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カントと死刑制度
2010年12月15日(水) 倫理学特講資料 指導案: I.カント(1724-1804)の倫理思想 担当 八幡英幸 1 教材観 カントは18世紀後半に活躍したドイツ圏(プロイセン王国)の思想家である。彼の代表 的な著作には、人間の認識の可能性を探究した『純粋理性批判』(1781)や、倫理の根拠を 探究した『人倫の形而上学の基礎づけ』(1785)などがある。中でも彼の倫理思想は、フラ ンス革命直前の時期に、市民社会とそこにおける人間のあり方に指針を与えたものとして 高く評価されてきた。 カントの倫理思想の中心には、定言命法と呼ばれる根本命題がある。これにはいくつか のバージョン(方式)があるが、その中でも最もよく知られており、多くの人に影響を与 えてきたのが次のような「目的自体の方式」の定言命法である。 「あなたの人格や他のあらゆる人の人格のうちにある人間性を、いつも同時に目的とし て扱い、決して単なる手段として扱わないように行為せよ。」 このような命題をその根本に据えたことにより、カントの倫理思想は、市民革命期に「人 間尊重」を訴えたものという一般的評価を得ている。思想史上、このような評価があるこ とをまず押さえる必要がある。 だが、 「人間尊重」とは何だろうか。この言葉によって求められるのは、具体的にはどの ような行為・政策なのだろうか。単なる言葉の学習ではなく、思想の内容的理解を求める 立場からは、こうした点を探究する学習活動を展開することになる。 2 生徒の実態 中学校社会科の学習を通じて、17世紀以降の近代市民社会の形成や、18世紀後半の市民 革命についての大まかな歴史的知識はあるものと考えられる。現在の社会は、名誉革命、 アメリカ独立、フランス革命などの歴史的経緯を経て、民衆の自由が勝ち取られたことに より成立した社会である、といった具合に。 3 授業の目的 上記のような歴史的知識を踏まえ、カントはドイツ圏の思想家であるが、市民革命期に 「人間尊重」を訴えた思想家であるという点をまず理解させたい。その上で、この「人間 尊重」の意味を深く考えさせることに力点を置きたい。具体的には、「目的自体の方式」 の定言命法をまず紹介し、その意味を考えさせた後、現代の社会問題でもある、死刑制度 についてのカントの立場を予想させる。次に、実際のカントの主張(死刑肯定論)を紹介 し、それが「人間尊重」の原則に矛盾しないかどうかを議論させる。このように思想と社 会問題とを結びつける展開により、単なる言葉の学習にとどまらない、思想の内容的理解 を達成したい。 1 4 展開(案) 時間 5 10 学習活動〔予想される反応〕 導入 ・カントが生きた時代の社会 情勢を考えさせる。 〔フランス革命。〕 〔アメリカ独立。〕 説明・指示・発問等 ○西洋で18世紀末に起きた有名な 出来事というと何かな。 教材・教具 教科書 資料集 ○そうですね。民衆が自由を求め て立ち上がった市民革命の時代で ・市民革命の時代の思想家と すね。では、その頃の有名な思想 して、カントに焦点をあてる。 家というと誰かな。 〔ロック。〕 ○今日はカントについて学びま 〔いや、ルソー。〕 す。彼はドイツの思想家ですが、 〔カント。〕 「フランス革命の哲学者」と言わ れるほど、この時代を代表する思 想家です。 肖像画(生没 年付)を黒板 に貼り、ワー クシートを 配布する。 展開(1) ・カントの「人間尊重」の思 想を紹介する。 〔人間を手段として扱って はいけない。〕 〔人間は道具じゃない。〕 目的自体の 方式の定言 命法を書い た紙を黒板 に貼る。 ・「人間尊重」の具体的意味 を考えさせる。 〔誰かを奴隷のようにこき 使う。〕 〔誰かを金づるにする。〕 ◎これは定言命法と呼ばれるカン トの有名な命題です。どういう意 味でしょうか。 ○自分や他人を道具のように扱っ てはいけない。誰もが人間として 尊重される社会を作ろう、という 意味でしょうね。 ○それでは、逆に、人間を道具の ように扱う行いがあるとすれば、 それはどんな行いでしょうか。 ○それは他人を道具のように扱う 例ですね。でも、カントは自分自 身を単なる手段と見なすのもいけ ないと言います。例えばどういう ことか、わかる人はいますか。 〔身売り。〕 〔もしかして、売春とか。〕 ○それもあります。他に、自殺を する人も、自分の人間性(人間特 有の性質)を大切にしていない、 とカントは言っています。 2 定言命法の 解釈を板書 し、まとめ る。 批判される 行いの例を 板書し、まと める。 15 展開(2) ・カントが理想とした社会と 現在の日本の社会を比較し、 考えさせる。 〔自殺が多いので、カント の考えとは違う。〕 現在の日本 と書いた紙 を黒板に貼 る。 ○確かにそうですね。 ◎他に、最近の日本の特徴として、 死刑が増えているということがあ ります。これは世界の趨勢とは逆 です。この点はどうでしょうか。 カントは死刑制度に反対するでし ょうか、それとも賛成するでしょ うか(主発問)。班で話し合って ください。 新聞記事 ○話し合った結果を発表してくだ さい。理由もお願いします(挙手 または指名)。 生徒の予想 を板書し、ま とめる。 ○カントは実は死刑肯定論です。 「人を故意に殺した者は、死なな ければならない。それ以外に正義 に適う方法はない。」と述べてい ます。 左の文章を 書いた紙を 黒板に貼る。 ・死刑と「人間尊重」の関係 について考えさせる。 ◎ちょっと意外ですよね。「人間 尊重」と死刑は矛盾しないのでし ょうか。殺人犯にも人間性がある なら、殺すべきではないとは考え られないでしょうか。最後にこの 点を班で話し合ってください。 殺人犯の人 間性は尊重 しなくても よい?と板 書する。 〔殺人犯にも人間性がある と思うから、死刑には反 対すべきだ。〕 〔被害者の人間性を考える と、死刑はあってもよい と思う。〕 ○話し合った結果を発表してくだ さい。理由もお願いします(挙手 または指名)。 生徒の解釈 を板書し、ま とめる。 ・死刑制度についてのカント の考えを予想させる。 〔死刑は人間の生命を奪う ものだから、反対したと 思う。〕 〔殺人犯なら死刑にしても いいと考えたと思う。〕 15 ○ところで、現在の日本は、カン トが理想とした社会に近いのでし ょうか。 展開(3) ・カントの実際の主張を紹介 する。 〔やっぱり。〕 〔え~〕 3 カントは死 刑制度に反 対?賛成? と板書する。 5 まとめ ・「人間尊重」の具体的意味 について考え続けていく必要 があることを確認する。 ○カントの時代にも、ベッカリー アという有名な死刑廃止論者がい ました。カントとベッカリーアの 間には激しい論争がありました。 死刑に関する意見の対立は昔から あったのですね。 ベッカリー アの肖像画 を黒板に貼 る。 ○この例から、ただ「人間尊重」 と唱えているだけではだめで、実 際どのようにすることが「人間尊 重」になるのかをよく考え、議論 し合っていくことが大切だという ことがわかりますね。 参考文献 ・有福孝岳・坂部恵他編『カント事典』弘文堂, 1997 年. ・I.カント『人倫の形而上学の基礎づけ』(翻訳多数). ・カント研究会編『社会哲学の領野』晃洋書房, 1994 年. ・土山秀夫・井上義彦・平田俊博編『カントと生命倫理』晃洋書房, 1996 年. 4 ワークシート I.カント(1724-1804)の倫理思想 1. 定言命法(目的自体の方式)の意味を考えてみよう。 「あなたの人格や他のあらゆる人の人格のうちにある人間性を、いつも同時に目的と して扱い、決して単なる手段として扱わないように行為せよ。」(I.カント『人倫の 形而上学の基礎づけ』第2章より) (解釈) (批判される行為の例) カントはワイン好きで、食事会をよく開いた。 5 2. カントは死刑制度に反対するでしょうか、それとも賛成するでしょうか。 (予想) (理由) 3. 人間尊重と死刑は矛盾するでしょうか、それとも矛盾しないでしょうか。 (意見) (理由) 4.この授業でもっとも印象に残ったこと、考えさせられた点は何でしたか。 6