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ブログのアメリカ政治への影響力

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ブログのアメリカ政治への影響力
ブログの
ブログのアメリカ政治
アメリカ政治への
政治への影響力
への影響力
東京大学法学部3年
小橋侑生
はじめに
インターネットが一般個人によって利用されるようになって10年以上が経過した現
在、次第にインターネットが新たなメディアとして政治に影響力を及ぼすシーンが見られ
るようになってきた。
2004年のアメリカ大統領選挙に向けた民主党の指名を争った Howard Dean は、最終
的に指名を勝ち取ることはかなわなかったものの、インターネットの効果的な活用によっ
て支持を集め、泡沫候補から一時最有力候補に躍り出た。
もはやアメリカの政治にとって、インターネットは欠かせないメディアとなりつつある
と言えるだろう。Pew Internet & American Life Project が2006年8月に実施した調
査によれば、インターネットを利用して政治関連のニュースや情報を入手するアメリカ人
は2600万人に上る。これは成人のインターネットユーザーの19%、18歳以上のユ
ーザーの13%に相当する1。
数あるウェブサイトの中で、近年急増しているのが、ブログと呼ばれる形態のウェブサ
イトである。Pew Internet & American Life Project が2004年11月に実施した調査
では、アメリカの成人インターネットユーザーのうち、27%がブログを閲覧していると
され、これはアメリカの全成人の16%に相当する。しかし一方で、選挙期間中に定期的
に政治ブログを閲覧したインターネットユーザーは9%にすぎなかった。近年ブログが急
増していることを考慮すれば、よりブログの認知が高まり、現在ではこの数字が上昇して
いることは予想できる2。それでも Daily Kos3や Instapundit4といった人気の高い政治ブロ
グのアクセス数が選挙後に顕著に下がっていることを考慮すれば5、日常的に政治ブログを
購読するユーザーは、アメリカの全インターネット人口からすれば一握りにすぎないと言
える。
しかしそれにもかかわらず、選挙に臨む政治家が自らブログで有権者に情報を発信する
ことは一般的となり、メディアも政治ブロガーに注目した報道を行うようになっている。
ブログの登場は確実に政治アクターの行動に変化をもたらしていると言えるだろう。それ
では、ブログはアメリカの政治プロセスにどのような影響を与え始めているのだろうか。
近年では、ブログ間相互のコネクションに注目し、ブログ全体を社会的ネットワークと
して捉える、Blogosphere という概念が定着しつつある。一般的にブログは、各エントリ
ーへのコメント機能、トラックバック機能、というブロガー相互のコミュニケーションを
促進する機能を有しているし、政治ブログでは主要メディアのオンライン版のニュース記
1
2
3
4
5
http://www.pewinternet.org/PPF/r/187/report_display.asp
http://www.pewinternet.org/pdfs/PIP_blogging_data.pdf
http://www.dailykos.com
http://www.instapundit.com
http://techcentralstation.com/011105B.html
1
事や、他のブログの記事を引用し、その URL にリンクを張るといった行為は多く見受けら
れる。
ブログの影響力を計るにおいて困難な点は、それが議会・大統領・利益団体・マスメデ
ィアといった政治的アクターと異なり、具体的行為および結果が現実世界において見えに
くい点、そして、インターネットそのものが技術的進歩によって急速に変容し続けている
点にある。しかしそのようなブログ同士が形成する社会的ネットワークの構造的特徴によ
って、漠然とではあれ、今やあらゆるインターネットユーザーがブログの影響力の増大を
加速度的に認識させられていると言える。
本稿では、ブログがアメリカ政治に影響を与え始めている現状およびその構造を、まず
政治的 Blogosphere、メディアとブログとの関係性、Blogosphere の分極化に焦点をあてて
概観した後、現状での影響力の種類を整理し、最後にリベリル系ブログの読者と一般的な
民主党支持者との間で、2008年大統領選挙に向けた民主党候補者への支持傾向に大き
く差異が見られる事例を取り上げる。
1
政治的 Blogosphere の登場
1.1 ブログと Blogosphere
インターネットの普及は既に1990年代中頃から始まっていたが、ブログの登場やそ
の周辺技術の発達は、一般個人のインターネットの利用形態を大きく変容させた。
ブログの登場以前にも、個人運営のウェブサイトは数多く存在し、その中には政治的内
容を扱うものも含まれていた。しかしウェブサイトを運営するには一定の技術的知識が必
要であったため、ウェブサイトは未だ万人に開かれたものとは言えなかった。加えて、主
要メディアがそのオンライン版を整備し、過去の記事もアーカイブされるようになったの
に対し、個人によるサイトは情報の質・量ともに劣り、たとえ質の高いニュースや、ニュ
ースについて新たな視野をもたらすコメントが存在したとしても、それを記事単位で拾い
出すことは非常に労力を要したため、Drudge Report といった特殊なケース6を除き、個人
運営のウェブサイトが政治的に注目されることはほとんどなかった。
そもそもブログとは一般的に、次々と投稿されていく記事によって構成され、新しいも
のほど上に表示される形式のウェブサイトを指す。ブログ検索エンジンを提供する
Technorati7は、2007年11月において1億1190万にも上るブログをトラッキング
しており8、毎日およそ12万の新規開設されたブログをトラッキングに加えているという
9
。ブログの利用が急速に拡大した背景には、WordPress、Movable Type などの専用のソフ
トウェアや、Blogger10や LiveJournal11といったブログのホスティングサービスが整ってい
6
Drudge Report(http://www.drudgereport.com)は、1998 年に当時の Clinton 大統領とホワイト
ハウス実習生であった Monica Lewinsky との「不適切な関係」をメディアに先駆けて明ら
かにしたことにより注目を浴びた。
7
http://www.technorati.com
8
http://www.technorati.com/about/(2007 年 11 月 12 日に確認。)
9
http://www.sifry.com/alerts/archives/000493.html
10
http://www.blogger.com
11
http://www.livejournal.com
2
ることが挙げられる。それらのソフトウェアを利用することで、ウェブブラウザからの容
易な操作によって記事を投稿することができ、それにはほとんどコストもかからない。そ
の結果、一般市民がインターネット上で情報発信することが著しく容易になったのである。
また、それらのソフトウェアは一定の共通する機能を備えている。具体的には、それぞ
れの記事に対し閲覧者がコメントを投稿する機能、アーカイブされた記事の検索機能、別
のブログへリンクを張った際に、リンク先の相手に対してリンクを張ったことを通知する
仕組みであるトラックバック機能12、他のウェブサイトへのリンクを一覧表示させる、ブ
ログロールと呼ばれる機能である。
これらの機能はブログ同士の接続を強めるものであり、特にブログ同士の内容が近接し
ているほど、その接続は強くなりやすい。あるブログの読者は、その記事の引用元のリン
クやトラックバックをたどることにより、ネットワーク化された多数のブログが形成する
言論空間を巡ることができるのである。そのようなブログ同士のネットワーク化傾向はブ
ログ登場以前のウェブサイトでの、他のウェブサイトへのリンクの傾向においても見られ
たもので(Terveen & Hill, 1998)、ブログの登場によってより強化されたと言えるだろう。
現在ではブログ同士が形成するそのような社会的ネットワークは Blogosphere と呼ばれ、
主要メディアの記事においてもその語が定着しつつある。
1.2 政治ブログ
ブログの大部分は少数の読者に向けた、個人の生活や体験を中心に記したものである一方
で、11%のブロガーは政治的内容をそのブログの主としている(Lenhart & Fox, 2006)。
政治ブログ(Political blog)の一般的なスタイルは、既存メディアのオンライン版やニュ
ースサイトの記事、または他のブログの記事へリンクを張り、多くの場合それを引用しつ
つ独自のコメントを加えるというものである。そのような性質上、多くのブログは既存の
メディアのように報道の中立性を意識するよりも、コメントの基礎となる政治的立場や専
門的知識をあらかじめ明らかにした上でそれに合致するニュース記事を取り上げ、コメン
トを加えている。
現在最も多くのアクセス数を持つ政治ブログの一つである Daily Kos は 13 、自らを
Progressive blog であるとし、民主党を支持する姿勢を明確にしている。その記事におい
て民主党を擁護し、ブッシュ政権を批判するのはもちろんのこと、ブログロールにおいて
は多数のリベラル系ブログへのリンクを並べ、選挙前には読者へ特定候補への献金呼びか
けも行う。
2004年2月のケンタッキー州の連邦議会補欠選挙において民主党候補 Ben Chandler
は、Daily Kos、Political Wire14、Eschaton15をはじめとするリベラル系ブログに広告を
出すのに2000ドルを投じた。その結果、チャンドラー自身の自身の予想に反し、選挙
12
IT 用語辞典 e-Words を参照した。
http://e-words.jp/w/E38388E383A9E38383E382AFE38390E38383E382AF.html
13
2007 年 11 月 13 日現在、Technorati の人気ブログランキングにおいて12位に位置して
いる。(http://www.technorati.com/pop/blogs/)
14
http://www.politicalwire.com
15
http://atrios.blogspot.com
3
区外の全米から20ドル前後の少額献金が次々と集まり、合計 8 万ドルの政治資金として
帰ってきたのである(Ulbrich, 2004)。この献金の助けもあり、Chandler は共和党の対立
候補に得票率で11ポイント差をつけて下院議席を獲得した。さらに Matthew Klam (2004)
は、New York Times Magazine の記事において、Daily Kos の設立者である Markos Moutitsa
Zuniga が民主党の下院議員候補者から直接 Daily Kos での支援を要請され、コンサルタン
トのように選挙戦略の相談を受ける様子を詳細に記述している。
また、2006年から Daily Kos のライターや読者が中心となり、”Yearly Kos”と銘
打った年に一回の政治集会も開催されるようになった。2007年8月にシカゴで行われ
た集会においては、Hillary Clinton 上院議員、Barack Obama 上院議員、John Edwards 前
上院議員など、民主党による大統領候補指名を争う有力政治家が集結して討論を行い、そ
れぞれそのほとんどがリベラルである1500人に上るブロガーへアピールした。 The
Nation 誌に寄稿し、そのブログも担当する Ari Melber (2007)は、それらの有力候補に加
え、あらゆる利益団体、シンクタンク、メディアが参加したこの大会を、
「中間選挙を通過
した後、その政党(民主党)にとって最も重要なワシントン以外での集会であった」16と
記している。
このように、Daily Kos をはじめとした有力な政治ブログは、他の政治ブログへ強い影
響力を発揮し、政治的な Blogosphere の形成を主導することにより、政治信条において多
様なインターネットユーザーの中から、ネットルーツとも呼ばれる、オンラインベースの
政治運動形成を主導する存在にまで成長している。特にその選挙時の政治資金調達能力は
候補者にとって大変魅力的なものであり、Yearly Kos の成功は民主党の有力政治家が、有
力なブロガーおよび Blogosphere の持つ潜在的な政治的影響力を評価し始めている証拠で
あると言えるだろう。
2
ブログと既存メディアの関係性
2.1 ブログジャーナリズムの可能性
シリコンバレーを拠点に活動するジャーナリストであり、ブロガーでもある Dan Gillmor
(2004)は、ブログの登場によってかつては既存のメディアの消費者にすぎなかった読者(リ
スナー・視聴者)がニュースを発信し始め、ジャーナリズムのプロセスがジャーナリスト、
取材対象者、読者による対話的コミュニケーションを伴ったものに変容していくと主張す
る。このような予測がなされるのは、ブログが既存メディアに対して、コミュニケーショ
ン形態上の優位性を確保しているからである。
前述のように、ブログの一番の特徴は情報発信のコストの低さと即時性にある。既存の
メディアはテレビ・新聞・雑誌など、いずれの媒体であっても制作・配信のコストが高く、
かつ発信者に相当な時間的拘束を強いることになるため、これまでは一般個人による情報
発信の機会は経済的・時間的に大きく制約されていた。しかしブログの登場によって、職
業ジャーナリストでない一般市民であっても、記事を書きさえすれば即時にブログ上で発
16
“It was the party's most significant gathering outside Washington since sweeping the midterm
elections, …”
4
表することが可能になったのである。
もちろん、ブログによる情報発信は既存のメディアに比べて制作・配信のコストが低い
が、同時に金銭的な見返りを得ることはほとんど期待できない(Shirky, 2003)。しかし、
ブログのルーツはあくまでも、「ネット上で読んで面白かったサイトにリンクを張りつつ、
その感想を記録する」ことにあり(梅田, 2006)、ブロガーの多くは職業ジャーナリストの
ような社会的責任を意識することなく、気軽に情報発信を行っていると思われる。例えば、
テネシー大学の法学教授で人気保守系ブログ InstaPundit を運営する Glenn Reynolds は、
InstaPundit を始めた当初、
「彼の興味を引いた幅広い題材について“お利口で取り澄まし
た”態度で書くことを想定していた 17 (Weisberg, 2003)。」また、Daily Kos の Markos
Maulitsas は、
「何か気になることがあったら、それについて書くつもりだ。それがブログ
のエッセンスだ18」と述べている(Klam, 2004)。
既存のメディアが莫大なコストをかけて組織的に報道内容のチェックを行うのに対し、
当然ブログにはそのようなプロセスが存在しないため、このことはブログ間の質の差が既
存メディア間に比して著しく大きいことを意味する。事実、2006 年の調査では、アメリカ
人の81%が地元紙を信頼しているのに対し、ブログを信用するのは25%に留まっており
(Reynolds, 2006)、記事の内容の正確性・妥当性に欠く質の低いブログが数多く存在する
ことが原因であると考えられる。
それでは記事の質が保証されないという問題点にもかかわらず、ブログジャーナリズム
の発達を予言する声が挙がるのはなぜであろうか。
まず、情報を発信する母体の劇的な増加に伴い、各分野においてジャーナリストよりも
専門的な知識を有する人々がその知識を背景に、既存メディアの報道したニュースに対し
てそれぞれの立場からより専門的な解説や分析、独自の意見を加え、また場合によっては
報道の誤りを指摘し、ブログ上で発表するようになったことが挙げられる。
既存メディアにおけるコミュニケーションが基本的に少数対多数に限定されていたのに
対し、ブログ同士が社会的ネットワークを形成する Blogosphere の次元において、ブログ
は多数対多数のコミュニケーションを実現している。つまり Blogosphere は既存メディア
よりも多様かつ専門的な視点を提供することに加え、それらが相互にリンクし、参照し合
うことで、不特定多数の読者にニュースについての掘り下げた議論を行うプラットフォー
ムを提供していると言える。
しかし、それだけでは質の低い記事の氾濫を克服することはできない。この点について
重要な役割を果たしたのは、Google19の登場に伴う検索技術の発達である。Google はウェ
ブページの重要性を評価するにおいて PageRank とよばれるアルゴリズムを採用している。
このアルゴリズムの発想は引用に基づく学術論文の評価方法に近く、多くのページからリ
ンクされているほど、また重要なページからリンクを受けているほど、そのページも重要
であると評価される20。
17
“He envisioned writing about a range of topics that interested him in a “cutesy and clever”
manner.”
18
“If I care about something, I’ll write about it, It’s the essence of blogging,”
19
http://www.google.com
20
http://en.wikipedia.org/wiki/PageRank
5
このようなウェブページの評価方法を採用した Google が検索エンジンとして 50%を越え
るシェアを獲得したことにより(Nielsen//NetRatings, 2007)、他のブログからリンクされ、
Blogosphere を言論空間として機能させるのに貢献している重要なブログほど、インター
ネットユーザーからのアクセスを集めやすくなる一方で、質の低いブログは淘汰されやす
くなったのである。つまり、ブログの潜在的読者がより質の高いブログのみに選択的にア
クセスすることが比較的容易になり、より多くのユーザーに Blogosphere における質の高
い言論空間に参画する機会が開かれたのである。
2.2 ブログが既存メディアを代替する可能性
これまでメディアの歴史において、新たなメディアの登場の際には、それが既存メディ
アを代替する可能性が議論されてきた。このようなブログジャーナリズムの可能性につい
て、Gillmor (2004)はジャーナリズムも「オープンソース21化」していく、つまり多数の
ブロガーの協同作業によってニュースを探し出し整理するという編集者的な機能が代替さ
れ、さらには記事自体も相互批評によって質が高められていくようになると考えている。
そしてイェール大学ロースクール教授の Yochai Benkler は、巨大メディアがそのようなオ
ープンソース・ジャーナリズムに優位を保っているのは、調査報道の分野だけであると主
張する。
しかし、このような主張を全面的に受け入れることには疑問の余地がある。というのも
調査報道に限らず、記事を書くことによって金銭的なインセンティブをほとんど受け取ら
ないブロガーにとって、一次情報を発信する、または一次情報であるメディアによるニュ
ース記事の正確性自体を疑問視し、検証することはとてもコストに見合うものではないか
らである。22動画投稿・共有サービスの YouTube23の登場をはじめとした、個人の情報発信
をより低コストにする技術的な進歩によって、今後ブログが一次情報を発信するメディア
としての地位を確立する可能性は十分にあるだろう。事実、有力なリベラル系ブロガー達
は2004年の民主党全国大会において会場での取材を許可され、リアルタイムで一次情
報をブログに投稿することができた(Klam, 2004)。しかし、メディアによって配信された
ニュース記事へリンクし、それを引用しつつ、そのニュースに新たな視点でのコメントを
加えるスタイルが政治ブログで広く確立されていること24に目を向ければ、調査報道に限
らず、一次情報の提供者としての既存メディアの役割は保持されていくことが十分予想で
きる。
また、既存メディアにとって報道の正確性・中立性を維持することは社会的責任であるが、
21
「ソフトウェアの設計図にあたるソースコードを、インターネットなどを通じて無償で
公開し、誰でもそのソフトウェアの改良、再配布が行なえるようにすること。また、その
ようなソフトウェア。」(IT 用語辞典 e-Words)
http://e-words.jp/w/E382AAE383BCE38397E383B3E382BDE383BCE382B9.html
22
ただし、メディア報道の公正・正確性に疑問を呈するオルタナティブ・メディアを志向
したウェブサイトやブログも登場している。Independent Media Center
(http://www.indymedia.org)はその一例である。
23
http://www.youtube.com/
24
他のブログ記事を引用するものも多いが、さらに元をたどればメディアによるニュース
記事が一次ソースとなっているものが大半である。
6
それを担保するのはメディア企業の組織による自主規制であり(蒲島・竹下, 2007)、オー
プンソース的な編集機能に同水準の規制を期待することは困難であると考えられる。後述
するように Blogosphere の政治的見解による分極化、そして Daily Kos などのリベラル系
ブログがオンラインベースの政治運動の拠点としての性格を増していることが指摘される
現状にあっては、メディアの公共性をブログが代替することはほぼ不可能であろう。
このように、現状ではブログは既存メディアを代替する存在とは言えない。メディアとし
てのブログの政治的影響力は、あくまでも既存メディアとの相互補完関係の上に立つもの
であると考えるべきである。
2.3 メディアとブログの補完関係
それでは現時点において、メディアとブログはどのように相互に作用し、補完関係を築い
ているのであろうか。
メディアとブログの関係性については、これまで敵対的であるとみなされることが多かっ
た。シリコンバレーで活躍する実業家である梅田望夫は、
「ブログとは「世の中で起きている事象に目をこらし、耳を澄ませ、意味づけて
伝える」というジャーナリズムの本質的機能を実現する仕組みが、すべての人々
に開放されたもの」に他ならないのではないかと自問するとき、新聞記者たちの
内心は穏やかではいられない。
として、既存メディアのブログに対する危機感を指摘する (梅田, 2006)。
実際に、New York Times の編集主幹を務める Bill Keller は2003年11月のインタ
ビューにおいて、
「私はブログをチェックしています。時にはブログで何かを読んで、しま
ったと思うこともありますよ。多くの場合、感情的で物事を理解していないと感じるもの
を目にしますが。」25とブログについて語っており(Kurtz , 2003)、梅田が指摘するように
「メディアの権威側や、権威に認められて表現者としての既得権を持った人たちの危機感
は鋭敏である」と読み取ることができるだろう。
また、特に保守系の Blogosphere においては既存メディアのリベラル寄りの偏向報道に
ついて議論されることが多く、保守系のメディア監視団体 Media Research Center の運営
する NewsBusters26はその問題に特化したブログとして人気を集めている27。これらの保守
系ブログでは、リベラルなメディアをあえて”MSM”(mainstream media の略)と揶揄し
た言葉も定着している28。このような、主に保守的な Blogosphere でのリベラルな既存メ
ディアへの反感も、メディアとブログを対立的に捉える事を促していると言える。
しかし、自らを代替する可能性のある新たなメディアになりうるという危機感を背景に、
結果として既存メディアは早くからブログに注目してきた。
25
"I look at the blogs. . . . Sometimes I read something on a blog that makes me feel we screwed
up. A lot of times I read things that strike me as ill-tempered and ill-informed."
26
http://www.newsbusters.org/
27
2007 年 11 月 22 日現在、Technorati のブログランキングで 53 位にある。
28
http://www.huffingtonpost.com/markos-moulitsas-z/msm-vs-traditional-me_b_60579.html
7
現在では多くの主要メディアのオンライン版に、コンテンツの一部としてブログや場合
によってはビデオブログが備えられるようになっている。これは既存メディアがブログに
対し危機感を抱くよりも、ブログを中心とした新たなテクノロジーの優位性を採り込んで
いく手段を積極的に模索し始めたことの表れであろう。その他にも、例えば CNN は 2004
年の大統領選挙時には民主党・共和党両党の全国大会の報道において Technorati と提携し、
リアルタイムでのブロガーの反応を紹介する試みを行っている29。
また、Keller をはじめ、実際にジャーナリスト達が有力な政治ブログを閲覧していると
いう事実も見逃すことができない。Drezer と Farrell は、ブログの普及の早い段階で活動
を始めたブロガーと著名なジャーナリスト・コラムニスト・編集者とが、あらかじめ社会
的、職業的にコネクションを有していたことが、メディアにブログを意識することを促し
たと考えている。一般的にブログ記事の正確性は信用に足るものではないが、ブロガー個
人に対する信頼が確立されていたことが、彼らのブログ、さらにはそこからリンクされる
ブログにおいて発信される情報やニュースに対する意見への信用を生み出したのである
(Drezner & Farrell, 2005)。
加えて、現在では前述のように、Daily Kos をはじめとする有力政治ブログがオンライ
ンベースの政治運動形成を主導する存在にまで成長し、特に選挙戦において有力政治家か
らも重視されるようになったことにより、必然的に既存メディアが Blogosphere、特に有
力なブログを運営するエリートブロガーに注目した報道をなすケースが増加している。そ
れにより、既存メディアのエリートブロガーの表明する意見への注目が一層強まったと見
てよいだろう。もはや記事や番組の制作に際して参照するに留まらず、主要メディアが有
力なブロガーをコメンテーターやコラムニストとして採用するケースも目立つようになっ
ている。Newsweek 誌は 2008 年の大統領選挙に向けたコラムニストとして、ブッシュ大統
領の次席補佐官であった Karl Rove とともに、Daily Kos の Markos Moulitsas を採用して
いる30。
このように、既存メディアが、ブログという新たなコミュニケーションプラットフォー
ムを自らに採り込み、メディアとしての潜在的コミュニケーション能力の拡張を図るとと
もに、政治的 Blogosphere の形成する言論空間、特にそれをリードするエリートブロガー
の意見に注目し、そして一方で Blogosphere は常に情報源として既存メディアに依存して
いることにより、既存メディアとブログは良好な補完関係を築いていると言える。エリー
トブロガーの一人と言える Instapundit の Glenn Reynolds は、リベラル寄りのメディアを
批判しがちな保守系ブロガーであるにもかかわらず、
「ブログとメインストリームメディア
の間には多いに対立があると言われていますが、実際にはもっと共生関係にあります。メ
ディアはよく何かが注目に値するかを決めるためにエリートブロガーに目を向けますし、
逆もまた然りです。」と語っており(Mother Jones, 2007)、メディアとエリートブロガーと
の、相互依存構造を認識した上での信頼関係を伺うことができる。
29
http://www.sifry.com/alerts/archives/000359.html; http://www.sifry.com/alerts/archives/
000372.html
http://www.dailykos.com/story/2007/11/13/171054/23
30
8
3 公共議論空間としての期待と集団分極化
既存のメディアが少数から不特定多数へのほぼ一方的なコミュニケーション形態であっ
たのに対し、インターネットは多数対多数の双方向的コミュニケーションを実現しうる技
術である。ブログの登場以前から、一般市民がインターネットという新たな通信情報技術
を活用することで政策争点に関して意見を表明し、直接的に政治参加する民主主義形態と
して、「電子民主主義」が提唱されてきた(Hacker, 1996)。
このような立場からは、ブログの登場は大きな意味を持つ。ブログはインターネットが
可能にした双方向のコミュニケーションをより低コストで実現する技術であり、当然なが
ら、Blogosphere に対して民主主義を促進する公共議論空間としての役割を期待すること
になる。
Drezner と Farrell (2005)は、Blogosphere のその内部でアクセスが不均衡となる構造上
の特徴に着目し、Blogosphere には自動的に言論空間上の意見を集約し、
「焦点」を作り出
す作用が生じていると主張している。つまり Blogosphere 内における各ブログへのリンク
数の分布は対数正規分布に近いものとなっており、より多くのリンクを集めるブログほど、
さらに多くのアクセスおよびリンクを集めることができる構造になっている。リンクを集
めていないブログは情報をより多くの人間に発信するため、有力なブログの関連記事にリ
ンクを張り、トラックバック機能を用いることによって自らのブログ記事を喧伝する。す
るとその行為が、いわば Blogosphere の「焦点」を示す火付け役となるのである。
このような主張に則れば、Blogosphere は多様な意見による議論を集約した、インターネ
ットユーザーの世論をエリートブロガーが代弁するシステムであり、討議型民主主義を実
践していると言えるだろう。
しかし一方で、シカゴ大学ロースクールの教授である Cass Sunstein (2001)は、インタ
ーネットが民主主義よりも、集団分極化を促進する可能性を指摘する。インターネットは
効率よく必要な情報のみを収集するフィルタリング技術を発達させているが、それによっ
て民主主義の実現に不可欠な、積極的に選択していない情報への接触と一般市民の共有体
験を奪うことになりうるという。
確かに、ブログが広くインターネットユーザーに浸透した背景には、検索技術や RSS と
いったフィルタリング技術があり、MIT メディアラボの創設者である Nicholas Negroponte
(1995)が出現を予言した、あらかじめ選択されたコンテンツによって構成される、個人用
にカスタマイズされた電子新聞「デイリーミー」に相当するものが実際に出現するに至っ
ている。つまり、ブログをはじめとした RSS31を配信するウェブサイトを任意にあらかじめ
選択し、RSS リーダーと呼ばれるソフトウェアに登録することにより、自らが望んだウェ
ブサイトの情報のみを効率よく受け取ることができるのである。そして一方で、検索技術
はあらかじめ受信することを選択していない情報の中から、必要な情報のみを選別する技
術であると言える。
このようにフィルタリング技術が発達するに至り、Blogosphere においても Sunstein の
31
「Web サイトの見出しや要約などのメタデータを構造化して記述する XML ベースのフ
ォーマット。主にサイトの更新情報を公開するのに使われている。」(IT 用語辞典 e-Words)
http://e-words.jp/w/RSS.html
9
懸念した情報への選択的接触と、それによる集団分極化の加速が現実化している。
InstaPundit を運営する Glenn Reynolds は、2003年10月の記事において、全ての
ニュースを InstaPundit から得ているという読者からブログを応援するメールを受け取っ
たことを明かし、以下のようにそれに警鐘を鳴らしている。「そんなことをするな。これ
は”InstaPundit”であって、”InstaNews Service”じゃない。それにこれは素人の活動
だ。」32これはユーザーの情報への選択的接触、そして積極的に選択していない情報への接
触を避ける事態が実際に発生している一例であろう。
また、Adamic と Glance が2004年の大統領選挙に際して行った研究によれば、リベ
ラル系ブログはリベラル系同士で、保守系ブログは保守系同士でリンクする傾向が強く、
全体のリンクの内リベラルと保守を跨いだものは15%にすぎなかった。さらに、ブログ
記事で好んで引用するニュースソース、取り上げる人物や事柄、政策争点においても両者
に差が見られることが多かった(Adamic & Glance, 2005)。リベラル系ブログと保守系ブロ
グがそれぞれ、自己完結的な Blogosphere を作り上げているのが現状であると言えるだろ
う。
4
ブログの政治的影響力
4.1 ブログの政治的影響力の類型化
これまでブログがアメリカの政治過程に影響を及ぼす前提となる、ブログの特徴や状況に
ついて概観したが、それでは具体的にどのような影響力を発揮しうるのであろうか。
この点については、総合的な評価を可能にする具体的事例が未だに不十分であるが、こ
れまで見てきたことを踏まえたうえで、以下のように類型化することが可能であると思わ
れる。
① メディア経由の影響力
② 読者への直接的影響力
③ エリートブロガーの影響力
④ Buzz(ざわめき)形成・増幅能力
まず、一つ目のメディア経由の影響力であるが、これは Drezner と Farrell (2005)が主
張したものである。彼らはブログの政治に対する直接的な影響力は重要なものではなく、
あくまでもメディアにおける重要なアクターへの影響力を通して、間接的にメディアの受
け手である一般市民全般に影響を与えていることを重要視する。つまり、ブログが既存メ
ディア経由で議題設定効果やフレーミング効果を発揮し、より広範に政治的影響力を発揮
しうるというものである。
しかし、前述のようにリベラル系ブログと保守系ブログが自己完結的 Blogosphere を個
別に形成し、取り上げる争点に相違が見られる現状においては、報道の中立性が要求され
るメディアエリートに対する影響力は減退せざるをえず、メディア経由の影響力のみを過
大評価することは適切ではない。
32
“Don’t do that! It’s “InstaPundit,” not “InstaNews Service.” And this is … an amateur activity.”
http://instapundit.com/archives/011775.php
10
二つ目の読者への直接的影響力と、三つ目のエリートブロガーの影響力とは相互に補強
しあう関係にある。
②読者への直接的影響力は、前述のように政治ブログを読むユーザーの割合が全体のイ
ンターネットユーザーに対して低いことから、影響力の範囲は限定的である。しかし、選
挙前には政治情報をインターネットに求めるユーザーが増加するため、その範囲は拡大し、
そしてリベラルと保守に分断された Blogosphere のいずれかに選択的に接触するユーザー
には、メディア効果研究における限定効果論の補強効果に類するものが作用することが予
想できる。
この点につき、Daily Kos の Markos Maulitsas など、特にリベラル系のエリートブロガ
ーは、Klam (2004)が”a cleringhouse for activism and an outlet for information”
と指摘したように、その政治的見解を推進するための選択的な情報を提供する役割、そし
てネットルーツの政治運動を形成するネットワークハブとしての役割を同時に果たしてい
る。そのようなメディアしての性格とネットルーツの拠点としての性格との融合は、一定
数の読者の中にネットルーツを担う一員としての自覚を自然な形で植え付けることにつな
がり、リベラル系 Blogosphere の中で、エリートブロガーの主導により画一的・集合的な
政治的見解を醸成する方向にも作用していることが考えられるだろう。
③エリートブロガーの影響力は、まず選挙時にネットルーツの政治資金集めを主導して、
特定候補の当選を後押しが可能なことにある。そして、このようにエリートブロガーがネ
ットルーツの政治運動におけるネットワークハブの役割を果すようになるにつれ、彼らが
同時に政治家やメディアともコネクションを築き上げている事実が重要である。つまり選
挙時に政治資金集めにおいてネットルーツの支援を取り付けたい政治家や、その新たな形
態の政治運動に注目するメディアからネットルーツの代表として評価されるのはエリート
ブロガーであり、結果的に政治家、メディア、ブログの読者の全方面に対する発言の影響
力が高まると考えられる。
④Buzz(ざわめき)形成・増幅能力は、いわゆる”Rathergate”事件において象徴的に
表出したもので、Pew Internet & American Life Project と BuzzMetrics33の Cornfield,
Carson, Kalis, Simon (2004)がそのケーススタディを提供している。
“Rathergate”事件とは、CBS のニュース番組 60 MinutesⅡが2004年9月8日に放
送した George W. Bush 大統領の軍歴疑惑について、その証拠とされたメモが偽造ではない
かと Blogosphere において話題になり、最終的に CBS がメモの信憑性を確認できないとし
て謝罪、看板キャスターであった Dan Rather が辞任に追い込まれた事件である。Cornfield,
Carson, Kalis, Simon (2004)は、Rathergate は保守系 Blogosphere の政治戦略から説明
できるが、同時に Blogosphere の事実チェックに基づくメディア監視機能、そしてスキャ
ンダルの枠組みによっても説明できると考えている。
Wikipedia34に象徴されるインターネットの「オープンソース」的な特質、つまり個人の
知的資産が集合的な知的資産へと転嫁されるには、その前提として意見の多様性および優
れた知の集約システムが確保される必要がある(Surowiecki, 2004)。政治的な Blogosphere
33
34
現在は Nielsen BuzzMetrics となっている。
http://wikipedia.org
11
はその分極・自己完結状況からそのような集合知を期待しにくい状況にあるが、メディア
監視など35のイデオロギー的利益を越えた、公共の利益が共通の目標として認知されるケ
ースでは例外となりうるのである。それに加え、政治関連事件特有のスキャンダルとして
の性質が話題の拡散を早め、Rathergate のような事例では政治的な範囲を超えたより広い
Blogosphere、そしてメディアからの注目を浴びることに成功し、直接的に現実世界への影
響力を目に見える形で発揮することが可能となった。
4.2 ブログの読者への直接的影響力の具体的事例
上記の四つの影響力の類型の中で、ブログの読者への直接的影響力は先行研究では過小
評価され、ほとんど扱われてこなかった。しかし、エリートブロガーの影響力増大にも伴
い、今後その重要性がより高まり、選挙結果にも影響を与えていくことが予想される。そ
こで最後に、リベリル系ブログの読者と一般的な民主党支持者との間で、2008年大統
領選挙に向けた民主党候補者への支持傾向に大きく差異が見られる事例について検討する。
以下の図36は Daily Kos の読者投票および Gallup Poll における、主要三名の民主党大
統領候補者、Hillary Clinton 上院議員、Barack Obama 上院議員、John Edwards 前上院議
員への支持率を表しており、一般的な民主党支持者に対し、Daily Kos の読者の Edwards
候補への支持の高さ、そして Clinton 候補への支持の低さが際立っている。
35
同様の事例として、Trent Lott の上院共和党員院内総務辞任事件が挙げられる。このケー
スでは、Lott の人種差別的発言への糾弾・そして辞任要求が Blogosphere での「共通の目標」
となった。
36
[出典]筆者が http://www.dailykos.com/storyonly/2007/11/30/21039/645 および
http://www.pollingreport.com/wh08dem.htm から作成した。
12
図 Preference for Democratic Presidential Nominee in 2007
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
Feb
Mar
Apr
Daily Kos Poll H. Clinton
Gallup Poll H. Clinton
May
Jun
Jul
Daily Kos Poll Obama
Gallup Poll Obama
Aug
Sep
Oct
Nov
Daily Kos Poll Edwards
Gallup Poll Edwards
この結果が読者の Daily Kos への選択的接触と記事からの補強効果、または Daily Kos
の主導する Blogosphere における集合的見解へと導く、読者の政治的見解への補正効果に
よるものであるとすれば、Daily Kos を中心とする Blogosphere の記事と、一般的な民主
党支持者が接触するメディアとの間に傾向的差異が見られるはずである。本来はこの調査
が実施された期間全ての記事を調査することが望ましいが、本稿では時間的制約のため不
可能なので、以下にこの結果を支持すると考えられる事例を紹介する。
(1) Daily Kos の Markos Moulitsas は2004年の予備選挙において、レトリックを多
用し、ポシティブなアメリカ像を提示した John Edwards を民主党の将来を象徴する存在
になりうる人物と評し、彼に投票することを明確に表明している37。四年前の Edwards
への高い評価がそのまま Blogosphere の中で維持され、現在の高い支持率につながって
いることが予想できる。
(2) 4月26日に行われた一回目の民主党大統領候補者の討論会について、 New York
Times は明確にどの候補が勝者であったかは述べていないものの、Obama 候補を”
reserved and cautious”(遠慮がちで慎重)と、他の候補を”modest”(控えめ)であ
ったと評した一方で、Clinton 候補は” professorial and emphatic”(本格的で力強
い)と評し、Clinton 候補へ高い評価を下した(Nagourney & Zeleny, 2007)。それに対
し Daily Kos は、”Winner of the Hillary vs. Barack Contest: Hillary”としながら
37
http://www.dailykos.com/story/2004/2/23/5156/07313
13
も、”Top-tier winner: Edwards”と三候補者のうちの勝者を Edwards とした38。
(3) 8月4日に開催された Yearly Kos の討論会において、Clinton 候補は Obama、Edwards
両候補からロビイストからの献金を受け取ることについて厳しく追求された。New York
Times は Obama および Edwards の詳細については一切取り上げず、一方で「多くのロビ
イストは否が応でも本物のアメリカ人を代表しています」という Clinron 候補の反論を
直接引用した(Zeleny, 2007)。それに対し、Daily Kos は Obama、Edwards 両候補の主張
を詳細に取り上げ39、さらには「あなたは真剣に多くのロビイストが本物のアメリカ人
「はい」と答えたのが12%、
を代表していると思いますか。40」というという質問に対し、
「いいえ」と答えたのが67%である調査結果41を引き合いに出し、Clinton 候補を批判
した42。
(4) Clinton 上院議員は9月にイラン革命防衛隊(Revolutionary Guards)をテロリス
ト組織に指定する法案に賛成票を投じた。俺に対し Daily Kos では、Maulitsas が「彼
女がイラク戦争の承認で大失敗をしたことを謝らないのも当然だ。彼女はその投票につ
いて何も悪いと思っていないし、同じような投票を繰り返すつもりだ43。」と、Clinton
候補を痛烈に批判している44。一方、New York Times は Clinton 候補への批判を紹介し
ながらも、
「彼女はすでに、左からの批判に対処する時期の最初のモードから、右からの
批判に対処しなければならない、大統領選挙モードへとシフトした45。」と擁護している
(Cooper, 2007)。
(5) Daily Kos では10月25日に、Edwards 候補が環境 NGO の Friends of the Earth
から支持を取り付けたことを、"John Edwards will be our First Green President"と
いうセンセーショナルな見出しで紹介した46。しかし、New York Times は11月6日に
なって、Clinton 候補が気候変動対策およびエネルギー効率上昇計画を発表したことに
関する記事の中で小さく触れたのみであった(Healy, 2007)。
(6) 11月28日、WGA(Writers Guild of America、全米脚本家協会)のストライキが
長期化しているのに伴い、12月10日に予定されていた、CBS の民主党大統領候補者
による討論会のキャンセルが民主党全国委員会から発表された。それに関連する主要三
候補者の動向について、New York Times は Obama 上院議員が WGA のストライキを支持す
る旨の発言を行ったことを伝えたのみであるが(Cater, 2007)、Daily Kos では、Edwards
前上院議員が三人の中で唯一ニューヨークの集会に参加して WGA への支持を表明した様
38
http://www.dailykos.com/story/2007/4/27/82950/8452
http://www.dailykos.com/storyonly/2007/8/6/17512/55064
40
“Do you seriously believe a Lot of Lobbyists Represent Real Americans?”
41
http://www.rasmussenreports.com/public_content/politics/election_2008__1/2008_presidential_
election/24_say_clinton_would_not_be_influenced_by_lobbyist
42
http://www.dailykos.com/storyonly/2007/8/8/12299/60706
43
“No wonder she won't apologize for screwing up the Iraq War Authorization. She sees nothing
wrong with that vote, and has every intention of casting that kind of vote over and over again.”
44
http://www.dailykos.com/storyonly/2007/10/8/15728/1624
45
“she has already shifted from primary mode, when she needs to guard against critics from the
39
left, to general election mode, when she must guard against critics from the right.”
http://www.dailykos.com/story/2007/10/25/84558/184
46
14
子を YouTube のビデオとともに紹介した47。Daily Kos の記事へのコメント欄は概して
Edwards 候補の行動に好意的なものであり、「Edwards 上院議員は本当にプログレッシブ
な考えをいくつも持っている。彼が”MSM”で公正な報道をされていないのは本当にひど
いことだ。私は彼こそがプログレッシブな未来への一番の希望の星だと思っている。48」
という意見も見られた。
(7) Edwards 候補は、12月3日、予備選挙の皮切りとなるアイオワ州選出の3人の下
院議員のうちの一人、Bruce Braley 議員の支持を取り付けた。New York Times ではオン
ライン版のブログで取り上げたのみであった49のに対し、Daily Kos では Bruce Braley
の発言を詳細に引用し、さらには Edwards 候補が Rasmussen poll でセカンドチョイスの
一位になったことを紹介し、「2003年のこの時期には、Howard Dean はアイオワの予
備選挙での勝利を広く予想されていた。Hillary Clinton は次の Dean になるのだろうか。
50
」としている51。
(8) 12月に入り、Clinton 候補と Obama 候補の批判合戦がヒートアップするのを横目
に、Edwards 候補は Clinton 候補を強く批判してきたこれまでの態度から、自らのビジ
ョンを強調するように戦略を転換した。この件に関連し、CNN のオンライン版は指名レ
ースの皮切りとなるアイオワ州での予備選挙において、Clinton 候補に迫る形でもし2
位を確保すれば Edwards 候補にとっては成功であり、ほとんど1位を獲得することを想
定していない(Crowley, 2007)のに対し、Daily Kos との結びつきが強いリベラル系ブロ
グ、MyDD52では2004年の事例を引き合いに出し、Edwards が1位または2位になる可
能性を真剣に検討し、実際にそうなることへの期待を示している53。
このように、Daily Kos を中心とした Blogosphere では、一般的なメディアに比べ、
Hillary Clinton 上院議員に批判的であり、一方で John Edwards 前上院議員を支持する姿
勢が明確になっている。Daily Kos の読者投票と一般的な民主党支持者の調査結果の大き
な乖離は Daily Kos を中心とした”Progressive”ブログが読者に対して非常に大きな影響
力を発揮し、さらにはその Blogosphere の自己完結的な議論を通し、リベラルの中でもよ
り狭い範囲の政治的見解をブロガーと読者が集合的に形成し、共有していった結果である
と予測することが十分可能であろう。
おわりに
本稿は「ブログのアメリカ政治への影響力」というテーマのもと、単にインターネット
の登場ではなく、なぜブログの登場によってアメリカの政治過程に急速に変化がもたらさ
47
http://www.dailykos.com/story/2007/11/28/131751/06
”Senator Edwards has some really progressive ideas. It's too bad he doesn't get fair coverage in
the MSM. I feel he's the best hope for a progressive future.”
49
http://thecaucus.blogs.nytimes.com/2007/12/02/edwardsendorse/
50
"At this time in 2003, Howard Dean was widely expected to win the Iowa caucus. Will Hillary
Clinton be the next Dean?"
51
http://www.dailykos.com/storyonly/2007/12/3/111422/479
52
http://www.mydd.com
53
http://www.mydd.com/story/2007/12/5/3657/17768
48
15
れたのか、ブログ独自の特徴およびそれに対する政治的な評価、そして政治ブログを中心
として形成される Blogosphere が政治家やメディアとの接続関係を築き上げた上で、実際
にどのような影響を発揮できるかを中心に論じた。
現状では、Rathergate の他にはブログの現実的な影響力をセンセーショナルな形で知ら
しめるような事件はまだ起こっておらず、Rathergate にしても、政治的影響力の強い看板
アンカーを辞任に追い込んだのみであり、直接的に議会や大統領の行動に影響を与えた訳
ではない。しかしながら、インターネット上というヴァーチャルな空間は、そのコストの
低さという助けや技術的なイノヴェーションによって、当事者ではない者の予測を遥かに
越えるスピードで変化を続けている。大統領選挙のインターバルである4年という期間は
そのスピードに比してあまりに長いものであり、2008年の大統領選挙が終わってみれ
ば、ブログを中心とした変化が、予想外の様々な形で表出してくることであろう。
ブログのアメリカ政治への影響力を測る際の困難はまさにその点にある。2004年に
その形成が進行中であったエリートブロガーと Blogosphere を中心とした構造は、今や完
全に政治家およびメディアとの関係性の中に自己を定義できるまでに成熟した。しかしこ
の構造は現在も着々と早いペースで変化を続けていることは確かであり、誰もその行く先
を正確に予言することはできない。ブログのアメリカ政治への影響力を正しく測定するた
めには、本稿で論じたブログとそれを取り巻く政治的構造を踏まえた上で、今後も常に現
実の政治過程に表出しにくい変化を観察し、新たな状況に対して迅速に新たな視座を提供
し続ける必要があるだろう。
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