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RDCモデルによる設計プロセス内の手戻りの可視化

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RDCモデルによる設計プロセス内の手戻りの可視化
RDC モデルによる設計プロセス内の手戻りの可視化に関する研究
Visualization of the reworks in the engineering process by RDC model
○ 正 中沢俊彦(日本 IBM),清水剛(日本 CTS)
Toshihiko NAKAZAWA, IBM Japan, 19-21 Nihonbashi Hakozaki-cho, Chuo-ku, Tokyo
Takeshi SHIMIZU, CTS Japan, 3-9-13, Moriya-cho, Kanagawa-ku, Yokohama
The design engineering process generally involves many rework processes. Those rework processes are known as
the iteration between the works, or the feed back from the other work. This study proposes to use RDC Model
(Requirement-Definition-Confirmation Model) to decompose the engineering process to the engineering elements,
and recognize the reworks as the information exchange between those engineering elements. With the way of
this analysis, the rework can be visualized as “ Late coming requirement”, “Feed back from confirmation”,
“ Dependency loop”, “Inconsistent work order”. These understandings arose our consciousness toward the
reworks processes and encourage us to improve the process.
Key Words : RDC model, Design Process, Engineering Process, Rework, Iteration, Design Structure Matrix
1. はじめに
ソフトウェア開発においては,開発途中で要件が変化し
ないことを前提として開発フェーズごとに成果物を確定し
ていく,ウォーターフォール型の開発管理手法が古くから
用いられてきた.昨今では,現実には変化する要件を積極
的に受け入れながらも,それによって生じる手戻りの影響
を最小限に押さえソフトウェア開発を行う,オブジェクト
指向の考え方に基づいた反復型開発手法が提案され,活用
されるようになってきた(1).
これに対し,機械製品,自動車といったフィジカルな製
品設計においては,今日でもウォーターフォール型の開発
管理が一般的であり,従って,要件の変化や手戻りは本来
あってはならないものとして捉える傾向が強い.
しかしながら,実際の製品設計にはソフトウェア開発と
同様,要件の変化や,それによって生ずる多くの手戻りが
存在しているであろうことは,製品設計に携わった者であ
れは誰でも感覚として持っているはずである.それら手戻
りを積極的に認識し,適切な対応を取ることこそ製品設計
手法を科学的に発展させる上で欠かせない作業であると筆
者らは考えている.
本論文は,製品設計上の手戻りに対するこの漠然とした
感覚を定量的に明らかにするために,設計者の頭の中に暗
黙知として存在する製品設計プロセスを,要求,定義,確
認という 3 種類の設計要素をもって記述,分析する手法で
ある RDC モデル(2) を用いて明示化し,設計プロセス内
に存在する手戻りの可視化の研究を行った旨の報告である.
2. 外部手戻り
製品設計上の手戻りには,市場環境や顧客要求の変化,
試作品の評価などといった設計作業外からのインプットに
よって引き起こされる手戻りがある.このような外部要因
による手戻りを外部手戻りと呼ぶことにする.
RDC モデルは,製品設計作業を,適合項目と呼ばれる設
計上の目的ごとに,要求,定義,確認という 3 種類の設計
要素に分解して記述する.分解されたそれぞれの定義要素
は同じ適合項目に属するいくつかの要求要素と確認要素に
関連付けられグループ化することができる.このグループ
は設計作業単位と呼ばれ,設計者が設計検討作業を行う上
での基本単位とされている.この設計作業単位に含まれる
一つの定義要素を中心とした設計要素群を製品開発日程上
に配置したものが設計作業単位シーケンス図(図 1)であ
る.この図によって,後述の“遅れてくる要求”と“確認
からのフィードバック”という二種類の外部手戻りを可視
化することができる.
Object to adapt
Work direction
Requirement
Definition
Confirmation
Fig 1 :Work unit sequence
2.1.
遅 れ て く る要 求
製品の設計定義は,その定義に影響を及ぼす製品仕様や
デザイン,様々な条件をインプットとして実施されるもの
であるが,しばしば,それら要求のいくつかが,インプッ
ト先定義の作業実施時点で与えられないという状況が発生
する.このような要求は影響を及ぼす定義が決定した後に
提示されることにより,この定義作業に手戻りを発生させ
る.このような“遅れてくる要求”は図 2 の①(図内の矢
印はインプット情報の流れを表す)に示すように RDC モデ
ルの設計作業単位シーケンス図上に,要求要素と定義要素
の時間軸上の逆転という形で表記することができる.
2 . 2 . 確認 か ら の フ ィ ー ド バ ッ ク
同様に設計作業単位シーケンス図上の確認要素は,図 2
の②に示すように,定義要素への何らかのフィードバック
を発生させる.このフィードバックの一部が定義へ手戻り
(この手戻りは仮定した設計パラメータを検証するような
計画的なものもあれば,不具合などのように定義に予定外
の変更を強いるものある)を発生させる.従って,定義要
素と確認要素の時間軸上の間隔が離れれば離れるほど製品
開発日程上のリスクは増大すると考えることができる.こ
のリスクを減じるために定義要素と確認要素のシーケンス
図上の位置関係を近付ける,または一致させる作業こそフ
ロントローディング(3)に他ならない.
また,同じ設計作業単位内の定義要素と確認要素の内容
を検証することにより,この設計プロセスのフェイルセー
フ能力(トラブルの未然防止能力)を評価することができ
る.設計作業単位の検証者は,定義要素に対し如何なる確
認要素も存在しない,または存在しても適当な内容のもの
でないという事実を確認することでこの設計プロセスの妥
当性を知ることができる.
Object to adapt
Work direction
①
Requirement
②
Definition
Confirmation
Fig 2:External iteration
3 . 内 部 手 戻り
手戻りには外部からのインプットによるものではなく設
計作業自身の循環によるものもある.このような手戻りを
内部手戻りと呼ぶことにする.
内部手戻りを把握するためには,RDC モデルの定義間関係図
を用いる.これは,定義要素をマトリックス上に配置し,定義
要素相互間の依存関係を記述することによって,設計手順と作
業間の依存関係の整合性を俯瞰できるようにするための表現方
法である.同様の方法としてデザイン・ストラクチャー・マト
リックス( DSM )法(4)∼(6)が良く知られている.
例えば, A∼D の 4 つの定義要素が図 3 に示すような依存関
係を持っているとする(ここでの矢印は依存の方向=先ほどの
情報の流れと逆方向を示している).ここには,定義 B,定義
D は定義 C に依存し,定義 A と定義 C は双方向に依存している
ことが示されている.
A
①
Work direction
B
②
C
D
Fig 3 :Internal iteration
この依存関係の様子を定義間関係図に表すと,表1のように
なる.第一列の定義が第一行の定義に依存している場合,その
交差セル上に○印を記すことによりその依存関係が表現されて
いる.すなわち,A は C に依存し,B は C に依存し,C は A に
依存し,D は C に依存していることが示され,図 3 と同じ依存
関係が表現されていることが分かる.
3.1.
依 存 関 係 の 循環
定義間関係図を調べると,定
義同士が双方向に依存しあって
いるものや,ある定義から出発
した依存関係が複数の定義を経
由して元の定義に戻ってくるよ
うな依存の循環(ループ)を観
察することができる.図 3 の①
は定義 A と定義 C が双方向で依
存し循環している場合の様子を
示している.
Table 1:DSM
A
A ×
B
B
C
D
○
× ○
C ○
×
D
○ ×
Table 2:DSM (Loop No.)
表 2 の定義間関係図には,A
A B C D
の C に対する依存関係と C の A
に対する依存関係にそれぞれ,
A ×
1
循環であることを示す番号が○
B
× ○
印の代わりに与えられ,図 3 と
同様の状況を表現している.こ
C 1
×
の定義間関係図を見ると理解で
D
○ ×
きるように,依存の循環は必ず
定義間関係図の左上から右下への×印で表された斜め線の
右上側にその依存関係の一部をのぞかせることでその存在
を示す.
循環する依存関係を持つ定義は,同じ循環内にある定義
と相互に整合性を取りながらが作業を進めなければならな
いため,頻繁な手戻りを伴って作業が行われると考えられ
る.従って,このような定義群は同時期に作業が実行され
るよう計画されることが望ましい.また,循環する依存関
係はしばしばコンフリクト(あちらを立てればこちらが立
たずという相反する関係)を生じている可能性がある.こ
れらのことから,特に循環内の定義が異なった設計者や複
数の組織に分散して作業される場合は,単独の組織や設計
者が作業を行う場合に比べ,より多くの調整工数を要する
であろうことは容易に想像することができる.
3.2.
不適切 な 作 業 順 序
表 1,2 の定義間関係図では,定義作業 A,B,C,D は図
3 に示す作業進捗方向に沿って配列されている.このとき,
×印斜め線右上に現れた依存関係の内,循環に関与しない
定義 B から定義 C への依存関係は,この作業順序が定義間
の依存関係上適切でないことを表している.つまり,定義
B が B の下流に位置する定義 C に依存しているため,設計
作業が定義 C まで進んだ段階で B に手戻りが生じてしまう
のである.
Table 3:DSM (Optimized)
このような定義間の依存関係
に従わない 不適切な作業順序は,
A C B D
表 3 に示すように,単純に作業
A × 1
順序を入れ替えることにより解
消できる.
C 1 ×
通常,依存関係の循環と,不
B
○ ×
適切な作業順序は,表 1 のよう
に定義間関係図上で混在してい
D
○
×
て,どちらの要因によって依存
関係を示す○印が斜め線右上に現れるのか認識しにくい.
そこで,定義間関係図の右上にある全ての依存関係から循
環するもの調べ,それらを表 2,3 のように番号表現にす
るなど区別することによって,依存関係の循環と不適切な
作業順序を区別し可視化することができる.
4. 実務例による検討
(業務用複写機の給紙カセット部の設計事例 による)
業務用複写機の給紙カセット部の設計事例において,上
述の 4 種類の手戻りに関する調査を行った.この設計事例
は表 5 に示すように,RDC モデルによって,組み付け性,
金型,機能,外観,安全性,サービス性という 6 つの適合
項目に対し,要求要素 37,定義要素 48,確認要素 47 の計
132 の設計要素に分解された.
これらの設計要素を設計作業単位ごとにシーケンス図上
に配置した例を図 4 に示す.ここでは,爪による紙座屈
(要求)がコーナー爪先端形状(定義)と同時期に提示さ
れる“遅れてくる要求”であることが示され,また,定義
は爪による紙の座屈量(確認)からのフィードバックを得
て,最終的に決定されることが表されている.
適合項目:機能
機能設計
試作・試験
爪による
紙座屈
コーナー爪先端形状
5.
表 5,表 6 の検討の結果得られた手戻り数を表 4 にまと
めた.
この業務用複写機の給紙カセット部の設計に関する検
討によって ,設計プロセス 内の 4 種類の手戻りについて
の定量的な把握が RDC モデルを用いて容易に実行しうる
ことが 確認できた.尚,本検討に要した工数は約 6 時間
/1 名であった .
Table 4 :
同様の検討を,全ての設計作業単位に関して実施した結
果を表 5 上にまとめた.本表において,定義に向けて矢印
が付されている要求は,定義と同時期に決定されるか,も
しくは定義の後に与えられる“遅れてくる要求”である.
また,確認から定義へ向けた矢印は,定義の見直しを迫る
情報の流れである“確認からのフィードバック”を示して
いる.(実際は,設計作業単位シーケンス図によって把握
された手戻りを,本表上にまとめたものである.)本表か
ら,この設計事例における“遅れてくる要求”は組み付け
性や金型などの,所謂,生技要求に集中しており,また,
“確認からのフィードバック”は機能や外観などの商品性
や品質に関する部分に多く発生しているとの結果を読み取
ることができる.
分解された 48 コの定義要素を現実に行われている設計
作業順序に従って配列し,定義要素間の依存関係を明らか
にした定義間関係図を表 6 に示す.この定義間関係図にお
いて,循環する依存関係は数字で表現されており,異なっ
た循環グループには異なった数字が与えられている.(但
し,本検討では 2 つの定義が直接的に相互依存しているも
ののみを循環する依存関係としてカウントし,3 つ以上の
定義の依存関係によって循環が形成されているものはカウ
ントしていない.)本図によって,循環関係にある定義要
素のプロセス上の分散状況と,複数の“不適切な作業順
序”の存在位置を把握することができる.
参考として,表 6 の定義順序を見直し,“依存関係の循
環”の集約と“不適切な作業順序”による手戻りを解消し
た定義間関係図を表 7 に示す.
Iterations
Late coming requirement
Feed back from confirmation
Dependency loop
Inconsistent work order
5.
13
12
7
12
あとがき
製品設計作業における手戻りの管理は作業効率のみなら
ず,設計品質を決定する大きなファクターであると考えら
れる.実際,設計者は関係する組織や,与えられた日程,
設備,予算といった限られた資源と環境の中で,日々これ
らの手戻りと対峙し適切な設計解を得なければならない.
本研究を通じて,製品設計プロセスには,手戻りを適切に
把握し製品設計プロセスをより効率的かつ合理的なものす
るという余地が多分に残されているとの認識を持つに至っ
た.
爪による紙の座屈
Fig 4 : Work unit sequence (Copy machine)
結論
6.
1.
2.
3.
4.
5.
6.
参考文献
Fowler.M.,(児玉公信,友野晶夫,平澤章,梅澤真
史訳):リファクタリング,ピアソンエデュケーシ
ョン(2001),1-424
中沢俊彦 :要求・確認・定義モデルによる製品開発
プロセスの分析,設計工学,第 38 巻,第 12 号
(2003),631-640
Thomke,S.H., Fujimoto,T., : Shortening Product
Development Time through ‘Front-Loading’
Problem-Solving, Discussion Paper CIRJE-F-11,
Faculty of Economics , University of Tokyo ,
(1998)
Steward.D. , : The Design Structure System, A
Method for Managing the Design of Complex
System, IEEE , Transactions on Engineering
Management,Vol.EM-38,No.3,(1981)
Smith.R.P., Eppinger.S.D.,
: Identifying
Controlling Features of Engineering Design
Iteration, MIT Sloan School of Management,
Working Paper No.3348 (1995), 5-8
Browning,T.R.: Use of Dependency Structure
Matrices for Product Development Cycle Time
Reduction,
The
Fifth
ISPE
International
Conference on Concurrent Engineering (1998), 18
Table 5:
適合項目
要求
爪設置の容易性
外装カバーのトレー勘合
スプリング保持
スプリング取り付け
組み付け性
ストッパー取付け
ストッパースプリング取付け
ラック設置の容易性
ピニオン勘合性
金型
機能
外観
安全性
Design elements of the copy machine
定義
コーナー爪形状
外装カバークリップ形状
底板エンボス
底板スプリング自由長
ストッパー形状
ストッパースプリング自由長
ラック形状
ピニオン内径
確認
上部より組付け
外装カバークリップ形状
底板干渉無き事
底板スプリング外れ無き事
ストッパー摺動確認
ストッパースプリング取付け有無
ラック組み付け手順
ピニオン勘合クリップ形状
トレー成形
コナー爪板金加工
外装カバーシボ,成形
底板板金加工
ラック成形
ピニオン成形
エンドプレート成形
紙サイズ表示板印刷,成形
トレー形状
コーナー爪形状
外装カバー形状
底板形状
ラック形状
ピニオン形状
エンドプレート形状
紙サイズ表示板形状
トレー成形可否
コーナー爪型手順
外装カバーシボ及び成形可否
底板型手順
ラック成形可否
ピニオン材質
エンドプレート色,形状
紙サイズ表示板印字色,成形可否
紙の爪引っかかり
爪による紙座屈
カバー引き出し容易性
底板紙受け
スプリング底板加圧
ストッパー底板固定
ラック紙幅押さえ
摩擦部材紙分離
エンドプレート紙後端支え
グリスでラック,ピニオン潤滑
爪,底板位置関係
爪,底板寸法
コーナー爪先端形状
コーナー爪形状
外装カバー形状
外装カバー
底板形状
底板スプリング寸法
ストッパー形状
ストッパースプリング形状
ラック形状
ギヤ形状
摩擦部材形状
エンドプレート形状
グリス量
紙の爪引っかかり
紙送り試験
爪による紙の座屈量
爪による紙の給紙性能
外装カバー引き出し力
外装カバー保持手感
底板大きさ
底板スプリング圧力測定
ストッパー作動確認
ストッパースプリング圧力測定
ラック高さ確認
ラック摺動力測定
摩擦部材紙分離確認
エンドプレート高さ確認
グリス添加量
トレー色
外装カバー色
外装カバー表面処理
底板表面処理
ラック色
トレー色設定
外装カバー色設定
外装カバーシボ
外装カバー傷
底板表面処理方法
底板表面傷
ラック色設定
ラック傷
トレー限度見本
外装カバー限度見本
外装カバーシボ柄
外装カバー傷限度見本
底板亜鉛処理
底板傷限度見本
ラック色,トレーー対比
ラック傷限度見本
コーナー爪バリ,エッジ無き事
底板バリ,エッジ不可
コーナー爪端面仕上げ
爪先端形状
底板端面仕上げ
バリ無き事
爪先端R
取説シール表示内容
取付けシール大きさ
紙サイズ表示板表示
トレー刻印
外装カバー取っ手形状
トレーのレール形状
取説シール位置
内容の視認性
紙サイズ表示視認性
トレー刻印位置
取っ手形状
トレー摺動性
説明表示
紙サイズ表示板の表示
トレー上紙サイズ表示
サービス性
外装カバー引き出しの容易さ
Table 6 : Copy Machine DSM
Table 7 : Copy Machine DSM (Optimized)
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