Comments
Description
Transcript
この一冊『第四間氷期』
94 会員 鈴木 「この一冊」と言われて何を 選ぼうか迷ったが、私が学生 健司(32期) ●Kenji Suzuki 『第四間氷期』 音がとまる。」という場面で 終わる。 時代に読んで衝撃を受けた本 この小説の導入部には、東 を選んだ。その本のテーマは 日本大震災を思わせるよう いささかも色あせていない。 な、こんな文章がある。 「その これからを担う若い人たちに ときすでに、目に見えない海 も是非読んでいただきたい。 水の振動が、やがて大津波に 「第四間氷期」は安部公房 なろうとして、信じがたいほ が書いた小説だ。安部は医学 部出身であり、この小説でも その知識が生かされている。 安部 公房 著 新潮文庫 594円 (税込) さらに、現代演劇を手掛けて どの波長と時速720キロの速 度で、海中を陸地に向かって 走りつづけていたのである」。 この小説の話の筋は変わって おり、生きていればノーベル の声によって何回も警告を受 いて取っつき難いかも知れな 文学賞を受けていたと言われ けることになる。そのうち、 いが、これは未来に水没して るほど世界的にも評価され 研究者は、集団の仲間によっ 水中生活を余儀なくされるこ た。 て水棲哺乳類動物研究所に招 とになるかも知れない地球環 物語の筋はこうである。自 かれ、多くの水棲哺乳類を見 境に対して、現在の美しい環 信家のコンピュータ研究者が 学する。その時に、鰓をつけ 境に慣れきっている人間が現 電子頭脳に平凡な中年男のデ た人間の乳幼児が水槽の中を 在の価値基準で未来を判断で ータを読み込ませ、その男の 泳ぎまわる様を見せつけられ きるのか、判断してもよいの 未来を予言させようとしたこ る。そう、そこは水棲人養育 かというテーマを持ち、私た とに端を発し、事態は思わぬ 所でもあったのだ。そこに堕 ちにその判断をどうするのか 方向に発展する。その中年男 胎された自分の子どもをも見 を提示した小説なのだという は何者かに殺害されるが、そ た研究者は、「残酷だ!」「悲 ように私はとらえている。 れは権力を巻き込んだある集 惨すぎる…」と心情を吐露す この小説は、半世紀以上も 団の秘密を守るためであっ る。現在を肯定し、未来の人 前に発表されたものである。 た。やがて、胎児の堕胎が頻 間の姿を否定するかのような 道具立ては古いがそのテーマ 発する。何者かが、金を出し コンピュータ研究者は、どう は現代にも通じるものがあ て胎児を購入するために、妊 なるのだろうか? この小説 る。安部のいうように「この 婦に堕胎をさせているのだ。 は、「つくった者が、つくり 小説から希望を読みとるか、 研究者の妻も堕胎させられる だされた者に裁かれるという 絶望を読みとるかは」読者の ことになる。研究者は、集団 のが、現実の法則なのであろ 自由である。是非、この小説 の秘密をつきとめようとする う」と述べ、集団の派遣した を読んで、あなた自身の未来 が、コンピュータにプログラ 暗殺者が現れ、研究者のいる に対する判断を考えてもらい ミングされた未来からの自分 部屋の「ドアの向こうで、足 たいと思う。 60 NIBEN Frontier●2015年4月号 D10760_60-63.indd 60 15/03/10 18:24