...

清算・決済インフラ間のグローバルな競争 ∼2008 年度を振り返って∼

by user

on
Category: Documents
3

views

Report

Comments

Transcript

清算・決済インフラ間のグローバルな競争 ∼2008 年度を振り返って∼
2009 年 3 月
清算・決済インフラ間のグローバルな競争
∼2008 年度を振り返って∼
2003年3月より継続してきた当マンスリー・レポートは、本稿(2009年3月号)をもって終了する。
そこで、今回は最近1年間のトピックを振り返り、海外における証券決済制度改革の潮流を整理し
たい。2008年度は、これまでになく、清算機関の動きに注目が集まった。OTC(店頭)デリバティブ
取引においては新たな清算機関を設立する動きが具体化した。また、現物株取引の清算におい
ては米国DTCCによる欧州市場参入が本格化した。
OTC デリバティブ取引清算サービスへの新規参入
米国では、2008年3月のベア・スターンズ経営危機を契機に、OTCデリバティブ取引に清算機関
を新設する検討が本格化した。とりわけ、近年、想定元本が急速に伸びたクレジット・デフォルト・
スワップ(CDS)市場が焦点となった。大手参加者が倒産すれば、他の参加者に連鎖的に波及し
て、金融システムを混乱させたり麻痺させたりする、いわゆる、システミック・リスクが懸念される。
そこで、OTCデリバティブ市場参加者は、業界をあげた業務改善活動の中心を、バックログ(コ
ンファメーションの未完対応)から、各種契約管理(ポスト・コンファメーション処理)に移して検討を
進めた。本マンスリー・レポート6月号「OTCデリバティブ取引処理のSTP化の方向性」では、OTC
デリバティブの契約管理において中立的な価格情報を得ることの重要性を紹介した。取引相手の
信用リスク(カウンターパーティ・リスク)管理には、エクスポージャや担保必要額の計算を、双方
が妥当と考える価格・手法で評価する必要がある。そこで、中立性の高い、専門の外部ベンダの
活用などが考えられている。
証券会社に関するシステミック・リスクを強く意識する金融規制当局に対して、OTCデリバティブ
市場参加者は、取引処理の改善に、より積極的にコミットする姿勢を示した。8月号「システミック・
リスク抑制に向けた最近の動向」で伝えたように、米国では、ISDA1を中心とするデリバティブ市場
関係者がニューヨーク連銀に書簡を送付し、CDS取引の清算機関(セントラル・カウンターパーティ、
クリアリング機関とも呼ぶ)の設立を含めた、システミック・リスク抑制への改善計画を謳った。
その後も、カウンターパーティ・リスクへの不安は高まり、9月にはリーマン・ブラザーズの破綻
が現実のものとなった。ここで、取引所取引においては、清算機関がデフォルト宣言や規定に沿っ
た破綻処理を円滑に進めたことで、他の参加者への波及を阻止するという、清算機関の役割の
重要性が確認された。また、OTCデリバティブの一つである金利スワップ取引においても、全世界
の約50%の取引高を清算する英仏系の大手清算機関LCH.Clearnet(以下、「LCH」)が、破綻の波
及阻止に大きな役割を果たし、市場参加者から高い評価を得た。
このようにLCHはOTCデリバティブ分野における存在感を高めつつあったが、上場デリバティブ
や現物証券取引の清算サービスでは守勢に立たされていた。Liffe(ロンドン国際金融先物取引
所)や商品取引所大手のICEが清算業務の内製化を進めためである。そこで事態を打開するため、
1
International Swaps and Derivatives Association
1
本レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法および国際条約により保護されています。
Copyright (c) 2009 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
2009 年 3 月
LCHは米国のDTCCと合併することについて予備的合意に達し、10月に発表した。10月号「DTCC
とLCH.Clearnetが合併へ」では、DTCCが業容拡大のために、清算サービス中心に欧州市場への
参入戦略を進めており、LCHの買収により、OTCデリバティブの清算サービス参入において時間
を買おうとしているのではないかと分析した。
DTCCによる欧州の大手清算機関買収という動きに対して、欧州の金融規制当局は、欧州でも
最低1つのCDS清算機関(クリアリング機関)が必要であるとの考えを強めた。11月号「CDSクリア
リング機関設立に向けた動き」では、欧州中央銀行が11月3日に清算機関候補や各国の規制当
局、市場参加者の代表を集め、欧州独自のCDS清算機関の必要性を改めて確認し、機関設立に
向けた支援を表明した。欧州委員会も、デリバティブに関するWGにおいて、域内市場・サービス担
当のMcCreevy委員が、2008年末迄に欧州CDS清算機関の設立具体化を求めた。これを受け、
NYSEユーロネクストグループと、ドイツ証取グループが設立準備を進めることとなった。米国の
CMEグループと、ICEグループ2が設立する清算機関と合わせ、4つのグループが競うこととなる。
しかし、2008年末迄に稼動したのは、NYSEユーロネクスト傘下の、英Liffe Bclearだけであった。
しかも、2009年1月時点で、市場参加者による実際の利用は殆ど無い状態という。そこで欧州委
員会は、市場参加者に、CDS清算機関の利用を義務付ける規制の導入検討まで持ち出して利用
を促している3 。2月号「新規参入が相次ぐ欧州CDSクリアリング機関」では、欧州の市場参加者と、
新たなCDS清算機関の関係について概観した。規制当局の強い姿勢に対し、ISDAに加盟する大
手金融機関9社は、欧州委員会に対して、欧州で設立されるCDSの清算機関を、2009年7月末ま
でに利用すると意思表明を行った。それまで、参加者が及び腰であったのは、欧米で複数のCDS
清算機関が林立する可能性が高まったため、使い分けに伴う業務負担増や、清算機関に差し入
れる証拠金管理などの新たな課題が生まれることを懸念したためとみられる。
図表1 欧米のCDS清算機関の設立動向
主に米国銘柄
インフラ
サービス
ICE
NYSE
(Intercontinental Exchange)
Euronext
CME
グループ
CME Clearing
ICE US Trust
提供主体
債権債務の
主に欧州銘柄
ICE Europe
Liffe Bclear
Clearing
同上
同上
同上
引受主体
LCH Clearnet
LCH.Clearnet
ドイツ証取
LCH.Clearnet
Eurex
SA
Clearing
同上
同上
欧州(ユーロ)
欧州CDS指数
銘柄
欧州個別銘柄
2009年12月迄
2009年上半期
Ltd.
当初の
北米CDS指数
清算対象
北米個別銘柄
開始時期
2009年1-3月
北米CDS指数
2009年3月
(欧州銘柄)
2009年上半期
欧州CDS指数
2008年12月
出所:野村総合研究所
2
3
The Clearing Corporation の買収を発表。
参加者が破綻した際の、欧州規制当局の対応能力の確保が理由とされる。もし海外(米国)のクリアリング機関
に依存する状態になると、取引契約の解釈に齟齬が生じた場合や破綻時の担保の取り扱いに際し、欧州当局
が法的な解決手段を持たなくなる。そのような事態を生むことは、避けるべきとしている。
2
本レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法および国際条約により保護されています。
Copyright (c) 2009 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
2009 年 3 月
なお、2月号の報告後、欧州では新たに、LCHグループのフランス子会社が、ユーロ圏のCDS取
引の清算業務に参入すると発表した。フランス中銀の意向が強く働いていると推察され、CDS清
算機関の監督に対して規制当局の関心が高いことが、改めて感じられる。
日本では3月に、㈱日本証券クリアリング機構、㈱証券保管振替機構、㈱東京証券取引所の3
社がOTCデリバティブのポストトレード処理の整備に係る研究会の成果を報告した。日本における
金利スワップ取引やCDS取引のポストトレード処理の現状を踏まえ、既存の照合インフラを活用し
つつ、清算機能を新たに導入することについて参加者と制度概要試案が検討された。今後、業務
面やシステム面、収支面の詳細を検討し、早ければ2010年前半の清算業務開始をめざすという。
現物株清算サービスにおける欧米の競争
欧州では現物株の清算サービスにおいても新規参入が進んだ。背景には、欧州の金融規制当
局が、競争により清算・決済サービスの低コスト化、業界再編を促し、米国に比肩する競争力を確
保したいとする政策がある。7月号「欧州清算機関の競争激化」では、欧州市場で大手市場参加
者などが、既存取引所と競合する機能として設立した多角的取引施設(MTF4 )の取引清算を担う、
新たな清算機関の参入を報告した。既存清算機関との違いは、対象銘柄に顕著に現れている。
新規参入した清算機関のEMCF5やEuroCCP6は、清算対象を各国で流動性の高い銘柄にフォーカ
スしている。清算ボリュームを確保し、既存清算機関に対する価格競争力をより高めるためである。
一方、既存清算機関は、基本的に所在国に限定し、流動性の低い銘柄まで対象としている。
図表2 清算機関による対象銘柄の違い
英国
フランス
ドイツ
・・・
新規参入した
清算機関
EMCF
高流動性
銘柄
EuroCCP
低流動性
銘柄
既存の
清算機関
LCH.
Clearnet
LCH.
Clearnet
Eurex
Clearing
各国の
清算機関
出所:野村総合研究所
4
5
6
Multilateral Trading Facility
European Multilateral Clearing Facility。オランダ系の Fortis 銀行と Nasdaq OMX が株主。
DTCC が英国に設立。
3
本レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法および国際条約により保護されています。
Copyright (c) 2009 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
2009 年 3 月
9月号「Sibos2008(ウィーン)について」では、清算サービスへの新規参入により、市場参加者
の選択肢が増えた影響を議論するパネル・ディスカッションの要点を伝えた。新しい清算機関と既
存清算機関の対象銘柄が異なるため、参加者は、例えば英国市場では3つの清算機関に接続し、
差し入れる証拠金を管理しなければならない。証拠金算出のためのリスク管理モデルも異なるた
め、参加者の負担は小さくないとされる7。
清算機関の競争を通して手数料を引き下げようとする政策を、参加者が支持する背景には、清
算機関のガバナンスに対する不満があげられる。10月号「DTCCとLCH.Clearnetが合併へ」では、
買収を持ちかけたDTCCが、自身と同様の、利用高に応じてオーナーシップ(株主比率)を定期的
に見直すという仕組みを目指し、LCHのガバナンス改革を行うと提案した内容を紹介した8。
LCHも自らの企業価値を高める努力を続けている。2009年1月号「ロンドン証取とLCH.Clearnet
による新商品開発」では、英国市場で普及が進む株式CFD9と、現物株の統合的な取引、清算・決
済サービスを、取引所と清算機関が共同で開発した事例を紹介した。大手参加者が設立したMTF
との新たな競争に晒される取引所が、生き残りのため、OTC取引需要の一部を取り込もうとする
動きである。特に、信用危機を背景に、清算機関の役割が再評価される中で、取引所の戦略に清
算機関が連携するものとして注目される。
証券決済サービス提供の機能分化
証券決済機関(CSD10)の提供サービスは通常、取引時の振替決済サービスと保管時の資産管
理サービスから構成される。しかし欧州では、共通性の高い振替決済サービスを欧州中央銀行
(ECB)が提供し、各国の会社法など個別性が強い資産管理サービスを既存のCSDが提供すると
いう、機能分化が行われようとしている。具体的には、各国のCSDの業務のうち、振替決済を、
TARGET-2 Securities(以下、「T2S」)と呼ぶ新システムにアウトソースさせ、一元的に処理する。
これにより、スケールメリットを獲得し、コスト削減を図るとしている11。
そのため、T2S実現後に各国CSD自身が提供する機能は、コーポレート・アクションなど発行体
対応や株主投票支援、レポーティングなどの資産管理サービスが主体となる。4月号「欧州クロス
ボーダー証券決済に新しい動き」では、T2S導入後の市場に備えて、ドイツの証券決済機関であ
るクリアストリームを中心に、欧州で7つのCSDが相互にリンクし、国境を越えた資産管理サービ
スの提供能力を高めようとする動きを報告した。国境を越えた資産管理サービスは、これまで民
間のカストディ銀行が提供してきたものである。CSDは顧客であるカストディ銀行と競合する性格
が強まる。
7
このような参加者の負担を、一部の大手金融機関は、清算・決済業務の代行ビジネス拡大の好機とみている。
傘下の EuroCCP による欧州市場参入が、先行する Fortis EMCF の牙城をなかなか崩せないでいる状態を打
開する方策としての意図もこの買収提案には含まれていると推察される。
9 CFD:Contract for Difference。原資産の価格に対し、証拠金を使って売買し、その差額を決済する、いわゆる
差金決済取引。
10 Central Securities Depository
11 もっとも、システム統合によるコスト削減は、欧州議会の同意を得易くするための建前と見られる。ECB の本音
は、証券の振替決済に伴う参加者の日中資金流動性の管理機能を、フランス中央銀行からフランスの証券決
済機関であるユーロクリア・フランスにアウトソースしている決済モデルが、ユーロクリア・グループによって他の
欧州諸国に展開されることを阻止し、中央銀行の手に戻すことと見られる。
8
4
本レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法および国際条約により保護されています。
Copyright (c) 2009 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
2009 年 3 月
続く5月号「欧州中銀が各国CSD にT2S への参加を提案」では、ECBがT2S構想への参加を
打診する書簡を各国CSDに送付したことを伝えた。書簡には、システム開発の意思決定態勢やユ
ーザ要件に加えて、2007年12月より進めてきた経済的インパクト(費用対効果)分析の結果も添
付された。その後、殆どのCSDから「前向きな」反応を得たことをふまえ12、ECBはT2S構想の推進
を7月に正式決定した。
9月のSibos2008(ウィーン)は、ECBによるT2S構想推進の正式決定後、数多くの証券決済関係
者が一堂に会する格好の場となった。ここでは、T2Sの普及に懐疑的な立場をとるユーロクリアが、
「ユーザ・チョイス」と呼ぶ新しい考え方を強調した。ユーザ・チョイスとは、T2Sが実現した後も、取
引の振替決済処理をT2Sで行うのか、ユーロクリアが導入を進めているシングル・プラットフォーム
で行うのかを、参加者が選択可能とすべきであるとする考え方である。これに対して、ECBは、ユ
ーザ・チョイスが認められればECBはT2Sの需要見通しに大きな変動要因を抱えることになり、
T2Sの開発予算やコスト負担に影響する懸念を表明した。これまで、公的な存在として参加者全
員が使う仕組みづくりに慣れたECBが、参加者に「選ばれる」存在になる恐れが出てきたことへの
不快感を示したものと推察される。
欧州では、株式や債券に加えて、投資信託の域内市場統合を進めている。12月号「国境を越え
る投信ディストリビューション」では、欧州投信・投資顧問業協会(EFAMA)が、投信業務処理の標
準化についてのレポートを改定して、業務改革を促したことを紹介した。EFAMAは業務手順の
STP化のために、標準的な業務処理書式や、金融機関や証券の識別コード、メッセージング手段
の採用を促している。EFAMAが提言するような標準化を実際に推進するものとしては、ユーロクリ
アやクリアストリームが提供する、投信の受益者(投資家)サービス機関13と販売会社を結ぶ、メッ
セージング・サービスの役割が大きくなるものと見られる。
まとめ
2008年度を振り返って、欧米では、清算・決済機関による国境を越えたサービス競争の本格化
を受けた動きが強く感じられる。とりわけ、米国から欧州への、大西洋を跨いだ参入が注目される。
大局的に見れば、競争を通じた域内市場統合により、米国市場に対する競争力をつけようとする
欧州規制当局に対し、競争の一プレイヤーとして米国系の清算・決済機関が参入するという構図
である。英国を橋頭堡に、欧州市場への進出を図ろうとする米国系に対し、欧州規制当局が域内
市場への影響力を保持しようとする姿勢が鮮明に現れつつある。例えば、グローバルに取引され
てきたCDSの清算機関整備において、欧州独自の清算機関設立を当局が業界に強く促したこと
は見てきたとおりである。DTCCによるLCH買収提案に対しても、欧州の参加者連合が対抗買収
提案を検討中ともされており、予断を許さない。
また、OTCデリバティブ取引については、欧米のみならず、日本においても新たに清算機能を
導入することの検討が進められた。欧米市場を中心に世界的に普及が進む既存の照合インフラ
12
13
T2S 構想と機能的に重複する Euroclear グループからは数多くの質問や疑問点が提示された。
トランスファー・エージェント(TA)。投資信託の受益者(投資家)サービス機関。販売会社からの設定解約申請
の受付や、受益者名簿の管理、分配金の支払い処理などを担う。
5
本レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法および国際条約により保護されています。
Copyright (c) 2009 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
2009 年 3 月
を活用することで、OTCデリバティブ取引高の大きな参加者が利用しやすい環境づくりが意識され
ている。グローバルに活動する参加者においては、米国、欧州、日本で清算機関がそれぞれ整備
されることで、選択肢が広がる。各国規制当局の方針を受け、どう使い分けて行くかが検討課題と
なろう。
さらに、米国発のグローバルな信用危機に直面して、各国が自国の金融機関に資本注入して
救済したことで、自国産業保護の動きが高まる可能性が議論されている。証券取引制度改革にお
いても、これまで展開されてきた清算・決済インフラ間のグローバルな競争が、規制当局の姿勢変
化にどう影響されるのか、今後のサービス開発の行方が注目される。
本レポートは、日本証券業協会証券決済制度改革推進センターからの委託に基づき、㈱野村総合研究所
金融市場研究室が作成したものである。
6
本レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法および国際条約により保護されています。
Copyright (c) 2009 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
Fly UP