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第4部:遺伝形質の検査(Examens des caractéristiques génétiques

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第4部:遺伝形質の検査(Examens des caractéristiques génétiques
1
第 4 部:遺伝形質の検査(Examens des
caractéristiques génétiques):被検者の意
思の尊重および情報提供の強化
遺伝形質の検査に適用される法規範は、民法、刑法および
公衆衛生法典に定められ、それらは、被検者の明白な同意
による検査の実施(民法 16-10 条)、結果について完全に
« 遺伝学的検査(tests génétiques) »という表現は、出生
知りうること(公衆衛生法典 L1111-2 条)、遺伝形質によ
前の早期の段階に親から受け継いだり獲得したりした人
る差別およびスティグマの禁止(民法 16-13 条、刑法 225-1
の遺伝形質を明らかにするために実施される分析の総体
条以下)という原理に基づいている。とくに遺伝形質によ
を意味するものとして使用されている。すなわち、DNA、
る差別およびスティグマの禁止の原理は、国際レヴェルで
染色体あるいは分子細胞遺伝に関わる分析や、一定の生物
も認められている。
学的分析のことである。メディアでは、この表現は、個人
のゲノムの特殊性によってある人物を識別するために使
遺伝形質に基づく差別(刑法 225-1 条以下)および遺伝形
われる DNA に関する分析を指し示す目的でも使われてい
質の検査や遺伝子型による識別に基づく権利侵害、および
る。
遺伝形質の検査によって被検者から得られた情報の医療
的・科学目的から外れた利用は、刑事上の制裁の対象であ
このような広い(表現の)使用方法を考慮すると、« 遺伝
る(刑法 226-25 条以下)。
学的検査(tests génétiques)»は、基本的には、次のよう
な 3 種類の適法な使用の対象となっている;
これらの原理についてはコンセンサスがあるものの、検査
が実施された被検者の遺伝形質に関する複数の情報を明
医 療 実 務 で 用 い ら れ て い る 遺 伝 子 分 析 ( analyses
らかにしうる技術的変革に鑑みれば、たとえその情報がと
génétiques)の主たる目的は、検査が実施される被検者や
りわけ検査の対象となっていなかったとしても、民法
潜在的に関係している親戚の、疾病や遺伝病のリスクを示
16-10 条が定める同意の範囲については、疑問を感じ得な
す遺伝形質を探すことである。また、被検者の遺伝形質に
い。それらを知ることが被検者にとって利益になることも
応じて、治療や予防のための措置を適応させるために利用
ありうる。このような技術革新は、被検者の明白な同意の
されている(薬理ゲノム学)。
要件を問題とするものではないが、この同意を表明する前
かつ遺伝形質の検査の実施前に、このような複雑な研究の
学術的な研究で用いられている遺伝学的検査(études
可能性について被検者に必ず情報が知らされる必要があ
génétiques)は、多くの場合、表現型(phénotype)に結
る。処方箋を出す医師は、公衆衛生法典 L1111-2 条に定め
びつく遺伝上の決定的因子を識別するために用いられる。
られているように、場合によっては被検者の知らないでい
遺伝に関する研究は、これまでは主に遺伝病の解明や遺伝
ることを希望するという意思を尊重するために、当該被検
学的しくみに関係していた。
者が検査結果の全てについて知りたいと思っているかど
うかを確かめなければならない。
証拠のための、遺伝型(empreintes génétiques)による
人物の識別のための分析は、ゲノムに固有な特徴によって
遺伝形質の検査と医療実務
個人を識別することが可能であり、ひとたび特定されれば、
当該人物の DNA の履歴と、同じ血統にあると思われる人
これらの遺伝学的検査は次のように分類できる:
物のそれとを比較することで親子関係の確定や否定がで
-診断のための検査(tests diagnostiques):遺伝的性質
きる。遺伝子型の識別は、ある世代から次の世代へ恒常的
の疾病の診断の実施、確認、場合によっては除外あるいは
に伝えられる、個人の特殊な遺伝学的特徴の組み合わせの
精査するための検査
分析によるものである。
-発症前検査(tests pré symptomatiques)
:ある個人が、
国務院『生命倫理法の改正』
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遺伝病の発症が極めて高い蓋然性、さらには 100%に近い
務の中で広まっているため、この分野における規制は現在
確率で起こりうる遺伝的な変異(ハンチントン病、Steinert
十分とはいえなくなっている。
病、一定の遺伝性の癌)を持っているかどうかを決定する
ための検査。予防的措置は極めて多様である。たとえば、
現在、遺伝学的検査は、試験管内(in vitro)診断に関す
外科手術が行えるケースなど、場合によっては非常に有効
る医療装置に関する公衆衛生法典の規定に基づくもので
である(たとえば、高い確率で乳がんが発症することを示
ある。これらの規定は複数の共同体指令の国内法への転換
す BRCA1 の遺伝子の変異が見られた際の乳房切除法)。
に基づく。遺伝学的検査を市場で行うためには、製造業者
他のケースでは、現段階では全く予防法が無い場合もある
または第三者機関によって作成された証明書が必要であ
(ハンチントン病)。
り、これが、検査の精度と、被検者にとっての安全性に関
-易 罹 患性 検査 ( prédisposition )(ま たは 発 症可 能性
わる要件を満たしていることについて証明する(公衆衛生
(susceptibilité))の検査:発症前検査と類似するが、遺
法典 L5221-1 条以下)。検査によって被検者にもたらされ
伝病を発症する可能性が低い場合、あるいは極めて低い場
るサービスである臨床的な効果と有用性は、何よりも技術
合に利用される。これらの検査は、現在開発途中にあり、
の質に応えるためのこれらの基本的な要件を決定する際
決定因子が複数あるために複雑な遺伝病に対する傾向の
に副次的に考慮されるにすぎない。但し、事故が生じた場
≪範囲≫の概念を定義することに貢献するものである。こ
合には、AFSSAPS が事後的に当該商品を市場から排除す
れらの検査は、いくつかのがん、高血圧、心不全、いくつ
ると同時に欧州委員会に対して報告を行っている。
かの神経変性疾患ほかに関係する。
-子孫へのリスクを測るための遺伝学的検査:本人は未だ
検査を受けた被検者がこのような検査から誤った結論を
発症していない疾病の遺伝的要素が伝達されるリスクを
導き出さないように、かつ被検者が予防や治療目的とは相
測ることができる。大抵の場合、劣性遺伝の疾患が関係す
容れない行動をとることがないように、保護を保障するこ
る。
とが必要である。このような視点からも、現行の製造業者
または第三者機関によって作成された証明書に基づく法
これらの分類は相互に排他的ではなく、ある検査の目的は
制度は、十分であるとは言えない。
複数にわたる場合がある。たとえば、診断のための検査お
よび発症前検査は、とくに優性遺伝の疾患の場合には、と
しかしながら、共同体の枠組みによりマンパワーには限界
もに子に関係する。
がある。現在、指令が検討されている。このような状況に
おいて、国務院は、これらの検査が惹起する倫理的課題、
さらなる検討の余地があるのは次の 2 つの問題である:遺
効果と有用性への懸念および公衆衛生に関わる問題が、そ
伝学的検査の市場化および血縁者への情報の告知の方法
れらが市場に出される前にもっと考慮されるべきである
である。
と勧告する。これらの検査は、公衆衛生や人の保護に関し
て最もデリケートな問題を惹起させるがゆえに、医薬品に
医療目的での遺伝学的検査の市場化についての枠組
関する既存の制度に類似するような、市場化に関して制裁
みの設定
を伴う許可制度の創設が提案されなければならない。
科学技術に関する報道は、しばしば、ゲノム全体について
あらたな共同体法上の枠組みが整備される前に、保健担当
の研究を総合することで可能となった、共通の疾病のため
大臣は、一般の人が利用しうる検査(自己診断)が医学的
に実施される新たな遺伝学的検査の市場の現状をとりあ
な処方に基づく場合に限って命じられるよう、それらの検
げている。すなわち、高血圧症、糖尿病、喘息、がんなど
査の一覧を示すことを目的として、公衆衛生法典 L5221-6
である。このような知識がしばしば急速すぎる形で医療実
条に定められているアレテを発令することが望ましい。さ
国務院『生命倫理法の改正』
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らに、一方で、自由に利用できない検査の処方を出す場合
指令の特別な規定によって規律されている。とりわけ、本
は、当該被検者にとって期待しる利益を考慮すること、他
人の知らない間に使われないよう本人を保護するための
方で、被検者はそれらの検査の信頼度と予防的意義につい
保障や、あるいは結果の秘匿性の保障の枠組みを定めるた
て知らされなければならないことについて規定すること
めに、これらのテストの利用の条件については規律する必
が望ましい。
要がある。受領した生物学採取物が、確かに当該テストを
依頼した本人のものであることを確認することは、これら
さらに、遺伝以外の検査を市場化することについては、同
のテストを実施する検査所の役割であるという原則を盛
様の公衆衛生上の問題を引き起こすので、同様のアプロー
り込むべきである。
チが検討されるべきである。
国内的レヴェルでは、本人の知らない所での遺伝子テスト
インターネットを介した遺伝学的検査へのアクセ
の利用やそれによって得られた情報の使用については、す
ス:質に関する基準を確立すること
でに刑法上の制裁の対象となっている。刑法 226-251 条は、
≪医療または学術目的以外で遺伝形質の検査を実施する
近年、インターネットを介した遺伝子テストを提供する会
こと、あるいは民法 16-10 条に定められた条件に基づいた
社の増加が著しい。それらの会社は、大抵は、国外に、場
事前の同意がないまま医療または学術目的で遺伝形質の
合によっては EU 外にある。検査所または自己診断によっ
検査を実施すること≫を科罰の対象としている。また同法
て、自由に利用できる検査である。一部には、有用性があ
226-26 条は、≪遺伝形質の検査によって得られた情報を、
り予測可能性が認められるもの(家族性乳がん・卵巣がん
その医療または学術目的から逸脱させること≫も刑事罰
を調べる BRCA1 遺伝子と BRCA2 遺伝学的検査など)も
の対象としている。したがって、違法な目的による遺伝子
あるが、医療目的でも有用性が認められていないもの(多
テストの利用は刑事上制裁を科される。これらの規定は、
因子遺伝病に関するテスト)や、全く医療目的でないもの
公衆衛生法典 R1131-2 条に定められているすべての遺伝
もある。そのうち一部については、当該人物の“民族的な”
形質の検査に適用される。これらの規定は、インターネッ
起源も特定できると主張する見解もある。
トを経由して自由に利用できる検査の広がりに鑑みれば、
維持されるべきである。
このようなテストの利用の完全な自由化は、とくにバイオ
テクノロジー関連の会社によって主張されているが、問題
何よりも、公衆衛生的な情報の提供と教育によって、市民
がないわけではない。その後の経過についての医学的な監
が、出所の分からなものを利用することや、適切なカウン
視および臨床上の有用性がないことが、被検者に対して、
セリングなしに自己診断テストを受けることの危険性に
さらには公衆衛生上のリスクとなる。これらのテストは、
ついて認識できるようになることが重要である。これに関
疾病ではなくリスクを検知するものであるが、一般の人の
して、一般市民にとって分かり易くて利用可能な情報を提
間では両者の区別はしばしば看過されている。これらのテ
供できるシステムを実施する必要がある。自由にアクセス
ストは遺伝カウンセリングの過程では行われず、検査を受
できるテスト(自己診断を含む)の質を判断するための一
ける人の健康に関する情報の秘匿性や保護についての適
覧表となる指針を作ることが求められている。この評価は、
切な保障がなされていない。本人が知らない間に、(毛髪
インターネット上で公開され、当該テストの科学的効果、
やそれ以外の生物学的要素の採取のみで十分であるから)
臨床的有用性、結果の信頼性および予測可能性に関わる。
それらが利用される危険性は排除できない。
指針は、被検者の個人情報の保護の手段や、提案されてい
るような同伴の条件にも関わる。指針の策定は、ABM と
共同体の枠組みでは、インターネット経由での遺伝子テス
連携のもと、AFSSAPS に委託されうる。ヨーロッパレヴ
トへのアクセスについては、現在見直しが進められている
ェルでも規定は検討されるべきである。
国務院『生命倫理法の改正』
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法典 L1131-条は、普通法上の手続にしたがい本人自身が
血縁者に情報を伝えなかった場合でも当該被検者は責任
家族/血縁者への情報伝達の条件の明確化
を免れると定めている。しかし、被検者の責任は完全に免
除されるわけではない:被検者が ABM の助けを借りて実
遺伝形質の検査の結果についての本人への告知は、厳格な
施される手続にしたがって情報を伝えることも同時に拒
情報伝達のルールが適用されている:担当医師は、これら
むときは、責任は問われうる。このような法解釈は、過失
の結果を個別の医療カウンセリングの一環として被検者
ある行為によって被った損害に対して賠償を得る権利を
に伝える。但し、被検者は、検査結果が告知されることを
法律は被害者から奪ってはならないとする憲法的原理に
拒否することができる。
も合致する。しかし、家族への告知手続に関して適用され
る措置に関わるデクレは未だに出されていないから、この
血縁者(apparentés)への情報伝達には別のルールが適用
手続は現在も実施されないままである。事実上は、血縁者
され、これは、重篤な遺伝病と診断されかつ予防措置や治
に情報を伝えなかった被検者を完全に無答責とする制度
療が可能である場合に行われる。
となってしまっている。
公衆衛生法典は、関係する血縁者への告知について選択可
公衆衛生法典 L1131-1 条が規定する家族への告知手続が
能な二つの方法を規定している。通常は、治療や予防的措
実施されなかったのは、一般的に、この手続が法的および
置を施すことができる場合には、当該検査を受けた本人は、
実務的に重大な問題に直面しているからである。とくに、
重篤な遺伝病の診断に潜在的に関係している血縁者に対
2つの手続(直接の伝達か、ABM の助けを得るか)の区
して自ら情報を告げなければならない;この手続は血縁者
別は分断されすぎている。
への情報の伝達に関する普通法上の手続であるとする国
会での審議に基づく。また、立法者は、検査を受けた本人
したがって、遺伝カウンセリングの初期段階から、被検者
が情報を血縁者に伝えることを望まない場合や、伝えるこ
本人の同席のもとで血縁者に情報を提供するためのルー
とができない場合には、≪家族的性質をもつ医学的な告知
ルを検討する必要がある。医療目的での遺伝形質の検査の
の手続≫も規定している。これは、関係する本人が同意す
実施前に、重篤な遺伝病の診断が下され、治療または予防
る場合に限り認められる。被検者本人が、連絡すべき血縁
法がある場合には、血縁者に情報を伝達する条件について
者とその連絡先のリストを医師に提示すると、次にこれら
準備するために医師と被検者の間だけの話合いは維持さ
の情報は ABM へと伝達され、ABM が医師を介して、関
れるべきである。
係する医学的情報があることについて血縁者に知らせる。
この補完的な手続は、被検者本人が、一方で、彼の告知の
現行法上では、医学目的での遺伝形質の検査を受けた本人
義務を果たしかつ医学的な情報の秘密性と血縁者の利益
がまず血縁者に告知すべきであるという原則が明示的に
の両者を調整しつつ、他方で、血縁者へ情報を伝えること
は規定されていないので、明文で規定すべきである。但し、
の困難さと対峙しないようにすることが目的である。
自らが重篤な遺伝的な疾病の保因者であることを知った
被検者だけに情報の伝達を任せることは、彼(女)を極め
被検者が、遺伝子テストを受け陽性と判断された場合に、
て困難な状況に陥れることになる。それゆえ、この原則の
その情報を血縁者に伝えなかった場合、当該遺伝病が予防
実施は、事前の医学的な介助によって補われなければなら
や治療の対象となっていて、告知しないことが関係する血
ず、その原則は法律によって定められ、またその適用は行
縁者が適切な治療を求めないことにつながる場合は、理論
政立法によって規定されるべきである。
上は、疾病を回避する機会の逸失を招いたことを理由とし
て責任を問われることになる。現行の規定では、公衆衛生
被検者本人が情報を伝達できる状態にない場合には、結果
国務院『生命倫理法の改正』
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に関係する血縁者あるいはかかりつけ医に関して自分が
ることを可能とする情報の伝達がなかったという機会の
所有している連絡先を医師に渡し、これらの者へ手紙を送
喪失という損害を被ったとして、血縁者から損害賠償請求
付することをこの医師に依頼してもよいであろう。
訴訟が提起されれば、民事裁判官は潜在的に関係している
血縁者に情報を伝達することが困難であったか、あるいは
医療情報の秘匿に対する例外は、必要な場合に厳格に限定
不可能であったか、および被検者が医師を介した間接的な
されなければならない:伝達される情報は、検査を受けた
伝達について同意していたかどうかについて審査するで
被検者の自分の身元が特定されないという希望および血
あろう。
縁者の知らない権利の両方を保護しなければならない:ま
た血縁者の医療情報を知りたいという意思も侵害しては
国務院は、このような方向で公衆衛生法典 L1131-1 条の再
ならない。医師からの通知は、発見された遺伝病の性質は
検討を提案する。また、上で提案したルールの一部は、必
記載されず、関係する血縁者に遺伝カウンセリングを受け
然的に憲法 34 条が定める法律制定事項に関わる:たとえ
るよう勧めるにとどめられるべきである。遺伝病の性質は、
ば、血縁者への告知の原則を確立する規定、医療情報の秘
血縁者がこの手続を踏んだ場合に限って明かされる。同様
匿に対する例外を認める規定およびそれを規制する規定、
の理由から、通知の文書が、最初の遺伝検査を受けた被検
医師の義務を明確にする規定、遺伝子テストを受ける被検
者の名前を明かしてはならない。
者の責任の範囲を定めその同意の条件などを規律すると
いった規定である。これに対して、関係する血縁者へ情報
国務院は、これらの情報を伝達することを被検者本人が拒
を伝達するための手続や、その伝達の条件の整備について
絶する場合に、医療情報を開示することを医師に認めるべ
は行政立法の対象となる。但し、これらの規定は相互に複
きではないと考える。被検者本人の同意なく医療情報を開
雑に絡み合っているから、明確に区別できる2つの法文で
示することは医師と被検者の間の信頼関係を弱める可能
規定することは難しい。以下に掲げる法案では、行政立法
性がある。しかし、あるヨーロッパの国、すなわちスイス
で定めるべき規定については、括弧[
]で示している。
では、一定の条件のもと、医療情報の開示が認められてい
る。直接または医師を介して血縁者に情報を伝えることを
被検者が拒否する場合における仲介または和解のための
機関の設置の可能性も検討した上で、最終的に国務院は、
この解決策(医師の判断による情報開示)を採らないこと
とした。このような機関は実際に医療情報を開示すること
を認めたり、医師にそれを行う権限を与えたりすることが
できる:これによって、医師と被検者の間の信頼関係が弱
められる危険がある;さらに、この極めて補完的なシステ
ムが、現場においては普通法上の仕組みになる危険性があ
り、このような機関の責任の問題が発生するであろう。こ
の機関は、関係する血縁者の連絡先を見つける為に広い調
査権限を持つ必要がある。最後に、このような機関がもつ
権限は、公衆衛生の他の問題へと必ず拡大するであろう。
被検者が、直接であれ医師を介してであれ、血縁者への情
報伝達を拒む場合には、民事責任に関する普通法上の原則
が適用されるであろう。適切な予防または治療措置を受け
国務院『生命倫理法の改正』
6
公衆衛生法典 L1131-1 条の改正の提案
Ⅰ-人の遺伝形質の検査あるいは遺伝型による識別は民法典第 1 部第 1 編第 3 章の規定、および本部第
2 編の規定を妨げることなく本編の規定によって規律される。
但し、当該者の同意を得ることが困難であるとき、場合によっては L1111-6 条に規定されている信頼の
おける人(personne de confiance)
、家族、家族がいない場合には近しい人に意見を求めることが困難で
ある場合には、当該者の利益のために医療目的で検査や識別を行うことができる。
Ⅱ-検査の実施に先立ち、検査を実施する医師は、当該者または場合によってはその法定代理人に対して、
重篤な遺伝的異常が検知された場合に潜在的に関係している血縁者に対して黙秘することがこれらの者
に対して及ぼしうる危険性について告知し、予防または治療のための措置が提案されうることを伝える。
[検査を実施する医師は、当該者または場合によってはその法定代理人に対して、情報の伝達が必要とな
った場合に備えて、潜在的に関係する血縁者に知らせるための手続についてあらかじめ準備する]
Ⅲ-[ある人の遺伝形質の検査によって重篤な遺伝的異常がある旨が診断された場合には、伝達される情
報は医師の署名がなされた文書にまとめられ、当該者または場合によってはその法定代理人に渡される。
法定代理人は文書が渡されたことを確認する]。本条のⅣの規定を留保して、当該者または場合によって
その法定代理人は、予防または治療のための措置が提案されうるのであれば、その連絡先を現に所有して
いるか、あるいは獲得することが可能な潜在的に関係する血縁者に対して、直接に情報を伝達する義務を
負う。
Ⅳ-潜在的に関係する血縁者あるいはそのうちに一部に対して情報を伝えることが困難である場合には、
検査を実施する医師は、当該者または場合によってはその法定代理人の同意を得たのち、それらの血縁者
に情報を伝達することができる。[したがって、当該者または場合によってはその法定代理人は、自らが
所有する血縁者の連絡先または場合によってはそれら血縁者のかかりつけ医の連絡先を当該医師に伝え
る。]検査を実施する医師がこれらの血縁者またはそのかかりつけ医に送付する文書は、自らまたは自分
の患者に関係しうる家族性の医療情報が存在することを、検査を受けた本人の名前、遺伝的異常および当
該者が晒されている危険性を明かすことなく知らせるものである。この文書は、必要な場合には予防また
は治療のための措置が実施される旨を明記し、かつ本人の希望があれば遺伝カウンセリングを受けること
を勧めるものである。
Ⅴ-検査を行う医師に課される情報伝達義務は当該者または場合によってはその法定代理人に対してⅢ
に定められた情報を記載した文書を渡すことによって履行される。当該者にとってⅣに記載されている状
況が不可能または困難である場合は、検査を実施する医師は、検査を受けた人または場合によってはその
法定代理人が、本項に定められた条件のもとでそれを委任していれば、潜在的に関係する血縁者に情報を
伝達することでその義務は履行される。
Ⅵ-L1111-2 条 2 項および L1111-7 条の例外として、検査に関係する人または場合によっては本条の
Ⅰに記載された人に対して当該検査結果を伝える権限は、遺伝形質の検査を行う医師のみに認められる。
国務院『生命倫理法の改正』
7
生法典 L1211-2 条および L1243-3 条に規定がある。
学術・研究目的での遺伝学的検査:法律によっ
て定められている保障を尊重しつつ、既存の
組織や細胞に関する研究を促進すること
この枠組みに関しては、全体の一貫性を強める為に、立法
的な改正をすることが有効であろう。
フランスにおける人に対する研究の法的枠組みに関して
本報告書は、とくに、すでに採取された組織や細胞につい
は、多くの議論の対象となり、それが 2009 年 1 月に国民
て遺伝学的な研究を実施することの問題について検討す
議会第1読会で採択された議員提出法案につながった。
る。これらについては、現行法では、厳格な条件が課され
ている。
現行法には、4つの研究カテゴリーが存在する。
人体の構成要素が、治療目的あるいは研究目的で採取され
第一は、人に関する生物医学的研究に関わるものである。
保存される場合に、新たな研究方法や新しい可能性が発見
これは、1988 年の Huriet-Sérusclat 法によってカバーさ
されたのちに研究を進めるためにそれらの採取物を利用
れており、その後何度か改正され、公衆衛生法典に再録さ
することは効果的かつ適切である。この状況はとくに、遺
れている。
伝学的研究のための機器が開発される前に行われた採取
に関して顕著である:ある疾病に関する生物学的または化
第二は、2004 年の公衆衛生政策に関する法律によって作
学的研究の中で採取された保存物は、今度はあらたに、同
られたカテゴリーである。これは、実際に行っている治療
一の疾病の遺伝学的要因を探るために利用することが可
の効果を判断するために行われる研究に関する簡素化さ
能である。
れた制度である。
1° 人に対して行われる研究については、公衆衛生法典
第三のカテゴリーは、立法上は明確に特定されない。これ
L 1121-1 条に規定がある。研究目的での遺伝形質の検査は、
は、その監視を変更することなく、あるいは患者に対して
民法 16-10 条、公衆衛生法典 L1131-1 条および情報、ファ
研究に特殊な行為を追加することなく患者のコホートを
イルおよび自由に関する 1978 年 1 月 6 日の法律第 78-17
観察する研究である。これらの調査は介入することなく知
号 53 条から 61 条によって規律されている。これらの適用
識を得ることができるため、立派な研究であるといえる。
可能な立法によって作られている制度の基本的な原則の
今日、このカテゴリーの研究は、ある保健衛生製品の市場
一つに、研究についての事前の同意の要件がある。この同
化の許可を得たのちに患者の追跡調査をする目的ではと
意は明示的でなければならず、(民法 16-10 条により)≪
くに工業的に関心が高く、学術機関に関しては、これらの
当該者が検査の性質と目的について十分に説明されたの
追跡調査は生物学的な集団の形成を意味するので同じく
ちに、検査の実施に先立って文書によってなされた同意で
関心が高い。これらの計画は、保健総務局および国立医学
なければならない≫。
衛生研究所において優先事項とされているが、現行法の規
定がないためにこれらの計画は暗礁に乗り上げている。
2° より特殊な場合として人体の産物を当初採取された時
とは異なる目的で利用することについては、2004 年 8 月 6
第四のカテゴリーは、別の目的のために採取された人の生
日の生命倫理法によって認められており、採取に関してす
物学的サンプルを必要とする計画に関するものである。生
でに同意が得られていることから、同意の獲得条件に関し
物医学的研究の一環で保存されているサンプルに関する
ては緩和されている。
研究や、患者を治療する中で得られた収集物の利用である。
これに関しては、2004 年の生命倫理法、とりわけ公衆衛
この点に関する 2004 年 8 月 6 日法の規定は、公衆衛生法
国務院『生命倫理法の改正』
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典 L1211-2 条に収録され、次のような原則に則っている:
前に、その性質と目的および自ら行使しうる拒否権につい
-採取が行われた本人は、研究計画について事前に知らさ
ての情報をとくに与えられるものとする旨を定めている。
れなければならず、反対の意思表示を妨げられてはならな
但し、研究が≪識別可能な生物学的採取の収集≫を必要と
い
する場合には、さらなる義務も課されうる:56 条によれば、
-但し、次の 2 つの場合においては、本人に知らせる義務
この場合は、データが使用される前に当事者の明白な同意
は免除される:この義務が≪本人を発見することが不可能
が得られていなければならない。この規定の適用範囲は明
なこと≫に直面する場合(とくに、本人の死亡後)、また
確ではない。なぜなら、研究の一環で採取された人体のあ
は研究代表者からの諮問を受けた「患者の保護ための委員
らゆる要素が、潜在的には当該人物の遺伝型の特定を可能
会」が、このような情報の伝達が必要ないと判断した場合
とするため、それ自体≪識別可能な≫性格を有するからで
である。但し、採取された要素が生殖細胞または生殖組織
ある。たしかに、この規定は、実施される研究方法が識別
を構成する場合にはこれらの例外は認められず、この場合
可能なデータを収集する可能性をもつ場合に、当事者の明
には、本人死亡後の再利用について本人自身が事前に知ら
白な同意を得ることを研究責任者に義務付けるものと理
されていない場合には、そのような再利用は禁止される。
解すべきであり、まさに遺伝形質に関する研究はこれに当
たる。この場合、情報の伝達およびデータの使用に対する
3° しかしながら、この規定は、事後の使用が保存されて
拒否権の可能性に基づく普通法の枠組みよりも、明白な同
いる要素の遺伝的形質に関わる場合には適用されない。実
意を得るという義務が優先される。
際には、このような場合にも提供者の明白な同意の要件を
免れ得ないことが複数の規定から導き出される:
2004 年に定められたこれらの 3 つの規定から、立法者は、
-民法 16-10 条は、≪人の遺伝形質の検査は医療目的また
あらゆる遺伝学的研究は本人の識別が可能であることか
は学術研究という目的に限り実施しうる≫と定め、≪当該
ら、何よりも、本人を識別することができるような研究か
者の明白な同意は、当該者が検査の性質と目的について十
ら当事者を保護することを意図していたといえる。この保
分に説明されたのち、検査の実施に先立って文書によって
護の意思は今後も維持するに値するが、これまでの経験か
得られなければならない。同意は検査の目的に言及する。
らすれば、実施されている遺伝学的研究は、その大部分が
同意は書式にかかわらずいつでも撤回可能である≫こと
特定の遺伝子(génes)に関わるものであり、一般的には、
を規定している。
その目的および効果のいずれにおいても関係する提供者
-この原則は、公衆衛生法典 L1131-1 条によって再度確認
を識別するものではない。
されている。同条によれば≪人の遺伝形質の検査あるいは
遺伝型による識別は民法典第 1 部第 1 編第 3 章の規定、お
法律によって定められている原理を侵害しない範囲
よび本部第 2 編の規定を妨げることなく本編の規定によっ
で緩和を考えること
て規律される≫。
これらの規定は、明白かつ特定された同意の要件を規定す
いずれにせよ、学術目的での形質検査に関する規定は、そ
るものであり、L1131-1 条は公衆衛生法典 L1211-1 条の緩
の研究が遺伝学的分析によって従前の研究を補完する目
やかな制度を参照するものではない。
的である場合には、特定の疾患に関する研究や治療の一環
-最後に、研究が実施されたあとにそこから得られたデー
として採取された既存のサンプルの集積に関して計画さ
タの取り扱いについては、特別な要件が適用される。情報、
れている研究と比べても過度に厳格すぎるように思われ
ファイルおよび自由に関する 1978 年 1 月 6 日の法律 8 条
る。実際、研究者は、一般的に、生物学的なサンプルの採
によれば、健康に関する研究目的で使用されるデータの取
取時には、自らの研究の必然的結果、とりわけ遺伝学的分
り扱いは同法 53 条から 61 条に規定されている条件にした
野においての結果がどの程度のものかは知らない。同意を
がって行われる。57 条は、当事者は、データが使用される
得るために事後的に関係者を探すことは難しい(転居、死
国務院『生命倫理法の改正』
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亡など)。他方、このような研究は科学的および治療的側
る。その目的は、とくに以下の点を明らかにすることにあ
面において、現実の利益をもたらしうる:たとえば、カク
る:
テル療法がまだ使われておらず提供者の一部が死亡して
・研究が≪学術的側面において重要な利益≫をもたら
いた 1980 年代に収集されたサンプルに基づく HIV に関す
すこと
る研究がある;これらの提供者からは事後の研究に対する
・研究目的が≪同意を得られる生物学的試料を用いる
同意は得られていたが、その当時、それは義務付けられて
ことでは合理的に達成しえない≫こと
いなかった。エイズ治療薬の新たなシリーズに関する研究
・研究目的での使用について当事者の≪いかなる明示
は死亡した人を対象外とすることなく実施することがで
の拒否の意思表示≫も認められないこと
きたし、同意がない場合には、現行法の規定のように、≪
・最後に、≪不可逆的な方法で匿名化された≫人の生物学
失踪者協会(perdus de vue)≫が同意の獲得を命じるこ
的試料に関しては、匿名化に先立ち予め当事者によって課
とも可能であった。
された制約に相反しない限りにおいて使用しうる(23 条)。
現行の規定をこのようなケースに適用できる仕組みによ
当初の予定以外の目的のために採取物を使用する場
って補完するべきである。これは次のような 3 つの基本に
合における同意の確保に関するアドホックな制度の
必要な保障である:関係者を見つけることができない場合
構築
(たとえば、死亡)を除いて、例外なく拒否権を認めるこ
と;提供者の知らないところで識別が可能となるような遺
ここに提案する新たな制度は、新たな研究が遺伝形質に関
伝情報の収集を阻止すること;研究の結果が関係者に知ら
係しない場合に適用される公衆衛生法典 L1211-2 条から
されなければならない場合に適切な情報の手続を定める
概ね着想を得て、かつこれに必要な調整を加えたものであ
こと。
る。したがって、新たな規定を整えることが望ましい。
ヨーロッパ評議会の閣僚委員会は、≪人の生物学的試料
-この新たな制度は、当該研究が提供者を識別しうるよう
(matériel biologique humain)≫を用いる研究に関して、
なデータの取得を可能としない場合に限られる。これは、
構成国に対する勧告を採択した。この勧告は、当該分野に
データの取り扱いの段階において、1978 年 1 月 6 日の法
関する特別な規定がない限り遺伝学的研究も含むもので
律 56 条が定める明白な同意の要件が適用されないケース
ある。同勧告は、≪人の生物学的試料≫を用いた研究が進
である。実際は、遺伝的検査を伴う大半の研究は提供者を
んだ結果、当初(提供者が)同意した範囲に当該研究がも
識別することを目的とはしていない。
はや当てはまらなくなった状況に関するものである。同勧
-採取が行われた当該人物を見つけることが可能な場合
告は、参照すべき興味深い要素を含んでいる:
には、予定されている研究の前に情報が与えられなければ
・同勧告 21 条は、≪人の生物学的試料≫を用いる研究は、
ならない;この情報は、最初の同意が得られた時と同様の
≪ 関係者の同意の範囲にある場合に限り ≫実施できると
手続にしたがい提供される;この事前の情報提供の手続の
する原則を定めている。
実施については記録保存されなければならない;明示の拒
・但し、22 条は、研究が、識別可能な生物学的試料を用い
否の意思表示が無い場合には、採取物の二次的使用が認め
るものでありかつ当初の同意の範囲にない場合には次の
られる。
ように定めている:
-提供者を見つけることが不可能な場合(たとえば死亡の
-まず、生物学的試料の新たな使用に対する同意を得る目
場合)には、当初の採取の目的の修正については、「人の
的で関係者と連絡をとる≪合理的な努力≫がなされる;
保 護 に 関 す る 委 員 会 ( Comité de protection des
-もしそれが可能でない場合、当初の同意を超える範囲で
personnes)」の評価に委ねられる。同委員会は、予定され
の当該試料の使用可能性について独立した評価がなされ
ている研究の学術的利益を検討し、とくに提供者に対する
国務院『生命倫理法の改正』
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事前の情報提供およびその意思表示に関する規定が遵守
されているかどうかを審査する。
-提供者が見つかった場合には、当該人物は、情報が提供
される際に、重篤な遺伝性疾患が診断された場合にそれに
ついて知らされることを望むかどうかについて尋ねられ
る。希望する場合には、公衆衛生法典 L1131-1 条が定める
手続きにしたがって血縁者への情報の告知がなされる。反
対に、提供者が見つからない場合には、研究者に対しては、
血縁者への告知についてはいかなる義務も課されない。
-これに対して、たとえ提供者が見つからない場合であっ
ても、人の生物学的試料のサンプルを不可逆的な方法で匿
名化することは提案しない。匿名化は、実際、二つの不都
合を含んでいる。すなわち、匿名化は、後日研究の存在を
知った提供者本人または血縁者が当該研究の結果を知る
ために自発的にやってきた場合にその研究結果の診断的
応用を妨げる。さらに、匿名化により、研究者は、生物学
的サンプルを得た提供者の書類の各項目を再検討すると
いう、研究にとっても有益となることを実施できなくなる。
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公衆衛生法典 L1131-1 条に関する改正の提案
≪民法 16-10 条および L1131-1 条 1 項の規定の例外として、研究計画について十分に情報を与
えられた当該者が反対の意思表示をしていない場合には、学術研究以外の目的で当該者から採取さ
れた人体の要素を用いて、学術研究目的での遺伝形質の検査を実施することができる。当該者が未
成年または後見人の就いた成年である場合には、拒否の意思表示は親権者または後見人によってな
される。
前項に定められた情報伝達の義務は、それが当該者の発見が不可能であるということに直面する場
合は、免除される。この場合、研究代表者は、研究作業の開始前に「患者の保護ための委員会」に
諮問しなければならない。同委員会は、当該者が遺伝形質の検査に反対していなかったことを確認
し、研究の学術駅利益について意見を具申する。
当該者が見つかった場合には、当該者は、研究計画について知らされる際に、重篤な遺伝的異常が
診断された場合にそれについて知ることを希望するかどうかについて尋ねられる。
本条の規定は、その結果が関係する人の匿名性を暴く可能性をもつような研究に対しては適用され
ない。
1978 年 1 月 6 日の法律の修正
56 条 2 項は次の文章によって補足される:≪本項の規定は公衆衛生法典 L1131-1-1 条の適用に
よって実施される遺伝子研究には適用されない≫
国務院『生命倫理法の改正』
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