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GKH019013

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GKH019013
227
研究ノー ト
サ ンチ ョ・
パ ンサ とど ト ペ レスの
共通項か ら見 えるもの
片
は
じ め
倉
充
造
に
『ピ ト ・ペ レスの 自堕落 な人生 (
Lau
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nl
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』(
1
9
3
8)は,現代 メキシコ
ピカ レス ク文学 を代表する小説であ り,その作者ホセ ・ルベ ン ・ロメロは,幼少時 よ りセルバ
ンテスの 『ドン ・キホーテ』 に多大の影響 を聖 2
Tて きた こ とを菩甘 している。"メキ シコの ド
ン ・キホーテ と しての ピ ト ペ レス" とい う論題 も言 及 される昨今,両主人公の共通茸 (
地方
への こだわ り/非婚/非定住/既成秩序 の混乱/道化/ユーモアに通底す る哲学 など) を整理
し,その異 同について検証 を試みたのが,昨春第 1
0回国際セルバ ンテス会議 (メキシコ ・グァ
ナ フア ト州 グァナ フア ト市 にて開催 '
9
8.2.
2
3-27)での "
Do
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-(
「ドン ・キホーテ とピ ト ・ペ レスーガ ラスの兄弟 と して -」
) とい う
「
研究報告」であ った。 メキシコの文学 的 ヒー ローに引 き寄せ てのテーマであったことか ら,
スペ イ ン側 セルパ ンテ ィス タよりもメキシコ人研究者の間での反応が大 きかったことは, まだ
記憶 に新 しJミ
'
o(
発表内容 については,
9
9年 2月の 『
講演劉
(
Guana
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QuL
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eに掲載予定である。)
「
二人 なが ら同 じ鋳型か らうち出 された と しか思 われない し,主人公 の狂気沙汰 も家来の愚
か しさな しでは,一文 の値打 ち もない」(
Ⅱ- 2-4
2) と住職 が表 明 し,大鍬 だのス コ ップで
もなけ りゃわ しら二人 を引 き離す こたで きねえだ」(
Ⅱ-3
3-41
8) とサ ンチ ョ本人が心意気 を
述べ る主従 の仲 であることか ら,本稿 では, ドン ・キホーテに とっての無二のパー トナーサ ン
チ ョ ・パ ンサ と,メキシコの ピカロとの共通項 を, Ⅰ.下層 の出身であること,Ⅱ.上昇志向
があること,Ⅲ
.基調 としての リア リズム とに分類 し,それぞれ細部 にわたる考察 を進めるこ
とに した。両者の比較 ・対照のなかで,新 しいサ ンチ ョ ・パ ンサ像 , ピ ト・ペ レス観がみつ け
られれば,望外 の喜 びである。
Ⅰ. 下層 の 出身 で あ るこ と
ともに下層 の出身であ り,争い ごとを好 まない平和主義者 であることは,異論がない。 しか
も学歴 に乏 しく話 し好 きであることも共通 している。
サ ンチ ョは,再 々読 み書 きがで きない ことを告 白 している。「わ しはなに しろ字 も読 め なけ
れば書 け もしない とい うわけで,物語 なんてやつ は,手 に した こ とも読 んだ こ ともね えでが
す」(Ⅰ-1
0-1
3
6
)
。地方の農夫 として暮 らす うえで,当時 と りたてて学歴 は必 要ではなか っ
たのであろ う。つ ま り,アルベ ル ト・サ ンチ ェスの評言 「
最 も基礎 的 な教 育 を受 けてい ない
(
読み書 きがで きない)。教会や礼拝堂 で生 の声 で学 んだキ リス ト教 の教 えは知 ってお り,伝
(
5
)
統的なことわざや物語 とい った通俗 的知識 に も熟達 してい る
」が的確 をきわめている と言 えよ
22
8
天 理 大 学 学 報
,
う。 またサ ンチ ョの話好 きは 『
前編』か らすでに 「
おぬ しのわ しに対する しゃべ りす ぎをも
う少
0-2
8
6) と主人 ドン ・キホーテが敬遠するほど
う
としつつ しんで我慢 してもらいたい」(Ⅰ-2
に疎 ましい ものであった。騎士 と対等な しゃべ りをみせつけていたサ ンチ ョは,主人に話の自
5)だけではあ きたらず,ついに独 自のイメー
由を奪われると帰 りたいとまで返答する (Ⅰ-2
ジで ドウルシネア像 を創造するまで とな り (Ⅰ-3
1
),終章 にいたっては,再度旅 に出ること
を主人に助言する (Ⅰ-5
2-3
9
8)ゆとりす ら見せている。
,
しか しなが ら前半では 「
わ しが これか ら夜明けまで話 をお聞かせ して,旦那 さまを慰めて
さしあげますからな」 (Ⅰ-2
0-2
7
3) と挿話 を述べ始め途中で続かな くなる失態 も見せていた
ことを思い起 こせば,旅 を進めるうちにます ます話術 もなめらかになっていったもの と見てよ
いだろう。
,「鈍 い頭脳 か ら期待 しうる もの と
『
後編』で もその話法が好評 を博 し,早 くも第 5章で
は,はなはだ違った話ぶ り」(
Ⅱ-5-6
9) と語 り手に説明 させて しまう。挿話の例 え話 も,
公爵夫人が ドン ・キホーテを気遣 うほど簡潔で皮肉の効いたものに仕上がっているし,島の太
守 としての名裁 き活躍のほどは,数々の難問解決 (
Ⅱ-51)などで周知の とお りである。そ し
て 「ことわざっちゅうよりほかに,何一つ,財産 らしい財産は持 ってねえだ」(
Ⅱ-4
3-8
6)
,
あるいは 「ことわざの とっつ あま」(
Ⅱ-5
0-1
9
4) とまで持 ち上げられるほどの達人で もあっ
た。教育はほとんどないが,雑知識に富み,世故 に長けている類型なのである。
ピ ト・ペ レスは,一定程度の基礎教育は積んでいるのか,読み書 きがで き,これが後々の人
生での一つの道具 となるはずであった。長兄ホアキンが,次兄 フランシスコが,それぞれ神学
校やサ ンニコラス学院 (ミチ ョアカン州立大学の前身)- と進学で きたその一方で,学資不足
か ら,母親の指 し金で教区教会侍者 として預けられた時期が, ピ トにとってまさにピカロとし
ての出発点 となる。
秦銭泥棒の共犯が発端で故郷サ ンタ ・クララの出入 りを反復せ ざるをえなかったピ トにとっ
て,識字者であったこと, しか も弁舌が堪能であったことは,大 きな財産であったに違 いな
い。薬剤師助手 としての水際立 った働 き (Ⅰ-3)
,プレコ神父-のラテン語嚢の助言 (Ⅰ-
4)にとどまらず,ソラルサノの店内での聖母の霊験 にちなむただ飲 みのエ ピソー ド (Ⅰ5), 日米右教にことよせての献金集め (I1 7)などこの主人公の才覚は,まさに舌先三寸
にかかってお り,言葉の芸術家,話術の名手であることは,論 を待たない。
Ⅰ.上昇志向があること
サ ンチ ョ ・パ ンサは地元の郷士アロンソ ・キハノに見込 まれ,妻子 をうっちゃってまで ドン
・キホーテとの "
世直 し旅"に出向いて
(Ⅰ-7)以来,ことあるごとに約束の島の太守にな
ることを主人に向かって確認 し続けるその執着ぶ りは凄まじい。
サ ンチ ョ ・パ ンサは (-
・)彼の主人の約束 して くれた島の太守にす ぐにもな りたい
という希望 をしきりに抱 きなが ら行 った。 (Ⅰ-7-1
0
6)
ねえ,武者修行の旦那 さま,おらに約束なさった島のことは忘れねえで ください。
0
6)
(Ⅰ- 7-1
お願い しまさ ドン ・キホーテさま,今の血のでるような合戦で手 に入れなさった島を,
治めさせて くだせえまし。(Ⅰ-1
0-1
3
4)
このようなことを含め,主従間では 「
島」 を意識 した対話が進められた。 しか しなが らサ ン
チ ョの夢は,あろうことか主人が惨劇 を演 じるたびに,何度 も挫折 しそ うにな り,帰郷 を思い
229
サ ンチ ョ ・パ ンサ とど ト・ペ レスの共通項から見 えるもの
立つ ようになる。
今 はち ょうど刈 り入れ時だ し,お とな しく村へ帰って家の仕事 に身を入れたが,何 より
利 口な危 っ気のない ことでござい ます よ。 (Ⅰ-1
8-2
4
0)
そ うしてた とえこれ まで仕 えた給金や,約束の島をお さめる希望 を棒 にふ っても, この
主人を見すてて故郷へ帰 ろうと心の中で決めた。 (Ⅰ-1
9-2
5
1
)
この先万事 よくはなって も悪 くなることはない と思 えばこそわ しは故郷 を発 った し,旦
那 さまにお仕え しようと妻子 も後 に残 してまいったのでがす よ。(
Ⅰ-2
0-2
7
0-2
71
)
もしそれが彼が思 っているようにいい結果 を結ばなかったら,主人 を見すてて,妻や子
といっ しょに慣れた もとの百姓仕事 に帰 ることにしようと,ひそか に考えた。
(Ⅰ-3
2-9
4)
サ ンチ ョの気持 ちが微妙 に揺れ動 いているのがわかるが
,『前編』終局部で主人が樫 に閉 じ
込め られ護送 される際 ,「そこで また, もっと利益 と名誉 になる遍歴 に出かけることに しま し
2-3
9
5
) と, 自信あ りげな助言 をしたのは,従士のほうです らあった。
ょうよ」 (Ⅰ-5
主役の ドン ・キホーテ と遜色 な くわた りあ う 『
後編』で も, ドン ・デイエ ゴ邸での接待 (
Ⅱ
,カマーチ ョの婚礼 (
Ⅱ-2
4) と快適 な生活の滋味 を覚 えた ものの,やは り,窮地 に立
-1
8)
つ と愚痴 をこぼす ことを忘れず,す ぐにで も計画 を頓挫する思いにか られることを素直 に表 白
する次第であるO「ドン ・キホーテに二度 目に仕 えようと思 いついた ときをけちのつ き始めの
時刻 と呼んだ」(
Ⅱ-1
712
0
6)だけでは気がす まないO
わ しの家 さけえって,女房や子供 ん とこへ けえって,神 さまが恵んで くださる もんで,
女房 を養い子供育てて,それ にこうやって,お前 さまのあ とについて,道 もねえ道や
ら,小路や ら,街道 をほっつ き歩いて,ひでえもんを飲み食い しねえでいた らばね, ち
う-ペんわ しゃ繰 りけえ して言 うだが, どれだけよかったか知れや しねえでがす よ。
(
Ⅱ-2
7-3
5
4)
うよ
だが,粁余 曲折 を経 なが らも,い よいよ公爵の厚遇 ・保護の もと, ドン ・キホーテを尻 目に
夢 にまで見た 「
太守」の地位 に上 りつめることに成功する。 しか も短期 間 とはいえ,周囲の予
想 を大いに裏切 り,立派 に任務 を遂行 したのである。
ではどうしてサ ンチ ョは,統治者である 「
太守」の地位 にまで上昇す ることがで きたのであ
ろうか ?その要因の一つは,当人の 「
愚痴」 と前後 して表出 されるの どかなまでの楽天的思考
と言 って よいだろ う。
わ しゃ上手 に入 り口見つけたんだか ら, どんなことにで もうまい とこ出口を見つけてみ
せ ますか らね。(Ⅰ-3
0-6
5
)
人間だれで も働 き次第で何 にだってなれるだ。人間に生 まれたか らには法王 さまにだっ
てなれる。 まして島の太守 ぐれえ屈のかっばだあ。 (Ⅰ-4
7-3
4
5)
伯爵か島の総督,それ もそん じょそこらにあるやつ と違 って, とび きりけっこうなやつ
2-3
9
8)
の総督 になったおい らが見 られるぜ。 (Ⅰ-5
正直な男が,冒険 を求める遍歴の騎士の従士 になるより楽 しいことはこの世の中にない
ってことよ。 (Ⅰ-5
2-3
9
9)
このようにお しゃべ りな従士 は,あ らゆる物事 に対処 して, うま くの し上がっていけるもの
と確信 している。
『
後編』 に入 って も,再 出発の前,家族 に向か って,「なにごとも二
三年でなれちまうも
Ⅱ-5
んだ。その後は,威厳 だろうともの もの しい物腰 だろうと,ぴた りと板 につ くだ よ」(
2
30
天 理 大 学 学 報
-7
3) と言い放 ち,「
神 さまはで きもの もくだ さるだが,薬 もくださるだ」(
Ⅱ-1
9-2
3
5) と
その主張 を曲げない。そ してい よい よ太守職 を目前 に して も,「
死ぬってことは別 に して人間
万事抜 け道やある もんでがす よ,なん しろわ しゃ命令権 と権力 を示す杖 をもってるだか ら,わ
Ⅱ-4
3-8
4) と,非識字者であることな ど全 く意 に
しゃや りてえことをす るつ もりでがす」(
介 していない。銀月の騎士 に打 ち負かされ失意の底 にある ドン ・キホーテ とともに帰郷す る際
にも,「こういったぶつか り合いだの梶棒 だのな ぐり合いなんてことを, くよくよ考 えるこた
Ⅱ16
5-3
8
2) と主人
あねえだ。『
今E
]
倒 れた者 も,明 日にな りゃ起 き上がれる』だか らね」(
を元気づ ける明るさを失 ってはいない。 もちろん 「
上昇」の極点であった太守 を1
0日で辞任 し
た体験 など否定的には受け とめていない。 プラス思考が幸い しているのである。
愚痴」の中身 について注 目したい。
サ ンチ ョの 「
上昇」 を支 えた もう一つの要因 として,「
本項で見た ように,サ
ンチ ョは ドン ・キホーテ との道行 きで,「冒険」が うま く運ばず,暴力
さ
い
l
沙汰や屈辱感 に苛 まれたとき, しきりに帰宅す ることを念頭 に置いていた。サ ンチ ョは,いざ
となればいつで も旅 (
非 日常的体験) を捨 てて,愛 を分かち合 える妻子の待つ故郷での平凡な
生活 (日常)- と立 ち戻 ることが可能なのであ り,これは,「日常生活 を一時離れ,聖地 に向
かい,そこで聖 なるもの と近接 し,ふたたび もとの 日常生活 にもど別 言わば,巡礼行為 にも
似つかわ しい。従者の 「
上昇」 には,夫婦愛 ・家族愛 を確認することので きる定住生活者 とし
ての精神的余裕があった と言 って よいだろう。
メキシコの ピカロ, ピ
お ト・ペ レスにも,上昇志向は見 られた。賓銭泥棒 を共犯 したことが発
端で,教区教会侍祭 を逐われ,やむな く初めて離郷 した ときの心境 は,「さよならサ ンタ ・ク
ララ ・デル ・コプ レ,卑屈 でい じけたこの俺が,生 まれ育つのを見届 けて くれた町 よ !で も,
俺 は勝者 として戻 って きて,俺 を出迎 える祝福 の鐘 を打 ち鳴 ら してや るか らな」 (Ⅰ-33
9) と誓 っていた し,「ジュ リアス ・シーザー+エルナ ン ・コルテス-ピ ト・ペ レス」 (Ⅰ- 3
-3
9) とも息巻いていたはずた。
ところが, どこを巡 り歩いて も, どの ような仕事で どの ような主人 に雇われ ようが,事態 は
好転 しなかった。
例 えば, ウラバの薬局 に入ったときは,主人同様 (
インチキ)調剤の手際 もよく,なかなか
Ⅰ- 3-5
0) とも咳いていたにもかか
の働 きを示 し,「あの仕事でことはすべて順調 だった」 (
わ らず,
誘惑のない天
(
ア)薬局店主夫人 ドニ ヤ ・ホ ビータの側 か らの強引 な誘惑で不倫 に堕 ち,「
国などない (
好事魔多 し)
」 (Ⅰ- 3-5
1),「この世の天国は短 く, どれほど人は誘惑 に弱
いことか !」 (Ⅰ- 3-5
5) とい う厳 しい教訓 を実感 させ られて しまったこと。
(
イ) ラ ・ウアカナ教区教会-転が り込 んだ ときも,説教 にラテ ン語費 を挿入することで威
意'
)転用) し,
厳 を高め られると神父 に助言 (
わけのわか らない ものほど有 り難が られる o
教会 に活気 を取 り戻 したにもかかわらず,態度が変わった神父 と仲違いを し,体調 をこわ
して帰郷 したこと。 (Ⅰ- 4)
(ウ)サ ンタ ・クララへ戻 ってか らは,裁判所事務官の書記 とて し雇われるも,上司バスケ
スが 「
何かにつけて部下 を利用 し,決 して礼 など言わないその うえに,他人の意見 まで も
2)であったこと。
盗用す るそんな高級官僚の手合い (Ⅰ-5-8
(
ア), (
イ),(ウ)のいずれをとってみて も,状況 に順応 し,器用で,能弁で,仕事ので き
る人物像 が浮 びあが っ くる。つ ま り,主人公 は有能 な人材 であ ったはず だ。「
その頃 とい え
ば,苛酷 な運命 もまだ,おれの手先の器用 さを損 なうほどではな く,丸 くてはっきりした美 し
サンチ ョ ・パ ンサ とど ト・ペ レスの共通項から見えるもの
2
31
し
た
た
1
) とい うように,まだ ピカロには 「上昇」の可能
い文字 を認めることがで きた」(Ⅰ-5-8
性が残 されていたはずだ。
しか しなが らピ トにとって失職以上に強い打撃 を受けたのは,失恋の数々に他 ならない。
(
9
)
い
なあ,急所 を突 くっていうか,絞首刑囚の家でロープの話 をするようなことは しないで
もらいた ね。愛 というやつは,俺のあらゆる苦 しみの温床 なんだ。あらゆる幻滅の反
映なんだ。(Ⅰ-6-8
7
)
初恋いの娘 イレ-ネと実兄のフランシスコ (
当時法学校学生)が,ひそかに交際 していたこ
とは少年時代のほろ苦い思い出 としてや り過 ごす ことはで きただろうQだが,
(
エ)お じの経営する店で精勤 し,娘 (
従姉妹)チュチャとの婚約を進めるのに,代理人で
立てたはずのサ ンティアゴ自身が,チュチャ親娘 と婚礼
舌
よ を挙げる転回になったこと。
(
オ)親密な交際 をしていたはずの ソレダーが,急速,年金係 の男 と結婚 して しまったこ
と。
この 2例は,大人の得恋 を意識 していたはずであ り,全 く状況が違 う。 こうした厳 しい現実
を反英雄 ピ ト ペ レスは,次の台詞で総括 している。 a
女 どもはその力 を引 き付 けるほうじゃな く,擬ね付 けるほうで示 してきたんだ。(- )愛がこの俺 を立ち直 らせて くれたらなあ,で もあの不朕なやつは,俺 を救 って く
れるどころか,むしろ馬鹿 に しやがったんだ。 (Ⅰ- 6-8
8)
では,餐 (
得恋)が ピ トを更生 させていたら, どういう人生 をたどろうとしていたのだろう
か ?おそらく結婚 一子 どもの誕生 ・生長 ・成人 と人生計画を練 っていたはずだ。すなわち, ど
ト・ペ レスが志向 した 「
上昇」 とは,いわゆる定職 ・定収入による走住生活の獲得であったと
い うことになる。(
その大前提は,人生の伴侶 との出会い とい うことになる。
)サ ンチ ョには,
特に 「
上昇」 しな くとも,いつで も復帰できる家庭生活が待 っていたこととは,好対照 をな し
ている。言いかえれば, ピ ト・ペ レスが 「
上昇」 を果たせなかった要因は,この場合,餐 (
夫
婦愛 ・家族愛)の欠如 とい うことになる。
サ ンチ ョ流 に言 えば,「
落ち目の ときに我慢するのが勇気の持 ち主」(
Ⅱ-6
0-3
87
)
,つ ま
り, ピ トの我慢不足 とい うことになろうが,人生の成功者サ ンチ ョと破綻者 ピ トとのコン トラ
ス トは,本稿で整理 したように,前者の楽観主義 と後者の悲観主義 (
マイナス思考)にも投影
されている。
幼少時 より苦難続 きのなかで育ったメキシカン ・ヒーローは,その才気 ・器用 さ ・教養 ・話
術 をもって しても,どの分野の仕事です ら,走住生活につながるものではなかった。 (
ア)に
見 られたような実感は,「
俺にヤ生 まれてこのかた不運がついてまわ り,すべて思い とは裏 目
にでる」(Ⅰ-1-1
8) とい う諦観 に帰着する。天上 ・天下の両世界で利益が保護 されるよう
にとの大義名分で方向づけられた地方人の人生は,教会侍者 を皮切 りに,その後 も,薬剤師助
辛,教会助手,書記,雑誌編集者,行商人などそのいずれにおいても,肯定 されることはなか
った。 "
A で もあ り B で もあ り"ではな くて,"
A で もな く B で もな く" とい うように,両義
性が閉ざされ,排除され,社会のなかで存在すること自体,許容 されな くなる。
特定の主人に仕 える (
定職に就 く)わけで もな く,不特定の有志の好意に依存 し,伴食者に
甘ん じる生 き方, もしくはやは り特定の主人や店舗 を持ったず,雑貨 を行商す る生 き方 こそ
が,反英雄に残 された選択肢であったと言える。(
「
走住生活」 という 「
上昇」がないか ぎり,
その旅程は 「
巡礼」ではあ りえず,遍歴 ・放浪 を継続することになる。
)
232
天 理 大 学 学 報
Ⅱ.基調としてのリアリズム
や く ところ
遍歴の旅 に合流 して以来,サ ンチ ョの役所 は鮮明であった。最 も有名でわか りやすいエ ピソ
ー ドは, まさしく ドン ・キホーテが風車 に突進する場面であると言 える。主人が巨人 と言い張
る ものは,サ ンチ ョやナ レーター,つま り,一般読者 にとっては,ただの単 なる風車で しかな
い。 ドン ・キホーテにとって黒い異形の ものは,サ ンチ ョには聖ベニー トの坊 さま (Ⅰ- 8-
1
1
8)であ り,同様 に城 (
主)は,旅人宿 (
亭主) (Ⅰ-1
5-21
0)
,幽霊や魔法 にかかった人間
は,肉 も骨 もそなえた人間 (Ⅰ-1
8-2
3
9
)
であ り,2つの軍勢 は,山羊 や羊 の群 れ (Ⅰ-1
8
ち●
う
かなだら
い
-2
4
7)であ り,マ ンブ リ-ノの兜は,真鈴の金盤 (Ⅰ-21-2
9
2) - ・とい うように,枚挙
にい とまがない。
0) し,聖同胞会組
サ ンチ ョは,主人が漕刑囚を解放 したことは罪悪であったと判断 (Ⅰ-3
織 による追及 を恐れる。 また, ドン ・キホーテが樫の牛車 に閉 じ込め られて帰郷する際 にも,
生理的反応 を示す ことか ら "
狂人"ではない との意見 を唱える。『
後編』 に入 って も,「わ しら
が眼の前 に見 る ものだけが もの をい うだ」(
Ⅱ-5-7
8) と言明 して出発 してお り, ドン ・キ
ホーテのモ ンテシーノスでの洞穴冒険讃 (
Ⅱ-3
3)に対する不信感 に代表 されるように,カル
ロス ・フエ ンテスの言葉 を借 りるなら 「
絶 えず ドン ・キホーテを現在の現実 に根づかせ ようと
I
l
+
I
す る」,つ ま り,基本的にはサ ンチ ョの行動 は, ドン ・キホーテの突飛 な行動 を制止 しようと
す る,経験 に裏打 ちされた常識 を表明する ものである。
こうした態度 は,サ ンチ ョの強い物欲追及-実利性 と絡み合 ってお り,赤ぶ どう酒入 りの革
袋 を巨人の首 と発言 した (Ⅰ-3
5)
,三人の百姓娘の ことを ドウルシネア一行 と主張 した (
Ⅱ
-1
0)両場面の舞台裏 には,「
首がみつか らない と,わ しの伯爵領 も塩が水 にとける ように消
えちまうに相違ねえな,おかげでわ しゃ不仕合 わせ になるって ことだけ よ」 (Ⅰ-3
5-1
5
81
5
9) とい うェ ゴイズム と,「
最初 に出会ったどっかの百姓女 を ドウルシネアさまだ と思い込 ま
せ るなあ,そ うむずか しいことじゃあるめえ」(
Ⅱ-1
0-1
2
3) という保身のための計算 まで も
がのぞいている.そ してこれ らは,「この世で一番の土台,一番 の土台 を据 えるみぞは金でが
す」(
Ⅱ-2
0-2
4
4)や 「
お前の値打 はふ ところ次第,お前のふ ところが,お前の値打 れさ
ん!世の
中にや家柄は二つ しきゃねえ.持 ったの と持 たねえの と」(
Ⅱ-2
0-2
5
4)の発言 に収欽する.
ところがサ ンチ ョの リア リズムはこれがすべてではない。その行動で面 白いのは,一度 はフ
イエブラス (
"
万能薬") を服用 した り (Ⅰ-1
7-2
3
0)
,山羊や小羊の群れを軍勢 と主張す る主
人の言葉 を信 じそ うになった り (Ⅰ-1
8-2
4
2) した側面 を持 ち合 わせ ていることである.サ
ンチ ョがはか らず も 「
幻想」 にはま り込 んだ主 な事例 としては, ミコ ミコ ン王国救済の一件
(Ⅰ-2
9) と,公爵夫妻 によるサ ンチ ョの太守着任の一連の場面 とが考 えられる。 ともに恋愛
感情 (ドロテア ・公爵婦人への一 目惚れ),出世欲 (
伯爵 ・島の太守), 自己相対化の困難 (ド
ン ・キホーテ との対話不足)な どか重 な り合 った とき,サ ンチ ョは現実 を見失い,「
幻想」世
界 に翻弄 されると思われる。
ちlうちゃく
じ●うりん
そ して何 よりもサ ンチ ョには,再々打櫛,操朋 ,虐待の耐 え難い憂 き目を体験 して きたにも
かかわ らず,主従のコンビを解消す るどころか, ドン ・キホーテに三度 目の出発 を促す ととも
に実践 してみせた,実利性 を超 えた主人 ドン ・キホーテへの敬慕があったのである。
この無邪気 なところが もとで,わ しゃあの人が 自分の心臓みてえに好 きだで,い くら馬
Ⅱ-1
3-1
6
0)
鹿馬鹿 しい ことしなきって も,おっぽ り出 してゆ く気 になれねえの よ。(
つ まりわ しが利 口な男な ら, とうの昔主人 を見捨 てているはずだでね。けん ど,これが
2
33
サ ンチ ョ .パ ンサ とど ト・ペ レスの共通項か ら見 える もの
わ しの運 で, こいつが悪 い め ぐ り合 わせ で が す. (よ。 (-
A) わ しゃ主 人 が好 きで が す
・) それ よ りなに よ りわ しゃ律 義者 だか らです わい。 だか ら大鍬 かス コ ップ
で もなけ りゃ,わ しら二人 を引 き離す こたで きねえだ。 (Ⅱ-3
3-41
8
)
合理性 や打算 だけで は,主従の旅 は,完遂 しなか ったはず であ る。サ ンチ ョは実利 的で はあ
るが,徹底 した リア リス トとは言 い きれ ない。
,
ホン
ピ ト ・ペ レス は,聞 き手 (
詩 人) に語 って聞かせ る ようになった身の上話 の 冒頭 「
俺 は真
水ン t
l
実 を語 る人 間だ,俺 が酔 っ払 ってい る と した ら,それ は真 実 を話す勇気 を感 じるか らなんだ」
(Ⅰ- 1-1
5) と宣言 している ように,当該作 品は, リア リズム を主調 と している。 リア リテ
ィを高めてい る主 因の一つ は, ミチ ョアカン州域 内,主人公 が行 脚す る数多 の地名 である。 ち
なみ に第 Ⅰ部 ,第 Ⅱ部別 に地名 を登場順 に拾 ってみ る と次 の ようになる。
ミチ ョアカン州略地図
N十
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二
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◎モレリア
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ウアカナ
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一 寸
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I
\八
一
六
〇
(Ⅰ)サ ンタ ・クララ ・デ ・コプ レ, テカ リオ, ウラバ, ラ ・ウアカナ, ア リオ ・デ ・ロサ
レス,サ ンタ ・クララ ・デ ル ・コプ レ,サ ンタ ・クララ ・デル ・コプ レ, オポペ オ,
テカ リオ, ア リオ ・デ ・ロサ レス, ラ ・ウアカナ,パ ックア ロ, タンス イタロ, ウラ
バ , タ ンス イタ ロ, キ ロガ,サ ンタ ・ク ラ ラ ・デ ル ・コプ レ,オ ポペ オ, ヒキ ルパ
ン, (ジュ リリア-グ ァナ フ ア ト州), ア リオ ・デ ・ロサ レス
(Ⅱ)モ レリア,パ ックアロ, キ ロガ,サモ ラ, タカ ンバ ロ, ツ インツ ンツアン,ス イタク
ア ロ,テ ィンギ ンデ イ ン, テ ィリンダロ,パ ラチ ョ, イ リンボ,"ラ ・セ ン トラル"
(
州都 モ レリアの 店 名), コテ イハ ・デ ・ラ ・パ ス, タ レタ ン,サ モ ラ, ウ ル アパ
ン, プ レベ ロ,モ レリア
※サ ンタ ・クララは主人公 の出身地 で もあ り,何 度 か離 ・入郷 を繰 り返 してい る し,モ レリ
アは州都 であ り,在任期 間 も比較 的長か った。
0もの地名が記載 され てお り, ライム ン ド
この ように,わずか なが らの重複 はあ る ものの ,3
り1
)
・L・コロの 「現在 1
0
6を数 え る行 政単位 の うち約 1/ 5を列 挙 してい る」 とい う指摘 は,請
2
3
4
天 理 大 学 学 報
0
k
m張 にはあた らない。 しか も移動経路が連続 している場面の旅程 (
サ ンタ ・クララ-南東2
テカリオー南西2
0
k
m-ウラバー南西2
0
k
m-ラ ・ウアカナ-北々東3
0
k
J
n
但 し二 日間の道程 -ア リ
オ ・デ ・ロサ レス-北2
0
血 -サ ンタ ・クララ) を検討 して も,無理のない自然 な記述 となって
いる。付言すれば,ラ ・ウアカナを南限 とす る, コテ イハ ・デ ・ラ ・パス とモ レリアとの間の
地域 に集中 していることがわかる。つ ま り,州西部が欠落 しているのは,中規模以上の町が少
ないか らと推定 される。
,『ドン ・キホーテ』 と 『ピ ト・ペ
時間 よ りも空間 (
地名)の表記が よ り具体 的であるのは
レス』両小説の特徴ではあるが,後者のそれは前者 よりもさらに顕著 なのである。
また,第 Ⅰ部では, ピ トが初めて家出 した ときの所持金が1
0セ ンタボであったことや,プ リ
コリタ ・重炭酸ナ トリウム ・アンチ ピリン ・バラシロップ ・フサスグリシロップなどの名称 と
0年後の州都モ レリアに
薬品知識が並ぶ第 3章が圧巻であった し,第 Ⅱ部では,第 Ⅰ部か らは1
雑貨 (
靴 ひも ・櫛 ・クリップ ・飾 りひも ・絹製ス トッキング ・化粧品 ・赤糸など)行商人 とし
て再登場 した主人公の描写 を必要 とした第 1章が,具体的であった と言 えよう。
,「上昇」 しようとして もなかなか社会 に受け入れ られない焦 り ・苛
ところが ピ トの語 りは
立 ちがあるのか, ピカレス ク文学特有のすね者 としての,常識 に収 ま りきらない毒舌があるの
が見 られる。つ ま り, ピ トは 「
真実 (
ホ ンネ)
」 を語 って得意 になろうとする。
専制君主の仕事 ってのは,医者や弁護士 よりも簡単 だって思わないかい ? 1年 目は選挙
民のために公約 と微笑 と丁重 さの繰 り返 し。 2年 目は,過去 を持 ちだ されない よう旧友
を整理 して,おべ っか野郎ぽっか りの最高諮問会議 を作 る。そ して 3年 目は, 自画 自賛
と誇大妄想のフルコース,そ うして 4年 目最終年度 は,私見の権力化,独裁化 となる。
(I-1-1
4
)
(
薬局の主人は)処方の調剤 には,類似 しているが もっと安い成分の ものを使用す るよ
8
)
う常々俺 に言 って きかせた。 (Ⅰ-3-4
で もね,信者 さんたちを感動 させ るにゃ肝心の ものが足 りなかったな。そ りゃラテン語
です よ。 これは,善男善女 を教会の中で涙 させ る唯一の ものなんですか らね。
(Ⅰ-4-6
9)
ぼ くが,ラテン語のお祈 り文 をメモ してい きます。神父 さんは,それを覚 えてお説教の
中にはさんでやればいいんです よ。(Ⅰ-4-7
0)
大統領や高官 を邦旅す る挿話。 (Ⅰ- 5)
俺 は酔 っ払いやいたず らでそこい ら (
留置場)の世話 になったことあるけど,誰一人殺
くみ
めちゃいない。金持 ち連 中に与 して貧乏人たちを踏みつけにす るような,長期刑 になる
ような犯罪 はやったことがないぜ。なぜ って金持 ちは殺 しをやって も,その金で法律歪
め,法の意志 をな し崩 しに して しまうことで,身を守ることになる。 また,金持 ちは不
正はた らいて も無罪 となるような証拠 を固めてい くので, とどのつ ま りは,やつは,む
a
しろ倣め られた人,中傷 された人 とい うことになる。 (Ⅰ-7-1
1
5-1
1
6
)病院の土塀
をお りよく飛 び越 えることによって,俺 はあの有名 な (
植物)医師の人体実験か らのが
6
0)
れることがで きた。(Ⅱ-2-1
,
この ようにメキシコの田舎者の口上 には 「
愚行 と偽善の階層 に属す る人間をあえて丸裸 に
(
1
コ
)
しようとする意図がある」のであ り,酒の勢いにまかせて世間の裏面 を決 り出す,社会派 リア
リズムで さえある。
行政 ・教権 ・有力者 などへの批判は手厳 しいが,主人公 の冷笑が最 も集約 されているのが,
235
サ ンチ ョ ・パ ンサ とど ト・ペ レスの共通項か ら見えるもの
恋人 ソレダーを失い,その婚礼時に報復のため披露 した即興歌であると言 える。
気前が よくて美 しく,
よく働 くし,ほぼ新 しい。
胸 にホクロが一つあ り,
ふ くらは ぎには毛が豊か,
その うちわかるだろうけれ ど,
もう くす ぐった くは感 じない。
続 けてシャワーをとらなけ りゃ,帳 も臭 って くるだろう。
・
(Ⅰ-6-1
1
1-1
1
2)
これは,美 しいことばか りが並 び立て られた ドン ・キホーテの ドウルシネア-の手紙 (Ⅰ2
5-3
8
0) とは対極する ものであ り,グロテスクなまでの リア リズム-の傾斜で もある。
甘 くささや くその果ては, うめ き,噛みつ き,大声で引 っ掻いて -
他方, ピ ト・ペ レスが繰 り出す挿話のなかには,現実 と禿離 している もの もな くはない。そ
しんせんせんもう
れは とりわけ,振戦諸妄 による幻覚症状のシー ン (
Ⅱ-2)である。
ある ときなんか俺 は樹木 になっちまったんだ。つ まり,両足が根 っこで,両脚が幹
W
E
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[
で,そのごつごつ した樹皮 をいろんな種類のア リたちが上が ってやがるんだ。
(Ⅱ一2-1
6
4)
さらには,「ち ょっ と触 れただけで シュ ッと官能的 な衣摺 の音 を立 てるあの絹 の生地 に変
身」(
Ⅱ-2-1
6
6) し,"
子供服"や "
娘のネグ リジェ"に もな りきって しまう世界 に,聞 き
辛 (
詩人)は,発話者の 「
狂気」 を感 じ取 ることになる。
サ ンチ ョと同 じく平和主義者 を自覚するピ ト・ペ レスが,無用の長物 として 1本のナイフを
天空のカーテ ンに投げつけた ら,裂 け 目がで きてあの世 (
天 国)の様子 を望見す る機会 をえ
て,"
黒い羊" (
地上の貧者)を迎 え入れる余地 などない と告知 される話 (
Ⅱ-2-1
6
9-1
7
3)
に至 っては,む しろ ドン ・キホーテの体験 した 「
モ ンテシーノスの洞穴」(
Ⅱ-2
2)の場面 を
(
l
l
)
坊沸 させる。ベネズェ ラの碩学 アル トウロ ・ウスラル ・ピェ トリの表現 「ドン ・キホーテは頭
(
1
5)
に措いていることしか見 えないのに対 し,サ ンチ ョは眼前の もの しか見えていない」 は さすが
に名言であるが,無意識下の世界の発揚 は,近代 の合理主義や実証主義 を超越 したシュル レア
リズム との接点 さえ推考 させる ものである。 この ような 「
非現実」世界の呈示は,理性や実証
性 に依拠 した近代合理主義 に抗 う姿勢の象徴であると解釈で きる。
お
わ
り に
ピ ト・ペ レスのめ ざした 「
上昇」 とは,定職 ・定収入による,配偶者 に恵 まれた走住生活 を
確立することであったことは,職 (
莱) を失い女性か らは拒絶 された一代記が物語る ところで
あった。その 日標で もあ りえたサ ンチ ョは,生来の楽天主義 と妻子 を擁する家庭の一員 とい う
精神的余裕 とで,幸運 に も,伯爵夫妻の趣 向 に よるシ ミュ レーシ ョンとは言 え,一度 は 「
上
昇」 して,太守 とい う統治者の座 にさえ到達 した。
権力者 を器用 に務めその味わいを知 った男 と,社会か ら排除 された敗残者 との距離 は一見大
9
4
5
年 に発表 された 5章立ての続編 『わた しのインク壷 に残 されたピ ト・ペ レ
きい ようだが,1
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』には,行政
スの備忘録 (
当局の気紛れか らあわや主人公が銃殺 とい う極限状態 を体験 させ られる場面が最終章にあ り,
これはその まま,公爵夫妻が仕立てた敵軍による暴力の恐怖 にさらされサ ンチ ョが卒倒 して し
236
天 理 大 学 学 報
Ⅱ-5
3) と酷似 している。 このサ ンチ ョの顛末 について, どうして1
0日とい う短
まった箇所 (
期 間で, しか も戦闘が引 き金 となって,職務 を投 げ出す ことになったのかを考察するのは意義
深い。鳴 り物入 りで迎 え入れ られたはずのサ ンチ ョは,食事 を制限 され,睡眠時間 も災い され
なが ら,陳情 ・苦情 ・難問の数々を為政者 として見事 に裁いて きたはずである。
時期 と潮時 を待つ こった。 ひとが飯食 う時間だの眠る時間にやって来 るもんでねえ。 な
ぜっていや,裁判官だっちったところで骨 と肉をそなえた生身の人間よ」(
Ⅱ14
9-1
6
4)
,「生身の人間」である。 これは主人公 ドン ・キホーテが思い描 き憧
ここでのキーワー ドは
れていたような完全無欠の騎士,睡眠食事 などの ような生理的現象 (
限界) を被 らない ような
人間の存在 などあ りえない とい うパ ロディに満 ちたメ ッセージに他 ならない。
また, どうして太守が 「
有事」 に辞職 を決意 したのか とい うことについては,サ ンチ ョが元
莱,争 いごとが嫌 いで平和好 きの人間であった こと, さらには ドン ・キホーテの演説 を して
「
文事」 より 「
武事」の価値 を力説 させた元軍人セルバ ンテスの 「
持論」が体現 されいる もの
と考 えられる。
サ ンチ ョの哲学 にはおお よそ,死の到来以外 「この世の中で確かなことなんて何一つない」
(Ⅰ-1
5-2
0
5
) とい う相対主義的思考が根底 にある。それゆえにこそ,近代合理主義が有用
bac
.
,
a)か
した二者択一の方法 にはな じむことはな く,「ドン ・キホーテに背かない よ等'
」違 (
たちI
一
帖と
兜 (
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mo)かの命題 に盟兜 (
bac
i
ye
l
mo) とい う答 えを提起 して しまった (Ⅰ-4
5)のだ と
かぶと
言 える。A か B かではな く,A で もあ り B で もある両義性の案出は,画期的であ り,争 い を
好 まなかったサ ンチ ョにとっては, うってつけの解法であった とも言える。
ピ ト・ペ レスの危機 は,"
絶対 に誤 りのない最高政府"の名 において飲酒 と放浪生活の禁止
を強制 し,社会の規範のなかに更生 させ ようとした行政首長の仕組 んだ茶番劇が原 因であ っ
た。"
飲 んだ くれ"が個人の尊厳 を踏み に じられ,かえって態度 を硬化 させ収拾がつかな くな
ったお粗末な一件 である。 ここで も有力者側か ら,服従か銃殺かの二者択一の命題 を押 しつけ
,
g
Jとい う
俺 の刑 の執行 は,俺が命 じ
られた主人公の態度 は,それを拒否する ものであ り 「
発言 には重みがある。三文芝居が深刻 な悲劇 と化 したこの状況での 「
強制執行」 はあ りえなか
,『本編』 にあるようにピ トの最期 は,世の中の偽善 を何箇条 に もわたって批判 した う
ったが
,「上昇」の可能性 を窺 えたはずの人
「
狂人」 として全否定 されて しま
生が, ピカロとして も道化 として も受 け止 め られな くな り,
えでの 「自殺」であった。窮屈 な二者択一 を受 け入れず
った。 しか しその死 は,強制 された ものではな く,非人開化 に向か う近代社会への唯一の抵抗
の方法であった と読むことが可能である。
それに して もピ ト・ペ レスが危 うく権力の手 により銃殺 されかかった とい う展開はむ しろ,
威kh
もある。幼少期 より 『ドン ・キホーテ』の講読 を始めた作
ホセ ・ルベ ン ・ロメロ固有の体
家は, 自らをミニチュアのキホーテ とも称 しているが,時 としてはサ ンチ ョ ・パ ンサであると
(
1
9
)
も公言 している。サ ンチ ョのキホーテ化が著 しくなる 『
後編』 においては 「
上昇」 を体験 し
,
たことも含め,これ もミニチュア版 キホーテ と解釈することがで きる。
つ ま りロメロは, メキシコ革命の混乱期 に高学歴 を獲得する機会 を逸 して しまった ものの,
1
9
3
3・3
5) ・駐 ブラ
ユーモア好 きの地方出身者 として身を起 こ し,後年在バルセロナ総領事 (
1
9
37
) ・駐キューバ大便 (
1
9
3
9)など華々 しい外交官ポス ト,あるいは,メキシコ
ジル大便 (
言語 アカデ ミア会員 ・ミチ ョアカン州立大学学長代行 に 「
上昇」 しなが ら,たえず郷土での素
朴 な生活 に価値 を兄い出 していた。実在のモデルであるヘスス ・ペ レス ・ガオナを小説 『ピ ト
,「貧者 に低 く,富者 に強い」 ルベ ン ・ロメロには,陽気 なサ ンチ ョ
(
2
0)
・ペ レス』 に再構成 した
サ ンチ ョ ・パ ンサ とど ト ・ペ レスの共通項 か ら見 える もの
237
が二重 写 しになってい る こ とが理解 され る。
注
(1) Jos6Rub6
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(2) Eug
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a,1
9
91
,p.1
4
8.
(3) これについては,川成洋,坂東省次,山崎信三,片倉充造編 『ドン ・キホーテ讃歌』所収拙
稿 「メキシコと ドン ・キホーテ」参照。
(4) この国際会議の状況 については,拙稿 「ドン ・キホーテ博物館 と匡l
際セルバ ンテス会議」,奈
良新聞1
9
9
8.3.
31.
参照。
(5) アルベル ト・サ ンチェス 「
Fドン ・キホーテi とスペイン人J (
山崎信三訳),坂東省次,蔵本
邦夫編 『
セルバ ンテスの世界』
,世界思想社,1
9
97
年 ,p.
4
9.
(6) 映画作品く ど ト・ペ レス,波乱の人生 > (フアン ・ブステ イジ ョ ・オロ監督,デ イアナフイ
ルム社制作 ,1
95
7
年 メキシコ)では, 日本布教 を中国布教 としている。拙訳 「
映画作品< ピ ト
Ⅱ)
」,F
REHK』第 3% ,1
9
9
5年,pp.
1
31-1
3
3.
参照。
・ペ レス,波乱の人生 > (
(7) 星野英紀 ,F
巡礼 一里 と俗の現象学』
,講談社規代新書6
2
3,講談社,昭和5
6年,p.3.
(8) 拙訳 ,「
映画作品< ピ ト ペ レス,波乱の人生 > (Ⅰ
)
」,『
REHKj第 2号,1
9
9
4年 ,p.
9
3.
(9) この表現は,
『ドン ・キホーテ』 に も登場 している。「
縛 り首 に処せ られたやつの家で,縄の
話 をもち出す もん じゃねえ」(112
5-3
7
9) と 「
絞首刑 に処せ られた男の家で,綱の話 を した
8-3
5
2)の二箇所 であるが, ともに<無神経
らよい と, どこの世界で教わったの じゃ」 (Ⅱ-2
,
にも人の心 を傷つける>とい うのがその大意であ り 『ピ ト・ペ レス』の当該部分 (
<古傷 に触
れる>とともに併記) も同様の使 われ方 を しているのがわかる。なお,原語 (
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対照 となる。
(
1
0) カルロス ・7エ ンテス,『セルバ ンテスまたは読みの批判』 (
牛島信明訳),水声社,1
9
91
年,
p.
37.
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9,p.1
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2) Le
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972,p.xx.
(
1
3) この症例 は,まさしく 「アル コール中毒 の禁断症状」 と符号する ものである。博学 こだわ り
倶楽部編 『
幻覚の不思議』,河書出房新社,1
9
9
4年 ,p,
1
03
参照。
(
1
4) つ ま り, ドン ・キホーテには,物理的視力のみな らず,心象風景 を映像化す る意識 による視
覚 (
例 えば,風車-巨人,旅人宿 (
主)-城 (
主),アル ドンサー ドウルシネアなどの解釈)能
力,あるいは,無意識 を映像化す る特性が備わっていたことになる。
(
1
5) Art
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,P.81
9.拙訳 「
Fドン ・キホーテ』
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6年 ,p.
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3.参照。
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なお,テキス トには, ミゲル ・デ ・セルバ ンテス 『ドン ・キホーテ』第 1巻 ∼第 4巻, (
会田由訳)
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81を使用 ,本稿 における Fドン ・キホーテ』,『ピ ト ペ レスの 自堕落 な人生』か らの引用 は,
これ に依拠 す る ものであ る。本文 中当該 箇所 - (
)内 の数字 は,左 か ら順 に部 (ローマ数
辛) ・章 ・頁 (ともにアラビア数字) を表す。
※本稿執筆 に際 しては,立命館大学教授 山崎信 三先生 よ り懇切 なるご教示 を頂 きま した。 ここに感謝
申 し上げます。
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