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◆ 2014 年 5 月 30 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 商法 No.65
文献番号 z18817009-00-050651061
取締役の任務懈怠に基づく損害賠償における遅延損害金の利率等
【文 献 種 別】 判決/最高裁判所第一小法廷
【裁判年月日】 平成 26 年 1 月 30 日
【事 件 番 号】 平成 24 年(受)第 1600 号
【事 件 名】 損害賠償請求事件(福岡魚市場株主代表訴訟上告審判決)
【裁 判 結 果】 一部破棄差戻、一部棄却
【参 照 法 令】 平成 17 年改正前商法 266 条 1 項 5 号、民法 404 条、商法 514 条
【掲 載 誌】 裁時 1597 号 1 頁、判時 2213 号 123 頁、判タ 1398 号 87 頁、金判 1435 号 10 頁、
金判 1439 号 32 頁、資料版商事 360 号 42 頁
LEX/DB 文献番号 25446161
……………………………………
……………………………………
事実の概要
高裁平成 20 年 1 月 28 日第二小法廷判決)ので、遅
延利息に関しても、商事法定利率ではなく、民法
Z1株式会社が、その 100%子会社である株式
所定の利率を適用すべきである」旨主張したの
会社Z2 が行った取引の結果Z2 に生じた不良在
に対し、原判決は、「取締役の会社に対する損害
庫の処理に関連し、Z1 がZ2 に対して実行した
融資および債権放棄等の行為により、Z 1 が 18
賠償責任については、取締役の任務懈怠による債
億 8,000 万円の損害を被ったが、これはZ1 の取
締役であったY1、Y2、Y3の忠実義務違反およ
ら、商事取引における迅速決済の要請が妥当しな
いので、消滅時効の期間は 10 年であると解され
び善管注意義務違反によるものであるとし、Z1
るが、本件損害賠償は、会社関係としての商事事
の株主X(原告・被控訴人・被上告人) が、Z1 を
件であることは明らかであるので、その損害回復
代表して、それらの者の損害賠償責任を追及し
のためには商事法定利率の適用が排除されるべき
た。Z1の代表取締役であったY1はZ2の非常勤
ではない」と判示していた。
務不履行責任の内容を法が加重したものであるか
取締役を、専務取締役であったY2 はZ2 の非常
勤取締役とその後に取締役会会長を、常務取締役
判決の要旨
であったY3 はZ2 の非常勤監査役をそれぞれ兼
務していた。
1 (平成 17 年改正前)
「商法 266 条 1 項 5 号
第一審判決(福岡地判平 23・1・26 金判 1367 号
に基づく取締役の会社に対する損害賠償責任は、
41 頁) および原判決(福岡高判平 24・4・13 金判
取締役がその任務を懈怠して会社に損害を被らせ
1399 号 24 頁) は、Y 1 ないしY 3 に忠実義務お
ることによって生ずる債務不履行責任であるが、
よび善管注意義務違反があったとし、Y1ないし
法によってその内容が加重された特殊な責任で
Y3 はZ1 に対して損害賠償責任を負い、かつ平
成 17 年 6 月 30 日から支払済みまで商事法定利
率年 6 分の割合による遅延損害金の支払義務を
あって、商行為たる委任契約上の債務が単にその
負うとした。
月 28 日第二小法廷判決・民集 62 巻 1 号 128 頁
態様を変じたにすぎないものということはできな
い(最高裁平成 18 年(受)第 1074 号同 20 年 1
Y1らは、第一審において遅延損害金に係る法
参照)。そうすると、同号に基づく損害賠償債務は、
定利率につき争わなかったが、原審では「取締役
商行為によって生じた債務又はこれに準ずるもの
の会社に対する損害賠償責任は、法によってその
と解することはできない。
内容が加重された特殊な責任であるから、消滅時
効期間は民法 167 条 1 項により 10 年とされる(最
したがって、(平成 17 年改正前) 商法 266 条 1
項 5 号に基づき取締役が会社に対して支払う損
vol.15(2014.10)
1
1
新・判例解説 Watch ◆ 商法 No.65
害賠償金に付すべき遅延損害金の利率は、民法所
定の年 5 分と解するのが相当である。」
1 裁判例
二 法定責任の非商行為性
「商法 266 条 1 項 5 号
2 (平成 17 年改正前)
先にも触れたように、本件判決が引用する最二
小判平 20・1・28(民集 62 巻 1 号 128 頁)は、旧
に基づく取締役の会社に対する損害賠償債務は、
商法 266 条 1 項 5 号の損害賠償責任の消滅時効
期限の定めのない債務であって、履行の請求を受
期間について、取締役の会社に対する損害賠償責
けた時に遅滞に陥ると解するのが相当である。」
任は法によってその内容が加重された特殊な責任
であり、商行為たる委任契約上の債務が単にその
態様を変じたにすぎないものとはいえないこと、
判例の解説
および商事取引における迅速決済の要請が妥当し
ないことを根拠として、民法 167 条 1 項により
一 本判決の意義
本件で、Xは、平成 17 前商法(以下、「旧商法」
という。)266 条 1 項 5 号所定の損害賠償金に付
10 年と解するのが相当である、と判示していた。
すべき遅延損害金の利率は年 6 分として訴訟を
旧商法 266 条 1 項 5 号に定める損害賠償債務は
提起しており、第一審は特段の理由を示すことな
商行為たる委任契約上の債務が単にその態様を変
くこれを認容し、また原審も「……本件損害賠償
えたものということはできないから、同債務は商
は、会社関係としての商事事件であることは明ら
行為によって生じた債務またはこれに準じるもの
かであるので、その損害回復のためには商事法定
ではなく、商事法定利率の適用はないということ
になろう。そうでなければ、旧商法 266 条 1 項 5
この最高裁平成 20 年判決を前提にする以上は、
利率の適用が排除されるべきではない……」とし、
年 6 分が相当であるとした。
号の損害賠償債務につき、消滅時効期間と遅延損
これに対し、本最高裁判決は、旧商法 266 条
1 項 5 号所定の損害賠償債務は、債務不履行責任
害金の利率とで、扱いに平仄がとれない2)。
もっとも、旧商法 266 条 1 項違反の損害賠償
であるが、法によってその内容が加重された特殊
債務に係る遅延損害金の利率自体について、本判
決の前にも最高裁で年 5 分の遅延損害金を認めた
な責任であり、商行為たる委任契約上の債務が単
高裁の判決を是認した裁判例はあった3)。下級審
でも、たとえば奈良地判昭 55・12・5(判タ 437
にその態様を変じたにすぎないものとはいえず、
同号所定の損害賠償債務は商行為によって生じた
債務またはこれに準ずるものと解することはでき
ないとし、
民法所定の年 5 分であるしたのである。
号 160 頁) は、
「……本請求は〔旧〕商法 266 条
本判決は、取締役の会社に対する任務懈怠に基づ
害賠償義務の履行期は履行の請求のあった時、履
行期後の遅延損害金は民法所定年 5 分の割合に
1 項による法定の損害賠償請求であるから、右損
く損害賠償債務に係る遅延損害金の算定の基礎に
題にされてこなかった論点につき判断を示した、
よるもの……」としていたし、高松高判平 2・4・
11(金判 859 号 3 頁) も、「……被控訴人は、商
事法定利率年 6 分の割合による遅延損害金の支払
最高裁の初の公表裁判例として注目すべきであ
る 1)。旧商法 266 条 1 項 5 号の損害賠償債務に
償義務は法が取締役の責任を加重するために特に
ついての判断ではあるが、会社法 423 条に基づ
認めたものであって商行為によって生じたものと
く損害賠償債務にも妥当すると考えられ、重要と
いえる。判決の要旨1、2とも結論自体は妥当で
はいえないから、その遅延損害金の利率は民法所
定の年 5 分にとどまると解するのが正当である」
あるが、判決の要旨1についてはその結論を導き
としており、商事法定利率を適用してはいなかっ
出す理論構成について検討すべき余地があると思
た4)。
なる法定利率はいくらなのか、また遅延損害金の
起算点はいつかという、従来学説上それほど問
を求めているが、〔旧〕商法 266 条 1 項所定の賠
われる。
2 学説
会社は生まれながらの商人であるから、個人商
2
2
新・判例解説 Watch
新・判例解説 Watch ◆ 商法 No.65
人のような私生活はないとし、会社の行為はすべ
支払に関する遅延損害金の利率は年 5 分とされ
て商行為であり、商法の規定が適用されるので
あって、商法 503 条 2 項の適用の余地はないと
る
解されていた5)。他方、附属的商行為に関する議
る募集株式の発行と証券会社が買取引受等をする
論では、雇用契約や株式引受行為については商法
上場会社の募集株式の発行とは区別し、後者につ
規定の適用は否定されるべきではないかともいわ
いては実体からみて附属的商行為と解すべきとし
れていた6)。また、会社の組織的・社団的行為は
て、商行為性を認めている。会社外の第三者との
事業のためにする行為ではないから商行為に関す
取引になるから、ということなのであろう。
16)
。しかし、この見解も、株式引受行為に関
しては、全株譲渡制限会社における株主割当によ
7)
る規定は排除されるとも力説される 。もっとも、
適用されるかどうかが実際に問題になるのは、商
事法定利率に関する商法 514 条と商事消滅時効
3 検討
本判決は、一で触れたように、旧商法 266 条 1
項 5 号の責任は債務不履行責任ではあるものの、
8)
に関する同 522 条といえよう 。
取締役の会社に対する責任について、取締役の
任用契約は附属的商行為であり、同責任は契約上
その内容が加重された法定責任であることを理由
に、遅延損害金の利率は民法 160 条 1 項による
の債務不履行責任であるとし、その消滅時効期間
は 5 年であるする見解9) もあるが、通説は法定
定責任という形式的根拠に加え、任務懈怠行為は
責任であるとして、民法 167 条 1 項が適用され
外部からは容易に判断し難い場合が少なくないか
るべきで 10 年と解してきた
べきとした。引用している平成 20 年判決は、法
10)
。法定責任につい
ら、取締役の会社に対する損害賠償責任について
ては、商行為により生じた債権・債務ではないの
で、商法 514 条、同 522 条の適用はないという
商事取引における迅速決済の要請は妥当しないこ
とも指摘していた。本判決も、平成 20 年判決の
のであろう。会社設立に際しての発起人の任務懈
怠に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間も 10
考え方に立ちつつ商法 522 条の適用の排除を実
年とされているし
質的に判断するというのであれば、ただ内容が加
11)
、資本充実に関する責任は
重された法定責任であるというにとどまらず、同
法定責任であり、商法 522 条ではなく民法 167
判決と同様にもう少し丁寧な理由付けをした方が
条が適用されると解されている
12)
。
よかったのではなかろうか。その点、あまりに
学説上、従来から法定責任の問題を含めて、会
あっさりとしすぎており、もの足りない。本件原
社の「組織法的・団体的行為」には商行為法の適
審判決が本件が「会社関係としての商事事件」で
用は排除されるべきではないかという問題設定を
あることは明らかなので、「その損害回復のため」
したうえ、議論されてきたように思える。近時、
には商事法定利率が適用されるべきと述べていた
あらためてそのような観点から問題を検討しよう
のは、「商人である会社は、その損害がなければ
13)
が有力に主張され注目すべきであ
損害相当額の金銭を営業活動に投じ、有利に運用
る。これによれば、会社の行為であっても、対株
していたはずであるから、商事法定利率の賠償を
主関係の行為は、
組織法的・団体的行為であり、
「事
とする見解
17)
業のためにする行為」(会社 5 条)ではないから、
認めるべき……」 という趣旨ではなくて、商法
503 条 2 項は会社にも適用されると判示した最二
商行為ではない、そして、剰余金配当の支払に関
小判平 20・2・22(民集 62 巻 2 号 76 頁) を前提
する遅延損害金の利率については、剰余金配当に
に判示したから、そのような表現になったのでは
係る債務は商行為により生じた債務ではないか
14)
ら年 5 分であり 、平成 6 年改正商法 212 条ノ
なかろうか。
2 所定の定時株主総会決議による株式消却目的の
行為であるから、商行為性は否定されるという理
特定の株主からの自己株式の買受け代金の遅延損
害金の利率についても商法 503 条 2 項を適用す
論構成はどうか。筆者は、現時点ではこの方が民
べきでなく、年 5 分である
他方で、先の有力説の説く、組織法的・団体的
法規定、商法規定の適用関係の境界線が明確にな
15)
というわけである。
る点で妥当ではないかと考えている
会社・役員間の法律関係も同じで、取締役の報酬
vol.15(2014.10)
18)
。「組織法
的・団体的行為」という概念も解釈に委ねられる
3
3
新・判例解説 Watch ◆ 商法 No.65
ものの、それを確定するのはそれほど困難ではな
らかである」と判示はしていた。
2)判時 2213 号 123 頁等の本判決に関するコメントを参
いように思われる。反面、適用関係を実質的に判
照のこと。
断する場合は合理的な結論を得やすい面もあるか
3)名古屋高判平 24・6・22(平成 23 年(ネ)第 1126 号)
もしれないが、その実質的判断の基準は曖昧にな
に対してなされた上告を棄却し、上告不受理とした最一
らざるを得ない弱点を抱え込むことになる。本判
決は、「商法 266 条 1 項 5 号に基づく取締役の会
小決平 25・6・6(平成 24 年(オ)第 1670 号、平成 24
年(受)第 2067 号)など。
4)もっとも、大阪高判平 2・7・18 判時 1378 号 113 頁は、
社に対する損害賠償責任は、Y1 らのZ1 という
商事法定利率年 6 分の割合による遅延損害金の支払を認
会社の組織法的・団体的行為により生じた損害賠
容しているが、理由は示していない。
償責任であるから……」というべきであったと思
1969 年)92 頁、
5)西原寛一『商行為法〔増補〕』
(有斐閣、
われる。
1989 年)77 頁。
平出慶道『商行為法〔第 2 版〕』
(青林書院、
6)西原・前掲注5)89 頁以下、平出・前掲注5)85 頁以下。
三 遅延損害金の起算点
7)江頭憲治郎編『会社法コンメンタール 1』(商事法務、
本判決は、本件第一審判決、原判決が何ら根拠
を示すことなく、X主張の「平成 17 年 6 月 13 日」
8)森本滋「最二小判平 20・1・28 判批」リマークス 38
2008 年)133 頁[江頭]。
号(2009 年)99 頁。
(損失を反映した計算書類の株主総会における承認の
9)蔭山文夫「取締役の会社に対する責任の消滅時効期間」
日に当たる)から支払済みまでの損害遅延金の支
取締役の法務 59 号(1999 年)86 頁。
払を命じたのに対し、期限の定めのない債務であ
10)鈴木竹雄=竹内昭夫『会社法〔第 3 版〕』
(有斐閣、1994 年)
299 頁注 22、大隅健一郎=今井宏『会社法論中巻〔第 3
るから、履行の請求を受けた時に遅滞に陥る旨を
版〕』(有斐閣、1992 年)261 頁。
職権で判断した。これは、従来の裁判例でも前提
11)上柳克郎ほか編『新版注釈会社法 2』
(有斐閣、1985 年)
19)
とされていた考え方を示すものである 。たと
えば、東京高判平 20・10・29(金判 1304 号 28 頁)
362 頁[志村治美]。
12)上柳ほか編・前掲注 11)368 頁[青竹正一]。
は、会社法 423 条 1 項に基づく損害賠償義務は、
13)江頭・前掲注7)132~133 頁。
14)裁判例では、東京地判昭 58・8・23 判時 1114 号 102 頁。
「期限の定めのない債務であると考えられるから、
15)裁判例では、福島地会津若松支判平 12・10・31 判タ
履行の請求があった時から履行遅滞となる(民法
412 条 3 項)
。そして、被控訴人らに対する請求
1113 号 217 頁。
16)裁判例では、東京高判平 9・12・4 判時 1657 号 141 頁。
は、本件訴状の送達によって行われたと考えられ
17)判時 2213 号 124 頁等のコメントはそのように解して
る。したがって、遅延損害金は、訴状送達の日の
いる。
18)その点で、不定見であるとのそしりは免れないかもし
翌日……から請求できる」としていた。本件で問
題になっている旧商法 266 条 1 項 5 号の責任に
れないが、最判平成 20 年判決の評釈で述べたところは
(判評 597 号(2008 年)24 頁以下)、再検討する必要が
関しては、前掲奈良地判昭 55・12・5、前掲高松
高判平 2・4・11、前掲大阪高判平 2・7・18、東
あると思っている。
19)弥永・前掲注1)3 頁、東京地方裁判所商事研究会編『類
京高判平 20・4・23(金判 1292 号 14 頁〔最決平
型別会社訴訟Ⅰ〔第 3 版〕』(判例タイムズ社、2011 年)
154 頁、217 頁。
20・10・2 平成 20 年(オ)第 1097 号、第 1098 号、
第 1099 号〕により上告棄却・上告不受理) などが
あげられる。そのように考えるべきなのである。
明治大学教授 藤原俊雄
●――注
1)弥永真生「取締役の任務懈怠に基づく損害賠償と遅延
損害金の利率」ジュリ 1465 号(2014 年)2 頁。もっと
も、取締役の第三者に対する損害賠償債務に適用される
法定利率については、最一小判平元・9・21 判時 1334
号 223 頁が、「……右損害賠償債務は、商行為によって
生じた債務ともいえないものであるから、その遅延損害
金の利率は民法所定の年 5 分の割合にとどまることが明
4
4
新・判例解説 Watch
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