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◆ 2015 年 6 月 26 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 行政法 No.155
文献番号 z18817009-00-021551238
警察の山岳遭難救助隊による救助活動について国家賠償請求が認容された事例
【文 献 種 別】 判決/札幌高等裁判所
【裁判年月日】 平成 27 年 3 月 26 日
【事 件 番 号】 平成 24 年(ネ)第 591 号、平成 25 年(ネ)第 231 号
【事 件 名】 一部棄却、一部変更
【裁 判 結 果】 損害賠償請求控訴、同附帯控訴事件
【参 照 法 令】 国家賠償法 1 条 1 項、警察法 2 条 1 項、警察官職務執行法 3 条 1 項 2 号
【掲 載 誌】 判例集未登載
LEX/DB 文献番号 25506179
……………………………………
……………………………………
け固定した。隊員が交代する間、小隊長らは、下
方に置いてきたザックを回収するため斜面を降り
た。こうして、ストレッチャーの周囲が無人となっ
た間に、ストレッチャーがハイマツから離れ、ス
トレッチャーは第 1 滑落地点から距離約 670m 下
方まで滑落した(以下、「第 2 滑落」という)。救助
隊は、悪天候等により二次遭難の危険があると判
断し、当日の捜索を断念した。
翌日午前 7 時半頃、Aは発見され病院に搬送
されたが、凍死による死亡が確認された。
そこで、Aの両親である原告X1及びX2は、救
助隊が適切な救助活動を怠ったためAが死亡した
として、被告Y(北海道) に対し、国家賠償法 1
条 1 項に基づき国家賠償訴訟を提起した。
第一審(札幌地判平 24・11・19 判時 2172 号 77 頁)
は、Yの過失割合を 2 割として、X1らの請求を
認めたため、Yが控訴するとともに、X1らは過
失割合等を不服として附帯控訴した。
事実の概要
平成 21 年 1 月 31 日午前、Aは、スノーボー
ドを楽しむため、B、Cとともに、積丹岳に入山
した。BとCは途中で引き返したが、Aは単独で
山頂に向かった。
Aは、同日午後 1 時 40 分頃に山頂に到着し下
山を始めたが、悪天候による視界不良のため、自
力で下山できなくなった。そのため、Aは山頂付
近でビバーク(不慮の野営) することにし、Bら
との無線連絡を通じて北海道警察(以下、「道警」
という)に救助を要請した。
道警は、
警察官 5 名からなる山岳遭難救助隊(以
下、
「救助隊」という)を現地に向かわせるととも
に、同日夕方、ヘリコプターで山頂付近を捜索し
たが、悪天候と日没によりAを発見することはで
きなかった。
2 月 1 日早朝、救助隊はAの捜索を開始し、正
午頃、山頂付近でツェルト(簡易テント) を被っ
て倒れているAを発見した。このとき、Aは低体
温症になっていた。
Aの両脇を隊員が抱えるかたちで下山を開始し
て約 5 分後、隊員 3 名とAは雪庇を踏み抜いて、
「第
稜線から斜度約 40 度の斜面に滑落した(以下、
1 滑落」という)。これにより、Aの体調はさらに
悪化したため、隊員は、Aをストレッチャーに固
定し、ロープを使って稜線まで引き上げることと
した。
途中、ストレッチャーを下から押し上げる作業
に当たっていた隊員が疲労を訴えたため、小隊長
は稜線上にいる隊員と交代させることとし、その
間、ストレッチャーをロープでハイマツの幹と枝
にいずれも「ひと回りふた結び」の方法で結びつ
vol.7(2010.10)
vol.18(2016.4)
判決の要旨
控訴棄却、原判決変更。
1 救助活動の「公権力の行使」該当性
「山岳遭難救助活動も」警察法 2 条 1 項に定め
る「『個人の生命、身体及び財産の保護』との警
察の責務に含まれる」。救助隊は「警察官の職務
として北海道警察の任務である山岳遭難救助活動
を実施したのであるから、本件遭難に係る捜索救
助活動は、国家賠償法 1 条 1 項所定の『公権力
の行使』に該当する。」
2 救助義務の有無
警察官職務執行法(以下、「警職法」という)3
条 1 項 2 号に定める「『迷い子、病人、負傷者』は、
1
1
新・判例解説 Watch ◆ 行政法 No.155
ては、損害額の 7 割を控除するのが相当」である。
(以上、当事者の表記をA等に変更してある。)
例示であり、山岳遭難者も、同号所定の『適当な
保護者を伴わず、応急の救護を要すると認められ
る者』に含まれると解される」こと等から、小隊
長らは、
「Aを発見した時点でAを救助すべき職
務上の義務(救助義務)を負っていたというべき
である。」
3 救助義務違反の有無
(1) 「救助隊員が救助義務を負うからといっ
て、
結果的にAを救助できなかったことをもって、
直ちに救助義務に違反し、当該救助活動が国家賠
償法上違法と評価されると解することはできな
い。すなわち、……発見した山岳遭難者に係る救
助方法を決定するに当たっては」
、気象状況や遭
難者の状態、二次遭難の危険等、「種々の事情を
考慮しなければならず、かつ、これらの事情は容
易に変わり得るものであるから、種々の制約があ
るだけでなく、変化するこれらの事情に応じてそ
の都度臨機に対応しなければならないところ、救
助隊員は、山岳遭難救助養成講習会の課程を修了
した者、又は登山及び遭難救助技術に習熟し隊員
としての要件を具備している者から選ばれ……、
選ばれた救助隊員は必要な訓練を受けることとさ
れていること……をも考慮すれば、……救助方法
を決定するに当たっては、実際に救助活動に当た
る救助隊員の合理的な判断に委ねるのが相当であ
る。したがって、救助隊員の救助活動が国家賠償
法上違法となるのは、実際に救助活動に当たる救
助隊員及び当該山岳遭難者が置かれた具体的状況
を踏まえて、合理的と認められない方法を執った
場合に限られると解するのが相当である。」
(2) 本件についてみると、「『ひと回りふた結
び』の結び方で枝に結ぶと、結び目の輪が枝の先
の方にすべり、しなった枝から抜け落ちるおそれ
のあることは、容易に予見できた」。「ハイマツに
結束するに当たっては、……根元に近い幹の部分
に、荷重がかかると結び目の輪が締まる結び方で
結束すべきであった」。また、「滑落のおそれがあ
るにもかかわらず、救助隊員がAのそばを離れな
ければならなかったとは認め難い。」
以上により、
「ハイマツへの結束方法及び……
ストレッチャーのそばから離れた……行動は、明
らかに合理的とは認められない」。
4 過失相殺
Aに「軽率な判断」があったこと等を「総合考
慮すると、X1らに対する賠償額を決めるに当たっ
2
判例の解説
一 山岳事故と国家賠償
これまで、山岳事故について国家賠償訴訟が提
起される例は、公立学校山岳部の合宿中や国の登
山研修所の研修中に起きた事故について引率者の
安全確保義務等を問うものが主であり1)(最二小
判平 2・3・23 判時 1345 号 73 頁、富山地判平 18・
4・26 判時 1947 号 75 頁等)
、救助者の「救助活動」
上のミスを問うものは本件が唯一である2)。
山岳救助に限定せず、救助活動一般にまで視野
を広げると、消防法に基づく救急隊の救急業務の
ミスを問う国家賠償訴訟は、これまでにもあった
(大阪高判平 8・9・20 判タ 940 号 171 頁、京都地判
平 15・4・30 判時 1823 号 94 頁等)
。しかし、通常、
平時の街中で行われる救急業務と、悪天候の冬山
等の過酷な状況下でなされる山岳救助とでは、同
じ救助活動でも、救助者に課せられる注意義務は
異なると考えられる。
その意味で、「山岳救助」における「救助活動」
に係る国家賠償法上の違法性等について初めて判
断枠組みを示した本件各判決は、実務上、重要な
意味を持つ(ただし、Yは上告している)。
また、救助者に過失を認めた本件各判決は、登
山者の自己責任と救助者の責任のあり方をめぐっ
て、社会的にも注目を集めている。
二 救助活動の法的性質
山岳救助は、山小屋関係、地元山岳会、警察、
消防、自衛隊等、官民の様々な主体が行いうるも
のであり、関係法規や法的性質も様々である。本
件における救助隊の活動について、被告Yは、警
察法 2 条 1 項の警察の責務に含まれない「任意
活動、あるいは純然たる私的活動に準じるもの」
と主張した。
しかし、警察法 2 条 1 項は、「個人の生命、身
体」の保護を警察の責務としており、任意手段で
あっても、その責務を遂行するためのものであれ
ば、警察の職務行為に該当する3)。警察官が私的
な登山で偶然に遭難現場に居合わせ救助活動を
行ったのであればともかく、警察本部の訓令(「北
海道警察山岳遭難救助隊規程」) に基づき、警察本
2
新・判例解説 Watch
新・判例解説 Watch ◆ 行政法 No.155
の義務を確認的に規定したものと解される5)。同
項は、警察官が「迷い子、病人、負傷者等で適当
な保護者を伴わず、応急の救護を要すると認めら
れる者(本人がこれを拒んだ場合を除く。)」(同
項 2 号)を発見した場合、警察官はその者を「保
護しなければならない」としている。「迷い子、
病人、負傷者等」は自救能力のない者の例示であ
り、自救能力を欠き応急の救護を要すると認めら
れる遭難者も同号に該当すると解するのが一般
であるから6)、遭難者を発見した救助隊にはこの
意味での救助義務が発生する(横浜地判平 18・4・
25 判時 1935 号 113 頁参照)。本判決もまた、これ
を認めている(判決の要旨2参照)。
部長の出動命令を受けて行われた本件の救助活動
は、警察法 2 条 1 項の責務を遂行するための職
務行為と解される。本判決も、このような理解の
上で、本件救助活動を国家賠償法上の「公権力の
行使」に該当するとしている(判決の要旨1参照。
上記本件第一審判決も同様)。
三 救助義務とその違反
1 救助義務
警察は、山岳救助においていかなる義務を負う
であろうか。消防の救急業務についてであるが、
裁判例は大要、救急業務が、傷病者の生命身体の
安全に直接関係する緊急性の高い業務であること
から、消防法 2 条 9 項、同 35 条の 5 が行政上の
責務を定めるものであるとしても、地方公共団体
が救急業務を実施すべき事由を認知し、かつ、そ
れを実施することができる場合、地方公共団体は、
当該傷病者に対し、救命の可能性がある限り、救
急業務を実施すべき義務(救助に全力をあげる義
務)を負うとしている(上記大阪高判平 8・9・20、
2 救助義務違反
本件は、もっぱら②の段階での救助活動が問題
となった事案であることから、本判決は直接的に
は②の段階での救助義務にしか言及していない
が、その義務違反について、以下のような判断枠
組みを示した(判決の要旨3(1) 参照)。
すなわち、救助の失敗が即違法となるのではな
く、山岳救助は、気象状況、遭難者の体調、救助
隊の身体状態等の「種々の制約」の中で、刻々と
変転する状況に「臨機に対応」しつつなされなけ
ればならないこと、及び、救助隊員は、救助技術
に習熟し訓練を受けた者であり、一定の専門性を
有することから、救助方法については「救助隊員
の合理的な判断に委ね」られ、その時点の具体的
状況を踏まえて「合理的と認められない方法」が
とられた場合のみ、救助活動は国家賠償法上違法
となるという判断枠組みである。
これは、「裁量」という表現を用いないまでも、
変転する諸条件の中で、専門的な見地から、臨機
の判断を下していかなければならないという山岳
救助固有の事情を踏まえ、救助方法の選択につい
て救助隊に裁量を認め、「方法選択の不合理性」
という意味で、その逸脱・濫用がある場合のみ、
救助活動の違法を認める趣旨と解され、山岳救助
の特殊性に配慮した緩やかな違法判断の基準とい
うことができる7)。
本件事案への当てはめにおいて、本件第一審判
決は、第 1 滑落後、Aを崖上まで引き上げても死
亡していた蓋然性が高いとした上で、第 1 滑落を
招いた進行方向の取り方に方法選択の不合理性を
見出したのに対し、本判決は、第 1 滑落後もなお
上記京都地判平 15・4・30、佐賀地判平 18・9・8 判
時 1960 号 104 頁、奈良地判平 21・4・27 判時 2050
号 127 頁、さいたま地判平 22・5・28 判例集未登載
(LEX/DB 文献番号 25443402)参照)。
上記の通り、警察も国民の生命身体を保護する
責務を負い、山岳救助は特に緊急性の高い業務で
あるといえるから、警察も同様に、遭難の通報や
救助要請を受けた場合には、
「救助に全力をあげ
る義務」を一般的に負うと考えられる4)。
この義務の内容について、時系列的に、①通報
を受けてから遭難者を発見するまでの段階と、②
遭難者を発見した後の段階に分けて考えると、ま
ず①の段階では、警察に救助活動を行うか否かに
ついての裁量はなく(救急業務について、上記京都
地判平 15・4・30 参照)
、救出に向かうことが可能
である限り、可及的速やかに救出に向かい、遭難
者の発見に全力をあげる義務が発生すると考えら
れる。ただし、悪天候の冬山等の場合は、救出に
向かえるか否かや、捜索を続けるか否か等につい
て、判断が難しい場合がありえ、特別の考慮が必
要となる(下記四参照)。
その後、救助隊が遭難者を発見し、②の段階に
至った場合は、本人が救助を明示的に拒否しない
限り、遭難者を救助し適切な保護を与える義務が
発生すると考えられる。警職法 3 条 1 項は、こ
vol.7(2010.10)
vol.18(2016.4)
3
3
新・判例解説 Watch ◆ 行政法 No.155
救命可能性があったとの事実認定をもとに8)、第
2 滑落を招いたストレッチャーの固定方法(ロー
プの結び方)と隊員がストレッチャーのそばを離
れた行為を不合理と判断した(判決の要旨3(2) 参
照)
。
登山に詳しい論者曰く、本件救助隊のロープの
結び方は「登山の教科書に『間違った方法』とし
て記述されている」ものである等、総じて、本件
救助隊の「救助の技術、経験のレベルは高くなかっ
た」とのことであり 9)、上記の緩やかな判断枠
組みやAに 7 割の過失を認めた点も考慮すれば、
本判決の結論は決して厳し過ぎるものではなかろ
う。
助に全力をあげる義務を負っている(上記三1参
照)。また、警察等の公的組織が救助に消極的に
なれば、遭難者の家族等は民間の救助組織を頼ら
ざるをえず、民間救助組織にそのしわ寄せが来る
のであって、上記の官民間の法的手当ての差異に
鑑みれば、これは不合理である。
一般に警察が警職法上の権限を行使しなかった
場合、これまでの国家賠償訴訟の裁判例では、規
制権限の不行使に類似した判断枠組みによって
その適否が審査されているが(大阪高判平 17・7・
26 判例集未登載(LEX/DB 文献番号 28131286)
、神
戸地判平 16・12・22 判時 1893 号 83 頁、宇都宮地
判平 18・4・12 判時 1936 号 40 頁参照)、本判決の
余波として、今後警察が救助に対し過度に消極的
になるならば、それに対する司法審査は厳格にな
されるべきであろう。
四 自己責任か救助義務か
とはいえ、本件について、登山愛好家のブログ
等を見ると、遭難は「登山者の自己責任」である
として、救助隊に一定の過失を認めた本件各判決
10)
を批判する論調が強い印象を受ける 。
たしかに、民間の救助組織を念頭に置けば、登
山者の自己責任を強調することにも一理ある。な
ぜなら、民間人による救助の場合、公務員による
救助とは異なり、救助ミスの賠償責任は救助者個
人が負い(民法 698 条等)、救助者自身のけがや死
亡等には補償もなく、そこにおいて、民間救助組
織の救助義務を強調し、遭難者の自己責任を後退
させることは、民間救助組織に過酷を強いること
になりかねないからである。
しかし、
人命救助を責務として負う警察の場合、
救助に全力をあげることは職務上の義務であり、
民間人によるボランティアとしての救助とは区別
11)
されなければならない 。職務上の義務を負う
以上、漫然とした職務遂行について責任を問われ
ることは必定である。
もっとも、警察の救助ミスが厳しく問われるよ
うになると、その反作用として、警察が、万が一
の責任追及を避けるべく、①の段階の判断(救助
に向かうか、捜索を続けるか等)において救助に消
極的な決定を下すようになるおそれもなくはな
い。
たしかに、冬山等での救助の場合、本判決が救
助方法の選択について裁量を認めたのと同じよう
な論理で、救助に向かうか否か等の判断について
も、警察の裁量に委ねられると考える余地はある。
しかし、警察は、①②段階を通じて一般的に、救
4
●――注
1)早川和宏「山岳事故と国家賠償」高岡 18 巻 1 = 2 号
115 頁以下参照。
2)山岳事故の法律問題を横断的に整理するものとして、
溝手康史『山岳事故の法的責任』
(ブイツーソリューショ
ン、2015 年)が参考になる。
3)警察制度研究会編『注解警察官職務執行法』
(立花書房、
2005 年)10 頁参照。
4)伊藤勝男「山の遭難対策の現状と警察活動上の問題点
について」警論 19 巻 2 号 115 頁参照。
5)古谷洋一編著『注釈警察官職務執行法〔4 訂版〕』(立
花書房、2014 年)19 頁参照。ただし、警職法 3 条 1 項
1 号該当の場合、同項は、被保護者の同意を要しない即
時強制の根拠規範として機能する(同 225 頁以下参照)。
6)警察制度研究会・前掲注3)81 頁、古谷・前掲注5)
243 頁参照。
7)ほぼ同様の基準を採用している本件第一審判決につい
て、溝手・前掲注2)51 頁も同旨。
8)本件の事実認定では、第 1 滑落後の救命可能性の有無
が重要な意味を持っていたように思われるが、控訴審で
は当事者が争わなかった(双方が救命可能性を認めた)
ためか、本判決のこの点の認定はごく簡素である。
9)溝手康史「続・山の法律学 27」岳人 2013 年 3 月号
163 頁参照。
10)長尾英彦「遭難者の救助活動における過失」中京 48
巻 3 = 4 号 252 頁以下も、本件第一審判決を批判してい
る。
11)溝手・岳人 2013 年 3 月号 162~163 頁も同旨。
大阪経済大学准教授 戸部真澄
4
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