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日本企業が喘ぐ「税格差」

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日本企業が喘ぐ「税格差」
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海運業界の驚嘆格差
2011・03・07 717号
日本企業が喘ぐ「税格差」
財部誠一 今週のひとりごと
中東情勢に詳しい財界人から北アフリカ、中東での反政府ドミノ現象
について話をうかがっていたなかで、エジプトに関する面白い話を聞き
ました。
中東諸国のなかでエジプトは群を抜いて教育水準が高い。結果として、
中東諸国の学校の先生の大半はエジプト人だそうです。驚くべきことに
エジプトの外貨収入の相当部分は海外で働く「出稼ぎ先生」というわけ
です。ムバラク政権崩壊後の展望は混とんとしているものの、無血開城
したエジプトはそれなりの民度の高さゆえだと、その財界人は言ってい
ました。
対照的にリビアは教育レベルも低く、民度も低い。カダフィ大佐個人
やそのファミリーの残虐性ばかりでなく、国家の教育水準の違いが、こ
の歴史的転換点における両国の差なのだという指摘は興味深いもの
でした。
(財部 誠一)
※HARVEYROADWEEKLYは転載 ・ 転送はご遠慮いただいております。
私のオフィシャルサイトで展開をしている『経営者の輪』
の対談で、日本郵船の宮原耕治会長とお目にかかりまし
た。なごやかに、率直に、多方面のお話を伺い、じつに楽
しい取材になりました。その詳細は後日オフィシャルサイト
にてご覧いただくことになりますが、今日はあえて、その際
話題にのぼった海運業の「税制」についてお話したいと思
います。これがじつに興味深い話なのです。
税という切り口でみると海運業は非常に特殊な分野にな
ります。世界中、どこの国でも企業には法人税が課せられ
ます。日本の法人税は約40%で、いまや先進国でもっと
も高い税率となり、これが企業の国際競争力に大きな足
かせになっています。30%、20%どころか、シンガポール
にいたっては17%にまで引き下げられました。一時は菅
総理も声高に「法人税率の5%引下げ」を叫んでいました
が、予算関連法案をめぐる野党からの激しい突き上げの
なかで、法人税率引下げはすっかり影を潜めてしまいまし
た。政治家も官僚もグローバル競争とは無縁の人たちで、
国際競争の視点のなかで税制を考えるという習慣があり
ません。税が国際競争上、どれだけ大きな影響を及ぼして
いるかについて、まったくといっていいほど想像力が働か
ないのでしょう。
じつは海運業に対して法人税は課税されず、そのかわり
に「トン数標準税制(トン税)」というものが適用されます。
その海運会社が運行して動かしている船のトン数に対して
課税されます。
今から15年ほど前にオランダが導入したのが始まりで
す。オランダが考えたのは「いかにして自国の商船隊に国
際競争力をつけるか」でした。そもそもオランダは製造業
が盛んというわけでもなく、輸出立国でもない。つまり自国
にあまり荷物がありません。必然的にオランダの海運会社
は、海外に出て行って、三国間取引で儲けてこいというこ
とになります。
三国間取引とは、日本の海運会社がブラジルの鉄鉱石
を中国に、カナダの石炭を韓国に輸送するといったように、
日本を一切経由することなしに、第三国どうしを結びつけ
て行われる取引のことです。
◆日本郵船株式会社 沿革
【1870年】
九十九商会(後の三川商会、三菱
商会)設立
【1875年】
国有会社である日本国郵便蒸気
船会社の経営が岩崎弥太郎に任
される。三菱商会が郵便汽船三菱
会社へ改称
【1885年】
郵便汽船三菱会社と共同運輸会
社が合併、日本郵船会社を設立
【1915年 ~1919年】
西回り世界一周、ニューヨーク、ニ
ュージーランド、欧州航路開設
【1934年 ~1937年】
東回り世界一周航路開設、ペルシ
ャ湾延航
【1949年】
東京、大阪、名古屋取引所へ上場
【1968年】
日本初のフルコンテナ船「箱根丸」
を就航
【1978年】
全日空と提携、航空貨物業へ進出
【1980年】
三国間コンテナ・サービスを開始
【1995年】
独ハパック、英P&O、シンガポール
NOLと海運アライアンス「グランド・
アライアンス」を結成
【2007年】
中国大手鉄鋼メーカー各社と長期
輸送契約を締結
【2008年】
太陽光発電システムを搭載した自
動車専用船を竣工
【2010年】
シャトルタンカー事業へ進出
2P
こうなるとコスト競争力がなければ荷物の獲
得競争で惨敗を喫します。そこでオランダは自
国の海運業者の競争力アップのために、税負
担の軽減措置をとりました。海運業だけ特別扱
いをして、法人税を通常の半分や3分の1に引
き下げるのが、税務当局からすれば一番シン
プルなやり方ですが、そんなことをすれば「不
公平きわまる措置だ」と他業界から猛反発をく
らってしまいます。そこでオランダ政府は海運
業の特殊性に焦点を当て、保有する船の総ト
ン数を基準に課税することを思いついたのです。
法人税はその年に企業が稼いだ利益に対し
て課税するものですが、「トン税」はあくまでも
保有する船のトン数に対して課税する仕組み
です。こういう税のスタイルを外形標準課税と
言いますが、オランダ政府は海運会社を法人
税から切り離し、外形標準課税であるトン税に
よる課税に移行することで国際競争力を高め
る戦略にでたのです。
ではトン税に移行したオランダの海運会社は
どの程度のトン税を払っているのでしょうか。宮
原会長によれば「規模の違いにもよるので、一
概にはいえないものの、ざっくりいえば法人税
換算で10~15%程度」とのことでした。リーマ
ンショック後に、シンガポールが法人税率を
17%に引下げた時、先進諸国は度肝を抜か
れましたが、オランダの海運会社の税負担は
「10~15%」だというのですから、その競争優
位性はもはや議論の余地すらありません。ライ
バル企業が同程度の利益をあげても、税負担
の軽減分がそのままキャッシュで手元に残る
のです。投資余力に格段の差がついてきます。
こうなると何が起こるのか? オランダの海運
会社と激しくつばぜり合いを演じていた近隣諸
国の海運会社が、オランダへ続々と移転し始
めたのです。じつはそれこそがオランダ政府の
狙いでもありました。デンマークやノルウェイ、
といった近隣諸国の海運会社が先を争うように
してオランダに移ってきたのです。
「これはまずい」
当然のことながら、欧州諸国に危機感が広が
り、ドイツやイギリスも即座に自国の海運会社
に対して「トン税」を適用するようになりました。
こうしてオランダが独自に創り出したトン税は瞬
く間にヨーロッパ標準となり、それがアメリカに
も渡り、インドにも適用され、2000年代半ばに
は韓国もトン税採用となりました。
しかし驚くのはまだ早い。宮原会長によれば
海運立国の側面も併せ持つ香港、シンガポー
ルでは日本人の想像を絶する事態が起こって
いました。
日本の本当の危機
「じつはもうトン税がないのは日本と中国くら
いなものですが、さらにその先をゆく国がありま
す。香港とシンガポール。この2国は海運所得
がなんと非課税です」
宮原会長の言葉に唖然としました。香港とシ
ンガポールの海運会社はいくら儲けても税金
がゼロだというのですから。
ざっくり世界の海運業を概観すると、およそ7
割の国がトン税を導入し、香港、シンガポール
はゼロ。これが世界の実情です。ちなみに中国
では海運会社に対して25%の法人税が適用
されていることになっていますが、日本の海運
関係者で中国の海運会社が税金を支払ってい
ると信じている人はいないようです。実質国営
の海運会社ばかりですから、払ってないと考え
るのが現実的です。
そこで問題になってくるのが、日本です。日本
郵船や商船三井といった日本の海運会社に対
する課税はどうなっているのでしょうか。
長いこと日本の海運会社は40%の法人税を
とられてきました。はっきりいってこれではもう
競争になりません。そこで3年前の2008年、つ
いに日本でもトン税が導入されました。
「遅すぎるとの誹りは免れないけれど、まあ、良
かったじゃない」
と言いたいところなのですが、じつは何の解
決にもなっていない、という恐るべき現実があり
ます。
たしかに日本にもトン税が導入されました。と
ころが、内向きな日本の論理が先行した、骨抜
きトン税になっているのです。
「外形標準課税であるトン税の対象となる船は
日本籍の船に限る」
つまりすべて日本籍の船を保有していれば、
なんの問題もありませんが、基本的にドルで収
入を得る日本の海運会社は85年のプラザ合
意直後から、日本籍の船を保有し、日本人の船
長、日本人の乗組員での運航ではまったく競争
ができぬ状況に追い込まれ、大きくビジネスス
タイルが変わりました。日本籍の船を海外に売
却し、それをドルでレンタルする。自ら保有する
場合も、保有に税金がかからないパナマ籍に
するのが世界の常識で、郵船もそうしています。
さらに外国人の船長や船員に支払う給与もドル
で払うといったように、経費削減努力を絶え間
なく続けることで、円高による競争力の劣化に
歯止めをかけてきたのです。
ではトン税の対象となる日本籍の船を日本郵
船はどのくらい保有しているでしょうか。
たったの4%です。つまり残りの96%の船か
らあがる収益に対しては、相変わらず40%の
法人税が適用されています。日本のトン税は
「外形標準課税」ではなく中身のない「形式標準
課税」です。リアリティを持ってグローバル競争
の実態を受け止められない。ここに日本の危機
があるのです。
(財部 誠一)
◆シンガポールの税制(法人)
法人税 17%
キャピタルゲイン税 非課税
配当の源泉税 非課税
利子の源泉税 15%
ロイヤリティの源泉税 10%
純営業損失の繰越 無期限
【主な優遇税制】
<海運事業者向け>
10年間の法人税免除。一定の条
件を満たすと、期間延長が可能。
船舶の運航、物流に関わる会社も
5年間軽減税率が適用。
<地域統括企業向け>
3年間15%の軽減税率。アジア太
平洋地域の統括拠点を置き政府
の認証を受けた企業が対象。
<技術革新・製品開発企業向け>
最長15年間法人税免除。政府の
認証を受けられなかった企業も一
定基準を満たすと最長10年間5%
または10%の軽減税率が適用。
<貿易企業向け>
特定の商品のオフショア貿易は5
%または10%。シンガポールに貿
易の拠点を置き政府の認証を受
けた企業が対象。
<金融機関向け>
ベンチャーキャピタルの株式売却
による所得、海外からの配当、利
息は10%以下。認定を受けた証券
会社は特定の所得に対し 10 %以
下の軽減税率が適用。
※出典:ジェトロHP
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