会 正 義 となった。
③ 企 業 活 動 に対 する完 全 自 由 化 運 動 、「市 場 競 争 原 理 」至 上 主 義 、市 民 が失 敗 しても
「お前 が悪 かったのだ」という「自 己 責 任 」主 義 。
また同 書 は、オークランド大 学 ケルシー教 授 の報 告 として、「規 制 緩 和 」(→「構 造 改 革 」)
後 のニュージーランドの実 情 について次 の 5 点 を指 摘 している。
① 1987 年 以 来 、フル・タイムでの就 業 機 会 数 は増 えていない。増 えたのは女 性 のパート・タ
イム労 働 者 だけ。男 性 労 働 者 はむしろ 4.5%の減 少 。
② 労 働 組 合 の崩 壊 ・消 滅 。失 業 は弱 者 に集 中 し、特 に移 民 労 働 者 の失 業 率 は 92 年 で
は 29%、98 年 で 15%となっている。
③ 高 所 得 者 層 と低 所 得 者 層 の格 差 が拡 大 している。89 年 以 来 、人 口 の 10%を占 める高
額 所 得 者 を除 いて、実 質 賃 金 は毎 年 、低 下 。
④ そのうえ、政 府 の補 助 金 の削 減 ・廃 止 (たとえば「失 業 手 当 」「疾 病 給 付 金 」「住 宅 家 賃
補 助 」など)。新 たな負 担 金 ・保 険 料 ・消 費 税 の導 入 。
⑤ 貧 困 ということばは 84 年 以 前 には存 在 しなかった。しかし貧 困 状 態 で暮 らしているひとは、
今 や 35%も増 加 (1989-1992)。若 者 の自 殺 率 はOECD諸 国 で最 高 。
同 じような結 果 がニュージーランドだけでなく、イギリスでもアメリカでも既 に出 てきているの
に、小 泉 内 閣 は「痛 みを伴 う」改 革 を平 然 と国 民 に押 し付 け、「結 果 が出 るまでの2-3年 は
痛 みに耐 えてもらわなければならない」と言 ってはばからない。この状 況 は「欲 しがりません、
勝 つまでは」と言 わしめた戦 前 ・戦 時 の国 民 精 神 作 興 運 動 を髣 髴 とさせるものである。しか
も、それに反 対 すると「非 国 民 扱 い」になりかねない状 況 も戦 前 ・戦 時 と酷 似 している(内 橋
克 人 1998:4-8)。
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英 語 教 師 は「ことばの教 師 」である。だとすれば、英 語 をコミュニケーションの手 段 として教
えるのだけでなく、その同 じ手 段 が民 衆 をコントロールする手 段 としても使 われることを教 える
義 務 があるのではないか。例 えば、上 記 の著 書 を読 んで初 めて、私 は「減 税 」や「規 制 緩
和 」という「ことば」の真 の意 味 を知 って愕 然 とした。「ことば」というものは、このように人 間 を
解 放 する手 段 ともなるし、人 間 を騙 (だま)し奴 隷 にする手 段 ともなりうるのである。
詳 しくは内 橋 氏 の著 書 を参 照 していただきたいが、彼 によれば「減 税 」「規 制 緩 和 」「聖 域
なき構 造 改 革 」の真 の意 味 は大 略 、次 のとおりである。<資 料 1>
減 税 :「大 金 持 ち」や「大 企 業 」に対 する減 税 政 策 であり、庶 民 には実 質 的 増 税 である。
所 得 に対 する累 進 課 税 を改 悪 し、こうして貧 富 の格 差 はいっそう拡 大 する。
規 制 緩 和 :今 までは中 小 企 業 や中 小 の小 売 店 を守 るために「独 占 禁 止 法 」「大 型 店 舗
規 制 法 案 」があったが、アメリカや大 企 業 の要 求 に推 され、上 記 の規 制 を緩 和 ・撤 廃 する。
聖 域 なき構 造 改 革 :これまでは労 働 者 の解 雇 を自 由 勝 手 に行 なってはならない規 制 があ
ったが、今 後 はリストラを自 由 に推 し進 めるために、上 記 の規 制 を緩 和 ・撤 廃 する。
つまり「聖 域 なき」ということは、今 までは国 民 の反 対 があって、なかなか手 のつけれなかっ
た分 野 にまで踏 み込 んで「歯 止 めなき」規 制 緩 和 をするという決 意 表 明 なのである。
内 橋 氏 の著 書 は、「規 制 緩 和 」という内 容 について、この他 にも豊 富 な事 例 が述 べられて
いて、読 むものの背 筋 を寒 くさせるものを持 っている。そして逆 に、「ことば」というものを、これ
ほど見 事 に使 って、新 しい政 策 が提 起 されていることに恐 怖 の念 さえ覚 える。そしてチョムス
キーが今 までに挑 戦 してきたのは、まさに、このような政 策 や組 織 だったのである。
チョムスキーといえば、生 成 文 法 の創 始 者 として誰 一 人 、知 らないものがいないといってよ
いだろう。しかし「ことば」による民 衆 のコントロールに対 して精 力 的 な批 判 活 動 を展 開 してい
るチョムスキーについては、日 本 で全 くといってよいほど紹 介 されていない。言 語 学 に関 する
彼 の著 作 は次 々と翻 訳 されているのに対 して、それ以 外 の著 作 については、彼 の翻 訳 は皆
無 に近 い。現 在 、手 に入 る翻 訳 で次 の数 点 に過 ぎない。
『アメリカン・パワーと新 官 僚 :知 識 人 の責 任 』(太 陽 社 、1970)
『アメリカが本 当 に望 んでいること』(現 代 企 画 室 、1994)
『ノーム・チョムスキー:学 問 と政 治 』(バースキー、ロバート・F、産 業 図 書 、1998)
上 記 の翻 訳 で最 後 のものは彼 の著 書 ではなく別 人 による伝 記 に過 ぎない。これは日 本 の
チョムスキー研 究 者 がいかに偏 っているかの証 明 ではないだろうか。そこで節 を改 めて私 たち
英 語 教 師 がチョムスキーから何 を学 ぶべきかを考 えてみたい。
4 チョムスキーから何 を学 ぶか
私 自 身 はチョムスキー研 究 の専 門 家 ではない。しかし、先 述 のとおり、素 人 の私 から見 て、
日 本 におけるチョムスキー研 究 は、偏 向 していると思 えてならない。というのは、前 節 で既 に
紹 介 したとおり、チョムスキーの言 語 学 関 係 の著 作 は次 々と翻 訳 されているのに、彼 の政 治
学 関 係 のものは、ほとんどと言 ってよいほど翻 訳 されていないからである。
6
日 本 の言 語 学 研 究 者 にとっては、次 々と変 化 ・発 展 していくチョムスキー言 語 学 を追 いか
けて行 くだけでも大 変 だから、彼 の政 治 学 関 係 の著 作 にまで手 を伸 ばすゆとりは全 くない、
というのが本 音 かもしれない。だとすれば、「政 治 的 中 立 」という隠 れ蓑 を捨 てて、そのような
率 直 な本 音 を聞 かせてくれればよいだけなのである。
<註 :拙 論 の初 出 は『Applied Semiotics』2007 年 7 月 号 だったが、同 年 の 911 事 件 以 後 、
チョムスキーの著 書 が次 々と日 本 でも翻 訳 ・出 版 され始 めた。2008 年 現 在 では、彼 の政 治
学 関 係 のものは言 語 学 関 係 のものよりも出 版 点 数 が多 くなっているほどである。しかし翻 訳
をしているのは言 語 学 の研 究 者 ではなく、翻 訳 業 者 のものが多 く、言 語 学 者 のものは皆 無
に近 い。>
ところが、しばしば聞 かれるのは「研 究 者 は政 治 的 に中 立 でなければならない」という言 い
訳 なのである。しかし、この言 ほどチョムスキーの思 想 から遠 いものはないように私 には思 わ
れる。というのは、チョムスキーが最 も重 視 しているのは「政 治 的 に中 立 かどうか」ではなく、
「真 理 に忠 実 であるかどうか」であると私 には見 えるからである。
「中 立 」が必 ずしも「真 理 」を保 障 しないことは、少 し考 えてみるだけでも、すぐ分 かることで
はないだろうか。道 路 が大 きく右 傾 すれば、そのセンター・ラインも大 きく右 傾 する。それと同 じ
ように、政 治 が大 きく右 傾 しているときは、「中 立 」を標 榜 するひとの意 見 も右 傾 しているに違
いないのである。もし右 傾 しないで元 の「中 立 」の立 場 を堅 持 していたら、「あの人 は左 傾 して
いる」と非 難 されるに決 まっている。
教 科 書 裁 判 で有 名 な家 永 三 郎 氏 も同 じことを述 べている。つまり「敗 戦 直 後 、革 命 的 雰
囲 気 で世 の中 が騒 然 としていたとき、私 はしばしば右 翼 と非 難 された。ところが教 科 書 裁 判
を続 けているうちに、今 度 は“あのひとは左 傾 している。共 産 党 かもしれない。”などと非 難 さ
れるようになった。」と言 うのである。自 分 の信 念 を貫 いているうちに、何 時 の間 にか世 の中
が右 傾 し、「中 立 」のつもりだった自 分 が、いつのまにか「左 傾 しているといわれるようになって
しまった」というのである。
アメリカでマンハッタン計 画 を指 導 し、世 界 で初 めての原 子 爆 弾 の開 発 をしたオッペンハイ
マーも同 じ軌 跡 をたどった。というのは、世 界 が核 兵 器 開 発 競 争 の渦 に投 げ込 まれていくこ
とを憂 慮 した彼 は、アメリカの水 素 爆 弾 の開 発 に反 対 したが、そのために彼 は「アカ」のレッ
テルを貼 られ、公 職 追 放 のまま一 生 を終 えることになったからである。彼 自 身 は「中 立 」すな
わち「世 界 の恒 久 平 和 」のために発 言 し行 動 したつもりだったが、政 府 は「左 傾 」あるいは「ソ
連 のスパイ」と受 け取 った。
しかし物 理 学 者 たちは、その後 もアインシュタイン・湯 川 秀 樹 らを中 心 としてパグウォッシュ
会 議 をつくり、現 在 にいたるまで核 開 発 に対 して警 告 を発 し続 けている。彼 らは自 分 たちの
専 門 研 究 をするだけでなく、自 分 たちの研 究 結 果 がどのように使 われるかについて監 視 し発
言 することも自 分 たちの責 任 だと考 え始 めたのである。これを「政 治 的 活 動 」「中 立 の踏 み外
し」の名 で非 難 できるのだろうか。むしろ、これこそ研 究 者 ・知 識 人 の責 任 ではないのだろう
か。
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このパグウォッシュ会 議 は最 近 (1995 年 )ノーベル平 和 賞 を受 けたが、では言 語 学 者 は社
会 に対 してどんな責 任 をとらねばならないのだろうか。チョムスキーは、脳 における言 語 の仕
組 みを調 べるだけでなく、言 語 によって人 間 がどのように操 られていくのか、権 力 を持 つもの
が言 語 を武 器 に人 間 をどのように操 っていくのかについても研 究 し発 言 していくことが自 分
の責 任 だと考 えている。それが言 語 を研 究 する者 の責 任 、知 識 人 の責 任 だと言 うのである。
彼 はベトナム戦 争 ・湾 岸 戦 争 ・コソボ紛 争 ・東 ティモール問 題 などアメリカによる戦 争 介 入
に強 く反 対 し、メディア・コントロールの実 態 についても鋭 い告 発 を繰 り返 している。彼 が挑 戦
しているのは、まさに「ことば自 身 」と「その使 い方 」の秘 密 を解 き明 かす仕 事 だと私 には思 え
る。ここでは、その詳 細 な紹 介 をしているゆとりはないが、例 えばインドネシアからの独 立 をめ
ざす住 民 投 票 で話 題 になった東 ティモール問 題 では次 のような指 摘 をしている。
① インドネシアによる東 ティモール住 民 の虐 殺 は人 口 比 にするとドイツによるユダヤ人 虐 殺
を上 回 るものである。
② インドネシアが 1975 年 に東 ティモールに侵 攻 して以 来 、国 連 でインドネシア非 難 決 議 が
毎 年 のように提 出 されてきたにも関 わらず、アメリカは一 貫 して棄 権 または反 対 をし続 けてき
た。
③ アメリカ軍 は住 民 投 票 の3日 前 まで、インドネシア軍 に対 する金 銭 と武 器 の援 助 、アメリ
カ本 土 内 での特 殊 部 隊 訓 練 、近 海 での合 同 軍 事 訓 練 を止 めようとしなかった。
④ イラクのクウェート侵 攻 とは違 って、上 記 の事 実 (1)(2)(3)は 25 年 間 も続 いてきた暴 行 ・
虐 殺 であるにもかかわらず、新 聞 もテレビも、アメリカの主 要 なメディアは、これらについて一
切 、報 道 しようとはしなかった。
<註 :Noam Chomsky, “East Timor: Comments On the Occasion of the Forthcoming
APEC Summit,” ZNet, September 10, 1999>
私 はチョムスキーを専 門 に研 究 しているものではないし、政 治 学 を専 門 に研 究 しているもの
でもない。その素 人 の私 でさえ、上 記 のことを知 っているのに、日 本 のチョムスキー研 究 者 は
このようなチョムスキーの言 動 については一 切 紹 介 してこなかった。だから当 然 、東 ティモー
ル問 題 について、日 本 政 府 がアメリカ政 府 の尻 馬 に乗 り、国 連 で全 くアメリカと同 一 行 動 を
とってきたことの紹 介 もなかった。
もっと重 大 なのは、上 記 の残 虐 行 為 が続 いている間 にも、日 本 政 府 は ODA を中 心 とする
巨 額 の経 済 援 助 をインドネシア政 府 に与 え、それは世 界 各 国 のインドネシア援 助 のトップを
占 めているのである。もし日 本 政 府 が「残 虐 行 為 を止 めないなら経 済 援 助 を止 める」と言 っ
ていれば、東 ティモール住 民 の 25 年 にもわたる苦 しみは、もっと短 期 間 に終 わっていたはず
である。にも関 わらず、チョムスキー研 究 者 はもちろん、日 本 の主 要 なメディアは、この事 実 を
全 く紹 介 していない。
<資 料 2>
私 たち市 民 には政 治 に参 加 する権 利 ・投 票 権 があり、その権 利 を正 しく行 使 するためには、
必 要 な情 報 が十 分 に与 えられなければならない。だが、以 上 に見 てきたとおり、メディアがそ
8
の責 任 を果 たしているとは言 えない。私 たちの税 金 から支 払 われる巨 額 の ODA 資 金 が、誰
に対 して、どのように使 われてきたか、メディアは私 たちには全 く知 らせてこなかった。それどこ
ろか、既 に「規 制 緩 和 」の例 で述 べたように、情 報 を歪 めて伝 えている場 合 すらある。
「規 制 」が「緩 和 」されることは一 般 的 に良 いことである。しかし問 題 は「誰 のために」「何 を
緩 和 するか」である。ところがマスコミは内 容 を吟 味 することなく政 府 の流 す言 葉 をそのまま
使 用 して恥 じなくなってきている。最 近 、政 府 が出 している「骨 太 の方 針 」についても同 じであ
る。「骨 太 」という言 葉 そのものが肯 定 的 評 価 を含 んでいる。政 府 が勝 手 に自 己 評 価 するの
は構 わないが、内 容 を吟 味 することなく、それをそのまま報 道 することはマスコミの責 任 を放
棄 するものである。
しかし、内 橋 克 人 『規 制 緩 和 という悪 夢 』が出 て「規 制 緩 和 」の本 質 がかなり暴 露 されてか
ら、この用 語 は最 近 、マスコミではほとんど使 われなくなってきている。そして、その後 に登 場
したのが「規 制 改 革 」であったが、この用 語 すら、もとの「規 制 緩 和 」を連 想 させるためか、最
近 のマスコミで登 場 するのは「構 造 改 革 」だけになった。このような用 語 の変 遷 をたどり、背
後 に潜 む問 題 を抉 り出 すことこそ「ことばの研 究 者 」の責 任 なのではないだろうか。
さもなければ、民 衆 は為 政 者 から与 えられる情 報 に振 り回 されるだけになってしまう恐 れが
ある。湾 岸 戦 争 の場 合 も、イラク側 や調 停 に乗 り出 した欧 米 諸 国 の提 案 は全 く紹 介 されず、
アメリカ政 府 の流 す情 報 のみを鵜 呑 みにして、アメリカ民 衆 は政 府 のイラク爆 撃 に賛 成 して
いった。この過 程 を、チョムスキーは ZNet Magazine の論 文 の中 で詳 細 に論 証 している。フ
セインに大 量 の資 金 と武 器 を援 助 し、イラクを軍 事 大 国 にしたのは当 のアメリカであったこと
も、私 には最 近 になって初 めて知 った事 実 である。
チョムスキーは 1999 年 9 月 にカンザス州 立 大 学 で行 った講 演 で「このような話 をすると必
ず出 てくる質 問 がある。それは“話 の趣 旨 は良 く分 かったが私 たちのような無 力 な民 衆 に何
が出 来 るのか”という質 問 です。」と述 べ、「私 たちに出 来 る三 つのこと」として、最 後 に次 のよ
う提 案 をして彼 の講 演 を締 めくくっている。
① 隠 されていた事 実 を知 ること。
② 知 った事 実 を他 の人 にも知 らせること。
③ 自 分 たちの意 思 を、カンパ・署 名 ・はがきなど、ささやかな「かたち」にすること。
だとすれば、「ことばの教 育 」を専 門 に研 究 している私 たちの責 任 は、他 の一 般 のひとたち
より、もっと大 きいものがあるのではないだろうか。なぜならメディア・コントロールは私 たちの想
像 を絶 する規 模 で進 行 しているからである。以 下 に私 が最 近 、知 って驚 愕 させられた幾 つか
の事 実 を紹 介 しながら、改 めてこのことを確 認 しておきたいと思 う。
5 メディアはどのように操 作 されているか
5-1 「民 族 浄 化 :ユーゴ・情 報 戦 の内 幕 」の場 合
最 初 にまず NHK で放 映 されたドキュメンタリーを二 つ紹 介 する。第 1 は「民 族 浄 化 :ユー
ゴ・情 報 戦 の内 幕 」(NHK スペシャル、50 分 )である。これを見 て驚 いたのは、アメリカには情
9
報 操 作 ・世 論 操 作 のための民 間 会 社 、「情 報 コンサルタント会 社 」と言 われるものが存 在 す
るという事 実 であった。
そして現 在 、ミロシェビッチ元 大 統 領 が「民 族 浄 化 」の罪 で国 際 戦 争 犯 罪 法 廷 に起 訴 され
ているが、実 はこの「民 族 浄 化 」(Ethnic Cleansing)という用 語 は、ボスニア政 府 の依 頼 で、
上 記 の民 間 会 社 が造 り、マスコミを通 じてそれを広 めた結 果 だということが上 記 の映 像 でわ
かってきたのである。民 間 会 社 が展 開 した情 報 操 作 がユーゴスラビアを窮 地 に追 い込 んだ
わけである。
上 記 の宣 伝 戦 を担 当 した責 任 者 は元 CIA 職 員 で、退 職 して民 間 会 社 を起 こしたという。
そしてユーゴスラビアの行 為 に対 して、最 初 は「ホロコースト」(Holocaust、ナチスがユダヤ人
に対 して行 った民 族 殺 戮 )など幾 つかの用 語 が考 案 されたが、最 終 的 に「民 族 浄 化 」に落 ち
着 いた、これがユーゴを追 い詰 める成 功 の要 因 になったと番 組 で語 っていた。
しかし、この番 組 で不 気 味 だったのは番 組 の最 後 で行 なわれた二 つのコメントだった。
① この民 間 会 社 にボスニア政 府 から支 払 われた値 段 が破 格 の安 値 だったというコメント。
② 裁 判 の過 程 で、実 は「民 族 浄 化 」を行 なっていたのはユーゴ側 だけでなくボスニア側 でも
同 じだったということが明 らかになってきた、というコメント。
これらのコメントは一 体 どう解 釈 すれば良 いのか。私 たちがマスコミを通 じてユーゴスラビア、
ミロシェビッチ大 統 領 を一 方 的 に悪 者 だと考 えてしまったのは、民 間 の情 報 コンサルタント会
社 と、それを裏 で支 えていたアメリカ政 府 の世 論 操 作 に、まんまと乗 せられてしまったというこ
となのか。
その後 、コソボ紛 争 では NATO 軍 が爆 撃 をユーゴに加 えることになるのだが、これも ZNet
Magazine のチョムスキー論 文 によれば、ユーゴ側 の調 停 案 をアメリカ政 府 もマスコミも国 民
にまったく紹 介 せず一 方 的 に爆 撃 に踏 み切 った結 果 だったし、その結 果 、難 民 の劇 的 増 加
と本 当 の「民 族 浄 化 」が始 まったという。「難 民 増 加 」「民 族 浄 化 」を阻 止 するための「人 道
的 」爆 撃 だというが、事 実 は全 く逆 の順 序 をたどった、とチョムスキーは強 く批 判 している(こ
の詳 細 は後 に、チョムスキー『アメリカの「人 道 的 」軍 事 主 義 :コソボの教 訓 』(明 石 書 店 、
2002)として公 刊 されている。)
ベトナム戦 争 ではテレビを通 じて反 戦 運 動 が高 まり、その結 果 、アメリカの敗 戦 になったと
いう教 訓 を踏 まえて、アメリカ政 府 が用 意 周 到 に行 ったメディア戦 略 が、コソボ紛 争 では功 を
そうしたと言 うべきなのだろう。ドイツがアメリカの戦 略 に乗 せられて(しかも国 内 の強 い反 対
を押 し切 って)大 戦 後 はじめて軍 隊 を国 外 に出 動 させることになったのも、このコソボ紛 争 だ
ったことを考 えると実 に皮 肉 と言 うべきである。
しかし、ドイツでは現 在 、ユーゴへの爆 撃 が逆 の現 実 を生 み出 してしまったことに対 する強
い反 省 が「緑 の党 」を中 心 に広 がりつつあると言 う。他 方 、「良 心 的 兵 役 拒 否 」が広 範 に認
められつつあるドイツでは、現 在 、過 半 数 に近 い若 者 が兵 役 を拒 否 し、ボランティアなど他 の
仕 事 に従 事 しているとも聞 く。この事 実 と上 記 の「緑 の党 」の動 きを考 え合 わせると、ドイツ
が今 後 の進 路 としてどのような道 を選 ぶのか、興 味 ある研 究 課 題 である。
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また個 人 に「良 心 的 兵 役 拒 否 」というものが許 されるものであるなら、それが国 家 にはなぜ
許 されないのか、憲 法 9条 を持 つ日 本 は国 連 の場 で堂 々と「国 家 としての良 心 的 兵 役 拒
否 」を主 張 すればよいではないか、という考 えも当 然 、出 てくるはずである。しかし今 まで私 は
そのような発 想 をしたことがなかったので、オーバビー(Charles M. Overby)の著 書 『地 球 憲
法 第 9 条 』 ( A CALL FOR PEACE: The Implications of Japan’s War ‐ Renouncing
Constitution、講 談 社 、1997)を読 んだときは、新 鮮 な衝 撃 を受 けた。
5-2 「二 面 作 戦 :表 と裏 (スパイゲームⅢ)」の場 合
もうひとつの映 像 は「二 面 作 戦 :表 と裏 (スパイゲームⅢ)」(NHK、BS ドキュメンタリー、50
分 )である。これはポーランドでワレサ(後 に大 統 領 )が「連 帯 」を率 いて民 主 化 運 動 を展 開 し
ていたとき、アメリカの CIA が「連 帯 」運 動 を裏 でどのように支 えたかという記 録 である。
その作 戦 は「表 」と「裏 」の二 つがあって、表 ではソ連 に抵 抗 するアフガニスタン・ゲリラに武
器 ・お金 を供 与 し、軍 事 訓 練 を施 す。他 方 、裏 では CIA からの援 助 だということが分 からな
いように、労 働 組 合 の世 界 組 織 など、何 重 もの裏 道 を作 り、ポーランドの「連 帯 」に資 金 や
印 刷 機 を供 給 するという作 戦 である。
アフガニスタン・ゲリラに援 助 するのは、ベトナム戦 争 でアメリカが味 わったと同 じような泥
沼 にソ連 を引 きずり込 み、「連 帯 」と闘 うポーランド政 府 を援 助 する余 裕 を、ソ連 から奪 うこと
であったと言 う。したがってアフガニスタン・ゲリラを勝 利 させることは、アメリカの眼 中 になかっ
たというのである。むしろゲリラ側 が勝 たないように、かつ負 けないように援 助 し、戦 闘 を長 期
化 させるが米 国 の作 戦 だった。
つまり、表 向 きは「アフガニスタン・ゲリラを援 助 することがアメリカの最 大 の狙 いである」か
のように見 せかけながら、本 当 の狙 いはポーランドを出 発 点 として、東 欧 諸 国 の転 換 を図 る
ことだったというのである。そのためには「連 帯 」にすら、資 金 や印 刷 機 の援 助 が CIA からのも
のであることを知 られてはならなかったとも言 う。
これらの事 実 をさも自 慢 げに語 る元 CIA 要 員 の姿 は、私 には醜 悪 としか思 えなかった。彼
らには、アフガニスタン・ゲリラ(そしてアフガニスタン民 衆 )にどれだけ多 くの死 者 が出 ようが、
とにかく紛 争 を長 引 かせてソ連 の手 足 をアフガニスタンに縛 り付 けておくことしか念 頭 になか
ったことが、彼 らの言 動 から良 く分 かったからである。
そして世 界 各 地 で起 きている紛 争 の幾 つかが、実 は同 じ手 口 で継 続 ・拡 大 している可 能
性 をも示 唆 しているように私 には見 えた。これは同 時 に、武 器 商 人 には見 逃 すことのできな
い販 売 チャンスであること、アメリカは世 界 最 大 の武 器 生 産 ・販 売 国 でもあることを考 えると、
その醜 悪 さは倍 加 せざるを得 ない。
チャップリン映 画 『キッド』に「浮 浪 児 に窓 ガラスを割 らせて、その後 を何 食 わぬ顔 のガラス
修 理 人 (チャップリン)が御 用 聞 きに回 る」という場 面 があるが、まさにアメリカの姿 を髣 髴 とさ
せるものである。
というのは昨 年 度 (2000)の夜 間 遠 隔 大 学 院 の講 義 「国 際 理 解 教 育 特 論 」の院 生 が「最
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終 レポート」の自 主 課 題 として調 べて提 出 してくれた報 告 によると、次 のような恐 ろしい事 実
があるからである。
① 91 年 から 95 年 までの 5 年 間 、世 界 の武 器 市 場 では約 1,530 億 ドルの武 器 が取 引 され、
アメリカの占 有 率 は 46%であり、二 位 のイギリスはその 3 分 の 1、16%にすぎない。
② アメリカが世 界 の各 国 に武 器 を販 売 する方 法 は大 きく二 つに分 けられる。政 府 が自 ら販
売 に乗 り出 すケ-ス(FMS、対 外 武 器 販 売 )と、軍 需 企 業 が販 路 を開 拓 するケース(CS、商
業 武 器 取 引 )である。
③ アメリカの武 器 会 社 は、湾 岸 戦 争 の退 役 軍 人 をセールスマンとして大 量 に雇 用 し、自 ら
の体 験 をもとに、アメリカの武 器 がどれほどの精 度 と破 壊 力 を持 っているかを力 説 させてい
る。
④ 2000 年 3月 、アラブ首 長 国 連 邦 のアブダビで開 かれた「死 の商 人 」たちの展 覧 会 では、
世 界 の 50 カ国 、750 余 りの武 器 会 社 が参 加 したが、このときに最 も人 気 を博 したのが、170
もの武 器 会 社 を出 展 させたアメリカであった。
⑤ 『クリスチャン・サイエンス・モニター』紙 2000 年 4 月 30 日 付 けの社 説 では、北 朝 鮮 のミ
サイルが日 本 を襲 撃 する可 能 性 についてアメリカが誇 張 するのは、日 本 の戦 略 武 器 が現 代
化 される過 程 で、アメリカの武 器 を売 りつけようという意 図 が込 められている。この社 説 には
極 東 問 題 の専 門 家 チャモス・ジョンソン教 授 の「アメリカはアジアで、火 付 け役 もするし火 消
し役 もするという、二 重 性 格 者 の役 を演 じてはならない」という警 告 が引 用 されていると言 う。
<註 :なお上 記 の院 生 が調 べてくれた事 実 は下 記 のホームページに載 せられていて、さらに
多 くの驚 くべき事 実 を私 たちに教 えてくれる(拙 論 「国 際 理 解 教 育 と平 和 研 究 」『岐 阜 大 学
教 育 学 部 研 究 報 告 :人 文 科 学 』第 48 巻 第 1 号 (1999)にも資 料 として転 載 した)。>
「死 の商 人 、二 つの顔 を持 つアメリカ」 http://www.osk.3web.ne.jp/~unikorea/031040/34b.htm
「バルカン戦 争 で潤 う武 器 商 人 」 http://www.biltotten.com/japanese/owl/00301.html
5-3 メディア・コントロールとメディア・リテラシー
このような映 像 を見 せ付 けられると、よほど注 意 していないと、権 力 者 の思 うように操 られて
行 きかねない恐 怖 感 さえ感 じる。したがって現 在 (2001 年 6 月 22 日 )、小 泉 首 相 の支 持 率
が異 常 な高 さを維 持 しているのも裏 に操 作 された何 かあるのではないかと自 然 と疑 ってみて
しまうのである。「民 族 浄 化 」のスローガンを作 り出 すような、情 報 操 作 のための民 間 会 社 (し
かも CIA 天 下 り)があるとすれば、日 本 にも同 様 の組 織 があっても全 く不 思 議 はないからで
ある。
また新 興 宗 教 団 体 の教 祖 が本 を出 したとき、「信 者 が一 斉 にその本 を買 いに行 き、ベスト
セラーの順 位 に先 ず乗 せる」「それがマスコミの火 付 け役 になって本 当 に本 が売 れ始 める」と
いうのが、宣 伝 の常 識 になっている。だとすれば、小 泉 首 相 のビデオが異 常 な売 れ行 きだと
マスコミが騒 ぎ立 て、私 も買 いましたという若 い女 性 へのインタビューがテレビで放 映 されてい
るのも、「やらせ」が先 行 したと考 えても不 思 議 はないだろう。それどころか、上 記 のインタビュ
12
ー女 性 そのものも「やらせ」だった可 能 性 もある。
その証 拠 に毎 日 新 聞 2001 年 6 月 4日 号 の囲 み記 事 「影 の仕 掛 け人 (無 党 派 の解 剖
⑤)」で、衆 議 院 東 京 21 区 補 選 で川 田 悦 子 を当 選 させ、千 葉 県 知 事 選 で堂 本 暁 子 を当
選 させた選 挙 参 謀 =斎 藤 まさし(49)が、“当 初 は「やらせ」でつくった勝 手 連 が、今 度 は自 然
に広 がり雪 崩 現 象 が起 きた”と、堂 々と語 っているのである。お金 のない無 党 派 でさえ、これ
だけのことが出 来 る。だとすれば、巨 大 な財 源 を持 つ自 民 党 が、参 議 院 選 挙 を目 前 にして、
もっと大 掛 かりな演 出 を編 み出 したと考 えないほうがおかしいのである。
また東 京 都 議 選 までのテレビ報 道 を注 意 深 く見 ていると奇 妙 なことに気 づく。まず野 党 へ
のインタビューが極 めて少 ないこと、また、あったとしても自 由 党 の小 沢 党 首 が登 場 する場 面
が極 めて多 かったという事 実 である。しかし野 党 第 1 党 は民 主 党 だから、もし野 党 の意 見 を
聞 くのであれば、まず民 主 党 へのインタビューがあるべきだし、自 由 党 へのインタビューを報
道 するのであれば、それよりも議 席 数 の多 い共 産 党 へのインタビューも当 然 あるべきなので
ある。これが民 主 主 義 のルールではないか。言 論 の自 由 を保 障 し、少 数 政 党 も多 数 党 にな
れる道 筋 を保 障 するところに民 主 主 義 の本 質 があるからである。
ところが自 由 党 党 首 へのインタビューは頻 繁 に登 場 しても共 産 党 委 員 長 へのインタビュー
がテレビに登 場 することはごく稀 である。チョムスキーはかって「私 の嫌 いな相 手 であっても、
その人 の言 論 の自 由 だけは絶 対 に守 る」という趣 旨 の発 言 をしているが、私 には、上 記 のよ
うな報 道 の仕 方 から、テレビ局 経 営 者 の願 望 が滲 み出 ているように見 えて仕 方 がないので
ある。かつて NHK でも民 放 でも頻 繁 に登 場 していた内 橋 克 人 氏 の姿 が最 近 ほとんどブラウ
ン管 に登 場 しなくなっている理 由 も、これで説 明 がつくのではないだろうか。
6 「靖 国 の記 号 」をどう読 み解 くか
6-1 「私 人 」対 「公 人 」というレトリック
メディアの作 り出 す情 報 が一 種 の「記 号 論 」の世 界 だとすれば、一 度 立 ち止 まって上 記 の
ような「記 号 の解 読 」をしてみること、思 考 を働 かせて見 ることが先 ず大 切 だし、そのような思
考 訓 練 を学 ぶものに与 えること、これも「ことばの研 究 」「ことばの教 育 」を専 門 とするものの
責 任 ではないのだろうか。さもなければ、かつてヒトラーがゲッペルスという異 常 な才 能 に恵 ま
れた宣 伝 相 の煽 動 技 術 に助 けられてヨーロッパを蹂 躙 した歴 史 を再 び繰 り返 すことになりか
ねないからである。
このように書 くと「小 泉 とヒトラーを同 一 視 するのはおかしいのではないか」と言 う反 論 が聞
こえてきそうである。確 かに小 泉 氏 はヒトラーと違 う。しかし、「日 本 の植 民 地 支 配 にも良 いと
ころがあった」と主 張 するひとたちの教 科 書 検 定 問 題 をめぐって、韓 国 や中 国 から強 い抗 議
を浴 びている最 中 に、「公 人 として靖 国 神 社 に参 拝 する」という姿 勢 を頑 として崩 そうとしな
い小 泉 氏 は、「日 本 は天 皇 を中 心 とする神 の国 」と発 言 していた前 首 相 ・森 氏 でさえ(私 人
としてすら)敢 えてしなかった行 為 に乗 り出 すという点 で、タカ派 と言 われた森 氏 をはるかに超
える。
13
首 相 と言 うのは、私 人 として如 何 なる意 見 を持 っていようとも、首 相 になった途 端 、公 人 と
して憲 法 を守 る義 務 が生 じるのである。これは、組 合 の委 員 長 が私 人 としてどんな意 見 を持
っていようとも、委 員 長 になった途 端 に大 会 決 定 に縛 られ、それを執 行 する責 任 を負 うのと
全 く同 じである。しかも日 本 国 憲 法 は国 家 と宗 教 の分 離 を決 めているのであるから、「神 道 」
を宗 旨 とする靖 国 神 社 に公 人 として参 拝 することが許 されないのは当 然 である。この程 度 の
ことが理 解 できないのでは首 相 の資 格 がないし、それを分 かっていて参 拝 を強 行 しようとして
いるのであれば、「確 信 犯 」であるとしか言 いようがない。
ちなみに、アジア太 平 洋 戦 争 で夫 を失 ったキリスト教 徒 の妻 たちが、靖 国 神 社 に自 分 の夫
が祭 られることを拒 否 して裁 判 闘 争 を闘 っている事 実 は、「靖 国 神 社 が神 道 を宗 旨 とし、そ
こに祭 られることが信 教 の自 由 を侵 している」と彼 女 たちが考 えていることの何 よりの証 明 で
ある。このような彼 女 たちの願 いや信 教 の自 由 を踏 みにじって(また韓 国 や中 国 からの強 い
抗 議 をものともせず)、公 人 として靖 国 神 社 参 拝 を強 行 しようとする裏 には、「憲 法 9条 を撤
廃 し、自 衛 隊 を正 式 に軍 隊 として認 めたい」とする小 泉 氏 のこれまでの言 動 があることも、ほ
ぼ間 違 いないであろう。
しかし何 度 も言 うように首 相 には公 人 として憲 法 を遵 守 する義 務 がある。もし首 相 や組 合
委 員 長 が憲 法 や大 会 決 定 に縛 られたくないのであれば、野 に下 るか、自 分 を支 持 してくれる
グループ・政 党 に対 案 を提 起 してもらい、それを可 決 に持 ち込 む以 外 にない。「“憲 法 の改
正 を検 討 する”のであって“憲 法 を改 正 する”とは言 っていない」と小 泉 氏 は抗 弁 するかもし
れない。しかし、それは詭 弁 であって、ことの本 質 は全 く変 わらない。首 相 は憲 法 を遵 守 し、
その理 念 を推 進 する義 務 を負 っているのである。
首 相 が靖 国 神 社 に公 式 参 拝 することに抗 議 しているのはキリスト教 徒 だけではない。仏
教 徒 も「信 教 の自 由 が侵 される」として強 く抗 議 し、参 拝 を止 めるように何 度 も要 請 文 を首
相 に送 っている。創 価 学 会 も初 代 会 長 牧 口 常 三 郎 、二 代 会 長 戸 田 城 聖 ら幹 部 が不 敬
罪 ・治 安 維 持 法 違 反 で逮 捕 され、初 代 会 長 は獄 死 させられた経 過 を持 つ。したがって公 明
党 ・創 価 学 会 は、これまでは公 式 参 拝 に反 対 してきた(だが何 故 か小 泉 氏 の言 動 には腰 砕
けである)。
首相・閣僚の靖国神社参拝中止要請文
2001 年 6 月 5 日
< http://www.shin.gr.jp/index.html>
私 た ち 真 宗 教 団 連 合 は 、 1969 年 「 靖 国 神 社 法 案 」 廃 案 要 請 に 始 ま り 、 そ の 後 も 度
重 ね 提 出 さ れ た 同 法 案 の 撤 回 を 申 し 入 れ 、 さ ら に は 、「 靖 国 神 社 公 式 参 拝 並 び に 国 家
護持」等に関しての反対要請を今日に至るまで行ってまいりました。
なぜならば、靖国神社は明治政府の国家神道体制の基で作られ、国家による目的
遂行のための戦争に従軍し、そのためにいのちを失った戦死者のみを「英霊」とし
て祀り、国家の行う「戦争という殺戮」を正当化する仕組みをもつ極めて、政治的
意 図 を も っ て 創 設 さ れ た 特 異 な 宗 教 施 設 で あ り 、 戦 後 は そ の 「 英 霊 」( A 級 戦 犯 も 含
14
む)を慰霊・顕彰するための一宗教法人であります。
また、先の大戦の尊い犠牲と深い反省の上に制定された日本国憲法は、戦争放棄
を表明し、加えて信教の自由・政教分離の原則が掲げられております。これらのこ
とから私たちは、一国の首相・閣僚の参拝を強く反対してまいりました。
こ の た び 首 相 に ご 就 任 さ れ た 貴 職 は 、 就 任 早 々 の 今 国 会 に お い て 、 1985 年 の 中 曽
根元首相以来途絶えていた首相の靖国神社公式参拝に関して、
「参拝することが憲法
違反だとは思わない」
「靖国神社に参拝することをなぜ批判されるのかいまだに理解
できない。今日の平和と繁栄は戦没者の犠牲の上に成り立っている。私は素直な気
持 ち で 戦 没 者 に 感 謝 と 敬 意 を 表 し た い 。」 等 々 の 発 言 を さ れ て お り ま す 。 私 た ち は 、
国民に多大な影響を及ぼす一国の首相の発言であるからこそ、これらの発言を看過
するわけにはまいりません。
1997 年 4 月 2 日 最 高 裁 判 所 大 法 廷 に お け る 「 愛 媛 玉 串 料 訴 訟 」 の 判 決 で は 、 違 憲
判決の「理由要旨」の中で政教分離規定を設けるに至った理由について「憲法は、
明治維新以降国家と神道が密接に結び付き右のような種々の弊害を生じたことにか
んがみ、新たに信教の自由を無条件に保障することとし、その保障を一層確実なも
のにするため、政教分離規定を設けるに至った(中略)単に信教の自由を無条件に
保障するのみでは足りず、国家といかなる宗教との結び付きをも排除するため、政
教分離規定を設ける必要性が大であった」と述べられています。国の機関たる内閣
の靖国神社参拝はこの憲法の精神からみても、靖国神社創設の経緯からみても違憲
行為であり法治国家の首相がなさるべき行為であるとは断じて認めることはできま
せん。
どうか靖国神社公式参拝のもつ問題性を十分に認識され、首相はじめ内閣各位の
参拝を中止されますことを強く要請いたしますとともに、戦争のない心豊かで平和
な国際社会の実現に向けて、我が国がその先頭に立って、不断の取り組みを重ねら
れるよう重ねて強く要望いたすものであります。
真
宗
教
団
浄土真宗本願寺派
連
合
総長
武野以徳
真宗大谷派
宗務総長
木越樹
真宗高田派
宗務総長
安藤光淵
真宗佛光寺派
宗務総長
大谷義博
真宗興正派
宗務総長
秦正静
真宗木辺派
宗 務 長
永谷真龍
真宗出雲路派
宗 務 長
菅原弘
真宗誠照寺派
宗 務 長
波多野淳護
真宗三門徒派
宗 務 長
阪本龍温
真宗山元派
宗 務 長
佛木道宗
15
また靖 国 神 社 公 式 参 拝 は、実 は上 記 の要 請 文 にもあるとおり、司 法 の場 では決 着 済 み
の問 題 でもある。
というのは、岩 手 靖 国 訴 訟 の仙 台 高 裁 判 決 (91 年 1月 )では、首 相 らが公 的 資 格 で参
拝 すれば「国 またはその機 関 が靖 国 神 社 を公 的 に特 別 視 し、他 の宗 教 団 体 に比 して優 遇
的 地 位 を与 えているとの印 象 を社 会 一 般 に生 じさせ、・・・国 の非 宗 教 性 ないし宗 教 的 中 立
性 を没 却 させるおそれが極 めて大 きい」「天 皇 の公 式 参 拝 は内 閣 総 理 大 臣 のそれとは比 べ
られないほど国 家 社 会 に影 響 を及 ぼす」と述 べ、公 式 参 拝 は「違 憲 な行 為 」との判 断 が出
され、この判 決 は上 告 されず、確 定 しており、またその後 も、97 年 には最 高 裁 が愛 媛 玉 串
料 訴 訟 で、靖 国 神 社 への玉 串 料 =「榊 などの枝 を神 前 に捧 げる神 道 儀 式 」への公 費 支 出
を違 憲 としているからである。
このような事 実 があるにもかかわらず、小 泉 発 言 を批 判 すると「中 立 」ではないと逆 に批 判
されたり、小 泉 発 言 を批 判 する人 物 がブラウン管 に登 場 する機 会 を奪 われたりすることが、
最 近 、目 立 ち始 めている。このような事 態 が続 けば、小 泉 発 言 に批 判 的 コメントをする人 物
がニュースキャスターから外 されたり、保 身 のため自 分 の発 言 を控 えるニュースキャスターが
多 くなったりすることが懸 念 される。
ヒトラーが選 挙 で政 権 を取 った後 、ヒトラー崇 拝 者 が世 界 中 に広 まり、アメリカにおいてす
らヒトラー批 判 が危 険 であったし、だからこそチャプリンの映 画 『独 裁 者 』は映 画 会 社 が途 中
で資 金 提 供 を断 り、彼 が私 費 で製 作 しなければならなかったのだが、あの状 況 を、ここで想
起 してみるのも無 駄 ではないであろう。
6-2 「押 しつけ憲 法 」というレトリック
憲 法 論 争 にはもうひとつ奇 妙 な点 がある。というのは、改 正 論 者 の大 きな主 張 点 のひとつ
が「現 行 憲 法 はアメリカが押 し付 けたものだから、自 主 憲 法 を作 らなければならない」という
点 にあるのだが、朝 鮮 戦 争 を機 に、アメリカが日 本 を反 共 の防 波 堤 にするため、日 本 再 軍
備 に転 じたことは歴 史 研 究 者 の通 説 になっているからである(油 井 大 三 郎 『未 完 の占 領 改
革 』東 大 出 版 会 、1989)。つまり憲 法 の草 案 をつくったのはアメリカであることは事 実 だが、そ
れを踏 みにじって自 衛 隊 を創 設 し、今 度 は、その自 衛 隊 を正 式 な軍 隊 にするため憲 法 改 悪
を強 力 に押 し付 けてきたのもアメリカであることは、今 や常 識 になってきている。
ところが改 正 論 者 の誰 一 人 として、上 記 の事 実 に言 及 するものはいない。それどころか、
戦 後 の保 守 党 内 閣 は一 貫 してアメリカの政 策 に追 従 して国 連 でも独 自 の主 張 をしたことが
ない。核 兵 器 使 用 禁 止 の提 案 にしても、唯 一 の被 爆 国 であるにも拘 らず(しかも憲 法 9 条 を
持 つにもかかわらず)、アメリカに追 従 して、日 本 は国 連 の場 で一 度 も賛 成 票 を投 じたことが
ないのである。恥 ずかしいことに、私 自 身 は最 近 まで、この事 実 を知 らなかったし、また誰 か
らも知 らされたことがなかったのである。
つまり、日 本 は 1951 年 に、アメリカによる占 領 状 態 を脱 し、独 立 国 になったにもかかわらず、
いまだに植 民 地 状 態 を脱 却 していないのである。それは上 記 の例 だけでなく、少 し注 意 して
16
みれば、他 の例 を探 すのに事 欠 くことがないほどである。例 えば、米 軍 基 地 兵 士 が犯 罪 を起
こしても、それを自 分 の国 で逮 捕 し裁 判 する権 利 がない状 態 は明 治 維 新 直 後 の治 外 法 権
のときと全 く変 わらない。またブッシュ新 大 統 領 の新 提 案 「ミサイル防 衛 構 想 」についても、
EU 諸 国 のほとんどが反 対 し、アメリカ国 内 でも異 論 があるにも拘 らず、日 本 政 府 は無 条 件
賛 成 である。
国 連 環 境 会 議 京 都 議 定 書 についても、世 界 中 の国 がアメリカの一 方 的 批 准 拒 否 を非
難 しているにも拘 らず、小 泉 政 権 はアメリカ擁 護 の姿 勢 を変 えていない。世 界 中 の炭 酸 ガス
排 出 量 の最 大 量 (36.1%)をアメリカが占 めているにもかかわらず、そのアメリカを非 難 するの
ではなく擁 護 する姿 勢 を貫 いているのが小 泉 政 権 なのである。また経 済 政 策 ひとつとっても、
いちいちアメリカ政 府 に報 告 し了 解 を得 なければならないという状 態 である。詳 細 な論 証 は
省 くが、鳴 り物 入 りで騒 がれている「構 造 改 革 」についても、アメリカによる強 力 な圧 力 に屈 し
た結 果 に過 ぎない
これまで 「押 し付 け憲 法 に反 対 する」と主 張 してきた人 たちの実 態 は以 上 のようなもので
ある。これは今 までに述 べてきた次 のような構 造 と全 く瓜 二 つと言 うべきではないだろうか。
(この論 考 を執 筆 したあとに、関 岡 英 之 『拒 否 できない日 本 :アメリカの日 本 改 造 が進 んでい
る』(文 春 新 書 、2004)が出 版 された。)
「減 税 」→大 企 業 ・投 資 家 への減 税
「規 制 緩 和 」→大 企 業 およびアメリカ企 業 の参 入 を縛 る法 律 の緩 和 ・撤 廃
「構 造 改 革 」→中 小 企 業 の切 捨 て、首 切 り・合 理 化 の強 行 、大 企 業 の独 占 化
「小 さな政 府 」→教 育 ・福 祉 ・医 療 などの予 算 削 減 、地 方 自 治 体 への援 助 停 止
「聖 域 なき」→今 まで庶 民 を守 ってきた法 律 ・財 源 にまで踏 み込 んで大 胆 に。しかしアメ
リカに物 申 すことは「聖 域 」として絶 対 に踏 み込 まない。愛 媛 丸 の沈 没 事 故 についても
同 じ。
このような「ことばのレトリック」を読 み解 いて、その裏 に潜 む実 態 を正 しく見 抜 く力 を生 徒
に育 てることこそ、「ことばの研 究 」「ことばの教 育 」を専 門 とする者 の仕 事 ではないのか。これ
こそ文 部 科 学 省 の言 う「たくましく生 き抜 く力 」を生 徒 に育 てることではないのだろうか。
さもなければ私 たち庶 民 は、失 業 とホームレス、窃 盗 と暴 行 が渦 巻 くアメリカと同 じ「弱 肉
強 食 」の社 会 に放 り出 されてしまうであろう。「構 造 改 革 」が本 格 化 していない現 在 でさえ、
工 場 閉 鎖 と首 切 り合 理 化 を強 行 した日 産 ゴーン社 長 が誉 めそやされ、失 業 苦 による飛 び
込 み自 殺 のため東 京 の中 央 線 が頻 繁 にストップする事 態 である。
しかも「小 さな政 府 」を標 榜 するサッチャー首 相 、レーガン大 統 領 ですら実 行 しようとしなかっ
た「官 立 大 学 の民 営 化 」「独 立 法 人 化 」を日 本 の政 府 は強 行 しようとしているのである。だと
すれば、「構 造 改 革 」が本 格 化 すれば、どんな事 態 になるか想 像 さえつかない。これが私 の
実 感 である。<資 料 4 最 近 の「失 業 ・自 殺 」「人 心 の荒 廃 」>
17
最 近 の「失 業 ・自 殺 」「人 心 の荒 廃 」
読売新聞
毎日新聞
愛媛新聞
東京新聞
産経新聞
2001.01.06
2000.11.17.
2000.08.20.
1999.11.28.
1998.11.25
ホームレス激 増
自 殺 者 、激
自 殺 、戦 後 第 三
3 年 前 から、3日 に
自 殺 の「名 所 」:東
増
のピーク
2件 の自 殺 (JR 東
京 、中 央 線
日本)
全国 3 万人
昨 年
失 業 ・倒 産
1 年
昨 年 1 年 間 、自
‘95 年 から急 上 昇
50 歳 近 くで銀 行 に
間 、自 殺 者
殺 者 3 万
‘87 年 度 59 件
残 れるのは、同 期
3 万
人 、前 年 比
‘95 年 度 178 件
の中 でも役 員 候 補
数 人 だけ。
3048
3048
185
人
人増
(約 3 倍 )
全 国 の主 要 都 市
前 年 比 185
1日 平 均 90 人 。
‘98 年 度 228 件
8 割 「生 活 保 護
人増
交 通 事 故 者 の3
(10 月 末 現 在 では
制 度 」適 用 制 限
2 年連続で
倍。
121 件 )
3万 人 を超
自 殺 未 遂 者 は自
‘99 年 度 144 件
える
殺 者 の約 10 倍
(10 月 末 現 在 )
憲 法 25 条 「健 康
交 通 事 故
40 - 50
自 殺 が多 いのは
欧 米 、韓 国 :教 会
で文 化 的 な最 低
の死 者 の 3
割 、男 性 71%
中 央 線 、②午 後
をベースとしたボラ
限 度 の生 活 」
倍以上、
(働 き盛 りの会 社
10 時 台 、 ③ 男 性
ンティア組 織 。日
員 、自 営 業 者 、
(約 6 割 )、④40-
本 は?
高 齢 者 、 失 業
60 歳 台
代 が 4
者)
適用限定
特 に 40-50
戦 後 三 つの自 殺
‘98 年 自 殺 者
失 業 →自 殺
①65 歳 または 60
代 の男 性
ピ ー ク : 50 年 代
3万 2863 人
失 業 →犯 罪 →人
歳 以 上 の 高 齢
末 、 80
前年比 8 千人増
心 荒 廃 →国 家 の
者 、②病 気 や障
ば、90 年 代 末
( 男
荒廃
年 代 半
害 で就 労 できない
7000 、 女
1000)
人
生 活 保 護 は上 記
ある男 性 の
原 因 ・動 機
原因別
の人 のみ。仕 事
死 、50 歳 、
「経 済 ・ 生 活 問
病 苦 1 万 1000 人
のない人 、住 居 の
今 年 7月 に
題 」が前 年 比 1割
「経 済 ・生 活 問 題 」
な い 人 は 不 適
雇 用 保 険
増 。負 債 、事 業
6000 人 (前 年 比 7
用。
が切 れた。
不 振 、失 業 による
割増)
時 給
生 活 苦 など。
厚生省人口動態統
800
円 、運 送 関
計
18
係
入 院 時 の み 保
自殺遺児1
自 殺 遺 児 (18 歳
自 殺 の手 段
護 :42/80、
万 2177 人
未 満 )12 万 4 千
首 つり(6 割 強 )、
就 労 不 能 の 場
(1999)
人
飛 び降 り(約
>交 通 遺 児
合 :24/80
800
人 )、ガス吸 引 、
退 院 時 にアパート
の敷 金 支 給 なし:
10/80
違 法 運 用 の背 景
交 通 事 故 死 が激
<参 考 1>
①厚 生 省 の監 査
増 すれば警 察 や
中
が厳 しくなった、②
自 治 体 も深 刻 に
2001.06.04
2001.06.12
自 治 体 の 財 政
受 け止 めて対 策
駅 や電 車 内 での
電 車 内 での暴 行 、
難 、③福 祉 専 門
会 議 をする。しか
暴 力 事 件 が首 都
ホームからの転 落
職 の少 なさ、④当
し自 殺 は・・・
圏 で激 増 。
事 故 、多 発 。
事 者 の 権 利 意
JR 東 海 で も 昨 年
都 内 主 要 駅 に機
識 ・知 識 不 足 。
度 40 件 (2 年 前 の
動 隊 を配 備 。約
2.5 倍 )
100 名 。
鹿 児 島 ・浜 松 ・藤
全 国 、列 車 内 や
Cf. ニューヨーク
沢 など 10 市 、敷
駅 構 内 での粗 暴
金 支 給 、広 島 は
犯 (暴 行 、傷 害 、
旅 館 の部 屋 借 用
脅 迫 な ど ) ‘96 年
日
新
<参 考 2>
聞
、
朝
日
新
聞
、
以 降 、増 加
‘99 年 度 1628 件
‘00 年 度 2377 件
(96 年 度 の 2 倍 近
く)
7 英 語 にとって「文 化 的 暴 力 」とは何 か
これまで、「ことばの研 究 」「ことばの教 育 」に携 わるものにとって、自 分 の周 りを取 り巻 く「情
報 の謎 解 き能 力 」「記 号 の読 み解 き能 力 」が如 何 に必 要 かをみてきた。しかし、これに対 して
次 のような反 論 があるかも知 れない。
「これまでの主 張 は理 解 できないわけではないが、しかし私 たちの主 要 な任 務 は英 語 教
育 であって“メディアの読 み解 き”を教 えることではない。しかも英 語 教 育 は“メディアの読 み
解 き”とは違 って、はるかに中 立 的 (ニュートラル)なものである。」
確 かに英 語 教 育 は「一 見 」中 立 的 (ニュートラル)なものに見 える。しかし、よく注 意 してみる
と、私 たちは無 意 識 のうちに、ヨハン・ガルトゥング(Johan Gartung)の言 う、様 々な「文 化 的
19
暴 力 」に曝 されていることがわかる。それは、日 本 に長 くすんでいるにもかかわらず、日 本 語
を学 ぼうとしない英 米 人 の態 度 に良 く表 われている。それは彼 らが自 分 たちを「選 ばれし者 」
と考 えていることの現 れだからである。
<註 :以 下 の表 は Johan GALTUNG, Peace by Peaceful Means を も と に 寺 島 が 作 成
し た 。 な お ガ ル ト ゥ ン グ の 暴 力 理 論 に つ い て は 、『 構 造 的 暴 力 と 平 和 』( 中 央 大 学
出 版 部 、 1991) が 日 本 語 文 献 と し て は 最 も 参 考 に な る だ ろ う 。 >
表 1 暴 力 の類 型 (A Typology of Violence)
Survival
Well-being
Identity needs
Freedom needs
needs
needs
主体性要求
自由要求
生存要求
福利要求
Killing 殺 人
Maiming
Desocialization
Repression
Violence
戦 争 による不
非社会主義化?
鎮圧
直 接 的 暴
具
Resocialization
Detention
力
Siege
再社会主義化?
監禁
都市包囲攻撃
Secondary
Expulsion
Sanctions
citizen
追 放 ・国 外 退 去
制裁処置
二級市民
命令
Direct
Misery
苦 難 ・貧 窮
Structural
Exploitation A
Exploitation B
Penetration
Marginalization
Violence
(strong)
(weak)
侵 害 (人 格 ・主 権 )
無 視 、シカト
Segmentaion
Fragmentation
分 割 (人 格 ・国 家 )
分 断 、村 八 分
構 造 的 暴
力
搾 取 A (強 )
搾 取 B (弱 )
Structural
Violence
文 化 的 暴
力
表 2 文 化 的 暴 力 の類 型 (A Typology of Cultural Violence)
「選 ばれしもの」と「選 ばれざるもの」(The Chosen and the Unchosen)
God chooses
And leaves to Satan
With the consequence of
神 が選 択 するものは
悪 魔 に委 ねるものは
その結 果 は
Human species
Animals, plants, nature
Speciesism, ecocide
人類を
動 物 、植 物 、自 然
種 差 別 ・種 偏 見 、生 態 系 破 壊
20
Men
Women
Sexism, witch-burning
男を
女
性 差 別 、魔 女 狩 り
His people
The others
Nationalism, imperialism
神 の民 を
その他
国 粋 主 義 、帝 国 主 義
Whites
Colored
Racism, colonialism
白人を
有色人種
人 種 差 別 主 義 、植 民 地 主 義
Upper classes
Lower classes
‘Classism’, exploitation
上流階級を
下層階級
階 級 主 義 、搾 取
True believers
Heretics, pagans
‘Meritism’, Inquisition
真 の信 仰 者 を
異 端 ・異 教 徒 、多 神 教
功 績 主 義 、宗 教 裁 判
白人文化、
黒人文化、
文化帝国主義
ユダヤ教 ・キリスト教 文 化
異 教 徒 ・イスラム教 文 化 、先
など
住 民 の文 化 など
中 心 国 の言 語 、世 界
周 辺 国 の言 語 、先 住 民 の言
語 、共 通 語 、美 しい言
語
語 、標 準 語
汚 い言 語 、地 方 語
英 語 、東 京 弁 など
日 本 語 、田 舎 弁 など
言語帝国主義
これは一 種 の「文 化 帝 国 主 義 」「言 語 帝 国 主 義 」であるにもかかわらず、上 記 のような態
度 を日 本 人 が無 意 識 に助 長 していることも「文 化 的 暴 力 」の別 の表 われ方 である。そのいち
ばん簡 単 な例 が、日 本 人 が白 人 に出 会 ったら、アメリカの街 ではなく日 本 の街 であるにもか
かわらず、先 ず英 語 で話 そうとする姿 勢 である。
しかも、相 手 が日 本 語 を話 しているにもかかわらず、「私 は英 語 が出 来 ないから」と言 って、
逃 げ出 してしまう日 本 人 が多 いという話 すら、よく耳 にする。白 人 =英 語 国 人 という意 識 が
先 ず問 題 だが、それより更 に問 題 なのは英 語 で話 しかけられて当 然 とする英 米 人 も少 なくな
いという現 状 である。おまけに、この傾 向 に拍 車 をかけている英 語 教 師 も少 なくないのであ
る。
上 記 の「英 語 で話 しかけられて当 然 」という態 度 は、実 はアメリカ合 衆 国 で英 米 人 が先 住
民 の言 語 と文 化 を奪 い、代 わりに英 語 とキリスト教 を押 し付 け、そのことを「進 歩 の証 」「先
住 民 の文 明 化 」として疑 わなかった態 度 に通 じるものではないだろうか。「小 学 校 での英 語
教 育 」が広 まりつつある現 在 、この同 じ傾 向 は増 大 することはあっても減 少 する気 配 は見 え
ない。
というのは、一 方 に、英 語 で上 手 く会 話 が出 来 ないことを恥 じ、英 会 話 学 校 に通 う教 師
が激 増 している現 象 (また小 学 校 教 師 を対 象 とする会 話 コース・会 話 スクールの激 増 )が多
くの小 学 校 であり、他 方 で、「小 学 校 の英 語 教 育 」に招 かれた英 語 国 人 が、小 学 校 教 師 の
21
英 語 力 の余 りの低 さに、軽 蔑 的 表 情 で会 話 練 習 の援 助 を申 し出 てきた、という話 も耳 にす
るからである。
それ以 来 その小 学 校 では、彼 を指 導 者 にして週 1 回 の英 会 話 練 習 が全 教 職 員 参 加 の
下 に行 なわれているようであるが、国 語 や算 数 の授 業 についていけない生 徒 の増 加 している
現 状 で、英 会 話 だけに精 力 を注 いでいる余 裕 が現 在 の小 学 校 にあるのだろうか。また、上
記 のような現 状 が、英 米 人 崇 拝 、英 米 文 化 崇 拝 を助 長 する役 割 を果 たしているとすれば、
国 際 理 解 の理 念 に逆 行 するものではないか。
というのは、アジア太 平 洋 戦 争 のとき、日 本 はアジアの植 民 地 で同 じような態 度 をとり、現
在 も企 業 進 出 した東 南 アジアで同 じ態 度 を取 り続 けているからである。かつて朝 鮮 半 島 では
韓 国 ・朝 鮮 語 だけでなく氏 名 すら奪 い、今 も東 南 アジアに赴 任 している企 業 人 は、相 手 が
日 本 語 で話 し掛 けてくるのを当 然 のこととして、何 年 間 そこに住 んでいようとも現 地 語 を学 ぼ
うとしないひとが少 なくないと聞 く。
そもそも「国 際 理 解 教 育 」とは、どの文 化 も・どの民 族 も・どの言 語 も等 しく価 値 があり、共
に対 等 の立 場 で協 力 し共 生 していこうとする新 しい人 間 、「地 球 市 民 」の育 成 を理 念 として
きたのではなかったか。しかし英 語 教 育 は、ともすると、この理 念 とは全 く逆 行 する人 間 を育
てることに貢 献 する恐 れがある。そのことを英 語 教 師 は肝 に銘 じておくべきなのである。
したがって自 分 は「中 立 」のつもりでも、「文 化 帝 国 主 義 」「言 語 帝 国 主 義 」の片 棒 を担 ぎ、
無 意 識 に弱 者 に対 して「文 化 的 暴 力 」をふるっている場 合 がありはしないか、英 語 教 師 は厳
しく自 己 点 検 すべきなのである。例 えば、ニュース報 道 でも、最 近 は、英 語 を教 えている私 に
でも意 味 不 明 のカタカナ語 が激 増 している。これでは老 人 や子 供 たちだけでなく、一 般 市 民
にとっても、内 容 がほとんど理 解 できない。
政 治 に参 加 することは市 民 の義 務 であり、「投 票 は棄 権 しないようにしよう」との呼 びかけ
が選 挙 のたびに行 なわれるが、一 般 市 民 にとってはメディアの解 説 が意 味 不 明 のものが少
なくない。これでは政 策 の良 し悪 しを判 断 しようにも、判 断 する材 料 がない。下 手 に理 解 して
もらっては困 るから、わざとカタカナ語 にしているのかと勘 ぐりたくなる報 道 が余 りにも多 いの
である。
だとすれば、「小 学 校 の英 語 教 育 」が導 入 され、英 語 教 師 がますます重 視 される時 代 が来
たと喜 んでいるのではなく、上 記 のような「文 化 の歪 み」「情 報 の歪 み」にたいして抗 議 し、報
道 のあり方 ・教 育 のありかたに対 して提 言 することも、「ことばの研 究 」「ことばの教 育 」に携
わっているものの仕 事 ではないか。幸 いにも、研 究 者 の中 でも次 のような著 作 を著 わし、この
方 面 で活 発 な活 動 を展 開 しているひとも現 れ始 めているが、英 語 教 師 の中 ではまだまだ圧
倒 的 少 数 派 である。
ダグラス・ラミス、1976 『イデオロギーとしての英 会 話 』晶 文 社
中 村 敬 、1980 『私 説 英 語 教 育 論 』研 究 社 出 版
――、1989 『英 語 はどんな言 語 か:英 語 の社 会 的 特 性 』、三 省 堂
大 石 俊 一 、1994 『“英 国 ”神 話 の解 体 』第 三 書 館
22
――、1990 『“英 語 ”イデオロギーを問 う』開 文 出 版
田 中 克 彦 、1981 『ことばと国 家 』岩 波 新 書
――、1989 『国 家 語 をこえて』築 摩 書 房
津 田 幸 男 、1993 『英 語 支 配 への異 論 』第 三 書 館
――、1994 (編 ) 『英 語 支 配 の構 造 』第 三 書 館
上 記 の本 のほとんどは題 名 で内 容 がおおよそ推 測 できるだろう。が、中 村 敬 『英 語 はどん
な言 語 か:英 語 の社 会 的 特 性 』だけは少 し解 説 が必 要 かもしれない。というのは、英 語 は
「世 界 語 」などと言 われているが、それは英 語 という言 語 の本 質 から根 ざすものではなく、イ
ギリスという国 が持 つ経 済 力 ・軍 事 力 が反 映 したものに過 ぎず、その経 済 力 ・軍 事 力 を第
二 次 大 戦 後 にアメリカが引 き継 いだ結 果 の現 在 であることを詳 細 に説 明 しているからであ
る。
イギリス国 内 ではゲール語 ・ウェールズ語 ・アイルランド語 が先 ず侵 略 されたのだが、その
勢 いがアフリカ、アジア、北 米 、オセアニアに拡 大 して、その過 程 でどのような悲 劇 が展 開 さ
れてきたかが上 記 の本 で克 明 に跡 付 けられている。たとえば、聖 書 が「選 ばれた民 」の物 語
だとすれば、英 語 史 は、英 国 が軍 事 力 ・経 済 力 を強 大 にしていくにつれて、「選 ばれた言 語 」
というイデオロギーをも強 化 していく歴 史 であったこと、その出 発 点 になったのが、オランダ人
医 師 ベカヌス(1518-72)の「エデンの薗 で使 われていた言 語 はヘブライ語 ではなくゲルマン語
である」という主 張 であったことなど、興 味 ある叙 述 に満 ちている。
これと関 連 して、先 述 の大 石 俊 一 (1990)は、ノーベル文 学 賞 を受 賞 したアフリカの作 家 が、
英 語 の帝 国 主 義 的 性 格 に気 づき、文 壇 から追 放 されるのも厭 わず母 語 で文 章 を書 き始 め
た エ ピ ソ ー ド が 紹 介 さ れ 、 津 田 幸 男 ( 編 、 1994) に は エ ス ペ ラ ン ト 語 の 考 察 が あ っ て 、 「 世 界
語 」というものについて再 考 させられるものがあった。また、ダグラス・ラミス(1976)では英 米
人 を会 話 練 習 の相 手 としてしか見 ないで近 づいてくる日 本 人 の不 快 さを、逆 にアメリカ人 の
目 で鋭 く突 いている。「母 語 」と「母 国 語 」の違 いを日 本 で初 めて提 起 した田 中 克 彦 も必 読
文 献 であろう。
生 涯 教 育 講 座 に属 していたとき、これまで私 は上 記 の文 献 を使 って「多 文 化 コミュニケー
ション」という授 業 を展 開 してきた。学 生 に上 記 の本 の最 低 1 冊 は読 ませ、レポートを書 かせ
た上 で討 論 させるのである。そのレポートの一 部 は既 に記 号 研 機 関 紙 (2000 年 3月 号 )に
松 下 恵 美 「私 が英 語 を学 ぶ理 由 」、赤 坂 和 子 「英 語 帝 国 主 義 を問 う:私 の中 の格 闘 」とし
て紹 介 してある。これらはいずれも英 語 教 師 を目 指 していた学 生 が、私 の「多 文 化 コミュニケ
ーション」という授 業 に出 てから味 わった心 の葛 藤 を率 直 に綴 っている。まだお読 みでなけれ
ば、ぜひ読 んでいただきたいと思 う。
8 英 語 にとって政 治 とは何 か
最 後 にもうひとつ、「中 立 」のつもりである英 語 教 師 を、メディア・コントロールがどこへ連 れ
去 っていくかの具 体 例 を紹 介 し、「英 語 にとって政 治 とは何 か」を考 える本 論 の結 びとしたい。
23
そこで少 々長 いが、まず『新 英 語 教 育 』(1990 年 11 月 号 )の囲 み記 事 「In Our Classroom」
の全 文 を次 に引 用 する。
「拝 啓 フセイン大 統 領 殿 」
イラクがクウェートに侵 攻 ,併 合 を宣 言 した。アメリカを始 めとする各 国 は,軍 隊 を派 遣 ,昨
年 来 の平 和 ムードは一 転 危 機 的 緊 張 状 態 に…。
クウェートの人 たちは、いったいどうなっているのか。在 留 外 国 人 は?イラクの人 民 は第 2
次 大 戦 中 のドイツや日 本 の国 民 のように国 家 にだまされているようだ。国 内 に国 民 同 士
の軋 櫟 や民 主 主 義 の抑 圧 は?各 国 軍 は武 力 を行 使 するのか。戦 争 が始 まれば…子 ども
の犠 牲 者 を思 う。傷 ついた若 い兵 士 のことを思 う。広 島 ,長 崎 が再 現 されるのか。世 界 は
滅 茶 苦 茶 に?
頑 迷 に強 硬 姿 勢 を崩 さないフセイン大 統 領 に「愛 と平 和 のメッセージを書 く」授 業 に取 り
組 み始 めた。
1)新 聞 の切 り抜 き,国 連 憲 章 ,三 年 前 の卒 業 生 たちが載 った新 聞 ,故 パルメ首 相 から
の手 紙 を読 む。2)50 字 メッセージを作 る。3)こちらの仕 事 として,全 部 のメッセージを回
収 ・分 析 して,ワープロを使 って前 回 使 用 の「平 和 の和 英 辞 典 」の増 補 90 年 度 版 を作
る)。4)メッセージを訳 す。5)たぶん原 爆 のパネルや戦 争 の写 真 と,千 羽 鶴 を添 えて,発 送
する。
3 年 になってから担 当 した生 徒 たちなので,前 回 のようにスムーズにはいかない。それでも
何 とか 50 字 メッセージは完 成 。作 業 の困 難 さに「英 文 なんかできるわけない」と早 々に投
げ出 す生 徒 たちが教 室 の半 分 も。もう一 度 ,「みんなのメッセージを読 んだ大 統 領 が「そう
だ,この若 者 たちの言 う通 りだ」と改 心 し,世 界 が平 和 になる可 能 性 がある」ことを話 す。中
でも最 近 荒 れている生 徒 たちの英 訳 を励 ます。「平 和 の和 英 辞 典 」には「何 でも出 てい
る」。意 外 とできる。生 徒 たちは座 り直 す。
と,今 朝 9/15 出 の一 番 は在 クウェートの仏 大 使 館 他 にイラク軍 乱 入 のニュース。「間 に
合 うか?」フセイン大 統 領 は 100%無 視 ?だが,国 連 憲 章 前 文 に「連 合 国 の人 民 は(武 力 を
用 いずに平 和 を確 保 することを)決 定 した」とあるその「人 民 」の一 人 として,訴 えずにはいら
れない。提 案 。大 統 領 に手 紙 を。緊 急 だから英 語 でも日 本 語 でも。大 使 館 へ,本 国 へ。完
壁 などでなくてよいみんなで,熱 い思 いを込 めて。(KAHN)
これは平 和 を訴 える手 紙 を世 界 に送 り届 けようとする、いわゆる「ピース・メッセージ」と呼
ばれる典 型 実 践 のひとつだが、この実 践 のどこが問 題 なのだろうか。一 読 する限 り、どこにも
問 題 はないように見 える。それどころか平 和 を希 求 する教 師 の情 熱 が文 面 からほとばしり出
ているようにすら感 じられる。
しかし、この文 面 からは次 のような事 実 が全 く抜 け落 ちてしまっているのである。
① 独 裁 者 フセインを育 て上 げたのは、多 国 籍 軍 を率 いてバクダッドを爆 撃 した、当 のアメリ
カ自 身 であったこと。
② フセインがクエートに侵 攻 するにあたって事 前 にアメリカに打 診 をし、「中 東 問 題 には干 渉
24
しない」との回 答 を得 ていること。
③ イラクが調 停 案 を提 示 し、撤 退 を表 明 しているにもかかわらず、わざと撤 退 不 可 能 な期
限 を設 定 し、爆 撃 強 行 に踏 み切 ったこと。
④ イスラエルがパレスチナを占 領 し、国 連 が何 度 も撤 退 を決 議 しているにもかかわらず、こ
の間 、それを無 視 するイスラエルは、何 の制 裁 も受 けていないこと。
⑤ イスラエルは核 兵 器 すら持 っているのに北 朝 鮮 と違 って「ならず者 国 家 」には分 類 されて
いない。それどころかイスラエルに武 器 と経 済 援 助 を続 けてきたのがアメリカであること。
以 上 の詳 細 な事 実 は、ラムゼイ・クラーク『湾 岸 戦 争 :いま戦 争 はこうして作 られる』(地 湧
社 、1994)で詳 細 に知 ることが出 来 る。著 者 のクラークはジョンソン大 統 領 がベトナム戦 争 を
強 行 に推 進 していた当 時 の司 法 長 官 である。彼 はベトナム戦 争 の反 省 から野 に下 り、湾 岸
戦 争 では強 力 な反 対 運 動 を展 開 した。
ベトナム戦 争 では哲 学 者 ラッセルがアメリカの戦 争 犯 罪 を裁 くための国 際 民 衆 法 廷 を組
織 したことで有 名 になったが、上 記 の書 は、このラッセルの運 動 にならって、湾 岸 戦 争 におけ
るアメリカの戦 争 犯 罪 を再 び裁 こうと、世 界 各 地 で開 かれた国 際 民 衆 法 廷 の場 で展 開 され
た論 拠 を 1 冊 の書 籍 としてまとめたものである。
この書 を読 むと「事 実 は小 説 よりも奇 なり」を本 当 に実 感 させられる。イラン革 命 でイラン
が反 米 になった後 、それに対 抗 させるためイラクのフセインに大 量 の武 器 と財 政 援 助 を与 え
て「イラン・イラク戦 争 」をけしかけたのもアメリカであったことは、恥 ずかしながら本 書 で初 めて
知 ったのであった。
私 は実 を言 うと、Chomsky Archive におけるチョムスキー論 文 で湾 岸 戦 争 のことはかなり
知 っているつもりでいたのである(インターネットで ZNet Magazine を参 照 )。しかし、ラムゼイ・
クラークの上 記 の著 書 を読 んで、湾 岸 戦 争 についてほとんど知 っていなかったこと、そして上
記 の書 の副 題 「いま戦 争 はこうして作 られる」の恐 ろしさを改 めて実 感 させられたのである。
以 上 の事 実 は、私 たちがいかにアメリカ寄 りの情 報 しか知 らされていないかを良 く示 してい
る。ベトナム戦 争 の敗 北 は「テレビを通 じて家 庭 に直 接 さまざまな情 報 が届 いたことによる」と
分 析 したアメリカ政 府 は、そこから「深 い反 省 」を引 き出 し、その結 果 が現 在 の強 力 なメディ
ア・コントロールになったという。
だとすれば、いま私 たち「ことばの研 究 者 」「ことばの教 師 」に求 められているのは、何 度 も
言 うように、「メディアの記 号 論 を正 しく読 み解 く力 」であり、冒 頭 で引 用 した英 語 教 師 にまず
必 要 だったのは、宛 先 を「拝 啓 フセイン大 統 領 殿 」とするのではなく、「火 付 け役 」のブッシュ
大 統 領 にこそ手 紙 を送 るべきだったのである。単 なる「中 立 」が何 の役 にもたたないことは、こ
こでも明 白 ではないだろうか。
しかも、この湾 岸 戦 争 を口 実 として日 本 では「他 国 が血 を流 しているのに日 本 は金 を出 し
ているだけでよいのか」という論 が一 層 、声 高 に叫 ばれ始 めたのである。そして皮 肉 なことに、
これとは逆 にアメリカでは湾 岸 戦 争 を機 に、オーバビー博 士 を中 心 として、日 本 国 憲 法 を世
界 に広 めようとする「第 9 条 の会 」が生 まれ、最 近 のハーグ・アピール(2001 年 3月 )でも同 じ
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趣 旨 の決 議 が出 されている。それにも関 わらず、私 たちには全 くその情 報 が伝 わってこない
のである。
<註 1:オーバビー博 士 が、どのような思 想 的 遍 歴 を経 て日 本 国 憲 法 に到 達 したかは『対
訳 ・地 球 憲 法 第 9条 』(講 談 社 、1997)で詳 しく知 ることが出 来 るが、米 国 「第 9条 の会 」の
趣 旨 を簡 略 に紹 介 しておくと下 記 の5項 目 になる。>
① 日 本 国 民 による・国 の内 外 における 9 条 を腐 食 させ放 棄 させようという圧 力 に抗 し、憲
法 9 条 の真 髄 を賦 活 させたいという希 望 を力 づけ助 勢 していく。
② ドイツ国 民 による紛 争 解 決 にあたり、軍 事 力 の行 使 をいましめた第 2 次 大 戦 以 降 の憲
法 上 の制 約 を維 持 したいとする希 望 を力 づけ助 勢 していく。
③ 日 本 やドイツの軍 事 力 の行 使 を禁 じた憲 法 上 の制 約 は、21 世 紀 以 降 の世 界 にとって
前 向 きで望 ましいモデルであり、国 際 紛 争 や戦 争 防 止 にとっての非 暴 力 的 な解 決 案 として
他 国 も模 倣 してしかるべきモデルである、という考 え方 を力 づけ助 勢 していく。
④ これまた将 来 に向 けてのモデルとして、コスタリカやスイスのように、軍 事 力 の行 使 を国 策
として禁 じながらもちゃんと生 き抜 いてきた国 々の憲 法 や慣 行 の検 討 を力 づけ助 勢 していく。
⑤ すべての国 や国 連 が戦 争 防 止 や非 暴 力 的 な紛 争 解 決 の数 多 い可 能 性 を洗 い出 すた
めの啓 蒙 教 育 やその実 施 のためにしかるべき支 出 を真 剣 に考 慮 するよう、力 づけ助 勢 して
いく。
<註 2:同 じアメリカ人 で日 本 国 憲 法 に熱 い眼 差 しをと期 待 を寄 せている人 物 として、先 に
本 文 で紹 介 したダグラス・ラミス(元 津 田 塾 大 学 教 授 )がいる。彼 は『日 本 国 憲 法 を読 む』
(柏 書 房 、1993)の論 文 「日 本 のラデ ィカ ルな憲 法 」など で、私 たち日 本 人 とは全 く違 う視 点
で日 本 国 憲 法 を論 じ、私 たちに新 鮮 な衝 撃 を与 えてくれる。しかも、これは上 記 のオーバビ
ー博 士 のものと同 じく対 訳 になっているので、生 徒 に対 する英 文 和 訳 の教 材 としても英 語 教
師 の英 語 力 アップの教 材 としても役 立 つ。>
(ハーグ平 和 アピールおよび世 界 平 和 市 民 会 議 については資 料 6を参 照 )
9 おわりに
これまで見 てきたとおり、英 語 は教 師 の意 識 とは無 関 係 に常 に政 治 の渦 に巻 き込 まれて
きた。私 たちがこれまで使 ってきた検 定 教 科 書 も、考 えてみれば、「英 米 一 辺 倒 」で、これほ
ど「文 化 帝 国 主 義 」「言 語 帝 国 主 義 」丸 出 しのものはなかったとも言 えるのである。それを厳
しく批 判 した中 村 敬 (1980)などの影 響 もあって、今 では検 定 教 科 書 にアジアなど英 米 以 外
の話 題 も載 るようになったし、人 権 ・環 境 ・平 和 など、いわゆる Global Issues(人 類 的 諸 問
題 )も教 材 として取 り上 げられるようになった。
しかし、かつてはキング牧 師 の I HAVE A DREAM などを取 り上 げて「投 げ込 み教 材 」として
使 うと、偏 向 教 育 をしていると批 判 された頃 もあったのである。それと比 べると、現 在 は隔 世
の感 すらあるが、逆 にいえば「中 立 」というものが如 何 に怪 しげなものであるかがよく分 かると
も言 えよう。それどころか、既 に述 べてきた例 でも分 かるように、政 治 に敏 感 でなければ、人
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権 ・環 境 ・平 和 など、いわゆる Global Issues(人 類 的 諸 問 題 )を中 心 テーマとする国 際 理 解
教 育 など、指 導 しようがないのではないか。
もちろん教 師 が政 治 的 に研 ぎ澄 まされた感 覚 を持 つということと、それを授 業 に直 接 もち
込 むこととは全 く違 った問 題 である。教 育 は生 徒 や学 生 に自 分 の考 えや思 想 を押 し付 ける
ことではなく自 分 の頭 で考 える力 を育 てることにあるからである。しかし、教 師 が世 間 の常 識
的 な知 識 しか持 っていなければ、生 徒 に全 く新 しい事 実 を突 きつけて彼 ら(彼 女 ら)の思 考 を
揺 さぶり、「今 まではとは全 く違 った視 点 でものごとを見 ることも可 能 だ」ということを教 えるこ
とが出 来 るはずがない。
この小 論 では、まだまだ「知 らねばならないこと」で「教 えられていないこと」が如 何 に多 いか
を、多 くの事 実 を挙 げて例 証 してきたつもりである。だとすれば、「知 らねばならないこと」が如
何 に多 いかを、教 師 自 身 が先 ず実 感 することが求 められているのではないだろうか。今 まで
隠 されていた事 実 を知 った(発 見 した)驚 きと感 動 、それを授 業 で如 何 に生 かすかは、そのあ
との問 題 なのである。
いずれにしても、よく言 われてきた「知 育 偏 重 」は全 くの嘘 と言 うべきあり、「正 しい意 味 で
の知 育 」が今 ほど求 められているときはないと言 えよう。さもなければ、常 に「強 者 」「権 力 をも
つもの」に振 り回 されてきた「弱 者 」「民 衆 」が、真 に「生 き抜 く力 」を獲 得 しようがないからであ
る。この私 の小 論 がそのための一 助 になれば幸 いである。
(最 後 に資 料 7として、インターネットで遇 然 、発 見 した靖 国 神 社 問 題 の資 料 を掲 げておく。
ある真 宗 のお寺 が個 人 で作 ったホームページに載 っていたものだが、非 常 に教 えられるとこ
ろが多 いものだった。)
靖 国 神 社 に思 う
浄土真宗大谷派高淵山正覚寺
( h t t p : / / w w w. n s k n e t . o r . j p / ~ y a m a b u k i / Ya s u k u n i . h t m l )
2001 年 6 月 19 日
靖 国 神 社 の起 こり
日 本 の歴 史 をふり返 ってみると、いつの時 代 でも時 の権 力 者 は、天 皇 を利 用 し、宗 教 を利 用
する傾 向 があったようです。
明 治 以 後 は、国 を統 一 するため、超 国 家 主 義 の恐 ろしい考 え方 から天 皇 を国 の中 心 に据
え、神 社 神 道 を国 の宗 教 として定 め、国 民 道 徳 の根 本 として、国 民 に崇 拝 ・信 仰 を押 しつけま
した。
靖 国 神 社 は明 治 2年 に最 初 は招 魂 社 という名 で建 てられました。
それまでは、だいたい古 代 の神 話 であって、全 く信 頼 性 はないのですが、支 配 する側 の天 皇
の祖 先 である天 照 大 神 を祀 る伊 勢 神 宮 と、それに対 して天 皇 に服 従 する臣 民 の代 表 としての
出 雲 大 社 という位 置 づけがされてきました。
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それが明 治 になって、出 雲 大 社 に替 わるものとして、新 しく靖 国 神 社 がつくられたのです。
靖 国 神 社 の性 格
靖 国 神 社 はもちろん国 家 神 道 の中 の一 つの神 社 としての位 置 づけをもつわけですが、この神
社 は他 の神 社 と違 った特 別 な性 格 をもっています。
他 の神 社 は過 去 の神 さまを祀 ったお宮 であるわけですが、この靖 国 神 社 だけは過 去 の神 さま
だけではなくて、未 来 の神 さま、つまり、新 しく次 々と祀 られる神 さまが増 え続 けていくという仕 細
みになっています。
神 社 には例 大 祭 とか、新 嘗 祭 といった大 きな重 要 な祭 りが定 められていますが、靖 国 神 社 、
各 道 府 県 の護 国 神 社 だけには「合 祀 祭 」という大 祭 が設 けられています。
つまり、靖 国 神 社 は常 に新 しい神 さまがつくられ、それが神 さまとして祀 られていく神 社 である
わけです。
神 様 になる資 格
そこで、靖 国 神 社 の新 しい神 さまになる資 格 は何 かということが問 題 になります。
先 ず天 皇 に忠 義 を尽 くして死 んだということが第 一 の条 件 ですが、その上 に戦 争 で死 んだと
いうことが条 件 になっています。
それでは、戦 争 で忠 義 を尽 くして死 んだら誰 でも祀 られるかというと、必 ずしもそうはいきませ
ん。
祀 られるには天 皇 に直 属 しているという身 分 が必 要 です。
その身 分 のない人 は、軍 隊 と一 緒 に戦 っても靖 国 神 社 の神 さまには祀 ってもらえません。
つまり、あくまでも天 皇 の軍 隊 に所 属 する軍 人 として、あるいは天 皇 の官 吏 、お役 人 として戦
事 の公 務 に従 事 していて死 んだ、戦 争 で死 んだということが条 件 です。
身 分 とか死 に方 によって祀 られるか祀 られはいかという差 があります。
こういう宗 教 はめずらしいと思 われます。
まず神 として祀 られるか祀 られないかという条 件 、身 分 が問 題 になり、それから、祀 られるにし
ても、同 じ戦 没 者 であっても、戦 闘 中 に弾 に当 たって亡 くなったのか、あるいは病 気 で亡 くなった
のかでは差 がつけられます。
靖 国 神 社 に神 さまに祀 られた人 の名 簿 である祭 神 名 簿 がありますが、その名 簿 には、病 気
で亡 くなった軍 人 については「特 旨 をもって合 祀 」と、つまり本 来 ならば、病 気 で死 んだのは犬 死
だから靖 国 神 社 の神 さまになる資 格 はないのだが、天 皇 の特 別 のお恵 みをもって神 さまに祀 る
のだという意 味 が、そのように書 き分 けられています。
弾 に当 たって亡 くなった戦 没 者 と病 気 で亡 くなった戦 没 者 とでは、はっきりと差 別 待 遇 されて
いるのです。もちろん、祀 られた日 付 も違 います。
必 ず戦 病 死 した戦 没 者 の合 祀 は、弾 に当 たって亡 くなった戦 没 者 よりも遅 らせて祀 り、わざ
と時 期 を遅 らせることによって、扱 いの違 いを示 すことが行 なわれています。
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このように何 重 にも差 がつけられたかたちで靖 国 神 社 の神 に祀 られるのです。
これは同 時 に、天 皇 のために忠 義 を尽 くしたということが、どういう死 に方 をしたかということで
判 断 されるということです。
天 皇 の軍 人 ・公 務 員 として戦 場 で弾 に当 たって死 んだとき、最 も天 皇 に対 する最 大 の忠 節 を
尽 くしたという評 価 になるのです。
その次 が天 皇 の軍 人 ・官 吏 として戦 争 に行 って、病 気 にかかって亡 くなったときで、それ以 外
はいくら戦 闘 の最 中 に弾 に当 たって死 んでも、一 般 の民 間 人 であれば靖 国 神 社 の神 さまに祀 ら
れる資 格 はないという差 がつけられています。
靖 国 神 社 の目 的
そういう資 格 が要 求 されるのは、戦 没 者 を神 に祀 るということは、もちろん忠 魂 を慰 めるという
意 味 が込 められていますけれども、それ以 上 に、あとに残 って生 きている国 民 に、天 皇 に対 して
今 後 ますます忠 義 を尽 くせという意 味 をもっています。
そのためには、忠 義 を尽 くすとはどういうことなのかをはっきりさせておく必 要 があるということ
で、神 に祀 られる条 件 を厳 しく決 めたといえます。
天 皇 の官 吏 ・公 務 員 ・職 業 軍 人 は、自 ら希 望 してそういう職 に就 くのですが、それ以 外 は徴
兵 制 度 によって義 務 として軍 隊 に入 った人 で、靖 国 神 社 の神 さまとして祀 られている大 部 分
は、徴 兵 によって戦 争 に連 れて行 かれて死 んだ戦 没 者 です。
したがって、ますます忠 節 を抽 きんでよということの意 味 が、天 皇 に直 属 する身 分 であって、民
間 人 ではないという身 分 が限 定 されることにより、徴 兵 制 度 のもとで兵 隊 にとられ兵 役 の義 務 に
服 し、戦 争 に行 って天 皇 のために戦 って死 ぬということが国 民 の最 大 の天 皇 に対 する忠 義 なん
だということを際 立 たせるのが、靖 国 神 社 の一 つの目 的 であります。
国 家 宗 教 ・軍 隊 宗 教 としては、神 道 は死 者 の霊 魂 を慰 めるよりは、むしろまだ生 きている軍
人 兵 士 ・国 民 を励 ますお祭 りということが重 要 なわけで、したがって、靖 国 神 社 の神 さまが増 え
続 ければ増 え続 けるほど、逆 に生 きている国 民 に対 しての天 皇 に忠 義 を尽 くせという励 ましが
大 きくなります。
だから、単 に死 者 の霊 を慰 めるのではなく、生 きている人 間 が喜 んで天 皇 のために死 んでい
く、そのための励 ましとする神 社 、それが靖 国 神 社 なのです。
護 国 の兵 士 たちの霊 である靖 国 の神 々は、わが父 や、母 や、妻 や、子 、そして美 しい郷 土 を
守 る兵 士 では駄 目 なのです。
護 国 の神 とされるのは、万 世 一 系 の国 体 を守 る天 皇 の兵 士 であるということに限 らざるをえ
なかったのです。
昭 和 60年 の夏 、公 式 参 拝 のおり、
「戦 没 者 を祀 る靖 国 神 社 を国 の手 で維 持 しないで、これから先 、誰 が国 のために死 ねるか」
ということを当 時 の中 曽 根 総 理 大 臣 自 身 が発 言 しています。
これから将 来 、国 のために命 を捨 てさせるために過 去 の「忠 魂 」を靖 国 神 社 に祀 るのだという
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ことです。
昭 和 四 十 四 年 、国 会 に初 提 案 されて以 来 、五 回 も廃 案 になった靖 国 法 案 が、最 近 、天 皇
や首 相 が公 人 として参 拝 できるようにという、靖 国 公 式 参 拝 という形 で、再 び戦 前 の靖 国 神 社
がそのまま復 活 をする方 向 が出 てきています。
この動 きの行 きつくところは、靖 国 に祀 る新 しい神 々を生 み出 すこと、つまり、再 び戦 争 への
道 へとひた走 る結 果 となってしまいます。
英 霊 への償 い
戦 争 で亡 くなられた人 達 は、何 を願 いながら亡 くなられたのでしょうか。
私 たちは、2度 と再 びこのような悲 惨 な戦 争 を、子 供 や孫 達 に繰 り返 しさせてはならないはず
です。
「国 の犠 牲 になった者 に対 して、天 皇 や首 相 が公 式 に参 拝 したり、国 家 で護 持 して何 が悪
い。当 然 ではないか。」という意 見 がよく聞 かれます。
しかし、一 見 もっともなようなこうした見 解 の中 には大 きな落 とし穴 が待 ちかまえているのでは
ないでしょうか。
戦 争 で亡 くなった人 々に対 して「このままではすまされない、何 かせずにはおられない」という気
持 ちがあることは、遺 族 に限 らず私 たち全 てが抱 く戦 争 に対 する責 任 意 識 として、当 然 のことで
す。
特 に自 発 的 に戦 争 に行 ったわけではなくて、義 務 として兵 隊 にとられ、軍 隊 に入 り戦 争 に連
れていかれ、そして戦 争 で亡 くなった人 の遺 族 にとっては、国 家 の手 で何 らかの形 できちんとして
ほしいという気 持 ちは非 常 に強 いと思 います。
しかし、この「何 かせずには」という声 に代 表 される意 識 が、なぜ靖 国 神 社 に「英 霊 」として祀
らねばならないということになってしまうのでしょうか。
靖 国 神 社 は、戦 前 、天 皇 制 軍 国 主 義 の精 神 的 支 柱 となり、そこへ合 祀 された人 々を「英
霊 」とすることで、戦 争 を正 当 化 し、美 化 するための施 設 として発 展 してきました。
侵 略 戦 争 を「聖 戦 」とするための施 設 ・道 具 であったのです。
戦 没 者 の霊 を慰 めるといいながら、生 きている人 間 が、新 たに喜 んで死 んでいける励 ましのた
めの施 設 なのです。
なぜそのような施 設 が、わざわざ現 在 の「平 和 日 本 」のために再 度 使 われなければならないの
でしょうか。
「何 かせずには」「祈 らずにおれない」という素 朴 で自 然 な感 情 が、ここでたくみにすりかえられ
ていることに気 付 かねばなりません。
家 族 や友 人 が理 不 尽 な死 においやられたことに対 する怨 念 が、彼 らを殺 した国 家 やその支
配 に対 する怒 りとなって燃 えあがらないで、その国 家 に死 者 を祀 ってもらうということでごまかされ
てしまってはいなでしょうか。
戦 争 によって流 された血 は、ふたたび、それが決 して流 されぬようにすること以 外 によっては、
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つぐなわれないと思 われます。
申 し訳 ありませんでした。国 として済 まんことをしてしまいました。もう2度 と戦 争 はいたしませ
ん。戦 争 は放 棄 するという憲 法 を守 りぬきます」というザンゲの意 識 が微 塵 もない靖 国 神 社 にい
くら祀 られても、素 朴 で自 然 な祈 りが、純 粋 かつ清 浄 なまこととして「霊 」にとどかないのではない
でしょうか。
「何 かせずには」「祈 らずにおれない」という心 情 については、人 間 である限 り、これに形 をつけ
たいという方 向 に動 いてくることは、よく理 解 できます。
しかし、その形 が靖 国 神 社 でなければならない必 然 性 はないはずです。
私 たちは終 戦 後 50余 年 を経 た今 、もう一 度 、戦 争 で亡 くなった人 たちの本 当 の願 いに出 会
い、戦 争 犠 牲 者 の願 いに応 えることのできる道 を歩 んでいきたいと思 います。
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