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市川市におけるイノカシラフラスコモ保護保全事業 - Hi-HO

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市川市におけるイノカシラフラスコモ保護保全事業 - Hi-HO
絶滅危惧種イノカシラフラスコモの市川市における保護保全
市川市環境清掃部自然環境課
須藤 治
市川市では、2006 年(平成 18)に市川市自然環境保全再生指針を策定し、市レベルの
生物多様性戦略と位置づけています。この指針においては、生物多様性の保全として「市
川市に生息・生育する種に、あらたな絶滅のおそれが生じないように生息環境を保全再生
します。
」という基本方針を掲げています。
市川市中国分のじゅん菜池緑地の自然環境ゾーンの池では、現在では全国でここだけに
しか生育が確認されない「イノカシラフラスコモ」が生育しています。
同種は環境省のレッドデータブックに、最も絶滅が危惧される「絶滅危惧I類」として
記載されていることから、生物多様性(種・遺伝子の多様性)維持のため絶滅危惧種のイ
ノカシラフラスコモを絶やさないために市川市ではその保護保全に取り組んでいます。
○イノカシラフラスコモとは?
イノカシラフラスコモは、1957 年(昭和 32)に東
京都の井の頭公園を源流とする神田川の上流部で発見
された車軸藻という藻類の一種で、
日本固有の種です。
藻全体の長さは 20∼30cm になりますが、主軸(茎)
の直径は 0.5∼0.7 ㎜と大変細い植物です。車軸藻類の
生殖形態は雌雄同株が一般的ですが、イノカシラフラ
スコモは雌雄異株であることが特徴です。
一般的には早春に水底から発芽し、5∼10 月が繁茂
期とされていますが、これまでは他の水草が繁茂して
くる初夏には同じ車軸藻類のシャジクモと交代して衰
退すると考えられていました。
○市川市における発見の経緯
市川市におけるイノカシラフラスコモは、1986 年(昭和 61)にじゅん菜池緑地の自
然環境ゾーンにあるジュンサイ育成池(L1本池)において、種名不明の車軸藻類とし
て生育が確認されました。その後、1995 年(平成 7)に専門の研究者によってイノカシ
ラフラスコモであることが確認され、国内での再発見と唯一の生育地であることが、新
聞紙上でも報道されました。
じゅん菜池緑地でイノカシラフラスコモが再発見された当時、すでに原産地の神田川
上流部では絶滅しており、国立環境研究所などが行った全国の湖沼における車軸藻類の
生育調査においても発見されませんでした。このため、2000 年(平成 12)に発行され
た環境省のレッドデータブックにおいて、最も絶滅が危惧される「絶滅危惧I類」とし
て記載されました。また、1999 年(平成 11)に発行された「千葉県の保護上重要な野
生生物‐千葉県レッドデータブック‐植物編」においても「最重要保護生物」として記
載されています。
じゅん菜池配置図(自然環境ゾーン 2002 年時)
○保護保全の検討
イノカシラフラスコモが現時点では唯一自然界で生育する自治体として、この種の保
護保全を行うにあたり、まだ未解明な部分が多い生態学的特性や保護保全策について検
討するために 2000 年に専門家による検討委員会を設置しました。
検討委員会では、
「種自体の生態と、じゅん菜池緑地における生育環境を把握する必
要がある」との課題が示され、2003 年(平成 15)まで実験と観察の結果について検討
しました。
[ 検討内容 ]
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○調査と育成実験の結果
2004 年春までの L1 池、L2 池に設置した育成水槽、L2 池に新設した実験池等におい
て継続した観察と育成実験により、じゅん菜池おけるイノカシラフラスコモの生育につ
いて、以下のことがわかりました。
・ L1 池、L2 育成水槽、L2 実験池のそれぞれでイノカシラフラスコモの育成には弱
酸性の浅井戸水が適していることが確かめられた
・ イノカシラフラスコモは、高水温には弱く水温の上昇によって藻体の活性が落ち
るが、水温 20 度前後で一定している井戸水や湧水などの安定した水源があれば、
藻体、群落を維持して連続した越夏、越冬が可能
・ アオミドロは、イノカシラフラスコモに絡み付いて水面に浮上したり、腐敗しな
ければ、イノカシラフラスコモの生育には、あまり影響しない
※ 大繁茂しない程度に定期的にアオミドロ等を除去するなどの池の管理が必要
・ イノカシラフラスコモは、やや被陰された環境でも生育が可能
※ アオミドロや他の水生植物の繁茂や日射による水温の上昇を避けるために日
除けなどが有効であると考えられる
・ 2003 年までのイノカシラフラスコモの育成実験では胞子からの発芽、生育は確認
できなかった
・ L1 育成池、L1 本池では、夏期以外の時期に一時的に池水を干上げることは、イ
ノカシラフラスコモの生長に影響せず、一部に新たな株の出現も見られた
※ イノカシラフラスコモが胞子から発芽するには、池水の干上げが必要?
・ 自然状態でのイノカシラフラスコモ育成には、アメリカザリガニ対策が必要
※ 特にアメリカザリガニの活動が盛んになる 6 月∼10 月の高温期は、イノカシ
ラフラスコモの活性が低下する季節であるため、十分な除去、防除が必要
○2004 年以降の取り組み
2004 年春までの観察と育成実験の知見を活かし、引き続き育成水槽は、種株の保存の
ために維持しました。
また、安定した水源の確保と育成場所の確保を行うため、L2 池の最上流部に新しく浅
井戸を掘削すると共に、実験池(現行)を 2004 年 3 月に造成しました。
新たに掘削した浅井戸水は、弱酸性で水量、水温などの水質が安定しているため、育
成水槽、実験池には、全て浅井戸水を給水することとしました。
育成水槽の種株保存
水質を変えて育成していた 3 つの水槽のうち、イノカシラフラスコモの種株の状態が
良い浅井戸水給水由来のもの(A 水槽)と浅井戸・深井戸混合給水由来の水槽(B 水槽)
の 2 つ体制としました。
どちらの水槽も 3 夏 3 冬を越えて株(群落)が維持され、水槽表面を藻体がびっしり
と覆うマット状になり水槽からあふれ出すまでに生長しました。
マット状に生長すると夏の高温期には水面近くで、水温が 30℃近くなって藻体が弱っ
たり、水槽内部に太陽光が到達しなくなり、仮根部や下部の藻体がやせ細る、白化、茶
変するなど藻体の活性低下が認められました。その後、気温が低下する季節になると藻
体の活性が次第に回復しますが、2005 年の春先に A 水槽で急激に藻体の劣化、腐敗が
起こりました。
この水槽は、種株の維持が困難であると判断し、2005 年 5 月に底泥を残して全て除
去、排水し、再度、浅井戸水を給水かけ流しました。底泥内に藻体の一部が残っていた
可能性もありますが、翌月には、新たな車軸藻類の芽生えがあり、2 ヶ月でイノカシラ
フラスコモが水槽全面を覆うまでに生長しました。
2006 年 8 月には、B 水槽で同様に藻体の劣化、腐敗が起こったため、底泥を残して
藻体の除去、排水を行いました。この水槽は、翌 2007 年 2 月に新たな車軸藻類の芽生
えがあり、2 ヶ月で以前と同様に水槽全面を覆う状態に復しました。
育成水槽では、水温がほぼ一定の浅井戸水を給水し、若干発生するアオミドロを除去
することで、1 年を越え季節に関係なくそれぞれ水槽容量に対して飽和状態となるまで
生長することが、これまでの経過で判明しています。育成水槽の株では、藻体にメスの
生殖器が 5 月から 11 月頃まで見られますが、オスの生殖器を持つ株は確認できていま
せん。底泥を残した再育成の経緯を考慮すると胞子が形成されている可能性があります
が、株の季節による育成状況の変化や生殖器の成熟具合、胞子形成に至るメス株とオス
株比率など、イノカシラフラスコモの生活史の解明が、種株の維持保存にはまだまだ必
要です。
新実験池の育成実験
2004 年 3 月に L2 池の最上流部に新たに造成した実験池では、2 ヶ月間は実験池の水
質や底質を安定させるため浅井戸水をかけ流し、5 月に L2 下流の旧実験池および育成
水槽からイノカシラフラスコモの株を移植しました。
実験池の水温は、真夏でも気温の影響をあまり受けず、16℃から 18℃を保っていまし
たが、移植した株は、2 ヶ月で全滅しました。2004 年内は、アオミドロの発生も少なく
池の底泥や水質が水生植物の育成に適さなかったようです。2005 年 2 月に 2 回目の移
植を行いましたが、3 月に再び全滅しました。池底は、ややシルト分の多い泥質で周辺
の樹木からの落ち葉の流入や堆積も多く、移植したイノカシラフラスコモの仮根部定着
には、不適であったようです。
3 回目の移植として、2005 年 5 月に劣化腐敗の進んだ育成 A 水槽から残存株を移植
しました。藻体が劣化していた株であり、アオミドロの繁茂などもあってその後の生育
は期待できませんでしたが、2006 年 1 月には、水底に広がったアオミドロの下で細々
と生育しており、定着、越冬が確認できました。
その後、アオミドロの繁茂と除去を繰り返す管理を続けてきました。池底をアオミド
ロに完全に覆われてイノカシラフラスコモが駆逐されてしまったように見えた翌月には、
イノカシラフラスコモの株が順調に生育していたり、順調に生育していたイノカシラフ
ラスコモが、翌週には藻体が変色したり、切れやすくなるなど、イノカシラフラスコモ
の生育と実験池の季節変化やアオミドロなどの影響などの関係を未だに把握できていま
せん。
2007 年 8 月には、独立行政法人国立環境研究所の笠井氏を中心としたグループによ
り、実験池の底泥採取による胞子の有無の確認調査などが行われました。実験池は、2004
年に新たに造成したものであり、大昔は別としてそれまでにイノカシラフラスコモが生
育していなかったのですが、採取されたサンプルの分析によるとイノカシラフラスコモ
の卵胞子が埋土されていることが確認されました。また、採取、分離した卵胞子から発
芽することも確認されています。実験池では、オス生殖器を有する株を確認できていま
せんが、発芽力を有する卵胞子が存在することから、かろうじて生活環を形成している
と考えられます。
○今後の課題
育成水槽では、ひとつの株が数年に渡り越夏、越冬し、一定の管理手法により種株を
維持することができています。しかしながら、年月が経過すると一斉に藻体の活性が低
下し腐敗するなどの事例も経験しており、種株を安定して維持するには、まだ完全では
ありません。
一方、実験池での育成とその結果として発芽力のある卵胞子の存在、
(さらに新たな
発芽株?)など、より自然界に近い状態でイノカシラフラスコモの生活環、世代交代が
行われている可能性も見えてきました。
藻体の生長具合や、生殖器のでき方などイノカシラフラスコモの生活史をさらに詳細
に解明することが、安定した種株の維持には欠かせないと考えます。
また、現在は限られた育成環境で「大事に」維持している状況ですが、さらに種株の
増殖をはかり、生育場所を増やすことも必要です。このためには、安定した種株の増加
と生育に適した生態環境の解明も進めなければなりません。
生物多様性の維持として、イノカシラフラスコモという単一種の維持保存だけでなく、
イノカシラフラスコモが生活環にしたがって自然に生育する生態的環境を解明し、維持
していくことが求められると共に、それを目指していきたいと考えます。
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