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第6回 - So-net
宇部市民オーケストラ 第 6 回「オーケストラの午後―気軽にクラシック」演奏 会に寄せてーその二、ロシア五人組とチャイコフスキー 団長 佐藤育男 ステージの後半はロシアの管弦楽曲でお楽しみ戴きたい。いずれもモーツアルト のト短調交響曲から 100 年後の作品で、近代オーケストラの機能美を余すところ なく発揮した名曲である。1 曲目は、幻想序曲「ロメオとジュリエット」。1869 年、交響曲第 1 番を書き上げたばかりのチャイコフスキー弱冠 29 才の作品である。 ロシア 5 人組のリーダー、バラキレフから 400 年前のイタリア、ヴェローナで実 際に起きた悲しい恋の物語を聞かされ、作曲を薦められた彼は、これこそ自分の 性格に最も合った題材と寝食を忘れて制作に没頭した。作曲に当たり、ストーリ ーや人物を追うことをせず、物語のなかの 3 つの主な要素を題材にした。すなわ ち、第 1 主題を皇帝に味方するモンタギュー家と教会の味方キャプレット家の対 立、第 2 主題をロメオとジュリエットの純愛、そして二人の死である。 曲は、二人の愛の悲劇的結末を予言するかのように、コラ−ル風の厳粛な雰囲気 でクラリネットとファゴットの重奏によって始まる。そしてティンパニのトレモ ロに導かれて弦楽器の悲痛な音が絡みはじめ緊張が増したあと、曲は一転、シン コペーションやシンバルの強打をはさみ一気に全管弦楽にまで発展して激しい闘 いに突入する。互いに傷付けあう両家。中間部は、この曲の中で最も有名なロメ オとジュリエットの愛のテーマである。弱音器付きのビオラとイングリッシュホ ルンで始まり、楽器が増えてゆく。最初はどこか不安げでとまどいながら、やが て思いを確かめ合って成長してゆく愛が見えるようである。この音楽を、 「ロシア 五人組」で最も若いリムスキー=コルサコフは、「ロシア音楽で最も美しい旋律」 と評した。この主題が全合奏で出てくるところのホルンの対旋律も美しい。そし て再び、両家の対立の主題と冒頭のコラ−ル風の旋律が交錯しながら進み、オー ケストラの全合奏で愛は最高潮に達する。しかし、結局は対立の主題が愛をねじ 伏せ二人の愛は息絶えるのである・・。悲劇のあと、コラ一ルは明るい響きとな って二人の永遠の愛を願い、木管の暖かいハーモニーとハープのアルペジョがそ れを包み、二人が天国で結ばれることを願うかのように清らかに曲を閉じる。 尚、このロメオとジュリエットの純愛は多くの芸術家の制作意欲を刺激した。物 語の原作者はイタリアのバンデッロであるが、イギリスの文豪シェークスピアが 戯曲化し全世界に広めた。音楽ではベルリオーズの劇的交響曲、グノーの歌劇、 プロコフィエフのバレー音楽、そしてレナード・バースタインの映画「ウエスト サイドストーリー」などの作品が今に語り継いでいる。 さて、最後の曲は「スペイン奇想曲」である。作曲者のリムスキー=コルサコフ は海軍士官だった。世界の各地をまわり地方色の豊かな音楽に触れたが、スペイ ンの音楽に強く心を惹かれ、1887 年、43 才でこの曲を書いた。もともとロシア五 人組は他の分野ではプロであっても音楽は独学のアマチュア集団だった。リーダ ーのバラキレフは別として、他の 4 人は技術将校、見習士官、海軍士官、それに 化学者だった。彼らはロシアの民族主義を重んじ西欧の古典形式やワーグナー主 義を否定した。彼らにとって、ロシア音楽界の悪玉はアカデミックな伝統を代表 するルビンシュタイン兄弟と彼らの経営する二つの音楽院だった。チャイコフス キーは兄のニコライ・ルビンシュタインの教え子であり、当然仇敵と見做される 立場にあった。彼の交響曲は古典的でヨーロッパ的だった。だが、その一方で民 謡を自由に引用した音楽はロシアそのものだった。初めは敵意を抱いた五人組の リーダー、バラキレフがチャイコフスキーの作品に興味を示し歩み寄った。しか し、それまで五人組がアカデミシャンに向けた嫌悪は十分な報復を受けた。たと えば、チャイコフスキー。彼は5人組の破天荒で自己満足的主張を終始あざけっ た。スポンサーのメック夫人への手紙には、 「彼らは皆非常に有能ですが、自分達 こそが最良であるという鼻もちならないうぬぼれと、滑稽なアマチュア的自信を 骨の髄まで滲み込ませています。ただ、リムスキー=コルサコフは例外的な存在 です。バラキレフらは、最年少で仲間入りした彼に対し、初め天才だとおだて上 げ、次に授業はインスピレーションを殺し創造力も枯渇させるばかりで必要はな い、また知識だけの勉強もいらないと教え込みました。残念ながら彼もそれに従 いました。中略。でも、最近急激な変化が起こりました。彼はペテルブルグ音楽 院の教授に任命されたのです。略。 ・・でも、何と残念なことでしょう!リムスキ ーは別として、他の多くの才能からは本格的な作品を何一つ期待できないとは! 略。以上が諸紳士に関する私の意見です。しかし、最近は訓練に欠けたムソルグ スキーでさえ新しい言葉で話し始めています。それは醜悪ですが、新鮮です・・」 チャイコフスキーはここで公正であろうと努めているが、その嫌悪感と偏見は歴 然としている。(ショーンバーグ「大作曲家の生涯」。共同通信社。) 確かにリムスキーは、自叙伝にも書いているように、教授就任当時、音楽理論の 不足は目を覆うばかりだった。そこで、猛烈に勉強をはじめ、学生に追いつかれ ないように日夜頑張った。対位法、和声学、楽曲分析は特に深く究めた。これに は、他の五人組のメンバーが反発した。特にムソルグスキーは激怒し、修行時代 は一つ部屋で過ごしたこともある親友を相手に、 「敵に魂を売り飛ばし、ロシアの 遺産を放擲した裏切り者だ」、と罵った。こうして五人組は分裂する。しかし、そ の後リムスキーは裏切り者とはほど遠く、ムソルグスキーとともに、ロシア最大 の国民音楽作曲家となった。彼は管弦楽の魔術師と呼ばれてオーケストラから色 彩感を引き出し、絵画的な手法で音楽を作る名人となった。 曲は、奇想曲という名のとおり、一定の形式によらない 気まぐれな 要素をも つている。1 つの楽章からできているが、全楽章を続けて演奏するように指定さ れており、また、各楽章の主題が互いに密接に関係しているのでまるで1つの楽 章のような印象をあたえる。第 1 楽章。アルボラダ(朝のセレナード)の主題が 力強く四回繰り返され、独奏ヴァイオリンが華麗に奏でる。第 2 楽章。スペイン 民謡風の旋律をホルンが静かに奏でたあと、管楽器が多彩に活躍する。第 3 楽章。 打楽器に続いてヴァイオリンの役をクラリネットが引き受け、ハープも加わる。 第 4 楽章。ヴァイオリンの奔放な旋律に各楽器が加わり華やかにクライマックス を迎える。第 5 楽章。スペイン風の熱気のある音楽。カスタネットやタンバリン がリズムを刻み、熱狂的な頂点でフィナーレを迎える。 作品は、作曲者自身が述べているように、 「最初のリハーサルでは、第一部が終わ るや否や団の全員が私に拍手した。同じような拍手がフェルマータのところにく ると必ず起こった。そこで私は、この曲をオーケストラに捧げることを申し出た。 全員のきらめくばかりの演奏がこれに対する答えだった。」献呈されたスコアの扉 には、初演時のペテルブルグ帝室歌劇場管弦楽団の団員六十七人の名が記されて いるという。それでは、9月五日にお会いすることを楽しみに。 (2004、8、6 宇部日報)