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これからの時代、本当に必要な世界史用語は何か?
世界史用語を再考する ▲ ▲ ▲ 世界史教育情報発信 これからの時代、本当に必要な世界史用語は何か? 〜高校世界史で必要なグローバル・ヒストリー関連用語 (20・21世紀編) 〜 中央大学杉並高等学校 大西信行 part 1 本稿では、『大阪大学歴史教育研究会 成果報告書 領ウィルソン(太字はリスト掲載。以下同)は「14 シリーズ5- 「阪大史学の挑戦2」-』に掲載されてい か条の平和原則」を提示して会議をリードしたが、そ る「高校世界史授業で使えるグローバル・ヒストリー の一方で敗戦国を会議に参加させないなど、対独復讐 関連用語」リストをうけて、おおよそ第一次世界大戦 熱の強いイギリスやフランスの意向も濃く反映した。 以後について、筆者が重要と考えたものに関して簡単 ヴェルサイユ条約でドイツは過酷な条件を突きつけら な説明を施しつつ、どのようにこの時期の大きな推移 れ、また、敗戦国に支配されていた諸国には自治や独 を捉えたらよいか、一つの試案を示してみたい。 立が認められたものの、アジアやアフリカに対しては 改めていうまでもなく、20世紀はアメリカが世界に 民族自決が適用されないなど、欧米の戦勝国にとって 圧倒的な存在感を示した時代であり、米ソが激しく対 望ましい国際秩序が形づくられた。この点をパリ講和 立したとされる冷戦さえも、両国が対等な立場だった 会議に随員として出席した近衛文麿は「英米本位の平 わけではないという捉え方が広まっている。周知のこ 和主義を排す」という論文において指摘した。また、 とではあるが、「世界システム論」において、第二次 1921年末からのワシントン会議で日本の海軍力増強と 世界大戦後からベトナム戦争までの時期、アメリカは 中国における権益拡大は抑え込まれ、さきに述べた国 生産・流通・金融の面で圧倒的な優位にあり、「覇権」 際秩序がアジア太平洋地域においても貫かれた。 を打ち立てたとされる。さらにトマス=マコーミック 2.世界恐慌とファシズム は、覇権国家の条件として、(1)世界経済および国 世界最大の工業国であると同時に債権国ともなった 家間システムに関するルールをつくること、(2)世 第一次世界大戦後のアメリカは、「アメリカ的生活様 界経済を運営していくために必要以上の負担を進んで 式」を生み出したが、それは1929年10月に起こったニ 負うこと、の2点を挙げている。アメリカの戦後の国 ューヨーク証券取引所での株価の大暴落に始まる恐慌 際政治に対する姿勢はこの二つの要件にあてはまるこ によって行き詰まった。大量消費に支えられたアメリ とは明らかであろう。その一方で、世界システムや覇 カ市場に依存していた各国の輸出産業が大きな打撃を 権国家、あるいは設定されたルールに対しては、さま うけただけではなく、アメリカの金融資本が自国での ざまな勢力がさまざまな手段で異議申し立てを行った。 損失を埋め合わせるために資本を引き上げたため、ア それらを一般に「反システム運動」とよぶ。本稿では メリカの恐慌は全資本主義世界に波及した。 これらの枠組みに則りながら筆をすすめたい。 欧米の主要国がニューディールやブロック経済など なお、実際の授業にあたっては、「世界システム論」 の対応策に追われるなか、全ての植民地を失い、経済 の細かい内容を教える必要はないが、戦後の国際体制 ブロックを形成し得ないドイツや、ヴェルサイユ・ワ がアメリカの圧倒的な経済力と負担によって維持され シントン体制のなかで軍事的・経済的台頭を阻まれた てきたことは、強調する必要があると考えている。 日本には、当時の国際秩序に対する鬱積がたまってい 1.ヴェルサイユ・ワシントン体制 った。それが、ナチスの政権掌握やいわゆる「15年戦 覇権を失いつつあったイギリスに対してドイツが挑 争」となってあらわれるのである。つまり、第二次世 んだ第一次世界大戦は、ドイツ帝国の崩壊によって終 界大戦は、ヴェルサイユ・ワシントン体制に不満をも 結し、1919年のパリ講和会議で戦後の世界秩序が話し つ国々による反システム運動と捉えられる。 合われた。その話し合いの基礎として、アメリカ大統 ナチスの政権掌握が当時の国際秩序とそれに規定さ − 10 − れた国内情勢に不満をもつ中間層や労働者層の支持に ても同様で、キューバを筆頭にその多くが共産主義や よって実現したことは周知のことであるが、日本の関 社会主義をとなえて、ソ連との関係を深めた。一方で、 東軍が独断で行った柳条湖事件とそれにつづく満洲占 冷戦のいずれの陣営にも距離を置く勢力が、1954年の 領にも、世界恐慌によって行き詰まった日本経済の活 ジュネーヴでのネルー・周恩来会談や、脱植民地化の 路を満洲に見出した、民衆や無産政党の強い支持があ 動きとともに、台頭してきた。彼らは、バンドン会議や ったことも確認しておく必要があるだろう。 非同盟諸国会議、さらにはアフリカ統一機構(OAU) 3.アメリカの覇権と冷戦 発足などを通じて結束を強め、国連総会などの場で、 世界のブロック化による貿易の縮小と世界の分断が 発言力を強めていった。 第二次世界大戦を生んだという認識に立ち、米英両国 ただ、政治的な独立を勝ち得た旧植民地のなかには、 は大西洋憲章の第4条で戦後の通商の自由化をうたっ 旧宗主国との関係が清算できずに経済的な従属下に置 た。そして、1944年の7月から8月にかけてのブレト かれ続けた国も多い。それに加えて植民地時代に引か ンウッズ会議やダンバートンオークス会議で、アメリ れた国境が対立の原因となるなど、今日に至るまで植 カの覇権を前提とした戦後の経済・政治体制の根幹が 民地支配の爪痕は残っている。 (次号につづく) 決まった。すなわち、金の裏づけをもつドルを基軸通 (附記)筆者は勤務校でおもに日本史と「戦後世界」 貨とし、必要な国にIMFを通じてドルを提供するブ という学校設定科目を担当している。そのことから、 レトンウッズ体制、GATTを中心とする「自由・互 高等学校の世界史教育における意義もさることながら、 恵・多角・無差別」を原則とする貿易体制、そして国 平成21年度に改訂された高等学校学習指導要領でもそ 際連合の設立である。国際連合については、国際連盟 の必要性が強調されている、世界史と日本史の統合的 が第二次世界大戦を防げなかった反省に鑑み、特定の 理解を促しうるかという点も重視した。 大国に強い権限をもたせることが1943年のテヘラン会 また、執筆にあたっては大阪大学大学院文学研究科 談で合意され、それが国際連合における安全保障委員 教授の秋田茂先生から多くのご教示を得ました。あり 会とその常任理事国というかたちで実現した。 がとうございました。 一方でソ連は、独ソ戦で膨大な数の犠牲者を出した ≪参考文献≫ ためアメリカ・イギリスとは協調せざるを得ない状況 川北稔編『知の教科書 ウォーラーステイン』講談社 であった。しかし、戦後、鉄のカーテン演説やトルー マン=ドクトリンでアメリカ・イギリスが共産圏を敵 2001年 トマス=マコーミック「アメリカのヘゲモニーと現代史の リズム 1914-2000」(松田武・秋田茂編 『ヘゲモニー 視する姿勢をあらわにすると、ソ連はチェコスロヴァ 国家と世界システム 20世紀をふりかえって』山川出版 キアの共産化・コミンフォルムの結成・ベルリン封鎖 や中国共産党への支援、さらには核兵器の開発などで 社 2002年 中村武司・森本慶太・中村薫「高校世界史授業で使えるグ ローバル・ヒストリー関連用語」(大阪大学歴史教育研 対抗し、反システム運動としての「冷戦」が本格化した。 究会『大阪大学歴史教育研究会 成果報告書シリーズ5 4.脱植民地化 -「阪大史学の挑戦2」-』)2011年 第二次大戦中にアジアの植民地では、本国の支配力 が弱まった状況を利用して独立運動が大きな力をもつ ようになり、本国は対応に迫られた。そして、大戦後 に植民地が次々に独立していったことから、アジアに おいてはこの大戦は脱植民地化の先駆けとしての性格 をもつといえる。しかし、フランス領インドシナのよ うに、本国が独立を認めず、武力闘争にいたった地域 編集部からのお知らせ 前号に掲載の『世界史教育情報発信 世界史用語を再考する』 におきまして、大阪大学歴史教育研究大会「阪大史学の挑戦2」 で発表された「高校世界史授業で使えるグローバル・ヒスト リー関連用語」を参照させていただきました。このリストおよ び発表内容は、現在も継続的に検討されている内容であり、最 終案が公表されるまでは、引用・転用等をお控えいただきます では、独立勢力はしばしば共産主義を標榜してソ連の ようお願い申し上げます。研究中の内容を掲載したことにつき 援助をうけた。これは、中南米など、植民地支配はう まして、大阪大学・秋田茂先生、中村武司先生、森本慶太さ けていないものの、アメリカの経済的従属下におかれ ている地域の親米独裁政権に対する反政府運動につい ん、芦屋学園短期大学の中村薫先生、またご執筆いただきまし た後藤誠司先生にご迷惑をおかけいたしましたこと、お詫び申 し上げます。 − 11 −