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インドIPRガイダンス・インフォメーション第12号
本資料は、日本在住のインド国特許弁理士バパット・ヴィニット氏が代表取締役を務めるサンガム IP が、インドの 知財関連ニュースを紹介するものです (執筆:サンガム IP 及び同社提携先、翻訳:発明推進協会、監修:サンガム IP)。 本文内容の無断での転載、再配信、掲示板への掲載等はお断りいたします。 情報の内容につきましては正確を期すように努めておりますが、正確性を保証するものではありません。本情報の利 用の結果発生するいかなる不利益に対しましてもその責任を負いませんので予めご了承願います。 インド最高裁がデリー高裁を選択する フォーラムショッピングを抑制 Adarsh Ramanujan, Sheetal Vohra, R. Parthasarathy バパット・ヴィニット 始めに インドの知財エンフォースメントに詳しい大抵の人は、知財エンフォースメントを行う際にはデリ ー高裁が好んで選ばれることを知っているだろう。もちろん、その主な理由の一つは、デリー高裁 が扱う知財エンフォースメントの件数である。特に、商標及び著作権の件数が多く、インド国内の 他の高裁或いは地裁と比べても、恐らく多いだろう。デリー高裁は、スムーズな判決要録作成及び 提訴された侵害に対する一方的差止命令を一日で出すことで、よく知られている。 商標及び著作権のエンフォースメントにおいては、個別の法律の中で作られた管轄の特別規定を適 用することができる。最高裁は、Indian Performing Rights Society 対 Sanjay Dalia & Anr.*1 の事 件の際、デリーでエンフォースメント手続きを行う状況に制限をかけ、インド国内における訴訟戦 略の根本を変える判決を 2015 年 7 月 1 日に下した。 背景 最高裁で決着した上訴は、元々デリー高裁に対する知財エンフォースメント訴訟として始まった。 その訴訟は、マハーラーシュトラ州(インドの西側)のムンバイに本社を置き、デリーに支社があ る企業/組織によるものであった。被告は、聴聞の管轄がデリー高裁であることを問題視した。デ リー高裁は、これに賛同し、管轄地が適切でないとの理由により、棄却した。 この訴訟の争点は、1957 年著作権法の第 62 条及び 1999 年商標法第 134 条(2)にある。 著作権法第 62 条 第 62 条 本章に基づき生じる事由に対する裁判所の管轄権 (1) 著作物に対する著作権の侵害または本法が認める他の権利の侵害に関して本章に基づき生じ る訴訟または他の民事手続の各々は、管轄を有する地方裁判所に提起するものとする。 1/5 (2) 第(1)項において、 「管轄を有する地方裁判所」とは、1908 年民事訴訟法(1908 年第 5 号)ま たは当面効力を有する他の法に含まれるいかなる文言にかかわらず、訴訟または他の手続の提 起時において、当該訴訟または他の手続を提起した者(複数の者がいる場合には、そのいずれ か)が現実かつ任意に居住しまたは事業を行いまたは営利のために個人的に就労するその管轄 の地域内の地方裁判所を含むものとする。 http://www.cric.or.jp/db/world/india/india_c3.html#12_62 商標法第 134 条 第 134 条 地方裁判所に提起されるべき侵害訴訟等 (1) 次に掲げる訴訟については、これについて裁判管轄権を有する地方裁判所より下級の裁判所に 対して、提起することはできない。 (a) 登録商標の侵害に対する訴訟、又は (b) 登録商標に おける権利に関する訴訟、又は (c) 登録か非登録かを問わず、原告の商標と同一又は酷似する 商標の被告による使用から生じた詐称通用に対する訴訟 (2) (1)(a)及び(b)の適用上、 「裁判管轄権を有する地方裁判所」とは、1908 年民事訴訟法又は現に 効力を有するその他の法律に拘らず、訴訟若しくはその他の手続を提起した時点で、当該訴訟 若しくは手続を提起した者、又はそれらの者が 2 人以上の場合はその何れかの者が実際に、か つ、任意に居住するか又は営業を行い若しくは個人で営利活動を行っている地域に裁判管轄権 を有する地方裁判所を含む。 説明--(2)の適用上、「者」とは、登録所有者及び登録使用者を含む。 http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/fips/pdf/india/shouhyou.pdf 上記各法の第 2 項により、裁判所の管轄を原告が“任意に居住するか又は営業を行い若しくは個人 で営利活動を行っている”場所とみなす擬制が成立する。この訴訟の場合、創作的な擬制が必要と される。なぜならば、経験則上は、民事訴訟法において定められた通常の管轄権規則に基づき、訴 訟の原因となる活動の全体或いは一部が生じた場所、又は提訴された侵害者が居住する/働く場所 を示すからである。 最高裁は、実際にどんな判決を下したのか 問題の条文の歴史を読むと、上記特別規則は、商標法及び著作権法において被告に不利、原告に有 利になるよう規程されていたと最高裁は述べた。覚えておくべきことは、多くの場合、被告は原告 の居住地及び事業地とは別の場所で居住/事業活動をしており、訴訟原因(侵害行為)がインド国 内の第三の管轄地で起こっている可能性があることである。裁判所は、この特別規則のために、著 作者/権利者にとって、通常居住、営利活動、事業をしている場所とは異なる場所での知財エンフ ォースメントは、財政面での制限があり難しいことを強調した。 一方で、財政面での制限を受けない原告は、インド国内の複数の場所に事務所や支社を設置するこ とがあり、特別規則を口実にして他の場所ではなく、ある場所を選択することは上記目的達成に役 2/5 立つことにならない。 裁判所は、このような状況では、被告側の管轄地以外の場所、或いは訴訟(侵害行為)の発生地で もない場所で、被告を訴えることは、原告が支社/事務所をその管轄地に持っているからに過ぎず、 被告に不利な結果しかもたらさないので、必ずしも応じる必要がないと述べた。 立法過程や民事訴訟法管轄地一般的な管轄地規則を詳しく分析すれば、この訴訟における最高裁判 決は、以下のように要約できる: 1) 商標及び著作権のエンフォースメントに関する訴訟は、原告の本社がある管轄地に提訴できる。 2) 商標及び著作権のエンフォースメントに関する訴訟は、単に原告の子会社(或いは支社)があ るだけの管轄地では提訴できない。この規則には、3 つの例外がある: a) 商標及び著作権のエンフォースメントに関する訴訟は、管轄地で訴訟の原因(侵害行為)の全 て或いは一部が発生したという証明がある場合には、原告の子会社(或いは支社)がある場所 で提訴できる。 b) 商標と著作権のエンフォースメントに関する訴訟は、被告の居住地或いは被告の企業の本拠地 がある管轄地の場合、原告の子会社(或いは支社)がある場所で提訴できる。 c) 商標及び著作権のエンフォースメントに関する訴訟は、被告の子会社(或いは支社)がある管 轄地又は訴訟の原因(侵害行為)の全て或いは一部が発生したという証拠がある場合には、原 告の子会社(或いは支社)がある場所でも提訴することができる。 特別規則で定められた管轄地は、アクセス可能なウェブサイトの存在によって確立できるか? この問題は、今回の裁判で現れたものではなく、最高裁の判決の一年前に、 World Wrestling Entertainment 対 Reshama Collection*2 の訴訟で現れた問題である。デリー高裁は、アメリカの 原告とムンバイの被告による訴訟がデリーで提訴されるという状況に直面し、原告が裁判所管轄地 内で商品及びサービスを販売するウェブサイト上の“仮想店舗”を維持しているとの判断を下した。 デリー高裁は、“実際の”店舗が存在すれば、原告が法廷地で事業を行っていることを示すには十 分であり(具体的な事実に依存する)、ウェブサイト上の“仮想”店舗は、異なる状態とは言えな いとして、この判決を下した。法廷の管轄地にいる顧客がウェブサイトから何かを購入しようとす る場合、管轄地内で注文し、支払いをするということは、ほぼ間違いないため、原告は“ある程度 は”管轄地内で‘事業を行っている’とデリー高裁は述べた。*3 デリー高裁は、原告が行っていた事業がどの“程度”であるかを明言せず、今回の“程度”が管轄 地要件を満たしているか決定しなかったにもかかわらず、上記の訴訟がデリーで係属中であること は注目しておく必要がある。その一方、デリー高裁は、被告が “実際の”管轄地を問題にしてい ることを明らかにした。*4 おそらく、裁判所は、事業の“重要な部分”がその管轄で行われていな ければならない代わりに、“ある場所で販売された商品は、明らかにその場所で事業を行っていた という意味にはならない” 、という Dhodha House 対 S.K. Maingi 事件の最高裁判決のとおりの事 実を引用した。これは、事実/実際の証拠に基づき、証明或いは反論されるに過ぎない。 *5 3/5 Indian Performing Rights Society Ltd. 対 Sanjay Dalia & Anr.事件の最新の判決では、最高裁は World Wrestling Entertainment の判決の影響を検討する機会がなかった。この件に関する今後の 決定、特に World Wrestling Federation の判決が、最高裁判決によって、どのように維持或いは修 正されていくか注視していくと面白いだろう。 電子商業空間におけるエンフォースメントに関してどのような意味を持つか 技術的には、この判決そのものは、エンフォースメントに関連したドメイン、インターネット上で の商品及びサービスの販売、保護コンテンツの放送といった電子商業空間における侵害を直接扱う ものではない。 もちろん、この判決は、管轄が、被告の居住地、原因の発生地の場合には、民事訴訟法の元来の規 則に影響は与えない。この最高裁判決以前は、インターネットに関しては、こうした判決が数件し かなかった。要約すると、ドメインネーム或いは侵害品のデザイン/ロゴを使用する等、被告のウ ェブサイト上で生じた侵害場所は、被告が‘意図的に利用している’管轄地を証明することにより、 原告が管轄地を示すことができた。*6 これは、アメリカの‘最小接点’理論の展開に似ている。例 えば、インド国内にいる原告は、被告の行動が、管轄地及び被告が法廷地州にいる原告を、侵害を 起こしたとする法廷地州の具体的なターゲット上にあるウェブユーザーとの商取引を完結させる 意図を示すことを証明することにより、この要件を証明することができる。 結論―現実的な意味 デリーに子会社が存在するという単純な理由によって、エンフォースメント訴訟がデリーに起こさ れている現状は、なくなるだろう。この判決は、インドのエンフォースメントの状況に実質的な損 害を与えるものではなく、商標及び著作権のエンフォースメントを効果的に‘分散化’させる。原 告は本社所在地でエンフォースメント訴訟をしなければならないことになり、デリー以外の地域の 訴訟件数が増えることが期待される。デリーであろうとなかろうと、本社所在地でエンフォースメ ント訴訟が可能であることは、依然として便利な選択肢となる。 原告は、単純にデリー高裁での訴訟の可能性を仮定するよりも、訴訟戦略を練る際の重要な要素と して、管轄地を評価しなければならなくなる。この意味では、以下の最高裁判決は、興味深い*7: デリーで訴訟をする方が利便性が高く、訴訟の大部分がデリーに提訴され、デリーの弁護士は経験 豊富であると考えられている。そのような面は、土地管轄の決定とは無関係である。管轄地を決定 するのは、弁護士や彼らの経験の利便性ではない。このように、その考えは、即座に否定される。 言い換えれば、この判決は、潜在的原告が彼らの本社がある地方の弁護士を好むようになるかもし れないという点において、法律サービスの市場に影響を与えると言えるかもしれない。インド全土 でワンストップ型のエンフォースメント訴訟を検討している訴訟当事者は、戦略上、この件を重要 な要素として考慮しなければならないだろう。 4/5 *1:Indian Performing Rights Society Ltd. 対 Sanjay Dalia & Anr. ; 2015 年 7 月 1 日(インド最高裁; Civil Appeal No. 10643-10644, 2010 年) *2:2014 年 10 月 15 日(デリー高裁, FAO (OS) 506/2013) *3:同 21 段落目 *4:同 22 段落目 *5:Doodha House 対 S.K. Mainigi., 2006 年 9 月) SCC 41, para. 47 *6:Banyan Tree Holding (P) Limited 対 A. Murali Krishna Reddy, 2009 年 11 月 23 日(デリー高裁; CS (OS) 894/2008) *7:Indian Performing Rights Society Ltd. 対 Sanjay Dalia & Anr., 2015 年 7 月 1 日(インド最高裁; Civil Appeal No. 10643-10644, 2010 年) 、45 段落目 5/5